【実施例】
【0035】
実施例1
シオカラトンボの腹部第五節の背側及び腹側の分光反射測定
外科的に分割されたシオカラトンボの腹部第5節の腹側部及び背側部を、分光反射測定のために使用した。小領域からの分光反射を、分光測定器(HR2000+, Ocean Optics, Inc., USA)を用いて測定した。反射された分光放射を、白色反射標準(Spectoralon USRS-99-010, Labsphere Inc., USA)を用いて正規化することによって、相対的分光反射率へと変換した。結果を
図1に示す。成熟シオカラトンボの背側部において、特に高い分光反射率を示した。
【0036】
実施例2
シオカラトンボの腹部第五節の背側及び腹側における水接触角の測定
サンプルの表面上の水の微小液滴の接触角に基づいて、撥水性を評価した。各試料をガラス基板上に固定した後に、サンプルの表面に蒸留水の水微小液滴(約1.0nL)を置いた。顕微鏡の接触角計(MCA-3:Kyowa Interface Science、Japan)を用いて、高速カメラHAS-220(Ditect、Japan)を用いて直ちに液滴の形状を記録した。結果を
図2に示す。
【0037】
成熟オスの背側及び成熟メスの腹側において高い接触角を示した。成熟オスの背側部に対して有機溶媒処理をした場合、接触角が低下した。特にクロロホルムで処理された部位は、当該部位表面に存在するワックスが全て溶出するため、接触角が特に低下した。
【0038】
実施例3
オスのシオカラトンボの腹部第五節断面の背側の走査型電子顕微鏡(SEM)観察
シオカラトンボからS5断片を切除し、さらに腹側部及び背側部へと分離した。当該表面のワックスを維持するために、溶液処理を行わずに、アルミニウム試料テーブル上に接着されたカーボンテープ上に背側部を置き、ホローカソードプラズマCVD(HPC-1SW, Vacuum Device Inc., Japan)を用いて2〜3nmのオスミウムの薄層でコーティングした。加速電圧5kVにて、Hitachi H-4800走査型電子顕微鏡を用いて観察を行った。結果を
図3に示す。
図3においてWax1層はヘキサンに可溶な層である。Wax2層はヘキサンに難溶だが、クロロホルムに可溶な層である。
【0039】
実施例4
シオカラトンボの腹部第五節の有機溶媒抽出物のGC−MS分析
Agilent Technologies(Palo Alto、CA)の6890N GCおよび5973inert MSを用いて、シオカラトンボの腹部第五節の有機溶媒抽出物のGC-MS分析を行った。 注入温度を250℃に設定した。 注射をスプリットレスモードで行った。 DB-5MS溶融シリカカラム(30μm×0.25mm内径、0.25μm膜厚、Agilent Technologies)で分離を行った。 オーブンの温度を、15℃/分で80℃(1分間保持)から320℃(3分間保持)に上昇するようにプログラムした。 ヘリウムを1.0ml /分の流速でキャリアガスとして使用した。 質量分析計は、電子イオン化(EI)を伴う走査モードで操作された。 イオン化電圧を70eVに設定した。 走査モードについては、イオン半径をm/z 20から600に設定した。結果を
図4〜6に示す。
【0040】
高い分光反射率を示すシオカラトンボのオス背側には、長鎖脂肪族ケトンである2−ペンタコサノン、2−ヘプタコサノン及び2−ノナコサノンと、長鎖脂肪族アルデヒドであるテトラコサナール、ヘキサコサナール、オクタコサナール及びトリアコタナールが含まれることが分かった(
図4)。シオカラトンボのオス腹側においても上記ケトン及びアルデヒド成分が検出されたが、抽出物全量に占めるケトン成分の割合が、背側の場合と比較して低かった(
図5)。シオカラトンボのメス腹側では上記のケトン成分はほとんど検出されず、長鎖脂肪族アルデヒドであるテトラコサナール、ヘキサコサナール、オクタコサナール及びトリアコタナールが主に検出された(
図6)。シオカラトンボのメス背側では、上記長鎖脂肪族ケトン及び長鎖脂肪族アルデヒドのいずれも検出されなかった。
【0041】
実施例5
2−ペンタコサノンの合成及びその物性
(1)1−テトラコサナールの合成
乾燥CH
2Cl
2 (35 mL)中の1−テトラコサノール(395 mg, 1.11 mmol)及び粉末化されたモレキュラーシーブス4A(2.5 g)の懸濁液へ、クロロクロム酸ピリジニウム(PCC)(1.29 g, 5.97 mmol)を添加した。反応混合物を室温で4時間撹拌した。当該混合物をセライトろ過し、ジエチルエーテルで洗浄した。フロリジル(florisil)(15 g)を通じてろ液と洗浄液をろ過し、ジエチルエーテル(200 mL)で洗浄し、減圧濃縮した。残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル15g)にかけ、減圧濃縮し、目的物を白色固体として得た(290 mg, 0.82 mmol, 74%)。
GC t
R = 23.7 分, MS m/z (%): 352 (M
+, 2), 334 (18), 96 (78), 82 (100), 57 (93), 43(72).
【0042】
(2)2−ペンタコサノールの合成
(1)で得られた1−テトラコサナール((176 mg, 0.50 mmol)の乾燥THF(10mL)溶液を氷浴中で冷却した。温度が0℃に達した後、1.4 M CH
3MgBrのTHF及びトルエン(1:3)混合溶液(1 mL, 1.4 mmol)を滴下した。溶液を0℃にて1.5時間撹拌した。飽和NH
4Cl(5 mL)溶液を用いて反応をクエンチした。生成物をヘキサンで抽出した(3 × 20 mL)。有機層を無水硫酸マグネシウムで乾燥し、減圧濃縮した。残渣をシリカゲルクロマトグラフィー(シリカゲル15g、酢酸エチル:ヘキサン=1:5)にかけ、目的物を白色固体として得た(106 mg, 0.29 mmol, 58%)。
1H-NMR (CDCl
3, 400 MHz): δ 3.79 (1H, sex, J=6.0 Hz, H-2), δ 1.18 (3H, d, J=6.0 Hz, H-1), δ 0.88 (3H, t, J=6.0 Hz, H-25).
【0043】
(3)2−ペンタコサノンの合成
乾燥CH
2Cl
2(20mL)中の、(2)で得られた2−ペンタコサノール(257 mg, 0.70 mmol)及び粉末化されたモレキュラーシーブス4A(1.0 g)の懸濁液へ、PCC(335 mg, 1.56 mmol)を添加した。反応混合物を室温で3時間撹拌した。当該混合物をセライトろ過し、ジエチルエーテルで洗浄した。フロリジル(florisil)(15 g)を通じてろ液と洗浄液をろ過し、ジエチルエーテル(200 mL)で洗浄し、減圧濃縮した。残渣をヘキサンから再結晶化して目的物を白色固体(「結晶1」とも呼ぶ)として得た(202 mg, 0.55 mmol, 76%)。
1H-NMR (CDCl
3, 400 MHz): δ 2.41 (2H, d, J=7.6 Hz, H-3), δ 2.13 (3H, s, H-1), δ 0.88 (3H, t, J=6.4 Hz, H-25). GC t
R = 24.3 min, MS m/z (%): 366 (M
+, 21), 351 (8), 306 (7), 207 (8), 71 (55), 59 (100), 43 (66).
融点:約77℃。
【0044】
GC−MSによる2−ペンタコサノンの結晶1のTICを
図7に示す。
【0045】
(4)異なる表面構造を有する2−ペンタコサノン結晶を用いた検討
実施例5(3)で得た2−ペンタコサノンの1mM/Lヘキサン溶液(1μL)をガラス基板に滴下した。乾燥後に再度1μL滴下した。この操作を5回繰り返すことで(滴下してから次の滴下までの時間間隔:120秒)、結晶を得た。得られた結晶を「結晶2」とする。
【0046】
また、実施例5(3)で得た2−ペンタコサノン(1mg)をガラス基板上にとり、80度に加熱して融解させた後、0度の冷却板にガラス基板ごと乗せて冷却した。瞬時に結晶が成長した。得られた結晶を「結晶3」とする。
【0047】
また、実施例5(3)で得た2−ペンタコサノン(1mg)をガラス基板上にとり、80度に加熱して融解させた。その後、76度のホットプレートに乗せて約3分かけて徐々に冷却して結晶を成長させた。得られた結晶を「結晶4」とする。
【0048】
結晶2〜4の分光反射を、正立顕微鏡(Nikon Eclipse E-400, Nikon Co. Ltd., Japan)を備えた顕微分光測定機(CRAIC Technologies, Inc., USA)を用いて測定した。75 Wキセノンアークランプ (Nikon Co. Ltd., Japan) を用いて試料を照射して測定結果を得た。反射された分光放射を、白色反射標準(Spectoralon USRS-99-010, Labsphere Inc., USA)を用いて正規化することによって、相対的分光反射率へと変換した。結晶2〜4の分光分布の結果を
図8に示す。結晶2は、特に高い紫外線反射性を示した。また、結晶2〜4の接触角測定の結果を
図9に示す。結晶2は、特に高い撥水性を示した。
【0049】
結晶2〜4の表面構造のSEM画像を
図10に示す。比較のため、成熟シオカラトンボのオスの背側の表面構造のSEM画像を合わせて示す。結晶2の表面構造は、成熟シオカラトンボのオスの背側の表面構造と類似していた。
【0050】
実施例6
遺伝子解析
切除された新鮮なシオカラトンボの腹部から、RNeasy mini キット(Qiagen) 又はMaxwell 16 LEV Simply RNA Tissue キット (Promega)を用いて、全RNA試料を抽出した。TruSeq RNA Sample Preparation Kits v2(Illumina)を使用して、1試料当たり1 μgの全RNAを使用してcDNAライブラリーを構築し、HiSeq2000, Hiseq2500, 又はMiSeq (Illumina)によってシーケンシングを行った。MASER パイプライン(http://cell-innovation.nig.ac.jp/)中で実行されるTrinity プログラム(Grabherr, M. G. et al., “Full-length transcriptome assembly from RNA-Seq data without a reference genome”, Nat. Biotechnol. 29, pp.644-52 (2011))を使用することによって、生リードをde novo アセンブリングにかけた。自動アセンブリングの後、Integrative Genomics Viewer(Thorvaldsdottir H, Robinson JT, Mesirov JP (2013), “Integrative Genomics Viewer (IGV): high-performance genomics data visualization and exploration”, Brief Bioinform. 14: pp. 178-192)を用いて成熟オス中で高発現している配列を確認し、手動で修正した。配列の修正後、MASER パイプライン中で実行されるBWA-MEM プログラム(Li, H., (2013) “Aligning sequence reads, clone sequences and assembly contigs with BWA-MEM”, arXiv:1303. 3997 [q-bio.GN])を使用することによってリードマッピングを行い、それにより転写産物の発現レベルをfragments per kilobase per million reads (FPKM)値で推定した。結果を
図11に示す。解析の結果、オス背側で通常メス背側(老熟個体を除く)よりも335倍、オス型メス背側で通常メス背側よりも145倍多く発現している遺伝子を見出した(
図11のc147539R)。当該遺伝子(配列番号1)は、オス背側で特異的な長鎖脂肪族ケトンの合成に関与すると考えられる。