(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023165489
(43)【公開日】2023-11-16
(54)【発明の名称】細胞固定化用基材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20231109BHJP
C12N 11/02 20060101ALI20231109BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20231109BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N11/02
C12N5/0735
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076539
(22)【出願日】2022-05-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、研究タイプ「個人型研究(さきがけ)」、研究領域「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」、研究題目「光応答性細胞固定化剤表面を用いた1細胞操作技術の開発と応用」、産業技術力強化法第17条の適用を受けるもの
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲志
(72)【発明者】
【氏名】小阪 高広
(72)【発明者】
【氏名】岡本 晃充
(72)【発明者】
【氏名】大橋 友紀
(72)【発明者】
【氏名】舘野 浩章
【テーマコード(参考)】
4B033
4B065
【Fターム(参考)】
4B033NA02
4B033NA16
4B033NA42
4B033NA43
4B033NB02
4B033NB34
4B033NC03
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4B033NF07
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065BC41
4B065BD14
4B065CA44
(57)【要約】 (修正有)
【課題】細胞に損傷を与えず、添加物を加えることなくiPS細胞等の標的細胞を固定化・分別することができる細胞固定化用基材の製造方法を提供する。
【解決手段】(A)基材の表面全体又は一部を、式L-M―N(式中、Lは、基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である)で示される構造を有する化合物を含む第1の表面修飾剤で修飾する工程;(B)標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤を前記基材上に添加する工程;及び(C)第1の表面修飾剤における連結基Nと、第2の表面修飾剤におけるアジド基が共有結合を形成することにより、基材の表面に前記細胞結合性タンパク質を修飾した細胞固定化用基材を得る工程を含む、所定の標的細胞を基材上に固定するための細胞固定化用基材の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の標的細胞を基材上に固定するための細胞固定化用基材の製造方法であって、
(A)前記基材の表面全体又は一部を第1の表面修飾剤で修飾する工程であって、前記第1表面修飾剤が以下に示す構造を有する化合物を含み、
L-M―N
式中、Lは、前記基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である、該工程;
(B)前記標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、当該細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤を前記基材上に添加する工程;及び
(C)前記第1の表面修飾剤における前記連結基Nと、前記第2の表面修飾剤におけるアジド基が共有結合を形成することにより、前記基材の表面に前記細胞結合性タンパク質を修飾した細胞固定化用基材を得る工程
を含む、該製造方法。
【請求項2】
前記工程(B)の前に、前記第1の表面修飾剤で修飾した前記基材の表面に特定波長の光を照射する工程を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記細胞固定化用基材が、特定の表面領域のみに前記細胞結合性タンパク質が存在するパターン化された表面修飾を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第2の表面修飾剤が、前記細胞結合性タンパク質の1分子当たり1~2.5個のアジド基を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記連結基Nが、アルキニル基、又はアルキニル基に保護基を導入した基を含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記連結基Nが、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)又はその前駆体を含む構造を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
前記親水性鎖Mが、親水性ポリマーを含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
前記親水性鎖Mが、ポリアルキレングリコールを含む、請求項1に記載の製造方法。
【請求項9】
前記基材結合部Lが、前記基材の表面と共有結合により結合し得る置換基を有する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
前記標的細胞が、幹細胞である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項11】
前記幹細胞が、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)又は胚性幹細胞(ES細胞)である、請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
前記細胞結合性タンパク質が、レクチン又は抗体である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項13】
前記レクチンが、BC2LCNレクチン又はその改変体である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか1に記載の製造方法により得られた細胞固定化用基材に細胞を固定化する方法であって、
前記細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材の表面に前記標的細胞を固定化する工程を含む、該方法。
【請求項15】
請求項14に記載の方法により固定化された細胞を回収する方法であって、
前記細胞固定化用基材の表面を糖溶液又は酵素溶液で処理することにより、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程を含む、該方法。
【請求項16】
所定の標的細胞を固定化するための基材用の表面修飾剤であって、
以下の構造:
L-M―N
(式中、Lは、基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である。)。
で表される化合物を含む、該表面修飾剤。
【請求項17】
前記連結基Nが、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)又はその前駆体を含む構造を有する、請求項16に記載の表面修飾剤。
【請求項18】
以下の構造を有する化合物から選択される、請求項16に記載の表面修飾剤:
【請求項19】
細胞固定化用基材の表面修飾に用いるためのキットであって
請求項16~18のいずれか1に記載の表面修飾剤、及び、
標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する化合物
を格納したキット。
【請求項20】
前記細胞結合性タンパク質が、レクチン又は抗体である、請求項19に記載のキット。
【請求項21】
細胞固定化用基材であって、
以下の構造:
L-M―N
(式中、Lは、基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である。)。
で表される化合物を含む、第1の表面修飾剤;及び、
所定の標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、当該細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤
で修飾された表面を有する、該基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞等の標的細胞を選択的に固定化するための細胞固定化用基材の製造方法、及び当該細胞固定化用基材を用いた細胞の固定化・回収方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト人工多能性幹細胞(induced pluripotent cell:iPS)細胞は、あらゆる細胞に分化する多能性と、無限に増殖できる自己複製能を兼ね備えている。iPS細胞は4種の遺伝子を導入するだけで様々な体細胞から調製できるため、疾患によって機能を失った細胞や組織を補充して治療する細胞療法や再生医療への応用が期待され、実際に臨床応用が進められている(非特許文献1)。また、主に先天的な疾患の患者の細胞からiPS細胞を調製し、基礎研究や創薬のための病態モデルの開発も進められている(非特許文献2)。ここで、近年の技術開発により、iPS細胞の誘導効率はかなり高くはなってきたものの、元になる細胞の由来や細胞株によっては、高い未分化能を獲得した細胞の割合は極めて低い場合も多い。従って、細胞集団の中からiPS細胞を選択的に単離する技術は、iPS細胞の応用の鍵となる重要な技術である。
【0003】
一方、医療応用においては、iPS細胞から分化させて調製した治療用細胞や組織の中に未分化iPS細胞、または、分化が不十分な細胞種が混入し、がん化や組織の奇形化などを引き起こすことが問題となっている(非特許文献3)。従って、iPS細胞から分化させて調製した治療用細胞からiPS細胞を選択的に除去する技術も必要不可欠である。
【0004】
また、iPS細胞を基板の特定の領域のみに捕捉することができれば、細胞パターンの分化への影響を明らかにし、分化後はパターニングが困難な細胞を予めパターニングしてから分化誘導することもできるため、基礎研究や組織工学にとって有用なツールとなり得る。近年、個々の細胞の多様性が注目されており、特にiPS細胞の分化能には大きなばらつきがあることが知られている。そこで、iPS細胞の1細胞アレイを構築し、その分化過程のばらつきを網羅的に観察することができれば、iPS細胞の初期形態などの情報からその分化能を予測する技術の開発にもつながる。従って、所望の領域にのみiPS細胞を捕捉する技術も極めて重要である。
【0005】
この点に関して、iPS細胞を単離する古典的な技術として、コロニーをピッキングする方法や、多能性細胞に特有の転写因子(“Nanog”など)によって外来の抗生物質耐性遺伝子を発現させる選択法が用いられてきた(非特許文献4)。しかし、前者の手法は精度が悪いという問題があり、後者の手法は余計な外来遺伝子の導入が治療への応用の足枷となり得る。また、蛍光タンパク質遺伝子を発現させてFACSで選別する技術にも同様の課題がある。未分化細胞に特有の細胞表層分子(未分化マーカー、TRA-1-60、 SSEA-4)に対する抗体を用いてFACSやMACSでiPS細胞を単離する技術が報告されている(非特許文献5及び6)。しかし、そもそもFACSは細胞を物理的に傷つけることが指摘されており、また、MACSは細胞表層や細胞内に集積された磁気ビーズがその後の医療応用の問題となる。したがって、細胞に損傷を与えず、その後の応用の問題となる遺伝子や添加物を加えることなくiPS細胞を単離する技術が求められている。
【0006】
一方、治療用細胞に混入するiPS細胞を除去する技術として、同様にFACSを用いることも可能であるが、細胞への物理的損傷の課題が存在する。iPS細胞と分化させた心筋細胞とのエネルギー代謝の違いを利用して、心筋細胞以外の細胞が死滅する乳糖ベースの培地で培養してiPS細胞を除去する方法が報告されている(非特許文献7)が、かかる手法は心筋細胞にしか応用できない。これに対し、多能性幹細胞内でのみ活性の高いマイクロRNA(miRNA-302)を感知して抗生物質耐性遺伝子の発現をスイッチするメッセンジャーRNAを合成し、細胞内に導入することで、iPS細胞や部分的に分化したiPS細胞のみ抗生物質耐性を低下させて特異的に識別・除去する手法が開発されている(非特許文献8)。しかし、かかる手法のように、治療用細胞に外来の抗生物質耐性遺伝子を導入することは、その後の医療応用の問題となる。したがって、細胞に損傷を与えず、遺伝子を加えることなくiPS細胞を除去する技術も求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Mandai, M., et al., N. Engl. J. Med. 2017, 376, 1038-1046
【非特許文献2】Matsumoto, R., et al., J Clin Invest. 2020, 130, 641-6540
【非特許文献3】Koyanagi-Aoi, M., et al., Natl. Acad. Sci. USA 2013, 110, 20569-20574
【非特許文献4】Hotta A., et al., Nat. Methods 2009, 6, 370-376
【非特許文献5】Valamehr B., et al., Sci. Rep. 2012, 2, 00213
【非特許文献6】Yang W., et al., PLoS ONE 2015, 10, e0134995
【非特許文献7】Tohyama H., et al., Cell Stem Cell 2013, 12, 127-137
【非特許文献8】Parr C. J. C., et al., Sci. Rep. 2016, 6, 32532
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、従来のiPS細胞の単離方法や除去方法の問題点を解決すべく、細胞に損傷を与えず、その後の医療応用に問題となるような添加物を加えることなくiPS細胞等の標的細胞を固定化・分別することができる新規手法を開発することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、iPS細胞等の標的細胞のみを選択的、かつ十分な強度で捕捉し得る細胞結合性タンパク質を、その結合活性を損なうことなく基材表面に修飾可能な技術を開発し、本発明を完成するに至ったものである。
【0010】
すなわち、本発明は、一態様において、iPS細胞等の標的細胞を選択的に捕捉可能な表面修飾を付与した細胞固定化用基材の製造方法に関し、より具体的には、
<1>所定の標的細胞を基材上に固定するための細胞固定化用基材の製造方法であって、(A)前記基材の表面全体又は一部を第1の表面修飾剤で修飾する工程であって、前記第1表面修飾剤が以下に示す構造を有する化合物を含み、
L-M―N
式中、Lは、前記基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である、該工程;(B)前記標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、当該細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤を前記基材上に添加する工程;及び(C)前記第1の表面修飾剤における前記連結基Nと、前記第2の表面修飾剤におけるアジド基が共有結合を形成することにより、前記基材の表面に前記細胞結合性タンパク質を修飾した細胞固定化用基材を得る工程を含む、該製造方法;
<2>前記工程(B)の前に、前記第1の表面修飾剤で修飾した前記基材の表面に特定波長の光を照射する工程を含む、上記<1>に記載の製造方法;
<3>前記細胞固定化用基材が、特定の表面領域のみに前記細胞結合性タンパク質が存在するパターン化された表面修飾を有する、上記<1>に記載の製造方法;
<4>前記第2の表面修飾剤が、前記細胞結合性タンパク質の1分子当たり1~2.5個のアジド基を有する、上記<1>に記載の製造方法;
<5>前記連結基Nが、アルキニル基、又はアルキニル基に保護基を導入した基を含む、上記<1>に記載の製造方法;
<6>前記連結基Nが、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)又はその前駆体を含む構造を有する、上記<1>に記載の製造方法;
<7>前記親水性鎖Mが、親水性ポリマーを含む、上記<1>に記載の製造方法;
<8>前記親水性鎖Mが、ポリアルキレングリコールを含む、上記<1>に記載の製造方法;
<9>前記基材結合部Lが、前記基材の表面と共有結合により結合し得る置換基を有する、上記<1>に記載の製造方法;
<10>前記標的細胞が、幹細胞である、上記<1>に記載の製造方法;
<11>前記幹細胞が、誘導性多能性幹細胞(iPS細胞)又は胚性幹細胞(ES細胞)である、上記<10>に記載の製造方法;
<12>前記細胞結合性タンパク質が、レクチン又は抗体である、上記<1>に記載の製造方法;
<13>前記レクチンが、BC2LCNレクチン又はその改変体である、上記<12>に記載の製造方法;
を提供するものである。
【0011】
また、別の態様において、本発明は、上記細胞固定化用基材を用いた細胞固定化方法及び細胞回収方法にも関し、より具体的には、
<14>上記<1>~<13>のいずれか1に記載の製造方法により得られた細胞固定化用基材に細胞を固定化する方法であって、前記細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材の表面に前記標的細胞を固定化する工程を含む、該方法;
<15>上記<14>に記載の方法により固定化された細胞を回収する方法であって、前記細胞固定化用基材の表面を糖溶液又は酵素溶液で処理することにより、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程を含む、該方法。
を提供するものである。
【0012】
更なる態様において、本発明は、上記細胞固定化用基材の表面修飾に好適な基材用面修飾剤、当該表面修飾剤を含むキット、及び当該表面修飾剤で表面修飾した細胞固定化用基材にも関し、より具体的には、
<16>所定の標的細胞を固定化するための基材用の表面修飾剤であって、
以下の構造:
L-M―N
(式中、Lは、基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である。)。で表される化合物を含む、該表面修飾剤;
<17>前記連結基Nが、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)又はその前駆体を含む構造を有する、上記<16>に記載の表面修飾剤;
<18>以下の構造を有する化合物から選択される、上記<16>に記載の表面修飾剤:
【化1】
<19>細胞固定化用基材の表面修飾に用いるためのキットであって上記<16>~<18>のいずれか1に記載の表面修飾剤、及び、標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する化合物を格納したキット;
<20>前記細胞結合性タンパク質が、レクチン又は抗体である、上記<19>に記載のキット;
<21>細胞固定化用基材であって、
以下の構造:
L-M―N
(式中、Lは、基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である。)。
で表される化合物を含む、第1の表面修飾剤;及び、所定の標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、当該細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤で修飾された表面を有する、該基材
を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来技術ではなし得なかった以下の効果を奏することができる:
(1)レクチンに代表される細胞結合性タンパク質の結合活性を維持したまま基材表面に修飾でき、これにより、iPS細胞等の標的細胞を選択的かつ高密度に捕捉することができる点:
(2)標的細胞を細胞固定化用基材に播種した後、捕捉されなかった遊離の細胞を洗浄等によって除くという極めて簡便迅速な操作で、標的細胞のみを基材表面に固定化できる点:
(3)従来の一般的な手法と同様の操作を用いて、固定化された標的細胞を簡便に回収できる点:
(4)光応答性の表面修飾剤を用いることにより、標的細胞を精緻なパターンで配置・固定化できる点。
(5)表面修飾剤で修飾した本発明の細胞固定化用基材は、長期間乾燥状態で保存可能な点。
【0014】
例えば、本発明をiPS細胞の固定化・回収に適用することで、高品質のiPS細胞を簡便に純化するためのツールとしての実用化が期待される。従来、iPS細胞の品質のバラつきや、治療用細胞へのiPS細胞の混入が、臨床応用への大きな妨げになっていたところ、本発明は、iPS細胞を細胞資源とした細胞加工産業への応用に向けたこれらの課題に対して極めて安価で簡便な解決策となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施例で合成したレクチン含有表面修飾剤について、ゲルシフトアッセイによるrBC2LCNに対するアジド基修飾量を示すものである。
【
図2】
図2(a)は、DBCO含有表面修飾剤(化合物2)を修飾した表面で光照射領域選択的に捕捉されたCalcein-AM染色iPS細胞の蛍光像であり;(b)は、画像解析ソフトウェアを用いて基材表面上の細胞密度を定量したグラフである(UV+:光照射あり、UV-:光照射なし)。
【
図3】
図3は、実施例3のiPS細胞捕捉実験の手順を示す概略図である。
【
図4】
図4は、低アジ化レクチン(アジド基修飾量が平均1.1個のrBC2LCN-azide)及び高アジ化レクチン(アジド基修飾量が平均3.0個のrBC2LCN-azide)を用いた場合について、それぞれ捕捉されたCalcein-AM染色iPS細胞を示す蛍光像である。
【
図5】
図5aは、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を修飾した基板上に2種類の細胞を含む混合懸濁液を作用させた場合に固定化された細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図5bは、レクチンを有していないアジド化PEG脂質(Oleyl-PEG-azide)を修飾した基板上に2種類の細胞を含む混合懸濁液を作用させた場合に固定化された細胞の蛍光顕微鏡画像である。
図5cは、Oleyl-PEG-azideの分子構造である。
図5dは、rBC2LCN-azideを修飾した基板表面に捕捉された細胞をタンパク質分解酵素で処理した後の基板上の細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図5eは、Oleyl-PEG-azideを修飾した基板表面に捕捉された細胞をタンパク質分解酵素で処理した後の基板上の細胞の蛍光顕微鏡画像である。
図5f及びgは、rBC2LCN-azideとOleyl-PEG-azideのそれぞれを修飾した基板上における酵素処理前後の細胞密度の変化を、画像解析ソフトウェアを用いて定量したグラフである。
【
図6】
図6aは、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を修飾した基板上にiPS細胞とiPS細胞由来神経前駆細胞との混合懸濁液を作用させた場合に捕捉された細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図6bは、レクチンを有していないアジド化PEG脂質(Oleyl-PEG-azide)を修飾した基板上にiPS細胞とiPS細胞由来神経前駆細胞との混合懸濁液を作用させた場合に捕捉された細胞の蛍光顕微鏡画像である(神経前駆細胞は赤色蛍光色素で、未分化のiPS細胞はrBC2LCN-FITCでそれぞれ染色されている)。
図6cは、rBC2LCN-azideとOleyl-PEG-azideのそれぞれを修飾した基板上の光照射領域における細胞密度を、画像解析によって定量化したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0017】
1.本発明の細胞固定化用基材の製造方法
本発明の第1の態様は、所定の標的細胞を基材上に固定するための細胞固定化用基材の製造方法であって、以下の工程(A)~(C)を含むことを特徴とする:
(A)前記基材の表面全体又は一部を第1の表面修飾剤で修飾する工程であって、前記第1表面修飾剤が以下に示す構造を有する化合物を含み、
L-M―N
式中、Lは、前記基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である、該工程;
(B)前記標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を含み、当該細胞結合性タンパク質にアジド基を連結した構造を有する第2の表面修飾剤を前記基材上に添加する工程;及び
(C)前記第1の表面修飾剤における前記連結基Nと、前記第2の表面修飾剤におけるアジド基が共有結合を形成することにより、前記基材の表面に前記細胞結合性タンパク質を修飾した細胞固定化用基材を得る工程。
【0018】
すなわち、まず工程(A)において、第1の表面修飾剤を添加して基材表面の修飾を行い、次いで、工程(B)において、さらに第2の表面修飾剤を基材上に添加するという2段階で基材の表面修飾を行う。ここで、第1の表面修飾剤は分子内にアジド基と共有結合し得る連結基を有するため、第2の表面修飾剤を添加した際に、第2の表面修飾剤が分子内に有するアジド基と反応することにより、工程(C)において、第1の表面修飾剤の上層に第2の表面修飾剤が共有結合により連結させ、第2の表面修飾剤を最表面に有する細胞固定化用基材を得ることができる。そして、第2の表面修飾剤は、標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質を有しているため、基材表面に修飾された当該細胞結合性タンパク質によって標的細胞を選択的に補足し、基材表面上に固定化することができるのである。
【0019】
固定化の対象となる標的細胞には、動物細胞、植物細胞、昆虫細胞、原核細胞、真菌細胞などを含むことができ、一般に培養器具等の担体表面に接着・伸展せず、懸濁または沈殿状態で増殖する「浮遊細胞」と呼ばれるもの(例えば血球細胞)や、担体表面に接着・伸展する「接着細胞」をEDTA-トリプシン、ディスパーゼ等の適当な分散剤で担体から分散させ、一時的に浮遊させたもの(例えばEDTA液で担体から剥離した線維芽細胞)、および担体に接着した状態の細胞を含む。また、リポソーム、エキソソーム、細菌、ウイルス、オルガネラ、細胞壁を除去した植物細胞(プロトプラスト)等の表面にリン脂質二重膜を有する生命体も含まれる。また、本発明の細胞固定化用基材によれば、これら以外にも、脂質コート粒子など脂質を有する物質を固定化することもできる。
【0020】
好ましくは、標的細胞は、幹細胞である。「幹細胞」は、一般に、未分化状態を保持したまま増殖できる「自己再生能」と、三胚葉系列すべてに分化できる「分化多能性」とを有する未分化細胞と定義されている。本発明の細胞固定化用基材による固定化の対象となる幹細胞(多分化能幹細胞)は、自己再生能及び分化多能性を有する未分化細胞であって、少なくとも多能性幹細胞(pluripotent stem cell)及び複能性幹細胞(multipotent stem cell)を包含する。幹細胞としては、特に、胚性幹細胞(Embryonic stem cell:ES細胞)及び体細胞に初期化因子を導入して得られる誘導性多能性幹細胞(induced pluripotent cell:iPS細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。なお、複能性幹細胞は、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞及び生殖幹細胞等の体性幹細胞等を含む。本発明において、単に「細胞」と記載する場合は、幹細胞と分化細胞(体細胞)の両方を含む意味で用いるものとする。本発明において標的細胞は、好ましくはiPS細胞である。したがって、本発明の細胞固定化用基材は、特にiPS細胞を固定化するために好適である。
【0021】
以下では、本発明の製造方法における各工程について具体的に説明する。
【0022】
1-1.工程(A)
上述のように、工程(A)は、基材の表面全体又は一部を第1の表面修飾剤で修飾する工程であって、これにより第1の表面修飾剤の層が基材上に構成される。第1の表面修飾剤の層は、後の工程で第2の表面修飾剤を連結させるための、いわば下地層であるということができる。第1の表面修飾剤は、好ましくは、基材の表面に単分子膜状に配列される。
【0023】
<第1の表面修飾剤>
第1表面修飾剤は、基材の表面に結合するための部位、親水性鎖の部位及び、第2の表面修飾剤におけるアジド基と連結するための部位という3つの部位を有する。具体的には、第1表面修飾剤は、以下に示す構造を有する化合物を含む。
L-M―N
【0024】
式中、式中、Lは、前記基材の表面に結合し得る基材結合部であり、Mは、親水性鎖であり、Nは、アジド基と共有結合し得る連結基である。
【0025】
基材結合部Lは、好ましくは、前記基材の表面と共有結合により結合し得る置換基を有する。かかる置換基としては、好ましくは、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等の活性エステル基、カルボキシル基、シラノール基、ジスルフィド基、又はチオール基を用いることができる。後述のように、基材表面にコラーゲン等の被覆層を用いる場合には、これら被覆層と結合し得る官能基を用いることができ、例えば、コラーゲン被覆層の場合には、コラーゲン中のアミノ基と共有結合し得る活性エステル基が好ましく、特にNHS基を有することが好ましい。
【0026】
例えば、基材結合部Lは、以下に示す官能基を用いることができる(式中、矢印は親水性鎖Mへの結合点を表している)。
【化2】
【0027】
なお、基材結合部Lとしてポリペプチドや核酸を採用し、それらと結合可能な物質を表面に有する基材と反応させて、第1の修飾剤を基材表面に固定化することもできる。例えば、相補的なDNA鎖の組み合わせ;ビオチンとアビジンとの組み合わせなどを用いることもできる。
【0028】
親水性鎖Mは、好ましくは、親水性ポリマーにより構成される。かかる親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリペプチド、ポリアクリルアミド、およびデキストラン等の多糖類、あるいはグリコール酸誘導体や乳酸誘導体、p-ジオキサン誘導体の重合体や共重合体等を用いることができる。ポリアルキレングリコールとしては、好ましくは炭素数2~4のオキシアルキレン単位の重合体であり、その平均重合数が2~500(好ましくは、45~500)の範囲であるものを用いることができる。当該親水性ポリマーは、生体適合性のポリマーであることが好ましく、ポリエチレングリコール(PEG)であることがより好ましい。親水性鎖Mは、さらに任意の置換基を有していてもよい。
【0029】
連結基Nとしては、第2の表面修飾剤におけるアジド基と共有結合し得る官能基であれば当該技術分野において公知のものを用いることができる。典型的には、連結基Nは、アルキニル基、又はアルキニル基に保護基を導入した基、或いはそれらの基を含む官能基や部分構造であることができる。この場合の保護基としては、特に限定されないが、例えば、シクロプロペノン等の環状ケトンを挙げることができる。
【0030】
かかるアルキニル基又はアルキニル基に保護基を導入した基を含む部分構造としては、好ましくは、ジベンゾシクロオクチン(DBCO)又はその前駆体を含む構造であることができる。また、DBCOの前駆体としては、DBCOのアルキニル基部分に保護基を付与して保護した構造が含まれ得る。DBCOは、任意の置換基を有していてよい。
【0031】
DBCOは、任意の置換基を有していてもよい。本明細書において、「置換基を有していてもよい」と定義されている場合には、置換基の種類、置換位置、及び置換基の個数は特に限定されず、2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。置換基としては、例えば、アルキル基、アルコキシ基、水酸基、カルボキシル基、ハロゲン原子、スルホ基、アミノ基、アルコキシカルボニル基、オキソ基などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。これらの置換基にはさらに置換基が存在していてもよい。DBCOにおける置換基は、特に限定されないが、好ましくは、メトキシ基等のアルコキシ基である。
【0032】
DBCO又はその前駆体を含む連結基Nの非限定的な例としては、以下の構造を挙げることができる。
【化3】
【0033】
上記L、M、Nの各部位の連結は、例えば、アミド結合やエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、カルバメート結合、チオカルバメート結合、トリアゾール結合、尿素結合等の共有結合を用いることができる。なお、基材結合部Lと親水性鎖Mとの連結、及び、親水性鎖Mと連結基Nとの連結は、同一の異なる結合様式であってもよいし、異なる結合様式であることもできる。
【0034】
また、一態様において、上記L、M、Nの各部位の間に、任意のリンカーが存在することができる。そのようなリンカーは、特に限定されないが、例えば、C6-14アリーレン基又はC1-10アルキレン基である。ここで前記アルキレン基中の炭素原子は1~5個のオキソ基で置換されていてもよく、隣接する炭素原子同士が1~5個の不飽和結合で結ばれていてもよく、そして前記アルキレン基中の炭素原子のうち、1~4個の炭素原子がNH、N(C1-10アルキル)、O又はSで置き換えられていてもよい。場合により、LとMとの間及びMとNの間は、それぞれ独立して、アルキレン構造、アミド構造、エステル構造、アミノ構造、及びエーテル構造からなる群から選択される構造を有することが好ましい。
【0035】
本明細書中において、「アルキル又はアルキル基」は直鎖状、分枝鎖状、環状、又はそれらの組み合わせからなる脂肪族炭化水素基のいずれであってもよい。アルキル基の炭素数は特に限定されないが、例えば、炭素数1~20個(C1~20)、炭素数1~15個(C1~15)、炭素数1~10個(C1~10)である。本明細書において、アルキル基は任意の置換基を1個以上有していてもよい。例えば、C1~8アルキルには、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、n-ペンチル、イソペンチル、neo-ペンチル、n-ヘキシル、イソヘキシル、n-ヘプチル、n-オクチル等が含まれる。該置換基としては、例えば、アルコキシ基、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよい)、アミノ基、モノ若しくはジ置換アミノ基、置換シリル基、又はアシルなどを挙げることができるが、これらに限定されることはない。アルキル基が2個以上の置換基を有する場合には、それらは同一でも異なっていてもよい。アルキル部分を含む他の置換基(例えばアルコキシ基、アリールアルキル基など)のアルキル部分についても同様である。
【0036】
本明細書中において、「アルキレン」とは、直鎖状または分枝状の飽和炭化水素からなる二価の基であり、例えば、メチレン、1-メチルメチレン、1,1-ジメチルメチレン、エチレン、1-メチルエチレン、1-エチルエチレン、1,1-ジメチルエチレン、1,2-ジメチルエチレン、1,1-ジエチルエチレン、1,2-ジエチルエチレン、1-エチル-2-メチルエチレン、トリメチレン、1-メチルトリメチレン、2-メチルトリメチレン、1,1-ジメチルトリメチレン、1,2-ジメチルトリメチレン、2,2-ジメチルトリメチレン、1-エチルトリメチレン、2-エチルトリメチレン、1,1-ジエチルトリメチレン、1,2-ジエチルトリメチレン、2,2-ジエチルトリメチレン、2-エチル-2-メチルトリメチレン、テトラメチレン、1-メチルテトラメチレン、2-メチルテトラメチレン、1,1-ジメチルテトラメチレン、1,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジメチルテトラメチレン、2,2-ジ-n-プロピルトリメチレン等が挙げられる。
【0037】
本明細書中において用いられる「アミド又はアミド基」とは、RNR’CO-(R=アルキルの場合、アルキルアミノカルボニル-)およびRCONR’-(R=アルキルの場合、アルキルカルボニルアミノ-)の両方を含む。
【0038】
本発明で用いられる第1の表面修飾剤の具体例としては、以下の構造を有する化合物1及び化合物2を挙げることができる。ただし、これらに限定されるものではない。
【化4】
【0039】
<基材>
本発明で用いられる基材の材質や形状等は特に限定されず、その用途等に応じて適当な基材を種々選択することができる。例えば、修飾対象の基材の形状は、基板状(プレート状又はフィルム状のもの、例えばスライドガラス、ディッシュ、マイクロプレート、マイクロアレイ用基板等)であっても、担体(例えばビーズなどの粒子状やコロイド状のもの)、繊維状構造物、管、容器(例えば試験管及びバイアル)であってもよい。修飾対象基材の材質としては、ガラス;セメント;陶磁器等のセラミックスもしくはファインセラミックス;ポリエチレンテレフタレート、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリスチレン及びポリメチルメタクリレートなどのポリマー樹脂;ポリペプチド及びタンパク質などの生体材料;シリコン;活性炭;多孔質ガラス;多孔質セラミックス;多孔質シリコン;多孔質活性炭;不織布;濾紙;メンブレンフィルター;金などの導電性材料、などが挙げられる。修飾対象基材の表面は、アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシ基などを導入するため、ポリ陽イオンなどのポリマーによる被覆処理、あるいは基材表面への導入置換基を有するシランカップリング剤による処理が施されていてもよいし、あるいはプラズマ処理により反応性官能基が導入されていてもよい。
【0040】
第1の表面修飾剤は、基材表面と直接結合することで修飾されてもよいし、或いは、基材表面に被覆層を設け、当該被覆層の表面に第1の表面修飾剤を結合させて表面修飾を行うこともできる。かかる被覆層としては、例えば、コラーゲンやウシ血清アルブミン(BSA)、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)、卵白アルブミンを用いることができる。
【0041】
典型的には、第1の表面修飾剤による基材表面の修飾は、基材表面に第1の表面修飾剤を含む溶液を接触させることによって行われる。第1の表面修飾剤を含む溶液における溶媒の種類は、特に制限されないが、例えばリン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、トリス緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、グッドの緩衝液等の緩衝液もしくはその等張液;又はアセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶媒;又は前記緩衝液若しくは等張液と前記有機溶媒との混合液を用いることができる。基材を損傷・変性させないために、第1の表面修飾剤を溶解しやすい有機溶媒(例えばアセトニトリル、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド)に溶解した後に、前記緩衝液若しくは等張液で充分に希釈した溶液を使用してもよい。第1の表面修飾剤と接触させる際の温度は、特に限定されないが、例えば、-78~200℃、さらに0~100℃が好ましい。接触時間は通常は1分~72時間程度であり、30分~24時間が好ましい。修飾後、基材表面を水で洗浄することが好ましい。
【0042】
1-2.工程(B)
上述のように、工程(B)は、上記第1の表面修飾剤の上層に、さらに
さらに第2の表面修飾剤を基材上に添加する工程である。当該第2の表面修飾剤は、分子内に、標的細胞と選択的に結合し得る細胞結合性タンパク質と、当該細胞結合性タンパク質に連結したアジド基を有する。当該細胞結合性タンパク質は、標的細胞を補足し、基材の修飾表面上に固定化するための部位であり、アジド基は、第1の表面修飾剤における連結基Nと結合するための部位である。
【0043】
細胞結合性タンパク質は、固定化の対象となる標的細胞の種類に応じて、当該標的細胞との結合性を有する公知のタンパク質を用いることができる。かかる細胞結合性タンパク質の典型例としては、レクチンや抗体を挙げることができる。その他、細胞表面との結合性を有するタンパク質としては、コラーゲンやフィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニンなどの細胞接着タンパク質;E-カドヘリンなどのタイトジャンクションに関わるタンパク質を挙げることができる。また、本件明細書における細胞結合性タンパク質には、広義のポリペプチド分子、例えば、RGDペプチドやポリアルギニンペプチドなど、細胞接着タンパク質の部分構造のペプチドやカチオニックな細胞透過性ペプチドを含み得る。
【0044】
本明細書において「レクチン」とは、糖タンパク質、糖脂質、プロテオグリカン、糖ペプチド、リポ多糖、ペプチドグリカン、及びステロイド化合物等の配糖体などの複合糖質に結合した糖鎖の部分構造、全体構造、あるいは糖ペプチド部分を認識し、当該糖鎖に特異的に結合するタンパク質を意味する。レクチンとしては、植物レクチン、真菌レクチン、動物レクチン、糖結合活性を有するサイトカイン、GAG結合タンパク質、微生物アドヘシン、細菌毒素、ウイルスヘマグルチニン等が挙げられる。レクチンは天然由来のものであってもよく、人工的に合成されたものであってもよい。
【0045】
好ましくは、本発明で用いられるレクチンは、BC2LCNレクチン又はその改変体であることができる。BC2LCNレクチンは、グラム陰性細菌(Burkholderia cenocepacia)由来のBC2L-Cタンパク質のN末端ドメインである。このBC2LCNレクチンを大腸菌で発現させた組換えタンパク質(rBC2LCNレクチン)を好適に用いることができる。rBC2LCNレクチンは、ヒトES細胞及びヒトiPS細胞の表面に特異的なムチン様O型糖鎖に高い親和性を有する未分化マーカーである。当該rBC2LCNレクチンは、形質転換細菌によって大量生産可能であり、その具体的な調製方法は、例えば、国際公開WO2016/147514に説明されている。また、BC2LCNレクチン又はその改変体には、BC2LCNレクチンに当該技術分野において公知の任意のタグペプチドを修飾したものも含まれる。
【0046】
第2の表面修飾剤において、細胞結合性タンパク質とアジド基の間には、親水性鎖及び/又はリンカーが存在してもよい。これら親水性鎖とリンカーの種類は、第1の表面修飾剤について上述したものを用いることができる。これらの連結についても、上述のとおり、例えば、アミド結合やエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、カルバメート結合、チオカルバメート結合、トリアゾール結合、尿素結合等の共有結合を用いることができる。また、各部位の連結は、同一の異なる結合様式であってもよいし、異なる結合様式であることもできる。
【0047】
好ましい態様において、第2の表面修飾剤におけるアジド基は、細胞結合性タンパク質の1分子当たり1~5個、好ましくは1~2.5個の比率で存在する。後述のように表面修飾を光パターニングして標的細胞を固定化する際に、かかるアジド基の存在比を用いることが好適である。
【0048】
基材上への第2の表面修飾剤の添加は、典型的には、第2の表面修飾剤を含む溶液と基材とを接触させることによって行うことができる。当該溶液における溶媒や接触時間等の条件は、第1の表面修飾剤と同様である。
【0049】
1-3.工程(C)
上述のように、工程(C)は、第1の表面修飾剤における前記連結基Nと、第2の表面修飾剤におけるアジド基と反応させることにより、第1の表面修飾剤の上層に第2の表面修飾剤を共有結合で連結させる工程である。これにより、第2の表面修飾剤における細胞結合性タンパク質を最表面に有する細胞固定化用基材を得ることができる。なお、本発明は、当該製造方法によって得られる第1及び第2の表面修飾剤で修飾された表面を有する細胞固定化用基材にも関する。
【0050】
1-4.光パターン化工程
本発明の製造方法における好ましい態様では、光パターン化技術を用いて所望の場所に細胞結合性タンパク質を修飾した細胞固定化用基材を提供することもできる。これは、第1の表面修飾剤における連結基Nとして、光照射によってアジド基との反応性が生じる官能基を用いることで、当該光照射領域にのみ第2の表面修飾剤を連結させることで行うことができる。
【0051】
より具体的には、本発明の製造方法は、工程(B)の前に、第1の表面修飾剤で修飾した基材の表面に特定波長の光を照射する工程をさらに含むことができる。これにより、特定の表面領域のみに前記細胞結合性タンパク質が存在するパターン化された表面修飾を有する細胞固定化用基材を得ることができる。
【0052】
例えば、以下に示すように、第1の表面修飾剤における連結基Nとして、保護基を付与したDBCO前駆体を用いる場合、第1の表面修飾剤に360nmの光が照射されるとDBCOが生成し、生理条件下でHuisgen付加環化反応によって第2の表面修飾剤のアジド基と結合できる構造となる。
【化5】
【0053】
これにより、光を照射した領域のみ細胞結合性タンパク質を修飾することができるため、所望のパターンに応じて光照射領域を設定することで、パターン化した特定領域でのみ細胞固定化能を発現させることが可能となる。
【0054】
照射する光の波長は、光応答性細胞固定化剤の種類に応じて決めればよく、通常、157~600nmの範囲の波長、好ましくは250~450nm付近の波長の光を照射する。当該光は、紫外光であることができる。光源としては、太陽光、水銀灯などの電灯光、レーザー光(半導体レーザー、固体レーザー、ガスレーザー)、発光ダイオードの発光、エレクトロルミネッセント素子の発光などが利用できる。光照射の方法は、光源からの光を必要に応じて適当なフィルターを介して基材表面に均一に照射することもできるし、いわゆるフォトマスクを用いて所望の形状のパターン露光をしてもよい。あるいは、光をレンズや鏡を用いて集光し、微細な形状に照射してもよい。あるいは、集光した光線を走査露光してもよい。パターン露光の場合、フォトマスクと基材を接触させて露光する露光形式であるコンタクト露光で行われてもよい。また、フォトマスクと基材の隙間を数μmから数十μm程度に設定して露光する非接触の露光方式であるプロキシミティ露光で行われてもよい。さらには、液晶やデジタルミラーデバイスで作製した像をワーク表面に投影する投影露光法(マスクレス露光法)を用いてもよい。光照射におけるエネルギーは、光応答性細胞固定化剤で修飾された基材表面が細胞を固定化する機能を発揮できる程度であればよく、通常は0.001~1000J/cm2であり、0.01~100J/cm2が好ましい。
である。
【0055】
パターンの形状は、特に限定されないが、例えば、細胞を一定の間隔を空けて横方向(X方向)及び/又は縦方向(Y方向)に固定化できる態様とすることができる。この場合、細胞を固定化する場所の個数に制限はなく、たとえ一点であっても「パターニング」に含まれる。
【0056】
2.本発明の細胞固定化・回収方法
別の態様において、本発明は、第1及び第2の表面修飾剤で表面修飾した上記細胞固定化用基材を用いて、標的細胞を固定化し、選択的に回収する方法にも関する。
【0057】
より具体的には、本発明の細胞固定化方法は、上記細胞固定化用基材に所定の標的細胞を含む溶液を接触させ、前記細胞固定化用基材の表面に前記標的細胞を固定化する工程を含む。また、本発明の細胞回収方法は、前記細胞固定化用基材の表面を乳糖溶液又は酵素溶液で処理することにより、前記固定化された標的細胞を前記細胞固定化用基材から分離・回収する工程を含む。
【0058】
これらの方法を行う場として、細胞固定化用基材をマイクロ流路内に設置することができる。標的細胞の種類は上述のとおりであり、好ましくは幹細胞であり、より好ましくはiPS細胞である。
【0059】
細胞回収方法において用いられる糖溶液及び酵素溶液は、基材に固定化された標的細胞と細胞結合性タンパク質との結合を競合的に弱め、穏やかな条件下において基材表面から標的細胞を遊離させるためのものである。糖溶液の例としては、フコース溶液を挙げることができ、酵素溶液の例としては、Accutase(登録商標)などの細胞剥離液やトリプシン/EDTA溶液、プロテアーゼ溶液を挙げることができる。
【0060】
上述のように、基材表面を光パターン化することで、特定領域において標的細胞の固定化・回収を行うことができる。また、1細胞を固定化するためにスポット型の修飾領域を複数有するものとすることにより、一細胞レベルで標的細胞の固定化及び回収を行うとも可能となる。なお、「1細胞レベル」とは、文字通り1細胞を意味する場合だけに限らず、2~10細胞のような場合も含み得る用語である。
【0061】
3.本発明のキット
更なる態様において、本発明は、細胞固定化用基材の表面修飾に用いるための表面修飾剤及びキットにも関する。
【0062】
細胞固定化用基材の表面修飾に用いるための表面修飾剤は、上記の第1の表面修飾剤に相当するものであり、既に述べたように、記基材の表面に結合し得る基材結合部L、親水性鎖M、及びアジド基と共有結合し得る連結基Nを含む。
【0063】
また、本発明のキットは、上記第1の表面修飾剤と第2の表面修飾剤に相当する化合物を格納したものである。
【0064】
第1の表面修飾剤と第2の表面修飾剤の好ましい態様及び具体例は、上記の本発明の製造方法において説明したとおりである。
【0065】
キットに含まれる試薬中には、通常この分野で用いられる試薬類、例えば緩衝剤、反応促進剤、糖類、タンパク質、塩類、界面活性剤等の安定化剤、防腐剤等であって、共存する試薬等の安定性を阻害したりせず、表面修飾剤と標的細胞との反応を阻害しないものが含まれていてもよい。また、その濃度も、通常この分野で通常用いられる濃度範囲から適宜選択することができる。
【実施例0066】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0067】
実施例1:DBCO含有表面修飾剤の合成(第1の表面修飾剤)
アジド基と共有結合し得る連結基としてDBCOを有する以下の化合物1及び2を合成した。これらの化合物は、第1の表面修飾剤に相当するものである。
【化6】
【0068】
<化合物1の合成>
以下に合成スキームで、化合物1を合成した。細胞の非特異的接着を抑制することができる親水性ポリマー(ポリエチレングリコール:PEG)の両端に、基材表面に修飾するための反応基と、ヒュースゲン環化付加反応によってアジド基と結合するDBCO基とをそれぞれ導入した。
【化7】
【0069】
[化合物4]
100 mLの三口ナスフラスコをヒートガンで加熱してdry upし、マグネシウム(2.4 g, 98.7 mmol, 13.1 eq)を入れてAr置換し、dry THF 5 mLと1,2-dibromoethane(100μL, 1.17 mmol, 0.16 eq)を加えた。三口ナスフラスコに接続して一緒にdry up、Ar置換した滴下漏斗に、3-methoxybenzyl chloride (3.0 mL, 21 mmol, 2.7 eq)とdry THF 30 mLを入れ、氷浴、撹拌しつつ3.5時間かけて滴下した。Dry up、Ar置換して化合物3(0.92 mL, 7.52 mmol, 1 eq)をいれた100 mL二口ナスフラスコに反応溶液を移し、71°Cで2時間還流した。TLC(クロロホルム, Rf: 化合物3 = 0.66, イミン中間体 = 0.51)で化合物3の消失を確認した。NaBH4(1.6016 g, 42.34 mmol, 5.63 eq)を入れ、dry up、Ar置換しdry MeOH 30 mLを加えた100 mL二口ナスフラスコに反応溶液を移し、撹拌した。
【0070】
48時間後、TLC(Hexane/Acetone = 2/1, Rf: イミン = 0.63, アミン = 0)にて反応終了を確認し、溶媒を留去したのち純水30 mLを加えCH2Cl2 50 mLで3回抽出した。このとき水相がエマルジョンとなったため、セライト濾過を行った。抽出した有機相にNaSO4を加えて乾燥させ、吸引濾過し、溶媒を留去した。ビーカーに無水コハク酸(0.9641 g, 9.634 mmol, 1.28 eq)をとり、20 mLのアセトニトリルに溶解させ、抽出した有機層に加えた。さらにDMAP (0.1915 g, 1.567 mmol, 0.21 eq) を加えた。約2日後、TLCで原料(アミン)消失を確認しようとしたが、DMAPのスポットが原点付近にあって判別できなかったため、50 mLの純水で3回逆抽出してある程度除くと、原点のスポット(ニンヒドリンで染まる)は消えた。シリカゲルカラムクロマトグラフィー(Hexane: EtOAc: Acetic acid = 50: 50: 1, 直径5 cm, 高さ 10 cm)で精製を行い、淡黄色透明のオイル状として化合物4を得た。同定は1H-NMR(DMSO-d6)とESI-MS (negative)で行った。収量1.724 g, 収率64.1%であった。
【0071】
[化合物5]
200 mLの二口ナスフラスコにAlCl3(1.523 g, 11.43 mmol, 4.04 eq)を入れ、dry up、Ar置換し、dry DCM 30 mL、テトラクロロシクロプロペン(0.36 mL, 2.94 mmol, 1.04 eq)を順に加えて室温で10分間撹拌、その後-20°Cに冷却した。別の100 mLナスフラスコに化合物4(0.9989 g, 2.827 mmol, 1 eq)を入れてdry up、Ar置換し、dry DCM 20 mLを加えて撹拌しつつ-20°Cに冷却した。
テトラクロロシクロプロペンが入った溶液に化合物4が入った溶液を10分間かけてキャヌレーションで移し、-20°Cで5時間30分撹拌し、さらに室温で2時間撹拌した。TLC(メタノール/ジクロロメタン = 1/5, Rf: 化合物4 = 0.45)により原料消失を確認し、10 mLの純水を加えて激しく撹拌した。
【0072】
反応溶液を濃縮したオイルにアセトンを加えると、灰白色の沈澱物が生じた。デカンテーションで上清を除き、再度アセトンを加えて洗浄する操作を計3回行い、沈殿物を吸引濾過によって回収し灰白色の固体として化合物5を得た。1H-NMR(DMSO-d6, 600 MHz)で解析し、収量229 mg, 収率19.8%であった。
【0073】
[化合物6]
10 mLの二口ナスフラスコに化合物5(101.9 mg, 0.2501 mmol, 1 eq)、NHS(62.3 mg, 0.5413 mmol, 2.2 eq)、EDC・HCl(142.2 mg, 0.7418 mmol, 3.0 eq)を入れ、dry up、Ar置換し、dry DCM 5 mLを加えて懸濁させ、撹拌して反応を開始した。約18時間後、TLC(メタノール/ジクロロメタン = 1/10, Rf: 化合物5 = 0.11, 化合物6 = 0.42, UVとブロモクレゾールグリーンで検出)で原料消失を確認し、溶媒を留去して2 mLのアセトンに懸濁し、超音波をかけて洗浄した。吸引濾過で沈殿物を回収しつつろ紙上で8 mLのアセトンで洗浄し、薄褐色の固体として化合物6を得た。収量86.0 mg、収率68%であった。
【0074】
[化合物7]
10 mLの二口ナスフラスコに化合物6(39.51 mg, 7.832×10-5 mol, 2.52 eq)、HOOC-PEGn-NH2(MW: 3400、日油株式会社製、製品名「Sunbright PA-034HC」)(105.81 mg, 3.112×10-5 mol, 1 eq)を入れてdry up、Ar置換し、dry DMF 3 mLとdry TEA(0.04 mL, 2.9×10-4 mol, 9.2 eq)を加えて撹拌し、反応を開始した。40時間後、TLC(メタノール/ジクロロメタン = 1/5, Rf: PEG = 0.29, 化合物7 = 0.32, ニンヒドリンにて検出)で原料消失を確認し、溶媒を留去してエーテル沈澱(ジエチルエーテル 40 mL, crude in ジクロロメタン 1 mL, -15°C, 15000 G, 10 min)を行い、風乾した後、約10 mLの純水に溶解して透析を行った。31時間透析を行い、凍結乾燥して薄褐色の固体として化合物7を得た。同定は1H-NMR(DMSO-d6)とMALDI-TOF-MS(Dithranol & NaCl, positive)で行い、収量100.8 mg、収率85%であった。
【0075】
[化合物8]
セントチューブに化合物7(19.58 mg, 5.17°10-6 mol)を入れ、DMSO-d6 1 mLに溶かし、光照射器で8 Jの光を照射した。1H-NMR(DMSO-d6)で反応を確認したところ、若干の原料が見られたため、手持ちのUVライトで原料が消失するまで光を当てた。1H-NMR(DMSO-d6)で同定を行い、純水を加えて凍結乾燥し、薄褐色の固体として化合物8を得た。収量は19.0 mg、収率は97%だった。
【0076】
[化合物1]
10 mLの二口ナスフラスコに、NHS(4.06 mg, 3.53×10-5 mol, 6.4 eq)、DCC(12.75 mg, 6.65×10-5 mol, 12 eq)を入れてdry up、Ar置換し、dry DCM 3 mLを加えて溶解させた化合物8(19.0 mg, 5.01×10-6 mol, 1 eq)を加えて撹拌し反応を開始した。約26時間後、TLC(メタノール/ジクロロメタン = 1/5, Rf: 化合物8 = 0.58)で反応終了を確認し、溶媒を留去して再度約1 mLのDCMに溶かし直し、40 mLのジエチルエーテルでエーテル沈澱(-15°C, 15000 G, 10 min)を行った。上清を除いて風乾し、DCM 3 mLをくわえて綿栓ろ過し、溶媒を留去して薄褐色の固体として化合物1を得た。残存するDCC ureaを除いた収量は12.8 mg、収率は66%となった。同定は1H-NMR(DMSO-d6)で行った。
【0077】
<化合物2の合成>
同様に、以下に合成スキームで、化合物2を合成した。化合物3~7までの合成については、上記化合物1の合成の場合と同様である。
【化8】
【0078】
[化合物2]
50 mLの二口ナスフラスコに化合物7(20.99 mg, 5.54×10-6 mol, 1 eq)、NHS(4.06 mg, 3.53×10-5 mol, 6.4 eq)、DCC(12.75 mg, 6.65×10-5 mol, 12 eq)を入れてdry up、Ar置換し、dry DCM 3 mLを加えて撹拌し反応を開始した。約26時間後、TLC(MeOH/DCM = 1/5, Rf: 化合物7 = 0.45, 化合物2= 0.58)で反応終了を確認し、(綿栓ろ過をし忘れた)溶媒を留去して再度約1 mLのDCMに溶かし直し、40 mLのジエチルエーテルでエーテル沈澱(-15°C, 15000 G, 10 min)を行った。上清を除いて風乾し、DCM 3 mLをくわえて綿栓ろ過し、溶媒を留去して薄褐色の固体として化合物2を得た。残存するDCC ureaを除いた収量は20.8 mg、収率は96.6%となった。同定は1H-NMR(DMSO-d6)とMALDI-TOF MS(positive, Matrix: Dithranol and NaCl)で行った。
【0079】
実施例2:レクチン含有表面修飾剤の合成(第2の表面修飾剤)
次いで、レクチンとの結合基(NHS)、PEG(重合4)、アジド基が順に結合した分子(NHS-PEG4-azide)を用い、レクチン(rBC2LCN)にアジド化を導入した化合物を合成した。
【0080】
透析(MWCO: 3500)によってrBC2LCN水溶液の溶媒をホウ酸緩衝液(pH8.3)に置換し、280 nmの光の吸光度から濃度を算出したところ、42.6μMとなった。このrBC2LCN水溶液に対し、NHS-PEG4-azide溶液(100 mM)を5当量になるよう加えて撹拌した後、4℃で約23時間静置した。その後透析(MWCO: 3500)によって精製と溶媒の置換を行い、アジド化レクチン(rBC2LCN-azide)水溶液を得た。アジド基の修飾の成否を確認するため、ゲルシフトアッセイを行った。PEG(平均重合数73)の末端にDBCOが結合した分子のDMSO溶液をrBC2LCN-azideに対し100当量になるよう混合し、約24時間反応させた。その後ポリアクリルアミドゲル電気泳動によってバンドの移動を確認した。その結果、無修飾のバンドに加え、高分子量側に複数のバンドが観察された(
図1)。それぞれ修飾量1から4に相当することから、レクチンに対するアジド基の平均修飾率は1.1と算出された。
【0081】
実施例3:基材表面へのレクチン修飾とiPS細胞の捕捉
実施例1で合成したDBCO含有表面修飾剤(化合物2)をエタノールに溶解(20μL)し、コラーゲンを物理吸着させることでアミノ化したガラス基材表面の全面に90μL塗布し、風乾することで修飾した。市販のマイクロ流路(ibidi GmbH社製、製品名「Sticky-dlide VI」)を貼り付け、超純水で表面を洗浄した。その後、フォトマスクを用いて光を照射する領域をライン状に制限し、365 nmの光を0.1 J/cm
2照射した。実施例2で合成したレクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide:アジド基の平均修飾率は1.1)のPBS水溶液を25μMで105分間反応させた。表面をPBSで洗浄して未反応のrBC2LCN-azideを除去後、Calcein-AMで染色したiPS細胞の懸濁液(1×10
7 cells/mL)を10分間作用させた。捕捉されなかった細胞をPBSで洗い流した後、基材表面を蛍光顕微鏡で観察した。当該実験手順の概略図を
図2に示す。
【0082】
その結果、光を照射した領域への細胞の捕捉が確認された。一方、光を照射しなかった領域では、細胞の捕捉は観察されず、光照射領域のみにrBC2LCN-azideを介して細胞が捕捉されることが示された(
図3a及び
図3b)。
【0083】
一方、アジド基修飾量が平均3.0個のrBC2LCN-azide(高アジ化レクチン)を用いて同様の実験を行ったところ、光照射領域でも細胞の捕捉は観察されず、アジド基修飾量が重要であることも示された(
図4)。
【0084】
実施例4:夾雑細胞存在下でのiPS細胞の選択的な捕捉と回収
実施例3の結果から光照射領域選択的にレクチン(rBC2LCN-azide)を修飾し、iPS細胞を捕捉できることが示されたので、続いて、複数種類の細胞の混合懸濁液中からiPS細胞を選択的に基板上に捕捉できることを検証した。
【0085】
実施例1で合成したDBCO含有表面修飾剤(化合物2)をエタノールに溶解(20μL)し、コラーゲンを物理吸着させることでアミノ化したガラス基材表面の全面に90μL塗布し、風乾することで修飾した。市販のマイクロ流路(ibidi GmbH社製、製品名「Sticky-dlide VI」)を貼り付け、超純水で表面を洗浄した。その後、フォトマスクを用いて光を照射する領域をライン状に制限し、365 nmの光を0.1 J/cm2照射した。実施例2で合成したレクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)のPBS水溶液を25μMで約2時間反応させた。表面をPBSで洗浄して未反応のrBC2LCN-azideを除去後、iPS細胞の懸濁液(Calcein-AM染色、1 × 107 cells/mL)とJurkat細胞(CytoRed染色、1 × 107 cells/mL)とを1:1で混合し、10分間作用させた。ここで、Jurkat細胞は、rBC2LCNが結合する糖鎖を細胞表層に持たないため、rBC2LCN-azide修飾表面には原理上捕捉されない。捕捉されなかった細胞をPBSで洗い流した後、基材表面を蛍光顕微鏡で観察した。
【0086】
結果を
図5a~bに示す。
図5aは、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を修飾した基板上に2種類の細胞を含む混合懸濁液を作用させた場合に固定化された細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図5bは、レクチンを有していないアジド化PEG脂質(Oleyl-PEG-azide)を修飾した基板上に2種類の細胞を含む混合懸濁液を作用させた場合に固定化された細胞の蛍光顕微鏡画像である。Oleyl-PEG-azideの分子構造を
図5cに示す。
【0087】
その結果、iPS細胞のみが光照射領域選択的に基板上に捕捉された(
図5a)。また、対象実験として、rBC2LCN-azideの代わりに、レクチンを有していないアジド化PEG脂質(Oleyl-PEG-azide:
図5c)を用いて同様の実験を実施したところ、iPS細胞とJurkat細胞の両方が基板上に捕捉された(
図5b)。
【0088】
続いて、同一の基板に細胞剥離用酵素であるAccutase(登録商標)と0.25% トリプシン/EDTA を順に作用させ、37℃で計10分間処理した。基板をPBSで洗浄した後、基材表面を蛍光顕微鏡で観察した。結果を
図5d~gに示す。
図5dは、rBC2LCN-azideを修飾した基板表面に捕捉された細胞をタンパク質分解酵素で処理した後の基板上の細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図5eは、Oleyl-PEG-azideを修飾した基板表面に捕捉された細胞をタンパク質分解酵素で処理した後の基板上の細胞の蛍光顕微鏡画像である。
図5f及びgは、rBC2LCN-azideとOleyl-PEG-azideのそれぞれを修飾した基板上における酵素処理前後の細胞密度の変化を、画像解析ソフトウェアを用いて定量したグラフである。
【0089】
その結果、rBC2LCN-azideを用いて捕捉した細胞は多くが基板表面から脱離した様子が見られた(
図5d, 5f)。一方、Oleyl-PEG-azideを用いて捕捉された細胞はほぼ全ての細胞が基板上に残存したままであった(
図5e, 5g)。
【0090】
これらの結果は、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を用いることで複数種類の細胞懸濁液中から選択的にiPS細胞を基板上に捕捉することが可能であり、さらに比較的穏やかな条件で処理することでiPS細胞を基板上から回収することが可能であることを実証するものである。
【0091】
実施例5:iPS細胞から分化した細胞存在下でのiPS細胞の選択的な捕捉
次に、iPS細胞から分化させた神経前駆細胞との混合懸濁液中からiPS細胞を選択的に基板上に捕捉できることを検証した。
【0092】
iPS細胞の神経前駆細胞への分化誘導には、STEMdiff SMADi Neural Induction Kit (ST-08581, STEMCELL technologies) を用いた。Poly-L-Ornithineコートした培養ディッシュを10 μg/mL lamininで修飾し、iPS細胞 (1×105 /cm2)を播種した。培地はSTEMdiff Neural Induction Medium (STEMdiff Neural Induction Supplement, 10 μM Y-27632添加) を用い、毎日培地交換を行い、3日間培養した。
【0093】
実施例4と同様の方法により、基板表面をレクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)で修飾した後、iPS細胞(1×10
6 cells/mL)とiPS細胞から分化誘導した神経前駆細胞(CytoRed染色、1×10
6 cells/mL)とを1:1で混合した細胞懸濁液を、10分間作用させた。ここで、分化した神経前駆細胞は、rBC2LCNが結合する糖鎖を細胞表層から失っているため、rBC2LCN修飾表面には原理上捕捉されない。捕捉されなかった細胞をPBSで洗い流し、rBC2LCNを蛍光標識した試薬であるrBC2LCN-FITC(fluorescein isothiocyanate)で15分間反応させた後、PBSで洗浄し、基板表面を蛍光顕微鏡で観察した(
図6a及びb)。
図6aは、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を修飾した基板上にiPS細胞とiPS細胞由来神経前駆細胞との混合懸濁液を作用させた場合に捕捉された細胞の蛍光顕微鏡画像であり;
図6bは、レクチンを有していないアジド化PEG脂質(Oleyl-PEG-azide)を修飾した基板上にiPS細胞とiPS細胞由来神経前駆細胞との混合懸濁液を作用させた場合に捕捉された細胞の蛍光顕微鏡画像である。
図6cは、rBC2LCN-azideとOleyl-PEG-azideのそれぞれを修飾した基板上の光照射領域における細胞密度を、画像解析によって定量化したグラフである。
【0094】
その結果、レクチン含有表面修飾剤(rBC2LCN-azide)を修飾した表面では、rBC2LCN-FITCで染色された未分化のiPS細胞のみが光照射領域選択的に基板上に捕捉された(
図6c)。一方、実施例4と同様に対照実験として用いたOleyl-PEG修飾表面には、iPS細胞と神経前駆細胞の両方が捕捉された(
図6c)。