IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人産業技術総合研究所の特許一覧 ▶ 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023008970
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】高感度・高精度RT-PCR法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/686 20180101AFI20230111BHJP
【FI】
C12Q1/686 Z ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022106718
(22)【出願日】2022-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2021109423
(32)【優先日】2021-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「超高感度ウイルス計測に基づく感染症対策データ基盤」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願。令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、ウイルス等感染症対策技術開発事業「新型コロナウイルス等感染症の精確な検査を可能にする極微量RNAの超高感度増幅検出技術(RT-PCR法)の開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願。
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 正展
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(72)【発明者】
【氏名】松浦 俊一
(72)【発明者】
【氏名】池田 拓史
(72)【発明者】
【氏名】山口 有朋
(72)【発明者】
【氏名】馬場 知哉
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA18
4B063QA19
4B063QQ10
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】
被検試料中の微量な標的RNA分子を精確に検出又は同定するための高感度かつ高精度なRT-PCR法を提供する。
【解決手段】
被検試料中の微量な標的RNAウイルスなどの標的RNA分子に対して、RT-PCR法を適用するにあたり、
用いる酵素系のうち、少なくとも1つのDNA増幅酵素を、シリカ系ナノ空孔材料のシリカ細孔内に固定化した「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」として用いることにより、高感度かつ高精度に標的RNA分子を検出又は同定できるRT-PCR法を提供した。
特に、シリカ系ナノ空孔材料として中心細孔直径が2~8nmの製品を選択し、かつ製品表面をあらかじめ酸処理などで疎水性処理を施しておくことで、さらに高感度かつ高精度に標的RNAを検出又は同定することが可能となった。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中の微量な標的RNA分子をRT-PCR法を適用して精確に検出又は同定するための方法であって、
用いる酵素系のうち、少なくとも1つのDNA増幅酵素を、シリカ系ナノ空孔材料のシリカ細孔内に固定化した「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」として用いることを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記シリカ系ナノ空孔材料として、中心細孔直径が2~8nmのシリカ系ナノ空孔材料を用いることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
標的RNA分子がRNAウイルス由来RNAである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法であるか、又は2ステップRT-PCR法である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法であって、かつ用いる逆転写酵素が、少なくとも1つのDNA増幅酵素と共にシリカ系ナノ空孔材料に固定化された「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を形成している、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、あらかじめ疎水化処理が施された表面を有するシリカ系ナノ空孔材料であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法で用いるための疎水性表面を有するシリカ系ナノ空孔材料の調製方法であって、下記の(1)又は(2)の工程を含む、方法:
(1)シリカ系ナノ空孔材料に対してTris-HCl緩衝液を添加し、攪拌による懸濁工程と遠心分離による回収工程とを複数回繰り返す工程、
(2)シリカ系ナノ空孔材料に対して硝酸又は塩酸を加え、加熱処理後、洗浄、乾燥する工程。
【請求項8】
前記(1)のシリカ系ナノ空孔材料は、グリセロールを含むTris-HCl緩衝液と混合攪拌させた懸濁液として、PCR反応容器に分注させた後に遠心分離により沈殿物として得られる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
被検試料中の微量な標的RNAウイルスを、RT-PCR法により精確に検出又は同定するためのキットであって、
少なくとも1つのDNA増幅酵素がシリカ系ナノ空孔材料に固定化された「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又はさらに逆転写酵素が固定された「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を含む、キット。
【請求項10】
前記シリカ系ナノ空孔材料が、疎水化処理が施されている表面を有するシリカ系ナノ空孔材料である、請求項9に記載のキット。
【請求項11】
前記RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法である、請求項9に記載のキットであって、
(1)少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」もしくはさらに逆転写酵素を含む「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」が内包された反応容器、又は前記いずれかの複合体を含むPCR反応溶液が内包された反応容器、並びに
(2)dNTPs及び緩衝液を含み、所望により、標的RNAのcDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、蛍光検出用プローブ、逆転写酵素及び(1)に含まれたDNA増幅酵素以外のDNA増幅酵素をさらに含む、PCR反応溶液、
を含むキット。
【請求項12】
前記RT-PCR法が2ステップRT-PCR法である、請求項10に記載のキットであって、
(1)少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」もしくはさらに逆転写酵素を含む「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」が内包された反応容器、又は前記いずれかの複合体を含むPCR反応溶液が内包された反応容器、
(2)dNTPs及び緩衝液を含み、所望により、DNA増幅用プライマーをさらに含み、並びに、所望により、
(3)標的RNAのcDNA合成用プライマー、逆転写酵素、dNTPs及び緩衝液を含む、逆転写反応溶液、
を含むキット。
【請求項13】
被検試料中の微量な標的RNAウイルスを、RT-PCR反応に供する臨床検査用キットであって、
少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」もしくは「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を含むPCR反応溶液が内包された反応容器を含み、
前記PCR反応溶液が1~40%濃度のグリセロールを含有していることを特徴とする、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
【請求項14】
前記RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法である請求項13に記載の臨床検査用キットであって、
dNTPs及び緩衝液を含み、所望により標的RNAのcDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、蛍光検出用プローブ、逆転写酵素及び前記DNA増幅酵素以外のDNA増幅酵素を含む、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
【請求項15】
前記RT-PCR法が2ステップRT-PCR法である請求項13に記載の臨床検査用キットであって、
所望によりdNTPs及び緩衝液、DNA増幅用プライマーを含み、
所望により、標的RNAのcDNA合成用プライマー、逆転写酵素、dNTPs及び緩衝液を含む、逆転写反応溶液をさらに含む、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極微量のRNA分子検体を高感度・高精度かつ迅速に検出可能な逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法、特にリアルタイム1ステップRT-PCR法及び2ステップRT-PCR法に関する。更に詳しくは、シリカ系ナノ空孔材料もしくはその表面改良シリカ材料と、DNA増幅酵素とを複合体化させたDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体、又はさらに逆転写酵素を固定化した逆転写酵素/DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いることによる、極微量のRNAウイルスなどに由来するRNA分子検体の迅速かつ正確な検出方法及びそのためのキットに関する。すなわち、数分子レベルのRNA及びRNA-cDNAハイブリッドを対象とすることができる極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドの検出技術、並びに当該技術を用いたRNAウイルス検出方法及びキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るっているが、コロナウイルスは、極めて変異しやすいウイルス種で重篤化や高感染性をもたらす変異株が生じやすく、以前にも重症肺炎に至ったコロナウイルス感染症として、2012年のMERSコロナウイルス(MERS-CoV)、2002年のSARSコロナウイルス(SARS-CoV)等が世界的な流行を引き起こしたことは記憶に新しい。また、他に感染力が強く集団食中毒や集団感染を引き起こす病原性RNAウイルスとしてノロウイルスも公衆衛生上関心が高いウイルスである。
【0003】
一般に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の確定診断には逆転写PCR(RT-PCR法)が用いられているが、ウイルス感染初期の患者からは、極めて微量のウイルスRNAを含む検体しか得られないことが多く、現行のRT-PCR法では検出限界以下のため陰性と判定される、「偽陰性」が大きな問題となっている(検出感度の問題)。
また、感染後に回復して陰性と判定された後に再び陽性となる事例が発生していることから、現行法では検出限界以下となる極微量のウイルスが体内に残存している可能性が指摘されている。
1分子レベルからのRNA検出における先行技術として、1ステップのRT-PCR技術である「AmpdirectTM 2019-nCoV検出キット」等が販売されている(特許文献1、2、非特許文献1)。本キットは生体サンプル(鼻咽頭拭い液、唾液など)からの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のRNA検出が可能であり、増幅反応の標的となるRNA分子の最小検出感度は10コピー/テストとされている。しかし、十分な感度を有しているにも係わらず、精度が低いために偽陽性と診断される可能性が指摘されている。
【0004】
このように、現行のPCR法において高感度化を図った場合、あるいはRT-PCR法よりも高感度とされる逆転写等温DNA増幅法(RT-LAMP法)を用いた場合、バックグランド増幅と呼ばれる検体由来の夾雑核酸分子(ヒトDNAなど)に起因すると考えられる非特異的な増幅反応での「偽陽性」が問題となる(検出精度の問題)。
当該RT-LAMP法に関しては、栄研化学から1ステップで行える簡便な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2検出用の「Loopamp(商標登録)新型コロナウイルス2019(SARS-CoV-2)検出試薬キット」が2020年から販売されている(非特許文献2)。本製品の最小検出感度は60コピー/テストとされている。
いずれの手法も、現状では偽陰性及び偽陽性の問題は解決できておらず、現行の「RT-PCRによる病原体検出マニュアル」(非特許文献3)によれば、増幅反応の標的となる核酸分子の検出限界は10分子程度とされている。
したがって、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)等の精確な診断(偽陰性、偽陽性の軽減)のためには、より微量の検体に対する超高感度かつ高精度での検出法の確立及びそのための検出キットの開発が急務な状況である。
【0005】
ところで、従来から、MCM、SBA、FSM型などのシリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に蛋白質を吸着させ、活性を保持させる人工的な蛋白質複合体に関するタンパク質固定化技術を酵素に適用して、酵素をこれらシリカ系ナノ空孔材料の細孔内部に固定化し、基質と反応させる方法が知られていた(特許文献3、4、非特許文献4)。本発明者らは、最近、微量のDNAを選択的に増幅するために、当該シリカ系ナノ空孔材料を用い、DNA増幅酵素をシリカ系ナノ空孔材料に固定化して複合体化したDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を製造し、標的の微量及び極微量DNAを増幅する方法を開発した(特許文献5、6、非特許文献5、6、7、8、9)。しかし、当該手法を用いることで、0.01fgレベルの極微量DNAの増幅までは選択的に行えることが確認できたが、極微量のRNA及びRNA-cDNAハイブリッド試料に適用できるかは不明であった。
【0006】
また、DNA増幅酵素の固定化に関する従来技術としては、他に、多孔性チタニア膜や金表面処理ガラス基板などにDNA増幅酵素を固定化し、酵素活性を高効率に発現させることなどの特徴を有する固定化酵素の開発が行われている(非特許文献10、11、12)が、当該技術を、極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドを対象としたRNA検出に適用した報告例は存在しない。
【0007】
以上のように、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)等のRNAウイルス感染症に対する迅速な確定診断のための、偽陰性及び偽陽性の発生を極力抑えた超高感度かつ高精度な検出法の技術開発、および簡便な検出キットの開発が切望されていた。
そのため、従来の逆転写酵素やDNA増幅酵素を用いたRNA検出法において、多量の残存RNA等の反応を阻害する夾雑物質の影響を最小化し、又、DNA増幅反応中の副反応を極力抑制し、かつDNA増幅反応環境を至適化する技術を開発することで、DNA増幅反応の特異性及び感度を高め、数分子レベルの極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドにも適用できる高精度のRNA検出法の提供が強く要請されていた。また、PCR反応における伸長温度の適用範囲を拡大させ、より効率的かつ迅速なDNA増幅反応を実行するための技術開発も必要とされていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2020-80806号公報
【特許文献2】特開2019-198259号公報
【特許文献3】特許第4785174号公報
【特許文献4】特開2000-139459号公報
【特許文献5】特許第6152554号公報
【特許文献6】特許第6714251号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「AmpdirectTM 2019-nCoV検出キット」(2020年11月改訂(第3版)(株)島津製作所
【非特許文献2】「Loopamp(商標登録)新型コロナウイルス2019(SARS-CoV-2)検出試薬キット」添付書類(2020年4月作成)栄研化学(株)
【非特許文献3】国立感染症研究所, 病原体検出マニュアル(2019-nCov Ver.2.9.1)
【非特許文献4】豊田研究所R&Dレビュー Vol.36,No.2(2001.6)第57-62
【非特許文献5】松浦俊一ら、ナノ空孔反応場を利用した高効率DNA増幅システムの構築、分子生物学会講演要旨集(2012年12月11日)
【非特許文献6】松浦俊一ら、ナノ空間反応場を利用した1分子DNA増幅システムの構築、生物工学会トピックス集(2016年08月25日)
【非特許文献7】松浦俊一ら、ナノ空間反応場を利用した1分子DNA増幅システムの構築、生物工学会講演要旨集(2016年09月30日)
【非特許文献8】松浦俊一ら、シリカ系ナノ細孔を利用した1分子DNA増幅技術の開発、分子生物学会講演要旨集(2016年11月30日)
【非特許文献9】S.Matsuura et al.,RSC Adv.,vol.4,pp.25920-25923(2014)
【非特許文献10】M.G.Bellino et al.,Small,vol.6,pp.1221-1225(2010)
【非特許文献11】G.Lim et al.,Anal.Biochem.,vol.419,pp.205-210(2011)
【非特許文献12】G.Lim et al.,Anal.Biochem.,vol.432,pp.139-141(2013)
【非特許文献13】S.Inagaki et al.,J.Chem.Soc.Chem.Commun.,pp.680-682(1993)
【非特許文献14】T.Kimura et al.,Adv.Funct.Mater.,vol.19,pp.511-527(2009)
【非特許文献15】D.Zhao et al.,Science,vol.279,pp.548-552(1998)
【非特許文献16】Y.Urabe et al., ChemBioChem,vol.8,pp.668-674(2007)
【非特許文献17】N.Nakazawa et al., Micropor. Mesopor. Mater., vol.280,pp.66-74(2019)
【非特許文献18】N.Wolter et al.,Lancet,vol.399,pp.437-446(2022)
【非特許文献19】V.Papanikolaou et al.,Gene,vol.814,146134(2022)
【非特許文献20】C.Dachert et al.,Med.Microbiol.Immunol.,vol.211,pp.71-77(2022)
【非特許文献21】A.W.Lambisia et al.,Front.Med.,vol.9,836728(2022)
【非特許文献22】K.Itokawa et al.,PLOS ONE,vol.15,e0239403(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、極微量のRNA分子検体を高感度・高精度かつ迅速に検出可能なRT-PCR法、特にリアルタイム1ステップRT-PCR法及び2ステップRT-PCR法を提供しようというものである。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)等のRNAウイルス感染症に対する迅速かつ簡便な確定診断のための、1分子レベルのウイルス由来RNAの検出を可能とする高感度かつ高精度なRT-PCR技術を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
RT-PCR法のうちでもリアルタイム1ステップRT-PCR法の場合は、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いてRT-PCR反応を行う際に、DNA増幅酵素の付近で逆転写酵素によるcDNAへの逆転写反応が速やかに起こる必要があり、かつ蛍光標識プローブ(TaqMan(商標登録)プローブ)からの蛍光検出を正確に行えることが必要となる。
しかし、シリカ系ナノ空孔材料には蛍光検出を阻害する可能性が懸念されるため、まず、リアルタイムRT-PCR反応に対するシリカ系ナノ空孔材料の反応阻害について検討した。具体的には、中心細孔径の異なる6種類のシリカ系ナノ空孔材料を添加してリアルタイムRT-PCR増幅曲線の蛍光強度を測定した。その結果、いずれのシリカ系ナノ空孔材料自体もリアルタイムRT-PCR反応を阻害する傾向がみられたものの、SBA型/FSM型のいずれも細孔径が小さいほど反応阻害が抑えられることがわかった。例えば、SBA5.4(中心細孔径5.4nm)及びFSM2.6(中心細孔径2.6nm)であれば、蛍光検出にほぼ不都合がない。
【0012】
また、本発明の実施例でDNA増幅酵素として用いたKOD DNAポリメラーゼ(以下、単にKODともいう。)はTaqやPfuと比較して、DNA合成速度、プロセッシビティ、熱安定性などに優れたDNA増幅酵素であるが、TaqやPfuのように5’→3’エキソヌクレアーゼ活性をもっていないため、単独では、蛍光標識プローブ法によるリアルタイムRT-PCRで使用することができない。したがって、シリカ系ナノ空孔材料に固定化するDNA増幅酵素としてKODを選択して、KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体を形成し、リアルタイムRT-PCRに使用する場合、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するTaq等の他のDNA増幅酵素と協調して働くことが求められる。しかも、上述のように、リアルタイムRT-PCRでは、シリカ系ナノ空孔材料存在下での逆転写酵素によるcDNAへの逆転写反応及びシリカ系ナノ空孔材料内に吸着されたKODの付近でKODによるDNA増幅反応と共に、他のDNA増幅酵素由来の5’→3’エキソヌクレアーゼ活性による蛍光標識プローブの分解反応が速やかに起こる必要がある。
そのような懸念があったため、KODをシリカ系ナノ空孔材料に固定化したKOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体を、蛍光標識プローブ(TaqMan(商標登録)プローブ)を用いたリアルタイム1ステップRT-PCR法に適用し、遊離のKOD(未固定)を用いた場合、及び非特許文献3の病原体検出マニュアルに記載の従来のリアルタイム1ステップRT-PCR試薬の場合と比較した。
具体的には、まず、KOD自身の添加効果をみるため、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA試料を、リアルタイム1ステップRT-PCR試薬と共に遊離のKOD(未固定)を添加してRT-PCRを行い、リアルタイムRT-PCRの増幅曲線を作成し、KOD未添加のポジティブコントロールの場合と比較したところ、両者に変化がないことを確認した。
次いで、同様に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA試料と共に、1ステップRT-PCR試薬をKOD-シリカ系ナノ空孔材料(SBA5.4)複合体を含む反応溶液内でRT-PCRを行い、その検出精度及び効率をポジティブコントロールと比較した。その結果、KODをシリカ系ナノ空孔材料に固定化して用いた場合に高感度化を示唆するデータを得た。
以上のように、1ステップRT-PCR法のDNA増幅酵素としてKOD DNAポリメラーゼを採用した場合でも、1ステップRT-PCR試薬中に含まれていた5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNA増幅酵素と協調してDNA増幅反応と同時にTaqMan(商標登録)プローブの分解反応が速やかに行われたことと解される。すなわち、シリカ系ナノ空孔材料に固定化されたKODの場合は、他のDNA増幅酵素と、DNA増幅反応においても高いシナジー効果が期待できることであり、当該効果が遊離のKODでは全く観察できなかったことから見て、予想外の効果であった。
【0013】
一方、RT-PCR法のうちの2ステップRT-PCR法の場合についても、遊離のKOD(未固定)では、極微量のRNA分子(10、1コピー)を標的とした場合にDNA増幅が認められないが、シリカ系ナノ空孔材料に固定化されたKODを用いた場合には、予想を超えたDNA増幅反応の向上効果を観察した。
具体的には、現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)では、40サイクルで2段階のPCR反応(nested PCR)による検出に合計4時間(2時間のPCR反応を2回)を要し、通常は、1段階目のPCRでの検出は困難であるとされているところ、遊離のKOD(未固定)を用いた場合はDNA増幅がみられないが、シリカ系ナノ空孔材料(SBA5.4)に固定化されたKODを用いた場合は1段階目のPCRにおいて1分子レベルの極微量RNAの精確な増幅検出を達成した(2時間のPCR反応を1回)。さらに、PCR反応条件を最適化することによって反応時間の短縮にも成功した。
以上のように、DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体は、極微量のRNA試料に対して用いる1ステップ及び2ステップRT-PCR法のいずれにおいても、その迅速かつ精確な増幅検出に寄与することができることがわかった。
【0014】
本発明者らは、さらに高感度・高精度に被検RNA試料を同定、検出するためのRT-PCR法を開発すべく、DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体の改良ができないかを検討した。
RT-PCR反応に用いるためのDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を製造するにあたり、PCR反応系用(通常、反応液量は20~50μL)のPCRチューブやPCRプレートなどのPCR用反応容器を用いる際に、シリカ系ナノ空孔材料の粉末を約0.1~0.5mgずつ分注する必要がある。一般には、精密電子天秤などを用いてシリカ粉末の秤量を行うが、微量サンプルの取り扱いが難しいために多検体サンプルによるPCR反応に向けては、シリカ粉末の分散液からの分注操作が有効であることが考えられる。しかし、当該シリカ粉末は比重が大きいため、通常の緩衝液に分散させた状態では時間の経過とともに沈降してしまい、ピペッティング操作による正確な分注が困難である。つまり、その際のシリカ粉末材料の正確な分注が課題となる。
そこで、本発明者らは、グリセロール等の増粘剤を添加し、シリカ分散液の粘度を増大させ、沈降を抑制することで正確に分注することを思いついた。しかし、グリセロールは、確かにシリカ分散液の粘度を増大させ分注を容易にするが、高濃度のグリセロールの存在は、続くRT-PCR反応を阻害することが懸念される。そればかりか、分注操作の際に偶然に混入した核酸夾雑物などが、数分子レベルの極微量RNAの選択的な検出を阻害する可能性もあった。
【0015】
そのような重大な懸念材料があったことから、本発明者らは、グリセロール含有緩衝液(例えば、50%グリセロール-Tris-HCl緩衝液)に分散させた当該シリカ粉末を適量、PCRチューブ等に分注した後、緩衝液による洗浄工程(例えば、Tris-HCl緩衝液などで3度処理する方法)によってグリセロールを除去しようと想起した。
前記のグリセロールを含有させたシリカ粉末分散液に対して、緩衝液による洗浄工程を行った後にDNA増幅酵素の固定化を行い、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を調製し、RT-PCR反応に供したところ、驚くべきことに、核酸夾雑物に起因する副反応が抑制され、かつ増幅反応の効率も高まる、という実験結果を得ることができた。
固体核磁気共鳴(SS-NMR)装置を用いて測定を行った結果、当該シリカ表面の末端シラノール基(Si-OH)の分布に違いが見られ、Tris-HCl緩衝液で処理したサンプルではシリカ骨格構造中に隣接して存在するシラノール基同士が一部縮合していることが判明した。このことより、緩衝液の影響によってシリカの表面性状もより疎水的に変化したことが示唆された。
【0016】
蛍光標識プローブを用いたリアルタイム1ステップRT-PCR法において前記の方法により疎水性を高めたシリカ系ナノ空孔材料の規則性細孔に固定化したDNA増幅酵素による効果を検証した。具体的には、DNA増幅酵素(KOD)を、疎水性を高めたシリカ系ナノ空孔材料に固定化した場合と、未処理のシリカ系ナノ空孔材料に固定化した場合及びPC(KOD-シリカ系ナノ空孔材料を含まない場合)のそれぞれにおけるリアルタイムRT-PCRのRNA検出の検量線(1000、100、10、1コピー)を作成したところ、KOD-疎水性シリカ複合体>KOD-未処理シリカ複合体>PCの順でより低い位置に平行移動(Cq値が減少)したことを観察した。このことから、DNA増幅酵素(KOD)を、疎水化処理シリカ系ナノ空孔材料に固定化することで、RT-PCRにおけるRNA検出のさらなる高感度化が示唆された。
また、前述のように、現行の病原体検出マニュアルでは40サイクルで計4時間(2時間のPCR反応を2回)要するとされる2ステップRT-PCRでの検出も、シリカ系ナノ空孔材料にDNA増幅酵素(KOD)を固定化することで1段階目のPCRにおいて1分子レベルの極微量RNAの精確な増幅検出を達成できたが、前記の方法により疎水性を高めたシリカ系ナノ空孔材料を用いた場合においては、さらに1段階目のPCR反応で標的配列をより精確に検出できた。
【0017】
このような知見から、本発明において、シリカ系ナノ空孔材料表面の疎水化を促進することで、さらなる増幅反応の感度と精度を高めることが可能であることが示唆されたため、シリカ系ナノ空孔材料に対し、硝酸を用いた積極的な表面処理を施した。その結果、積極的に疎水性を高めたシリカ系ナノ空孔材料においても、より高いDNA増幅効率が示された。
【0018】
以上のように、本発明は、RT-PCRに用いるDNA増幅酵素(KOD)を細孔径の小さなシリカ系ナノ空孔材料に固定化し、DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体とすることで、RT-PCR反応におけるDNA増幅反応の感度及び精度を高めることができ、はじめて数分子レベルという極微量のRNA試料を、高感度かつ高精度に検出することに成功した。
さらに、本発明は、DNA増幅酵素を当該シリカ系ナノ空孔材料担体に固定化する前に、予め、グリセロールを含んだ緩衝液などを用いて当該シリカ粉末をPCRチューブ等に正確に分注し、次いで、緩衝液により1回以上の洗浄工程及び遠心分離による回収工程を施すか、又は硝酸などによる表面処理を施すことで積極的に当該シリカ粉末の疎水化を促進させた上で、DNA増幅酵素との複合体を形成させるというDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の製造方法も提供する。そのことにより、RT-PCR反応中での副反応を極力抑え、さらに、RNA検出の感度及び精度を高めることができた。
【0019】
また、1ステップRT-PCR法の場合、DNA増幅酵素(KOD)をシリカ系ナノ空孔材料に固定化しDNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体を形成後に、逆転写酵素を含むリアルタイムRT-PCR試薬を加えて攪拌しながら反応を開始させるだけで、逆転写酵素の大部分はナノ空孔内に吸着され、効率よく安定に反応が進むが、逆転写酵素をあらかじめDNA増幅酵素(KOD)と共に、シリカ系ナノ空孔材料担体に固定化しておくと、さらに熱安定性が向上し、その結果、逆転写反応をより高温下で行うことができ、cDNAを高収量で合成できるようになるため、RT-PCRの反応を高感度化できる。
以上の知見を得たことで、本発明を完成した。
【0020】
すなわち、上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
〔1〕 被検試料中の微量な標的RNA分子をRT-PCR法を適用して精確に検出又は同定するための方法であって、
用いる酵素系のうち、少なくとも1つのDNA増幅酵素を、シリカ系ナノ空孔材料のシリカ細孔内に固定化した「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」として用いることを特徴とする、方法。
〔2〕 前記シリカ系ナノ空孔材料として、中心細孔直径が2~8nmのシリカ系ナノ空孔材料を用いることを特徴とする前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 前記シリカ系ナノ空孔材料が、中心細孔直径が4~8nmのSBA、2~5nmのFSM、2~4nmのMCM、及び2~8nmのTMPSのうちのいずれかの材料から選択されることを特徴とする、前記〔2〕に記載の方法。
〔4〕 標的RNA分子がRNAウイルス由来RNAである、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕 RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法であるか、又は2ステップRT-PCR法である、前記〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の方法。
ここで、本発明のRT-PCR法としては、「リアルタイム2ステップRT-PCR法」及び「1ステップRT-PCR法」が含まれており、本発明において開示された方法は、これら「リアルタイム2ステップRT-PCR法」及び「1ステップRT-PCR法」にも適用できる。
〔6〕 RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法であって、かつ用いる逆転写酵素が、少なくとも1つのDNA増幅酵素と共にシリカ系ナノ空孔材料に固定化された「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を形成している、前記〔5〕に記載の方法。
〔7〕 前記シリカ系ナノ空孔材料が、あらかじめ疎水化処理が施された表面を有するシリカ系ナノ空孔材料であることを特徴とする、前記〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の方法。
〔8〕 前記〔7〕に記載の方法で用いるための疎水性表面を有するシリカ系ナノ空孔材料の調製方法であって、下記の(1)又は(2)の工程を含む、方法:
(1)シリカ系ナノ空孔材料に対してTris-HCl緩衝液を添加し、攪拌による懸濁工程と遠心分離による回収工程とを複数回繰り返す工程、
(2)シリカ系ナノ空孔材料に対して硝酸又は塩酸を加え、加熱処理後、洗浄、乾燥する工程。
〔9〕 前記(1)のシリカ系ナノ空孔材料は、グリセロールを含むTris-HCl緩衝液と混合攪拌させた懸濁液として、PCR反応容器に分注させた後に遠心分離により沈殿物として得られる、前記〔8〕に記載の方法。
〔10〕 被検試料中の微量な標的RNAウイルスを、RT-PCR法により精確に検出又は同定するためのキットであって、
少なくとも1つのDNA増幅酵素がシリカ系ナノ空孔材料に固定化された「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又はさらに逆転写酵素が固定された「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を含む、キット。
〔11〕 前記シリカ系ナノ空孔材料が、中心細孔直径が2~8nmのシリカ系ナノ空孔材料である前記〔10〕に記載のキット。
〔12〕 前記シリカ系ナノ空孔材料が、疎水化処理が施されている表面を有するシリカ系ナノ空孔材料である、前記〔10〕又は〔11〕に記載のキット。
〔13〕 前記RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法である、前記〔10〕~〔12〕のいずれかに記載のキットであって、
(1)少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」もしくはさらに逆転写酵素を含む「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」が内包された反応容器、又は前記いずれかの複合体を含むPCR反応溶液が内包された反応容器、並びに
(2)dNTPs及び緩衝液を含み、所望により、標的RNAのcDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、蛍光検出用プローブ、逆転写酵素及び(1)に含まれたDNA増幅酵素以外のDNA増幅酵素をさらに含む、PCR反応溶液、
を含むキット。
なお、cDNA合成用プライマー及びDNA増幅用プライマー・蛍光検出用プローブセットはキットを実際に用いるユーザーが自由に選択できる方が好ましいので、通常はキットに含まない。
〔14〕 前記RT-PCR法が2ステップRT-PCR法である、前記〔10〕~〔12〕のいずれかに記載のキットであって、
(1)少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又はさらに逆転写酵素を含む「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」が内包された反応容器、又は前記いずれかの複合体を含むPCR反応溶液が内包された反応容器、
(2)dNTPs及び緩衝液を含み、所望により、DNA増幅用プライマーをさらに含み、並びに、所望により、
(3)標的RNAのcDNA合成用プライマー、逆転写酵素、dNTPs及び緩衝液を含む、逆転写反応溶液、
を含むキット。
なお、DNA増幅用プライマー及びcDNA合成用プライマーはキットを実際に用いるユーザーが使用時に自由に選択できる方が好ましいので、通常はキットに含まない。
〔15〕 被検試料中の微量な標的RNAウイルスを、RT-PCR反応に供する臨床検査用キットであって、
少なくとも1つのDNA増幅酵素を含む「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」もしくは「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を含むPCR反応溶液が内包された反応容器を含み、
前記PCR反応溶液が1~40%濃度のグリセロールを含有していることを特徴とする、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
〔16〕 前記RT-PCR法がリアルタイム1ステップRT-PCR法である前記〔15〕に記載の臨床検査用キットであって、
dNTPs及び緩衝液を含み、所望により標的RNAのcDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、蛍光検出用プローブ、逆転写酵素及び前記DNA増幅酵素以外のDNA増幅酵素を含む、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
〔17〕 前記RT-PCR法が2ステップRT-PCR法である前記〔15〕に記載の臨床検査用キットであって、
所望によりdNTPs及び緩衝液、DNA増幅用プライマーを含み、
所望により、標的RNAのcDNA合成用プライマー、逆転写酵素、dNTPs及び緩衝液を含む、逆転写反応溶液をさらに含む、冷凍保管可能な臨床検査用キット。
【発明の効果】
【0021】
本発明においては、RT-PCRに用いるDNA増幅酵素(KOD)を、細孔径の小さなシリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ)に固定化し、DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体とすることで、現行のリアルタイム1ステップRT-PCR法に対する高感度化(10倍程度)を実現できる。さらに、同様にして、2ステップRT-PCR(Nested PCR)法に対する高感度化(100倍程度)を実現できる。現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)では、Nested PCRにおいて2段階のPCRによる検出が行われている。そのため、通常は、1段階目のPCRでの検出は困難であるが、メソポーラスシリカの規則性細孔にDNA増幅酵素(KOD)を固定化することで1段階目のPCRにおいても1分子レベルの極微量RNAからの検出を可能にした。さらに、当該シリカ系ナノ空孔材料表面の疎水化を促進させることで、RT-PCR反応中での副反応を極力抑え、RNA検出の感度及び精度を高めることができた。
したがって、本発明におけるRT-PCR法の高感度化および高精度化により、偽陰性または偽陽性の低減が達成され、その結果、迅速で正確な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などのRNAウイルス検体の検出、判定が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(合成品:新型コロナウイルス検出用標準物質)を対象としRNA検出におけるシリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ)の規則性細孔に固定化したDNA増幅酵素(KOD)、又、逆転写酵素による(a)リアルタイム1ステップRT-PCR法及び(b)2ステップRT-PCR法(Nested PCR)の手順を模式的に示す説明図である。図中、(a)(b)の写真は、酵素-メソポーラスシリカ複合体含有PCR反応液を含んだPCRチューブ、である。
図2】DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体の調製方法及び逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)の開始までの手順を模式的に示す説明図である。
図3】固体核磁気共鳴(SS-NMR)装置を用いて分析した、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したSBA5.4、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回処理したSBA5.4、又、硝酸と混和して表面疎水性を向上させたSBA5.4の29Si-DDMAS NMRスペクトルを示す。右側は各シグナルが意味する29Si核周辺の局所構造。これらを定量的且つ詳細に解析することで、表面(細孔内壁面)の化学状態を推定することができる。
図4】SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])とDNA増幅酵素(KOD)を混和した直後の上清及びシリカ細孔表面に含まれるDNA増幅酵素の含有率におけるpH依存性を評価した結果、である。図中、(a)は、未処理のSBA5.4を用いた場合、また、(b)は、硝酸と混和して表面疎水性を向上させたSBA5.4を用いた場合、である。
図5】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000コピー)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCRの増幅曲線におけるシリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ:SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4]、7.1nm[SBA7.1]、10.6nm[SBA10.6])、FSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])、FSM-22(細孔径:4.2nm[FSM4.2]、8.0nm[FSM8.0]))の添加の影響を評価した結果(N=1)、である(PC:メソポーラスシリカを添加していないポジティブコントロール)。
図6】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000、100コピー)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCRの増幅曲線における遊離のKOD(未固定)、又、DNA増幅酵素(KOD)-未処理SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])複合体の添加の影響を評価した結果(N=1)、である(PC:遊離のKOD(未固定)及びKOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)。
図7】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000コピー)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCRの増幅曲線におけるDNA増幅酵素(KOD)-SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])複合体中のKOD含有量の影響を評価した結果(N=1)、である(PC:KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)。図中、(a)は、未処理のSBA5.4を用いた場合、また、(b)は、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回処理したSBA5.4を用いた場合、である。
図8】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000、100、10、1コピー)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCRの検量線における未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回処理したSBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を評価した結果(N=3、平均値をプロット)、である(PC:KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)。
図9】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000コピー)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCRの増幅曲線における未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、硝酸処理SBA5.4、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したSBA5.4及び硝酸処理SBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を評価した結果(N=1)、である(PC:KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)。
図10】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、又、未処理の3種類のSBA型メソポーラスシリカ(細孔径:5.4nm[SBA5.4]、7.1nm[SBA7.1]、10.6nm[SBA10.6])に固定化したDNA増幅酵素を用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合(PC:KOD(未固定))、である。
図11】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回処理した3種類のSBA型メソポーラスシリカ(細孔径:5.4nm[SBA5.4]、7.1nm[SBA7.1]、10.6nm[SBA10.6])に固定化したDNA増幅酵素を用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合(PC:KOD(未固定))、である。
図12】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、又、未処理の3種類のFSM型メソポーラスシリカ(細孔径:2.6nm[FSM2.6]、4.2nm[FSM4.2]、8.0nm[FSM8.0])に固定化したDNA増幅酵素を用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合(PC:KOD(未固定))、である。
図13】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回処理した3種類のFSM型メソポーラスシリカ(細孔径:2.6nm[FSM2.6]、4.2nm[FSM4.2]、8.0nm[FSM8.0])に固定化したDNA増幅酵素を用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合(PC:KOD(未固定))、である。
図14】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、1コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、硝酸処理SBA5.4、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したSBA5.4及び硝酸処理SBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を評価した結果(N=3)、である(PC:KOD(未固定))。
図15】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を、伸長温度を指標として評価した結果(N=3)である。
図16】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100コピー)のN2領域(158塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、又、FSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-メソポーラスシリカ複合体の添加の影響を、アニーリング及び伸長温度を指標として評価した結果である。
図17】固体核磁気共鳴(SS-NMR)装置を用いて分析した、(a)未処理のFSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])及び13M 硝酸で処理したFSM2.6、(b)未処理のMCM-41(細孔径:3.1nm[MCM3.1])及び13M硝酸処理MCM3.1、(c)未処理のTMPS(細孔径:2.0nm[TMPS2.0])及び13M硝酸処理TMPS2.0、又、(d)未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、1M硝酸処理SBA5.4及び13M硝酸処理SBA5.4の29Si-DDMAS NMRスペクトルを示す。
図18】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、1M硝酸処理SBA5.4及び13M硝酸処理SBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-メソポーラスシリカ複合体の添加の影響を評価した結果(N=3)である(PC:KOD(未固定))。
図19】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける(a)未処理のFSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])及び13M 硝酸で処理したFSM2.6、(b)未処理のMCM-41(細孔径:3.1nm[MCM3.1])及び13M硝酸処理MCM3.1、(c)未処理のTMPS(細孔径:2.0nm[TMPS2.0])及び13M硝酸処理TMPS2.0、又、(d)未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])及び13M硝酸処理SBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-メソポーラスシリカ複合体の添加の影響を評価した結果(N=3)である(PC:KOD(未固定))。
図20】未処理のFSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])及び13M 硝酸で処理したFSM2.6、未処理のMCM-41(細孔径:3.1nm[MCM3.1])及び13M硝酸処理MCM3.1、未処理のTMPS(細孔径:2.0nm[TMPS2.0])及び13M硝酸処理TMPS2.0、又、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])及び13M硝酸処理SBA5.4と、DNA増幅酵素(KOD)を混和した直後の上清(図中、白棒状印)及びシリカ細孔表面(図中、黒棒状印)に含まれるDNA増幅酵素の含有率を評価した結果(緩衝液のpHがpH=8の場合)、である。図中、(a)は、KOD(10units)、また、(b)は、KOD(1unit)を含んだ緩衝液(120mM Tris-HCl(pH 8))20μLと、各種シリカ系ナノ空孔材料(0.5mg)とを混和した場合、である。
図21】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、13M 硝酸で処理したSBA5.4、又、未処理のTMPS(細孔径:2.0nm[TMPS2.0])を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-メソポーラスシリカ複合体の添加の影響を、-30℃で冷凍保管し、解凍したKOD-メソポーラスシリカ複合体によるPCR産物濃度を指標として63日間における長期保存安定性を評価した結果である。図中、(a)は、冷凍保管した酵素-メソポーラスシリカ複合体を含んだPCRチューブ(液量:0μL)の写真、(b)は、冷凍保管サンプルを解凍した後、反応基質を添加したPCRチューブ(液量:20μL)の写真、また、(c)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合(未固定KODでのPCR産物濃度:0.22ng/μL)、である。
図22】新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100コピー)のS領域(547塩基)を標的とした2ステップRT-PCR(Nested PCR))の1段階目のPCRにおける未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])を用いて調製したDNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を、グリセロール(0、10、20、30、40、50%)、又、通常の2倍濃度のdNTPs及び塩化マグネシウム等を含んだ緩衝液10μLを重層し、-30℃で冷凍保管し、解凍したKOD-SBA5.4複合体によるPCR産物濃度を指標として14日間における長期保存安定性を評価した結果である。図中、(a)は、冷凍保管した酵素-メソポーラスシリカ複合体を含んだPCRチューブ(液量:10μL)の写真、(b)は、冷凍保管サンプルを解凍した後、反応基質を添加したPCRチューブ(液量:20μL)の写真、また、(c)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。
図23】(a)S遺伝子(3822塩基)を含む新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ゲノムマップ及びS遺伝子を標的とした遺伝子特異的プライマー(S遺伝子特異的プライマー-1及び-2)を用いた逆転写反応により合成された長鎖RNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR増幅の標的領域(1-4)、又、(b)遊離のDNA増幅酵素(KOD)、及び、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域1:547塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-1を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
図24】(a)遊離のDNA増幅酵素(KOD)、及び、(b)未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域2:1245塩基対、標的領域3:1670塩基対、及び、標的領域4:998塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-1を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
図25】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、及び未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域3:1670塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-2を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
図26】遊離のDNA増幅酵素(KOD)、及び、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域2:1245塩基対)をゲル電気泳動で解析し、PCRの感度を評価した結果である。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)粒子から抽出した完全長RNA(9、3コピー)から、(a)S遺伝子特異的プライマー-1、及び、(b)S遺伝子特異的プライマー-2を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=5)、である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
1.本発明において用いる「シリカ系ナノ空孔材料」について
(1-1)シリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ)の種類
本発明で固定化酵素担体として用いるシリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ)は、二酸化ケイ素(シリカ)を材質とする、均一な細孔を持つ多孔質材料であって、細孔の中心細孔直径が2~50nm(メソ孔:IUPAC)であり、一般的には、全細孔容積が0.1~2.0mL/gで、比表面積が200~1500m/gである(非特許文献13など)。メソポーラスシリカ内の細孔を規則的に形成させるための一般的合成方法には、(a)液晶の鋳型法と(b)シート変形法の2種類あり、(a)では、界面活性剤をシリカ又はケイ酸ソーダと混和して縮合による自己組織化させ、焼成により界面活性剤を除去するのに対して、(b)では界面活性剤を層状のカネマイト(NaHSi・3HO)に添加してイオン交換によりシート変形を起こさせてハニカム構造を形成させ界面活性剤を焼成除去する方法(非特許文献14)がある。(a)の方法で得られる典型的なものとして、「MCM(MCM-41など)」、「SBA(SBA-15)」などがあり、(b)の方法で得られる典型的なものとして、「FSM(FSM-16など)」などがある。両法で得られる「シリカ系ナノ空孔材料」は、いずれも通常ハニカム構造の2次元六方晶系の結晶構造を有している。(a)と(b)の両方の方法により合成されるものとして、TMPS(Taiyo Kagaku Meso Porous Silica、太陽化学社製)などがある。また、(a)の方法で得られる「MCM」及び「SBA」などでは、立方晶系の結晶構造を採るものもある。
本発明において用いられる「シリカ系ナノ空孔材料」は、上記いずれかの手法で合成された規則的な細孔構造を有する「シリカ系ナノ空孔材料」であり、より好ましくは、「SBA」「FSM」「MCM」又は「TMPS」であり、特に好ましくは「SBA」又は「SBA」の後処理過程でTris-HCl緩衝液、又は、硝酸と混和して表面疎水性を向上させた「酸処理SBA」である。なお、「SBA」及び「MCM」は、Sigma-Aldrich社製品なども適用できる。
【0024】
(1-2)本発明で用いたシリカ系ナノ空孔材料の合成方法
本発明の実施例では、典型的な規則的な細孔構造を有する「シリカ系ナノ空孔材料」のうち、上記(a)のタイプの典型的な「SBA(SBA-15)」及び上記(b)のタイプの典型的な「FSM(FSM-16、22)」を用い、「FSM」は、稲垣らの方法(非特許文献14)、また、「SBA」は、Zhaoらの方法(非特許文献15)と卜部らの方法(非特許文献16)の記載をそれぞれ参考にして合成した。
具体的には、「SBA(SBA-15)」は、非イオン性界面活性剤を鋳型として用い、オルトケイ酸テトラエチルをシリカ源とした、酸性溶液でのシリカの脱水重縮合反応を行い、焼成により界面活性剤を除去する方法により得、「FSM」は、カチオン性界面活性剤を鋳型として用い、層状ケイ酸塩であるカネマイトをシリカ源とした膨張剤(1,3,5-トリイソプロピルベンゼン)非存在あるいは存在下及び弱アルカリ性溶液でのシリカの脱水重縮合反応を行い、焼成により界面活性剤を除去する方法により得た。
本発明で用いる「シリカ系ナノ空孔材料」のうち、SBA型メソポーラスシリカ(SBA-15)は、以下、細孔径に応じて単に、SBA5.4(細孔径:5.4nm)、SBA7.1(細孔径:7.1nm)、SBA10.6(細孔径:10.6)ともいう。また、FSM型メソポーラスシリカは、以下、細孔径に応じて単に、FSM-16については、FSM2.6(細孔径:2.6nm)、FSM-22については、FSM4.2(細孔径:4.2nm)及びFSM8.0(細孔径:8.0nm)ともいう。
【0025】
(1-3)シリカ系ナノ空孔材料の細孔径について
シリカ系ナノ空孔材料の一般的な細孔径は、中心細孔直径で2~50nm(メソ孔)である。そのうち、本発明で用いられるシリカ系ナノ空孔材料の好ましい中心細孔直径は、2~9nmであり、2~8nmがより好ましい。具体的には、SBAの場合、中心細孔直径は4~9nm、好ましくは4~8nmの範囲であり、より好ましくはSBA5.4(中心細孔直径:5.4nm)及びSBA7.1(中心細孔直径:7.1nm)であり、特にSBA5.4(中心細孔直径:5.4nm)が好ましい。FSMの場合は、中心細孔直径は2~8nm、好ましくは2~5nmの範囲であり、より好ましくはFSM2.6(中心細孔直径:2.6nm)及びFSM4.2(中心細孔直径:4.2nm)であり、特にFSM2.6(中心細孔直径:2.6nm)が好適である。また、MCMの好ましい中心細孔直径は2~4nmであり、TMPSの場合は2~8nmである。
【0026】
2.本発明におけるシリカ系ナノ空孔材料表面の疎水化処理
本発明において、固定化酵素担体として用いるシリカ系ナノ空孔材料は、上記1.の製造法で得られたシリカ材料を未処理のまま用いるほか、以下に示す方法などにより、シリカ材料表面に疎水化処理を施すことが好ましい。
(2-1)シリカ系ナノ空孔材料のPCRチューブ等への分注操作に伴う表面の「酸処理」
(2-1-1)PCRチューブ等への分注操作
本発明におけるPCRチューブやPCRプレートへのシリカ系ナノ空孔材料の粉末の分注方法では、グリセロール等の増粘性物質を含んだ緩衝液あるいは超純水をシリカ系ナノ空孔材料粉末と混合することで、粘度を増大させたシリカ分散液を得ることができる。その際、本発明においては、シリカ分散液調製用の緩衝液として、グリセロールを含有させた緩衝液、例えば、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)を用いることが好ましい。シリカ分散液の分注方法は、例えば、シリカ系ナノ空孔材料の粉末10mgを、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)緩衝液1mL中に懸濁させた後、50μL分をPCRチューブへ移し入れた場合、シリカ系ナノ空孔材料の粉末0.5mgを分注したPCRチューブを得ることができる。また、遠心分離後に上清を完全に除去することで、シリカ系ナノ空孔材料の沈殿物を得ることができる。
ここで、増粘性物質としては、グリセロールが好ましいが、グリセロールに代えて、プロピレングリコールの他、グリセリンやプロピレングリコールの脂肪酸エステルなどを用いることができる。またRT-PCR反応時にPCR反応阻害解消のために添加するベタイン類などの界面活性剤のうち、粘性のあるものを用いてもよく、その場合は続く洗浄工程が不完全であってもよい。
【0027】
(2-1-2)シリカ系ナノ空孔材料のHCl含有緩衝液による洗浄処理による表面疎水性の向上
次いで、酵素固定化前のシリカ系ナノ空孔材料の沈殿物に対して、沈殿物が含有するグリセロールを除去するための洗浄工程を設ける。その際の洗浄液は、グリセロール等を含まない緩衝液あるいは超純水、好ましくは分注操作時に用いた緩衝液が好ましいが、緩衝液のモル濃度やpH値は、酵素固定化後の沈殿物に対して行う洗浄工程、また、DNA増幅工程で用いる反応媒体用の緩衝液と同一であってもよい。当該洗浄工程は1回でも良いが、2回以上行うことが好ましい。
ここで、洗浄水としては、「超純水」を用いずに、「Tris-HCl(pH 8)」緩衝液など、「HCl」を含む緩衝液を用いることが好ましい。例えば、「Tris-HCl(pH 8)」を用いた場合、緩衝液自体のpHは8であるが、緩衝液中の極低濃度のHCl(酸)が局所的にシリカ表面に作用して表面のシラノールの縮合に関与し、結果的にシリカ担体表面の疎水性が高まると考えられる。シリカ担体表面の疎水化に寄与しているのが緩衝液中のHCl(酸)であると考えられるため、「酸処理シリカ担体」ともいう。
具体的には、例えば、グリセロールを含まない120 mM Tris-HCl(pH 8)100μLで該沈殿物を再懸濁することにより洗浄を行い、遠心分離後に上清を完全に除去する。これらの工程を合わせて3回繰り返す。当該洗浄操作を複数回繰り返すことによってシリカの表面性状をより疎水的に変化させることができる。
洗浄後の沈殿物は、2000~4000G、10~30秒間などの遠心分離処理を行い、上清と分離し、表面疎水性を向上させた「酸処理シリカ系ナノ空孔材料複合体」として回収する。
【0028】
(2-2)酸処理物質によるシリカ担体表面の「疎水化処理」
本発明においては、前記の分注及び洗浄処理を施さずに、シリカ系ナノ空孔材料の粉末0.5mgを直接、PCRチューブ等へ移し入れた後に酵素の固定化を行うことも可能である。また、このようなシリカ系ナノ空孔材料については、別の方法によってもシリカ表面の疎水化をより強力に促進することができる。例えば、中澤らの方法(非特許文献17)を参考にして、シリカ系ナノ空孔材料の粉末を、1~13M 硝酸などに添加し、150~200℃に加熱しながら、約6~24時間静置する。加熱を止めて常温に戻した後、水を加えて吸引濾過を行い、約60℃で乾燥させる。当該操作によってもシリカの表面性状をより疎水的に変化させることができる。ここで、表面を疎水化させるための酸処理物質として、硝酸以外にも塩酸を用いることができる。
この様に、まずシリカ系ナノ空孔材料に疎水化処理を施した後、(2-1)のグリセロールなどを用いた分注工程及び緩衝液もしくは超純水などによる洗浄工程を設けることにより、微量の疎水化シリカ系ナノ空孔材料を正確にPCRチューブ内に測り入れることも可能となった。
【0029】
3.「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料」複合体の製造方法
次に、本発明で用いるDNA増幅酵素、またはさらに逆転写酵素をシリカ系ナノ空孔材料に固定化する「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料」又は「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料」に、所望によりウシ血清アルブミン(BSA)などをさらに備える、本発明の「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」などの製造について説明する。
(3-1)DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の製造
本発明において、DNA増幅酵素のシリカ系ナノ空孔材料への固定化方法は、通常の酵素固定化方法が適用でき、DNA増幅酵素及び緩衝液を、シリカ系ナノ空孔材料粉末と混合することで、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を沈殿物として得ることができる。(例えば、特許文献6参照)その際、本発明においては、酵素固定化用の緩衝液、また、固定化後の沈殿物に対して行う洗浄工程で用いる洗浄用緩衝液として、DNA増幅用に市販されているDNA増幅用反応液(東洋紡社製など)をそのまま用いることができる。例えば、120mM Tris-HCl(pH 8)、6mM 硫酸アンモニウム、10mM 塩化カリウム、0.1% Triton X-100、0.001% ウシ血清アルブミン(BSA)、1mM 塩化マグネシウムの組成の緩衝液を用いることができる。
ここで、シリカ系ナノ空孔材料としては、未処理のまま用いるほか、前記(2-1)又は(2-2)に示された「疎水化処理」表面を有するシリカ系ナノ空孔材料を用いる場合も、同様に、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を製造することができる。
具体的には、例えば、DNA増幅酵素を、前記の緩衝液50μL中に溶解又は懸濁させた後、シリカ系ナノ空孔材料の粉末0.5mgと混合して5秒程度室温で攪拌し、遠心分離を行うことにより、沈殿物として、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の前駆体を得ることができる。また、DNA増幅酵素と共に逆転写酵素もあらかじめシリカ担体に混和して固定化させておくことで、DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を製造することもできる。
【0030】
本発明においては、次いで、沈殿物として得られたDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の前駆体を、前記の洗浄用緩衝液で再懸濁する工程を含む洗浄処理を施し、上清を除去してDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を製造する。当該洗浄工程は1回でも良いが、2回以上行うことが好ましい。例えば、洗浄用緩衝液100μLで該沈殿物を再懸濁することにより洗浄を行い、遠心分離後に上清を完全に除去する。必要に応じ、これらの工程を繰り返す。ここで、洗浄用緩衝液は、DNA増幅酵素をシリカ系ナノ空孔材料に固定化する際に用いる酵素固定化用の緩衝液と、同一の組成であることが好ましいが、異なっていても良い。
洗浄後の沈殿物は、2000~4000G、10~30秒間などの遠心分離処理を行い、上清と分離し、「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」として回収する。
必要に応じて、上記洗浄工程、及び遠心分離工程を繰り返す。
【0031】
(3-2)本発明リアルタイムRT-PCR法で用いるDNA増幅酵素及び逆転写酵素について
本発明において対象とするRNAの定量増幅方法は、汎用的でかつ最も簡便な逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)であり、特にTaqMan(商標登録)プローブ等の蛍光標識プローブを用いたリアルタイムRT-PCR法であるが、他にインターカレーションダイ法を基にしたリアルタイムRT-PCR法や逆転写等温DNA増幅法(RT-LAMP法)などにも適用可能である。
本発明のRT-PCR法に用いるDNA増幅酵素としては、本発明の実施例で用いた高耐熱性DNA増幅酵素であるKOD DNAポリメラーゼが好ましいが、他にTaq DNAポリメラーゼ、Pfuポリメラーゼなども用いることができる。
蛍光標識プローブを用いたRT-PCR法を実施する際、KOD DNAポリメラーゼは、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性がないため、当該活性を補うためにも、当該活性を有するTaq DNAポリメラーゼ又はPfuポリメラーゼなどを併用する必要がある。すでに逆転写酵素などと共に、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNAポリメラーゼが含まれている、市販のリアルタイムRT-PCR試薬を併用してもよい。市販のリアルタイムRT-PCR試薬としては、Reliance One-Step Multiplex Supermix(Bio-Rad社製)やTaqMan(商標登録) Fast Virus 1-Step Master Mix(Thermo Fisher Scientific社製)などがある。
RT-PCR法用の逆転写酵素としては、Moloney Murine Leukemia Virus及びAvian Myeloblastosis Virus由来などの逆転写酵素(SuperScript IV、AMV、M-MLV、GeneAceなど)を用いることができる。
すなわち、本発明のリアルタイムRT-PCR法のために用いる典型的な酵素試薬としては、「DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又は「DNA増幅酵素(KOD)-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」及び5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するポリメラーゼである。
他に、RT-LAMP法には、Bst DNAポリメラーゼなどを用いることができる。
また、SYBR Green I等を用いたインターカレーションダイ法を基にしたリアルタイムRT-PCR法に本発明を適用する場合は、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性は不要なので、DNA増幅酵素としては、KOD DNAポリメラーゼのみで十分である。
【0032】
4.本発明における極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドの検出方法
(4-1)本発明に用いるDNA増幅酵素
本発明における「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」は、従来のRNA検出法におけるDNA増幅方法で用いられていた「DNA増幅酵素」を、シリカ系ナノ空孔材料の細孔径の調整や、シリカ表面への疎水性処理などにより、リアルタイムRT-PCR反応及びそれに伴う逆転写酵素によるcDNAへの逆転写反応や蛍光標識プローブの分解反応などを阻害しない状態で固定化された「固定化DNA増幅酵素」であるといえるから、本発明に用いる「DNA増幅酵素」としては、一般的なRNA検出におけるDNA増幅方法で用いるDNA増幅酵素に適宜代替して用いることができる。
したがって、本発明のRNA検出におけるDNA増幅の増幅手段自体は、基本的には従来からのDNA増幅方法、特に固定化DNA増幅酵素を用いたDNA増幅方法での増幅手段をそのまま適用することができ、増幅の対象となる標的RNA及びRNA-cDNAハイブリッドの種類も同様である。
【0033】
しかしながら、本発明のRT-PCR法における核酸増幅法において、特に、数分子レベル、さらには1分子レベルという極微量RNA及び極微量RNA-cDNAハイブリッドの検出方法においては、DNA増幅に際して用いるDNA増幅酵素として、「KOD DNAポリメラーゼ」を用い、シリカ担体に固定化して「KOD DNAポリメラーゼ-シリカ系ナノ空孔材料複合体」とすることが有効である。「KOD DNAポリメラーゼ」は、通常RT-PCR試薬には含まれないが、本発明では、リアルタイム1ステップRT-PCRにおいても積極的に用いることが好ましい。「KOD DNAポリメラーゼ」を用いることにより標的RNAの量が極微量の場合、特に被検試料中のRNA含有量が極微量の場合であっても、RNA及びRNA-cDNAハイブリッドを高感度かつ高精度で検出できるという効果は予想外であった。
【0034】
ここで、2ステップRT-PCR(図1b)の場合は、そのまま固定化KODを適用することで、1分子レベルの高感度PCRが可能となる。
一方、リアルタイム1ステップRT-PCR(図1a)の場合は、KODはDNAを合成することはできるものの、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性をもたないために蛍光検出用プローブ(TaqManプローブ)を分解できない。そのため、蛍光検出をするために、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性をもつDNA増幅酵素が必須となる。
その際、市販のリアルタイムRT-PCR試薬を併用することで、当該試薬中に含まれるDNA増幅酵素が5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するために蛍光検出が可能となる。むしろ、濃度を最適化した固定化KODと、リアルタイムRT-PCR試薬中のDNA増幅酵素との併用により、PCR反応が促進し、高感度化が認められた。すなわち、このことから、KOD DNAポリメラーゼと、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNA増幅酵素(例えばTaqポリメラーゼ、Pfuポリメラーゼなど)とを併用することで、シナジー効果が奏せられることが強く示唆される。
また、本発明のRT-PCR法として、実施例などで具体的に説明しているのは、主として「リアルタイム1ステップRT-PCR法」及び「2ステップRT-PCR法」であるが、これらの方法はいずれも「リアルタイム2ステップRT-PCR法」及び「1ステップRT-PCR法」に適用可能である。
【0035】
以上のように、本発明の対象とするRNA検出におけるDNA増幅方法は、KOD DNAポリメラーゼを用いる場合のみに限られるものではないが、以下の説明では、主にKOD DNAポリメラーゼを用いたRT-PCR法を用いた場合について、詳細に説明する。
【0036】
(4-2)標的RNA及びRNA-cDNAハイブリッドについて
本発明における反応基質のRNAとしては、その塩基長さが限定されるものではなく、また、環状及び直鎖状、又は、一本鎖及び二本鎖などの適宜のRNAが適用可能である。
反応基質のRNA-cDNAハイブリッドとしても、その塩基長さが限定されるものではなく、また、RNA-cDNAハイブリッドからRNAを分解除去した一本鎖cDNAも適用することができる。
また、下記(4-4)において詳細に述べるが、本発明では数分子レベルの極微量の基質RNAであっても増幅可能であり、夾雑物の多い環境試料、血液、唾液など生体由来試料、病原微生物、ウイルスなど細胞由来試料中の極微量の標的RNAの検出も可能である。例えば、試料50μL中に0.03~3ag含まれている極微量RNAの検出を対象とすることができ、これは、環境試料、生体試料中の50μL中に1~10個レベルという極微量含まれる病原菌やウイルス由来RNAが検出できることを意味する。
したがって、本発明の標的RNAというとき、一般的にRNA検出の対象とする基質RNAの他、被検試料中に極微量含まれている検出又は同定の対象となるRNAを指す。
【0037】
(4-3)本発明における極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドの検出方法
KOD DNAポリメラーゼは5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有さないため、リアルタイムRT-PCRの場合には通常は用いられないが、本発明においては、むしろDNA増幅用酵素としてKOD DNAポリメラーゼを用いることが好ましい。KOD DNAポリメラーゼをシリカ系ナノ空孔材料に固定化して、DNA増幅酵素(KOD DNAポリメラーゼ)-シリカ系ナノ空孔材料複合体を形成し、リアルタイムRT-PCRによるRNA検出を行う。
その場合、リアルタイム逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)に際しては、上記KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体の沈殿物に、反応基質RNA、2種類のプライマー、蛍光検出用プローブ、dNTPs、BSA等の他に、逆転写酵素と共に、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNA増幅酵素(Taq、Pfuなど)を含んだリアルタイムPCR反応溶液20μLを添加した後、該沈殿物を再懸濁することによって開始させることができる。さらに、上記KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いた逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)は、上記KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体の沈殿物に、別途、逆転写酵素を用いたRNAから合成した反応基質RNA-cDNAハイブリッド、2種類のプライマー、dNTPs、BSA等を含んだPCR反応溶液50μLを添加した後、該沈殿物を再懸濁することによって開始させることができる。
本発明においては、前記の分注及び洗浄処理を施さない、未処理のシリカ系ナノ空孔材料の粉末にKOD DNAポリメラーゼを固定化した場合でも、遊離のKODを用いた場合に比較すると、リアルタイムPCRなどにおいて良好な結果を得ている。そして、前記の緩衝液を用いた洗浄処理や硝酸を用いた処理によってシリカ表面の疎水化を促進することにより、さらに有利な効果が奏せられた。このようなシリカ系ナノ空孔材料の疎水性度の違いによる、各種DNA増幅酵素の固定化状態の適正化と、固定化したDNA増幅酵素と相互作用できる前記の各種反応基質の供給量及び反応環境の至適化によって、1分子レベルからの高感度かつ高精度のRNA検出を可能にする。
また、本発明では、前記の洗浄工程により、遺伝子組換え逆転写酵素及びDNA増幅酵素などの精製品に含有されることがある宿主由来の夾雑RNAやDNA、また、反応系外から偶然に混入した標的RNAとは異なる、又は、同一の配列を有する核酸が極力取り除かれているため、極微量の標的RNAを特異的に増幅することもできる。
【0038】
(4-4)試料中の極微量RNAの検出及び同定方法
本発明の極微量RNAの検出方法は、感度及び精度の高い増幅が可能なため、生体試料(血液、鼻咽頭拭い液、唾液など)中に混入しているウイルス、病原菌由来のRNA検出、又、環境試料中にわずかに含まれるウイルス由来等の標的RNAの検出、同定においてきわめて有効である。
本発明における極微量RNAの検出及び同定方法において、対象とする被検試料中のRNA含有量は、1pg/mL以下であり、標的RNAの検出限界量は0.1ag/mLである。好ましくは0.2ag~2fg/mLであり、より好ましくは、0.5ag~0.5fg/mLである。
また、具体的な被検試料中の標的RNAの検出及び同定する方法は、以下の通りである。
(i)被検試料の標的RNAを抽出する工程、
被検試料の標的RNAを抽出する方法としては、被検試料が、例えば、ウイルスである場合は、現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)に記載のQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN社製)を用いた方法が適用できるが、他のウイルスRNA抽出キットを用いてもよい。ここで、抽出された標的RNAはそのままRNA検出工程に供することもできるが、適宜、緩衝液や超純水などで希釈することもできる。
【0039】
(ii)本発明の前述のDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を標的RNAのcDNA合成用プライマー(オリゴ(dT)プライマー、ランダムプライマー、或いは、遺伝子特異的プライマー)、DNA増幅用プライマー、蛍光検出用プローブ、dNTPs等、及び、PCR試薬に含まれる逆転写酵素、DNA増幅酵素などと共に作用させて、標的RNAを検出する工程、
具体的には、前記被検試料の抽出RNA含有緩衝液(例えば3~30μL)を、本発明のDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔複合体と共に標的RNAのcDNA合成用プライマー等を含んだPCR反応溶液(例えば10~20μL)に対して添加した後、Vortex Mixer等を用いて約5秒間室温で攪拌し、反応を開始させることができる。あるいは、予め、逆転写酵素を用いて抽出した標的RNAから合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質として適用することもできる。
【0040】
(iii)標的RNAを検出する工程
ここで、本発明のDNA増幅法を適用して、標的RNAから特異的に増幅されたDNAが、標的RNA由来であることを確認するための方法としては、一般的なDNA同定方法が適用できるが、例えば以下の方法を例示することができる。
(a)配列特異的なプライマー等を適用することにより得られる、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)及び逆転写等温DNA増幅法(RT-LAMP法)等における標的RNAの特異的増幅産物を電気泳動、濁度及び蛍光測定等で解析する方法
(b)リアルタイムRT-PCR法等において、増幅DNAを染色するための蛍光物質にインターカレーターを使用するインターカレーションダイ法及びTaqManプローブ等を用いたハイブリダイゼーションプローブ法により検出する方法
【0041】
5.本発明における標的RNAの検出方法及び検出用キット
(5-1)本発明の検出対象となる標的RNA
本発明の標的RNAは、RNAウイルスゲノム全長、もしくはRNAウイルス由来のRNA断片、及び病原菌由来のRNA断片の検出などに用いることができる。
特に、血液、唾液、鼻汁などの生体試料、環境試料中にわずかに含まれるRNAウイルス由来の数分子レベルの短いRNAの検出、同定に対しても威力を発揮する。例えば、感染研の検出マニュアルに準拠した158塩基や547塩基といった比較的短い配列の検出での有意な効果が実証されている。
一方で、本発明では、ウイルスRNAの全ゲノム解析などのような、「長い」RNAの検出に対しても有効である。例えば、本発明のDNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いて、1000~1500塩基対といったより長いRNA由来のRNA-cDNAハイブリッドを標的として、高感度かつ高精度に増幅できることをすでに検証している(data not shown)。
現行の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の全ゲノム解析法には、98種類のプライマーセットを用いたマルチプレックスPCRが採用され、381~469塩基対のPCR増幅が行われているが、本発明の方法を適用することで、さらに効率的かつ高感度・高精度に増幅できることが期待できる。
【0042】
本発明の検出対象となるRNAウイルスは、ゲノムとしてRNAを持つウイルスであれば、すべて含まれる。脂質二重層からなる外膜(エンベロープ)を持つSARS-CoV-2などのコロナウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、C型肝炎ウイルス、日本脳炎ウイルス、デングウイルスなど、また外膜を持たないノロウイルス、ロタウイルスなどが挙げられる。
【0043】
本発明の検体としては、生物試料、生物由来試料、環境試料および環境由来試料などが挙げられる。生物試料としては、血液、唾液、鼻汁、組織分泌液などの体液が含まれる。
生物由来試料としては、前記生体試料またはその懸濁液に対して、超音波破砕処理などをしたものが含まれる。環境試料としては、大気、土壌、塵埃、水などを含むあらゆる試料が挙げられる。環境由来試料としては、前記環境試料に対して、例えば超音波破砕処理などの処理をしたものが含まれる。
【0044】
(5-2)RNAウイルス検出用試料の調製方法
被検試料であるウイルス由来の標的RNAを抽出する方法としては、被検試料が、例えば、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)である場合は、現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)に記載のQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN社製)を用いた方法が適用できるが、他のウイルスRNA抽出キットや既知のRNA抽出法(AGPC(acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction)法など)を用いてもよい。あるいは、ウイルスからのRNA抽出操作が不要である、AmpdirectTM 2019-nCoV検出キット(特許文献1、2、非特許文献1)等を用いて、当該キットによる検体処理液をPCR反応溶液に直接添加する方法を用いてもよい。
ここで、ウイルス濃度の極めて低い環境試料、例えば、下水などの環境中に存在するウイルスを分析対象とする場合は、ウイルス濃縮法の選択が重要となる。ウイルス濃縮法としては、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿法、陰電荷膜破砕型濃縮法、また、限外ろ過膜法などが適用できる。ウイルス濃縮後に、前述のRNA抽出法や検出キットを用いて処理された標的RNAを含む試料はそのままRNA検出工程に供することもできるが、適宜、緩衝液や超純水などで希釈することもできる。
【0045】
(5-3)標的RNAウイルス検出・同定用キット
本発明の標的RNAウイルスを、RT-PCR法により精確に検出又は同定するためのキットは、以下のように記載できる。
被検試料中の微量な標的RNAウイルスを、RT-PCR法により精確に検出又は同定するためのキットであって、
当該キットは、少なくとも1つのDNA増幅酵素がシリカ系ナノ空孔材料に固定化された「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又はさらに逆転写酵素が固定された「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を含む。
ここで、シリカ系ナノ空孔材料は、中心細孔直径が2~8nmであることが好ましく、かつあらかじめ表面に疎水化処理が施されているシリカ系ナノ空孔材料であることが好ましい。
また、標的RNAウイルス検出・同定用キットとしては、
(1)「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又は「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」をPCRチューブなどPCR用反応容器に内包させておき、(2)シリカ系ナノ空孔材料に固定化されていない逆転写酵素、及びDNA増幅酵素を、RT-PCR反応に必要な標的RNAのcDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、dNTPs、蛍光検出用プローブ等を必要に応じて適宜組み合わせ、マグネシウム塩などの緩衝液中に含有させたPCR反応溶液、とセットとすることが好ましい。
例えば、リアルタイム1ステップRT-PCR法では、(2)のPCR反応溶液としては、cDNA合成用プライマー、DNA増幅用プライマー、dNTPs、蛍光検出用プローブ等と共に、所望により、固定化されていない逆転写酵素、及びDNA増幅酵素をさらに含む緩衝液からなり、2ステップRT-PCR法では、(2)のPCR反応溶液としては、RT-PCR反応に必要なDNA増幅用プライマー、dNTPs等を含んだ緩衝溶液からなるが、さらに所望により、cDNA合成用プライマー、dNTPs、逆転写酵素を含む緩衝溶液からなる逆転写反応溶液を含めてもよい。
そして、本発明の「DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」又は「DNA増幅酵素-逆転写酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体」は、RT-PCR用のチューブに、緩衝液等を完全に除去した形態もしくはこれに適量のグリセロールを含有させた緩衝液を重層した形態にて、フリーザーで冷凍保存することで長期保存可能である。このことは、必要な時にいつでもどこでも安定的に「RT-PCR用臨床検査用臨床検査用のキット」を提供できることを意味する。
なお、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)検出用キットなどの場合、非特許文献3に記載の「RT-PCRによる病原体検出マニュアル」に従って、前記(2)のPCR反応溶液を調製できる。また、すでに非特許文献1及び2等に記載の市販の検出試薬キットが簡単に入手できるので、前記(2)のPCR反応溶液として、前記検出試薬キットを用いることもできる。
【実施例0046】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。
なお、本明細書中に引用した技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。
【0047】
(合成例)シリカ系ナノ空孔材料の合成
本実施例で用いる、2次元六方晶系の細孔配列構造を有していて、細孔径の異なる各種シリカ系ナノ空孔材料(「SBA」及び「FSM」)を、それぞれ複数種類合成した。
【0048】
(合成例1)SBA-15の合成
Zhaoらの方法(非特許文献15)を参考にして、Pluronic P123(ポリオキシエチレン(42)ポリオキシプロピレン(67)グリコール[BASF社製])(10g)を、水300ミリリットルに添加し、35℃で一晩撹拌し溶解させた後、これに、塩酸21.87g及びオルトケイ酸テトラエチル(和光純薬工業社製)21.32gを更に添加し、ホットスターラーを用いて35℃に加熱しながら、約20時間撹拌した。
これを、異なる合成温度(a:35℃、b:80℃、又は、c:130℃)で24時間静置した。
【0049】
これを、吸引濾過した後、70℃の熱水に再分散して濾過する工程を4回繰り返してから風乾した。これを、45℃で3日間乾燥した後、時間あたり105℃の速度で550℃まで昇温させ、更に、これを、550℃で10時間焼成することにより、中心細孔直径の異なるシリカ系ナノ空孔材料(SBA-15)を得た。合成温度がa、b、cの場合、中心細孔直径は、各々a:5.4nm、b:7.1nm、また、c:10.6nm、であった。
【0050】
(合成例2)FSM-16、-22の合成
稲垣らの方法(非特許文献13)を参考にして、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド(3.2g、東京化成工業社製)、或いは、ドコシルトリメチルアンモニウムクロライド(4.24g、ライオン・アクゾ社製)を、70℃の水100ミリリットルに添加し、溶解後、カネマイト(トクヤマシルテック社製)5gを更に添加し、70℃に加熱しながら、ホモミキサーで3時間撹拌した。
【0051】
また、卜部らの方法(非特許文献16)を参考にして、ドコシルトリメチルアンモニウムクロライド(10g、ライオン・アクゾ社製)を、70℃の水125ミリリットルに添加し、溶解後、1,3,5-トリイソプロピルベンゼン(7.5g、アルファエイサー社製)を添加し、70℃に加熱しながら、ホモミキサーで30分間撹拌(3000rpm)した。これに、予め、カネマイト(トクヤマシルテック社製)6.67gを溶解した80℃の水131ミリリットルを更に添加し、70℃に加熱しながら、ホモミキサーで2時間撹拌(3000rpm)した。
【0052】
次に、これらに2規定塩酸を約1時間かけて添加し、pH 8.5の状態で、約3時間撹拌(3000rpm)し、吸引濾過した後、70℃の熱水に再分散して濾過する工程を4回繰り返してから風乾した。これを、45℃で3日間乾燥した後、550℃で6時間焼成することにより、中心細孔直径の異なるシリカ系ナノ空孔材料(FSM;界面活性剤の種類が、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド、ドコシルトリメチルアンモニウムクロライド、また、界面活性剤と膨張剤の種類が、ドコシルトリメチルアンモニウムクロライドと1,3,5-トリイソプロピルベンゼンの場合)を得た。中心細孔直径は、各々2.6nm(FSM-16)、4.2nm(FSM-22)、また、8.0nm(FSM-22)、であった。
【0053】
(実施例1)シリカ系ナノ空孔材料による、反応阻害の検証
最初に、本発明の極微量RNA分子の検出に用いるRT-PCR法において、酵素系の固定化担体としてシリカ系ナノ空孔材料を用いる場合の阻害要因について検討した。
特に、蛍光標識プローブを用いるリアルタイム1ステップRT-PCR法の場合は、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いてRT-PCR反応を行う際に、DNA増幅酵素の付近で逆転写酵素によるcDNAへの逆転写反応が速やかに起こる必要があり、かつ蛍光標識プローブ(TaqMan(商標登録)プローブ)からの蛍光検出を正確に行えることが必要となる。
しかし、シリカ系ナノ空孔材料自体がリアルタイムRT-PCRでの蛍光検出を阻害する可能性が懸念されたため、まずは、上記実施例1に記載の中心細孔直径の異なる6種類のシリカ系ナノ空孔材料(SBA5.4、SBA7.1、SBA10.6、FSM2.6、FSM4.2、FSM8.0)の添加(各0.5mg)の影響について検証した(図5)。その結果、PC(シリカ系ナノ空孔材料を添加していないポジティブコントロール)と比較して、各種のシリカ系ナノ空孔材料を添加した場合にリアルタイムRT-PCRの増幅曲線における蛍光強度がいずれも小さくなることが観察され、シリカ系ナノ空孔材料の添加は、リアルタイムRT-PCR反応を阻害する傾向が認められた。その一方で、SBA型/FSM型メソポーラスシリカ共に、細孔径が小さくなるにつれて、反応阻害の程度が抑えられることが明瞭に示された。例えば、SBA型であれば、中心細孔径5.4nmのSBA5.4の場合、FSM型であれば、中心細孔径2.6nm又は4.2nmのFSM2.6又はFSM4.2であれば、反応阻害程度が低いので、蛍光検出にもほとんど影響なく用いることができる。すなわち、RT-PCR法に適用するシリカ系ナノ空孔材料の好ましい中心細孔直径の数値範囲は、2~8nmであると解される。
【0054】
なお、以上述べたように、リアルタイム1ステップRT-PCR法でのシリカ系ナノ空孔材料による反応阻害の検証において、細孔径が小さくなるにつれて、反応阻害の程度が抑えられることが明瞭に示されたことから、シリカ系ナノ空孔材料の中心細孔直径としては約2~8nmが好ましい、と結論付けたが、下記実施例4に示すように、蛍光検出の必要がない2ステップRT-PCR法の場合からも、同様の結果が導かれる。すなわち、実際に中心細孔直径の異なるSBA型のシリカ系ナノ空孔材料(SBA5.4、SBA7.1及びSBA10.6)及びFSM型のシリカ系ナノ空孔材料(FSM2.6、FSM4.2及びFSM8.0)を用いて行ったRNA-cDNAハイブリッドを対象としたDNA増幅実験結果でも、細孔径が小さくなるほど、反応精度、反応効率が高まる傾向がみられたことから、RT-PCR法で用いるシリカ系ナノ空孔材料の好ましい中心細孔直径の数値範囲は、約2~8nmであるといえる。
【0055】
(実施例2)DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の製造及び酵素固定化評価
本実施例では、前記合成例で作製した各種シリカ系ナノ空孔材料とDNA増幅酵素から形成される複合体の製造、疎水処理を施したシリカ表面性状の分析、また、酵素固定化効率の評価を行った。図1に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(合成品:新型コロナウイルス検出用標準物質)を対象としRNA検出におけるシリカ系ナノ空孔材料(メソポーラスシリカ)の規則性細孔に固定化したDNA増幅酵素(KOD)、又、逆転写酵素によるリアルタイム1ステップRT-PCR法及び2ステップRT-PCR法(Nested PCR)の手順を模式的に表した説明図を示す。
【0056】
(2-1)DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の製造
シリカ系ナノ空孔材料には、中心細孔直径の異なる6種類のシリカ系ナノ空孔材料:1)SBA-15(中心細孔直径:5.4nm[SBA5.4])、2)SBA-15(中心細孔直径:7.1nm[SBA7.1])、3)SBA-15(中心細孔直径:10.6nm[SBA10.6])、4)FSM-16(中心細孔直径:2.6nm[FSM2.6])、5)FSM-22(中心細孔直径:4.2nm[FSM4.2])、6)FSM-22(中心細孔直径:8.0nm[FSM8.0])、を使用し、また、DNA増幅酵素には、KOD DNAポリメラーゼ(東洋紡社製、分子量:約86~92kD)を用いた。
【0057】
図2に、DNA増幅酵素を固定化したシリカ系ナノ空孔材料粒子の製造法を示す。基本的な実験操作としては、予め、50μLのメソポーラスシリカ粉末分散液(10 mg-シリカ粉末/1 mL-50%グリセロール-60 mM Tris-HCl[pH 8])をPCRチューブ等へ分注しておき、遠心分離操作(2000~4000G、10~30秒間)により上清を除去した後、100μLの120 mM Tris-HCl(pH 8)を加え、撹拌し、上清を除去し、さらに同様の操作をさらに2回繰り返す。次に、シリカ系ナノ空孔材料粉末の沈殿物(0.5mg)と、DNA増幅酵素(0.01~1units)を含んだPCR用緩衝液(120mM Tris-HCl(pH 8)、6mM 硫酸アンモニウム、10mM 塩化カリウム、0.1% Triton X-100、0.001% BSA、1mM 塩化マグネシウム)50μLとを、Vortex Mixerを用いて約5秒間室温で混合し、遠心分離を行い、上清を全て除去することによって、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体前駆体を得た。続いて、前記PCR用緩衝液100μLを添加し、Vortex Mixerを用いて約5秒間室温で攪拌し、前記DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体前駆体を再懸濁した後、遠心分離を行い、上清を全て除去し、最終的にDNA増幅酵素をシリカ系ナノ空孔材料のシリカ細孔に固定化した複合体である、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を得た。
【0058】
(2-2)シリカ表面を硝酸処理することによる表面の疎水化
(2-1)の分注及び洗浄処理による疎水化処理に代えて、中澤らの方法(非特許文献17)を参考にして、シリカ系ナノ空孔材料粉末の表面を、硝酸を用いて疎水化処理を行った。具体的には、PCRチューブ等反応容器内に直接測り入れたSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])の粉末160mgを、1M 硝酸(4mL、富士フイルム和光純薬社製)に添加し、170℃に加熱しながら24時間静置した。加熱を止め、さらに24時間かけて常温に戻した後、水400ミリリットルを用いて吸引濾過を行い、60℃で乾燥させた。
【0059】
(2-3)洗浄操作及び疎水処理後のシリカ表面性状の分析
固体核磁気共鳴(SS-NMR)装置を用いて、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したSBA5.4、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したSBA5.4、又、硝酸で処理したSBA5.4の局所構造(29Si核)を詳細に解析し、表面(細孔内壁面)の化学状態を推定した(図3)。
【0060】
NMR分析の結果、メソポーラスシリカ表面の末端シラノール基(Si-OH)の分布に違いが見られ、表面親水性に違いがあることが判明した。具体的には、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl緩衝液に浸してもメソポーラスシリカの局所構造に変化は見られなかったが、更に3回、120 mM Tris-HCl緩衝液で洗浄すると、グリセロールは全て除去され、Tris緩衝液の成分が僅かに残るのみであった。興味深いことに、Tris-HCl緩衝液で洗浄したサンプルでは表面末端の隣接するシラノール基同士が一部縮合していることが判明した。Si原子周りの局所構造については、通常Q(n=0~4)として表記し、具体的にはOSi(OH)4-nで表わされる5種類のSi種(すなわちQ)がある。図3からはQ/Q比およびQ/Q比が小さくなっている事から、Q、Qに属するSi種同士が縮合してQに変わったと考えられる。これらのことは、緩衝液の影響によってシリカの表面性状がより疎水的に変化することを意味する。緩衝液がpH=8であることから、一般的な縮合反応の条件に当たらないことから予想外の結果である。また、シリカ系ナノ空孔材料表面の疎水化をより促進させるため、硝酸を用いた表面処理を行い同様の分析を行い、Q/Q比が更に小さくなることを確認した。以上の結果より、緩衝液や酸の影響によってシリカの表面性状がより疎水的に変化したことが示唆された。
このように、メソポーラスシリカ粉末に対して、硝酸等の酸による疎水化処理をあらかじめ行っておき、その後、必要に応じてメソポーラスシリカをグリセロールなどに懸濁し、反応容器内に正確に分注し、次いで緩衝液による洗浄を行うという手順を踏むことができる。
【0061】
(2-4)DNA増幅酵素の固定化効率の評価(pH及び疎水化の影響)
未処理及び硝酸を用いて疎水処理を施したSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])に対するDNA増幅酵素の吸着能を調べるために、DNA増幅酵素(KOD)を混和した直後の上清及びシリカ細孔表面に含まれるDNA増幅酵素の含有率におけるpH依存性を評価した(図4)。
図中、白棒状印は、緩衝液のpHがpH=4の場合、ドット棒状印は、緩衝液のpHがpH=6の場合、また、黒棒状印は、緩衝液のpHがpH=8の場合、である。また、図4(a)は、未処理のSBA5.4を用いた場合、図4(b)は、硝酸を用いて疎水処理を施したSBA5.4を用いた場合、である。
【0062】
具体的には、精密ミクロ電子天秤(ザルトリウス社製、CubisII MCA)を用いてPCRチューブの中に精確に秤量したSBA5.4(0.5mg)と、DNA増幅酵素(KOD、10units)を含んだ各種緩衝液(120mM CHCOONa-CHCOOH(pH 4)、120mM MES-NaOH(pH 6)、120mM Tris-HCl(pH 8))20μLとを、Vortex Mixerを用いて約5秒間室温で混合し、遠心分離(2000~4000G、10~30秒間)を行い、上清を全て回収した。次いで、回収サンプルに2×SDS-sample buffer(20μL)を加えた後、アルミブロック恒温槽(タイテック社製、クールサーモユニット CTU-Mini)を用いて95℃で5分間加温し、20μL分をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供した。一方、遠心分離後に沈殿したシリカ粒子に対して、SDS-sample buffer(40μL)を添加した後、前記恒温槽を用いて95℃で5分間加温し、遠心分離後の上清(20μL分)を併せてSDS-PAGEに供した。最終的に、Coomassie Brilliant Blueによるゲル染色後に、電気泳動ゲル撮影・解析システム(バイオ・ラッド社製、GelDoc Goイメージングシステム)で解析した結果から、上清及びシリカ細孔表面に含まれるDNA増幅酵素の含有率を評価した。
【0063】
図4(a)より、未処理のSBA5.4を用いた場合には、pH値が4から8と増大すると共に上清におけるDNA増幅酵素の量が減少し、逆にSBA5.4に固定化されていたDNA増幅酵素の量が増大するという結果が示された(KOD含有率は最大で70%程度)。DNA増幅酵素であるKODの等電点(理論値、pI=8.8)に近づくにつれて、酵素の固定化量が増大したことから、シリカ表面への酵素の固定化には静電的相互作用よりも疎水的相互作用が寄与している可能性が示唆された。一方、図4(b)より、硝酸を用いて疎水処理を施したSBA5.4を用いた場合には、pH値が4から8の範囲において、70~80%程度のKOD含有率が示された。pHの値に大きく依存せず、未処理のSBA5.4よりも最大で10%程度、KOD含有率が増大した。以上の結果から、シリカ表面への酵素の固定化には静電的相互作用よりも疎水的相互作用が大きく寄与していることが明らかとなった。
【0064】
(実施例3)RNAを対象としたリアルタイム1ステップRT-PCR
本実施例では、上記実施例1で得られた「50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したシリカ系ナノ空孔材料」及び「硝酸を用いて疎水処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」と共に「未処理のシリカ系ナノ空孔材料」を用い、DNA増幅酵素(KOD)の固定化を行い、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard)のN2領域(158塩基)を標的としたリアルタイム1ステップRT-PCR反応を、「RT-PCRによる病原体検出マニュアル(非特許文献3)」に記載される手順通りに適用し、その評価を行った。
【0065】
酵素反応は、上記DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体の沈殿物(酵素:0.00001~1units)に、基質RNAとして上記新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000、100、10、1コピー)、プライマー・プローブとして新型コロナウイルス検出用プライマー・プローブセット(タカラバイオ社製、Primer/Probe N2(2019-nCoV))、また、蛍光検出用プローブとしてTaqManプローブを用いたリアルタイムRT-PCR試薬(Bio-Rad社製、Reliance One-Step Multiplex Supermix)を含んだリアルタイム1ステップRT-PCR反応溶液20μLを添加し、Vortex Mixerを用いて約5秒間混合し、遠心分離(2000~4000G、2~5秒間)を行った後に開始した。
反応条件は、50℃で10分間、次に95℃で10分間の加熱の後、95℃で15秒間、60℃で1分間の温度サイクルを45回繰り返すこととし、本反応には、リアルタイムPCR装置(バイオ・ラッド社製、CFX96 Touch リアルタイムPCR解析システム)を使用した。
【0066】
(3-1)高感度化の検証
(実施例1)で、リアルタイム1ステップRT-PCR法において用いるシリカ系ナノ空孔材料として、細孔径が小さくなるにつれて、反応阻害の程度が抑えられることが明瞭に示されたが、とりわけSBA5.4の反応阻害が小さかったので、リアルタイムRT-PCRに係わる本実施例では、SBA5.4を用いて行った。
DNA増幅酵素(100倍希釈したKOD)の添加効果をみるため、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(1000、100コピー)を、リアルタイム1ステップRT-PCR試薬と共に遊離のKOD(未固定)及びKOD-未処理SBA5.4複合体を添加してRT-PCRを行い、リアルタイムRT-PCRの増幅曲線を作成した(図6)。遊離のKOD(未固定)と、PC(遊離のKOD(未固定)及びKOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)の場合とを比較したところ、両者に大きな変化はないことが確認され、むしろ、KODが添加されることによる僅かな反応阻害が示唆された。一方、興味深いことに、KOD-未処理SBA5.4複合体を添加した場合、遊離のKOD(未固定)及びPCと比較してDNA増幅活性が著しく増大した。
【0067】
未処理のSBA5.4(図7(a))と、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄することで疎水化を促進させたSBA5.4(図7(b))を用いたリアルタイム1ステップRT-PCRにおいて、DNA増幅酵素(KOD)-SBA5.4複合体中のKOD濃度の影響を評価した。図7(a、b)に示されるアルタイムRT-PCRの増幅曲線から、複合体中のKOD濃度の違いによっては、PC(KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)での反応活性を著しく増大できる可能性が示唆された(例えば、KOD濃度を原液(1unit)から100~1000倍希釈した場合)。このことから、以下のリアルタイムRT-PCRにおける検量線の作成(1000、100、10、1コピーからのRNA検出)においては、100倍希釈したKODを用いて調製したKOD-SBA5.4複合体を適用した。
【0068】
リアルタイムRT-PCRの検量線における、未処理のSBA5.4と、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄することで疎水化を促進させたSBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(100倍希釈したKOD)-SBA5.4複合体中の添加の効果を評価した(図8)。
図中、白丸印は、PC(KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)の場合、黒三角印は、未処理のSBA5.4に固定化したKODを用いた場合、また、白菱形印は、疎水化を促進させたSBA5.4に固定化したKODを用いた場合、である。
【0069】
図8によれば、PCでの検量線と比較して、KOD-SBA5.4複合体を添加した場合に、検量線(1000、100、10、1コピー)がより低い位置に平行移動(Cq値が減少)したことより、高感度化を示唆するデータを得た。全体的には、疎水化を促進させたSBA5.4 > 未処理のSBA5.4 > PCの順に感度が高まる傾向が認められた。ここで、KODは、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有さないために蛍光検出用プローブ(TaqManプローブ)を分解できない。そのため、通常は蛍光検出をするために、リアルタイムRT-PCR試薬に含まれる、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するDNA増幅酵素が必須となる。それにもかかわらず、リアルタイムRT-PCR試薬中に含まれるDNA増幅酵素での反応活性を上回る効果が得られたことから、濃度を最適化した固定化KODと、当該試薬中のDNA増幅酵素との併用により、PCR反応が促進し、高感度化が認められた。すなわち、このことから、KODと、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するTaqポリメラーゼ及び/又はPfuポリメラーゼなどのDNA増幅酵素を併用することで、シナジー効果が奏せられることが強く示唆された。本実施例で使用したリアルタイムRT-PCR試薬には、Pfuポリメラーゼも含め5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有する2種類のポリメラーゼが含まれているが、両者を含む必要はない。当該試薬以外にも、5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を有するポリメラーゼを含むTaqMan Fast Virus 1-Step Master Mix(Thermo Fisher Scientific社製)を適用した場合にも同様の効果が認められた。
【0070】
(3-2)シリカ表面の疎水化(硝酸処理)による影響
1000コピーのRNAを標的としたリアルタイムRT-PCRにおいて、未処理のSBA5.4、硝酸処理SBA5.4、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したSBA5.4及び硝酸処理SBA5.4を用いて調製したDNA増幅酵素(100倍希釈したKOD)-SBA5.4複合体の添加の影響を評価した(図9)。その結果、硝酸処理により疎水化を促進させたSBA5.4においても、PC(KOD-SBA5.4複合体を添加していないポジティブコントロール)と比較して、より高い反応活性が示された。以上より、「硝酸を用いて疎水処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」においても、「50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したシリカ系ナノ空孔材料」等を用いた場合と同様に、リアルタイムRT-PCR試薬中に含まれるDNA増幅酵素での反応活性を上回る効果が得られたことから、KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体と、当該試薬中のDNA増幅酵素とを併用することでシナジー効果が奏せられ、RT-PCR反応における有意な感度の向上が認められた。
【0071】
(実施例4)RNA-cDNAハイブリッドを対象としたDNA増幅
本実施例では、上記実施例1で得られた「50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したシリカ系ナノ空孔材料」及び「硝酸を用いて疎水処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」と共に「未処理のシリカ系ナノ空孔材料」を用い、DNA増幅酵素(KOD)の固定化を行い、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard)のS領域(547塩基)及びN2領域(158塩基)を標的として、予め、逆転写酵素を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを対象とした2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR反応の評価(ゲル電気泳動解析)を行った。
【0072】
RNA-cDNAハイブリッドの合成は、逆転写酵素(Thermo Fisher Scientific社製、SuperScript IV、200units)、2μM オリゴ(dT)12-18プライマー、2μM ランダムヘキサマー、dNTPs(各々0.4mM)、4mM DTT、RNase阻害剤(Thermo Fisher Scientific社製、RNaseOUT、40units)、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard、2000、200、20、2コピー)を含んだ逆転写酵素反応溶液25μLを、23℃で10分間、50℃で10分間、80℃で10分間、と順次加温することで行った。
本反応には、PCR装置(バイオ・ラッド社製、C1000 Touch サーマルサイクラー)を使用した。反応後、各チューブに35μLのRT-PCR Grade Water(Thermo Fisher Scientific社製)を添加し、混合した。
【0073】
PCR反応は、上記DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体の沈殿物(酵素:1units)に、反応基質として上記新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッド、プライマーとして現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)に記載のSセット(1段階目のPCR用プライマー: WuhanCoV-spk1-f、WuhanCoV-spk2-r、各々0.4μM)、また、dNTPs(各々0.2mM)を含んだPCR反応溶液(120mM Tris-HCl(pH 8)、6mM 硫酸アンモニウム、10mM 塩化カリウム、0.1% Triton X-100、0.001% BSA、1mM 塩化マグネシウム)50μLを添加し、Vortex Mixerを用いて約5秒間混合することによって開始した。
反応条件は、変性、アニーリング、DNA伸長反応の3ステップの場合には、95℃で1分間の加熱の後、98℃で15秒間、56℃で30秒間、56~74℃で30秒間の温度サイクルを40回繰り返し、最後に74℃で1分間の加熱反応とし、本反応には、上記PCR装置を使用した。また、変性、アニーリング/DNA伸長反応の2ステップの場合には、98℃で2分間の加熱の後、98℃で10秒間、63~66℃で20秒間の温度サイクルを40回繰り返した。最終的には、PCR反応産物を全自動電気泳動システム(アジレント・テクノロジー社製、Agilent 4150 TapeStation)を用いて解析した。
【0074】
(4-1)高感度化の検証
図10に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理の3種類のSBA型メソポーラスシリカ(SBA5.4、SBA7.1、SBA10.6、各0.5mg)に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。また、図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-SBA5.4複合体の場合、黒棒状印は、KOD-SBA7.1複合体の場合、また、ドット棒状印は、KOD-SBA10.6複合体の場合、である。
【0075】
現行の「RT-PCRによる病原体検出マニュアル」(非特許文献3)では、40サイクルで2段階のPCR反応(nested PCR)による検出に合計4時間(2時間のPCR反応を2回)を要する。通常は、1段階目のPCRでの検出は困難であるとされているところ、図10によれば、未処理の3種類のSBA型メソポーラスシリカにKODを固定化することで1段階目のPCRにおいて1分子レベルの極微量RNAの精確な増幅検出を達成した(2時間のPCR反応を1回)。具体的には、遊離のKODでは100コピーからのみ増幅検出できたが、SBA型メソポーラスシリカに固定化したKODを用いることで、100、10、1コピーのRNAの精確な増幅検出の実現可能性が示唆された。
【0076】
図11に、遊離のKOD(未固定)、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄した3種類のSBA型メソポーラスシリカ(SBA5.4、SBA7.1、SBA10.6、各0.5mg)に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。また、図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-SBA5.4複合体の場合、黒棒状印は、KOD-SBA7.1複合体の場合、また、ドット棒状印は、KOD-SBA10.6複合体の場合、である。
【0077】
図11によれば、未処理のSBA型メソポーラスシリカを用いた場合(図10)よりも全体的にはDNA増幅効率が低下したものの、Tris-HCl緩衝液で洗浄処理を施した3種類のSBA型メソポーラスシリカにKODを固定化することによっても1段階目のPCRにおいて、100、10、1コピーのRNAを検出できた。
【0078】
図12に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理の3種類のFSM型メソポーラスシリカ(FSM2.6、FSM4.2、FSM8.0、各0.5mg)に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。また、図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-FSM2.6複合体の場合、黒棒状印は、KOD-FSM4.2複合体の場合、また、ドット棒状印は、KOD-FSM8.0複合体の場合、である。
【0079】
図12によれば、未処理のFSM型メソポーラスシリカにKODを固定化することで1段階目のPCRにおいて100~10分子レベルの微量RNAの検出を確認できた。具体的には、FSM2.6及びFSM4.2に固定化したKODを用いた場合に、100~10コピーのRNAの検出の実現可能性が示唆された。一方、FSM8.0を用いた場合には、RNAの検出が困難であった。
【0080】
図13に、遊離のKOD(未固定)、又、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄した3種類のFSMA型メソポーラスシリカ(FSM2.6、FSM4.2、FSM8.0、各0.5mg)に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図中、(a)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNA(100、10、1、0.1コピー)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、(b)は、PCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。また、図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-FSM2.6複合体の場合、黒棒状印は、KOD-FSM4.2複合体の場合、また、ドット棒状印は、KOD-FSM8.0複合体の場合、である。
【0081】
図13によれば、未処理のFSM型メソポーラスシリカを用いた場合(図12)よりも全体的にはDNA増幅効率が低下し、最も細孔径のFSM2.6を用いた場合のみ、1段階目のPCRにおいて、100~10コピーのRNAを検出できた。
【0082】
SBA型、FSM型ともに全体的には細孔径が小さくなる程、DNA増幅効率が増幅する傾向が認められ、さらに、FSM型と比較してSBA型メソポーラスシリカを用いた場合により高感度に検出できた。また、未処理のメソポーラスシリカのみならず、Tris-HCl緩衝液で洗浄処理を施したメソポーラスシリカ(SBA型、FSM型)を用いた場合においても1段階目のPCR反応で標的配列を検出できた。当該処理を施した6種類のメソポーラスシリカの中ではSBA5.4を用いた場合により高いDNA増幅効率が認められたため(図11)、このことからも当該処理SBA5.4を実施例2でのRNAを反応基質としたリアルタイム1ステップRT-PCRに適用した。
【0083】
(4-2)シリカ表面の疎水化(硝酸処理)による影響
図14に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4、硝酸処理SBA5.4、50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したSBA5.4及び硝酸処理SBA5.4に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)を解析した結果を示す。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100、10、1コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。
図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-未処理SBA5.4複合体の場合、黒棒状印は、KOD-硝酸処理SBA5.4複合体の場合、市松模様状印は、KOD-洗浄処理SBA5.4複合体の場合、また、ドット棒状印は、KOD-洗浄処理/硝酸処理SBA5.4複合体の場合、である。
【0084】
図14によれば、PCでのPCR産物濃度と比較して、各種のKOD-SBA5.4複合体を添加した場合に、著しくPCR産物濃度が増大したことより、高感度化を示唆するデータを得た。全体的には、硝酸処理SBA5.4 > 洗浄処理SBA5.4 > 洗浄処理/硝酸処理SBA5.4 > 未処理のSBA5.4 > PCの順に感度が高まる傾向が認められた。10コピーのRNA-cDNAハイブリッドからのPCR反応に着目すれば、各サンプル間(N=3)での多少のバラツキはみられたものの、硝酸処理SBA5.4、及び、洗浄処理/硝酸処理SBA5.4を用いた場合に、より高い反応活性が示された。以上より、「硝酸を用いて疎水処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」においても、「50%グリセロール-60 mM Tris-HCl(pH 8)で処理したサンプルを更に120 mM Tris-HCl(pH 8)で3回洗浄したシリカ系ナノ空孔材料」を用いた場合と同様に、未処理のシリカ系ナノ空孔材料での反応活性を上回る効果が得られたことから、硝酸によりシリカ表面の疎水化を促進させることで、固定化したKODによるDNA増幅反応の向上効果が奏せられ、RT-PCR反応における有意な感度の向上が認められた。
【0085】
(4-3)アニーリング及び伸長温度の最適化による反応の迅速化の検証
図15に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)を、伸長温度(56、60、74℃)を指標として評価した結果を示す。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100、10コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合である。
図中、黒三角印は、PC(遊離のKOD[未固定]、10コピー)の場合、白三角印は、PC(100コピー)の場合、黒四角印は、KOD-SBA5.4複合体(10コピー)の場合、また、白四角印は、KOD-SBA5.4複合体(100コピー)の場合、である。
【0086】
図15によれば、遊離のKODを用いたPCR反応においては、伸長温度が74℃である条件で100コピーからのみ増幅検出できた。一方、興味深いことに、伸長温度(通常は74℃)を60℃/56℃と低く設定した場合、遊離の酵素では10~100コピーのRNAの検出はできなかったが、SBA5.4に固定化したKODでは74~56℃の温度範囲においても高感度の検出の実現可能性が示唆された。このことより、PCR反応における伸長温度の選択の自由度が高くなり、PCRの厳密な反応条件の設定が不要になる可能性が示唆されたため、以下の実験(図16)では、伸長温度をより低い温度に設定し、アニーリング及び伸長温度を同一とした2ステップPCRについて検証した。
【0087】
図16に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理の2種類のメソポーラスシリカ(SBA5.4、FSM2.6、各0.5mg)に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のN2領域:158塩基対)を、アニーリング及び伸長温度(63℃、64.2℃、64.9℃、66℃)を指標として評価した結果を示す。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)をゲル電気泳動で解析した場合である。また、ゲル中で分離・検出されたPCR反応産物のバンドの上方に示した数値は、PCR産物濃度(ng/μL)である。
【0088】
標的RNA試料が、新型コロナウイルスRNAなどRNAウイルス由来のRNA試料の場合、GC含量(38%)が少ない配列なので、プライマーのアニーリング温度を高く設定することができないため、高温域での2ステップPCRが実行できない。本発明では、DNA増幅酵素(KOD)をシリカ系ナノ空孔材料に固定化したことで伸長反応の温度範囲が拡がる効果により、プライマー分子のアニーリングに最適なより低温での反応が可能になる。実際に、アニーリングに最適な温度(60℃)に向けて反応温度を低下させても、副反応を抑えながらDNA増幅活性が増大されるという顕著な効果が認められた(図16)。このように、アニーリング温度をひろく設定できることから、標的の配列(GC含量)の違いによって、プライマーの選択の幅が広がるメリットもある。
【0089】
図16により、遊離のKOD(未固定)を用いた場合には、アニーリング及び伸長温度が低くなると共にPCR産物濃度が低下したが、逆に2種類のメソポーラスシリカ(SBA5.4及びFSM2.6)に固定化したKODを用いた場合には、PCR産物濃度が増大するという結果が示された。アニーリング及び伸長温度が63℃の場合は、SBA5.4(11.8ng/μL) > FSM2.6(4.77ng/μL) > KOD(未固定)(1.19ng/μL)の順にPCR産物濃度が高まる傾向が認められた。当該反応系において、アニーリング及び伸長温度を同一とした2ステップPCRを適用することで15分程度の反応時間の短縮が可能となった。また、変性及びアニーリング/伸長反応の時間をそれぞれ半分に設定することによっても、標的のPCR産物濃度を維持しながら、さらに10分程度、反応時間を短縮することができた。
以上より、2ステップRT-PCR法においてもDNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いることによる反応条件の最適化によって反応の高効率化および迅速化を達成した。また、前記(3-1)での検証結果と同様に、FSM型と比較してSBA型メソポーラスシリカを用いた場合により高感度に検出できた。
【0090】
(実施例5)RNA-cDNAハイブリッドを対象としたDNA増幅(20μL反応系)
(5-1)シリカ表面の高濃度硝酸処理による疎水化の影響
シリカ系ナノ空孔材料のシリカ表面を硝酸などにより疎水処理をすることで、より高感度の標的RNAウイルス検体の検出が可能となることが確認できたので、本実施例では、さらに疎水化効果を高めるために、硝酸濃度を13Mまで高め、シリカ系ナノ空孔材料に前記実施例2(2-2)と同様の調製方法により、シリカ表面に疎水処理を施した。
固体核磁気共鳴(SS-NMR)装置を用いて、未処理のFSM-16(細孔径:2.6nm[FSM2.6])及び13M 硝酸で処理したFSM2.6、未処理のMCM-41(細孔径:3.1nm[MCM3.1、Sigma-Aldrich社製])及び13M硝酸処理MCM3.1、未処理のTMPS(細孔径:2.0nm[TMPS2.0、太陽化学社製])及び13M硝酸処理TMPS2.0、又、未処理のSBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4、Sigma-Aldrich社製])、1M硝酸処理SBA5.4及び13M硝酸処理SBA5.4の局所構造(29Si核)を詳細に解析し、表面(細孔内壁面)の化学状態を推定した(図17)。
【0091】
NMR分析の結果、4種類のシリカ系ナノ空孔材料のいずれも硝酸処理の有無により、シリカ表面の末端シラノール基(Si-OH)の分布に違いが見られた。具体的には、前記実施例2(2-3)での検証結果と同様に、硝酸処理を施すことでQ/Q比およびQ/Q比が小さくなっている事から、Q、Qに属するSi種同士が縮合してQに変わったと考えられる。また、SBA5.4に関して、未処理サンプルでの分析結果を基に硝酸濃度(1M及び13M)の影響を調べた結果、未処理SBA5.4 > 1M硝酸処理SBA5.4 > 13M硝酸処理SBA5.4の順にQ/Q比が小さくなることが確認された。このことより、硝酸濃度を13Mまで高めることでシリカの表面性状がより疎水的に変化したことが示唆された。
【0092】
当該「13M 硝酸を用いてシリカ表面の疎水化を促進したシリカ系ナノ空孔材料」と共に「未処理のシリカ系ナノ空孔材料」を用い、DNA増幅酵素(KOD)の固定化を行い、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard)のS領域(547塩基)を標的として、予め、逆転写酵素を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを対象とした2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR反応の評価(ゲル電気泳動解析)を行った。
【0093】
上述のとおり、13M 硝酸を用いてシリカ表面の疎水化を促進できたが、PCR産物濃度の増大が示されるかどうかは不明であったため、まず、前記実施例4(4-2)での検証と同様の反応系(液量:50μL)にて、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4、1M硝酸処理SBA5.4、及び13M硝酸処理SBA5.4に固定化したKODを用いたPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)を解析した(図18)。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。
図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-未処理SBA5.4複合体の場合、グレー棒状印は、KOD-1M硝酸処理SBA5.4複合体の場合、また、黒棒状印は、KOD-13M硝酸処理SBA5.4複合体の場合、である。
【0094】
図18によれば、PCでのPCR産物濃度と比較して、各種のKOD-SBA5.4複合体を添加した場合に、PCR産物濃度が増大したことより、高感度化を示唆するデータを得た。また、1M硝酸処理SBA5.4と比較して、13M硝酸処理SBA5.4を用いた場合に、より高い反応活性が示されたことから、硝酸濃度を13Mまで高め、よりシリカ表面の疎水化を促進させることで、固定化したKODによるDNA増幅反応の向上効果が奏せられ、RT-PCR反応における有意な感度の向上が認められた。
以下の実験では、「13M 硝酸を用いてシリカ表面の疎水化を促進したシリカ系ナノ空孔材料」を適用すると共に、反応液量を50μLから20μLに変更することとした。
【0095】
PCR反応は、前記DNA増幅酵素(KOD)-シリカ系ナノ空孔材料複合体の沈殿物(酵素:1units)に、反応基質として前記実施例4で得られたRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)、PCR用プライマー(WuhanCoV-spk1-f、WuhanCoV-spk2-r、各々0.5μM)、また、dNTPs(各々0.2mM)を含んだPCR反応溶液(120mM Tris-HCl(pH 8)、6mM 硫酸アンモニウム、10mM 塩化カリウム、0.1% Triton X-100、0.001% BSA、1mM 塩化マグネシウム)20μLを添加し、Vortex Mixerを用いて約5秒間混合することによって開始した。
反応条件は、95℃で1分間の加熱の後、98℃で15秒間、56℃で30秒間、74℃で30秒間の温度サイクルを40回繰り返し、最後に74℃で1分間の加熱反応とし、本反応には、前記PCR装置を使用した。最終的には、PCR反応産物を前記の全自動電気泳動システムを用いて解析した。
【0096】
(5-2)シリカ表面の疎水化(13M 硝酸処理)による高感度化の検証
図19に、遊離のKOD(未固定)、及び未処理の4種類のメソポーラスシリカ粉末(FSM2.6、MCM3.1、TMPS2.0、SBA5.4、各0.5mg)並びに、13M 硝酸で処理した前記4種類のメソポーラスシリカ粉末に固定化したKODを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)を解析した結果を示す。図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。
図中、白棒状印は、PC(遊離のKOD[未固定])の場合、斜線棒状印は、KOD-未処理メソポーラスシリカ複合体の場合、また、黒棒状印は、KOD-硝酸処理メソポーラスシリカ複合体の場合、である。
【0097】
図19によれば、1段階目のPCRにおいてPC(遊離のKOD[未固定])でのPCR産物濃度は極めて低い値に留まったが、各種のKOD-メソポーラスシリカ複合体を添加した場合に、PCR産物濃度が増大したことより、高感度化を示唆するデータを得た。 また、前記実施例3及び4での検証結果と同様に、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard)にバックグランドとして含まれるヒトゲノムDNAの存在下でも目的のRNAの精確なRT-PCR増幅検出が可能であることが確認できた。硝酸処理の有無に着目すれば、4種類のメソポーラスシリカのいずれにおいても、硝酸処理を施した場合に、より高い反応活性が示された。全体的には、硝酸処理SBA5.4 > 硝酸処理TMPS2.0 > 未処理のSBA5.4 > 硝酸処理MCM3.1 > 硝酸処理FSM2.6 > 未処理のTMPS2.0 > 未処理のMCM3.1 > 未処理のFSM2.6 > PCの順に感度が高まる傾向が認められた。以上より、「13M 硝酸を用いて疎水処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」においても、前記実施例4の「1M 硝酸処理を施したシリカ系ナノ空孔材料」を用いた場合と同様に、未処理のシリカ系ナノ空孔材料での反応活性を上回る効果が得られたことから、硝酸によりシリカ表面の疎水化を促進させることで、固定化したKODによるDNA増幅反応の向上効果が奏せられ、RT-PCR反応における有意な感度の向上が認められた。
なお、一般的な傾向として、用いたシリカ系ナノ空孔材料の孔が小さいほど、DNA増幅反応の効率が高い傾向がみられる。
【0098】
シリカ表面の酸処理における硝酸濃度の影響については、上記「20μL反応系」では比較を行っていないが、前記(5-1)の「50μL反応系」では(図18)に示されるように、SBA5.4によるSARS-CoV-2由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)について、1M硝酸及び13M硝酸の濃度での比較実験を行っている。その結果、本来表面の疎水化度の高いSBA5.4であっても、硝酸濃度1M<13Mと疎水化程度に従いPCR反応産物濃度が高まり、RT-PCR反応の感度が上昇することが示されている。
なお、前記(図17(d))のSBA5.4のNMR分析によるメソポーラスシリカ表面の末端シラノール基(Si-OH)の分布の測定結果からも、硝酸濃度を高めることでシリカ表面の疎水化がより促進され、Q3/Q4比が更に小さくなったことが確認されている。
【0099】
KOD固定化における酸処理(疎水化処理)による固定化量の変化を測定したところ、FSM2.6及びMCM3.1では固定化量は減少するが、未処理でも固定化量が多いSBA5.4では、さほど変わらず、TMPS2.0では固定化量が増大するという結果が得られた(図20)。
硝酸処理で固定化量が減少したFSM2.6及びMCM3.1の場合は、未処理の場合もPCR増幅活性は低いが、硝酸処理により感度が著しく増大する(図19)。その結果、固定化量が減少しても、シリカ表面への疎水的な結合により、PCR反応において、よりアクティブな状態で酵素(KOD)が固定化されるようになったと推察される。
このように、いずれのシリカ系ナノ空孔材料を採用した場合でも硝酸処理効果によりRT-PCR反応の感度が高まることで、DNA増幅効率が著しく増大するという予想外の効果が得られた。なお、SBA系メソポーラスシリカは最も表面の疎水性が高いシリカ系ナノ空孔材料なので、硝酸処理という疎水化処理に基づく効果は他の材料よりも顕著ではなく、未処理のSBA5.4でも十分な感度を発揮する。特に20μL反応系の場合、50μL反応系よりも感度が高いので、以下の実験(20μL反応系)でSBA5.4を用いる場合は未処理のままで用いる。
【0100】
(5-3)DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の冷凍保管及び長期保存安定性評価
次いで、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体の冷凍保管時における長期保存安定性の評価を行った。
図21に、未処理の2種類のメソポーラスシリカ粉末(SBA5.4、TMPS2.0、各0.5mg)及び13M 硝酸で処理した前記SBA5.4の粉末に固定化したKODの-30℃での冷凍保管サンプルを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)の濃度を、各種のKOD-メソポーラスシリカ複合体の凍結保存期間(0~63日)を指標として長期保存安定性を評価した結果を示す。
図中、(a)は、冷凍保管した酵素-メソポーラスシリカ複合体を含んだPCRチューブ(液量:0μL)の写真、(b)は、冷凍保管サンプルを解凍した後、反応基質を添加したPCRチューブ(液量:20μL)の写真、また、(c)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。図中、破線は、PC(遊離のKOD[未固定]、冷凍保管0日目)の場合、黒四角印は、KOD-未処理SBA5.4複合体(冷凍保管0~63日目)の場合、白四角印は、KOD-硝酸処理SBA5.4複合体(冷凍保管0~63日目)の場合、また、黒三角印は、KOD-未処理TMPS2.0複合体(冷凍保管0~63日目)の場合、である。
【0101】
図21によれば、1段階目のPCRにおいてPC(冷凍保管0日目)でのPCR産物濃度は極めて低い値に留まったが、各種のKOD-メソポーラスシリカ複合体を添加した場合は、前記(5-1)での検証結果と同様に、PCR産物濃度が増大したことより、高感度化を示唆するデータを得た。興味深いことに、各種のKOD-メソポーラスシリカ複合体の冷凍保存時の形態が、酵素の冷凍保存時の安定性を高めるためのグリセロール等の試薬を含有していなかったにもかかわらず、いずれのKOD-未処理メソポーラスシリカ複合体(KOD-未処理SBA5.4複合体、及び、KOD-未処理TMPS2.0複合体)においても、63日目までの冷凍保管によっても0日目と同等のPCR産物濃度が示された。しかし、KOD-13M硝酸処理SBA5.4複合体では、冷凍保管0日目を基準とした場合の冷凍保管63日目のPCR産物濃度が17.5%程度減少する傾向が示された。このことより、冷凍によるKOD-未処理メソポーラスシリカ複合体の長期保存の実現可能性が示唆された。しかも、一般に酵素製剤の長期冷凍保存に汎用されるグリセロール等の試薬の添加が不要になる可能性すら示唆された。
【0102】
(5-4)KOD-メソポーラスシリカ複合体の冷凍保管時の保存安定性へのグリセロールの影響
前記(5-3)では、KOD-メソポーラスシリカ複合体における冷凍保存安定性は、グリセロール等の添加がなくても高い安定性を有していることが実証されたが、それと共に、もともと表面の疎水性が高いSBA5.4においては、反応性の高い20μLの反応系の場合は、表面の硝酸処理の効果が認められない結果となっていた。そこで、本実験では、KODと未処理のSBA5.4との複合体を用いて、グリセロール(濃度範囲:0~50%)を添加した場合の冷凍保管時における保存安定性の向上効果について検証した。
図22に、未処理のメソポーラスシリカ粉末(SBA5.4、0.5mg)に固定化したKODに対して、グリセロール及びdNTPs(各々0.4mM)を含んだ2×プレミックス溶液(240mM Tris-HCl(pH 8)、12mM 硫酸アンモニウム、20mM 塩化カリウム、0.2% Triton X-100、0.002% BSA、2mM 塩化マグネシウム)10μLを添加した後、-30℃で冷凍保管したサンプルを用いた2ステップRT-PCR(Nested PCR)における1段階目のPCR後のPCR反応産物(新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のS領域:547塩基対)の濃度を、KOD-メソポーラスシリカ複合体に添加したグリセロールの濃度(0、10、20、30、40、50%)及び凍結保存期間(0、7、14日)を指標として保存安定性を評価した結果を示す。
図中、(a)は、酵素-メソポーラスシリカ複合体に前記の2×プレミックス溶液を添加し、冷凍保管したPCRチューブ(液量:10μL)の写真、(b)は、冷凍保管サンプルを解凍した後、前記PCR用プライマー及び反応基質を含んだ10μLのRT-PCR Grade Waterを添加したPCRチューブ(液量:20μL)の写真、また、(c)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のRNAから合成したRNA-cDNAハイブリッド(100コピー)を反応基質としたPCR反応産物(N=3)の濃度をグラフ化した場合、である。図中、黒四角印は、冷凍保管0日目の場合、白四角印は、冷凍保管7日目の場合、また、黒三角印は、冷凍保管14日目の場合、である。
【0103】
図22によれば、冷凍保管0日目でのKOD-未処理SBA5.4複合体においてグリセロール濃度が0%の場合のPCR産物濃度(23.8ng/μL)を基準にすれば、興味深いことに、冷凍保管時のグリセロール濃度が低濃度領域である10%又は20%の場合のPCR産物濃度は26.9ng/μL又29.9ng/μLまで著しく増大されるという顕著な効果が認められた。一方、冷凍保管時のグリセロール濃度が高濃度領域である30%、40%又50%の場合のPCR産物濃度は26.2ng/μL、22.2ng/μL又13.7ng/μLの順に減少する傾向が認められた。また、冷凍保管0日目を基準とした冷凍保管14日目のPCR産物濃度の減少率に着目すれば、グリセロール濃度は、10%(減少率:28%)> 0%(減少率:22%)> 20%(減少率:5%)> 30%(減少率:0%)> 40%(減少率:0%)> 50%(減少率:0%)の順に減少率が高まる傾向が示されたことより、KOD-未処理SBA5.4複合体の長期保存のためには冷凍保管時のグリセロール濃度は20%以上に設定することが好ましいことが判明した。全体的には、冷凍保管時のグリセロール濃度が20%の場合に最も高い活性(冷凍保管0日目のPCR産物濃度:29.9ng/μL)が示され、冷凍保管14日目のPCR産物濃度の減少率も5%程度に抑えることができた。
以上より、「グリセロール等を添加したKOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体」においても、上記の「グリセロール等を添加せず、洗浄用緩衝液を極力除去したKOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体」を用いた場合と同様に、冷凍保管時における長期保存の実現可能性が示唆された。また、2倍濃度のdNTPs、BSA及び塩化マグネシウム等を含んだ2×プレミックス溶液の状態で保存できることも明らかとなった。さらに、冷凍保管時のグリセロール濃度の最適化により、グリセロール濃度が0%の場合のPCR産物濃度を上回る予想外の効果が得られたことから、PCR反応時にKOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体と、グリセロールとを併用することでシナジー効果が奏せられ、RT-PCR反応における有意な感度の向上が認められた。
【0104】
以上の結果から、RT-PCR反応に供する臨床検査用キット内に含まれるKOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体は、グリセロールなしでも高い冷凍保存安定性を発揮する。しかし、溶液中にグリセロールを添加すると、特にグリセロール濃度を10%以上とすることで、さらに冷凍保存安定性及びPCR増幅の反応性を高めることができ、特に濃度20~30%が最も効果的であったが、濃度40%以上では逆に反応性が低下する。なお、冷凍保管は2×プレミックス溶液の形態で行っているために、実際のPCR反応系でのグリセロール濃度は半分となる。
すなわち、KOD-シリカ系ナノ空孔材料複合体を含有するRT-PCR反応用臨床検査用キットを冷凍保管する際の溶液中のグリセロール濃度は、1~40%、好ましくは10~40%、最も好ましくは20~30%であるといえる。
また、黒菱形印及び白三角印は、それぞれ未固定KODを用いた場合の、冷凍保管0日目及び7日目の場合、である。
【0105】
(実施例6)新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)特異的な逆転写反応および長鎖DNAの増幅検証
本実施例では、前記実施例5で検証したDNA増幅酵素(KOD)-未処理SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])複合体を用いた20μLでのPCR反応系において、標的RNAのcDNA合成用プライマーをオリゴ(dT)プライマー及びランダムプライマーから「S遺伝子特異的プライマー」に変更し、更に、アニーリング温度及び伸長温度を同一とした2ステップPCRを適用した。また、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(合成品)を対象とした場合、並びに、新型コロナウイルス粒子から抽出した完全長RNAを対象とした場合、について、S領域を標的とした1000塩基対程度から1500塩基対を超えるような長鎖DNAの増幅における高感度化の検証を試みた。
【0106】
SARS-CoV-2は非常に変異しやすく、最近のOmicron SARS-CoV-2変異体の世界的流行が示すように、世界中に容易に拡散する(非特許文献18)。SARS-CoV-2の感染性にはS領域が関与しており、Omicron変異体では、S領域に32以上の変異が存在する(非特許文献19、20)。現在、最も広く用いられているSARS-CoV-2ゲノムの配列決定プロトコルは、全ゲノムをカバーするARTIC Networkのプライマーセットを用いたRT-PCRに基づいており、それぞれ約400ntの98の断片を増幅するように設計されているが、変異に応じて特異的なプライマーの再設計が必要である(非特許文献21)。
【0107】
そこで、SARS-CoV-2変異体のS遺伝子の多重変異部位を迅速かつ高感度に同定するために、DNA増幅酵素(KOD)-未処理SBA-15(細孔径:5.4nm[SBA5.4])複合体を用いたPCR法の適用可能性について検証した。まず、SARS-CoV-2 RNAのS遺伝子全体を標的とした長鎖のRNA-cDNAハイブリッドを合成するために、S遺伝子の下流に位置するORF3a遺伝子の配列情報(GenBank accession ID: MN908947.3)に基づき、逆転写反応用の2種類のS遺伝子特異的プライマー(S遺伝子特異的プライマー-1及び-2:配列番号1、2)を設計した(図23(a)、表1)。
【0108】
【表1】
【0109】
(6-1)S遺伝子特異的プライマーを用いた逆転写反応によるcDNA合成
RNA-cDNAハイブリッドの合成は、前記の逆転写酵素(200units)、0.5μM S遺伝子特異的プライマー(表1、プライマー配列:No.1、或いは、2)、dNTPs(各々0.4mM)、4mM DTT、前記のRNase阻害剤(40units)、又、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(バイオ・ラッド社製、EDX SARS-CoV-2 Standard)、或いは、現行の病原体検出マニュアル(非特許文献3)に記載のQIAamp Viral RNA Mini Kit(QIAGEN社製)を用いて、新型コロナウイルス粒子(ZeptoMetrix社製、SARS-CoV-2 Variant Panel、Delta株)から抽出した完全長RNAを、2000、200、80、20コピー含んだ逆転写酵素反応溶液25μLを、23℃で10分間、50℃で10分間、80℃で10分間、と順次加温することで行った。本反応には、前記PCR装置を使用し、反応後、各チューブに35μLのRT-PCR Grade Waterを添加し、混合した。
【0110】
PCR反応は、前記実施例5(5-2)と同様の方法により調製したKOD-未処理SBA5.4複合体の沈殿物(酵素:1units)に、反応基質として前記のS遺伝子特異的プライマーを用いて合成したRNA-cDNAハイブリッド(100、10、4、1コピー)、PCR用プライマー(WuhanCoV-spk1-f、WuhanCoV-spk2-r、又は、表2に記載の3種類のプライマーセット、各々0.5μM)、また、dNTPs(各々0.2mM)を含んだPCR反応溶液(120mM Tris-HCl(pH 8)、6mM 硫酸アンモニウム、10mM 塩化カリウム、0.1% Triton X-100、0.001% BSA、1mM 塩化マグネシウム)20μLを添加し、Vortex Mixerを用いて約5秒間混合することによって開始した。
2ステップPCR増幅条件は、98℃で30秒間の加熱の後、98℃で15秒間、65℃で15秒(プライマーセットがWuhanCoV-spk1-f、WuhanCoV-spk2-rの場合)または90秒(表2に記載の3種類のプライマーセットの場合)のサイクルを40回繰り返した。本反応には、前記PCR装置を使用し、最終的には、PCR反応産物を前記の全自動電気泳動システムを用いて解析した。
【0111】
(6-2)長鎖DNA増幅における高感度化の検証(新型コロナウイルス検出用標準物質RNA[合成品]を対象とした場合)
まず、S遺伝子特異的プライマー-1(図23(a)、表1、プライマー配列:No.1(配列番号1))を用いて、新型コロナウイルス検出用標準物質RNA(合成品)から合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質として、4つの標的領域(図23(a)、標的領域1-4)の2ステップPCR増幅(アニーリング温度及び伸長温度:65℃)を試みた。
【0112】
図23(b)に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4(0.5mg)に固定化したKODを用いたNested PCRにおける1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域1:547塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図23(b)の図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-1を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、同表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
【0113】
図23(b)によれば、前記実施例5で示したNested PCRにおける1段階目のPCRに相当する「標的領域1(547塩基対)」のPCR増幅時間は、2ステップPCRを適用することで半分程度に短縮された。また、前記実施例4での検証結果(3ステップPCR)と同様に、2ステップPCRの場合においても、遊離のKOD(未固定)では10コピー以下の鋳型RNA-cDNAハイブリッドを明確に検出できなかったが、KOD-未処理SBA5.4複合体では1~100コピーのcDNAを高感度かつ高精度に検出できた。
【0114】
次に、S遺伝子全体はARTIC Networkの修正版(V3)プライマーセットによる14個の増幅断片でカバーされるが(非特許文献22)、Omicron変異体の多重変異領域をカバーする3個の増幅断片である「標的領域2-4」を設計した(図23(a)、表2:プライマーセット配列:No.1(配列番号3,4),No.2(配列番号5,6)、No.3(配列番号7,8))。
【0115】
【表2】
【0116】
図24に、(a)遊離のKOD(未固定)、又、(b)未処理のSBA5.4(0.5mg)に固定化したKODを用いたNested PCRにおける1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域2:1245塩基対、標的領域3:1670塩基対、及び、標的領域4:998塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-1を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
【0117】
図24(a)によれば、「標的領域1」よりも2~3倍長い「標的領域2-4」の増幅断片の場合、遊離のKOD(未固定)では、100コピーのRNA-cDNAハイブリッドであっても非特異的な増幅に起因するスメアリングの傾向が観察され、選択的な増幅ができなかった。これは、反応溶液中の鋳型RNA-cDNAハイブリッドのコピー数が少ないため、プライマー分子が過剰にDNA増幅酵素(KOD)に結合し、非特異的な増幅反応が生じたためと考えられる。一方、図24(b)によれば、KOD-未処理SBA5.4複合体を用いると、10コピーでも選択的増幅が達成された。また、「標的領域2、及び、4」では、1~4コピーでも1/3~2/3の確率で選択的に増幅検出できることが確認された。最も長い「標的領域3」では1~4コピーからの増幅は困難であったため、次に、S遺伝子特異的プライマー-1の428nt上流に設計したS遺伝子特異的プライマー-2(図23(a)、表1、プライマー配列:No.2(配列番号2))を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質とした2ステップPCR増幅において高感度化の検証を試みた。
【0118】
図25に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4(0.5mg)に固定化したKODを用いたNested PCRにおける1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域3:1670塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来の合成RNA(100、10、4、1コピー)からS遺伝子特異的プライマー-2を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=3)、である。
【0119】
図25によれば、S遺伝子特異的プライマー-1の428nt上流に設計したS遺伝子特異的プライマー-2を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドでは、最も長い「標的領域3」であっても、KOD-未処理SBA5.4複合体により4~100のcDNAを高感度かつ高精度に検出できた。以上の結果より、コピー数の少ないRNA-cDNAハイブリッド断片であっても、より長く安定なcDNAを調製することできれば、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いたPCR法による迅速かつ高感度な増幅が実現可能であることが強く示唆された。
【0120】
(6-3)長鎖DNA増幅における高感度化の検証(新型コロナウイルス粒子から抽出した完全長RNAを対象とした場合)
次いで、前記のS遺伝子特異的プライマー-1及び-2を用いて、新型コロナウイルス粒子から抽出した完全長RNAから合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質として、標的領域2の2ステップPCR増幅(アニーリング温度及び伸長温度:65℃)を試みた。
【0121】
図26に、遊離のKOD(未固定)、又、未処理のSBA5.4(0.5mg)に固定化したKODによるNested PCRにおける1段階目のPCR後のPCR反応産物(標的領域2:1245塩基対)をゲル電気泳動で解析した結果を示す。
図は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)粒子から抽出した完全長RNA(9、3コピー)から、(a)S遺伝子特異的プライマー-1(配列番号1)、及び、(b)S遺伝子特異的プライマー-2(配列番号2)を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質としたPCR反応産物のゲル電気泳動像、また、表は、対応するPCR反応産物の濃度及び検出された数(N=5)、である。
【0122】
図26(a)によれば、遊離のKOD(未固定)では、前記(6-2)での検証結果と同様に、9又は3コピーのRNA-cDNAハイブリッドのどちらも非特異的な増幅に起因するスメアリングの傾向が観察され、選択的な増幅ができなかった。一方、KOD-未処理SBA5.4複合体を用いると、9又は3コピーでも選択的増幅が達成され、それぞれ1/5又は1/5の確率で選択的に増幅検出できることが確認された。
【0123】
また、図26(b)によれば、遊離のKOD(未固定)では、同様に、9又は3コピーのRNA-cDNAハイブリッドのどちらも非特異的な増幅に起因するスメアリングの傾向が観察され、選択的な増幅ができなかった。一方、KOD-未処理SBA5.4複合体を用いると、9又は3コピーでも選択的増幅が達成され、それぞれ4/5又は2/5の確率で選択的に増幅検出できることが確認された。本実施例におけるKOD-未処理SBA5.4複合体は、前記実施例5(5-3)と同様の方法により、一旦、-30℃で冷凍保管し、解凍した複合体を使用しており、9コピーの場合は、冷凍保管1日目、又、3コピーの場合は、冷凍保管2日目の複合体を適用した。それにもかかわらず、前記実施例5(5-3)での検証結果と同様に、数分子レベルの極微量の新型コロナウイルスRNAの精確な増幅検出を達成した。
また、前記(6-2)での検証結果と同様に、S遺伝子特異的プライマー-1の428nt上流に設計したS遺伝子特異的プライマー-2を用いて合成したRNA-cDNAハイブリッドを反応基質とすることで検出確率が増大したことから、新型コロナウイルス粒子から抽出した完全長RNAにおいても、より長く安定なcDNAを調製することができれば、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いたPCR法による迅速かつ高感度な増幅が実現可能であることが強く示唆された。
以上より、DNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体を用いたPCR技術は、より少ないRNAコピー数から1000塩基以上の長鎖PCR増幅を可能にしたことから、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の全ゲノム増幅及び解析に貢献できる可能性が示された。
このことは、変異の早い新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)などでオミクロン株のように、脅威となる新しい変異株が出現した場合、変異株試料が少量しか入手できなくても、迅速にゲノムが解析可能となるから、対応するワクチン開発も迅速に対応できることを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0124】
以上詳述したように、本発明は、極微量RNA及びRNA-cDNAハイブリッドの検出可能なDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体に関するものであり、更に詳しくは、上記複合体が反応基質である核酸(RNA及びRNA-cDNAハイブリッド)と相互作用を示し、かつ核酸増幅能を安定に発現できる複合化状態にある構造を有することを特徴とするDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体による、多量の残存RNA等の核酸夾雑物に起因する反応阻害や非特異的DNA増幅を抑制できるDNAの増幅方法、及び数分子のRNA及びRNA-cDNAハイブリッドを対象とした極微量核酸の検出方法などを提供することができる。
【0125】
本発明は、より具体的には、シリカ系ナノ空孔材料のシリカ細孔に固定化されたDNA増幅酵素(KOD)を反応基質の核酸(RNA、RNA-cDNAハイブリッド及びDNA)の検出に適用する改良されたRT-PCR技術であり、現行のリアルタイム1ステップRT-PCR法及び2ステップRT-PCR法のいずれに対しても高感度かが実現でき、更に、シリカ系ナノ空孔材料表面の疎水性度を高めることで、RT-PCR反応中での副反応を極力抑え、RNA検出の感度及び精度を高めることができたものである。その結果、RT-PCR法の高感度化および高精度化により、偽陰性または偽陽性の低減が達成され、迅速で正確なRNAウイルス検体の検出、判定を可能にするものである。
【0126】
更に、本発明は、汎用性が高く、既存の装置や試薬を利用した簡便かつ迅速な検査手法にも適用が可能なため、極微量RNAウイルスの高感度および高精度での検出法への展開が可能である。また、本発明によるRT-PCR試薬キット等の使用により、医療および公衆衛生分野における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、さらには広くRNAウイルス感染症に対する高感度かつ高精度な検査が可能となり、RNAウイルスそのものの性質や感染経路を把握する手段となり得る。本発明において対象とするRNA方法は、典型的には汎用的でかつ最も簡便な逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR法)であるが、逆転写等温DNA増幅法(RT-LAMP法)などにも適用可能である。
【0127】
また、本発明のDNA増幅酵素-シリカ系ナノ空孔材料複合体は、既存の酵素製品よりも冷凍保管時における保存安定性が高く、さらに、RNA以外の反応基質(プライマー、dNTPs等)、逆転写酵素、BSAなども含ませた状態で保存することができるので、信頼性の高い迅速、簡便なRNA及びDNA診断に用いるキット製品等として提供できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
【配列表】
2023008970000001.app