特許第6815002号(P6815002)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JNC株式会社の特許一覧 ▶ JNCファイバーズ株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人大阪大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人信州大学の特許一覧

特許6815002ε−ポリリジン極細繊維及び繊維構造体、それらの製造方法
<>
  • 特許6815002-ε−ポリリジン極細繊維及び繊維構造体、それらの製造方法 図000002
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6815002
(24)【登録日】2020年12月24日
(45)【発行日】2021年1月20日
(54)【発明の名称】ε−ポリリジン極細繊維及び繊維構造体、それらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/68 20060101AFI20210107BHJP
【FI】
   D01F6/68
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-175476(P2016-175476)
(22)【出願日】2016年9月8日
(65)【公開番号】特開2018-40085(P2018-40085A)
(43)【公開日】2018年3月15日
【審査請求日】2019年7月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399120660
【氏名又は名称】JNCファイバーズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 範子
(72)【発明者】
【氏名】宮内 実
(72)【発明者】
【氏名】明石 満
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕安材
【審査官】 春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−308780(JP,A)
【文献】 特開2005−290610(JP,A)
【文献】 特開平09−132869(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F1/00−6/96
9/00−9/04
D04H1/00−18/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε−ポリリジンを30重量%以上含有する、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維。
【請求項2】
ε−ポリリジンからなる、請求項1に記載の極細繊維。
【請求項3】
さらに、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物を含有する、請求項1に記載の極細繊維。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の極細繊維を含む、繊維構造体。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の極細繊維を、電界紡糸法により形成する極細繊維の製造方法。
【請求項6】
ε−ポリリジンと、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物とを含む溶液を紡糸溶液として用いる、請求項5に記載の極細繊維の製造方法。
【請求項7】
前記フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物がトリフルオロ酢酸である、請求項6に記載の極細繊維の製造方法。
【請求項8】
ε−ポリリジンおよびフッ素原子とカルボキシル基を有する化合物からなる、請求項1に記載の極細繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε−ポリリジンを主成分とする極細繊維及び繊維構造体、それらを製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数十〜数百ナノメートル(nm)の直径を有する、いわゆるナノ繊維が注目され、ドラッグデリバリー、足場材料、創傷被覆材などのバイオメディカル分野、発光体用電子銃や各種センサーなどのエレクトロニクス分野、高性能フィルターなどの環境対応分野への応用が期待されている。特にバイオメディカルの分野においては、足場材料や細胞接着基材等への応用面からナノレベルでの構造制御が重要となるため、直径が極めて細い繊維(ナノ繊維)の作製が望まれている。そのような極細繊維を製造する方法としては、例えば電界紡糸法がある。
【0003】
また、ポリカチオンは、そのカチオン性と分子量効果(分子鎖の凝集力や、強度や接着性等の物理的特性など)の両方を利用し、医薬・抗体等の固定、化粧品、接着剤、塗料、紙力増強剤等に広く利用されている。これらはナノ繊維化することで、高い比表面積を有するようになるため、細胞接着性の向上や医薬・抗体等の固定サイト数増加などの効果が得られる。これらの特徴と天然由来である特性を活かして、天然由来のポリカチオンを繊維化する研究が進められている(特許文献1)。特許文献1は、セルロース又はキトサン等の多糖類を電界紡糸法によって極細繊維とする発明であり、これらの材料を有機溶媒に溶解したものを紡糸液とし、電界紡糸法によって極細繊維とした後、必要に応じてアルカリ処理をすることによって水不溶性のセルロース極細繊維ないしキトサン極細繊維を得たことが開示されている。
【0004】
多糖類であるキトサンやポリアミノ酸であるポリリジン等は生体毒性が低く、特にポリリジンは優れた生体親和性から、医療機器のコーティング材、ドラッグデリバリー、医薬・抗体の固定担体、抗菌性、食品添加剤などの用途で有効に用いられる。
【0005】
ポリリジンには、α位のアミノ基とカルボキシル基等が縮合したα−ポリリジンと、ε位のアミノ基とカルボキシル基等が縮合したε−ポリリジンの2種類が存在する。α−ポリリジンは、ポリカチオンの特性により、バイオメディカル分野において、インターフェロン誘導物質の効果の向上、薬物透過性の向上、DNA等とのポリイオンコンプレックス、遺伝子及び核酸等のデリバリーなどの用途に使用することができると報告されている。しかしながら、このような用途では生体毒性が重要となってくるが、α−ポリリジンは少なからず細胞毒性を示すという報告もある(非特許文献1)。上記用途では、α−ポリリジンのカチオン性を利用しており、天然由来のε−ポリリジンはα−ポリリジンの代替として適している。ε−ポリリジンを含有した極細繊維の例としては、他のポリマー中にポリリジンを含有することで作製した極細繊維の例があげられる(特許文献2)。特許文献2は、生体適合性繊維の不織布に骨補填材を含有する骨再生用材料に関する発明であり、生体適合性ポリマーの一例としてポリリジンが開示されている。但し、実施例には、ポリ乳酸不織布のみが示されており、ポリリジンを材料として繊維ないし不織布とした例はない。
【0006】
特許文献3は、セルロース等の糖質とε−ポリリジンと電解質とを含む組成物の発明であり、この組成物を含有する繊維が開示されている。実施例においては、セルロースに対して0.1%のε−ポリリジンを含む、レーヨンビスコースの紡糸原液を湿式紡糸してε−ポリリジンを含有する繊維を得たことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−308780号公報
【特許文献2】特開2014−57841号公報
【特許文献3】特開2002−138161号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Amino-Acid Homopolymers Occuring in Nature, Microbiology Monographs 15,2010,61
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明のε−ポリリジン極細繊維の一例を示す電子顕微鏡写真である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のとおり、ε−ポリリジンを繊維に一部含有させることやε−ポリリジンを添加した極細繊維は公知であった。しかしながら、ε−ポリリジンはその分子量が繊維化するには低すぎるためか、未だにε−ポリリジンを繊維化し、ε−ポリリジンを主成分として含む極細繊維は得られていなかった。
上記の状況に鑑み、本発明は、カチオン性ポリペプチドであるε−ポリリジンを主成分として含む極細繊維を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前述の従来技術の問題点に鑑み、鋭意研究を重ねた。その結果、トリフルオロ酢酸に溶解したε−ポリリジン溶液はコンプレックス構造を形成することで繊維化に必要な曳糸性を発現し、ε−ポリリジンを主成分とする極細繊維が得られることを見出した。この方法で得られた極細繊維は、そのカチオン性を巧みに利用して種々のポリアニオンとコンプレックスを作ることが可能であり、ポリイオンコンプレックスにより多岐な分野で利用可能である。
【0012】
本発明は以下によって構成される。
[1]ε−ポリリジンを30重量%以上含有する、平均繊維径が10nm以上2000nm以下である極細繊維。
[2]ε−ポリリジンからなる前記[1]に記載の極細繊維。
[3]さらに、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物を含有する前記[1]または[2]に記載の極細繊維。
[4]前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の極細繊維を含む繊維構造体。
[5]前記[1]〜[3]のいずれか1項に記載の極細繊維を、電界紡糸法により形成する極細繊維の製造方法。
[6]ε−ポリリジンと、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物とを含む溶液を紡糸溶液として用いる、前記[5]に記載の極細繊維の製造方法。
[7]前記フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物がトリフルオロ酢酸である、前記[6]に記載の極細繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の極細繊維及び繊維構造体は、ε−ポリリジンを高濃度で含有する極細繊維であるので、生体親和性、抗菌性等のε−ポリリジンの効果をより発現する製品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
(ε−ポリリジン極細繊維)
本発明は、ε−ポリリジン(以下、EPLと記述する。)を主成分として含む、具体的には、繊維に対して30重量%以上のEPLを含有する極細繊維である。EPLを主成分とすることにより、抗菌性などをはじめとするEPLの性質を効果的に利用することが可能となる。また、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物を含有させることで、十分な紡糸性で極細繊維が得られるため、比表面積が大きく、EPL極細繊維の特性を十分に引き出すことが可能となる。
【0016】
本発明の極細繊維は、EPLを主成分として構成されている。極細繊維におけるEPLの構成比率は、主成分であれば、特に制限されるものではないが、繊維に対して30重量%以上であり、50重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましく、EPLのみで構成されていることが更に好ましい。EPLの本来の特徴である抗菌性や生体親和性、生体毒性の低さなどの特性を活かすためには、極細繊維におけるEPLの構成比率が高いほど好ましい。
【0017】
また、EPLは分子量が低く、それ単独では満足できる紡糸性が得られない場合もあり、紡糸性を改善するために、EPLの特性を著しく損なわない範囲で、他の成分と混合して極細繊維を得ることも可能である。他の成分の種類は特に限定されないが、ポリフッ化ビニリデンやナイロン6、ナイロン6,6、ポリウレタン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、天然コラーゲン、ポリ乳酸、キトサンなどを例示することができる。EPLの生体親和性の高さを活かすためには、生体親和性に優れるポリビニルアルコールやポリエチレンオキサイド、キトサンなどが特に好ましい。
【0018】
また、EPLは潮解性を有しており、潮解性の制御が必要な場合もあり、潮解性を抑制するために、EPLの特性を著しく損なわない範囲で、他の成分と混合して極細繊維を得ることも可能である。他の成分の種類は特に限定されるものではなく、前述のポリマー等が使用できる。
【0019】
本発明の極細繊維に用いるEPLを得る方法は、特に制限はなく、微生物を用いる製造法、化学合成法等、いかなる製造法によるものでもよい。なかでも、微生物を用いて製造されるEPL、例えば、特開2005−318815号公報等に記載されたε−ポリ−L−リジンの製造法によって得られるEPL、すなわち、ストレプトマイセス属に属するEPL生産菌であるストレプトマイセス・アウレオファシエンス(Streptomyces aureofaciuens)を培地に培養し、得られる培養物からEPLを分離、採取することによって得られたEPLが特に好ましい。また、EPLは市販品をそのまま利用してもよく、カチオン性ポリマーとしての機能を失わない程度に、化学修飾等を実施して使用してもよい。
【0020】
本発明において使用するEPLは、遊離の形で用いることができるが、アミノ基が塩の状態であっても、同等の効果を奏する。EPLの塩は、無機塩であっても有機酸塩であってもよい。無機塩としては、塩酸、硫酸、およびリン酸などを挙げることができる。また、有機塩としては、クエン酸、グルコン酸、酢酸、酒石酸、乳酸、フマル酸、コハク酸、リンゴ酸、アジピン酸、プロピオン酸、ソルビン酸、安息香酸のナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、鉄塩等が挙げることができる。これら無機酸および有機酸も1種または2種以上混合して用いることができる。得られるEPLの極細繊維は、遊離の形でも、塩の形でも、差異はない。
【0021】
本発明の極細繊維は、10nm〜2000nm、好ましくは30nm〜1000nmの繊維径を有する、長繊維又は短繊維である。極細繊維の繊維径が小さくなると繊維比表面積が大きくなるので好ましいが、繊維径が2000nm以下であれば十分な高比表面積を生かした高い抗菌性等の効果が得られるので好ましく、1000nm以下であれば更に好ましい。また、繊維径が大きくなると繊維1本あたりの力学強力が高くなるが、繊維径が10nm以上であれば満足できる材料強度やハンドリング性を示すようになるので好ましく、30nm以上であれば十分な特性となるのでより好ましい。本発明の極細繊維の繊維長は特に制限されず、図1に示される写真のように繊維の長さ方向に延在する構造を有するものであればよく、フィブリルは含まない。
【0022】
本発明の極細繊維は、単一繊維であってもよいし、複合繊維あるいは2種以上の繊維が混合されてなる混合繊維であってもよい。
【0023】
本発明の極細繊維は、特に限定されるわけではないが、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物を含有することが好ましい。ここで、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物とは、構造中にフッ素原子とカルボキシル基を有する化合物をいう。該化合物は、例えば、繊維化の過程で使用する、EPLを溶解するために使用した溶媒に由来するものである。特定の理論に拘束されるものではないが、繊維化の過程で溶媒を十分に除去しても得られた極細繊維にフッ素原子が残存するという事実は、EPLとフッ素原子とカルボキシル基を有する化合物とがコンプレックスを形成し、得られた極細繊維においてもかかるコンプレックスが保持されていることを示していると推定される。より詳しくは、紡糸溶液の状態で、EPLのアミノ基と、フッ素原子とカルボキシル基を有する化合物のカルボキシル基とがイオン結合でコンプレックスを形成し、続く電界紡糸においては電界の力によって凝集が促進され、分子集合体様の挙動をする、と推定される。またこのコンプレックスの形成によって、EPLを主体とする極細繊維を得るために必要な、十分な曳糸性が得られるようになると考えられる。すなわち、本発明のEPLを主成分とする極細繊維がフッ素原子を含む場合には、特に優れた紡糸性で極細繊維が得られたことを意味している。
【0024】
本発明で利用できるフッ素とカルボキシル基を有する化合物としては、トリフルオロ酢酸、3,3,3−トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等を例示することができ、これらの化合物は、EPLの紡糸溶液の溶媒として使用することができる。これらのなかでも、トリフルオロ酢酸を使用した場合には、その揮発性が高いためにEPLの凝集性が高まり、かつ、EPLとトリフルオロ酢酸がコンプレックス構造を形成するためか、特に優れた紡糸性を発現するため、より好ましい。トリフルオロ酢酸とのコンプレックスにより極細繊維中に含まれるフッ素原子の量は、特に限定されないが、電界紡糸過程の安定性や得られる極細繊維の特性を鑑みて、適宜設定することができるが、繊維に対して0.1〜10重量%の範囲を例示することができる。
【0025】
本発明のEPL極細繊維中にフッ素とカルボキシル基を有する化合物が含有される場合、例えば、赤外吸収スペクトル測定や元素分析によってC−F結合の存在を確認することができ、具体的な方法は後述の実施例に示される。
【0026】
本発明の極細繊維は、2種類以上の繊維を混繊して使用してもよい。混繊して繊維集合体として使用する場合は、混繊する繊維の種類は特に限定されるものではなく、適宜選択することができるが、繊維集合体中にEPLを主成分として含んでいることがより好適である。得られる繊維集合体中のEPLの構成比率は特に制限されるものではないが、50重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることが更に好ましい。混繊する繊維の種類は特に限定されるものではなく、使用する用途を鑑みて、適宜選択できるが、ポリフッ化ビニリデンやナイロン6、ナイロン6,6、ポリウレタン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンオキサイド、天然コラーゲン、ポリ乳酸、キトサンなどを例示することができる。
【0027】
本発明の極細繊維は、極細繊維を集積して繊維集合体を形成することができる。繊維集合体の形態は特に限定されないが、シート状やブロック状、球状などのあらゆる形態にすることができる。また、繊維集合体は、本発明の極細繊維のみから構成されていてもよく、また、それ以外の素材と複合されていてもよい。他素材との複合繊維集合体としては、本発明の極細繊維と他素材からなる極細繊維の混繊繊維集合体や、本発明の極細繊維とEPLを含むもしくは含まない、やや繊維径が大きい繊維の混繊繊維集合体、本発明の極細繊維の繊維集合体とフィルム状物等との複合体など、あらゆる形態をとりえる。
【0028】
本発明の極細繊維の中には、本発明の効果を妨げない範囲において、機能剤を添加してもよく、抗菌剤や消臭剤、架橋剤、生体親和性材料、医薬成分、酵素、蛍光材料、親水化剤、撥水化剤、界面活性剤などの機能剤を例示することができる。また、極細繊維は、効果を妨げない範囲で機能付与のために二次加工を施されていてもよく、極細繊維に特定の官能基や架橋剤を導入する化学処理、滅菌処理、親水化や疎水化のコーティング処理、カチオン・アニオンコンプレックス形成能を活かしたカチオン性EPL極細繊維へのアニオンコーティングなどを例示できる。
【0029】
本発明の極細繊維及び繊維集合体は、水溶性のものと不溶性のものを作製することができる。不溶性の極細繊維及び繊維集合体は、EPLに化学修飾等を施して水不溶性にしたものを用いて、電界紡糸することで得られる。また、架橋剤を含ませたEPL溶液を電界紡糸することでも得ることができる。水溶性の極細繊維および繊維集合体は、EPL及びその塩などを電界紡糸すること等で得ることができる。本発明で得られる極細繊維及び繊維集合体が水溶性の場合は、得られた当該繊維に不溶化処理を施して使用することも可能である。不溶化処理としては、熱、グルタルアルデヒドによる架橋等の化学的及び物理的架橋、クエン酸やヒアルロン酸などのアニオンと交互積層法(LbL)等のポリイオンコンプレックスなどを例示することができる。
【0030】
本発明の極細繊維及び極細繊維集合体が水溶性の場合、潮解性の特徴を有する。EPLの化学修飾の導入量や架橋の程度により、潮解性の制御が可能であり、医療用包装材や食品用包装材、抗菌コーティングなど用途に応じて、潮解性の程度を適宜選択し、使用することができる。
【0031】
本発明の極細繊維は、原料に用いたEPLと比較して極細繊維にすることで抗菌性の効果が高まることから、原料に用いたEPLと同様に食品保存剤、化粧品、医薬、医療材料、抗菌素材、包装材料、防腐剤、止血材などの原料に用いたEPLと同様の用途に使用することができる。さらに本発明の極細繊維は、カチオン性に加え高分子量であることを利用して、塗料、接着剤、紙力増強剤、化粧品、医薬、抗体等の固定など種々の用途に使用することができる。また、極細繊維にすることで、従来のEPLに比べて抗菌効果も高く、より少ない使用量であっても従来と同等の効果を得ることができる。
【0032】
また、本発明の極細繊維は、種々のポリアニオンとポリイオンコンプレックスを形成することが可能である。ポリアニオンを巧みに利用することで、生分解性で安全性の高いポリカチオンであるポリリジンをより多岐な分野で利用できる。
【0033】
(ε−ポリリジン極細繊維の製造方法)
本発明の極細繊維を得る方法は、特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。例えば、この極細繊維を得る方法としては、海島繊維溶解法、湿式紡糸法、分散法、析出法、フォーススピニング法、電界紡糸法等が挙げられ、いずれの方法も採用することができる。本発明において極細繊維は、好ましくは、電界紡糸法により作製される。電界紡糸法で得られた極細繊維は、均一な径の繊維が形成されやすく、高品質な繊維集合体が得られ、また、高い比表面積と空隙率を有することから、抗菌性等のEPLの特徴を効果的に発揮することができる。
【0034】
電界紡糸法は、静電紡糸法、エレクトロスピニング法、またはエレクトロスプレー法と呼ばれる繊維の紡糸方法である。電界紡糸の方式は特に限定されず、一般的に知られている方式、例えば、1本もしくは複数のニードルを使用するニードル方式、ニードル先端に気流を噴き付けることでニードル1本あたりの生産性を向上させるエアブロー方式、1つのスピナレットに複数の溶液吐出孔を設けた多孔スピナレット方式、溶液槽に半浸漬させた円柱状や螺旋ワイヤ状の回転電極を用いるフリーサーフェス方式、ワイヤ電極に紡糸溶液を塗付しながら電界紡糸するワイヤ電極方式、供給エアによってポリマー溶液表面に発生したバブルを起点に電界紡糸するエレクトロバブル方式などが挙げられ、求める極細繊維の品質、生産性、または操業性を鑑みて、適宜選択することができる。
【0035】
電界紡糸法は上記記述を含む、周知の手段で行うことができる。具体的には、紡糸溶液を充填したノズルとコレクター(基板)の間に電圧を印加した状態で、ノズルから紡糸溶液を吐出させて、コレクター上に繊維を回収する。電界紡糸を行う条件は特に限定されず、紡糸溶液の種類や得られる極細繊維の用途によって適宜調整すればよい。紡糸雰囲気温湿度は管理されていることが好ましく、その範囲としては20〜30℃、20〜45%の範囲が例示できる。この温湿度範囲であれば、年間を通して比較的容易に管理することが可能で、雰囲気温湿度の変化による電界紡糸挙動の変化や、得られる極細繊維物性の変化を生じ難くなる。また、湿度が高い場合においても、同様の効果を有する極細繊維を作製することができるが、その際は、捕集された極細繊維が潮解しやすいので、貧溶媒中への捕集や、架橋等による不溶化処理を行うことが好ましい。
【0036】
電界紡糸法で、本発明の極細繊維を製造する際の繊維捕集方式は、特に限定されず、公知の捕集方式を採用することができる。例えば、繊維捕集方式として、ロールツーロール方式のコレクターを使用すれば、長尺の繊維シートを採取することができ、高速回転可能なドラムコレクターやディスクコレクターを使用すれば、一方向にEPL繊維が配列した配列繊維シートが採取することができる。繊維が配列した配列繊維シートを採取する方法としては、平行分割電極を使用する方法も報告されており、これをコレクターとして使用することもできる。また、貧溶媒中に捕集することもできる。
【0037】
電界紡糸法で、本発明の極細繊維および繊維構造体を製造する際の捕集体は、特に限定されず、前記のコレクター上に直接捕集してもよく、溶液中に捕集してもよく、コレクター上に配した、不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの少なくとも1種類の基材の上に捕集してもよい。不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの基材に捕集する場合、基材の構成は特に限定されず、1種類からなる単層品であってもよく、2種類以上からなる多層品であってもよく、これらは機能やその効果に応じて、適宜選択することができる。溶液中に捕集する場合、溶液は得られた極細繊維が不溶な溶媒であれば、特に限定されない。
【0038】
電界紡糸法で、本発明の極細繊維および繊維構造体を製造する際の、EPLを溶解するための溶媒は、特に限定される物ではなく、水やエタノール、メチルアルコール、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノール、3,3,3−トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等の、ポリリジンを溶解可能な溶媒を例示することができる。また、これら溶媒は単独で用いてもよく、複数を任意の割合で混合した混合溶媒として用いてもよい。ポリリジンを前記溶媒に溶解して得られる紡糸溶液の濃度は、特に限定される物ではなく、電界紡糸過程の安定性や得られる極細繊維の特性を鑑みて、適宜設定することができるが、5〜70重量%の範囲を例示することができる。
【0039】
特に、溶媒としてフッ素を含む有機溶媒、すなわち、トリフルオロ酢酸、ヘキサフルオロイソプロパノール、3,3,3−トリフルオロプロピオン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロプロピオン酸等を用いることが好ましい。
【実施例】
【0040】
下記の実施例は、例示を目的としたものに過ぎない。本発明の範囲は、本実施例に限定されない。なお、実施例中に示した物性値の測定方法または定義を以下に示す。
<平均繊維径>
日立株式会社製の走査型電子顕微鏡SU8020を使用して、極細繊維シートを観察し、画像解析ソフトを用いて極細繊維50本の直径を測定した。繊維50本の繊維径の平均値を平均繊維径とした。
<フッ素原子の観察>
本発明の極細繊維を40℃、6時間真空乾燥し、極細繊維中の残存溶媒を取り除いた。真空乾燥処理後の極細繊維を、株式会社堀場製作所製のエネルギー分散型X線分析装置X−max80 EX−370を使用して観察し、極細繊維20本の元素分析を行った。繊維20本のフッ素の質量%の平均値をフッ素原子の量とした。
【0041】
[実施例1]
JNC株式会社製のEPL塩酸塩50重量%、トリフルオロ酢酸50重量%からなる紡糸溶液を調製した。次いで、シリンジポンプにより内径0.48mmのノズルに紡糸溶液を0.5ml/minで供給するとともに、ノズルに25kVの電圧を印加し、EPL極細繊維を静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。EPL極細繊維の平均繊維径は、230nmであった。フッ素原子の量の平均値は、1.6質量%であった。
【0042】
[実施例2]
JNC株式会社製のEPL塩酸塩20重量%、トリフルオロ酢酸80重量%からなる紡糸溶液を調製した。次いで、シリンジポンプにより内径0.48mmのノズルに紡糸溶液を0.5ml/minで供給するとともに、ノズルに30kVの電圧を印加し、EPL極細繊維を静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。EPL極細繊維の平均繊維径は、50nmであった。フッ素原子の量の平均値は、0.6質量%であった。
【0043】
[実施例3]
JNC株式会社製のEPLフリー体40重量%、トリフルオロ酢酸60重量%からなる紡糸溶液を調製した。次いで、シリンジポンプにより内径0.48mmのノズルに紡糸溶液を0.5ml/minで供給するとともに、ノズルに25kVの電圧を印加し、EPL極細繊維を静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。EPL極細繊維の平均繊維径は、400nmであった。フッ素原子の量の平均値は、0.8質量%であった。
【0044】
[実施例4]
ALDRICH社製のナイロン6,6が10重量%、蟻酸54重量%、トリフルオロ酢酸36重量%からなる紡糸溶液を調製した。この溶液に、EPL塩酸塩をナイロン6,6に対して50重量部加えた。次いで、シリンジポンプにより内径0.22mmのノズルに紡糸溶液を0.6mL/hrで供給するとともに、ノズルに35kVの電圧を印加し、静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。EPL塩酸塩を含有したナイロン6,6極細繊維の平均繊維径は、250nmであった。フッ素原子の量の平均値は、0.4質量%であった。得られた極細繊維は、実施例1〜3と比較すると繊維径のばらつきが大きいものの、満足できる繊維形態であった。
【0045】
[実施例5]
JNC株式会社製のEPLフリー体12重量%、トリフルオロ酢酸88重量%からなる紡糸溶液を調製した。次いで、シリンジポンプにより内径0.22mmのノズルに紡糸溶液を0.016ml/minで供給するとともに、ノズルに30kVの電圧を印加し、EPL極細繊維を静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。EPL極細繊維の平均繊維径は、500nmであった。
【0046】
[比較例1]
ALDRICH社製のナイロン6,6が10重量%、蟻酸54重量%、トリフルオロ酢酸36重量%からなる紡糸溶液を調製した。この溶液に、EPL塩酸塩をナイロン6,6に対して5重量部加えた。次いで、シリンジポンプにより内径0.22mmのノズルに紡糸溶液を0.6mL/hrで供給するとともに、ノズルに35kVの電圧を印加し、EPL塩酸塩を含有したナイロン6,6極細繊維を静電紡糸した。ノズルと接地されたコレクター間の距離は15cmとした。ナイロン6,6極細繊維の平均繊維径は、200nmであった。極細繊維に対して5重量%EPLの添加では、抗菌性などのEPLの効果を十分に活かすことはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の極細繊維及び繊維集合体は、従来のEPLが付着した繊維と比較し、ポリリジンを主成分として構成されている。そのため、従来のEPLを付着した繊維と比べて、抗菌性をはじめとするポリリジンの特性を効果的に利用することが可能である。さらに、本発明の極細繊維及び繊維集合体は、ポリカチオンの極細繊維及び繊維集合体であるため、様々なポリアニオンとポリイオンコンプレックスを形成でき、ポリアニオンを巧みに利用することで、医療機器の梱包及び包装材、食品包装材、抗菌コーティング、止血材などの多岐にわたる用途で好適に用いることができる。
図1