(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176463
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】ジルコニア焼結体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/486 20060101AFI20241212BHJP
C04B 35/64 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
C04B35/486
C04B35/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095008
(22)【出願日】2023-06-08
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002871
【氏名又は名称】弁理士法人坂本国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 英弘
(72)【発明者】
【氏名】オン フェイ シェン
(72)【発明者】
【氏名】南部 洸太
(72)【発明者】
【氏名】川村 謙太
(57)【要約】
【課題】環境負荷の低減や焼結体への必要以上な負荷を軽減しつつ高密度かつ均質なジルコニア焼結体を製造する技術の提供。
【解決手段】本開示に係るジルコニア焼結体の製造方法は、焼結対象試料であるジルコニア成形体を焼結炉内において加熱する工程であって、焼結炉の炉内温度(T
f)を所定の温度まで昇温する昇温工程と、昇温工程後に、ジルコニア成形体に交流電界を印加してフラッシュ現象により成形体の焼結緻密化を促進する緻密化工程とを備えている。上記ジルコニア成形体は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満の濃度の安定化元素を含み、緻密化工程を、焼結対象試料の実効温度(T
s)が、900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行する。例えば、昇温工程における所定の炉内温度は600℃以上で1200℃以下である。また、緻密化工程における交流電界の印加時間は、例えば5分未満である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼結対象試料であるジルコニア成形体を焼結炉内において加熱する工程であって、前記焼結炉の炉内温度(Tf)を所定の温度まで昇温する昇温工程と、
前記昇温工程後に、前記ジルコニア成形体に交流電界を印加してフラッシュ現象により成形体の焼結緻密化を促進する緻密化工程と、を備え、
前記ジルコニア成形体は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満の濃度の安定化元素を含み、
前記緻密化工程を、下式により算出される焼結対象試料の実効温度(Ts)が、900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行する、ジルコニア焼結体の製造方法。
Ts=[(Tf+273.15)4+W/εAσ]0.25-273.15
TsおよびTfの単位:℃
W:投入電力(mW)=印加電流(mA)×印加電圧(V)
ε:焼結対象試料の放射率
σ:シュテファン=ボルツマン定数(5.67×10-8Wm-2K-4)
A:焼結対象試料の交流電界印加領域の表面積(mm2)
【請求項2】
前記昇温工程における所定の炉内温度は600℃以上で1200℃以下である、請求項1に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項3】
前記緻密化工程における前記交流電界の印加時間は5分未満である、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項4】
前記交流電界の周波数が10Hzよりも高く2000Hz以下である、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項5】
前記交流電界印加時の電流密度が0mA/mm2よりも高く100mA/mm2以下である、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項6】
前記交流電界印加時の電界強度が0V/cmよりも高く200V/cm以下である、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項7】
前記安定化元素は、Y、Ca、Mg及びランタノイドの群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項8】
前記ジルコニアの焼結対象試料がアルミナを含む、請求項1または2に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項9】
前記アルミナの含有量が0質量%よりも多く1質量%以下である、請求項8に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項10】
安定化元素を含むジルコニア焼結体であって、
前記ジルコニア焼結体中の安定化元素の濃度が酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満であり、
焼結体のグレインサイズを円相当径で評価した時に、焼結体の外表面から0mmよりも内側で0.5mm以内の領域である表面領域における平均結晶粒径(ds)と、前記表面領域よりも外表面から深い領域である内部領域における平均結晶粒径(di)との粒径差(di-ds)が40nm未満である、ジルコニア焼結体。
【請求項11】
下式により算出される焼結体の相対密度が98%以上である、請求項10に記載のジルコニア焼結体。
相対密度(%):(実測密度ρ/真密度ρ0)×100
実測密度ρ:アルキメデス法で測定される体積に対する質量測定で測定される質量の割合(g/cm3)
真密度ρ0:焼結体が含有する安定化元素の酸化物の含有量(mol%)をXとしたときに、下記により求まる値
ρ0=[124.25(100-X)+225.81X]/2αβ[150.5(100+X)]
ここで、αおよびβは下記の値である。
α=0.5080+0.06980X/(100+X)
β=0.5195-0.06180X/(100+X)
【請求項12】
前記安定化元素は、Y、Ca、Mg及びランタノイドの群から選ばれる少なくとも1種である、請求項10または11に記載のジルコニア焼結体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はジルコニア焼結体およびその製造方法に関し、より詳細には、環境負荷を低減するとともに焼結時の対象試料への熱的負荷を軽減しつつ高密度かつ均質なジルコニア焼結体を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
フラッシュ焼結は、焼結対象の成形物に電界を印加する際、ある温度において急激な電流値および温度の上昇が発生する現象(いわゆるフラッシュ現象)を利用した焼結方法であり、Rajらの研究グループによって2010年に発表された焼結法である(非特許文献1参照)。Rajらの最初の報告では、3mol%Y2O3安定化正方晶ZrO2(3Y-TZP)が対象とされ、例えば120V/cmの直流電場を印加した場合では、大気中無加圧の環境下で、850℃という低温において緻密化が開始し、僅か5秒という短時間の焼結時間で、相対密度95%以上の緻密化焼結体が得られたと報告されている。一般的な焼結法では、3Y-TZPの場合、1400℃~1500℃という高温で、かつ、数時間の焼結が必要とされることを考えると、フラッシュ焼結により、低温かつ短時間での焼結緻密化が実現できることが分かる。このような特長から、フラッシュ焼結は、セラミックスの新たな省エネルギープロセスとしての焼結方法として注目されている。ジルコニアにおいても、フラッシュ焼結法により、相対密度の高いジルコニア焼結体を製造する方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、焼結体の密度を向上させるためにフラッシュ焼結を利用した技術が提案されており、この技術により、立方晶のジルコニア(ZrO2)や正方晶のZrO2に対してイットリウム(Y)が比較的均一に分布した安定した微細組織のジルコニア焼結体が得られたと報告されている。具体的には、フラッシュ現象が生じる温度よりも高い温度に成形体(圧粉体)を昇温した後に電界を印加することでジルコニアの緻密化が促進されることが報告されており、従来の焼結温度より比較的低温の1200℃まで昇温した後、印加電圧60V/cm、制限電流700mA/mm2、周波数100Hzの電界を印加し、制限電流に達してから5分間保持して焼結することで、ボイドが非常に少なく、相対密度99%以上のジルコニア焼結体が得られたと報告されている。
【0004】
また、特許文献2では、低い印加電圧を適用したフラッシュ焼結であって、従来の高い印加電圧を適用したフラッシュ焼結より高い焼結体密度を有するジルコニア焼結体の製造方法が提案されている。このジルコニア焼結体の製造方法は、成形体の収縮速度が一定となるように成形体に流れる電流値を制御しながら成形体に流れる電流を増加させる増電流工程と、増電流工程の後に、フラッシュ現象が可能な温度及び成形体に流れる電流が緻密化電流の電流値を示す状態下で成形体を保持することにより、成形体を緻密化する緻密化工程とを含むジルコニア焼結体の製造方法である。具体的には、成形体を1020℃まで昇温し、この温度に維持したまま、成形体の収縮速度が一定となるように制限電流値を細かく設定しながら通電電流の上昇程度を調整しつつ通電電流を増加させ、開始電流の電流値から緻密化電流の電流値まで16分かけて上昇させ、温度を1020℃に維持したまま5分間成形体を保持することにより成形体を緻密化させる。その結果、相対密度が99%以上のジルコニア焼結体が得られたと報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-182689号公報
【特許文献2】特開2022-105852号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Rapid Communications of the American Ceramic Society, Vol.93, No.11, (2010) p.3556-3559
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
フラッシュ焼結法により高密度のジルコニア焼結体が得られたとされている上述の特許文献1では、焼結対象の成形体への通電時間は5分間とされている。また、特許文献2では、1020℃での保持時間は5分間であるが、増電流工程でも16分間の通電がなされているから、焼結対象の成形体への通電時間は21分間となる。さらに、昇温工程中の通電時間を加えると通電時間の総計は21分を超えている。
【0008】
このように、従来法においては、焼結対象の成形体への通電時間は5分間以上である。しかし、環境負荷低減という観点や焼結時の対象試料への熱的負荷軽減という観点からは、より短い通電時間で高密度かつ均質なジルコニア焼結体を得ることが望ましい。
【0009】
また、従来のフラッシュ焼結法では、成形体をフラッシュ焼結する温度を炉内温度で管理・制御している。例えば、特許文献2には、「成形体温度は、成形体を加熱している装置内温度を測定することにより求めることができる。」との記載があり、炉内温度を焼結中の成形体の温度とみなしている。しかし、示唆熱膨張計の熱電対などの計測手段で検知される温度はあくまでも炉内の温度であって、焼結過程にある成形体の温度ではない。成形体の焼結で本来的に重要なパラメータは炉内温度ではなく、フラッシュ現象により緻密化が進行している成形体の実際の試料温度(実効温度)である。
【0010】
本開示は、上述の観点に基づき、従来のフラッシュ焼結法に比較して短時間での焼結を可能とすることにより、環境負荷の低減や焼結体へかかる負荷を軽減しつつ高密度かつ均質なジルコニア焼結体を製造することを目的とする。また、フラッシュ現象により緻密化が進行している焼結対象試料の実際の試料温度(実効温度)での焼結を実行することにより、高密度かつ均質なジルコニア焼結体の高品質化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した課題を解決するために、本発明の内容は特許請求の範囲に記載の通りであり、また、本開示の要旨は以下のとおりである。
(1) 焼結対象試料であるジルコニアの焼結対象試料を焼結炉内において加熱する工程であって、前記焼結炉の炉内温度(Tf)を所定の温度まで昇温する昇温工程と、前記昇温工程後に、前記ジルコニアの焼結対象試料に交流電界を印加してフラッシュ現象により焼結対象試料の焼結緻密化を促進する緻密化工程と、を備え、前記ジルコニアの焼結対象試料は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満の濃度の安定化元素を含み、前記緻密化工程を、下式により算出される焼結対象試料の実効温度(Ts)が、900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行する、ジルコニア焼結体の製造方法。
Ts=[(Tf+273.15)4+W/εAσ]0.25-273.15
TsおよびTfの単位:℃
W:投入電力(mW)=印加電流(mA)×印加電圧(V)
ε:焼結対象試料の放射率 ただし、ε=1
σ:シュテファン=ボルツマン定数(5.67×10-8Wm-2K-4)
A:焼結対象試料の交流電界印加領域の表面積(mm2)
(2) 前記昇温工程における所定の炉内温度は600℃以上で1200℃以下である、(1)に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(3) 前記緻密化工程における前記交流電界の印加時間は5分未満である、(1)または(2)に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(4) 前記交流電界の周波数が10Hzよりも高く2000Hz以下である、(1)乃至(3)のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(5) 前記交流電界印加時の電流密度が0mA/mm2よりも高く100mA/mm2以下である、(1)乃至(4)のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(6) 前記交流電界印加時の電界強度が0V/cmよりも高く200V/cm以下である、(1)乃至(5)のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(7) 前記安定化元素は、Y、Ca、Mg及びランタノイドの群から選ばれる少なくとも1種である、(1)乃至(6)のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(8) 前記ジルコニアの焼結対象試料がアルミナを含む、(1)乃至(7)のいずれかに記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(9) 前記アルミナの含有量が0質量%よりも多く1質量%以下である、(8)に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
(10) 安定化元素を含むジルコニア焼結体であって、前記ジルコニア焼結体中の安定化元素の濃度が酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満であり、焼結体のグレインサイズを円相当径で評価した時に、焼結体の外表面から0mmよりも内側で0.5mm以内の領域である表面領域における平均結晶粒径(ds)と、前記表面領域よりも外表面から深い領域である内部領域における平均結晶粒径(di)との粒径差(di-ds)が40nm未満である、ジルコニア焼結体。
(11) 下式により算出される焼結体の相対密度が98%以上である、(10)に記載のジルコニア焼結体。
相対密度(%):(実測密度ρ/真密度ρ0)×100
実測密度ρ:アルキメデス法で測定される体積に対する質量測定で測定される質量の割合(g/cm3)
真密度ρ0:焼結体が含有する安定化元素の酸化物の含有量(mol%)をXとしたときに、下記により求まる値
ρ0=[124.25(100-X)+225.81X]/2αβ[150.5(100+X)]
ここで、αおよびβは下記の値である。
α=0.5080+0.06980X/(100+X)
β=0.5195-0.06180X/(100+X)
(12) 前記安定化元素は、Y、Ca、Mg及びランタノイドの群から選ばれる少なくとも1種である、(10)または(11)に記載のジルコニア焼結体。
【発明の効果】
【0012】
本開示により、従来のフラッシュ焼結法に比較して焼結時間が短縮化され、環境負荷を低減するとともに焼結時の対象試料への熱的負荷を軽減しつつ高密度かつ均質なジルコニア焼結体を製造することが可能となる。また、フラッシュ現象により緻密化が進行している焼結対象試料の実際の温度(実効温度)での焼結が行われる結果、高密度かつ均質なジルコニア焼結体の高品質化が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、フラッシュ焼結の対象試料の形状の一例を図示する図である。
【
図2】
図2は、焼結対象試料に交流電界を印加するために、導線(Pt線)を焼結対象試料に直接繋いだ状態の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、焼結対象試料に交流電界を印加するために、焼結対象試料の端部近傍にPtペーストを塗布した後に、このPtペースト塗布部に導線(Pt線)を繋いだ状態の一例を示す図である。
【
図4】
図4は、本開示で用いられるジルコニア焼結体の製造装置の構造の概略を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図面を参照して、本開示に係るジルコニア焼結体の製造方法および当該製造方法により得られるジルコニア焼結体について説明するが、以下の記載はあくまでも本開示の実施形態としての例であり、本発明はこれらの記載内容に限定されるものではない。なお、本明細書において用いられる各用語の意味は以下のとおりである。
【0015】
「フラッシュ現象」とは、焼結対象試料に電圧を印加した状態における急激な電流値の上昇現象である。なお、このような急激な電流値の上昇現象により、焼結対象試料の温度も上昇する。「フラッシュ焼結」とは、フラッシュ現象によって焼結対象試料を緻密化させる焼結方法である。また、「フラッシュ温度」とは、フラッシュ現象が生じる温度であり、電圧を印加した状態で昇温した場合において急激に電流値が上昇(増加)する温度である。
【0016】
「交流電界」とは、交流電源と焼結対象試料とを導線でつなぎ電流を流した際に焼結対象試料にかかる電場のことであり、印加電圧(V)を焼結対象試料の電極間距離(cm)で除したもの(V/cm)をいう。この「交流電界」は、「交流電場」もしくは「電場強度」と表記されることもある。なお、交流波形は任意であるが、矩形波、正弦波、三角波、鋸歯状波であることが望ましく、矩形波もしくは正弦波が好ましい。交流電界の周波数は、10Hzよりも高く2000Hz以下の範囲にあることが好ましく、100Hz以上で1000Hz以下の範囲にあることがより好ましい。
【0017】
「印加電流」とは、焼結対象試料に電場が印加された際に流れる電流であり、その値が印加電流値(mA)である。また、「電流密度」とは、焼結対象試料の単位面積あたりに流れる電流値であり、印加電流値(mA)を焼結対象試料の断面積(mm2)で除した値である(mA/mm2)。
【0018】
図1は、フラッシュ焼結の対象試料の形状の一例を図示する図である。焼結対象試料10がこの図に示されたような直方体形状を有しており、図中に示した矢印の方向に電流(I
AC)が流れる場合には、焼結対象試料の断面積S(mm
2)はa(mm)×b(mm)であるから、電流密度(mA/mm
2)は、印加電流値(mA)/断面積S(mm
2)で求められる。
【0019】
「制限電流値」とは、焼結対象試料に流れる電流値の上限として設定される通電電流(制限電流)の電流値であり、焼結対象試料に流れる電流がこの電流値を超えないように制御するためのものである。「制限電流密度」とは、上記制限電流の電流密度である。
【0020】
焼結対象試料の「電極間距離」とは、焼結対象試料内で電場が印加されている距離である。
【0021】
図2および
図3は、焼結対象試料に交流電界を印加するために導線をつないだ状態を例示して示す図で、
図2に示した態様では導線(Pt線:20)を焼結対象試料10に直接繋いでいる。一方、
図3に示した態様では、焼結対象試料10と導線20の接触抵抗を低減するために焼結対象試料10の端部近傍にPtペースト30を塗布した後に、このPtペースト塗布部30に導線(Pt線)20を繋いでいる。
図2に示した態様の場合の「電極間距離」は、導線(Pt線)間(20aと20b)の最短距離であるL
ewであり、
図3に示した態様の場合の「電極間距離」は、Ptペースト塗布部間(30aと30b)の最短距離であるL
epである。
【0022】
「通電時間」とは、焼結対象試料に対して交流電界を印加した時間(min)の総計である。
【0023】
「実効温度」とは、フラッシュ現象により緻密化が進行している焼結対象試料の温度であり、本開示ではこの温度を焼結対象試料の実際の温度とみなしている。交流電界印加時の焼結対象試料には、焼結炉のヒータによる外部加熱の熱量の他、試料自体のジュール熱による発熱や放射による熱の損失が起こる。本発明者らは、検討の結果、定常状態においては焼結対象試料のジュール熱による発熱と放射による熱の損失は等しいと考え、焼結炉の炉内温度がTf(℃)のときの「実効温度(Ts)」(℃)を下式により算出している。
Ts=[(Tf+273.15)4+W/εAσ]0.25-273.15
W:投入電力(mW)=印加電流(mA)×印加電圧(V)
ε:焼結対象試料の放射率 ただし、ε=1
σ:シュテファン=ボルツマン定数(5.67×10-8Wm-2K-4)
A:焼結対象試料の交流電界印加領域の表面積(mm2)
【0024】
なお、炉内温度Tf(℃)を求めるに際しては、一般的に行われる電気炉の温度モニターと同様、例えば、示唆熱膨張計の熱電対で検知され、電気炉温度としてディスプレイに表示される温度をもって炉内温度としている。後述するように、本開示においては、緻密化工程を、焼結対象試料の実効温度(Ts)が900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行することが好ましい。
【0025】
また、焼結対象試料の交流電界印加領域の表面積A(mm
2)は、例えば
図2に示した態様ではA=2(a+b)×L
ewとなり、
図3に示した態様ではA=2(a+b)×L
epとなる。
【0026】
「成形体」とは、粉末粒子同士が物理的な力で凝集して一定形状を保持した状態の粉末からなる圧粉体である。成形体は、バインダーを含んでいてもよい。なお、本明細書では、「成形体」なる用語を、「仮焼結体」を含む広義の意味で用いることがある。
【0027】
以下、本開示のジルコニア焼結体の製造方法について実施形態の一例を示して説明する。以下の説明から明らかとなるように、本実施形態のジルコニア焼結体の製造方法は、焼結対象試料であるジルコニア成形体を焼結炉内において加熱する工程であって、焼結炉の炉内温度(Tf)を所定の温度まで昇温する昇温工程と、昇温工程後に、ジルコニア成形体に交流電界を印加してフラッシュ現象により成形体の焼結緻密化を促進する緻密化工程と、を備え、ジルコニア成形体は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満の濃度の安定化元素を含み、緻密化工程を、上述した式により算出される焼結対象試料の実効温度(Ts)が、900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行する、ジルコニア焼結体の製造方法である。
【0028】
本実施形態の製造方法では、ジルコニア成形体が含有する安定化元素の濃度は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満である。この安定化元素含有濃度は、従来法のものに比較して低い。本開示によれば、焼結時の対象試料への熱的負荷が軽減される結果、比較的低い濃度で安定化元素を含有するジルコニア成形体であっても、緻密且つ均質な、高品質のジルコニア焼結体を得ることができる。また、従来の焼結法よりも短時間で緻密かつ均質なジルコニア焼結体を得ることができるため、環境負荷が低減される。
【0029】
<ジルコニア成形体>
本開示で焼結対象試料とされるジルコニア成形体は、ジルコニア粉末を成形したものである。成形に供するジルコニア粉末の製造方法に特段の制限はないが、好ましい方法として加水分解法を例示することができる。上記ジルコニア粉末は安定化元素を酸化物として含み、このジルコニア粉末を圧粉して成形体とする。上述のジルコニア粉末は、部分安定化ジルコニアであることが好ましい。安定化元素としては、Y、Ca、Mg及びランタノイドを例示することができ、これらの元素群から選ばれる少なくとも1種を含有させることができる。そのような部分安定化ジルコニアとして、イットリアを含有する部分安定化ジルコニアを例示することができる。また、このようなジルコニア粉末にアルミナを含ませてもよい。その場合、焼結体中のアルミナの含有量が、0質量%よりも多く1質量%以下となるように調合することが好ましい。
【0030】
成形体の形状および大きさに特段の制限はない。成形体の形状は、円板状、円柱状、立方体状、直方体状、多角形状、略多角形状、球状または略球状など、用途に応じた任意の形状であればよい。成形体の大きさは、均一に電圧が印加され得る大きさであればよい。例えば、縦5mm、横5mm、長さ30mmの長方体状の成形体を例示することができる。なお、焼結対象試料とする成形体は、あらかじめ大きな成形体を作成しておき、これを加工して適当なサイズの成形体とすることでもよい。
【0031】
成形条件に特段の制限はなく任意であるが、冷間等圧加圧(CIP)により成形する場合は、例えば、1次圧を9.8MPa以上で196MPa以下とし、CIP圧を98MPa以上で294MPa以下とするといった条件を例示できる。
【0032】
なお、上述の成形体は、フラッシュ焼結に先立ち、仮焼結したものであってもよい。このような仮焼結の条件として、昇温速度が10℃/h以上300℃/h以下、保持温度範囲が500℃以上で1200℃以下であり、仮焼結保持時間が0.1時間以上2.0時間未満、降温速度が10℃/h以上500℃/h未満とする条件を例示することができる。
【0033】
次に、本開示のジルコニア焼結体の製造方法における各工程について説明する。
【0034】
<製造装置>
図4は、本開示で用いられるジルコニア焼結体の製造装置100の構造の概略を説明するためのブロック図である。この図に示した例では、導線(Pt線:20)が繋がれた焼結対象試料10が焼結炉40内にセットされ、この焼結対象試料10には、電源装置50を介して交流電界が印加される。焼結炉40は焼結対象試料10の焼結に際して昇温するためのものであり、例えば電気炉である。なお、この図に示した例では、焼結炉40の炉内温度をモニターするために、熱電対60が設けられている。
【0035】
この装置100は、制限電流値を設定し電流を制御することで、成形体に流れる電流値を制御することができるように構成されている。電流の制限は、市販の電源装置等を用いて行うことができる。
【0036】
<本実施形態における焼結プロセス>
本実施形態における焼結プロセスは、焼結対象試料であるジルコニア成形体10を電源に導線20で繋いだ状態で焼結炉40内へ投入した後に、このジルコニア成形体を加熱するために炉内温度を所定温度まで昇温する工程(昇温工程)と、この昇温工程後に、ジルコニア成形体10に所定の制限電流値の交流電流を流した状態で(すなわち、所定の交流電界を印加した状態で)一定時間保持することで、フラッシュ現象により成形体の焼結緻密化を促進する緻密化工程(フラッシュ焼結工程)を含む。
【0037】
焼結対象試料であるジルコニア成形体と電源とを繋ぐ導線に特別な制限はないが、成形体と接触する部分の材質はPtであることが好ましい。また、既に例示したように、成形体と導線の接触部にはPtペーストを塗布しておくことが好ましい。Ptペーストを塗布することで、三相交流を流した際の成形体と導線との接触部分の電気抵抗を低減することができる。
【0038】
上述した昇温工程の到達炉内温度(Tf)は、ジルコニア成形体がフラッシュ現象を起こす温度(フラッシュ温度)であればよい。フラッシュ温度は、印加電圧やセラミックス成形体の材料の種類等に依存し、一般に、印加電圧が大きいほどフラッシュ温度を低くすることができる。本開示では、セラミックス成形体はジルコニア成形体であり、炉内温度は600℃以上とすることが好ましく、800℃以上とすることがより好ましい。また、炉内温度は1200℃以下とすることが好ましく、1200℃未満であることがより好ましい。例えば、この昇温工程における所定の炉内温度を、600℃以上で1200℃以下の範囲に設定する。
【0039】
上述した緻密化工程(フラッシュ焼結工程)における保持時の制限電流密度(交流電界印加時の電流密度)は、0mA/mm2よりも高く100mA/mm2以下であることが好ましい。また、交流電界の周波数は10Hzよりも高く2000Hz以下であることが好ましく、交流電界印加時の電界強度は0V/cmよりも高く200V/cm以下であることが好ましい。さらに、この緻密化工程における交流電界の印加時間は5分未満であることが好ましく、例えば、3分以下の印加時間とする。本開示によれば、このような短時間の焼結でも、高密度かつ均質な高品質のジルコニア焼結体が得られる。
【0040】
なお、上述の緻密化工程は、交流電界印加時の電流密度を増加させる第1工程(増電工程)と、当該第1工程で到達した電流密度で交流電界印加状態を保持する第2工程(保持工程)を含む態様としてもよい。また増電工程において、交流電界印加時の電流密度を増加させる速度(「増電速度」ともいう。)を制御し、保持工程における電流密度(「保持電流密度」ともいう。)まで徐々に電流密度を増加させてもよい。上述したように増電速度を制御することで、保持電界印加時の電力のオーバーシュートを抑制することができる。増電工程を設ける場合、増電速度に特段の制限はないが、例えば、下限値として0.1mA/mm2s、上限値として10mA/mm2sを例示できる。このような導電工程を設ける場合でも、緻密化工程における交流電界の印加時間は5分未満であることが好ましく、例えば3分以下の印加時間とする。すなわち、増電工程と保持工程での印加時間の総和を5分未満とすることが好ましい。
【0041】
保持工程は、電力のオーバーシュートが発生しない場合は、電流密度が予め設定した保持電流密度(設定保持電流密度)に達した時点より開始される。一方、電力のオーバーシュートが発生する場合は、電流密度は一旦、設定保持電流密度を超え、その後に電流密度が低下して設定保持電流密度に達することになるから、この設定保持電流密度に達した時点で開始されるものとする。
【0042】
本開示では、成形体をフラッシュ焼結する温度を炉内温度で管理及び制御するのではなく、フラッシュ現象により緻密化が進行している成形体の実際の温度(実効温度)で管理及び制御する。上述したように、「実効温度」とは、フラッシュ現象により緻密化が進行している焼結対象試料の実際の温度である。交流電界印加時の焼結対象試料には、焼結炉のヒータによる外部加熱の熱量の他、試料自体のジュール熱による発熱や放射による熱の損失が起こる。そのため、本開示では、すでに説明したように、焼結炉の炉内温度がTf(℃)のときの「実効温度(Ts)」(℃)を下式により算出している。
Ts=[(Tf+273.15)4+W/εAσ]0.25-273.15
なお、増電工程において、増電速度の制御を実施しない場合、電力のオーバーシュートが生じ、保持工程における実効温度よりも増電工程における実効温度の最大値が高くなる場合がある。従って本明細書では、保持工程における実効温度を「保持時試料温度」、増電工程における実効温度を「増電時最大試料温度」と区別して表記している。
【0043】
<ジルコニア焼結体>
本開示により得られるジルコニア焼結体は、安定化元素を含むジルコニア焼結体である。好ましくは、ジルコニア焼結体中の安定化元素の濃度は酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満である。また、好ましい態様では、焼結体のグレインサイズを円相当径で評価した時に、焼結体の外表面から0mmよりも内側で0.5mm以内の領域である表面領域における平均結晶粒径(ds)と、表面領域よりも外表面から深い領域である内部領域における平均結晶粒径(di)との粒径差(di-ds)が100nm以下であることが好ましく、より好ましくは40nm未満である。
【0044】
表面領域における平均結晶粒径(ds)と内部領域における平均結晶粒径(di)はいずれも、200nm以上で1000nm以下の範囲にあることが好ましい。ここで、「平均結晶粒径」は、焼結体を構成するジルコニア結晶粒子の個数を基準にした平均径であり、鏡面研磨した焼結体を熱処理後、走査型電子顕微鏡(SEM)観察して得られるSEM観察図を用いて、プラニメトリック法により算出される。より具体的には、SEM観察図に半径rの円を描き、円内および円周部に位置する粒子数をそれぞれ数え、下記式より平均粒径D[nm]を算出する。
D=(1.77×r)/(NA)0.5
NA=N1+N2/2
r:SEM観察図に描いた円の半径
N1:円内に位置する粒子数
N2:円周部に位置する粒子数
なお、上述したSEM観察像に描く円の半径は、円内および円周部に位置する粒子数の合計が100±50個となるよう設定すればよい。また、SEM観察は一般的な走査電子顕微鏡(例えば、JSM-IT500LA、日本電子社製)により行えばよい。
【0045】
SEM観察は、画像解析する結晶粒子(SEM観察図において結晶粒界が途切れずに観察される結晶粒子)の数が200±50個となるように、観察倍率を適宜設定して行えばよい。SEM観察箇所の相違による、観察される結晶粒子のバラツキを抑制するため、2以上、好ましくは3以上で5以下のSEM観察図によって観察される結晶粒子の合計が上述の結晶粒子数となるように、SEM観察図を得ることが好ましい。SEM観察条件は、例えば、加速電圧が5~15kV、観察倍率が5000倍~40000倍である。
【0046】
なお、鏡面研磨した焼結体は結晶粒界のコントラストが観察し難いことがあるため、結晶粒径の変化しない範囲で熱処理を行うことが好ましい。このような熱処理の条件としては、例えば、焼結温度(実効温度)よりも50℃以上低い温度で0.1時間以上保持することが挙げられる。例えば、熱処理温度が1050℃以上で1540℃以下の範囲で、0.1時間以上で1.0時間以下の熱処理を行う。
【0047】
本実施形態の製造方法により得られるジルコニア焼結体は、成形体と同様な組成を有していればよい。このようなジルコニア焼結体は、部分安定化ジルコニアの焼結体であることが好ましく、イットリアを含有する部分安定化ジルコニアの焼結体であることがより好ましい。
【0048】
イットリアを含有する部分安定化ジルコニア焼結体の場合、イットリア含有量の下限値は、2.0質量%であることが好ましく、2.5質量%であることがより好ましい。また、上限値は、5.2質量%未満であることが好ましく、4.5質量%未満、さらには、3.6質量%未満であることがより好ましい。
【0049】
なお、上述したように、安定化元素としては、Yのほかに、Ca、Mg及びランタノイドを例示することができる。含有する安定化元素は、これらの元素群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。
【0050】
本実施形態の製造方法により得られるジルコニア焼結体の相対密度は、98%以上100%以下であることが好ましい。ここで、焼結体の相対密度は、下式により算出される。
相対密度(%):(実測密度ρ/真密度ρ0)×100
実測密度ρ:アルキメデス法で測定される体積に対する質量測定で測定される質量の割合(g/cm3)
真密度ρ0:焼結体が含有する安定化元素の酸化物の含有量(mol%)をXとしたときに、下記により求まる値
ρ0=[124.25(100-X)+225.81X]/2αβ[150.5(100+X)]
ここで、αおよびβは下記の値である。
α=0.5080+0.06980X/(100+X)
β=0.5195-0.06180X/(100+X)
【実施例0051】
以下に、実施例により本開示の実施形態について説明するが、本実施形態は例示に過ぎず、本開示はこれに限定されるものではない。
【0052】
<相対密度>
焼結体の実測密度をアルキメデス法により測定した。この測定に先立ち、乾燥後の焼結体の質量を測定した後,焼結体を水中に配置し、これを1時間煮沸して前処理とした。真密度は、上述した数式を用いて算出し、真密度に対する実測密度の値から相対密度(%)を求めた。
【0053】
<SEM観察>
一般的な走査型電子顕微鏡(装置名:S3000、株式会社日立ハイテク社製)を使用し、焼結後の試料の破面のSEM観察図を得た。SEM観察を、加速電圧が20kV、観察倍率が10000倍の条件で行った。得られたSEM観察図から、150±50個の結晶粒子の粒子径を測定し、その平均結晶粒径を求めた。SEM観察に先立ち、研磨により、焼結体試料の破面を鏡面(Ra≦0.02μm)とした後、熱エッチング処理を施すことで前処理とした。
【0054】
<実施例1~4および比較例1~3>
実施例1~4および比較例1では、安定化剤としてイットリア(Y2O3)含有量が2.9質量%である(1.5mol%に相当)イットリア含有ジルコニア粉末を準備した。比較例2ではイットリア含有量を5.2質量%(3.0mol%に相当)とし、比較例3ではイットリア含有量を9.4質量%(5.5mol%に相当)とした。ジルコニアが安定化剤を含有しない粉末の場合、これを焼結しても、破壊靭性を発現する要因となる正方晶ジルコニアを含む焼結体が得られ難いため、本実施例では、イットリア含有ジルコニア粉末を用いている。なお、実施例3および比較例3においては、アルミナ(Al2O3)を含有させている。このようなジルコニア粉末を、10MPaの圧力下で1軸加圧成形し、196MPaの圧力下で冷間等圧加圧(CIP)処理し、縦a(mm)、横b(mm)、長さc(mm)の直方体形状の成形体を得た。各成形体のサイズ(a、b、cの値)は、下記の表に示している。
【0055】
このようにして得られた成形体に対して、電極間距離(Le)が18mm(実施例1~4および比較例1および3)または15mm(比較例2)となるようにPtペーストを塗布後、このPt塗布部にPt線を巻き付け、電源装置の導線と繋げ合わせた。その後、成形体を焼結炉に導入し、炉内温度が所定温度である900℃もしくは1100℃となるように600℃/hで炉内を昇温した。炉内温度が所定温度に達した時点で焼結対象である成形体に交流電界を印加し、フラッシュ焼結を実施した。
【0056】
表2に示す保持電流密度まで電流密度を増加させ、所定時間フラッシュ状態を保持した後、印加電流を切り、炉内温度を室温まで降温させ、焼結体を取り出した。取り出した焼結体について、電極部(Ptペースト塗布部を含む)より外側の部分を取り除き、実測密度の測定を実施した。
【0057】
表1に、実施例1~4および比較例1~3の粉末組成、成形体サイズおよび電極間距離を纏めた。表1において、「wt%」は「質量%」と同義である。また、表2に、フラッシュ焼結条件および焼結体の特性評価結果を纏めた。
【0058】
【0059】
【0060】
これらの表からわかるように、増電時の最大試料温度が1650℃を超える1685℃と高い比較例1のものは、実施例1乃至4のものと比較して相対密度が96%と相対的に低く、粒径差も40nmと大きく不均一な焼結体となっている。
【0061】
また、イットリア濃度が5.2質量%と高い比較例2のものは、実施例2と同条件で焼結を実施したにもかかわらず、実施例2のものと比較して相対密度が92%と低く、粒径差も45nmと大きく不均一な焼結体となっている。
【0062】
また、比較例2よりもさらにイットリア濃度が9.4質量%と高い比較例3のものは、保持電流密度を180mA/mm2として過剰に流して保持時試料温度を1490℃としたものである。交流電界印加時の電流がこのように高いと、保持時試料温度がある程度高くても、実施例1乃至4のものと比較して相対密度は97%と低く、粒径差も500nmと大きく不均一な焼結体となっている。
【0063】
<実施例5および実施例6>
実施例5および6は、成形体を50℃/hで炉内昇温後に1000℃で1時間保持して仮焼結を行ったものを焼結対象試料としてフラッシュ焼結したものである。
【0064】
表3に、実施例5および6の粉末組成、成形体サイズおよび電極間距離を纏めた。また、表4に、フラッシュ焼結条件および焼結体の特性評価結果を纏めた。
【0065】
【0066】
【0067】
実施例5と実施例1を比べると、仮焼結を行うことで、1100℃より低い温度の900℃でフラッシュ焼結しても、相対密度が高く(99%)粒径差の小さな(35nm)ジルコニア焼結体が得られることがわかる。
【0068】
また、実施例6と実施例3を比べると、仮焼結を行うことで、相対密度が向上し(100%)粒径差も小さくなる(0nm)ことがわかる。
【0069】
このように、本開示により、従来のものに比較して、相対的に安定化元素の含有量を低くしても、高密度かつ均質なジルコニア焼結体が得られる。そのメカニズムは必ずしも明らかではないが、従来のフラッシュ焼結法に比較して焼結時間を短縮化することで、焼結体への負荷が軽減されるため、含有させる安定化元素の量が相対的に少量であっても、高密度かつ均質なジルコニア焼結体の高品質化が図られるためであると思われる。
【0070】
以上説明したとおり、本開示に係るジルコニア焼結体の製造方法は、焼結対象試料であるジルコニア成形体を焼結炉内において加熱する工程であって、焼結炉の炉内温度(Tf)を所定の温度まで昇温する昇温工程と、当該昇温工程後に、ジルコニア成形体に交流電界を印加してフラッシュ現象により成形体の焼結緻密化を促進する緻密化工程とを備えている。また、上記ジルコニア成形体は、酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満の濃度の安定化元素を含む。本開示では、上記緻密化工程を、下式により算出される焼結対象試料の実効温度(Ts)が、900℃以上で1650℃以下の範囲となる条件下で実行する。
Ts=[(Tf+273.15)4+W/εAσ]0.25-273.15
TsおよびTfの単位:℃
W:投入電力(mW)=印加電流(mA)×印加電圧(V)
ε:焼結対象試料の放射率
σ:シュテファン=ボルツマン定数(5.67×10-8Wm-2K-4)
A:焼結対象試料の交流電界印加領域の表面積(mm2)
【0071】
一態様として、昇温工程における所定の炉内温度は600℃以上で1200℃以下である。
【0072】
また、緻密化工程における交流電界の印加時間は5分未満であることが好ましく、3分以下であることがより好ましい。
【0073】
このような本開示に係るジルコニア焼結体の製造方法で得られるジルコニア焼結体は、安定化元素を含むジルコニア焼結体であって、ジルコニア焼結体中の安定化元素の濃度が酸化物換算で2.0質量%以上で5.2質量%未満であり、焼結体のグレインサイズを円相当径で評価した時に、焼結体の外表面から0mmよりも内側で0.5mm以内の領域である表面領域における平均結晶粒径(ds)と、表面領域よりも外表面から深い領域である内部領域における平均結晶粒径(di)との粒径差(di-ds)が40nm未満であるジルコニア焼結体であり得る。
【0074】
このようなジルコニア焼結体は、好ましい態様として、下式により算出される焼結体の相対密度が98%以上である。
相対密度(%):(実測密度ρ/真密度ρ0)×100
実測密度ρ:アルキメデス法で測定される体積に対する質量測定で測定される質量の割合(g/cm3)
真密度ρ0:焼結体が含有する安定化元素の酸化物の含有量(mol%)をXとしたときに、下記により求まる値
ρ0=[124.25(100-X)+225.81X]/2αβ[150.5(100+X)]
ここで、αおよびβは下記の値である。
α=0.5080+0.06980X/(100+X)
β=0.5195-0.06180X/(100+X)
【0075】
上述のとおり、上記安定化元素は、好ましくは、Y、Ca、Mg及びランタノイドの群から選ばれる少なくとも1種である。
本開示により、従来のフラッシュ焼結法に比較して焼結時間が短縮化され、環境負荷を低減するとともに、焼結時の対象試料への熱的負荷を軽減しつつ高密度かつ均質なジルコニア焼結体を製造することが可能となる。また、フラッシュ現象により緻密化が進行している焼結対象試料の実際の温度(実効温度)での焼結が行われる結果、高密度かつ均質なジルコニア焼結体の高品質化が図られる。