(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024040836
(43)【公開日】2024-03-26
(54)【発明の名称】光量子コンピュータ
(51)【国際特許分類】
G06E 3/00 20060101AFI20240318BHJP
G02F 1/39 20060101ALI20240318BHJP
G02F 3/00 20060101ALI20240318BHJP
G06F 7/38 20060101ALI20240318BHJP
G06N 10/40 20220101ALI20240318BHJP
【FI】
G06E3/00
G02F1/39
G02F3/00 502
G06F7/38 510
G06N10/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022145455
(22)【出願日】2022-09-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 掲載年月日:令和4年5月27日 掲載アドレス:https://arxiv.org/abs/2205.14061 掲載年月日:令和3年12月22日 掲載アドレス:https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/12/22/211222a.html 掲載年月日:令和3年12月22日 掲載アドレス:https://aip.scitation.org/doi/10.1063/5.0063118
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 ムーンショット型研究開発事業「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピューターの研究開発」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅木 毅伺
(72)【発明者】
【氏名】柏崎 貴大
(72)【発明者】
【氏名】井上 飛鳥
(72)【発明者】
【氏名】古澤 明
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 護
【テーマコード(参考)】
2K102
【Fターム(参考)】
2K102AA06
2K102AA08
2K102AA09
2K102AA21
2K102AA37
2K102BA13
2K102BA18
2K102BA19
2K102BA31
2K102BA40
2K102BB01
2K102BB02
2K102BB04
2K102BB10
2K102BC01
2K102BD03
2K102DA04
2K102DA05
2K102DA10
2K102DA20
2K102DB03
2K102DC07
2K102DC08
2K102DD05
2K102EB06
2K102EB16
2K102EB20
2K102EB22
2K102EB29
2K102EB30
(57)【要約】
【課題】光量子コンピュータの最終的なクロック周波数を制限するのは、スクイーズド光の帯域である。しかしながら、プロセッサの電気回路を含む部分の帯域が十GHzに制限されており、広帯域なスクイーズド光の能力を十分に活かしていなかった。
【解決手段】本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光のスペクトルを光周波数の帯域に分け、対称な位置にある帯域の組を、独立した光量子コンピュータの複数のプロセッサとして扱う。各プロセッサの帯域は、電気回路であるホモダイン検出器の帯域に適合させる。本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光の持っている広大な帯域内を分割して使用し、並列計算を行うことで実効的なクロック周波数を上げる。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
周波数fCの連続波光から、1つ以上のスクイーズド光を生成するスクイーズド光源、および、
光合分波器および光遅延器を含み、前記スクイーズド光源からの前記1つ以上のスクイーズド光を干渉させて、1以上の干渉光を生成する光学遅延干渉系
を有する量子もつれ状態生成部と、
前記1以上の干渉光の内の1つの干渉光から、前記周波数fCを中心周波数として、上下に対称に離れ、帯域幅ΔfHDを有する帯域のn個の組を抽出する周波数フィルタ、および、
検出器を含み、n個の帯域の組の内の1つの組に対する前記検出器にローカル光が供給される、ホモダイン検出ブロック
を有し、干渉出力を測定する量子操作部と
を備えた光量子コンピュータ。
【請求項2】
前記量子操作部は、
前記検出器の前段側に前記1つの干渉光を位相感応光増幅する光パラメトリック増幅器をさらに含む、請求項1に記載の光量子コンピュータ。
【請求項3】
前記量子操作部は、
前記n個の帯域の組に対応したローカル光を生成し、前記連続波光に基づいて、前記ホモダイン検出ブロックへ、周波数間隔fSpacingのローカル光を供給する光周波数コム光源をさらに含む、請求項1に記載の光量子コンピュータ。
【請求項4】
前記検出器は、
前記ローカル光の位相を調整する位相調整器、および、
前記1つの干渉光および位相調整された前記ローカル光が入力される差動検出器を含む請求項3に記載の光量子コンピュータ。
【請求項5】
前記光学遅延干渉系からはm個の干渉光が出力され、
n個の帯域の組の内の1つの組に対応し、前記m個の干渉光に関連付けられた検出器に、同一の周波数のローカル光が供給される、請求項3に記載の光量子コンピュータ。
【請求項6】
前記光学遅延干渉系は、少なくとも2つのスクイーズド光入力部、異なる遅延時間を有する少なくとも2つの光学遅延線、および、少なくとも2つの前記干渉出力を含み、
少なくとも2つの干渉出力が前記量子操作部へ入力される、請求項1に記載の光量子コンピュータ。
【請求項7】
前記スクイーズド光源は、
前記連続波光を生成する連続波光源、
前記連続波光から第2高調波光を生成する第2高調波光生成器、および、
前記第2高調波光から前記スクイーズド光を生成する光パラメトリック下方変換器を含む、請求項1に記載の光量子コンピュータ。
【請求項8】
前記量子もつれ状態生成部は、時間領域多重された2次元クラスター状態を生成し、
前記量子操作部は、前記2次元クラスター状態における1つの量子状態を前記検出器によって測定することで、残りの量子状態に操作を加える測定励起型量子操作を実施する、請求項1乃至7いずれかに記載の光量子コンピュータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光量子コンピュータに関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータは、量子力学特有の性質である量子エンタングルメントや量子重ね合わせ状態を利用し、従来のコンピュータの性能を凌駕するとして期待されている。量子コンピュータの実現方法としては、様々な物理系が考えられている。その中で、光量子コンピュータは、現実的な誤り耐性型万能量子コンピュータを実現する有力候補として着目されている。光量子コンピュータは、光電場の直交位相振幅に量子情報をエンコードして計算を行う連続量光量子情報処理の手法を用いる。光量子コンピュータでは、使用する光のキャリア周波数が200THz程度と高いため、装置の大部分を室温大気圧の環境下に設置することができる。コンピュータのクロック周波数の面でも有利である。さらに、波長1550nm付近の光を使うことで、光ファイバーや光変調器などの成熟した光通信技術をそのまま転用できる。
【0003】
後述するが、光量子コンピュータのプロセッサ部分を実現するのが、時間領域多重クラスター状態である。時間領域多重クラスター状態は、スクイーズド光と呼ばれる量子相関を持たせた光と、光学遅延を持つ非対称な干渉系、およびホモダイン検出器によって実現される。ホモダイン検出器における測定位相を適切に選択することによって、様々な量子計算が実現できることが知られている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W. Asavanant et al., Phys. Rev. Applied 16, 034005 (2021年)
【非特許文献2】M. V. Larsen et al., Nat. Phys. 17, 1018 (2021年)
【非特許文献3】J. F. Tasker et al., Nat. Photon. 15, 11 (2021年)
【非特許文献4】A. Parriax et al., Adv. In Opt. and Photon. 12, 1 (2020年)
【非特許文献5】"Universal quantum computation with temporal-mode bilayer square lattices", R. N. Alexander et al., Phys. Rev. A 97, 032302 (2018年)
【非特許文献6】"Generation of time-domain-multiplexed two-dimensional cluster state", W. Asavanant et al., Science 366, 373-376, (2019年)https://www.science.org/doi/10.1126/science.aay2645
【非特許文献7】"Deterministic generation of a two-dimensional cluster state", M. V. Larsen et al., Science 366, 369-372 (2019年)
【非特許文献8】"Flexible quantum circuits using scalable continuous-variable cluster states", R. N. Alexander et al. Phys. Rev. A 93, 062326 (2016年)
【非特許文献9】"Architecture and noise analysis of continuous-variable quantum gates using two-dimensional cluster states", M. V. Larsen et al., Phys. Rev. A 102, 042608 (2020年)
【非特許文献10】"Phase sensitive degenerate parametric amplification using directly-bonded PPLN ridge waveguides", T. Umeki et al., Optics Express Vol. 19, Issue 7, pp. 6326-6332 (2011年)
【非特許文献11】"Universal Quantum Computing with Measurement-Induced Continuous-Variable Gate Sequence in a Loop-Based Architecture", S. Takeda et al., Phys. Rev. Lett. 119, 120504 (2017年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光量子コンピュータの最大の利点はその高速性にある。非特許文献1は、クロック周波数25MHzでの原理検証実験について報告をしている。25MHzのクロック周波数による動作は、他の物理系による量子コンピュータと比較すれば十分に高速である。本来、光量子コンピュータの最終的なクロック周波数を制限するのは、スクイーズド光の帯域である。現在、波長1550nm付近では、数THzの帯域を持つスクイーズド光の生成も可能となっている。しかしながら、プロセッサの電気回路を含む部分の帯域が十GHzに制限されているため(非特許文献3)、広帯域なスクイーズド光の能力を十分に活かしていなかった。広帯域スクイーズド光で実現した帯域の大部分を無駄にしていた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の1つの態様は、周波数fCの連続波光から、1つ以上のスクイーズド光を生成するスクイーズド光源、および、光合分波器および光遅延器を含み、前記スクイーズド光源からの前記1つ以上のスクイーズド光を干渉させて、1以上の干渉光を生成する光学遅延干渉系を有する量子もつれ状態生成部と、前記1以上の干渉光の内の1つの干渉光から、前記周波数fCを中心周波数として、上下に対称に離れ、帯域幅ΔfHDを有する帯域のn個の組を抽出する周波数フィルタ、および、検出器を含み、n個の帯域の組の内の1つの組に対する前記検出器にローカル光が供給される、ホモダイン検出ブロックを有し、干渉出力を測定する量子操作部とを備えた光量子コンピュータである。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、光量子コンピュータの動作帯域を飛躍的に高める。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】光量子コンピュータのプロセッサの構成例を示す図である。
【
図2】光量子コンピュータにおけるスクイーズド光を説明する図である。
【
図3】スイーズド光を発生させるスクイード光源の構成を示す図である。
【
図4】光パラメトリック増幅器モジュールの構成を示す図である。
【
図5】スクイーズド光の生成の概念を模式的に説明した図である。
【
図6】測定誘起型量子操作に利用されるホモダイン検出器を示した図である。
【
図7】光量子コンピュータのプロセッサにおける各部帯域の関係を示す図である。
【
図8】本開示の光量子コンピュータのプロセッサの構成の概要を示す図である。
【
図9】本開示の光量子コンピュータのホモダイン検出部の構成を示す図である。
【
図10】光パラメトリック増幅器による前置増幅の効果を説明する図である。
【
図11】本開示の光量子コンピュータのローカル光源の構成を示す図である。
【
図12】本開示の光量子コンピュータのより詳細な構成を示す図である。
【
図13】光量子コンピュータの光学遅延干渉系の他の構成例を示す図である。
【
図14】スクイーズド光源の構成の様々なバリエーションを説明する図である。
【
図15】連続光から4スクイーズド光を生成する動作を説明する図である。
【
図16】単一のホモダイン検出器による量子操作部の構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光のスペクトルを光周波数の帯域に分け、対称な帯域の組を、独立した光量子コンピュータの複数のプロセッサとして扱う。複数のプロセッサの内の各プロセッサの帯域は、電気回路であるホモダイン検出器の帯域に適合させる。本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光の持っている広大な帯域内を分割使用して、並列計算を行うことで実効的なクロック周波数を上げることができる。通常のコンピュータで行われているような並列化と違い、光量子コンピュータでプロセッサ部分を構成するスクイーザーや遅延干渉系は現在の構成のままで、並列処理のために新たなリソースは不要である。本開示の光量子コンピュータによって、広帯域が実現されているスクイーズド光のすべての帯域を効率的に利用できる。
【0010】
以下の説明では、まず、光量子コンピュータの構成および動作について簡単に説明し、その後、本開示の光量子コンピュータについて説明する。
【0011】
[光量子コンピュータの基本構成]
図1は、光量子コンピュータのプロセッサの構成例を示す図である。
図1のプロセッサ10による光量子コンピュータは、時間領域多重化技術によって2次元クラスター状態を実現し、測定誘起型量子操作を利用して量子演算を実現する。2次元量子クラスターは、あらゆる量子計算パターンを実現できる量子もつれ状態である。十分な量子ビットの数で適切なもつれの構造を持つクラスター状態を準備することで、2次元量子クラスターに対して個々の量子ビットを測定することによって、任意の量子演算を実施する。
【0012】
時間領域多重化技術は、連続的に量子光源から出射される光を時間的に区切り、区切った量子波束(パルス)を光学遅延干渉系により干渉させることで、限られた台数の量子光源から大規模にもつれた状態を生成する。
【0013】
測定誘起型量子操作は、あらかじめ大規模な量子もつれを準備し、一部の量子ビットを観測することにより、残りの量子ビットに操作を施していく。測定誘起型量子操作は、他の物理系による量子コンピュータにおけるゲート型量子操作と等価な操作ができる。従来のゲート型量子コンピューティングでは、1つ1つの量子ビットをゲート操作によってもつれさせる。対照的に、光量子コンピュータの測定誘起型量子操作は、予め大規模な量子もつれを準備し、一部の量子ビットを観測することによって、残りの量子ビットに操作を施していく。以下、光量子コンピュータのプロセッサのもう少し具体的な構成について説明する。
【0014】
図1を参照すれば、プロセッサ10は、スクイーズド光を生成する4つのスクイーズド光源(スクイーザー)101-1~101-4と、光学遅延干渉系103と、4つのホモダイン検出器102-1~102-4を備える。スクイーズド光源101は、スクイーズド光と呼ばれる光を発生させる。光学遅延干渉系103は、2つの長さの異なる光ファイバー105、106(光学遅延線)、5つのビームスプリッタ104を含む非対称な干渉系を構成する。光学遅延干渉系103によって一種の干渉計を構築し、その出力204を4つのホモダイン検出器で測定する。
【0015】
上述の光学遅延干渉系103によって、単独の光波束の中でしかなかった量子相関が、複数の光波束間の量子相関に拡張される。このような状態を時間領域多重クラスター状態と呼び、光量子コンピュータの計算リソースとなる。具体的には、スクイーズド光源101からのスクイーズド光201では、連続的な光として出力される光を時間的に区切り、区切った1つの波束(パルス)をそれぞれ量子ビットとして取り扱う。遅延時間がΔtの短い方の光ファイバー105および、遅延時間がNΔtの長い方の光ファイバー106の間の遅延時間比Nに応じて、N入力を扱う2次元クラスター状態が実現される。
【0016】
ホモダイン検出器102による測定は、上述の測定誘起型量子操作に対応する。1つのホモダイン検出器102へ供給するローカル発振光203の位相を適切に設定し、測定する操作によって、ホモダイン検出器102から位相情報210が得られる。この測定によって、大規模な量子もつれ状態を形成している時間領域多重クラスター状態における、特定の量子ビットに対して操作を加えることができる。ホモダイン検出器102からの測定情報210に基づいて次の測定を行い、この測定を繰り返すことによって、光学系の全体構成を変えることなく様々な量子計算を実行できる。光量子コンピュータは、時間領域多重クラスター状態をプロセッサとして使用して、プログラム可能な量子計算を実施できる。現在の電子計算機や他の物理系の量子コンピュータでは、情報が入力され、プロセッサや量子ビットによって演算が実施され、結果が出力される。一方で、時間領域多重化技術および測定誘起型量子操作に基づく光量子コンピュータでは、ホモダイン検出器による位相情報の測定自体が、情報の入力に対応する。したがって、
図1に示した光量子コンピュータのプロセッサ10には、入力情報が明示されていないことに留意されたい。
【0017】
また
図1における光学遅延干渉系103は、4つのスクイーズド光が入力され、4つの干渉光が出力されるBilayer square lattice(BSL)(非特許文献X)と呼ばれる構成をベースに説明を行った(非特許文献5)。しかしながら、時間領域多重クラスター状態を生成するためには、異なる光学遅延干渉系の構成を利用することもできる。光学遅延干渉系の構成に応じて、スクイーズド光源から供給すべきスクイーズド光の数も異なっていて良い。詳細は、本開示の光量子コンピュータのバリエーションとして後述する。
【0018】
図2は、光量子コンピュータにおけるスクイーズド光を説明する図である。
図2の(a)は非スクイーズド光である真空場またはコヒーレント光のノイズ分布を、
図2の(b)はスクイーズド光のノイズ分布を示している。光量子コンピュータにおいて、もっとも根幹となるのがスクイーズド光と呼ばれる特殊な量子状態の光である。この光は非可換な物理量対である波の振幅・位相の量子ノイズのうち片方の成分が圧搾された状態の光であり、偶数個の光子流でもある。(a)に示したように、非スクイーズド光の真空中の量子ノイズは、ショットノイズの振幅152を有しSin成分およびCos成分とも均等であって、円形状のノイズ分布150をしている。一方、(b)に示したスクイーズド光の真空中の量子ノイズは、Cos成分にアンチスクイーズドノイズ振幅153、Sin成分にスクイーズドノイズ振幅154を有し、一方の成分が圧縮されている。
【0019】
すなわち、非可換な物理量対である波の片方のSin成分の量子ゆらぎ(量子ノイズ)が圧縮された状態の光である。光通信波長帯で動作し かつ 光ファイバーが結合した状態で、 大規模量子計算を実行できる時間領域多重の量子もつれ(2次元クラスター状態)の生成には、一定のレベルを超える量子ノイズ圧搾率が必要となる。具体的には、
図1に示したBSL型の光学遅延干渉系103による時間領域多重クラスター状態の生成のためには、65%を超える量子ノイズ圧搾率が必要となる。
【0020】
図3は、スクイーズド光を発生させるスクイード光源の構成を示す図である。
図3の(a)はスクイード光源(スクイーザー)101のブロック図を示す。スクイード光源101は、連続波発生レーザー110、第2高調波(SHG)光発生器112、およびパラメトリック下方変換器130から成る。レーザー110は、例えば周波数f
C=194THz(= 1545.32nm)の連続波光200を発生する。 連続波光200は、SHG光発生器112で、SHG光202(周波数2f
C)に変換される。さらにSHG光202は、パラメトリック下方変換器130において、光パラメトリック増幅器によって中心周波数f
cに対して対称な成分が光子対を生成し、スクイーズド光201が出力される。
【0021】
図3の(b)はスクイード光源101のより具体的な構成を示す図である。連続波発生レーザー110からの出力はEDFA111によって十分なレベルまで増幅され、SHG光発生器112に入力される。SHG光発生器112は、非線形光学素子として周期的分極反転ニオブ酸リチウム(PPLN:Periodically Poled Lithium Niobate)リッジ導波路を用いて実現できる。PPLN導波路素子を利用したSHG光発生器112からのSHG光202は、同じくPPLN導波路素子133を利用したパラメトリック下方変換のための光パラメトリック増幅器130(OPA:Optical Parametric Amplifier)モジュールに入力される。
【0022】
図4は、OPAモジュールの構成を示す図である。OPAモジュール130は、モジュールの筐体内に、金属板135の上にペルチェ素子134を介して固定されたPPLN素子133を備える。OPAモジュール130は、SHG光202が入力される光ファイバー141およびスクイーズド光202を出力する光ファイバー143が接続されている。入力されたSHG光202は、レンズ131、フィルタ132bを経由して、PPLN素子133に入力される。スクイーズド光201は、PPLN素子133から、フィルタ136a、136b、レンズ137を経て出力される。
【0023】
図5は、スクイーズド光の生成の概念を模式的に説明した図である。
図1および
図3で説明したスクイーズド光源101は、
図4に示した光パラメトリック増幅器130によって中心角周波数ω
Cに対して対称な成分ω
iとω
Sにおいて光子対161-1、161-2を生成する。光子対が生成したスクイーズド光は、ある時間内に含まれる光が量子的な相関を持った状態にある光と言うことができる。
図5の下側には、連続的な光として出力された光を時間的に区切り、区切った1つの波束(パルス)をそれぞれ量子ビットとして取り扱う概念を示している。スクイーズド光の帯域が広いほど、時間軸においては、より狭い時間幅の光同士が相関を持つことになる。すなわち、単位時間当たりにたくさんの光波束163を詰め込むことができることを意味し、光量子コンピュータの最終的なクロック周波数を決定する。例えば中心周波数f
C=194THzにおいて帯域幅Δf
Sqz=6THzを有するスクイーズド光はすでに生成されている。このようなスクイーズド光による光量子コンピュータのクロック周波数の理論的な上限は6THzと言うことができる。
【0024】
このように、
図1に示した光量子コンピュータのプロセッサ10の動作速度を最終的に制限するのは、スクイーズド光の帯域幅Δf
Sqzである。しかしながら実際には、スクイーズド光源よりも他の部分、特にホモダイン検出器の帯域f
HDの制限のため、最先端の技術を用いたとしてもプロセッサ10の帯域は十GHzに制限されていた。
【0025】
図6は、測定誘起型量子操作に利用されるホモダイン検出器の構成を示した図である。
図1の光量子コンピュータのプロセッサ10における1つのホモダイン検出器102を示している。ホモダイン検出器102は、2次元クラスター状態が形成された光学遅延干渉系103からの1つの干渉出力204およびローカル光203が入力され、検波出力210を出力する。ホモダイン検出器102は、入力される干渉光204の直交位相振幅を測定する。干渉光204は、50%反射のミラー121で2つの検出器122-1、122-2に分岐される。スクイーズド光源101の連続光200と位相同期した光がローカル光(Lo)203として入力され、位相変調器124を経由して、ミラー121で入力された干渉光と同様に分岐される。引き算器123と、2つの検出器122-1、122-2で構成される差動検出器(バランス検出器)は、2つの検出器の出力の差分(引き算)を生成し、位相変調器124における設定位相θに応じた直交位相振幅が測定される。
【0026】
ホモダイン検出器等の帯域を広げる取り組みも行われているが、THz帯域に達するまでには時間が掛かる。また、ホモダイン検出器を除いた他の構成要素を全てTHz帯域に対応させる必要があり、その実現は困難である。
【0027】
図7は、光量子コンピュータのプロセッサにおける各部の帯域の関係を示す図である。
図7の(a)は、
図1に示した現在の光量子コンピュータのプロセッサ10において、スクイーズド光の帯域170のΔf
Sqzに対して、ホモダイン検出器の帯域171のf
HDが著しく制限されていることを示している。帯域幅Δf
Sqz=6THzにも達するスクイーズド光が開発されているにもかかわらず、その大部分の帯域が利用されていないことが問題であった。
【0028】
[新規な光量子コンピュータの構成]
発明者らは、高性能のスクイーズド光の広大な帯域を無駄なく利用して、光量子コンピュータの動作速度を大幅に高速化する、新規なプロセッサの構成を見出した。
【0029】
図7の(b)は、本開示の光量子コンピュータのプロセッサにおいて、ホモダイン検出器を含む新規な構成の測定励起型の量子操作部によって、スクイーズド光の帯域170がどのように使用されるのかを示している。本開示の光量子コンピュータでは、従来の1つのホモダイン検出器に代えて、1つの干渉光に対してn個の検出器を含むホモダイン検出部を含み、干渉光を測定する測定励起型の量子操作部を備える。ホモダイン検出部の各検出器が、スクイーズド光の帯域170の中心周波数f
cに対して対称な位置にあるスペクトル帯域の組(2つの帯域)を抜き出して利用する。具体的に
図7の(b)では、量子操作部の1つのホモダイン検出器は、中心周波数f
Cに対して対称な位置にある帯域172-1、172-2の組を利用する。別のホモダイン検出器は、中心周波数f
Cに対して対称な位置にある別の帯域173-1、173-2の組を利用する。隣接する帯域が配置される間隔は、周波数間隔f
Spacingである。本開示の光量子コンピュータのプロセッサにおけるスクイーズド光の帯域170の効率的な利用は、
図1のホモダイン検出器を含む量子操作部およびローカル光を供給する光源の構成を、以下のように変更することで実現できる。
【0030】
図7の(b)では、スクイーズド光の帯域170の中心周波数f
Cに一致する帯域は使用されておらず空いているが、この帯域は従来技術におけるスクイーズド光で利用されていた帯域である。本開示の光量子コンピュータは、中心周波数f
Cに対して対称な位置にある帯域の組を利用する点に特徴があるが、従来技術における中心周波数f
Cに一致する帯域を合わせて利用することもできる。
【0031】
図8は、本開示の光量子コンピュータのプロセッサの構成の概要を示す図である。プロセッサ100は、スクイーズド光を生成する4つのスクイーズド光源(スクイーザー)101-1~101-4と、光学遅延干渉系103と、4つのホモダイン検出部300-1~300-4を含むホモダイン検出ブロック300と、ローカル光源400とを備える。スクイーズド光源101および光学遅延干渉系103の構成は、
図1の光量子コンピュータのプロセッサ10の場合と同一である。
図1の光量子コンピュータの構成との相違点は、ホモダイン検出ブロック300およびローカル光源400にある。ここで、光学遅延干渉系103から出力される干渉光204の数をmとする。mは1以上の整数であって、
図8の光学遅延干渉系103の場合は、m=4となる。
【0032】
図9は、本開示の光量子コンピュータのホモダイン検出器の構成を示す図である。
図9の(a)は、
図8のプロセッサ全体図におけるホモダイン検出ブロック300の内で、1つの干渉光204が入力されるホモダイン検出部300-1の構成を示している。ホモダイン検出部300-1は、
図1の従来技術の構成における1つのホモダイン検出器102-1に対応しており、量子演算を実施する量子操作部の一部として機能する。量子操作部は、
図9の(a)のホモダイン検出部と、
図8のローカル光源400または
図11とともに後述するローカル光源とを含むものとする。ホモダイン検出部300-1は、周波数フィルタ301およびn個のホモダイン検出器302-1~302-nを備える。n個のホモダイン検出器の各々の構成は、
図6に示したホモダイン検出器102と同一である。
図12とともに具体的構成として後述するよう、ホモダイン検出ブロック300は、
図9の(a)のホモダイン検出部300-1が干渉光の数のm個だけあり、m×n個の検出器302-1~302-nが存在することになる。
【0033】
図6に示した従来構成のホモダイン検出器102とは異なり、ホモダイン検出部300-1はn個の検出器302-1~302-nを含み、それぞれ、検出器の入力側に、前置増幅器として光パラメトリック増幅器304-1~304-nをさらに備えている。ここで、光学遅延干渉系103から入力される干渉光204を光パラメトリック増幅器によって前置増幅する効果について説明する。
【0034】
図10は、光パラメトリック増幅器による前置増幅の効果を説明する図である。
図10の(a)は、従来技術の構成のホモダイン検出器300において、スクイーズド光から検波出力を得るまでを模式的に示している。スクイーズド光源からのスクイーズド光による干渉光240は、ホモダイン検出器に至るまでに損失を受け、ノイズが混入する可能性もある。例えば
図3および
図4で説明したスクイーズド光源において、パラメトリック下方変換器のPPLN導波路素子の伝搬損失が生じる。またPPLN導波路素子と光ファイバー間の接続損失も同様に、スクイーズド光のレベルを劣化させる。さらには、光学遅延干渉系103における損失、ホモダイン検出器の量子効率の低下による損失も生じる。上述の導波路の伝搬損失や接続損失、遅延干渉系の損失などの線形な光学損失は、透明性の高い材料を用い加工精度を上げることで原理的に極めて小さくできる。また、損失の波長依存性を同時に小さくすれば、動作帯域を大幅に制限する要因は小さい。しかしながら、検出器における量子効率および動作帯域の間にはトレードオフの関係があり、光量子コンピュータの動作帯域を制限する要因となっていた。
【0035】
光量子コンピュータでは、ホモダイン検出器には、量子測定用の量子効率の高いタイプを使用する必要がある。検出器の量子効率とは、入射する光子数に対して生成される電子数の比を言う。言い換えると、スクイーズド光の光子がフォトダイオード(検出器)の光吸収層で吸収され、電子を励起する割合である。一般に、量子効率の高い検出器には、トレードオフとして動作速度が遅い問題があり、動作帯域は100MHzから高々1GHz程度である。検出器300の最終段に電気信号の増幅器305を置いても、ホモダイン検出器300よりも前段側で混入したノイズの影響はそのまま残ってしまう。
【0036】
一方で、
図10の(b)に模式的に示したようにホモダイン検出器302の前段側に前置の光パラメトリック増幅器304を備え、位相感応光増幅(PSA:Phase Sensitive Amplification)を行うことで、増幅後の信号に対しては損失耐性を獲得することができる(非特許文献10)。検出器には、量子効率が高い特別のものではなくて、通信用の超高速なタイプ(数十GHz~100GHz)を使用することができる。結果として、
図9のホモダイン検出器302は、非常に広帯域なものを実現し、次に述べる周波数フィルタ301の構成も簡易化できる。
【0037】
再び
図9に戻ると、
図9の(b)は、ホモダイン検出部における周波数フィルタの特性例を示している。周波数フィルタ301は、光学遅延干渉系103からの1つの出力204に対して、中心周波数f
cから所定の周波数間隔Δf
Spacingのn倍(n=1,2,・・・n)の周波数だけ離れ、それぞれが帯域幅f
HDを持つスペクトル帯域の組を抜き出し、n個の異なる帯域の組を出力する。n個のホモダイン検出器302-1~302-nのそれぞれに、異なる帯域の組の干渉光が入力され、入力干渉光204の直交位相振幅の測定が実施される。周波数フィルタ301は、例えば波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)フィルタを利用できる。WDMフィルタは、MEMSなどの空間光学系部品を利用したものやAWG(Arrayed Waveguide Grating)を利用したものがある。光学遅延干渉系103からの1つの出力204から、WDMフィルタによって切り出されたn個の帯域の組に対して、独立に、測定誘起型量子操作を実施できる。尚、
図9の(b)には示していない、中心周波数f
cの空きの帯域は、従来技術の光量子コンピュータにおいて利用されていた帯域であり、この帯域を
図9の(b)に示されたn個の帯域の組と合わせて利用しても良い。この場合は、
図9の(a)には示していないが、ホモダイン検出器302-0が1つ追加されることになる。
【0038】
図9の(a)に示したホモダイン検出部300-1の検出器の各々へは、対応するローカル光203-1~203-n(Lo1、Lo2、・・・Ln-1、Ln)の組が供給される。すなわち、1つの帯域の組(上側帯域、下側帯域)に対して、対応するローカル光の組(上側用ローカル光、上側用ローカル光)が供給される。
図9の(b)では、ローカル光の組を1つの矢印で表記している。したがって、ホモダイン検出ブロック300全体に対して、n個の帯域の組に対応したローカル光が生成され、前、周波数間隔f
Spacingの2×n個のローカル光が供給される。
図9の(b)では空きとなっている中心周波数f
cの帯域をn個の帯域の組と合わせて利用する場合、上述の周波数間隔f
Spacingの2×n個のローカル光に加えて、中心周波数f
cをローカル光(Lo0)として利用できる。この場合は、2n+1個(n=0, 1, 2・・)のローカル光を利用すれば良い。
【0039】
ホモダイン検出器に与えられるローカル光の周波数によって、抽出される帯域の組が決定される。各ホモダイン検出器に対し、位相変調器の位相θを設定して、ローカル光を適切に選択しホモダイン測定を実行することで、測定誘起型量子操作が実現される。1つの干渉光に対応するホモダイン検出部にはn個の検出器が含まれるので、並行してn個の測定誘起型量子操作が実施され、n個の帯域の組を利用した並列処理を実現できる。各検出器からの測定情報210-1、210-nに基づいて次の測定を行い、この測定を繰り返すことによって、光学系の全体構成を変えることなく様々な量子計算を実行できる。
【0040】
より具体的には、帯域幅Δf
Sqz=6THz のスクイーズド光に対し、透過スペクトル中心の間隔Δf
Spacing=50GHzのフィルタを用いると、6THz/(50GHz×2)=60となる。したがって、1つの干渉光に対応するホモダイン検出部は60個のホモダイン検出器で構成され、60多重が可能となる。この計算において、×2の項は中心周波数に対して対称な帯域を抜き出すことを意味する。既に、ホモダイン検出器302-1~302-nとして帯域が10GHz程度のものは実現されている。したがって、
図8に示した光量子コンピュータのプロセッサ100は、クロック周波数が10GHzの光量子コンピュータのプロセッサが60台あることに相当する。
図9で説明したように前置の光パラメトリック増幅器304を備えることで、帯域が100GHzを越えるホモダイン検出器の利用も可能となる。ホモダイン検出器の広帯域化によって、周波数フィルタ301のバンド数を減らすことができて、周波数フィルタ301の低コスト化もできる。
【0041】
図11は、本開示の光量子コンピュータのローカル光源の構成を示す図である。
図9で説明したように、1つのホモダイン検出部に対して、異なる周波数のローカル光の組を供給する必要がある。ローカル光源400は、ホモダイン検出部のための、n組の位相同期したローカル発振光を生成する。ローカル光の1つの組は、上側帯域のローカル光、下側帯域のローカル光を含む。
図11では簡単のため、光バンドパスフィルタからのローカル光の1つの組を1つの矢印で表記している。上述の具体例では、60組の互いに位相同期したローカル発振光(2×60個のローカル光)が必要となり、光周波数コムの技術を利用できる。上述のn組の位相同期したローカル発振光に加えて、中心周波数f
cをローカル光(Lo0)として利用することもできる。この場合は、2n+1個(n=0, 1, 2・・)のローカル光を利用すれば良い。
【0042】
ローカル光源400は、スクイーズド光の中心周波数fCと等しい光周波数を持つ連続波光レーザー401、発振器402、電気光学(EO)コム発生器403、光バンドパスフィルタ404を含む。連続波光レーザー401は、スクイーズド光源の励起に使用するレーザーをそのまま利用できる。発振器402は、多重化されるローカル光の周波数間隔ΔfSpacingを与える。EOコム発生器403は、位相変調器や強度変調器またはこれらの組み合わせによって、周波数間隔fSpacingで変調を加えられ、複数のサイドバンドを持った光周波数コム光を生成する(例えば非特許文献4)。EOコム発生器403の出力を、バンドパスフィルタ404によって抜き出し、量子操作部の各ホモダイン検出器に送ることで、1つの連続波光レーザー401から広帯域にわたるローカル光を作ることができる。波長分散の影響などを考慮し、光周波数コム光に対して分散補償を施しても良い。
【0043】
n組(2×n個)の位相同期したローカル発振光を生成する方法は、
図11の構成だけに限定されない。別の方法としては、繰り返し周波数f
spacingを有する独立した光周波数コム光源を用意し、その光周波数コム光源とスクイーズド光生成に用いる連続波光レーザーとを位相同期することで、ローカル光を生成しても良い。スクイーズド光を生成する光源における連続波光レーザーに基づいて、
図9のホモダイン検出ブロック300に対して、複数の位相同期したローカル発振光を生成している限り、ローカル光源の構成は限定されない。
【0044】
図9の(b)を再び参照すれば、ローカル光の周波数f
Lonは、例えば、中心周波数f
Cに対して±Δf
Spacing×1離れた周波数の組(f
Lo1+を、f
Lo1-)を利用することで、中心周波数に隣接する2つの帯域がプロセッサとして利用される。同様に、中心周波数f
Cに対して±Δf
Spacing×2離れた周波数の組(f
Lo2+を、f
Lo2-)を利用することで、中心周波数f
Cに次に隣接する2つの帯域がプロセッサとして利用される。そして、中心周波数f
Cに対して±Δf
Spacing×n離れた周波数の組(f
Lon+を、f
Lon-)を利用することで、中心周波数f
Cから最も離れた2つの帯域がプロセッサとして利用される。
【0045】
上述の説明では、
図9の(b)に示したように、1つのホモダイン検出部が、中心周波数f
Cに対して対称な位置にある2つの帯域、すなわち帯域の組を利用し、隣接する帯域が等間隔に配置されている例を示した。しかしながら、隣接する帯域が一定の周波数間隔Δf
Spacingで等間隔に配置されている必要はない。帯域の組のそれぞれにおいて、中心周波数f
Cに対して対称に配置されていれば、隣接する帯域が等間隔でないように配置されていても良い。
【0046】
また、各帯域の中心周波数fCからの周波数軸上の位置に応じて、その帯域幅fHDを変化させても良い。光学部品に分散の影響がある場合、中心周波数fCに近い帯域の組に対しては、ΔfSpacingを比較的広い、例えば100GHzの周波数間隔とする。一方で、中心周波数fCから離れた帯域の組に対しては、隣接する帯域の周波数間隔ΔfSpacingを75GHz、50GHz、25GHzのように、徐々に狭めるように設定しても良い。帯域の周波数間隔の変更に応じて、帯域幅fHDをΔfSpacing≧fHDの条件の下で任意に変化させても良い。上述の帯域の組の構成法は一例であって、それぞれの組において、2つの帯域が中心周波数fCから対称に配置されていれば、隣接する帯域の周波数間隔および帯域の帯域幅は任意に設定することができる。
【0047】
[より具体的な光量子コンピュータの構成]
図12は、本開示の光量子コンピュータのプロセッサのより詳細な構成を示す図である。
図8に示したプロセッサ100と同じものであるが、
図9のホモダイン検出ブロック300および
図11のローカル光源400とともに明示したものである。光学遅延干渉系103からの4つの出力204(m=4)の各々を、n個の帯域の組へ分離するWDMフィルタ301-1~301-4が示されている。同一周波数の周波数のローカル光(例えばLo1)が、4つの干渉光のそれぞれに対する検出器に供給され、n個の異なる周波数のローカル光が、多層的に、n個の検出器に与えられる。
【0048】
周波数fCの連続波光から1つ以上のスクイーズド光を生成するスクイーズド光源、および、光学遅延干渉系103を、量子もつれ状態生成部とも呼ぶ。量子もつれ状態生成部は、時間領域多重された2次元クラスター状態を生成する。また、周波数フィルタを含むホモダイン検出ブロック300およびローカル光源400を合わせて、量子操作部と呼ぶ。
【0049】
図12では、1つローカル周波数に対応する4つの検出器を1つの検出器のグループ303-1として表している。ホモダイン検出ブロック300は、2×n個のローカル周波数のそれぞれに対応したn個の検出器のグループ303-1~303-nが含まれていることが理解できるだろう。したがって、ホモダイン検出ブロック300は、m×n個の検出器を含むことになる。
図9の(a)に示した1つの干渉光に対応するホモダイン検出部300-1は、n個の検出器のグループ303-1~303-nの内で、例えば周波数フィルタ301-1に接続されたn個の検出器を示している点に留意されたい。したがって、
図9の(a)で示したn個の検出器と、
図12に示した検出器の1つのグループ303-1内の4個(m=4)の検出器は、ホモダイン検出ブロック300を異なる視点から見たものである。
図12に示したホモダイン検出ブロック300は、構成を分かりやすくするために階層的に表現したものであって、物理的な配置を示すものではない。
【0050】
図12に示した検出器の1つのグループ303-1内の4個の検出器には、n個の帯域の組の内の1つの組に対応し、光学遅延干渉系103からの4つの干渉光(m=4)に関連付けられた同一周波数のローカル光が供給される。
図12の構成では、干渉光の数と、1つのグループ303-1内の検出器の数とは等しい。しかしながら
図16で後述するように、干渉光の数よりも少ない数の検出器によって、干渉光の数と同数の検出器による場合と同等のホモダイン測定を実行できる。
【0051】
スクイーズド光源101は、単一の連続波レーザー110から出力される連続波光から、SHG光生成器112でSHG光生成され、光分岐114で等分に分岐される。分岐されたSHG光が、それぞれパラメトリック下方変換器130-1~130-4に与えられる。各パラメトリック下方変換器130-1~130-4から、スクイーズド光が出力される。スクイーズド光源101の別の構成として、連続波光を4分岐して、4つのSHG光生成器によって、SHG光を生成しても良い。単一の連続波光レーザー110からの連続光出力は、光結合器113で分岐され、ローカル光源のEOコム発生器403へ与えられる。
【0052】
したがって本開示の光量子コンピュータは、周波数fCの連続波光から、1つ以上のスクイーズド光を生成するスクイーズド光源101、および、光合分波器および光遅延器を含み、前記スクイーズド光源からの前記1つ以上のスクイーズド光を干渉させて、1以上の干渉光を生成する光学遅延干渉系103を有する量子もつれ状態生成部と、前記1以上の干渉光の内の1つの干渉光から、前記周波数fCを中心周波数として、上下に対称に離れ、帯域幅ΔfHDを有する帯域のn個の組を抽出する周波数フィルタ301-1、および、検出器を含み、n個の帯域の組の内の1つの組に対する前記検出器にローカル光が供給される、ホモダイン検出ブロック300を有し、干渉出力を測定する量子操作部とを備えたものとして実施できる。
【0053】
本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光のスペクトル帯域を光周波数のバンドに分け、対称位置にある帯域の組のそれぞれを独立した光量子コンピュータの複数のプロセッサとして扱う。例えば60個の帯域(30個の帯域の組)により多重化を行い、個々の帯域の組に対して40GHzの動作帯域を有するバランス検出器を用いることで、現状技術を利用しても2.4THz換算のクロック周波数を実現できる。スクイーズド光で実現されている帯域を無駄なく利用することができる。本開示の量子コンピュータでは、多重化をしているにもかかわらず、スクイーザーやビームスプリッタ、光学遅延路の構成を増やす必要が無い。光学系の構成要素を何ら変更しないままで、プロセッサが60台あるのと同様の並列処理が可能となる。他の物理系による量子コンピュータは、現時点では動作原理実証にとどまり、高速化までを見据えた研究は皆無である。本開示の光量子コンピュータは、既存の技術を利用して、2.4THzという他の追従を許さないような高クロックを実現できる。
【0054】
[光量子コンピュータのバリエーション]
本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光のスペクトル帯域を光周波数のバンドに分け、対称位置にある帯域の組のそれぞれを、独立した光量子コンピュータの複数のプロセッサとして扱う。スクイーズド光で実現されている帯域を光周波数のバンドに分割し利用している限り、
図8や
図12に示した光量子コンピュータの各要素として、別の構成を採ることもできる。以下では、本開示の光量子コンピュータのバリエーションの例を説明する。
【0055】
図1における従来技術や、
図8および
図12における本開示の光量子コンピュータでは、スクイーズド光源から4つのスクイーズド光が光学遅延干渉系103に供給される例を説明した。光学遅延干渉系103については、4つのスクイーズド光から4つの干渉光を生成して2次元クラスター状態を実現する、BSL型の構成を例に説明した。しかしながら、2次元クラスター状態を実現するために必要なスクイーズド光の数や光学遅延干渉系の構成は、上述の例だけに限定されない。
【0056】
図13は、光量子コンピュータの光学遅延干渉系の他の構成例を示す図である。
図13の(a)は、上述のBSL型と同じく、4つのスクイーズド光から4つの干渉光204を得る、Modified bilayer square lattice(MBSL)型と呼ばれる光学遅延干渉系103-1の構成を示す(非特許文献6)。
図13の(b)は、2つのスクイーズド光から2つの干渉光を得る、Double bilayer square lattice(DBSL)型と呼ばれる光学遅延干渉系103-2の構成を示す(非特許文献7)。
図13の(c)は、4つのスクイーズド光から4つの干渉光を得る、Quad-rail lattice(QRL)型と呼ばれる光学遅延干渉系103-3の構成を示す(非特許文献8)。
【0057】
上記のいずれの構成でも、2次元クラスター状態を実現することが可能であって、
図8や
図12のように、スクイーズド光源から供給するスクイーズド光の数が4つである必要はない。後述するように、スクイーズド光が単一であっても、2次元クラスター状態を実現できる。また、この数にホモダイン検出部におけるホモダイン検出器の数は、光学遅延干渉系から出力される干渉光の数に適合させれば良い。
【0058】
図14は、スクイーズド光源の構成の様々なバリエーションを説明する図である。
図8では、スクイーズド光源101が、同一構成の4つのスクイーザー101-1~101-4で構成されているものとして説明した。使用される光学遅延干渉系の構成に応じて、必要な数のスクイーズド光を光源全体で供給できるものであれば、スクイーズド光源の形態には様々なバリエーションが可能である。
【0059】
図14の(a)の構成では、単一の連続波レーザー110および単一のSHG光生成器112からSHG光を生成する。その後、SHG光を4分岐して、4つのパラメトリック下方変換器130によって、4つのスクイーズド光を出力する。この構成は、
図12に示した光量子コンピュータにおける構成と同じである。
【0060】
図14の(b)の構成では、単一の連続波レーザー110の出力を4分岐した後に、4つのSHG光生成器112および4つのパラメトリック下方変換器130によって、4つのスクイーズド光を出力する。
図14の(a)でパラメトリック下方変換器に対するSHG光のレベルが十分でない場合には、(b)の構成が望ましい。また
図14の(c)のように、連続波レーザー110の出力を4分岐し、2つのSHG光生成器112のそれぞれの出力を2分岐して、4つのパラメトリック下方変換器130によって4つのスクイーズド光を出力しても良い。
【0061】
上述のように本開示の光量子コンピュータでは、スクイーズド光源は、使用される光学遅延干渉系の構成に応じた1つ以上のスクイーズド光を出力できるものであれば良い。
【0062】
図15は、連続光のスクイーズド光源から4つのスクイーズド光を生成する動作の説明図である。
図15の(a)は、4つのスクイーズド光を生成するスクイーズド光源の構成を示す。
図15の(b)は、分岐および遅延によって、連続光のスクイーズド光から4つのスクイーズド光を生成するタイミング動作図である。
図15の(a)の光源の左側半分のパラメトリック下方変換器130までの構成は、
図3の(a)で説明した単一のスクイーザー101と同一である。
図15の(a)の光源の右側半分の構成は、パラメトリック下方変換器130からの連続光出力を、一定の期間および間隔で4つの光路に分岐して、光路に応じて遅延を加える、分岐遅延部として動作する。1つの連続光のスクイーズド光から、所定のタイミングで4つのスクイーズド光を同時に出力できる。
【0063】
具体的には、パラメトリック下方変換器130からのスクイーズド光出力は、ツリー状に配置した3つの分岐比可変光分波器181a~181cによって、異なるタイミングで切り出される。分岐比可変光分波器181b、181cの出力のA点においてパルス状の4つの光184a~184dが得られる。これらの出力は、遅延器183a~183cによって、さらに異なる遅延時間を受けて、B点において時間調整された4つの出力光185a~185dが得られる。分岐比可変光分波器181a~181cは、入力された光のほとんどを一方のポートに出力できるものとする。したがって、分岐比可変光分波器181a~181cは、一方の出力ポートにのみに光を出力する光スイッチであっても良い。
【0064】
図15の(b)のタイミング図を参照すると、時刻t
0において、時間τの間だけ最上段の出力ポートにパルス状のスクイーズド光184aが出力されるよう3つの分岐比可変光分波器を制御する。次の時刻t
1において、同じ時間τの間だけ2段目の出力ポートにパルス状のスクイーズド光184bが出力されるよう3つの分岐比可変光分波器を制御する。同様にして、時刻t
2において、パルス状のスクイーズド光184cが、時刻t
3において、パルス状のスクイーズド光184dがそれぞれ出力される。最上段の出力ポートには3t
1の光遅延器が、2段目の出力ポートには2t
1の光遅延器が、3段目の出力ポートにはt
1の光遅延器が、備えられている。したがって光源出力のB点においては、時刻t
0+3t
1において、同じタイミングで4つのパルス状のスクイーズド光185a~185dが得られる。上述の分岐比可変光分波器181a~181cによるスクイーズド光の切り出しを4t
1の周期で繰り返すことで、一定の期間τ内において4つのスクイーズド光が得られる。
【0065】
したがって
図15の(a)に示した構成によって、単一のスクイーザーから4つのスクイーズド光を、例えば
図8の光学遅延干渉系103各入力ポートに同時に入力できる。
図15の(b)に示したように、繰り返し期間の内で、スクイーズド光全く出力されない期間もあるが、十分に速く動作しかつ低損失な分岐比可変光分波器が利用可能であれば、原理的には1つのパラメトリック下方変換器だけで済む。
図8の4つのスクイーザーを備えたスクイーズド光源101よりも簡略化、低コスト化をできる可能性がある。
【0066】
上述のように、スクイーズド光源の形態は、また、スクイーズド光源から供給されるスクイーズド光の数は、
図10または
図12の構成に限られず、様々なバリエーションが可能であることに留意されたい。
【0067】
図16は、単一のホモダイン検出器による量子操作部の構成を説明する図である。
図16の(a)は、
図12に示した光量子コンピュータ500の量子操作部におけるホモダイン検出ブロック300の構成を示している。
図12でも説明したように、例えば1つの干渉光204-1に対するn個の検出器はホモダイン検出部300-1を構成する。また、同一の周波数のローカル光(Lo1)が供給される4個(m)の検出器302-1a~302-1dは、1つの検出器のグループ303-1を構成するものとする。したがって、ホモダイン検出ブロック300は、m×n個の検出器で構成される。1つの検出器のグループ303-1においては、干渉光の数のm=4個の検出器が必要となる。しかしながら、
図15で説明した1つの光源から4つのスクイーズド光を出力するのと同様、光合波器と遅延器を組み合わせることで、単一の検出器で4個の検出器と同等の動作が可能となる。
【0068】
図16の(b)は、単一のホモダイン検出器による量子操作部の構成を説明する図である。ホモダイン検出ブロック300Aは、1つのローカル周波数に対して単一の検出器302のみを含み、検出器302の前段側に遅延器と光合波器を備える。3つの遅延器311a、311b、311cは、t
3、t
2、t
1の遅延時間を持っており、逆ツリー状の合波器312a~312cを経由して、検出器302に入力される。4つの干渉出力204-1~204-4は、同時に4つの周波数フィルタ301-1~301-4に到達するが、検出器302では、順次入力されることになる。したがって、光学遅延干渉系から出力される2次元クラスター状態のパルス間隔を適切に調整することで、1つの検出器302であっても、時分割で4つの異なる干渉光の順次の検出が可能となる。干渉光の数mよりも少ない数の検出器でも、等価的にm×n個の検出器があるのと同じ動作が可能である。
【0069】
光合波器312a~312cとして、分岐比可変光分波器または光スイッチを利用することができる。
図16の(b)に示した遅延器および光合波器を用いた時分割の構成により、複数の干渉光の数(m=4)よりも少ない数(m´=1)の検出器によって順次検出することができる。
図16の(b)における遅延器と光合波器の構成を修正すれば、例えば検出器を2個(m´=2)にすることもできる。
【0070】
図8および
図12で説明した本開示の光量子コンピュータでは、
図12の検出器の1つのグループ303-1に明示されているように、光学遅延干渉系103からの干渉光の数と同じm個の検出器を備えていた。すなわち、干渉光を帯域分割して取り扱う際の、n個の帯域の組の内の1つの組に対して、m個の検出器が利用される。一方で、干渉光を時分割処理する
図16の(b)に示した量子操作部によれば、光学遅延干渉系103からの干渉光の数mよりも少ない数であって、干渉光の数mに対応する数m´個の検出器を備えれば良い。
図12の光量子コンピュータに適用すれば、ホモダイン検出ブロック300の全体では、検出器の数は、m´×n個で良い。
図16の(b)では単一の検出器を使いm´=1なので、
図12のホモダイン検出ブロック300における検出器の数は、帯域の組の数のn個(1×n個)となる。
【0071】
図5の下側の図で説明したように、スクイーズド光においては、連続的な光として出力された光を時間的に区切り、区切った1つの波束(パルス)をそれぞれ量子ビットとして取り扱う。パルス状に区切って取り扱われるこのような量子ビットの性質により、
図15で説明したように、単一のスクイーザーから4つのスクイーズド光を生成することができる。同様に、複数の干渉光に対して、上述の
図16の時分割を使って複数の異なる干渉光の順次の検出が可能となることに留意されたい。
【0072】
以上詳細に説明しように、本開示の光量子コンピュータは、スクイーズド光源、光学遅延干渉系およびホモダイン検出器の様々な形態においても、スクイーズド光の帯域分割による優れた効果を発揮できる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、光量子コンピュータに利用できる。