(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024084144
(43)【公開日】2024-06-24
(54)【発明の名称】鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るためのチューブ、薬液刺激デバイス、及び薬液進入システム
(51)【国際特許分類】
A61F 11/20 20220101AFI20240617BHJP
【FI】
A61F11/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023208598
(22)【出願日】2023-12-11
(31)【優先権主張番号】P 2022198161
(32)【優先日】2022-12-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、AMED革新的医療技術創出拠点プロジェクト 橋渡し研究戦略的推進プログラム事業 シーズA AMED課題名:難聴治療のための継続的内耳薬剤投与を可能とする経外耳道間欠的陽圧システム(TIPPs)の開発委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501083643
【氏名又は名称】学校法人慈恵大学
(71)【出願人】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】栗原 渉
(72)【発明者】
【氏名】平林 源希
(72)【発明者】
【氏名】朝倉 巧
(72)【発明者】
【氏名】倉科 佑太
(57)【要約】
【課題】鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るための新たな手段を提供すること。
【解決手段】本開示に係るチューブ15は、鼓膜10に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道12と中耳腔13とを連通し、外耳道12に投入された薬液11を表面張力によって外耳道12側に保持し、薬液11が物理的刺激を繰り返し受けると、チューブ15の内腔を介して薬液11を中耳腔13に進入させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブであって、
前記外耳道に投入された薬液を表面張力によって前記外耳道側に保持し、
前記薬液が物理的刺激を繰り返し受けると、前記チューブの内腔を介して当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
チューブ。
【請求項2】
前記チューブの内腔は疎水性の表面を有し、
前記薬液は水溶液である、
請求項1に記載のチューブ。
【請求項3】
外側面の縁部から外側に向かって延設される環状のフランジを両端に有し、
一方の端が前記外耳道に連通し、他方の端が前記中耳腔に連通し、かつ、両端のフランジの間に前記鼓膜が位置するように配置されることによって前記孔に固定される、
請求項1又は2に記載のチューブ。
【請求項4】
薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスであって、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって、鼓膜に設けられた貫通孔を通じて当該薬液を中耳腔に進入させる、
薬液刺激デバイス。
【請求項5】
前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって又は前記外耳道を揺動することによって前記薬液に物理的刺激を繰り返し与え、当該薬液を中耳腔に進入させる、
請求項4に記載の薬液刺激デバイス。
【請求項6】
前記外耳道又は耳介をふさぐと共に前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって前記薬液の液面に衝撃を繰り返し与え、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
請求項5に記載の薬液刺激デバイス。
【請求項7】
外耳道に投入された薬液を中耳腔に進入させる薬液進入システムであって、
鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブと、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスと、を備え、
前記チューブは、前記外耳道に前記薬液が投入されると、表面張力によって前記薬液を前記外耳道側に保持し、
前記薬液刺激デバイスは、前記薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって当該薬液を前記チューブの内腔を介して前記中耳腔に進入させる、
薬液進入システム。
【請求項8】
前記薬液刺激デバイスは、前記外耳道又は耳介をふさぐとともに、前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって前記薬液の液面に衝撃を繰り返し与え、当該薬液を中耳腔に進入させる、
請求項7に記載の薬液進入システム。
【請求項9】
前記薬液刺激デバイスは、前記外耳道または側頭部に押し当てられて側頭骨全体を揺動することによって、前記薬液への衝撃及び前記チューブ内における摩擦の低下を引き起こし、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
請求項7に記載の薬液進入システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るためのチューブ、薬液刺激デバイス、及び薬液進入システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の
図13A及び
図13Bは外耳道から鼓室に治療物質を送達するシステムを開示している。このシステムでは鼓膜切開チューブを、鼓膜を貫通するように、鼓膜上に設置する。また外耳道を治療物質のリザーバーとして機能させる。またウィッグを外耳道から鼓膜切開チューブを通って鼓室内にまで通す。治療物質はウィッグに沿った毛管力によって外耳道から鼓室内まで運ばれる。
【0003】
特許文献2は空気ポンプで外耳道を加圧する装置を開示している(要約、請求項1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2019-527571号公報
【特許文献2】特表2012-513835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るための新たな手段を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
<1> 鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブであって、
前記外耳道に投入された薬液を表面張力によって前記外耳道側に保持し、
前記薬液が物理的刺激を繰り返し受けると、前記チューブの内腔を介して当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
チューブ。
【0007】
<2> 薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスであって、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって、鼓膜に設けられた貫通孔を通じて当該薬液を中耳腔に進入させる、
薬液刺激デバイス。
【0008】
<3> 外耳道に投入された薬液を中耳腔に進入させる薬液進入システムであって、
鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブと、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスと、を備え、
前記チューブは、前記外耳道に前記薬液が投入されると、表面張力によって前記薬液を前記外耳道側に保持し、
前記薬液刺激デバイスは、前記薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって当該薬液を前記チューブの内腔を介して前記中耳腔に進入させる、
薬液進入システム。
【発明の効果】
【0009】
本発明は鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るための新たな手段を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
<陽圧パルスを用いた方法>
【0012】
図1は右耳の中耳の横断面を示す。図の右側が頭頂である。図は右耳を上に向けている様子を示す。本実施形態では、鼓膜10を超えて薬液11を外耳道12から中耳腔13に送る。本実施形態はドラッグデリバリーに関する。チューブ15及び空気振動デバイス16はこれに用いられる。空気振動デバイス16は、薬液刺激デバイスの一例である。界面18は薬液11と外耳道12内の空気との間の界面を表す。
【0013】
図1に示す本発明の一態様は鼓膜10を貫通するチューブ15である。チューブ15は鼓膜10を貫通するチューブである。チューブ15は一時的に用いるものではなく、手術により鼓膜上に留置されるものである。チューブ15を、薬液11を送るために用いていない時、チューブ15は鼓膜を経由して中耳腔13内の換気を行う。
【0014】
図2は鼓膜の模型20を表す。左図は模型20の正面図である。右図は模型20の右側面図である。右図は人間の体を正面から見た時の鼓膜10の姿を表す。模型20では耳小骨29も鼓膜10と一体的に造形されている。耳小骨29は内耳窓(前庭窓)近傍の形状まで再現された先端形状を有する。模型20を参照しながらチューブ15を鼓膜10上に留置する様子を説明する。
【0015】
図2に示すように鼓膜10を切開することで孔25を作る。孔25にチューブ15を通すことで外耳道12と中耳腔13とを連通する。体内の鼓膜10はそれ自身が変形することで、又は孔25を治癒することで、チューブ15の胴体によって妨げられる部分を除いて孔25をふさいでしまう。したがって外耳道12と中耳腔13とを連通するのはチューブ15の内腔のみである。
【0016】
図2に示すようにチューブ15はその両端にフランジを有する。チューブ15の両端のフランジの間に鼓膜10を位置させる。フランジ22は外耳道側に位置する。フランジ22はチューブ15が鼓膜10から中耳腔側に抜けてしまうことを防ぐアンダーカット形状を有する。フランジ23は中耳腔側に位置する。フランジ23はチューブ15が鼓膜10から外耳道側に抜けてしまうことを防ぐアンダーカット形状を有する。これらのフランジの作るアンダーカット形状により孔25にチューブを固定する。
【0017】
図2に示す一態様においてフランジ23はフランジ22よりも直径が大きい。チューブ15は鼓膜10の新陳代謝により古くなった鼓膜10の一部と共に外耳道に排出される。したがって大きなフランジ23は鼓膜10上にチューブ15を長期間留置するのに適する。
【0018】
図2に示すチューブ15を孔25に通すために、チューブ15の一方端に、
図2においてフランジ23に、孔25をくぐらせる。フランジ23はゴム弾性を有していることで、孔25をくぐった後でもそのアンダーカット形状を回復できることが好ましい。
【0019】
チューブ15は、例えば、内腔の直径が0.76mm以上1.27mm以下である。フランジ23は、フランジ22に比較して、直径が大きく、かつ、厚みが薄くてもよい。この場合、フランジ23は、厚みが薄く変形しやすいため孔25をくぐりやすく、かつ、直径が大きいため孔25から抜けにくい。チューブ15は、例えば、シリコーン、フッ素樹脂、又はチタンを用いて構成されてもよい。チューブ15の表面には、滑り性向上加工、耐薬品性加工、及び/又は抗菌加工等の表面加工が施されていてもよい。
【0020】
図3は中耳の横断面を示す。薬液11を外耳道12に投入する。投入された薬液11でチューブ15の外耳道12側の開口を覆う。ここで外耳道12内に空気17を残す。これにより空気と薬液11との間の界面18を外耳道12内に形成する。
【0021】
図3に示すように薬液11はその表面張力によりチューブ15の開口又はチューブ15の内腔に液面を形成する。したがって外力が加わらない限り薬液11は中耳腔13には到達しない。一例においてチューブ15の内腔は疎水性の表面を有する。一例においてチューブ15の表面全体が疎水性の表面を有すすべてる。一例においてチューブ15はシリコーンゴムからなる。また薬液11は水溶液である。一例においてチューブ15の内腔の表面の水接触角は90度より大きい。一例において液面は平坦でなくともよい。液面は凹型又は凸型のメニスカスを形成してもよい。投入される薬液11の量は、例えば200μl以上1000μl以下である。
【0022】
図1に戻る。
図1に示すように外耳道12内に陽圧のパルス19を負荷する。すなわち外耳道12内の圧力を瞬間的に中耳腔13内よりも高くする。パルス19は界面18に衝撃を与える。パルス19は所定の周期又は周波数を伴って間欠的に繰り返すものでもよい。例えばパルスは1~100Hzの、好ましくは1~10Hzの周波数を有する。パルスを繰り返している間、周期又は周波数は変動してもよく一定でもよい。またパルス19は所定の強さを有する。
【0023】
図1において界面18に衝撃を受けた薬液11は自身の表面張力に抗いながらチューブ15の内腔を進行する。さらに薬液11は中耳腔13内に進入する。その後、薬液11は中耳腔13内の薬液11を適用すべき部位、例えば患部に到達する。必要な量の薬液11が中耳腔13内に到達した後は、さらに外耳道12に薬液11を投入してもよい。同じチューブ15を用いて薬液11を中耳腔13内に送ることを繰り返してもよい。この繰り返しは所定の時間間隔を開けて行ってもよく、また医学的な投薬方針に基づいてもよい。
【0024】
図1に示す本発明の他の一態様は空気振動デバイス16である。空気振動デバイス16は外耳道12内に陽圧のパルス19を負荷するために用いる。空気振動デバイス16で外耳道12内にパルス19を負荷することで界面18に衝撃を与える。これにより空気振動デバイス16は薬液11を中耳腔13内に進入させる。空気振動デバイス16はさらに外耳道12内に空気を補充することで、減少した薬液11の体積や、外耳道12から漏れ出た空気の体積を補償してもよい。
【0025】
図1に示す一態様において空気振動デバイス16は使用者により指定された周期又は周波数にてパルス19の生成を繰り返す。例えば使用者は1~100Hzの、好ましくは1~10Hzの周波数を指定する。また一態様において空気振動デバイス16は使用者により指定された強さのパルス19を生成する。使用者は患者自身、患者の保護者、医師、看護師が想定されるがこれらに限定されない。
【0026】
図1に示す空気振動デバイス16を用いる際には、空気振動デバイス16で外耳道12又は不図示の耳介をふさぐことが好ましい。耳栓型の空気振動デバイス16は外耳道12をふさぐことができる。イヤーマフ型の空気振動デバイス16は耳介をふさぐことができる。空気振動デバイス16は密閉された外耳道12にパルス19を負荷することが好ましい。空気振動デバイス16は手動でもよく、電動でもよい。
【0027】
図1に示す空気振動デバイス16の一例において、空気振動デバイス16は耳に接する部分と、圧力を発生する部分と、双方を連結するホースに分かれた構成を有していてもよい。このようなデバイスの例としてKIDS MEDICAL社の提供する鼓膜按摩器が挙げられる。鼓膜按摩器は圧力を発生する部分が耳に接する部分に対してホースを通じて陽圧を送る。
【0028】
図1に示す本発明の一態様はチューブ15と空気振動デバイス16とからなるセットである。その用法は上述の通りである。
【0029】
<陽圧パルス:模型を用いた実験>
【0030】
図2に示す模型20を用いて、鼓膜10を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送れることを確かめた。まず人体の中耳腔近傍のCT画像をもとに3Dプリンターを用いて鼓膜10と耳小骨29とを有する模型20を作製した。鼓膜10を切開し、その孔にチューブ15を留置した。チューブ15として鼓室換気チューブ(鼓膜ドレインBタイプ、KOKEN社製)を用いた。外耳道側フランジの直径は3.0mm、厚さは0.4mm、中耳腔側フランジの直径は4.0mm、厚さは0.2mm、チューブの長さ(高さ)は2mm、チューブの胴部の直径は1.6mmであった。チューブの内腔の直径は1.2mmであった。
【0031】
図4は外耳道の模型30を示す。樹脂管32の開口38にパテ35を用いて鼓膜の模型20を取り付けた。鼓膜10で樹脂管32の開口38を覆った。鼓膜10の外耳道側の面が樹脂管32の内腔を向くようにした。パテ35で模型20と樹脂管32との間の隙間をすべて埋めた。
【0032】
図4において、鼓膜の模型20が下側になるように外耳道の模型30を向けた。樹脂管32内に薬液に見立てた色水31を投入した。色水31はファストグリーンFCFを水に溶かしたものである。この時、色水31はチューブ15から漏れなかった。次に開口38とは反対側の樹脂管32の開口39に空気振動デバイス16を挿入した。空気振動デバイス16で樹脂管32の内部に陽圧のパルスを負荷した。陽圧のパルスの負荷に伴い、色水31がチューブ15の開口から吐出された。
【0033】
図4に示す模型30による実験の結果は、陽圧のパルスを外耳道内に負荷することで、鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送れることを示している。
【0034】
<外耳道の揺動を用いた方法>
【0035】
図1に戻る。空気振動デバイス16で外耳道12や耳介をふさぐものである。また
図3に示すように薬液11はその表面張力によりチューブ15において中耳腔13側に液面を生じる。
図1に示すように空気振動デバイス16の生じるパルス19は、間接的にこの液面を揺動させることで、その表面張力を打ち破る。このことから外耳道12を揺動する(シェイクする)方法もまた同様の成果をもたらすと発明者らは考えた。
【0036】
<外耳道の揺動:流体シミュレーション>
【0037】
鼓膜に留置されたチューブ近傍における薬液の挙動を流体シミュレーションで調べた。シミュレーションにあたってオープンソースの三次元熱流体解析(CFD)ソフトウェアであるOpenFOAMを用いた。具体的にはこのソフトウェア上で鼓膜近傍の薬液と空気からなる気液二相流の解析を行った。
【0038】
図5はコンピューター上で作成した外耳道―中耳腔モデルを示す。外耳道は直径8.4mmの円筒とした。チューブは直径1.2mmとした。この解析ではチューブを流体が通過するかどうかに焦点を当てていることから、薬液及び空気の体積並びに中耳腔の形状は任意に設定した。
【0039】
解析は二次元で行った。薬液の物性値には水の物性値を適用した。
- 薬液の動粘性係数ν=1.0×10-6 [m2/s]
- 薬液の密度ρ=998.2[kg/m3]
【0040】
計算格子として構造格子を用いた。Δx=0.1[mm]で一定とした。Δyは最も細かい部分では0.1[mm]とし、最も粗い部分では1.0[mm]とした。物性値以外の計算条件は以下のとおりである。
- Δx[mm]:0.1
- Δy[mm]:0.1-1.0
- Δz[mm]:1.0
- g[m/s2]:9.81
【0041】
支配方程式は以下の3つの式である。
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
<薬液が鼓膜上に留まること>
【0046】
図5は系に揺動を与えず、また系を傾けていない時の薬液の状態を示す。揺動を与えない場合、薬液はチューブを通過せず外耳道に留まった。表面張力によってチューブに面する液面が保持されていることがシミュレートされている。これらの計算結果は先に示した「模型を用いた実験」において陽圧を負荷しなければ色水が吐出されなかったことと整合する。
【0047】
<外耳道の揺動で薬液が中耳腔に送られること>
【0048】
外耳道の揺動による薬液の動きをシミュレートするために、
図5に示す薬液及び空気からなる二層と外耳道―中耳腔モデルとをZ軸に沿って揺動した。周波数を1Hzに固定した。揺動は単振動であった。振幅は1m、1cm、1mm及び0.1mmの4通りとした。振幅が大きいほど、加速度が大きいことから強い揺動を模擬していると考えられる。
【0049】
図6は振幅1mにおいて、揺動開始から0.05秒後にチューブの内腔に面する薬液の液面が大きく湾曲している様子を示す。上段は下段の画像の輪郭をトレースしたものである。下段は構造格子をそのまま表した画像である。図に示すように薬液は表面張力に抗ってチューブを通過し、中耳腔内に到達した。
【0050】
図7は他の振幅の大きさの条件での、揺動開始から0.1秒後の液面の様子を示す。振幅1cm(上段)、1mm(中段)及び0.1mm(下段)のいずれにおいても薬液の液面が大きく湾曲している。図に示すように、これらの例においても振幅1mの時と同じように薬液の液面が大きく湾曲した。また薬液が中耳空まで到達した。薬液を中耳腔まで送り込むために必要な揺動の強さの水準は低いことが予想される。
【0051】
図6及び7に示すシミュレーションは、外耳道を揺動することで、鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送れることを示している。
【0052】
揺動の具体的な手法としては揺動デバイスを耳の側方から側頭骨に向かって押し当てることが考えられる。揺動デバイスは、薬液刺激デバイスの一例である。当該揺動デバイスで外耳道を揺動することで薬液に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させることが想定される。揺動の方向は特に限定されない。外耳道に対して交差する方向でもよく、外耳道に対して平行な方向でもよい。揺動は1~100Hzの、好ましくは1~10Hzの周波数をもって実行される。周波数は変動してもよく一定でもよい。また揺動の振幅は所定の大きさを有する。
【0053】
なお上述した空気振動デバイスには、空気を振動させる際に、それ自体が揺動するものも含まれる。また空気振動デバイスの揺動が、外耳道を通じて薬液に伝わるものも含まれる。この場合、陽圧のパルスにより薬液が中耳腔に進入するのか、外耳道の揺動により薬液が中耳腔に進入するのか、あるいは両方の効果が表れているのか、が判然としないことがあり得る。しかしながら、これらいずれの形態も本発明の範囲に含まれる。
【0054】
<耳を傾けることの影響>
【0055】
図8は耳を傾けたときの薬液の様子を示す。耳を勢いよく傾けることによって、薬液が中耳腔に進入するケースがあるかどうかを確認した。図の上段は0.5秒かけて直立から45度倒された外耳道―中耳腔モデルを示す。図の上段は0.7秒かけて直立から60度倒された外耳道―中耳腔モデルを示す。図に示すようにモデルをいずれの角度に傾けても液体は中耳腔に到達しなかった。
【0056】
次に、図示していないが、直立から75、78及び80度倒された外耳道―中耳腔モデルもシミュレートした。チューブに液面がかかる限界である78°まで傾けても界面は表面張力により保たれた。また75及び80度のいずれの角度においてもチューブを通じた薬剤の移動は見られなかった。
【0057】
これらのことから、勢いをもって耳を傾けるだけでは薬剤の中耳への移動は起こらないことを確認した。これは薬剤の液面が、薬剤の表面張力によって、重力に抗って形成されていることによると考えられる。
【0058】
<疾患への適用>
【0059】
上記実施形態に係るチューブと空気振動デバイス又は揺動デバイスとを用いた薬液の送り方は、内耳障害や難治性の中耳疾患に好適に使用できる。内耳障害及び難治性の中耳疾患の例としては、好酸球性中耳炎、ANCA関連血管炎性中耳炎などの難治性慢性中耳炎、鼓室硬化症などの慢性炎症により鼓室内に肉芽や硬化組織が形成された病態、内耳炎、薬剤性難聴、騒音性難聴、遺伝性難聴、加齢性難聴などの感音難聴、及び末梢性顔面神経麻痺が挙げられる。また、薬液としては、副腎皮質ステロイド、抗生物質、抗酸化医薬、成長因子、ビタミン製剤、アデノ随伴ウイルスなどの遺伝子導入キャリア、及び生物学的製剤が好適である。
【0060】
上記実施形態に係るチューブと空気振動デバイス又は揺動デバイスとを用いた薬液の送り方は、血流を経由した薬剤の全身投与とは異なる。上記実施形態の用法では投与した薬液はその多くがチューブや空気振動デバイス又は揺動デバイスの働きにより内耳へ到達する。
【0061】
上記実施形態に係るチューブと空気振動デバイス又は揺動デバイスとを用いた薬液の送り方は、鼓膜を穿刺した時に直接に中耳腔内に薬液を投与する方法とは異なる。このような直接の方法では、投与を行うたびに診察を要する。また鼓膜を切開する処置は患者の疼痛を伴う。したがって連続して薬液を中耳腔に投与することが難しい。これに対して上記実施形態の用法では鼓膜上に留置したチューブで薬液を投与するので薬液の投与の際に特段の診察を要しない。また上記実施形態ではチューブ留置後に時間をおいてから薬液の投与を行い、また留置されたチューブを繰り返し利用する。このため薬液を必要な回数分、連続して投与できる。またチューブの留置された鼓膜が治癒するにつれて疼痛は軽減される。
【0062】
<その他の実施形態等>
【0063】
上記実施形態では、切開によって鼓膜に貫通孔を設ける場合を説明したが、鼓膜に貫通孔を設ける方法は特に限定されない。例えば、鼓膜に設けられる貫通孔は、疾患又は外傷によって開いたものであってもよい。
【0064】
薬液刺激デバイスは、図示しない薬液投入デバイスと組み合わせて使用されてもよい。薬液投入デバイスは、外耳道に所定量の薬液を投入するデバイスである。さらに、薬液刺激デバイスは、図示しない薬液投入デバイス及び薬液量検知デバイスと組み合わせて使用されてもよい。薬液量検知デバイスは、外耳道に残留する薬液量を検知するデバイスである。薬液投入デバイスは、薬液量検知デバイスが検知した薬液量に応じて投入する薬液量を調整してもよい。また、薬液投入デバイスは、所定時刻になると自動で薬液を投入してもよい。この場合、薬液刺激デバイスは、薬液が投入される時刻になると外耳道に投入された薬液を刺激するように設定される。
【0065】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載され得るが、以下には限られない。
【0066】
(付記A1)
鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るためのチューブであって、その用法は、
鼓膜を切開することで作った孔に前記チューブを通すことで外耳道と中耳腔とを連通し、
薬液を外耳道に投入することで前記チューブの開口を覆い、ここで外耳道内に空気を残すことで空気と薬液との界面を外耳道内に形成し、また薬液はその表面張力により前記開口又は前記チューブの内腔に液面を形成するため中耳腔には到達せず、
外耳道内に陽圧のパルスを負荷することで又は外耳道を揺動することで、薬液に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させる、
ことを含むチューブ。
【0067】
(付記A2)
前記チューブの内腔は疎水性の表面を有し、
前記薬液は水溶液である、
付記A1に記載のチューブ。
【0068】
(付記A3)
両端にフランジを有し、前記チューブの用法は
一方端のフランジに前記孔をくぐらせることで、前記チューブを前記孔に通し、
両端のフランジの間に鼓膜を位置させることで、前記孔にチューブを固定する、
ことを含む、付記A1又はA2に記載のチューブ。
【0069】
(付記B1)
鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るための空気振動デバイスであって、その用法は、
鼓膜を切開することで作った孔にチューブを通すことで外耳道と中耳腔とを連通し、
薬液を外耳道に投入することで前記チューブの開口を覆い、ここで外耳道内に空気を残すことで空気と薬液との界面を外耳道内に形成し、また薬液はその表面張力により前記開口又は前記チューブの内腔に液面を形成するため中耳腔には到達せず、
前記空気振動デバイスで外耳道又は耳介をふさぐとともに、前記空気振動デバイスで外耳道内に陽圧のパルスを負荷することで前記界面に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させる、
ことを含む空気振動デバイス。
【0070】
(付記B2)
前記パルスは1~10Hzの周波数にて生成される、
付記B1に記載の空気振動デバイス。
【0071】
(付記C1)
鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るためのチューブ及び空気振動デバイスからなるセットであって、その用法は、
鼓膜を切開することで作った孔に前記チューブを通すことで外耳道と中耳腔とを連通し、
薬液を外耳道に投入することで前記チューブの開口を覆い、ここで外耳道内に空気を残すことで空気と薬液との界面を外耳道内に形成し、また薬液はその表面張力により前記開口又は前記チューブの内腔に液面を形成するため中耳腔には到達せず、
前記空気振動デバイスで外耳道又は耳介をふさぐとともに、前記空気振動デバイスで外耳道内に陽圧のパルスを負荷することで前記界面に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させる、
ことを含むセット。
【0072】
(付記D1)
鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るための揺動デバイスであって、その用法は、
鼓膜を切開することで作った孔にチューブを通すことで外耳道と中耳腔とを連通し、
薬液を外耳道に投入することで前記チューブの開口を覆い、ここで外耳道内に空気を残すことで空気と薬液との界面を外耳道内に形成し、また薬液はその表面張力により前記開口又は前記チューブの内腔に液面を形成するため中耳腔には到達せず、
前記揺動デバイスを耳の側方から側頭骨に向かって押し当てるとともに、前記揺動デバイスで外耳道を揺動することで薬液に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させる、
ことを含む揺動デバイス。
【0073】
(付記D2)
揺動は1~10Hzの周波数にて行う、
付記D1に記載の揺動デバイス。
【0074】
(付記E1)
鼓膜を超えて薬液を外耳道から中耳腔に送るためのチューブ及び揺動デバイスからなるセットであって、その用法は、
鼓膜を切開することで作った孔に前記チューブを通すことで外耳道と中耳腔とを連通し、
薬液を外耳道に投入することで前記チューブの開口を覆い、ここで外耳道内に空気を残すことで空気と薬液との界面を外耳道内に形成し、また薬液はその表面張力により前記開口又は前記チューブの内腔に液面を形成するため中耳腔には到達せず、
前記揺動デバイスを耳の側方から側頭骨に向かって押し当てるとともに、前記揺動デバイスで外耳道を揺動することで薬液に衝撃を与えて薬液を中耳腔に進入させる、
ことを含むセット。
【0075】
(付記F1)
鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブであって、
前記外耳道に投入された薬液を表面張力によって前記外耳道側に保持し、
前記薬液が物理的刺激を繰り返し受けると、前記チューブの内腔を介して当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
チューブ。
【0076】
(付記F2)
前記チューブの内腔は疎水性の表面を有し、
前記薬液は水溶液である、
付記F1に記載のチューブ。
【0077】
(付記F3)
外側面の縁部から外側に向かって延設される環状のフランジを両端に有し、
一方の端が前記外耳道に連通し、他方の端が前記中耳腔に連通し、かつ、両端のフランジの間に前記鼓膜が位置するように配置されることによって前記孔に固定される、
付記F1又はF2に記載のチューブ。
【0078】
(付記F4)
前記中耳腔に連通する側の端に設けられたフランジは、前記外耳道に連通する側の端に設けられたフランジに比較して、厚みが薄く、かつ、直径が大きい、
付記F3に記載のチューブ。
【0079】
(付記F5)
前記チューブの内腔の直径は、0.76mm以上1.27mm以下である、付記F1~F4のいずれかに記載のチューブ。
【0080】
(付記G1)
薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスであって、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって、鼓膜に設けられた貫通孔を通じて当該薬液を中耳腔に進入させる、
薬液刺激デバイス。
【0081】
(付記G2)
前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって又は前記外耳道を揺動することによって前記薬液に物理的刺激を繰り返し与え、当該薬液を中耳腔に進入させる、
付記G1に記載の薬液刺激デバイス。
【0082】
(付記G3)
前記外耳道又は耳介をふさぐと共に前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって前記薬液の液面に衝撃を繰り返し与え、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
付記G2に記載の薬液刺激デバイス。
【0083】
(付記G4)
前記パルスは1~100Hzの周波数にて生成される、
付記G2又はG3に記載の薬液刺激デバイス。
【0084】
(付記G5)
前記外耳道または側頭部に押し当てられて側頭骨全体を揺動することによって、前記薬液への衝撃を引き起こし、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
付記G1に記載の薬液刺激デバイス。
【0085】
(付記G6)
乳様突起に押し当てられると共に前記外耳道を揺動することによって前記薬液に衝撃を繰り返し揺らし、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
付記G5に記載の薬液刺激デバイス。
【0086】
(付記G7)
前記揺動は1~100Hzの周波数にて行う、
付記G5又はG6に記載の薬液刺激デバイス。
【0087】
(付記H1)
外耳道に投入された薬液を中耳腔に進入させる薬液進入システムであって、
鼓膜に設けられた孔に嵌め込まれて外耳道と中耳腔とを連通するチューブと、
外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与える薬液刺激デバイスと、を備え、
前記チューブは、前記外耳道に前記薬液が投入されると、表面張力によって前記薬液を前記外耳道側に保持し、
前記薬液刺激デバイスは、前記薬液に物理的刺激を繰り返し与えることによって当該薬液を前記チューブの内腔を介して前記中耳腔に進入させる、
薬液進入システム。
【0088】
(付記H2)
前記薬液刺激デバイスは、前記外耳道又は耳介をふさぐとともに、前記外耳道内に陽圧のパルスを負荷することによって前記薬液の液面に衝撃を繰り返し与え、当該薬液を中耳腔に進入させる、
付記H1に記載の薬液進入システム。
【0089】
(付記H3)
前記薬液刺激デバイスは、前記外耳道または側頭部に押し当てられて側頭骨全体を揺動することによって、前記薬液への衝撃及び前記チューブ内における摩擦の低下を引き起こし、当該薬液を前記中耳腔に進入させる、
付記H1に記載の薬液進入システム。
【0090】
(付記H4)
前記外耳道に薬液を投入する薬液投入デバイスをさらに備える、
付記H1~H3のいずれかに記載の薬液進入システム。
【0091】
(付記H5)
前記外耳道に残留する薬液量を検知する薬液量検知デバイスをさらに備え
前記薬液投入デバイスは、検知された薬液量に応じて投入する薬液量を調整する、
付記H4に記載の薬液進入システム。
【0092】
(付記H6)
前記薬液投入デバイスは、所定時刻になると薬液を前記外耳道に投入し、
前記薬液刺激デバイスは、前記所定時刻になると前記外耳道に投入された薬液に物理的刺激を繰り返し与える、
付記H4又はH5に記載の薬液進入システム。
【0093】
以上、実施形態(及び実施例)を参照して本願発明を説明したが、本願発明は上記実施形態(及び実施例)に限定されものではない。本願発明の構成や詳細には、本願発明のスコープ内で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。
【符号の説明】
【0094】
10 鼓膜、 11 薬液、 12 外耳道、 13 中耳腔、 15 チューブ、 16 空気振動デバイス、 17 空気、 18 界面、 19 パルス、 20 模型、 22 フランジ、 23 フランジ、 25 孔、 29 耳小骨、 30 模型、 31 色水、 32 樹脂管、 35 パテ、 38 開口、 39 開口