(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001689
(43)【公開日】2023-01-06
(54)【発明の名称】蛍光発光性化合物、蛍光発光性フィルム、及び水分検出方法
(51)【国際特許分類】
C07F 5/02 20060101AFI20221226BHJP
G01N 31/00 20060101ALI20221226BHJP
C09K 11/06 20060101ALI20221226BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20221226BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20221226BHJP
【FI】
C07F5/02 C
G01N31/00 B
C09K11/06
G01N21/78 C
G01N21/64 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102561
(22)【出願日】2021-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100144967
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 隆之
(72)【発明者】
【氏名】秋山 誠治
(72)【発明者】
【氏名】大山 陽介
【テーマコード(参考)】
2G042
2G043
2G054
4H048
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BA04
2G042BA07
2G042BB01
2G042DA08
2G042FB07
2G043AA01
2G043AA04
2G043BA10
2G043CA03
2G043CA05
2G043DA02
2G043EA01
2G043EA13
2G043FA06
2G043GA07
2G043GB21
2G043KA02
2G043KA03
2G043LA01
2G043MA04
2G043NA01
2G043NA11
2G054AA02
2G054AA04
2G054AB07
2G054CA18
2G054CE02
2G054EA03
2G054EB01
2G054EB02
2G054FB07
2G054GA02
2G054GB01
2G054GB02
2G054GE03
2G054JA01
2G054JA02
2G054JA06
4H048AA01
4H048AA03
4H048AB92
4H048VA22
4H048VA30
4H048VA77
(57)【要約】 (修正有)
【課題】蛍光強度変化量が大きく、試料中の水分の検出能力に優れ、より高度な検出限界及び定量限界を示す蛍光発光性化合物を提供する。
【解決手段】下記式(1)又は下記式(2)で表される蛍光発光性化合物。この蛍光発光性化合物を含有する蛍光発光性フィルム。この蛍光発光性化合物を用いた水分検出方法。
(式(1)及び式(2)中、Rはそれぞれ独立して水素原子又はアルキル基であり、Aはスペーサー、Bはアントラセン、ピレン、クマリン、BODIPY、及びキサンテンからなる群より選ばれる蛍光発光母体であって、少なくとも置換基としてヒドロキシメチル基を有し、Zは特定の群より選ばれるルイス酸基を表す。)
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)又は下記式(2)で表される蛍光発光性化合物。
【化1】
(式(1)及び式(2)中、Rはそれぞれ独立して水素原子又はアルキル基であり、
Aはスペーサー、
Bはアントラセン、ピレン、クマリン、BODIPY、及びキサンテンからなる群より選ばれる蛍光発光母体であって、少なくとも置換基としてヒドロキシメチル基を有し、
Zは下記式(3)乃至式(22)からなる群より選ばれるルイス酸基を表す。)
【化2】
(式(4)、式(5)、式(8)、式(9)、式(12)、式(13)、式(16)、式(17)、式(20)及び式(21)中、Rはそれぞれ独立してアルキル基を表す。)
【請求項2】
Zが前記式(3)、式(4)、式(5)、式(19)、式(20)、及び式(21)からなる群より選ばれるルイス酸基である請求項1に記載の蛍光発光性化合物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の蛍光発光性化合物を含有する蛍光発光性フィルム。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の蛍光発光性化合物を試料に添加して該蛍光発光性化合物と該試料中の水とを反応させた後、紫外線を照射して該蛍光発光性化合物が発する蛍光の強度を測定して該試料中の水分量を検出する水分検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に含まれる水分の検出に用い得る蛍光発光性化合物、蛍光発光性フィルム及びこれを用いた水分検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機溶剤、固体材料、及び、大気中に含まれる微量水分を検出することは、生物工学、工業製品や食品等の品質管理、環境モニタリングなどの自然環境や人間生活の面で非常に重要である。
従来、有機溶剤等の試料に含有される微量水分を検出すべく、蛍光性水センサー色素の開発が行われている。蛍光性水センサー色素を用いた水分検出では、水分子の極性を利用し、水分含有量の増加に伴う試料の極性の増大を蛍光強度の減少によって追跡している。
【0003】
特許文献1には、低極性の試料中でも蛍光強度変化量が大きく、試料中の水分を検出可能な蛍光発光性化合物として、下記式(1)又は(2)で表される蛍光発光性化合物が開示されている。
【0004】
【0005】
(式1及び式2中、Rはそれぞれ独立して水素又はアルキル基であり、Aはスペーサー、Bは蛍光発光母体、Zはルイス酸基を表す。)
【0006】
特許文献1では、式(1),(2)中の蛍光発光母体Bは、アントラセン系骨格、クマリン系骨格又はピレン系骨格が好ましいとされ、また、Zのルイス酸基としては、本発明における後述の式(3)~(22)のルイス酸基が好ましいとされている。
【0007】
特許文献1には、特許文献1の蛍光発光性化合物の水存在下の蛍光発光性について以下のように説明されている。
【0008】
特許文献1の蛍光発光性化合物は、水分子が存在しない状況下では、蛍光を発しない。蛍光は、蛍光発光母体に光(紫外線)が照射されて、励起状態になり基底状態に戻る際に発生されるものである。以下に示すように、水が介在しない状況下では、光が蛍光発光性化合物に照射されると、電子供与体であるアミノ基(窒素)から蛍光発光母体(ここでは、アントラセン骨格)へ電子が供与される。蛍光発光母体の近くに電子密度の高い電子供与体があると、所謂光誘起電子移動特性(PET:Photo-inducedElectronTransfer)が起こるためである。
【0009】
【0010】
より詳細には、以下に示すように、光が蛍光発光性化合物に照射されると、蛍光発光母体が励起されて、HOMO準位の電子がLUMO準位に移る。そして、蛍光発光母体にスペーサーを介して結合しているアミノ基(窒素原子)のHOMO準位は、蛍光発光母体のHOMO準位よりも高いエネルギー準位にあり、光誘起電子移動特性によって、アミノ基(窒素原子)のHOMO準位の電子は、より低いエネルギー準位にある蛍光発光母体のHOMO準位に移ることになる。このアミノ基(窒素原子)からの電子移動は、蛍光発光母体のLUMO準位からHOMO準位への電子移動よりも先に起こる。このように、蛍光発光母体のLUMO準位からHOMO準位への電子移動が阻害されるので、蛍光発光母体は蛍光を発しない。
【0011】
【0012】
このように、水が介在しない状況下では、蛍光発光母体が励起されてLUMO準位に移った電子がHOMO準位に戻ることができないため、蛍光発光母体は蛍光を発しない。
【0013】
一方で、蛍光発光性化合物は、水分子が存在する状況下では、光誘起電子移動特性が起こらず、蛍光を発することになる。
【0014】
以下に示すように、水が存在する状況下では、蛍光発光性化合物が直接水と反応する。水分子が解離して生じた水酸化物イオン(OH-)は、蛍光発光性化合物のルイス酸基(ここでは、ボロン酸エステル基のホウ素原子)に結合する。また、生じた水素イオン(H+)がアミノ基の窒素原子と結合する。このように、水を介在させることで蛍光発光性化合物は蛍光性イオン構造になり、PET不活性になる。すなわち、アミノ基の窒素原子に水素イオンが結合するため、アミノ基(窒素原子)のHOMO準位は低くなる。
【0015】
【0016】
この状態で、光が蛍光発光性化合物に照射され、蛍光発光母体が励起されると、以下に示すように、蛍光発光母体のHOMO準位からLUMO準位に電子が移る。LUMO順位に移った電子は再度蛍光発光母体のHOMO準位に戻ってくるので、この際に蛍光を発する。アミノ基(窒素原子)のHOMO準位は水素イオンとの結合によって、蛍光発光母体のHOMO準位よりも低くなっているので、アミノ基(窒素原子)の電子はそれよりもエネルギー準位の高い発光母体のHOMO準位に移ることはなく、LUMO準位に移った電子がHOMO準位に戻ることを妨げないからである。
【0017】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上述の特許文献1に記載された蛍光発光性化合物は、水の検出能力に優れ、検出限界、定量限界も優れているが、より高い検出限界、定量限界とすることが求められている。また、特許文献1の蛍光発光性化合物は、粉状であり、使用する際に利便性が劣っていた。
【0020】
本発明は、上記の従来技術に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、蛍光強度変化量が大きく、試料中の水分の検出能力に優れ、より高度な検出限界及び定量限界を示す蛍光発光性化合物及びこの蛍光発光性化合物を含むフィルムと、この蛍光発光性化合物を用いた水分検出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討の結果、式(1),(2)で表される蛍光発光性化合物の特定部位にヒドロキシメチル基を導入することにより、高い検出限界及び定量限界が得られることを見出した。
【0022】
即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0023】
[1] 下記式(1)又は下記式(2)で表される蛍光発光性化合物。
【0024】
【0025】
(式(1)及び式(2)中、Rはそれぞれ独立して水素原子又はアルキル基であり、
Aはスペーサー、
Bはアントラセン、ピレン、クマリン、BODIPY、及びキサンテンからなる群より選ばれる蛍光発光母体であって、少なくとも置換基としてヒドロキシメチル基を有し、
Zは下記式(3)乃至式(22)からなる群より選ばれるルイス酸基を表す。)
【0026】
【0027】
(式(4)、式(5)、式(8)、式(9)、式(12)、式(13)、式(16)、式(17)、式(20)及び式(21)中、Rはそれぞれ独立してアルキル基を表す。)
【0028】
[2] Zが前記式(3)、式(4)、式(5)、式(19)、式(20)、及び式(21)からなる群より選ばれるルイス酸基である[1]に記載の蛍光発光性化合物。
【0029】
[3] [1]又は[2]に記載の蛍光発光性化合物を含有する蛍光発光性フィルム。
【0030】
[4] [1]又は[2]に記載の蛍光発光性化合物を試料に添加して該蛍光発光性化合物と該試料中の水とを反応させた後、紫外線を照射して該蛍光発光性化合物が発する蛍光の強度を測定して該試料中の水分量を検出することを特徴とする水分検出方法。
【発明の効果】
【0031】
本発明の蛍光発光性化合物は、PET特性を有し通常の状態では蛍光を発さないが、水が介在するとPET特性が不活性になり蛍光を発する化合物である。すなわち、本発明の蛍光発光性化合物は水分子と反応し、水分子のヒドロキシイオンがルイス酸基と、水素イオンがアミノ基とそれぞれ結合して、PET特性が不活性となり蛍光を発する。この蛍光を蛍光強度計等で測定することにより、水分量の検出ができる。
特に、本発明の蛍光発光性化合物では、水の存在により、蛍光発光母体Bに置換したヒドロキシメチル基のプロトンが解離し、この解離したプロトンがアミノ基部位に付加してPET不活性(蛍光性)の構造を形成するため、このヒドロキシメチル基を有さない蛍光発光性化合物に比べて感度が向上し、高い検出限界及び定量限界が得られる。
本発明の蛍光発光性化合物は水と直接反応するので、試料の極性の影響を受けにくく、低極性の試料中でも水と反応するため、水分量の検出を行える。
また、一分子の蛍光発光性化合物が一分子の水と反応し、反応する分子数の増大に伴って蛍光強度が増大する。このため、低極性の有機溶媒等に含有される微量の水分をも検出することができる。
更には、本発明の蛍光発光性化合物は、ヒドロキシメチル基を有することで、各種ポリマーとの相溶性が向上するため、フィルム状に加工することが容易であり、フィルム状にした状態で溶液に浸漬することにより、簡易な操作で容易に水分の検知を行うことができ、また再生、再利用も容易である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】1,4-ジオキサン、THF、アセトニトリル、エタノール中での水分量増加に伴う各化合物の発光強度の変化を示すグラフであり、(a)図は、実施例1の化合物(I)の発光強度を示し、(b)図は比較例1の化合物(II)の発光強度を示す。
【
図2】(a)図は実施例2で作成したPEGフィルムへの水蒸気曝露-乾燥に伴う光吸収スペクトル変化を示すチャートであり、(b)図は同蛍光スペクトル変化を示すチャートであり、(c)図は、水蒸気曝露-乾燥に伴う蛍光発光性の変化を示すグラフである。
【
図3】(a)図は実施例3で作成したPVAフィルムへの水蒸気曝露-乾燥に伴う光吸収スペクトル変化を示すチャートであり、(b)図は同蛍光スペクトル変化を示すチャートであり、(c)図は、水蒸気曝露-乾燥に伴う蛍光発光性の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0034】
[蛍光発光性化合物]
本実施の形態に係る蛍光発光性化合物は、下記式(1)又は下記式(2)で表される蛍光発光性化合物である。
【0035】
【0036】
(式(1)及び式(2)中、Rはそれぞれ独立して水素原子又はアルキル基であり、
Aはスペーサー、
Bはアントラセン、ピレン、クマリン、BODIPY(Boron dipyrrins)、及びキサンテンからなる群より選ばれる蛍光発光母体であって、少なくとも置換基としてヒドロキシメチル基を有し、
Zは下記式(3)乃至式(22)からなる群より選ばれるルイス酸基を表す。)
【0037】
【0038】
(式(4)、式(5)、式(8)、式(9)、式(12)、式(13)、式(16)、式(17)、式(20)及び式(21)中、Rはそれぞれ独立してアルキル基を表す。)
【0039】
式(1),(2)中、Rはそれぞれ独立して水素原子又はアルキル基である。アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、などが挙げられる。撥水性の観点から炭素数1~8のアルキル基が好ましい。Rはより好ましくはそれぞれ独立して水素原子又は炭素数1~4のアルキル基である。
【0040】
式(1),(2)中、Aはスペーサーである。式(1),(2)中のアミノ基の窒素原子と蛍光発光母体であるBとの間にスペーサーAを備えていることにより、アミノ基(窒素原子)の電子が蛍光発光母体Bに供与される。なお、アミノ基と蛍光発光母体Bが直接結合している場合、アミノ基は蛍光発光母体Bの一部となり、アミノ基(窒素原子)から蛍光発光母体Bへの電子供与は生じない。
【0041】
また、アミノ基の窒素原子とルイス酸基であるZとの間にスペーサーAを備えていることにより、水分子が解離して生じる水素イオン及び水酸化物イオンは、それぞれアミノ基及びルイス酸基Zと結合する。
【0042】
スペーサーAは上記機能を果たす限り、特に限定されず、例えば、-O-(酸素原子)、-CH2-(メチレン基)、-CH2-C6H4-(メチレンフェニレン基)等が挙げられ、メチレンフェニレン基のベンゼン環は、シアノ基、トリフルオロメチル基、アセチル基等の置換基を有していてもよい。
【0043】
式(1),(2)中、Bは、蛍光発光母体である。蛍光発光母体は、アントラセン、ピレン、クマリン、BODIPY(Boron dipyrrins)、及びキサンテンからなる群より選ばれるものであって、光照射(紫外線)を受けて蛍光を発するものであれば制限されることはなく、特に、-C14H8-等のアントラセン系骨格、-C9H4O2(CH3O)2-等のクマリン系骨格又は-C16H8-等のピレン系骨格が好ましい。
【0044】
本発明の蛍光発光性化合物は、この蛍光発光母体Bに置換基としてヒドロキシメチル基を有することを特徴とする。
本発明の蛍光発光性化合物の水存在下での蛍光発光のメカニズムは、前述の特許文献1の蛍光発光性化合物の蛍光発光のメカニズムと同様であるが、本発明の蛍光発光性化合物は、蛍光発光母体Bに置換基としてヒドロキシメチル基を有することにより、以下の通り水分の検出能力が向上する。
【0045】
即ち、本発明の蛍光発光性化合物では、水の存在により、蛍光発光母体Bに置換したヒドロキシメチル基のプロトンが解離し、この解離したプロトンがアミノ基部位に付加してPET不活性(蛍光性)の構造を形成するため、感度が向上すると考えられる。また、各種ポリマーとの相溶性が向上する結果、容易にフィルム化することができる。
【0046】
例えば、本発明の蛍光発光性化合物の一例として、下記式(I)で表される蛍光発光性化合物の場合、アントラセン骨格に置換しているヒドロキシメチル基から水の存在下にプロトンが解離し、このプロトンがアミノ基の窒素原子に付加して下記式(IA)で表される蛍光性の化合物となる。即ち、ヒドロキシメチル基は、以下の平衡反応において平衡が右に移動するように促進する機能を有する。
【0047】
【0048】
蛍光発光母体Bはヒドロキシメチル基を一つ有していればよい。ヒドロキシメチル基の数は、蛍光発光母体Bの種類に応じた置換基の導入可能部位の数によっても異なり、特に制限はないが、安定性が保たれる点から1~4個が好ましく、特に好ましくはヒドロキシメチル基を一つ有することである。蛍光発光母体Bは、ヒドロキシメチル基以外の置換基を有していてもよく、その場合、ヒドロキシメチル基以外の置換基としてはアルキル基、芳香族炭化水素基等が挙げられる。
【0049】
式(1),(2)中、Zは、ルイス酸基である。ルイス酸基は、電子対受容体であり、電子対を受け取ることのできる空の軌道を備える。すなわち、水分子が解離して生じる水酸化物イオン(OH-)を受け取ることができる。ルイス酸基として、OH-を受容できる基であれば特に制限はないが、ルイス酸性度が高い基であることが好ましく、本発明の蛍光発光性化合物は、ルイス酸基Zとして、前記式(3)乃至(22)からなる群より選ばれるルイス酸基を有する。これらのルイス酸基では、式(3)~式(22)中のB、Al、Ti、Gaに、OH-が結合する。なお、式(4)、式(5)、式(8)、式(9)、式(12)、式(13)、式(16)、式(17)、式(20)及び式(21)中、Rはそれぞれ独立してアルキル基であるが、撥水性の観点から炭素数1~8のアルキル基が好ましい。
【0050】
本発明の蛍光発光性化合物のルイス酸基Zは、特にルイス酸性度が高いことから、式(3)、式(4)、式(5)、式(19)、式(20)、式(21)のいずれかのルイス酸基であることが好ましい。
【0051】
本発明の蛍光発光性化合物の合成方法としては特に制限はなく、本発明の蛍光発光性化合物を合成できるならば、どのような方法であっても構わない。例えば、ヒドロキシメチル基を有するアントラセン系骨格、ピレン骨格、クマリン系骨格、BODIPY系骨格又はキサンテン系骨格の蛍光発光母体に、スペーサーを介してアミノ基が結合した化合物と、ハロゲン及びルイス酸基を有する化合物とを反応させることで本発明の蛍光発光性化合物が得られる。
【0052】
[蛍光発光性フィルム]
本発明の蛍光発光性フィルムは、本発明の蛍光発光性化合物を含有するものである。
【0053】
本発明の蛍光発光性化合物は、樹脂と混合してフィルムとしても、高い水検出能力を有している。フィルムとする場合の基材となるものは特に限定されず、不織布、紙なども用いることができるが、水との親和性の観点から特に好ましくは極性を有する樹脂であり、ポリスチレン(PS)、ポリ(4-ビニルフェノール)(PVP)などを挙げることができ、より好ましくはポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。
【0054】
本発明の蛍光発光性フィルムの製造方法は特に制限はないが、例えば、以下のような方法が挙げられる。
本発明の蛍光発光性化合物をポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリメチルメタクリレート等の1種又は2種以上の極性樹脂1~80質量%程度と共に、水、塩化メチレン、アセトニトリル、エタノール、アセトン、トルエン、テトラヒドロフラン等の1種又は2種以上の溶媒に溶解させて蛍光発光性化合物濃度1~80質量%程度の蛍光発光性化合物溶液を適当量調製し、この蛍光発光性化合物溶液をガラス等の基材に湿式成膜した後乾燥させ、必要に応じて基材からフィルムを分離する。
【0055】
本発明の蛍光発光性フィルム中の本発明の蛍光発光性化合物の含有量は、より少量の水を検出しやすい点から1質量%以上であることが好ましく、濃度消光が生じにくい点から70質量%以下であることが好ましい。
【0056】
また、蛍光発光性フィルムの厚さは、膜強度の観点から0.1μm以上であることが好ましく、水分の浸透性の観点から1mm以下であることが好ましい。
【0057】
[水分検出方法]
本発明の蛍光発光性化合物又は本発明の蛍光発光性フィルムを用いて、以下のように有機溶剤や固体材料等の試料中に含まれる微量水分を検出することができる。
【0058】
例えば、水を含有する有機溶剤等の試料に本発明の蛍光発光性化合物又は本発明の蛍光発光性フィルムを添加する。本発明の蛍光発光性化合物は前述したように水分子と反応し、PET特性が不活性になる。この試料に紫外線を照射することにより、蛍光発光性化合物が蛍光を発する。蛍光発光性化合物が発する蛍光の強度を、蛍光強度計等を用いて測定することにより、試料に含まれる微量水分の検出をすることができる。
【0059】
一分子の蛍光発光性化合物が、一分子の水と反応して、蛍光を発する。蛍光強度は蛍光発光性化合物と水との反応数が増加するにつれて強くなるので、微量な水分量であっても高感度で、且つ、定量的に検出することができる。
【0060】
更に、蛍光発光性化合物は水と直接反応するため、蛍光発光特性は試料の極性の影響を受けにくい。このため、低極性溶媒等の試料に対しても、含有する微量な水分量を検出することができる。
加えて、本発明の蛍光発光性化合物では、蛍光発光母体Bが有するヒドロキシメチル基の存在のために高感度であり、高い検出限界及び定量限界が得られる。
【0061】
なお、本発明の蛍光発光性化合物は水と反応し、蛍光を発する構造になるが、脱水することで元の蛍光発光性化合物に戻る。このため、使用した蛍光発光性化合物又は蛍光発光性フィルムを試料から分離して取り出して再利用することもできる。
この際、フィルム状の本発明の蛍光発光性フィルムであれば、試料からの分離、回収、再利用が容易である。
【実施例0062】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0063】
[測定・評価方法]
実施例及び比較例の化合物又はそのフィルムについて、それぞれの水分量の試料(溶液及びフィルム)に光を照射し、吸収スペクトル、蛍光スペクトル、蛍光強度を測定した。
測定装置及び測定条件は以下の通りである。
<測定装置>
吸収スペクトル測定装置:SHIMADZUUV-3150
蛍光スペクトル測定装置:HITACHIF-4500
<測定条件>
(溶液):励起波長:366nm
蛍光開始波長:380nm
蛍光終了波長:700nm
スキャンスピード:1200nm/min
励起・蛍光スリット幅:5.0nm
ホトマル400Vレスポンス:0.004s
(フィルム):励起波長:366nm
蛍光開始波長:380nm
蛍光終了波長:700nm
スキャンスピード:1200nm/min
励起・蛍光スリット幅:5.0nm
ホトマル400Vレスポンス:0.004s
【0064】
[実施例1]
<3-((((10-(Hydroxymethyl)anthracen-9-yl)methyl)(methyl)amino)methyl)-4-(4,4,5,5-tetramethyl-1,3,2-dioxaborolan-2-yl)benzonitrile(化合物(I))の合成>
【0065】
【0066】
10-メチルアミノメチル-9-アントラセンメタノールを、W.Yang,H.Fan,X.Gao,S.Gao,V.Vardhan,R.Karnati,W.Ni,W.B.Hooks,J.Carson,B.WestonandB.Wang,Chem.Biol.,2004,11,439-448;(b)Y.-ILin,S.A.LangJr.,C.M.Seifert,R.G.Child,G.O.MortonandP.F.Fabio,J.Org.Chem.,1979,44,4701-4703.を参考に合成した。
【0067】
三口フラスコに10-メチルアミノメチル-9-アントラセンメタノール0.25g(0.096mmol)とトリエチルアミン0.05mL(3.98mmol)をアセトニトリル23mlに溶解させ、窒素雰囲気下、80℃で30分間攪拌した。その溶液に、アセトニトリル10mlに溶解させた2-ブロモメチル-4-シアノフェニルボロン酸ピナコールエステル0.32g(0.997mmol)を加え、窒素雰囲気下、80℃で4時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧濃縮した。得られた濃縮物をアルミナカラムクロマトグラフィー(展開溶媒:塩化メチレン:メタノール=40:1)により分離精製し、淡黄色の化合物(I)(0.35g,71%)を得た。
【0068】
mp:95-99℃
FT-IR(ATR):ν~=2978,2228,1447,1344,1271,1142,1063,1036,997,854,799,748,698,656,602cm-1
1H NMR(400MHz,acetone-d6):δ=1.29(s,12H),2.29(s,3H),4.01(s,2H),4.48(s,2H),5.60(d,J=5.4Hz,2H),7.49-7.56(m,4H),7.64(dd,J=1.6 and 7.6Hz,1H),7.74(s,1H),7.88(d,J=7.6Hz,1H),8.45(dd,J=3.3 and 7.7Hz,2H),8.53(dd,J=3.5 and 7.9Hz,2H)
13C NMR(125MHz,CDCl3):δ=25.14,42.95,52.33,57.52,60.70,83.95,113.35,119.21,124.54,125.50,125.74,125.93,129.68,129.94,130.98,131.34,131.78,131.87,135.36,146.18ppm
HRMS(APCI):m/z(%):[M+H]+ calcd for C35H37BN2O4:492.25787
found:492.25879.
【0069】
[比較例1]
<3-((((anthracen-9-yl)methyl)(methyl)amino)methyl)-4-(4,4,5,5-tetramethyl-1,3,2-dioxaborolan-2-yl)benzonitrile(化合物(II))の合成>
【0070】
【0071】
特開2012-197384号公報の記載に従って、化合物(II)を得た。
【0072】
[化合物(I)及び化合物(II)の評価]
各種溶媒(1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル及びエタノール)に化合物(I)又は化合物(II)を溶解させた(2×10
-5M)。得られた溶液にそれぞれ異なる分量の水を入れ、種々の水分量の試料溶液を調製し、光吸収及び蛍光スペクトルの測定を行った。
化合物(I)及び化合物(II)に関して、約1.0質量%以下の水分量に対してλ
max
em=ca.415-420nmをプロットし、化合物(I)及び化合物(II)の検出限界及び定量限界をそれぞれ算出した。算出した化合物(I)の検出限界及び定量限界を表1に、化合物(II)の検出限界及び定量限界を表2にそれぞれ示す。なお、それぞれの検出限界及び定量限界は以下の(式1)及び(式2)を用いて算出した。
検出限界=3.3σ/slope・・・(式1)
定量限界=10σ/slope・・・・(式2)
(式1)及び(式2)中、σはブランクの標準偏差、slopeは
図1(a),(b)に示すそれぞれの検量線の傾きである。
【0073】
【0074】
【0075】
[考察]
表1,2より、化合物(II)に比べて、実施例の化合物(I)の検出限界と定量限界は、使用した全ての溶媒において非常に低いことがわかる。すなわち、化合物(I)の検出限界と定量限界はそれぞれ、1,4-ジオキサンでは0.006質量%と0.018質量%、テトラヒドロフランでは0.004質量%と0.012質量%、アセトニトリルでは0.004質量%と0.013質量%、エタノールでは0.007質量%と0.021質量%であった。化合物(I)の低い検出限界と定量限界は、プトロン供与基であるヒドロキシメチル基と水分子との相互作用がPET不活性の蛍光性イオン構造の形成を促進したことに起因していると考えられる。
以上の結果から、本発明の蛍光発光性化合物は、微量水分領域において水分検出・定量性を有する実用的な蛍光性水センサーであることを実証できた。
【0076】
[実施例2]
以下の手順でポリエチレングリコール(PEG)フィルムを作成し、評価を行った。
(1) PEGと化合物(I)をTHFに溶かし、化合物(I)の濃度が50質量%(外%、溶液としては25質量%)、PEGの濃度が50質量%(外%、溶液としては25質量%)の溶液を調製した。
(2) この溶液をカバーガラスにスピンコート(滴下量300μL、RPM3000、Time30.0s)することで膜(厚さ0.1から1μm)を作成した。
(3) 30分暗所で静置した後、フィルムに水分噴射(水噴射時間60s、水噴射距離5cm)後と乾燥後に光吸収及び蛍光スペクトルの測定を繰り返し行い、繰り返し特性の評価を行った。
光吸収スペクトルの変化を
図2(a)に、蛍光スペクトルの変化を
図2(b)に示す。また、蛍光発光性の変化を
図2(c)に示す。
【0077】
[実施例3]
実施例2において、PEGの代りに、ポリビニルアルコール(PVA)を用いたこと以外は同様にしてPVAフィルムを作製し、同様に評価を行った。
光吸収スペクトルの変化を
図3(a)に、蛍光スペクトルの変化を
図3(b)に示す。また、蛍光発光性の変化を
図3(c)に示す。
【0078】
[考察]
上記実施例2,3では、化合物(I)をドープしたポリマーフィルムの水分に対する光応答性を調べるために、水分噴射時(湿潤(Wet)時)と乾燥(Dry)後におけるポリマーフィルムの光吸収及び蛍光スペクトル測定を繰り返し行ったが、
図2(a),
図3(a)に示されるように、ポリマーフィルムに水分噴射しても光吸収スペクトルは殆ど変化しなかった。一方で、対応する蛍光発光スペクトルは図(b)の通り変化し、PET不活性下のアントラセン骨格のモノマー発光に由来する振動構造を有する蛍光発光帯が400~500nm(λ
fl
max=415-420nm)に出現した(
図2(b)のWet)。さらに、水分噴射後のポリマーフィルムを空気中で乾燥させると、光吸収と蛍光スペクトルは乾燥時のスペクトルに戻る(
図2(b)、
図3(b)のDry)。
また、
図2(c),
図3(c)の通り、繰り返し特性は良好であった。
この結果は、本発明の蛍光発光性化合物である化合物(I)の親水性のヒドロキシメチル基とPEG又はPVAとの相溶性に起因していると考えられる。
以上から、PET型蛍光性水センサーである本発明の蛍光発光性化合物をドープしたポリマーフィルムは、乾燥-湿潤過程においてエキシマー発光色とモノマー発光色の可逆なスイッチング特性を示すことが明らかとなり、水蒸気や水滴を可視化する有望な蛍光性センシング材料であることが実証された。
本発明の蛍光発光性化合物は、水分子が介在すると水と直接反応して蛍光性イオン構造となり、蛍光を発する。この蛍光を蛍光強度計等で測定することにより、水分量の検出ができる。本発明の蛍光発光性化合物によれば、低極性の溶媒中においても、含有する微量な水分量を検出することができ、化学薬品や医療品等の品質管理、排管等の水漏れの検出等、種々の分野にて利用可能である。