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特開2024-74742造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法及びその方法に使用するための測定試薬
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074742
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法及びその方法に使用するための測定試薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240524BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023008115
(22)【出願日】2023-01-23
(31)【優先権主張番号】P 2022185815
(32)【優先日】2022-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】武村 和哉
(72)【発明者】
【氏名】中前 美佳
(72)【発明者】
【氏名】岡村 浩史
(72)【発明者】
【氏名】中前 博久
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 浩二
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045DA44
(57)【要約】
【課題】ヒト血液中のオートタキシンを測定することによる造血幹細胞移植患者の肝胆汁性合併症の発症ならびに原血液疾患非再発死亡による予後を評価するための情報の提供。
【解決手段】ヒト血液中のオートタキシンを測定することによる造血幹細胞移植患者の肝胆汁性合併症の発症ならびに非再発死亡による予後を評価するための情報を提供する方法及び測定試薬。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液疾患患者において、造血幹細胞移植の移植前処置より前に血液中のオートタキシンを測定し、その測定値を基準値と比較し、造血幹細胞移植後の移植関連合併症発症の予測に関する情報を取得することを特徴とする、造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法。
【請求項2】
前記移植関連合併症が、肝胆汁性合併症である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記肝胆汁性合併症が、肝類洞閉塞症候群である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
血液疾患患者において、造血幹細胞移植の移植前処置より前に血液中のオートタキシンを測定し、その測定値を基準値と比較し、造血幹細胞移植後の非再発死亡の層別化に関する情報を取得することを特徴とする、造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法。
【請求項5】
前記移植前処置が骨髄破壊的前処置、強度減弱前処置、又は骨髄非破壊的前処置である、請求項1又は請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記造血幹細胞移植が同種造血幹細胞移植である、請求項1又は請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記基準値が、男性、女性それぞれの基準値上限である、請求項1又は請求項4に記載の方法。
【請求項8】
前記基準値上限が男性0.914mg/L、女性1.323mg/Lである、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、請求項1又は請求項4に記載の方法に使用するための測定試薬。
【請求項10】
リゾホスホリパーゼDの基質を含有することを特徴とする、請求項1又は請求項4に記載の方法に使用するための測定試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液疾患患者の血液中のオートタキシン(以下、「ATX」と記載することもある)を測定し、造血幹細胞移植後の移植関連合併症の発症の予測に関する情報、又は原血液疾患(以下、「原疾患」と記載することもある)再発によらない死亡、すなわち非再発死亡の層別化に関する情報を取得することにより、移植後の予後を評価するための情報を提供する方法及びその方法に使用するための測定試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
血液疾患は白血病や骨髄異形成症候群、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍、再生不良性貧血、血小板減少症などの血球生成に障害がある病気である。造血器腫瘍の治療は抗がん剤治療や放射線治療があるが根治が難しい場合、造血幹細胞移植(HCT:Hematopoietic Cell Transplantation)が治療選択肢として実施される。また、血球生成に障害がある病気においても、造血幹細胞移植による治療が考慮される。造血幹細胞移植には、自身の造血幹細胞を用いる「自家」造血幹細胞移植と、健康なドナーより提供される造血幹細胞を用いる「同種」造血幹細胞移植がある。
【0003】
造血幹細胞移植は、難治性の血液疾患を根治できる可能性のある一方で、ときに重症の移植関連合併症が起こることが知られている。代表的な移植関連合併症として、ドナー由来のリンパ球が患者の正常臓器を異物とみなして攻撃する移植片対宿主病(GVHD)や、肝臓(肝類洞閉塞症候群など)・腎臓(急性腎不全など)・心臓(不整脈、心不全、出血性心筋炎など)・肺(特発性肺炎症候群など)・神経(痙攣、意識障害)などの臓器障害、細菌、真菌、ウイルスによる感染症が挙げられる。
【0004】
このうち重症の移植関連合併症の1つである肝類洞閉塞症候群(SOS:Sinusoidal Obstruction Syndrome)は、肝類洞内皮細胞の傷害による非血栓性の閉塞から始まり、有痛性肝腫大、黄疸、体液貯留を伴う体重増加を特徴とする疾患である。重症例では多臓器不全から死に至ることもあるため、移植前のハイリスク群の層別化は非常に重要とされている。SOSの予防としてウルソデオキシコール酸やデフィブロタイドなどの効果が報告されており、予防の観点からもSOS発症予測は重要である。
【0005】
さらに、造血幹細胞移植患者の予後不良死亡群の層別化、特に原血液疾患の再発以外での非再発死亡の層別化が可能であれば、患者管理の質の向上が期待できる。
【0006】
従って、造血幹細胞移植患者の予後予測を定量的に診断補助できるバイオマーカー検査の開発が期待されている。
【0007】
ヒトオートタキシンは分子量約125KDaの糖蛋白質であり、そのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としリゾホスファチジン酸(LPA)を産生する酵素であり、免疫測定法によりサンプル中のオートタキシン濃度が測定可能であること(非特許文献1)が既に知られている。また、オートタキシンが有する本リゾホスホリパーゼD活性がオートタキシン濃度と良好に相関することが知られている(非特許文献1,2)。慢性肝疾患においてオートタキシンの代謝不良により血液中のオートタキシン濃度が上昇すること(非特許文献1)が既に知られているが、肝臓の障害を伴うSOSは移植後の合併症であるため、本発明における造血幹細胞移植前の、即ち肝臓に障害のない時点での血液中のオートタキシン濃度がSOS合併症を予測できることは、その機序から全く想定されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Clinica Chimica Acta 388,51-58,2008
【非特許文献2】Clinica Chimica Acta 412、1201-1206、2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまで造血幹細胞移植患者の重症の移植関連合併症である肝類洞閉塞症候群等の移植関連合併症の発症を予測する特異的、定量的なバイオマーカーはなく、治療後の患者の慎重な管理を行う上で参考になるバイオマーカーが切望されていた。さらに移植後の原疾患非再発死亡の高リスク群を造血幹細胞移植前に層別化できるバイオマーカーがあれば事前の慎重な管理の準備を可能とするため、さらに期待が高い。
【0010】
本発明の目的は、定量的数値により、造血幹細胞移植患者の肝類洞閉塞症候群等の移植関連合併症の発症予測ならびに非再発死亡群の層別化を補助する情報の提供方法ならびに測定試薬を提供する事にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、造血幹細胞移植患者血液中のオートタキシン濃度を測定し、鋭意検討を重ねた結果、移植関連合併症の発症ならびに非再発死亡群の層別化ができることを見いだし本発明に到達した。即ち本発明は下記の発明を包含する:
1.血液疾患患者において、造血幹細胞移植の移植前処置より前に血液中のオートタキシンを測定し、その測定値を基準値と比較し、造血幹細胞移植後の移植関連合併症発症の予測に関する情報を取得することを特徴とする、造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法。
2.上記移植関連合併症が、肝胆汁性合併症である、1.に記載の方法。
3.上記肝胆汁性合併症が、肝類洞閉塞症候群である、2.に記載の方法。
4.血液疾患患者において、造血幹細胞移植の移植前処置より前に血液中のオートタキシンを測定し、その測定値を基準値と比較し、造血幹細胞移植後の非再発死亡の層別化に関する情報を取得することを特徴とする、造血幹細胞移植後の予後を評価するための情報を提供する方法。
5.上記移植前処置が骨髄破壊的前処置、強度減弱前処置、又は骨髄非破壊的前処置である、1~4.のいずれかに記載の方法。
6.上記造血幹細胞移植が同種造血幹細胞移植である、1.~5.のいずれかに記載の方法。
7.上記基準値が、男性、女性それぞれの基準値上限である、1.~6.のいずれかに記載の方法。
8.上記基準値上限が男性0.914mg/L、女性1.323mg/Lである、7.に記載の方法。
9.オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、1.~8.のいずれかに記載の方法に使用するための測定試薬。
10.リゾホスホリパーゼDの基質を含有することを特徴とする、1.~8.のいずれかに記載の方法に使用するための測定試薬。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、造血幹細胞移植患者血液中のオートタキシンを移植前処置より前に測定し、その濃度を基準値により区分し、基準値を超えた群を予後不良群、基準値以下を予後良好群と鑑別することができ、また、汎用性の高い免疫学的定量試薬を用いてATXを測定することにより、短時間で簡便かつ低コストで精度よく移植後の予後不良を鑑別可能な情報の取得のための測定試薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】評価対象の患者分類を示す。SOSは肝類洞閉塞症候群、aGVHDは急性移植片対宿主病、EBMT基準はEuropean Society for Bloodand Marrow Transplantation(欧州造血細胞移植学会)基準を、Classical SOSは移植後21日以内のSOS発症を、Late-onset SOSは21日を超えての発症を示す。
図2】造血幹細胞移植前処置の前から移植後の血清ATX濃度の変化を示す。男性(A)、女性(B)をそれぞれ示し、破線は基準値上限と下限を示す。ボックスはデータの四分位範囲を表し、ボックス内の水平線は中央値を示す。縦線端は四分位点から四分位範囲の1.5倍の最近値を示し、ドットはそこからの外れ値を示す。
図3】原疾患ごとの移植前処置より前の血清ATX濃度を示す。男性(A)、女性(B)をそれぞれ示し、破線は基準値上限と下限を示す。ボックスはデータの四分位範囲を表し、ボックス内の水平線は中央値を示す。縦線端は四分位点から四分位範囲の1.5倍の最近値を示し、ドットはそこからの外れ値を示す。略称はそれぞれ、急性リンパ芽球性白血病(ALL)、急性骨髄性白血病(AML)、骨髄異形成症候群(MDS)、悪性リンパ腫(ML)、再生不良性貧血(AA)、骨髄増殖性腫瘍(MPN)である。
図4】移植前処置より前のオートタキシン(preATX)の基準値の上限(URL:Upper referencce Limit)を閾値とした際の累積発症率を示す。肝胆汁性合併症(A)、SOS(B)を示す。両群の差はグレイ検定で解析し、図内に有意差を示している。
図5】preATXのURLを閾値とした際の全生存率(A)、非再発死亡率(B)、累積再発率(C)を示す。全生存率(A)はログランク検定を、非再発死亡率(B)および累積再発率(C)はグレイ検定の結果を示す。図内に有意差も示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、「血液疾患」は、急性骨髄性白血病や急性リンパ芽球性白血病などの白血病、骨髄異形成症候群、悪性リンパ腫、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、多発性骨髄腫などの造血器腫瘍、および再生不良性貧血、血小板減少症などの血球生成に障害がある病気であり、特に、急性骨髄性白血病、急性リンパ芽球性白血病、悪性リンパ腫、骨髄異形成症候群、骨髄増殖性腫瘍、再生不良性貧血である。
【0015】
本発明において、「患者」は、特に上記疾患に罹患したヒト患者である。
本発明において、「造血幹細胞の移植」は、自家造血幹細胞移植又は同種造血幹細胞移植であり、特に、同種造血幹細胞移植である。
【0016】
本発明において、「オートタキシン」(ATX)は、分子量約125KDaの糖蛋白質のヒトオートタキシンであり、そのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としてリゾホスファチジン酸(LPA)を産生する酵素である。サンプル中のオートタキシン濃度は、免疫測定法により測定可能であることが既に知られている(非特許文献1)。
【0017】
本発明において、「移植関連合併症」は、以下のものに限定されるものではないが、例えば、急性または慢性移植片対宿主病(GVHD)、肝臓(肝類洞閉塞症候群、生着症候群、血球貪食症候群、胆管炎、閉塞性黄疸、薬剤性肝障害など)、腎臓(急性腎不全など)、心臓(不整脈、心不全、出血性心筋炎など)、肺(特発性肺炎症候群など)、神経(痙攣、意識障害)などの臓器障害、細菌、真菌、ウイルスによる感染症が挙げられ、特に、肝臓の臓器障害、すなわち、肝胆汁性合併症、中でも、「肝類洞閉塞症候群(SOS)」である。
【0018】
本発明において、「非再発死亡の層別化」とは、原血液疾患の再発以外で死亡する確率の高い患者の層別化であり、上記「移植関連合併症」により死亡する確率の高い患者の層別化である。
【0019】
本発明において、オートタキシンの「基準値」は、測定キットにより異なるが、オートタキシン抗原を定量できる技術であれば特に測定方法を限定するものではない。しかし、定量する際の基準物質は国際標準物質などの統一されたものがないため使用する測定キットの基準値の相違が生じるのは致し方ない。例えば、非特許文献1(p.55)によると、女性0.625~1.323mg/L、男性0.438~0.914mg/Lである。
【0020】
本発明において、「造血幹細胞移植後の移植関連合併症発症の予測に関する情報」または「造血幹細胞移植後の非再発死亡の層別化に関する情報」は、医師の診断行為を要することなく、ATXの測定値を基準値と比較することによって取得される。医師は、本発明の方法で提供された情報に基づいて造血幹細胞移植後の予後を評価する。
【0021】
本発明においてオートタキシンを測定する方法には特に限定はないが、例えばオートタキシンを特異的に認識する抗体を用いた免疫化学的方法が挙げられる。抗体を用いたヒトオートタキシン定量方法は、ヒトオートタキシンを特異的に捕捉し、その結果、生成した抗体-ヒトオートタキシン複合体が検出可能な方法であれば手法を選ばない。好ましくは、イムノアッセイで汎用されている標識抗原と検体中のヒトオートタキシンとの抗体に対する競合を利用した競合法、エピトープの異なる2抗体を用いてヒトオートタキシンとの3者の複合体を形成させるサンドイッチ法が簡便かつ汎用しやすい。特異性、感度、汎用性などの点から、エピトープの異なる2抗体サンドイッチ免疫測定方法が優れている。好ましくは、オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有する試薬を用いて行うことができる。このとき、例えば測定対象のオートタキシンを特異的に認識する固相化抗体と、それとは異なる部位で測定対象のオートタキシンを特異的に認識する標識化抗体とを含む試薬を用いてサンドイッチ法により行うことが好ましい。これらの方法は標準的であり充分技術的に確立されている(非特許文献1)。また、オートタキシンが有するリゾホスホリパーゼD活性が、オートタキシン濃度と良好に相関することが知られている(非特許文献1,2)。そのため、他の態様において、オートタキシン濃度を測定する方法として、オートタキシンのリゾホスホリパーゼD活性をリゾホスホリパーゼDの基質を用いて測定し、リゾホスホリパーゼD活性から直接的に又は間接的に、オートタキシン濃度を換算して求める方法を採用してもよい。このとき、リゾホスホリパーゼDの基質を含有することを特徴とする試薬を使用することが好ましい。当該試薬に含まれるリゾホスホリパーゼDの基質は、オートタキシン濃度を決定するために用いられ得るものであればよく、例えば、リゾホスホリパーゼDの基質として用いられ得るリゾホスファチジルコリン(14:0-リゾホスファチジルコリン)を用いることができ、さらに当該試薬としては、その基質が分解して遊離される物質、例えばコリンを検出し、定量できる試薬を含むものであってもよい(例えば、非特許文献1参照のこと)。これらのATXの測定は、移植前処置より前、例えば骨髄破壊的前処置、強度減弱前処置、又は骨髄非破壊的前処置より前であればいつでもよく、特に限定されるものではないが、例えば移植前処置の1週間前~直前が良く、好ましくは移植前処置の3日前~直前が良く、さらに好ましくは移植前処置の24時間前~直前である。採血は、移植前処置の時期に近いほうが患者の病態をより反映することができる。
【0022】
本発明によれば、血液中のオートタキシンを測定することにより、定量的な指標で造血幹細胞移植における移植関連合併症の発症の予測及び非再発死亡の層別化を移植前に正確に実施することができ、適切かつ早期診断により、移植後の適切な経過観察ならびに適切な予防・治療介入が期待できる。例えば、適切な経過観察としては予後不良が予測される患者への頻回な検査(肝機能検査や超音波)の実施、適切な予防としては移植前処置の強度を考慮した適正化、また適切な治療介入としては合併症を誘引している因子の除去(免疫抑制剤などの薬剤の減量/中止やウイルス感染の治療)や合併症が及ぼす他臓器への障害(腎臓、心臓への障害や凝固活性化)に対する適切な治療介入などがあげられる。
【実施例0023】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。以下の実験を行うに当たっては、各施設の研究倫理委員会での承認のもと実施した。オートタキシン(ATX)濃度測定は、非特許文献1と同様の方法で行った。具体的には、自動免疫測定装置AIAシリーズ(東ソー(株)製)及びサンドイッチ酵素免疫測定法の試薬であるEテスト「TOSOH」II(オートタキシン)(東ソー(株)製)を用い、患者から採血した血清10マイクロリットルをサンプルとし、本測定装置ならびに測定試薬にてオートタキシン濃度の定量測定を実施した。基準値については、測定キットにより異なるため、本試験では非特許文献1の参考基準値(女性0.625~1.323mg/L、男性0.438~0.914mg/L;p.55、右欄、3.7欄)を用いて解析を行った。
【0024】
実施例1:患者背景
対象者は血液内科にて血液検体の採取を行った患者群であり、臨床的に血液疾患を確定診断したものを対象とした。採血時期は、移植前処置より1週間以内のものがほとんどであり、3検体のみ異なる(移植前処置のそれぞれ11日前、12日前、14日前)。」患者分類を図1に示す。また、患者全体の背景(表1)ならびにpreATX濃度が、URLを超えた群、基準値の上限以下群ごとの患者背景と有意差を表2に示す。有意差検定はWilcixon rank sum test(年齢)あるいはFisher’s extract test(年齢以外)により行った。
【0025】
【表1】
【0026】
【表2】
【0027】
実施例2:造血幹細胞移植患者における経時的ATX濃度変動ならびに原疾患ごとのATX濃度
造血幹細胞移植患者におけるATX濃度の変動を移植前処置より前から経時的に1年間モニターした結果を男女別に箱ひげ図で図2に示す。また、原疾患ごとに移植前処置より前の血清ATX濃度を男女別に箱ひげ図で図3に示す。
【0028】
実施例3:肝類洞閉塞症候群(SOS)発症に関与する因子の特定
SOS発症に関与する因子について、表2記載の各因子について単変量解析、多変量解析を行った。各因子それぞれに図3に示す基準で分けられた2群間での差異を単変量解析、多変量解析を行い、ハザード比とその95%信頼区間、有意差を検討した。単変量解析ならびに多変量解析いずれにおいても、Performance Status(PS)ならびにpreATXの二つの因子がSOS発症に関与する独立した危険因子であることが示された。結果を表3に示す。
【0029】
【表3】
【0030】
実施例4:全生存率、再発率、ならびに非再発死亡率に関する因子の特定
移植後1年以内の全生存率、再発率、ならびに非再発死亡率に関与する因子について、表2記載の各因子について実施例3同様に単変量解析、多変量解析を行った。全生存率(OS:Overall Survival)に関しては、表4のとおりの因子が抽出され、preATXはSOSの危険因子として示されなかった。また、再発率(Relapse)に関しては、表5のとおりの因子が抽出され、preATXは再発の危険因子として示されなかった。一方、非再発死亡率(Non-relapse mortality)に関しては、表6のとおりの危険因子が抽出され、preATXが単変量、多変量いずれの解析でも非再発死亡率の独立した危険因子であることが示された。
【0031】
【表4】
【0032】
【表5】
【0033】
【表6】
【0034】
実施例5:preATX濃度による肝胆汁性合併症ならびにSOSの累積発症率の検証
preATXのURLを閾値とした際の肝胆汁性合併症全体ならびにSOS単独での累積発症率を検討した結果を図4に示す。図4A(肝胆汁性合併症)、図4B(SOS)に示される通り、preATX濃度URLを閾値としグレイ検定により有意差が認められ、これら疾患の発症を予測できることが示された。
【0035】
実施例6:造血幹細胞移植後の1年での死亡率、再発率ならびに死亡原因の解析
preATXのURLを閾値とした際の全生存率、非再発死亡率、累積再発率を検討した。全生存率(図5A)はログランク検定を、非再発死亡率(図5B)および累積再発率(図5C)はグレイ検定を行った結果、preATXを指標に非再発死亡率において有意差が示された。また、造血幹細胞移植後の1年以内の死亡原因についてpreATX濃度のURLを閾値とした2群間での比較を行った結果を表7に示す。preATXがURLを超えた群ではSOSを原因とした死亡率に有意差が認められた。
【0036】
【表7】
図1
図2
図3
図4
図5