(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上述のような従来技術は、放射性廃棄物処理施設等から排出される放射性廃液を専らの対象としており、強酸性や強塩基性環境を対象に開発されている。そのため、農業現場で求められる、中性から弱酸性環境におけるセシウム吸着効果の検証は十分に行われていない。
【0008】
また、セシウムは、同族元素であるカリウムと物理化学的に近い振る舞いを示す。そのため、生態系への拡散を通じた食品への汚染拡大も懸念されており、除染に際してはより生物学的に安全な手段が望まれている。例えば、特許文献1および非特許文献1に記載の組成物等のような、チタン、ジルコニウムおよび/またはスズ等を含有する資材は、農業現場に適用すれば重金属汚染を生じ得る。加えて、リン酸ジルコニウムは強磁性を持たないため、土壌または大量の水に適用した場合、回収が難しい。
【0009】
また、プルシアンブルーの主成分であるフェロシアン化第二鉄は、その構造にシアノイオンを含んでいるため、環境中へ散布して分解されると、有毒なシアノ化合物が発生する危険性があり、また焼却時に有毒なシアンガスが発生する危険性がある。
【0010】
一方、ゼオライトはpH5.0以下またはpH8.0以上におけるセシウムの回収能力に優れているが、中性から弱酸性においてはその能力が低減する。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、その目的は、例えば農業現場等にも適用し得る、比較的危険性の低い成分を用いてなり、かつ中性から弱酸性環境においてセシウム吸着効果の高い、セシウム吸着材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明者らが鋭意検討した結果、これまでセシウム吸着材として検討されてはいなかったフィチン酸鉄塩に極めて優れたセシウム吸着の効果があることを初めて見出し、本発明に想到するに至った。本発明は、以下の(1)〜(10)を含む。
(1)フィチン酸鉄塩を含む、セシウム吸着材。
(2)pHが5.5以上で7.5以下の範囲内に調整されている液剤である、(1)に記載のセシウム吸着材。
(3)上記液剤は、フィチン酸鉄塩を含む液体に、アルカリ溶液を複数回に分けて加えることによって上記範囲内のpHになるように調整された、フィチン酸鉄塩を含む液体である、(2)に記載のセシウム吸着材。
(4)上記液剤は、水を主たる液体として含んでいる、(2)または(3)に記載のセシウム吸着材。
(5)フィチン酸鉄塩を含む液体に、アルカリ溶液を複数回に分けて加えることによってpHが5.5以上で7.5以下の範囲内になるように調整する工程を含む方法で製造したフィチン酸鉄塩を含む、(1)に記載のセシウム吸着材。
(6)上記(1)から(5)の何れかに記載のセシウム吸着材と、セシウムを含有する対象物とを接触させる工程を含む、セシウムを捕捉する方法。
(7)セシウムを含有する上記対象物が、水、または、土壌であることを特徴とする、(6)に記載の方法。
(8)上記(1)から(5)の何れかに記載のセシウム吸着材を、セシウムによる汚染が生じうる対象物に対して配置する工程を含む、セシウムによる汚染の拡散を防止する方法。
(9)セシウムによる汚染が生じうる上記対象物が、水、または、土壌であることを特徴とする、(8)に記載の方法。
(10)フィチン酸鉄塩の製造方法であって、フィチン酸鉄塩を含む液体に、アルカリ溶液を複数回に分けて加えることによってpHが5.5以上で7.5以下の範囲内になるように調整する工程を含む、製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るフィチン酸鉄塩を含むセシウム吸着材によれば、例えば農業現場で求められる、中性から弱酸性環境において優れたセシウム吸着効果が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0016】
〔1.セシウム吸着材〕
本発明の一実施形態に係るセシウム吸着材は、フィチン酸鉄塩を、セシウム吸着の有効成分として含んでなるものである。本実施形態に係るセシウム吸着材はフィチン酸鉄塩を有効成分として含むことによって、例えば、以下の利点1)〜4)を有する。
1)チタン、ジルコニウムおよびスズ等を含有する有効成分を用いることが必須でなくなるので、重金属汚染を回避できる。また、環境中へ散布された場合でも、有毒成分の発生が実質的にないため、環境負荷が相対的に小さい。
2)例えば農業現場で求められる、中性から弱酸性の環境において、優れたセシウム吸着効果が得られる。
3)鉄を含むため磁石を用いて容易に回収可能である。
4)米ぬかに多量に含まれるフィチンからフィチン酸を抽出して調製することも可能であり、安価かつ大量に作製することが可能であり、かつ、安全性に優れる。
【0017】
(フィチン酸鉄塩)
本明細書において、「フィチン酸鉄塩」とは、フィチン酸(myo−イノシトールの6リン酸エステル)に、少なくとも1個の鉄イオンがキレートされてなる塩を指す。鉄イオンの価数は2価でも3価でもよい。フィチン酸鉄塩の性状は特に限定されず、例えば、含水塩、無水塩、または、アモルファス性状等が挙げられ、これらの中では、含水塩または無水塩が好ましく、含水塩がより好ましい。特に、後述する、水を主たる液体として含むキャリアにフィチン酸鉄塩が含まれてなる液剤の場合、フィチン酸鉄塩は含水塩の形態でありうる。
【0018】
(セシウムの捕捉)
本明細書において「セシウムの捕捉」またはこれに類する表現は、金属セシウム(単体)、セシウムイオン(1価の陽イオンまたは陰イオン)、または、セシウム含有化合物の少なくとも何れかが捕捉される(すなわち特異的に捕える)ことを指し、より限定的な一例ではセシウムイオンが捕捉されることを指し、さらに限定的な一例ではセシウムの1価の陽イオンが捕捉されることを指す。上記のセシウム含有化合物とは、例えば、水に難溶性のセシウムの複塩が挙げられる。なお、「セシウムの吸着」は、「セシウムの捕捉」のより具体的な一形態である。
【0019】
セシウムには多数の同位体が知られるが、捕捉されるセシウムの同位体の種類は特に限定されない。ただし、捕捉されるセシウムの同位体は、安定同位体であるセシウム133、放射性同位体であるセシウム134、セシウム135、およびセシウム137の少なくとも1種であることが好ましく、放射性同位体であるセシウム134、セシウム135、およびセシウム137の少なくとも1種であることがより好ましく、セシウム137であることがさらに好ましい。
【0020】
(セシウム吸着材の形態など)
本実施形態に係るセシウム吸着材の形態は特に限定されず、例えば、フィチン酸鉄塩単独からなる形態;液体のキャリアにフィチン酸鉄塩が含まれてなる液剤の形態;固体のキャリアにフィチン酸鉄塩が固定されてなる形態;フィチン酸鉄塩が格納されている高分子ゲルまたは樹脂製カートリッジの形態;等が挙げられる。
【0021】
液剤の形態の場合、液体のキャリアの種類は特に限定されないが、水を主たる液体として含むキャリアが好ましい。水を主たる液体として含むキャリアとは、キャリアを構成する全液体に占める水の体積の割合が他の液体と比較して最も多いことを指し、好ましくは使用される全液体の体積の合計の50%を超え100%以下の量の水を用いることを指す。なお、水を主たる液体として含むキャリアは、例えば、塩酸または硝酸等の酸性物質が水に溶解してなる酸溶液であってもよい。
【0022】
必ずしも限定されないが、液剤の形態の場合、そのpHが2.0以上で7.5以下の範囲内に調整されていることが好ましく、pHが4.0以上で7.5以下の範囲内に調整されていることがより好ましく、pHが5.5以上で7.5以下の範囲内に調整されていることがさらに好ましい。pHが2.0以上で7.5以下の範囲内に調整されていれば、特に優れたセシウム吸着能を示すが、とりわけ、pHが5.5以上で7.5以下の範囲内に調整されていれば、例えば、ため池、河川、湖沼、ダム等の用水;または土壌;等、一般的に弱酸性〜中性の範囲内のpHである対象物に対して適用が容易で、かつ特に優れたセシウム吸着能を示す。
【0023】
液剤のpHを調整する方法としては、特に限定されないが、例えば、アルカリ溶液を用いて、フィチン酸鉄塩を含む液体(上記「液体のキャリア」に相当)のpHを調整する方法が挙げられる。アルカリ溶液の種類は、pHを調整できるものであれば特に限定されないが、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、または酸化カルシウム等の溶液が挙げられ、得られる液剤のセシウム吸着能が特に優れるという観点では、水酸化ナトリウム、または水酸化カルシウムの溶液が好ましい。また、アルカリ溶液は、アルカリ水溶液であることが好ましい。なお、アルカリ溶液は、フィチン酸鉄塩を含む液体に一度に加えてもよいが、後述する〔2.フィチン酸鉄塩の新規な製造方法〕の欄に詳細を記載の通り、アルカリ溶液は複数回に分けて徐々に加えることが、フィチン酸鉄塩の崩壊を抑制しかつセシウム吸着能が特に優れるために好ましい。
【0024】
液剤の形態の場合、液体のキャリア(リットル)に含まれるフィチン酸鉄塩の量(グラム)は、例えば、0.5g/L以上で10g/L以下の範囲内であり、1g/L以上で5g/L以下の範囲内であることがより好ましく、1g/L以上で3g/L以下の範囲内であることがさらに好ましく、1.5g以上で2.5g以下の範囲内であることが特に好ましい。
【0025】
固体のキャリアにフィチン酸鉄塩が固定されてなる形態の場合、固体のキャリアの種類は特に限定されないが、例えば、紙(特に耐水紙等)、織布、不織布等の繊維体;多孔質シリカ、ゼオライト、珪藻土、フライアッシュ、またはクリニカアッシュ等の多孔質基材;ポリ塩化ビニル、または高分子ゲル等の樹脂基材;等が挙げられる。固体のキャリアにフィチン酸鉄塩を固定する方法も特に限定されず、例えば、1)固体のキャリアを、フィチン酸鉄塩を含む液体に含浸し、必要に応じて乾燥する方法、2)バインダを用いて固定する方法等が挙げられる。
【0026】
なお、セシウム吸着材は、液体のキャリアや固体のキャリア以外の成分も、任意に含んでいてもよい。当該成分としては、例えば、フィチン酸鉄塩の安定性を向上させる安定化剤、酸化防止剤、耐光剤、防腐剤、選択的イオン除去剤、或いは、フィチン酸鉄以外のセシウム吸着能を有する資材、等が挙げられる。
【0027】
(セシウム吸着材に含まれるフィチン酸鉄塩の製法)
セシウム吸着材に含まれるフィチン酸鉄塩は、公知の方法で調製したものを利用してもよい。しかし、フィチン酸鉄塩に対して、後述する〔2.フィチン酸鉄塩の新規な製造方法〕の欄に記載の新規な方法を適用して調製する方が、セシウム吸着能が格段に向上するという観点から好ましい。なお、フィチン酸鉄塩を調製する公知の方法とは、例えば、フィチンからフィチン酸の水溶液を調製し、次いで、得られたフィチン酸の水溶液と、水溶性の鉄塩とを混合してフィチン酸鉄塩を含む液体を得る方法が挙げられる。水溶性の鉄塩とは、特に限定されないが例えば、硝酸鉄(III)、塩化第二鉄、塩化第三鉄等が挙げられ、硝酸鉄(III)および塩化第三鉄が好ましい。また、フィチンからフィチン酸の水溶液を調製する工程は、例えば、フィチンリッチな植物体(例えば、ダイズ等の豆類、トウモロコシ、または米、より具体的な例として、豆類の殻または米ぬか等)からフィチン酸の水溶液を調製する方法を適宜利用すればよい。特に、フィチン酸の原料となるフィチンは、安価かつ大量に調製できる米ぬかに大量に含まれるため、セシウム吸着材を安価かつ大量に製造可能となる。なお、得られたフィチン酸鉄塩は、必要に応じて繰り返し脱塩処理等を行い、その純度を高めることがより好ましい。
【0028】
〔2.フィチン酸鉄塩の新規な製造方法〕
本発明の一実施形態に係るフィチン酸鉄塩の製造方法は、フィチン酸鉄塩を含む液体に、アルカリ溶液を複数回に分けて加えることによってpHが5.5以上で7.5以下の範囲内になるように調整する工程を含む。
【0029】
フィチン酸鉄塩を含む液体1Lにおけるフィチン酸鉄塩の量は、特に限定されないが、例えば、0.5g以上で10g以下の範囲内とすることができる。フィチン酸鉄塩を含む液体1Lにおけるフィチン酸鉄塩の量は、1g以上で5g以下の範囲内であることが好ましく、1g以上で3g以下の範囲内であることがより好ましく、1.5g以上で2.5g以下の範囲内であることがさらに好ましい。フィチン酸鉄塩を含む液体において、フィチン酸鉄塩は、一部または全部が沈殿していてもよい。
【0030】
フィチン酸鉄塩を含む液体における液体は、水を主たる液体として含むものであることが好ましく、全液体の体積の合計の50%を超え100%以下の量の水を含むものであることがより好ましい。なお、水は、塩酸、硝酸等の酸性物質が水に溶解してなる酸溶液であってもよい。
【0031】
アルカリ溶液としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等の溶液が挙げられる。アルカリ溶液は、アルカリ水溶液であることが好ましく、水酸化ナトリウム水溶液、または水酸化カルシウム水溶液であることがより好ましく、水酸化ナトリウム水溶液であることがさらに好ましい。2種類以上のアルカリ溶液を混合して用いてもよい。
【0032】
アルカリ溶液を加える回数は、フィチン酸鉄塩を含む液体のpHを5.5以上で7.5以下の範囲内とするために必要な量のアルカリ溶液の全量を2回以上に分けて加える限りにおいて特に限定されないが、例えば、2回以上で100回以下の範囲内とすることができる。アルカリ溶液を加える回数は、5回以上で50回以下の範囲内であることが好ましく、10回以上で50回以下の範囲内であることがより好ましく、25回以上で50回以下の範囲内であることがさらに好ましい。本実施形態に係る製造方法では、アルカリ溶液を複数回に分けて加えることによって、フィチン酸鉄塩の崩壊を抑制しかつセシウム吸着能が特に優れるフィチン酸鉄塩を得ることができる。
【0033】
アルカリ溶液を複数回に分けて加える場合、アルカリ溶液を加える間隔は、特に限定されず、アルカリ溶液の濃度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、30秒以上で10分以下の範囲内とすることができる。アルカリ溶液を加える間隔は、1分以上で10分以下の範囲内であることが好ましく、2分以上で10分以下の範囲内であることがより好ましく、3分以上で10分以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0034】
アルカリ溶液を加える際の温度は、特に限定されないが、例えば、10℃以上で40℃以下とすることができる。アルカリ溶液を加える際の温度は、10℃以上で40℃以下の範囲内であることが好ましく、10℃以上で30℃以下の範囲内であることがより好ましく、10℃以上で25℃以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0035】
アルカリ溶液を加える際には撹拌することが好ましく、撹拌速度は、例えば、100rpm以上で200rpmとすることができる。
【0036】
アルカリ溶液の濃度は、特に限定されないが、例えば、1g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲内とすることができる。アルカリ溶液の濃度は、1g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲であることが好ましく、2g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲内であることがより好ましく、3g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲内であることがさらに好ましい。かかる濃度のアルカリ溶液を用いれば、局所的なpHの変動が抑制されて、フィチン酸鉄塩の崩壊を抑制しかつセシウム吸着能が特に優れるフィチン酸鉄塩を得ることができる。なお、g(NaOH相当量)とは、アルカリとして所定のグラムのNaOHと等量のアルカリを指す。例えば、1g(NaOH相当量)のKOHとは、約1.4gのKOHに相当する。
【0037】
アルカリ溶液を加える際の1回あたりのアルカリ溶液の量は、特に限定されず、アルカリ溶液の濃度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、フィチン酸鉄塩を含む液体1Lに対して、100μL以下の範囲内とすることができる。アルカリ溶液を加える際の1回あたりのアルカリ溶液の量は、フィチン酸鉄塩を含む液体1Lに対して、1μL以上で100μL以下の範囲内であることが好ましく、10μL以上で100μL以下の範囲内であることがより好ましく、50μL以上で100μL以下の範囲内であることがさらに好ましい。
【0038】
例えば、フィチン酸鉄塩を含む液体1Lにおけるフィチン酸鉄塩の量が1.5g以上で2.5g以下の範囲内である場合、3g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲内の濃度のアルカリ溶液(好ましくは水酸化ナトリウム水溶液)を加えることが好ましく、さらにアルカリ溶液を加える際の1回あたりのアルカリ溶液の量は50μL以上で100μL以下の範囲内であることがより好ましい。また、フィチン酸鉄塩を含む液体1Lにおけるフィチン酸鉄塩の量が1.5g以上で2.5g以下の範囲内である場合、アルカリ溶液(好ましくは水酸化ナトリウム水溶液)を加える回数は25回以上で50回以下の範囲内とすることが好ましい。フィチン酸鉄塩を含む液体1Lにおけるフィチン酸鉄塩の量が1.5g以上で2.5g以下の範囲内であって、かつ、例えば、アルカリ溶液の濃度が1g(NaOH相当量)/L以上で4g(NaOH相当量)/L以下の範囲内である場合、アルカリ溶液を加える際の1回あたりのアルカリ溶液の量は1μL以上で100μL以下の範囲内であることが好ましい。
【0039】
上記の製造方法で得られたフィチン酸鉄塩は、特に弱酸性〜中性付近の環境下でのセシウム吸着能に特に優れる。なお、上記の製造方法で得られたフィチン酸鉄塩を含む液体は、そのまま液剤としてのセシウム吸着材として用いてもよい。あるいは、上記の製造方法で得られたフィチン酸鉄塩を含む液体から、フィチン酸鉄塩(含水塩)を取り出して利用してもよい。なお、本発明の範疇には、上記の製造方法によって得られた新規なフィチン酸鉄塩も含まれる。
【0040】
〔3.セシウム吸着材の利用〕
(セシウムの捕捉、および除染)
本発明の一実施形態に係るセシウムを捕捉する方法は、上記〔1.セシウム吸着材〕の欄で記載した、本発明の一実施形態に係るセシウム吸着材と、セシウムを含有する対象物とを接触させる工程を含んでなる。この工程によって、セシウムを含有する対象物中のセシウムが、セシウム吸着材に吸着される。この吸着作用を用いて、セシウムの除染が可能となる。
【0041】
セシウムを含有する上記対象物は、セシウムを含有するものである限り特に限定されないが、例えば、セシウムを含んだ大気、水、土壌等が挙げられ、水または土壌が好ましい。水としては、例えば、雨水、河川、湖沼、ため池、ダム、地下水、海洋その他の、天然の水源の他に、セシウムの回収作業において発生する処理水等も挙げられる。天然の水源は、例えば、農業用水、飲料用水などとして利用される。本発明に係るセシウム吸着材を適用するという観点では、セシウム含有物として好ましいものは、一般的に弱酸性〜中性付近の環境下にある、天然の水源、土壌、であり、より好ましいものは、農業用水、土壌である。本発明の一態様によれば、放射性物質を含む、ため池などに存在する大量の低濃度汚染水、河川からの用水などからのセシウム回収が可能である。
【0042】
また、上記接触させる工程の後、必要に応じて、セシウムを吸着しているセシウム吸着材を回収する工程を設けてもよい。本発明に係るセシウム吸着材は、吸着作用の有効成分としてフィチン酸鉄塩を含んでいるから、磁石を用いて容易に回収が可能である。特に吸着材の形態が液剤の場合には、セシウムを吸着しているフィチン酸鉄塩を、磁石を用いて回収し、液体成分と分離することが容易である。
【0043】
(セシウムによる汚染の拡散の防止)
本発明はまた、上記のようなセシウムの除染の他に、セシウムによる汚染の拡散防止にも利用可能である。本発明の一実施形態に係る汚染の拡散の防止方法は、上記〔1.セシウム吸着材〕の欄で記載した、本発明の一実施形態に係るセシウム吸着材を、セシウムによる汚染が生じうる対象物に対して配置する工程を含んでなる。この工程によって、セシウムはセシウム吸着材に捕捉されるので、対象物に対するセシウムによる汚染の拡散を防止することができる。
【0044】
上記対象物は、セシウムに汚染され得るものである限り特に限定されないが、例えば、大気、水、土壌等が挙げられ、水または土壌が好ましい。水としては、例えば、雨水、河川、湖沼、ため池、ダム、地下水、海洋その他の、天然の水源が挙げられる。天然の水源は、例えば、農業用水、飲料用水などとして利用される。本発明に係るセシウム吸着材を適用するという観点では、対象物として好ましいものは、一般的に弱酸性〜中性付近の環境下にある、天然の水源、土壌であり、より好ましいものは、農業用水、土壌である。一例では、植物の根圏より離れた土壌中に、植物を取り囲むようにセシウム吸着材を配置し、農地での作物へのセシウム移行の抑止に利用することができる。
【0045】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0046】
<製造例1>
(1) 市販のフィチン酸ナトリウム(Sigma−Aldrich社より購入)10gに対して0.25M(0.25N)の塩酸水溶液300mLを添加し、溶液とした。
(2) 黄褐色の塩化鉄(III)5gに対して脱塩水20mLを添加し、溶液とした。(3) 上記(1)で作製した溶液と上記(2)で作製した溶液とを、60℃で、2時間、撹拌混合して混合液を得た。
(4) 上記(3)で得た混合液を、室温で、さらに10時間、撹拌混合した。
(5) 上記(4)で得た、白色のフィチン酸鉄塩を含む混合液に対して、透析膜(商品名ダイアライシスメンブラン、和光純薬工業株式会社)を用いて、1週間脱塩処理を行った。
(6) 上記(5)の脱塩処理を経た混合液の上清を捨てた後の、白色のフィチン酸鉄塩を含む液を60℃の乾燥機内で脱水した。
(7) 上記(6)で脱水後に得た、乾燥した白色のフィチン酸鉄塩1.9gを1Lの脱塩水に添加した。フィチン酸鉄塩は水に難溶解性であるため、白色の塩として沈殿した。(8) フィチン酸鉄塩を含む上記(7)で得た液をスターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を3分毎に100μLずつ合計4mL添加し、白色のフィチン酸鉄塩を含む、pH6.0の液を室温にて調製した。
(9) 上記(1)から(8)によりpH6.0に調整された液剤としての吸着材(A)を得た。
【0047】
<製造例2>
工程の(1)〜(7)については、上記<製造例1>と同一の方法で行った。次いで、工程の(1)〜(7)を行って得られた、フィチン酸鉄塩を含む液に、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を一度に4mL添加し、白色のフィチン酸鉄塩を含む、pH6.0の液を調製した。この液を、pH6.0に調整された液剤としての吸着材(B)と称する。
【0048】
<吸着能の評価>
上記<製造例1>で得た吸着材(A)と、上記<製造例2>で得た吸着材(B)とのセシウム除去能力(セシウム吸着能)を評価した。
【0049】
具体的には、4289Bqのセシウム137を含む、キャリアフリーのセシウム水溶液(pH6.0)1mlと、1mlの吸着材(A)または1mlの吸着材(B)と、38mLの超純水とを混合して、1日間吸着させたのち、株式会社コクサン製のH14000PFを用いて12000rpmで遠心分離を行うことで吸着材を沈殿させた。その後、上清を20mL回収し、溶液中に残存したセシウム137の定量を、1000秒間3反復の条件で放射能を測定することにより行った。放射能の測定装置としては、日立アロカメディカル株式会社製のAccuFlex γ7001(型番)を用いた。
【0050】
その結果、吸着材(A)によって約4164Bq(換算値)、吸着材(B)によって約3026Bq(換算値)のセシウムが除去されていることが確認された。すなわち、
図1に示すように、吸着材(A)によるセシウムの除去能力を1とした場合、吸着材(B)によるセシウムの除去能力は0.727であった。
【実施例2】
【0051】
(1) 実施例1の<製造例1>と同様の方法で、1)フィチン酸鉄塩を含む吸着材(A)、2)フィチン酸ジルコニウム塩を含む吸着材、および、3)フィチン酸カルシウム塩を含む吸着材、の三種の吸着材を調製した。
(2) 超純水に塩化セシウム(セシウムはセシウム133)を溶解後、スターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を添加し、1.27g/Lの塩化セシウムを含むpH6.0の水溶液を調製した。
(3) 上記(1)で調製した三種の吸着材それぞれと上記(2)で調製した水溶液とを撹拌混合し、これに脱塩水を加えて混合液を得た。この混合液にはフィチン酸塩(それぞれ、鉄塩、ジルコニウム塩、カルシウム塩)が1479ppmとセシウムイオンが20ppm含まれていた。
(4) 上記(3)で得た混合液を震盪した後、上清中に含まれるセシウムイオン濃度をICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計、PerkinElmer製:ELAN DRCe型)で測定し、三種の吸着材それぞれによるセシウムの回収率を求めた。結果を
図2に示す。
図2において、Fe-Phytateは吸着材(A)を、Zr-Phytateはフィチン酸ジルコニウム塩を含む吸着材を、Ca-Phytateはフィチン酸カルシウム塩を含む吸着材を指す。
また、セシウムの回収率は、以下の式に基づいて計算した。
回収率(%)=((C
0−C
1)/C
0)×100
C
0:セシウムイオンの初期濃度(ppm)=20ppm
C
1:上記工程の(4)によって吸着後の上清中のセシウムイオン濃度(ppm)
【実施例3】
【0052】
実施例3および実施例4では、環境中での、吸着材を用いたセシウム回収に大きな障害となる可能性が高い、カリウムイオンまたはアンモニウムイオンについて、セシウムイオンとの競合作用による、フィチン酸鉄塩のセシウム吸着に及ぼす影響を評価した。
(1) 実施例1の<製造例1>と同様にして吸着材(A)を調製した。
(2) 超純水に塩化セシウム(セシウムはセシウム133)を溶解後、スターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を添加し、1.27g/Lの塩化セシウムを含むpH6.0の水溶液を調製した。
(3) 超純水に塩化カリウムを溶解後、スターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の塩酸を添加し、56.1g/Lの塩化カリウムを含むpH6.0の水溶液を調製した。
(4) (1)で調製した吸着材(A)と、(2)で調製した溶液と、(3)で調製した溶液とを撹拌混合し、脱塩水を加えて混合液を得た。この混合液にはフィチン酸鉄塩が1479ppm、セシウムイオンが20ppm、カリウムイオンが58.8ppm含まれていた。
(5) 上記(4)で得た混合液を震盪した後、上清中に含まれるセシウムイオン濃度をICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計、PerkinElmer製:ELAN DRCe型)で測定し、吸着材(A)によるセシウムの回収率を求めた。セシウムの回収率の求め方は、実施例2と同様である。
【実施例4】
【0053】
(1) 実施例1の<製造例1>と同様にして吸着材(A)を調製した。
(2) 超純水に塩化セシウム(セシウムはセシウム133)を溶解後、スターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を添加し、1.27g/Lの塩化セシウムを含むpH6.0の水溶液を調製した。
(3) 超純水に塩化アンモニウムを溶解後、スターラーで撹拌しつつ、0.1M(0.1N)の水酸化ナトリウム水溶液を添加し、40.2g/Lの塩化アンモニウムを含むpH6.0の水溶液を調製した。
(4) 上記(1)で調製した吸着材(A)と、(2)で調製した溶液と、(3)で調製した溶液とを撹拌混合し、脱塩水を加えて混合液を得た。この混合液にはフィチン酸鉄塩が1479ppm、セシウムイオンが20ppm、アンモニウムイオンが27.1ppm含まれている。
(5) 上記(4)で得た混合液を震盪した後、上清中に含まれるセシウムイオン濃度をICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析計、PerkinElmer製:ELAN DRCe型)で測定し、吸着材(A)によるセシウムの回収率を求めた。セシウムの回収率の求め方は、実施例2と同様である。
【0054】
実施例3、4の結果を
図3に示す。それぞれ、セシウムに対して10倍の物質量のカリウムイオンまたはアンモニウムイオンを添加したが、フィチン酸鉄塩のセシウム回収率はカリウムイオンの共存で40%、アンモニウムイオンの共存で32%の低下にとどまり、セシウムの選択的な吸着能を充分に持つことが示された。
【実施例5】
【0055】
(1) 実施例1の<製造例1>と同様にして吸着材(A)を調製した。
(2) 農地より採土管で土壌を採取した後、当該土壌を含んでいる採土管を日立工機製土壌溶液採取用の遠心アダプター(R11D2)に装着し、日立工機製遠心分離機(CR22N)を用いて11000rpm(pF4.12相当)で遠心分離を行った。これにより、土壌溶液(pH6.6、EC129μS・cm
−1)を採取した。
(3) (2)で調整した土壌溶液38mlと、4249Bqのセシウム137を含むキャリアフリーのセシウム水溶液1mlと、1mlの吸着材(A)とを混合して、1日間吸着させたのち、株式会社コクサン製のH14000PFを用いて12000rpmで遠心分離を行うことで吸着材(A)を沈殿させた。その後、上清を20mL回収し、溶液中に残存したセシウム137の定量を、1000秒間3反復の条件で放射能を測定することにより行った。放射能の測定装置としては、日立アロカメディカル株式会社製のAccuFlex γ7001(型番)を用いた。
【0056】
その結果、吸着材(A)によって約4211Bq(換算値)のセシウムが除去されていることが確認された。
【実施例6】
【0057】
(1) 実施例1の<製造例1>と同様にして吸着材(A)を調製した。
(2) ため池水(pH7.1、EC50μS・cm
−1)および河川水(pH7.2、EC77μS・cm
−1)を採取した。
(3) (2)において採取した、ため池水38mlと、4249Bqのセシウム137を含むキャリアフリーのセシウム水溶液1mlと、1mlの吸着材(A)とを混合して、1日間吸着させた。同様に、ため池水38mlの代わりに河川水38mlと、上記セシウム水溶液1mlと、1mlの上記吸着材(A)とを混同して一日間吸着させた。吸着後、上記ため池水の混合物および河川水の混合物のそれぞれに対して、株式会社コクサン製のH14000PFを用いて12000rpmで遠心分離を行うことで吸着材(A)を沈殿させた。その後、それぞれの上清を20mL回収し、溶液中に残存したセシウム137の定量を、1000秒間3反復の条件で放射能を測定することにより行った。放射能の測定装置としては、日立アロカメディカル株式会社製のAccuFlex γ7001(型番)を用いた。その結果、吸着材(A)によってため池水からは約4067Bq(換算値)のセシウムが除去されていることが確認された。また河川水からは約4011Bq(換算値)のセシウムが除去されていることが確認された。