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特許6993648屋内状態推定方法および屋内状態推定システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-01-13
(54)【発明の名称】屋内状態推定方法および屋内状態推定システム
(51)【国際特許分類】
   H04Q 9/00 20060101AFI20220105BHJP
   G06N 20/00 20190101ALI20220105BHJP
【FI】
H04Q9/00 311K
G06N20/00 130
H04Q9/00 301C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018218420
(22)【出願日】2018-11-21
(65)【公開番号】P2020088529
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-02-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】特許業務法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村上 友規
(72)【発明者】
【氏名】アベセカラ ヒランタ
(72)【発明者】
【氏名】石原 浩一
(72)【発明者】
【氏名】林 崇文
(72)【発明者】
【氏名】前川 卓也
(72)【発明者】
【氏名】キム ヘン
【審査官】今川 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-080767(JP,A)
【文献】特開平09-274077(JP,A)
【文献】特開2013-170848(JP,A)
【文献】特開2002-214318(JP,A)
【文献】特開2017-003348(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04Q 9/00
G06N 20/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、教師あり機械学習を用いて屋内設備の状態を推定する屋内状態推定方法において、
状態変化に応じたラベルありデータが存在する環境を転移元環境、ラベルなしデータのみが存在する環境を転移先環境とし、
前記無線LAN電波のチャネル状態情報から、前記転移元環境の状態変化に応じたラベルありデータと、前記転移先環境の状態変化に応じたラベルなしデータとを収集するステップ1と、
前記転移元環境の前記ラベルありデータおよび前記転移先環境の前記ラベルなしデータから、それぞれ状態変化が発生したタイミングを推定するステップ2と、
前記状態変化が発生したタイミングに応じて状態変化前後の前記ラベルありデータと前記ラベルなしデータから、MUSICアルゴリズムを用いて、電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求め、該状態変化前後のスペクトラムの差分をそれぞれ計算するステップ3と、
前記転移元環境で得られた前記状態変化前後のスペクトラムの差分と、前記転移先環境で得られた前記状態変化前後のスペクトラムの差分を用いて、前記転移元環境で得られた前記ラベルありデータの転移学習を行い、前記転移先環境の前記ラベルなしデータから前記転移先環境の屋内設備の状態変化を推定するステップ4と
を有することを特徴とする屋内状態推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の屋内状態推定方法において、
前記ステップ2は、前記無線LAN電波のチャネル状態情報が所定の閾値以上に変化している区間を検出し、前記状態変化が発生したタイミングとし、
前記ステップ3は、前記状態変化前後で前記無線LAN電波のチャネル状態情報が安定している安定区間の前記電波の到来角AoAと前記電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求める
ことを特徴とする屋内状態推定方法。
【請求項3】
屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、教師あり機械学習を用いて屋内設備の状態を推定する屋内状態推定システムにおいて、
前記屋内設備の配置環境が既知である環境を転移元環境、該配置環境が未知である環境を転移先環境とし、
前記無線LAN電波のチャネル状態情報から、前記転移元環境の状態変化に応じたラベルありデータと、前記転移先環境の状態変化に応じたラベルなしデータとを収集する収集手段と、
前記転移元環境の前記ラベルありデータおよび前記転移先環境の前記ラベルなしデータから、それぞれ状態変化が発生したタイミングを推定し、前記状態変化が発生したタイミングに応じて状態変化前後の前記ラベルありデータと前記ラベルなしデータから、MUSICアルゴリズムを用いて、電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求め、該状態変化前後のスペクトラムの差分をそれぞれ計算する計算手段と、
前記転移元環境で得られた前記状態変化前後のスペクトラムの差分と、前記転移先環境で得られた前記状態変化前後のスペクトラムの差分を用いて、前記転移元環境で得られた前記ラベルありデータの転移学習を行い、前記転移先環境の前記ラベルなしデータから前記転移先環境の屋内設備の状態変化を推定する学習・推定手段と
を備えたことを特徴とする屋内状態推定システム。
【請求項4】
請求項3に記載の屋内状態推定システムにおいて、
前記計算手段は、前記無線LAN電波のチャネル状態情報が所定の閾値以上に変化している区間を検出し、前記状態変化が発生したタイミングとし、前記状態変化前後で前記無線LAN電波のチャネル状態情報が安定している安定区間の前記電波の到来角AoAと前記電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求める構成である
ことを特徴とする屋内状態推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線LAN電波を検出および分析して屋内設備の状態を推定する屋内状態推定方法および屋内状態推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
センサ技術およびIoT(Internet of Things)技術の進展により、実世界から収集されたセンサデータを用いたコンテキスト認識技術が盛んに研究されており、医療,防犯,福祉,ホームオートメーションなどの様々な分野での応用が期待されている。その中でも、防犯やホームオートメーションへの応用に向けて、ドアや窓の開閉といった屋内設備の状態を常に自動的に推定する技術が多く開発されている。
【0003】
従来の手法では、カメラや検知対象に取り付けるセンサなどを利用したものがあるが(非特許文献1および非特許文献2)、プライバシの問題や各検知対象にセンサを取り付ける手間やコストが大きい問題がある。広い環境を対象とする場合や検知対象が非常に多い場合、数多くのセンサが必要であるため導入コストが高くなる。さらに、センサ数が多い場合に、電源の供給,管理,メンテナンスなどのコストもある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Aipperspach R., Cohen E., Canny J.: Modeling Human Behavior from Simple Sensors in the Home. Pervasive Computing: 4th International Conference. Lecture Notes in Computer Science, vol 3968. Springer, Berlin, Heidelberg (2006)https://pdfs.semanticscholar.org/a763/e6bc4cb7d885baaad108817c952a1a340dea.pdf
【文献】Xiaodong Yang, YingLi Tian, Chucai Yi, Aries Arditi: Context-based Indoor Object Detection as an Aid to Blind Persons Accessing Unfamiliar Environments. MM '10 Proceedings of the 18th ACM international conference on Multimedia, pp. 1087-1090 (2010)http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.670.7845&rep=rep1&type=pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、検知対象に取り付けるセンサに代わり、無線LAN電波を用いた屋内設備の状態推定手法が注目を集めている。無線LAN技術は、あらゆる場所に浸透しており、家庭,駅,学校などの様々な場所で既設のアクセスポイントがあるため、無線LAN電波を用いた屋内設備の状態推定は低いコストで導入できる。
【0006】
さらに、従来の屋内設備の状態推定手法は、一般的に教師あり学習の枠組みを用いていた。しかし、屋内の窓やドアなどの配置や、送信機と受信機の位置により無線LAN電波の伝搬の仕方は異なるため、観測される無線LAN電波の特徴は環境に大きく依存する。したがって、ある一つの環境で取得した学習データを用いる屋内設備状態推定モデルは、他の環境における推定に利用することは困難である。さらに、環境ごとに学習データを収集するコストは非常に高く、その導入は非現実的である。
【0007】
本発明は、ある環境で取得したラベルありデータを用いて、異なる環境での屋内設備の状態推定を実現することができる屋内状態推定方法および屋内状態推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明は、屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、教師あり機械学習を用いて屋内設備の状態を推定する屋内状態推定方法において、状態変化に応じたラベルありデータが存在する環境を転移元環境、ラベルなしデータのみが存在する環境を転移先環境とし、無線LAN電波のチャネル状態情報から、転移元環境の状態変化に応じたラベルありデータと、転移先環境の状態変化に応じたラベルなしデータとを収集するステップ1と、転移元環境のラベルありデータおよび転移先環境のラベルなしデータから、それぞれ状態変化が発生したタイミングを推定するステップ2と、状態変化が発生したタイミングに応じて状態変化前後のラベルありデータとラベルなしデータから、MUSICアルゴリズムを用いて、電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求め、該状態変化前後のスペクトラムの差分をそれぞれ計算するステップ3と、転移元環境で得られた状態変化前後のスペクトラムの差分と、転移先環境で得られた状態変化前後のスペクトラムの差分を用いて、転移元環境で得られたラベルありデータの転移学習を行い、転移先環境のラベルなしデータから転移先環境の屋内設備の状態変化を推定するステップ4とを有する。
【0009】
第1の発明の屋内状態推定方法において、ステップ2は、無線LAN電波のチャネル状態情報が所定の閾値以上に変化している区間を検出し、状態変化が発生したタイミングとし、ステップ3は、状態変化前後で無線LAN電波のチャネル状態情報が安定している安定区間の電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求める。
【0010】
第2の発明は、屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、教師あり機械学習を用いて屋内設備の状態を推定する屋内状態推定システムにおいて、屋内設備の配置環境が既知である環境を転移元環境、該配置環境が未知である環境を転移先環境とし、無線LAN電波のチャネル状態情報から、転移元環境の状態変化に応じたラベルありデータと、転移先環境の状態変化に応じたラベルなしデータとを収集する収集手段と、転移元環境のラベルありデータおよび転移先環境のラベルなしデータから、それぞれ状態変化が発生したタイミングを推定し、状態変化が発生したタイミングに応じて状態変化前後のラベルありデータとラベルなしデータから、MUSICアルゴリズムを用いて、電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求め、該状態変化前後のスペクトラムの差分をそれぞれ計算する計算手段と、転移元環境で得られた状態変化前後のスペクトラムの差分と、転移先環境で得られた状態変化前後のスペクトラムの差分を用いて、転移元環境で得られたラベルありデータの転移学習を行い、転移先環境のラベルなしデータから転移先環境の屋内設備の状態変化を推定する学習・推定手段とを備える。
【0011】
第2の発明の屋内状態推定システムにおいて、計算手段は、無線LAN電波のチャネル状態情報が所定の閾値以上に変化している区間を検出し、状態変化が発生したタイミングとし、状態変化前後で無線LAN電波のチャネル状態情報が安定している安定区間の電波の到来角AoAと電波の到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ求める構成である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、転移学習を用いることで、ある環境(転移元環境)で取得したラベルありデータを用いて、異なる環境(転移先環境)での屋内設備の状態推定を実現することができる。これにより、転移先環境でラベルありデータを取得するコストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ドアの開閉状態と無線LAN電波の伝搬の変化を示す図である。
図2】学習フェーズの構成例を示す図である。
図3】電波の到来方向を説明する図である。
図4】DTWの計算アルゴリズムを説明する図である。
図5】DANNモデルのアーキテクチャを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、提案手法の基本的な考え方について説明する。
図1は、ドアの開閉状態と無線LAN電波の伝搬の変化を示す。
図1において、対象とする屋内に、無線LAN送信機11と無線LANモジュールを搭載した無線LAN受信機12がそれぞれ1つ以上設置されていることを想定し、その屋内の屋内設備の状態を検知対象とする。以下、ドア13や窓といった屋内設備の開閉状態を検知対象として説明する。
【0015】
無線LAN電波は障害物に当たって反射するため、検知対象となるドア13の開閉状態によって、検知対象の方向からの電波が変化する。例えば、ドア13の開状態のときに、無線LAN受信機12が受信するドア13の方向からの到来電波は、閉状態に比べて減衰すると考えられる。ドア13の位置などの環境が異なっても、その開閉によって減衰する電波の到来角が変化するだけであり、ほぼ同様の現象が観測されると考えられる。そこで、ドア13の開閉による特定の到来角からの電波の減衰/増加の現象を利用して、環境に依存しないドア13の開閉状態を推定することができる。
【0016】
提案手法では、教師あり機械学習を用いるため、ステップ1の学習フェーズとステップ2の推定フェーズに分けられる。
【0017】
学習フェーズでは、転移元環境(ソースドメイン)で得られたラベルありのデータと、転移先環境(ターゲットドメイン)のラベルなしのデータを用いて、環境に非依存なドアの開閉を推定する推定器を学習する。ここでラベルとは、検知対象となるドア等がどのように状態変化したかを示すラベルであり、「開から閉」への変化か、「閉から開」への変化か、「変化なし」かの3つの状態変化のラベルである。ドア等の状態が変化したタイミングでは、「開から閉」もしくは「閉から開」のラベルが付けられており、それ以外は「変化なし」のラベルが付けられている。
【0018】
図2は、学習フェーズの構成例を示す。ここでは、転移元環境と転移先環境のそれぞれで、受信機によりチャネル状態情報(CSI)をパケットごとに取得することを想定する。ただし、転移元環境のラベルありデータと転移先環境のラベルなしデータは事前に収集されているものとする。
【0019】
図2において、区間検出部21は、転移元環境および転移先環境のCSIデータを用いて、無線LAN電波の伝搬状態が大きく変化している区間を検出し、それを環境内のドア等の検知対象の状態変化が発生したタイミングの候補とする。この候補の中には、歩行者が無線LAN送受信機に近接した際に引き起こされる伝搬状態の大きな変化等が含まれるため、以降で説明するニューラルネットワークにより、検知対象にどのような状態変化が起こったのか、もしくは起こっていないのかを推定する。
【0020】
ここで、具体的な区間検出の方法について説明する。送信機は定期的にパケットを受信機に送信し、受信機は各パケットに関するチャネル状態情報 (CSI)のデータを取得する。ドア等の検知対象の状態変化の際に、無線LAN電波の伝搬状態が大きく変化する。そのため、まずその変化点を検知する。CSIの各チャネルのサブキャリアごとに得られる振幅もしくは位相に対して移動分散を計算し、その移動分散の値がしきい値を超える場合、それを変化点とする。サブキャリアごとにしきい値 (TH C1)を設けて変化点を検知する手法と、移動分散を全チャネル・全サブキャリアで平均したものに対してしきい値 (TH C2)を設けて変化点を検知する手法が考えられる。その後、変化点の前後の区間のCSIデータを用いて電波の到来角を計算する。ただし、ドアなどの開閉前後の人の歩行により伝搬状態が変化する(揺らぐ)ため、その区間のデータを取り除く必要がある。そこで、変化点後(前)のCSIの振幅がしきい値 (TH S) より小さくなってから以降の長さLの安定区間のデータを用いて電波の到来角を計算する。
【0021】
次に、到来角変化計算部22は、検出された状態変化前後のCSIデータを切り出して、到来角変化の計算を行う。屋内の検知対象の状態変化のみに注目するため、まず人の動きによるCSIの変動の影響が反映されていない、CSIの信号が安定している区間を検出する。そして、状態変化前後の安定区間のデータを用い、変化前後での電波の到来角の変化を計算する。
【0022】
なお、到来角変化計算では、状態変化前後の安定区間のCSIデータから、MUSIC(MUltiple SIgnal Classification)アルゴリズム23を用いて、電波の到来角AoAと電波のToF(Time of Flight)のスペクトラムをそれぞれ求める。
【0023】
ここで、MUSICアルゴリズム23によるAoAとToFのスペクトラムの計算について説明する。MUSICアルゴリズムを用いた到来角推定手法は、複数の直列している受信アンテナを想定している。ある角度から到来する電波はそれぞれのアンテナで受信されるタイミングが異なるため、それぞれのアンテナで受信した電波の位相が異なるという現象を利用し、AoAを計算する。
【0024】
図3に示すように、受信機にM個のアンテナが直列していると想定する。電波の到来角AoAをθ、アンテナ間隔をd、電波の周波数をf、光速をcとする。ある2つ隣接するアンテナ間の電波の経路差はdsinθであり、その位相差は2πd(sinθ)f/cである。
これを複素表現すると、以下のようになる。
【0025】
【数1】
【0026】
1番目のアンテナの位相を基準とし、全てのアンテナの位相を以下のように行列でまとめて表現すると、
【数2】
となる。1番目のアンテナで観測する信号をs(t) とおくと、すべてのアンテナで観測される信号は、
【0027】
【数3】
となる。ここで、N(t) はノイズベクトルである。
【0028】
信号がn個存在する場合、アンテナで観測される信号行列は以下のように変換される。
【数4】
ここで、si(t)はi番目の信号、θi はi番目の信号のAoAである。信号行列X(t) の信号相関Rxx(t) は信号の部分空間とノイズの部分空間の2つに分けられる。
【0029】
【数5】
【0030】
ssは複素信号のベクトルの相関、Rnnはノイズベクトルの相関である。Rxx(t) はM個の固有値を持つ。その中、最小M-n個の固有値を持つ固有ベクトルはノイズベクトルに対応し、それ以外のn個の固有値を持つ固有ベクトルは受信信号に対応する。ノイズの固有ベクトルから構成されるノイズ部分空間はEN =[e1, …, eM-n] となる。ノイズ空間は信号と直交しているため、その信号の到来角θ=θ12,, θn において、
a(θ)とEN との距離は
【0031】
【数6】
となるため,MUSICスペクトラム
【0032】
【数7】
は到来角θ12,, θn においてピークを取ることになる。
【0033】
実際は、位相差はアンテナ間のみでなく、サブキャリア間にも生じる。また、異なる伝搬路では、電波の飛行時間(ToF)も異なるため、ToFによって位相も異なる。したがって、等周波数間隔のサブキャリアにおいて、fδをサブキャリア間の周波数間隔、τをToFとおくと、2つの隣接するキャリア間の位相差は2πfδτとなる。これを複素表現すると以下のようになる。
【0034】
【数8】
【0035】
サブキャリアがN個,アンテナの数がM個とすると、受信機にN×M個の仮想センサが存在すると仮定できる。1番目のセンサを基準として、各センサの位相差を表現すると、
【数9】
となる。信号がn個存在する場合、アンテナで観測できる信号行列は以下のようになる。
【0036】
【数10】
【0037】
τi はi番目の伝送路のToF、θi はi番目の伝送路のAoAである。拡張したMUSICスペクトラム
【数11】
は、AoAがθ12,, θn かつToFがτ12,, τn においてピークをとることになる。したがって、MUSICアルゴリズムにより、AoAとToFを変数とするスペクトラムP(θ,τ)を求めることができる。
【0038】
変化前後の安定区間のCSIデータから、MUSICアルゴリズムにより、1パケットごとの電波の到来角AoAと、電波が送信機から受信機に届くまでかかる到達時間ToFのスペクトラムをそれぞれ計算する。例えば、AoAは、-90[deg] から90[deg] まで1[deg] ずつ181 要素、ToFはパケットを送信してからの経過時刻である0から3×10-9[s] ずつ100 要素で、181 ×100 要素をもつスペクトラムP(θ,τ)を作成する。
【0039】
DTWを用いた減算部24では、状態変化の前後において上記で計算したスペクトラムがどの程度変化したかの差分を計算する。しかし、受信機におけるパケット検出遅延 (Packet Detection Delay: PDD) とサンプリング周波数オフセット (Sampling Frequency Offset:SFO) の影響により、パケットごとに計算されるToFにはずれがあるため、直接減算により差分の計算を行うことが不可能である。例えば、ドアの閉状態とドアの開状態の安定区間にて得られたスペクトラムから、それぞれ受信する各パケットのToFのずれを考慮して減算するために、DTW (Dynamic Time Warping) アルゴリズムを使用する。
【0040】
DTWは、図4に示すように、2つの時系列間の距離計算を系列の伸縮を許して計算するアルゴリズムであり、最も類似している点同士のアライメントをとった上で点同士の距離計算を行う。すなわち、DTWを用いてアライメントがとれている点同士で減算を行うDTWを用いた減算部24では、多次元データ(次元数はAoAの粒度)を扱うため、DTWにおける各データ点の距離計算にはユークリッド距離を用いた。
【0041】
このように、到来角変化計算部22では、MUSICアルゴリズムによるAoAとToFのスペクトラムを求め、状態変化前後の安定区間のスペクトラムの差分が計算される。
【0042】
次に、DANNモデル25では、転移元環境(ソースドメイン)で得られたラベルありのスペクトラムの差分と、転移先環境(ターゲットドメイン)で得られたラベルなしのスペクトラムの差分を用いて、転移先環境の状態変化を認識するDANN (Domain Adversarial Neural Network)を学習する。ここで、転移先環境でラベルありデータを収集せずに、転移先環境の検知対象の状態推定を行うDANNを用いて、転移元環境で得られたラベルありデータの転移学習を行う。
【0043】
図5は、DANNモデルのアーキテクチャを示す。
図5において、DANNは、主に3つのサブネットワークとして、特徴抽出層、状態変化分類器、ドメイン分類器から構成される。
【0044】
ドメイン分類器は、入力されたデータ(スペクトラムの差分)がどのドメインから得られたかを出力する。例えば、ソースドメインの数が2の場合、ターゲットドメインと合わせて3クラスの分類器となる。
【0045】
状態変化分類器は、データが開から開への変化に分類されるか、閉から開への変化に分類されるか、状態変化が起こっていないかのいずれかを出力する3クラス分類器である。
【0046】
勾配逆転層 (Gradient Reversal Layer)は、ドメイン分類器の直前に導入され、学習の際の逆伝搬(バックプロパゲーション)に対して負の係数を乗算することで勾配を逆転する役割を持つ。勾配逆転層を導入しない場合、通常のネットワークの学習では、出力層(この場合では状態変化分類器とドメイン分類器)の損失(loss)を小さくするようにネットワークのパラメータが更新される。一方、勾配逆転層が導入されている場合、誤差を最小化するための勾配が逆転され、図5のネットワークではドメイン分類の誤差が大きくなるようにパラメータが更新される。そのため、勾配逆転層はソースドメインとターゲットドメインの分類性能を低下させる働きをもつ。一方で状態変化の分類性能は向上させるようにネットワークが学習される。すなわち、ネットワークはドメインの分類は失敗するが、状態変化の分類は成功するように学習される。そのようなネットワークの特徴抽出層では、ドメインに依存せずに状態変化を分類できる特徴が抽出される。
【0047】
具体的なネットワーク構造について説明する。モデルの隠れ層は全て全結合である。特徴抽出層は3層から構成され、それぞれのニューロン数が256,128,128 である。状態変化分類器は3層の隠れ層から構成され、それぞれのニューロン数が128,64, 2である。ドメイン分類器は4層の隠れ層から構成され、それぞれのニューロン数が128,64, 8, 2 である。また、状態変化分類器とドメイン分類器の出力層はSoftmax 層である。Softmax 層とそれらに隣接する層以外の層の活性化関数にはReLU関数を用いた。Softmax 層と隣接する層に活性化関数は用いていない。
【0048】
また、ソースドメインとターゲットドメインにおいて観測したCSIデータから変化点前後の安定区間のAoAとToFのスペクトラム( 181×100 の2次元の行列)を得る。2つのスペクトラムの差異を計算したあと、2次元の行列を 18100次元のベクトルに変換する。これらのソースドメインとターゲットドメインのベクトルがニューラルネットワークの学習データとなる。ただし、ソースドメインのベクトルにのみ状態変化のラベルが貼られている。一方、それぞれのベクトルはどのドメインで取得されたかは既知であると想定しているため、ドメインのラベルはソースおよびターゲットドメインの両方のベクトルに対して貼られているものとする。ただし学習する際は、ソースドメインのデータとターゲットドメインのデータの量はランダムサンプリングなどにより揃えるようにする。ターゲットドメインのベクトルには、検知対象の状態変化のラベルが存在しないため、そのベクトルを用いてネットワークのパラメータを更新する際は、状態変化分類器のパラメータの更新は行わない。一方で、ソースドメインから得られたベクトルを用いる際には、ネットワークの全パラメータを更新する。状態変化分類器では、実際のラベル(正解)とSoftmax 層の出力との交差エントロピーを小さくするように訓練する。一方、ドメイン分類器では、勾配逆転層を利用することで、ドメイン分類の性能を低下させるように、実際の正解ラベルとSoftmax 層の出力との交差エントロピーを逆に大きくするように訓練する。学習に用いる勾配法にはAdam Optimizerなどを用いる。
【0049】
なお、勾配逆転層では、学習の繰り返し回数を進めるにつれて反転係数を以下の式のように変化させる。繰り返しの初期において負の小さい係数を用いて状態変化分類器を優先的に学習させるが、繰り返し進めるにつれ、ドメイン分類器にも学習させることで、両方の分類器において安定的に学習を進めることができる。
【0050】
【数12】
【0051】
最後に、推定フェーズでは、転移先環境において観測したCSIデータに対して転移元と同様の前処理(安定区間検出と差分計算)を行った後、スペクトラムの差分についてDANNを用いて認識する。すなわち、スペクトラムの差分が、転移先環境におけるいずれかの検知対象の「開から閉」への変化、「閉から開」への変化、「変化なし」のいずれに対応するのかを推定する。ここで、DANNでは、環境内のドアや窓を区別して状態変化を推定しない。すなわち、ある環境における、いずれかのドアが開状態もしくは閉状態に変化した(もしくは変化なしか)という推定のみ行う。
【0052】
推定フェーズでは、ターゲットドメインで観測したCSIデータから変化点前後の安定区間のAoAとToFのスペクトラム( 181×100 の2次元のデータ)を得る。2つのスペクトラムの差異を計算したあと、2次元の行列を 18100次元のベクトルに変換する。このターゲットドメインのベクトルがニューラルネットワークのテストデータとなる。検知対象がどのように状態変化(開→閉か、閉→開か、変化なしか)をするかを表す確率が状態変化分類器のSoftmax 層により出力される。出力される確率のうち、最大となる確率に対応するクラスが、推定される状態変化となる。変化なしと推定された場合は、現在の状態は、前回に推定された状態変化の推定結果に基づき決定される。例えば、前回の結果が「開→閉」だった場合は、現在の状態は「閉」となる。ただし、転移先環境に複数の検知対象がある場合は、DANNは検知対象(ドア等)を限定した出力は行わない。ただし、到来角変化の類似性に基づきクラスタリングすることで、検知された状態変化同士が同じドアに対応するかどうかは求められる。クラスタリングには、一般的なクラスタリング手法(k-means++ やx-means (クラスタ数が不明の場合))を用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
11 無線LAN送信機
12 無線LAN受信機
13 ドア
21 区間検出部
22 到来角変化計算部
23 MUSICアルゴリズム
24 DTWを用いた減算部
25 DANNモデル
図1
図2
図3
図4
図5