(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024116739
(43)【公開日】2024-08-28
(54)【発明の名称】量子鍵配送システム及び量子鍵配送方法
(51)【国際特許分類】
H04L 9/12 20060101AFI20240821BHJP
H04L 9/08 20060101ALI20240821BHJP
【FI】
H04L9/12
H04L9/08 E
H04L9/08 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023022525
(22)【出願日】2023-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本庄 利守
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】生田 拓也
(72)【発明者】
【氏名】井上 恭
(57)【要約】
【課題】TF-QKDの量子鍵配送システムにおいて、伝搬位相の制御やデコイ法による盗聴検知が不要な量子鍵配送システムを提供する。
【解決手段】アリス10、ボブ20及びチャーリー30を含む量子鍵配送システムを、アリス10、ボブ20が備えるパルス光発生部、各パルス光を位相変調する位相印加部、位相変調された各パルス光の平均光子数を1未満に減衰する光減衰器と、チャーリー30が備える遅延マッハツェンダー干渉計M、アリス10、ボブ20から受信した光パルス列に含まれるパルス光を半周期ずらして入力し、遅延マッハツェンダー干渉計Mから出力した光子をそれぞれ検出する光子検出器301、302と、アリス10及びボブ20が備える位相を互いに通知する通知部、他方から通知された位相情報と自身が印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する鍵ビット生成部と、によって構成する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の光信号送受信装置と、
前記第1の光信号送受信装置と離間して配置される第2の光信号送受信装置と、
前記第1の光信号送受信装置と前記第2の光信号送受信装置との間に配置される第3の光信号送受信装置を含み、前記第1の光信号送受信装置と前記第2の光信号送受信装置との間の共通鍵暗号通信のための秘密鍵を供給する量子鍵配送システムであって、
前記第1の光信号送受信装置及び前記第2の光信号送受信装置は、
時間間隔が2Tの連続的なコヒーレント光パルス列を発生するパルス光発生部と、
前記コヒーレント光パルス列に含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相印加部と、
前記位相印加部の位相印加によって位相変調された前記各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する光減衰器と、を含み、
前記第3の光信号送受信装置は、
二つの入力端子及び二つの出力端子を備え、遅延時間がTである遅延マッハツェンダー干渉計と、
前記二つの入力端子に対し、前記第1の光信号送受信装置から受信した前記減衰光パルス列に含まれるパルス光と、前記第2の光信号送受信装置から受信した前記減衰光パルス列に含まれるパルス光とを、半周期ずらしてそれぞれ入力させる入力部と、
前記二つの出力端子から出力した光子をそれぞれ検出する第1の光子検出器及び第2の光子検出器と、
光子が検出された時刻と、前記第1の光子検出器、前記第2の光子検出器のいずれが光子を検出したのかを示す光子検出情報を前記第1の光信号送受信装置、前記第2の光信号送受信装置に通知する光子検出情報通知部と、を含み、
前記第1の光信号送受信装置及び前記第2の光信号送受信装置は、
前記第3の光信号送受信装置における光子検出に係るパルス光の位相が{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの位相情報を互いに通知する位相情報通知部と、
他方から通知された前記位相情報と、自身の前記位相印加部において印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する鍵ビット生成部と、
を含む、量子鍵配送システム。
【請求項2】
第1の光信号送受信装置と、
前記第1の光信号送受信装置と離間して配置される第2の光信号送受信装置と、
前記第1の光信号送受信装置と前記第2の光信号送受信装置との間に配置される第3の光信号送受信装置を含み、前記第1の光信号送受信装置と前記第2の光信号送受信装置との間の共通鍵暗号通信のための秘密鍵を供給する量子鍵配送システムにおいて行われる量子鍵配送方法であって、
前記第1の光信号送受信装置及び前記第2の光信号送受信装置は、
時間間隔が2Tの連続的なコヒーレント光パルス列を発生する工程と、
前記コヒーレント光パルス列に含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相印加工程と、
前記位相印加工程によって位相変調された前記各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する工程と、を実行し、
前記第3の光信号送受信装置は、
二つの入力端子及び二つの出力端子を備え、遅延時間がTである遅延マッハツェンダー干渉計の前記二つの入力端子に対し、前記第1の光信号送受信装置から受信した前記減衰光パルス列に含まれるパルス光と、前記第2の光信号送受信装置から受信した前記減衰光パルス列に含まれるパルス光とを、半周期ずらしてそれぞれ入力させる工程と、
前記二つの出力端子から出力した光子をそれぞれ第1の光子検出器及び第2の光子検出器で検出する工程と、
光子が検出された時刻と、前記第1の光子検出器、前記第2の光子検出器のいずれが光子を検出したのかを示す光子検出情報を前記第1の光信号送受信装置、前記第2の光信号送受信装置に通知する工程と、を実行し、
前記第1の光信号送受信装置及び前記第2の光信号送受信装置は、
前記第3の光信号送受信装置における光子検出に係るパルス光の位相が{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの位相情報を互いに通知する工程と、
他方から通知された前記位相情報と、自身の前記位相印加工程において印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する工程と、
を実行する、量子鍵配送方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
量子力学の原理に基づいて、共通鍵暗号通信のための秘密鍵を離れた二者に安全に供給する量子鍵配送(Quantum Key Distribution、以下、「QKD」とも記す。)の研究開発が進められている。複数の方式があるQKDのうち、送受信装置間の長距離化が可能な振幅場対QKD(Twin Field QKD、以下、「TF-QKD」とも記す)は、例えば、非特許文献1に記載されている。
【0002】
非特許文献1に記載のシステムは、秘密鍵を共有するアリス及びボブと、アリスとボブの中間点に位置して秘密鍵共有の仲立ちをする第三者であるチャーリーを含む。このようなシステムにおいて、アリスとボブはそれぞれチャーリーへパルス光の信号を送信し、チャーリーは送信されてきた光信号を受信し、合波して光子を検出する。そして、この検出では合波するパルス光の位相差に応じて検出器で光子が検出され、検出した検出器と、アリスとボブが送信した光信号の位相に基づいて秘密鍵が生成される。このシステムでは、チャーリーを介して通信するシステムのアリスとボブの物理的距離は、光子の伝送距離の2倍とすることができる。これによって、非特許文献1に記載のシステムは、アリスとボブが直接光子を送受信するQKDシステムよりも通信の長距離化が可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】M. Lucamarini, Z. L. Yuan, J. F. Dynes, and A. J. Shields, "Overcoming the rate-distance limit of quantum key distribution without quantum repeaters," Nature, vol. 557, pp. 400-403 (2018).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に記載の公知技術において、チャーリーは、アリスによって送信された光信号とボブによって送信された光信号とを、その位相差が保持された状態で合波する必要がある。このためには、アリス及び/またはボブ(以下、「アリス/ボブ」とも記す)からチャーリーまでの間を伝播する光信号の位相(以下、「伝搬位相」とも記す)をそれぞれ保持しなければならない。
【0005】
しかしながら、非特許文献1に記載の公知技術は、秘密鍵の秘匿性を保障すべく、光子数分岐攻撃対策としてデコイ法を用いている。デコイ法においては、アリス/ボブが光変調器によりパルス光ごとに平均光子数を無作為に変調している。また、アリス/ボブは、盗聴検知のため、検出光子数の統計的性質を解析するデータ処理を行っている。このような処理は、アリス/ボブとなる装置及びプロトコルを煩雑化する。また、デコイ法を用いる場合、秘密鍵生成効率が低くなるという問題もある。
【0006】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、TF-QKDの量子鍵配送システムにおいてデコイ法を用いることなく、耐盗聴性の高い秘密鍵配送を可能とする量子鍵配送システム及び量子鍵配送方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために本発明の一形態の量子鍵配送システムは、第1の光信号送受信装置と、第1の光信号送受信装置と離間して配置される第2の光信号送受信装置と、第1の光信号送受信装置と第2の光信号送受信装置との間に配置される第3の光信号送受信装置を含み、第1の光信号送受信装置と第2の光信号送受信装置との間の共通鍵暗号通信のための秘密鍵を供給する量子鍵配送システムであって、第1の光信号送受信装置及び第2の光信号送受信装置は、時間間隔が2Tの連続的なコヒーレント光パルス列を発生するパルス光発生部と、コヒーレント光パルス列に含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相印加部と、位相印加部の位相印加によって位相変調された各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する光減衰器と、を含み、第3の光信号送受信装置は、二つの入力端子及び二つの出力端子を備え、遅延時間がTである遅延マッハツェンダー干渉計と、二つの入力端子に対し、第1の光信号送受信装置から受信した減衰光パルス列に含まれるパルス光と、第2の光信号送受信装置から受信した減衰光パルス列に含まれるパルス光とを、半周期ずらしてそれぞれ入力させる入力部と、二つの出力端子から出力した光子をそれぞれ検出する第1の光子検出器及び第2の光子検出器と、光子が検出された時刻と、第1の光子検出器、第2の光子検出器のいずれが光子を検出したのかを示す光子検出情報を第1の光信号送受信装置、第2の光信号送受信装置に通知する光子検出情報通知部と、を含み、第1の光信号送受信装置及び第2の光信号送受信装置は、第3の光信号送受信装置における光子検出に係るパルス光の位相が、{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの情報(公知の前例でθ_{0}に相当する情報)を互いに通知する位相情報通知部と、他方から通知された位相情報と、自身の位相印加部において印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する鍵ビット生成部と、を含む。
【0008】
また、本発明の一形態の量子鍵配送方法は、第1の光信号送受信装置と、第1の光信号送受信装置と離間して配置される第2の光信号送受信装置と、第1の光信号送受信装置と第2の光信号送受信装置との間に配置される第3の光信号送受信装置を含み、第1の光信号送受信装置と第2の光信号送受信装置との間の共通鍵暗号通信のための秘密鍵を供給する量子鍵配送システムにおいて行われる量子鍵配送方法であって、第1の光信号送受信装置及び第2の光信号送受信装置は、時間間隔が2Tの連続的なコヒーレント光パルス列を発生する工程と、コヒーレント光パルス列に含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相印加工程と、位相印加工程によって位相変調された各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する工程と、を実行し、第3の光信号送受信装置は、二つの入力端子及び二つの出力端子を備え、遅延時間がTである遅延マッハツェンダー干渉計の二つの入力端子に対し、第1の光信号送受信装置から受信した減衰光パルス列に含まれるパルス光と、第2の光信号送受信装置から受信した減衰光パルス列に含まれるパルス光とを、半周期ずらしてそれぞれ入力させる工程と、二つの出力端子から出力した光子をそれぞれ第1の光子検出器及び第2の光子検出器で検出する工程と、光子が検出された時刻と、第1の光子検出器、第2の光子検出器のいずれが光子を検出したのかを示す光子検出情報を第1の光信号送受信装置、第2の光信号送受信装置に通知する工程と、を実行し、第1の光信号送受信装置及び第2の光信号送受信装置は、第3の光信号送受信装置における光子検出に係るパルス光の位相が、{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの情報を互いに通知する工程と、他方から通知された位相情報と、自身の位相印加工程において印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する工程と、を実行する。
【発明の効果】
【0009】
以上の形態によれば、TF-QKDの量子鍵配送システムにおいて、伝搬位相の制御やデコイ法による盗聴検知が不要な量子鍵配送システム及び量子鍵配送方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態の比較例となる公知のTF-QKD装置を説明するための図である。
【
図2】本実施形態の量子鍵配送システムの全体を示す図である。
【
図3】(a)は
図2に示すアリスの構成を説明するための模式図、(b)は
図2に示すボブの構成を説明するための模式図、及び(c)はチャーリーの構成を説明するための模式図である。
【
図4】
図3(c)に示すチャーリーにおいて行われる光子検出を説明するための図である。
【
図5】鍵ビット生成を説明するためのタイミングチャートを示す図である。
【
図6】
図3(a)のアリスにおけるビット列の生成を説明するためのフローチャートを示す図である。
【
図7】
図3(b)のボブにおけるビット列の生成を説明するためのフローチャートを示す図である。
【
図8】本実施形態の光子数分岐攻撃の検知を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[概要]
以下、本発明の一実施形態の説明に先立って、本実施形態で利用する公知の量子鍵配送装置を比較例として説明する。なお、概要及び実施形態で示す図面は、いずれも本発明の構成の配置、動作、機能、目的、効果、技術思想等を説明する模式的な図であって、本実施形態の具体的な構成を限定するものではない。また、図面にあっては同様の部材に同様の符号を付し、その説明の一部を略す場合もある。
【0012】
図1は、本実施形態の比較例となる公知のTF-QKD装置を説明するための図である。
図1に示すTF-QKDシステムは、チャーリー3と、チャーリー3を介して通信するアリス1及びボブ2とを含んでいる。アリス1は、コヒーレントパルス光源11、コヒーレントパルス光源11の出力した光信号の強度を調整する強度変調器(Intensity Modulators;図中では「IM」と記す)12、バイアス位相の位相変調器(Phase Modulators;図中では「PM」と記す)13、データ位相の位相変調器14、光減衰器15を含む。また、ボブ2は、同様に、コヒーレントパルス光源21、コヒーレントパルス光源21の出力した光信号の強度を調整する強度変調器22、バイアス位相の位相変調器23、データ位相の位相変調器24及び光減衰器25を含む。チャーリー3は、光子検出器31、32及び、ビームスプリッタ33を含んでいる。アリス1、ボブ2及びチャーリー3は、通信における当事者を示すと共に、本実施形態においては光信号の送受信機能を有する通信ノード(光信号送受信装置)を示している。
【0013】
以下、上記のTF-QKD装置の動作を説明する。
アリス1とボブ2はそれぞれ、平均光子数が1程度の微弱なコヒーレントパルス光(以下、単に「パルス光」とも記す)をチャーリー3に送信する。パルス光の位相θは、バイアス位相θ
0=πk/Mと、データ位相θ
d={0またはπ}の和となる。すなわち、以下の式(1)が成立する。
θ=θ
0+θ
d ・・・式(1)
上記の式(1)において、Mは2以上の整数、kについては0≦k<Mが成立する。以下、説明の簡易化のため、Mを2として説明を行う。この場合、θ
0は{0またはπ/2}となり、位相値θは0、π/2、π、3π/2のいずれかとなる。アリス1及びボブ2は、この4つの位相値のいずれかを無作為に選択し、パルス状のコヒーレント光に付与する。アリス1から送信される光信号をL1、ボブ2から送信される光信号をL2として
図1中に示す。光信号L1、L2は、複数のパルス光を含む光パルス列を形成する。
【0014】
次にチャーリー3は、送られてきた光信号L1、L2を2入力2出力のビームスプリッタ33で合波し、出力端に配置された光子検出器31、32においてそれぞれ光子検出する。アリス1及びボブ2から送信された光信号L1、L2の光子は、ビームスプリッタ33において干渉し合い、両者の位相差に応じて光子検出器31、または光子検出器32で検出される。この際、光子は、アリス1から送信される光信号L2と、ボブ2から送信される光信号L1との位相差が0である場合に光子検出器31によって検出される。また、光子は、光信号L2と、光信号L1との位相差がπである場合に光子検出器32によって検出される。パルス光同士の位相差と光子を検出する光子検出器との対応は、アリス1からビームスプリッタ33までの伝搬位相、及びボブ2からビームスプリッタ33までの伝搬位相を調整することによって実現できる。
【0015】
光信号L1、L2の位相差が{0,π}以外である場合、光子は、光信号L1、L2の位相差で決まる確率にしたがって光子検出器31または光子検出器32によって検出される。なお、パルス光は、光減衰器15、25によって減衰されているために受信される際のパワーは微小である。このため、光子は、光子検出器31、32のいずれによっても検出されない場合がある。チャーリー3は、光子が検出された場合に、光子検出器31、32のいずれによって光子が検出されたかを記録する。
【0016】
上記したパルス光の送受信を複数回行った後、チャーリー3は、光子が検出されたパルス光と、光子を検出した光子検出器31、32のいずれかをアリス1及びボブ2に通知する。通知を受けたアリス1及びボブ2は、光子が検出されたパルス光に付与したバイアス位相を互いに通知し合う。以上の処理により、アリス1とボブ2は、光子が検出されたパルス光について、自身が付与しバイアス位相と、他方が付与したバイアス位相と、干渉後のパルス光の光子を検出した光子検出器を特定する情報(以下、「光子検出情報」とも記す)を得ることができる。
【0017】
次に、アリス1及びボブ2は、光子検出情報と、自身が付与したデータ位相の値に基づいてビット値を生成する。すなわち、アリス1及びボブ2は、自身が付与したバイアス位相と相手が付与したバイアス位相とが異なっている光子検出情報を除外する。そして、バイアス位相が同一の光子検出情報につき、アリス1及びボブ2は、光子検出器31が光子を検出した場合、データ位相が0であればビット0、データ位相がπならばビット1を生成する。また、光子検出器32が光子を検出した場合、アリス1は、データ位相が0であればビット0、データ位相がπならばビット1を生成する。このとき、ボブ2は、データ位相がπならばビット0、データ位相が0ならばビット1を生成する。このように生成されたビット値は、チャーリー3のビームスプリッタ33における干渉条件より、アリス1とボブ2とで同一となる。TF-QKD装置においては、アリス1とボブ2が共有するビット値を秘密鍵とする。
【0018】
上記の秘密鍵の秘匿性は、次のように保障されている。先ず、チャーリー3は、光子検出結果からアリス1から送信された光信号L1と、ボブ2から送信された光信号L2との位相差を知り得るが、位相値自体を知ることはできない。このため、チャーリーが悪意のある第三者であったとしても、鍵ビットを生成することはできない。
【0019】
また、位相が0、π/2、π、3π/2のいずれかである微弱なコヒーレント光は、量子力学的非直交関係にある。このため、外部の盗聴者は、光信号L1、L2からアリス1/ボブ2がコヒーレント光に付与した位相値を知ろうとしても、位相値が4つの状態のうちのいずれであるかを100%正しく識別することはできない。したがって、盗聴者は、伝送経路上でパルス光を測定して鍵ビットを得ることはできない。
【0020】
ただし、光子数分岐攻撃と呼ばれる盗聴法は、アリス1とボブ2が共有する鍵ビットを知り得ることがある。すなわち、光子数分岐攻撃は、微弱なパワーのパルス光にも有限の確率で光子が2個以上存在し得ることを利用する。この際、盗聴者は、量子非破壊測定と呼ばれる測定法によって信号状態は変えず、パルス光の光子数を測定する。そして、盗聴者は、2個以上の光子を含むパルス光に対し、1個の光子を抜き出し、残った光子を無損失伝送路を介してチャーリー3に送信する。また、盗聴者は、光子を1個だけ含むパルス光をブロックする。無損失伝送路を用いる理由は、光子抜き出し及びパルス光のブロックによる伝送光パワーの減少を補償するためである。すなわち、光伝送路には伝搬損失があり、伝送につれて伝送光パワーは減少する。盗聴者は、伝送路を無損失なものに置き換えて、本来の伝搬損失による減少分と盗聴による減少分を等しく設定すれば、盗聴行為を隠蔽することができる。
【0021】
次に盗聴者は、抜き出した光子をそのままの状態で量子メモリに保存する。そして、光信号送受信後に光子検出情報及びバイアス位相情報が明らかになった後、それらに基づいて、保存しておいた光子を測定する。バイアス位相が既知である場合、盗聴者は、位相差が0またはπのデータ位相が識別可能である。前述のように、光子数が1であるパルス光はブロックされているため、盗聴者はチャーリーに届く全ての光子と同一の光子を保有することになる。したがって、盗聴者は、チャーリー3の光子検出事象からアリス1/ボブ2が生成したビット値の全てを知ることが可能になる。
【0022】
光子数分岐攻撃に対処するための方法としては、デコイ法と呼ばれる方法がある。デコイ法は、パルス光の光強度(すなわち、平均光子数)をパルス光ごとにランダムに設定する。光強度の設定は、アリス1の強度変調器12、ボブ2の強度変調器22によって行われる。前述のように、光子数分岐攻撃においては、無損失伝送路を用いることにより、盗聴時でもチャーリー3の受信光子数に変化が無いように設定する。盗聴がない場合にチャーリー3が受信する光子数は、伝送路損失及びパルス光の平均光子数で決まり、盗聴者はこれに合わせてチャーリー3へ光子を送る必要がある。ところが、パルス光ごとに平均光子数が異なっている場合、盗聴者は、チャーリー3に送るべき光子数が分からない。そこでパルス光送受信後に、アリス1は送信パルス光強度をチャーリー3に通知し、チャーリー3はそれに応じた光子検出がされているか検証することにより、光子数分岐攻撃を検知することが可能になる。
【0023】
以上説明したように、デコイ法は、光子数分岐攻撃を検知することができる。しかし、デコイ法においては、秘密鍵生成効率が低くなる。すなわち、デコイ法において、アリス1とボブ2がランダムに光強度を設定すると、チャーリー3のビームスプリッタ33に入力されるパルス光の強度が相違し、両者が完全には干渉せず、その光子検出結果から生成されたビットに誤りが生じ得る。そこで、アリス1とボブ2は、光信号送受信後に、送信光強度を通知し合い、ビームスプリッタ33へ入力される光強度が同一である検出事象を抽出し、そこからビットを生成する。このような処理は、光子検出事象の一部を廃棄することになるので、鍵ビット生成効率を低下させる。
【0024】
以下で説明する本発明の実施形態は、上述の比較例のように伝搬位相制御やデコイ法の必要性がなく、耐盗聴性の高い秘密鍵配送を可能とするものである。
【0025】
[実施形態]
以下、本発明の一実施形態を説明する。
図2は、本発明の一実施形態の構成を説明するための模式図である。本実施形態の量子鍵配送システムは、第1の光信号送受信装置であるアリス10と、アリス10と離間して配置される第2の光信号送受信装置であるボブ20と、アリス10とボブ20との間に配置されるチャーリー30と、を含む。そして、量子鍵配送システムは、アリス10とボブ20との間の共通鍵暗号通信のための秘密鍵を供給する。なお、チャーリー30、アリス10、ボブ20は、いずれも暗号通信の当事者を表すが、実体は光信号の送受信機能を有する光信号送受信装置であり、光信号送受信装置は、光通信において機能する光学素子、ハードウェア及びコンピュータプログラム等のソフトウェアを含む構成である。
【0026】
図2は、量子鍵配送システムの全体を示している。
図2に示すように、本実施形態の量子鍵配送システムは、上記比較例のTF-QKDシステムと同様に、チャーリー30と、チャーリー30を介して通信するアリス10及びボブ20を含む。以下、アリス10及びまたはボブ20を、アリス10/ボブ20とも記す。アリス10は、連続する複数のパルス光を含み、パルス光の時間間隔が2Tのコヒーレント光パルス列を光信号Laとしてチャーリー30に送信する。また、ボブ20は、光信号Lbをチャーリー30に送信する。チャーリー30は、光信号La、Lbを受信し、両者を合波する。
【0027】
図3(a)は、
図2に示すアリス10を説明するための模式的なブロック図である。
図3(b)は、ボブ20を説明するための模式的なブロック図であり、
図3(c)は、チャーリー30を説明するための模式的なブロック図である。
図3(a)、
図3(b)に示すように、アリス10は、光信号Laを発生するパルス光発生部であるコヒーレントパルス光源101、光信号Laに含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相印加部である位相変調器102、位相変調された各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する光減衰器103を備えている。また、ボブ20は、光信号Lbを発生するコヒーレントパルス光源201、光信号Lbに含まれる各パルス光に0、π/2、π、3π/2のいずれかの位相を印加する位相変調器202、位相変調された各パルス光の平均光子数を1未満に減衰して減衰光パルス列を生成する光減衰器203を備えている。
【0028】
図3(c)に示すように、チャーリー30は、遅延マッハツェンダー干渉計Mを備え得ている。マッハツェンダー干渉計Mは、2つのビームスプリッタ304、305を、
図3(c)のように、不図示の交差する二直線上に位置するように配置して構成される。遅延マッハツェンダー干渉計Mは、二つの入力端子311、312、二つの出力端子321、322を備えている。ビームスプリッタ304、305は、入射した光の一部を透過し、他の一部を反射することによって経路ra、rbを形成する。経路rbは経路raよりも長く、これにより遅延マッハツェンダー干渉計Mは、経路raを通るパルス光に比べて経路rbを通るパルス光の遅延時間がTになるように設計されている。
【0029】
また、チャーリー30は、二つの入力端子311、312に対し、アリス10から受信した光パルス列(減衰光パルス列に相当)に含まれるパルス光と、ボブ20から受信した減衰光パルス列(減衰光パルス列に相当)に含まれるパルス光とを、半周期ずらしてそれぞれ入力させる入力部を備えている。このような入力部は、例えば、遅延マッハツェンダー干渉計Mの前段のボブ側からの入力に対してファイバーディレイラインを用いて長さを調整することによって実現できる。
【0030】
また、チャーリー30は、出力端子321、322から出力した光子をそれぞれ検出する第1の光子検出器である光子検出器301、第2の光子検出器である光子検出器302を備えている。
【0031】
さらに、チャーリー30は、光子が検出された時刻と、光子検出器301、光子検出器302のいずれが光子を検出したのかを示す情報とを含む光子検出情報をアリス10、ボブ20に通知する不図示の光子検出情報通知部を含んでいる。
【0032】
また、アリス10及びボブ20は、チャーリー30における光子検出に係るパルス光の位相が、{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの情報を互いに通知する不図示の位相情報通知部を備えている。ここで、「チャーリー30における光子検出に係るパルス光の位相」とは、チャーリー30において光子が検出されたパルス光に印加した位相を指す。アリス10及びボブ20は、他方から通知された位相情報と、自身の位相変調器102または位相変調器202において印加した位相に基づいて鍵ビットを生成する不図示の鍵ビット生成部を含む。
【0033】
上記した不図示の光子検出情報通知部、位相情報通知部、鍵ビット生成部は、光子信号送受信装置であるアリス10、ボブ20及びチャーリー30の通信機能、公知のカウンタやメモリ及びCPU(Central Processor Unit)によって実現することができる。
【0034】
図4は、以上説明した構成のチャーリー30において行われる光子検出を説明するための図である。
図4に示すように、チャーリー30は、アリス10及びボブ20から光信号La、Lbをそれぞれ入力する。
図4に示すように、光信号Laはパルス光a1、a2、a3・・・(以下、「パルス光a1、a2、a3」と記す)を含む光パルス列であり、光信号Lbはパルス光b1、b2、b3・・・(以下、「パルス光b1、b2、b3」と記す)を含む光パルス列である。入力端子311、312において、パルス光a1、a2、a3と、パルス光b1、b2、b3は、周期が半周期ずれている。このため、経路ra、rbを、パルス光a1、a2、a3とパルス光b1、b2、b3とが交互に並ぶ、時間間隔Tの光パルス列が伝搬する。
【0035】
経路ra、rbをそれぞれ伝播した光パルス列は、遅延マッハツェンダー干渉計Mの出力段、すなわちビームスプリッタ305において合波される。この際、経路raを通った光パルス列と経路rbを通った光パルス列は、1パルスずれた状態で合波され、重なり合って干渉する。ビームスプリッタ305の出力端子321、322から出力された干渉パルス光の光子は、
図4に示すパルス光a3、b3の位相差、パルス光b2、a3の位相差、パルス光a2、b2等の位相差に応じて光子検出器301、302のどちらか一方で検出される。
【0036】
以下、経路raを伝播した光パルス列と、経路rbを伝播した光パルス列との干渉と、干渉パルス光の光子を検出する光子検出部について説明する。ここで、パルス光a1、a2、a3が遅延マッハツェンダー干渉計Mに入力する際の複素振幅をAexp(iθ
a)、パルス光b1、b2、b3が遅延マッハツェンダー干渉計Mに入力する際の複素振幅をAexp(iθ
b)とする。このとき、
図4の光子検出器301に入力するパルスの振幅E
1は、式(1)によって表される。また、光子検出器302に入力するパルスの振幅E
2は、式(2)によって表される。
E
1=-(A/2){exp(iθ
a)+exp(iθ
b)}・・・式(1)
E
2=i(A/2){exp(iθ
a)-exp(iθ
b)}・・・式(2)
ただし、アリス10が出力する光パルス列とボブ20が出力する光パルス列の遅延マッハツェンダー干渉計Mへの入力時の強度は等しいものとする。
【0037】
上記より、光子検出器301での検出確率ρ1は、以下の式(3)のように表される。また、光子検出器302での検出確率ρ2は、以下の式(4)のように表される。
ρ1∝|exp(iθa)+exp(iθb)|2
=2{1+cos(θa-θb)} ・・・式(3)
ρ2∝|exp(iθa)-exp(iθb)|2
=2{1-cos(θa-θb)} ・・・式(4)
ここで、アリス10/ボブ20から遅延マッハツェンダー干渉計Mの入力端子311、312までの伝送伝搬は等しくなるように調整されている。上記のθa、θbはパルス光に印加される位相(変調位相)であり、0、π/2、π、3π/2のいずれかであり、この位相によって光子検出器301、302における光子検出確率が決定する。表1は、光子検出器301、302の検出確率をまとめて示す表である。
【0038】
【0039】
なお、上記の表1において、共通の比例係数は省略されている。表1によれば、アリス10/ボブ20の位相の組み合わせが0,0(表1の(1))、0,π(表1の(2))、π,0(表の(5))、π,π(表の(6))のとき、光子検出器301、302のどちらか一方が光子を検出する。このような組み合わせを、以下、「位相が{0またはπ}」と記す。また、アリス10/ボブ20の位相の組み合わせがπ/2,π/2(表の(11))、π/2,π/2(表の(12))、3π/2,π/2(表の(15))、3π/2,3π/2(表の(16))である場合、光子検出器301、302のどちらか一方が光子を検出する。このような組み合わせを、以下、「位相が{π/2または3π/2}」と記す。それ以外の組み合わせでは光子検出器301、302が等確率で光子を検出する。
【0040】
以上の特性を利用し、本実施形態は、アリス10とボブ20において鍵ビットが生成される。
図5は、鍵ビット生成を説明するためのタイミングチャートである。
図5に示すように、アリス10/ボブ20は、それぞれチャーリー30に対して光信号La、Lbを送信する(501,502)。チャーリー30は、光信号La、Lbを受信し、遅延マッハツェンダー干渉計Mに入力する。そして、遅延マッハツェンダー干渉計Mの出力端に配置された光子検出器301、302を使って光子を検出する。そして、チャーリー30は、光子を検出した時間スロット及び光子検出器301、302のいずれかを特定する光子検出情報をアリス10/ボブ20に送信する(503,504)。
【0041】
ここで、本実施形態のアリス10は、光子検出がされたとき、光子が検出されたパルス光に自身が印加した{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの位相情報をボブ20に通知する(506)。また、ボブ20は、光子が検出されたパルス光に自身が印加した{0またはπ}であるか{π/2または3π/2}であるかの位相情報をアリス10に通知する(505)。そして、自身が印加した位相、他方が印加した位相及び光子を検出した光子検出器に基づいてビット列を生成する(507,508)。
【0042】
図6は、アリス10におけるビット列の生成を説明するためのフローチャートである。
図7は、ボブ20におけるビット列の生成を説明するためのフローチャートである。アリス10は、
図6に示すように、光子検出情報からチャーリー30における光子の検出を検出する(ステップS601)。そして、光子検出情報に含まれる光子を検出した光子検出器301、302を特定する情報と、ボブ20から通知された位相と、自身がパルス光に印加した位相から以下の処理を実行する。すなわち、アリス10は、位相が{0またはπ}であって、光子検出器301が光子を検出したか否かを判断する(ステップS602)。アリス10は、ステップS602において、アリス10/ボブ20の位相が{0またはπ}の場合において、光子を検出した光子検出器が光子検出器301であると判断すると(ステップS602:YES)、自身が印加した位相θ
aが0であるか判断し(ステップS603)、位相θ
aが0であれば(ステップS603:YES)、ビット0を生成する(ステップS604)。また、位相θ
aが0でない場合(ステップS603:NO)、位相θ
aがπであるか判断する(ステップS605)。位相θ
aがπである場合(ステップS605:YES)、ビット1を生成する(ステップS606)。ステップS605において、位相θ
aが0でない場合(ステップS605:NO)、アリス10は、光子検出情報における次の光子の検出の処理に戻る。
【0043】
ステップS602において、アリス10/ボブ20の位相が{0またはπ}であって、光子検出器301が光子を検出していないと判断された場合(ステップS602:NO)、アリス10は、位相が{0またはπ}であって、光子検出器302が光子を検出したか否かを判断する(ステップS607)。そして、アリス10は、位相θaが{0またはπ}の場合において、光子検出器302が光子を検出したと判断した場合(ステップS607:YES)、位相θaが0であるか判断し(ステップS608)、位相θaが0であれば(ステップS608:YES)、ビット0を生成する(ステップS609)。また、位相θaが0でない場合(ステップS608:NO)、位相θaがπであるか判断する(ステップS610)。位相θaがπである場合(ステップS610:YES)、ビット1を生成する(ステップS611)。ステップS610において、位相θaがπでない場合(ステップS610:NO)、アリス10は、光子検出情報における次の光子の検出の処理に戻る。
【0044】
ステップS607において、位相が{0またはπ}であって、光子検出器302が光子を検出していないと判断された場合(ステップS607:NO)、アリス10は、位相が{π/2または3π/2}であって、光子検出器301が光子を検出したか否かを判断する(ステップS612)。そして、アリス10は、位相θaが{π/2または3π/2}の場合において、光子検出器301が光子を検出したと判断した場合(ステップS612:YES)、位相θaがπ/2であるか判断し(ステップS613)、位相θaがπ/2であれば(ステップS613:YES)、ビット0を生成する(ステップS614)。また、位相θaがπ/2でない場合(ステップS613:NO)、位相θaが3π/2であるか判断する(ステップS615)。位相θaが3π/2である場合(ステップS615:YES)、ビット1を生成する(ステップS616)。ステップS615において、位相θaが3π/2でない場合(ステップS615:NO)、アリス10は、光子検出情報における次の光子の検出の処理に戻る。
【0045】
ステップS612において、位相が{π/2または3π/2}であって、光子検出器301が光子を検出していないと判断された場合(ステップS612:NO)、アリス10は、位相が{π/2または3π/2}であって、光子検出器302が光子を検出したか否かを判断する(ステップS617)。そして、アリス10は、位相θaが{π/2または3π/2}の場合において、光子検出器302が光子を検出したと判断した場合(ステップS617:YES)、位相θaがπ/2であるか判断し(ステップS618)、位相θaがπ/2であれば(ステップS618:YES)、ビット0を生成する(ステップS619)。また、位相θaがπ/2でない場合(ステップS618:NO)、位相θaが3π/2であるか判断する(ステップS620)。位相θaが3π/2である場合(ステップS620:YES)、ビット1を生成する(ステップS621)。ステップS620において、位相θaが3π/2でない場合(ステップS620:NO)、アリス10は、光子検出情報における次の光子の検出の処理に戻る。
【0046】
また、ボブ20は、
図7に示すように、ビット列を生成する。すなわち、ボブ20は、位相が{0またはπ}であって、光子検出器301が光子を検出した場合(ステップS702:YES)、自身が印加した位相θ
bが0であれば(ステップS703:YES)、ビット0を生成する(ステップS704)。また、ボブ20が印加した位相θ
bがπである場合(ステップS705:YES)、ビット1を生成する(ステップS706)。また、ボブ20は、ステップS702において、位相が{0またはπ}であって、光子検出器302が光子を検出したと判断した場合(ステップS707:YES)、位相θ
bがπであれば(ステップS708:YES)、ビット0を生成する(ステップS709)。また、ボブ20が印加した位相θ
bが0である場合(ステップS710:YES)、ビット1を生成する(ステップS711)。
【0047】
また、ボブ20は、位相が{π/2または3π/2}であって、光子検出器301が光子を検出したと判断した場合(ステップS712:YES)、位相θbがπ/2であれば(ステップS713:YES)、ビット0を生成する(ステップS714)。また、位相θbが3π/2である場合(ステップS715:YES)、ビット1を生成する(ステップS716)。さらに、ボブ20は、位相が{π/2または3π/2}であって、光子検出器302が光子を検出した場合(ステップS717:YES)、位相θbがπ/2であれば(ステップS718:YES)、ビット1を生成する(ステップS719)。また、位相θbが3π/2である場合(ステップS720:YES)、ビット0を生成する(ステップS721)。
【0048】
以上の処理によれば、アリス10/ボブ20は、位相が{0またはπ}の場合と{π/2または3π/2}の場合にビットを生成し、その他の場合にビットを生成しない。生成されたビットは、アリス10とボブ20とにおいて同じになる。本実施形態は、このようにして生成されたビット列を秘密鍵ビットとする。
【0049】
以上説明したプロトコルにより生成した秘密鍵の秘匿性は、送信される光信号La、Lbが1パルス当たりの平均光子数が1光子未満の微弱なコヒーレントパルス列であり、かつ、各パルス光の位相値が0、π/2、π、3π/2のいずれかであることにより保障される。秘密鍵ビットは、アリス10/ボブ20の位相に基づいて生成されるため、盗聴者が鍵ビットを得るには送信されるパルス光の位相を知る必要がある。しかし、上記のような光パルス列の各パルス光の位相を正しく測定することができない。そのため、盗聴者はアリス10/ボブ20の生成ビットの全てを知ることはできない。
【0050】
例えば、盗聴者が伝送される光信号の一部を分岐してパルス光の位相を測定しようとしても(ビームスプリッタ攻撃と呼ばれる盗聴法)、光子数が少ないため、一部のパルス位相しか知ることできない。したがって、ビームスプリッタ攻撃では全ての鍵ビット値を知ることはできない。
【0051】
また、盗聴者が伝送路に割り込んで各パルス光の位相を測定し、測定できたパルス光のみについて、測定値を付与した偽装パルスをチャーリー30に送る盗聴法(成りすまし攻撃と呼ばれる)を試みた場合を考える。このような場合、位相が0、π/2、π、3π/2のいずれかである微弱なコヒーレントパルス光は量子力学的非直交関係にあり、4つの位相値を正しく識別することはできない。そのため、チャーリーに送る偽装パルスはアリス10/ボブ20の送信したパルス光とは異なるものとなり、これから生成したビット値はアリス10とボブ20とで一致しない。そこで、アリス10/ボブ20は生成した鍵ビットの一部を照合し、不一致ビットがあれば盗聴ありと判断する。換言すると、盗聴者はアリス10/ボブ20に気付かれずに成りすまし攻撃を行うことはできない。
【0052】
さらに、盗聴法には、光子数分岐攻撃と呼ばれるものがある。本実施形態が光子数分岐攻撃を検知することについて、
図8を用いて説明する。光子数分岐攻撃では、盗聴者は複数の光子を含むパルス光から1光子を抜き出して残りを無損失伝送路を介してチャーリー30へ送信し、1光子以下のパルスはブロックする。このような場合、チャーリー30の遅延マッハツェンダー干渉計には、
図8に示すように、孤立したパルス光が入力されることになる。この場合、遅延マッハツェンダー干渉計の出力端では、相対的に短い経路を経たアリスからのパルス光(破線ボックス内のax)、または長い経路を経たボブ20からのパルス光(破線ボックス内のby)は干渉相手がいないまま出力されることになり、2つの光子検出器301、302においてランダムに光子検出される。この光子検出事象から生成したビットは、アリス10とボブ20とで不一致となり得る。そこで、成りすまし攻撃時と同様にして、照合ビットの一部の不一致率から盗聴が検知される。すなわち、盗聴者は、アリス10/ボブ20に気付かれずに光子数分岐攻撃を行うことはできない。
【0053】
以上説明したように、本実施形態の量子鍵配送システム、量子鍵配送方法は、TF-QKDの量子鍵配送システムにおいて、デコイ法による盗聴検知が不要でありながら、秘匿性が保障される秘密鍵を提供することができる。また、本実施形態によれば、ビームスプリッタ攻撃、成りすまし攻撃、光子数分岐攻撃のいずれに対しても対抗することができる。
【符号の説明】
【0054】
10 アリス
11,21,101,201 コヒーレントパルス光源
12,22,102,202 強度変調器
13,14,23,24,102,202 位相変調器
15,25,202,203 光減衰器
20 ボブ
30 チャーリー
31,32,301,302 光子検出器
33,304,305 ビームスプリッタ
311,312 入力端子
321,322 出力端子