(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022071772
(43)【公開日】2022-05-16
(54)【発明の名称】軟骨の損傷を検出するための造影剤、並びに当該造影剤を利用した軟骨の損傷を検査する方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
A61K 49/06 20060101AFI20220509BHJP
A61P 19/02 20060101ALI20220509BHJP
A61B 5/055 20060101ALI20220509BHJP
【FI】
A61K49/06
A61P19/02
A61B5/055 383
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020180918
(22)【出願日】2020-10-28
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002480
【氏名又は名称】特許業務法人IPアシスト特許事務所
(71)【出願人】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 智洋
(72)【発明者】
【氏名】工藤 與亮
(72)【発明者】
【氏名】細川 吉暁
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 倫政
(72)【発明者】
【氏名】亀田 浩之
【テーマコード(参考)】
4C085
4C096
【Fターム(参考)】
4C085HH07
4C085JJ02
4C085KB01
4C085LL17
4C096AA04
4C096AA11
4C096AD06
4C096AD07
4C096BA05
4C096BA07
4C096BA41
4C096BB06
4C096BB07
(57)【要約】 (修正有)
【課題】軟骨の損傷を検出して早期変形性関節症を画像診断するために有用な、新たな手段の提供。
【解決手段】
17O標識水をMRI造影剤として使用することで、軟骨損傷、特に従来は検出が困難であった軟骨表層の軽微な損傷を検出することができる。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
17O標識水を含有する、軟骨の損傷を検出するためのMRI造影剤。
【請求項2】
17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から、17Oに由来する信号値を取得すること、
信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較すること、及び
造影剤の投与による信号値の変化又は17O濃度の上昇を判定すること
を含む、軟骨の損傷を検査する方法。
【請求項3】
軟骨が関節軟骨である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
造影剤が被験者の関節腔内に投与される、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
MRI画像がプロトンMRI装置によって撮像されたT2強調画像である、請求項2~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から、17Oに由来する信号値を取得する処理、
任意選択で信号値から17O濃度を算出する処理、及び
信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較する処理
を実行させるための、軟骨の損傷を検査するためのプログラム。
【請求項7】
軟骨が関節軟骨である、請求項6に記載のプログラム。
【請求項8】
造影剤が被験者の関節腔内に投与される、請求項6又は7に記載のプログラム。
【請求項9】
MRI画像がプロトンMRI装置によって撮像されたT2強調画像である、請求項6~8のいずれか一項に記載のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、17O標識水を含有する軟骨の損傷を検出するための造影剤、並びに当該造影剤を利用した軟骨の損傷を検査する方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
変形性関節症は、関節軟骨の変性及び破壊、関節辺縁や軟骨下骨の増殖性変化、並びに滑膜炎を伴う、関節内に限局的な炎症を生じる疾患である。変形性関節症の患者においては、疼痛が歩行を含む日常生活動作の妨げとなってQOL(Quality of Life)が低下することが問題となっている。
【0003】
関節軟骨は構成成分の70%が水分からなり、この水分が細胞間に存在する約10%のプロテオグリカンによって保持されている。運動時の過重や外傷を契機に進行する変形性関節症は、軟骨組織の静水圧維持機構が受傷早期に破綻し、軟骨細胞のアポトーシスが誘導されることが原因と考えられている。そのため、軟骨の保水機能に着目した診断方法が重要である。
【0004】
関節軟骨の早期画像診断では、MRI(Magnetic Resonance Imaging)の各種の撮像シーケンスが用いられることが多い。T2マッピングは、コラーゲン配列の不整化及び水分含有量の増加を評価することが可能な撮像法であるが、診断において、軟骨表面の表層・中間層・深層でそれぞれコラーゲンの配列方向が異なることによるT2値の違いを考慮しつつ、評価を行う必要がある。また、いわゆるmagic angle effectによるT2値の延長によって正常軟骨が変性軟骨と解釈される可能性がある点にも注意が必要である。T1ρマッピングは、軟骨変性に伴って低下するプロテオグリカン濃度を検出することが可能であり、magic angle effectによる影響が少ないとされているが、水分含有量にも影響を受けることを考慮する必要がある。造影検査である遅延ガドリニウム増強MRI(delayed gadolinium enhanced magnetic resonance imaging of cartilage、dGEMRIC)は、ガドリニウムを用いた撮像法であり、軟骨中のプロテオグリカン濃度変化に特異性が高いが、ガドリニウム造影剤を通常投与量の倍量投与することが必要であり、侵襲性が問題とされている。
【0005】
上記のいずれの方法も軟骨基質の代謝動態変化を評価し得る十分な感度・特異度を有しておらず、早期変形性関節症を診断するための適切なモダリティーは未だ開発されていない。
【0006】
一方、酸素の安定同位体である酸素17(17O)で標識された水(酸素-17安定同位体標識水、H2-17O含有水、17O標識水とも表され、本明細書では17O標識水と表記する)は、核磁気共鳴画像診断剤の有効成分として知られており(特許文献1)、17O標識水を用いた脳血流障害の評価のためのMRI撮像法の開発も進められている(特許文献2、非特許文献1)。17O標識水は、その安全性からさらなる臨床応用が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003-102698号公報
【特許文献2】特開2013-255586号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Kudo K. et al., Magn Reson Med Sci 2018 17(3): 223-230.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、軟骨の損傷を検出して早期変形性関節症を画像診断するために有用な、新たな手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、17O標識水を投与すると軟骨の損傷部ではすみやかに17O濃度が上昇するが、正常部ではそのような17O濃度上昇は起こらないことを見出し、以下の発明を完成させた。
【0011】
(1) 17O標識水を含有する、軟骨の損傷を検出するためのMRI造影剤。
(2) 17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から、17Oに由来する信号値を取得すること、信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較すること、及び造影剤の投与による信号値の変化又は17O濃度の上昇を判定することを含む、軟骨の損傷を検査する方法。
(3) 軟骨が関節軟骨である、(2)に記載の方法。
(4) 造影剤が被験者の関節腔内に投与される、(2)又は(3)に記載の方法。
(5) MRI画像がプロトンMRI装置によって撮像されたT2強調画像である、(2)~(4)のいずれか一項に記載の方法。
(6) 17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から、17Oに由来する信号値を取得する処理、任意選択で信号値から17O濃度を算出する処理、及び信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較する処理を実行させるための、軟骨の損傷を検査するためのプログラム。
(7) 軟骨が関節軟骨である、(6)に記載のプログラム。
(8) 造影剤が被験者の関節腔内に投与される、(6)又は(7)に記載のプログラム。
(9) MRI画像がプロトンMRI装置によって撮像されたT2強調画像である、(6)~(8)のいずれか一項に記載のプログラム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、17O標識水を造影剤として使用することで、軟骨損傷、特に従来は検出が困難であった変形性関節症の早期病変である軟骨表層の軽微な損傷を検出することができる安全性の高い画像診断方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1Aは前十字靭帯切除4週後のウサギ大腿骨両顆をIndia ink染色した後の外観写真であり、
図1Bは大腿骨両顆スライス標本のHE染色像、
図1CはSafranin-O染色像である。
【
図2】
図2Aは前十字靭帯切除4週後のウサギ大腿骨両顆をMRI撮像した際の撮像断面の位置を5本の点線で示す図であり、
図2Bは当該撮像断面でのT2強調画像(
17O標識水投与前)、
図2CはT2強調像に基づく、関節軟骨の
17O濃度マップをプロトン密度強調像(解剖画像)に合成した図である。
【
図3】
図3AはT2強調画像において解析対象としたROI(Region of Interest)の位置を示す図であり、
図3Bは各ROI内の
17O濃度の経時変化を示すグラフである。横軸のphaseはMRIの撮像回数に相当し、撮像の時間間隔は3分39秒である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態又は具体例に基づくことがあるが、本発明はそのような実施形態又は具体例に限定されるものではない。なお、本明細書において、各数値範囲の上限値及び下限値は任意に組み合わせることができる。また、本明細書において「~」又は「-」を用いて表される数値範囲は、特に断りがない場合、その両端の数値を上限値及び下限値として含む範囲を意味する。
【0015】
MRI造影剤
本発明は、17O標識水を含有する、軟骨の損傷を検出するためのMRI造影剤を提供する。
【0016】
17O標識水は、天然に存在する水よりも高濃度のH2-17Oを含有する水である。17O標識水中のH2-17Oの濃度は、軟骨損傷の検査が求められる部位にMRIでの検出のために十分な濃度のH2-17Oを供給できる濃度であればよいが、対象への投与液量を少なくするためには高濃度であるほうが好ましい。17O標識水中のH2-17O濃度は、例えば5 mol%以上、好ましくは10 mol%以上、より好ましくは15 mol%以上である。また、17O標識水中のH2-17O濃度の上限に制限はなく、理論上は100 mol%であることもできる。なお、17O標識水中のH2-17O濃度を表すmol%はatom%(酸素原子比率)と同義である。
【0017】
17O標識水は、当業者に知られている方法によって、例えば特開2000-218134号公報に記載されるような、予め17Oを含む原料酸素を低温蒸留することにより17Oを濃縮した後、濃縮物に水素を添加してこれらを反応させる方法などによって、製造することができる。また、17O標識水は、市販品、例えば大陽日酸株式会社より販売されているものを使用することもできる。
【0018】
造影剤は、17O標識水に加えて、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グルコース、D-ソルビトール及びグリセリンといった等張化剤;ベンジルアルコール、パラヒドロキシ安息香酸エステル及びクロロブタノールといった防腐剤;アスコルビン酸、α-トコフェノール及び亜硫酸塩といった抗酸化剤;リン酸塩、炭酸塩、酢酸塩及びクエン酸塩といった緩衝剤等の成分を含有することができる。これらの成分を含有する造影剤は、造影用組成物と表すこともできる。
【0019】
造影剤は、投与された造影剤が被験者体内の軟骨にアクセス可能であるかぎり、軟骨損傷の検査を必要とする被験者に対して、任意の投与経路で投与することができるが、より少ない量の造影剤で検査を行うためには軟骨近傍に局所投与することが好ましい。検査対象の軟骨が関節軟骨である場合、造影剤は、関節腔内に局所投与することが特に好ましい。
【0020】
造影剤の投与量は、軟骨周辺のH2-17O濃度、例えば関節腔内への局所投与の場合は関節腔内のH2-17O濃度が0.5 mol%以上、好ましくは0.8 mol%以上となる量、例えば1 mol%前後となる量であればよい。投与量は、造影剤中のH2-17O濃度、関節腔の容積及び投与経路等の因子を考慮して、当業者によって適宜設定され得る。
【0021】
軟骨損傷の検査方法
軟骨損傷の検査のため、被験者は、造影剤の投与の前後に軟骨のMRI撮像に供され、MRI画像が取得される。軟骨のMRI撮像には、17O自体の核磁気共鳴現象を利用した直接法を用いてもよく、H2-17O分子中のプロトンにおいて生じるT2短縮を利用した間接法を用いてもよい。間接法は、プロトンの核磁気共鳴現象を利用するため、現在臨床的に使用されているプロトンMRI装置を使用することができ、また直接法よりも高感度で17Oを検出することができる。以下、間接法を例として17O検出方法についてさらに説明する。
【0022】
間接法においては、T2短縮を感度良く検出するために、高速スピンエコー法又はスピンエコー法、特に高速スピンエコー法によるT2強調シーケンスを採用してT2強調画像(T2WI)を取得することが好ましい。繰り返し時間(TR)、エコー時間(TE)といった撮像パラメータは、撮像シーケンスに応じて、T2強調画像を取得するために通常使用される範囲内で適宜設定すればよい。高速スピンエコー法の場合、例えば、TR1600ms、TE129ms、FA 150°、エコートレイン(ETL)12、加算回数6回とすることで、1フェーズ3分39秒で良好な画像を取得することができる。
【0023】
撮像(スキャン)は、造影剤を投与する前及び投与した後に、それぞれ1又は複数回行われる。造影剤投与前の撮像は、投与前のいずれの時点で行ってもよく、また造影剤投与後の撮像は、投与の直後から投与の3日後までの間のいずれの時点で行ってもよい。好ましい実施形態において、造影剤投与前の撮像は投与の30分前から投与直前までの間のいずれかの時点で行われ、造影剤投与後の撮像は投与直後から投与の60分後までの間のいずれかの時点で行われる。より好ましい実施形態において、造影剤投与前の撮像は投与直前に行われ、造影剤投与後の撮像は投与直後から投与の10分後までの間に連続的に行われる。
【0024】
次いで取得されたMRI画像から、画像解析によって信号値(シグナル強度)が取得され、造影剤投与前後での信号値の比較が行われる。
【0025】
ある実施形態においては、MRI画像の軟骨に相当する領域内に任意の関心領域(ROI)が設定され、ROI内に含まれる各ピクセルから信号値が取得される。MRI画像中の軟骨の特定は、プロトン密度強調像等の他の画像を参照して行ってもよい。造影剤投与前後での信号値の比較は、ROIに含まれる各ピクセルの信号値を平均した値を用いて行うことができる。
【0026】
間接法においては、H2-17O分子中のプロトンではT2短縮が生じるため、信号値は低下する。したがって、造影剤の投与前と比べて投与後に信号値の平均値が低下したROIでは、投与によってH2-17O濃度が上昇しており、当該ROIに含まれる軟骨は損傷を有する又は有する可能性が高いと評価することができる。
【0027】
別の実施形態においては、MRI画像内の各ピクセルから信号値が取得され、造影剤投与前後の信号値の差分がマップ表示される。マップ上に表示される、造影剤投与により信号値が低下した領域では、投与によってH2-17O濃度が上昇しており、当該領域に含まれる軟骨は損傷を有する、又は有する可能性が高いと評価することができる。
【0028】
また、上述の造影剤投与前後の信号値を比較することに代えて、信号値から算出される
17O濃度を比較してもよい。
17O濃度は、予め得られた信号値と
17O濃度との関係に基づいて算出することができる。例えば信号値がT2強調画像の信号値である場合、
17O濃度は、下の式を用いて算出することができる。
【数1】
式中、TEはエコー時間であり、R
2
17OはH
2-
17O分子中のプロトンの横緩和能(3.33 mol%
-1s
-1)であり、Sは造影剤投与後のT2強調画像から取得された信号値であり、S0は造影剤投与前のT2強調画像から取得されたベースラインの信号値である。0.038は
17Oの自然存在比である。
【0029】
具体的には、ある実施形態においては、ROIに含まれる各ピクセルの信号値の平均値からROI内の平均17O濃度が算出され、造影剤投与の前後の平均17O濃度が比較される。投与後にROI内の17O濃度が上昇した場合、当該ROIに含まれる軟骨は、損傷を有する又は有する可能性が高いと評価することができる。
【0030】
また、別の実施形態においては、MRI画像内の各ピクセルの信号値から17O濃度が算出され、造影剤投与前後の17O濃度の差分がマップ表示される。マップ上に表示される、造影剤投与により17O濃度が上昇した領域に含まれる軟骨は、損傷を有する、又は有する可能性が高いと評価することができる。
【0031】
なお、MRI画像内にROIを設定する場合、検査対象領域を指定するROI(被験ROI)に加えて、対照となるROI(対照ROI)を正常軟骨部に設定してもよい。被験ROI、対照ROIのそれぞれにおける信号値の平均値又は17O濃度を造影剤投与の前後で比較し、投与による信号値の低下の程度又は17O濃度の上昇の程度が、対照ROIと比べて被験ROIにおいて大きい場合に、あるいは投与による信号値の低下速度又は17O濃度の上昇速度が、対照ROIと比べて被験ROIにおいて大きい場合に、被験ROIに含まれる軟骨は損傷を有する、又は有する可能性が高いと評価することができる。
【0032】
上では間接法を用いたMRI撮像を例示して説明したが、17O自体を検出対象とする直接法を用いたMRI撮像を用いた場合も同様に、MRI画像から17Oに由来する信号値を取得し、信号値の変化又は信号値から算出される17O濃度の上昇に基づいて、軟骨の損傷を検査することができる。
【0033】
このように、本発明は、17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から17Oに由来する信号値を取得すること、信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較すること、及び造影剤の投与による信号値の変化又は17O濃度の上昇を判定することを含む、軟骨の損傷を検査する方法を提供する。上記の検査方法は、軟骨の損傷を検出する方法、又は軟骨損傷の可能性を評価する方法と表すこともできる。また、本発明は、17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から17Oに由来する信号値を取得することを含む、軟骨損傷の診断のためのデータを収集する方法も提供する。
【0034】
軟骨損傷の検査のためのプログラム
本発明はさらに、17O標識水を含有するMRI造影剤を投与された被験者において撮像された造影剤投与前後の軟骨のMRI画像から17Oに由来する信号値を取得する処理、任意選択で信号値から17O濃度を算出する処理、及び信号値又は信号値から算出される17O濃度を造影剤投与の前後で比較する処理をコンピュータに実行させるための、軟骨の変性又は損傷を検査するためのプログラムを提供する。このプログラムは、上述の検査方法を実施するために用いることができ、各処理の詳細は検査方法の説明において記載されたとおりである。また、プログラムを記憶したコンピュータ読み取り可能な記憶媒体も、本発明によって提供される。記録媒体としては、ハードディスク、フラッシュメモリ、CD、DVD等を挙げることができる。
【0035】
検査対象
後の実施例に示すように、17O標識水投与後、軟骨の損傷部ではすみやかに17O濃度が上昇するが、正常部ではそのような濃度上昇は起こらない。したがって、本発明によると、軟骨損傷の検査を必要とする被験者に17O標識水を含有する造影剤を投与して、軟骨における17Oに由来する信号値の変化をMRI撮像によって検出することで、軟骨損傷の画像診断を行うことができる。
【0036】
17O濃度の上昇は、造影剤中のH2-17O分子が軟骨の損傷部から軟骨内に浸透するためと考えられる。軟骨損傷の程度が軽微であっても水分子の浸透は可能と考えられることから、本発明によると、特に従来は検出が困難であった変形性関節症の早期病変である軟骨表層の変性等の軽微な損傷をも検出することができる。
【0037】
本発明は、軟骨損傷の検査を必要とする対象に対して適用される。対象は、例えばマウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギを含むげっ歯類、ヒト、チンパンジー、アカゲザルを含む霊長類、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジを含む家畜、イヌ、ネコを含む愛玩動物といった哺乳動物である。好ましい対象は、ヒトである。
【0038】
軟骨損傷の検査を必要とする対象は、軟骨に何らかの損傷を生じている、又はそのおそれのある対象である。対象は、例えば、軟骨損傷を伴う又は軟骨損傷に起因する疾患又は症状を有している、又は有するおそれのある対象であり、これらの疾患又は状態の例としては、変形性関節症(膝関節、肘関節、足関節、肩関節等)、関節リウマチなどの自己免疫性関節炎、関節内骨折、半月板損傷、膝靱帯損傷、膝蓋骨脱臼、スポーツによる膝の慢性障害、椎間板障害、離断性骨軟骨炎(膝関節、肘関節、足関節等)等を挙げることができる。
【0039】
以下の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0040】
実施例
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O標識水を用いた前十字靭帯切除(anterior cruciate ligament transection;ACLT)モデルにおける関節軟骨損傷の評価
(1)材料と方法
・ACLTモデルの作成
膝関節の軟骨損傷を惹起するために、14週齢の雄の日本白色家兎を用いて、ACLTモデルを作成した。静脈麻酔(ペントバルビタール30mg/kg+ケタミン50mg/kg)を用いてウサギに麻酔導入した後に維持麻酔に吸入麻酔(イソフルラン1-4%)を用いた。手術側の膝関節の前面を剃毛し、ポビドンヨードで消毒したのち、皮下に鎮痛薬(ブプレノルフィン0.02 mg/kg)を注射投与した。膝蓋骨傍内側に約5 cmの皮膚切開をおき、同様の位置で関節包を切開した。膝蓋骨を外側に脱臼させて膝関節を深屈曲し大腿骨顆間部の前十字靭帯を露出し、11番メスを用いてこれを切離した。関節内を生理食塩水で洗浄したのち、3-0ナイロン糸を用いて関節包、皮膚を閉創した。飼育中、創部感染を認めた場合や、起立不能の状態になった場合には安楽死措置をとった。
【0041】
ACLTモデルにおいては、術後4週で軟骨表面の変性が生じ始め、術後8週から軟骨全層への変性が生じることが過去に報告されている(Makoto Yoshioka et al. Characterization of a model of osteoarthritis in the rabbit knee. Osteoarthritis and Cartilage, 1996, 4 (2):87-98)ことから、術後4週および8週で各5羽を屠殺安楽死(ペントバルビタール 200mg/kg)させ、軟骨損傷をMRIによって、並びに肉眼的及び組織学的に評価した。
【0042】
・MRIの撮像
3T-MRI装置(MAGNETOM Prisma, Siemens)を用いて、手術側のウサギ膝関節の撮像を行った。ウサギ患肢は撮像時の体動が影響しないよう、大腿部で離断し膝関節伸展位で固定した。 24Gのサーフロー針を膝関節前面から膝蓋腱を貫いて刺入し、関節内に留置した。延長チューブのロックコネクター側を切断し、切断面の内腔と細径のポリエチレンチューブ(PE50)を硬化樹脂(松風クイックレジン)で連結させることで、内腔が細径の投与経路を自作し、留置したサーフロー針と接続した。
【0043】
大腿骨の両顆を評価するため、骨軸に対して45度前傾させた冠状断で大腿骨両顆の最遠位部が中心スライスとなるような5スライスをMRI撮像断面として設定した(
図2Aのに5本の点線で示す)。はじめに、関節軟骨を同定するための参照画像としてプロトン密度強調像(PDWI)を以下の条件で撮像した(TE, 21 ms; TR, 1600; FOV, 60×80 mm; matrix, 269×448; slice thickness; 2 mm; slice gap, 2.6 mm; number of excitations, 6; scan time, 3 min 39 s)。その後、2D-高速スピンエコー法を用いたT2強調画像を以下の撮像条件で連続的に撮像した(TE, 129 ms; TR, 1600; echo train length, 12; FOV, 60×80 mm; matrix, 269×448; slice thickness; 2 mm; slice gap, 2.6mm; number of excitations, 6; scan time, 3 min 39 s; number of repetitions, 18; total scan time, 65 min 42 s)。18回の連続撮像のうち、最初の3回目分を投与前のベースライン画像とし、3回目の撮像が終了した直後に、留置したサーフローから膝関節内へ20 mol%の
17O標識水を含む生理的食塩水 0.5ml(大陽日酸株式会社)を急速投与し、0.5mlの生理的食塩水で後押しフラッシュした。
【0044】
・MRI画像評価
プロトン密度強調像から各スライス断面における関節軟骨を同定し、両顆の関節軟骨に複数の小さな関心領域(region of interest: ROI)を設定した。設定した各ROI内の各時点における
17O濃度を、T2強調像の信号値を用いた以下の式より算出し、各ROI内の
17O濃度の経時的変化と後述する組織学的な軟骨損傷のgradeと比較した。
【数2】
式中、TEはエコー時間であり、R
2
17Oは3.33であり、Sは
17O標識水投与後のある時点におけるROI内の信号値であり、S0は
17O標識水投与前のROI内の平均信号値(投与前にベースライン画像として撮像された3つの画像におけるROI内の信号値の平均値)である。また、0.038は、
17Oの自然存在比に相当する。
【0045】
・肉眼的および組織学的評価
MRI撮像後のウサギ膝関節を切開、展開し、大腿骨顆部の軟骨損傷についてMRIの撮像スライスに合わせた肉眼的および組織学的評価を行った(Gabriel GN et al. Evaluation of multiphase implants for repair of focal osteochondral defects in goats. Biomaterials, 2000, 21(24):2561-74)。
【0046】
肉眼的評価では、Indian inkを用いたOsteoarthritis Research Society International(OARSI) score(S. Laverty et al. The OARSI histopathology initiative - recommendations for histological assessments of osteoarthritis in the rabbit. Osteoarthritis and Cartilage, 2010, 18 Suppl 3:S53-S65)による軟骨損傷の有無の評価を行った。関節表面にIndian inkの貯留が見られるOARSI score 2以降を『肉眼的な軟骨損傷あり』とし、貯留が見られないOARSI score 1を『肉眼的な軟骨損傷なし』と定義した。
【0047】
組織学的評価では、まず大腿骨両顆部について10%ホルマリンにて24時間固定し、ギ酸 5:ホルマリン原液 1:蒸留水 15で調整したギ酸脱灰処理を20日間行った。MRIのスライス幅に一致するように、骨軸に対して45度前傾させた冠状断で大腿骨両顆の最遠位部を中心スライスとし、その2.6 mmの前後スライスを含めた3スライスについて標本作成を行い、評価した。Safranin-O染色を行い、OARSI grading(H.J. Mankin et al. Biochemical and metabolic abnormalities in articular cartilage from osteoarthritic human hips. II. Correlation of morphology with biochemical and metabolic data. J Bone Joint Surg, 1971, 53(3):523-37)により軟骨損傷の程度の評価を行った。軟骨表層の線維化が見られるOARSI grade 1以降を『組織学的な軟骨損傷あり』とし、正常軟骨であるOARSI grade 0を『組織学的な軟骨損傷なし』と定義した。採点は2人の検者により独立して2回行われ、検者間誤差及び検者内誤差の評価を行った。
【0048】
・研究承認
全ての動物実験は、北海道大学大学院医学研究科の施設内動物管理使用委員会によって承認されたプロトコルに従って行われた。
【0049】
(2)結果
術後4週の代表症例について、India ink染色後の外観写真を
図1Aに示す。肉眼的評価では、内顆外側にOARSI score 3の軟骨損傷、外顆内側にOARSI score 2の軟骨損傷が観察された。また、スライス標本のHE染色画像及びSafranin-O染色画像をそれぞれ
図1B及び
図1Cに示す。組織学的評価では、肉学的評価で認められた損傷部に一致して、HE染色画像及びSafranin-O染色画像のいずれにおいても内顆外側にOARSI grade 3の軟骨損傷(軟骨表層から中間層への亀裂あり、図中の黒色矢印)、外顆内側にOARSI grade 2の軟骨損傷(軟骨中間層に亀裂あり、図中の白色矢印)が観察された。
【0050】
また、術後4週の代表症例について、
図2Aに示される5本の点線のうち中央の点線における冠状断での大腿骨両顆のT2強調画像を
図2Bに示し、
17O標識水投与の約11分後(6回目)に撮像したT2強調画像の個々のピクセルの信号値から
17O濃度を算出してマッピングした
17Oマップを、プロトン密度強調像と重ね合わせて
図2Cに示す。軟骨損傷が観察された領域において、
17O濃度が高いことが確認された。
【0051】
T2強調画像の軟骨損傷に相当する領域内、及び正常軟骨に相当する領域内のそれぞれにROIを2ヶ所ずつ設定し、各ROI内の信号値の平均値に基づいて、
17O濃度を算出した。ROIの設定位置を
図3Aに、各ROI内の
17O濃度の経時変化を
図3Bに示す。軟骨損傷領域内に設定されたROI1及びROI2においては
17O標識水の投与直後(4回目の撮像)から
17O濃度の上昇を示したのに対し、正常軟骨領域内に設定されたROI3及びROI4においては
17O標識水の投与による
17O濃度の上昇傾向は認められなかった。