(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024150270
(43)【公開日】2024-10-23
(54)【発明の名称】重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 3/25 20210101AFI20241016BHJP
C25B 3/03 20210101ALI20241016BHJP
C25B 3/05 20210101ALI20241016BHJP
C25B 3/07 20210101ALI20241016BHJP
C07B 59/00 20060101ALI20241016BHJP
C07C 15/24 20060101ALI20241016BHJP
C07C 41/24 20060101ALI20241016BHJP
C07C 43/235 20060101ALI20241016BHJP
C07C 25/02 20060101ALI20241016BHJP
C07C 25/06 20060101ALI20241016BHJP
C07C 17/35 20060101ALI20241016BHJP
C07C 5/00 20060101ALI20241016BHJP
C07C 15/08 20060101ALI20241016BHJP
C07C 15/02 20060101ALI20241016BHJP
C07C 25/13 20060101ALI20241016BHJP
C07C 43/247 20060101ALI20241016BHJP
C07C 291/10 20060101ALI20241016BHJP
C07C 15/14 20060101ALI20241016BHJP
C07D 333/10 20060101ALI20241016BHJP
C07D 333/08 20060101ALI20241016BHJP
C07D 333/54 20060101ALI20241016BHJP
C07D 333/76 20060101ALI20241016BHJP
C07D 333/38 20060101ALI20241016BHJP
C07D 307/79 20060101ALI20241016BHJP
C07D 307/68 20060101ALI20241016BHJP
【FI】
C25B3/25
C25B3/03
C25B3/05
C25B3/07
C07B59/00
C07C15/24
C07C41/24
C07C43/235
C07C25/02
C07C25/06
C07C17/35
C07C5/00
C07C15/08
C07C15/02
C07C25/13
C07C43/247
C07C291/10
C07C15/14
C07D333/10
C07D333/08
C07D333/54
C07D333/76
C07D333/38
C07D307/79
C07D307/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023063609
(22)【出願日】2023-04-10
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「固体高分子電解質電解技術に基づく革新的反応プロセスの構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100119530
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 和幸
(72)【発明者】
【氏名】永木 愛一郎
(72)【発明者】
【氏名】芦刈 洋祐
(72)【発明者】
【氏名】萬代 恭子
(72)【発明者】
【氏名】土橋 祐太
(72)【発明者】
【氏名】染谷 巧
(72)【発明者】
【氏名】並木 航太
(72)【発明者】
【氏名】一ノ関 諒
【テーマコード(参考)】
4H006
4K021
【Fターム(参考)】
4H006AA02
4H006AC84
4H006BE90
4H006CN10
4H006EA21
4H006GN53
4H006GP03
4K021AC02
4K021BA02
4K021BA12
4K021BB05
(57)【要約】
【課題】位置選択的に重水素化を行うことができ、また、一回の反応で高純度の重水素化された化合物を得ることができる、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】アノード極9とカソード極8とを具える固体高分子膜電解セル1を用いた電解反応において、重水素原子を含む化合物(A)を前記固体高分子膜電解セル1のアノード極9に供給し、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)を前記固体高分子膜電解セル1のカソード極8に供給し、ハロゲン-重水素交換反応を行うことで、前記カソード極8を通過する前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を重水素化することを特徴とする、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード極と、カソード極と、を具える固体高分子膜電解セルを用いた電解反応において、重水素原子を含む化合物(A)を前記固体高分子膜電解セルのアノード極に供給し、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)を前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給し、ハロゲン-重水素交換反応を行うことで、前記カソード極を通過する前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を重水素化することを特徴とする、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法。
【請求項2】
前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)の前記環上のハロゲン原子が、臭素原子又は塩素原子であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記電解反応における反応温度が、40℃以上70℃以下であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記カソード極に供給する、前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を含む液の流量が、1.0mL/min以上5.0mL/min以下であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記重水素原子を含む化合物(A)が、重水であることを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重水素原子は、水素原子の安定同位体の一種であり、その質量数の違いから水素原子とは物理的性質が異なる。そのため、重水素化された化合物は、通常の化合物とは物性が異なるだけでなく、異なる化学反応性を示すことがある(同位体効果)。このような特徴から、化合物を重水素化することにより、これまでにない機能を付与できる可能性があり、電子材料や有機EL材料、医薬品をはじめとする様々な機能性材料の開発が期待されている。
【0003】
一方で、重水素の原料ソースは高価であるため、対象化合物中の全ての水素原子を重水素化してしまうと多大なコストを要することがある。そのため、用途に応じ、部分的に重水素化を行うことで、コストを低減することが望まれる。
また、重水素化化合物は、質量分析等の化学物質の微量分析における内部標準物質、並びに、反応機構や物質代謝等の解明に用いるトレーサーとして広く利用されている。そのようなトレーサーとして用いられる場合等には、特定の箇所の重水素化が必要とされることもある。
【0004】
従来、重水素化化合物の製造方法としては、2-プロパノール等の2級アルコールと白金触媒の共存下で芳香族化合物を重水素化する方法(下記特許文献1参照)や、白金触媒とアルミニウム粉末の存在下で加熱により芳香族化合物を重水素化する方法(下記特許文献2参照)等が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6191325号公報
【特許文献2】特開2009-184928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1及び2に記載の方法では、芳香族化合物が満遍なく重水素化されてしまい、位置選択的に重水素化を行うことは困難であった。
また、上記特許文献1及び2に記載の方法は、水素-重水素交換反応(H-D交換反応)によって重水素化化合物を得る方法であるところ、該水素-重水素交換反応(H-D交換反応)は平衡定数が1に近い平衡反応であるため、一度の反応で重水素純度の高い化合物を得ようとすると、大量の重水素ソースを使用する等の手法を採る必要があり、多大なコストを要するという問題があった。この問題を解決するために、水素-重水素交換反応(H-D交換反応)を、重水素化の対象化合物と純度の低下した重水素ソースとを一回の反応ごとに分離し、これを複数回行うことで徐々に重水素純度を高めることによって、重水素ソースの使用量を低減する手法が採られている。しかしながら、この手法では、分離工程を含む反応を複数回行う必要があるため、コストと労力を要するという問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、上記従来技術の問題を解決し、位置選択的に重水素化を行うことができ、また、一回の反応で高純度の重水素化された化合物を得ることができる、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物(以下、「重水素化化合物」ということもある。)の製造方法の要旨構成は、以下の通りである。
【0009】
[1] アノード極と、カソード極と、を具える固体高分子膜電解セルを用いた電解反応において、重水素原子を含む化合物(A)を前記固体高分子膜電解セルのアノード極に供給し、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)(以下、「基質」ということもある。)を前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給し、ハロゲン-重水素交換反応を行うことで、前記カソード極を通過する前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を重水素化することを特徴とする、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法。
上記[1]に記載の本発明の製造方法によれば、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)を、位置選択的に重水素化でき、また、一回の反応で高純度の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物を得ることができる。
【0010】
[2] 前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)の前記環上のハロゲン原子が、臭素原子又は塩素原子であることを特徴とする、[1]に記載の製造方法。
上記[2]に記載の製造方法によれば、収率及び重水素化率をより向上させることができる。
【0011】
[3] 前記電解反応における反応温度が、40℃以上70℃以下であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の製造方法。
上記[3]に記載の製造方法によれば、収率及び重水素化率をより向上させることができる。
【0012】
[4] 前記カソード極に供給する、前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を含む液の流量が、1.0mL/min以上5.0mL/min以下であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか一つに記載の製造方法。
上記[4]に記載の製造方法によれば、収率及び重水素化率をより向上させることができる。
【0013】
[5] 前記重水素原子を含む化合物(A)が、重水であることを特徴とする、[1]~[4]のいずれか一つに記載の製造方法。
上記[5]に記載の製造方法によれば、収率及び重水素化率をより向上させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、位置選択的に重水素化を行うことができ、また、一回の反応で高純度の重水素化された化合物を得ることができる、重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の好適実施形態で用いる重水素化化合物の製造装置の一例を表す概略図である。
【
図2】本発明の好適実施形態で用いる固体高分子膜電解セルの一例を表す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法をその実施形態に基づき、詳細に例示説明する。
【0017】
<定義>
本発明において、「重水素原子」とは、ジュウテリウム(D,2H)又はトリチウム(T,3H)のことを指す。
【0018】
本発明において、「重水素化」とは、化合物に重水素原子を結合させることを指し、「結合」とは、共有結合等の化学結合を意味する。
【0019】
本明細書において、「重水素化率」とは、基質における重水素原子で置換することを目的としたハロゲン原子の数に対する、重水素原子で置換することを目的としたハロゲン原子であって、重水素化化合物における重水素原子で置換されたハロゲン原子の数の割合(%)を指す。即ち、基質中の重水素原子で置換することを目的とするハロゲン原子の数をA、重水素原子で置換することを目的としたハロゲン原子であって、重水素化化合物において重水素原子で置換されたハロゲン原子の数をBとすると、「重水素化率」=B/A×100(atom%)となる。
【0020】
<重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法>
本発明の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法は、アノード極と、カソード極と、を具える固体高分子膜電解セルを用いた電解反応において、重水素原子を含む化合物(A)(以下、単に「化合物(A)」ということもある。)を前記固体高分子膜電解セルのアノード極に供給し、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)(以下、単に「化合物(B)」ということもある。)を前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給し、ハロゲン-重水素交換反応を行うことで、前記カソード極を通過する前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を重水素化することを特徴とする。
かかる本発明の製造方法によれば、ハロゲン-重水素交換反応により、化合物(B)のハロゲン原子が重水素原子で置換されるため、位置選択的な重水素化を行うことができる。また、該ハロゲン-重水素交換反応は非平衡反応であるため、本発明の製造方法によれば、一回の反応で高純度の重水素化化合物を得ることができる。
【0021】
(重水素原子を含む化合物(A))
本発明の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法においては、重水素ソースとして、重水素原子を含む化合物(A)を使用する。本発明の製造方法においては、該化合物(A)は、固体高分子膜電解セルのアノード極に供給される。
【0022】
前記重水素原子を含む化合物(A)は、重水素原子を含んでいれば特に限定されない。該重水素原子を含む化合物(A)としては、例えば、重水、重水素ガス、重硫酸等が挙げられる。これらの中でも、収率及びコストの観点から、化合物(A)としては、重水が好ましい。また、該重水は、純度が、90atom%以上であることが好ましく、95atom%以上であることがより好ましく、99atom%以上であることが特に好ましい。
【0023】
(芳香環又は複素環を有し、該環上に1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B))
本発明においては、重水素化される化合物として、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)を使用する。本発明の製造方法においては、該化合物(B)は、固体高分子膜電解セルのカソード極に供給される。
【0024】
前記化合物(B)は、芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物であれば特に限定されない。該化合物(B)は、芳香環及び複素環の何れか一方のみを有する化合物であってもよいし、芳香環及び複素環の双方を有する化合物であってもよい。また、化合物(B)中に含まれる環構造の数は、1つでもあってもよいし、2つ以上であってもよい。
【0025】
前記化合物(B)が芳香環を有する場合、単環式及び多環式のいずれであってもよいが、多環式である場合には、二環式であるのが好ましい。
また、前記芳香環における一つの環骨格を構成する炭素原子の数は、特に限定されるものではないが、5以上7以下であることが好ましく、5又は6であることがより好ましく、6であることが特に好ましい。
【0026】
前記芳香環を有する化合物の具体例としては、特に限定されるものではないが、例えば、ベンゼン、トルエン、o-キシレン、m-キシレン、p-キシレン、フェノール、o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール、ピロカテコール、レソルシノール、ハイドロキノン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレン等の芳香族化合物の芳香環上に一つ以上のハロゲン原子が置換した化合物が挙げられ、これらの中でも、前記芳香族化合物の芳香環上に一つ以上の塩素原子又は臭素原子、乃至は塩素原子及び臭素原子の両方が置換した化合物が好ましい。
【0027】
前記複素環とは、環を構成する原子として、ヘテロ原子を有する環である。前記化合物(B)が複素環を有する場合、環を構成するヘテロ原子としては、酸素原子、窒素原子、硫黄原子、リン原子及びケイ素原子が好ましく、酸素原子及び硫黄原子がより好ましい。また、前記複素環は、芳香族性を示すものであってもよいし、芳香族性を示さないものであってもよいが、芳香族性を示すものであることが好ましい。
また、前記複素環において、一つの環骨格中のヘテロ原子の数は、該環骨格を構成する原子の総数にもより、特に限定されるものではないが、通常は1以上3以下であることが好ましく、1又は2であることが特に好ましい。一つの環骨格中にヘテロ原子が複数ある場合には、複数のヘテロ原子は、全て同一の種類であってもよいし、一部が同一の種類であってもよいし、全て異なる種類であってもよい。一つの環骨格中に複数の種類のヘテロ原子を含む場合には、その組み合わせは特に限定されるものではないが、酸素原子と硫黄原子の組み合わせが好ましい。
なお、前記複素環は、単環式及び多環式のいずれでもよいが、多環式である場合には、二環式又は三環式であることが好ましい。
【0028】
前記複素環を有する化合物の具体例としては、特に限定されるものではないが、例えば、ピロール、フラン、チオフェン、イミダゾール、1-メチルイミダゾール、2-メチルイミダゾール、1,2-ジメチルイミダゾール、2-メチル-5-ニトロイミダゾール、1,2-ジメチル-5-ニトロイミダゾール、2-メチル-5-ニトロイミダゾール-1-エタノール、ピラゾール、オキサゾール、イソオキサゾール、チアゾール、イソチアゾール、1,2,3-トリアゾール、1,2,4-トリアゾール、ピリジン、ピラジン、ピリダジン、ピリミジン、2H-ピラン、4H-ピラン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリン、キノリン、イソキノリン、プリン、インドール等の複素環式化合物の複素環上に一つ以上のハロゲン原子が置換した化合物が挙げられ、これらの中でも、前記複素環式化合物の複素環上に一つ以上の塩素原子又は臭素原子、乃至は塩素原子及び臭素原子の両方が置換した化合物が好ましい。
【0029】
前記芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)としては、上記で具体的に例示した化合物の少なくとも1つの水素原子が置換基で置換されたものであってもよい。置換基で置換される水素原子の数は、芳香環又は複素環の種類にもよるが、1以上3以下であることが好ましい。
【0030】
ここで、上述した置換基は、本発明の効果を妨げないものであれば特に限定さない。例えば、前記置換基としては、アルキル基、アリール基、アリールアルキル基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アルコキシアルキル基、アリールオキシアルキル基、アルコキシカルボニルアルキル基、アルコキシカルボニル基、アリールオキシカルボニル基、アルキルカルボニルオキシアルキル基、アルキルカルボニルオキシ基、アリールカルボニルオキシ基、カルボキシ基等が挙げられる。
【0031】
前記置換基としてのアルキル基は、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれでもよい。直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基は、炭素数が1以上5以下であることが好ましい。直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、具体的には、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基が例示できる。中でも、炭素数が1以上3以下であるものがより好ましく、メチル基が特に好ましい。また、環状のアルキル基は、単環式及び多環式のいずれでもよく、また、炭素数が5以上10以下であることが好ましく、炭素数が5以上7以下であることがより好ましい。
【0032】
前記置換基としてのアリール基は、単環式及び多環式のいずれでもよいが、単環式のものが好ましく、フェニル基及びトリル基が特に好ましい。
【0033】
前記置換基としてのアリールアルキル基としては、アルキル基の少なくとも一つの水素原子が上述したアリール基で置換されたものが例示できる。アリール基で置換される水素原子の数は、1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0034】
前記置換基としてのアルコキシ基としては、上述したアルキル基の炭素原子が酸素原子に結合したものが例示できる。
【0035】
前記置換基としてのアリールオキシ基としては、上述したアルコキシ基の酸素原子に結合しているアルキル基が上述したアリール基で置換されたものが例示できる。
【0036】
前記置換基としてのアルコキシアルキル基としては、上述したアルキル基の少なくとも一つの水素原子が上述したアルコキシ基で置換されたものが例示できる。上述したアルコキシ基で置換される水素原子の数は、1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0037】
前記置換基としてのアリールオキシアルキル基としては、上述したアルコキシアルキル基の酸素原子に結合しているアルキル基が上述したアリール基で置換されたものが例示できる。
【0038】
前記置換基としてのアルコキシカルボニルアルキル基としては、上述したアルコキシアルキル基の「-O-」が「-O-C(=O)-(但し、炭素原子に単結合で結合している酸素原子はアルキル基に、炭素原子はアルキレン基にそれぞれ結合する。)」で置換されたものが例示できる。
【0039】
前記置換基としてのアルコキシカルボニル基としては、上述したアルコキシ基の酸素原子がカルボニル基に結合したものが例示できる。
【0040】
前記置換基としてのアリールオキシカルボニル基としては、前記アルコキシカルボニル基のアルキル基が前記アリール基で置換されたものが例示できる。
【0041】
前記置換基としてのアルキルカルボニルオキシアルキル基としては、上述したアルコキシカルボニルアルキル基の「-O-C(=O)-」が「-C(=O)-O-」で置換されたものが例示できる。
【0042】
前記置換基としてのアルキルカルボニルオキシ基としては、上述したアルコキシカルボニル基の「-O-C(=O)-」が「-C(=O)-O-」で置換されたものが例示できる。
【0043】
前記置換基としてのアリールカルボニルオキシ基としては、上述したアルキルカルボニルオキシ基のアルキル基が上述したアリール基で置換されたものが例示できる。
【0044】
また、前記芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)としては、例えば、上記で具体的に例示した芳香環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物及び/又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物から水素原子を除いたもの同士が、水素原子が除かれた原子間で互いに結合した構造を有するものでも良い。この時の互いに結合しているものの組み合わせは特に限定されず、例えば、芳香環のみを有する化合物、複素環のみを有する化合物、芳香環及び複素環を有する化合物からなる群から選択される。また、結合している前記化合物の数は、特に限定されるものではないが、2又は3であることが好ましく、2であることがより好ましい。
【0045】
このような化合物としては、好ましくは、2-(4-チアゾイル)ベンゾイミダゾール、1-フェニルイソキノリン、1-フェニルピラゾール、p-トリルピリジン、フェニルピリジン等が例示できる。
【0046】
前記化合物(B)が環上に有するハロゲン原子は、塩素原子(Cl)、臭素原子(Br)、及びヨウ素原子(I)からなる群から選択される。これらの中でも、収率及び重水素化率の高さの観点から、塩素原子及び臭素原子が好ましく、臭素原子が特に好ましい。該ハロゲン原子は、前記化合物(B)の芳香環又は複素環上に二つ以上含まれていてもよく、複数のハロゲン原子は、同一種類であってもよいし、異なる種類であってもよい。
【0047】
(溶媒)
前記芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)は、溶媒で希釈して、前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給してもよい。ここで、化合物(B)を希釈するのに用いる溶媒としては、電解反応で還元される等、当該化合物(B)の電解反応を妨げるものでなければ特に限定されない。好ましい溶媒としては、極性が低い溶媒が挙げられ、例えば、メチルシクロヘキサン、ジクロロメタン、1,4-ジオキサン等が好ましく、これらの中でも1,4-ジオキサンが特に好ましい。
【0048】
(電解反応)
本発明においては、前記電解反応により、前記芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)を重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物に変換する。該電解反応には、触媒電極を具える固体高分子膜電解セルを使用することができる。該固体高分子膜電解セルの触媒電極は、電子導電性材料からなる触媒担体、該触媒担体に担持された遷移金属触媒、及び当該触媒電極にイオン伝導性を付与するアイオノマーから構成されることが好ましい。該触媒電極としては、一般的に固体高分子膜電解反応において電極触媒機能を有する公知のものが例示できる。
特に限定されるものではないが、前記触媒担体の例としては、例えば、ケッチェンブラック(登録商標)、アセチレンブラック等のカーボンブラックが挙げられ、前記遷移金属触媒の例としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)のうちの一つ又は複数の金属触媒が挙げられ、前記アイオノマーの例としては、例えば、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)等が挙げられる。
【0049】
(ハロゲン-重水素交換反応)
前記電解反応において、前記芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)は、ハロゲン-重水素交換反応により、環上のハロゲン原子が、重水素原子を含む化合物(A)由来の重水素原子で置き換わり、目的生成物である重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物が生成する。
【0050】
(反応条件)
-化合物(B)の濃度-
上述の通り、前記化合物(B)は、溶媒で希釈して、前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給してもよい。ここで、該化合物(B)を含む液中の化合物(B)の濃度は、当該化合物(B)の種類や反応温度等を考慮して、適宜調整し得る。該化合物(B)の濃度としては、例えば、0.1mol/L以上1mol/L以下の範囲が挙げられ、0.25mol/L以上0.75mol/L以下が好ましく、0.3mol/L以上0.6mol/L以下がより好ましく、0.4mol/L以上0.6mol/L以下が特に好ましい。
【0051】
-電流値-
前記ハロゲン-重水素交換反応において、電流値は、他の条件を考慮して、適宜調整し得る。電流値としては、例えば、10mA以上70mA以下の範囲が挙げられ、20mA以上50mA以下が好ましく、20mA以上40mA以下が特に好ましい。
【0052】
-反応温度-
前記ハロゲン-重水素交換反応において、反応温度は、他の条件を考慮して、適宜調整し得る。一般的に加熱により、該反応を促進することができる。ここで、過剰反応の進行や固体高分子膜の耐熱性の観点から、反応温度としては、90℃以下が好ましく、30℃以上80℃以下がより好ましく、40℃以上70℃以下が特に好ましい。
加熱方法は特に限定されるものではないが、例えば、加熱機構を用いて加熱することができる。該加熱機構としては、例えば、温風、温浴、ジャケットヒーター、リボンヒーター、ヒートブロック等の一般的な加熱機構を用いることができる。
【0053】
-流量-
前記固体高分子膜電解セルのアノード極には、前記化合物(A)が供給される。該化合物(A)をアノード極に供給する流量については特に制限はなく、目的に応じて適宜選択できる。収率の観点から、アノード極に供給する化合物(A)の流量は、50mL/min以下が好ましく、0.1mL/min以上10mL/min以下がより好ましく、1.0mL/min以上5.0mL/min以下が特に好ましい。アノード極に供給する化合物(A)の流量が50mL/min以下であると、圧力損失が十分に小さく、電解反応が十分に進行して、収率が向上する。
【0054】
前記固体高分子膜電解セルのカソード極には、前記化合物(B)が供給される。該化合物(B)をカソード極に供給する流量については特に制限はなく、目的に応じて適宜選択できる。また、上述の通り、化合物(B)は、溶媒で希釈して(即ち、化合物(B)を含む液として)、前記固体高分子膜電解セルのカソード極に供給してもよい。収率の観点から、カソード極に供給する、前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を含む液(ここで、該液は、芳香環又は複素環を有する化合物(B)単体であってもよい。)の流量は、50mL/min以下が好ましく、0.1mL/min以上10mL/min以下がより好ましく、1.0mL/min以上5.0mL/min以下が特に好ましい。カソード極に供給する、前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を含む液の流量が50mL/min以下であると、圧力損失が十分に小さく、触媒電極と化合物(B)との接触時間が十分となるため、電解反応が十分に進行して、収率が向上する。また、カソード極に供給する、前記芳香環又は複素環を有する化合物(B)を含む液の流量が0.1mL/min以上であると、触媒電極と化合物(B)との接触時間が長くなり過ぎず、過剰反応を抑制して、収率が向上する。
また、前記アノード極に供給する化合物(A)の流量と、前記カソード極に供給する化合物(B)を含む液の流量とは、異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。アノード極に供給する化合物(A)の流量と、カソード極に供給する化合物(B)を含む液の流量の差が小さいと、圧損差が小さくなり、固体高分子膜への機械的影響を低減できる。
【0055】
-圧力-
前記ハロゲン-重水素交換反応において、圧力は、他の条件を考慮して、適宜調整し得る。
【0056】
<重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造装置>
本発明の重水素化された芳香環又は複素環を有する化合物の製造方法においては、アノード極と、カソード極と、を具える固体高分子膜電解セルを用いて、電解反応を行う。ここで、本発明の製造方法には、固体高分子膜電解セルを具える任意の製造装置を使用できるが、本発明の好適実施形態においては、以下で説明する製造装置を用いることが好ましい。
【0057】
以下では、
図1を参照して、本発明の好適実施形態の重水素化化合物の製造方法で用いる製造装置を詳細に説明する。
図1は、本発明の好適実施形態で用いる重水素化化合物の製造装置の一例を表す概略図である。
【0058】
図1に示す製造装置100は、電解反応を行う固体高分子膜電解セル1、固体高分子膜電解セル1に通電するための直流安定化電源2、基質(化合物(B))を貯留する基質貯留槽3、基質を固体高分子膜電解セル1に供給する第一の液ポンプ4、重水素原料(化合物(A))を貯留する重水素原料貯留槽5、重水素原料を固体高分子膜電解セル1に供給する第二の液ポンプ6、及び電解セル1や貯留槽3,5、液ポンプ4,6をつなぐ配管7を具えている。また、固体高分子膜電解セル1は、カソード極8、アノード極9、及び固体高分子膜10を具えている。
【0059】
前記直流安定化電源2は、一定の電圧や電流を供給する電流回路としての性能を有していれば特に限定されず、一般的な装置を用いることができる。該直流安定化電源2の正極出力端子は、固体高分子膜電解セル1のアノード極9に接続されている。また、該直流安定化電源2の負極出力端子は、固体高分子膜電解セル1のカソード極8に接続されている。これにより、固体高分子膜電解セル1に所定の電圧を印加できる。
【0060】
前記基質貯留槽3には、基質として使用される芳香環又は複素環を有し、該環上に塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される一つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)が貯留される。該基質貯留槽3は、第一の液ポンプ4を介して、配管7によって、固体高分子膜電解セル1のカソード極8の入口に接続される。また、該基質貯留槽3は、配管7によってカソード極8の出口と接続される(図示せず)。カソード極8で還元された基質と未反応の基質は、配管7を通じて基質貯留槽3に戻される。この戻り配管により、基質貯留槽3とカソード極8との間で基質を循環させることで、基質の転化率を高めることができる。なお、戻り配管は設けなくてもよい。
【0061】
前記重水素原料貯留槽5には、重水素原料である重水素原子を含む化合物(A)が貯留される。該重水素原料貯留槽5には、例えば、重水、重水素ガス、重硫酸等が貯留される。これらの中でも、電解反応の収率及びコストの観点から重水が好ましい。前記重水素原料貯留槽5は、第二の液ポンプ6を介して、配管7によって、固体高分子膜電解セル1のアノード極9の入口に接続される。また、該重水素原料貯留槽5は、配管7によってアノード極9の出口と接続される(図示せず)。アノード極9で酸化されなかった重水素原料は、配管7を通じて重水素原料貯留槽5に戻される。この戻り配管により、重水素原料貯留槽5とアノード極9との間で重水素原料を循環させることで、重水素原料を効率的に利用できる。なお、戻り配管は設けなくてもよい。
【0062】
前記基質貯留槽3及び重水素原料貯留槽5には、ガラス素材、金属素材等からなる一般的な容器を用いることができる。基質、溶媒、及び重水素原料の揮発を防ぐために、基質貯留槽3及び重水素原料貯留槽5は、密閉構造であるのが好ましい。
【0063】
前記第一の液ポンプ4及び第二の液ポンプ6は、特に限定されず、公知の送液に用いられるポンプを使用することができる。第一の液ポンプ4及び第二の液ポンプ6としては、例えば、ダイヤフラムポンプ、プランジャーポンプ、又はチューブポンプ等を用いることができる。
【0064】
(固体高分子膜電解セル)
次に、上述した重水素化化合物の製造装置100の固体高分子膜電解セル1を、
図2を参照して詳細に説明する。
図2は、本発明の好適実施形態で用いる重水素化化合物の製造装置の一部である固体高分子膜電解セルの一例を表す概略図である。
【0065】
図2に示す固体高分子膜電解セル1は、エンドプレート13A、ガスケット12A、触媒電極11A、固体高分子膜10、触媒電極11B、ガスケット12B、エンドプレート13Bをこの順に具えている。エンドプレート13A、ガスケット12A、及び固体高分子膜10で囲まれる空間によりカソード室が形成される。また、エンドプレート13B、ガスケット12B、及び固体高分子膜10で囲まれる空間によりアノード室が形成される。該カソード室及びアノード室には、触媒電極11A又は11Bが存在し、反応場となっている。ここで、カソード極は、エンドプレート13A及び触媒電極11Aで構成され、アノード極は、エンドプレート13B及び触媒電極11Bで構成される。
【0066】
前記エンドプレート13A及び13Bは、例えば、ステンレス鋼(SUS)製、チタン(Ti)合金製等の耐食性合金で形成される。
また、前記エンドプレート13A及び13Bには、側面及び内面に小さな孔が開いている。該エンドプレート13A及び13Bの側面の孔は、上側及び下側の2箇所に設けられており、下側の孔はカソード極入口8a又はアノード極入口9aであり、上側の孔はカソード極出口8b又はアノード極出口9bである。また、前記エンドプレート13A及び13Bの内面の孔は、カソード室又はアノード室に接続している。なお、エンドプレート13A及び13Bの側面及び内面の孔は、それぞれ、エンドプレート13A及び13Bの内部の流路でつながっている。前記化合物(A)又は前記化合物(B)(又は前記化合物(B)を含む液)は、下側のカソード極入口8a又はアノード極入口9aから流入し、カソード室又はアノード室を通過して上側のカソード極出口8b又はアノード極出口9bから流出する。なお、前記流路の形状は、特に限定されない。
【0067】
前記ガスケット12A及び12Bは、前記カソード室及びアノード室の側壁を構成すると共に、アノード極とカソード極とが短絡するのを防止する絶縁膜としての役割を有する。そのため、該ガスケット12A及び12Bは、耐薬品性及び絶縁性を有する樹脂製であるのが好ましい。該ガスケット12A及び12Bとしては、例えば、アクリル樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリカーボネート、フッ素樹脂等が挙げられ、これらの中でもフッ素樹脂が好ましい。
また、前記ガスケット12A及び12Bの厚さは、前記触媒電極11A及び11Bよりも厚い必要がある。ガスケット12A及び12Bの厚さは、例えば50~500μmの厚さである。ガスケットの厚さが小さ過ぎると、圧損が大きくなり、反応に悪影響を及ぼす可能性がある。また、ガスケットの厚さが大き過ぎると、固体高分子膜10との距離が大きくなり、イオンの移動抵抗が増大して反応に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0068】
前記固体高分子膜10は、例えば、パーフルオロスルホン酸ポリマー等の陽イオン伝導性を有する材料(アイオノマー)で形成される。該固体高分子膜10には、重水素イオンを選択的に透過させる一方、カソード室及びアノード室間で重水素イオン以外の物質が相互に拡散するのを防ぐバリアとしての機能がある。該固体高分子膜10の材質としては、例えば、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)等が挙げられる。固体高分子膜10の膜厚は、例えば、5μm以上300μm以下である。固体高分子膜10の膜厚が5μm未満であると、バリア性が低下して、カソード/アノード間で物質のコンタミが起こり易くなる。一方で、固体高分子膜10の膜厚が300μmより大きいと、イオンの移動抵抗が増大して反応に悪影響を及ぼす可能性がある。
【0069】
前記触媒電極11A及び11Bは、酸化還元反応により目的の反応を行うための電極であり、固体高分子膜10に接する形でカソード室及びアノード室の内部に設置される。固体高分子膜電解セル1の触媒電極11A及び11Bは、電子導電性材料からなる触媒担体、該触媒担体に担持された遷移金属触媒、及び当該触媒電極11A及び11Bにイオン伝導性を付与するアイオノマーから構成されることが好ましい。該触媒電極としては、一般的に固体高分子膜電解反応において電極触媒機能を有する公知のものが例示できる。
特に限定されるものではないが、前記触媒担体の例としては、例えば、ケッチェンブラック(登録商標)、アセチレンブラック等のカーボンブラックが挙げられ、前記遷移金属触媒の例としては、例えば、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)のうちの一つ又は複数の金属触媒が挙げられ、前記アイオノマーの例としては、例えば、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)等が挙げられる。
【0070】
前記固体高分子膜電解セル1は、加熱機構を有していてもよい。該加熱機構としては、例えば、温風、温浴、ジャケットヒーター、リボンヒーター、ヒートブロック等の一般的な加熱機構が挙げられる。加熱温度としては、特に限定されないが、過剰反応の進行や固体高分子膜10の耐熱性を考慮すると、90℃以下であるのが好ましい。
【0071】
(固体高分子膜電解セルにおける反応)
前記固体高分子膜電解セル1のアノード室に重水素原料が供給され、カソード室に基質が供給される。続いて、固体高分子膜電解セル1のカソード極8とアノード極9との間に所定の電圧が印加される。これにより、アノード極9の電極触媒11B上で重水素イオンが生成し、固体高分子膜10を通過して、カソード極8の電極触媒11Aに至る。その後、カソード極8の電極触媒11A上で重水素イオンと基質のハロゲン原子との間で重水素-ハロゲン交換反応が起こり、基質が重水素化される。
【0072】
前記固体高分子膜電解セル1での反応を、例として、基質としてブロモベンゼンをカソード室に供給し、重水素原料として重水をアノード室に供給する場合で詳細に説明する。この場合の反応式は、以下の通りである。
カソード:ブロモベンゼン+2D++2e-→ベンゼン-d1+DBr
アノード:D2O→2D++1/2O2+2e-
上記反応式のようにして、アノード室で重水から生成した重水素イオンD+は、固体高分子膜10を通過して、カソード室に至る。一方、カソード室では、触媒電極11A上でブロモベンゼンが重水素イオンD+により還元され、生成物であるベンゼン-d1(ベンゼンの重水素一置換体)とDBr(重水素化臭素)が生成する。
なお、本発明の製造方法は、上記の例に限定されるものではなく、上述したような、種々の基質及び重水素原料を用いて実施できる。
【実施例0073】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
【0074】
(実施例1:重水素化における反応条件の検討)
下記反応式に示すように、1-ブロモナフタレンの重水素化を行った。
【化1】
【0075】
電極触媒として、触媒担体にケッチェンブラック(登録商標)、触媒金属にPdが用いられた市販製品(Merck社製、商品名「Pd on CB extent of labeling: 30wt.%」)又はPtが用いられた市販製品(Merck社製、商品名「Pt on CB extent of labeling: 30wt.%」)を用い、電極触媒のアイオノマーに市販製品(デュポン社製、商品名「ハイミラン」)を用い、固体高分子膜として、ナフィオン(登録商標)膜(デュポン社製)を用いて、固体高分子膜電解セルを作製した。
前処理として、固体高分子膜電解セルのカソード極側に1,4-ジオキサン(富士フイルム和光純薬工業社製)、アノード極側に重水(Merck社製)を、それぞれ流量1.0mL/minで1時間流通させた。
前処理後、カソード極側に基質としての1-ブロモナフタレン(東京化成社製)を各種溶媒(1,4-ジオキサン、メチルシクロヘキサン(富士フイルム和光純薬工業社製)、又はジクロロヘキサン(富士フイルム和光純薬工業社製))で希釈した溶液を1.0mL/minで流通させ、アノード極側に重水を1.0mL/minで流通させ、所定の電流を流して6分間の定電流電解を実施した。このとき、電解セルを、ヒートブロックを用いて40℃に加温した。なお、実験例1-3では、重水の代わりに、重硫酸の重水溶液をアノード極側に流通させた。定電流電解の実施後、ガスクロマトグラフ質量分析計(島津製作所社製)を用いて、カソード溶液に含まれる反応生成物の収率(%)及び重水素化率(%)を測定した。
触媒金属種、アノード極側に流通させた流体種、基質の希釈に使用した溶媒の種類及び希釈濃度、電流値を変えて実施した結果を下記表1に示す。
【0076】
【0077】
*1 1M D2SO4/D2O: 1Mの重硫酸の重水溶液(Merck社製)
【0078】
表1より、触媒金属種がPd、アノード極側に流通させた流体が重水、基質の希釈に使用した溶媒が1,4-ジオキサン、希釈濃度が0.5mol/L、電流値が30mAで重水素化反応を行うと、より高い収率及び重水素化率となることが分かった。
【0079】
(実施例2:芳香環又は複素環を有し、該環上に1つ以上のハロゲン原子を有する化合物(B)の置換基の検討)
下記反応式に示すように、種々の置換基R及びハロゲン置換基Xを有するハロゲン化芳香族化合物の重水素化を行った。
【化2】
【0080】
固体高分子膜電解セルの作製、及び前処理を実施例1と同様にした。反応条件を下記表2の通りとし、置換基R及びハロゲン置換基Xを変化させたこと以外は、実施例1と同様にして重水素化を行った。結果を下記表3に示す。
【0081】
【0082】
【0083】
*2 4-OMe: 4位置換メトキシ基
*3 4-Cl: 4位置換塩素
*4 4-Br: 4位置換臭素
*5 4-I: 4位置換ヨウ素
【0084】
表3より、ハロゲン原子として臭素(Br)又は塩素(Cl)を有している場合、収率及び重水素化率がより高く、ハロゲン原子として臭素(Br)を有している場合、収率及び重水素化率が最も高いことが分かる。また、ハロゲン原子の他に種々の置換基を有していても、収率及び重水素化率はほとんど変化しないことが分かる。
一方、ハロゲンとしてヨウ素(I)を有している場合は、収率が低かった。この原因として、反応後の副生成物から過剰反応によるビナフチル副生が競争しているためと示唆された。従って、ハロゲンとしてヨウ素(I)を有している場合は、過剰反応を抑制できる他の反応条件を採用することが望ましい。
以上の結果から、ハロゲン原子としては、臭素(Br)及び塩素(Cl)が好ましく、臭素(Br)が特に好ましいことが分かった。
【0085】
(実施例3:重水素化反応における反応温度と流量の検討)
下記反応式に示すように、1-ブロモナフタレンの重水素化を行った。
【化3】
【0086】
固体高分子膜電解セルの作製、及び前処理は実施例1と同様にした。反応条件を下記表4の通りとし、また、表5に示すように流量と反応温度を変化させたこと以外は、実施例1と同様にして重水素化を行った。結果を下記表5に示す。
【0087】
【0088】
【0089】
表5より、温度が40℃以上70℃以下であると、収率及び重水素化率がより良いことが分かる。また、流量が1.0mL/min以上5.0mL/min以下であると、収率及び重水素化率がより良いことが分かる。
一方で、温度が90℃である場合や流量が0.1mL/minである場合には、収率及び重水素化率が低くなることがあり、温度が高すぎる場合及び流量が小さすぎる場合には、過剰反応のために収率及び重水素化率が低くなるものと推定される。
また、温度が20℃である場合や流量が10mL/minである場合にも、収率及び重水素化率が低くなることがあり、温度が低すぎる場合及び流量が大きすぎる場合には反応が進みにくくなるために収率及び重水素化率が低くなるものと推定される。
【0090】
(実施例4:重水素化反応における、臭素を有する芳香環又は複素環を有する化合物の検討)
下記反応式に示すように、ハロゲンとして臭素を有する種々の化合物(基質)の重水素化を行った。
【化4】
【0091】
固体高分子膜電解セルの作製、及び前処理は実施例1と同様にした。反応条件を下記表6の通りとし、基質を変化させたこと以外は、実施例1と同様にして重水素化を行った。なお、上記反応式において、Rは置換基を表す。結果を下記表7~9に示す。
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
表7~9より、ハロゲンとして臭素を有する種々の化合物を重水素化できることが分かる。また、ハロゲンとして臭素を有する、チオフェン環やフラン環等のヘテロ環を有する化合物であっても、収率及び重水素化率が良好であることが分かる。また、臭素の他にフッ素や塩素等の他のハロゲンを有する場合であっても、臭素置換部位を選択的に重水素化することができ、選択性に優れることが分かる。
【0097】
(実施例5:重水素化反応における、塩素を有する芳香環又は複素環を有する化合物の検討)
下記反応式に示すように、ハロゲンとして塩素を有する種々の化合物(基質)の重水素化を行った。
【化5】
【0098】
固体高分子膜電解セルの作製、及び前処理を実施例1と同様に行い、反応条件を下記表10の通りとし、基質を変化させたこと以外は、実施例1と同様にして重水素化を行った。なお、上記反応式において、Rは置換基を表す。結果を下記表11に示す。
【0099】
【0100】
【0101】
表11より、ハロゲンとして塩素を有する種々の化合物を重水素化できることが分かる。また、ハロゲンとして塩素を有する、チオフェン環等のヘテロ環を有する化合物であっても、収率及び重水素化率が良好であることが分かる。