(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024065492
(43)【公開日】2024-05-15
(54)【発明の名称】カーボンナノチューブ線材
(51)【国際特許分類】
C01B 32/168 20170101AFI20240508BHJP
H01B 1/04 20060101ALI20240508BHJP
D01F 9/12 20060101ALI20240508BHJP
【FI】
C01B32/168
H01B1/04
D01F9/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022174383
(22)【出願日】2022-10-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【弁理士】
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】山崎 悟志
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 俊也
(72)【発明者】
【氏名】小橋 和文
【テーマコード(参考)】
4G146
4L037
5G301
【Fターム(参考)】
4G146AA11
4G146AA15
4G146AB06
4G146AC20B
4G146AD20
4G146AD22
4G146AD26
4G146BA04
4G146CB07
4L037CS03
4L037CS04
4L037FA03
4L037FA04
4L037FA05
4L037FA20
4L037PA01
5G301BA03
(57)【要約】
【課題】カーボンナノチューブ線材内の空隙を低減することで、優れた導電性を有するカーボンナノチューブ線材を提供する。
【解決手段】 複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブバンドルの単数または複数を含むカーボンナノチューブ線材であり、前記カーボンナノチューブバンドルに陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗法により3成分解析して得られる、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)が、下記式(1)
R3/(R1+R2+R3)≦0.1・・・(1)
(式(1)中、R1+R2+R3=100)
を満たすカーボンナノチューブ線材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブバンドルの単数または複数を含むカーボンナノチューブ線材であり、
前記カーボンナノチューブバンドルに陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗法により3成分解析して得られる、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)が、下記式(1)
R3/(R1+R2+R3)≦0.1・・・(1)
(式(1)中、R1+R2+R3=100)
を満たすカーボンナノチューブ線材。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブバンドルが、窒素分子及び/または二酸化炭素分子を含む請求項1に記載のカーボンナノチューブ線材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブバンドルの単数または複数を含むカーボンナノチューブ線材であり、導電性に優れたカーボンナノチューブ線材に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、様々な特性を有する素材であり、多くの分野への応用が期待されている。例えば、カーボンナノチューブは、六角形格子の網目構造を有する筒状体の単層、または略同軸で配された多層で構成される3次元網目構造体であり、軽量であると共に、導電性、熱伝導性、機械的強度等の諸特性に優れる。そこで、金属の代替として、カーボンナノチューブを使用することが検討されている。金属の代替としてカーボンナノチューブを使用するにあたり、カーボンナノチューブの導電性をさらに向上させることも要求されている。
【0003】
一方で、カーボンナノチューブ線材は、複数のカーボンナノチューブが集合して形成されたカーボンナノチューブバンドルの構造を含むので、カーボンナノチューブ同士の間で接触抵抗が生じ得ることから、カーボンナノチューブ線材としての導電性に改善の余地があった。また、カーボンナノチューブ線材を構成するカーボンナノチューブは、直径が必ずしも均一ではないことから、カーボンナノチューブ間にナノサイズの空隙(カーボンナノチューブの径方向における空隙)が生じて、カーボンナノチューブ線材の密度が低下し、抵抗値が上昇する場合があった。
【0004】
そこで、カーボンナノチューブ線材の密度を向上させるために、直径が小さく且つ均一化された複数のカーボンナノチューブを高い配向性を有するように束ねてカーボンナノチューブ線材を形成することが検討されている。具体的には、直径を小さく抑えて径方向の形状の真円度を向上させたカーボンナノチューブを形成し、このような真円度を向上させたカーボンナノチューブにて六方最密充填構造を形成することでカーボンナノチューブの充填密度を上昇させたカーボンナノチューブ線材とすることが行われている。真円度を向上させたカーボンナノチューブを用いてカーボンナノチューブの充填密度を上昇させることでカーボンナノチューブ間に空隙が発生することを抑制して、カーボンナノチューブ線材の抵抗値上昇を防止している。
【0005】
また、カーボンナノチューブ線材に異種元素であるヨウ素をドープして、カーボンナノチューブ同士の間にヨウ素を介在させることで、導電性を向上させたカーボンナノチューブ線材も提案されている(特許文献1)。ヨウ素は、カーボンナノチューブ線材への均一なドープが容易であり、カーボンナノチューブ線材における存在位置の安定性に優れている特性を有している。すなわち、ヨウ素は、カーボンナノチューブ線材のドーパントとしてハンドリング性に優れていることから、使用されている異種元素である。
【0006】
しかし、真円度を向上させたカーボンナノチューブを用いて充填密度を上昇させても、カーボンナノチューブ間には、依然として空隙が存在しているので、カーボンナノチューブ線材の導電性を向上させる点で、改善の余地があった。
【0007】
また、カーボンナノチューブ線材にヨウ素をドープしてカーボンナノチューブ同士の間の接触抵抗を低減させても、カーボンナノチューブ間には、やはり、依然として空隙が存在しているので、カーボンナノチューブ線材の導電性を向上させる点で、改善の余地があった。また、ヨウ素は、分子量が253.8と重く、カーボンナノチューブ線材の軽量化の点でも、改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記事情に鑑み、本発明は、カーボンナノチューブ線材の空隙を低減することで、優れた導電性を有するカーボンナノチューブ線材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の構成の要旨は以下の通りである。
[1] 複数のカーボンナノチューブで構成されるカーボンナノチューブバンドルの単数または複数を含むカーボンナノチューブ線材であり、
前記カーボンナノチューブバンドルに陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗法により3成分解析して得られる、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)が、下記式(1)
R3/(R1+R2+R3)≦0.1・・・(1)
(式(1)中、R1+R2+R3=100)
を満たすカーボンナノチューブ線材。
[2]前記カーボンナノチューブバンドルが、窒素分子及び/または二酸化炭素分子を含む[1]に記載のカーボンナノチューブ線材。
【0011】
上記態様における「陽電子消滅寿命測定」とは、陽電子が試料に入射してから消滅するまでの時間(数百ピコ秒から数十ナノ秒のオーダー)を測定し、その消滅寿命に基づいて、0.1~10nm程度の空隙の大きさの情報を非破壊的に評価するものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明のカーボンナノチューブ線材の態様によれば、カーボンナノチューブバンドルに陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗法により3成分解析して得られる、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)が、式(1)R3/(R1+R2+R3)≦0.1(式(1)中、R1+R2+R3=100)を満たすことにより、カーボンナノチューブ同士の間の空隙が低減されてカーボンナノチューブ線材の充填密度が向上するので、優れた導電性を有するカーボンナノチューブ線材を得ることができる。
【0013】
本発明のカーボンナノチューブ線材の態様によれば、カーボンナノチューブバンドルが窒素分子及び/または二酸化炭素分子を含むことにより、カーボンナノチューブ同士の間の空隙が確実に低減されてカーボンナノチューブ線材の充填密度がさらに向上するので、さらに優れた導電性を有するカーボンナノチューブ線材を得ることができる。また、カーボンナノチューブバンドルが、分子量28.0である窒素分子及び/または分子量44.0である二酸化炭素分子を含むことにより、優れた導電性を有しつつ、カーボンナノチューブの軽量を維持したカーボンナノチューブ線材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ線材の概要を示す説明図である。
【
図2】試料に陽電子を照射して陽電子消滅寿命測定を行った際に得られる陽電子寿命スペクトルの一例である。
【
図3】カーボンナノチューブ線材に窒素分子及び/または二酸化炭素分子を導入する方法の説明図である。
【
図4】実施例1のカーボンナノチューブ線材の径方向の断面における、走査透過型電子顕微鏡の画像である。
【
図5】実施例と比較例における、陽電子消滅寿命測定で得られた陽電子消滅寿命(横軸)とカウント数(縦軸)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ線材について、図面を用いながら説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ線材の概要を示す説明図である。
図2は、試料に陽電子を照射して陽電子消滅寿命測定を行った際に得られる陽電子寿命スペクトルの一例である。
【0016】
図1に示すように、本発明の実施形態に係るカーボンナノチューブ線材(以下、「CNT線材」ということがある。)12は、1層または2層以上の多層構造を有する複数のカーボンナノチューブ(以下、「CNT」ということがある。)11a、11a、11a・・・で構成されるカーボンナノチューブバンドル(以下、「CNTバンドル」ということがある。)11の単数から、または複数のCNTバンドル11、11、11・・・が束ねられて形成されている。すなわち、CNT線材12は、複数のCNT11a、11a、11a・・・で構成されるCNTバンドル11の単数または複数を含んでいる。CNT線材12の外径は、例えば、0.01mm以上10mm以下であり、好ましくは0.01mm以上1mm以下である。CNT線材12とは、CNT11aの割合が90質量%以上の線材を意味する。なお、CNT線材12におけるCNT11aの割合の算定においては、めっきとドーパントは除く。ここでいう「めっき」とは、金属で構成されたものであり、それらがCNT線材12、CNTバンドル11の表面に配置された構造を指す。また、ここでいう「ドーパント」とは、炭素以外の原子や炭素以外の原子を含む分子で構成されたものである。また、「ドーパント」とは、CNT線材12、CNTバンドル11の表面およびCNTバンドル11内のCNT11a-CNT11a間の空隙S、CNT11a一本の中心部分の空間に配置されたものを指す。
【0017】
CNTバンドル11では、複数のCNT11a、11a、・・・の長軸方向がほぼ揃って配置されている。CNTバンドル11は線状となっており、CNTバンドル11の長手方向が、CNT線材12の長手方向を形成している。CNTバンドル11の円相当直径は、例えば、20nm以上1000nm以下が挙げられる。
【0018】
また、CNT線材12は、1層または2層以上の多層構造を有する長尺なCNT11aの束である。CNT線材12を構成するCNT11aは、単層構造または複層構造を有する筒状体であり、それぞれ、SWNT(single-walled nanotube)、MWNT(multi-walled nanotube)と呼ばれる。
図1では、説明の便宜上、2層構造を有するCNT11aのみを記載しているが、CNT線材12には、3層構造以上の層構造を有するCNT11aや単層構造の層構造を有するCNT11aも含まれていてもよい。また、CNT線材12は、3層構造以上の層構造を有するCNT11aまたは単層構造の層構造を有するCNT11aから形成されていてもよい。
【0019】
CNT線材12を構成するCNT11aにおいて、2層構造を有するCNT11aでは、六角形格子の網目構造を有する2つの筒状体T1、T2が略同軸で配された3次元網目構造体となっており、DWNT(Double-walled nanotube)と呼ばれる。構成単位である六角形格子は、その頂点に炭素原子が配された六員環であり、他の六員環と隣接してこれらが連続的に結合している。
【0020】
CNT線材12では、CNTバンドル11に陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗法により3成分解析して得られる、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)が、下記式(1)
R3/(R1+R2+R3)≦0.1・・・(1)
(式(1)中、R1+R2+R3=100)を満たしている。
【0021】
陽電子消滅寿命測定法は、陽電子(e
+)が試料(本願発明では、CNTバンドル11)に入射してから消滅するまでの時間を測定し、陽電子の消滅寿命に基づいて、0.1~10nmの空隙の大きさの情報を非破壊的に評価するものである。陽電子消滅寿命測定法は、陽電子が極めて小さいことを利用して、他の測定手法では測定が困難である0.1nm~10nm程度の孔径の空孔(自由体積孔)を評価することができる。従って、陽電子消滅寿命測定法を用いることで、CNT線材12に存在する、CNT11aとCNT11aとの間の空隙SやCNT11aの最内層(
図1では、CNT11aの2つの筒状体T1、T2のうちの筒状体T1)の内側の空隙等の空孔を評価することができる。なお、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sとは、主に、CNT11aの径方向における空隙である。
【0022】
図2の一例に示すように、CNTバンドル11に陽電子を打ち込みエネルギー10keVで照射して陽電子消滅寿命測定を行い、非線形最小二乗プログラムPOSITRONFIT(PALSfit3プログラム)を用いて、CNTバンドル11の表面の陽電子の寿命(寿命0.4ナノ秒未満)に由来する第一成分(τ1)、CNT11aの原子欠陥の陽電子の寿命(寿命0.4ナノ秒以上1.4ナノ秒以下)に由来する第二成分(τ2)、CNTバンドル11に存在する、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sの陽電子の寿命(寿命1.4ナノ秒超20ナノ秒以下)に由来する第三成分(τ3)を解析(すなわち、3成分解析)することで、陽電子消滅寿命測定で得られた陽電子寿命スペクトルから第三成分の陽電子寿命(τ3)を計測して、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sの大きさを計算することができる。陽電子は、CNT線材12中で電子(e
-)と結びつきオルトポジトロニウム(o-Ps)を形成する。オルトポジトロニウムは、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sにトラップされ消滅すると考えられる。オルトポジトロニウムは、消滅する際にガンマ線を放出するので、ガンマ線を検出することでオルトポジトロニウムの寿命を測定できる。長寿命の第三成分(τ3)は、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sにおけるオルトポジトロニウムの寿命であり、第三成分(τ3)は、CNT11a間の空隙Sの情報を与える。
【0023】
CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sにトラップされた時のオルトポジトロニウムの寿命に由来する第三成分(τ3)は、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sの半径Rの関数で表される。前記関数を以下に示す。
【0024】
陽電子と電子は、クーロン力で互いに結合して、中性のポジトロニウム(Ps)を形成する。Psには、陽電子と電子のスピンが反平行か平行かによってパラポジトロニウム(p-Ps)と上記したオルトポジトロニウム(o-Ps)がある。パラポジトロニウム:オルトポジトロニウムは、1:3の比で形成される。パラポジトロニウムの平均寿命は125ピコ秒、オルトポジトロニウムの平均寿命は140ナノ秒である。凝集状態の物質において、オルトポジトロニウムは自己の結合されている電子とは別の電子と重なる(ピックオフ消滅)確率が高くなり、その結果、オルトポジトロニウムの平均寿命は数ナノ秒に減少する。CNT線材12におけるオルトポジトロニウムの消滅は、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに存在する電子とオルトポジトロニウムとが重なり合うことによるので、空隙サイズが小さいほど消滅速度が速くなる。上記から、オルトポジトロニウムの寿命に由来する第三成分(τ3)は、CNT11aとCNT11aとの間に存在する空隙Sの大きさ(径)と関係づけることができる。
【0025】
上記から、陽電子寿命スペクトルから、第一成分(τ1)のカウント数の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)のカウント数の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)のカウント数の割合(R3:単位%)を算出し、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が低いほど、CNT11aとCNT11aとの間の空隙S自体が少ない、またはCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに他の物質が導入されていることで空隙Sが低減されている、と評価することができる。なお、R1+R2+R3=100%であり、総カウント数に相当する。
【0026】
本発明の実施形態に係るCNT線材12では、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減されている。CNT線材12では、CNT11aとCNT11aとの間の空隙S自体の発生が抑えられているのに加えて、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに他の物質が導入されることで、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sが低減されている。上記から、CNT線材12では、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下となっている。従って、CNT線材12の空隙は低減されているので、優れた導電性を有するCNT線材12を得ることができる。R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合は、0.1以下であれば、特に限定されず、また、低いほど好ましいが、CNT線材12の空隙がさらに低減されて導電性がさらに向上する点から、0.05以下が好ましく、0.01以下が特に好ましい。一方で、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合の下限値は、0が好ましいが、例えば、CNT線材12の生産性向上の点からは0.001が好ましい。
【0027】
R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減されているCNT線材12では、例えば、電気抵抗率は、10μΩ・cm以上20μΩ・cmに低減されている。
【0028】
図1に示すように、本発明の実施形態に係るCNT線材12では、例えば、CNTバンドル11が、他の物質として窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを含むことにより、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減されている。具体的には、CNTバンドル11を構成するCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gが導入されている(すなわち、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gがドープされている)ことにより、窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gの存在がCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sを低減している。その結果、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減されている。
【0029】
CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gが導入されている態様としては、例えば、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gが充填されている態様が挙げられる。
【0030】
CNTバンドル11が窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを含むことにより、CNT11a同士の間の空隙Sが確実に低減されてCNT線材12の充填密度がさらに向上するので、さらに優れた導電性を有するCNT線材12を得ることができる。また、CNTバンドル11が、分子量28.0である窒素分子及び/または分子量44.0である二酸化炭素分子を含むことにより、優れた導電性を有しつつ、ヨウ素等の分子量の重い異種元素をドープしたCNT線材と比較して、軽量化されたCNT線材12を得ることができる。
【0031】
また、CNTバンドル11が、水素分子及び/または水分子を含むことによっても、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減される。具体的には、CNTバンドル11を構成するCNT11a間の空隙Sに水素分子及び/または水分子が導入されている(すなわち、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに水素分子及び/または水分子がドープされている)ことでも、水素分子及び/または水分子の存在がCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sを低減し、結果、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下に低減される。
【0032】
CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに水素分子及び/または水分子が導入されている態様としては、例えば、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに水素分子及び/または水分子が充填されている態様が挙げられる。
【0033】
本発明の実施形態に係るCNT線材12では、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sは、CNT線材12の径方向における断面において、例えば、好ましくは0.10nm2以上10nm2以下の面積、より好ましくは0.10nm2以上5.0nm2以下の面積、特に好ましくは0.10nm2以上3.0nm2以下の面積を有している。窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gは、上記面積を有するCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに導入されている。
【0034】
CNTバンドル11を構成するCNT11aの直径は、特に限定されないが、CNT11aとCNT11aとの間の空隙S自体の発生を確実に抑える点から、0.5nm以上15nm以下が好ましく、0.5nm以上10nm以下が特に好ましい。
【0035】
窒素分子及び/または二酸化炭素分子GがCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに導入されるCNT線材自体の密度は、特に限定されないが、CNT11aとCNT11aとの間の空隙S自体の発生を確実に抑えてCNT線材自体の長手方向の導電性を向上させる点から、0.30g/cm3以上2.0g/cm3以下が好ましく、1.20g/cm3以上1.9g/cm3以下がより好ましく、1.40g/cm3以上1.9g/cm3以下がさらに好ましく、特に1.8g/cm3が好ましい。
【0036】
次に、本発明の実施形態に係るCNT線材12の製造方法例について説明する。なお、
図3は、CNT線材に窒素分子及び/または二酸化炭素分子を導入する方法の説明図である。
【0037】
CNT線材12の製造方法例としては、まず、CNT11aを製造し、得られた複数のCNT11a、11a、11a・・・からCNTバンドル11を製造し、CNTバンドル11からCNT線材12’を製造する。ここで、CNTバンドル11に存在するCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを導入して、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gをドープすることで、本発明の実施形態に係るCNT線材12を製造することができる。窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gのドープは、上記のようにCNTバンドル11に対して行ってもよく、CNT線材12’に対して行ってもよい。
【0038】
CNT11aは、例えば、浮遊触媒法(特許第5819888号)、基板法(特許第5590603号)などの方法で作製することができる。窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gが導入されるCNT線材12’は、例えば、乾式紡糸(特許第5819888号、特許第5990202号、特許第5350635号)、湿式紡糸(特許第5135620号、特許第513157号、特許第5288359号)、液晶紡糸(特表2014-530964号公報)等で作製することができる。
【0039】
CNTバンドル11に存在するCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを導入して本発明の実施形態に係るCNT線材12とする方法には、例えば、以下のガス置換装置30を用いた方法が挙げられる。
【0040】
図3に示すように、ガス置換装置30は、容器本体21と蓋部22を有する容器20が設けられている。容器20には、容器本体21内部に窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを供給するための供給部23と、容器本体21内部から窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを排出するための排出部24と、が接続されている。供給部23は、一方端が容器20に接続され、他方端が窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gが貯蔵された貯蔵部(図示せず)に接続されている。また、供給部23には、容器本体21内部への窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gの供給の有無や供給量を調節するための供給用開閉弁25が設けられている。排出部24には、容器本体21内部から窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gの排出の有無や排出量を調節するための排出用開閉弁26が設けられている。
【0041】
まず、ガス置換装置30に備えられた容器20の容器本体21内部にCNT線材12’またはCNTバンドル11を収容し、容器本体21内部を蓋部22にて封止することで、CNT線材12’またはCNTバンドル11を容器20内に密閉された状態で収容する。次に、供給用開閉弁25を「開」及び排出用開閉弁26を「開」の状態とする。その後、供給部23から容器本体21内部へ気相である窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを供給することで、容器本体21内部の空気及び容器本体21内部へ供給された気相の窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを容器本体21内部から排出部24へ排出する。容器本体21内部から排出部24へ排出されるガス成分が窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gのみとなるまで、供給部23から容器本体21内部への窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gの供給を続けることで、容器本体21内部の雰囲気を窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gに置換する。窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gへの置換完了後、供給用開閉弁25を「閉」及び排出用開閉弁26を「閉」の状態とし、容器20に収容されているCNT線材12’またはCNTバンドル11を所定時間放置する。容器20に収容されているCNT線材12’またはCNTバンドル11を所定時間放置することで、CNTバンドル11に存在するCNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gを導入して、本発明の実施形態に係るCNT線材12を製造することができる。なお、
図3では、説明の便宜上、ガス置換装置30に備えられた容器20の容器本体21内部には、CNT線材12’が収容されている状態としている。
【0042】
また、容器20に収容されているCNT線材12’またはCNTバンドル11を所定時間放置するにあたり、CNT11aとCNT11aとの間の空隙Sに気相の窒素分子及び/または二酸化炭素分子Gをより円滑に導入するために、必要に応じて、容器本体21内部を加温・加圧状態としてもよい。
【0043】
次に、本発明のCNT線材の他の実施形態について説明する。上記CNT線材12の実施形態では、1層以上の層構造を有するCNT11aの複数で構成されるCNTバンドル11の複数からなるCNT線材12を用いたが、これに代えて、CNT11aの複数で構成されるCNTバンドル11の単数からなるCNT線材12を用いてもよい。
【実施例0044】
次に、本発明の実施例を説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
実施例1
浮遊触媒気相成長(CCVD)法にてCNTを調製し、このCNTが凝集したCNTバンドルを得た。次に、調製したCNTバンドルをガス置換装置の密閉容器に収容し、気相の窒素分子及び/または二酸化炭素分子を密閉容器に充填させることで、CNTとCNTとの間の空隙に窒素分子及び/または二酸化炭素分子を導入した後、このCNTバンドルを用いてCNT線材を製造した。
【0046】
比較例1
CNTとCNTとの間の空隙に窒素分子及び/または二酸化炭素分子を導入しなかった以外は、実施例1と同様にしてCNT線材を製造した。上記から、比較例1のCNT線材では、単に、大気中に存在する窒素分子及び二酸化炭素分子がCNTの外表面に物理吸着している態様とした。
【0047】
図4は、実施例1のCNT線材の径方向の断面における、走査透過型電子顕微鏡の画像である。なお、
図4中の△部は、窒素分子及び/または二酸化炭素分子が導入されているCNTとCNTとの間の主な空隙を示している。
【0048】
評価項目は以下の通りである。
【0049】
陽電子消滅寿命測定
上記のように製造した実施例と比較例のCNT線材について、以下の条件にて陽電子消滅寿命の測定を行った。
<測定装置>
陽電子プローブマイクロアナライザー(国立研究開発法人産業技術総合研究所、先端ナノ計測施設)陽電子源:電子加速器対生成方式
入射方向:CNTバンドルの長手方向と直交する方向
検出器:ガンマ線検出器
<測定条件>
入射エネルギー:10KeV
測定温度:室温(25℃)
測定雰囲気:真空
<解析方法>
解析に使用したプログラム:非線形最小二乗プログラムPOSITRONFIT(PALSfit3プログラム)
モデル:3成分解析
総カウント数:30,000カウント
【0050】
得られたデータを上記解析プログラムに基づき、第一成分(τ1)、第2成分(τ2)、第三成分(τ3)の解析を行い、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)を計算した。
図5は、実施例と比較例における、陽電子消滅寿命測定で得られた陽電子消滅寿命(横軸)とカウント数(縦軸)との関係を示すグラフである。また、第一成分(τ1)の割合(R1:単位%)、第二成分(τ2)の割合(R2:単位%)、第三成分(τ3)の割合(R3:単位%)の計算結果を下記表1に示す。
【0051】
【0052】
電気抵抗測定
電気抵抗測定は、2450 SourceMeter(ケースレー・インスツルメンツ製)を使用し、四端子法にて測定を行った。
【0053】
電気抵抗率の測定結果を下記表2に示す。
【0054】
【0055】
上記表1、2から、CNTとCNTとの間の空隙に窒素分子及び/または二酸化炭素分子が導入された実施例1のCNT線材では、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が0.1以下(実施例1では0)であり、電気抵抗率は14~20μΩ・cmに低減されていた。また、
図5に示すように、実施例1のCNT線材では、CNTバンドルに存在する、CNTとCNTとの間の空隙の陽電子の寿命に由来する第三成分(τ3)がバックグラウンド程度となっており、ガンマ線を検出しないと判断した。従って、実施例1のCNT線材では、CNTとCNTとの間の空隙が低減されてCNT線材の充填密度が向上しており、優れた導電性を有していた。
【0056】
一方で、CNTとCNTとの間の空隙に窒素分子及び/または二酸化炭素分子が導入されていない比較例1のCNT線材では、R3/(R1+R2+R3)で表される第三成分(τ3)の割合が1.4であり、電気抵抗率は30~40μΩ・cmであった。また、
図5に示すように、比較例1のCNT線材では、第三成分(τ3)について、オルトポジトロニウムが消滅するときに放出されるガンマ線がバックグラウンド超となり、ガンマ線を検出した。従って、比較例1では、CNTとCNTとの間の空隙によりCNT線材の充填密度が十分ではなく、優れた導電性を得ることができなかった。
本発明のCNT線材は、CNTとCNTとの間の空隙が低減されていることで、さらなる低抵抗化を実現して導電性をさらに向上させることができるので、例えば、電線の分野で、特に利用価値が高い。