(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025099208
(43)【公開日】2025-07-03
(54)【発明の名称】皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/48 20060101AFI20250626BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20250626BHJP
A61K 31/711 20060101ALI20250626BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20250626BHJP
A61K 8/66 20060101ALI20250626BHJP
A61Q 15/00 20060101ALI20250626BHJP
C12N 15/55 20060101ALI20250626BHJP
C12N 9/14 20060101ALI20250626BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20250626BHJP
【FI】
A61K38/48 ZNA
A61K35/76
A61K31/711
A61P17/00 101
A61K8/66
A61Q15/00
C12N15/55
C12N9/14
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023215680
(22)【出願日】2023-12-21
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】植松 智
(72)【発明者】
【氏名】藤本 康介
(72)【発明者】
【氏名】植松 未帆
【テーマコード(参考)】
4C083
4C084
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4C083AD471
4C083AD472
4C083FF01
4C084AA02
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA22
4C084CA04
4C084DC22
4C084MA63
4C084NA14
4C084ZA901
4C084ZB352
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA16
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA63
4C086NA14
4C086ZA90
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC83
4C087CA12
4C087MA63
4C087NA14
4C087ZA90
(57)【要約】
【課題】表皮ブドウ球菌等の皮膚のバリア機能に有益な常在菌を実質的に殺傷することなく、スタフィロコッカス・ホミニスを有効に溶菌することができる新たな溶菌剤を提供することを課題とする。
【解決手段】体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤であって、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片、前記溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド、又は前記バクテリオファージを含む、前記溶菌剤を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤であって、
スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片、
前記溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド、又は
前記バクテリオファージ
を含む、前記溶菌剤。
【請求項2】
前記溶菌酵素又はその活性断片が、N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを含む、請求項1に記載の溶菌剤。
【請求項3】
前記溶菌酵素が、
(a)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
からなる、請求項2に記載の溶菌剤。
【請求項4】
前記ポリヌクレオチドが、
(d)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列、
(e)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(f)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列、又は
(g)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
を含む、請求項1に記載の溶菌剤。
【請求項5】
前記バクテリオファージが、
(h)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列、
(i)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(j)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列
を含むゲノムDNA配列を有する、請求項1に記載の溶菌剤。
【請求項6】
スタフィロコッカス・ホミニスに対する溶菌活性が、スタフィロコッカス・エピデルミディスに対する溶菌活性よりも高い、請求項1に記載の溶菌剤。
【請求項7】
スタフィロコッカス・ホミニスの溶菌剤であって、
スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片、
前記溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド、又は
前記バクテリオファージ
を含み、
前記溶菌酵素が、
(a)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
からなり、
前記バクテリオファージが、
(h)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列、
(i)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(j)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列
を含むゲノムDNA配列を有する、前記溶菌剤。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項に記載の溶菌剤を有効成分として含む、体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための組成物。
【請求項9】
請求項8に記載の組成物を含む、化粧料組成物。
【請求項10】
デオドラント剤、制汗剤、及び/又は芳香剤をさらに含む、請求項9に記載の化粧料組成物。
【請求項11】
カレースパイス様臭を軽減又は除去するための、又はカレースパイス様臭の発生を防止するための、請求項10に記載の化粧料組成物。
【請求項12】
液剤、ジェル剤、クリーム剤、ローション剤、スプレー剤、ミスト剤、スティック剤、又は貼付剤である、請求項9に記載の化粧料組成物。
【請求項13】
請求項8に記載の組成物を含む、医薬組成物。
【請求項14】
腋臭症の治療又は予防に用いるための、請求項13に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤、スタフィロコッカス・ホミニスの溶菌剤、並びに体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための組成物、化粧料組成物、及び医薬組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、体臭に対する意識が高まっており、周囲に不快感を与えないように自己の体臭を制御するための化粧品や医薬部外品に対するニーズが高まっている。
【0003】
体臭は、人体から分泌される汗や皮脂等が皮膚常在菌により分解/代謝されることによって発生することが知られている。人体の中でも、特にアポクリン腺が発達した腋窩は強い臭い(腋臭)を放つことがあり、周囲に対して大きな不快感を与えることがある。腋臭は個人差が大きく、M型(ミルクタイプ)を除いて、A型(酸タイプ)、C型(カレースパイスタイプ)、K型(カビタイプ)、E型(蒸し肉タイプ)、W型(生乾きタイプ)、F型(鉄タイプ)、及びOther型(その他)からなる7種類に分類される(非特許文献1)。
【0004】
上記7種類の中でも、C型腋臭は、臭気成分として3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸を含み、臭いの強度が高く周囲に与える不快感が強い。この臭気成分は、アポクリン腺から分泌される汗に含まれる3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサン酸とグルタミンとの結合物(例えば、3-ヒドロキシ-3-メチルヘキサノイル-グルタミン)が、腋窩常在菌により分解/代謝されることで産生することが知られている。
【0005】
現在、腋臭を抑制する方法として殺菌剤、収斂剤、消臭剤(腋臭成分の吸着剤)、酸化防止剤等が用いられており、特に殺菌剤等により腋臭原因物質の産生を抑制する方法について研究が盛んに行われている。腋臭原因物質の産生を抑制する物質としては、腋臭原因菌を殺菌する物質や、腋臭原因菌の代謝経路を阻害する物質等が研究されている。しかしながら、高い腋臭抑制効果を有するものはこれまで見出されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】遠藤祐子、臼倉淳、『1 消毒薬で腋臭の原因菌を減らす 1) Part. 1 - 腋窩常在菌の制御による腋臭予防と緩和 -』、The Japanese Journal of Plastic Surgery, Vol.59, 増刊号, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、表皮ブドウ球菌等の皮膚のバリア機能に有益な常在菌を実質的に殺傷することなく、スタフィロコッカス・ホミニスを有効に溶菌することができる新たな溶菌剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
皮膚には様々な種類の常在菌が存在しており、それらの常在菌は皮膚微生物叢(皮膚マイクロバイオーム)と呼ばれる。皮膚微生物叢は、皮膚の生理状態や部位によって構成が異なり、個体の健康状態や年齢等によっても異なることが知られている。
【0009】
本発明者らは、過去に試みられた殺菌剤等は、皮膚微生物叢の細菌全体を殺菌するものであるため、腋臭原因菌を減少させるだけでなく、皮膚のバリア機能に有益な常在菌をも殺傷して皮膚トラブルを誘導し得る危険性があると考えた。また、腋臭原因菌を特異的に殺傷するものではないため、殺菌後に皮膚微生物叢が回復する際には腋臭原因菌の比率も同様に回復すると考えられることから、長期に亘る腋臭抑制効果を得ることはできないと考えた。
【0010】
本発明者らは、強い腋臭を示すC型腋臭に関与する細菌を特定するため、C型の対象者の腋窩から汗を採取してメタボローム解析を実施すると共に、腋窩から細菌を回収して全ゲノム解析を実施し、その結果を腋臭を発しないM型の対象者の結果と比較した。その結果、C型の対象者の腋窩では、M型の対象者の腋窩と比較して、スタフィロコッカス・ホミニス(S. hominis)を含むブドウ球菌科(Staphylococcaceae)の細菌が有意に多く存在していることを見出した。
【0011】
さらに本発明者らは、スタフィロコッカス・ホミニス株の全ゲノム解析を実施した結果、スタフィロコッカス・ホミニス株のゲノム配列中にプロファージ配列を見出し、当該プロファージ配列中に複数のエンドライシン(溶菌酵素)をコードする遺伝子配列を見出した。本発明者らはこのエンドライシンを合成して、スタフィロコッカス・ホミニスを含む様々な皮膚常在菌に対する溶菌活性を測定した。その結果、見出されたエンドライシンはスタフィロコッカス・ホミニスのみに対して溶菌活性を示し、スタフィロコッカス・ホミニス以外の皮膚常在菌に対しては溶菌活性を全く示さず、例えば皮膚のバリア機能を維持する上で有益な表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)に対しても溶菌活性を示さないことが判明した。本発明のエンドライシンは、皮膚微生物叢において有益な常在菌を溶菌することなく、腋臭症に関与し得る特定の常在菌のみを特異的に溶菌することができる。本発明は、上記知見に基づくものであって以下を提供する。
【0012】
(1)体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤であって、
スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片、
前記溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド、又は
前記バクテリオファージ
を含む、前記溶菌剤。
(2)前記溶菌酵素又はその活性断片が、N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを含む、(1)に記載の溶菌剤。
(3)前記溶菌酵素が、
(a)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
からなる、(2)に記載の溶菌剤。
(4)前記ポリヌクレオチドが、
(d)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列、
(e)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(f)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列、又は
(g)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
を含む、(1)~(3)のいずれかに記載の溶菌剤。
(5)前記バクテリオファージが、
(h)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列、
(i)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(j)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列
を含むゲノムDNA配列を有する、(1)~(4)のいずれかに記載の溶菌剤。
(6)スタフィロコッカス・ホミニスに対する溶菌活性が、スタフィロコッカス・エピデルミディスに対する溶菌活性よりも高い、(1)~(5)のいずれかに記載の溶菌剤。
(7)スタフィロコッカス・ホミニスの溶菌剤であって、
スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片、
前記溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド、又は
前記バクテリオファージ
を含み、
前記溶菌酵素が、
(a)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列、
(b)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は
(c)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
からなり、
前記バクテリオファージが、
(h)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列、
(i)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、
(j)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列
を含むゲノムDNA配列を有する、前記溶菌剤。
(8)(1)~(6)のいずれかに記載の溶菌剤を有効成分として含む、体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための組成物。
(9)(8)に記載の組成物を含む、化粧料組成物。
(10)デオドラント剤、制汗剤、及び/又は芳香剤をさらに含む、(9)に記載の化粧料組成物。
(11)カレースパイス様臭を軽減又は除去するための、又はカレースパイス様臭の発生を防止するための、(10)に記載の化粧料組成物。
(12)液剤、ジェル剤、クリーム剤、ローション剤、スプレー剤、ミスト剤、スティック剤、又は貼付剤である、(9)~(11)のいずれかに記載の化粧料組成物。
(13)(8)に記載の組成物を含む、医薬組成物。
(14)腋臭症の治療又は予防に用いるための、(13)に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、表皮ブドウ球菌等の皮膚のバリア機能に有益な常在菌を実質的に殺傷することなく、スタフィロコッカス・ホミニスを有効に溶菌することができる新たな溶菌剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】腋臭の分類と解析方法を示す図である。
図1Aは、腋臭症に該当するC型、及び腋臭症に該当しないM型を含む8種類を示す。
図1Bは、臭気鑑定士によってC型に分類された対象者11人、及びM型に分類された対象者9人の腋窩から汗を採取し、メタボローム解析すると共に、腋窩から細菌を回収して全ゲノム解析を実施する実験方法を示す。
【
図2】C型及びM型の対象者の腋窩から採取した汗を対象として実施したメタボローム解析の結果を示す図である。
【
図3】C型及びM型の対象者の腋窩から採取した試料に対して全ゲノム解析に基づく微生物組成解析を実施した結果を示す図である。
【
図4】KEGGのパスウェイ解析を用いて、C型腋窩細菌叢を解析した結果を示す図である。
【
図5】スタフィロコッカス・ホミニスの全ゲノム解析により得られたプロファージ配列中で見出された8種類のエンドライシン及び4種類の既知のエンドライシンをアミノ酸配列に基づいて分類した結果を示す図である。
【
図6】スタフィロコッカス・ホミニス株(ATCC27844)、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)株(NBRC100911)、及びS. haemolyticus細菌株(NBRC109768)に対するエンドライシン3の溶菌活性を測定した結果を示す図である。図は、エンドライシン3を細菌懸濁液に添加した時点を0分としてOD
600の継時的変化を示す。
【
図7】C. tuberculostearicum細菌株(JCM13389)及びC. ureiceleivorans細菌株(JCM 15295)に対するエンドライシン3の溶菌活性を測定した結果を示す図である。図は、エンドライシン3を細菌懸濁液に添加した時点を0分としてOD
600の継時的変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.溶菌剤
1-1.概要
本発明の第1の態様は、体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤(以下、「本発明の溶菌剤」と略記する)である。本発明の溶菌剤は、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素等を含み、スタフィロコッカス・ホミニスを特異的に溶菌することができる。本発明の溶菌剤は、皮膚微生物叢の細菌全体を殺菌する殺菌剤等とは異なり、表皮ブドウ球菌等の皮膚のバリア機能に有益な常在菌を殺傷しないため、皮膚トラブルを誘導する危険性がなく、安全性が高い。
【0016】
1-2.用語の定義
本明細書において頻用する用語について以下で定義する。
【0017】
本明細書において「皮膚微生物叢」とは、皮膚、汗腺(アポクリン腺及びエクリン腺を含む)、皮脂腺、及び毛包等の体表に存在する細菌や真菌等を含む微生物の集合体を意味する。本明細書では腋窩における皮膚微生物叢を特に「腋窩微生物叢」と呼ぶ。
【0018】
本明細書において「皮膚常在菌」とは、皮膚、汗腺(アポクリン腺及びエクリン腺を含む)、皮脂腺、及び毛包等に通常存在している様々な細菌や真菌の総称である。皮膚常在菌には様々な細菌や真菌が含まれており、皮膚のバリア機能を維持する上で有益な機能を有するものもあれば、皮膚疾患を引き起こし得るものもある。皮膚常在菌の例として、ブドウ球菌科(Staphylococcaceae)、コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)、及びプロピオニバクテリウム科(Propionibacteriaceae)等が挙げられる。ブドウ球菌科(Staphylococcaceae)に属する皮膚常在菌の例としては、スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)、及びブドウ球菌(Staphylococcus haemolyticus)が挙げられる。コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)に属する皮膚常在菌の例としては、C. tuberculostearicum、及びC. ureicelerivoransが挙げられる。プロピオニバクテリウム科(Propionibacteriaceae)に属する皮膚常在菌の例としては、アクネ菌(Propionibacterium acnes)が挙げられる。
【0019】
「スタフィロコッカス・ホミニス(Staphylococcus hominis)」は、グラム陽性のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の一種であり、本明細書においてしばしば「S. hominis」と略記する。スタフィロコッカス・ホミニスは皮膚常在菌として知られ、人体、特に腋窩や陰部等のアポクリン腺を有する部位に常在する。
【0020】
「表皮ブドウ球菌(スタフィロコッカス・エピデルミディス;Staphylococcus epidermidis)」は、グラム陽性のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の一種であり、本明細書においてしばしば「S. epidermidis」と略記する。表皮ブドウ球菌は、汗や皮脂からグリセリンや脂肪酸を生成し、脂肪酸は肌を弱酸性に保ち抗菌ペプチドを作り出すことで黄色ブドウ球菌の増殖を防ぐ一方で、グリセリンは皮膚のバリア機能を維持する機能を果たすことが知られている。
【0021】
本明細書において「体臭」とは、体から発せられる臭い全般を意味する。体臭は、その発生部位により、腋臭(腋窩から発せられる臭い)、足臭、頭皮臭、頭髪臭等に分類することができる。また、臭いの種類により、汗臭、脂臭、酸臭、酸化臭、加齢臭等に分類することもできる。一般に体臭は、汗、皮脂、角質等の体表に存在する物質を、皮膚常在菌等の微生物が代謝して生成する物質が一因となることが知られている。例えば、汗に含まれている脂質(例:ステロイドホルモン)、脂肪酸(例:短鎖脂肪酸;HMHA-Gln、3M2H-Gln等の中鎖脂肪酸)、タンパク質、乳酸、ピルビン酸、及びCys-Gly-3M3SH等の成分は常在菌による分解によって、イソ吉草酸(足の裏の臭い)、3-ヒドロキシ-3-メチル-ヘキサン酸(HMHA;クミンのようなスパイシーな臭い)、3-メチル-2-ヘキサン酸(3M2H;雑巾のような臭い)、3-メチル-3-スルファニルヘキサン-1-オール(3H3SH;硫黄のような臭い)、アンドロステロイド(麝香又は尿臭)等の体臭を発する物質(以下、「体臭物質」という)が生成される。
【0022】
本明細書において「腋臭症」とは、腋窩から不快な臭いを発する状態をいう。腋臭は、上述のようにM型(ミルクタイプ)を除いて、A型(酸タイプ)、C型(カレースパイスタイプ)、K型(カビタイプ)、E型(蒸し肉タイプ)、W型(生乾きタイプ)、F型(鉄タイプ)、及びOther型(その他)からなる7種類に分類することができるが、C型は強い腋臭を示すため腋臭症に該当し、M型は腋臭症に該当しない。A型、K型、E型、W型、F型、及びOther型については、不快な臭いを発する場合に腋臭症に該当する。
【0023】
本明細書において、「腋臭症を治療する」とは、腋窩から発せられる臭い(腋臭)を低減すること、あるいは腋臭の強度を小さくすることをいう。また、「腋臭症を予防する」とは、治療を含む何らかの対処が不要な程度に、腋臭を低減することをいう。
【0024】
本明細書において「バクテリオファージ」(本明細書では、しばしば単に「ファージ」と略記する)とは、細菌に感染するウイルスの総称である。ファージは、宿主特異性が極めて高く、真核生物には感染しないため、ファージを用いた薬剤はヒト、動物、植物に対して無害である。なお、ファージは、感染様式に基づいて「溶菌サイクル」、「溶原サイクル」、及び「溶菌/溶原サイクル」に大別される。溶原サイクルでは、標的細菌を溶菌せずに細菌の染色体内に自身のDNAを組み込み、細菌の増殖と共に増殖する。溶原サイクルのファージは「プロファージ」と呼ばれる。一方、溶菌サイクルでは、宿主細菌の細胞内で自己増殖した後、宿主細菌を溶菌して、大量の子ファージを放出する。
【0025】
本明細書において「溶菌」とは、細菌の細胞膜を破壊する現象をいう。溶菌によって、細菌は死滅し得る。
【0026】
本明細書において「溶菌剤」とは、標的細菌に対して溶菌活性を有する溶菌酵素又はその活性断片を含む薬剤、当該溶菌酵素をコードするポリヌクレオチドを含む薬剤、又は前記溶菌酵素又はその活性断片や前記ポリヌクレオチドを含む生物やウイルスを含む薬剤をいう。
【0027】
本明細書において「溶菌酵素」とは、特に断りのない限り、スタフィロコッカス・ホミニス(S. hominis)に対する溶菌活性を有する酵素をいう。具体的には、スタフィロコッカス・ホミニスのプロファージ配列から見出されたいずれかのエンドライシン(以下、「野生型エンドライシン」と称する)、及び野生型エンドライシンに由来し、スタフィロコッカス・ホミニスに対する溶菌活性を有する変異型エンドライシンをいう。本発明において溶菌酵素は、スタフィロコッカス・ホミニスを選択的に溶菌することができることが好ましい。例えば、皮膚微生物叢においてスタフィロコッカス・ホミニス以外の細菌(例:表皮ブドウ球菌等の皮膚のバリア機能に有益な常在菌等)と比較してスタフィロコッカス・ホミニスを選択的に溶菌することができることが好ましい。
【0028】
本明細書において「エンドライシン」とは、バクテリオファージに由来し、宿主細菌の細胞壁を分解する活性を有する酵素をいう。エンドライシンは通常、ペプチドグリカンを加水分解する活性を有する。バクテリオファージは、細菌細胞を破壊することなく細菌ゲノムの一部又は染色体外のプラスミドとして存在することが可能であり、この状態をプロファージという。バクテリオファージがプロファージを経て、又はプロファージを経ずに細菌細胞の外に放出される際に、エンドライシンは細菌細胞壁を切断することで放出過程に寄与することが知られている。
【0029】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~40個、2~30個、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個、2~3個又は2個をいう。
【0030】
本明細書において「アミノ酸同一性」とは、比較する2つのポリペプチドのアミノ酸配列において、アミノ酸残基の一致数が最大となるように、必要に応じて一方又は双方に適宜ギャップを挿入して整列化(アラインメント)したときに、全アミノ酸残基数における一致アミノ酸残基数の割合(%)をいう。アミノ酸同一性を算出するための2つのアミノ酸配列の整列化は、Blast、FASTA、ClustalW等の既知プログラムを用いて行うことができる。「塩基同一性」も同様に計算される。
【0031】
本明細書において「(アミノ酸の)置換」とは、天然のタンパク質を構成する20種類のアミノ酸間において、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質の類似する保存的アミノ酸群内での置換をいう。例えば、低極性側鎖を有する無電荷極性アミノ酸群(Gly, Asn, Gln, Ser, Thr, Cys, Tyr)、分枝鎖アミノ酸群(Leu, Val, Ile)、中性アミノ酸群(Gly, Ile, Val, Leu, Ala, Met, Pro)、親水性側鎖を有する中性アミノ酸群(Asn, Gln, Thr, Ser, Tyr, Cys)、酸性アミノ酸群(Asp, Glu)、塩基性アミノ酸群(Arg, Lys, His)、芳香族アミノ酸群(Phe, Tyr, Trp)内での置換が挙げられる。これらの群内でのアミノ酸置換であれば、ポリペプチドの性質に変化を生じにくいことが知られているため好ましい。
【0032】
1-3.構成
以下、本発明の溶菌剤の構成について具体的に説明をする。
【0033】
本発明の体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための溶菌剤は、有効成分として、(1)スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素若しくはその活性断片を含む又はからなるか、(2)スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素若しくはその活性断片をコードするポリヌクレオチドを含む又はからなるか、又は(3)スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージを含む又はからなる。
【0034】
(1)溶菌酵素若しくはその活性断片
一実施形態において、本発明の溶菌剤は、溶菌酵素若しくはその活性断片からなるか、又はそれを含む。
【0035】
本発明の溶菌剤を構成する溶菌酵素(以下、「本発明の溶菌酵素」という)は、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージに由来し、スタフィロコッカス・ホミニスに対して溶菌活性を有するエンドライシンからなる。溶菌酵素は、例えばスタフィロコッカス・ホミニスのプロファージに由来するエンドライシンである。
【0036】
本発明の溶菌酵素は、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ、例えばスタフィロコッカス・ホミニスのプロファージにコードされる野生型アミノ酸配列からなるエンドライシン(以下、「野生型エンドライシン」という)、又は野生型エンドライシンに由来する変異型アミノ酸配列からなるエンドライシン(以下、「変異型エンドライシン」という)のいずれであってもよい。
【0037】
本発明の溶菌酵素のアミノ酸配列に基づく種類は、特に制限されないが、例えばN-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメイン(N-acetylmuramoyl-L-alanine amidase)を含むエンドライシンであってもよい。N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインは、ペプチドグリカンのN-アセチルムラミン酸とL-アラニンの間のアミド結合を加水分解する活性を有する。N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを含む野生型エンドライシンの具体例として、配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列からなるエンドライシンが挙げられる。なお、配列番号8で示すアミノ酸配列からなるエンドライシンは、後述の実施例におけるエンドライシン3に対応する。
【0038】
本発明の溶菌酵素は、配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列からなる野生型のエンドライシンであってもよい。配列番号1~8で示すアミノ酸配列からなるエンドライシンは、本実施例において8種類のスタフィロコッカス・ホミニス株のゲノム解析により同定されたプロファージ配列によってコードされたエンドライシンである。
【0039】
また、本発明の溶菌酵素は、上記の野生型エンドライシンに由来する変異型エンドライシンであってもよい。変異型エンドライシンとしては、例えば配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列(例えば配列番号8で示すアミノ酸配列)において1若しくは複数個(例えば1~3個又は1~2個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列、又は配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列(例えば配列番号8で示すアミノ酸配列)と60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、82%以上、85%以上、87%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.5%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドが挙げられる。変異型エンドライシンは、野生型エンドライシンの50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、若しくは90%以上の活性、又はそれと同等以上の活性を有するものが好ましい。そのような活性を有する変異型エンドライシンとして、野生型エンドライシン由来のN-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを含むものが挙げられる。
【0040】
一実施形態において、本発明の溶菌酵素は、(a)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列(例えば配列番号8で示すアミノ酸配列)、(b)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列(例えば配列番号8で示すアミノ酸配列)において1又は複数個(例えば1~3個又は1~2個)のアミノ酸が付加、欠失、及び/又は置換されたアミノ酸配列、又は(c)配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列(例えば配列番号8で示すアミノ酸配列)と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなる。
【0041】
本明細書において溶菌酵素の「活性断片」とは、上記のいずれかの溶菌酵素において、スタフィロコッカス・ホミニスに対する溶菌活性を有する断片、例えば上記の野生型エンドライシンの活性の50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、若しくは90%以上の活性、又はそれと同等以上の活性を有する断片をいう。活性断片の一例として、N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを含む断片が挙げられる。本断片を構成するポリペプチドのアミノ酸長は、特に限定しないが、例えば、野生型エンドライシンにおいて、少なくとも50、100、150、200、250、又は300アミノ酸の連続する領域であればよい。
【0042】
(2)溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチド
一実施形態において、本発明の溶菌剤は、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ由来の溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチドを含む、又はそれからなる。
【0043】
本発明の溶菌剤を構成するポリヌクレオチド(以下、「本発明のポリヌクレオチド」という)は、上記の溶菌酵素又はその活性断片をコードする。本発明のポリヌクレオチドは、上記のいずれかの溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチドであれば、その塩基配列は特に限定しない。例えば、配列番号1~8のいずれかで示すアミノ酸配列からなる野生型エンドライシンをコードするポリヌクレオチド(例えば、配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号16で示す塩基配列からなるポリヌクレオチド)を挙げることができる。なお、配列番号16で示す塩基配列からなるポリヌクレオチドは、後述の実施例におけるエンドライシン3をコードする。
【0044】
一実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、(a)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号16で示す塩基配列)、(b)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号16で示す塩基配列)において1若しくは複数個(例えば1~3個又は1~2個)の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、(c)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号16で示す塩基配列)と60%以上、65%以上、70%以上、75%以上、80%以上、82%以上、85%以上、87%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.5%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有する塩基配列、又は(d)配列番号9~16のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号16で示す塩基配列)に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列のいずれかを含む。
【0045】
一実施形態において、本発明のポリヌクレオチドの塩基配列は、当該ポリヌクレオチドが導入される細胞におけるコドン使用頻度に合わせてコドン最適化した塩基配列であってもよい。
【0046】
また、本発明のポリヌクレオチドは、DNA、又はmRNA等のRNAであってもよい。
【0047】
本発明のポリヌクレオチドがmRNAである場合、その塩基配列は、上で例示したいずれかの塩基配列においてチミン(T)をウラシル(U)に置換した塩基配列をコーディング領域として含むmRNAとすることができる。本発明のポリヌクレオチドに該当するmRNAは、前記コーディング領域に加えて、5'末端のキャップ構造、3'末端のポリA鎖、開始コドン上流の5’非翻訳領域(5' UTR)、及び/又は終止コドン下流の3’非翻訳領域(3' UTR)等を含んでもよい。5' UTR及び/又は3' UTR等には、mRNAからの翻訳量を調節するための配列が含まれていてもよい。
【0048】
さらなる実施形態において、本発明の溶菌剤は、スタフィロコッカス・ホミニスを溶菌することができる溶菌酵素又はその活性断片をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを含む、又はそれからなる。
【0049】
本発明の発現ベクターは、本発明の溶菌酵素又はその断片をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で含む。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、発現すべき遺伝子を配置していることをいう。
【0050】
本発明の発現ベクターは、必須構成要素として、プロモーター、及び上述のいずれかのポリヌクレオチドを含む。
【0051】
本発明の発現ベクターとして使用可能なベクターは、例えば、プラスミド又はウイルスを利用した発現ベクターである。なお、本明細書において、「発現ベクター」は、プラスミドベクター、ウイルスベクター、及び組換えベクターを包含するものとする。
【0052】
プロモーターは、各種プロモーター、例えば、過剰発現型プロモーター、構成的プロモーター、部位特異的プロモーター、時期特異的プロモーター、及び/又は誘導性プロモーターを用いることができる。例えば、CMVプロモーター(CMV-IEプロモーター)、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、HSV-TKプロモーター、EF1αプロモーター、Ubプロモーター、メタロチオネインプロモーター、SRαプロモーター、又はCAGプロモーター等が挙げられる。
【0053】
発現ベクターは、ターミネーター、エンハンサー、ポリA付加シグナル、5'-UTR(非翻訳領域)配列、イントロン配列、リボソーム結合配列、標識若しくは選択マーカー遺伝子、マルチクローニング部位、ヌクレアーゼ認識配列、及び/又は複製開始点等を含むこともできる。それぞれの種類は、宿主細胞内でその機能を発揮し得るものであれば、特に限定されない。
【0054】
(3)スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージ
一実施形態において、本発明の溶菌剤は、スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージを含む、又はそれからなる。
【0055】
本発明の溶菌剤を構成するファージ(以下、「本発明のファージ」という)は、スタフィロコッカス・ホミニスに感染するファージであれば特に制限されない。スタフィロコッカス・ホミニス感染性バクテリオファージの例として、上述の本発明の溶菌酵素をコードする遺伝子をゲノム中に含むファージが挙げられる。そのようなファージの例として、配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号24で示す塩基配列)を含むゲノムDNA配列を有するファージが挙げられる。これらのファージは、本実施例において8種類のスタフィロコッカス・ホミニス株のゲノム解析により同定された、エンドライシン遺伝子を含む8種類のプロファージ配列に対応する。このうち配列番号24で示す塩基配列は、後述の実施例におけるエンドライシン3をコードする遺伝子を含むファージのゲノム配列である。
【0056】
一実施形態において、本発明のファージは、(h)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号24で示す塩基配列)、(i)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号24で示す塩基配列)において1若しくは複数個(例えば1~3個又は1~2個)の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列、(j)配列番号17~24のいずれかで示す塩基配列(例えば配列番号24で示す塩基配列)と90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.5%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有する塩基配列を含むゲノムDNA配列を有する。
【0057】
1-4.効果
本発明の溶菌剤によれば、スタフィロコッカス・ホミニスを選択的に溶菌することができる。本発明溶菌剤は、皮膚微生物叢においてスタフィロコッカス・ホミニスを選択的に溶菌することができ、例えば表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)等の有益菌を実質的に溶菌することがない。そのため、従来の殺菌剤のように有益菌を含む皮膚常在菌全体を死滅させるのではなく、スタフィロコッカス・ホミニスを選択的に溶菌させることで、体臭物質の生成に関与する皮膚微生物叢の組成を有効に変化させることができる。
【0058】
本発明の溶菌剤によれば、スタフィロコッカス・ホミニスに起因する腋臭症(例えばC型(カレースパイスタイプ))を治療又は予防し、スタフィロコッカス・ホミニスに起因する体臭を低減又は防止することができる。この効果は、皮膚微生物叢の細菌全体を殺菌する殺菌剤等とは異なり、腋臭原因菌を選択的に殺傷するものであるため、有益な常在菌をも殺傷して皮膚トラブルを誘導する危険性がなく、安全性が極めて高い。
【0059】
本発明によれば、ポリヌクレオチドや発現ベクターを導入した宿主細胞もまた提供される。また、スタフィロコッカス・ホミニスを溶菌する方法も提供される。
【0060】
また、本発明によれば、本発明の溶菌剤を対象に投与する工程を含む、腋臭症(例えばC型(カレースパイスタイプ))の治療又は予防方法、体臭の低減又は防止方法も提供される。
【0061】
腋臭症を治療又は予防するための医薬の製造における、本発明の溶菌剤の使用もまた提供される。
【0062】
2.組成物
2-1.概要
本発明の第2の態様は、体臭の生成に関与する皮膚微生物叢を制御するための組成物(以下、「本発明の組成物」という)である。本発明の組成物は、第1態様の溶菌剤を含み、腋臭症を治療又は予防し、またカレースパイス様臭等の体臭を低減又は防止することができる。
【0063】
2-2.構成
本発明の組成物は、必須の構成成分として有効成分を、また選択成分として薬学的に許容可能な担体、又は他の成分を包含する。本発明の組成物は、有効成分のみで構成することもできる。しかし、剤形形成を容易にし、有効成分の薬理効果及び/又は剤形を維持するためには後述する薬学的に許容可能な担体を包含した組成物として構成されていることが好ましい。
【0064】
本発明の組成物は、用途に応じて体臭制御用の化粧料組成物、又は腋臭症の治療又は予防に用いるための医薬組成物であってもよく、また医薬部外品とすることもできる。いずれの組成物も、後述する構成成分、剤形、投与方法、対象疾患に準じて構成することができる。
【0065】
2-2-1.構成成分
本発明の組成物を構成する各成分について具体的に説明をする。
(1)有効成分
本発明の組成物における有効成分は、本発明の溶菌剤である。その構成については、第1態様で既に詳述していることから、ここではその具体的な説明を省略する。本発明の組成物に含まれる溶菌剤の数は限定せず、1つ又は複数であってもよい。本発明の組成物が複数の溶菌剤を含む場合、例えば第1態様に記載の野生型エンドライシン及び/又は変異型エンドライシンの任意の組み合わせを含むことができる。
【0066】
(2)薬学的に許容可能な担体
「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用し得る溶媒及び/又は添加剤であって、生体に対して有害性がほとんどないか又は全くないものをいう。
【0067】
薬学的に許容可能な溶媒には、例えば、水、エタノール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。これらは、殺菌されていることが望ましく、必要に応じて汗や血液等の体液と等張に調整されていることが好ましい。
【0068】
また、薬学的に許容可能な添加剤には、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤等が挙げられる。
【0069】
賦形剤としては、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖(より具体的には、限定はしないが、グルコース、スクロース、ラクトース、ラフィノース、マンニトール、ソルビトール、イノシトール、デキストリン、マルトデキストリン、デンプン及びセルロースを含む)、金属塩(例えば、塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム若しくはリン酸カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、炭酸カルシウム)、クエン酸、酒石酸、グリシン、低、中又は高分子量のポリエチレングリコール(PEG)、プルロニック(登録商標)、カオリン、ケイ酸、あるいはそれらの組み合わせが挙げられる。
【0070】
結合剤としては、例えば、トウモロコシ、コムギ、コメ、若しくはジャガイモのデンプンを用いたデンプン糊、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック及び/又はポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0071】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0072】
充填剤としては、例えば、前記糖及び/又はリン酸カルシウム(例えば、リン酸三カルシウム、若しくはリン酸水素カルシウム)が挙げられる。
【0073】
乳化剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが挙げられる。
【0074】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、例えば、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが挙げられる。
【0075】
上記の添加剤の他、必要に応じて溶解補助剤(可溶化剤)、懸濁剤、希釈剤、界面活性剤(カチオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、両性界面活性剤等)、安定剤、増量剤、保湿剤(例えば、グリセリン、澱粉)、吸着剤(例えば、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸)、紫外線吸収剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、酸化防止剤、香料、清涼剤、緩衝剤、キレート剤、増粘剤、ビタミン類、中和剤、アミノ酸、pH調整剤、美白剤、抗炎症剤、消臭剤、動植物抽出物、金属イオン封鎖剤、精油等の添加剤等を含むこともできる。
【0076】
(3)他の成分
本発明の組成物は、上記有効成分が有する薬理効果を失わない範囲において、他の成分を含有することもできる。ここで「他の成分」とは、本発明の溶菌剤と同様にスタフィロコッカス・ホミニスに対して溶菌活性を有する薬剤や、他の体臭制御物質等が挙げられる。例えば、腋臭症等の体臭防止用の公知の治療剤、抗菌薬、又は殺菌剤等が挙げられる。他の成分の例としては、デオドラント剤、制汗剤、芳香剤、殺菌剤等が挙げられる。制汗剤は、例えばクロルヒドロキシアルミニウム、パラフェノールスルホン酸亜鉛、又はミョウバンであってもよい。また殺菌剤は、例えばイソプロピルメチルフェノール、塩化ベンザルコニウム、ヒノキチオール、トリクロサン、又はサリチル酸であってもよい。また、体臭に対する直接的な作用やスタフィロコッカス・ホミニスに対する溶菌活性とは無関係の作用を有する薬剤であってもよい。例えば、本発明の組成物は、賦香の観点から、精油を含んでいてもよい。精油としては、例えば、ローズマリー葉油、ラベンダー油、ユーカリ油、スペアミント油等が挙げられる。
【0077】
本発明の組成物が他の成分を含む複合製剤である場合、腋臭症等の体臭を多面的に抑制できる等の相乗的な効果を期待することができるので便利である。
【0078】
2-2-2.剤形
本発明の組成物の剤形は、有効成分である本発明の溶菌剤を不活化させないか、させにくく、かつ投与後にその薬理効果を十分に発揮し得る剤形であれば特に限定しない。
【0079】
剤形は、その形態により液体剤形又は固体剤形(ジェルのような半固体剤形を含む)に分類できるが、本発明の医薬組成物は、そのいずれであってもよい。また剤形は投与方法により経口剤形と非経口剤形とに大別できるが、これに関してもいずれであってもよいが、非経口剤形がより好ましい。
【0080】
具体的な非経口剤形としては、例えば、懸濁剤、乳剤、注射剤等の液体剤形、クリーム剤、軟膏剤、硬膏剤、ジェル剤、ローション剤、スプレー剤(例:エアロゾールスプレー、ミスト剤)、スティック剤、貼付剤、及びシップ剤等の固体剤形が挙げられる。好ましい剤形は、液剤、ジェル剤、クリーム剤、ローション剤、スプレー剤、ミスト剤、スティック剤、又は貼付剤である。ジェル剤やクリーム剤は、肌への密着性が良い、垂れや舞散り等がなく使用性が良い等の利点がある。
【0081】
2-2-3.適用方法/投与方法
本発明の組成物は、体臭制御のために、又は腋臭症の治療又は予防のために、有効成分である本発明の溶菌剤を生体に有効量投与することができる方法であれば、当該分野で公知のあらゆる方法を適用することができる。
【0082】
本明細書において「有効量」とは、有効成分がその機能を発揮する上で必要な量、すなわち、本発明の組成物が体臭を制御するために、又は腋臭症を治療又は予防する上で必要な量であって、かつそれを適用する生体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、投与経路、及び投与回数等の条件によって変化し得る。「被験体」又は「対象」とは、本発明の組成物の適用対象となる動物個体をいう。好ましい被験体はヒトであり、例えば成人男性である。「被験体の情報」とは、被験体の様々な個体情報であって、例えば、被験体の年齢、体重、性別、全身の健康状態、薬剤感受性、服用中の医薬品の有無等を含む。有効量、及びそれに基づいて算出される投与量は、個々の被験体の情報等に応じて医師又は獣医師の判断によって決定される。
【0083】
本発明の組成物の投与方法は、全身投与又は局所的投与のいずれであってもよいが、皮膚、例えば腋窩への局所的投与がより好ましい。局所的投与の例としては、皮膚への塗布又は散布、経皮投与、皮内投与、皮下投与、及びインプラント等が挙げられる。
【0084】
本発明の組成物を投与又は摂取する場合、その投与量又は摂取量は、対象の年齢、体重、症状、健康状態、組成物の種類(化粧料組成物、医薬組成物、医薬部外品)等に応じて、適宜選択される。例えば、0.001 mg/kg/日~1000 mg/kg/日、0.01 mg/kg/日~500 mg/kg/日、0.1 mg/kg/日~200 mg/kg/日、1 mg/kg/日~100 mg/kg/日、5 mg/kg/日~50 mg/kg/日、又は10 mg/kg/日であってもよい。
【0085】
2-2-4.対象となる体臭/対象疾患
本発明の組成物が対象とする腋臭症等の体臭は、スタフィロコッカス・ホミニスに起因するものであれば特に限定しない。腋臭症は、M型以外のいずれの型であってもよく、A型(酸タイプ)、C型(カレースパイスタイプ)、K型(カビタイプ)、E型(蒸し肉タイプ)、W型(生乾きタイプ)、F型(鉄タイプ)、又はOther型(その他)のいずれであってもよいが、好ましくはC型である。なお、腋臭症を構成する各型は、臭気鑑定士が鑑定することができる。
【0086】
2-3.効果
本発明の医薬組成物によれば、腋臭症を治療又は予防することができる。また、本発明の化粧料組成物によれば、体臭を制御することができる。例えば、カレースパイス様臭を軽減又は除去し、カレースパイス様臭の発生を防止することができる。
【実施例0087】
<実施例1:腋窩皮膚のメタボローム解析及び腋窩細菌叢の全ゲノム解析>
(目的)
男性の腋臭は、M型(ミルクタイプ)を除いて、A型(酸タイプ)、C型(カレースパイスタイプ)、K型(カビタイプ)、E型(蒸し肉タイプ)、W型(生乾きタイプ)、F型(鉄タイプ)、及びOther型(その他)からなる7種類に分類され、このうちC型は腋臭症に該当し、M型は腋臭症に該当しない(
図1A)。本実施例では、C型に関与する臭気物質及び皮膚微生物叢を解析するために、C型及びM型に該当する対象者の腋窩から汗を採取してメタボローム解析を実施すると共に、腋窩から細菌を回収して全ゲノム解析を実施する(
図1B)。
【0088】
(方法と結果)
(1)メタボローム解析
臭気鑑定士によってC型に分類された男性対象者11人、及びM型に分類された男性対象者9人の腋窩から試料を採取し、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(HMT)にCE-FTMSによるメタボローム解析を委託した。具体的には、無香料の石鹸で洗浄した24時間後の被験者の腋窩に滅菌したガラス管をあて、腋窩に5%エタノール溶液を5mL添加した後、ガラス棒を用いて腋窩を1分間擦過することによって抽出液を得た。得られた抽出液を0.22μmのメンブレンフィルターに通し、-80℃で保存した後、遠心分離して残渣を除去し、上清4,000μLに内部標準物質を含むMilli-Q 水20μL(Human Metabolome Technologies(HMT)社製)を添加し、減圧濃縮して50μLとした。5kDa濾過フィルター(ULTRAFREE MC PLHCC、HMT)を用いて9,100×g、4℃で120分間遠心濾過し、濾液をキャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析装置(CE-TOFMS)に供し、得られたピークを自動積分ソフトウェアMasterHands(慶應義塾大学)を用いて解析した。
【0089】
メタボローム解析により同定された各物質について、M型の対象者群及びC型の対象者群の各々で検出量の平均値を算出し、C型における平均値に対するM型の平均値の比率を得た。さらに各物質の検出量に基づき、M型の対象者群とC型の対象者群との間での統計的有意性を計算した。上記比率の対数値(log
2(M/C))を横軸に、上記統計的有意性に基づく計算値(-log
10(Wilcoxonの順位和検定のq-value))を縦軸にプロットすることによってボルケーノプロットを作成した(
図2)。
【0090】
図2に示すボルケーノプロットから、C型の対象者では、3-ヒドロキシ-3-メチル-ヘキサン酸(HMHA)等、アポクリン腺由来の様々な臭気物質及びその前駆体が多く検出されることが認められた。
【0091】
(2)全ゲノム解析
上述のC型に分類された男性対象者11人、及びM型に分類された男性対象者9人の腋窩から以下に述べる擦取り法により皮膚表面の角質、汗、及び皮脂等を含む試料を回収した。
【0092】
無香料の石鹸で洗浄した24時間後の被験者の腋窩に滅菌済みのガラス管を押し当て、0.5% Tween20を含有したリン酸緩衝液を2mL入れた後、腋窩をガラス棒で1分間軽く擦り、採取液を回収した。採取液はDNA抽出まで-80℃で保管した。採取試料からの細菌DNA抽出は、次の方法で行った。リン酸緩衝液中に保存した腋窩試料を16,000×gで5分間遠心後、上清を取り除いた。DNeasy PowerSoil Kit (QIAGEN)を用いて沈殿物から添付説明書に従ってDNAを抽出した。
【0093】
続いて、全ゲノム解析を実施した。具体的には、DNAライブラリーは、アダプターライゲーション及びバーコード化のステップでNEBNext Multiplex Oligos(New England BioLabs、Ipswich、MA、USA)を使用した点を除いて、KAPA HyperPlus Kit (KAPA Biosystems、Indianapolis、IN、USA)を用いて添付説明書に従って調製した。ライブラリーをプールし、HiSeq2500シーケンサー(2×250 paired endリード、HiSeq Rapid SBS Kit v2(Illumina、San Diego、CA、USA))で配列決定を行った。
【0094】
ショットガンシークエンシングに基づく微生物組成解析の結果を
図3に示す。C型又はM型のいずれかで平均存在量が1%を超える細菌ファミリーとして、プロピオニバクテリウム科(Propionibacteriaceae)、コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)、ポルフィロモナス科(Porphyromonadaceae)、ブドウ球菌科(Staphylococcaceae)、クロストリジウム科(Clostridiales family XI Incertae sedis;所属科未確定)、及び腸内細菌科(Enterobacteriaceae)が見出された。
【0095】
C型の対象者の腋窩では、M型の対象者の腋窩と比較して、ブドウ球菌科(Staphylococcaceae)の細菌が有意に多く存在していることが明らかになった。C型の対象者の腋窩から検出されブドウ球菌科(Staphylococcaceae)細菌には、活性の強い3M3SH合成酵素を有するスタフィロコッカス・ホミニス(S. hominis)、及び皮膚のバリア機能に有益な常在菌として知られる表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)が含まれていた。
【0096】
一方、M型の対象者の腋窩では、C型の対象者の腋窩と比較して、コリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)及びプロピオニバクテリウム科(Propionibacteriaceae)の細菌が多く存在していることが明らかになった。M型の対象者の腋窩から検出されたコリネバクテリウム科(Corynebacteriaceae)細菌には、C. granulosum及びC. acnesが含まれていた。
【0097】
(3)C型腋窩細菌叢のパスウェイ解析
KEGGのパスウェイ解析を用いて、C型の対象者の腋窩において検出された細菌叢(C型腋窩細菌叢)を解析した。具体的には、KEGGパスウェイを構成する遺伝子セットについて、エンリッチメント解析(Gene set enrichment Analysis, GSEA)を行い、有意差をもってC型又はM型のいずれかに特異的である遺伝子セットを検出した。
【0098】
解析結果を
図4に示す。C型腋窩細菌叢では、スタフィロコッカス属細菌の生存に関わるパスウェイが有意差をもって特異的であることが明らかになった。具体的には、抗菌ペプチドに対する耐性に関与するパスウェイ、尿酸代謝(窒素減の確保)に関するパスウェイ、及び菌細胞壁成分の合成に関するパスウェイが有意差をもってC型に特異的であった。
【0099】
<実施例2:スタフィロコッカス・ホミニスの全ゲノム解析及びプロファージ由来エンドライシンの同定>
(目的)
スタフィロコッカス・ホミニスは、グラム陽性のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌の一種である。人体では腋窩や陰部等のアポクリン腺を有する部位の皮膚に常在するが、免疫系の弱いヒトでは疾患を引き起こすことがある。本実施例では、皮膚における他の常在菌を殺傷することなくスタフィロコッカス・ホミニスを特異的に殺傷するための方法を見出すために、スタフィロコッカス・ホミニスの全ゲノム解析を実施し、プロファージにコードされるエンドライシンを同定する。
【0100】
(方法と結果)
スタフィロコッカス・ホミニスの8菌株(ATCC25615、ATCC27844T、ATCC27845、ATCC27847、ATCC35981、ATCC51624、ATCC700236、及びATCC700586)をATCC(American Type Culture Collection)より入手し、各菌株について全ゲノム解析を実施した。具体的には、DNAライブラリーは、アダプターライゲーション及びバーコード化のステップでNEBNext Multiplex Oligos(New England BioLabs、Ipswich、MA、USA)を使用した点を除いて、KAPA HyperPlus Kit (KAPA Biosystems、Indianapolis、IN、USA)を用いて添付説明書に従って調製した。ライブラリーをプールし、MiSeq v3 Reagent kit及び15%PhiX spike(Illumina)を用いてMiSeq instrument(Illumina、San Diego、CA)により配列決定を実施した。各試料の配列決定の結果として同定したオープンリーディングフレーム(ORF)は、KEGG原核生物遺伝子及び対応KOに従ってアノテーションを行った。また、細菌コンティグ中のプロファージ配列をVirSorter(v1.0.3)により予測した。各最近株の配列データから、22種類のプロファージ配列が同定された。
【0101】
22種類のプロファージ配列を解析した結果、エンドライシン(溶菌酵素)遺伝子を含む8種類のプロファージが見出された。この8種類のプロファージのゲノム配列を、配列番号17~24で示す。配列番号17~24で示す塩基配列からなるファージゲノム配列を有するプロファージは、それぞれ以下のスタフィロコッカス・ホミニス株:ATCC700236、ATCC700586、ATCC27847、ATCC700586、ATCC25615、ATCC27844、ATCC27847、及びATCC700236に由来する。また、配列番号17~24で示す塩基配列からなるファージゲノム配列を有するプロファージにコードされた8種類のエンドライシンのアミノ酸配列をそれぞれ配列番号1~8で示し、配列番号1~8で示すアミノ酸配列からなるエンドライシンをコードする塩基配列をそれぞれ配列番号9~16で示す。
【0102】
上記8種類のエンドライシンを、既知の4種類のエンドライシン配列(YP_009226740.1、YP_239818.1、YP_007236686.1、及びYP_007236621.1)と共に、アミノ酸配列に基づいて分類した結果を
図5に示す。配列番号1~8で示すアミノ酸配列からなるエンドライシンは、いずれもN-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインを有する(
図5に示す分類結果では、N-アセチルムラモイル-L-アラニンアミダーゼドメインに属するAmidase_2ドメイン及びAmidase_3ドメインを示す)。本明細書において配列番号2、3、及び8で示すアミノ酸配列からなるエンドライシンをそれぞれ「エンドライシン1」、「エンドライシン2」、及び「エンドライシン3」と称する。以下の実施例3では、エンドライシン3を例として、酵素活性を検証した。
【0103】
<実施例3:エンドライシン3の溶菌活性>
(目的)
実施例2で同定されたエンドライシン3を合成し、スタフィロコッカス・ホミニス(S. hominis)に対するin vitro溶菌活性を検証する。
【0104】
(方法及び結果)
(1)タンパク質合成
ファージ由来エンドライシン遺伝子を人工合成し(Invitrogen)、pCold-SUMO発現ベクター(Creative Biogene、Shirley、NY)のBamHI/SalI部位に連結することによって、His‐SUMO標識エンドライシン発現ベクターを作製した。この発現ベクターをBL21(DE3)細胞に形質転換し、目的のタンパク質をHis-Trap HP column (cytiva)を用いて精製した。得られたタンパク質は、アミコン(登録商標)ウルトラ-15 10K(ミリポア)にロードして、5,000×gで4℃にて20分間遠心分離した。標的タンパク質の濃度は、Protein Assay CBB Solution (ナカライテスク)を用いて測定した。得られたエンドライシン3をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)により確認した。
【0105】
(2)スタフィロコッカス・ホミニス株に対する溶菌活性
スタフィロコッカス・ホミニス株ATCC27844をトリプティックソイブロス培地にて好気培養し、3,000×gにて15分間遠心分離することにより回収した。細胞ペレットを洗浄し、HiTrap緩衝液に再懸濁した。エンドライシン3を細胞再懸濁液に終濃度50 μg/mLにて添加した。TVS062CA BioPhoto recorder(ADVANTEC、東京、日本)で1分毎に濁度(OD600)を測定することによって、溶菌活性を測定した。
【0106】
また、スタフィロコッカス・ホミニス以外の皮膚常在菌として、表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)の細菌株NBRC 100911、及びS. haemolyticusの細菌株NBRC 109768はL-乾燥標品復元用培地「ダイゴ」802培地で培養したもの、C. tuberculostearicumの細菌株JCM 13389、及びC. ureicelerivoransの細菌株JCM 15295はR培地で培養したものを、エンドライシン3による溶菌活性測定に供した。
【0107】
溶菌活性の測定結果を
図6及び
図7に示す。エンドライシン3は、スタフィロコッカス・ホミニスのみに対して溶菌活性を示し、スタフィロコッカス・ホミニス以外の皮膚常在菌に対しては溶菌活性を示さなかった。したがって、エンドライシン3はスタフィロコッカス・ホミニスに特異的な溶菌活性を有することが明らかになった。
【0108】
<実施例4:配列解析>
(目的)
実施例2で同定した8種類のエンドライシンのアミノ酸配列、8種類のエンドライシンをコードする塩基配列、及び8種類のプロファージのファージゲノム配列についてBLAST解析を実施する。
【0109】
(方法及び結果)
8種類のエンドライシンのアミノ酸配列(配列番号1~8)についてBLAST解析を実施した結果、以下に示す配列番号の配列間で90%以上の配列同一性が検出された。
配列番号1 vs 配列番号2:配列同一性100%(Query cover:100%)
配列番号3 vs 配列番号4:配列同一性97.13%(Query cover:100%)
配列番号3 vs 配列番号6:配列同一性97.84%(Query cover:57%)
配列番号4 vs 配列番号6:配列同一性96.76%(Query cover:57%)
配列番号6 vs 配列番号3:配列同一性97.84%(Query cover:100%)
配列番号6 vs 配列番号4:配列同一性96.76%(Query cover:100%)
【0110】
8種類のエンドライシンをコードする塩基配列(配列番号9~16)についてBLAST解析を実施した結果、以下に示す配列番号の配列間で90%以上の配列同一性が検出された。
配列番号9 vs 配列番号10:配列同一性100%(Query cover 100%)
配列番号11 vs 配列番号12:配列同一性93.92%(Query cover:100%)
配列番号11 vs 配列番号14:配列同一性95.58%(Query cover:57%)
配列番号12 vs 配列番号14:配列同一性94.03%(Query cover:57%)
配列番号14 vs 配列番号11:配列同一性95.58%(Query cover:100%)
配列番号14 vs 配列番号12:配列同一性94.03%(Query cover:100%)
【0111】
8種類のプロファージのファージゲノム配列(配列番号17~24)についてBLAST解析を実施した結果、以下に示す配列番号の配列間で90%以上の同一性が検出された。
配列番号17 vs 配列番号18:配列同一性99.99%(Query cover:83%)
配列番号18 vs 配列番号17:配列同一性99.99%(Query cover:100%)
配列番号19 vs 配列番号23:配列同一性94.28%(Query cover:3%)
配列番号19 vs 配列番号20:配列同一性93.40%(Query cover:3%)
配列番号19 vs 配列番号22:配列同一性92.83%(Query cover:5%)
配列番号20 vs 配列番号24:配列同一性99.42%(Query cover:33%)
配列番号20 vs 配列番号22:配列同一性97.56%(Query cover:60%)
配列番号20 vs 配列番号21:配列同一性94.38%(Query cover:1%)
配列番号20 vs 配列番号17:配列同一性99.99%(Query cover:100%)
配列番号21 vs 配列番号24:配列同一性95.42%(Query cover:65%)
配列番号21 vs 配列番号20:配列同一性94.20%(Query cover:2%)
配列番号21 vs 配列番号23:配列同一性90.73%(Query cover:1%)
配列番号22 vs 配列番号24:配列同一性97.47%(Query cover:19%)
配列番号22 vs 配列番号20:配列同一性97.56%(Query cover:34%)
配列番号22 vs 配列番号23:配列同一性93.00%(Query cover:3%)
配列番号23 vs 配列番号19:配列同一性94.28%(Query cover:5%)
配列番号23 vs 配列番号24:配列同一性91.89%(Query cover:0%)
配列番号23 vs 配列番号21:配列同一性90.73%(Query cover:1%)
配列番号24 vs 配列番号21:配列同一性95.42%(Query cover:31%)
配列番号24 vs 配列番号22:配列同一性97.47%(Query cover:24%)
配列番号24 vs 配列番号20:配列同一性99.42%(Query cover:24%)
配列番号24 vs 配列番号23:配列同一性91.39%(Query cover:0%)