(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122699
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】再建耳小骨の設計装置、再建耳小骨の設計方法、及び再建耳小骨の設計プログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/10 20200101AFI20240902BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20240902BHJP
A61F 2/18 20060101ALI20240902BHJP
【FI】
G06F30/10 100
G06F30/23
A61F2/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023030378
(22)【出願日】2023-02-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年5月28日 第123回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 総会・学術講演会にて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「橋渡し研究戦略的推進プログラム 異分野融合型研究開発推進支援事業(補助事業課題名:首都圏ARコンソーシアム(MARC)を活用した異分野融合型研究開発の推進)」「伝音難聴治療のための最適な中耳形状の予測手法の開発と自動化検索アルゴリズムの構築」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(71)【出願人】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 巧
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 瑠哉
(72)【発明者】
【氏名】栗原 渉
(72)【発明者】
【氏名】平林 源希
(72)【発明者】
【氏名】倉科 佑太
【テーマコード(参考)】
4C097
5B146
【Fターム(参考)】
4C097AA29
4C097BB01
5B146DC04
5B146DJ01
5B146DJ07
5B146EA15
(57)【要約】
【課題】耳小骨として音響エネルギー的に適切な形状を得ることができる再建耳小骨の設計装置、再建耳小骨の設計方法、及び再建耳小骨の設計プログラムを提供する。
【解決手段】基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出する導出部と、再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する調整部と、を備えた再建耳小骨の設計装置。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出する導出部と、
再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する調整部と、
を備えた再建耳小骨の設計装置。
【請求項2】
前記導出部は、ベーシスベクトル法により、前記再建耳小骨の形状を導出する
請求項1に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項3】
前記調整部は、前記評価値に基づいて、前記重み係数の最適化を可能とする
請求項1に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項4】
前記調整部は、ベイズ最適化法により、前記重み係数を最適化する
請求項3に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項5】
最適化の目的関数が多次元である
請求項4に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項6】
前記伝音特性に基づいた評価値は、前記再建耳小骨を用いた中耳により得られる音響エネルギーと、健常な状態の中耳により得られる音響エネルギーとを用いた評価値である
請求項1に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項7】
前記再建耳小骨を用いた中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーと、前記健常な状態の中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーとを用いた評価値である
請求項6に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項8】
前記導出部は、前記再建耳小骨の形状以外のパラメータをさらに導出し、
前記調整部は、前記評価値に基づいて前記パラメータを調整する
請求項1に記載の再建耳小骨の設計装置。
【請求項9】
再建耳小骨の設計装置のプロセッサが、
基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、
鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出し、
再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する、
処理を含む再建耳小骨の設計方法。
【請求項10】
再建耳小骨の設計装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、
基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、
鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出し、
再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する、
処理を実行させるための再建耳小骨の設計プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、再建耳小骨の設計装置、再建耳小骨の設計方法、及び再建耳小骨の設計プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、中耳に関する疾患を有する患者に対して、聴力を回復するための技術が知られている。例えば、特許文献1には、それ自体で完全な音響伝達システムを形成するか、人体組織のうちの残存している部分と組み合わせることによって完全な音響伝達システムを形成するように構成された中耳用の人工器官が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、中耳において耳小骨連鎖に疾患が生じた場合等に、人工耳小骨等により耳小骨を再建することで患者の聴力の回復を図ることが行われている。そのため再建耳小骨の形状を、耳小骨として音響エネルギー的に適切な形状とすることが望まれている。
【0005】
本開示は、以上の事情を鑑みて成されたものであり、耳小骨として音響エネルギー的に適切な形状を得ることができる再建耳小骨の設計装置、再建耳小骨の設計方法、及び再建耳小骨の設計プログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本開示の第1の態様の再建耳小骨の設計装置は、基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出する導出部と、再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する調整部と、を備える。
【0007】
本開示の第2の態様の再建耳小骨の設計装置は、第1の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記導出部は、ベーシスベクトル法により、前記再建耳小骨の形状を導出する。
【0008】
本開示の第3の態様の再建耳小骨の設計装置は、第1の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記調整部は、前記評価値に基づいて、前記重み係数の最適化を可能とする。
【0009】
本開示の第4の態様の再建耳小骨の設計装置は、第3の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記最適化部は、ベイズ最適化法により、前記重み係数を最適化する。
【0010】
本開示の第5の態様の再建耳小骨の設計装置は、第4の態様の再建耳小骨の設計装置において、最適化の目的関数が多次元である。
【0011】
本開示の第6の態様の再建耳小骨の設計装置は、第1の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記伝音特性に基づいた評価値は、前記再建耳小骨を用いた中耳により得られる音響エネルギーと、健常な状態の中耳により得られる音響エネルギーとを用いた評価値である。
【0012】
本開示の第7の態様の再建耳小骨の設計装置は、第6の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記再建耳小骨を用いた中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーと、前記健常な状態の中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーとを用いた評価値である。
【0013】
本開示の第8の態様の再建耳小骨の設計装置は、第1の態様の再建耳小骨の設計装置において、前記導出部は、前記再建耳小骨の形状以外のパラメータをさらに導出し、前記調整部は、前記評価値に基づいて前記パラメータを調整する。
【0014】
上記目的を達成するために、本開示の第9の態様の再建耳小骨の設計方法は、再建耳小骨の設計装置のプロセッサが、基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出し、再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する、処理を含む。
【0015】
上記目的を達成するために、本開示の第10の態様の再建耳小骨の設計プログラムは、再建耳小骨の設計装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出し、再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する、処理を実行させるためのものである。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、耳小骨として音響エネルギー的に適切な形状を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】実施形態の設計装置の構成の一例を示す機能ブロック図である。
【
図3】ベーシスベクトル法について説明するための説明図である。
【
図4】解析部による解析で使用した健常な耳小骨による解析モデルを表す図である。
【
図5】有限要素解析に用いる解析モデルにおける各部位の物性値を示す図である。
【
図6】有限要素解析に用いる解析モデルにおける鼓膜輪のバネ定数を示す図である。
【
図7】健常な中耳による解析モデルにおけるアブミ骨底板の変位結果を説明するための図である。
【
図8】健常な中耳による解析モデルにおける伝音特性を説明するための図である。
【
図9】ベイズ最適化法について説明するための図である。
【
図10】実施形態の設計装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
【
図11】実施形態の設計装置で実行される設計処理の一例を示すフローチャートである。
【
図12A】実施例1の新形状モデルを示す図である。
【
図12B】実施例1の重み係数に応じた形状モデルの変形について説明するための図である。
【
図13A】実施例1で用いた再建耳小骨を基本形状モデルとした場合の解析モデルを表す図である。
【
図13B】実施例1において最適化された再建耳小骨を用いた場合の解析モデルを表す図である。
【
図14】実施例1において最適化された再建耳小骨を用いた解析モデルにおける伝音特性を示す図である。
【
図15】実施例1において従来の再建耳小骨を用いた場合の解析モデルを表す図である。
【
図16A】実施例2の新形状モデルを示す図である。
【
図16B】実施例2の重み係数に応じた形状モデルの変形について説明するための図である。
【
図17A】実施例2で用いた再建耳小骨を基本形状モデルとした場合の解析モデルを表す図である。
【
図17B】実施例2において最適化された再建耳小骨を用いた場合の解析モデルを表す図である。
【
図18】実施例2において最適化された再建耳小骨を用いた解析モデルにおける伝音特性を示す図である。
【
図19】実施例2において従来の再建耳小骨を用いた場合の解析モデルを表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照して、本開示の技術を実施するための形態例を詳細に説明する。なお、本実施形態は本開示の技術を限定するものではない。
【0019】
本実施形態の設計装置は、ヒトの耳小骨の再建に用いられる再建耳小骨の設計を行う装置である。まず、再建耳小骨について説明する。
【0020】
図1には、ヒトの中耳42の模式図が示されている。中耳42は、音による空気の振動を伝達する外耳道40と、振動を電気信号に変換する内耳(図示省略)との間に設けられている。中耳42は、耳小骨50及び鼓膜54を含んでいる。耳小骨50は、鼓膜54側から、ツチ骨51、キヌタ骨52、及びアブミ骨53を有しており、鼓膜54とアブミ骨53とを連結する。耳小骨50は、ツチ骨51、キヌタ骨52、及びアブミ骨53による耳小骨連鎖により、外耳道40が伝達する空気の振動によって生じる鼓膜54の振動を内耳に伝達する。
【0021】
この耳小骨連鎖に問題が生じた場合等に、耳小骨の再建が行われる。本実施形態では、人工耳小骨やヒトの耳介の軟骨等により再建される耳小骨を再建耳小骨という。
【0022】
耳小骨の再建はいくつかの手術型に分類される。例えば、III型は、主にキヌタ骨52を除去した後に、鼓膜54またはツチ骨柄とアブミ骨頭の間に再建耳小骨を組み込む。また例えば、IV型は、鼓膜54またはツチ骨柄とアブミ骨底板の間に再建材料を組み込む。さらにこれらの手術型は、再建耳小骨を組み込む箇所によって、さらに細かく分類される。例えば、再建耳小骨を鼓膜54に直接接触させる場合、その再建耳小骨をコルメラと呼び、「( )c」と表記される。また例えば、再建耳小骨の片端をツチ骨51やキヌタ骨52にはめ込むように固定する場合、それぞれの耳小骨の相対を介するように組み込むことからinterpositionの頭文字の「i」が振られており、さらに、再建耳小骨の片端をツチ骨51にはめ込むように固定する場合、ツチ骨:MalleusのMをとって、「( )i-M」と表記され、再建耳小骨の片端をキヌタ骨52にはめ込むように固定する場合、キヌタ骨:IncusのIをとって、「( )i-I」と表記される。
【0023】
本実施形態の設計装置は、上記のような耳小骨50の再建に用いられる再建耳小骨を設計する。
【0024】
図2には、本実施形態の設計装置10の機能に係る構成の一例を表す機能ブロック図が示されている。
図2に示すように本実施形態の設計装置10は、導出部30及び物性予測モデル32を備える。
【0025】
導出部30は、基本形状モデルに、基本形状と異なる変形形状モデルを重み付けして合成し、鼓膜54とアブミ骨53とを連結する耳小骨50の代用となる再建耳小骨の形状を導出する機能を有する。
【0026】
本実施形態の導出部30は、ベーシスベクトル法により、再建耳小骨の形状を導出する。
図3を参照して、ベーシスベクトル法について説明する。ベーシスベクトル法とは、基本形状モデルα
0に対して、変形形状モデルα
i(iは合成する変形形状モデルの数)をベースとし、これらを合成することにより最適形状を導出する手法である。ベーシスベクトル法では、重み係数ω
iによる重み付けを行って形状を変化させた各変形形状モデルα
iを基本形状モデルα
0に合成することにより、新形状モデルαが導出される。本実施形態の重み係数ω
iは、変形形状モデルα
iの採用比率を表す。
図3には、合成する変形形状モデルの数i=2とし、基本形状モデルα
0に対して、重み係数ω
1により重み付けされた変形形状モデルα
1と、重み係数ω
2により重み付けされた変形形状モデルα
2とを合成することにより、新形状モデルαを導出する例が示されている。
【0027】
新形状モデルαは、重み係数ωiを掛けた変形形状モデルαiの和集合によって定義される。具体的には、新形状モデルαは、下記(1)式により定義される。なお、(1)式において、αは新形状モデルαの節点座標ベクトル、α0は基本形状モデルα0の節点座標ベクトル、αiは変形形状モデルαiの節点座標ベクトル、及びωiは重み係数ωiを示している。
【0028】
【0029】
導出部30は、再建耳小骨のための基本形状モデルα0に、変形形状モデルαiを重み係数ωiで重み付けして合成することで、上記(1)式により定義される再建耳小骨の新形状モデルαを導出する。このように本実施形態の導出部30は、ベーシスベクトル法により基本形状モデルα0の形状を変形させることにより、大きさや、再建耳小骨と鼓膜54との接触面積が変形された新形状モデルαが得られる。
【0030】
一方、
図2に示すように本実施形態の最適化部32は、再建耳小骨を用いた中耳42の伝音特性を解析する解析部34を含む。最適化部32は、再建耳小骨を用いた中耳42を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーと、健常な状態の中耳42を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーとを用いた評価値に基づいて、上述した重み係数ω
iを最適化する機能を有する。本実施形態の最適化部32が、本開示の調整部の一例である。
【0031】
図面を参照して有限要素法を用いた再建耳小骨を用いた中耳42及び再建耳小骨を用いた中耳42各々の伝音特性の解析について説明する。解析部34は、外耳道40から音が入り、中耳42で振動に変換される伝音系について、
図1に示した外耳道40を音響モデルとして設定して有限要素法により音響解析し、中耳42を振動モデルとして設定して有限要素法により振動解析し、振動-音響連成解析を行う。これにより、鼓膜面の音源から発した音が鼓膜54からツチ骨51、キヌタ骨52と振動が伝達し、アブミ骨底板53Aまで振動が到達するという、音響と振動が連動する現象を再現する。
【0032】
振動-音響連成解析では構造モデル62と音響モデル61とが隣接する連成面において構造系と音響系の互いの影響を加味する。具体的には、下記(2)式を使用した。なお、下記(2)式において、Kは合成行列、Dは減衰行列、Mは質量行列、Cは連成行列、xは変位ベクトル、pは音圧ベクトル、fは外力ベクトルを表しており、また、構造形成分は( )
sで表し、音響径成分は( )
Aとして表している。
【数2】
【0033】
一例として本実施形態では、汎用構造解析プログラムSiemens社のSimcenter Nastranを用いて周波数応答解析を行った。
【0034】
また、
図4には、本解析で使用した解析モデル60を示す。なお、
図4に示した解析モデル60は、健常な耳小骨50による解析モデル60である。外耳道40、耳小骨50、及び鼓膜54は、マイクロコンピュータ断層撮影法によって撮影された3Dモデルを使用した。また、腱及び靱帯は円柱形状であるという仮定の元、測定された寸法を参考に3Dモデルを作成した。また、アブミ骨輪状靱帯は、アブミ骨底板53Aに沿うように作成した。一例として本実施形態では、Simcenter 3Dを使用して解析モデル60を作成した。また、音響モデル61の要素タイプを四面体一次要素、要素数を68960、及び節点数を13707とし、構造モデル62の要素タイプを四面体二次要素、要素数を49552、及び節点数を81055とした。
【0035】
また、各部の材料の条件として、
図5に、各部位の物性値を示す。振動部の変異がナノメートルオーダーであることから、モデル寸法に対する変位が小さく、腱や靱帯の非線形性を無視できると仮定し、材料は全て等方弾性体とした。
【0036】
また、解析条件として、鼓膜54は鼓膜輪によって外耳道40に固定されているが、鼓膜54上部には鼓膜輪が存在しないため、鼓膜外輪の境界条件を弾性支持と仮定し、上部のバネ定数(
図6参照)を下部より小さくすることで鼓膜輪を表現した。また、耳小骨50と腱、靱帯、及び関節は全て剛体で接続した。また、腱及び靱帯が鼓室と接触している端点は全て固定拘束とした。また、アブミ骨底板53Aは、蝸牛内のリンパ液と接触しているため、アブミ骨底板53Aに粘性減衰器(図示省略)を接続することで表現した。粘性減衰定数は、0.624Ms/mとした。本実施形態では、鼓膜面に直接音圧80dBSPLの音源を設定した。また、アブミ骨底板53Aをxy平面とした場合のアブミ骨底板53Aに対するz軸方向の変位を出力とした。さらに、解析する周波数範囲は、100Hz~10000Hzとした。
【0037】
解析結果を
図7及び
図8に示す。
図7は、本実施形態で用いる上述の健常な中耳42による解析モデル60における、音源の周波数に対するアブミ骨底板53Aの変位結果が示されている。なお、比較のため、
図7には、論文等により既知となっているアブミ骨底板53Aの変位として、「FEM(Finite Element Method:有限要素法) result(Koike et al.,2002)」、「FEM result(C.Lee et al.,2009)」、「FEM result(S.Lee et al.,2020)」、「Measurement in temporal bones(Gyo et al.,1987)」、及び「Measurement in temporal bones(Nakajima et al.,2004)」も示す。
図7に示すように、本実施形態の解析モデル60におけるアブミ骨底板53Aの変位結果は、既知のアブミ骨底板53Aの変位結果と同様の結果であり、周波数に対して同様の傾向を示すことがわかる。これは、本実施形態の解析モデル60による解析結果の妥当性を示している。
【0038】
また、
図8には、上述の健常な中耳42による解析モデル60における、音源の周波数に対する伝音特性の音圧レベルが示されている。なお、伝音特性は、鼓膜面音圧と蝸牛内音圧との比として評価した。蝸牛内音圧は、上述の解析により得られたアブミ骨底板53Aの変位から推定した。具体的には、下記(3)式により蝸牛内音圧(蝸牛内音響エネルギ-)P
Cを導出した。なお、下記(3)式において、fは周波数、D
Cは粘性減衰定数、Sはアブミ骨底板面積、Z
Cは蝸牛音響インピーダンス、X
Sはアブミ骨底板変位を表し、また、P
REFは基準音圧を表しており、具体的には、2×10
-5Paである。
【数3】
【0039】
本実施形態の解析部34は、再建耳小骨について、上述した健常な中耳42による解析モデル60の解析と同様に解析を行う。最適化部32は、解析部34による上述の解析によって得られた健常な中耳42による解析モデル60により得られた伝音特性(蝸牛内音響エネルギーPC)と、導出部30によって導出された新形状モデルαの再建耳小骨による解析モデル60により得られた伝音特性(蝸牛内音響エネルギーPC)と、に基づく評価値に基づいて、上述の重み係数ωiを最適化する。
【0040】
本実施形態において用いる評価値は、新形状モデルαの再建耳小骨による伝音特性が、健常な状態の中耳42による伝音特性との類似度を評価するための値である。なお、本実施形態の評価値は、評価値が大きいほど、聴力レベルが高くなり、大きな音として聞こえることになる。本実施形態では会話音の中心周波数である500Hz、1000Hz、及び2000Hzの聴力レベル値の平均値を求める3分法の平均聴力レベルの算出方法を参考にして評価値を導出する。具体的には、最適化部32は、下記(4)式により、評価値を導出する。なお、下記(4)式において、fは周波数を、n(f)は周波数点数を表している。
【数4】
【0041】
また、本実施形態の最適化部32は、上述の重み係数ω
iを最適化することで、上述の評価値が最大となる再建耳小骨の新形状モデルαに用いられた上述の重み係数ω
iを導出する。上述の音響エネルギーの解析に用いた有限要素法は、一般的に、1つの条件を計算するのに比較的大きな計算時間を要する。また,多数の計算結果を基に最適条件を探索する場合は、条件数が多いほど計算時間が長くなる。すなわち、有限要素法を用いて、多数の条件から最適条件を探索するのは計算コストを要する。そのため、有限要素法を用いる場合、計算条件をできるだけ最適化し、効率的な数値探索を行う必要がある。最適な実験条件の探索では、実験計画法の中から好ましい方法を決定し、その方法に基づいて繰り返し解析を行う。このような場合、ランダム探索、グリッド探索、ベイズ最適化、及び遺伝的アルゴリズム等の方法がある。最適化の対象が3次元形状の場合、形状に対する条件探索の範囲が広範囲となり、探索に要する計算時間が問題となる場合がある。そのため、計算コストが高くならないように、できるだけ効率の良い方法を用いることが望ましい。ランダム探索やグリッド探索の方法は網羅的であるが,総当たりの推定方法であるため(非特許文献1参照)、好ましくはない。また、計算効率の観点からは、遺伝的アルゴリズム等を含む進化的アルゴリズムでは、ベイズ最適化のように多条件のサンプリング効率の高い手法と比較すると、一般に数千回の評価を必要とする(非特許文献2参照)。一方、ベイズ最適化は1970年代から研究されており、様々な分野の最適化手法として広く用いられている(非特許文献3参照)。この方法による最適化は、聴覚の分野でも、特に補聴器の研究目的で使用されているが(非特許文献4~6参照)、再建耳小骨の形状がその音響透過特性に与える影響を調べるための最適化手法を用いたパラメトリック研究はまだ行われていない。
【非特許文献1】A. Alsharef et al., “Review of ML and AutoML solutions to forecast time-series data,” Arch. Computat. Methods Eng., Vol. 29, 5297-5311 (2022).
【非特許文献2】R. Turner et al., “Bayesian optimization is superior to random search for machine learning hyperparameter tuning: analysis of the black-box optimization challenge 2020,” arXiv, https://doi.org/10.48550/arXiv.2104.10201 (2021).
【非特許文献3】J. Mockus, “On Bayesian methods for seeking the extremum,” In: G. I. Marchuk, (ed.), Optimization Techniques, IFIP Tech. Conf. Novosib., Lecture Notes in Computer Science, Vol. 27, July (1974).
【非特許文献4】L. W. Balling et al., “The collaboration between hearing aid users and artificial intelligence to optimize sound,” Semin. Hear., Vol. 42, no. 3, 282-294, Epub 2021 Sep 24 (2021).
【非特許文献5】C. Marco and D. V. Bert, “Bayesian pure-tone audiometry through active learning under informed priors,” Front. Digit. Health., Vol. 3 (2021).
【非特許文献6】M. Korzepa et al., “Simulation environment for guiding the design of contextual personalization systems in the context of hearing aids,” In: 28th ACM Conf. User Model. Adapt. Personal., 293-298, New York, USA (2020).
【0042】
上記の観点から、本実施形態での最適化部32は、種々の最適化方法の中から、ベイズ最適化法を採用することとし、上述の評価値に基づいて上述の重み係数ωiを最適化することで、上述の評価値が最大となる再建耳小骨の新形状モデルαに用いられた上述の重み係数ωiを導出する。
【0043】
ベイズ最適化法とは、未知の目的関数の最大値や最小値を少ない評価回数で効率よく探索する手法である。
図9を参照してベイズ最適化法による最大値の探索方法について説明する。まず、目的関数f(x)がガウス仮定に従うと仮定する。そして、観測点から目的関数f(x)の期待値と標準偏差とを得る。次に得られた標準偏差と、期待値とで構成される獲得関数を更新する。次に、獲得関数の最大値の時の変数xを次の観測点として選択する。そして、選択された観測点で評価し、期待値と標準偏差とを更新する。ベイズ最適化法では、これらの処理を繰り返すことで目的関数f(x)が最大値となるような変数xを得る。
【0044】
本実施形態の最適化部32は、重み付け係数ω
iを変数xとし、目的関数f(x)を評価値としてベイズ最適化法により、評価値が最大値となるような重み付け係数ω
iを導出する。換言すると、最適化部32は、聴力レベルが最大値となるような重み付け係数ω
iを導出する。なお、獲得関数としては、下記(5)式により得られる期待値改善度(EI:Expected Improvement)を用いる。なお、下記(5)式において、Φは正規分布の累積分布関数を表し、φは正規分布の確率密度関数を表している。
【数5】
【0045】
本実施形態の設計装置10は、このようにして最適化された重み付け係数ωiで重み付けした変形形状モデルαiを基本形状モデルα0に合成することで得られた新形状モデルαを再建耳小骨の形状として出力する。
【0046】
上述の機能を有する本実施形態の設計装置10は、
図10に一例を示したハードウェアにより構成される。
図10に示すように、設計装置10は、CPU(Central Processing Unit)等のプロセッサ20、メモリ22、I/F(InterFace)部23、記憶部24、表示装置26、及び入力装置28を備える。プロセッサ20、メモリ22、I/F部23、記憶部24、表示装置26、及び入力装置28は、システムバスやコントロールバス等のバス29を介して相互に各種情報の授受が可能に接続されている。
【0047】
プロセッサ20は、記憶部24に記憶された設計プログラム25を含む各種のプログラムをメモリ22へ読み出し、読み出したプログラムにしたがった処理を実行する。これにより、プロセッサ20は、再建耳小骨の設計に関する制御を行う。メモリ22は、プロセッサ20が処理を実行するためのワークメモリである。
【0048】
プロセッサ20において実行される設計プログラム25は、記憶部24に記憶される。記憶部24の具体例としては、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)等が挙げられる。
【0049】
I/F部23は、無線通信または有線通信により、外部の装置との間で各種情報の通信を行う。表示装置26及び入力装置28はユーザインタフェースとして機能する。表示装置26は、ユーザに対して、再建耳小骨に関する各種の情報を提供する。表示装置26は特に限定されるものではなく、液晶モニタ及びLED(Light Emitting Diode)モニタ等が挙げられる。また、入力装置28は、再建耳小骨の設計に関する各種の指示を入力するためにユーザによって操作される。入力装置28は特に限定されるものではなく、例えば、キーボード、タッチペン、及びマウス等が挙げられる。なお、表示装置26と入力装置28とを一体化したタッチパネルディスプレイを採用してもよい。
【0050】
次に、本実施形態の設計装置10の作用を説明する。
図11には、本実施形態の設計装置10のプロセッサ20による設計処理の流れの一例を表したフローチャートが示されている。一例として本実施形態のプロセッサ20では、再建耳小骨の設計の開始指示を受け付けた場合に、
図11に一例を示した設計処理を実行する。
【0051】
図11のステップS100で導出部30は、上述したように、重み係数ω
iを設定する。なお、
図11に示した設計処理を開始した際は、予め定められた初期値を重み係数ω
iとして設定する。
【0052】
次のステップS102で導出部30は、上述したように、ベーシスベクトル法により、上記ステップS100で設定した重み付け係数ωiで重み付けした変形形状モデルαiを基本形状モデルα0に合成することで得られた新形状モデルαを作成する。
【0053】
次のステップS104で最適化部32の解析部34は、上述したように、有限要素法により、上記ステップS102で作成した新形状モデルαを再建耳小骨とした解析モデル60の伝音特性を解析する。なお、上記では、健常な中耳42による解析モデル60の伝音特性の解析について詳細について説明したが、新形状モデルαを再建耳小骨とした解析モデル60の伝音特性の解析も同様の手法により行うことができる。
【0054】
次のステップS106で最適化部32は、上述したように、上記(4)式により、健常な中耳42による解析モデル60の蝸牛内音響エネルギーと、新形状モデルαを再建耳小骨とした解析モデル60の蝸牛内音響エネルギーとから、評価値を導出する。
【0055】
次のステップS108で最適化部32は、上述した重み付け係数ωiを変数xとし、目的関数f(x)を評価値としたベイズ最適化法において、上記ステップS106で導出した評価値が最大値であるか否かを判定する。導出した評価値が最大値ではない場合、ステップS108の判定が否定判定となり、ステップS110へ移行する。
【0056】
ステップS110で最適化部32は、上述したように、上記(5)式により得られる獲得関数によって新たに重み係数ωiを取得した後、上述のステップS100に戻る。これにより、新たに取得された重み係数ωiが設定され、上記ステップS102~S108の処理が繰り返される。
【0057】
一方、導出した評価値が最大値ではない場合、ステップS108の判定が肯定判定となり、ステップS108の処理が終了する。ステップS108の処理が終了すると、
図11に示した設計処理が終了する。本実施形態の導出部30は、上述したように、このようにして得られた新形状モデルαを再建耳小骨の形状として出力する。なお、再建耳小骨の形状の出力先及び出力形式はいずれも限定されず、例えば、表示装置26に出力してもよいし、外部の装置に出力してもよい。
【0058】
(実施例1)
本実施例では、設計装置10により設計された、手術型がIIIC型となる場合に用いられる再建耳小骨について説明する。
【0059】
基本形状モデルα
0の形状は、材料(本実施例ではキヌタ骨)の大きさを基にして、形状及び大きさを決定した。本実施例では、基本形状モデルα
0を、
図12Aに示した大きさの角柱とした。また、変形形状モデルα
i及び重み係数ω
iの範囲は、新形状モデルαの最小形状の断面積が1mm×1mmとなるように設定した。また、重み係数ω
iは8つ(i=8、ω
1~ω
8)設定した。具体的には、
図12Bに示すように、重み係数ω
1は、頂点1及び頂点2を結ぶ辺が、頂点4及び頂点3を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。また、
図12Bに示すように、重み係数ω
2は、頂点2及び頂点3を結ぶ辺が、頂点1及び頂点4を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。また、図示を省略したが、重み係数ω
3は、頂点4及び頂点3を結ぶ辺が、頂点1及び頂点2を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
4は、頂点7及び頂点4を結ぶ辺が、頂点2及び頂点3を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
5は、頂点5及び頂点6を結ぶ辺が、頂点8及び頂点7を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。さらに、図示を省略したが、重み係数ω
6は、頂点6及び頂点7を結ぶ辺が、頂点5及び頂点8を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
7は、頂点8及び頂点7を結ぶ辺が、頂点5及び頂点6を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
8は、頂点5及び頂点8を結ぶ辺が、頂点6及び頂点7を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。重み係数ω
iにより変位する各辺の変位範囲は、0.00mm以上、かつ、1.00mm以下である。
【0060】
図13Aには、本実施例の解析モデル60を示す。なお、
図13Aに示した解析モデル60は再建耳小骨を基本形状モデルα
0とした場合である。
【0061】
設計装置10によれば、重み係数ω
iを最適化することにより、再建耳小骨として
図13Bに示した新形状モデルαが得られた。
図14には、
図13Bに示した、重み係数ω
iを最適化した新形状モデルαによる再建耳小骨を用いた解析モデル60の伝音特性が示されている。なお、
図14には、比較例として健常な中耳42による解析モデル60の伝音特性、及び従来の再建耳小骨70を用いた場合の解析モデル60(
図15参照)の伝音特性も表している。
図14に示すように、本実施例の再建耳小骨によれば、従来の再建耳小骨70を用いた場合に較べて、伝音特性が向上していることがわかる。具体的には、従来の再建耳小骨70によれば、評価値が2.23であったが、本実施例の再建耳小骨によれば、評価値が6.03となり、評価値が約4dBHLほど上昇することが見込める。
【0062】
(実施例2)
本実施例では、設計装置10により設計された、手術型がIVC型となる場合に用いられる再建耳小骨について説明する。
【0063】
基本形状モデルα
0の形状は、材料(本実施例では真珠軟骨)の大きさを基にして、形状及び大きさを決定した。本実施例では、基本形状モデルα
0を、
図16Aに示した大きさの角柱とした。また、変形形状モデルα
i及び重み係数ω
iの範囲は、新形状モデルαの最小形状の断面積が1mm×1mmとなるように設定した。また、重み係数ω
iは8つ(i=8、ω
1~ω
8)設定した。具体的には、
図16Bに示すように、重み係数ω
1は、頂点1及び頂点2を結ぶ辺が、頂点4及び頂点3を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。また、
図16Bに示すように、重み係数ω
2は、頂点2及び頂点3を結ぶ辺が、頂点1及び頂点4を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。また、図示を省略したが、重み係数ω
3は、頂点4及び頂点3を結ぶ辺が、頂点1及び頂点2を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
4は、頂点7及び頂点4を結ぶ辺が、頂点2及び頂点3を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
5は、頂点5及び頂点6を結ぶ辺が、頂点8及び頂点7を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。さらに、図示を省略したが、重み係数ω
6は、頂点6及び頂点7を結ぶ辺が、頂点5及び頂点8を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
7は、頂点8及び頂点7を結ぶ辺が、頂点5及び頂点6を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数であり、重み係数ω
8は、頂点5及び頂点8を結ぶ辺が、頂点6及び頂点7を結ぶ辺の側に移動するように変形させるための重み係数である。重み係数ω
iにより変位する各辺の変位範囲は、0.00mm以上、かつ、1.00mm以下である。
【0064】
図17Aには、本実施例の解析モデル60を示す。なお、
図17Aに示した解析モデル60は再建耳小骨を基本形状モデルα
0とした場合である。
【0065】
設計装置10によれば、重み係数ω
iを最適化することにより、再建耳小骨として
図17Bに示した新形状モデルαが得られた。
図18には、
図17Bに示した、重み係数ω
iを最適化した新形状モデルαによる再建耳小骨を用いた解析モデル60の伝音特性が示されている。なお、
図18には、比較例として健常な中耳42による解析モデル60の伝音特性、及び従来の再建耳小骨70を用いた場合の解析モデル60(
図19参照)の伝音特性も表している。
図18に示すように、本実施例の再建耳小骨によれば、従来の再建耳小骨70を用いた場合に較べて、伝音特性が向上していることがわかる。具体的には、従来の再建耳小骨70によれば、評価値が-25.05であったが、本実施例の再建耳小骨によれば、評価値が-24.54となり、評価値が約0.5dBHLほど上昇することが見込める。
【0066】
以上説明したように、上記実施形態及び各実施例の設計装置10は、導出部30と、最適化部32とを備える。導出部30は、基本形状モデルα0に、基本形状と異なる変形形状モデルαiを重み付けして合成し、鼓膜54とアブミ骨53とを連結する耳小骨50の代用となる再建耳小骨の形状を導出する。最適化部32は、再建耳小骨を用いた中耳42の伝音特性に基づいた評価値に基づいて重み付けの重み係数ωiを最適化する。
【0067】
これにより、上述したように設計装置10によれば、重み係数ωiを最適な値に調整することができるため、耳小骨50として音響エネルギー的に適切な形状を得ることができる再建耳小骨を得ることができる。このように、上述した設計装置10によれば、再建耳小骨の形状を音響エネルギー的に最適な形状とすることができるため、患者毎の中耳構造による機能的な差異である伝音特性を考慮した、患者毎に適切な形状の再建耳小骨の形状を設計することができる。
【0068】
なお、上記実施形態及び各実施例では、設計装置1が、再建耳小骨の形状をパラメータとして、形状を変化させるための重み係数ωiを考慮して最適化を行う形態について説明したが、パラメータとして用いるのは再建耳小骨の形状に限定されない。例えば、再建耳小骨の接続部の剛性(ヤング率)、及び中耳42の質量や密度等の少なくとも1つを、再建耳小骨の形状に代えて、もしくは再建耳小骨の形状と共にパラメータとしてもよい。この場合、評価値に基づいて各パラメータについて最適化すればよい。
【0069】
また、上記実施形態及び各実施例では、設計装置10が、聴力レベルに応じた評価値を用い、評価値を最大値とする、換言すると聴力レベルを最大値とする重み係数ωiにより再建耳小骨を最適化する形態について説明したが、評価値は、当該聴力レベルに限定されず、その他の種類の評価値を用いてもよい。例えば、周波数スペクトルの形状が健常な状態の中耳42と類似しているほど高くなるような類似性についての評価値等、上記と異なる種類の評価値を用いてもよい。類似性に基づいた評価値とは、健常な中耳42による解析モデル60の伝音特性と最適化する形態の伝音特性との類似度を評価する評価値であり、健常な状態の中耳42と類似しているほど類似性(評価値)が高くなる。具体的には、各周波数帯域において算出される、健常な中耳42による解析モデル60の伝音特性と最適化する形態の伝音特性の差分の二乗値について、すべての周波数帯域で加算し、その合計値の平方根を算出する、いわゆる、ユークリッド距離を類似度を評価する評価値として用いてもよい。上記のような複数種類の評価値のすべてを最適化するためには、それらをまとめて評価値としてもよい。この場合、具体的には、例えば聴力レベルおよび類似度の両者を評価値とするため、ベイズ最適化法における目的関数f(x)は多次元となる。
【0070】
また、上記各形態において、例えば、導出部30、最適化部32、及び解析部34といった各種の処理の各々を実行する処理部(processing unit)のハードウェア的な構造としては、次に示す各種のプロセッサ(processor)を用いることができる。上記各種のプロセッサには、前述したように、ソフトウェア(プログラム)を実行して各種の処理部として機能する汎用的なプロセッサであるCPUに加えて、FPGA(Field Programmable Gate Array)等の製造後に回路構成を変更可能なプロセッサであるプログラマブルロジックデバイス(Programmable Logic Device:PLD)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の特定の処理を実行させるために専用に設計された回路構成を有するプロセッサである専用電気回路等が含まれる。
【0071】
1つの処理部は、これらの各種のプロセッサのうちの1つで構成されてもよいし、同種又は異種の2つ以上のプロセッサの組み合わせ(例えば、複数のFPGAの組み合わせや、CPUとFPGAとの組み合わせ)で構成されてもよい。また、複数の処理部を1つのプロセッサで構成してもよい。
【0072】
複数の処理部を1つのプロセッサで構成する例としては、第1に、クライアント及びサーバ等のコンピュータに代表されるように、1つ以上のCPUとソフトウェアの組み合わせで1つのプロセッサを構成し、このプロセッサが複数の処理部として機能する形態がある。第2に、システムオンチップ(System On Chip:SoC)等に代表されるように、複数の処理部を含むシステム全体の機能を1つのIC(Integrated Circuit)チップで実現するプロセッサを使用する形態がある。このように、各種の処理部は、ハードウェア的な構造として、上記各種のプロセッサの1つ以上を用いて構成される。
【0073】
更に、これらの各種のプロセッサのハードウェア的な構造としては、より具体的には、半導体素子などの回路素子を組み合わせた電気回路(circuitry)を用いることができる。
【0074】
また、上記各実施形態では、設計プログラム25が記憶部24に予め記憶(インストール)されている態様を説明したが、これに限定されない。設計プログラム25は、CD-ROM(Compact Disc Read Only Memory)、DVD-ROM(Digital Versatile Disc Read Only Memory)、及びUSB(Universal Serial Bus)メモリ等の記録媒体に記録された形態で提供されてもよい。また、設計プログラム25は、ネットワークを介して外部装置からダウンロードされる形態としてもよい。つまり、本実施形態で説明したプログラム(プログラム製品)は、記録媒体で提供するほか、外部のコンピュータから配信する形態であっても良い。
【0075】
以上の上記実施形態に関し、更に以下の付記を開示する。
【0076】
(付記1)
基本形状のモデルに、前記基本形状と異なる変形形状のモデルを重み付けして合成し、鼓膜とアブミ骨とを連結する耳小骨の代用となる再建耳小骨の形状を導出する導出部と、
再建耳小骨を用いた中耳の伝音特性に基づいた評価値に基づいて、前記重み付けの重み係数を調整する調整部と、
を備えた再建耳小骨の設計装置。
【0077】
(付記2)
前記導出部は、ベーシスベクトル法により、前記再建耳小骨の形状を導出する
付記1に記載の再建耳小骨の設計装置。
【0078】
(付記3)
前記調整部は、前記評価値に基づいて、前記重み係数の最適化を可能とする
付記1または付記2に記載の再建耳小骨の設計装置。
【0079】
(付記4)
前記調整部は、ベイズ最適化法により、前記重み係数を最適化する
付記3に記載の再建耳小骨の設計装置。
【0080】
(付記5)
最適化の目的関数が多次元である
付記4に記載の再建耳小骨の設計装置。
【0081】
(付記6)
前記伝音特性に基づいた評価値は、前記再建耳小骨を用いた中耳により得られる音響エネルギーと、健常な状態の中耳により得られる音響エネルギーとを用いた評価値である
付記1から付記5のいずれか1つに記載の再建耳小骨の設計装置。
【0082】
(付記7)
前記再建耳小骨を用いた中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーと、前記健常な状態の中耳を有限要素法で解析して得られた音響エネルギーとを用いた評価値である
付記6に記載の再建耳小骨の設計装置。
【0083】
(付記8)
前記導出部は、前記再建耳小骨の形状以外のパラメータをさらに導出し、
前記調整部は、前記評価値に基づいて前記パラメータを調整する
付記1から付記7のいずれか1つに記載の再建耳小骨の設計装置。
【符号の説明】
【0084】
10 設計装置
20 プロセッサ
22 メモリ
23 I/F部
24 記憶部
25 設計プログラム
26 表示装置
28 入力装置
29 バス
30 導出部
32 最適化部
34 解析部
40 外耳道
42 中耳
50 耳小骨
51 ツチ骨
52 キヌタ骨
53 アブミ骨、53A アブミ骨底板
54 鼓膜
60 解析モデル
61 音響モデル
62 構造モデル
70 従来の再建耳小骨
α 新形状モデル
α0 基本形状モデル
αi 変形形状モデル
ωi 重み係数