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特開2022-140556ケミカルシャペロンまたは神経細胞死の抑制剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022140556
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】ケミカルシャペロンまたは神経細胞死の抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/192 20060101AFI20220915BHJP
   A61K 8/36 20060101ALI20220915BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220915BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220915BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20220915BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20220915BHJP
   A23L 2/52 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
A61K31/192
A61K8/36
A61P25/28
A61P43/00 105
A61Q19/00
A23L33/10
A23L2/00 F
A23L2/52
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022117200
(22)【出願日】2022-07-22
(62)【分割の表示】P 2018221466の分割
【原出願日】2018-11-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 喜晴
(72)【発明者】
【氏名】青木 玲二
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 チセ
(72)【発明者】
【氏名】上原 和也
(57)【要約】
【課題】有効性が高く、副作用が軽減された小胞体ストレス抑制剤および神経細胞死抑制剤を提供する。
【解決手段】一般式: Z-A-COOH[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]で表される化合物を含む小胞体ストレス抑制剤、および上記化合物を含む神経細胞死抑制剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり(ただし、式(Ia):
【化2】
(式中、R、RおよびRは同一でも異なってもよく、各々独立に、水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である)で示される基はZから除かれる)、
Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む小胞体ストレス抑制剤。
【請求項2】
Zが、式(Ib):
【化3】
[式中、Rは水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である]
で表される基である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
が水素または4-ヒドロキシ基である、請求項2に記載の剤。
【請求項4】
Aが、ヒドロキシ、オキソおよびアミノからなる群より選択される置換基を有してもよい炭素数1~4のアルキレン基である、請求項1~3のいずれかに記載の剤。
【請求項5】
Aが、-CHC(=O)- である、請求項4に記載の剤。
【請求項6】
式(I)で示される化合物がフェニルピルビン酸または4-ヒドロキシピルビン酸である、請求項5に記載の剤。
【請求項7】
小胞体ストレスによる神経変性疾患を抑制するものである、請求項1~6のいずれかに記載の剤。
【請求項8】
式(I):
【化4】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり(ただし、式(Ia):
【化5】
(式中、R、RおよびRは同一でも異なってもよく、各々独立に、水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である)で示される基はZから除かれる)、
Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む、神経細胞死抑制剤。
【請求項9】
請求項1~7のいずれかに記載の剤を含む、神経変性疾患を抑制するための医薬組成物。
【請求項10】
請求項8に記載の剤を含む、神経細胞死を抑制するための医薬組成物。
【請求項11】
請求項1~7のいずれかに記載の剤を含む、神経変性疾患を抑制するための飲食物。
【請求項12】
請求項8に記載の剤を含む、神経細胞死を抑制するための飲食物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小胞体ストレス抑制剤および神経細胞死抑制剤に関する。さらに本発明は、上記小胞体ストレス抑制剤を含む、神経変性を抑制するための医薬組成物および飲食物、ならびに上記神経細胞死抑制剤を含む、神経変性を抑制するための医薬組成物および飲食物に関する。
【背景技術】
【0002】
神経変性疾患の治療は対症療法が主である。発症により減少した神経伝達物質を補充する薬物や神経保護効果を有する薬物が疾患の進行の遅延を目的として投与されている。
【0003】
神経変性疾患の典型例であるアルツハイマー病の場合、アセチルコリンエステラーゼの阻害剤であるドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、あるいはNMDA型グルタミン酸受容体阻害剤であるメマンチンなどが治療薬として用いられている(非特許文献1)。また、アルツハイマー病の治療薬として、アミロイドタンパク質の産生や凝集阻害を目的としたセマガセスタットやソラネツマブなどが開発されてきたが、これらの薬剤は十分な効果が得られない、あるいは副作用があるといった問題がある(非特許文献2)。加えて、アルツハイマー病の原因はアミロイドタンパク質ではなく、タウタンパク質の過剰なリン酸化による凝集体の形成であるという仮説が提唱され、アルツハイマー病の根治薬の開発は難航している。
【0004】
神経変性病のもう1つの典型例であるパーキンソン病の場合、ドパミン補充療法が広く採用されている。これにはドパミンの前駆体であるレボドパやドパミン代謝酵素の阻害薬(セレギリン、エンタカポン)、ドパミン受容体を直接活性化するドパミンアゴニスト(ブロモクリプチン、ペルゴリド、カベルゴリン、タリペキソール)などが用いられている(非特許文献3)。しかし、レボドパ投与(ドパミン補充療法)は、長期使用に伴う薬効の低下が問題となっている。またドパミン受容体は中枢神経系のみならず体内に広範に発現するため、ドパミンアゴニストの投与により、不眠、妄想などの神経症状だけでなく、低血圧、不整脈、嘔吐、食欲不振などの副作用が認められ、その軽減が治療上の課題となっている(非特許文献3)。
【0005】
小胞体は、細胞外に分泌されるタンパク質や膜タンパク質を正しく折り畳み、立体構造を完成させる細胞内小器官である。低酸素条件、低エネルギー状態など細胞内外からのストレスにより、小胞体が機能不全に陥り、正常な折り畳み構造を持たない異常タンパク質が蓄積した状態は小胞体ストレスと呼ばれる。このような状態に対して小胞体ストレス応答が誘導される。この応答には、タンパク質の新規合成全般の抑制、小胞体におけるシャペロンの産生促進、プロテアソーム・ユビキチン系による異常タンパク質の分解誘導が含まれる。しかし、これらのプロセスでは処理しきれないほど異常タンパク質が蓄積された場合、アポトーシスにより細胞が死滅する。これは神経組織においてはニューロンの脱落を意味する。近年になって、小胞体ストレスに対する脆弱性がアルツハイマー病などの神経変性疾患の発症に関与している可能性が示唆されている。家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の1つであるプレセニリン1遺伝子の突然変異は、小胞体ストレス応答を阻害する。すなわち、神経変性疾患とは、本来の生理機能を喪失した異常タンパク質が神経細胞やグリア細胞に蓄積した結果、発症に至るとの説が有力である。
【0006】
シャペロンは、タンパク質の翻訳後の折り畳みと高次構造の形成を促進する因子であり、そのなかで低分子のものはケミカルシャペロンと呼ばれる。ケミカルシャペロンは、タンパク質と相互作用することで、その構造を安定化させる。現在、小胞体ストレスを抑制するケミカルシャペロンとして、4-フェニル酪酸(4-PBA)が知られている(特許文献1、特許文献2)。4-PBAは変性ウシ血清アルブミン(BSA)との混和により誘導されるα-ラクトアルブミン(α-LA)の変性を抑制すること、神経細胞死阻害効果を有することが報告されている(非特許文献4)。さらに、シアニジンやシアニジン誘導体が、RGC-5細胞(網膜神経節細胞)やHT-22細胞(マウス海馬由来細胞)のツニカマイシン(小胞体ストレス誘導剤)処理による細胞死を抑制したことが報告されている(特許文献3、特許文献4)。また、ジリノレオイルホスファチジルエタノールアミンがアミロイド部分ペプチドやタプシガルギン(小胞体ストレス誘導剤)によるPC-12細胞の細胞死を抑制したことが報告されている(特許文献5)。
【0007】
しかし4-PBAは、α-LAの凝集を抑制するために10mMの高濃度が必要で、必ずしもケミカルシャペロンとしての活性は高くない(非特許文献4)。4-PBA以外のケミカルシャペロンは小胞体ストレスの研究において利用されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表第2011-518119号公報
【特許文献2】特開第2016-183172号公報
【特許文献3】特開第2013-151459号公報
【特許文献4】特開第2017-019737号公報
【特許文献5】特開第2005-247728号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】中村祐 精神経誌 114(3):255-261 (2012)
【非特許文献2】柳沢勝彦 精神経誌 114(3):262-267 (2012)
【非特許文献3】神田知之、森明久 日薬理誌 131(4):275-280 (2008)
【非特許文献4】Kubota K., et al., J. Neurochem. 97(5):1259-1268 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
これまでの小胞体ストレス抑制剤または神経変性疾患抑制剤は、効果が十分でない、副作用がある等の問題があった。小胞体ストレス抑制剤または神経変性疾患抑制剤として有効なケミカルシャペロンもなかった。したがって、効果が十分であり、副作用がないか、あっても少ない小胞体ストレス抑制剤または神経変性疾患抑制剤が必要とされていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、一般式 Z-A-COOH[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]で表される化合物がケミカルシャペロン機能と神経保護作用を有し、小胞体ストレスおよび小胞体ストレスによる神経変性疾患の抑制に有効であることを見出した。さらに本発明者らは、上記化合物が神経細胞死を効果的に抑制することも見出した。かくして、本発明者らは本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のものを提供する:
(1)式(I):
【化1】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む、小胞体ストレス抑制剤。
(2)Zが、式(Ia):
【化2】
[式中、R、RおよびRは同一でも異なってもよく、各々独立に、水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である]
で表される基である、(1)に記載の剤。
(3)R、RおよびRが全て水素である、(2)に記載の剤。
(4)Zが、式(Ib):
【化3】
[式中、Rは水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である]
で表される基である、(1)に記載の剤。
(5)Rが水素または4-ヒドロキシ基である、(4)に記載の剤。
(6)Aが、ヒドロキシ、オキソおよびアミノからなる群より選択される置換基を有してもよい炭素数1~4のアルキレン基である、(1)~(5)のいずれかに記載の剤。
(7)Aが、-CHC(=O)- である、(6)に記載の剤。
(8)式(I)で示される化合物がフェニルピルビン酸またはインドールピルビン酸である、(6)に記載の剤。
(9)小胞体ストレスによる神経変性疾患を抑制するものである、(1)~(8)のいずれかに記載の剤。
(10)式(I):
【化4】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む、神経細胞死抑制剤。
(11)(1)~(9)のいずれかに記載の剤を含む、神経変性疾患を抑制するための医薬組成物。
(12)(10)に記載の剤を含む、神経細胞死を抑制するための医薬組成物。
(13)(1)~(9)のいずれかに記載の剤を含む、神経変性疾患を抑制するための飲食物。
(14)(10)に記載の剤を含む、神経細胞死を抑制するための飲食物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、効果が十分であり、副作用がないか、あっても少ない、小胞体ストレス抑制剤または神経変性疾患抑制剤が提供される。さらに本発明によれば、神経細胞死を効果的に抑制する薬剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、α-ラクトアルブミンのタンパク質凝集に対する4-ヒドロキシフェニルピルビン酸(HPPA:上段)およびフェニルピルビン酸(PPA:下段)の阻害効果を示すグラフである。横軸は混和時間(分)、縦軸は濁度(490nmでのOD値)を示す。*は5%の有意水準でコントロールと比較し、有意差があることを示す。
図2図2は、6-ヒドロキシドパミン(6-OHDA)処理によるSH-SY5Y細胞の細胞死に対する芳香族ピルビン酸(フェニルピルビン酸:PPA、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸:HPPA、3-インドールピルビン酸:IPA)の抑制効果を示すグラフである。20μMの6-OHDA添加でSH-SY5Y細胞の細胞死を誘導した。DMSOに溶解した芳香族ピルビン酸を0.1~0.4mMの範囲で添加し、MTT法により各ウェルの570nm/655nmの吸光度を測定することで、各ウェルの細胞数を半定量的に評価した。contは対照であることを示す。エラーバーは各群8検体の標準偏差を示す。異符号はTurkey's testで5%の有意水準で有意差があることを示す。
図3】6-OHDA処理によるSH-SY5Y細胞のアポトーシス誘導に対する芳香族ピルビン酸の抑制効果を示すグラフである。DMSOに溶解した0.4mMのPPAとHPPAを添加した。アポトーシス細胞の割合は、細胞表面に露出したホスファチジルセリンに対するアネキシンVの結合で評価した。contは対照であることを示す。エラーバーは各群4検体の標準偏差を示す。異符号はTurkey's testで5%の有意水準で有意差があることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、1の態様において、式(I):
【化5】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む、小胞体ストレス抑制剤を提供する。
【0016】
ここで、小胞体ストレスの抑制は、小胞体ストレスを緩和、軽減、または消失させること、進行を抑制すること、および防止することを包含する。本発明の小胞体ストレス抑制剤は、ケミカルシャペロンとして作用することによって効果を発揮する。
【0017】
本発明の小胞体ストレス抑制剤の有効成分である式(I)(Z-A-COOH)の化合物において、Zは、水素であるかまたは置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは、置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である。以下、式(I)の化合物の構造について、より詳細に説明する。
【0018】
式(I)のZに相当する複素環基としては、インドリル基、イソインドリル基、インドリニル基、イソインドリニル基等が挙げられ、インドリル基が好ましい。該複素環基が有してもよい置換基としては、ヒドロキシ基、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アミノ基等が挙げられる。
【0019】
好ましくは、式(I)のZに相当する複素環基は、下記式(Ia)で表される基である:
【化6】
[式中、R、RおよびRは同一でも異なってもよく、各々独立に、水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である]。また、式(Ia)において、R、RおよびRは全て水素であることが好ましい。
【0020】
式(I)のZに相当する芳香族炭化水素基としては、フェニル基、ナフチル基等が挙げられ、フェニル基が好ましい。該芳香族炭化水素基が有してもよい置換基としては、ヒドロキシ基、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アミノ基等が挙げられる。
【0021】
好ましくは、式(I)のZに相当する芳香族炭化水素基は、下記式(Ib)で表される基である:
【化7】
[式中、Rは水素、ヒドロキシ、C1-4アルキル、C1-4アルケニル、C1-4アルコキシおよびアミノからなる群より選択される基である]。また、式(Ib)において、Rは水素またはヒドロキシ基であることが好ましく、ヒドロキシ基である場合は4-ヒドロキシ基であることがより好ましい。
【0022】
式(I)のAに相当する炭化水素基としては、アルキレン基、アルケニレン基等が挙げられ、直鎖状、分枝状または環状のいずれであってもよい。また、該炭化水素基は、炭素数が1~8であるものが好ましく、炭素数が1~4であるものがより好ましく、炭素数が2であるものがさらに好ましい。式(I)のAに相当する炭化水素基が有してもよい置換基としては、ヒドロキシ基、オキソ基、アミノ基等が挙げられる。
【0023】
好ましくは、式(I)のAに相当する炭化水素基は、ヒドロキシ基またはオキソ基を有する炭素数1~4のアルキレン基であり、より好ましくは-CHC(=O)- である。
【0024】
本発明の小胞体ストレス抑制剤の有効成分として好ましい式(I)の化合物は、フェニルピルビン酸やインドールピルビン酸などの芳香族ピルビン酸であり、その具体例としては、3-インドールピルビン酸、フェニルピルビン酸および4-ヒドロキシフェニルピルビン酸などが挙げられる。
【0025】
なお、本発明において、式(I)の化合物は、ナトリウム塩、カリウム塩などの塩の形態であってもよく、水和物などの溶媒和物の形態であってもよい。
【0026】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、小胞体ストレスによる神経変性疾患を抑制するものであってもよい。本発明の小胞体ストレス抑制剤によって治療または予防されうる神経変性疾患はいずれのものであってもよく、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ハンチントン病などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
ここで、神経変性疾患の抑制は、神経変性疾患の治療および予防を包含する。神経変性疾患の治療は、神経変性疾患の症状を緩和、軽減、または消失させること、あるいは神経変性疾患の進行を抑制することを包含する。神経変性疾患の予防は、神経変性疾患を防止する、あるいは神経変性疾患の罹患を遅延させることを包含する。
【0028】
本発明の小胞体ストレス抑制剤の有効成分である式(I)の化合物は、当該分野において公知の合成方法を用いて合成することができる。あるいは、式(I)の化合物は、医薬や農薬の中間体や試薬等として市販されているものを使用してもよい。また、インドールピルビン酸、フェニルピルビン酸、ヒドロキシフェニルピルビン酸等のピルビン酸誘導体については、ピルビン酸発酵の培養物から抽出することによって得てもよい。
【0029】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、式(I)の化合物のみからなるものであってもよく、式(I)の化合物と担体や賦形剤などとの混合物であってもよい。担体や賦形剤などは当業者に公知である。
【0030】
本発明の小胞体ストレス抑制剤は、式(I)の化合物のみを有効成分として含むものであってもよく、小胞体ストレス抑制効果を阻害しない限り他の成分を含むものであってもよい。他の成分は、例えば公知の神経変性疾患の治療薬または予防薬であってもよい。
【0031】
本発明は、もう1つの態様において、式(I):
【化8】
[式中、Zは水素であるか、または置換基を有してもよい芳香族炭化水素基もしくは複素環基であり、Aは置換基を有してもよい飽和または不飽和炭化水素基である]
で示される化合物を含む、神経細胞死抑制剤を提供する。
【0032】
式(I)の化合物については上で説明したとおりである。
【0033】
ここで、神経細胞死は、神経細胞の壊死およびアポトーシスを包含する。神経細胞死の抑制は、神経細胞死を緩和、軽減、または消失させること、進行を抑制すること、および防止することを包含する。
【0034】
本発明の神経細胞死抑制剤は、式(I)の化合物のみからなるものであってもよく、式(I)の化合物担体や賦形剤などとの混合物であってもよい。担体や賦形剤などは当業者に公知である。
【0035】
本発明の神経細胞死抑制剤は、式(I)の化合物のみを有効成分として含むものであってもよく、神経細胞死抑制効果を阻害しない限り他の成分を含むものであってもよい。他の成分は、例えば従来から使用されている神経変性疾患の治療薬または予防薬であってもよい。
【0036】
本発明の小胞体ストレス抑制剤および神経細胞死抑制剤は、医薬組成物または飲食物の成分として用いることができる。
【0037】
したがって、本発明は、さらなる態様において、本発明の小胞体ストレス抑制剤を含む、神経変性疾患を抑制するための医薬組成物、および本発明の細胞死抑制剤を含む、神経細胞死を抑制するための医薬組成物を提供する。
【0038】
神経変性疾患の抑制および神経細胞死の抑制については上で説明したとおりである。
【0039】
本発明の医薬組成物は、必要に応じて、医薬上許容される担体、賦形剤、希釈剤、結合剤、湿潤剤、溶剤、緩衝剤、懸濁化剤、増粘剤、着色剤、安定化剤、乳化剤、分散剤、防腐剤等を含むものであってもよい。
【0040】
本発明の医薬組成物を用いて神経変性疾患および/または神経細胞死を抑制する場合、有効成分である式(I)の化合物の投与量は、対象の年齢、性別、神経変性疾患の程度、対象の健康状態、既往症、投与経路、投与する他の成分などを考慮して、医師が通常の手法を用いて決定することができる。本発明の医薬組成物を用いて神経変性疾患を治療する場合、成人1日あたり、例えば0.001[mg/kg/day]~1,000[mg/kg/day]、好ましくは0.01[mg/kg/day]~100[mg/kg/day]の式(I)の化合物を投与してもよい。本発明の医薬組成物の投与間隔についても特に制限はなく、例えば1日に1回または複数回であってもよく、複数日に1回であってもよい。
【0041】
本発明の医薬組成物の投与経路はいずれのものであってもよい。投与経路の例として、経口投与、静脈内投与、筋肉内注射、皮下注射、皮内注射、経皮投与、経粘膜投与、吸入による投与、脳室内投与などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
本発明の医薬組成物の剤形はいずれのものであってもよい。剤形の例として、錠剤、顆粒、粉末、カプセル、シロップ、トローチ、ローション、軟膏、クリーム、テープ、注射剤、輸液剤、座剤、点鼻剤、点眼剤、吸入剤などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本発明は、さらなる態様において、本発明の小胞体ストレス抑制剤を含む、神経変性疾患を抑制するための飲食物、および本発明の細胞死抑制剤を含む、神経細胞死を抑制するための飲食物を提供する。
【0044】
神経変性疾患の抑制および神経細胞死の抑制については上で説明したとおりである。
【0045】
本発明の飲食物の種類および形態は限定されず、固形、半固形および液体のものを包含する。本発明の飲食物は、コーヒー、ジュース、茶などの飲料、麺類、スープ、揚げ物、練り製品、パン、米飯、菓子類、牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、調味料(味噌・醤油)など、あらゆる種類および形態の飲食物であってよい。本発明の飲食物は、飲食物の原料に式(I)の化合物を添加することにより、あるいは飲食物の製造工程において式(I)の化合物を添加することにより、あるいは製品である飲食物に式(I)の化合物を添加することにより製造してもよい。本発明の飲食物は、一般の飲食物であってもよく、特定保健用食品や機能性表示食品などのいわゆる健康食品であってもよい。また本発明の飲食物はサプリメントであってもよい。サプリメントの形態は公知であり、医薬組成物と同様の形態であってもよい。その製法は医薬組成物の製法に準ずるものであってもよい。本発明の飲食物の摂取量は、上で説明した式(I)の化合物の投与量を参考にして決定してもよい。
【0046】
本明細書中の用語は、特に断らないかぎり、医薬、食品、生物学、化学等の分野において通常に理解されている意味に解される。
【0047】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものと解すべきでない。
【実施例0048】
実施例1 芳香族ピルビン酸のケミカルシャペロン機能
ケミカルシャペロン活性の指標として、α-ラクトアルブミン(α-LA)の凝集に対する4-ヒドロキシフェニルピルビン酸(HPPA)およびフェニルピルビン酸(PPA)の阻害効果を評価した。α-LAは2.5mM EDTAおよび5mMジチオスレイトールを添加した0.1Mリン酸緩衝液に最終濃度140μMとなるように溶解した。ウシ血清アルブミン(BSA)は、7.2M塩酸グアニジンを含む0.1Mリン酸緩衝液に、最終濃度210μMになるように溶解させ、4℃で60分間混和することで変性させた。α-LA溶液と変性BSA溶液を、それぞれの最終濃度が14μMおよび2.6μMとなるように混合した後、30分毎に490nmでのOD値を6時間にわたって測定した。
【0049】
変性BSA溶液との混和により、α-LAが変性し凝集が生じることで490nmのOD値が経時的に上昇した。このOD値の上昇、すなわちα-LAの変性は、HPPA溶液もしくはPPA溶液の添加によって阻害された(図1)。HPPAの場合、最も顕著な効果を示した濃度は3mMであった(図1上段)。PPAの場合、3mMおよび5mMで凝集阻害効果が認められた。(図1下段)。これらの結果から、既知のケミカルシャペロンである4-フェニル酪酸(4-PBA)と比較して、芳香族ピルビン酸はより低濃度で凝集阻止効果を示すことがわかった。これらの結果から、芳香族ピルビン酸は、正常な折り畳み構造を持たない異常タンパク質の蓄積を抑制するケミカルシャペロン機能を有し、小胞体ストレスを抑制するといえる。
【実施例0050】
実施例2 細胞死およびアポトーシスに対する芳香族ピルビン酸の抑制作用
6-ヒドロキシドパミン(6-OHDA)処理によるヒト神経芽腫由来細胞(SH-SY5Y)の細胞死が芳香族ピルビン酸により抑制されるか検討した。6-OHDAによる神経細胞死はパーキンソン病による細胞死のモデルとして用いられている。SH-SY5Y細胞を96ウェル細胞培養プレートに各ウェルあたり5x10個となるよう播種した。細胞培養24時間後に、培養液を100μlの芳香族ピルビン酸含有培養液と置換した(芳香族ピルビン酸は、一旦ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解した後、最終濃度が0.1mM~0.4mMとなるよう培養液で希釈した)。30分間37℃で培養後、6-OHDAを最終濃度20μMで添加した。6-OHDAは酸化防止のため、0.2%アスコルビン酸を含有するリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で用時調製した。18時間培養後、細胞をPBSで3回洗浄し、各ウェルにMTT含有培地を100μl添加し、4時間、37℃でインキュベートした。各ウェルに0.04N塩酸を含有するイソプロパノールを100μlずつ添加し、ピペッティング後、37℃で2時間放置することで、生成したホルマザン色素を可溶化した。各ウェルの570nm/655nmの吸光度を測定することで、各ウェルの細胞数を半定量的に評価した。
【0051】
その結果、0.2mMおよび0.4mMのHPPAとPPAは6-OHDA処理によるSH-SY5Y細胞の細胞死を抑制することが明らかとなった(図2)。0.2mMのインドールピルビン酸(IPA)も6-OHDA処理によるSH-SY5Y細胞の細胞死を抑制した(図2)。
【0052】
SH-SY5Y細胞のアポトーシス誘導は細胞表面に露出したホスファチジルセリンとアネキシンVとの結合により評価した。SH-SY5Y細胞を24ウェルプレートに各ウェルあたり2.5x10個となるように播種した。24時間後に培養液を0.4mMのPPAもしくはHPPAを含有する培養液500μlと置換した。37℃で30分培養後、先の実験と同条件で6-OHDAを添加した。18時間培養後、PBSで洗浄し、細胞を回収した。AnnexinV-Cy3 Apoptosis Detection Kit (Bio Vision)で細胞を染色し、フローサイトメトリーでアネキシンV陽性のアポトーシス細胞の比率を解析した。
【0053】
その結果、HPPA処理細胞とPPA処理細胞ではアネキシンV陽性細胞の比率が有意に低く、HPPAとPPAはSH-SY5Y細胞のアポトーシスを抑制することが明らかになった(図3)。
【0054】
芳香族ピルビン酸には炎症抑制効果が認められているものがある。IPAをマウス皮膚に塗布することにより、紫外線照射による経皮水分蒸発量の上昇や炎症が抑えられることが知られている(Aoki R., et al., PLOS ONE 9(5): e96804 (2014)、特開第2013-199468号公報)。またIPAの経口投与は、デキストラン硫酸ナトリウムにより誘導されるマウスの大腸炎に伴う下痢や大腸重量の増大を抑え、組織学的大腸炎スコアを抑制することが知られている(特開第2017-052727号公報)。しかしながら、芳香族ピルビン酸がケミカルシャペロン機能および神経保護作用を有することについては、これまで全く報告がなく、本発明により初めて明らかにされたことである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、神経変性疾患の治療または予防のための医薬品、飲食品および化粧品等の分野において利用できる。また本発明は、神経変性疾患の研究分野においても利用できる。
図1
図2
図3