IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人東京海洋大学の特許一覧 ▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧

特開2023-123411生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料
<>
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図1
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図2
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図3
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図4
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図5
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図6
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図7
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図8
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図9
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図10
  • 特開-生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123411
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/327 20060101AFI20230829BHJP
   G01N 27/416 20060101ALI20230829BHJP
   G01N 27/30 20060101ALI20230829BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
G01N27/327 357
G01N27/416 386G
G01N27/30 B
G01N33/53 D
G01N33/53 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023027679
(22)【出願日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2022027162
(32)【優先日】2022-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100152205
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 昌司
(72)【発明者】
【氏名】大貫 等
(72)【発明者】
【氏名】柴田 恭幸
(72)【発明者】
【氏名】前田 有斗
(72)【発明者】
【氏名】藤本 隆正
(72)【発明者】
【氏名】張 民芳
(57)【要約】
【課題】試料に電圧を印加することなく、生体分子の抗原抗体反応を簡易に検出する。
【解決手段】生体分子の抗原抗体反応を検出するための方法であって、絶縁基板2の上に形成された電極3と、生体分子を選択的に捉える抗体5とを有する試料1を作製する工程と、生体分子が溶解した溶液に試料1を浸漬し、所定時間が経過した後、試料1を溶液から引き上げてリンスする工程と、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に試料1を浸漬し、電極3と溶液中の基準電極120との間の電圧を測定する工程とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体分子の抗原抗体反応を検出するための方法であって、
絶縁基板の上に形成された電極と、生体分子を選択的に捉える抗体とを有する試料を用意する工程と、
生体分子が溶解した溶液に前記試料を浸漬し、所定時間が経過した後、前記試料を前記溶液から引き上げてリンスする工程と、
酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と、前記溶液中の基準電極との間の電圧を測定する工程と、
を備えることを特徴とする生体分子の抗原抗体反応検出方法。
【請求項2】
前記酸化体はフェリシアニドであり、前記還元体はフェロシアニドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記フェリシアニドと前記フェロシアニドのモル濃度は2.5±1.5ミリモルである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸化体のモル濃度と前記還元体のモル濃度が等しい、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記電極は当該電極の上に固定化された酸化カーボンナノチューブを有し、前記抗体は前記酸化カーボンナノチューブに固定化されている、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記試料は、前記電極の上に前記酸化カーボンナノチューブを固定化し、前記抗体を前記酸化カーボンナノチューブに固定化することにより作製される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記抗体を前記酸化カーボンナノチューブに固定化した後、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行う、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記電極は、前記絶縁基板の上に形成された金電極であり、前記抗体は自己組織化単分子膜を介して前記金電極に固定されている、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記抗体を前記金電極に固定化した後、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行う、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記生体分子が溶解した溶液に前記試料を浸漬する工程の前に、
前記酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と前記基準電極との間の基準電圧を測定する工程をさらに備え、
前記酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と、前記溶液中の基準電極との間の電圧を測定する工程の後に、
前記電圧から前記基準電圧を差し引く工程をさらに備える、請求項1~9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
前記生体分子はコルチゾールであり、前記抗体は抗コルチゾール抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記生体分子はミオグロビンであり、前記抗体は抗ミオグロビン抗体である、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記酸化体はフェロセンメタノールカチオンであり、前記還元体はフェロセンメタノールである、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
絶縁基板と、
前記絶縁基板の上に形成された電極と、
前記電極の上に固定化された酸化カーボンナノチューブと、
前記酸化カーボンナノチューブに固定化され、生体分子を選択的に捉える抗体と、を備え、
前記電極は、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に浸漬された基準電極に一端が電気的に接続された電圧計の他端に電気的に接続されることを特徴とする試料。
【請求項15】
前記酸化カーボンナノチューブの表面はブロッキング処理されている、請求項14に記載の試料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体分子の抗原抗体反応を検出するための方法および試料に関し、より詳しくは、生体分子の抗原抗体反応を電位計測により検出する方法、および当該方法に用いられる試料に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の抗原抗体反応(特異吸着反応、免疫反応)の検出は、ELISA法、表面プラズモン共鳴法、光吸収スペクトル法などの光学的計測、あるいは、サイクリックボルタンメトリー測定、交流インピーダンス法などの電気化学的計測による方法で行われる。しかし、いずれの方法も複雑な測定装置と専門知識が必要である。
【0003】
特許文献1には、標的物質を簡易に検出することなどを目的とした標的物質検出基板が記載されている。この標的物質検出基板は、標的結合物質とカーボンナノチューブとの複数の複合体を網目状に配置した標的物質反応部と、標的物質反応部と電気的に結合された二つの電極とを含む。標的物質反応部に検体を接触させた後、電源や検流計を含む回路(ホィートストンブリッジ回路)を用いて二つの電極間の電気抵抗値を測定することで標的物質を検出する。
【0004】
特許文献2には、標的物質を検出するためのケミカルセンサキットが記載されている。このケミカルセンサキットは、炭素原子を含むチャネルに第1の物質が固定されているケミカルセンサと、蛍光色素で標識され、第2の物質を含む試薬とを含む。ケミカルセンサは、ソース電極とドレイン電極の2つの電極を有し、電圧を印加して電極間に流れる電流を計測する。その後、さらに、蛍光色素の励起光をチャネルに照射し、電極間の電流を計測する。
【0005】
上記のように特許文献1および2の技術においても、外部電源や光源などが必要になり、測定装置が複雑化することが避けられず、より簡易な計測方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012-26764号公報
【特許文献2】特開2020-46196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記技術的認識に基づいてなされたものであり、その目的は、試料に電圧を印加することなく、生体分子の抗原抗体反応を簡易に検出することが可能な生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る生体分子の抗原抗体反応の検出方法は、
生体分子の抗原抗体反応を検出するための方法であって、
絶縁基板の上に形成された電極と、生体分子を選択的に捉える抗体とを有する試料を用意する工程と、
生体分子が溶解した溶液に前記試料を浸漬し、所定時間が経過した後、前記試料を前記溶液から引き上げてリンスする工程と、
酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と、前記溶液中の基準電極との間の電圧を測定する工程と、
を備えることを特徴とする。
【0009】
また、前記方法において、
前記酸化体はフェリシアニドであり、前記還元体はフェロシアニドであるようにしてもよい。
【0010】
また、前記方法において、
前記フェリシアニドと前記フェロシアニドのモル濃度は2.5±1.5ミリモルであるようにしてもよい。
【0011】
また、前記方法において、
前記酸化体のモル濃度と前記還元体のモル濃度が等しいようにしてもよい。
【0012】
また、前記方法において、
前記電極は当該電極の上に固定化された酸化カーボンナノチューブを有し、前記抗体は前記酸化カーボンナノチューブに固定化されているようにしてもよい。
【0013】
また、前記方法において、
前記試料は、前記電極上に前記酸化カーボンナノチューブを固定化し、前記抗体を前記酸化カーボンナノチューブに固定化することにより作製されてもよい。
【0014】
また、前記方法において、
前記抗体を前記酸化カーボンナノチューブに固定化した後、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行うようにしてもよい。
【0015】
また、前記方法において、
前記電極は、前記絶縁基板の上に形成された金電極であり、前記抗体は自己組織化単分子膜を介して前記金電極に固定されているようにしてもよい。
【0016】
また、前記方法において、
前記抗体を前記金電極に固定化した後、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行うようにしてもよい。
【0017】
また、前記方法において、
前記生体分子が溶解した溶液に前記試料を浸漬する工程の前に、
前記酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と前記基準電極との間の基準電圧を測定する工程をさらに備え、
前記酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に前記試料を浸漬し、前記電極と、前記溶液中の基準電極との間の電圧を測定する工程の後に、
前記電圧から前記基準電圧を差し引く工程をさらに備えてもよい。
【0018】
また、前記方法において、
前記生体分子はコルチゾールであり、前記抗体は抗コルチゾール抗体であるようにしてもよい。
【0019】
また、前記方法において、
前記生体分子はミオグロビンであり、前記抗体は抗ミオグロビン抗体であるようにしてもよい。
【0020】
また、前記方法において、
前記酸化体はフェロセンメタノールカチオンであり、前記還元体はフェロセンメタノールであるようにしてもよい。
【0021】
本発明に係る試料は、
絶縁基板と、
前記絶縁基板の上に形成された電極と、
前記電極の上に固定化された酸化カーボンナノチューブと、
前記酸化カーボンナノチューブに固定化され、生体分子を選択的に捉える抗体と、を備え、
前記電極は、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に浸漬された基準電極に一端が電気的に接続された電圧計の他端に電気的に接続されることを特徴とする。
【0022】
また、前記試料において、
前記酸化カーボンナノチューブの表面はブロッキング処理されているようにしてもよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、試料に電圧を印加することなく、生体分子の抗原抗体反応を簡易に検出することが可能な生体分子の抗原抗体反応検出方法および試料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施形態に係る生体分子抗原抗体反応検出方法を説明するためのフローチャートである。
図2】(a)は実施形態に係る試料の平面図であり、(b)は実際に作製された試料の電極部分を示す図である。
図3】試料の電極部分の断面の一部を模式的に示す図である。
図4】実施形態に係る電圧測定系の概略的構成を示す図である。
図5図4の測定系で測定された電圧と時間との関係を示すグラフである。
図6】差分値のコルチゾール濃度依存性を示すグラフである。
図7】電極の電位が変動する理由を説明するための図である。
図8】実施例に係る試料と比較例に係る試料との比較結果を示すグラフである。
図9】比較例に係る試料に比べて実施例に係る試料の方が電極の電位が高くなる理由を説明するための図である。
図10】試料が金電極の上に酸化カーボンナノチューブを固定したものであり、第1の溶液が低濃度の場合における、差分値のコルチゾール濃度依存性を示すグラフである。
図11】試料が金電極および自己組織化単分子膜を用いたものであり、第1の溶液の濃度が低い場合における、差分値のコルチゾール濃度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0026】
図1図4を参照して、実施形態に係る、生体分子の抗原抗体反応を検出するための方法を説明する。図1は、実施形態に係る生体分子抗原抗体反応検出方法を説明するためのフローチャートである。図2(a)は実施形態に係る試料1の平面図を示し、図2(b)は実際に作製された試料1の電極3(金電極)の写真を示している。電極3上の黒い部分が酸化カーボンナノチューブである。図3は、試料1の電極3の断面の一部を模式的に示す図である。図4は、実施形態に係る電圧測定系100の概略的構成を示している。
【0027】
まず、電極3上に酸化カーボンナノチューブ(ox-CNT)4を固定化し、生体分子を選択的に捉える抗体5を酸化カーボンナノチューブに固定化して試料(バイオセンサ)1を作製する(ステップS1)。
【0028】
酸化カーボンナノチューブは表面に多くのカルボキシ基を有するため、多くの抗体を酸化カーボンナノチューブの表面に固定することが可能である。
【0029】
本実施形態では、生体分子はコルチゾールであり、抗体は抗コルチゾール抗体である。なお、生体分子および抗体は、これに限られず、たとえば、生体分子がミオグロビン、抗体が抗ミオグロビン抗体であってもよい。
【0030】
ステップS1において、電極3上への酸化カーボンナノチューブ4の固定化は、たとえば、スプレー法で酸化カーボンナノチューブを電極3上に物理吸着させることにより行う。また、酸化カーボンナノチューブへの抗体の固定化は、酸化カーボンナノチューブのカルボキシ基を活性化して抗体を化学結合させることにより行う。たとえば、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)およびN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)の溶液に、酸化カーボンナノチューブが固定化された電極3を順次浸漬することでカルボキシ基にNHSエステル末端を形成し、このエステル末端にアミド結合により抗体を化学結合させる。
【0031】
ここで、図2(a)、(b)および図3を参照して、ステップS1で作製された試料1の構成について説明する。
【0032】
試料1は、絶縁基板2と、絶縁基板2上に形成された電極3と、電極3上に固定化された酸化カーボンナノチューブ4と、酸化カーボンナノチューブ4に固定化された抗体5と、リード6と、パッド7とを有する。
【0033】
絶縁基板2は、ガラス等の絶縁材料からなる基板である。電極3は、金(Au)等の導電材料からなる電極である。本実施形態では、電極3は金蒸着膜からなる。なお、電極3は、金以外の導電材料から構成されてもよい。
【0034】
リード6は、電極3とパッド7を電気的に接続する。このリード6は、溶液と接しないように窒化ケイ素などの絶縁材料(図示せず)で被覆されている。
【0035】
パッド7は、試料1の電極3を電圧計130に電気的に接続するために設けられている。
【0036】
電極3は、リード6およびパッド7を介して電圧計130に電気的に接続される。詳しくは後述するが、電極3は、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液中に浸漬された基準電極120に、一端(マイナス端子)が電気的に接続された電圧計130の他端(プラス端子)に電気的に接続される。
【0037】
電圧計130は、試料1と基準電極120間の電圧(電位差)を測定するためのものであり、たとえばデジタルボルトメータである。電圧計130は、パソコン等の情報処理装置(図示せず)に通信可能に接続され、測定値が自動的に情報処理装置に記録されるようにしてもよい。
【0038】
基準電極120は、参照電極として一般に用いられるAg/AgCl電極である。なお、基準電極120はこれに限られず、飽和カロメル電極(Saturated Calomel Electrode:SCE)、標準水素電極(Standard Hydrogen Electrode: SHE)などであってもよい。
【0039】
次に、ステップS1で作製した試料1を、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液(以下、「第1の溶液」ともいう。)中に浸漬し、試料1の電極3と基準電極120との間の電圧を測定する(ステップS2)。
【0040】
具体的には、まず、図4に示すように、試料1のパッド7と電圧計130の間、および基準電極120と電圧計130の間をそれぞれ導線で接続して、電圧測定系100を構成する。そして、試料1を容器110の第1の溶液中に浸漬し、電圧計130により電極3と基準電極120間の電圧を測定する。この電圧が基準電圧である。基準電圧は時間経過によりわずかながら変化するため、経時的に基準電圧を記録することが好ましい。
【0041】
本実施形態では、第1の溶液は、フェリシアニド([Fe(CN)3-)とフェロシアニド([Fe(CN)4-)が平衡状態にある溶液である。フェリシアニドが酸化体であり、フェロシアニドが還元体である。この溶液は、たとえば、等モルのK[Fe(CN)]とK[Fe(CN)]を混合することにより調製される。
【0042】
なお、第1の溶液は、酸化体と還元体が平衡状態にある溶液であれば、これに限られず、たとえば、酸化体としてフェロセンメタノールカチオン(FeMeOH)、還元体としてフェロセンメタノール(FeMeOH)を含む溶液であってもよい。
【0043】
上記のようにして基準電圧を測定した後、第1の溶液から試料1を引き上げてリンスする(ステップS3)。リンスは、たとえば蒸留水で試料1を軽く濯ぐことにより行う。
【0044】
次に、生体分子が溶解した溶液(以下、「第2の溶液」ともいう。)に試料1を浸漬する(ステップS4)。
【0045】
本ステップにおいて試料1が第2の溶液に所定時間浸漬されることにより、電極3の酸化カーボンナノチューブ4に固定化された抗体5が、第2の溶液中の生体分子を選択的に捉える。本実施形態では、抗コルチゾール抗体が特異的吸着反応によりコルチゾールを吸着する。
【0046】
そして、所定時間が経過した後、試料1を第2の溶液から引き上げてリンスする(ステップS5)。リンスは、ステップS3の場合と同様に、たとえば蒸留水で試料1を軽く濯ぐことにより行う。
【0047】
次に、第1の溶液中に試料1を浸漬し、試料1の電極3と基準電極120との間の電圧を測定する(ステップS6)。
【0048】
具体的には、ステップS2の場合と同様に、第1の溶液中に試料1を浸漬した後、電極3と基準電極120との間の電圧を電圧計130で測定する。この際、電圧は時間経過により変化するため、経時的に電圧を記録することが好ましい。
【0049】
次に、ステップS6で測定された電圧からステップS2で測定された電圧(基準電圧)を差し引く(ステップS7)。これにより得られた差分値は、抗体5に捉えられた生体分子の量を反映した値である。
【0050】
なお、ステップS2およびステップS6において、経過時間とともに電圧を測定した場合は、同じ経過時間における電圧の差を上記差分値として求めるようにしてもよい。
【0051】
また、差分値は、電圧計130により測定される電圧値が安定してから算出するようにしてもよい。たとえば、ステップS2で測定された電圧の所定時間における時間変化率が第1の基準値以下であり、かつステップS6で測定された電圧の所定時間における時間変化率が第2の基準値以下になる時刻において差分値を算出するようにしてもよい。具体的には、電圧計130に接続された情報処理装置において、電圧計130が電圧を計測するたびに直近の所定時間(たとえば100秒)における電圧の時間変化率を求めるようにしておき、この時間変化率が所定の基準値以下(たとえば0.1mV以下)である場合に、計測された最新の電圧値は差分値を計算するために使用可能とする。
【0052】
また、上記説明した方法において、試料の作製精度や必要とされる測定精度に応じて、試料の校正に関連する工程は省略してもよい。すなわち、試料が量産化されるなどして作製精度が高く維持されている場合、あるいは所要の測定精度がそれほど高くない場合は、ステップS2、S3およびS7を省略してもよい。この場合、ステップS6で測定された電圧を用いて、抗体5に捉えられた生体分子の量を評価する。
【0053】
また、ステップS1は、試料1を作製する工程ではなく、すでに作製された試料1を用意する工程であってもよい。
【0054】
また、電圧計130による電圧の記録は、経時的に行うことに限られず、測定開始から所定の時間が経過した時点で行ってもよい。
【0055】
なお、ステップS1において、酸化カーボンナノチューブ4に抗体5を固定化した後に、不特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行ってもよい。このブロッキング処理において、酸化カーボンナノチューブ4のうち抗体と反応しなかった部分(NHSエステル末端など)を不活性な分子(トリエチレングリコールアミンなど)で覆う。ブロッキング処理を行うことにより、ステップS6において、酸化カーボンナノチューブ4の表面に予期せぬ分子が結合して試料1の感度が低下することを防止できる。
【0056】
以上説明した本実施形態に係る方法によれば、試料への通電を行うことなく、電圧計により試料の電位計測を行うだけで、生体分子の抗原抗体反応を検出することができる。したがって、従来のように外部電源や光源等を用意したり複雑な回路を構成する必要がなく、極めて単純な構成で簡易に生体分子の抗原抗体反応を検出することができる。
【0057】
また、本実施形態に係る方法は、電圧を印加して試料に流れる電流を測定するのではなく、単に試料の電位を測定するものであることから、電極のサイズを小さくしても検出感度を維持することができる。したがって、本実施形態は、最近研究が進展している集積化バイオセンサに好適である。
【実施例0058】
次に、上記の実施形態の実施例について説明する。
【0059】
本実施例では、直径2ミリメートルの金蒸着膜からなる円形の電極を電極3として、ガラス板である絶縁基板2上に形成した。電極3を形成した後、スプレー法で酸化カーボンナノチューブ4を電極3上に物理吸着させた。その後、以下の方法により、酸化カーボンナノチューブ4の表面のカルボキシ基に抗体5を固定化した。
【0060】
まず、カルボキシ基を有する酸化カーボンナノチューブ4をEDC溶液中に浸漬してO-オシルイソウレア中間体を形成した。その後すぐに絶縁基板2をNHS溶液に浸漬して、不安定なO-オシルイソウレア中間体を極めて安定性の高いNHSエステル末端に変換した。このようなエステル末端は、アミノ基との反応性が高く、アミノ基を有する抗体などのタンパク分子とアミド結合により化学結合する。本実施例では、NHSエステル末端に抗コルチゾール抗体を化学結合させた。
【0061】
上記のようにして酸化カーボンナノチューブ4に抗体5を固定化した後、本実施例では、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理を行った。本実施例のブロッキング処理では、抗体と反応せずに残留したエステル末端に、NH基を有する不活性な分子(ブロッキング材)を結合させる。ここでは、ブロッキング材としてトリエチレングリコールアミンを用いた。ブロッキング処理を行うことで、電極の酸化カーボンナノチューブの表面に抗体と未反応なNHSエステル末端が残留していても、残留したエステル末端がブロッキング材(第一級アミン)と化学結合して、酸化カーボンナノチューブの表面に予期せぬ分子の結合(非特異吸着)を引き起こすため、試料1(バイオセンサ)の選択性を損ねることを防止できる。
【0062】
第1の溶液としては、5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]と5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]が混合された溶液を用いた。第2の溶液としてはコルチゾール溶液を用い、具体的には、4種類のモル濃度(10-14、10-12、10-10、10-8mol/L)の溶液を用意した。各モル濃度のコルチゾール溶液について試料を20分間浸漬し、リンスした後、第1の溶液に浸漬して電圧を経時的に計測した。
【0063】
図5は、電圧測定系100で測定された電圧と時間との関係を示すグラフである。図5において、0(mol/L)の測定データは、基準電圧を示している。この結果から分かるように、測定電圧は約500秒後に安定しており、安定後の電圧は、試料1が事前に浸漬されたコルチゾール溶液の濃度に応じて大きく変化する。
【0064】
図6は、コルチゾール溶液の濃度に対する差分値ΔVをプロットしたグラフである。図6では、製造メーカの異なる2つのデジタルボルトメータに対する差分値をプロットしている。差分値は、前述のステップS7により求まる電圧の差である。ここでは、測定開始から1500秒経過した時点における電圧値を使用して差分値を算出した。なお、電圧が安定している時点であれば、他の時点の測定値を使用してもよい。図6の結果から、10-10mol/L以上の濃度では若干飽和する傾向にあるものの、差分値ΔVがコルチゾール溶液の濃度(すなわち、抗コルチゾール抗体に吸着したコルチゾールの量)を反映した値となっていることが分かる。
【0065】
次に、このように試料(電極3)の電位が変化する理由について考察する。
【0066】
コルチゾールの等電点は約5.2であるため、図7に示すように、第1の溶液において、抗体に捉えられたコルチゾールは負に帯電する。酸化カーボンナノチューブは実効表面積が大きいため、多くの抗体が酸化カーボンナノチューブに固定化される。このため、負電荷を帯びたコルチゾールの量も多くなり、酸化カーボンナノチューブの表面付近はより負に帯電する。その結果、試料1の電極3付近においてフェリシアニドとフェロシアニドの平衡状態が崩れる。すなわち、静電相互作用によってフェロシアニド([Fe(CN)4-)が抗体から遠ざかるため、電極3付近ではフェリシアニド([Fe(CN)3-)の濃度が増加する。
【0067】
下記のネルンストの式によれば、電極3の電位は酸化体と還元体の濃度比(すなわち、[Fe(CN)3-/[Fe(CN)4-)に依存するため、当該濃度比の変動に応じて電極3の電位が変化する。具体的には、酸化カーボンナノチューブの表面付近が負に帯電することで電極3付近では[Fe(CN)4-が減少し[Fe(CN)3-が増加することから、上記濃度比が増加して電極3の電位が高くなる。
【0068】
【数1】
ここで、E:電極の電位,E:標準電極電位,R:気体定数,T:温度,F:ファラデー定数である。
【0069】
なお、溶液の平衡状態を大きく崩して電位変化を大きくするために、酸化体のモル濃度と還元体のモル濃度が等しいことが好ましい。
【0070】
次に、本実施例の試料と、電極上に自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer:SAM)を形成した試料との比較結果について説明する。
【0071】
比較用の試料は、メルカプトウンデカン酸(MUA)を用いて金電極の上に自己組織化単分子膜を形成し、MUAのカルボキシ基を活性化して抗体を化学結合させたものである。それ以外の構成は、実施例に係る試料と同じである。
【0072】
図8に示すように、実施例に係る試料(ox-CNT)では差分値ΔVがコルチゾール溶液の濃度に応じて大きく変化するのに対し、比較例に係る試料(SAM)では差分値の濃度依存性がほとんど見られない。比較例の試料ではコルチゾールを有効に検出することができない。これは、図9に模式的に示すように、比較例に係る試料では実施例に係る試料に比べて、MUAの表面積が酸化カーボンナノチューブに比べて少ないため、固定化された抗体の量が実施例の試料に比べて少ないためと考えられる。
【0073】
以上説明したように、本実施形態ないし実施例は、実効表面積の大きい酸化カーボンナノチューブを用いて多くの抗体を固定化した試料を作製もしくは用意し、試料の抗体に特異的に吸着した生体分子の帯電により、電極付近における、酸化体と還元体を含む溶液の平衡状態を崩し、それにより、電極の電位を抗体に吸着した生体分子の量に応じた電位に変化させて生体分子を検出できるようにしたものである。
【0074】
その結果、従来のように試料に通電したり光を照射したりすることなく、試料の電位を計測するだけで生体分子の抗原抗体反応を高い感度で検出することができる。
【0075】
その後、本発明者らの継続的な研究によれば、第1の溶液の濃度が低くすると、電極の電位が高くなり、抗原抗体反応の検出感度が向上することが判明した。図10は、図6と同様に、コルチゾール溶液の濃度に対する差分値ΔVをプロットしたグラフである。図10では、酸化カーボンナノチューブ4に抗体5を固定した電極(抗体あり)と、酸化カーボンナノチューブ4に抗体5を固定しない電極(抗体なし)の2種類の電極に対する測定結果が示されている。第1の溶液として、図6の場合の半分の濃度、すなわち、2.5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]と2.5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]が混合された溶液を用いた。
【0076】
図10から分かるように、酸化カーボンナノチューブ4に抗体5を固定した電極(抗体あり)では、図6と比較して差分値ΔVが大幅に増加している。この理由として、酸化体および還元体の濃度が低いほど、そのイオン比(ここでは[Fe(CN)3-/[Fe(CN)4-)は、生体分子(ここではコルチゾール)が抗体に吸着されることによる電極表面の電荷変動の影響を大きく受けるためと考えられる。帯電した電極の表面は、水溶液中のイオンに静電気力をデバイ長にわたって及ぼすことが知られている。デバイ長は、1/√Cに比例する(Cはイオン濃度)。つまり、イオン濃度が低くなるほどデバイ長は増加する。現時点で詳細なメカニズムは明らかでないが、酸化体および還元体の濃度が低くなり、デバイ長が増加するにつれて、電極近傍におけるイオン比が増加するものと考えられる。
【0077】
このように第1の溶液の濃度が低くなるほど電極の電位が高くなると考えられる。実際には、濃度が低すぎると電圧が不安定になり、安定した検出を行うことが困難となる。本発明者らの研究によれば、第1の溶液の濃度は、2.5±1.5ミリモルの範囲内であることが好ましく、2.5±1.0ミリモルの範囲内にあることがより好ましい。
【0078】
また、本発明者らが行った実験によれば、上記比較例で説明した試料(SAM)についても、第1の溶液の濃度が低い場合において電極の電位上昇が測定された。図11は、コルチゾール溶液の濃度に対する差分値ΔVをプロットしたグラフである。ここでは、第1の溶液として、図10で説明した実験と同様に、2.5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]と2.5ミリモル(mM)のK[Fe(CN)]が混合された溶液を用いた。試料としては、上記比較例と同じもの、すなわち、電極が金からなる金電極であり、金電極に自己組織化単分子膜を介して抗体が固定された試料を使用した。
【0079】
図11のグラフから分かるように、図10の場合に比べると電位の上昇が小さいものの、図6の場合と同程度の電位上昇が確認された。このことから、酸化カーボンナノチューブを用いない試料であっても、第1の溶液の濃度を低くすることで、生体分子の抗原抗体反応を検出することができる。
【0080】
以上説明したように、本願に係る生体分子の抗原抗体反応検出方法は、試料が酸化カーボンナノチューブを有しない場合であっても適用可能である。本願の方法は、電圧を印加して試料に流れる電流を測定するのではなく、単に試料の電位を測定するだけで、生体分子の抗原抗体反応を検出することを可能とするものである。
【0081】
上記の記載に基づいて、当業者であれば、本発明の追加の効果や種々の変形を想到できるかもしれないが、本発明の態様は、上述した実施形態に限定されるものではない。特許請求の範囲に規定された内容およびその均等物から導き出される本発明の概念的な思想と趣旨を逸脱しない範囲で体々の追加、変更および部分的削除が可能である。
【符号の説明】
【0082】
1 試料
2 絶縁基板
3 電極
4 酸化カーボンナノチューブ
5 抗体
6 リード
7 パッド
100 電圧測定系
110 容器
120 基準電極
130 電圧計
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11