特許第6805435号(P6805435)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6805435
(24)【登録日】2020年12月8日
(45)【発行日】2020年12月23日
(54)【発明の名称】コアシェル触媒および反応促進方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 35/08 20060101AFI20201214BHJP
   B01J 23/50 20060101ALI20201214BHJP
   B01J 23/44 20060101ALI20201214BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20201214BHJP
   H01M 4/92 20060101ALI20201214BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20201214BHJP
【FI】
   B01J35/08 B
   B01J23/50 M
   B01J23/44 M
   H01M4/86 M
   H01M4/92
   H01M4/90 M
【請求項の数】3
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-528345(P2017-528345)
(86)(22)【出願日】2016年6月17日
(86)【国際出願番号】JP2016068125
(87)【国際公開番号】WO2017010233
(87)【国際公開日】20170119
【審査請求日】2018年4月4日
(31)【優先権主張番号】特願2015-140836(P2015-140836)
(32)【優先日】2015年7月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松谷 耕一
(72)【発明者】
【氏名】海江田 武
(72)【発明者】
【氏名】政広 泰
(72)【発明者】
【氏名】笠井 秀明
(72)【発明者】
【氏名】中西 寛
(72)【発明者】
【氏名】清水 康司
【審査官】 壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−016684(JP,A)
【文献】 特開平08−138683(JP,A)
【文献】 特開2010−092799(JP,A)
【文献】 特表2014−512252(JP,A)
【文献】 特表2010−501344(JP,A)
【文献】 特開2016−108635(JP,A)
【文献】 特開2013−013878(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/065777(WO,A1)
【文献】 特開2013−163137(JP,A)
【文献】 特表2014−516465(JP,A)
【文献】 ZHANG, Geng et al.,Aqueous-Phase Synthesis of Sub 10 nm Pdcore@Ptshell Nanocatalysts for Oxygen Reduction Reaction Using Amphiphilic Triblock Copolymers as the Reductant and Capping Agent,The Journal of Physical Chemistry C,2013年 5月22日,Vol.117, No.26,p.13413-13423
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J21/00−38/74
H01M4/86−4/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀をコア材料とし、白金をシェル材料とした酸素還元反応を促進するコアシェル触媒であって、
触媒表面に面心立方格子の(110)面を有し、
前記触媒表面の(110)面におけるシェルの白金層の格子定数が、前記コア材料の銀の格子定数に近づくように、白金のバルク材の格子定数よりも大きくなっていることを特徴とするコアシェル触媒。
【請求項2】
シェルの白金層は1〜3原子層であることを特徴とする請求項1に記載のコアシェル触媒。
【請求項3】
銀をコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒の触媒表面に形成された面心立方格子の(110)面を用いて酸素還元反応を促進させる反応促進方法において、
前記触媒表面の(110)面におけるシェルの白金層の格子定数が、前記コア材料の銀の格子定数に近づくように、白金のバルク材の格子定数よりも大きくなっており、
前記(110)面に、酸素分子を分子状態で吸着する工程と、
前記(110)面に吸着した酸素分子と、プロトンとを反応させ、水分子を形成する工程と、
前記(110)面から水分子を脱離する工程とを含むことを特徴とする反応促進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアシェル触媒および当該コアシェル触媒を用いた反応促進方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、燃料電池の電極触媒として、主として活性の高い白金材料が用いられている。しかしながら、白金は希少金属であり、また、高価でもあるため、使用量を低減することが求められている。
【0003】
燃料電池の電極触媒における白金の使用量を低減するために、コアシェル構造を有する触媒粒子を担体に担持して電極触媒とすることで白金の使用量を低減する方法が提案されている。コアシェル構造とは、触媒粒子の表面(シェル)のみに活性の高い材料である白金を使用し、触媒反応に寄与しない内部(コア)には他の材料を使用する構造である。
【0004】
例えば、特許文献1には、ルテニウムをコアとし、白金をシェルとしたコアシェル触媒が開示されている。当該コアシェル触媒は、一酸化炭素被毒を低減することで、高い触媒活性を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】日本国特許公報「特開2011−72981号公報(2011年4月14日公開)」
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Zhang. J.,J. Phys. Chem. B,2004,108(30),10955-10964
【非特許文献2】Shao. M.H. et. al.,J. Phys. Chem. Lett.,2011,2,67-72
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら上記特許文献1は、一酸化炭素被毒を低減することで高い触媒活性を示すコアシェル触媒の提供を目的としたものであり、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応については考慮されていない。
【0008】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は燃料電池のカソード反応である酸素還元反応において高い活性を示すコアシェル構造を有する触媒、および、当該触媒を用いた反応促進方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者は、上記目的を達成すべく、CMD(Computational Material Design)(計算機マテリアルデザイン入門(笠井秀明他編、大阪大学出版会、2005年10月20日発行)を参照)を用いた第1原理計算を実行し、鋭意検討の結果、コア材料として銀におよびパラジウムに着目し本願発明を行うに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係るコアシェル触媒は、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料とした酸素還元反応を促進するコアシェル触媒であって、触媒表面に面心立方格子の(110)面を有する。
【0011】
また、本発明に係る反応促進方法は、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒の触媒表面に形成された(110)面を用いて酸素還元反応を促進させる反応促進方法において、前記(110)面に、酸素分子を分子状態で吸着する工程と、前記(110)面に吸着した酸素分子と、プロトンとを反応させ、水分子を形成する工程と、前記(110)面から水分子を脱離する工程とを含む。
【発明の効果】
【0012】
本発明の、コアシェル触媒および当該コアシェル触媒を用いた反応促進方法は、コア材料として銀またはパラジウムを、シェル材料として白金を用い、触媒表面に面心立方格子の(110)面を有する。これにより、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応において高い触媒活性を示す、コアシェル構造を有する触媒、および、当該触媒を用いた反応促進方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】酸素還元反応における酸素分子解離の反応経路を示す図である。
図2】酸素還元反応におけるペルオキシ解離の反応経路を示す図である。
図3】酸素還元反応における過酸化水素解離の反応経路を示す図である。
図4】FCC構造における(110)面を、(110)面の法線方向から見た図である。
図5】、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdについて、それぞれの吸着サイトへの酸素原子の吸着エネルギーを示す図である。
図6】、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdについて、それぞれの吸着サイトへの酸素分子の吸着エネルギーを示す図である。
図7図6に示した吸着エネルギーで、酸素分子がPtの表面に吸着している様子を示す図であり、(a)〜(d)はそれぞれ、Topサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、および、Hollowサイトに吸着している様子を示す図である。
図8図6に示した吸着エネルギーで、酸素分子がPtMLAgの表面に吸着している様子を示す図であり、(a)〜(d)はそれぞれ、Topサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、および、Hollowサイトに吸着している様子を示す図である。
図9】白金、銀、およびパラジウムの格子定数を示す図である。
図10】触媒表面における状態密度を表す図であり、(a)〜(c)は、それぞれPtの表面における状態密度、PtMLAgの表面における状態密度、および、PtMLPdの表面における状態密度を示す図である。
図11】(a)および(b)は、酸素分子解離の経路による酸素還元反応の各状態における自由エネルギー変化を示す図である。
図12】(a)〜(c)は、図11の(a)および(b)に示した、触媒としてPtおよびPtMLAgを用いた場合の酸素還元反応の各状態における自由エネルギー変化を、印加した電位毎に示した図である。
図13】Pt表面にOOHが吸着している状態のポテンシャルエネルギーを示す図である。
図14】Pt表面にOOHが吸着している状態を示す図であり、(a)はTopサイトに、(b)はS-bridgeサイトに吸着している状態を示している。
図15図14の(a)および(b)の状態からPt表面にさらにプロトンが吸着した状態を示す図である。
図16図15に示す状態からPt表面にプロトンがさらに吸着した状態を示す図である。
図17】(a)および(b)は、触媒としてPtを用いた場合の、酸素分子の解離を経由しない酸素還元反応の各状態の自由エネルギーの変化を示す図である。
図18】(a)〜(e)は、PtMLAg表面にOOHが吸着している状態を示す図である。
図19】(a)〜(d)は、PtMLAgの表面にHが吸着している状態を示す図である。
図20】(a)〜(c)は、PtMLAgの表面にHが吸着している状態を示す図である。
図21図8の(a)〜(c)および図18〜20に示した、PtMLAgにおける酸素分子の解離を経由しない酸素還元反応の反応工程を示す遷移図である。
図22】(a)および(b)は、触媒としてPtMLAgを用いた場合の、酸素分子の解離を経由しない酸素還元反応における自由エネルギーの変化を示す図である。
図23】(a)〜(c)は、図17および図22に示した自由エネルギーの変化を、印加した電位毎に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0015】
本発明の一実施形態である、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒は、燃料電池のカソード等で起こる酸素還元反応を促進するための触媒である。なお、コア材料としては、銀またはパラジウムが好ましい。
【0016】
本願発明者らは、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒の触媒活性を評価するために、密度汎関数理論に基づいた第1原理計算を用いたシミュレーションを行った。なお、第1原理計算とは、「相互作用する多電子系の基底状態のエネルギーは電子の密度分布により決められる」ことを示した密度汎関数理論を基にした計算手法である(P. Hohenberg and W. Kohn, Phys. Rev. 136, B864 (1964),W. Kohn and L. J. Sham, Phys. Rev. 140, A1133 (1965)、または、藤原毅夫著「固体電子構造」朝倉書店発行第3章を参照)。第1原理計算によれば、物質の電子構造を経験的なパラメータなしに定量的に議論できるようになり、実際、多くの実証により、実験に匹敵する有効性が示されている。本シミュレーションでは、第1原理計算の中でも現在もっとも精度の高い、一般密度勾配近似法を用いて計算した。
【0017】
本シミュレーションでは、銀をコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(以下、PtMLAg)、および、パラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(以、PtMLPd)に加えて、比較のため、白金のみで構成される触媒(以下、Pt)についても計算を行った。シミュレーションの条件として、それぞれの触媒は、6原子層からなる触媒とした。PtMLAgおよびPtMLPdについては、5原子層のAgおよびPdの上に、単原子層のPtが積層された構造とした。なお、コアシェル触媒において、シェル層である白金層の厚さは単原子層に限定されるものではなく、1〜3原子層であればよい。
【0018】
(1.酸素還元反応)
触媒活性の評価の前提として、まず、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応について説明する。
【0019】
酸素還元反応の反応モデルとして、(1)酸素分子解離(Oxygen dissociation)、(2)ペルオキシ解離(Peroxyl dissociation)、(3)過酸化水素解離(Hydrogen peroxide dissociation)の3つの経路で反応が進行する反応モデルが知られている。
【0020】
図1は、酸素還元反応における酸素分子解離の経路の反応モデルを示す図である。図1に示すように、酸素分子解離の経路では、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O→O)。なお、「」は、触媒表面を表し、Oは、触媒表面に酸素分子が吸着していることを示す。次に、触媒表面に吸着した酸素分子が、酸素原子に解離する(O→O+O)。そして、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトン(H)と、触媒表面の酸素原子がと反応し、触媒表面にOHを形成する(O+H+e→OH)。最後に、触媒表面のOHと、プロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH+H+e→HO)。
【0021】
図2は、酸素還元反応におけるペルオキシ解離の経路の反応モデルを示す図である。図2に示すように、ペルオキシ解離においても酸素分子解離と同様に、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O→O)。次に、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトンと、触媒表面の酸素分子とが反応し、触媒表面にOOHを形成する(O+H+e→OOH)。そして、OOHが、酸素原子とOHとに解離する(OOH→O+OH)。そして、触媒表面の酸素原子とプロトンとが反応し、OHを形成する(O+H+e→OH)。そして、触媒表面のOHとプロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH+H+e→HO)。
【0022】
図3は、酸素還元反応における過酸化水素解離の経路の反応モデルを示す図である。図3に示すように、過酸化水素解離においても酸素分子解離と同様に、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O→O)。次に、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトンと、触媒表面の酸素分子とが反応し、OOHを形成する(O+H+e→OOH)。そして、触媒表面のOOHとプロトンとが反応し、触媒表面にHを形成する(OOH+H+e→H)。次に、触媒表面のHがOHに解離し(H→OH+OH)、触媒表面のOHとプロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH+H+e→HO)。
【0023】
このように、酸素還元反応では、酸素分子解離、ペルオキシ解離、および過酸化水素解離の何れの反応モデルでもまず触媒表面への酸素分子の吸着が起こる。
【0024】
ここで、銀、白金、およびパラジウムは何れも面心立方(FCC)構造を有する。FCC構造における(110)面、および、(110)面と等価な面は、他の面(例えば、(100)面、(111面))と比較して、面内の原子密度が低い。そのため、(110)面は、他の面と比較して、酸素還元反応の第1段階である酸素分子の吸着が起こりやすいと考えられる。そのため、以下では、反応活性が高いと考えられる(110)面に着目し、シミュレーションを行った。
【0025】
(2.酸素原子の吸着)
まず、酸素還元反応の第1段階である酸素分子の吸着を考える前に、酸素原子が触媒表面に吸着する場合について考える。
【0026】
図4は、FCC構造における(110)面を、(110)面の法線方向([110]方向)から見た図である。図4に示すように、表面にFCC構造の(110)面を有する触媒の場合には、酸素原子の吸着サイトとして、On-top(以下、Top)サイト、Short bridge(以下、S-bridge)サイト、Long bridge(以下、L-bridge)サイト、および、Hollowサイトの計4つのサイトが考えられる。
【0027】
Topサイトとは、触媒表面の第一層の原子の上に存在する吸着サイトである。ここで、FCC構造における(110)面は、面内方向である[−110]方向と、同じく面内方向である[001]方向とで原子間距離が異なり、[−110]方向の原子間距離が[001]方向の原子間距離よりも短くなっている。S-bridgeサイトは、原子間距離が短い方([−110]方向)の原子間に存在する吸着サイトであり、L-bridgeサイトは、原子間距離が長い方([001]方向)の原子間に存在する吸着サイトである。Hollowサイトとは、4つの原子に囲まれる位置に存在する吸着サイトである。なお、結晶学における表記においては、本来、記号“−”を方向を表わす数字の上に付すべきであるが、本明細書では、表記の都合上、数字の前に付すことにする。
【0028】
ここで、酸素原子が触媒表面から無限遠離れた位置に存在する時のエネルギー(E)と、酸素原子が触媒表面に吸着しているときのエネルギー(E)との差(ΔE=E−E)を吸着エネルギーとし、それぞれの吸着サイトに対して、酸素原子の吸着エネルギーを求めた。
【0029】
図5は、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdについて、それぞれの吸着サイトへの酸素原子の吸着エネルギーの算出結果を示す図である。図5に示すように、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdの何れでも、吸着エネルギーは、S-bridgeサイトが最小となった。このことから、酸素原子が触媒表面に吸着する場合には、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdの何れの場合においても、S-bridgeサイトに吸着することが安定であることが分かる。
【0030】
(3.酸素分子の吸着)
次に、酸素分子が触媒表面に吸着する場合を考える。表面にFCC構造の(110)面を有する触媒では、酸素分子が触媒表面に吸着する場合においても、酸素原子が触媒表面に吸着する場合と同様に、吸着サイトとして、Topサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、および、Hollowサイトが考えられる。ここで、例えば、酸素分子がTopサイトに吸着している状態とは、酸素分子の重心がTopサイトに位置する状態であることを意味しており、すなわち、二つの酸素原子のそれぞれの重心の中点がTopサイトに位置する状態であるという事である。
【0031】
ここで、酸素分子が触媒表面から無限遠離れた位置に存在する時のエネルギー(E)と、酸素分子が触媒表面に吸着しているときのエネルギー(E)との差(ΔE=E−E)を吸着エネルギーとし、それぞれの吸着サイトに対して、酸素原子の吸着エネルギーを求めた。
【0032】
図6は、Pt、PtMLAgおよびPtMLPdについて、それぞれの吸着サイトへの酸素分子の吸着エネルギーの算出結果を示す図である。なお、上述したように、酸素分子があるサイトに吸着している状態とは、酸素分子の重心が当該サイトに存在している状態ということである。そのため、1つのサイトに対しても、酸素分子の配置は無数に考えらえるが、ここでは、計算の結果一番吸着エネルギーが低い(吸着状態が安定な)酸素原子の配置について示しており、以降の図においても同様である。
【0033】
図6に示すように、PtおよびPtMLPdでは、L-bridgeサイト、Hollowサイト、S-bridgeサイト、Topサイトの順で吸着エネルギーが大きくなっており、PtとPtMLPdとは同じ傾向を示している。これに対して、PtMLAgでは、Hollowサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、Topサイトの順で吸着エネルギーが大きくなっている。すなわち、PtおよびPtMLPdでは、L-bridgeサイトが、酸素分子の吸着サイトとして安定であり、PtMLAgでは、Hollowサイトが、酸素分子の吸着サイトとして安定だということが判る。
【0034】
図7は、図6に示した吸着エネルギーで、酸素分子がPtの表面に吸着している様子を示す図であり、(a)〜(d)はそれぞれ、Topサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、および、Hollowサイトに吸着している様子を示す図である。図7の(a)〜(d)において、左図はPt表面を上方から見た上面図であり、右図はそれぞれ矢印A〜矢印D方向から左図を見た断面図である。
【0035】
図7において、酸素原子間の距離は、Topサイトが1.37Å、S-bridgeサイトが1.38Å、L-bridgeサイトが4.88Å、Hollowサイトが4.00Åである。このことから、酸素分子がPtに吸着する際に、TopサイトもしくはS-bridgeサイトに吸着した場合には、分子状態で吸着(分子状吸着)し、L-bridgeサイトもしくはHollowサイトに吸着した場合には、酸素分子が酸素原子に解離して吸着することが分かる。
【0036】
図8は、図6に示した吸着エネルギーで、酸素分子がPtMLAgの表面に吸着している様子を示す図であり、(a)〜(d)はそれぞれ、Topサイト、S-bridgeサイト、L-bridgeサイト、および、Hollowサイトに吸着している様子を示す図である。図8の(a)〜(d)において、左図はPtMLAg表面を上方から見た上面図であり、右図はそれぞれ矢印E〜矢印H方向から左図を見た断面図である。
【0037】
図8において、酸素原子間の距離は、Topサイトが1.33Å、S-bridgeサイトが1.36Å、L-bridgeサイトが1.36Å、Hollowサイトが4.19Åである。このことから、酸素分子がPtMLAgに吸着する際に、Topサイト、S-bridgeサイト、もしくはL-bridgeサイトに吸着した場合には、分子状態で吸着し、Hollowサイトに吸着した場合には、酸素分子が酸素原子に解離して吸着することが分かる。
【0038】
(4.格子定数および状態密度)
図9は、白金(Pt)、銀(Ag)、およびパラジウム(Pd)の格子定数を示す図である。図9において、上段の計算結果と示す行は、密度汎関数理論に基づいた第一原理計算を用いた格子定数の計算値を示す図であり、下段の実験値と示す行は、C. Kittel, Introduction to Solid State Theory (Wiley, New York, 2005)に示されているバルク材の格子定数である。図9から、計算値と実験値とは、高い整合性を示していることが分かる。ここで、Ptの格子定数の計算値は、3.977Åであり、Agの格子定数の計算値は4.166Åであり、Pdの格子定数の計算値は3.957Åである。また、Agの格子定数の計算値は、Ptの格子定数の計算値の104.75%であり、Pdの格子定数の計算値は、Ptの格子定数の計算値99.5%である。
【0039】
ここで、AgおよびPdの上にPtが1原子層積層されたPtMLAgおよびPtMLPdにおいても格子定数の値は、AgおよびPdと同じ傾向を示すと考えられる。すなわち、酸素分子のL-bridgeサイトへの吸着において、PtおよびPtMLPdは解離吸着したのに対し、PtMLAgでは解離吸着しなかったのは、PtやPtMLPdと比較して、PtMLAgは格子定数が大きく、酸素分子が解離して吸着するには至らなかったためであると考えられる。
【0040】
図10は、触媒表面における状態密度を表す図であり、(a)〜(c)は、それぞれPtの表面における状態密度、PtMLAgの表面における状態密度、および、PtMLPdの表面における状態密度を示している。図10の(a)〜(c)において、左図は、全軌道における状態密度(total)、および、5d軌道の状態密度(5d)を示しており、右図では、5つの5d軌道のそれぞれの状態密度を示している。図10の(a)〜(c)において、横軸の0は、フェルミ準位を示している。図10の(a)に示すように、Ptにおいては、フェルミ準位近傍の電子密度が高くなっており、これは、高い触媒活性を示すことを表している。また、図10の(c)に示すPtMLPdは、Ptとよく似た状態密度を示し、このことから、PtMLPdもPtと同様に高い触媒活性を示すことが分かる。
【0041】
一方、図10の(b)に示したPtMLAgは、PtやPtMLPdと比較してフェルミ準位近傍の電子密度がより高くなっている。特に、図10の(b)の右図からに分かるように、PtやPtMLPdと比べてdz軌道の状態密度がマイナス方向に偏移しており、特に、−1eV付近で局在化している。これは、PtMLAgの表面のPtの電子構造が、上述したPtとAgとの格子定数の差により変形し、不安定になっているからであると考えられる。このように、PtとAgとの格子定数の差で電子構造が変化し、フェルミ準位近傍での電子密度がPtやPtMLPdと比べて高くなっていることは、PtMLAgがPtやPtMLPdと比べてより高い触媒活性を示すことを示唆している。
【0042】
(5.酸素分子解離の経路における酸素還元反応)
ここで、上述したように、PtおよびPtMLAgの両方において、酸素分子が触媒表面に吸着する場合には、酸素原子に解離して吸着するのが安定であることが分かった。そのため、3つの酸素還元反応の経路のうち、1段階目の酸素分子の吸着反応に続く、2段階目の反応が、酸素分子の解離反応である酸素分子解離の経路に着目した。これは、酸素分子が酸素原子に解離した状態で触媒表面に吸着するのであれば、以降の反応も進みやすいと考えられるからである。
【0043】
そこで、触媒としてPtおよびPtMLAgを用いた場合の、酸素分子解離の経路における酸素還元反応の各状態における自由エネルギーGを計算し、各状態間で自由エネルギーの変化量ΔGを算出した。自由エネルギーGの算出方法は以下の通りである。自由エネルギーGはG=H−TSの式で与えられる。ここで、Hはエンタルピー、Tは温度、Sはエントロピーである。エンタルピーHは、原子核と電子との相互作用によるポテンシャルエネルギーと、原子核の運動エネルギー(すなわち、分子・原子の熱運動によるエネルギー)との和によって与えられる。
【0044】
また、PtおよびPtMLAgのそれぞれについて、電位が印加されていない状態(U=0V)に加えて、0.7V、0.9Vの電位が印加されている状態についても自由エネルギーの計算を行った。0.7Vという電位は、一般的な燃料電池における駆動電圧である0.7Vに基づく数値であり、燃料電池における駆動電圧の上限値として、0.9Vの電位が印加されている場合についても計算を行った。なお、自由エネルギーの計算は、温度T=300Kとして行った。
【0045】
図11は、酸素解離の経路による酸素還元反応の各状態における自由エネルギーの変化を示す図であり、(a)は、触媒としてPtを用いた場合を、(b)は、触媒としてPtMLAgを用いた場合の計算結果をそれぞれ示している。なお、図中において、Oは、酸素分子が酸素分子として存在している状態を、Oは、触媒表面に酸素原子が吸着している状態を、OHは、OHが触媒表面吸着している状態を、Hは、触媒表面にHOが吸着している状態を、HOは、触媒表面からHOが脱離した状態をそれぞれ示しており、以降の図においても同様である。
【0046】
また、図12は、図11の(a)および(b)に示した、触媒としてPtおよびPtMLAgを用いた場合の酸素還元反応の各状態における自由エネルギーの変化を、印加した電位毎に示した図であり、(a)は電位を印加していない状態を、(b)は、0.7Vの電位を印加した状態を、(c)は、0.9Vの電位を印加した状態をそれぞれ示している。なお、図12においては、自由エネルギーが一番低くなっている状態を太線で示している。
【0047】
図11の(a)および(b)、ならびに、図12の(a)に示すように、PtおよびPtMLAgの両方において、電位が印加されていない場合には、Hの状態で自由エネルギーが一番低くなっており、Hの状態までは、活性化障壁が無く、反応が進みやすいことが分かる。また、自由エネルギーが増加するHOの脱離反応においても、HとHOとの自由エネルギーの差で示される活性化障壁も大きな値ではない。すなわち、電位が印加されていない状態では、PtおよびPtMLAgの両方において酸素分子解離の経路において酸素還元反応が進行すると考えられる。
【0048】
これに対して、図12の(b)および(c)に示すように、電位を印加した場合には、自由エネルギーが最小となるのは、Hの状態よりも前の状態であり、HOの脱離反応よりも前の反応工程においても活性化障壁が存在することを示している。また、図11の(a)および(b)に示すように、印加する電位が大きくなると、自由エネルギーも大きな値となっており、このことから電位の印加により酸素還元反応の進行が妨げられることが分かる。
【0049】
このように、酸素分子解離の経路における酸素還元反応は、電位が印加されていない状態では、他の反応経路に比べて反応が進みやすいと考えられるものの、燃料電池のカソード電極といった、電位が印加された状態においては、反応における活性化障壁が大きく、反応が進みにくいと考えられる。
【0050】
(6.酸素分子の解離を経由しない経路における酸素還元反応)
上述したように、電位が印加された状態においては、酸素還元反応は、酸素分子解離の経路では反応が進みにくいと考えられ、酸素分子の解離を経由しない、過酸化水素解離またはペルオキシ解離等の経路で酸素還元反応が支配的に進行していると考えられる。そのため、酸素分子の解離を経由しない反応モデルを用いて、PtおよびPtMLAgのそれぞれに対して酸素還元反応の検討を行った。
【0051】
(6.1.Ptにおける酸素還元反応)
Ptにおける酸素還元反応の経路のうち、酸素分子の解離を経由しない経路では、触媒表面に吸着した酸素分子は、酸素原子に解離せず、分子状態で吸着する。そのため、図7に示したように、当該経路における酸素分子の吸着サイトとしては、TopサイトおよびS-bridgeサイトの2つのサイトが考えられる。
【0052】
ここで、過酸化水素解離の経路とペルオキシ解離の経路とを比較すると、過酸化水素解離の経路においては、酸素原子同士の結合が切れるのが、Hの状態であるのに対して、ペルオキシ解離の経路においては、OOHの状態である点で異なる。すなわち、過酸化水素解離およびペルオキシ解離等の何れの酸素分子の解離を経由しない経路においても、酸素還元反応は、まず、酸素分子(O)が、酸素分子の状態で触媒表面に吸着し(O)、次に、吸着した酸素分子(O)がプロトン(H)と反応し、OOHを形成する。そのため、酸素分子が、TopサイトおよびS-bridgeサイトに吸着している場合のそれぞれに対して、Pt表面にOOHが吸着している状態のポテンシャルエネルギーを計算した。
【0053】
図13は、Pt表面にOOHが吸着している状態のポテンシャルエネルギーを示す図である。また、図14は、Pt表面にOOHが吸着している状態を示す図であり、(a)はTopサイトに、(b)はS-bridgeサイトに吸着している状態を示している。図14の(a)および(b)において、左図はPt表面を上方から見た上面図であり、右図はそれぞれ矢印I、矢印J方向から左図を見た断面図である。
【0054】
図13に示すように、TopサイトおよびS-bridgeサイトの何れの吸着サイトに酸素分子が吸着した場合であっても、OOHが吸着している場合のポテンシャルエネルギーは、図6に示したOが吸着している場合のポテンシャルエネルギーよりも低い値を示しており、このことから、酸素分子が、TopサイトおよびS-bridgeサイトの何れの吸着サイトに吸着した場合であっても、Oの状態からOOHの状態となるのに活性化障壁が無いことが分かる。
【0055】
次に、図14の(a)および(b)に示す状態から触媒表面にさらにプロトンが吸着した状態(H)についてポテンシャルエネルギーを計算した。
【0056】
図15は、図14の(a)および(b)の状態からPt表面にさらにプロトンが吸着した状態を示す図である。図15において、左図はPt表面を上方から見た上面図であり、右図は矢印K方向から左図を見た断面図である。なお、図14の(a)および(b)の状態からさらに触媒表面にプロトンが吸着すると、酸素分子がTopサイトおよびS-bridgeサイトの何れの吸着サイトに吸着した場合であっても、図15に示す状態で、すなわち、S-bridgeサイトに吸着した。
【0057】
図15に示す状態におけるポテンシャルエネルギーΔEは、−4.81eVであり、このことから、酸素分子が、TopサイトおよびS-bridgeサイトの何れの吸着サイトに吸着した場合であっても、図14の(a)および(b)に示す状態(OOH)から、さらにプロトンが吸着した状態(H)となるのに活性化障壁が無いことが分かる。
【0058】
次に、図15に示す状態からさらにプロトンが吸着した状態(H)についてポテンシャルエネルギーを計算した。図16は、図15に示す状態からPt表面にプロトンがさらに吸着した状態を示す図である。図16において、左図はPt表面を上方から見た上面図であり、右図は矢印L方向から左図を見た断面図である。図16に示す状態におけるポテンシャルエネルギーΔEは、−5.48eVであった。このことから、図15に示す状態(H)から、さらにプロトンが吸着した状態(H)となるのに活性化障壁が無いことが分かる。
【0059】
以上から、Ptにおいては、Pt表面に酸素分子が吸着する過程から、Hの状態となるまで活性化障壁が存在しないと言える。
【0060】
次に、酸素原子の解離について考える。図2に示したように、ペルオキシ解離の経路で酸素還元反応が進行している場合には、触媒表面にOOHが吸着している状態で酸素原子間の結合が切れる。一方、図3に示したように、過酸化水素解離の経路では、触媒表面にHが吸着している状態で酸素原子間の結合が切れる。
【0061】
そのため、図14〜16のそれぞれの状態における酸素原子間距離を求めた。図14の(a)に示す状態において、酸素原子間距離は、2.29Åであり、図14の(b)に示す状態において、酸素原子間距離は、2.66Åであった。同様に、図15に示す状態において、酸素原子間距離は、2.81Åであった。また、図16に示す状態において、酸素原子間距離は、2.34Åであった。
【0062】
次に、触媒としてPtを用いた場合における、上述した反応経路(すなわち、酸素分子の解離を経由しない経路)の各状態の自由エネルギーを計算した。また、酸素解離の経路と同様に、電位が印加されていない状態(0V)に加えて、0.7V、0.9Vの電位が印加されている状態についても自由エネルギーの計算を行った。
【0063】
図17は、触媒としてPtを用いた場合における、酸素還元反応の各状態間の自由エネルギーの差分を示す図である。図17の(a)は、酸素分子がS-bridgeサイトに吸着した状態で、(b)は、酸素分子がTopサイトに吸着した状態で酸素還元反応が進行した場合における各状態間の自由エネルギーの差分を示している。図17の(a)および(b)に示すように、何れの電位が印加された場合であっても、Hの状態から、水分子が脱離し、触媒表面にOHが吸着した状態であるHO+OHの状態と、Hの状態とを比較すると、自由エネルギーが増加している。このことから、酸素分子がS-bridgeサイトとTopサイトとの何れの吸着サイトに吸着した場合であっても、水分子の脱離工程において活性化障壁が存在することが分かる。
【0064】
(6.2.PtMLAgにおける酸素還元反応)
次に、PtMLAgにおける酸素還元反応について述べる。
【0065】
図8に示したように、PtMLAgの表面に酸素分子が吸着した際に、Topサイト、S-bridgeサイト、もしくはL-bridgeサイトに吸着した場合には、分子状態で吸着し、Hollowサイトに吸着した場合には、酸素分子が酸素原子に解離して吸着する。そのため、酸素分子の解離を経由しない経路での酸素還元反応を検討するために、酸素分子が、Topサイト、S-bridgeサイト、およびL-bridgeサイトに吸着した場合のそれぞれに対して、酸素分子の吸着の次段階の状態である、OOHが吸着している状態のポテンシャルエネルギーを計算した。
【0066】
図18は、PtMLAg表面にOOHが吸着している状態を示す図であり、(a)は酸素分子がTopサイトに吸着した場合を、(b)および(c)は酸素分子がL-bridgeサイトに吸着した場合を、(d)および(e)は、酸素分子がS-bridgeサイトに吸着した場合をそれぞれ示している。図18において、左図はPtMLAg表面を上方から見た上面図であり、右図はそれぞれ矢印M〜矢印Q方向から左図を見た断面図である。
【0067】
図18の(a)に示すように、酸素分子がTopサイトに吸着した場合には、OOHは、L-bridgeサイトに吸着した状態となる。この時のポテンシャルエネルギーは、−2.52eVであった。また、酸素分子がL-bridgeサイトに吸着した場合には、OOHは、図18の(b)に示すように、Hollowサイトに吸着した状態と、図18の(c)に示すように、L-bridgeサイトに吸着した状態との2つの状態が考えられる。なお、それぞれの状態におけるポテンシャルエネルギーは、−4.30eVおよび−2.52eVであり、図18の(c)に示す状態は、図18の(a)に示す状態と同一である。酸素分子が、S-bridgeサイトに吸着した場合には、OOHは、図18の(d)に示すように酸素分子が[−110]方向に並ぶ状態と、図18の(e)に示すように、酸素分子が[001]方向に並ぶ状態との2つの状態が考えらえる。なお、それぞれの状態におけるポテンシャルエネルギーは、−2.34eVおよび−2.59eVであった。
【0068】
次に、図18の(a)〜(e)に示す状態(OOH)からPtMLAg表面にさらにプロトンが吸着した状態(H)のポテンシャルエネルギーを計算した。
【0069】
図19は、PtMLAgの表面にHが吸着している状態を示す図である。図19の(a)は、図18の(a)および(c)に示す状態から、図19の(b)は、図18の(b)に示す状態から、図19の(c)は、図18の(d)に示す状態から、図19の(d)は、図18の(e)に示す状態から、それぞれプロトンが吸着した状態を示している。図19において、左図はPtMLAg表面を上方から見た上面図であり、右図はそれぞれ矢印R〜矢印U方向から左図を見た断面図である。図19の(a)〜(d)に示す状態におけるポテンシャルエネルギーは、それぞれ−5.46eV、−3.56eV、−4.26eV、−4.27eVであった。
【0070】
次に、図19の(a)〜(d)に示す状態(H)からPtMLAg表面にさらにプロトンが吸着した状態(H)のポテンシャルエネルギーを計算した。
【0071】
図20は、PtMLAgの表面にHが吸着している状態を示す図である。図20の(a)は、図19の(a)に示す状態から、図20の(b)は、図19の(b)に示す状態から、図20の(c)は、図19の(c)に示す状態からそれぞれプロトンが吸着した状態を示している。なお、図19の(d)に示した状態からプロトンが吸着した状態を考えた場合に、図19の(d)に示す状態よりもポテンシャルエネルギーが低い状態は存在しなかった。図20の(c)に示す状態におけるポテンシャルエネルギーは、−5.14eVであった。
【0072】
図21は、図8の(a)〜(c)および図18〜20に示した、PtMLAgにおける酸素還元反応の反応工程を示す遷移図である。図21に矢印で示すように、PtMLAgにおける酸素分子の解離を経由しない経路での酸素還元反応は、経路α〜経路εの5つの経路が考えられる。経路αは、Oの状態では、L-bridgeサイトに吸着し、続くOOHの状態ではHollowサイトに吸着する。経路βは、Oの状態では、L-bridgeサイトに吸着し、以降の反応もL-brideサイトに吸着した状態で進行する。経路γは、Oの状態ではTopサイトに吸着し、OOHの状態ではL-bridgeサイトに吸着する。そして、以降の反応は、経路βと同一の経路で進行する。経路δは、Oの状態では、酸素分子が[−110]方向に並ぶように、S-bridgeサイトに吸着するが、OOHの状態では、酸素分子が[001]方向に並ぶように、S-bridgeサイトに吸着する。そしてHへと反応が進行するが、Hの状態が安定であり、Hの状態となる反応は進行しない。経路εは、Oの状態では、酸素分子が[−110]方向に並ぶように、S-bridgeサイトに吸着する。以降も、酸素分子がS-bridgeサイトに吸着した状態で、OOH、H、Hと反応が進行する。
【0073】
なお、以降では、説明の便宜上、酸素分子の吸着位置がL-bridgeサイトからHollowサイトへと変化している経路αの反応経路のことをL-bridge to Hollowと称し、酸素分子が[−110]方向に並ぶように、S-bridgeサイトに吸着した状態から変化しない経路εの反応経路のことをS-bridgeと称する。
【0074】
ここで、図21に示した、OOHおよびHの状態における酸素原子間距離を算出した。OOHの状態における酸素原子間距離は、図21の左から順に、2.46Å、2.63Å、2.48Å、2.62Åであった。また、Hの状態における酸素原子間距離は、図21の左から順に、2.66Å、3.37Å、2.54Å、2.87Åであった。
【0075】
次に、触媒としてPtMLAgを用いた場合の、S-bridgeおよびL-bridge to Hollowの経路における酸素還元反応の自由エネルギーの変化を計算した。また、触媒としてPtを用いた場合と同様に、電位が印加されていない状態(0V)に加えて、0.7V、0.9Vの電位が印加されている状態についても自由エネルギーの計算を行った。
【0076】
図22は、触媒としてPtMLAgを用いた場合の、酸素還元反応における自由エネルギー変化を示す図であり、(a)および(b)はそれぞれS-bridgeの経路、および、L-bridge to Hollowの経路における自由エネルギーの変化を示している。
【0077】
図22の(a)および(b)に示すように、自由エネルギーの最小値と、HO+OHの状態における自由エネルギーの値との差で示される活性化障壁の値は、S-bridgeの経路では、電位を印加してもあまり変化していないことが分かる。一方、L-bridge to Hollowの経路では、電位を印加すると活性化障壁は大きくなる。また、図17に示した触媒としてPtを用いた場合と同様に、触媒としてPtMLAgを用いた場合も、S-bridgeの経路では水分子の脱離工程において活性化障壁が存在することが分かる。
【0078】
なお、図21の経路βについては、触媒としてPtを用いた場合と比較して、自由エネルギーに優位性が見られなかった。
【0079】
(6.3.PtとPtMLAgとの比較)
図23は、図17および図22に示した自由エネルギーの変化を、印加した電位毎に示した図であり、(a)は電位を印加していない状態を、(b)は、0.7V電位を印加した状態を、(c)は、0.9Vの電位を印加した状態をそれぞれ示している。
【0080】
図23の(b)および(c)に示すように、電圧を印加状態においても、触媒としてPtMLAgを用いた場合の、S-bridgeの経路による酸素還元反応は、触媒としてPtを用いた場合の酸素還元反応よりも活性化障壁が低いことが分かる。このことから、電位を印加した状態においても、PtMLAgは、Ptよりも高い触媒活性を示すと言える。
【0081】
以上から、銀をコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(PtMLAg)の(110)面は、白金のみで構成される触媒(Pt)の(110)面と比較して、燃料電池の発電条件であっても、カソード反応である酸素還元反応において高い触媒活性を示すことがわかった。また、図10に示したように、パラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(PtMLPd)は、白金のみで構成される触媒(Pt)と同程度の触媒活性があることが分かった。
【0082】
以上のように、本発明に係るコアシェル触媒は、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料とした酸素還元反応を促進するコアシェル触媒であって、触媒表面に面心立方格子の(110)面を有する。
【0083】
さらに、前記コアシェル触媒は、シェルの白金層は1〜3原子層であることが好ましい。
【0084】
また、本発明に係る反応促進方法は、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒の触媒表面に形成された(110)面を用いて酸素還元反応を促進させる反応促進方法において、前記(110)面に、酸素分子を分子状態で吸着する工程と、前記(110)面に吸着した酸素分子と、プロトンとを反応させ、水分子を形成する工程と、前記(110)面から水分子を脱離する工程とを含む。
【0085】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明は、酸素還元反応の触媒、特に、燃料電池のカソード電極触媒に好適に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15
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図17
図18
図19
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図21
図22
図23