(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122521
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】複合体の製造方法および複合体
(51)【国際特許分類】
C01F 11/18 20060101AFI20230825BHJP
【FI】
C01F11/18 Z ZAB
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148202
(22)【出願日】2022-09-16
(31)【優先権主張番号】P 2022025892
(32)【優先日】2022-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、カーボンリサイクル・次世代火力発電等技術開発/カーボンリサイクル・次世代火力推進事業/カーボンリサイクル技術の共通基盤技術開発委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願、及び、令和4年度、独立行政法人環境再生保全機構、環境研究総合推進費委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000191135
【氏名又は名称】株式会社日本海水
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100116713
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 正己
(74)【代理人】
【識別番号】100179844
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 芳國
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 道生
(72)【発明者】
【氏名】浪川 勇人
(72)【発明者】
【氏名】安元 剛
(72)【発明者】
【氏名】渡部 終五
(72)【発明者】
【氏名】森安 賢司
(72)【発明者】
【氏名】勝又 聡
(72)【発明者】
【氏名】前山 薫
【テーマコード(参考)】
4G076
【Fターム(参考)】
4G076AA16
4G076AB24
4G076AB28
4G076AC04
4G076BA26
4G076BC02
4G076BD01
4G076CA02
(57)【要約】
【課題】本発明は、貝殻粉末を有効利用する方法を提供することを目的とし、特に、炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法および炭酸カルシウム結晶を含む複合体を提供することを目的とする。
【解決手段】バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法であって、炭酸カルシウムを含み、且つpHが8.5以上、11以下に調整された水溶液にバイオミネラル粉末を添加し、前記バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させる工程を有し、前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含む、複合体の製造方法。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法であって、
炭酸カルシウムを含み、且つpHが8.5以上、11以下に調整された水溶液にバイオミネラル粉末を添加し、前記バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させる工程を有し、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含む
複合体の製造方法。
【請求項2】
前記水溶液は海水である、請求項1に記載の複合体の製造方法。
【請求項3】
前記水溶液は、ポリアミンまたは水酸化ナトリウムでpHが調整されたものである、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項4】
前記ポリアミンは、プトレシンである、請求項3に記載の複合体の製造方法。
【請求項5】
前記バイオミネラル粉末の添加量は、前記水溶液25mLあたり0.1mg以上である、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項6】
前記バイオミネラル粉末は、粒径が1μm以上である、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項7】
前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの真珠層、稜柱層、または真珠層および稜柱層を含む、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項8】
前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの殻の外側層を剥いで真珠層を回収した後に、前記真珠層を粉末化したものである、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項9】
前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの殻に次亜塩素酸ナトリウムを作用させることで外側層を除去して真珠層を回収した後に、前記真珠層を粉末化したものである、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項10】
前記炭酸カルシウム結晶を成長させる工程は、4℃以上、70℃以下で行う、請求項1または2に記載の複合体の製造方法。
【請求項11】
バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体であって、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含み、
前記炭酸カルシウム結晶は前記バイオミネラル粉末の表面に結合している、
複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合体の製造方法および複合体に関する。より詳細には、本発明はバイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法、ならびにバイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
アコヤガイやホタテ、牡蠣などの貝殻は、利用後は廃棄される産業廃棄物であるため、貝殻を様々な産業に有効利用する取り組みは既に進められている。貝殻粉末を医薬品や化粧品に配合することや、貝殻の炭酸カルシウムを加熱し酸化カルシウムとすることで殺菌剤などに利用されている。しかしながら、これらはコストが高いことや有効性が低いために実際の貝殻に適用されている例は限定的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2018-519910号公報
【特許文献2】特開2017-206498号公報
【特許文献3】特開平04-238812号公報
【特許文献4】特開平06-016417号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Lowenstam, H.A. and Weiner S., On Biomineralization. (1989), Oxford University Press.
【非特許文献2】Michio Suzuki, Kazuko Saruwatari, Toshihiro Kogure, Yuya Yamamoto, Tatsuya Nishimura, Takashi Kato, and Hiromichi Nagasawa., An acidic matrix protein, Pif, is a key macromolecule for nacre formation. Science, 325, 1388-1390, (2009).
【非特許文献3】Michio Suzuki and Hiromichi Nagasawa., Mollusk shell structures and their formation mechanism. Canadian Journal of Zoology, 91, 349-366, (2013).
【非特許文献4】H Miyamoto, T Miyashita, M Okushima, S Nakano, T Morita, and A Matsushiro., A carbonic anhydrase from the nacreous layer in oyster pearls. PNAS, 93, 9657-9660, (1996).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように産業廃棄物として処理されている貝殻粉末を有効利用する方法を開発することはSustainable Development Goals(SDGs)の観点からも有用である。そこで本発明者らは、貝殻粉末を有効利用する方法について検討を重ね、その中で、炭酸カルシウム結晶の製造に利用することに着目した。
【0006】
すなわち本発明は、貝殻粉末を有効利用する方法を提供することを目的とし、特に、炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法および炭酸カルシウム結晶を含む複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の実施形態に係る複合体の製造方法は、
バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法であって、
炭酸カルシウムを含み、且つpHが8.5以上、11以下に調整された水溶液にバイオミネラル粉末を添加し、前記バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させる工程を有し、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含む
複合体の製造方法、である。
【0008】
また、本発明の実施形態に係る複合体は、
バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体であって、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含み、
前記炭酸カルシウム結晶は前記バイオミネラル粉末の表面に結合している、
複合体、である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施形態に係る複合体の製造方法および複合体によれば、貝殻粉末を有効利用する方法として、炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法および炭酸カルシウム結晶を含む複合体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実施例1~6および比較例1~6において調製した海水に含まれる炭酸カルシウムの濃度を測定した結果を表すグラフである。
【
図2】
図2は、海水の濁度と炭酸カルシウムの濃度との関係を表すグラフ(検量線)である。
【
図3】
図3は、実施例7において作製した炭酸カルシウムの結晶を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した写真である。
【
図4】
図4は、
図3で示した写真中の白い枠線で囲まれた部分を5倍に拡大した写真である。
【
図5】
図5は、実施例8において作製した炭酸カルシウムの結晶を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した写真である。
【
図6】
図6は、
図5で示した写真中の白い枠線で囲まれた部分を3.3倍に拡大した写真である。
【
図7】
図7は、実施例9において調製した海水のpHとCO
2濃度の経時変化を表すグラフである。
【
図8】
図8は、比較例7において調製した海水のpHとCO
2濃度の経時変化を表すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例2で用いたバイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性を測定した結果を示すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例2で用いたバイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性を繰り返し測定した結果を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例10において調製したバイオミネラル粉末を各種温度で処理した場合の相対的な炭酸脱水酵素活性を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
上述の通り本発明者らは、従来は産業廃棄物として処理されていた貝殻粉末を有効利用する方法について検討を重ねた。貝殻は、生物が鉱物を生成するバイオミネラリゼーションによる生成物の典型例である。そこで本発明者らは、貝殻に含まれる石灰化関連タンパク質の機能に着目し、炭酸カルシウム結晶の製造過程に貝殻粉末を利用することを検討した。
【0012】
炭酸カルシウムは海水に多く含まれており、これまでにも海水から炭酸カルシウム結晶を得る方法が検討されている。しかしながら従来の方法で海水から炭酸カルシウム結晶を合成しても、様々な阻害因子の影響により結晶成長速度が遅く、その結果、一つ一つの結晶粒子が小さくなり、合成した炭酸カルシウム結晶の回収が困難になるという問題が生じていた。
【0013】
一方、生物が鉱物を生成するバイオミネラリゼーションでは、生物は効率よく非常に大きな炭酸カルシウム結晶を合成可能であることが知られている(非特許文献1参照)。本発明者らは、このメカニズムを応用し、回収が容易なマイクロメートルオーダーもしくはミリメートルオーダーのラージサイズの炭酸カルシウム結晶を迅速かつ大量に合成する手法を開発すべく検討を重ね、本発明を完成させた。
【0014】
(複合体の製造方法)
本発明の実施形態に係る複合体の製造方法は、バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法であって、炭酸カルシウムを含み、且つpHが8.5以上、11以下に調整された水溶液(以下では、単に「水溶液」とも記載する)にバイオミネラル粉末を添加し、前記バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させる工程を有する。以下、各構成を詳述する。
【0015】
前記水溶液は、炭酸カルシウムを含み、pHが8.5以上、11以下に調整されたものであれば特に限定されるものではない。炭酸カルシウムを含む水溶液としては、例えば、海水や、海水の水分を減らして得たかん水、マグネシウムイオンが除かれた脱Mg海水などが挙げられる。これらの炭酸カルシウムを含む水溶液のpHを8.5以上、11以下に調整して用いればよい。
上述の海水を原料とする水溶液は、天然資源として炭酸カルシウムを多く含むものであり、好ましく用いることができる。もちろん、海水を原料とする水溶液の他にも、炭酸カルシウムを含む水溶液であれば利用可能である。そのような水溶液としては、例えば、石灰乳(消石灰(水酸化カルシウム)の懸濁液)に二酸化炭素を吹き込むことにより軽質炭酸カルシウムを生成した水溶液が挙げられる。
【0016】
前記水溶液のpHは、8.5以上、11以下に調整されていればよい。水溶液のpHが8.5未満の場合には炭酸カルシウム結晶の析出に非常に時間がかかり効率的ではない。また、水溶液として海水もしくは海水由来のものを用いる場合を考慮すると、海水のpHを11超に調整することが困難であるため、水溶液のpHの上限は11程度であればよい。
また、例えば、水溶液として脱Mg海水を用いる場合には、pHは高いほど好ましいので、pH8.5以上であることが好ましい。
【0017】
前記水溶液は、ポリアミンまたは水酸化ナトリウムによってpHを調整されたものであることが好ましい。ポリアミンとしては、例えば、プトレシンを好ましく用いることができる。ポリアミンでpHを調整することにより、水溶液のpHを11程度にすることができる。
【0018】
前述の通り従来は海水から炭酸カルシウム結晶を合成しても、溶液内のあらゆるところで不均一核生成が起こるため、非常に小さな粒子サイズの炭酸カルシウム結晶しか得られず、回収が困難であった。これに対し本発明の実施形態に係る複合体の製造方法は、バイオミネラル粉末を用いるため、マイクロメートルオーダーもしくはミリメートルオーダーのラージサイズの炭酸カルシウム結晶を含む複合体を迅速かつ大量に合成することができ、容易に回収することができる。
【0019】
本発明の実施形態に係る複合体の製造方法によれば、炭酸カルシウムを含む水溶液中にバイオミネラル粉末を添加することで、バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させることができる。
バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質を含むものであればよい。前記バイオミネラル粉末としては、例えば、軟体動物の貝殻、刺胞動物(サンゴ)の骨格、甲殻類の外骨格、棘皮動物の骨格、藻類の円石、有孔虫の貝殻、腕足動物の貝殻、脊椎動物の耳石、高等植物のシストリスなどが挙げられる。これらのなかでも、アコヤガイ(Pinctada fucata)の真珠層、稜柱層、または真珠層および稜柱層を含む粉末であることが好ましい。アコヤガイの真珠層および稜柱層には、炭酸脱水酵素としてnacreinが含まれており、また、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質としてPifが含まれている。
【0020】
バイオミネラル粉末としては、例えば、アコヤガイの貝殻の外側層(稜柱層)を剥いで真珠層を回収し、該真珠層を粉末化したものを好ましく用いることができる。なお、上述のように、稜柱層にも炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質とが含まれている。このため、稜柱層そのものや、稜柱層と真珠層との混合物も好ましく用いることができる。しかしながら、稜柱層は茶色く、炭酸脱水酵素の活性を測定する際に妨げとなってしまうため、後述する実施例においては、真珠層のみを粉末化して用いた。真珠層を粉末化する方法とは特に限定されるものではなく、例えば、カッターを用いた粉砕機や、ボールミルなどを用いることができる。
稜柱層を剥ぐ方法は特に限定されず、例えば、グラインダー等を用いて削り取る方法などを採用できる。また、アコヤガイの貝殻を次亜塩素酸ナトリウムで処理して外側層(稜柱層)と真珠層を剥離しても構わない。
【0021】
前記水溶液中へのバイオミネラル粉末の添加量は特に限定されるものではなく、水溶液中に含まれる炭酸カルシウムの濃度に応じて適宜調整すればよい。バイオミネラル粉末の添加量を増やすことで、単位時間当たりの炭酸カルシウム結晶の析出量を多くすることができる。例えば、前記水溶液が海水を原料とするものである場合には、水溶液25mLあたり0.1mg以上であることが好ましい。
【0022】
水溶液に添加するバイオミネラル粉末の粒径は特に限定されるものではなく、例えば、1μm程度以上のものを好ましく用いることができ、1μm以上、1mm以下程度のものをより好ましく用いることができる。バイオミネラル粉末の粒径が1μm以上の場合には、粒径を小さくするためにかかるコストを抑えることができ、また、得られる複合体を回収する際の不具合(例えば、フィルターの場合には目詰まり)を生じ難くさせることができ、ハンドリングが容易になる。一方、バイオミネラル粉末の粒径が1mm以下であることにより、原材料費が高くなったり、比表面積が小さくなって複合体(特に炭酸カルシウム結晶)の回収効率が低下したりすることを抑制できる。このような観点から、系に応じてバイオミネラル粉末の粒径を適宜調整すればよい。
【0023】
バイオミネラル粉末に含まれる炭酸脱水酵素の熱安定性は優れており、60℃で2時間熱処理した場合のバイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性を100%とすると、4℃から70℃の場合には約90%以上、80℃から100℃の場合には約70%以上、110℃から160℃の場合にも約20%以上の炭酸脱水酵素活性を維持している。
このため、水溶液にバイオミネラル粉末を添加してバイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させている間、維持する水溶液の温度は特に限定されず、例えば、4℃から100℃程度であればよい。上記のように酵素活性が高く維持されている温度範囲を考慮すれば、水溶液を4℃から70℃程度の範囲に維持することが好ましい。
なお、上記のようにバイオミネラル粉末に含まれる炭酸脱水酵素は耐熱性が高いため、真珠層を微紛化する際に高速で処理して摩擦等で高温に曝されても炭酸脱水酵素活性を維持可能である。
また、上記のバイオミネラル粉末は、アミンに二酸化炭素を吸着させるというCarbon dioxide Capture and Storage(CCS:二酸化炭素回収・貯留)に適用することも可能である。CCSにおいてアミン水溶液中にバイオミネラル粉末を添加することで炭酸脱水酵素の作用により反応時間が短縮される。さらに、アミンを再生するために熱処理を行っても、バイオミネラル粉末に含まれる炭酸脱水酵素の活性は維持されるため、有用な触媒として利用可能である。
【0024】
以上に説明したように、本発明の実施形態に係る複合体の製造方法では、前記水溶液中に前記バイオミネラル粉末を添加することで、バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶をエピタキシャル成長させることができる。特に、バイオミネラル粉末を利用する事で、大きなサイズの炭酸カルシウム結晶を得ることに成功した。炭酸カルシウム結晶のサイズは、バイオミネラル粉末のサイズを調整することで、自在に大きくすることも小さくすることも可能である。
【0025】
また、本発明者らは、後述の実施例に示すように、バイオミネラル粉末(貝殻粉末)に炭酸脱水酵素活性と、炭酸カルシウム結晶のエピタキシャル成長を誘導する活性があることを科学的に明らかにした。このようなバイオミネラル粉末の特性を利用すれば、気体中の二酸化炭素を水溶液中で炭酸カルシウム結晶に固定して回収する事業に応用可能であることを初めて見出した。
【0026】
(複合体)
本発明の実施例形態に係る複合体は、バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体である。バイオミネラル粉末は、上述の本発明の実施形態に係る複合体の製造方法において説明したものと同じであり、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含むものである。また、炭酸カルシウム結晶は、バイオミネラル粉末の表面に結合している。
このような炭酸カルシウム結晶を含む複合体は、セメント材料や、プラスチックの強化剤、食品添加物、カルシウム肥料など様々な分野で活用可能である。
【0027】
本発明の複合体の製造方法の実施の態様を示すと以下の通りである。
(1)バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体の製造方法であって、
炭酸カルシウムを含み、且つpHが8.5以上、11以下に調整された水溶液にバイオミネラル粉末を添加し、前記バイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させる工程を有し、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含む
複合体の製造方法。
(2)前記水溶液は海水である、上記(1)に記載の複合体の製造方法。
(3)前記水溶液は、ポリアミンまたは水酸化ナトリウムでpHが調整されたものである、上記(1)または上記(2)に記載の複合体の製造方法。
(4)前記ポリアミンは、プトレシンである、上記(3)に記載の複合体の製造方法。
(5)前記バイオミネラル粉末の添加量は、前記水溶液25mLあたり0.1mg以上である、上記(1)から上記(4)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
(6)前記バイオミネラル粉末は、粒径が1μm以上である、上記(1)から上記(5)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
(7)前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの真珠層、稜柱層、または真珠層および稜柱層を含む、上記(1)から上記(6)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
(8)前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの殻の外側層を剥いで真珠層を回収した後に、前記真珠層を粉末化したものである、上記(1)から上記(7)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
(9)前記バイオミネラル粉末は、アコヤガイの殻に次亜塩素酸ナトリウムを作用させることで外側層を除去して真珠層を回収した後に、前記真珠層を粉末化したものである、上記(1)から上記(7)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
(10)前記炭酸カルシウム結晶を成長させる工程は、4℃以上、70℃以下で行う、上記(1)から上記(9)のいずれか一項に記載の複合体の製造方法。
【0028】
本発明の複合体の実施の態様を示すと以下の通りである。
(11)バイオミネラル粉末および炭酸カルシウム結晶を含む複合体であって、
前記バイオミネラル粉末は、炭酸脱水酵素と、カルシウムイオンもしくは炭酸カルシウムと結合する酸性タンパク質と、を含み、
前記炭酸カルシウム結晶は前記バイオミネラル粉末の表面に結合している、
複合体。
【実施例0029】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0030】
(実施例1)
-バイオミネラル粉末の調製-
アコヤガイの貝殻を洗浄してからグラインダーで外側層を削り、真珠層のみとして分離した真珠層をボールミルにて粉砕することで、粒径(個数平均径)が約9μm程度のバイオミネラル粉末を得た。なお、バイオミネラル粉末の粒径(個数平均径)は、粒子径分布測定装置:株式会社堀場製作所製 HORIBA LA-300を用いて、相対屈折率:1.18、溶媒:純水、の条件で測定した(以下の例においても同様である)。
-複合体の製造-
フィルター濾過した天然の海水に水酸化ナトリウムの濃度が2mmol/Lとなるように添加した。このときの海水のpHは9.7程度であった。なお、天然の海水とは、一般的な組成の海水のことをいう。
この海水25mLに、上記で用意したバイオミネラル粉末を10mg添加した。その後、攪拌し、12時間以上25℃で静置してバイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させた。
【0031】
(実施例2)
実施例1において真珠層の粉末の粒径(個数平均径)を約17μm程度となるようにした以外は実施例1と同様にしてバイオミネラル粉末を調製し、複合体の製造を行った。
【0032】
(実施例3)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例2と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
実施例1と同様にして用意した海水に、水酸化ナトリウムの代わりに、プトレシンを濃度が2mmol/Lとなるように添加した。このときの海水のpHは、9.7であった。この海水25mLに、実施例2で用いたバイオミネラル粉末を0.1mg添加した。その後、攪拌し、12時間以上25℃で静置してバイオミネラル粉末の表面に炭酸カルシウム結晶を成長させた。
【0033】
(実施例4)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例1と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
実施例3において、海水25mLに、実施例1で用いたバイオミネラル粉末を1mg添加した以外は、実施例3と同様にして複合体を製造した。
【0034】
(実施例5)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例1と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
実施例3において、海水25mLに、実施例1で用いたバイオミネラル粉末を10mg添加した以外は、実施例3と同様にして複合体を製造した。
【0035】
(実施例6)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例2と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
実施例3において、海水25mLに、実施例2で用いたバイオミネラル粉末を10mg添加した以外は、実施例3と同様にして複合体を製造した。
【0036】
(実施例7)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例2と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
5mLチューブにCaCl2(Wako、95.0+%)を5.55mg入れ、さらに、実施例2で用いたバイオミネラル粉末を1mg入れた。水酸化ナトリウムでpHを9.0に調整して11.5mMのNaHCO3溶液を5mL得た。このNaHCO3溶液を上記の粉末が入った5mLチューブに添加し、懸濁した。一晩25℃で静置し、複合体を製造した。
【0037】
(実施例8)
-バイオミネラル粉末の調製-
実施例2と同様にしてバイオミネラル粉末を調製した。
-複合体の製造-
実施例7において、NaHCO3溶液のpHが10.0となるように水酸化ナトリウムを添加した以外は実施例7と同様にして複合体を製造した。
【0038】
(比較例1)
バイオミネラル粉末を添加しなかった以外は実施例1と同様にして、複合体の製造を行った。
【0039】
(比較例2)
バイオミネラル粉末の代わりに10mgのCaCO3を添加した以外は実施例1と同様にして、複合体の製造を行った。
【0040】
(比較例3)
バイオミネラル粉末を添加しなかった以外は実施例3と同様にして、複合体の製造を行った。
【0041】
(比較例4)
バイオミネラル粉末の代わりに0.1mgのCaCO3を添加した以外は実施例3と同様にして、複合体の製造を行った。
【0042】
(比較例5)
バイオミネラル粉末の代わりに1mgのCaCO3を添加した以外は実施例3と同様にして、複合体の製造を行った。
【0043】
(比較例6)
バイオミネラル粉末の代わりに10mgのCaCO3を添加した以外は実施例3と同様にして、複合体の製造を行った。
【0044】
[評価]
-濁度の測定-
実施例1~6および比較例1~6で製造した複合体を含む各海水をピペッティングにより攪拌し、分光光度計(Thermo Scientific, NanoDrop One
C)で濁度(OD600)を測定することにより、炭酸カルシウム結晶の濃度を算出した。その結果を
図1に示す。炭酸カルシウム結晶の濃度は、炭酸カルシウム結晶の濃度が既知の海水の濁度(OD600)を測定することにより作成した検量線(
図2参照)を用いて算出した。
なお、
図1に示す結果は、バイオミネラル粉末またはCaCO
3粉末を添加し、塩基を加えずに一晩静置した各海水の濁度をバックグラウンドとして差し引いて算出したものであり、12時間以上静置した間に析出した炭酸カルシウム結晶の量のみを表すものである。また、濁度を測定する際には、実施例1~6で調製した海水のpHは約8.3になっていた。
【0045】
図1に示すように、バイオミネラル粉末を添加した海水(実施例1~6)からは、バイオミネラル粉末を添加しなかった場合の海水(比較例1、3)やCaCO
3粉末を添加した海水(比較例2、4~6)に比べて非常に多くの炭酸カルシウムが生成した。なお、比較例5、6において炭酸カルシウム結晶の生成量がマイナスの評価となってしまっているのは、生成した炭酸カルシウム結晶のサイズが小さすぎて試料瓶(ガラス瓶)の壁面に付着してしまっていた(ロスしていた)ためと考えられる。
【0046】
-SEMによる複合体の観察-
実施例7および実施例8において、5mLチューブの下部に生成された炭酸カルシウム結晶を含む複合体の沈澱を10,000gで5分以上遠心分離して集めた。回収した複合体をmilli-Q水で3回洗浄し、100%エタノール中に保存した。
そして、エタノール中の沈殿を乾燥させ、SEM(Hitachi、S-4800)で観察した。なお、乾燥させた各複合体は、アルミニウム試料台にのせてイオンコーター(Hitachi、E-1030)でPt/Pdを使用して60秒間コーティングを行った。
【0047】
実施例7によって回収された炭酸カルシウム結晶を含む複合体をSEMによって観察した結果(写真)を
図3に示す。また、
図3において白い枠線で囲んだ部分を5倍に拡大したものを
図4に示す。
同様に、実施例8によって回収された炭酸カルシウム結晶を含む複合体をSEMによって観察した結果(写真)を
図5に示し、
図5において白い枠線で囲んだ部分を3.3倍に拡大したものを
図6に示す。
図3、
図5に示すように、バイオミネラル粉末の周辺に優先的に炭酸カルシウム結晶が生成していた。また、初期pHを上昇させた場合(実施例8)には、より多くの炭酸カルシウム結晶を生成させることができていた(
図5、
図6参照)。
【0048】
(実施例9)
1Lビーカーに、200mLの天然の海水と500mgのバイオミネラル粉末を加え、さらに10mmol/Lとなるようにプトレシンを加えた。なお、バイオミネラル粉末は実施例2で調製したものを用いた。
この海水のpHとCO
2濃度を72時間経時測定した。pHの測定にはHORIBA製の卓上型pHメーターF-72を用い、CO
2濃度の測定には、ケー・エンジニアリング製の溶存炭酸ガス計OxyGuard CO
2を用いた。
その結果を
図7に示す。
【0049】
(比較例7)
バイオミネラル粉末を添加しなかった以外は実施例9と同様にして調製した海水のpHとCO
2濃度を72時間経時測定した。
その結果を
図8に示す。
【0050】
図7、
図8に示されるように、バイオミネラル粉末を添加した実施例9の海水は、バイオミネラル粉末を添加しなかった比較例7の海水に比べて、早い段階でpHの低下が確認された。
具体的には、初期pH(最大pH)から0.5下がるまでの時間が、実施例9の海水は0.7時間(pH10.189→pH9.689)であったのに対し、比較例7の海水は2.5時間(pH10.101→pH9.601)であった。pHの低下は炭酸カルシウム結晶の生成によるものであるため、バイオミネラル粉末は、反応初期の石灰化(結晶成長)を促進していると考えられる。
【0051】
-バイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性の測定-
アセトニトリル溶液にp-nitrophenyl acetate (p-NPA)を0.1Mになるように溶解させた。1.5mlチューブに0.72mlの50mMTris-HCl(pH8.0)と0.1mlの1mMZnSO
4溶液を加えて混合した。そこに0.1Mのp-NPA溶液を添加し、1mlとなるようにして各基質濃度の溶液を準備した。
この基質溶液に実施例2で用いたバイオミネラル粉末を50mg添加し、波長400nmの吸光度を測定することで炭酸脱水酵素の活性を測定した。その結果を
図9に示す。
【0052】
さらに、上記のようにして酵素活性を測定したバイオミネラル粉末を回収し、下記組成の緩衝液で3回洗浄した。洗浄後のバイオミネラル粉末を回収し、上記の方法にて再度炭酸脱水酵素活性を測定した。
緩衝液
50mM Tris-HCl(pH8.0)
100μM ZnSO
4
この操作を8回繰り返した。1回目のバイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性を基準とし、各回のバイオミネラル粉末の相対的な炭酸脱水酵素活性の結果を
図10に示す。
図10に示すように、バイオミネラル粉末は繰り返し使用しても炭酸脱水酵素活性が維持され、機能性ビーズとして繰り返し利用可能なことが示された。
【0053】
(実施例10)
以下のようにしてバイオミネラル粉末を調製し、熱安定性を評価した。
-バイオミネラル粉末の調製-
アコヤガイの貝殻を洗浄してから、30%次亜塩素酸ナトリウムに浸漬して4℃で1週間攪拌し、外側層を除去した。外側層を除去して得られた真珠層を蒸留水で洗浄して次亜塩素酸ナトリウムを完全に除去した。その後、粉砕機(ワンダークラッシャーWC-3、大阪ケミカル社製)を用いて真珠層を微粉化し、バイオミネラル粉末を得た。得られたバイオミネラル粉末の粒径(平均粒子径)を実施例1と同様にして測定した結果、25.4μmであった。
-熱安定性の評価-
50mgのバイオミネラル粉末を、一定の温度(4℃から160℃)で2時間、静置した。その後、25℃まで加温または冷却し、各バイオミネラル粉末の炭酸脱水酵素活性を測定した。なお、炭酸脱水酵素活性を測定は上記と同様にして行った。その結果を
図11に示す。
図11は、60℃で処理した場合の酵素反応率を100%としたときの、相対的な炭酸脱水酵素活性を示すものである。
図11に示すように、バイオミネラル粉末は70℃で処理した場合にも100%の炭酸脱水酵素活性を維持していることが分かった。さらに、100℃で処理した場合にも、70%の炭酸脱水酵素活性を維持しており、100℃を超える温度で処理しても約20%以上の炭酸脱水酵素活性を維持していることが示された。