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特開2024-144382ダイズ植物、ダイズ植物の判定方法、及びダイズ植物のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024144382
(43)【公開日】2024-10-11
(54)【発明の名称】ダイズ植物、ダイズ植物の判定方法、及びダイズ植物のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20241003BHJP
   A01H 6/54 20180101ALI20241003BHJP
   C12Q 1/6827 20180101ALI20241003BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20241003BHJP
【FI】
A01H5/00 A
A01H6/54 ZNA
C12Q1/6827 Z
C12N15/29
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024054455
(22)【出願日】2024-03-28
(31)【優先権主張番号】P 2023055233
(32)【優先日】2023-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(74)【代理人】
【識別番号】100140888
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 欣乃
(72)【発明者】
【氏名】姜 昌杰
(72)【発明者】
【氏名】小林 光智衣
(72)【発明者】
【氏名】前田 哲
(72)【発明者】
【氏名】石本 政男
(72)【発明者】
【氏名】加賀 秋人
(72)【発明者】
【氏名】平賀 勧
(72)【発明者】
【氏名】李 鋒
(72)【発明者】
【氏名】大和 誠司
(72)【発明者】
【氏名】岩橋 福松
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA06
4B063QA17
4B063QQ02
4B063QQ43
4B063QR08
4B063QR42
4B063QR62
4B063QR66
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】本発明は、これまで知られている抵抗性遺伝子を導入することなく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物を提供することを目的とする。また、本発明は、これまで知られている抵抗性遺伝子を導入することなく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法、及びダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法も提供することを目的とする。
【解決手段】ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であり、前記ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含み、前記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、ダイズ植物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であり、
前記ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含み、
前記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、ダイズ植物。
【請求項2】
ステアリン酸からオレイン酸を生成する機能が低下している、請求項1に記載のダイズ植物。
【請求項3】
前記SSI2A遺伝子変異が、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアルギニン残基に置換される変異、及び/又は配列番号1で示されるアミノ酸配列の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に置換される変異を含む、請求項1に記載のダイズ植物。
【請求項4】
SSI2B遺伝子変異を含まない、請求項1~3のいずれか一項に記載のダイズ植物。
【請求項5】
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法であり、
ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有している場合に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であると判定することを含み、
前記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、判定方法。
【請求項6】
前記ダイズ植物の、ステアリン酸からオレイン酸を生成する機能が、低下している、請求項5に記載の判定方法。
【請求項7】
前記SSI2A遺伝子変異が、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアルギニン残基に置換される変異、及び/又は配列番号1で示されるアミノ酸配列の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に置換される変異を含む、請求項5に記載の判定方法。
【請求項8】
請求項5~7のいずれかのいずれか一項に記載の判定方法により、ダイズさび病に対する抵抗性を示すダイズ植物をスクリーニングすることを含む、ダイズ植物の作出方法。
【請求項9】
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法であり、前記方法が、
ダイズ植物に対して、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含むダイズ植物を選別する選別工程を備え、
前記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、スクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイズ植物、ダイズ植物の判定方法、及びダイズ植物のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズさび病は南北アメリカ大陸で蔓延しているダイズ植物の最重要病害である。現在、主にダイズ植物に殺菌剤を散布する方法によってダイズさび病の防除が行われている。また、抵抗性ダイズ系統が有するダイズさび病に対する抵抗性遺伝子を、ダイズ植物へ導入することによる抵抗性品種の開発も進められている(例えば、非特許文献1及び2)。一方、殺菌剤はコストが高いうえに殺菌剤抵抗性菌株が出現する。現在知られている抵抗性遺伝子は、さび病菌レースに特異的なものであり打破菌株が出現するため、多様なさび病菌レースに対応することができない。
【0003】
ダイズ植物には、オレイン酸(18:1)の合成を触媒するステアロイル-アシルキャリア蛋白質-デサチュラーゼ(SACPD)をコードする遺伝子が存在しており、SACPD-A、SACPD-B、SACPD-C、SACPD-D、SACPD-Eの5つのSACPDファミリー遺伝子が同定されている(例えば、非特許文献3及び4)。中でもSACPD-A、SACPD-BはそれぞれSSI2A、SSI2Bとも称されており、非常に相同性が高い。ダイズ植物において、SACPD-A、及びSACPD-B遺伝子の発現量が低減すると、Pseudomonas syringae pv. glycineaが病原菌であるダイズ斑点細菌病、及びPhytophthora sojaeが病原菌である茎疫病に対して抵抗性を示すようになることは知られている(例えば、非特許文献3)。しかしながら、これまで知られている抵抗性遺伝子以外の遺伝子が関与して、ダイズさび病に対する抵抗性が付与されることは具体的に明らかにされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Godoyet al., “Asian soybean rust in Brazil: past, present,and future”, Pesqui. Agropec. Bras., 2016;51:407-421.
【非特許文献2】Yamanakaet al., “Soybean Breeding Materials Useful forResistance to Soybean Rust in Brazil”, JARQ45(4)385-395(2011).
【非特許文献3】Kachrooet al., “An Oleic Acid-Mediated Pathway Induces Constitutive Defense Signaling and Enhanced Resistance to Multiple Pathogens inSoybean”, Molecular Plant-Microbe Interactions, vol.21,no.5, 2008, 564-575.
【非特許文献4】NaoufalLakhssassi et al, “Soybean TILLING-by-Sequencing+reveals the role of novel GmSACPD members in unsaturated fatty acidbiosynthesis while maintaining healthy nodules”,Journal of Experimental Botany, Volume 71,Issue 22, 31 December 2020, Pages6969-6987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、これまで知られている抵抗性遺伝子を導入することなく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物を提供することを目的とする。また、本発明は、これまで知られている抵抗性遺伝子を導入することなく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法、及びダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法も提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、SSI2A遺伝子変異を有するダイズ植物は、ダイズさび病に対して抵抗性を示すことを見出し、本発明の完成に至った。
【0007】
すなわち、本発明は、例えば以下の発明に関する。
[1]
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であり、
上記ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含み、
上記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、ダイズ植物。
[2]
ステアリン酸からオレイン酸を生成する機能が低下している、[1]に記載のダイズ植物。
[3]
上記SSI2A遺伝子変異が、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアルギニン残基に置換される変異、及び/又は配列番号1で示されるアミノ酸配列の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に置換される変異を含む、[1]又は[2]に記載のダイズ植物。
[4]
SSI2B遺伝子変異を含まない、[1]~[3]のいずれかに記載のダイズ植物。
[5]
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法であり、
ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有している場合に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であると判定することを含み、
上記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、判定方法。
[6]
上記ダイズ植物の、ステアリン酸からオレイン酸を生成する機能が、低下している、[5]に記載の判定方法。
[7]
上記SSI2A遺伝子変異が、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアルギニン残基に置換される変異、及び/又は配列番号1で示されるアミノ酸配列の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基がアスパラギン酸残基に置換される変異を含む、[5]又は[6]に記載の判定方法。
[8]
[5]~[7]に記載の判定方法により、ダイズさび病に対する抵抗性を示すダイズ植物をスクリーニングすることを含む、ダイズ植物の作出方法。
[9]
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法であり、上記方法が、
ダイズ植物に対して、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含むダイズ植物を選別する選別工程を備え、
上記SSI2A遺伝子変異が、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である、スクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、これまで知られている抵抗性遺伝子を導入することなく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物を提供することができる。また、本発明によれば、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法、及びダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法も提供することができる。
【0009】
また、非特許文献3に記載されているように、SSI2A遺伝子等を含むSSI2遺伝子の変異はサリチル酸が関与して広範囲な抵抗反応を誘導することが知られている。そのため、本発明によれば、ダイズさび病菌レースに特異的なダイズさび病に対する抵抗性遺伝子を導入しないため、打破菌株が出現しにくいと考えられ、また、多様なダイズさび病菌レースの防除が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1において、第215番目のグリシン残基がアルギニン残基に置換されている変異をホモ型に有するダイズ植物(SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物)について、ダイズさび病に対する抵抗性の評価(病斑面積の計測)と遺伝子型の解析を行った結果を示すグラフである。
図2】実施例1において、ホモ型のSSI2A遺伝子の変異を有する(ダイズさび病に対して抵抗性を示す)ダイズ植物(SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物)の葉(B)とSSI2A遺伝子に変異を有しない(ダイズさび病に対して抵抗性を示さない)ダイズ植物の葉(A)を比較した画像である。
図3】実施例2において、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物について、SSI2A遺伝子の発現量を解析した結果を示すグラフである。
図4】実施例3において、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物の葉のステアリン酸の蓄積量(A)、及び当該ダイズ植物の葉のオレイン酸の蓄積量(B)を示すグラフである。
図5】実施例4において、第186番目のグリシン残基がアスパラギン酸残基に置換されている変異をホモ型に有するダイズ植物(SSI2A G186D変異ホモ型のダイズ植物)について、ダイズさび病に対する抵抗性の評価(病斑面積の計測)と遺伝子型の解析を行った結果を示すグラフである。
図6】実施例5において、Alpha-Fold2により、ダイズのSSI2Aの立体構造予測をした結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0012】
〔ダイズ植物〕
本実施形態に係るダイズ植物は、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含む。上記SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である。本実施形態に係るダイズ植物は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させるホモ型のSSI2A遺伝子変異を含むため、ダイズさび病に対して抵抗性を示す。
【0013】
ダイズ植物とは、ダイズ(Glycine max (L.) Merr.)を意味する。本明細書において、「植物」は、特段の限定がない限り、植物全体、植物細胞、植物プロトプラスト、植物カルス、又は植物の部分、例えば、胚、花粉、胚珠、配偶子、種子、葉、花、枝、果実、茎、根、葯等を含む。
【0014】
ダイズさび病は、感染すると葉に1mm程度の多数の病斑をつくり、落葉を早め、子実の形成不全に至らしめる。ダイズさび病の病原菌は、ファコプソラ・パチリジ(Phakopsora pachyrhizi)という担子菌門に属する糸状菌である。
【0015】
本明細書において、SSI2A(Glyma.07G207200)は、エンレイ品種ダイズ植物のステアロイル-アシルキャリアタンパク質デサチュラーゼ-A(SACPD-A)を意味する。エンレイ品種ダイズ植物のSSI2Aタンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0016】
本明細書において、「遺伝子」とは、細胞中でRNA分子(例えば、mRNA)に転写される領域(転写領域)を含む、DNA領域を意味する。すなわち、遺伝子とは転写領域のみならず転写領域の上流又は下流に存在する調節領域、及び非翻訳領域(5’UTR、3’UTR)も含むものであってもよく、転写領域のみからなるものであってもよい。転写領域は、エキソンのみならず、イントロンを含むオープンリーディングフレーム(ORF)であってもよく、いわゆるcDNAであってもよい。SSI2A遺伝子のcDNAの具体例としては、例えば、配列番号2で示される塩基配列を含むDNA(Glyma.07G207200)が挙げられ、SSI2A遺伝子の具体例としては、例えば、配列番号8で示される塩基配列を含むDNAが挙げられる。
【0017】
調節領域としては、例えば、転写調節領域であってもよく、翻訳調節領域であってもよい。転写調節領域としては、例えば、プロモーター、エンハンサー、サイレンサー等が挙げられる。翻訳調節領域としては、例えば、リボソーム結合領域等が挙げられる。
【0018】
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物は、ホモ型のSSI2A遺伝子変異(以下、単に「SSI2A遺伝子変異」)を含み、すなわち、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物において、ホモ型の変異SSI2A遺伝子を含む。ホモ型のSSI2A遺伝子変異(すなわち、ホモ型の変異SSI2A遺伝子における変異)は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させるホモ型の変異であればよい。発現産物とは、SSI2A遺伝子から転写されたmRNAであってもよく、SSI2A遺伝子から転写されたmRNAによって翻訳されるタンパク質(すなわち、該SSI2A遺伝子のコードするタンパク質)であってもよい。
【0019】
ここで、本明細書において「変異」とは、SSI2A遺伝子における変異であって、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異を意味する。ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物におけるSSI2A遺伝子の変異は、例えばSSI2A遺伝子又はそれによってコードされるタンパク質が、野生型のダイズ植物における野生型SSI2A遺伝子又はそれによってコードされる野生型SSI2Aタンパク質(すなわち、ステアロイル-アシルキャリアタンパク質デサチュラーゼ-A)と少なくとも1塩基又は1アミノ酸残基において異なっていることを意味する。また、変異は塩基又はアミノ酸残基の置換、挿入、付加及び/又は欠失であってもよい。
【0020】
SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能が低下されることとは、野生型のダイズ植物と比較して発現産物の量又は機能を低下させることであってもよく、例えば、野生型のダイズ植物と比較して、(1)発現産物の機能が同じであるか増強するが、発現産物の量が低下すること;(2)発現産物の量が同じであるか増強するが、発現産物の機能が低下すること;(3)発現産物の機能も量も低下すること、が挙げられる。ここで、(1)の場合は、発現産物の機能が同じであるが、発現産物の量が低下することが好ましく、(2)の場合は、発現産物の量が同じであるが、発現産物の機能が低下することが好ましい。SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能の低下は、特に限定されないが、例えば、野生型のダイズ植物と比較して、発現産物の量又は機能が、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上の低下であってよく、また、60%以下、70%以下、80%以下、90%以下の低下、95%以下の低下、100%以下の低下であってもよい。
【0021】
SSI2A遺伝子の発現産物の量は、mRNA又はタンパク質の量であってよく、例えば、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)、ノーザンブロッティング、ELISA、ラジオイムノアッセイ、及びウエスタンブロッティング等によって、当業者に公知の方法で測定することができる。
【0022】
SSI2A遺伝子の発現産物の機能は、タンパク質の機能であってよく、特にオレイン酸(18:1)の合成を触媒する機能であってよい。SSI2A遺伝子の発現産物の機能は、例えば、ステアリン酸(18:0)からオレイン酸(18:1)を生成する機能を測定することで解析することができ、例えば、本実施形態に係るダイズ植物(例えば、葉)に含まれるステアリン酸(18:0)及び/又はオレイン酸(18:1)の蓄積をガスクロマトグラフィー質量分析計によって測定することで解析できる。
【0023】
SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子上に存在していればよく、SSI2A遺伝子の調節領域上であってもよく、転写領域上であってもよく、非翻訳領域上であってもよく、調節領域、転写領域、及び非翻訳領域から選択される2以上の領域に存在してもよい。本実施形態に係るダイズ植物において、変異がSSI2A遺伝子の調節領域のみに存在する場合、該ダイズ植物が野生型のダイズ植物に比較して、発現産物の量が低下していてよく、変異がSSI2A遺伝子の転写領域のみに存在する場合、該ダイズ植物が野生型のダイズ植物におけるに比較して、発現産物の機能が低下していてよい。調節領域、転写領域、非翻訳領域については上述のものが挙げられる。
【0024】
SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異であれば特に限定されず、目的によって当業者が適宜に行うことができる。例えば、SSI2A遺伝子変異が転写領域(ORF又はcDNA)上にある場合、1塩基以上、2塩基以上、3塩基以上、4塩基以上、5塩基以上、1~3塩基、1~5塩基、又は2~3塩基の置換、挿入及び/又は付加であってよい。転写領域の一部又は全部の欠失、例えば、1~3塩基、1~10塩基、10塩基以上、50塩基以上、100塩基以上、500塩基以上、1000塩基以上の欠失であってもよい。また、SSI2A遺伝子変異は、例えば、1209塩基以下、1000塩基以下、500塩基以下、100塩基以下、50塩基以下、10塩基以下、5塩基以下の置換、挿入、付加及び/又は欠失であってもよい。
【0025】
SSI2A遺伝子変異は、2塩基以上の変異である場合、連続した塩基が変異していてもよく、不連続な塩基が変異していてもよく、これらの組み合わせであってもよい。SSI2A遺伝子変異が連続した塩基の欠失である場合、転写領域、調節領域、及び/又は非翻訳領域等の全部又は一部が欠失する変異であってもよい。より具体的には、例えば、SSI2A遺伝子におけるプロモーター、エンハンサー、サイレンサー、リボソーム結合領域、5’UTR、3’UTR、又はORFのエキソン若しくはイントロンの欠失であってもよい。また、SSI2A遺伝子変異が連続した塩基の変異である場合、SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子のコードする発現産物(タンパク質)のN末端側からであってもC末端側からであってもよい。
【0026】
SSI2(SACPD)ファミリー遺伝子は、その活性を発揮するために2つの鉄イオンの配位が必要であることが知られている(Naoufal Lakhssassi, et al., Plant Physiology, Volume 174, Issue 3,July 2017, 1531-1543.)。そのため、SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)における鉄イオンの配位に関与する領域に存在するアミノ酸残基の変異を含んでいてもよい。この場合、当該変異によって鉄イオンの配位ができなくするか、鉄イオンの配位がしにくくする変異であることが好ましい。例えば、鉄イオンの配位に関与する領域のアミノ酸残基の置換、挿入、付加及び/又は欠失であってよく、置換の場合は、非保存的置換であってよい。「非保存的置換」とは、置換前のアミノ酸と置換後のアミノ酸とで化学的性質(例えば、疎水性、親水性、イオン電荷、極性、非極性、酸性、及び塩基性等)が異なるアミノ酸置換変異を意味する。
【0027】
ダイズSACPD-Cでは、鉄イオンの配位子及び架橋配位子が予測されている(Naoufal Lakhssassi, et al., Plant Physiology, Volume 174, Issue 3,July 2017, 1531-1543.)。図6は、ダイズSACPD-Cのアミノ酸配列及び立体構造に基づき推定される、SSI2Aにおける鉄イオンの配位に関与する領域を示す。したがって、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)のアミノ酸配列における鉄イオンの配位に関与するアミノ酸残基は、ダイズSACPD-Cをもとに予測されている、鉄イオンの配位子が第144番目、185番目、235番目及び271番目のアミノ酸残基であり、架橋配位子は、182番目及び268番目のアミノ酸残基である。そのため、SSI2A遺伝子において、上記のアミノ酸残基又はその近傍のアミノ酸残基に変異が生じると、SSI2A遺伝子の機能が低下すると考えられる。
【0028】
SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)の第144番目のグルタミン酸残基に相当するアミノ酸残基、第185番目のヒスチジン残基に相当するアミノ酸残基、第235番目のグルタミン酸残基に相当するアミノ酸残基、第271番目のヒスチジン残基に相当するアミノ酸残基、第182番目のグルタミン酸残基に相当するアミノ酸残基、第268番目のグルタミン酸残基に相当するアミノ酸残基、第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基、及び第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基からなる群より選択される1つ以上のアミノ酸残基の変異を含んでいてもよく、例えば、上記1つ以上のアミノ酸残基の非保存的置換であってよい。ここで、「配列番号1の第144番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基」とは、対象のタンパク質のアミノ酸配列と配列番号1で示されるアミノ酸配列に対してアライメントを行う際に、配列番号1の第144番目のグリシン残基の位置に対応する位置にある、対象タンパク質のアミノ酸配列におけるアミノ酸残基を意味する。他のアミノ酸残基と同様である。
【0029】
グルタミン酸残基の非保存的置換としては例えば、リシン残基、フェニルアラニン残基、バリン残基、プロリン残基、グリシン残基、アラニン残基、又はセリン残基への置換が挙げられる。ヒスチジン残基の非保存的置換としては、例えば、フェニルアラニン残基、バリン残基、グリシン残基、アラニン残基、セリン残基、アスパラギン残基、グルタミン残基、又はリシン残基への置換が挙げられる。グリシン残基の非保存的置換としては、例えば、フェニルアラニン残基、プロリン残基、トリプトファン残基、グルタミン酸残基、アスパラギン残残基、リシン残基、アルギニン残基、又はセリン残基への置換が挙げられる。
【0030】
SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基が、アルギニン残基に置換される変異を含んでいてもよく、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基が、アルギニン残基に置換される変異であってもよい。ここで、「配列番号1の第215番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基」とは、対象のタンパク質のアミノ酸配列と配列番号1で示されるアミノ酸配列に対してアライメントを行う際に、配列番号1の第215番目のグリシン残基の位置に対応する位置にある、対象タンパク質のアミノ酸配列におけるアミノ酸残基を意味する。
【0031】
SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基が、アスパラギン酸残基に置換される変異を含んでいてもよく、SSI2A遺伝子がコードするタンパク質(配列番号1)の第186番目のグリシン残基に相当するアミノ酸残基が、アスパラギン酸残基に置換される変異であってもよい。
【0032】
SSI2A遺伝子変異を含むことは、例えば、後述の実施例に示す方法により解析することができる。より具体的には、ダイズ植物から常法に従ってDNAを抽出し、DNAシーケンス解析を実施する方法等が挙げられる。
【0033】
本実施形態に係るダイズ植物は、SSI2B遺伝子変異を含まないものであってもよい。
【0034】
本明細書において、SSI2B(Glyma.02G138100)は、エンレイ品種ダイズ植物のステアロイル-アシルキャリアタンパク質デサチュラーゼ-B(SACPD-B)を意味する。エンレイ品種ダイズ植物のSSI2Bタンパク質は、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。
【0035】
「SSI2B遺伝子に変異を含まない」とは、野生型のダイズ植物とSSI2B遺伝子の塩基配列が同一である、又はSSI2B遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列が同一であることを意味する。SSI2B遺伝子変異を含まないことの解析は、上述のSSI2A遺伝子変異を含むことの解析と同様の方法で実施することができる。
【0036】
SSI2B遺伝子のcDNAの具体例としては、例えば、配列番号4で示される塩基配列を含むDNAが挙げられ、SSI2B遺伝子の具体例としては、例えば、配列番号9で示される塩基配列を含むDNAが挙げられる。
【0037】
上述のとおり、SSI2A遺伝子及びSSI2B遺伝子の発現量が低下することで、ダイズ植物が特定の病原菌に対して抵抗性を示すようになることは知られている。しかしながら、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能が低下する変異のみでダイズさび病菌に対して抵抗性を示すことは知られていない。本実施形態に係るダイズ植物が、SSI2B遺伝子変異を含まない場合、本発明による効果がより顕著に発揮される。また、本実施形態に係るダイズ植物が、上記SSI2B遺伝子変異を含まないものである場合、SSI2A遺伝子及びSSI2B遺伝子の両方の発現産物の量又は機能が低下する変異を含むダイズ植物と比較して、生育阻害が低減される。
【0038】
ダイズ植物がダイズさび病に対して抵抗性を示すことは、当業者が通常用いる方法にて判定することができ、例えば、後述の実施例に記載の方法にて判定することができる。より具体的には、ダイズ植物を人工的にダイズさび病菌に感染させ、同様にダイズさび病菌を感染させた罹病性のダイズ植物と比較して、病斑面積が小さくなれば抵抗性を有し、病斑面積が同等であれば抵抗性を有さない(罹病性である)と判定する方法が挙げられる。
【0039】
ダイズ植物がダイズさび病に対して抵抗性を示すことは、ダイズさび病の病斑面積が0%以上50%未満である場合に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すと判断してもよい。ダイズ植物がダイズさび病に対して抵抗性を示すことは、ダイズさび病の病斑面積が、40%以下、30%以下、又は20%以下である場合にダイズさび病に対して抵抗性を示すと判断してもよい。
【0040】
〔ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法〕
本実施形態に係るダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法(以下、「本実施形態に係る判定方法」ともいう。)は、ダイズ植物が、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有している場合に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であると判定することを含む。上記SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である。SSI2A遺伝子変異については、上述のとおりである。
【0041】
本実施形態に係る判定方法は、本実施形態に係るダイズ植物はダイズさび病に対して抵抗性を示すため、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させるホモ型のSSI2A遺伝子変異を含む場合に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズであると判定できる。
【0042】
本実施形態に係る判定方法において、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であると判定する場合は、例えば、ダイズ植物を人工的にダイズさび病菌に感染させた際に、ダイズさび病の病斑面積が0%以上50%未満である場合であってもよい。ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物であると判定することは、ダイズ植物を人工的にダイズさび病菌に感染させた際に、ダイズさび病の病斑面積が、40%以下、30%以下、又は20%以下である場合であってもよい。
【0043】
本実施形態に係る判定方法は、判定することの前に、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有していることを決定することを更に含んでいてもよい。ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有していることを決定することは、SSI2A遺伝子の遺伝子型を決定することであってもよい。SSI2A遺伝子の遺伝子型の決定は、公知の方法で行うことができ、例えば、シークエンス解析を用いる方法、制限酵素認識配列の有無による方法、DNAプローブを用いた方法等により行うことができる。
【0044】
〔ダイズ植物の作出方法〕
上述のとおり、本実施形態に係る判定方法は、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物を判定することができる。よって、本実施形態に係る判定方法により、ダイズさび病に対する抵抗性を示すダイズ植物をスクリーニングすることを含む、ダイズ植物の作出方法とすることもできる。本実施形態に係るダイズ植物の作出方法は、上記本実施形態に係る判定方法を限定なく適用することができる。
【0045】
本実施形態に係る作出方法におけるスクリーニングは、上述のダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の判定方法による判定結果に基づいて行う。本実施形態に係る判定方法におけるスクリーニングの対象としては、ダイズ植物であれば特に限定されないが、例えば、ランダムに変異が導入されたダイズ植物の変異体ライブラリーであってもよい。変異体ライブラリーの具体例としては、例えば、Tsuda等によって作製された変異体ライブラリーであってもよい(“Construction of a high-density mutant library in soybean anddevelopment of a mutant retrieval method using amplicon sequencing”, BMC Genomics 16, 1014 (2015))。
【0046】
本実施形態に係る作出方法におけるスクリーニングは、1回のみ行ってもよく、複数回行ってもよい。複数回とは、特に限定されないが、2回以上、3回以上、4回以上、5回以上、10回以上、50回以上、100回以上であってもよい。
【0047】
本実施形態に係る作出方法におけるスクリーニングは、複数回行われる場合、本実施形態に係る判定方法によりダイズさび病に対する抵抗性を示すダイズ植物をスクリーニングすること以外に、その他の形質を示すダイズ植物をスクリーニングすることを含んでいてもよい。その他の形質としては例えば、害虫耐性形質、ストレス耐性形質、生育阻害を受けない形質、生育阻害を受ける形質、葉に細胞死・黄化等形態変化を示す形質等が挙げられる。
【0048】
本実施形態に係る作出方法は、ダイズさび病に対して抵抗性を示すと判定されたダイズ植物を選別することを含んでいてもよい。
【0049】
本実施形態に係る作出方法は、交配させることを含んでいてもよい。本実施形態に係る作出方法が、交配させることを含むことにより、より優れた形質を有するダイズ植物を得ることができる。
【0050】
交配させることは、SSI2A遺伝子の変異をホモ型に有するダイズ植物とSSI2A遺伝子の変異をホモ型に有するダイズ植物を交配させることを含んでいてもよく、SSI2A遺伝子の変異をヘテロ型に有するダイズ植物とSSI2A遺伝子の変異をヘテロ型に有するダイズ植物を交配させることを含んでいてもよく、SSI2A遺伝子の変異をホモ型に有するダイズ植物とSSI2A遺伝子の変異をヘテロ型に有するダイズ植物を交配させることを含んでいてもよく、SSI2A遺伝子の変異を有していないダイズ植物とSSI2A遺伝子の変異をヘテロ型に有するダイズ植物を交配させることを含んでいてもよく、SSI2A遺伝子の変異を有していないダイズ植物とSSI2A遺伝子の変異をホモ型に有するダイズ植物を交配させることを含んでいてもよい。
【0051】
本実施形態に係る作出方法が交配させることを含む場合、交配させたものを更に交配させてもよく、ダイズさび病に対して抵抗性を示すと判定されたダイズ植物を選抜し、更に交配させてもよい。
【0052】
本実施形態に係る作出方法は、SSI2A遺伝子に変異を有していないダイズ植物に対して、変異を導入することを含んでいてもよい。導入する変異は、SSI2A遺伝子に変異を導入してもよく、ダイズ植物に対してランダムな変異を導入してもよい。
【0053】
SSI2A遺伝子に変異を導入する場合、特に限定されないが、例えば、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、転写活性化因子様ヌクレアーゼ(TALEN)、CRISPR/Cas9を用いる方法等が挙げられる。
【0054】
ダイズ植物に対してランダムな変異を導入する場合、ダイズ植物に対してランダムな変異を誘導できればよく、物理的な処理であっても、化学的な処理であっても、これらを組み合わせた処理であってもよい。物理的な処理としては、例えば、X線処理、γ線処理等が挙げられる。化学的な処理としては、例えば、ダイズ植物に変異導入物質を接触させることであってもよく、ダイズ植物を変異導入物質に浸漬することであってもよく、ダイズ植物に変異導入物質を散布又は塗布することであってもよい。変異導入物質としては、特に限定されないが、例えば、EMS(メチルメタンスルホネート)、DEB(ジエポキシブタン)等が挙げられる。
【0055】
本実施形態に係る作出方法が、変異体を導入する工程を含まない場合、あらかじめ作製されたダイズ植物の変異体ライブラリーをスクリーニングの対象として用いてもよい。ダイズ植物の変異体ライブラリーの具体例としては例えば、上述のものが挙げられる。
【0056】
〔ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法〕
本実施形態に係るダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング方法(以下、「本実施形態に係るスクリーニング方法」ともいう。)は、ダイズ植物に対して、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を含むダイズ植物を選別する選別工程を備える。上記SSI2A遺伝子変異は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させる変異である。SSI2A遺伝子変異については、上述のとおりである。
【0057】
選別工程は、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させるホモ型の変異を有するダイズ植物を選別する。選別工程は、ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有していることを決定することを更に含んでいてもよい。ホモ型のSSI2A遺伝子変異を有していることを決定することは、SSI2A遺伝子の遺伝子型を決定することであってもよい。SSI2A遺伝子の遺伝子型を決定する方法は上述のとおりである。
【0058】
スクリーニングの対象は、ダイズ植物であれば特に限定されないが、例えば、ダイズ植物の変異体ライブラリーであってもよい。ダイズ植物の変異体ライブラリーは、例えば、Tsuda等により作製された変異体ライブラリー等を用いてもよく、後述の変異誘導工程により変異体ライブラリーを作製したものを用いてもよい。また、SSI2A遺伝子の発現産物の量又は機能を低下させるホモ型の変異を有するダイズ植物を選別すること以外のその他の形質を示すダイズ植物を選別した後の変異体ライブラリーであってもよい。その他の形質としては、上述のものが挙げられる。
【0059】
選別工程は、1回のみ行ってもよく、複数回行ってもよい。複数回とは、特に限定されないが、2回以上、3回以上、4回以上、5回以上、10回以上、50回以上、100回以上であってもよい。
【0060】
本実施形態に係るスクリーニング方法は、選別工程の前にダイズ植物に対してランダムな変異を誘導する変異誘導工程を更に含んでいてもよい。
【0061】
変異誘導工程は、ダイズ植物に対してランダムな変異を誘導できればよく、物理的な処理であっても、化学的な処理であっても、これらを組み合わせた処理であってもよい。物理的な処理、及び化学的な処理としては、上述のとおりである。
【実施例0062】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
[実施例1:ダイズさび病に対する抵抗性の評価(1)]
<1.ダイズ植物の突然変異体ライブラリー>
ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物の選抜には、Tsuda等により作出された変異体ライブラリーを用いた。ダイズ植物の変異体ライブラリーは、より具体的には、エンレイ品種ダイズ植物の種子に対して0.35%EMS(エチルメタンスルホン酸)による変異原処理を施してM1ダイズ植物を得たのち、M1ダイズ植物から得られたM2種子に、再度0.35%EMSにて変異原処理を施したものである。
【0064】
<2.ダイズ植物の栽培>
上記1.で説明した突然変異体ライブラリーのうち、40個の種子をランダムに抽出した。抽出した40個の乾燥種子を加湿低温条件(100%、4℃、2日)で調湿した後、セルトレイに播種した。播種した種子を、27℃、12時間日長(赤色LED)条件で16日間栽培し、第一本葉をダイズさび病菌の接種に供試した。
【0065】
<3.ダイズさび病菌に対して抵抗性を示すダイズ植物のスクリーニング>
ダイズさび病菌は、兵庫県伊丹市でクズから採取された菌株を使用した。上記2.で得たそれぞれの第一本葉に対して、0.01% Silwet L77(バイオメディカルサイエンス社製)を加えた滅菌水に懸濁した胞子(1×10胞子/ml)を噴霧してダイズさび病菌を接種し、接種した第一本葉を、22~23℃、湿度100%、12時間日長(蛍光灯)の条件下で3週間静置した。ダイズさび病菌を接種してから3週間後のダイズ植物の第一本葉上に形成された胞子を回収し、当該胞子を0.01% Silwet L77を加えた滅菌水に懸濁した。縦25cm、幅36cm、高さ5cmのプラスチックボックスに湿らせたキッチンペーパーを敷き、ダイズ植物の小葉を切り取り、その葉裏を上面にして並べた。1×10胞子/mlに調整した胞子懸濁液を1ボックスあたり5mlずつ噴霧し、プラスチック蓋で密閉して22~23℃、12時間日長(蛍光灯)条件で15日間静置した。接種してから15日後に葉裏に形成された病斑面積を計測することにより、ダイズさび病に対する抵抗性を評価した。また、上記評価に供したダイズ植物の遺伝子型を解析した。遺伝子型解析と抵抗性評価(病斑面積の計測)の結果を図1に、評価に供した抵抗性を示すダイズ植物の葉と抵抗性を示さないダイズ植物の葉を比較した画像を図2に示す。
【0066】
図1の横軸は、ダイズさび病に対する抵抗性の評価において、評価に供した葉全体の面積に対する、病斑面積を示す。病斑面積が50%未満であるダイズ植物を、ダイズさび病に対して抵抗性を示すダイズ植物として評価した。
【0067】
また、ダイズ植物の遺伝子型を以下の手順で解析した。ダイズ植物の葉100mgを液体窒素中で粉砕し、DNeasy plant mini kit(キアゲン社製)を用いてDNAを抽出した。SSI2Aのゲノム領域をSSI2A-FプライマーとSSI2A-Rプライマーにより増幅し、ExoSAP-IT Express(Applied Biosystems)処理により未反応のプライマーとdNTPを除去した後、Seq-F4プライマーを用いてサンガーシーケンスにより遺伝子型を解析した。それぞれのプライマーは下記表1に示す。
【0068】
【表1】
【0069】
図1に示すとおり、SSI2A遺伝子の発現産物(タンパク質)において、第215番目のグリシン残基がアルギニン残基に置換されている変異をホモ型に有するダイズ植物(以下、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物と記す。)は、病斑面積が50%未満であり、ダイズさび病に対して抵抗性を示すことが確認された(図1中、「ホモ型」)。SSI2A遺伝子の発現産物(タンパク質)において、第215番目のグリシン残基がアルギニン残基に置換されている変異をヘテロ型に有するダイズ植物(図1中、「ヘテロ型」)、又はSSI2A遺伝子に変異を有しないダイズ植物、すなわちSSI2A遺伝子には変異を有しないが、その他の遺伝子変異を有するエンレイ品種ダイズ植物由来のダイズ植物(図1中、「エンレイ型」)は、病斑面積が50%以上であり、ダイズさび病に対して罹患性を示すことが確認された。
【0070】
また、図2に示すとおり、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物の葉(図2(B))は、SSI2A遺伝子の発現産物(タンパク質)において、SSI2A遺伝子に変異を有しないダイズ植物の葉(図2(A))と比較してダイズさび病の病斑が少なく、病斑面積が小さいことが確認された。
【0071】
[実施例2:SSI2A変異ホモ型のダイズ植物におけるSSI2A遺伝子の発現解析]
実施例1にて作出したSSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物において、以下の手順で、SSI2A遺伝子の発現量を解析した。
【0072】
SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物の乾燥種子を、加湿低温条件(100%、4℃、2日)で調湿した後、セルトレイに播種した。播種した種子を、27℃、12時間日長(赤色LED)条件で16日間栽培し、第一本葉をSSI2A遺伝子の発現量の解析に供試した。100mgの葉を液体窒素中で破砕し、NucleoSpin(登録商標) RNA Plant and Fungi(タカラバイオ製)を用いて、RNAを抽出した。抽出したRNA(400ng)からReverTra Ace(登録商標) qPCR RT Master Mix with gDNA Remover(東洋紡製)を用いてcDNAを合成し、下記表2に示すSSI2Aプライマー、及びダイズアクチンプライマーを用いてThermal Cycler Dice(登録商標) Real Time System IIIシステム(タカラバイオ)でCt値を算出した。ダイズアクチンをリファレンスとした比較Ct法によりSSI2Aの遺伝子発現量を定量した。結果を図3に示す。
【0073】
【表2】
【0074】
図3に示すとおり、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物の葉(SSI2A変異ホモ型)におけるSSI2Aの遺伝子発現量は、SSI2A遺伝子に変異を有しないダイズ植物、すなわちSSI2A遺伝子には変異を有しないが、その他の遺伝子変異を有するエンレイ品種ダイズ植物由来のダイズ植物(エンレイ型)及び野生型エンレイ品種ダイズ植物(エンレイ)と比較して有意差は認められなかった。
【0075】
[実施例3:SSI2A変異ホモ型のダイズ植物における脂肪酸量の解析]
SSI2Aは脂肪酸不飽和化酵素であり、ステアリン酸(18:0)からオレイン酸(18:1)を生成する反応を触媒する。SSI2Aの遺伝子発現抑制により機能を欠損したダイズ植物では、ステアリン酸の蓄積量が増加する一方でオレイン酸の蓄積量が減少する(非特許文献3)ことが知られている。実施例1にて作出したSSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物において、以下の手順で、当該ダイズ植物の葉に蓄積された脂肪酸量を解析した。
【0076】
SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物の乾燥種子を、加湿低温条件(100%、4℃、2日)で調湿した後、セルトレイに播種した。播種した種子を、27℃、12時間日長(赤色LED)条件で16日間栽培し、第一本葉を脂肪酸量の解析に供試した。ダイズ本葉を液体窒素中で冷凍及び破砕を行った。液体窒素が揮発したのちに、破砕されたダイズ本葉に対して、内部標準物質としてヘプタデカン酸メチルを添加したクロロホルム、メタノール、水の混合溶液を加え、Bligh-Dyer法に従って脂質を含むクロロホルム層を回収した。その後、減圧乾燥装置を用いて有機溶媒を留去し、脂質画分を濃縮した。この方法にて、SSI2A G215R変異ホモ型のダイズ植物(SSI2A変異ホモ型)、SSI2A遺伝子に変異を有しないダイズ植物、すなわちSSI2A遺伝子には変異を有しないが、その他の遺伝子変異を有するエンレイ品種ダイズ植物由来のダイズ植物(エンレイ型)、及び野生型エンレイ品種ダイズ植物(エンレイ)の葉において脂肪酸を定量した。
【0077】
濃縮された画分は、脂肪酸メチル化キット(ナカライテスク製)を使用してメチルエステル化し、メチルエステル化された試料をガスクロマトグラフィー-質量分析(GC-MS)により分析した。具体的には、Agilent 7890A ガスクロマトグラフィーとAgilent 5975C 質量選択検出器を組み合わせたシステムを使用し、DB-5MSカラム(長さ30m×内径0.25mm、膜厚0.25μm)を用いた。分析にはヘリウムガス(流速1mL/分)をキャリアガスとして使用し、メチルエステル化された試料1μLをスプリット比20:1で注入した。GCオーブンの温度プログラムは、120℃から240℃まで40分間にわたり昇温させた。分析データはAgilent MSD Chemstationソフトウェアによって処理し、測定成分のピーク面積を基に内部標準法を適用して試料中の脂肪酸の定量を行った。結果を図4に示す。
【0078】
図4に示すとおり、SSI2A変異ホモ型(図4中、「G215R」)ではエンレイ型(図4中、「G215」)及びエンレイ(図4中、「WT」)と比較して、ステアリン酸の蓄積量が5%水準で有意に増加した(図4(A))。SSI2A変異ホモ型(図4中、「G215R」)、エンレイ型(図4中、「G215」)、及びエンレイ(図4中、「WT」)間で、オレイン酸の蓄積量に有意差はなかったものの、SSI2A変異ホモ型(図4中、「G215R」)ではオレイン酸の蓄積量が減少する傾向が認められた(図4(B))。以上から、G215Rの変異はSSI2Aの機能を欠損する変異であると考えられる。
【0079】
[実施例4:ダイズさび病に対する抵抗性の評価(2)]
実施例1と同様の方法で、ダイズさび病に対する抵抗性を評価し、上記評価に供したダイズ植物の遺伝子型を解析した。
【0080】
ダイズさび病に対する抵抗性の評価及びダイズ植物の遺伝子型の解析の結果、SSI2A遺伝子の発現産物(タンパク質)において、第186番目のグリシン残基がアスパラギン酸残基に置換されている変異をホモ型に有するダイズ植物(以下、SSI2A G186D変異ホモ型のダイズ植物と記す。)を得た。そして、SSI2A G186D変異ホモ型のダイズ植物においては、図5に示すとおり、病斑面積が50%未満であるダイズ植物がほとんどを占めており、ダイズさび病に対して抵抗性を示すことが確認された(図5中、「ホモ型」)。一方、SSI2A遺伝子に変異を有しないダイズ植物(図5中、「エンレイ型」)及び野生型エンレイ品種ダイズ植物(図5中、「エンレイ」)においては、病斑面積が50%以上であるダイズ植物がほとんどを占めており、ダイズさび病に対して罹患性を示すことが確認された。
【0081】
[実施例5:SSI2Aのアミノ酸置換の影響]
SSI2Aタンパク質の立体構造予測からアミノ酸置換の影響を推定した。SSI2は活性に2つの鉄イオンの配位が必要であり、ダイズSSI2の一つであるSACPD-Cにおいて鉄イオンの配位子及び架橋配位子が予測されている(Naoufal Lakhssassi, et al., Plant Physiology, Volume 174, Issue 3,July 2017, 1531-1543.)。Alpha-Fold2(https://colab.research.google.com/github/sokrypton/ColabFold/blob/main/AlphaFold2.ipynb)に、配列番号1のアミノ酸配列を入力してダイズSSI2Aの立体構造を予測した。予測したダイズSSI2Aの立体構造を図6に示す。図6及び表3には、上記SACPD-Cの文献をもとに予測した、活性に必要な鉄イオン配位子及び架橋配位子のアミノ酸残基を示す(図6右図)。
【0082】
第186番目のグリシン残基は、鉄イオンが配位する極近傍に位置することから、その変異により鉄イオンの配位、ひいてはSSI2Aの活性に影響が与えられている可能性が高いと考えられる。また、以上実施例1~5の結果から、ホモ型に、SSI2A遺伝子の機能を低下させる変異を有するダイズ植物は、ホモ型のSSI2A G215R変異ダイズ植物、及びホモ型のSSI2A G186D変異ダイズ植物と同様に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すと考えられる。そしてこのことから、ホモ型に、SSI2A遺伝子の発現産物の量を低下させる変異を有するダイズ植物も同様に、ダイズさび病に対して抵抗性を示すと考えられる。
【0083】
【表3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
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