(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024104024
(43)【公開日】2024-08-02
(54)【発明の名称】食材の熱水抽出残渣の菌分解物及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20240726BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20240726BHJP
C12P 1/04 20060101ALI20240726BHJP
C12N 9/24 20060101ALI20240726BHJP
A23L 23/00 20160101ALN20240726BHJP
【FI】
C12N1/00 S
A23L5/00 Z
C12P1/04 Z
C12N9/24
A23L23/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008023
(22)【出願日】2023-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】514057743
【氏名又は名称】株式会社Mizkan Holdings
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100123766
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 七重
(74)【代理人】
【識別番号】100218578
【弁理士】
【氏名又は名称】河井 愛美
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 聡
(72)【発明者】
【氏名】服部 領太
(72)【発明者】
【氏名】楠本 憲一
(72)【発明者】
【氏名】角田 宏之
【テーマコード(参考)】
4B035
4B036
4B050
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B035LC16
4B035LG20
4B035LG22
4B035LG26
4B035LG32
4B035LG33
4B035LG34
4B035LG38
4B035LG39
4B035LG42
4B035LG50
4B035LG51
4B035LP42
4B036LC01
4B036LF01
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4B036LH29
4B036LH44
4B036LK01
4B036LP01
4B050CC08
4B050DD02
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4B050LL02
4B050LL05
4B050LL10
4B064AC19
4B064AF11
4B064AH19
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4B065AA01X
4B065AC14
4B065AC20
4B065BB26
4B065BB40
4B065CA18
4B065CA22
4B065CA31
4B065CA41
4B065CA55
(57)【要約】
【課題】本発明は、食品残渣物を食品として再生利用することを可能にする技術を提供することを目的としている。
【解決手段】本発明は、食材の熱水抽出残渣の菌分解物であって、前記熱水抽出残渣が、水不溶性食物繊維を含み、前記菌が、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea、B.シネレア)である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
食材の熱水抽出残渣の菌分解物であって、
前記熱水抽出残渣が、水不溶性食物繊維を含み、
前記菌が、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea、B.シネレア)である、菌分解物。
【請求項2】
前記食材が野菜、穀類、豆類、種実類、キノコ、魚介類、及び海藻からなる群から選択される1種以上を含む、請求項1に記載の菌分解物。
【請求項3】
前記水不溶性食物繊維が、セルロース、ヘミセルロース、水不溶性ペクチン、リグニン、及びキチンからなる群から選択される1種以上を含む、請求項1に記載の菌分解物。
【請求項4】
食材の熱水抽出残渣の菌分解物の製造方法であって、
食材を水中で加熱して、熱水抽出残渣を得る工程と、
前記熱水抽出残渣に菌を接種して生育させ、その菌分解物を得る工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の菌分解物を含む、食品組成物。
【請求項6】
前記食材の熱水抽出物をさらに含む、請求項5に記載の食品組成物。
【請求項7】
食材の熱水抽出残渣の菌分解物を含む食品組成物の製造方法であって、
食材を水中で加熱して、熱水抽出物及び熱水抽出残渣を得る工程と、
前記熱水抽出残渣に菌を接種して生育させて、その菌分解物を得る工程と、
前記熱水抽出物に、前記菌分解物を添加する工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
【請求項8】
請求項1~3のいずれか一項に記載の菌分解物を含む、酵素組成物。
【請求項9】
前記酵素組成物がペクチン分解酵素、セルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素、リグニン分解酵素、及びキチン分解酵素からなる群から選択される1種以上を含む、請求項8に記載の酵素組成物。
【請求項10】
前記酵素組成物がペクチンメチルエステラーゼ、エンドポリガラクツロナーゼ、エキソポリガラクツロナーゼ、セルラーゼ、ベータグルコシダーゼ、キシロシダーゼ、キシラナーゼ、ラッカーゼ、アラビノフラノシダーゼ、マンナナーゼ、及びキチナーゼからなる群から選択される1種以上を含む、請求項9に記載の酵素組成物。
【請求項11】
請求項8に記載の酵素組成物と、食物繊維を含む他の食材と、を含む、食品組成物。
【請求項12】
食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法であって、
前記熱水抽出残渣に菌を接種する工程と、
前記菌を生育させる工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食材の熱水抽出残渣の菌分解物及びその使用に関し、より具体的には、食材の熱水抽出残渣を含む菌分解物及びその製造方法、前記菌分解物を含む食品組成物、前記菌分解物を含む酵素組成物、前記酵素組成物を含む食品組成物、並びに食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、世界中で脱炭素社会を目指す潮流が起こっている。日本においては2007年度より改正食品リサイクル法が施行され、2030年度までに2000年度比で食品ロスを半減させる目標が掲げられている。食品業界は、食品産業で発生する食品廃棄物等を食品循環資源として再生利用することに取り組んでいる。2017年度の農林水産統計によれば、その再生利用等の実施率は84%にまで増加しているが、それでもなお、年間2,873千トンが廃棄物として処分されている。この問題の解決のためには、食品製造工程で排出される廃棄物のさらなる低減が課題となっている。
【0003】
従来、食品製造工程で排出される廃棄物を、微生物を用いて処理して家畜の飼料や農作物の堆肥等に転用する技術が知られている。例えば、特許文献1には食品廃棄物を微生物により発酵させ、飼料として利用する方法が開示されている。特許文献2には有機性廃棄物を木材と混合し、微生物により発酵させて処理する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-92189号公報
【特許文献2】特開2002-336822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
食品製造工程で排出される廃棄物の中でも、植物性食材等食物繊維を多く含む食材の加工により生じる残渣物には、多くの食物繊維が残存していると考えられる。しかし、これらの残渣物を食品として活用するための有効な技術は、現在のところ知られていない。
また、特許文献1及び特許文献2に記載の技術のように、食品残渣物は多くの場合、食用に適さないものに転用される。即ち、食材自体は人間が食用可能なグレードであったにもかかわらず、その残渣物は食用に適さないグレードのものへと変換されてしまう。物質循環の観点からも、異なるグレードへの変換を介することなく、食品グレードのものから再び食品グレードのものへと直接的に変換させることが可能であれば、時間、エネルギー、及びコストの面からも効率的であると考えられる。
本発明は、食品残渣物を食品として再生利用することを可能にする技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、水不溶性食物繊維を含む食材の熱水抽出残渣を、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea、B.シネレア)を用いて分解して得られた菌分解物が、食品として利用可能であることを見出し、本発明を完成させた。本発明は、以下に示す食材の熱水抽出残渣を含む菌分解物及びその製造方法、前記菌分解物を含む食品組成物、前記菌分解物を含む酵素組成物、前記酵素組成物を含む食品組成物、並びに食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法を提供するものである。
即ち、本発明は以下のものを提供する。
〔1〕食材の熱水抽出残渣の菌分解物であって、
前記熱水抽出残渣が、水不溶性食物繊維を含み、
前記菌が、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea、B.シネレア)である、菌分解物。
〔2〕前記食材が野菜、穀類、豆類、種実類、キノコ、魚介類、及び海藻からなる群から選択される1種以上を含む、前記〔1〕に記載の菌分解物。
〔3〕前記水不溶性食物繊維が、セルロース、ヘミセルロース、水不溶性ペクチン、リグニン、及びキチンからなる群から選択される1種以上を含む、前記〔1〕に記載の菌分解物。
〔4〕食材の熱水抽出残渣の菌分解物の製造方法であって、
食材を水中で加熱して、熱水抽出残渣を得る工程と、
前記熱水抽出残渣に菌を接種して生育させ、その菌分解物を得る工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
〔5〕前記〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の菌分解物を含む、食品組成物。
〔6〕前記食材の熱水抽出物をさらに含む、前記〔5〕に記載の食品組成物。
〔7〕食材の熱水抽出残渣の菌分解物を含む食品組成物の製造方法であって、
食材を水中で加熱して、熱水抽出物及び熱水抽出残渣を得る工程と、
前記熱水抽出残渣に菌を接種して生育させて、その菌分解物を得る工程と、
前記熱水抽出物に、前記菌分解物を添加する工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
〔8〕前記〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の菌分解物を含む、酵素組成物。
〔9〕前記酵素組成物がペクチン分解酵素、セルロース分解酵素、ヘミセルロース分解酵素、リグニン分解酵素、及びキチン分解酵素からなる群から選択される1種以上を含む、前記〔8〕に記載の酵素組成物。
〔10〕前記酵素組成物がペクチンメチルエステラーゼ、エンドポリガラクツロナーゼ、エキソポリガラクツロナーゼ、セルラーゼ、ベータグルコシダーゼ、キシロシダーゼ、キシラナーゼ、ラッカーゼ、アラビノフラノシダーゼ、マンナナーゼ、及びキチナーゼからなる群から選択される1種以上を含む、前記〔9〕に記載の酵素組成物。
〔11〕前記〔8〕に記載の酵素組成物と、食物繊維を含む他の食材と、を含む、食品組成物。
〔12〕食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法であって、
前記熱水抽出残渣に菌を接種する工程と、
前記菌を生育させる工程と、
を含み、ここで、前記熱水抽出残渣が水不溶性食物繊維を含み、前記菌がB.シネレアである、方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明に従えば、従来食品廃棄物として処分されていた食材の熱水抽出残渣を、食品として再生利用することが可能となる。本発明によれば、食品製造工程で排出される廃棄物の低減に貢献することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
[食材の熱水抽出残渣の菌分解物]
本発明の食材の熱水抽出残渣の菌分解物は、食材の熱水抽出残渣に含まれる水不溶性食物繊維を、ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea、B.シネレア)を用いて分解して得られた分解物のことをいう。
【0009】
B.シネレアは多犯性の植物性病原菌であり、多くの種類の植物に感染して灰色かび病を引き起こす糸状菌である。B.シネレアは、植物の細胞壁を構成する多糖類を分解可能な種々の細胞壁分解酵素を分泌することが知られており、植物の細胞壁を破壊して宿主に侵入することで感染する。B.シネレアは、例えば、ペクチン分解酵素(例えば、ペクチンメチルエステラーゼ、エンドポリガラクツロナーゼ、及びエキソポリガラクツロナーゼ等)、セルロース分解酵素(例えば、セルラーゼ及びベータグルコシダーゼ等)、ヘミセルロース(例えば、ペントザン、キシラン、アラビノキシラン、アラビナン、及びマンナンを成分として含む)分解酵素(例えば、キシラナーゼ、キシロシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ、及びマンナナーゼ等)、リグニン分解酵素(例えば、ラッカーゼ等)、並びにキチン分解酵素(例えば、キチナーゼ等)、等の細胞壁分解酵素を分泌することが知られている。
B.シネレアは、一般に「貴腐菌」とも呼ばれており、ワイン用品種のぶどう果実に感染した場合には、果皮のクチクラ層のワックスを溶かして果汁中の水分を蒸発させる。その結果、ぶどう果実内部のエキスが濃縮された「貴腐ブドウ」が作り出され、これを利用して「貴腐ワイン」が醸造される。即ち、B.シネレアは人間による食経験のある、人体にとって安全な微生物と位置付けられている。
【0010】
本明細書に記載の「食材」は、料理の材料として用いられる植物性又は動物性の食品原料のうち、水不溶性食物繊維を含むものを指す。
本明細書に記載の「食物繊維」は、重合度3以上の単糖からなる炭水化物重合体を指す。本明細書に記載の「水溶性食物繊維」は、食物繊維のうち水に溶解するものを指す。水不溶性食物繊維としては、例えば、セルロース、ヘミセルロース(例えば、マンナン、ペントザン、アラビナン、アラビノキシラン、及びキシラン等を成分として含む)、水不溶性ペクチン、リグニン、及びキチン等を挙げることができる。
水不溶性食物繊維を含む食材としては、例えば野菜、穀類、豆類、果物、種実類、キノコ、海藻、及び魚介類等を挙げることができる。以下に食材の具体例を列挙するが、これらに限定されるものではなく、食材としてはB.シネレアにより分解可能な水不溶性食物繊維を含むものであればよい。
野菜としては、例えばナス、カボチャ、ピーマン、ゴーヤ、ナーベラ、トウガン、オクラ、トウガラシ、トウモロコシ、キュウリ等の果菜類、ニンジン、ゴボウ、タマネギ、タケノコ、レンコン、カブ、ダイコン、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、ニンニク、ショウガ等の根菜類、モロヘイヤ、アスパラガス、セロリ、ケール、チンゲンサイ、ホウレンソウ、コマツナ、キャベツ、レタス、ハクサイ、ブロッコリー、カリフラワー、ミツバ、パセリ、ネギ、シュンギク、ニラ等の葉茎類等を挙げることができる。穀類としては、コメ、トウモロコシ、小麦、オオ麦、モチ麦、ライ麦、カラス麦、オーツ麦、ハト麦、キビ、アワ、ヒエ、ソバ、キヌア等を挙げることができる。豆類としては、大豆、小豆、緑豆、ささげ、インゲン豆、ソラマメ、エンドウ、ひよこ豆等を挙げることができる。果物としては、リンゴ、ナシ、スイカ、イチゴ、バナナ、アボカド、プルーン、イチジク、カキ等を挙げることができる。種実類としては、クリ、ギンナン、ゴマ等を挙げることができる。キノコとしては、キクラゲ、シイタケ、ナメコ、シメジ等を挙げることができる。海藻としては、昆布、わかめ、ひじき、のり等を挙げることができる。魚介類としては、エビ、カニ等の甲殻類を挙げることができる。
【0011】
本明細書に記載の「熱水抽出残渣」は、食材を水中で加熱した後に、液体部分である熱水抽出物を除去した後に残る固形分を指す。より具体的には、「熱水抽出物」は食材を煮出して得られる所謂「出汁」を指し、「熱水抽出残渣」は食材から出汁を取った後に残る所謂「出し殻」を指す。熱水抽出残渣は、食材に含まれる水不溶性食物繊維等の水に不溶性の成分を含有する。
【0012】
[菌分解物の製造方法]
本発明の菌分解物の製造方法は、(1)食材を水中で加熱して、熱水抽出残渣を得る工程と、(2)前記熱水抽出残渣にB.シネレアを接種して生育させ、その菌分解物を得る工程と、を含む。
【0013】
(1)熱水抽出残渣を得る工程
熱水抽出残渣は、当技術分野で通常採用される方法により行うことができる。例えば、水を張った鍋に適当な大きさに切断した食材を入れて火にかけ、適当な時間加熱した後に熱水抽出物を除去することで、熱水抽出残渣を得ることができる。熱水抽出物の除去後に残った固形分をそのまま熱水抽出残渣として用いてもよいし、前記固形分を乾燥し、粉末化したもの等、前記固形分を加工したものを熱水抽出残渣として用いてもよい。
なお、本発明において「熱水」とは、一般的に、火やマイクロ波を用いて直接的に、又は、水や空気等の媒体を通じて間接的に、水に熱を加えることで温度を一定以上としたものである。熱水の温度は、一般的には水温が80℃以上であることが好ましく、より好ましくは85℃以上、90℃以上、又は95℃以上である。加熱時間は特に限定されないが、抽出のされやすさの観点から、加熱時間の下限としては10分以上が好ましく、15分以上がより好ましい。さらに好ましくは、加熱時間は20分以上、30分以上、40分以上、50分以上、又は60分以上である。加熱時間の上限としては240分未満が好ましく、180分未満がより好ましい。さらに好ましくは、加熱時間は120分未満である。
(2)菌分解物を得る工程
当技術分野で通常採用される方法により行うことができる。通常採用される方法の例としては、好気的条件における液体培養または固体培養があげられる。具体的には、熱水抽出残渣を水、緩衝液、及び栄養源から選ばれる少なくとも一つと共に適当な培養容器に入れてB.シネレアを播種し、振盪培養器で30rpmから250rpm、好ましくは70rpmから150rpmの回転をかけ、10℃から30℃、好ましくは20℃で4日~14日、好ましくは6日~8日間培養することで、菌分解物を得ることができる。または、熱水抽出残渣の水分含有量を20%から70%、好ましくは50%になるように調整したものに播種し、10℃から30℃、好ましくは20℃で4日~14日、好ましくは6日~8日間培養する。これらの培養条件は調整することが可能である。例えば、培養初期の温度を20℃として途中からB.シネレアの酵素至適温度(40℃から75℃、好ましくは50℃から65℃)に変更することによって菌体の増殖及び遊離単糖の消費を抑制したまま熱水抽出残渣の分解を進めることも想定される。
【0014】
上記方法に従えば、効率的に水不溶性食物繊維を分解して菌分解物を得ることができる。食材は水不溶性食物繊維の他、水溶性食物繊維、主要な栄養素であるタンパク質、脂質、及び糖質、並びに微量栄養素であるビタミンやミネラル等を含む。仮に食材自体をB.シネレア等の微生物の基質として接種・生育を行った場合、微生物は単糖やタンパク質等を優先的に分解するため、高分子多糖類である食物繊維を分解するのは低効率である。
一方で、食材の熱水抽出処理によって、水溶性食物繊維、タンパク質、脂質、糖質、ビタミン、及びミネラル等の成分は熱水抽出物中に溶出されるが、水不溶性食物繊維は熱水抽出残渣に残存する。微生物を熱水抽出残渣に接種して生育させた場合、微生物が生育を行うためには優先的に水不溶性食物繊維を資化する必要がある。したがって、微生物によって水不溶性食物繊維が効率的に分解される。微生物が水不溶性食物繊維を糖質よりも優先的に資化する観点において、熱水抽出残渣中の糖質の含有量は100g中5.5g以下が好ましく、5.0g以下がより好ましい。さらに好ましくは、熱水抽出残渣中の糖質の含有量は4.5g以下、4.0g以下、3.5g以下、2.5g以下、2.0g以下、1.5g以下、又は1.0g以下である。ここで糖質とは、二糖類、及び単糖類(例えば、ブドウ糖及び果糖等)を指す。なお本発明において、熱水抽出残渣中の糖質の含有量は「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」の各利用可能炭水化物量(質量計)に準じ、高速液体クロマトグラフ法で測定する。
【0015】
また、後述するように、B.シネレアは他の微生物と比較して水不溶性食物繊維の分解能力が高い。したがって、B.シネレアは食材の熱水抽出残渣の菌分解物の製造における好適な微生物であるといえる。さらに、B.シネレアは人間による食経験のある微生物であることから、本発明の菌分解物は食品として利用可能である。また、食品グレードから異なるグレードへの変換を経ることなく、直接的に食品グレードのものに変換することができる。
【0016】
[菌分解物の食品用途への利用]
以下、本発明の菌分解物の、食品用途への利用について説明する。
1.菌分解物を含む食品組成物
本発明の菌分解物は、食品の原料として直接利用することができ、当該菌分解物を含む食品組成物を提供することができる。本発明の菌分解物は、B.シネレアにより多糖類である水不溶性食物繊維が分解されて生じた単糖を含有する。即ち、本発明の菌分解物は、食物繊維由来の単糖を含有する甘みのある食材であるため、単体でも良好な食味を呈する食品組成物として利用可能である。
前記食品組成物の形態としては、特に限定されないが、例えば、ドレッシング、ソース、スープ、金山寺味噌、パン、麺類、焼き菓子、練り物、及び豆腐等を挙げることができる。
【0017】
前記食品組成物は、菌分解物の他、任意の食品原料を含んでいてもよい。本発明の菌分解物は、他の食品原料と組み合わせると様々な食品に応用することができる。例えば食品組成物は、食材を原料として製造された菌分解物と、同じ食材から抽出された熱水抽出物とを含んでいてもよい。このような食品組成物によると、1つの食材由来の熱水抽出物と熱水抽出残渣(菌分解物)の全てを無駄なく食すことが可能となる。
上記した態様の食品組成物は、(1)食材を水中で加熱して、熱水抽出物及び熱水抽出残渣を得る工程と、(2)前記熱水抽出残渣にB.シネレアを接種して生育させてその菌分解物を得る工程と、(3)前記熱水抽出物に前記菌分解物を添加する工程と、を含む方法により製造することができる。(1)及び(2)における具体的な手順は、上述の通りである。(3)における具体的な手順は、当技術分野で通常採用される方法により行うことができる。
【0018】
2.菌分解物を含む酵素組成物
本発明の菌分解物は、B.シネレア菌体及びB.シネレアが産生した酵素を含有していることから、酵素源として利用することができ、当該菌分解物を含む酵素組成物を提供することができる。
前記酵素組成物は、他の食材が含有する食物繊維を分解して、新たな食品を得るための酵素源として用いることができる。具体的には、前記酵素組成物は任意の食材に添加した場合に、B.シネレアにより分泌された酵素により当該食材に含まれる食物繊維を分解して、新たな食品を得るための酵素源として機能する。前記酵素は、B.シネレアにより分泌された酵素であって食物繊維分解酵素であれば特に制限はないが、上記の通り、具体的には、ペクチン分解酵素(例えば、ペクチンメチルエステラーゼ、エンドポリガラクツロナーゼ、及びエキソポリガラクツロナーゼ等)、セルロース分解酵素(例えば、セルラーゼ及びベータグルコシダーゼ等)、ヘミセルロース(例えば、ペントザン、キシラン、アラビノキシラン、アラビナン、及びマンナンを成分として含む)分解酵素(例えば、キシラナーゼ、キシロシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ、及びマンナナーゼ等)、リグニン分解酵素(例えば、ラッカーゼ等)、並びにキチン分解酵素(例えば、キチナーゼ等)等が挙げられる。
【0019】
3.酵素組成物を含む食品組成物
前記酵素組成物は、食品組成物の原料として利用することができ、当該酵素組成物と、食物繊維を含む他の食材とを含む食品組成物が提供される。
前記酵素組成物により食品組成物中の前記他の食材の食物繊維が分解されて、単糖が生成する。即ち、前記酵素組成物の働きにより、前記他の食材の食物繊維由来の甘みが付与された、良好な食味を呈する食品組成物が提供される。なお前記他の食材は、B.シネレアが分泌する酵素により分解可能な食物繊維を含有するものであればよく、水不溶性食物繊維に限らず、水溶性食物繊維を含有していてもよい。
前記食品組成物の形態としては、特に限定されないが、例えばドレッシング、ソース、スープ、金山寺味噌、パン、麺類、焼き菓子、練り物、豆腐等を挙げることができる。
【0020】
[食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法]
本発明の別の態様では、食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法が提供される。
熱水抽出残渣の固形分は、食物繊維を主要構成成分とする。固形分は食物繊維に由来するざらざらとした独特な食感を有するため、そのまま食品として用いるのは食感の観点から好ましくない。前記方法は、食材の熱水抽出残渣に含まれる固形分を、B.シネレアにより分解させるものである。前記方法に従って固形分が低減された熱水抽出残渣は、単体又は他の食材と併せて食品として利用した場合に、当該食品に良好な食感を付与する。
食材の熱水抽出残渣の固形分を低減する方法は、(1)水不溶性食物繊維を含む熱水抽出残渣にB.シネレアを接種する工程と、(2)B.シネレアを生育させる工程と、を含む。(1)及び(2)における具体的な手順は、上述の通りである。
【0021】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例0022】
B.シネレアによる熱水抽出残渣の分解効率を確認し、かつ日本の伝統的な麹菌による分解効率との比較を行うために、以下に示す試験を行った。
【0023】
1.未消化残渣重量を用いた分解効率の評価
(1)熱水抽出残渣の作製
ダイスカットしたニンジン1100gを、沸騰した水5Lに添加し95℃以上となるよう40分加熱した。次に固液分離し、固体を同様に沸騰水中で加熱した後に固液分離を2回行った。上記の通り合計3回ニンジンを煮込み、残った固体部分を乾燥して粉末化し、これを熱水抽出残渣とした。当該熱水抽出残渣の糖含有量を前記の方法(高速液体クロマトグラフ法)で測定したところ、残渣100g中0.33gであった。また、1回目に分取した液体部分をニンジン出汁とした。
【0024】
(2)B.シネレア及び麹菌の菌株
B.シネレアの菌株として、Botrytis cinerea NBRC33008を用いた。麹菌の菌株として、Aspergillus oryzae RIB40、Aspergillus sojae No.9、Aspergillus luchuensis SH-34を用いた。
【0025】
(3)菌株の培養
液体培地10 mlを加えた100 mlフラスコを複数用意し、各菌株をそれぞれ異なるフラスコに播種した。各菌株は、胞子数が2 x 106個となるように播種した。また、対照として液体培地10 mlのみを加えたフラスコを用意し、これには菌株を播種しないものとした。各フラスコを振盪培養器で100rpmの回転をかけ、9日間培養を行った。培養温度は、B.シネレアについては20℃とし、麹菌については30℃とした。
液体培地の組成を以下の表1~3に示す。なお、液体培地としては、ツァペック・ドックス(CD)培地の炭素源である1% グルコースを熱水抽出残渣に置き換えた、改変培地を用いた。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
(4)未消化残渣の回収
培養後、各フラスコ内の培養液から、15 mlチューブにセットしたミラクロス付き漏斗を用いて培養上清を除去し、固形物(熱水抽出残渣のうちの未消化残渣)を回収した。回収された固形物を、50 mMリン酸緩衝液5 mlで洗浄した。固形物を105℃で1時間、風乾した。乾燥後に固形物の重量を測定した。固形物を50 mlチューブに移し、ビーズを用いて粉砕した。また、前記培養上清(熱水抽出残渣から未消化残渣を除いたもの)を回収した。
【0030】
(5)未消化残渣重量の算出
熱水抽出残渣のうちの未消化残渣の重量を、固形分の全体重量から菌体重量を差し引くことで算出した。
B.シネレアと麹菌は同じ糸状菌である。したがって、熱水抽出残渣中の菌体重量の算出には、糸状菌細胞壁溶解酵素であるYatalase(登録商標)を用いた、改変した麹菌体量簡易測定法を採用した。
固形物を入れた50 mlチューブに、ビーズを入れたまま、さらに50 mMリン酸緩衝液(pH 6.5)を10 ml添加した。これをボルテックスにより十分に攪拌した後、遠心機で3000 rpmで10分間遠心し、上清を捨てた。これを3回行った。50 mlチューブにYatalase(登録商標)を10 mg入れ、37℃、100 rpmで1時間振盪した。遠心機で3000 rpm、10分間遠心して上清を回収した。試験管に上清を500μl入れ、0.8 M四ホウ酸カリウム溶液(pH 9.1)を100μl加え撹拌した。これを100℃で3分煮沸した後、すぐ氷冷した。これにDMAB試薬を3 ml加えて、37℃で20分反応させた後、すぐ氷冷した。反応液を分光光度計U-1900(日立ハイテクノロジーズ株式会社)を用いて、585 nmの吸光度測定を行うことで、N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)を定量した。乾燥菌体重量1 mgあたりのGlcNAc量を139μgとして換算し、菌体重量を算出した。得られた菌体重量を固形分の全体重量から差し引いて、未消化残渣重量を算出した。
【0031】
【0032】
表4に示すように、B.シネレアの培養により熱水抽出残渣がもっとも低減された。また、B.シネレアの培養後の熱水抽出残渣に粒状の固形分は確認されなかった一方で、麹菌の培養後の熱水抽出残渣には、粒状の固形分が残留していることが視認された。したがって、B.シネレアによって熱水抽出残渣が最も効率よく分解されることが明らかとなった。
【0033】
(6)食品組成物の調製
「(1)熱水抽出残渣の作製」で得られたニンジン出汁を食材の熱水抽出物とし、「(4)未消化残渣の回収」で得られた培養上清を菌分解物として、これらを含む食品組成物を調製した。前記ニンジン出汁の10倍濃縮物100 mlに対し、前記菌分解物175 gと食塩4.5 gを添加し、水を加えて500 mlとし、2倍濃縮出汁(菌分解物及び食材の熱水抽出物を含む食品組成物)を得た。
また、ニンジン 500g、タマネギ 400g、セロリ 200gをそれぞれダイスカットし、5Lの水に添加して加熱95℃以上となるよう40分間加熱した後固液分離をし、さらに体積で約10分の1程度まで加熱して、10倍濃縮のブイヨンドレギュームを作製した。
前記ブイヨンドレギューム100 mlに対し、前記菌分解物175 gと食塩4.5 gを添加し、水を加えて500 mlとし、2倍濃縮出汁(菌分解物を含む食品組成物)を得た。
比較のため、前記ブイヨンドレギュームに同様に食塩と水を加えて比較用出汁を調製した。
菌分解物及び食材の熱水抽出物を含む食品組成物、並びに菌分解物を含む食品組成物を比較用出汁と比較したところ、いずれの食品組成物の食味も比較用出汁と遜色ないことが確認された。
【0034】
2.培養上清を用いた酵素活性評価
(1)培養上清の回収
上記1.(4)において、Botrytis cinerea NBRC33008、Aspergillus oryzae RIB40、Aspergillus sojae No.9、Aspergillus luchuensis SH-34の各培養液から、培養上清を回収した。
【0035】
(2)DNS試薬の調製
水酸化ナトリウム0.8 gをイオン交換水30 mlに溶解した。これに3,5-ジニトロサリチル酸(DNS)0.25 gを少しずつ添加しながら溶解した。DNSを完全に溶解させた後、酒石酸ナトリウムカリウムを15 g加えた。完全に溶解させた後、イオン交換水にて50 mlにメスアップした。
【0036】
(3)DNS法による酵素活性測定
反応バッファーとして、50 mMリン酸バッファー(pH 6.5)を用いた。菌株間のペクチナーゼ活性、ヘミセルラーゼ活性、セルラーゼ活性をそれぞれ比較するため、基質液として、0.5 % ポリガラクツロン酸溶液、0.5% Oat speltsキシラン溶液、0.5% カルボキシメチルセルロース(CMC)溶液をそれぞれ用いた。13 ml試験管に基質液100μl、反応バッファー12.5μl、培養上清12.5μlを混合し、37℃で60分反応させた。その後、DNS試薬250μl加え、100℃で5分煮沸した後、氷冷した。反応液に超純水を1125μl加え、分光光度計U-1900で525 nmの吸光度測定を行った。検量線作成には、リン酸バッファーにD-グルコースを1 mg/mlで溶解させたD-グルコース溶液を用いた。
【0037】
吸光度の測定結果を、以下の表5~7に示す。吸光度の測定結果は、ペクチナーゼ活性、ヘミセルラーゼ活性、及びセルラーゼ活性をそれぞれ示す。
【表5】
【0038】
【0039】
【0040】
表5~7に示すように、ポリガラクツロン酸溶液、キシラン溶液、CMC溶液の全てに対して、B.シネレアが麹菌と比較して高い酵素活性を示した。即ち、B.シネレアは、熱水抽出残渣中の水不溶性食物繊維であるペクチン、セルロース、及びヘミセルロースに対する高い分解能力を有することが示された。
【0041】
以上より、B.シネレアは水不溶性食物繊維に対する高い分解能力を有することが分かった。即ち、本発明の菌分解物は、B.シネレアにより食材の熱水抽出残渣中の水不溶性食物繊維が分解されているため、食品としての高い利用可能性を有する。