(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載の希土類錯体は、低振動の分子構造を有するものの、有機配位子を用いた希土類錯体と比較すると、その発光性は低かった。そのため、無機配位子を用いた希土類錯体においても、優れた発光性を獲得することができる光増感作用を利用した希土類錯体が期待される。しかしながら、そのような希土類錯体は従来知られていなかった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑み、無機配位子を有する希土類錯体に関して、発光性のさらなる改善を図ることを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、両親媒性分子を利用することで、有機配位子及び無機配位子の両方を併せ持つ希土類錯体を調製でき、これが良好な発光性を示すことを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0009】
すなわち、本発明は、例えば、以下の[1]〜[9]に関する。
[1]希土類原子と、希土類原子に配位している有機配位子と、金属原子及び酸素原子を含み、希土類原子に配位しているポリオキソメタレートと、を有する希土類錯体。
[2]ポリオキソメタレートが、1個の金属原子と、金属原子に配位している6個の酸素原子と、を含む八面体構造部分を有している、[1]に記載の希土類錯体。
[3]金属原子が、Mo、W、V、Si、P、Ge、Al又はAsである、[1]又は[2]に記載の希土類錯体。
[4]希土類原子が、Eu、Tb、Sm、Nd、Yb、Tm、Ce、Er又はPrである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の希土類錯体。
である、[1]〜[3]のいずれかに記載の希土類錯体。
[5]有機配位子が、式(1)、式(2)又は式(3)で表される、[1]〜[4]のいずれかに記載の希土類錯体。
【化1】
(式(1)中、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜15のアルキル基、炭素数1〜5のハロゲン化アルキル基、アリール基又はヘテロアリール基を示す。)
【化2】
(式(2)中、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基又は炭素数1〜5のハロゲン化アルキル基を示す。)
【化3】
(式(3)中、R
9、R
10、R
11、R
12、R
13、R
14、R
15及びR
16は、それぞれ独立に水素原子、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基、又は、R
9とR
10、R
10とR
11、R
11とR
12、R
12とR
13、R
13とR
14、R
14とR
15、R
15とR
16若しくはR
16とR
9がそれぞれ互いに連結して環を形成している炭化水素基を示す。)
[6][1]〜[5]に記載の希土類錯体と、親水性基及び疎水性基を有する両親媒性分子と、を含む、発光材料。
[7]希土類原子にポリオキソメタレートが配位している無機希土類錯体と両親媒性分子との複合体を有機溶媒に溶解させる工程と、有機溶媒中で希土類原子に有機配位子を配位させる工程と、をこの順に備える、[6]に記載の発光材料の製造方法。
[8][6]に記載の発光材料及びポリマーを含む、発光性フィルム。
[9][6]に記載の発光材料及びポリマーと、これらが溶解している有機溶媒と、を含む膜から、有機溶媒を除去して発光性フィルムを形成する工程を備える、発光性フィルムの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、無機配位子を有する希土類錯体に関して、発光性のさらなる改善を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0013】
<希土類錯体>
図1は、本実施形態の希土類錯体の一例を示す模式図である。本実施形態の希土類錯体10は、希土類原子1と、希土類原子に配位している有機配位子2と、金属原子及び酸素原子を含み、希土類原子に配位しているポリオキソメタレート3と、を有する。
【0014】
希土類原子としては、Sc、Y及びランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu)が挙げられる。これらの中でも、発光波長及び発光強度の観点から、希土類原子はランタノイドであってもよく、Eu、Tb、Sm、Nd、Yb、Tm、Ce、Er又はPrであってもよく、Euであってもよい。希土類原子は、本実施形態の希土類錯体中ではイオンの形で存在する。希土類原子の原子価は、特に制限されるものではなく、適宜選択することができる。
【0015】
希土類原子に配位している有機配位子は、特に制限されるものではなく、アニオン性配位子であってもよく、中性配位子であってもよい。有機配位子は、希土類錯体の発光強度を上げるために、配位した希土類原子を効果的に励起することができる光増感作用を有する配位子であってもよい。このような有機配位子としては、例えば、式(1)、式(2)又は式(3)で表される有機配位子が挙げられる。
【0017】
式(1)中、R
1、R
2及びR
3は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜15のアルキル基、炭素数1〜5のハロゲン化アルキル基、アリール基又はヘテロアリール基を示す。アルキル基の炭素数は1〜5であってもよく、1〜3であってもよい。ハロゲン化アルキル基の炭素数は1〜5であってもよく、1〜3であってもよい。このようなアルキル基は、例えば、ターシャリーブチル基であってもよい。ハロゲン化アルキル基のハロゲンとしては、例えば、フッ素、塩素、臭素、又はヨウ素が挙げられる。アリール基又はヘテロアリール基としては、例えば、ナフチル基、又はチエニル基が挙げられる。
【0018】
式(1)で表される有機配位子は、R
1及びR
3がトリフルオロメチル基であり、R
2が水素原子である配位子であってもよく、R
1及びR
3がメチル基であり、R
2が水素原子である配位子であってもよい。
【0019】
式(1)で表される有機配位子となる化合物としては、例えば、ヘキサフルオロアセチルアセトン、アセチルアセトン、又は4,4,4−トリフルオロ−1−(2−チエニル)−1,3−ブタンジオンが挙げられる。これらの化合物は、希土類原子の中でも特にEuに対して、高い光増感作用を示す。
【0021】
式(2)中、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8は、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基又は炭素数1〜5のハロゲン化アルキル基を示す。アルキル基の炭素数は1〜5であってもよく、1〜3であってもよい。ハロゲン化アルキル基の炭素数は1〜5であってもよく、1〜3であってもよい。ハロゲン化アルキル基のハロゲンとしては、例えば、フッ素、塩素、臭素、又はヨウ素が挙げられる。
【0022】
式(2)で表される有機配位子は、R
4、R
5、R
6、R
7及びR
8が水素原子である配位子であってもよい。
【0023】
式(2)で表される有機配位子となる化合物としては、例えば、サリチル酸が挙げられる。これらの化合物は、希土類原子の中でも特にEuに対して、高い光増感作用を示す。
【0025】
式(3)中、R
9、R
10、R
11、R
12、R
13、R
14、R
15及びR
16は、それぞれ独立に水素原子、炭素数1〜3のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基、又は、R
9とR
10、R
10とR
11、R
11とR
12、R
12とR
13、R
13とR
14、R
14とR
15、R
15とR
16若しくはR
16とR
9がそれぞれ互いに連結して環を形成している炭化水素基を示す。アルキル基の炭素数は1〜3であってもよく、1であってもよい。アリール基の炭素数は6〜12であってもよく、6〜10であってもよい。
【0026】
式(3)で表される有機配位子は、R
9及びR
10が互いに連結してベンゼン環を形成している式(4)で表される配位子であってもよい。式(4)中、R
11、R
12、R
13、R
14、R
15及びR
16は水素原子であってもよい。
【0028】
式(3)で表される有機配位子となる化合物としては、例えば、1,10−フェナントロリン、又はビピリジンが挙げられる。これらの化合物は、希土類原子の中でも特にEuに対して、高い光増感作用を示す。
【0029】
希土類原子に配位しているポリオキソメタレート(POM)は、金属原子(M)に酸素原子(O)が複数配位することで構成される。
【0030】
POMは、金属原子に配位している酸素原子の数によって、例えば、MO
4四面体、MO
5五面体、又はMO
6八面体の構造を形成する。本実施形態に係るPOMは、1個の金属原子と、金属原子に配位している6個の酸素原子と、を含む八面体構造(MO
6八面体)部分を有していてもよい。POMは、一種類の金属原子と酸素原子とから構成されるイソポリオキソメタレートであってもよく、ヘテロ原子を更に含むヘテロポリオキソメタレートであってもよい。本実施形態に係るPOMは、複数の上記多面体構造部分が結合している複合体であってもよい。
【0031】
POMに含まれる金属原子は、酸素原子と錯体を形成できる金属原子であれば特に制限されるものではない。金属原子は、例えば、Mo、W、V、Si、P、Ge、Al、又はAsであってもよい。これらの中でも、八面体構造部分を形成することができるという観点から、金属原子は六価の金属原子であってもよい。六価の金属原子としては、例えば、Mo、Wが挙げられる。
【0032】
本実施形態に係るPOMとしては、例えば、リンドクヴィスト型又はケギン型のポリ酸が挙げられる。
【0033】
本実施形態の希土類錯体としては、例えば、式(5)、式(6)、式(7)、又は式(8)で表される希土類錯体を挙げることができる。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0035】
本実施形態の希土類錯体は、有機配位子が有する光増感作用と、POMが有する低振動な構造と、を併せ持つことができる。そのため、本実施形態の希土類錯体は、無機配位子を有する希土類錯体の中でも、優れた発光性を示すことができる。希土類錯体の励起波長及び発光波長は、希土類錯体を構成する各要素(希土類原子、有機配位子及びPOM)によって、適宜決定される。
【0036】
<発光材料>
図2は、発光材料の一実施形態を示す模式図である。本実施形態の発光材料20は、上記実施形態に係る希土類錯体10と、親水性基4a及び疎水性基4bを有する両親媒性分子4と、を含んでいてもよい。両親媒性分子4は、その親水性基4aが希土類錯体10側となる向きで、希土類錯体10の周囲に配置されており、親水性基4aと希土類錯体10とが相互作用している。発光材料20は、希土類錯体10の周辺部に両親媒性分子4が相互作用を介して存在している。発光材料を形成する希土類錯体及び両親媒性分子の質量比(希土類錯体/両親媒性分子)が1/1〜1/100であってもよい。質量比は、例えば、希土類錯体/両親媒性分子が1/10であってもよく、1/4であってもよい。
【0037】
親水性基及び疎水性基を有する両親媒性分子は、界面活性剤とも呼ばれるミセル形成剤として機能する分子である。両親媒性分子は、親水性基がカチオン系のものであってもよい。親水性基は、例えば、アンモニウム基、ピリジニウム基、カルボキシラート基、サルフェート基、又はスルホネート基であってもよく、カチオン系であるという観点から、アンモニウム基、又はピリジニウム基であってもよい。疎水性基は、例えば、炭素数6〜18のアルキル基、炭素数6〜16のアルキルベンゼン基、アルキルナフタレン基、炭素数4〜9のペルフルオロアルキル基、ポリプロピレンオキサイド、又はポリシロキサンであってもよい。アルキル基は、直鎖アルキルであってもよく、分岐鎖アルキルであってもよい。両親媒性分子としては、例えば、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTA)、ジメチルジオクタデシルアンモニムブロマイド(DODA)、ドデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(DDTA)、ドデシル11メタクリルオキシウンデシルジメチルアンモニウムブロマイド(DMDA)、及びジ11ヒドロキシウンデシルジメチルアンモニウムブロマイド(DODHA)が挙げられる。
【0038】
本実施形態に係る両親媒性分子としては、例えば、式(9)で表される分子が挙げられる。
【0040】
本実施形態の発光材料は、例えば、希土類原子にPOMが配位している無機希土類錯体と両親媒性分子との複合体を有機溶媒に溶解させる工程と、有機溶媒中で希土類原子に有機配位子を配位させる工程と、をこの順に備える方法により、得ることができる。
【0041】
希土類原子、POM、有機配位子及び両親媒性分子は、それぞれ上述したものを用いることができる。
【0042】
希土類原子にPOMが配位した無機希土類錯体は、当業者が通常実施する方法により調製することができる。例えば、Eu−POM錯体の調製方法が、Photo− and Electrochromism of Polyoxometalates and Related Materials(Yamaseら、Chem. Rev. 1998、vol 98、p307−325)に記載されている。
【0043】
反応に用いる有機溶媒は、ハロゲン系の有機溶媒であってもよい。ハロゲン系の有機溶媒としては、例えば、クロロホルム、又はジクロロメタンが挙げられる。これらの溶媒に、原料である無機希土類錯体及び生成物である発光材料が良好に溶解する。
【0044】
以下に、本実施形態の希土類錯体を含む発光材料の製造方法の一例を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0045】
ガラス容器に無機希土類錯体及び水を加え、攪拌し、無機希土類錯体を溶解させる。その後、両親媒性分子を溶解した溶媒を攪拌しながらガラス容器に滴下する。この時、加熱還流しながら無機希土類錯体と両親媒性分子との反応を進行させてもよい。反応時間及び温度は、溶媒の種類及び反応の進行の程度により適宜設定することができる。反応後、溶媒を回収し、濃縮することで無機希土類錯体と両親媒性分子との複合体を中間産物として得る。複合体は、溶媒を用いて再結晶化してもよい。
【0046】
ガラス容器に得られた中間産物及び溶媒を加え、攪拌し、中間産物を溶解させる。その後、有機配位子となる化合物を攪拌しながら、ガラス容器に滴下する。この時、加熱還流しながら中間産物と有機配位子との反応を進行させてもよい。反応時間及び温度は、溶媒の種類及び反応の進行の程度により適宜設定することができる。反応後、溶媒を回収し、濃縮することで、希土類錯体の周辺に両親媒性分子が相互作用を介して存在する発光材料を得る。発光材料は、溶媒を用いて再結晶化してもよい。
【0047】
本実施形態の発光材料は、有機溶媒に対する溶解性を示し、溶媒中で発光性を示す。本実施形態の発光材料が溶解性を有することの詳しい原理は未だ明らかではない。例えば、両親媒性分子が希土類錯体との相互作用を介して、希土類錯体の周辺に存在することでミセルのような膜が形成されることで、発光材料が有機溶媒への溶解性を獲得したものと考えられる。
【0048】
本実施形態の発光材料は、発光性及び有機溶媒への溶解性に優れるため、例えば、発光性のフィルム、インク、エレクトロルミネッセンス、LEDに利用することができる。
【0049】
<発光性フィルム>
本実施形態の発光性フィルムは、上述した発光材料及びポリマーを含む。
【0050】
ポリマーは、発光材料の発光性に影響を与えないものであれば、特に制限されるものではない。このようなポリマーとしては、例えば、ポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA)等の(メタ)アクリル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリプロピレン樹脂、エポキシ樹脂等の有機ポリマーが挙げられる。本明細書において、(メタ)アクリルとは、アクリル又はメタクリルのいずれかの意味で用いられる。
【0051】
本実施形態の発光性フィルムには、発光性に影響のない範囲で、種々の添加剤を添加してもよい。発光性フィルムの厚みは、0.01mm〜5mmであってもよい。
【0052】
本実施形態の発光性フィルムの製造方法は、発光材料及びポリマーと、これらが溶解している有機溶媒と、を含む膜から、有機溶媒を除去して発光性フィルムを形成する工程を備える。より具体的には、発光性フィルムの製造方法は、発光材料及びポリマーと、これらが溶解している有機溶媒と、必要に応じて添加される種々の添加剤と、を含む組成物を膜状に成形し、その後、膜状の組成物から有機溶媒を除去して発光性フィルムを形成する工程を備える。
【0053】
発光材料の含有量は、組成物全量を基準として、0.001〜20質量%であってもよく、0.001〜5質量%であってもよく、0.001〜1質量%であってもよい。発光材料の含有量を上記割合にすることで、良好な発光性を有する発光性フィルムが得られやすい。
【0054】
ポリマーの含有量は、組成物全量を基準として、0.999〜80質量%であってもよく、0.999〜95質量%であってもよく、0.999〜99質量%であってもよい。ポリマーの含有量を上記割合にすることで、良好な発光性及び強度を有する発光性フィルムが得られやすい。
【0055】
溶媒は、発光材料及びポリマーが溶解するものであれば、特に制限されるものではない。溶媒としては、例えば、クロロホルム、ジクロロメタンが挙げられる。
【0056】
発光材料及びポリマーが溶解している有機溶媒を膜にするための方法としては、例えば、支持体上に発光材料及びポリマーが溶解している溶媒を膜状に塗布する方法が挙げられる。
【0057】
塗布された膜から溶媒を除去することにより、本実施形態の発光性フィルムが得られる。溶媒を除去するための方法としては、例えば、加熱、乾燥、凍結乾燥が挙げられる。
【0058】
本実施形態の希土類錯体は発光材料に溶解性を示すことから、溶解性が低い場合に必要なナノ粒子化等の工程を必要としないため、余分なコストを抑えつつ、比較的容易に発光性フィルムを製造することができる。
【実施例】
【0059】
1:CTA−Eu−POMの合成及び構造測定
(CTA−Eu−POMの合成)
ガラス容器に、Euにポリオキソメタレートが配位している錯体であるEu−POM(Na
9[EuW
10O
36]32H
2O)0.3g(0.09mmol)及び蒸留水3mLを加え、攪拌した。Eu−POMが溶解した後、セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTA)0.6g(0.9mmol)を溶解したクロロホルム溶液6mLを、ガラス容器に攪拌しながら滴下した。次いで、オイルバスを用いて、60℃で6時間加熱還流しながらEu−POMとCTAとの反応を進行させた。反応終了後、分液漏斗を用いて、反応液からクロロホルム層を回収し、回収したクロロホルムに硫酸マグネシウムを加え、脱水した。その後、クロロホルムから硫酸マグネシウムを除去し、エバポレーターを用いてクロロホルムを除去した。クロロホルムを除去して得られた残渣にクロロホルムを加え、再結晶化を行うことで、複合体である0.4〜0.7gの白色固体(CTA−Eu−POM)を得た。
【0060】
(構造測定方法)
反応前後で構造変化が起きていることを確認するため、Eu−POM、CTA及びCTA−Eu−POMに関して、XRD測定、赤外分光法による赤外吸収スペクトルの測定及び
13C−NMR測定を行った。
【0061】
(結果)
Eu−POM及びCTA−Eu−POMの回折パターンを
図3に示す。Eu−POMでは10°〜15°の間に見られた回折ピークが反応後には消失し、10°以下の領域、22°及び25°のところに新たな回折ピークが現れた。このことから、CTA−Eu−POMの構造は、Eu−POMとは異なることが示された。
【0062】
Eu−POM、CTA及びCTA−Eu−POMの赤外吸収スペクトルを
図4に示す。CTAにみられる2908cm
−1、2840cm
−1及び1465cm
−1のピークはC−H伸縮振動及びCH
2骨格振動に帰属される。これらのピークは、CTA−Eu−POMでは、2916cm
−1、2849cm
−1及び1473cm
−1のように、それぞれやや高波数側にシフトした。Eu−POMにみられる1653cm
−1のピークはW=O伸縮振動に帰属される。このピークは、CTA−Eu−POMでは、1648cm
−1のように、やや低波数側にシフトした。このことから、CTA−Eu−POMの構造は、Eu−POM及びCTAの両原料とは異なることが示された。
【0063】
CTA及びCTA−Eu−POMの
13C−NMR測定により得られた主な炭素のシグナル(
図5に示すCTAの1〜4番の炭素に由来するシグナル)を表1に示す。CTAに比べ、CTA−Eu−POMでは、1番の炭素由来のシグナルは0.057ppm高磁場側にシフトし、2番の炭素由来のシグナルは0.038ppm低磁場側にシフトした。このことから、CTA−Eu−POMでは、CTAのプラスに帯電したN部位がアニオンであるPOM配位子にクーロン的に配位したことが示唆される。
【0064】
【表1】
【0065】
2:CTA−Eu−POMの溶解性及び光学的特性の測定
(溶解性試験)
CTA−Eu−POMの溶解性を検討するため、蒸留水、アセトン、メタノール、エタノール、THF、酢酸エチル及びクロロホルムを用いて溶解性試験を行った。溶解性試験は、ガラス容器に、CTA−Eu−POM20mg及び各種溶媒50mLを加え攪拌し、10分後の混合液の状態を観察した。
【0066】
(光学的特性の測定)
蛍光光度計を用いて、Eu−POM及びCTA−Eu−POMの励起スペクトル及び発光スペクトルを測定した。それぞれの測定には、Eu−POM10mgを蒸留水10mLに溶解したサンプル、及びCTA−Eu−POM10mgをクロロホルム10mLに溶解したサンプルを用いた。
【0067】
(結果)
CTA−Eu−POMの溶解性試験の結果を表2に示す。CTA−Eu−POMは、蒸留水等の溶媒に対しては沈殿を生じたが、クロロホルム及びジクロロメタン中では高い透明性を維持し、溶解することが分かった。
【0068】
【表2】
【0069】
Eu−POM及びCTA−Eu−POMの励起スペクトルを
図6に、磁気双極子遷移(5D0→7F1)で規格化した発光スペクトルを
図7に、それぞれ示す。
図6に示されるように、CTA−Eu−POMの励起スペクトルはEu−POMの励起スペクトルに比べて、短波長側にシフトしていた。このことから、CTA−Eu−POMになったことで、Eu−POMの電荷移動遷移(CT遷移)が変化することが示された。また、
図7に示されるように、CTA−Eu−POMの発光スペクトルは、Eu−POMの発光スペクトルに比べて、電気双極子遷移(5D0→7F2)の発光がわずかに変化することが示された。
【0070】
3:hfa−Eu−POM(発光材料)の合成及び構造測定
(hfa−Eu−POMの合成)
ガラス容器にCTA−Eu−POM80mg及びクロロホルム5mLを加え攪拌した。CTA−Eu−POMが溶解した後、ヘキサフルオロアセチルアセトン(hfa)4.6mg(0.02mmol)をガラス容器に攪拌しながら滴下した。次いで、オイルバスを用いて、反応液を60℃で一晩加熱還流しながら、CTA−Eu−POMとhfaとの反応を進行させた。反応終了後、エバポレーターを用いて、反応液からクロロホルムを除去した。クロロホルムを除去して得られた残渣にクロロホルムを加え、再結晶化を行うことで、81.4mgの透明な結晶(hfa−Eu−POM)を得た。
【0071】
(構造測定方法)
反応前後で構造変化が起きていることを確認するため、CTA−Eu−POM、hfa及びhfa−Eu−POMを用いて、XRD測定、赤外分光法による赤外吸収スペクトルの測定、
13C−NMR測定及びXRF測定を行った。
【0072】
(結果)
hfa−Eu−POMはクロロホルムに溶解することが示された。CTA−Eu−POM及びhfa−Eu−POMの回折パターンを
図8に示す。CTA−Eu−POMでは10°以下の領域、22°及び25°のところに見られた回折ピークが反応後には消失し、hfa−Eu−POMでは10°及び20°のところに新たな回折ピークが現れた。このことからhfa−Eu−POMの構造は、CTA−Eu−POMとは異なることが示された。
【0073】
CTA−Eu−POM、hfa及びhfa−Eu−POMの赤外吸収スペクトルを
図9に示す。CTA−Eu−POMにみられる2849cm
−1、2916cm
−1及び1473cm
−1のピークはC−H伸縮振動及びCH
2骨格振動に帰属される。これらのピークは、hfa−Eu−POMでは2852cm
−1、2919cm
−1及び1469cm
−1にそれぞれシフトした。CTA−Eu−POMでは1648cm−1にみられるW=O伸縮振動のピークは、hfa−Eu−POMでは1653cm−1にシフトした。hfaでは1670cm
−1にみられるC=O伸縮振動のピークは、hfa−Eu−POMでは1683cm−1にシフトした。このことから、hfa−Eu−POMの構造は、CTA−Eu−POM及びfhaの両原料とは異なることが示された。
【0074】
CTA−Eu−POM及びhfa−Eu−POMの
13C−NMR測定により得られた主な炭素のシグナル(
図5に示すCTAの1〜4番の炭素に由来するシグナル)を表3に示す。CTAに比べ、hfa−Eu−POMでは、1番の炭素由来のシグナルは0.544ppm低磁場側へシフトし、2番の炭素由来のシグナルは0.553ppm低磁場側へシフトした。このことから、希土類錯体がCTAと複合体を形成していること、及び、hfa−Eu−POMにおけるCTAの炭素の配位環境はCTA−Eu−POMと異なることが示された。
【0075】
【表3】
【0076】
反応に用いたhfaは一般的に酸であるため、POM中のWの配位が外れている可能性が考えられた。そのため、XRF測定による錯体中のEu及びWの存在比の測定を行った。Eu−POM、CTA−Eu−POM及びhfa−Eu−POMを用いたXRF測定の結果を表4に示す。表4から、それぞれの錯体におけるEu及びWの存在比はあまり変わらないことが示された。
【0077】
【表4】
【0078】
4:hfa−Eu−POMの光学的特性の測定
(光学的特性の測定)
Eu−POM、hfa−Eu−POM、及び既存の錯体であるEu−(hfa)
3−(H
2O)
2を用いて励起スペクトル及び発光スペクトルを測定した。それぞれの測定には、Eu−POM10mgを蒸留水10mLに溶解したサンプル、hfa−Eu−POM10mgをクロロホルム10mLに溶解したサンプル、及びEu−(hfa)
3−(H
2O)
210mgをクロロホルム10mLに溶解したサンプルを用いた。
【0079】
(発光量子収率φ
Ln、放射速度定数k
r、無放射速度定数k
nrの算出)
発光量子収率φ
Ln、放射速度定数k
r、無放射速度定数k
nrは、式(1)〜(3)に基づき算出した。
【0080】
φ
Ln=k
r/(k
r+k
nr)=τ
obs/τ
rad ・・・(1)
1/τ
rad=A
MD,0n
3(I
tot/I
MD) ・・・(2)
k
r=1/τ
rad ・・・(3)
τ
obs:観測された発光寿命
τ
rad:失活過程のない理想的な発光寿命
A
MD,0:定数 14.65s
−1
n:溶媒の屈折率
I
tot/I
MD:磁気双極子遷移の面積/発光スペクトルの全体の面積
【0081】
(結果)
図10には、それぞれのサンプルの励起スペクトルを示す。hfa−Eu−POMの励起スペクトルは、Eu−POMと比較すると大きく長波長側にシフトし、Eu−(hfa)
3−(H
2O)
2と比較しても長波長側にシフトしていた。
【0082】
図11には、磁気双極子遷移(
5D
0→
7F
1)で規格化したそれぞれの発光スペクトルを示す。hfa−Eu−POMの発光スペクトルは、Eu−POMと比較して、電気双極子遷移(
5D
0→
7F
2)が大幅に変化したことから、Eu周辺の環境が非対称化したことが考えられる。また、hfa−Eu−POMの発光スペクトルは、Eu−(hfa)
3−(H
2O)
2と比較すると電気双極子遷移(
5D
0→
7F
2)がシャープになっていた。そのため、hfa−Eu−POMは、従来とは異なる新規のEu錯体であることが示された。
【0083】
図12には、クロロホルム中でのhfa−Eu−POMの発光寿命の衰退プロファイルを示す。
図12から、発光の減衰が直線であるため、合成して得られたhfa−Eu−POMは単成分であることが示され、その発光寿命は0.89msだった。単成分寿命から、得られた化合物のEu配位幾何学構造は1つであると推測される。
【0084】
発光寿命測定及び発光スペクトルの解析により、発光量子収率φLn、放射速度定数k
r、無放射速度定数k
nrを算出した結果を表5に示す。hfa−Eu−POMは、Eu−POMと比較すると、非対称性の尺度でもあるk
rが大きく増加した。hfa−Eu−POMは、Eu−POMと比較すると、分子の振動構造を反映するk
nrの値が増加した。
【0085】
【表5】
【0086】
図13には、固体のhfa−Eu−POMの発光寿命の衰退プロファイルを示す。個体のhfa−Eu−POMの発光寿命は1.5msだった。表6には、固体の各希土類錯体の発光量子収率φLn、放射速度定数k
r、無放射速度定数k
nr及び発光寿命τを示す。表中、Eu−(hfa)
3−(tppo)
2は、配位子に有機配位子のみを持つ希土類錯体である。これらの結果から、hfa−Eu−POMは、配位子に有機配位子のみを有するEu−(hfa)
3−(tppo)
2に比べ、発光量子収率、分子の振動構造を反映する無放射速度定数(k
nr)及び発光寿命が改善されたことが示された。また、hfa−Eu−POMは、配位子に無機配位子のみを有するEu−POMに比べ、発光量子収率及び分子の非対称性を反映する放射速度定数(k
r)が改善されたことも示された。
【0087】
【表6】