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特開2024-122906膜タンパク質の安定化のための液体組成物および方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024122906
(43)【公開日】2024-09-09
(54)【発明の名称】膜タンパク質の安定化のための液体組成物および方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/00 20060101AFI20240902BHJP
【FI】
C07K1/00
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024025659
(22)【出願日】2024-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2023030067
(32)【優先日】2023-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003421
【氏名又は名称】弁理士法人フィールズ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(72)【発明者】
【氏名】藤田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】溝端 栄一
(72)【発明者】
【氏名】古谷 祐詞
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA50
4H045BA72
4H045EA50
4H045EA60
(57)【要約】      (修正有)
【課題】膜タンパク質を安定化するための液体組成物および方法を提供する。
【解決手段】本発明は、特定のアニオンと特定のカチオンとを含む液体組成物を提供する。本発明にかかる液体組成物において、カチオンとアニオンとの好ましい具体的な組合せは、例えば:
コリニウムカチオン(Ia)とリン酸二水素アニオン(IIa)、
コリニウムカチオン(Ia)とクエン酸二水素アニオン(IIb)、
コリニウムカチオン(Ia)とチオシアネートアニオン(IIc)、
アセチルコリンカチオン(Ib)と塩素イオン、
1-(2-Hydroxyethyl)-3-methylimidazoliumカチオン(Ic)とリン酸二水素アニオン(IIa)等である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)下記:
【化1】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、R、RおよびRは、水素またはC1~C4炭化水素基である(但し、R、R、RおよびRのすべてがアルキルであるカチオンを除く)。)
から選択されるカチオンと、
(b)下記:
【化2】
から選択されるアニオン
とを含み、
前記カチオンおよび前記アニオンの対1つに対して水分子が3~13個含まれる、液体組成物。
【請求項2】
式(I)中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであるか、または、R、RおよびRが一緒に五員または六員環を形成しており、当該環は、C1~C4アルキルで置換されていてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基である、請求項1に記載の液体組成物。
【請求項3】
前記カチオンが、以下:
【化3】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであり、
41は、C1~C4アルキレンであり、R42は、水素、C1~C2アルキルもしくはC1~C4アシルである。)
から選択されるか、または、以下:
【化4】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、さらに1つ以上の窒素原子および/またはリン原子を含んでいてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される、請求項1または2に記載の液体組成物。
【請求項4】
前記カチオンが、下記:
【化5】
(式中、XおよびXは同じであっても異なっていてもよく、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される、請求項3に記載の液体組成物。
【請求項5】
前記カチオンが、下記:
【化6】
から選択される、請求項1または2に記載の液体組成物。
【請求項6】
膜タンパク質を更に含む、請求項1または2に記載の液体組成物。
【請求項7】
前記膜タンパク質が、αヘリックス膜貫通型タンパク質である、請求項6に記載の液体組成物。
【請求項8】
前記αヘリックス膜貫通型タンパク質が、1~17個の膜貫通ドメインを有する、請求項7に記載の液体組成物。
【請求項9】
カチオンとアニオンとを含む液体組成物に、膜タンパク質を添加することを含む、膜タンパク質を安定化する方法であって、
(a)前記カチオンが、下記:
【化7】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、R、RおよびRは、水素またはC1~C4炭化水素基である(但し、R、R、RおよびRのすべてがアルキルであるカチオンを除く)。)
から選択され、
(b)前記アニオンが、下記:
【化8】
から選択され、
前記液体組成物中に、前記カチオンおよび前記アニオンの対1つ当たりに対して水分子が3~13個含まれる、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜タンパク質を安定化するための液体組成物および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膜タンパク質は、主に細胞膜上に存在し、生物学的に重要な役割を果たしており、創薬研究において特に重要なターゲットと考えられているが、生体外での取り扱いが難しく、研究範囲が限定されている。具体的に、膜タンパク質は、発現量が少なく、水溶性タンパク質とは異なり、溶液への溶解性が低く、溶液中で十分な安定性を得ることが難しい。
【0003】
界面活性剤などを用いて単離した膜タンパク質を安定化させるために、リポソームおよび脂質ナノディスクなどを使用することが提案されている(非特許文献1および非特許文献2)。
【0004】
しかしながら、リポソームの作製には、減圧濃縮および透析などの操作が必要であることに加え、液体窒素を用いた凍結と、融解とを繰り返す操作を必要とし、調製に特別な技術と数日間に亘る時間とを要する。リポソームはまた、小胞の大きさによっては、物理化学的測定が困難なこともある。さらに、膜タンパク質のリポソームへの取り込み効率の評価にも多段階の操作が必要とされる。また、リポソーム中での膜タンパク質の配向については、単一状態になっていないものもあり、制御が容易ではない。
【0005】
脂質ナノディスクは、ヒト由来リポプロテインAを改変したタンパク質とリン脂質とから構成される円板状粒子である。脂質ナノディスクの調製には、ナノディスクを構成するタンパク質の発現および精製などに日数を要し、煩雑な操作および熟練した技術が必要である。また、ナノディスクへの膜タンパク質の再構成において、ディスクとリン脂質とのモル比を調整する必要がある。さらに、再構成操作の後、膜タンパク質が取込まれたナノディスクと、膜タンパク質を含まない空のナノディスクとが混在することがあり、空のナノディスクおよび/または過剰な膜タンパク質の除去のために更なる操作が必要になることがある。
【0006】
このように、膜タンパク質を生体外で安定に存在させるための技術には改善の余地があり、従来の手法に代わる、膜タンパク質の安定化のための簡便な手法が必要とされていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Methods Enzymol,464,211,2009
【非特許文献2】Nature commun,12,2202,2021
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、膜タンパク質を安定化するための液体組成物および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、これまでに、100℃以下に融点を有するイオン液体(Ionic liquid;IL)にわずかな水を添加して調製される液体(以下「水和イオン液体(Hydrated ionic liquid;Hy IL)」と称する。)に、水溶性タンパク質を溶解することができ、溶解後の水溶性タンパク質の保存安定性および熱安定性が飛躍的に向上することを報告している(参考文献1および2)。この研究では、水和イオン液体中に溶解した水溶性タンパク質の熱安定性について、赤外吸収スペクトルからアミドバンドの変化を観測した。
【0010】
次いで、本発明者らは、水溶性タンパク質とは構造および特性が大きく異なる膜タンパク質について、水和イオン液体の適用を検討したところ、驚くべきことに、水和イオン液体中に膜タンパク質の高次構造を保持したまま溶解させることができることを見出した。具体的には、本発明者らは、鋭意研究の結果、特定のカチオンと特定のアニオンとを含み、かつ、イオンペアに対してわずかな水を含む水和イオン液体に、膜タンパク質を、高次構造を保持したまま良好に溶解することができることを見出し、本発明を成すに至った。さらに、本発明者らは、水和イオン液体中に溶解した膜タンパク質は、保存安定性および熱安定性の少なくとも1つが向上していることを見出した。
【0011】
即ち、本発明は以下のとおりである:
[1](a)下記:
【化1】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、R、RおよびRは、水素またはC1~C4炭化水素基である(但し、R、R、RおよびRのすべてがアルキルであるカチオンを除く)。)
から選択されるカチオンと、
(b)下記:
【化2】
から選択されるアニオンと
を含み、
前記カチオンおよび前記アニオンの対1つに対して水分子が3~13個含まれる、液体組成物;
[2]式(I)中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであるか、または、R、RおよびRが一緒に五員または六員環を形成しており、当該環は、C1~C4アルキルで置換されていてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基である、[1]に記載の液体組成物;
[3]前記カチオンが、以下:
【化3】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであり、
41は、C1~C4アルキレンであり、R42は、水素、C1~C2アルキルもしくはC1~C4アシルである。)
から選択されるか、または、以下:
【化4】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、さらに1つ以上の窒素原子および/またはリン原子を含んでいてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される、[1]または[2]に記載の液体組成物;
[4]前記カチオンが、下記:
【化5】
(式中、XおよびXは同じであっても異なっていてもよく、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される、[3]に記載の液体組成物。
[5]前記カチオンが、下記:
【化6】
から選択される、[1]~[4]のいずれか一項に記載の液体組成物;
[6]膜タンパク質を更に含む、[1]~[5]のいずれか一項に記載の液体組成物;
[7]前記膜タンパク質が、αヘリックス膜貫通型タンパク質である、[6]に記載の液体組成物;
[8]前記αヘリックス膜貫通型タンパク質が、1~17個の膜貫通ドメインを有する、[7]に記載の液体組成物;
[9]カチオンとアニオンとを含む液体組成物に、膜タンパク質を添加することを含む、膜タンパク質を安定化する方法であって、
(a)前記カチオンが、下記:
【化7】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、R2、およびRは、水素またはC1~C4炭化水素基である(但し、R、R、RおよびRのすべてがアルキルであるカチオンを除く)。)
から選択され、
(b)前記アニオンが、下記:
【化8】
から選択され、
前記液体組成物中に、前記カチオンおよび前記アニオンの対1つ当たりに対して水分子が3~13個含まれる、方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、膜タンパク質を安定化するための液体組成物および方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】緩衝液中および水和イオン液体中のTehAのCDスペクトルを示す図である。
図2A】緩衝液中のTehAの温度によるCDスペクトル変化を示す図である。
図2B】水和イオン液体中のTehAの温度によるCDスペクトル変化を示す図である。
図3A】緩衝液中および水分子数の異なる水和イオン液体中のTehAのCDスペクトルを示す図である。
図3B】緩衝液中および水分子数の異なる水和イオン液体中のTehAのCDスペクトル強度(208nm)の温度による変化を示す図である。
図3C】緩衝液中、[ch][dhp]-4中およびTre-30中のTehAのCDスペクトル強度(208nm)の温度による変化を示す図である。
図3D】緩衝液中および水分子数の異なる[ch][dhp]水和イオン液体中のTehAのCDスペクトル強度(208nm)の温度による変化を示す図である。
図3E】緩衝液中および水分子数の異なる[ch][dhp]水和イオン液体中のTehAの変性温度を示す。
図4A】緩衝液中および水和イオン液体中に溶解したbRを示す図である。
図4B】緩衝液中、PEGおよび各種水和イオン液体中に溶解したbRを示す図である。
図4C】緩衝液中および各種水和イオン液体中に溶解したbRを示す図である。
図5A】緩衝液中および水和イオン液体中のbRのUV可視吸収を示す図である。
図5B】緩衝液中および水和イオン液体中のbRを90℃インキュベーションした経時変化を示す図である。
図6】緩衝液中および水和イオン液体中のbRの色の加熱による変化を示す図である。
図7A】水和イオン液体中のbRの閃光励起による光吸収の経時変化を示す図である。
図7B】緩衝液中のbRの閃光励起による光吸収の経時変化を示す図である。
図8A】bRの光反応サイクルの概略と時定数の対応を示す図である。
図8B】緩衝液中および水和イオン液体中のbRの光反応サイクルにおける時定数を示す図である。
図9】水和イオン液体中のbRの閃光測定前後のUV可視吸収の変化を示す図である。
図10A】緩衝液中のbRのUV可視吸収を示す図である。
図10B】[ch][dhp]-4中のbRのUV可視吸収を示す図である。
図10C】Betain-7中のbRのUV可視吸収を示す図である。
図11】緩衝液および各水和イオン液体中のbRの熱変性温度を示す図である。
図12A】[ch][dhp]-4中のbRのUV可視吸収の温度変化を示す図である。
図12B】[ch][bit]-6中のbRのUV可視吸収の温度変化を示す図である。
図12C】[C2mimOH][dhp]-3中のbRのUV可視吸収を示す図である。
図12D】各水和イオン液体中のbRの50%および80%のbRの熱変性温度を示す図である。
図13A】[ch][dhp]-4中のbRのUV可視吸収の温度変化を示す図である。
図13B】[ch][dhp]-7中のbRのUV可視吸収の温度変化を示す図である。
図13C】[ch][dhp]-15中のbRのUV可視吸収の温度変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について具体的に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0015】
本発明は、特定のカチオンと特定のアニオンとを含む水和イオン液体中に、膜タンパク質を、高次構造を保持したまま溶解させることができるという知見に基づきなされたものである。ここで「イオン液体(IL)」は、難揮発性および難燃性であり、かつ、広い温度域で液状となる特徴を有することから、生体分子の溶媒としての利用可能性が考えられるものの、一般的に用いられるイオン液体中への生体分子の溶解は困難であり、溶解したとしても高次構造は大きく変化する。また、ポリマー等による生体分子表面の修飾、または、添加剤の使用を必要とした。一方、「水和イオン液体(Hy IL)」は、生体分子との親和性を考慮してイオン構造を選択したイオン液体(IL)とわずかな水とを混合したものであり、水和イオン液体中に存在する水は、水溶液中で存在する自由水ではなく、イオンと相互作用した結合水として存在する。「水和イオン液体(Hy IL)」とは、このように、自由水が存在しないイオン液体-水混合系をいう。なお、本明細書において、「高次構造」の語は、αヘリックスおよびβストランドなどの2次構造および当該構造よりも高次元の構造を意味し、2次構造に加え、3次構造および/または4次構造を含み得る。「高次構造」の語には「3次構造」の語が包含されるものとする。本願明細書において、「3次構造」、「3次元構造」および「立体構造」の語は同義であり、互換可能に使用されるものとする。
【0016】
本発明の第一の側面は、
(a)下記:
【化8】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、R、RおよびRは、水素またはC1~C4炭化水素基である(但し、R、R、RおよびRのすべてがアルキルであるカチオンを除く)。)
から選択されるカチオンと、
(b)下記:
【化9】
から選択されるアニオンと
を含む、液体組成物に関する。
【0017】
本願発明にかかる液体組成物にはさらに、カチオンおよびアニオンの対1つ(以下「1イオンペア」とも称する。)に対して水分子が、例えば3~13個含まれる。水分子の数が少なすぎるとイオン液体が室温で完全に液体にならず、一方、水分子の数が多過ぎると膜タンパク質に特徴的な構造が保持されない場合がある。また、水分子の数が多過ぎる場合、水分子の数が増加するにつれて熱安定性を得ることが難しくなる。一態様において、水分子は、1イオンペアに対して4~13個含まれる。別の一態様において、水分子は、1イオンペアに対して3~10個含まれる。別の一態様において、水分子は、1イオンペアに対して3~7個含まれる。
【0018】
本発明にかかる液体組成物は、わずかな水分子と特定のカチオンと特定のアニオンとを含むことにより、膜タンパク質を安定化することができる。したがって、本願発明にかかる液体組成物は、膜タンパク質を更に含んでもよい。本発明にかかる液体組成物は、カチオンおよび/またはアニオンとして有機塩を使用するため、イオン間の相互作用が小さくなり、構造デザイン性を有することから、水および有機溶媒等の従来の溶媒よりも溶媒特性の制御が容易である。
【0019】
一態様において、カチオンは、(a)下記:
【化10】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであるか、または、R、RおよびRが一緒に五員または六員環を形成しており、当該環は、C1~C4アルキルで置換されていてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基である。)
から選択される。
【0020】
別の態様において、カチオンは、以下:
【化11】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
、RおよびRは、水素またはC1~C4アルキルであり、
41は、C1~C4アルキレンであり、R42は、水素、C1~C2アルキルもしくはC1~C4アシルである。)
から選択される。
【0021】
式(I-1)中、R、RおよびRは好ましくは、水素またはC1~C2アルキルであり、より好ましくは、C1~C2アルキルである。
【0022】
式(I-1)中、好ましくは:
41は、C1~C2アルキレンであり、R42は、C1~C2アルキルもしくはC1~C4アシルであるか、または、
41は、C1~C4アルキレンであり、R42は、水素であり、
より好ましくは:
41は、C1~C2アルキレンであり、R42は、C1~C2アルキルもしくはC1~C2アシルであるか、または、
41は、C2~C4アルキレンであり、R42は、水素であり、
さらに好ましくは:
41は、C1~C2アルキレンであり、R42は、アセチルもしくはメチルであるか、または、
41は、C2~C3アルキレンであり、R42は、水素であり、
さらにより好ましくは:
41は、C2アルキレンであり、R42は、アセチルもしくはメチルであるか、または、
41は、C2アルキレンであり、R42は、水素である。
【0023】
更に別の態様において、カチオンは、以下:
【化12】
(式中、Xは、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、さらに1つ以上の窒素原子および/またはリン原子を含んでいてもよく、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される。
【0024】
更に別の態様において、カチオンは、以下:
【化13】
(式中、XおよびXは同じであっても異なっていてもよく、窒素原子またはリン原子であり、
環Aは、五員または六員の複素環であり、
は、鎖内に少なくとも1つの酸素原子を有するC1~C4炭化水素基であり、
は、C1~C4アルキルである。)
から選択される。
【0025】
式(I-2)および(I-2’)中、環Aは好ましくは、五員または六員の複素芳香環であり、より好ましくは、五員の複素芳香環であり、さらに好ましくは、イミダゾリウム環である。
【0026】
式(I-2)および(I-2’)中、Rは、好ましくは:
-R61OR62(式中、R61は、C1~C4アルキレンであり、R62は、水素、C1~C2アルキルもしくはC1~C4アシルである。)であり、
より好ましくは:
-R61OR62(式中、R61は、C1~C2アルキレンであり、R62は、C1~C2アルキルもしくはC1~C2アシルであるか、または、R61は、C1~C4アルキレンであり、R62は、水素である)である。
【0027】
式(I-2)および(I-2’)中、Rは好ましくは、C1~C2アルキルであり、より好ましくは、メチルである。
【0028】
本明細書において、「炭化水素基」の語には、炭素原子および水素原子のみからなる基だけでなく、炭素原子および水素原子に加えて官能基、例えばヒドロキシ基、エーテル結合、アルデヒド基、カルボキシ基などを含む基も包含されるものとする。
【0029】
別の好ましい態様において、カチオンは、下記:
【化13】
から選択される。
【0030】
本発明にかかる液体組成物において、カチオンとアニオンとの好ましい具体的な組合せは、例えば:
-コリニウムカチオン(Ia)とリン酸二水素アニオン(IIa)、
-コリニウムカチオン(Ia)とクエン酸二水素アニオン(IIb)、
-コリニウムカチオン(Ia)とチオシアネートアニオン(IIc)、
-コリニウムカチオン(Ia)と重酒石酸(bitartrate)イオン(IId)、
-コリニウムカチオン(Ia)と臭素イオン、
-アセチルコリンカチオン(Ib)と塩素イオン、
-1-(2-Hydroxyethyl)-3-methylimidazoliumカチオン(Ic)とリン酸二水素アニオン(IIa)、
-1-(2-Hydroxyethyl)-3-methylimidazoliumカチオン(Ic)と塩素イオン、および
-N,N-Diethyl-N-methyl-N-(2-methoxyethyl)ammoniumカチオン(Id)と臭素イオン、
であるが、これらに限定されない。かかるカチオンとアニオンとの具体的な組合せは、特に、膜タンパク質の安定化に適している。
【0031】
本願発明にかかる液体組成物には、カチオン対アニオンが1:1のモル比で含まれることが好ましい。かかるモル比でカチオンおよびアニオンが含まれることにより、膜タンパク質の解析により適した場を提供することができる。
【0032】
本発明にかかる液体組成物は、例えば緩衝液中に、アニオンとカチオンとのイオンペアを含む。緩衝液としては、例えば、トリス塩酸(Tris-HCl)緩衝液が使用される。液体組成物中、イオンペアの濃度は、例えば50mM未満である。
【0033】
一態様において、膜タンパク質は、αヘリックス膜貫通型タンパク質である。上記した特定のカチオンと特定のアニオンとの組合せを含む水和イオン液体は、αヘリックスの占める割合の多い膜貫通型タンパク質の構造の安定化に作用することが本発明者らにより見出されている。αヘリックス膜貫通型タンパク質は、安定性が水溶性タンパク質と類似するβバレル膜貫通型タンパク質とは異なり、従来、生体外でのフォールディングが難しいとされていたところ、特定のカチオンと特定のアニオンとの組合せを含む水和イオン液体により安定化されたことは驚くべきことであった。例えば、従来、膜タンパク質の溶解に使用されていた界面活性剤は、親水性部位と疎水性部位の調整によって、膜タンパク質の可溶化を達成していると考えられているが、本発明で使用する水和イオン液体は明らかな疎水性部位を有さない点で、界面活性剤とは可溶化のメカニズムが異なるものと考えられる。
【0034】
αヘリックス膜貫通型タンパク質は、単量体において、例えば1~17個、好ましくは4~12個、より好ましくは7~10個の膜貫通ドメインを有する。
【0035】
本明細書において、タンパク質に関して「安定化」および「安定である」とは、膜タンパク質の高次構造が保持されることをいい、好ましくは膜タンパク質の立体構造が保持されることをいう。具体的には、「安定化」および「安定である」とは、天然状態で観察されるタンパク質の高次構造、例えば、αヘリックスおよびβシートなどが維持されることをいい、天然状態のタンパク質の高次構造および/または立体構造は、それぞれのタンパク質に適した方法で抽出および精製したin vitroの環境においても保持され、水、適切な濃度範囲の食塩水、および、当該分野で慣用のpH条件を満たす各種緩衝液中で形成される構造をいう。膜タンパク質の場合は、例えば、水、食塩水、緩衝液等において、適切な種類と濃度の界面活性剤の存在下で形成される高次構造および/または立体構造をいう。タンパク質の高次構造および/または立体構造は、当該分野で既知の手法によって測定することができ、例えば、円二色性(Circular Dichroism;CD)分光法、紫外可視(UltraViolet(UV)-Visible)分光法、フーリエ変換赤外線(Fourier transform infrared;FTIR)分光法、全反射法(Attenuated total reflection;ATR)、示差走査熱量測定(Differential scanning calorimetry;DSC)、核磁気共鳴(Nuclear magnetic resonance;NMR)、X線構造解析、電子顕微鏡、高速原子間力顕微鏡および蛍光分光法などによって測定することができるが、これらの手法に限定されない。タンパク質の高次構造および/または立体構造は、これらの手法を単独で使用して測定しても、複数を組み合わせて測定してもよい。
【0036】
例えば、CDスペクトルにおけるαヘリックス構造に特徴的なピークとして、205~210nm付近のピークおよび220~225nm付近のピークが挙げられる。αヘリックスに関し、高次構造および/または立体構造が維持されていることは、例えば、濃度で補正をした結果、ピーク強度および/または形状が維持されていることにより確認することができる。ピーク形状については、例えば、αヘリックス構造に特徴的な208nm付近および222nm付近にピークを有する形状が維持されていることにより、高次構造および/または立体構造が維持されていることが確認される。また、ピーク強度については、例えば、CDスペクトルの上記波長範囲内のある波長(例えば208nm)におけるピーク強度が、天然状態のピーク強度の、例えば50%以上、60%以上、70%以上または75%以上、好ましくは80%以上、85%以上、90%以上または95%以上、より好ましくは、天然状態のピーク強度と同等であることによって高次構造および/または立体構造が維持されていることが確認される。
【0037】
本明細書において、膜タンパク質の安定性には、好ましくは、熱安定性が含まれる。ここで、熱安定性は耐熱性ともいう。本明細書において、膜タンパク質に関して、「安定化」および「安定である」とは、好ましくは、膜タンパク質が高次構造を保持したまま溶解されることに加え、膜タンパク質の熱安定性が向上することをいう。より好ましくは、「安定化」および「安定である」とは、膜タンパク質が立体構造を保持したまま溶解されることに加え、膜タンパク質の熱安定性が向上することをいう。熱安定性は、先に例示した手法のいずれかを用いて、異なる温度で測定を行うことによって評価することができる。熱安定性は、例えばタンパク質の変性温度を測定することによって確認することができ、例えば緩衝液中でのタンパク質の変性温度と比較して、本発明にかかる液体組成物中でのタンパク質の変性温度が上昇している場合、熱安定性が向上したことが確認される。膜タンパク質が発色団を有する場合、加熱前および加熱後において、着色の変化を目視または慣用の装置によって確認してもよい。
【0038】
本明細書において、膜タンパク質の安定性には、好ましくは、経時安定性が含まれる。ここで、経時安定性は保存安定性ともいう。本明細書において、膜タンパク質に関して、「安定化」および「安定である」とは、好ましくは、膜タンパク質が高次構造を保持したまま溶解されることに加え、膜タンパク質が経時安定性を有することをいう。より好ましくは、「安定化」および「安定である」とは、膜タンパク質が立体構造を保持したまま溶解されることに加え、膜タンパク質が経時安定性を有することをいう。経時安定性は、先に例示した手法を用いて、異なる時点で測定を行うことによって評価することができる。例えば、温度を一定とし、ある時点と、当該時点から一定時間経過後とを比較して、高次構造および/または立体構造が維持されていることによって確認することができる。
【0039】
本明細書において、膜タンパク質に関して、「安定化」および「安定である」とは、より好ましくは、膜タンパク質が高次構造および/または立体構造を保持したまま溶解されることに加え、タンパク質の機能が保持されていることをいう。膜タンパク質の機能が保持されていることは、タンパク質の種類に応じた手法を用いて確認することができる。例えば、バクテリオロドプシンの機能が保持されていることは、光反応サイクルを測定することによって確認することができる。
【0040】
さらにより好ましい態様において、「安定化」および「安定である」とは、膜タンパク質の高次構造および/または立体構造が保持され、膜タンパク質の熱安定性が向上し、かつ、膜タンパク質の機能が保持されていることをいう。さらにより好ましい態様において、「安定化」および「安定である」とは、膜タンパク質の高次構造および/または立体構造が保持され、膜タンパク質が経時安定性を有し、かつ、膜タンパク質の機能が保持されていることをいう。
【0041】
さらに特により好ましい態様において、膜タンパク質が「安定化」および「安定である」ことには、外的刺激に対して高次構造および/または立体構造の変化を生じないことも含み得る。外的刺激としては、例えば光照射、具体的にはレーザー照射等が挙げられる。
【0042】
本発明の別の側面は、膜タンパク質を安定化させる方法に関する。当該安定化方法は、先述のカチオンと先述のアニオンとを含む液体組成物に膜タンパク質を添加することを含む。液体組成物の組成については、液体組成物に関して先述した態様が適用される。
【0043】
本発明にかかる安定化方法は、膜タンパク質を含む液体組成物を攪拌すること、および/または、液温を調整することを含んでもよい。
【0044】
以上、本発明によれば、従来、溶液中で十分な安定性を得ることが難しかった膜タンパク質について、安定化のための簡便な手法が提供される。一般に、膜タンパク質は生体膜から単離すると、適切な界面活性剤や脂質の存在なしには高次構造が維持されない。また、単離された膜タンパク質は、高濃度のより一般的なイオン液体中においても構造が維持されないことがわかっている。しかしながら、本発明にかかる液体組成物を使用することで、驚くべきことに、膜タンパク質の高次構造を維持したまま液体中に溶解できることが新たに見出された。
【0045】
本発明で使用する水和イオン液体は、特定のカチオンと特定のアニオンとを含むイオン液体に水分子を添加するだけで調製が可能であり、単離した膜タンパク質をこの水和イオン液体に混合するだけで当該タンパク質を液体中に安定的に溶解させることができる。すなわち、膜タンパク質を溶解する場を短時間で簡便に調製可能であること、共存する水分子数を調整できること、および、調製した水和イオン液体に膜タンパク質溶液を混合することで、高次構造を保持した状態で溶解させることができること等が本発明の利点である。
【0046】
また、特定のイオンペアと水とを含む水和イオン液体に膜タンパク質を溶解するだけで膜タンパク質の安定性が向上するため、煩雑な作業、熟練した技術および調製に要する時間等の負荷を軽減することができる。例えば、本発明によれば、リポソームを使用する場合のように、配向を制御する必要がなく、ナノディスクを用いた再構築のように、再構築後の操作も必要ない。
【0047】
さらに、水和イオン液体はオープン環境でもほぼ揮発しないため、小スケールで長期間の利用も可能である。よって、本発明によって安定化された膜タンパク質は、長期検討を行うことのできる結合化合物スクリーニング技術として展開できることが期待される。すなわち、安定化した膜タンパク質を用いて、例えば、室温、オープン環境で、膜タンパク質と相互作用を有する化合物を効率的にスクリーニングすること、および、当該化合物の結合力を解析すること等も可能となることが期待される。
【実施例0048】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0049】
実施例では、膜タンパク質として10本の膜貫通型αヘリックスを含むHaemophilus influenzae TehA(以下「TehA」と称する。)と、光駆動プロトンポンプとしてエネルギー交換を行う、αへリックスが膜を7回貫通した構造を持つバクテリオロドプシン(以下「bR」と称する。)を使用した。bRは発色団レチナールを含有する色素タンパク質である。2つの膜タンパク質は既報に従って調製した(参考文献3)。
【0050】
実施例1.TehA
TehAの実験では、イオン液体に、コリニウムカチオン(cholinium、[ch])とリン酸二水素アニオン(dihydrogenphosphate、[dhp])とのイオンペア([ch][dhp])を用いた。[ch][dhp]1イオンペアあたりの水分子が4個または7個となるように水を添加し、水和[ch][dhp]を作成した。緩衝液には150mM NaCl、20mM Tris-HCl(pH7.2~7.5)、0.05%(w/v)DDM-anagradeを用いた。また、[ch][dhp]の濃度を50mMに調製した水溶液中も熱変性温度測定で使用した。膜タンパク質の濃度は約500μg/mLとなるよう、それぞれの溶媒に溶解した。
【0051】
調製した溶液を、25、40、55、60、65、70および85℃の各温度にて10分間インキュベートした後、200~250nmの波長範囲でCD測定を行った(図1図2Aおよび図2B)。含水率の異なる水和イオン液体中の熱変性温度測定では、1℃/minの速度で測定温度を変化させながら208nmにおけるCD強度変化を追跡した。スペクトル強度が半分になる温度を変性温度として算出した(図3Aおよび図3B)。
【0052】
その結果、水和イオン液体中でも緩衝液中と類似のスペクトルが確認され、αヘリックス構造を維持していることが明らかとなった。さらに熱変性温度は、水和イオン液体中で緩衝液中に比べて上昇し、熱安定性の向上が確認された。特に、1イオンペアあたりの水分子が4個となるよう調製した水和イオン液体中では、緩衝液中に比べて約30℃上昇し、水和[ch][dhp]中に溶解することで熱安定性が大きく向上することが確認された(図3B)。
【0053】
次に、下記に示すイオン液体およびクラウディング剤であるD-(+)-Trehalose Anhydrousを水和させた。調製した水和混合物は以下の通りである。末尾の数字は、それぞれ1イオンペアに対する水分子数を示す。
・[ch][dhp]-4、
・D-(+)-Trehalose Anhydrous(Tre-30)、および
・緩衝液
それぞれの溶媒に、濃度が15μMとなるようにTehAを添加し、サンプルの調製を行った。
【0054】
調製したサンプルについて、円偏光二色性(CD)測定によりTehAの二次構造を確認したところ、[ch][dhp]-4およびTre-30中で、TehAが緩衝液中と類似の構造を維持していることが確認され、これらのサンプルについてさらに、温度変化に伴う208nmにおけるCD強度の変化を追跡した(図3C)。CD強度の変化で得られる中点を変性温度とすると、緩衝液中に溶解したTehAの変性温度は64℃であったのに対し、[ch][dhp]-4、Tre-30に溶解したTehAはいずれも緩衝液中に比べて熱変性温度の上昇が確認された。熱変性温度は、[ch][dhp]-4で91℃、Tre-30で73℃であった。[ch][dhp]-4では約30℃の上昇を確認した。
【0055】
次に、[ch][dhp]について、1イオンペア対水分子の数が1:4、1:7、1:10、1:13、1:17および1:20となるよう水和[ch][dhp]を調製し、それぞれにTehAを溶解してCD測定を行った。温度を変化させながら得られるCDスペクトルの208nmにおける強度を追跡し、強度変化の中点を熱変性温度として比較を行った(図3Dおよび図3E)。熱変性温度は、1イオンペアに対し水分子が最も少ない4分子で調整した水和[ch][dhp]中で、緩衝液中に比べて約30℃上昇し、水分子数の増加に伴い熱変性温度は低下した。
【0056】
実施例2.bR
bRの実験では、カチオンとして、コリニウムカチオン([ch])またはアセチルコリンカチオン([Ach])を、アニオンとして、リン酸二水素アニオン([dhp])、クエン酸二水素アニオン(dihydrogen citrate、[dhC])、チオシアネートイオン([SCN])、臭素イオン(Br、[Br])または塩素イオン(Cl、[Cl])を使用した。具体的には、bRの実験では以下のイオンペアを使用した。末尾の数字はそれぞれ、1イオンペアに対する水分子数を示す。
・コリニウムカチオンとリン酸二水素アニオンとのイオンペア([ch][dhp]-3)、
・コリニウムカチオンとクエン酸二水素アニオンとのイオンペア([ch][dhC]-5)、
・コリニウムカチオンと臭素イオンとのイオンペア([ch][Br]-3)
・アセチルコリンカチオンと塩素イオンとのイオンペア([Ach][Cl]-3)、
・コリニウムカチオンとチオシアネートイオンとのイオンペア([ch][SCN]-3)、
および
・テトラブチルアンモニウムカチオンとリン酸二水素アニオンとのイオンペア([N4444][dhp]-5)、
【0057】
さらに、分子クラウディング剤として使用されるpolyethylene glycol400(PEG400)を使用した溶液も調製した。
【0058】
上記溶液は、1イオンペアに対して、水が3分子となるように調製し、[ch][dhC]、[N4444][dhp]に関しては溶解性の観点から1イオンペアに対して水5分子となるように調製した。緩衝液には、150mM NaClおよび0.25%(w/v)sodium deoxycholateを含有する20mM Tris-HCl緩衝液(pH8.0)を用いた。
【0059】
溶解したbRの溶解状態について、目視による観察およびUV-Vis測定を行った(図4A図4B図4C図5A図5B)。さらに、緩衝液中と[ch][dhp]中とで、90℃でインキュベートしながら、目視観察およびスペクトル測定を行った(図6)。
【0060】
スペクトルが半減する時間を算出し、耐熱性の比較を行った。90℃での半減期が緩衝液中では5.3分であるが、[ch][dhp]中では21.3分と、約4倍もの安定化を確認した(図5B)。目視によっても、緩衝液中のサンプルは90℃で4分処理すると透明になったが、[ch][dhp]中では着色が維持されていることが確認できた(図6)。
【0061】
閃光励起による光吸収の実験(参考文献6)では、25℃で532nmのナノ秒パルスレーザーを2.0mJ/pulseで照射した後、410、510、570および630nmの吸光度変化を観測することで、bRの光反応サイクルを解析した(図7A図7Bの点)。それぞれの吸光度変化は、6個の指数関数の和で再現することができ(図7A図7Bの実線)、時定数(秒)は図8に示すとおりになった。測定後、レーザー照射前後の紫外・可視吸収スペクトルを比較した(図9)。
【0062】
上記試験の結果、緩衝液中と水和イオン液体中での光吸収変化の時定数の比(図8のHIL/Bの列)は、水素イオンの移動が関係しない前半の時定数1~3については、0.5~0.6程度と水和イオン液体中の方が2倍程度速い反応を示すことがわかった。水素イオンの移動が関与する後半の時定数4~6については、4.8~17程度と水和イオン液体中の方が5~17倍程度遅くなることがわかった。これは水和イオン液体中の水素イオン濃度が少ないことに起因するものと考えられる。このような差異はあるものの、イオン液体中でも緩衝液中と類似した光反応サイクルを示すことが確認された。また、水和イオン液体中では、測定に用いた約360回のレーザー照射による退色はほとんど確認されなかったことから、光照射に対して安定であることが示された(図9)。
【0063】
さらに、以下に示す種々のカチオンおよびアニオンを用いて水和イオン液体を調製し、bRが緩衝液中と同様の構造を有することが確認された。末尾の数字は、1イオンペアに対する水分子数を示す。イオン液体は、合成するか、または購入した。
・コリニウムカチオンとリン酸二水素アニオンとのイオンペア([ch][dhp]-4)、
・コリニウムカチオンと重酒石酸(bitartrate)イオンとのイオンペア([ch][bit]-6)、
・コリニウムカチオンと臭素イオンとのイオンペア([ch][Br]-3)、
・アセチルコリンカチオンと塩素イオンとのイオンペア([Ach][Cl]-3)、
・N,N-Diethyl-N-methyl-N-(2-methoxyethyl)ammoniumカチオンと臭素イオンとのイオンペア([DEME][Br]-3)、
・1-(2-Hydroxyethyl)-3-methylimidazoliumカチオンと塩素イオンとのイオンペア([C2mimOH][Cl]-4)、
・-(2-Hydroxyethyl)-3-methylimidazoliumカチオンとリン酸二水素アニオンとのイオンペア([C2mimOH][dhp]-3)、
・Betain-7
【0064】
さらに、分子クラウディング剤として使用されるpolyethylene glycol400(PEG400)を使用し、1イオンペアあたりの水分子が3個となるよう調製した(PEG400-3)。
【0065】
それぞれの溶媒にTehAの濃度が15μMとなるようにサンプルの調製を行った。調製したすべての水和イオン液体でbRの沈殿は確認されなかった。各溶液について、可視紫外分光測定を行った。
【0066】
緩衝液中のbRではレチナールに基づいて560nm付近に大きな吸収帯と、400nm付近に小さく幅広い吸収帯が確認された(図10A)。[ch][dhp]-4では、緩衝液中と類似のスペクトルが観測され(図10B)、Betain-7では、構造の変化が示唆された(図10C)。変化が示唆されるスペクトルに特徴的な、400nmの手前付近のピークは遊離したレチナールのスペクトルに酷似しており、bRからレチナールの単離が示唆された。
【0067】
次いで、水和イオン液体中で温度変化に伴うスペクトル変化を追跡し、それぞれの熱変性温度の算出を行った。25℃から100℃まで、5分間に5℃温度が上昇するようにインキュベーターを使って水和イオン液体に溶解したbRをインキュベートし、UV-vis法で5分ごとにスペクトル測定を行い、最大吸収波長の吸光度を観測した。熱変性温度は25℃における吸光度に対して各測定温度での吸光度の割合として算出してプロットした。吸光度が50%となった温度を熱変性温度とした(図11)。すべての水和イオン液体において、緩衝液中に比べて熱変性温度が上昇することが確認された。
【0068】
緩衝液中と比較して大幅に熱変性温度の向上が確認された[ch][dhp]-4、[ch][bit]-6および[C2mimOH][dhp]-3において、観測される吸光度の減衰傾向についてさらなる検討を行った(図12A図12D)。[C2mimOH][dhp]-3では温度上昇で観測される減衰速度は遅いが、減衰が開始するのは45℃付近と比較的低温である(図12C)。これに対して、[ch][dhp]-4の減衰開始温度は55℃付近である(図12A)。構造変化が生じ始める減衰開始温度がより高く安定なのは[ch][dhp]-4であった(図12D)。
【0069】
さらに、水和[ch][dhp]の含水率を検討すべく、1イオンペアに対して4、7、15分子となるように溶液を調製し、UV-visスペクトル測定によりそれぞれの熱変性温度の測定を行った(図13A図13C)。水和[ch][dhp]中においてインキュベーション前の吸光度が50%に減衰する熱変性温度は、1:4で約80℃、1:7で約83℃、1:15で約68℃となり、1:4と1:7ではあまり変わらず、1:15では大幅に低下することが確認された。水和[ch][dhp]中に自由水が存在しないほど安定性は向上することが示唆された。
【0070】
先行技術には、例えば、イオン液体およびオスモライトが、膜タンパク質であるバクテリオリドプシンの構造および酸化ストレスに及ぼす影響を実験とシミュレーションから検討したものがある(参考文献4)。ここで使用しているイオンは、構造も濃度も本発明とは全く異なるものである。bRの構造への大きな影響は観測されていないものの、安定性の向上は確認されていない。
【0071】
また、計算を用いて耐熱化設計を行い、変異導入をすることで膜タンパク質の耐熱性の向上に成功した事例もある(参考文献5)。膜外領域の変異導入部位の選択、変性状態の自由エネルギー計算、変異による構造変化などの予測および耐熱化変異候補の決定、という手順で膜タンパク質bRの耐熱化変異体を設計しているが、設計の成功率は40%であり、耐熱化に失敗する変異体もある。
【0072】
本発明によれば、特定のイオン対と水とを含む水和イオン液体に膜タンパク質を溶解させることで、膜タンパク質の安定性が向上するため、煩雑な作業、熟練した技術および調製に要する時間等の負荷を軽減することができる。また、膜タンパク質を液体に溶解させるため、全てのタンパク質分子を均一に安定化させることができる。さらには、液体中に溶解させて安定化させることができるため、結合化合物スクリーニングのための長期的な利用も期待される。
【0073】
参考文献
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図3D
図3E
図4A
図4B
図4C
図5A
図5B
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10A
図10B
図10C
図11
図12A
図12B
図12C
図12D
図13A
図13B
図13C