特許第6556714号(P6556714)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6556714
(24)【登録日】2019年7月19日
(45)【発行日】2019年8月7日
(54)【発明の名称】酸化鉄ナノ磁性粉およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/11 20060101AFI20190729BHJP
   C01G 49/06 20060101ALI20190729BHJP
   G11B 5/706 20060101ALI20190729BHJP
   G11B 5/84 20060101ALI20190729BHJP
【FI】
   H01F1/11
   C01G49/06
   G11B5/706
   G11B5/84 Z
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-529530(P2016-529530)
(86)(22)【出願日】2015年6月18日
(86)【国際出願番号】JP2015067669
(87)【国際公開番号】WO2015194650
(87)【国際公開日】20151223
【審査請求日】2018年4月16日
(31)【優先権主張番号】特願2014-124948(P2014-124948)
(32)【優先日】2014年6月18日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2015-62084(P2015-62084)
(32)【優先日】2015年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)、産業技術力強化法第19条の規定の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】大越 慎一
(72)【発明者】
【氏名】吉清 まりえ
(72)【発明者】
【氏名】生井 飛鳥
(72)【発明者】
【氏名】所 裕子
(72)【発明者】
【氏名】太郎良 和香
(72)【発明者】
【氏名】奈須 義総
(72)【発明者】
【氏名】吉田 貴行
(72)【発明者】
【氏名】田中 学
【審査官】 五貫 昭一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−18473(JP,A)
【文献】 M.Z.Kassaee, M.Ghavami, A.Cheshmehkani, M.Majdi and E.Motamedi,Nano Iron Oxide with the Neural-Network Morphology ,J. Iran. Chem. Soc.,2009年12月,Vol. 6,No.4, p.812-815
【文献】 Radoslaw Przenioslo, Izabela Sosnowska, Michal Stekiel, Dariusz Wardecki, Andrew Fitch, Jacek B. Jasinski,Monoclinic deformation of the crystal lattice of hematite α-Fe2O3,Physica B,2014年,449,p.72-76
【文献】 Elena Bykova 他,Novel high pressure monoclinic Fe2O3 polymorph revealed by single-ctystal synchron X-ray diffraction studies,High Pressure Resarach,2013年,Vol.33, NO.3,P534-545
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/11
C01G 49/06
G11B 5/706
G11B 5/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成がFeで結晶構造が単斜晶系に属するσ型酸化鉄ナノ磁性粒子からなるσ型酸化鉄ナノ磁性粉
【請求項2】
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子の結晶構造が、単斜晶系の単純格子(P)に属する請求項1に記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項3】
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子の結晶構造中に、5配位のFe配位サイトを有する請求項1または2に記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項4】
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子が、室温で磁気分極を有し且つ自発電気分極を有し、当該磁気分極が当該自発電気分極に対して成す角度が、0°と90°との間の値をとる請求項1から3のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項5】
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子は、可視域から近赤外域において、左右の円偏光励起の内、片方の円偏光励起のみが可能である請求項1から4のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項6】
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子は、左右の円偏光性のエネルギー差が0.5eV以上、当該左右の円偏光性のエネルギーの内、低いエネルギーの値が1.5eV以下である請求項1から5のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項7】
コンポジット磁石またはコア−シェル磁石の製造に用いる、請求項1から6のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉。
【請求項8】
β−FeO(OH)ナノ微粒子(酸化水酸化鉄(III))と純水とを混合して、分散液を調製する工程と、
前記分散液へ、アンモニアとケイ素化合物と硫酸アンモニウムとを加えて沈殿物を析出させる工程と、
前記析出した沈殿物を採集し純水で洗浄した後、乾燥させ、さらに当該乾燥した沈殿物を粉砕して粉砕粉を得る工程と、
前記粉砕粉へ、酸化性雰囲気下で熱処理を施し、熱処理粉を得る工程と、
前記熱処理粉を水酸化ナトリウム水溶液に添加し、攪拌して、酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液を得る工程と、
前記酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液へ遠心分離操作を行い、得られた上澄み液を乾固させることによりσ型酸化鉄ナノ磁性粉を得る工程とを、有する磁性粉の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な酸化鉄ナノ磁性粉(本発明において「σ型酸化鉄」、「σ型酸化鉄ナノ磁性粉」、「σ−Fe」と記載する場合がある。)およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは2004年に、逆ミセル法とゾルゲル法を用いた化学的ナノ微粒子合成法により、ε−Fe相を得た。得られたε−Fe相は、室温において20kOe(1.59×10A/m)という巨大な保磁力を示すことを見出した。そして、当該ε−Fe相は巨大な磁気異方性を有することを見出した。
本発明者らは特許文献1として、金属置換型ε−MFe(2-x)相を有する磁性粉を開示し、特許文献2として、ε−Fe23結晶のFe3+イオンサイトの一部がGa3+イオンで置換されたε−GaxFe2-x3の結晶からなる磁性材料を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−174405号公報
【特許文献2】特開2007−269548号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、市場では、省エネルギー型記録という観点や、高性能磁石の開発という観点から、磁気分極や自発電気分極、ハーフメタルといった物性を備えた材料の開発が望まれている。
【0005】
上述したように、本発明者らは、ε型酸化鉄ナノ磁性粉(ε−Fe)の製造手法を検討し、各種発表および出願により開示してきた(例えば、特許文献1、2参照)。
そして、本発明者らは、当該ε型酸化鉄ナノ磁性粉をアスペクト比の大きい形状とする研究を進める内、磁気分極や自発電気分極、ハーフメタルに近い物性、等という特性を備えた新規な酸化鉄ナノ磁性粉であるσ型酸化鉄ナノ磁性粉を知見した。
本発明は、当該状況の下で成されたものであり、その解決しようとする課題は、磁気分極や自発電気分極、ハーフメタルに近い物性を備えた新規な酸化鉄ナノ磁性粉であるσ型酸化鉄ナノ磁性粉と、その製造方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述の課題を解決する為、本発明者らが研究を行った結果、出発原料として、β−FeO(OH)(酸化水酸化鉄(III))ナノ微粒子を用い、当該β−FeO(OH)ナノ微粒子をシリコン酸化物で覆った後、酸化性雰囲気下で熱処理することで、単相のε−Fe相を有する酸化鉄ナノ磁性粉を生成する際、σ型酸化鉄ナノ磁性粉が生成することを知見した。
ここで本発明者らは、生成したσ型酸化鉄ナノ磁性粉のXRDを観測し、リートベルト解析および第一原理計算を行って結晶構造および物性を解析し、本発明を成した。
【0007】
即ち、上述の課題を解決するための第1の発明は、
組成がFeで結晶構造が単斜晶系に属するσ型酸化鉄ナノ磁性粒子からなるσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第2の発明は、
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子の結晶構造が、単斜晶系の単純格子(P)に属する第1の発明に記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第3の発明は、
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子の結晶構造中に、5配位のFe配位サイトを有する第1または第2の発明に記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第4の発明は、
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子が、室温で磁気分極を有し且つ自発電気分極を有し、当該磁気分極が当該自発電気分極に対して成す角度が、0°と90°との間の値をとる第1から第3の発明のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第5の発明は、
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子は、可視域から近赤外域において、左右の円偏光励起の内、片方の円偏光励起のみが可能である第1から第4の発明のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第6の発明は、
前記σ型酸化鉄ナノ磁性粒子は、左右の円偏光性のエネルギー差が0.5eV以上、当該左右の円偏光性のエネルギーの内、低いエネルギーの値が1.5eV以下である第1から第5の発明のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第7の発明は、
コンポジット磁石またはコア−シェル磁石の製造に用いる、第1から第6の発明のいずれかに記載のσ型酸化鉄ナノ磁性粉である。
第8の発明は、
β−FeO(OH)ナノ微粒子(酸化水酸化鉄(III))と純水とを混合して、分散液を調製する工程と、
前記分散液へ、アンモニアとケイ素化合物と硫酸アンモニウムとを加えて沈殿物を析出させる工程と、
前記析出した沈殿物を採集し純水で洗浄した後、乾燥させ、さらに当該乾燥した沈殿物を粉砕して粉砕粉を得る工程と、
前記粉砕粉へ、酸化性雰囲気下で熱処理を施し、熱処理粉を得る工程と、
前記熱処理粉を水酸化ナトリウム水溶液に添加し、攪拌して、酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液を得る工程と、
前記酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液へ遠心分離操作を行い、得られた上澄み液を乾固させることによりσ型酸化鉄ナノ磁性粉を得る工程とを、有する磁性粉の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る新規な酸化鉄ナノ磁性粉であるσ型酸化鉄は、ハーフメタルに近い電子構造を有していると考えられ、ハーフメタルとしての性能を発揮すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】σ型酸化鉄粉の製造方法の工程フロー図である。
図2】σ型酸化鉄試料のXRDパターンとリートベルト解析とを示すグラフである。
図3】σ型酸化鉄の結晶構造のa軸投影図である。
図4】σ型酸化鉄の結晶構造のa軸投影図において、Feサイトにシャドウを付して示したものである。
図5】σ型酸化鉄の結晶構造のb軸投影図において、Feサイトにシャドウを付して示したものである。
図6】σ型酸化鉄の結晶構造のc軸投影図において、Feサイトにシャドウを付して示したものである。
図7】σ型酸化鉄の電子状態密度図である。
図8】σ型酸化鉄のバンド分散図である。
図9】ε型酸化鉄の電子状態密度図である。
図10】ε型酸化鉄のバンド分散図である。
図11】ε−Fe相の配位構造を示す模式図である。
図12】α−Fe相の配位構造を示す模式図である。
図13】γ−Fe相の配位構造を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(σ型酸化鉄ナノ磁性粉)
本発明に係る新規な構造を有する、σ型酸化鉄ナノ磁性粉について説明する。
図2は、後述する実施例に係るσ型酸化鉄ナノ磁性粉のXRDパターンのリートベルト解析を示す概念図である。即ち、黒色ドットは実測のXRD強度である。そして、後述するσ型酸化鉄の結晶構造を用いた計算を行うと、XRD強度は黒色実線に示すように計算され、実測値との差がほぼなくなり、後述するような単斜晶の結晶構造を有するFeであることが確認された(灰色実線はXRD強度の実測値と計算値の残差である。)。なお、黒色バーはσ型酸化鉄ナノ磁性粉のブラッグピーク位置である。
【0011】
上述したリートベルト解析より得られた、σ型酸化鉄の結晶構造のa軸投影図を図3に示す。
図3に示すσ型酸化鉄は、単純格子(P)に属する単斜晶系の結晶構造を有し、リートベルト解析により求められた構造の空間群はP1a1、格子定数はa=5.0995Å、b=8.7980Å、c=9.4910Å、β角度=90.60°である。この結晶構造は反転対称が破れており、上述の解析結果を基にして行った、本発明に係るσ型酸化鉄に対する第一原理計算の結果より、結晶a軸、c軸方向に自発電気分極を有することが示されている。また、σ型酸化鉄は室温で強磁性を示すことがカンタムデザイン社製MPMS7のSQUID(超伝導量子干渉計)を用いた磁化測定の結果から確かめられていることから磁気分極を有し、自発電気分極に対して成す角度が0°と90°との間の値をとる。
当該σ型酸化鉄の結晶構造の単位格子は、16個の鉄原子および24個の酸素原子から構成されており、これらは非等価な8種類の鉄サイト(Fe1〜Fe8)と、12種類の酸素サイト(O1〜O12)とに分けられている。
ここで、図3に示す結晶構造において、非対称単位以外の原子は薄いシャドウを付して示した。
【0012】
図4は、本発明に係るσ型酸化鉄の結晶構造のa軸投影図において、Fe1〜Fe3およびFe5〜Fe6サイトに灰色のシャドウ、Fe4サイトに濃灰色のシャドウ(さらに、破線で囲って示した。)、Fe7、Fe8サイトに灰色のシャドウを付して示したものである。
図5、6は、本発明に係るσ型酸化鉄の結晶構造のb軸投影図およびc軸投影図において、図4と同様のシャドウを付して示したものである。
そして、図4〜6において、Fe1〜Fe3およびFe5〜Fe6サイトは6配位構造、Fe4サイトは5配位構造、Fe7、Fe8サイトは4配位構造を有していると考えられる。
【0013】
尚、比較の為、結晶構造として斜方晶(空間群Pna21)を有するε型酸化鉄の結晶構造図を図11に、結晶構造として菱面体晶(空間群R-3C)を有するα型酸化鉄の結晶構造図を図12に、結晶構造として立方晶(空間群Fd-3m)を有するγ型酸化鉄の結晶構造図を図13に示す。
【0014】
上述の解析結果を基にして行った、本発明に係るσ型酸化鉄(単斜晶系の結晶構造、空間群P1a1)に対する第一原理計算の結果より、図7に示す電子状態密度図、図8に示すバンド分散図を得た、尚、比較説明の為、ε型酸化鉄(斜方晶系の結晶構造、空間群Pna21)の電子状態密度図を図9に示し、バンド分散図を図10に示す。
【0015】
図7、9に示す電子状態密度図は、横軸に電子密度状態、縦軸にエネルギーをとったグラフである。
エネルギー0eVの位置の破線はフェルミ準位を示し、当該フェルミ準位より下部は、主に酸素2p軌道(O2p)から成る価電子バンドであり、上部は主に鉄3d軌道(Fe3d)から成る伝導バンドである。そして、電子状態密度図の右側はαスピン、左側はβスピンを示している。
【0016】
ここで、図7、9において、酸素2p軌道のスピンを灰色太実線で、鉄3d軌道のスピンを黒色太実線で、酸素2p軌道のスピンと鉄3d軌道のスピンとの合計値を黒色細実線で示した。
すると、σ型酸化鉄およびε型酸化鉄とも、上述したように価電子バンドにおいては主に酸素2p軌道(O2p)から成るスピンが、伝導バンドにおいては主に鉄3d軌道(Fe3d)から成るスピンが存在した。
ところが、図7に示すσ型酸化鉄では、伝導バンドのαスピン領域において、主なσ型酸化鉄のスピンの低エネルギー側に鉄3d軌道(Fe3d)から成るスピンが存在した。そして当該スピンは、上述した5配位構造を有するFe4サイトに隣接する4配位構造のFe8サイトに由来するものであった。これは、5配位構造のFe4サイトが、4配位構造のFe8サイトの電子状態に影響していると考えられる。
一方、図9に示すε型酸化鉄においては、当該スピンは観測されなかった。
【0017】
図8、10に示すフェルミ準位近傍のバンド分散図は、横軸にブリルアンゾーンをとり、縦軸にエネルギーをとったグラフであり、エネルギー0eVの位置の破線はフェルミ準位を示している。
当該バンド分散図に、αスピンを細実線で、βスピンを細点線で記載した。
そして、価電子バンドのαスピンから伝導バンドのへαスピンへの直接遷移(右円偏光により励起される電子遷移、すなわち右円偏光のみ吸収される。)の中で最もエネルギーが小さい遷移を実線矢印で示し、価電子バンドのβスピンから伝導バンドのへβスピンへの直接遷移(左円偏光により励起される電子遷移、すなわち左円偏光のみ吸収される。)の中で最もエネルギーが小さい遷移を破線矢印で示したものである。
【0018】
図8に示すσ型酸化鉄では、αスピンからαスピンへのバンドギャップは1.0eV(1240nm)と小さいのに対し、βスピンからβスピンへのバンドギャップは2.1eV(590nm)と大きく、ハーフメタルに近い電子構造を有していると考えられる。従って、本発明に係るσ型酸化鉄はハーフメタルとしての性能を発揮すると考えられる。
この結果、本発明に係るσ型酸化鉄は、可視域から近赤外域において、左右の円偏光励起の内、片方の円偏光励起のみを可能とすることが出来ると考えられる。具体的には、左右の円偏光性のエネルギー差が0.5eV以上、当該左右の円偏光性のエネルギーの内、低いエネルギーの値が1.5eV以下であった。
そして、例えば、遷移確率の大きい1.24μm近傍の波長の光に対しては、光アイソレーター性能が発現することが期待されるものである。
さらに、焦電性磁性体でありかつハーフメタルの特性を有するσ型酸化鉄と、例えば高磁化軟磁性材料のような異なる物性を示す磁性体とを組み合わせてコンポジット磁石またはコア−シェル磁石を製造することにより、高磁化・高保磁力でハーフメタルの特性を有するなど新規物性を示す材料を見出すことができると考えられる。
これに対し、図10に示すε型酸化鉄では、通常の電荷移動型絶縁体の電子構造をとっていた。そして、αスピンからαスピンへのバンドギャップは2.7eV(460nm)、βスピンからβスピンへのバンドギャップは2.5eV(500nm)と、両者にほとんど差異はみられなかった。
【0019】
(σ型酸化鉄ナノ磁性粉の製造方法)
ここで、本発明に係る酸化鉄ナノ磁性粉の製造方法の一例について、本発明に係る酸化鉄ナノ磁性粉の製造方法の工程フロー図である図1を参照しながら説明する。
平均粒径15nm以下のβ−FeO(OH)ナノ微粒子(酸化水酸化鉄(III))と純水とを混合して、鉄(Fe)換算濃度が0.01モル/L以上、1モル/L以下の分散液を調製した。
当該分散液へ、前記酸化水酸化鉄(III)1モルあたり3〜30モルのアンモニアを、アンモニア水溶液の滴下により添加して、0〜100℃、好ましくは20〜60℃で撹拌した。
さらに、当該アンモニアを添加した分散液へ、前記β−FeO(OH)ナノ微粒子1モルあたり0.5〜15モルのケイ素化合物を滴下し、15時間以上、30時間以下で撹拌した後、室温まで放冷した。
当該放冷した分散液へ、前記β−FeO(OH)ナノ微粒子1モルあたり1〜30モルの硫酸アンモニウムを加えて沈殿を析出させた。
当該析出した沈殿物を採集し純水で洗浄した後、60℃程度で乾燥させた。さらに当該乾燥した沈殿物を粉砕して粉砕粉を得た。
当該粉砕粉を酸化性雰囲気下、900℃以上、1200℃未満、好ましくは950℃以上、1150℃以下で、0.5〜10時間、好ましくは2〜5時間の熱処理を施し熱処理粉を得た。尚、当該酸化性雰囲気としては大気の使用が可能であり、作業性、コストの観点から大気の使用が好ましい。
得られた熱処理粉を、解粒処理したのち、強アルカリ液として液温60℃以上70℃以下の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に添加し、15時間以上30時間以下、好ましくは20時間以上26時間以下攪拌することにより、当該熱処理粉からシリコン酸化物を除去し、酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液を生成させた。
次いで、生成した酸化鉄ナノ磁性粒子の分散水溶液へ遠心分離操作(1回目)を行い、沈殿物と上澄み液に分離させた。そして、当該沈殿物(1回目)を採取し、ここへ純水添加して分散後、再度の遠心分離操作(2回目)を行って沈殿物(2回目)を採取した。さらに所望により、当該沈殿物(2回目)へ純水添加して分散後、再々度の遠心分離操作(3回目)を行った。つまり、当該遠心分離操作を2回以上、好ましくは3回以上繰り返した。このとき、遠心分離操作の回転数は5,000rpm以上15,000rpm以下とすることが好ましい。
そして、最終回の遠心分離操作で得られた上澄み液を乾固させることにより、本発明に係るσ型酸化鉄ナノ磁性粉を得ることが出来た。
一方、最終回の遠心分離操作で得られた沈殿物中からは、ε型酸化鉄ナノ磁性粉であり平均粒径15nm以下である酸化鉄ナノ磁性粉を得ることが出来た。
【0020】
(まとめ)
本発明によって、σ型酸化鉄ナノ磁性粉を容易に合成することが出来た。
そして、本発明に係るσ型酸化鉄ナノ磁性粉は、合成法の簡便性や材料の安全性・安定性という観点からも、様々な用途での工業的応用が期待される。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を参照しながら本発明を説明する。
[実施例1]
〔手順1〕1L三角フラスコに、純水420mLと平均粒径6nmのβ−FeO(OH)ナノ微粒子(酸化水酸化鉄(III))のゾル8.0gを入れ、均一分散液となるまで撹拌した。
ここに、25%アンモニア水溶液19.2mLを滴下し、50℃で30分間攪拌した。さらにこの分散液に、ケイ素化合物としてテトラエトキシシラン(TEOS)24mLを滴下し、50℃で20時間攪拌した後、室温まで放冷した。当該分散液が室温まで放冷したら、硫酸アンモニウム20gを加えて沈殿を析出させた。
〔手順2〕当該析出した沈殿物を遠心分離処理により採集した。採集した沈殿物を純水で洗浄し、シャーレに移して60℃乾燥機中で乾燥させた後、メノウ製乳鉢で粉砕し粉砕粉とした。
〔手順3〕当該粉砕粉を炉内に装填し、大気雰囲気下、1061℃、4時間の熱処理を施し熱処理粉とした。得られた熱処理粉を、メノウ製乳鉢で解粒処理したのち、5モル/Lの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液で、液温65℃、24時間攪拌することにより、熱処理粉からシリコン酸化物を除去し、Feナノ粒子の分散水溶液を得た。
〔手順4〕
生成したFeナノ粒子の分散水溶液へ、5,000rpm(rpm:回転毎分)で10分間の操作に係る遠心分離操作(1回目)を行い、沈殿物と上澄み液とに分離させた。次に、当該沈殿物(1回目)へ純水添加して分散後、10,000rpmで5分間の操作に係る遠心分離操作(2回目)を行い、沈殿物と上澄み液とに分離させた。さらに、当該沈殿物(2回目)に純水添加して分散後、14,000rpmで60分間の操作に係る遠心分離操作(3回目)を行ない、沈殿物と上澄み液とに分離させた。当該上澄み液(3回目)を乾固させることにより、当該上澄み液(3回目)に含まれていた本発明に係るσ型酸化鉄ナノ磁性粉を得た。
【0022】
得られたσ型酸化鉄ナノ磁性粉試料のX線回折測定(XRD)およびリートベルト解析によるデータを図2に示す。
さらに、リートベルト解析の結果から得られたσ型酸化鉄の結晶構造のa軸投影図を図3に示す。
また、第一原理計算の結果から得られた電子状態密度図を図7に、バンド分散図を図8に示した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13