(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024137011
(43)【公開日】2024-10-04
(54)【発明の名称】静菌用乳化物、静菌方法並びに調理済み澱粉食品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 3/3499 20060101AFI20240927BHJP
A23L 3/3508 20060101ALI20240927BHJP
A23L 3/3562 20060101ALI20240927BHJP
A23L 29/00 20160101ALI20240927BHJP
A23L 7/109 20160101ALI20240927BHJP
A23L 7/10 20160101ALI20240927BHJP
【FI】
A23L3/3499
A23L3/3508
A23L3/3562
A23L29/00
A23L7/109 E
A23L7/10 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023048346
(22)【出願日】2023-03-24
(71)【出願人】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(71)【出願人】
【識別番号】000103840
【氏名又は名称】オリエンタル酵母工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 開
(72)【発明者】
【氏名】小野 浩
(72)【発明者】
【氏名】徳田慎也
(72)【発明者】
【氏名】寺本 匡
(72)【発明者】
【氏名】堤 楽
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 千夏
【テーマコード(参考)】
4B021
4B023
4B035
4B046
【Fターム(参考)】
4B021LA41
4B021LW01
4B021MC01
4B021MK05
4B021MK20
4B021MK21
4B021MK28
4B021MP02
4B023LC08
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4B023LK08
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4B035LC05
4B035LG04
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4B035LP26
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4B046LG11
4B046LG15
4B046LG17
4B046LG18
4B046LP41
4B046LP56
4B046LP80
(57)【要約】
【課題】生物が増殖しやすい食品であっても、食品本来の食味を維持しつつ、食品の保存性を向上させ得る静菌用乳化物、静菌方法並びに加工食品及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】(A)成分:油脂と、(B)成分:フェルラ酸類と、(C)成分:フェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上と、を含有する、静菌用乳化物である。前記(C)成分が酢酸ナトリウムを含むことが好ましい。前記(A)成分の含有量が20~50質量%であり、前記(B)成分の含有量が0.5~5質量%であり、前記(C)成分の含有量が0.5~10質量%であることも好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)成分:油脂と、
(B)成分:フェルラ酸類と、
(C)成分:フェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上と、
を含有する、静菌用乳化物。
【請求項2】
前記(C)成分が酢酸ナトリウムを含む、請求項1に記載の静菌用乳化物。
【請求項3】
前記(A)成分の含有量が20~50質量%であり、
前記(B)成分の含有量が0.5~5質量%であり、
前記(C)成分の含有量が0.5~10質量%である、請求項1又は2に記載の静菌用乳化物。
【請求項4】
前記(B)成分に対する前記(C)成分の質量比が1~20である、請求項1又は2に記載の静菌用乳化物。
【請求項5】
更に増粘多糖類と、セルロース類とを含有する、請求項1又は2に記載の静菌用乳化物。
【請求項6】
前記増粘多糖類がキサンタンガムであり、
前記セルロース類が結晶セルロースである、請求項5に記載の静菌用乳化物。
【請求項7】
pHが4.0~5.0である、請求項1又は2に記載の静菌用乳化物。
【請求項8】
加熱調理された澱粉性食品100質量部に対して請求項1又は2に記載の静菌用乳化物1~15質量部を付着させる工程を有する、静菌方法。
【請求項9】
前記工程では、該工程を経た調理済み澱粉性食品のpHが5.0~6.2の範囲となるように前記静菌用乳化物を付着させる、請求項8に記載の静菌方法。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の静菌用乳化物を、加熱調理された澱粉性食品の表面に付着させる工程を有する、調理済み澱粉性食品の製造方法。
【請求項11】
請求項1に記載の静菌用乳化物が表面に付着している、調理済み澱粉性食品。
【請求項12】
麺類又は米飯である、請求項11に記載の食品。
【請求項13】
チルド状態で保存、流通及び/又は販売されるものである、請求項11又は12に記載の食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、澱粉性食品の静菌用乳化物及び静菌方法に関する。また本発明は、前記静菌用乳化物を含む調理済み澱粉性食品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食品分野において、近年、食品の廃棄ロスを低減する観点から、食品の保存性を向上させることが要望されている。特に、弁当や総菜等の加工食品については、工場や店内の厨房で大量に製造された後、加工食品が凍らない程度の低温度帯(チルド帯)での輸送又は保存を経て消費者の手元に届くような流通・販売形態が近年普及している。このようなチルド帯で保存、流通及び/又は販売される加工食品(チルド食品)は、容器に密封され加熱加圧処理されたレトルト食品に比べて、微生物の繁殖による腐敗や変質が問題となりやすいため、幅広い菌に有効な高レベルの静菌技術を適用する必要がある。
【0003】
従来、微生物の繁殖を抑え、食品の保存性を高める静菌剤として、殺菌又は静菌作用のある組成物がしばしば使用されている。例えば特許文献1には、油脂、有機酸及び酸性ヘキサメタリン酸を含有する乳化物を調理済み澱粉性食品の表面に付着させることによって、微生物の増殖が抑制されることが記載されている。
【0004】
また特許文献2には、グリセリン、有機酸塩類及び重合リン酸塩類を添加した水で麺を茹でるか、又は茹でた麺を水で洗って冷却する際に、その水の中にグリセリン、有機酸塩類及び重合リン酸塩類を添加しておくことによって、茹で麺の保存性が向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2018/181643号パンフレット
【特許文献2】特開昭56-164754号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、食品の保存性を高めるためには、環境中に比較的多く存在する乳酸菌等による該食品の腐敗や変質を抑制する必要がある。しかしながら乳酸菌は、従来の各種静菌剤及び静菌方法では食味に影響を及ぼさずに静菌することが困難であった。また、澱粉は多くの食品に含まれるが、一部の静菌剤に対して阻害作用を有することが知られており、澱粉性食品の保存性を十分に高め得る静菌技術が求められている。
【0007】
したがって本発明の課題は、食品本来の食味を維持しつつ、食品の保存性を向上させ得る静菌用乳化物、静菌方法並びに保存性の良好な加工食品及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討した結果、加熱調理された麺類又は米飯等の澱粉性食品の表面に油脂、フェルラ酸類、並びにフェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上を含有する乳化物を付着させることにより、高い保存性を有しながらも食品本来の食味が維持された食品が得られることを見出した。
【0009】
本発明は上記知見に基づくものであり、(A)成分:油脂と、
(B)成分:フェルラ酸類と、
(C)成分:フェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上と、
を含有する、静菌用乳化物である。
【0010】
また本発明は、加熱調理された澱粉性食品100質量部に対して前記の本発明の静菌用乳化物1~15質量部を付着させる工程を有する、静菌方法である。
【0011】
また本発明は、前記の本発明の静菌用乳化物が表面に付着している調理済み澱粉性食品及びその製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、食品本来の食味を維持しつつ、食品の保存性を向上させ得る静菌用乳化物が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明の静菌用乳化物について説明する。本発明の静菌用乳化物は、(A)成分:油脂と、(B)成分:フェルラ酸類と、(C)成分:フェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上と、を含有する。
【0014】
<(A)成分>
本発明の静菌用乳化物に含有される(A)成分の油脂としては、食用の油脂であれば特に限定されず、例えば、大豆油、マーガリン、ショートニング、オリーブ油、カカオ脂、パーム油、パーム核油、ヤシ油、コーン油、綿実油、菜種油、ヒマワリ油等の植物性油脂、牛脂、豚脂、バター、乳脂、魚油等の動物性油脂などが挙げられる。これらの油脂は、単独で又は2種以上を混合して用いることができる。油脂としては、乳化物作製の際における攪拌のしやすさの点、及び対象食品への添加のしやすさの点から液状油脂(25℃で液状の油脂)を用いることが好ましく、この観点から、大豆油、オリーブ油、コーン油、綿実油、菜種油、ヒマワリ油等の植物性油脂を用いることが好ましく、中でも、大豆油、菜種油から選ばれる少なくとも一種を用いることが好ましく、菜種油を用いることが特に好ましい。
乳化物の品質安定性、及び対象食品への添加のしやすさの観点から、該乳化物中における(A)成分の含有量は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは20~50質量%、より好ましくは25~45質量%である。
【0015】
<(B)成分>
本発明の静菌用乳化物に含有される(B)成分のフェルラ酸類としては、フェルラ酸、フェルラ酸の水溶性塩及びフェルラ酸のエステルが挙げられる。フェルラ酸の水溶性塩としては、フェルラ酸のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩等が挙げられ、具体的にはフェルラ酸ナトリウム、フェルラ酸カリウム及びフェルラ酸カルシウム等が挙げられる。フェルラ酸のエステルとしては、炭素原子数1以上5以下の低級アルコールとフェルラ酸とのエステルが挙げられ、具体的にはフェルラ酸メチル及びフェルラ酸エチル等が挙げられる。フェルラ酸類としては、フェルラ酸を用いることが静菌性の高さ及び入手容易性の点で好ましい。
【0016】
フェルラ酸類は、植物等の天然物から抽出した抽出物でもよく、試薬等として市販されている市販品でもよく、使用者自ら化学的に合成した合成品であってもよい。これらの抽出物、市販品及び合成品は、それぞれ、フェルラ酸類の含有量が50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることが更に一層好ましい。
本発明の静菌用乳化物中における(B)成分の含有量は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.5~5質量%、より好ましくは0.7~3質量%である。(B)成分の含有量を0.5質量%以上に設定することによって、静菌用乳化物の静菌性を十分に高めることができる。また(B)成分の含有量を5質量%以下に設定することによって、安定した品質でかつ良好な味質の乳化物を得ることができる。
【0017】
本発明の静菌用乳化物中における(A)成分に対する(B)成分の質量比は、好ましくは0.004~0.25であり、より好ましくは0.015~0.12である。(A)成分に対する(B)成分の質量比を0.004以上に設定することによって、静菌用乳化物の静菌性を十分に高めることができる。また(A)成分に対する(B)成分の質量比を0.25以下に設定することによって、食味が良好で、安定した品質の乳化物を得ることができる。
【0018】
<(C)成分>
本発明の静菌用乳化物に含有される(C)成分はフェルラ酸以外の有機酸及び該有機酸の塩から選ばれる1種以上である。斯かる有機酸としては、酢酸、乳酸、フマル酸、クエン酸、リンゴ酸、グルコン酸、アジピン酸、フィチン酸等が挙げられる。斯かる有機酸の塩としては、前記の各種有機酸のアルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩を用いることが、静菌性の効果及び食味の点で好適である。アルカリ金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。アルカリ土類金属塩としてはカルシウム塩が好適に挙げられる。(C)成分は1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0019】
静菌性の高さ、入手容易性及び食味の観点から、(C)成分として有機酸を用いる場合、該有機酸としては、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、フマル酸、アジピン酸を用いることが好ましい。また、特に酢酸等を用いる場合と比べて酸味を抑えることができるため、該有機酸としてはリンゴ酸を用いることが最も好ましい。
【0020】
本発明の静菌用乳化物が(C)成分として有機酸を含む場合、該乳化物中の該有機酸の含有量は、静菌性を高める点及び食品の食味の点から、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.1~5質量%、より好ましくは0.3~4質量%、更に好ましくは0.5~3質量%である。
【0021】
また(C)成分として有機酸の塩を用いる場合、該有機酸の塩としては、静菌性の高さ及び入手容易性及び溶解性、緩衝力の点で、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、フマル酸、アジピン酸の塩が好ましく、酢酸の塩がより好ましく、酢酸のアルカリ金属塩が更に一層好ましく、酢酸ナトリウムが最も好ましい。
【0022】
本発明の静菌用乳化物が(C)成分として有機酸の塩を含む場合、該乳化物中の該有機酸の塩の含有量は、静菌性を高める点及び食品の食味の点から、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.1~5質量%、より好ましくは0.5~3.5質量%、更に好ましくは1~3質量%である。
【0023】
本発明の静菌用乳化物中における(C)成分の含有量((C)成分の合計含有量)は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.5~10質量%、より好ましくは1~7質量%、更に好ましくは2~5質量%である。(C)成分の含有量を0.5質量%以上に設定することによって、静菌用乳化物の静菌効果を十分に高めることができる。また(C)成分の含有量を10質量%以下とすることによって、(C)成分に起因する酸味の発生を十分に抑制することができる。
【0024】
本発明の静菌用乳化物中における(B)成分に対する(C)成分の質量比は、好ましくは1~20であり、より好ましくは2~5である。(B)成分に対する(C)成分の質量比を1以上に設定することによって、静菌用乳化物の静菌効果を十分に高めることができる。また(B)成分に対する(C)成分の質量比を20以下に設定することによって、(C)成分に起因する酸味の発生を十分に抑制することができるので、食品本来の食味を維持することができる。
【0025】
<その他の成分>
前記その他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく適宜選択することができ、例えば、澱粉類(澱粉、加工澱粉等)、デキストリン類(デキストリン、シクロデキストリン、難消化性デキストリン等)、セルロース類、増粘多糖類、単糖類(グルコース、フルクトース等)、二糖類ないしオリゴ糖類(ラクトース、マルトース、スクロース、トレハロース、パラチノース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース等)、糖アルコール類(マンニトール、ソルビトール等)、乳化剤(ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル等)等が挙げられる。これらは、単独で又は2種以上を混合して用いてもよい。
前記その他の成分の中でも、静菌用乳化物の乳化安定性を向上させるために、増粘多糖類と、セルロース類とを含有させることが好ましい。
【0026】
<増粘多糖類>
静菌用乳化物に増粘多糖類を含有させる場合、該増粘多糖類としては、特に制限はなく、適宜選択することができ、例えば、キサンタンガム、タマリンドシードガム、グアーガム、タラガム、アルギン酸エステル、トレメルガム、カラギーナン、スクシノグリカン等が挙げられる。これらは、単独で又は2種以上を混合して使用してもよい。これらの中でも、ガム類を用いることが静菌用乳化物の乳化安定性を向上させる観点から好ましく、とりわけ、キサンタンガムを用いることが好ましい。この観点から、本発明の静菌用乳化物中における該増粘多糖類の含有量は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.05~0.3質量%、より好ましくは0.1~0.25質量%、更に好ましくは0.15~0.2質量%である。
【0027】
<セルロース類>
本静菌用乳化物にセルロース類を含有させる場合、該セルロース類としては、セルロース及びセルロース誘導体を挙げることができ、これらを特に制限はなく適宜選択して用いることができる。セルロースとしては、例えば、結晶セルロース、粉末セルロース及び発酵セルロース等が挙げられる。セルロース誘導体としては、カルボキシメチルセルロース及びメチルセルロース等が挙げられる。これらは、単独で又は2種以上を混合して使用してもよい。これらの中でも、本発明の静菌用乳化物に起因する澱粉性食品表面のヌル付きを軽減できる点で、結晶セルロースを用いることが好ましい。
乳化安定性の観点から、本発明の静菌用乳化物中におけるセルロース類の含有量は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは0.5~4質量%、より好ましくは1~3.5質量%、更に好ましくは2~3質量%である。
【0028】
本発明の静菌用乳化物は、更に水性溶媒を含有する。好ましい水性溶媒としては、例えば水が挙げられる。好ましくは、本発明の静菌用乳化物において、上述した(A)成分は油相を形成し、上述した(C)成分は、該水性溶媒とともに水相を形成している。好ましくは、該乳化物は、該水性溶媒に(C)成分を溶解させて水溶液を作製し、次いでこれを(A)成分と(B)成分との混液に添加して撹拌混合することにより調製することができる。該乳化物における水相と油相との質量比(水相:油相)は、好ましくは80:20~50:50であり、より好ましくは75:25~55:45である。
乳化安定性の観点から、本発明の静菌用乳化物中における水性溶媒の含有量は、該乳化物の全質量に対して、好ましくは30~80質量%、より好ましくは40~70質量%、更に好ましくは50~65質量%である。
【0029】
本発明の静菌用乳化物のpHは、好ましくは4.0~5.0、より好ましくは4.3~4.8である。該乳化物のpHを5.0以下に設定することによって、該乳化物を適用した食品に十分な保存性を付与することができる。また該乳化物のpHを4.0以上に設定することによって、該乳化物を適用した食品の酸味を十分に抑制することができる。本pHは20~25℃で測定されるものである。
本明細書において、「20~25℃で測定されたpHが所定の範囲内にある」とは、20~25℃のいずれかの温度において測定されたpHが、該所定の範囲内にあることをいう。すなわち、20~25℃のある温度において測定されたpHが所定の範囲外にある場合であっても、20~25℃の別の温度において測定されたpHが所定の範囲内であれば、「20~25℃で測定されたpHが所定の範囲内にある」とみなす。
【0030】
本発明の静菌用乳化物は、広範な微生物に有効であるが、特に乳酸菌の繁殖を効果的に抑制することを可能とする。乳酸菌の種類は特に限定されないが、一般的に、食品製造時に混入しやすい乳酸菌として、Lactobacillus属細菌、Leuconostoc属細菌、Lactococcus属細菌、Pediococcus属細菌、Weissella属細菌、Enterococcus属菌等が挙げられる。また、食品製造時に混入しやすい乳酸菌以外の微生物として、例えば、酵母、芽胞菌、大腸菌群が挙げられる。本発明の静菌用乳化物はこれらの菌の繁殖を効果的に抑制できる。前記芽胞菌としては、例えばBacillus属が挙げられる。前記大腸菌群としては、例えばKlebsiella属、Enterobacter属、Citrobacter属、Escherichia属、Leclercia属、Pantoea属、Yersinia属、Raoultella属、Rahnella属、Serratia属、Aeromonas属、Yokenella属、Erwinia属、Pectobacterium属、Kluyvera属が挙げられる。
【0031】
次に、本発明の調理済み澱粉性食品について説明する。本発明の調理済み澱粉性食品においては、加熱調理された澱粉性食品の表面に、上述した本発明の静菌用乳化物が付着している。本発明の調理済み澱粉性食品は、加熱調理された澱粉性食品の表面に本発明の静菌用乳化物を付着させることによって製造することができる。これによって、該食品中の微生物が静菌されるので、該食品の保存性を向上させることができる。
【0032】
前記加熱調理された澱粉性食品としては、澱粉を多く含有する食品、例えば麺類、米飯、ベーカリー、お好み焼き、たこ焼き、パンケーキ、ピザ、蒸しパン等の生地製品、フライ食品の衣、イモ類などが挙げられる。本発明で提供される澱粉性食品は、好ましくは麺類又は米飯であり、より好ましくは麺類である。該麺類の種類や製造方法は特に限定されず、例えば、マカロニ、スパゲッティ等のパスタ、うどん、ひやむぎ、そうめん、平めん、日本蕎麦、中華麺、麺皮類(餃子、焼売、春巻き、ワンタンの皮等)などを挙げることができる。これらの麺類は、加熱調理前の状態において、乾麺であっても、半生麺又は生麺であってもよい。
【0033】
前記澱粉性食品の加熱調理の手段としては、該食品中の澱粉を喫食可能にアルファ化できる手段であればよく、例えば、焼く、煮る、揚げ、茹で、蒸し、電子レンジ等によるマイクロ波加熱などが挙げられる。好ましくは、該澱粉性食品は麺類であり、該加熱調理は水若しくは塩水による茹で調理、又は蒸し調理である。好ましくは、該加熱調理において、当該澱粉性食品は喫食可能に調理される。
【0034】
本発明の静菌用乳化物を加熱調理された澱粉性食品の表面に付着させて静菌処理する手段としては、以下が挙げられる:該加熱調理された食品に、液状の乳化物(乳化液)を噴霧又は塗布する方法、該加熱調理された食品に乳化物を添加混合する方法;該加熱調理された食品を乳化物に浸漬する方法、など。このとき、該乳化物を食品の表面に満遍なく付着させる(又はコーティングする)ことが好ましい。
本発明の静菌用乳化物は、食品に付着させる際には液状(乳化液)であることが好ましいが、食品に付着した状態では液状であっても固体状であってもよい。必要に応じて、食品に付着させる前に該乳化物を加熱して液状にしてもよい。
【0035】
本発明の静菌用乳化物を加熱調理された澱粉性食品に付着させて静菌処理する場合における、該乳化物の付着量は、該乳化物を付着させる前の加熱調理された澱粉性食品100質量部に対して、好ましくは1~15質量部、より好ましくは2~8質量部である。付着量を1質量部以上に設定することによって、食品の保存性を十分に高めることができる。他方、付着量を15質量部以下に設定することによって、得られた食品の風味の低下が抑制される。
【0036】
上述した、加熱調理された澱粉性食品に本発明の静菌用乳化物を付着させる工程では、該工程を経た調理済み澱粉性食品のpHが好ましくは5.0~6.2、より好ましくは5.4~6.1、更に好ましくは5.6~6.0となるように、該乳化物を付着させる。調理済み澱粉性食品のpHを上述の範囲内に設定することによって、該食品の酸味を抑えつつ、該食品の保存性を十分に向上させることができる。尚、本pHは20~25℃で測定するものである。pHの具体的な測定方法は、後述する実施例にて説明する。
調理済み澱粉性食品のpHは、本発明の静菌用乳化物の組成及び付着量等を変更することによって、適宜調整することができる。
【0037】
本発明により製造される調理済み澱粉性食品は、通常の保存手段、例えば常温、冷蔵、チルド又は冷凍で保存され得る。好ましくは、本発明により製造される調理済み澱粉性食品は、チルド状態で保存、流通及び/又は販売されるものである。ここでいう「チルド状態」とは、加工食品の品温が凍結しない程度の低温である状態を指す。チルド状態の加工食品の品温は、好ましくは0~10℃である。
【実施例0038】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、斯かる実施例に制限されない。
【0039】
〔実施例1〕
(1)静菌用乳化物の調製
(C)成分を水に溶解させて水相を得た。(A)成分に(B)成分、増粘多糖類及びセルロースを分散させて油相を得た。該油相に該水相を加え、電動ホイッパーで60秒程度撹拌混合して静菌用乳化物を調製した。
使用した材料は以下のとおりである。
・(A)成分:菜種油(キャノーラ油、日清オイリオグループ(株))
・(B)成分:フェルラ酸
・(C)成分:リンゴ酸及び酢酸ナトリウム
・増粘多糖類:キサンタンガム(住友ファーマフード&ケミカル(株))
・セルロース:結晶セルロース(旭化成ケミカルズ(株)、商品名:セオラスDX-2)
各成分の含有量は表1に記載のとおりとした。
調製した静菌用乳化物のpHを、以下の方法によって測定した。
【0040】
(静菌用乳化物のpHの測定)
静菌用乳化物の20~25℃におけるpHをpHメーター(東亜ディーケーケー社製、TOAHM-30G)で測定した。
【0041】
(2)調理済み澱粉性食品の製造
乾燥スパゲッティを沸騰したお湯で約11分間茹でた後(歩留り245%)、15℃の水で約1分冷却し、更に水切りをして茹で麺(加熱調理された澱粉性食品)を得た。得られた茹で麺100質量部に対して、前記(1)で調製した静菌用乳化物5質量部を添加し、表面全体に均一に付着するよう和えることで、調理済み澱粉性食品を製造した。製造した調理済み澱粉性食品のpHを、以下の方法で測定した。
【0042】
(調理済み澱粉性食品のpHの測定)
調理済み澱粉性食品をイオン交換水で5質量倍に希釈し、フードプロセッサーでペースト状にした。得られたペーストの20~25℃におけるpHをpHメーター(東亜ディーケーケー社製、TOAHM-30G)で測定した。
【0043】
(3)植菌した乳酸菌の静菌試験
(試験方法)
(2)に従って製造された調理済み澱粉性食品に乳酸菌Weissella cibaria BI-1148を混合して10℃で保存した。乳酸菌の植菌量は、調理済み澱粉性食品に対して7cfu/gとなる量とした。植菌直前(0時間)並びに植菌から120時間及び144時間をそれぞれ経過した時点の乳酸菌数を下記方法にて測定した。
【0044】
(乳酸菌の生菌数の測定方法)
生菌数は、表面塗抹平板法により計測した。具体的には下記のとおりである。
寒天培地をあらかじめ平板として固めた培地表面に、下記方法で調製した試料液0.1mLあるいは100倍、10000倍に希釈した試料液0.1mLを滴下し、コンラージ棒で均等に塗抹し、培養した。培地及び培養条件としては、MRS寒天培地(メルク社)を用い、30℃、72時間の好気培養を採用した。
生菌数は、培地で生育したコロニー数に希釈倍数を乗じて加工食品1gあたりの生菌数(cfu/g)として計測した。測定は2連で行い、その平均値を乳酸菌の生菌数測定結果とした。
試料液は以下のようにして調製した。
【0045】
(試料液の調製方法)
調理済み澱粉性食品を25g量り取り、ストマッカー袋へ入れた。希釈液としてペプトン水225mlを加え、10質量倍希釈後、ストマッカー処理して試料液を得た。
【0046】
(4)食味評価
前記(2)で得られた調理済み澱粉性食品を専門パネラーに食してもらい、食味について下記評価基準により採点してもらった。10名の専門パネラーによる採点の算術平均点を求め、1~2.9点の場合を-、3~3.9点の場合を+、4~4.5点の場合を++、4.5~5点の場合を+++として、表1に示す。尚、下記評価基準における「対照例1」は、前記(2)で得られた茹で麺(静菌処理をしていない加熱調理された澱粉性食品)である。
・食味の評価基準
5点:酸味等の異味は全く感じられず、対照例1と同様の食味であり、非常に良好。
4点:酸味はわずかに感じられ、対照例1よりも若干劣る食味であるが、良好。
3点:酸味は若干感じられ、対照例よりも劣る食味であるが、商品価値を有すると判断可能な食味。
2点:酸味が感じられ、対照例よりも食味が劣り、商品価値を有すると判断できない食味。
1点:酸味等の異味が顕著に感じられ、不良。
【0047】
〔比較例1〕
静菌用乳化物の組成を表1に記載のとおりとし、該乳化物の付着量を茹で麺100質量部に対して6質量部とした以外は実施例1と同様にして、静菌用乳化物(特許文献1に記載の静菌用乳化物)及び調理済み澱粉性食品を得た。得られた静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品について、実施例1と同様の評価を行った。この結果を表1に示す。
【0048】
【0049】
(B)成分のフェルラ酸を含む実施例1の静菌用乳化物は、フェルラ酸を含まない比較例1の静菌用乳化物(特許文献1に記載の静菌用乳化物)よりも乳酸菌に対する高い静菌効果を示した。
【0050】
〔実施例2ないし4並びに比較例2及び3〕
静菌用乳化物の組成を表2に記載のとおりとした。それ以外は実施例1と同様にして、静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品を得た。得られた静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品について、実施例1と同様の評価を行った。ただし、植菌した乳酸菌の静菌試験においては、Weissella cibaria BI-1148に代えて、下記の乳酸菌4菌種のカクテルを植菌して静菌試験を実施した。
・Weissella viridescens BI-315
・Leuconostoc mesenteroides BI-427
・Leuconostoc citreum BI-543
・Leuconostoc pseudomesenteroides BI-544
前記4菌種のカクテルは滅菌した0.1質量%ペプトン水に前記各菌種の培養液を加えて、各菌種それぞれの濃度をペプトン水中3500cfu/mlとしたものであった。また乳酸菌の植菌量は、加熱調理された澱粉性食品に対して4菌種の合計で7cfu/gとなる量とした。
この結果を表2に示す。
【0051】
【0052】
表2に示すとおり、実施例2~4において(B)成分のフェルラ酸の量を変化させた場合であっても、良好な静菌性及び食味が得られた。一方、(B)成分及び(C)成分の両方を用いなかった比較例2においては静菌性及び食味の両方の評価が低く、また(B)成分を用いなかった比較例3においては静菌性に改善の余地が見られた。
【0053】
〔実施例5ないし7〕
(C)成分として、酢酸ナトリウムに加えて、リンゴ酸、クエン酸又はフィチン酸を用い、静菌用乳化物の組成を表3に記載のとおりになるようにした。それ以外は実施例1と同様にして、静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品を得た。得られた静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品について、実施例1と同様の食味評価を行った。この結果を表3に示す。
【0054】
【0055】
表3に示すとおり、(C)成分として酢酸ナトリウムに加えてリンゴ酸、クエン酸及びフィチン酸のいずれを用いても優れた静菌性及び食味が得られた。特に、(C)成分としてリンゴ酸を用いることによって、酸味を抑えつつ、静菌性を高めることができることが分かる。
【0056】
〔実施例8ないし11〕
その他の成分として表4に記載のものを用い、静菌用乳化物の組成を表4に記載のとおりになるようにした。それ以外は実施例1と同様にして、静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品を得た。その他の成分としては、上述のものの他、以下に示すものを用いた。
・増粘多糖類:アラビアガム(住友ファーマフード&ケミカル(株)、商品名:精製アラビアガム粉)及びタマリンドシードガム(住友ファーマフード&ケミカル(株)、商品名:グリロイド3S)
・乳化剤:ショ糖脂肪酸エステルS1170(三菱ケミカル(株))
得られた静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品について、以下の評価を行った。この結果を表3に示す。
【0057】
(5)乳化可否の評価
実施例8ないし11で製造した静菌用乳化物を目視で確認した。目視で油滴が確認できない状態まで乳化している場合は〇、それ以外は×と表4に記載した。
【0058】
(6)乳化安定性の評価
実施例8ないし11で製造した静菌用乳化物20mLを25mL遠沈管(イワキ社製)に入れ、30分間静置した際の分離の有無を目視で確認した。分離が確認されないものをA、分離が確認されたものをBと表4に記載した。
【0059】
(7)食感評価
実施例8ないし11で製造した調理済み澱粉性食品を専門パネラーに食してもらい、食感について下記評価基準により採点してもらった。10名の専門パネラーによる採点の算術平均点を求め、4~5点の場合を◎、3~3.9点の場合を〇、2~2.9点の場合を△、2点未満の場合を×として、表4に示す。尚、下記評価基準における「対照例2」は、前記(2)で得られた茹で麺(静菌処理をしていない、加熱調理された澱粉性食品)100質量部に対して2質量部の大豆油を和えたものである。
・食感の評価基準
5点:ヌルツキが全く感じられず、対照例1と同様の食感であり、非常に良好。
4点:ヌルツキはわずかに感じられ、対照例1よりも若干劣る食感であるが、良好。
3点:ヌルツキは若干感じられ、対照例よりも劣る食感であるが、商品価値を有すると判断可能な食味。
2点:酸味が感じられ、対照例よりも食感が劣り、商品価値を有すると判断できない食味。
1点:ヌルツキが顕著に感じられ、不良。
これらの評価結果を表4に示す。
【0060】
【0061】
表4に示すとおり、実施例8~11のいずれの静菌用乳化物においても、目視で油滴が確認できない状態まで乳化していることが分かる。また、特にその他の成分としてキサンタンガムを用いた場合に、静菌用乳化物の乳化安定性が高まることが分かる。
【0062】
〔実施例12及び比較例4〕
実施例1及び比較例1と同様にして、調理済み澱粉性食品を得た。得られた調理済み澱粉性食品の芽胞菌の静菌試験を行った。詳細には、前記(3)において、乳酸菌に代えて、芽胞菌Bacillus cereus BK-8カクテルを植菌した。植菌量は、調理済み澱粉性食品に対して100cfu/gとした。また、生菌数の測定においては標準寒天培地(栄研化学社)を培地として用い、培養条件としては30℃、48時間の好気培養を採用した。これ以外は実施例1の前記(3)と同様の試験を行い、並びに植菌から120時間及び144時間経過後の調理済み麺類における芽胞菌の菌数を測定した。また、静菌用乳化物及び調理済み澱粉性食品のpHも測定した。
これらの結果を表5に示す。
【0063】
【0064】
表5に示すとおり、実施例12の静菌用乳化物は、芽胞菌Bacillus cereusに対して高い静菌性を示した。
【0065】
以上をまとめると、表1~表5から明らかなとおり、各実施例の調理済み澱粉性食品は、酸味が抑えられつつ、乳酸菌及び芽胞菌に対する優れた静菌性を示した。このことから、本発明の静菌用乳化物は、食品本来の食味を維持しつつ、該食品の保存性を向上させ得ることが分かる。