(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022155522
(43)【公開日】2022-10-13
(54)【発明の名称】免疫機能低下抑制剤及び免疫機能の低下抑制方法
(51)【国際特許分類】
A61K 36/899 20060101AFI20221005BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20221005BHJP
A61P 37/04 20060101ALI20221005BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20221005BHJP
A61K 131/00 20060101ALN20221005BHJP
【FI】
A61K36/899
A61P43/00 107
A61P37/04
A61P43/00 111
A23L33/105
A61K131:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022044724
(22)【出願日】2022-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2021058252
(32)【優先日】2021-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊池 洋介
(72)【発明者】
【氏名】石川 祐子
(72)【発明者】
【氏名】後藤 真生
【テーマコード(参考)】
4B018
4C088
【Fターム(参考)】
4B018MD49
4B018ME09
4B018ME10
4B018ME11
4B018ME14
4C088AC04
4C088BA07
4C088CA01
4C088CA02
4C088MA02
4C088MA52
4C088NA14
4C088ZB09
4C088ZB22
4C088ZC41
(57)【要約】
【課題】安価に且つ安全に、日常的に摂取でき、老化等による免疫機能の低下を効果的に改善する新規な免疫機能低下抑制剤を提供すること。
【解決手段】本発明は、小麦ブランを含有し、免疫グロブリンAの産生促進に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供する。本発明の剤は、例えば免疫グロブリンAの分泌が低下する状態における免疫グロブリンAの産生促進に用いられることが好ましい。更に本発明は、小麦ブランを含有し、インターロイキン6の産生の抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供する。これらの剤において、小麦ブランが加熱処理されたものであることが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦ブランを含有し、免疫グロブリンAの産生促進に用いられる、免疫機能低下抑制剤。
【請求項2】
免疫グロブリンAの分泌が低下する状態における免疫グロブリンAの産生促進に用いられる、請求項1に記載の免疫機能低下抑制剤。
【請求項3】
小麦ブランを含有し、インターロイキン6の産生の抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤。
【請求項4】
小麦ブランを含有し、免疫グロブリンAの産生の促進、及びインターロイキン6の産生抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤。
【請求項5】
小麦ブランを含有し、免疫グロブリンAの分泌が低下する状態におけるインターロイキン6の産生の抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤。
【請求項6】
小麦ブランが加熱処理されたものである、請求項1~5の何れか1項に記載の免疫機能低下抑制剤。
【請求項7】
小麦ブランを用いて免疫グロブリンAの産生を促進する、免疫機能の低下抑制方法(ただし、ヒトへの医療行為を除く)。
【請求項8】
小麦ブランを用いてインターロイキン6産生を抑制する、免疫機能の低下抑制方法(ただし、ヒトへの医療行為を除く)。
【請求項9】
小麦ブランを用いて免疫グロブリンAの産生を促進し、且つ、インターロイキン6産生を抑制する、免疫機能の低下抑制方法(ただし、ヒトへの医療行為を除く)。
【請求項10】
小麦ブランを含有する、腸管上皮細胞におけるポリメリックIg受容体(pIgR)の発現増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫機能低下抑制剤及び免疫機能の低下抑制方法に関する。
【0002】
免疫グロブリンA(「免疫グロブリンA抗体」とも呼ばれる。以下、単に「IgA」とも記載する。)は主に血清中と粘膜面に存在している。粘膜は、病原性のあるウィルスや細菌等を含む様々な異物と常に接している。そのため、粘膜面に分泌される分泌型IgAは、病原体の粘膜上皮細胞への付着・定着阻止、病原体から生産される毒素や酵素に対する中和作用等により、粘膜面の恒常性を維持するのに非常に重要な役割をもつ。IgAは主にパイエル板を含む腸管関連リンパ組織や粘膜関連リンパ組織において、IgM+B細胞からactivation-induced cytidine deaminase(AID)により誘導されるクラススイッチを経て分化したIgA産生細胞から産生される。IgAの産生経路はB細胞のクラススイッチ過程におけるT細胞の関与の有無により、T細胞依存的経路とT細胞非依存的経路の2つに大別される。T細胞依存的IgAはパイエル板などの胚中心に存在する濾胞性T細胞や濾胞性樹状細胞から刺激を受け、IgM+B細胞からクラススイッチしたIgA+B細胞が抗体産生細胞に分化し、産生され、当該抗原に特異的に強く結合する。一方でT細胞非依存的IgAは腸管粘膜固有層に存在する樹状細胞やマクロファージなど自然免疫系細胞から刺激を受けてIgM+B細胞からクラススイッチしたIgA+B細胞がIgA産生細胞に分化し、産生され(非特許文献1)、不特定の様々な抗原に結合する。これらのIgA抗体は上皮細胞基底膜に発現するポリメリックIg受容体(pIgR)がJ鎖を介して多量体IgA抗体と結合することで、上皮細胞に取り込まれ小胞体輸送により粘膜面へ分泌される。
T細胞非依存的経路ではIgAの定常的な生産がなされており、このためT細胞非依存的産生経路によるIgAの産生を向上できれば、獲得免疫が確立していない新規の抗原が粘膜面に接触しても即時に当該抗原を排除できる確率を高めて、免疫機能が向上すると考えられている。
【0003】
一方、インターロイキン-6(英: Interleukin-6、以下「IL-6」とも記載する。)はT細胞やマクロファージ等の細胞により産生され、液性免疫を制御するサイトカインの一つである。IL-6は種々の生理現象や炎症・免疫疾患の発症メカニズムに関与している。IL-6は造血や炎症反応などにおいて重要な役割を果たすサイトカインであり、B細胞から抗体産生細胞への分化促進などの生理作用を示すほか、活性化した樹状細胞から分泌され、制御性T細胞の活性を抑えることや、T細胞サブセットの一つであるTh17細胞への分化促進を行うことが知られている。
【0004】
加齢や疲労等により免疫機能は低下することが知られており、免疫機能低下の例として、加齢や疲労等によるIgA産生量の低下が知られている。一般に免疫機能低下時には感染がおこりやすく、また重症化しやすい。免疫機能が低下するとIL-6等の炎症性サイトカインが増加することが知られている。特に老化に伴い免疫機能低下と持続的な感染が悪循環となり、IL-6等の炎症性サイトカインが慢性的に増加して慢性炎症につながると考えられている(非特許文献2)。
従って、老化等の免疫機能が低下する状態においてIgAの産生を促進する組成物が存在すれば、感染症の予防又は改善に特に効果的であると考えられる。また老化等の免疫機能が低下する状態において、IL-6の産生を抑制する免疫機能低下抑制剤は、特に慢性炎症等の炎症を効果的に予防又は改善できると考えられる。免疫機能が低下する状態においてIL-6の産生を抑制できる免疫機能低下抑制剤は、免疫機能低下抑制機能に優れ、上記の慢性炎症等の炎症を効果的に予防又は改善でき、例えば当該炎症によって引き起こされる体組織の機能低下および免疫機能低下を更に効果的に抑制できると考えられる。
【0005】
これまでに種々の物質による免疫グロブリンAの産生促進、又はインターロイキン-6の産生抑制が報告されてきた(特許文献1~6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-57174号公報
【特許文献2】再表2012/029367号公報
【特許文献3】特開2010-189304号公報
【特許文献4】特開2017-126号公報
【特許文献5】国際公開2016/195088号
【特許文献6】特開2007-269636号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】腸内細菌学会/(旧)日本ビフィズス菌センター用語集「分泌型IgA」https://bifidus-fund.jp/keyword/kw059.shtml、2021年3月30日検索
【非特許文献2】日本血栓止血学会誌、第26巻、第3号、2015、p297-301
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の通り、老化などの免疫機能が低下する状態においてIgA産生を促進する成分は、感染症の予防又は改善に特に効果的であると考えられる。また、老化等の免疫機能が低下する状態においてIL-6の産生を抑制する成分は、慢性炎症等の炎症の予防又は改善に特に効果的であると考えられる。
しかしながら、従来のIgA産生促進剤及びIL-6産生抑制剤には、日常的に摂取するにはコストが高い、あるいは健康面での影響が懸念されるなどの問題が存在した。
【0009】
従って、本発明の課題は、安価且つ安全で日常的に摂取でき、老化等による免疫機能の低下を効果的に改善できる新規の免疫機能低下抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は鋭意検討した結果、驚くべきことに、小麦ブランを経口摂取することで、老化等の免疫機能が低下する状態において、腸管粘膜に分泌されるIgAの産生を効果的に促進できること、また脾臓細胞から分泌されるIL-6の産生を効果的に抑制できることを見出した。
【0011】
本発明は上記知見に基づくものであり、小麦ブランを含有し、IgAの産生促進に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供するものである。
【0012】
また、本発明は、IgAの分泌が低下する状態におけるIgAの産生促進に用いられる、前記免疫機能低下抑制剤を提供するものである。
【0013】
また、本発明は、小麦ブランを含有し、IL-6の産生の抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、小麦ブランを含有し、IgAの産生の促進、及びIL-6の産生抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、小麦ブランを含有し、IgAの分泌が低下する状態におけるIL-6の産生の抑制に用いられる、免疫機能低下抑制剤を提供するものである。
【0016】
更に、本発明は、小麦ブランを用いてIgAの産生を促進する、免疫機能の低下抑制方法を提供するものである。
【0017】
更に、本発明は、小麦ブランを用いてIgAの産生を促進し、且つ、IL-6の産生を抑制する、免疫機能の低下抑制方法を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、小麦ブランを含有する、腸管上皮細胞におけるポリメリックIg受容体(pIgR)の発現増強剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、安全かつ安価であり、日常的に経口摂取でき、IgAの分泌低下等に示される老化等に伴う免疫機能低下を効果的に抑制できる免疫機能低下抑制剤及び免疫機能低下抑制方法を提供できる。
また本発明は、安全かつ安価であり、日常的に経口摂取でき、老化等の免疫機能が低下する状態において、IL-6産生を抑制して炎症を効果的に予防又は改善できる、免疫機能低下の抑制能に優れた免疫機能低下抑制剤及び免疫機能低下抑制方法を提供できる。
また本発明は、腸管上皮細胞におけるポリメリックIg受容体(pIgR)の発現増強を通じて、IgA産生及び管腔内分泌を効果的に促進できる剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、小麦ブラン含有食摂取群とコントロール食摂取群における糞便中のIgA分泌量の変化を示すグラフである。
【
図2】
図2は、小麦ブラン含有食摂取群とコントロール食摂取群における1.5μM抗原で刺激した場合のIL-6分泌量(コントロールに対する相対値)を示すグラフである。
【
図3】
図3は、小麦ブラン含有食摂取群とコントロール食摂取群における7.5μM抗原で刺激した場合のIL-6分泌量(コントロールに対する相対値)を示すグラフである。
【
図4】
図4は、小麦ブランを細胞(HT-29細胞)に供すると、pIgRの発現が高まることを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を説明する。以下では、本発明の免疫機能低下抑制剤及びpIgRの発現増強剤をまとめて「本発明の剤」とも記載する。
【0022】
本発明の剤は、小麦ブランを含有する。小麦ブランとは、小麦ふすまとも呼ばれ、一般的には、小麦種子の胚乳部や胚芽部から分離された、外皮(表皮ともいう)を含む画分のことである。小麦ブランは、小麦粒の外皮を主体とするものである。小麦ブランとしては、一般的な小麦粉の製造過程で生じる、小麦粒から胚乳を除去した残部、あるいはこの残部からさらに胚芽を除去したもの等を用いることができる。小麦ブランは、赤小麦及び白小麦のいずれに由来していてもよいが、赤小麦由来の小麦ブランは特徴ある風味を多く有するため、継続的に多量摂取できるようになり、本発明の効果を高めることにつながるため好ましい。
【0023】
小麦ブランは、多くの食物繊維を含有している。本発明で用いる小麦ブランは、その食物繊維の多くが不溶性食物繊維であることが腸管を物理的に刺激しやすい点から好ましい。小麦ブラン中の不溶性食物繊維量としては、小麦ブランの乾燥質量に対して、例えば15~60質量%が好ましく例示され、20~55質量%がより好ましく、20~50質量%が特に好ましい。小麦ブラン中の不溶性食物繊維量は酵素―重量法(プロスキー変法)(AOAC991.43)で測定できる。また、本発明において、食物繊維中、不溶性食物繊維の割合は50質量%以上であることが整腸性や抗メタボリックシンドロームの点で好ましく、80質量%以上であることが特に好ましい。例えば、小麦ブランは、それを構成するアラビノキシランにおける50質量%以上が整腸性等の理由から不溶性食物繊維であることが好ましく、80質量%以上が不溶性食物繊維であることが好ましい。食物繊維の量は酵素―重量法(プロスキー変法)(AOAC991.43)にて測定できる。またアラビノキシラン量は酸分解後に高速液体クロマトグラフィーにてアラビノース、キシロース、ガラクトースを測定し、以下の式に代入することで測定できる。
アラビノキシラン含量=0.88x(アラビノース+キシロース+0.7xガラクトース)
【0024】
本発明で用いる小麦ブランは、加熱処理されたものであることが、酵素活性を失活でき、小麦ブランを用いた加工適性を高められる点で好ましい。加熱処理としては、乾熱処理及び湿熱処理などが挙げられるが、乾熱処理は湿熱処理よりもより高温での処理が可能であり、小麦ブラン特有のえぐみを除去する効果を期待することができる。その結果、小麦ブランを継続的に多量摂取できることに繋がり、本発明の効果を高めることができるため好ましい。
加熱処理として乾熱処理を行う場合、小麦ブランの品温が好ましくは100~180℃、更に好ましくは120~160℃となるようにして、好ましくは0~120分間、更に好ましくは1~60分間処理を行う方法を例示できる。
【0025】
熱処理として湿熱処理を行う場合、水蒸気を導入する密閉系容器内において、小麦ブランの品温が、好ましくは80~130℃、更に好ましくは85~110℃となるようにして、好ましくは1~300秒間、更に好ましくは1~60秒間滞留させることにより行う方法を例示できる。
【0026】
小麦ブランの形状としては、フレーク状、粒状、粉末状等が挙げられ特に限定されない。小麦ブランの粒径は特に限定されないが、例えば10μm以上10mm以下であることが入手容易性の点で好ましい。小麦ブランの粒径は例えばマイクロトラックMT3000 IIシリーズ(マイクロトラック・ベル株式会社)を用いて測定できる。より好ましくは上記粒径に粉砕してから、上記の加熱処理を行ったものであることが好ましい。
【0027】
本発明の剤は、哺乳動物の免疫機能低下を抑制するために用いられる。哺乳動物としては、ヒトの他に、例えばイヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ウシ、ウマ、サル等が含まれる。即ち、本発明の免疫機能低下抑制剤は、ヒトのみならず、ペット(愛玩動物)、家畜等に対しても適用可能である。本発明では、小麦ブランを哺乳動物全般に対して医療目的又は非医療目的で適用し得る。
【0028】
本発明において、「免疫機能低下」とは、老化、ストレス、激しい運動、不眠、疲労、外傷、疾病等により、免疫機能低下の原因のない状態(例えば若年期や健常時)に比べて免疫機能が低下することを指す。また「免疫機能が低下する状態」とは、老化、ストレス、激しい運動、不眠、疲労、外傷、疾病等により、免疫機能低下の原因のない状態(例えば若年期や健常時)に比べて免疫機能が低下しようとしている状態、低下中である状態、又は低下した状態を指す。本発明において、免疫機能低下を抑制する態様としては、免疫機能低下の予防又は改善のいずれであってもよい。免疫機能の低下の例としては、例えば老化、ストレス、激しい運動、不眠、疲労、外傷、疾病等に伴うIgAなどの抗体の産生、分泌の低下が挙げられる。老化とは、一般に、加齢に伴う生理機能の低下を指すとされる。ここでいうIgAの分泌としては、例えば頬側粘膜、胃粘膜、腸粘膜、嗅上皮、口腔粘膜、子宮内膜粘膜などの粘膜面におけるIgAの分泌が挙げられる。例えば腸管腔へのIgAの分泌量は、糞便中のIgA量をELISA法等により定量できるが、これに限定されない。免疫機能低下の程度としては、特に限定されないが、例えば、IgAの分泌量が基準状態に比べて低下した場合が例として挙げられる。ここでいう基準状態とは、例えばストレスや疲労による免疫機能の低下であれば、当該原因が存在する前の健康状態を指す。また老化状態であれば、例えば青年期(例えばヒトであれば20代)の健康時が挙げられる。例えば後述する実施例では、コントロール食摂取群では青年期にあたる12週齢のマウスのIgA分泌量(糞便中濃度)に対して、中年期(例えばヒトであれば30代以降)にあたる24週齢~28週齢のIgA分泌量(糞便中濃度)が75%以下に低減しているが、小麦ブラン含有食摂取群ではそのような大幅な低下が効果的に抑制されている。このように、本発明では、基準時から75%以下とIgA分泌量が大幅に低下するような免疫機能低下状態におけるIgA産生を促進でき、免疫機能低下を効果的に予防又は改善できる。また本発明の剤は、老化等、比較的長期間に亘る免疫機能の低下に対しても、効果的に予防又は改善できる。
【0029】
本発明の剤は、粘膜(例えば、頬側粘膜、胃粘膜、腸粘膜、嗅上皮、口腔粘膜、子宮内膜等、好ましくは腸粘膜)上への免疫グロブリンAの分泌を促進することができる。これにより、粘膜免疫が活性化され、ウィルスや細菌などの病原体感染やその毒素による中毒等に対してより抵抗力が高まる。この観点から、本発明の剤の有効成分である小麦ブランは、粘膜(例えば、頬側粘膜、胃粘膜、腸粘膜、嗅上皮、口腔粘膜、子宮内膜等、好ましくは腸粘膜)における免疫機能の低下抑制剤の有効成分として有用である。また、本発明の剤は、腸管免疫機能の低下抑制剤の有効成分として有用できる。
【0030】
特に、本発明の剤は、抗原刺激によらずに産生されるIgAの産生量を向上させるものであることが好ましい。抗原刺激によらずに産生されるIgAとしては、T細胞非依存的IgA産生経路によるIgAの産生が挙げられる。抗原刺激によらない産生経路によるIgA産生は、定常的に行われている。また抗原刺激によらない産生経路により産生されたIgAは、T細胞依存的IgA産生経路により産生されたIgAと異なり、多様な抗原に非特異的に結合する。従って、T細胞非依存的IgA産生経路により産生されたIgAは、新規の抗原が粘膜に接触した際に、新たな免疫感作のプロセスを経ることなく、即時に当該抗原の排除等が可能となり、免疫機能を向上させることができる。このため、本発明の剤は、新興含む感染症(例えば獲得免疫が確立していない新規の病原体に起因した感染症)に対する防御機能を向上させる、あるいは腸内細菌叢など腸管環境の恒常性を保つなどの使用方法が可能である。
【0031】
更に、本発明の剤は、IL-6の産生を効果的に抑制できる。特に本発明の剤は、老化、ストレス、激しい運動、不眠、疲労、外傷、疾病等の、免疫機能が低下する状態において、IL-6の産生を効果的に抑制でき、これにより慢性炎症等の炎症を効果的に抑制できる。本発明の剤は、例えば脾臓細胞におけるIL-6の産生を効果的に抑制できる。本発明においてIL-6の産生抑制により予防又は改善することが可能な炎症の例としては、大腸炎、小腸炎、関節リュウマチ等の自己免疫疾患、アルツハイマー病などの神経炎症、歯周病、動脈硬化等が挙げられる。例えば後述する実施例では、コントロール食摂取群では青年期にあたる12週齢のマウスのIgA分泌量(糞便中濃度)に対して、中年期(例えばヒトであれば30代後半又はそれ以降)にあたる28週齢のIgA分泌量(糞便中濃度)が75%以下に低減しているが、小麦ブラン含有食摂取群ではそのような大幅な低下が効果的に抑制されている。このように、本発明では、基準時から75%以下とIgA分泌量が大幅に低下するような免疫機能低下状態におけるIL-6産生を抑制でき、免疫機能低下に伴う炎症を効果的に予防又は改善できる。また本発明の剤は、老化等、比較的長期間に亘る免疫機能の低下に伴う炎症に対しても、効果的に予防又は改善できる。
【0032】
なお、本発明の剤は、腸管上皮細胞におけるポリメリックIg受容体(pIgR)の発現増強剤としても使用できる。
【0033】
本発明の剤は、哺乳動物の医薬品、医薬部外品又は食品として、あるいはそれらを製造するために使用することができる。ここでいう「食品」は、食品全般を包含し、いわゆる健康食品を含む一般食品の他、厚生労働省の保健機能食品制度に規定される特定保健用食品や栄養機能食品等の保健機能食品、サプリメント等を包含し、さらには動物に給餌される家畜用飼料、ペットフードも包含する。本発明の剤は、小麦ブランを有効成分として含有し、且つ免疫機能低下抑制を企図して、その旨を表示した医薬品、医薬部外品又は食品として使用することができる。
【0034】
本発明の剤を医薬品又は医薬部外品として使用する場合、有効成分である小麦ブランを単独で含有していても良く、又は、さらに薬学的に許容される担体を含有していても良く、又は、小麦ブランによる免疫機能低下抑制、IgA産生増加又はIL-6産生抑制、pIgRの発現増強剤の効果が損なわれない範囲でさらに他の有効成分や薬理成分を含有していても良い。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、被膜剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、希釈剤、分散剤、緩衝剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤等が挙げられる。
【0035】
本発明の剤を医薬品又は医薬部外品として使用する場合、任意の投与形態で投与され得る。投与形態は、経口投与でも非経口投与でも良い。例えば、経口投与形態としては、錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤のような固形投薬形態、並びにエリキシル、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態が挙げられ、非経口投与形態としては、注射、輸液、経皮、経粘膜、経鼻、経腸、吸入、坐剤、ボーラス、貼布剤等が挙げられる。このうち、経口投与形態が好ましい。
【0036】
本発明の剤を食品として使用する場合、有効成分である前記小麦ブランを単独で含有していても良く、又は、記小麦ブランによる免疫機能低下抑制効果が損なわれない範囲でさらに、医薬品、医薬部外品、食品の製造に用いられる種々の添加剤を含有していても良い。斯かる添加剤としては、例えば、各種油脂、生薬、アミノ酸、多価アルコール、天然高分子、ビタミン、食物繊維、界面活性剤、精製水、賦形剤、安定剤、pH調整剤、酸化防止剤、甘味料、呈味成分、有機酸などの酸味料、安定剤、フレーバー、着色料、香料等が挙げられる。
【0037】
本発明の小麦ブランを食品として使用する場合、その形態は特に限定されないが、例えば、その形態としては、固形、半固形又は液状であり得、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等が挙げられる。具体的な食品の形態としては、パン類、麺類、ゼリー状食品や各種スナック類、焼き菓子、ケーキ類、チョコレート、ガム、飴、タブレット、カプセル、スープ類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、サプリメント、その他加工食品及びそれらの材料等が挙げられる。
【0038】
本発明の剤中における小麦ブランの含有量は、特に制限されるものではなく、剤型、適用対象(哺乳動物)の症状や年齢性別などによって適宜調整可能であるが、ヒトを対象とする場合、通常、本発明の剤の小麦ブランの摂取量が乾燥質量にて成人1人1日当たり5g以上であることが好ましく、8g以上であることが特に好ましい。上限としては、例えば50g以下であることが副作用を避ける点から好ましく、45g以下であることが特に好ましい。本発明の剤における小麦ブランの割合は特に限定されず、例えば1質量%以上、或いは3質量%以上、或いは、30質量%以上、或いは50質量%以上等の種々の割合が挙げられる。
本発明の剤は、日常的に摂取し続けることが可能であり、例えば2週間以上継続して経口摂取することが可能である。1週間のうち、経口摂取は毎日であってもよく、1又は複数日であってもよい。
【0039】
本発明には、下記<1>~<5>の形態が含まれる。
<1>健康維持、美容等の非医療目的で小麦ブランを生体に摂取させて免疫グロブリンAの産生を促進する、免疫機能の低下抑制方法。
<2>健康維持、美容等の非医療目的で、免疫グロブリンAの分泌が低下する状態における免疫グロブリンAの産生促進に用いられる、<1>に記載の免疫機能低下抑制剤。
<3>健康維持、美容等の非医療目的で小麦ブランを生体に摂取させてインターロイキン6産生を抑制する、免疫機能の低下抑制方法。
<4>健康維持、美容等の非医療目的で小麦ブランを生体に摂取させて免疫グロブリンAの産生を促進し、且つ、インターロイキン6産生を抑制する、免疫機能の低下抑制方法。<5>健康維持、美容等の非医療目的で小麦ブランを生体に摂取させて免疫グロブリンAの分泌が低下する状態におけるインターロイキン6の産生を抑制する、免疫機能低下抑制方法。
【実施例0040】
以下、実施例に基づいて本発明を説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0041】
実施例1
(実施方法)
本試験は2017年度(2017年4月1日から、2018年3月31日までの間)に実施した。NMF飼料(オリエンタル酵母工業(株)製)で飼育したDO11.10雌性マウス(10~12週齢)にAIN-93M精製飼料(オリエンタル酵母工業(株)製)を1週間自由摂取させた後、糞便を採集、市販マウスIgA測定キット(Bethyl Laboratories, Inc、商品名 IgA, Mouse, ELISA Quantitation Set)で糞便中IgA値を測定した。得られたIgA値に基づき、群間有意差が生じないように各群6匹、2群に分けた(11週)。
それぞれの群にAIN-93M精製飼料をさらに1週間自由摂取させた後(12週)、AIN-93M精製飼料を摂取させる群を対照区(コントロール食摂取群)、AIN-93M精製飼料に含まれるセルロースパウダーの代わりに加熱処理した赤小麦のブランを5%(w/w)添加した改変AIN-93M精製飼料を摂取させる群を試験区(ブラン含有食摂取群)とした。各群の食餌配合を下記表1に示す。
【0042】
【0043】
その後、16週間飼育する中、2週間毎(14、16、18、20、22、24、26、28の各週)に糞便を回収し、糞便中IgA値(ng/糞mg)を測定した。なお小麦ブランの加熱処理は乾熱処理として120~150℃、60分間とした。また、用いた小麦ブランは上記の範囲の平均粒径を有するものであった。また上記の通り、用いた小麦ブランは赤小麦由来であった。また用いた小麦ブラン(加熱処理後の小麦ブラン)の不溶性食物繊維量は33質量%であり、食物繊維中の不溶性食物繊維の割合は89.5質量%であった。
得られた各週の糞便中IgA量(ng/糞mg)の平均値とその標準偏差を
図1に示す。
【0044】
試験終了後(28週)に、投与期間終了直後マウスから各々脾臓細胞を定法により採取した。脾臓を2mlの基本培地(RPMI1640培地)を入れたディッシュ内で摩砕し、基本培地が6ml入った15mlのコニカルチューブに入れた後よく懸濁し、1分間静置し、浮遊細胞の入った画分をコニカルチューブに移し、4℃、300G前後で遠心分離にかけ、ペレット状にした。ペレットを、ウシ胎児血清(FCS)を10容量%濃度で含有する培養培地(シグマアルドリッチ社製)4mLで再懸濁した。この細胞を、1ウェルに3×10
5個入れ、培養培地300μl/ウェル、抗原である卵白アルブミンを、ウェル中の培地量に対して1.5μM及び7.5μMの濃度で添加した状態で、37℃、CO
25容量%のインキュベーターにて培養、抗原特異的免疫応答を惹起し、添加72時間後における培養上清中のインターロイキン-6産生量を比較した。インターロイキン-6は市販サイトカイン測定キット(eBioscience社製)で評価した。インターロイキン-6の量はコントロール食摂取群マウス由来の脾臓細胞の産生した値の平均値を100%とした相対値として示した。結果を
図2及び
図3に示す。
【0045】
両側スチューデント分析によれば、
図1における糞便中IgA量では、18週、20週、22週、26週において、コントロール食摂取群とブラン食摂取群との間にp<0.05の有意差が確認された。ここで、
図1の通り、マウスのIgA分泌量は、コントロール食摂取群では12週齢から16週齢にかけて低下し、17週齢以降に更に低下する。一方、小麦ブラン含有食摂取群では、老化に伴うIgA分泌量の低下が有意に抑制されていることが判る。
【0046】
ここで、DO11.10雌性マウスはそのT細胞のほとんどが特異的抗原に応答性を有するT細胞レセプター(TCR)を発現するマウス(TCRトランスジェニックマウスともいう。)であり、前記特異的抗原以外の抗原に対する免疫応答性が著しく低い。そのため、TCRトランスジェニックマウスを、前記特異的抗原に曝露されない環境下で飼育することにより、抗原刺激によらずに定常的に産生される抗体の量を安定的に定量することができる。上記の試験では、DO11.10雌性マウスを、特異的抗原である卵白アルブミン等に暴露させない環境下で飼育しているため、
図1に示すIgA分泌量は、抗原刺激によらずに定常的に産生されるIgA分泌量である。
【0047】
また両側スチューデント分析によれば、
図2及び
図3に示すIL-6量では抗原投与量が1.5μM及び7.5μMのいずれの場合においても、コントロール食摂取群と、ブラン含有食摂取群とで、p<0.01の有意差が確認された。この通り、中年期に当たる28週齢のIL-6産生量がコントロール食群に比してブラン含有食摂取群では有意に抑制されていた。
【0048】
実施例2
(実施方法)
以下用いた小麦ブランは実施例1と同様のものであった。つまり、加熱処理として120~150℃、60分間の乾熱処理を施したものであった。また、用いた小麦ブランは10μm以上10mm以下の粒径を有するものであった。また用いた小麦ブランは赤小麦由来であった。また用いた小麦ブラン(加熱処理後の小麦ブラン)の不溶性食物繊維量は33質量%であり、食物繊維中の不溶性食物繊維の割合は89.5質量%であった。
小麦ブラン1gをメタノール洗浄済みの海砂と混合し、高速溶媒抽出機(ASE-350、サーモフィッシャーサイエンティフィック)を用いて、酢酸酸性メタノール(容量比メタノール90:水9.5:酢酸0.5)により加温抽出(80℃、4サイクル)し、小麦ブラン抽出物を得た。溶媒を減圧流去後、1mlのDMSOに再溶解し、FCSを含まないE‐MEM培地で200倍に希釈したものをサンプルとした。また、FCSを含まないE‐MEM培地でDMSOを200倍に希釈したものをネガティブコントロールとした。
HT-29細胞(ECA:UK Health Security Agency由来、株式会社ケー・エー・シー社)を10容量%FCS含有E‐MEM培地に懸濁し、3.0×10
5cells/wellになるよう、12well plateに播種した。播種2日後、細胞をHanks(-)で2回洗浄し、上記サンプルを1mlずつwellに入れた。48時間後に培養上清回収後、PBS(-)、もしくはHanks(-)で細胞表面を2回洗浄し、RIPA Lysis buffer(ATTO、使用時1mlに対しInhibitorを10μl混合、氷冷)し、それを0.3mlずつウェルに加え氷上で15分間静置した。それを遠心チューブにうつし、17,000Gで5~10分間遠心後、遠心上清を新しいチューブに回収した。
遠心上清に含まれるpIgRをELISA法(Human pIgR ELISA Pair Set、SinoBiological)、で測定した。96ウェルプレートに、1次抗体の溶解液を100μL/ウェル加え、4℃で終夜インキュベートし、吸引後に洗浄液を300μL/ウェル加えての洗浄を2回繰り返し、ブロッキング液を300μL/ウェル加えて1時間インキュベートした。これを吸引後に再度洗浄し、先ほどの遠心上清を100μL/ウェル加えて2時間インキュベートした後に、洗浄した。2次抗体を含む溶液を100μL/ウェル加え、1時間インキュベートした後、洗浄した。反応基質の溶液を200μL/ウェル加え、室温で20分間インキュベートしてから、停止液を50μL加え、450nmの吸光度を測定した。また、遠心上清の代わりに標準物質の各濃度溶液を調製してウェルに加え、得られた結果から検量線を作成してpIgRの発現量を定量した。この時、遠心上清の総タンパク質含量を測定しておき、タンパク含量あたりのpIgRと補正して評価した。結果を
図4に示す。なお、ネガティブコントロールについて、同様に測定したタンパク含量あたりのpIgRを100%としたときの値を発現量とした。
【0049】
小麦ブラン抽出物を本細胞試験で評価すると、pIGRの発現量が増加することを確認した。HT-29細胞は腸管上皮細胞のモデルとして一般的に使用される細胞である。粘膜固有層で産生された二量体IgAは、上皮細胞に発現しているpIgRと結合し、細胞内を輸送されて管腔内に分泌されることが公知である。よって、小麦ブランを摂取すると、腸管上皮細胞においてpIgRの発現を高め、IgAの管腔内分泌が促進され、IgA分泌が増加していたと考えられる。