【文献】
厚生労働科学研究費補助金 地球規模保健課題推進研究事業(国際医学協力研究事業) 平成23年度 総括・分担研究報告書,2013年 1月25日,p.124-129
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、志賀毒素を有効成分とする。
志賀毒素(Stx)は、1型(Stx1)及び2型(Stx2)に分けられる。Stx1は、a〜dのサブクラスに、Stx2はa〜gのサブクラスにそれぞれ分類される。浮腫病菌が産生する型はStx2eである。志賀毒素タンパク質は、毒性本体である1つのAサブユニットと腸管粘膜への侵入へ関与する5つのBサブユニットからなる。
Stx2eは、志賀毒素の他にベロ毒素とも呼ばれ、毒性本体であるAサブユニット1分子と腸管粘膜への侵入に働くBサブユニット5分子からなるホロ毒素で、真核細胞のリボソームに作用して、タンパク質合成を阻害する働きを持つ。腸管出血性大腸菌や赤痢菌の感染時に見られる出血性の下痢や、溶血性尿毒症症候群(HUS)、急性脳症などのさまざまな病態の直接の原因となる病原因子である。
Stx2eはブタ浮腫病毒素としても知られており、そのAサブユニット(Stx2eA)は配列番号4のアミノ酸配列で表され、Bサブユニット(Stx2eB)は配列番号6のアミノ酸配列で表される。
【0013】
Stx2eA及びStx2eBは、ブタなどの動物に投与して免疫応答を引き起こすことができる限り、それぞれ、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列における1個又は数個のアミノ酸が、置換、欠失、挿入又は付加されていてもよい。前記「数個」としては、例えば、Stx2eAにおいて、好ましくは2〜30個、さらに好ましくは2〜20個、より好ましくは2〜10個であり、Stx2eBにおいて、好ましくは2〜10個、さらに好ましくは2〜5個、より好ましくは2〜3個である。
また、Stx2eA及びStx2eBは、それぞれ、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の同一性を有し、かつブタなどの動物に投与して免疫応答を引き起こすことができるものであってもよい。
なお、本発明で使用されるStx2eは、AサブユニットまたはBサブユニットのいずれでもよいが、Bサブユニットが好ましい。
【0014】
本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、上記のような志賀毒素を有効成分とすることにより、大腸菌性下痢症に対して効果を発揮する。大腸菌性下痢症とは、易熱性エンテロトキシン(LT)と耐熱性エンテロトキシン(ST)のどちらか一方、または両方を産生する腸管毒素原性大腸菌の感染によって引き起こされる。急性の症例では急激に脱水し数日以内の経過で死亡する。回復しても肺炎などに罹患しやすく、発育不良となることが多く大きな経済損失を被る。
易熱性エンテロトキシン(LT)は、易熱性毒素と呼ばれる。コレラ毒素とほとんど同じタンパク質で、毒性本体であるAサブユニット1分子とBサブユニット5分子からなるホロ毒素である。分子量は86,000である。粘膜上皮細胞のアデニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPレベルを上昇させることにより、膜のイオン輸送系に影響を与え、水分の流出を招き、下痢を起こすと考えられている。この毒素を産生する大腸菌を毒素原性大腸菌(ETEC)と呼ぶ。
耐熱性エンテロトキシン(ST)は、分子量2,000のペプチドからなる耐熱性毒素である。粘膜上皮細胞のグアニル酸シクラーゼを活性化し、cGMPレベルを上昇させることにより、膜のイオン輸送系に影響を与え、水分の流出を招き、下痢を誘発する。この毒を産生する大腸菌を毒素原性大腸菌(ETEC)と呼ぶ。
本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、驚くべきことに、LT毒素及びST毒素などの複数毒素を保有する大腸菌の感染予防に有効である。
本発明の防除剤は、ヒト及び動物の大腸菌性下痢症の症状を抑制できるという治療効果を有する。
【0015】
好ましい実施形態において、本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、少なくとも2つの志賀毒素タンパク質のBサブユニットがペプチドリンカーを介してタンデムに連結されたハイブリッドタンパク質である。
なお、本願明細書中において、志賀毒素またはハイブリッドタンパク質を有効成分とする大腸菌性下痢症防除剤及び肥育向上剤、志賀毒素またはハイブリッドタンパク質をコードするDNA構築物、志賀毒素またはハイブリッドタンパク質をコードするDNA構築物を含むベクターで形質転換された植物等を総称して、大腸菌性下痢症防除剤ということがある。なお、本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、上記志賀毒素またはハイブリッドタンパク質を含む限り、ワクチンまたは免疫賦活剤などの医薬及び飼料のいずれの形態であってもよい。本発明において、防除とは、予防及び治療のいずれも含むものである。
【0016】
本発明で用いるペプチドリンカーのアミノ酸の個数は、好ましくは12〜25個、さらに好ましくは12〜22個である。また、本発明で用いるペプチドリンカーにおいて、好ましくは、プロリンの含有率が20〜27%、より好ましくは、20〜25%である。
ペプチドリンカーにおいて、プロリンは、好ましくは2つ置き、又は3つ置きに配置される。但し、この場合でも、ペプチドの末端においては、プロリン以外のアミノ酸が、5つ以内、好ましくは4つ以内の範囲で連続していてもよい。このような好ましいペプチドリンカーは、例えば、国際公開WO2009/133882号パンフレットに記載されている。
本発明において、ペプチドリンカーは、好ましくは、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるペプチド(PG12)である。この配列と90%以上、好ましくは95%以上同一性を有するペプチドリンカーでもよい。
【0017】
本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、2つ以上のBサブユニットが、前記ペプチドを介してタンデムに連結されていることが好ましい。本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、2つのBサブユニットが、PG12(配列番号2)を介してタンデムに連結されていることがより好ましい。本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、Aサブユニットを含んでいてもよいが、Aサブユニットを含む場合には、Aサブユニットは無毒化されていることが好ましい。
また、本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、さらにそのC末端に前記ペプチドリンカーが付加されていることが好ましい。特に、本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、そのC末端にPG12が付加されていることが好ましい。
本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、例えば、配列番号8で表されるアミノ酸配列を有する。配列番号8で表されるアミノ酸配列を有するハイブリッドタンパク質は、2つのStx2eBが、PG12を介してタンデムに連結され、そのC末端にはPG12がさらに付加されている。
前記PG12などのペプチドを、前記志賀毒素タンパク質を連結するためのリンカーとして使用することにより、前記志賀毒素タンパク質の植物細胞への蓄積レベルが増大する。
【0018】
本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、好ましくは、そのアミノ末端に、植物由来の分泌シグナルペプチド及び/又は葉緑体移行シグナルペプチドが付加されている。ここで、「付加」とは、前記分泌シグナルペプチドが、前記ペプチドを介して連結した2つ以上の前記志賀毒素タンパク質のアミノ末端に、直接結合している場合も、他のペプチドを介して結合している場合も含む概念である。
分泌シグナルペプチドは、好ましくはナス科(Solanaceae)、アブラナ科(Brassicaceae)、キク科(Asteraceae)に属する植物、さらに好ましくはタバコ属(Nicotiana)、シロイヌナズナ属(Arabidopsis)、アキノノゲシ属(Lactuca)等に属する植物、より好ましくはタバコ(Nicotiana tabacum)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、レタス(Lactuca sativa)等に由来する。
また、分泌シグナルペプチドは、好ましくはタバコのβ−Dグルカンエキソヒドロラーゼ(β-D-glucan exohydrolase)、タバコの38kDa ペルオキシダーゼ(GenBank Accession D42064)に由来する。前記分泌シグナルペプチドとしては、例えば、タバコのβ−Dグルカンエキソヒドロラーゼに由来する、配列番号10で表されるアミノ酸配列を有しているペプチドが挙げられる。タバコのβ−DグルカンエキソヒドロラーゼをコードするDNAの塩基配列は、例えば配列番号9で表される。
好ましい葉緑体移行シグナルペプチドは、例えば、国際公開WO2009/004842号パンフレット及び国際公開WO2009/133882号パンフレットに記載されている。
【0019】
さらに、本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、そのカルボキシル末端に、小胞体残留シグナルペプチド、液胞移行シグナルペプチド等のシグナルペプチドが付加されていてもよい。ここで、「付加」とは、シグナルペプチドが、前記ハイブリッドタンパク質のカルボキシル末端に、直接結合している場合も、他のペプチドを介して結合している場合も含む概念である。本明細書において、アミノ末端に分泌シグナルペプチドが付加され、かつカルボキシル末端に小胞体残留シグナルペプチドが付加されたハイブリッドタンパク質を、小胞体型(ER)のハイブリッドタンパク質ともいい、該小胞体型のハイブリッドタンパク質をコードするDNA構築物を、小胞体型のDNA構築物ともいう。小胞体型のハイブリッドタンパク質は、真核生物で効率良く蓄積する報告例が多数ある。
本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、そのカルボキシル末端に、好ましくは、小胞体残留シグナルペプチドが付加されている。好ましい小胞体残留シグナルペプチドは、例えば、国際公開WO2009/004842号パンフレット及び国際公開WO2009/133882号パンフレットに記載されているが、HDEL配列(配列番号11)を利用することができる。
他の好ましい液胞移行シグナルペプチドは、例えば、国際公開WO2009/004842号パンフレット及び国際公開WO2009/133882号パンフレットに記載されている。
【0020】
本発明で用いるハイブリッドタンパク質は、化学的に合成することもできるし、遺伝子工学的に生産することもできる。遺伝子工学的に生産する方法については、後述する。
【0021】
本発明で用いるDNA構築物は、前記ハイブリッドタンパク質をコードするDNAを含むことを特徴とする。
すなわち、本発明で用いるDNA構築物は、2つ以上の志賀毒素タンパク質をコードするDNAが、前記ペプチドをコードするDNAを介してタンデムに連結されているDNAを含む。前記ペプチドリンカーをコードするDNAは、例えば配列番号1(PG12)で表される。志賀毒素タンパク質をコードするDNAとして、例えばStx2eAをコードするDNA(配列番号3)、Stx2eBをコードするDNA(配列番号5)が挙げられる。前記ペプチドをコードするDNAと志賀毒素タンパク質をコードするDNAは、終止コドンを除いて読み枠を合わせて連結される。
【0022】
志賀毒素タンパク質をコードするDNAは、例えば、配列番号3、5の塩基配列に基づいて、一般的な遺伝子工学的な手法により得ることができる。具体的には、各志賀毒素を生産する細菌より、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該ライブラリーから上記塩基配列に基づいて作製したプローブを用いて所望のクローンを選択する。また、上記塩基配列を基にした化学合成、上記塩基配列の5’及び3’末端の塩基配列をプライマーとし、ゲノムDNAを鋳型としたPCRなどにより合成することもできる。
本発明で用いるハイブリッドタンパク質をコードするDNAは、例えば、配列番号7で表される。
【0023】
ハイブリッドタンパク質をコードするDNAは、該タンパク質を生産させる宿主細胞に応じて、ハイブリッドタンパク質の翻訳量が増大するように、ハイブリッドタンパク質を構成するアミノ酸を示すコドンが適宜改変されていることも好ましい。
コドン改変の方法としては、例えばKang et al. (2004)の方法を参考にすることができる。また、宿主細胞において使用頻度の高いコドンを選択したり、GC含量が高いコドンを選択したり、宿主細胞のハウスキーピング遺伝子において使用頻度の高いコドンを選択したりする方法が挙げられる。
【0024】
また、ハイブリッドタンパク質をコードするDNAは、配列番号7の塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってもよい。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、同一性が高い二つのDNAどうし、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有する2つのDNAがハイブリダイズするが、それより同一性の低い2つのDNAがハイブリダイズしない条件が挙げられる。例えば2×SSC(330mM NaCl、30mM クエン酸)、42℃が挙げられ、好ましくは0.1×SSC(330mM NaCl、30mM クエン酸)、60℃が挙げられる。
【0025】
本発明で用いるDNA構築物において、好ましくは、前記ハイブリッドタンパク質をコードするDNAが、エンハンサーに発現可能に連結されている。ここで、「発現可能」とは、前記DNA構築物が適切なプロモーターを含むベクターに挿入され、該ベクターが適切な宿主細胞に導入された場合に、宿主細胞内で前記ハイブリッドタンパク質が生産されることをいう。また、「連結」とは、2つのDNAが直接結合している場合も、他の塩基配列を介して結合している場合も含む概念である。
エンハンサーとしては、Kozak配列や植物由来のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域が挙げられる。特に好ましくは、前記ハイブリッドタンパク質をコードするDNAが、植物由来のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域に発現可能に連結されている。
【0026】
アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域とは、アルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の転写開始点から、翻訳開始点(ATG、メチオニン)の前までの塩基配列を含む領域をいう。該領域は、翻訳量増大機能を有している。「翻訳量増大機能」とは、構造遺伝子にコードされた情報が、転写後、翻訳されてタンパク質が産生される際に、翻訳により産生されるタンパク質量を増大させる機能をいう。前記領域は、植物に由来すればよいが、好ましくはナス科(
Solanaceae)、アブラナ科(
Brassicaceae)、キク科(
Asteraceae)に属する植物、さらに好ましくはタバコ属(Nicotiana)、シロイヌナズナ属(
Arabidopsis)、アキノノゲシ属(
Lactuca)等に属する植物、より好ましくはタバコ(
Nicotiana tabacum)、シロイヌナズナ(
Arabidopsis thaliana)、レタス(
Lactuca sativa)等に由来する。
前記アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域としては、例えばタバコ(
Nicotiana tabacum)由来のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域(NtADH5'UTR)(配列番号12)を用いることができ、翻訳開始点上流3塩基を改変したNtADH5'UTR領域(NtADHmod 5'UTR)(配列番号13)を用いることでさらに高翻訳が期待できる。
植物由来のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域を得る方法は、例えば、国際公開WO2009/133882号パンフレットに記載されている。
【0027】
また、配列番号13の塩基配列で表されるようなNtADHmod 5'UTRは、翻訳量増大機能を保持している限り、1又は数個の塩基の置換、欠失、挿入又は付加を有していてもよい。前記「数個」としては、好ましくは2〜10個、さらに好ましくは2〜5個、特に好ましくは2〜3個である。
また、前記NtADHmod 5'UTRと好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上の同一性を有し、かつ翻訳量増大機能を保持しているDNAを使用してもよい。
【0028】
前記領域が目的とする翻訳量増大機能を有するか否かについては、例えばタバコ培養細胞においてGUS(β−グルクロニダーゼ)遺伝子又はルシフェラーゼ遺伝子をレポーター遺伝子としたトランジェントアッセイ、染色体に組み込ませた形質転換細胞でのアッセイ等により確認することができる。
【0029】
本発明で用いるDNA構築物は、例えば、配列番号14で表される塩基配列を有する。
配列番号14で表される塩基配列を有するDNA構築物は、NtADHmod 5'UTRに、2つのStx2eBタンパク質を、PG12を介してタンデムに連結し、アミノ末端に分泌シグナルペプチドを、カルボキシル末端に小胞体残留シグナルペプチドを付加したハイブリッドタンパク質をコードするDNAを連結したDNA構築物である。
このようなDNA構築物は、好ましくは、Matsui et al., 2011, Transgenic Res., 20;735-48の
図4に記載の2BHプラスミドである。
【0030】
本発明で用いるDNA構築物は、一般的な遺伝子工学的手法により作製することができ、植物由来のアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’−非翻訳領域、植物由来の分泌シグナルペプチドをコードするDNA、及び志賀毒素タンパク質をコードするDNA、小胞体残留シグナルペプチドをコードするDNAなどの各DNAを、それぞれ、適当な制限酵素により切断し、適当なリガーゼで連結することで構築することができる。
【0031】
本発明で用いる組換えベクターは、前記DNA構築物を含むことを特徴とする。本発明で用いる組換えベクターは、前記ハイブリッドタンパク質をコードするDNAが、ベクターが導入される宿主細胞において発現可能なように、ベクター内に挿入されていればよい。ベクターは、宿主細胞において複製可能なものであれば特に制限されず、例えば、プラスミドDNA、ウイルスDNA等が挙げられる。また、ベクターは薬剤耐性遺伝子等の選択マーカーを含むことが好ましい。プラスミドDNAは、大腸菌やアグロバクテリウムからアルカリ抽出法(Birnboim, H. C. & Doly, J. (1979) Nucleic acid Res 7: 1513)又はその変法等により調製することができる。また、市販のプラスミドとして、例えばpBI221、pBI121、pBI101、pIG121Hm等を用いることもできる。ウイルスDNAとしては、例えばpTB2(Donson et al., 1991)等を用いることができる(Donson J., Kerney CM., Hilf ME., Dawson WO. Systemic expression of a bacterial gene by a tobacco mosaic virus-based vector. Proc. Natl. Acad. Sci.(1991) 88: 7204-7208を参照。)
【0032】
ベクター内で用いられるプロモーターは、ベクターが導入される宿主細胞に応じて適宜選択することができる。例えば、カリフラワーモザイクウイルス35S RNAプロモーター(Odell et al.1985 Nature 313:810)、イネのアクチンプロモーター(Zhang et al.1991 Plant Cell 3:1155)、トウモロコシのユビキチンプロモーター(Cornejo et al.1993 Plant Mol.Biol.23:567)等が好ましく用いられる。また、ベクター内で用いられるターミネーターも、同様にベクターが導入される宿主細胞に応じて適宜選択することができる。例えば、ノパリン合成酵素遺伝子転写ターミネーター、カリフラワーモザイクウイルス35S RNAターミネーター等が好ましく用いられる。
【0033】
本発明で用いる組換えベクターは、例えば以下のようにして作製することができる。
まず、前記DNA構築物を適当な制限酵素で切断又はPCRによって制限酵素部位を付加し、ベクターの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入する。
【0034】
本発明で用いる形質転換体は、前記組換えベクターで形質転換されていることを特徴とする。形質転換に用いられる宿主細胞は真核細胞及び原核細胞の何れでもよい。
真核細胞としては、植物細胞が好ましく用いられ、中でもアキノノゲシ属(
Lactuca)などのキク科(
Asteraceae)、ナス科、アブラナ科、アカザ科に属する植物の細胞が好ましく用いられる。本発明においては、バラ科に属する植物の細胞、中でもオランダイチゴ属 (
Fragaria)の細胞が好ましく用いられる。好ましくはオランダイチゴ (Fragaria ×ananassa)を用いることができる。品種としては、とよのか、女峰、サマーベリー、エッチエス−138などが挙げられる。
宿主細胞としてイチゴ細胞を用いる場合は、ベクターは、前記カリフラワーモザイクウイルス35S RNAプロモーター等を有する組換えベクター等を用いることができる。
原核細胞としては、大腸菌(
Escherichia coli)、アグロバクテリウム(
Agrobacterium tumefaciens)等が用いられる。
【0035】
本発明で用いる形質転換体は、一般的な遺伝子工学的手法を用いて、本発明のベクターを宿主細胞に導入することにより作製することができる。例えば、アクロバクテリウムを利用した導入方法(Hood, et al., 1993, Transgenic, Res. 2:218,Hiei, et al.,1994 Plant J. 6:271)、エレクトロポレーション法(Tada, et al., 1990, Theor.Appl.Genet, 80:475)、ポリエチレングリコール法(Lazzeri, et al., 1991, Theor. Appl. Genet. 81:437)、パーティクルガン法(Sanford, et al., 1987, J. Part. Sci. tech. 5:27)、ポリカチオン法(Ohtsuki)などの方法を用いることが可能である。
【0036】
本発明で用いるベクターを宿主細胞に導入した後、選択マーカーの表現型によって本発明の形質転換体を選抜することができる。また、選抜した形質転換体を培養することにより、前記志賀毒素タンパク質を生産することができる。培養に用いる培地及び条件は、形質転換体の種に応じて適宜選択することができる。
また、宿主細胞が植物細胞の場合には、選抜した植物細胞を常法に従って培養することにより、植物体を再生することができ、植物細胞内又は植物細胞の細胞膜外に前記志賀毒素タンパク質を十分な量で蓄積させることができる。例えば、植物細胞の種類により異なるが、ジャガイモであればVisserら(Theor.Appl.Genet 78:594(1989))の方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta 99:12(1971))の方法が挙げられる。
【0037】
アグロバクテリウム(
Agrobacterium tumefaciens)は植物の傷口で感染させるもので、腫瘍誘発性のTi(tumor-inducing)プラスミドと呼ばれる大きな染色体外因子を運搬する。多くの研究所において、数年に亘る鋭意研究の後、アグロバクテリウム系の開発により、様々な植物組織を型通りに形質転換することが可能となった。この技術により転換された代表的な組織として、タバコ、トマト、ヒマワリ、綿、ナタネ、ジャガイモ、ポプラ、及びダイズなどがある。
様々な種の植物について、アグロバクテリウム(
Agrobacterium tumefaciens)で形質転換された組織から植物を再生することが実証されている。この植物として、ヒマワリ、トマト、シロツメクサ、アブラナ、コットン、タバコ、ジャガイモ、トウモロコシ、イネ、その他多数の野菜作物を挙げることができる。
本発明においては、アグロバクテリウムTiベクターにより上記イチゴおよびジャガイモなどの栄養繁殖性植物を形質転換することが好ましい。本発明において、志賀毒素タンパク質は、イチゴの場合、好ましくは、イチゴ植物体の葉及び果実を含む植物体全体において十分な量で産生される。ジャガイモの場合、好ましくは、ジャガイモ植物体の葉、茎、及び塊茎を含む植物体全体において十分な量で産生される。
【0038】
本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、前記形質転換体を含んでいてもよい。本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、Stx2eタンパク質を含む前記形質転換体の全部を含んでいても、一部を含んでいてもよい。また、形質転換体をそのまま用いることもでき、乾燥、粉砕するなどして用いることもできる。また、本発明の大腸菌性下痢症防除剤には、Stx2eタンパク質の免疫原性を高めるアジュバントを配合することもできる。一般的には、安全性を考慮して水酸化アルミニウムなどがアジュバントとして用いられる。一方、Stx2eタンパク質のBサブユニットは、それ自体がアジュバント活性を示すため、前記DNA構築物がBサブユニットをコードするDNAを含む場合には、さらにアジュバントを配合しなくても、高い免疫原性が得られる。
【0039】
本発明の大腸菌性下痢症の防除方法は、前記DNA構築物で形質転換された植物体を動物に投与することを特徴とする。本発明の大腸菌性下痢症の防除対象としては、ヒト、ブタ、ウシ、またはニワトリなどが挙げられるが、ブタに投与することが好ましい。
大腸菌性下痢症防除剤による免疫は、ブタに投与する場合、哺乳期〜120日齢のブタに、好ましくは、哺乳期〜90日齢のブタに対して行うことが好ましい。また繁殖期前後の母豚に対して行うことが好ましい。免疫の方法としては、前記DNA構築物で形質転換された植物体を母豚に投与して、母豚が産生した抗体を、乳汁により子豚に与える方法、前記DNA構築物で形質転換された植物体を哺乳期〜120日齢のブタに、好ましくは、哺乳期〜90日齢の子豚に投与し、子豚を直接免疫する方法等が挙げられる。
本発明の大腸菌性下痢症防除剤をブタに投与する方法としては、ブタの飼料に、前記DNA構築物で形質転換された植物体またはその乾燥物もしくは粉砕物を混合してブタに与える方法、ブタに点鼻する方法などが挙げられる。この場合の投与量は、Stx2eタンパク質の質量として、1日当たり好ましくは1.5mg以上、さらに好ましくは3.0mg以上である。本発明の大腸菌性下痢症防除剤は、一定の間隔をおいて、複数回投与することが好ましい。例えば、4〜7日おきに、合計2〜3回投与する方法が挙げられる。
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
実施例1.Stx2eB発現ベクターの構築
Stx2eB発現ベクターは、Matsui et al., 2011, Transgenic Res., 20;735-48のMaterials and methodsに従って作成した。
具体的には、C末端にPG12スペーサー(配列番号1)およびHAタグ、HDEL配列を融合したStx2eB(1×2eB)を作製し、さらにStx2eBをPG12スペーサーを介してタンデムに連結した2×2eBとした。これを安定形質転換体作製用バイナリーベクターpRI909に組み込んだ(配列番号14)。このようなベクターは、Matsui et al., 2011, Transgenic Res., 20;735-48の
図4に記載される2BHプラスミドである。
このようにして作成したバイナリーベクターを
図1に示す。
【0041】
実施例2.イチゴへの遺伝子導入試験
Stx2e発現プラスミド(
図1)を直接導入法にてアグロバクテリウム(系統EHA105およびLB4404)に導入した。得られたカナマイシン(Km)耐性株(導入プラスミド確認済み)を用いてイチゴ(品種名:エッチエス−138)の形質転換試験を行った。Km添加培地を用いてカルス誘導と再分化を行い、抗生物質(Km)耐性個体を選抜した。
どちらのアグロバクテリウム系統の試験からも100個体以上の抗生物質耐性個体を得ることができた。生育の早い株より、順次、導入したStx2eB遺伝子の確認および当該タンパク質の発現解析を行った。
抗生物質耐性株18個体よりゲノムDNAを抽出し、PCR解析を行った。プライマー組み合わせは、
図2に記載のpRI M3FW(配列番号15)とpRI RV(配列番号16)(増幅予定断片長約1.9kbp)、pro35SF(配列番号17)とpRI RV(配列番号16)(増幅予定断片長約1kbp)の2つの組み合わせで行い、17個体で目的遺伝子の導入が確認された。なお、どちらの組み合わせにおいても、非特異バンドは確認されなかった。
【0042】
実施例3.形質転換イチゴの発現解析
図2に示すPCR解析結果より、得られた再分化個体には、ほとんどの株で目的遺伝子が挿入されていることが推定された。従って、全系統における目的タンパク質の発現解析を行った。
約200〜300mg新鮮重のイチゴ培養株より葉をサンプリングし、タンパク質抽出を行うまで-80℃で保存した。上記試料に、5倍量のバッファー(0.2M Tris-Cl (pH=8.0)、0.1M NaCl、0.01M EDTA、0.014M 2ME、0.001M PMSF、0.05% Tween20)を加え、乳鉢にて液体窒素とともに磨砕し、可溶性タンパク質の抽出を行った。可溶性タンパク質試料に等量のLaemmli Sample buffer(5% 2-Mercaptoethanol含有)を添加し、加熱処理した後、アクリルアミドゲル泳動に供した(ゲル濃度:15%、Wako)。電気泳動にて展開したゲルのタンパク質をPVDF膜に転写し、ウエスタンブロットを行った。ウエスタンブロット解析の一次抗体は、1000倍希釈したハイブリドーマ培養上清Rat 37C mAb、P-12を、二次抗体には、12000倍希釈したAnti-Rat IgG(whole molecule)-Peroxidase, antibody produced in rabbit (SIGMA A5795)を用いた。抗体反応はCan Get Signal solution(TOYOBO)を、検出反応はECL plus Western Blotting Detection System(GE Healthcare)をそれぞれ使用し、化学発光検出はVersaDoc Model5000(BioRad)で実施した。
図3にその結果の一部を示す。供試した150系統中99系統で目的タンパク質の発現が確認された。
【0043】
実施例4.水耕栽培と果実採取
目的タンパク質の発現が確認された系統を順化し閉鎖型植物工場内で水耕栽培した。葉かき、養液交換等の栽培管理を行い、開花を確認して、果実採取を行った。
【0044】
実施例5.ブタ投与サンプルの調製
投与サンプルには果実を用いた。まず、果実に含まれるStx2eBを定量した。タンパク質の抽出はTCA-acetone法(Shultz等、2005)に従い行った。2 mlマイクロチューブにイチゴ果実凍結乾燥粉末約10 mg、直径5 mmステンレスビーズをおよび-20℃に冷やした約0.7 ml TCA-acetone(10% トリクロロ酢酸、90% アセトン、0.07% 2-メルカプトエタノール)を添加し、本チューブを液体窒素で冷却しておいたTissueLyser Adapter Set 2×24(Qiagen)に設置しTissueLyser II(Qiagen)で20回/秒、3分間往復振とうすることによりサンプルを混合した。-20℃で1時間静置後、16,000×g、4℃、30分間遠心操作を行い、上清を除去し、タンパク質を含む沈殿を得た。さらに夾雑物を除去するために、約0.7 ml acetone/BME(100% アセトン、0.07% 2-メルカプトエタノール)を添加し、上記同様に混合し、16,000×g、4℃、10分間遠心操作を行い、上清を除去した。本夾雑物除去操作はさらに2回行った。沈殿は減圧乾燥後、1.1 ml 抽出Iバッファー [20 mMトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)-HCl、pH 7.9、0.5 M 塩化ナトリウム、5 mM イミダゾール、6 M 尿素] に懸濁し、16,000×g、4℃、10分間遠心操作を行い、上清を回収、タンパク質溶液を得た。
当該タンパク質溶液を同量のSDS-PAGE用サンプルバッファー(Ez Apply、ATTO製)と混合し、沸騰水中で10分間加温することにより変性させた。変性させたタンパク質は適宜希釈し、Criterionセル(電気泳動槽、BIO-RAD)、Ez Run (電気泳動バッファー、ATTO製)を入れおよびCriterion TGX-ゲル(BIO-RAD)を用い、200 V定電圧で40分間電気泳動(SDS-PAGE)を行った。電気泳動後のゲルは、トランスブロット転写パック(BIO-RAD)を用い、トランスブロットTurbo (BIO-RAD)でブロッティングを行った。
転写後のメンブレンはブロッキング溶液(TBS系, pH7.2、ナカライテスク)に浸し、室温で1時間振とうまたは4°Cで16時間静置しブロッキング処理した。ブロッキングしたメンブレンはTBS-T (137 mM 塩化ナトリウム、2.68 mM 塩化カリウム、1% ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート、25 mM Tris-HCl、pH 7.4)中で室温、5分間の振とうを3回行い洗浄した。2×Stx2eBタンパク質のウェスタン解析による検出には、一次抗体としてTBS-Tで1,000倍希釈したラット抗Stx2eBモノクローナル抗体Rat 37C mAb、P-12を使用した。当該一次抗体液中にメンブレンを浸し、室温で2時間振とうすることにより抗原抗体反応を行い、TBS-T中で室温、5分間の振とうを3回行い洗浄した。二次抗体にはTBS-Tで10,000倍希釈したAnti-Rabbit IgG, AP-linked Antibody (Cell Signaling TECHNOLOGY)を使用した。本希釈液中にメンブレンを浸し、室温で1時間振とうすることにより抗原抗体反応を行い、TBS-T中で室温、5分間の振とうを3回行い洗浄した。アルカリホスファターゼによる発色反応は、発色液(0.1 M 塩化ナトリウム、5 mM 塩化マグネシウム、0.33 mg/mlニトロブルーテトラゾリウム、0.33 mg/ml 5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-リン酸、0.1 M Tris-HCl、pH9.5) 中にメンブレンを浸し、室温で7分間振とうすることにより行い、メンブレンを蒸留水で洗浄した後、常温で乾燥した。発色したメンブレンはスキャナー(PM-A900、エプソン)により画像化し、画像解析ソフト(CS Analyzer ver. 3.0、アトー)を用い、2×Stx2eBタンパク質の定量を行った。
上述の定量結果をもとに、一頭一回当たりのStx2eB投与量が1.5mgとなるよう、イチゴ果実を量りとり、ミキサーミルで破砕し液状化したのち、凍結乾燥により粉末化したものを投与サンプルとした。
【0045】
実施例6.毒素原性大腸菌のブタチャレンジ試験
(a)菌種
ブタ由来易熱性毒素(LT)、耐熱性毒素(ST)産生Escherichia Coli (ETEC) No.4242-1 ((株)食環境衛生研究所より入手)(野外圃場死亡豚由来)を供試した。性状は以下の通り。
溶血性:+
線毛タイプ: F18, -;K88, +
毒素:Stx2e, -; ST, +; LT, +
(b)攻撃菌の調製(用時調製)
上記No.4242-1菌株をTSブロス培地で37℃で対数増殖期になるまで培養した。培養後、遠心分離を行い、沈澱物として集菌した。菌体は2×10
9CFU/頭となるよう、アルカリ性ハンクス緩衝液で調製した。
(c)被験物質及び攻撃菌の投与
養豚場で飼育されている健康な母豚1頭に由来する離乳期子豚を6頭選抜した。24日齢で屋内飼育室に移動し、表1に示すように3頭ずつ2群に分け、各群を柵で囲われたスペース(ペン)で隔離飼育した。第1群の子豚には、28日齢および31日齢で、表1に示す所定量(1回当たり)の被験物質を飼料に混合し、自発的経口投与を行った。第2群の子豚には、有効成分を含まないイチゴ粉末を被験物質と同量、同様の方法で投与した。各群の子豚は、それぞれ1日後に、29日齢と32日齢の2回攻撃菌を強制経口投与した。攻撃菌の投与は、胃カテーテルを用い強制経口投与を行った。飼料は、子豚
人工乳後期用標準飼料(日本配合飼料株式会社製)を用い、飼料及び水は自由摂取させた。なお、飼育期間中、体重を記録した。
【0046】
【表1】
【0047】
0日目(2回目の攻撃菌強制投与日)から14日目まで、毎日、臨床観察を行った。観察は、病性鑑定マニュアルに記載の大腸菌性下痢症の臨床症状として知られている、被毛粗雑、糞便性状の項目について行い、以下の基準に基づいて、臨床症状スコアをつけた。
被毛粗雑(0:なし、1:あり)
糞便性状(0:正常、1:軟便、2:泥状便、3:水様・粘血便)
また、剖検時の病変有無(腹水貯留)についても調べた。
腹水貯留(0:正常、1:軽度、2:重度)
また、5日目、10日目、14日目に体重を測定した。
【0048】
(d)試験結果
臨床観察
各項目について得た合計臨床症状スコアと剖検時病変スコアを表2に示す。観察全期間中(0〜14日目)において、被験物質を投与した第1群において、大腸菌性下痢症の症状を抑制できることが明らかになった。
【0049】
【表2】
【0050】
被験物質非投与第2群の子豚においては、10日目から被毛粗雑が観察され、14日目には全頭で観察された。これに対し、被験物質を投与した第1群の子豚においては、全く観察されなかった。被験物質非投与第2群の子豚1頭で13日目から軟便が観察された。被験物質を投与した第1群では全頭で糞便性状に異常は認められなかった。
【0051】
体重推移
全期間における体重推移を
図4に示す。
攻撃後5日目において、第1群の平均体重は9.0kgであった。第2群では7.5kgであった。群間の体重差は統計学的にも有意差ありと判断できた。この傾向は、10日目、14日目も継続して観察された。
また、剖検時の所見として、被験物質非投与群(第2群)の2頭で顕著な腹水の貯留が認められた。被験物質投与群(第1群)では全頭腹水の貯留は認められなかった。