(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005168
(43)【公開日】2025-01-16
(54)【発明の名称】積層物の不健全部の検出方法
(51)【国際特許分類】
G01N 22/02 20060101AFI20250108BHJP
G01N 22/00 20060101ALI20250108BHJP
【FI】
G01N22/02 A
G01N22/00 S
G01N22/00 U
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105231
(22)【出願日】2023-06-27
(71)【出願人】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(71)【出願人】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大野 湧人
(72)【発明者】
【氏名】内田 茂
(72)【発明者】
【氏名】堀居 令奈
(72)【発明者】
【氏名】水上 卓也
(72)【発明者】
【氏名】池田 雄一
(72)【発明者】
【氏名】小林 利充
(72)【発明者】
【氏名】田中 孝之
(72)【発明者】
【氏名】ホセイン アッサーリム
(72)【発明者】
【氏名】本田 匠
(57)【要約】 (修正有)
【課題】積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現する。
【解決手段】複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、(1)積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、受信強度に基づいて、計測距離d
mを変数とするリファレンスデータE
R(d
m)を取得する、リファレンスデータ取得ステップと、(2)積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、受信強度に基づいて、計測距離d
mを変数とする計測データE
V(x,d
m)を取得する、計測データ取得ステップと、(3)不健全部の想定面積S
vの、受信部における電磁波の有効受信面積に対する割合を反射率αとしたときに、反射率αが所定の値より大きい場合に、検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップと、を有する、積層物の不健全部の検出方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、
前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定し、
前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定し、
前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップと、
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、
前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定し、
前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定し、
前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップと、
(3)前記不健全部の想定面積Svの、前記受信部における電磁波の有効受信面積に対する割合を反射率αとしたときに、
前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記反射率αを算出し、前記反射率αが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップと、
を有する、積層物の不健全部の検出方法。
【請求項2】
前記リファレンス領域において前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波とを有し、
前記複数の層の界面における反射波を合成した合成反射波の、前記積層物の表面からの深さを合成反射波深さdsとして、
振幅ARが前記計測距離dm及び前記合成反射波深さdsに応じて変化するリファレンスデータ数理式を算出し、
前記リファレンスデータER(dm)を、前記リファレンスデータ数理式を用いて較正する、
請求項1に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【請求項3】
前記リファレンスデータER(dm)と前記リファレンスデータ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により前記リファレンスデータER(dm)における前記合成反射波深さdsを算出し、
前記合成反射波深さds及び前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記反射率αを算出する、
請求項2に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【請求項4】
前記検出対象領域xにおいて前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波と、想定不健全部における反射波とを有し、
前記想定不健全部における反射波の、前記積層物の表面からの深さを想定不健全部反射波深さdvとして、
振幅AVが前記計測距離dm及び前記想定不健全部反射波深さdvに応じて変化する計測データ数理式を算出し、
前記計測データEV(x,dm)と前記計測データ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により、前記反射率α及び前記想定不健全部反射波深さdvを算出する、
請求項1に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【請求項5】
前記不健全部検出ステップにおいて、
算出された前記想定不健全部反射波深さdvに基づいて、前記積層物の表面からの前記不健全部の深さを推定する、
請求項4に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【請求項6】
前記不健全部検出ステップにおいて、
算出された前記反射率αに基づいて、前記不健全部の相対面積を推定する、
請求項4に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【請求項7】
複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、
前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定し、
前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定し、
前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップと、
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、
前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定し、
前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定し、
前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップと、
(3)前記検出対象領域xにおいて前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波と、想定不健全部における反射波とを有し、前記想定不健全部における反射波の、前記積層物の表面からの深さを想定不健全部反射波深さdvとしたときに、
前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記想定不健全部反射波深さdvを算出し、前記想定不健全部反射波深さdvが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップと、
を有する、積層物の不健全部の検出方法。
【請求項8】
振幅AVが前記計測距離dm及び前記想定不健全部反射波深さdvに応じて変化する計測データ数理式を算出し、
前記計測データEV(x,dm)と前記計測データ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により、前記想定不健全部反射波深さdvを算出する、
請求項7に記載の積層物の不健全部の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層物の不健全部の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、構造物の維持や補修に関わる投資は増加する傾向にある。構造物の維持や補修に関わる修繕工事の一つである外壁タイルの補修工事は、経験に依存する工事であることに加え、作業量が多い。また、外壁タイルの補修工事は、屋外で危険を伴う工事でもあるため、継続して従事する作業員は慢性的に不足している。このため、外壁タイルの補修工事においては、作業の省人化や省力化が求められている。
【0003】
ところで、外壁タイルの補修工事では、外壁タイルが補修対象であるかどうかを判別する検査(以下、「外壁タイル検査」と呼ぶことがある)が行われる。外壁タイル検査は、検査員による打診検査が一般的に採用されている。しかし、打診検査では、判別精度が検査員に依存する。つまり、検査員の熟練度や技量により判別精度にばらつきが生じることや、長時間の打診検査を続けることで検査員の判断力が低下し、判別精度が低下することがある。
【0004】
また、外壁タイル検査は、上述した打診検査の他に、超音波や、赤外線、X線その他の電磁波を用いた、計測装置による検査(以下、まとめて「計測装置による検査」と呼ぶことがある)が採用されることがある。計測装置による検査では、打診検査と比較して、判別精度が検査員に依存することをある程度抑制することができる。しかし、計測装置による検査では、安全対策装置等が別に必要になったり、分析装置による複雑な計算が必要になったりすることがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-28643号公報
【特許文献2】特開2009-145312号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した計測装置による検査では、打診検査と比べてある程度省人化できるものの、安全対策装置等の取扱いや、分析装置による複雑な計算が必要になることにより、省力化に限界があった。
【0007】
本発明の目的の一例は、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することにある。本発明の他の目的は、本明細書の記載から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定し、前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定し、前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップと、
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定し、前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定し、前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップと、
(3)前記不健全部の想定面積Svの、前記受信部における電磁波の有効受信面積に対する割合を反射率αとしたときに、前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記反射率αを算出し、前記反射率αが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップと、
を有する、積層物の不健全部の検出方法である。
【0009】
本発明の一態様は、複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定し、前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定し、前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップと、
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定し、前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定し、前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップと、
(3)前記検出対象領域xにおいて前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波と、想定不健全部における反射波とを有し、前記想定不健全部における反射波の、前記積層物の表面からの深さを想定不健全部反射波深さdvとしたときに、前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記想定不健全部反射波深さdvを算出し、前記想定不健全部反射波深さdvが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップと、
を有する、積層物の不健全部の検出方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施形態の積層物の不健全部の検出手順のフロー図である。
【
図2】
図2Aは、積層物の健全部における電磁波の伝搬モデルの説明図である。
図2Bは、積層物の健全部における電磁波の合成反射波及び各寸法の説明図である。
【
図3】
図3Aは、積層物の不健全部における電磁波の伝搬モデルの説明図である。
図3Bは、積層物の不健全部における電磁波の合成反射波及び各寸法の説明図である。
【
図4】
図4Aは、不健全部の相対面積を示す第1例の説明図である。
図4Bは、不健全部の相対面積を示す第2例の説明図である。
【
図5】
図5は、不健全部の相対面積と反射率αとの関係の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、本実施形態の積層物の不健全部の検出に係る検証実験で用いる、試験体100を示す説明図である。
【
図7】
図7は、本実施形態の積層物の不健全部の検出に係る検証実験で用いる、アンテナ探索部50を示す説明図である。
【
図8】
図8は、アンテナ探索部50のアンテナ10を上下方向に動かしながら電磁波の受信強度を計測する一例を示す説明図である。
【
図9】
図9は、本検証実験におけるリファレンスデータを示す図である。
【
図10】
図10は、本検証実験における推定結果の一覧を示す図である。
【
図11】
図11Aは、本検証実験における反射率αの設計値と推定結果との関係を示す図である。
図11Bは、本検証実験における想定不健全部反射波深さd
vの設計値と推定結果との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書及び添付図面の記載により、少なくとも以下の事項が明らかとなる。
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の好適な実施の形態を説明する。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材等には同一の符号を付し、適宜重複した説明は省略する。
【0014】
==本実施形態==
<用語等の定義>
まず、本実施形態における用語等を定義する。
【0015】
「積層物」とは、建築構造物や土木構造物の、複数の層が積層された部分である。積層物は、例えば、建築構造物の外壁である。建築構造物の外壁としての積層物は、例えば、外側から、タイル層,接着モルタル層,下地モルタル層及びコンクリート下地層を有する。最も外側に位置するタイル層では、特に集合住宅においては、仕上げ材としての外壁タイル(以下、単に「タイル」と呼ぶことがある)が多く用いられている。
【0016】
「不健全部」とは、積層物の部位のうち、形状における不具合を含む部位である。不健全部は、積層物の1つの層にのみ位置していても良いし、積層物の2つ以上の層にわたって位置していても良い。不健全部は、例えば、隣接する層の間の境界(すなわち、界面)に発生する空隙である。タイル層と接着モルタル層との間の空隙は、タイルの浮きの原因となる。但し、不健全部は、空隙に限られず、クラック、剥落、欠け等であっても良い。
【0017】
「健全部」とは、積層物の部位のうち、「不健全部」を含まない部位である。但し、「健全部」には、上述した空隙、クラック、剥落、欠け等を全く含まない部位であることに限られず、空隙、クラック、剥落、欠け等が含まれていても、空隙、クラック、剥落、欠け等がある所定の程度以下(許容量以下)である場合も含まれる。
【0018】
<比較例に係る不健全部の検出手段>
本実施形態の積層物の不健全部の検出手順を説明する前に、外壁タイル検査を例にして、比較例に係る不健全部の検出手段について説明する。
【0019】
タイルは、劣化により浮きや剥落が発生すると、歩行者等に危害を加えるようなタイルの落下事故を引きおこすおそれがあるため、補修工事が必要なタイルを検出するための検査(すなわち、外壁タイル検査)が重要となる。外壁タイル検査は、例えば、検査員による打診検査と、計測装置による検査(超音波や、赤外線、X線その他の電磁波を用いた、計測装置による検査)とを採用することができる。
【0020】
打診検査は、検査員が積層物の表面(例えば、タイルの表面)を打診用の打診棒やテストハンマーで叩き、検査員が打音を聞き取り、表面上の所定領域毎に相対的に比較することで、不健全部の有無を判断する。打診検査は、簡易な方法で、かつ比較的高い判別精度であるが、検査員の熟練度や技量により打音の判別精度にばらつきが生じることや、長時間の打診検査を続けることで検査員の判断力が低下し、判別精度が低下することがある。すなわち、打診検査では、外壁タイル検査の省人化が困難である。
【0021】
外壁タイル検査の省人化をするために、超音波や、赤外線、X線その他の電磁波を用いた、計測装置による検査を採用することもできる。
【0022】
計測装置による検査のうち、超音波による手法では、不健全部の有無を比較的精度良く判別できる一方で、検査対象のタイルの表面に計測装置を取り付けなければならず、計測時間に課題が生じる。
【0023】
計測装置による検査のうち、赤外線(具体的には、赤外線カメラ)による手法では、検査時の天候や障害物などの条件により検査しづらい場合がある。このため、赤外線による手法では、可能な範囲では打診検査を併用する方法が推奨されている。
【0024】
計測装置による検査のうち、X線による手法では、大掛かりな安全対策装置が別に必要となる。
【0025】
計測装置による検査のうち、電磁波による解析手法では、検査対象である積層物に接触することなく、不健全部を検出することができる。しかし、計測に適した周波数を選んで使う必要があるため、高価で大型の分析装置(ネットワークアナライザ等)と複雑な計算が必要となる。
【0026】
以上のように、計測装置による検査では、打診検査と比べてある程度省人化できるものの、安全対策装置等の取扱いや、分析装置による複雑な計算が必要になることにより、省力化に限界がある。
【0027】
<本実施形態の概要>
本実施形態の積層物の不健全部の検出手順は、電磁波を用いた計測装置による検査を採用している。本実施形態では、上述した比較例に係る不健全部の検出手段と比較すると、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。以下では、このような本実施形態の積層物の不健全部の検出手順の概要について説明する。
【0028】
ところで、電磁波は誘電特性(ここでは、誘電率と導電率)が異なる素材の境界面で反射する性質を有する。このため、検査対象である積層物の不健全部の有無によって、積層物(具体的には、後述する積層物の各層の界面)から反射された電磁波(以下、「反射波」と呼ぶことがある)の強度(以下、受信強度)が異なる。
【0029】
ここで、上述した比較例に係る電磁波による解析手法では、アンテナが送受信する周波数領域や、計測時間の幅を変えながら反射波を解析している。これにより、豊富な情報を取得できる反面、ネットワークアナライザ等の大型かつ高額な計測装置が必要となる。
【0030】
発明者らは、鋭意検討の結果、アンテナが送受信する周波数領域や計測時間の幅ではなく、アンテナと積層物の表面との距離に着目した。これにより、発明者らは、アンテナが送受信する周波数領域や計測時間の幅を固定しつつ、アンテナと積層物の表面との距離(以下、「計測距離」と呼ぶことがある)を変えて、複数回(多層)走査する手法(以下、「電磁波多層走査法」と呼ぶことがある)に至った。電磁波多層走査法では、計測距離を変えながら、アンテナの送信部からアンテナの受信部に直接伝搬する波(以下、「直接波」と呼ぶことがある)と、アンテナの送信部から放射され積層物において反射した反射波とをアンテナの受信部で受信し、その干渉を解析する。
【0031】
そして、あらかじめ積層物の健全部と推定された部位の計測データと、検出対象部位(想定する不健全部)の計測データとを比較することで、不健全部を検出することができる。本実施形態では、アンテナが送受信する周波数領域と計測時間の幅を固定できるため、計測装置の小型化や軽量化が可能になり、計算量を削減できる。すなわち、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0032】
<本実施形態の積層物の不健全部の検出手順>
以下では、
図1を参照しながら、本実施形態の積層物の不健全部の検出手順について具体的に説明する。
【0033】
図1は、本実施形態の積層物の不健全部の検出手順のフロー図である。
【0034】
本実施形態の積層物の不健全部の検出手順では、次の6つの手順を経て、積層物の不健全部を検出することができる。
(1)計測距離dmを変えながら、受信強度を測定し、dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得(S001)
(2)検出対象領域xに対して、計測距離dmを変えながら、受信強度を測定し、dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得(S002)
(3)リファレンスデータER(dm)と計測データEV(x,dm)とから、反射率αと想定不健全部反射波深さdvとを算出し、反射率αと所定の値αTとを比較、又は、想定不健全部反射波深さdvと所定の値dvTとを比較(S003)
(4)反射率αが所定の値αTよりも大きい場合(S004のYES)、又は、想定不健全部反射波深さdvが所定の値dvTよりも大きい場合(S004のYES)、積層物に不健全部が存在すると推定(S005)
(5)想定不健全部反射波深さdvに基づいて、積層物の表面からの不健全部の深さを推定(S006)、反射率αに基づいて不健全部の相対面積を推定(S007)
(6)反射率αが所定の値αT以下の場合(S004のNO)、又は、想定不健全部反射波深さdvが所定の値dvT以下の場合(S004のNO)、積層物に不健全部が存在しない(健全部である)と推定(S008)
以下、各手順について詳しく説明する。
【0035】
(1)計測距離dmを変えながら、受信強度を測定し、dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得(S001)
まず、積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、リファレンスデータER(dm)を取得する。積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域とは、例えば打診検査等によりあらかじめ健全部と推定される領域である。
【0036】
具体的には、リファレンス領域に対して、積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、アンテナの送信部から電磁波を放射してアンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定する。次に、積層物の表面から第1距離d1と異なる第2距離d2だけアンテナを離間して配置し、送信部から電磁波を放射して受信部で電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定する。そして、第1受信強度ER1及び第2受信強度ER2に基づいて、第1距離d1及び第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する。
【0037】
但し、アンテナにより計測することで取得したリファレンスデータER(dm)は、計測誤差や積層物の状態により、実際の受信強度が変動する。そこで、本実施形態では、健全部における電磁波の伝搬モデルにおいて算出したリファレンスデータの数理式(以下、「リファレンスデータ数理式」と呼ぶことがある)を用いて、リファレンスデータER(dm)を較正する。
【0038】
まず、以下では、健全部における電磁波の伝搬モデルと、リファレンスデータ数理式とについて、
図2A及び
図2Bを用いて説明する。
【0039】
図2Aは、積層物の健全部における電磁波の伝搬モデルの説明図である。
図2Bは、積層物の健全部における電磁波の合成反射波及び各寸法の説明図である。
【0040】
本伝搬モデルでは、
図2Aに示されるように、電磁波がアンテナ10の送信部11から受信部12まで伝搬する経路(以下、「伝搬経路」と呼ぶことがある)から分類し、アンテナ10の受信部12での受信強度をE
0,E
1,E
2,E
3,E
4とする。なお、受信強度E
0,E
1,E
2,E
3,E
4は、瞬時値である。ここで、
図2Aに示されるように、受信強度E
0は送信部11からの直接波による受信強度である。また、受信強度E
1はタイル層31の表面における反射波による受信強度である。また、受信強度E
2はタイル層31と接着モルタル層32との界面における反射波による受信強度である。また、受信強度E
3は接着モルタル層32と下地モルタル層33との界面における反射波による受信強度である。また、受信強度E
4は下地モルタル層33とコンクリート下地層34との界面における反射波による受信強度である。
【0041】
なお、直接波による受信強度E
0は一定であるが、積層物30の各層の反射波の受信強度E
1,E
2,E
3,E
4は計測距離や検査対象である積層物30の内部状態により異なる。このため、各反射波を合成した波を、
図2Bの太線に示されるように、合成反射波とし、合成反射波の受信強度E
sとする。そうすると、アンテナ10の受信部11が受け取る全受信強度E
Rは、次の数式1で表される。
【0042】
【0043】
ここで、直接波による受信強度E0、積層物30の各層の反射波の受信強度E1,E2,E3,E4は、次の数式2,数式3,数式4,数式5及び数式6で表される。
【0044】
【0045】
上述した数式2,数式3,数式4,数式5,数式6において、直接波の振幅をA0、各層の反射波の振幅をA1,A2,A3,A4としている。また、角周波数をω、角波数(2π/波長)をk、直接波の伝搬経路をl0、積層物30の各層の反射波の伝搬経路をl1,l2,l3,l4としている。なお、実際には積層物30の各層ごとに電磁波の速度、波長が変化するため、上述した角波数kは積層物30の各層で変化するが、l1,l2,l3,l4の伝搬経路を空気中での長さに換算している。すなわち、積層物30の各層の角波数kは、空気中の角波数に統一している。また、積層物30の各層で発生する多重反射分は本伝搬モデルでは無視している。
【0046】
上述した数式2,数式3,数式4,数式5,数式6により、上述した数式1における合成反射波の受信強度Esは、合成反射波の振幅をAs、位相差をθsとすると、次の数式7で表される。
【0047】
【0048】
上述した数式7を、n層の積層物における合成反射波の振幅As及び位相差θsについて解くと、次の数式8及び数式9で表される。
【0049】
【0050】
ところで、合成反射波の伝搬経路l
sは、合成反射波の深さ(以下、「合成反射波深さ」と呼ぶことがある)をd
s、アンテナ10と積層物30の表面30Aとの距離(計測距離)をd
mとすると、
図2Bにより、次の数式10で表される。
【数10】
【0051】
上述した数式10を合成反射波深さd
sについて解くと、次の数式11で表される。
【数11】
【0052】
上述した数式7により、θs=klsであるため、位相差θsと角波数kから、合成反射波の伝搬経路lsを計算できる。また、アンテナ10の送信部11と受信部12との間の距離l0は設計値から既知である。さらに、計測距離dmはレーザー距離計等の距離計で計測することで、上述した数式11により合成反射波深さdsの算出が可能となる。
【0053】
ところで、本実施形態では、手順1(S001)において、積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、リファレンスデータER(dm)を取得する。すなわち、リファレンスデータER(dm)は、積層物の健全部においてアンテナ10を用いて計測した計測データである。上述した健全部における電磁波の伝搬モデルにより算出したリファレンスデータ数理式から、リファレンスデータER(dm)の受信強度ER,振幅AR、位相差θRは、次の数式12,数式13及び数式14で表される。
【0054】
【0055】
ここで、合成反射波は、直接波の一部が反射されていると考えると、直接波の振幅A0は,
合成反射波の振幅As及び反射率γを用いて、As=γA0と表すことができるから、上述した数式13は、次の数式15で表される。
【0056】
【0057】
上述した数式7により、θs=klsであるため、リファレンスデータER(dm)においても、位相差θsと角波数kから、合成反射波の伝搬経路lsを計算できる。上述した数式15と、数式10とから、リファレンスデータER(dm)の振幅ARの値は計測距離dmと合成反射波深さdsに影響を受けることがわかった。
【0058】
なお、反射率γは、合成反射波の振幅Asは距離の2乗に反比例し減衰することと、元となる直接波からの比率を用いることができ、反射比率Γとして、以下の数式16で表される。
【0059】
【0060】
リファレンスデータER(dm)は、上述したように、リファレンスデータ数理式を用いて較正することを述べた。具体的には、リファレンスデータER(dm)は、リファレンスデータ数理式における計算上の受信強度と、計測された受信強度との差が最小となるように、非線形最小二乗法により較正される。但し、非線形最小二乗法に限られず。他の最適化手法であっても良い。
【0061】
上述の非線形最小二乗法による較正は、計測したデータ数をN、計測位置iにおける計測距離をdmi、リファレンスデータ数理式による予測値をERM、リファレンスデータER(dm)の計測値ERDをとすると、次の数式17で表される。
【0062】
【0063】
上述した数式17により、計測されたリファレンスデータER(dm)から、角波数kと合成反射波深さdsを求めることができる。
【0064】
(2)検出対象領域xに対して、計測距離dmを変えながら、受信強度を測定し、dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得(S002)
上述したリファレンス領域に対してリファレンスデータER(dm)を取得した後、積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、計測データEV(x,dm)を取得する。
【0065】
具体的には、検出対象領域xに対して、積層物の表面から第3距離d3だけアンテナを離間して配置し、送信部から電磁波を放射して受信部で電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定する。次に、積層物の表面から第3距離d3と異なる第4距離d4だけアンテナを離間して配置し、送信部から電磁波を放射して受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定する。そして、第3受信強度EV3及び第4受信強度EV4に基づいて、第3距離d3及び第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する。
【0066】
但し、リファレンスデータER(dm)を取得した際と同様に、計測データEV(x,dm)の取得においても、計測誤差や積層物の状態により、実際の受信強度が変動する。そこで、本実施形態では、不健全部における電磁波の伝搬モデルにおいて算出した計測データの数理式(以下、「計測データ数理式」と呼ぶことがある)を用いて、計測データEV(x,dm)を較正する。
【0067】
【0068】
図3Aは、積層物の不健全部における電磁波の伝搬モデルの説明図である。
図3Bは、積層物の不健全部における電磁波の合成反射波及び各寸法の説明図である。
図4Aは、不健全部の相対面積を示す第1例の説明図である。
図4Bは、不健全部の相対面積を示す第2例の説明図である。
図5は、不健全部の相対面積と反射率αとの関係の一例を示す図である。
【0069】
図3A及び
図3Bに示される不健全部は、下地浮き、すなわち、下地モルタル層33とコンクリート下地層34との界面に位置する空隙40の例となっているが、これに限られない。不健全部は、例えば、タイルの浮き、すなわち、タイル層31と接着モルタル層32との界面に位置する空隙であっても良い。
【0070】
積層物の不健全部における電磁波の伝搬モデルは、
図2A及び
図2Bに示される積層物の健全部における電磁波の伝搬モデルに、空隙による反射波を加わった伝搬モデルであると考えることができる。
図3A及び
図3Bに示される空隙40による反射波の受信強度E
5は、空隙40による反射波の振幅をA
5、空隙40による反射波の伝搬経路をl
5とすると、次の数式18で表される。
【0071】
【0072】
ここで、空隙40による反射波の伝搬経路l5は、次の数式19で表される。
【0073】
【0074】
ここで、空隙40における反射波の、積層物30の表面30Aからの深さ(すなわち、積層物30の表面30Aからの空隙40の深さ)を、想定不健全部反射波深さdVとする。そうすると、想定不健全部反射波深さdVは、次の数式20で表される。
【0075】
【0076】
積層物の不健全部の合成受信強度EVは、リファレンスデータ数理式での受信強度ERと、空隙40による反射波の受信強度E5と、空隙40による反射波の反射率αとを用いて、次の数式21で表される。
【0077】
【0078】
なお、本実施形態では、空隙40による反射波の反射率αは、不健全部の想定面積S
vが不健全部における反射波に与える影響を、電磁波の有効受信面積に対する割合であるとして想定している。
図4A,
図4B及び
図5に示されるように、不健全部の想定面積S
vについて、電磁波の有効受信面積以下の場合に限定すると、反射率αと、不健全部の想定面積S
vは比例関係にある。
【0079】
ところで、手順2(S002)では、検出対象領域xに対して、計測データEV(x,dm)を取得する。すなわち、計測データEV(x,dm)は、積層物の不健全部と想定される部位においてアンテナ10を用いて計測した計測データである。上述した不健全部における電磁波の伝搬モデルにより算出した計測データの数理式から、計測データEV(x,dm)の受信強度EV,振幅AV、位相差θVは、次の数式22,数式23及び数式24で表される。
【0080】
【0081】
上述した数式18により、θ5=kl5であるため、位相差θ5と角波数kから、空隙40による反射波の伝搬経路l5を計算できる。上述した数式24と、数式20とから、計測データEV(x,dm)の振幅AVの値は計測距離dmと想定不健全部反射波深さdVに影響を受けることがわかった。
【0082】
(3)リファレンスデータER(dm)と計測データEV(x,dm)とから、反射率αと想定不健全部反射波深さdvとを算出し、反射率αと所定の値αTとを比較、又は、想定不健全部反射波深さdvと所定の値dvTとを比較(S003)
上述した数式17により求めた角波数kと、上述した数式23とを用いて、計測データEV(x,dm)を、計測データ数理式における計算上の受信強度と、計測された受信強度との差が最小となるように、非線形最小二乗法により較正する。但し、非線形最小二乗法に限られず。他の最適化手法であっても良い。
【0083】
上述の非線形最小二乗法による較正は、計測したデータ数をN、計測位置iにおける計測距離をdmi、計測データ数理式による予測値をEVM、計測データEV(x,dm)の計測値EVDをとすると、次の数式25で表される。
【0084】
【0085】
上述した数式25により、反射率αと想定不健全部反射波深さdVとを求めることができる。
【0086】
(4)反射率αが所定の値αTよりも大きい場合(S004のYES)、又は、想定不健全部反射波深さdvが所定の値dvTよりも大きい場合(S004のYES)、積層物に不健全部が存在すると推定(S005)
(5)想定不健全部反射波深さdvに基づいて積層物の表面からの不健全部の深さを推定(S006)、反射率αに基づいて不健全部の相対面積を推定(S007)
(6)反射率αが所定の値αT以下の場合(S004のNO)、又は、想定不健全部反射波深さdvが所定の値dvT以下の場合(S004のNO)、積層物に不健全部が存在しない(健全部である)と推定(S008)
【0087】
なお、本実施形態では、所定の値αT及び所定の値dvTは、0である。例えば、α=0のとき、空隙は存在していない。0<α≦1のとき、電磁波の有効受信面積以下の不健全部が存在している。α>1のとき、電磁波の有効受信面積を超える不健全部が存在していることを意味する。
【0088】
但し、所定の値αT及び所定の値dvTの少なくとも一方は、0でなくても良い。
【0089】
<検証実験>
上述した本実施形態の積層物の不健全部の検出手順について、検証実験を行った。以下では、検証実験の概要及び結果について説明する。
【0090】
図6は、本実施形態の積層物の不健全部の検出に係る検証実験で用いる、試験体100を示す説明図である。
【0091】
試験体100のタイル101には、45mm×95mmの50二丁モザイクタイルを採用し、模擬空隙102には、厚さ1mmのスタイロシートを採用した。タイル層の厚さは8mm、接着モルタル層の厚さは2mm、下地モルタル層の厚さは10mmから25mmに増加するのに合わせて、コンクリート下地厚さは85mmから70mmに減少するように設計した。試験体100の左上隅を始点に、長手方向をX軸とし、1~15番の数字を割り振り、短手方向をY軸とし、AからEの文字を割り振った。
【0092】
図7は、本実施形態の積層物の不健全部の検出に係る検証実験で用いる、アンテナ探索部50を示す説明図である。
図8は、アンテナ探索部50のアンテナ10を上下方向に動かしながら電磁波の受信強度を計測する一例を示す説明図である。
図9は、本検証実験におけるリファレンスデータを示す図である。
【0093】
アンテナ探索部50は、アンテナ10と、筐体13と、距離計14とを有する。
【0094】
アンテナ10は、例えば、マイクロストリップアンテナであり、送信部11と、受信部12とを有する。送信部11では、マイクロストリップ線路を通して、発振器より給電された導体板から電磁波が放射される。受信部12では、電磁波を導体板で受信し、マイクロストリップ線路を通して、検波器で電磁波の受信強度を検出する。受信部12が受信する電磁波には、送信部11から直接電波する直接波と、検査対象で反射された反射波が含まれる。
【0095】
筐体13には、アンテナ探索部50の各機器が搭載されている。筐体13には、
図7に示されるように、アンテナ10と距離計14とが搭載されている。
【0096】
距離計14は、例えば、レーザー距離計から構成される。距離計14は、アンテナ10と検査対象の表面の距離(計測距離)を計測することができる。
【0097】
本検証実験では、アンテナ10をXYテーブルで計測位置まで移動させ、Z軸方向(上下方向)に動かしながら、電磁波の受信強度を記録した。計測距離dmは19mmから33mmの間まで変更した。アンテナ10による計測後、上述した積層物の不健全部の検出手順から空隙深さ(想定不健全部反射波深さdV)と空隙面積(不健全部の想定面積Sv)を推定した。本検証実験では、反射率αはタイル1枚に対する割合とし、αを空隙割合Sv [%]とした。
【0098】
図10は、本検証実験における推定結果の一覧を示す図である。
図11Aは、本検証実験における反射率αの設計値と推定結果との関係を示す図である。
図11Bは、本検証実験における想定不健全部反射波深さd
vの設計値と推定結果との関係を示す図である。
【0099】
空隙割合に対して回帰分析を行うと、
図11Aに示されるように、その相関係数Rは0.94となった。空隙深さに対して回帰分析を行うと、
図11Bに示されるように、その相関係数Rは0.99となった。以上から、実施形態の積層物の不健全部の検出手順では、不健全部の有無を検出できると共に、不健全部の深さと想定面積とを高精度に推定できることがわかった。
【0100】
===まとめ===
本明細書によれば、以下の態様の積層物の不健全部の検出方法が提供される。
【0101】
(態様1)
態様1は、複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定する。また、前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定する。そして、前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップを有する。
【0102】
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定する。また、前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定する。そして、前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップを有する。
【0103】
(3)前記不健全部の想定面積Svの、前記受信部における電磁波の有効受信面積に対する割合を反射率αとしたときに、前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記反射率αを算出し、前記反射率αが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップを有する。
【0104】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0105】
(態様2)
態様2では、前記リファレンス領域において前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波とを有し、前記複数の層の界面における反射波を合成した合成反射波の、前記積層物の表面からの深さを合成反射波深さdsとして、振幅ARが前記計測距離dm及び前記合成反射波深さdsに応じて変化するリファレンスデータ数理式を算出し、前記リファレンスデータER(dm)を、前記リファレンスデータ数理式を用いて較正する。
【0106】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0107】
(態様3)
態様3では、前記リファレンスデータER(dm)と前記リファレンスデータ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により前記リファレンスデータER(dm)における前記合成反射波深さdsを算出し、前記合成反射波深さds及び前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記反射率αを算出する。
【0108】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0109】
(態様4)
態様4では、前記検出対象領域xにおいて前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波と、想定不健全部における反射波とを有し、前記想定不健全部における反射波の、前記積層物の表面からの深さを想定不健全部反射波深さdvとして、振幅AVが前記計測距離dm及び前記想定不健全部反射波深さdvに応じて変化する計測データ数理式を算出し、前記計測データEV(x,dm)と前記計測データ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により、前記反射率α及び前記想定不健全部反射波深さdvを算出する。
【0110】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0111】
(態様5)
態様5では、前記不健全部検出ステップにおいて、算出された前記想定不健全部反射波深さdvに基づいて、前記積層物の表面からの前記不健全部の深さを推定する。
【0112】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0113】
(態様6)
態様6では、前記不健全部検出ステップにおいて、算出された前記反射率αに基づいて、前記不健全部の相対面積を推定する。
【0114】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0115】
(態様7)
態様7は、複数の層が積層された積層物の不健全部を検出する検出方法であって、
(1)前記積層物の健全部とあらかじめ推定されたリファレンス領域に対して、前記積層物の表面から第1距離d1だけアンテナを離間して配置し、前記アンテナの送信部から電磁波を放射して前記アンテナの受信部で前記電磁波を受信した際の、第1受信強度ER1を測定する。また、前記積層物の表面から前記第1距離d1と異なる第2距離d2だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第2受信強度ER2を測定する。そして、前記第1受信強度ER1及び前記第2受信強度ER2に基づいて、前記第1距離d1及び前記第2距離d2を含む計測距離dmを変数とするリファレンスデータER(dm)を取得する、リファレンスデータ取得ステップを有する。
【0116】
(2)前記積層物の不健全部を検出しようとする検出対象領域xに対して、前記積層物の表面から第3距離d3だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第3受信強度EV3を測定する。また、前記積層物の表面から前記第3距離d3と異なる第4距離d4だけ前記アンテナを離間して配置し、前記送信部から電磁波を放射して前記受信部で前記電磁波を受信した際の、第4受信強度EV4を測定する。そして、前記第3受信強度EV3及び前記第4受信強度EV4に基づいて、前記第3距離d3及び前記第4距離d4を含む計測距離dmを変数とする計測データEV(x,dm)を取得する、計測データ取得ステップを有する。
【0117】
(3)前記検出対象領域xにおいて前記受信部で受信する前記電磁波は、直接波と、前記複数の層の界面における反射波と、想定不健全部における反射波とを有する。また、前記想定不健全部における反射波の、前記積層物の表面からの深さを想定不健全部反射波深さdvとしたときに、前記リファレンスデータER(dm)と、前記計測データEV(x,dm)とに基づいて、前記想定不健全部反射波深さdvを算出し、前記想定不健全部反射波深さdvが所定の値より大きい場合に、前記検出対象領域xに前記不健全部が存在すると推定する、不健全部検出ステップを有する。
【0118】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0119】
(態様8)
態様8では、振幅AVが前記計測距離dm及び前記想定不健全部反射波深さdvに応じて変化する計測データ数理式を算出し、前記計測データEV(x,dm)と前記計測データ数理式との差が最小となるよう、最適化手法により、前記想定不健全部反射波深さdvを算出する。
【0120】
上述の態様によれば、積層物の不健全部を検出する際に、簡易な装置で省人化及び省力化を実現することができる。
【0121】
===その他===
上記の実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。また、本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更や改良され得ると共に、本発明にはその等価物が含まれるのはいうまでもない。
【符号の説明】
【0122】
10 アンテナ
11 送信部
12 受信部
13 筐体
14 距離計
20 空気層
30 積層物
30A 表面
31 タイル層
32 接着モルタル層
33 下地モルタル層
34 コンクリート下地層
40 空隙
50 アンテナ探索部
100 試験体
101 タイル
102 模擬空隙