(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-14
(45)【発行日】2022-01-14
(54)【発明の名称】概日リズム調節剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/56 20060101AFI20220106BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220106BHJP
A61P 25/20 20060101ALI20220106BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20220106BHJP
【FI】
A61K31/56
A61P43/00 111
A61P25/20
A23L33/10
(21)【出願番号】P 2017170345
(22)【出願日】2017-09-05
【審査請求日】2020-06-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年3月5日 http://www.jsbba.or.jp/2017/ 及びhttp://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2017/dounload.pdf.php?p_code=3A07p16における公開 [刊行物等] 平成29年4月28日 「公益社団法人日本栄養・食糧学会」発行 「第71回日本栄養・食糧学会大会講演要旨集」 第339頁における公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000231637
【氏名又は名称】株式会社ニップン
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100088694
【氏名又は名称】弟子丸 健
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100084663
【氏名又は名称】箱田 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100093300
【氏名又は名称】浅井 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100156982
【氏名又は名称】秋澤 慈
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 千尋
(72)【発明者】
【氏名】間 和彦
(72)【発明者】
【氏名】大池 秀明
(72)【発明者】
【氏名】小堀 真珠子
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-537426(JP,A)
【文献】特開2016-199536(JP,A)
【文献】国際公開第2014/148605(WO,A1)
【文献】特開2013-116880(JP,A)
【文献】特表2013-512908(JP,A)
【文献】特開2017-079746(JP,A)
【文献】特開2006-273760(JP,A)
【文献】Nature Reviews Drug Discovery,2014年,Vol.13,pp.197-216
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 43/00
A61P 25/00
A23L 33/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マスリン酸、オレアノール酸、コロソリン酸及びそれらの薬理学的に許容される塩
からなる群から選択される1以上を有効成分として含む概日リズム調節剤。
【請求項2】
Per2遺伝子の発現リズムの位相を調節する、請求項1に記載の概日リズム調節剤。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用飲食品。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの乱れが引き起こす睡眠障害または時差ぼけの予防、緩和、または治療のための医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は特定のトリテルペン類を有効成分とする概日リズム調節剤に関する。
【背景技術】
【0002】
人を含む地球上の多くの生物が示す約24時間周期の生理現象のパターンのことを概日リズムといい、このリズムは睡眠・覚醒に基づく活動周期以外に、体温、血圧、ホルモン分泌や自律神経活動などにも存在する。概日リズムを生む仕組みは体内時計と呼ばれる。明暗情報を目から受け取り活動周期を決めるのは視床下部の視交叉上核(SCN)で、これを中枢時計という。一方、肝臓や腎臓、肺などといった末梢の組織にも時計機構が存在し、これを末梢時計という。基本的に中枢時計と末梢時計は一定の位相関係を維持してリズムを刻むが、末梢時計は、グルココルチコイドやインスリン等の刺激や、さらには特定の食品成分により、中枢時計とは独立して影響を受けることが報告されている(非特許文献1、2、3)。概日リズムを生むのは、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群の発現変動であり、時計遺伝子はほぼ全身の細胞に発現している。組織ごとに時計遺伝子がタイミングを合わせて(これを同調という)24時間周期で発現変動を繰り返し、その下流で代謝のリズムを作る。哺乳類では、Per、Cry、Bmal、Clockという時計遺伝子のネガティブフィードバックをコアループとした転写翻訳調節により、24時間のリズムが生まれる。
近年、交代勤務によりもたらされる不規則な活動・食事、また、航空機による長距離移動などの影響で身体的・精神的不調が生じることが指摘されている(非特許文献4、5)。要因の一つとして、実際の睡眠や食事の時刻と、中枢時計や末梢時計が刻んでいたそれまでのリズムの間で不調和が生じ、是正にかかる時間に組織ごとに差があることが考えられる。
【0003】
概日リズムの調節、特に時差ボケへの対応として、航空会社では照明の点灯時間や食事のタイミングを到着地に近づけるなどの対応を取る。また、医薬品として日本ではメラトニンが処方される。メラトニンは睡眠を誘導する内因性ホルモンで、夜間に分泌が上昇して朝目覚める前に減少する日内変動を示す。時差ボケによる睡眠障害の治療としてメラトニンリズムを整えることを目的に、その前駆物質や受容体作動薬、メラトニン分泌リズム改善剤が用いられる。メラトニンは内因性のホルモンであるためその使用には注意が必要であり、特異的な概日リズム調節作用があるとは言いがたい。メラトニンの前駆物質であるセロトニンに関して言えば、経口摂取により消化器系・循環器系に悪影響があることが報告されていて(非特許文献6)、これらは国内では食品としては認可されていない。
また、概日リズムの評価系として培養細胞や動物の時計遺伝子の発現リズムの位相の変動を指標にした評価系が確立されており、これまでに概日リズムの調節を目的として時計遺伝子を標的にした化合物が多く報告されている(たとえば特許文献1、2、3)。しかしながらこれらの概日リズムを調節する新規化合物は、安全性が確立されていなかったり、服用に注意が必要であったりするため日常的に摂取するには不向きなものが多いのが現状である。
そこで、体内時計の不調和を改善するために概日リズムを調節し、正常に保つ手段として、日常的に摂取することができ概日リズムの乱れを効果的に抑えることができる、安全性の高い食品形態のものが望まれている。
【0004】
トリテルペンは広く植物界に分布する化合物群であり、6つのイソプレンから構成され、C30H48の分子式を持つテルペンの一種である。トリテルペンにはスクアレンなどの環状構造を有しないものやオレアナン型、ウルサン型、ルパン型等の5つの環状構造を有する化合物群等が含まれる。オレアナン型トリテルペンにはマスリン酸、オレアノール酸等が、ウルサン型トリテルペンにはウルソール酸、コロソリン酸、トルメンチック酸等が含まれる。
植物に広く含有される生体物質であるトリテルペン類は、生理活性を有する機能性成分として近年注目されており、例えばオレアナン型トリテルペン及びウルサン型トリテルペンについて、マスリン酸について皮膚の美白(特許文献4)、破骨細胞の分化抑制、関節炎予防効果(特許文献5)、コロソリン酸、マスリン酸等を有効成分として含有する組成物について血糖値上昇抑制(特許文献6)、オレアノール酸について抗う蝕(特許文献7)、抗ガン作用(特許文献8)等、オレアノール酸、コロソリン酸、ウルソール酸、マスリン酸等について変形性関節症の予防または治療(特許文献9)、筋肉増強、メタボリックシンドローム・QOL改善(特許文献10)が報告されている。
しかしながら、オレアナン型トリテルペン及びウルサン型トリテルペンが概日リズムの調節に有効であることは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-40231
【文献】特開2016-183189
【文献】特開2009-183197
【文献】国際公開2002/043736
【文献】特開2014-141444
【文献】特開2006-347967
【文献】特開平1-290619
【文献】特開平8-119866
【文献】特開2016-172695
【文献】特開2016-199536
【非特許文献】
【0006】
【文献】Balsalobre A et al., Science, 2000 Sep;289(5488):2344-7
【文献】Oishi K et al., Biochem Biophys Res Commun. 2017 Jan 29;483(1):165-170
【文献】Oike H, Biosci Biotechnol Biochem. 2017 May;81(5):863-870
【文献】Brum MC et al., Diabetol Metab Syndr. 2015 May 17;7:45
【文献】Togo F et al., Chronobiol Int. 2017;34(3):349-359
【文献】van Zwieten PA, Blauw GJ, van Brummelen P., Cardiovasc Drugs Ther 1990 Dec;4(6):1443-7
【文献】Balsalobre A, Cell. 1998 Jun 12;93(6):929-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、安全性が高く、継続的に摂取が可能な概日リズム調節剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、オレアナン型トリテルペン及びウルサン型トリテルペンが哺乳類の時計遺伝子の発現リズムの位相を調節することにより概日リズム調節に有効であることを見出した。
すなわち本発明は以下の通りである。
[1]オレアナン型トリテルペン、ウルサン型トリテルペン又はそれらの薬理学的に許容される塩を有効成分として含む概日リズム調節剤。
[2]PER2遺伝子の発現リズムの位相を調節する、前記[1]に記載の概日リズム調節剤。
[3]オレアナン型トリテルペンが、マスリン酸及びオレアノール酸またはその混合物から選択され、ウルサン型トリテルペンがコロソリン酸、ウルソール酸又はその混合物から選択される、前記[1]又は[2]に記載の概日リズム調節剤。
[4]請求項1~3のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズム調節用飲食品。
[5]請求項1~3のいずれか1項に記載の概日リズム調節剤を含む、概日リズムの乱れが引き起こす睡眠障害または時差ぼけの予防、緩和、または治療のための医薬組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、哺乳類の時計遺伝子の発現リズムの位相を調節し、概日リズムを調節することでき、安全性の高い食品形態で摂取することが出来る概日リズム調節剤を提供することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】トリテルペン(コロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸)を図中矢印のタイミングで添加した時のヒトPER2遺伝子発現の概日リズムの変化を示す。
【
図2】コロソリン酸を細胞に添加した時に、PER2遺伝子の発現リズムの位相が後退した例(左図)と前進した例(右図)を示す。
【
図3】血清刺激からの時間位相を横軸にとり、縦軸に位相変異をとってプロットした位相反応曲線を示す。
【
図4】ベツリン酸、スクアラン、スクアレンを図中矢印のタイミングで添加した時のヒトPER2遺伝子の発現リズムを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の概日リズム調節剤は、オレアナン型トリテルペン、ウルサン型トリテルペン又はそれらの薬理学的に許容される塩を有効成分として含有する。
本発明において、トリテルペンは炭素数30を基本骨格とする化合物であり、その代表例として五環性トリテルペンが挙げられる。ここで、五環性トリテルペンとは、トリテルペン類の1種であり、イソプレン単位6個から成る五環性の化合物で、炭素数は30個を基本とするが、生合成過程で転位、酸化、脱離あるいはアルキル化され炭素数が前後するものも含まれる。
これらは、天然の植物から得ることも、人工的に得ることもできる。また、市販品も好適に利用することができる。五環性トリテルペンは、一般に、その骨格により分類されており、例えばオレアナン型トリテルペン、ウルサン型トリテルペン、ルパン型トリテルペン、ホパン型トリテルペン、セラタン型トリテルペン、フリーデラン型トリテルペン、タラキセラン型トリテルペン、タラキサスタン型トリテルペン、マルチフロラン型トリテルペン、ジャーマニカン型トリテルペン等が挙げられる。
五環性トリテルペン類のうち、オレアナン型トリテルペン類の代表例としてはマスリン酸、オレアノール酸等が挙げられ、ウルサン型トリテルペンの例としてはコロソリン酸、ウルソール酸等が挙げられる。
【0012】
マスリン酸は、オリーブ、ナツメ、アーモンド、バナバ葉、セージ、アーモンド、リンゴ、クランベリー、カリン等に含まれる。オレアノール酸は、オリーブ、ブドウ、ビート、ナツメ、アーモンド、バナバ葉、オリーブ葉、セージ、サンザシ、ラズベリー、カリン、ローズマリー葉、グァバ、シソ葉、ブルーベリー、プルーン、ビワ、ザクロ、レモンバーム、バジル、ローズヒップ、カキ、センブリ等に含まれる。コロソリン酸は、バナバ葉、ビワ、カリン、アーモンド、クランベリー等に含まれる。ウルソール酸は、オリーブ、アーモンド、リンゴ、クランベリー等に含まれる。
【0013】
本発明において、オレアナン型トリテルペンは好ましくはマスリン酸、オレアノール酸、及びその混合物から選択される。またウルサン型トリテルペンは好ましくはコロソリン酸、ウルソール酸及びその混合物から選択される。
【0014】
これらオレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンは前記植物から公知の方法で抽出、精製して得ることができるほか、化学合成によって得ることもできる。オレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンは単独の成分または数種類の成分の混合物であっても良い。また、薬理学的に許容される塩及び/又は誘導体の形態で使用することもできる。
オレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンは、前記植物の抽出物の形態で用いても良い。
【0015】
植物の抽出物の形態で用いる場合には、原料として使用する植物に適した方法でオレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンを得ることができる。例えば、コロソリン酸はバナバ葉を抽出原料として、特開2005-263650に開示される方法で得ることが出来る。マスリン酸とオレアノール酸はオリーブ植物を抽出原料としてWO02/012159に開示される方法で得ることが出来る。コロソリン酸およびウルソール酸はビワ葉を抽出原料として特開2005-263650に開示される方法で得ることが出来る。また、得られるオレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンの成分の種類及びその構成比は原料として使用する植物に依存する。
【0016】
オレアナン型トリテルペン又はウルサン型トリテルペンの摂取量は、摂取する患者等の年齢、性別、症状の程度、摂取形態によって異なるが、成人では1日あたり好ましくは0.1mg/kg以上である。また特に摂取量の上限はないが、50mg/kgを超えると製品コストの観点から好ましくない。
【0017】
本発明の概日リズム調節剤は、組成物の態様でもよく、助剤とともに任意の形態に製剤化して、経口投与または非経口投与が可能な医薬品とすることができる。例えば、経口用の剤形としては、錠剤、口腔内速崩壊錠、カプセル、顆粒、細粒などの固形投薬形態、シロップ及び懸濁液のような液体投薬形態とすることができる。非経口の剤形としては、注射剤、点眼剤、点鼻剤、貼付剤、坐剤、皮膚外用剤の形態で投与される。なお、医薬品には医薬部外品も含まれる。
【0018】
固形投薬形態とする場合、一般製剤の製造に用いられる種々の添加剤を適当量含んでいてもよい。このような添加剤として、例えば賦形剤、結合剤、酸味料、発泡剤、人工甘味料、香料、滑沢剤、着色剤、安定化剤、pH調整剤、界面活性剤などが挙げられる。
【0019】
液体投薬形態とする場合、本発明の概日リズム調節剤は必要に応じてpH調整剤、緩衝剤、溶解剤、懸濁剤等、等張化剤、安定化剤、防腐剤などの存在下、常法により製剤化することができる。
【0020】
皮膚外用剤の形態としては、特に限定されず、例えば、乳液、クリーム、化粧水、パック、分散液、洗浄料、メーキャップ化粧料、頭皮・毛髪用品等の化粧品や、軟膏剤、クリーム剤、外用液剤等の医薬品などとすることができる。上記成分以外に、通常化粧品や医薬品等の皮膚外用剤に用いられる成分、例えば、美白剤、保湿剤、各種皮膚栄養成分、紫外線吸収剤、酸化防止剤、油性成分、界面活性剤、増粘剤、アルコール類、色剤、水、防腐剤、香料等を必要に応じて適宜配合することができる。
【0021】
本発明の概日リズム調節剤は、機能性食品、健康食品、特定保健用食品、栄養機能食品等の保健機能食品、特別用途食品(例えば、病者用食品)、健康補助食品、サプリメント等として調製されてもよい。サプリメントとして、例えば、一般的なサプリメントの製造に用いられる種々の添加剤とともに錠剤、丸状、カプセル(ハードカプセル、ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)状、粉末状、顆粒状、細粒状、トローチ状、液状(シロップ状、乳状、懸濁状を含む)等の形状とすることができる。
【0022】
本発明の概日リズム調節剤は、食品に配合することができる。配合可能な食品に特に限定はないが、例えば、飴、グミ、チューインガム等の菓子類;クッキー、クラッカー、ビスケット、チョコレート、プリン、ゼリー、スナック菓子、米菓、饅頭、羊羹などの菓子類;アイスクリーム、アイスキャンディー、シャーベット、ジェラート等の冷菓;ドーナツ、ケーキ、食パン、フランスパン、クロワッサン等のベーカリー食品;うどん、そば、中華めん、きしめん等の麺類;白飯、赤飯、ピラフ等の米飯類;カレー、シチュー、ドレッシング等のソース類;ハム、ソーセージ、かまぼこ、ちくわ、魚肉ソーセージ等の練り製品;天ぷら、コロッケ、ハンバーグなどの各種惣菜類;ジュース、お茶等の飲料等が挙げられる。
【0023】
本発明の概日リズム調節剤によれば、時計遺伝子の発現リズムの位相を調節することが出来る。本明細書において、「遺伝子の発現リズム」とは、遺伝子が一定周期で発現の活性化及び発現の抑制を繰り返すリズムをいい、「時計遺伝子の発現リズムの位相を調節する」とは、時計遺伝子がある発現リズム(又は、発現リズムの周期)に沿って発現の活性化及び発現の抑制を示す際に、当該発現リズム(又は、発現リズムの周期)の位相を時系列的に遅らせる(後退)、又は、早めること(前進)をいう。よって、「時計遺伝子の発現リズムの位相を調節する」の好ましい態様としては、本来の発現リズム(又は、発現リズムの周期)と比較して差異が生じた位相の分、位相を時間軸に沿って遅らせる、又は、早めることにより調節することである。本発明の概日リズム改善剤は、例えば、時計遺伝子のうちPER2遺伝子の発現リズムの位相を、時間軸に沿って遅らせる、又は、早めることにより調節することができる。
【0024】
時計遺伝子とは、概日リズム(サーカディアンリズム)をつかさどる遺伝子である。時計遺伝子としては、Per遺伝子(PER1、PER2など)、Cry遺伝子(CRY1、CRY2など)、Bmal遺伝子(BMAL1など)、Clock遺伝子(CLOCK)が挙げられる。これらの遺伝子は、ヒト、マウスなど様々な動物が有し、またほぼ全身の細胞に発現していることが知られている。
概日リズムは上記時計遺伝子間の発現変動により生じる。ほぼ全身の細胞に発現している時計遺伝子が組織ごとにタイミングを合わせて(これを同調という)24時間周期で発現変動を繰り返し、その下流で代謝のリズムを作る。時計遺伝子のネガティブフィードバックをコアループとした転写翻訳調節により、24時間のリズムが生まれる。その中心的な役割を担っているPER2遺伝子の発現リズムを制御することにより、一連の時計遺伝子の発現が制御され、その結果として概日リズムの制御が可能である。
【0025】
また本発明の概日リズム調節剤により、概日リズムの調節が可能であることから、睡眠障害、時差ぼけ(ジェットラグ)等の、概日リズムの乱れが引き起こす体調の不調や疾患の予防、緩和、治療等の疾患を改善することができる。
【実施例】
【0026】
以下本発明を具体的に説明する為に実施例を示すが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0027】
試験例1 トリテルペン類の概日リズム調節効果
代表的な時計遺伝子の一つPer遺伝子に着目し、ヒトPER2遺伝子の発現リズムを概日リズムの指標とし、トリテルペン類の概日リズム調節機能を検討した。ヒトPER2遺伝子の発現リズムを概日リズムの指標とすることは、概日リズムの調節作用を評価する系として確立されており、例えばIsojima et al., PNAS 2009 Sep;106(37):15744-15749、Hirota et al., Science 2012 Aug;337:1094-1097 等に開示されている。
(被験物質)
コロソリン酸((株)常盤植物化学研究所、P2302)、マスリン酸(Cayman Chemical Co., 10009645)、オレアノール酸(SIGMA-ALDRICH、O5504)、ウルソール酸(SIGMA-ALDRICH、U6753)、ベツリン酸(東京化成工業(株))、スクアレン(東京化成工業(株))、スクアラン(東京化成工業(株))は市販されているものを用いた。
各トリテルペンはジメチルスルホキシド(DMSO; Wako, 048-21985)に溶解し、細胞に各試薬を添加するとき、DMSO終濃度が0.1%になるようにした。
(試験方法)
試験系として、ヒトPER2遺伝子(hPER2)プロモーター下にルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだ概日リズムレポーターを安定発現するヒト骨肉腫由来U2OS細胞(U2OS-hPER2-Luc)を用いた。ルシフェリンールシフェラーゼ反応による発光値の変化が、PER2遺伝子のプロモーター活性変化を表す。発光を数日間計測し、連続的な発光の波形を得て概日リズムの指標とした。
(1)U2OS-hPER2-Luc細胞を35mm径ディッシュに播種し、10%牛胎児血清、ペニシリンーストレプトマイシンを添加した2mLのDMEM培地(High glucose)でコンフルエントまで培養した。
(2)50%ウマ血清を添加したDMEM培地で2時間培養し、細胞のリズムを合わせた(非特許文献7)。この2時間の50%ウマ血清入り培地での培養を以下血清刺激と表す。血清刺激の後、0.1Mのルシフェリン2μL、ペニシリンーストレプトマイシンを添加したDMEM培地2mL(最終濃度:0.1mMルシフェリン)に交換して、37℃、5%CO
2条件下で3日以上連続的に発光を計測した。計測にはATTO社の発光測定装置Kronos dioを用いた。発光量は1分間の積算値を10分間隔で測定した。
(3)計測途中に装置を止め培地中に試薬(トリテルペン類)を添加した。添加後装置を再開し、続けて発光を記録した。
(4)Kronos dioに搭載されている解析システムにより、得られた発光値の経時変化の波形からノイズを除去し、デトレンドして発光リズムを得た。得られた発光リズムの位相を求め、対照群との比較検証を行った。
(結果)
発光の経時変化に対するコロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸の影響を
図1に示す。概日リズムの位相は発光が示す波形の頂点の時間(ピーク時間、横軸:血清刺激開始時刻を基準とした培養時間)により特徴づけられる。図に示す矢印のタイミングで試薬(トリテルペン類)を添加しているが、試薬添加直後は添加の刺激により発光がやや乱れるため、発光値が回復した後(2つめ以降のピーク)の頂点位相を基準とし、対照と比較したピーク時間の前進又は後退により位相の前進又は後退を判断する。コロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸の添加により発現リズムの位相が後退した(
図1)。なお、
図2に代表例としてコロソリン酸を示すが、発現リズムの位相変異の向き・大きさは添加のタイミングで異なり、発光上昇時に添加すると後退し、発光減少時に添加すると前進する傾向が見られた。
図3には、コロソリン酸を被験物質とする上記実験を複数行い、血清刺激開始からコロソリン酸を添加するまでの時間を横軸にとり、縦軸に位相変異(ピーク時刻が対照群と比較して前進した場合+、後退した場合-)をプロットした位相反応曲線を示す。横軸の時刻は血清刺激開始を0とし、血清刺激から何時間たったかを、24時間区切り(24時間を超える場合、24の倍数を引いた時間を時刻とする)で表記している。12~18時間後にコロソリン酸刺激を与えると前進、それ以外では後退する傾向を表している。この結果はコロソリン酸の刺激のタイミングによって、一方向だけでなく両方向に発現リズムの位相を動かすことが出来ることを示している。
図4にはルパン型トリテルペン類であるベツリン酸、鎖状トリテルペンであるスクアレン、スクアランの結果を示すが、添加後の位相が対照群とほぼ一致し、コロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸等のオレアナン型トリテルペンやウルサン型トリテルペンでみられるような発現リズム位相変異作用は見られなかった。
【0028】
コロソリン酸、マスリン酸、オレアノール酸、ウルソール酸は投与のタイミングに応じて、概日リズムを前、あるいは後ろに動かす。体内時計は外部刺激(食事、強い光、時差など)により攪乱されることがあるが、刺激のタイミングに応じてリズムが前進しやすい時間帯や後退しやすい時間帯があることが知られている。本発明の組成物は、一方方向だけでなく両方向にリズムを動かすため、乱れた概日リズムを効果的に調節することができる。