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特許6999072移植魚の作出方法、移植魚、ハイブリッド魚種の作出方法及びハイブリッド魚種
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】移植魚の作出方法、移植魚、ハイブリッド魚種の作出方法及びハイブリッド魚種
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20060101AFI20220128BHJP
   A01K 61/17 20170101ALI20220128BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
A01K61/17
C12N15/09 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2017508451
(86)(22)【出願日】2016-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2016059551
(87)【国際公開番号】W WO2016153019
(87)【国際公開日】2016-09-29
【審査請求日】2019-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2015065152
(32)【優先日】2015-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504196300
【氏名又は名称】国立大学法人東京海洋大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】日本水産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉崎 悟朗
(72)【発明者】
【氏名】竹内 裕
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 良輔
(72)【発明者】
【氏名】川村 亘
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2006/040926(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/099528(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/118778(WO,A1)
【文献】J. Sea Res.,2007年,Vol.58, No.1,pp. 8-22
【文献】吉川廣幸、他,海産魚における代理親魚技術の開発:ニベ科不稔性雑種を宿主としたドナー由来次世代の生産,日本水産学会春季大会講演要旨集,2014年 3月27日,p. 71, [549]
【文献】竹内 裕,異種間精原細胞移植を用いた大型食用海産魚種苗生産の低エネルギー化技術の開発,先端研究助成基金助成金(最先端・次世代研究開発支援プログラム)実施状況報告書(平成24年度),2014年 1月16日,pp. 1-4
【文献】吉川廣幸、他,人為交雑によるニベ科不稔性雑種の探索と雑種宿主の代理親魚技術への利用,日本水産学会春季大会講演要旨集,2013年,p. 150, [1015]
【文献】梨田一也、清水昭男,マサバのようなゴマサバ,中央水研ニュース [オンライン],2005年,No. 38,検索日 2016-06-09,インターネット<URL: http://nrifs.fra.affrc.go.jp/news/news38/c/c.html>
【文献】竹内 裕,精原細胞の異種間移植法を用いた水産有用海産魚類における代理親魚技術の確立,日本水産学会誌,2012年,Vol. 74, No. 4,pp. 673-676
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/00-67/033
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の魚種として選択された成熟したメスのゴマサバと第二の魚種として選択された成熟したオスのマサバとのハイブリッド魚種を作出すること、及び、
作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種として選択されたクロマグロの生殖細胞を移植すること、
を含む、移植魚の作出方法。
【請求項2】
第一の魚種として選択されたスマと第二の魚種として選択されたタイセイヨウヤイトとのハイブリッド魚種を作出すること、及び、
作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種として選択されたクロマグロの生殖細胞を移植すること、
を含む、移植魚の作出方法。
【請求項3】
第一の魚種として選択されたスマと第二の魚種として選択されたEuthynnus lineatusとのハイブリッド魚種を作出すること、及び、
作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種として選択されたクロマグロの生殖細胞を移植すること、
を含む、移植魚の作出方法。
【請求項4】
第一の魚種として選択されたスマと第二の魚種として選択されたカツオとのハイブリッド魚種を作出すること、及び、
作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種として選択されたクロマグロの生殖細胞を移植すること、
を含む、移植魚の作出方法。
【請求項5】
請求項1~請求項4のいずれか1項記載の方法を用いて作出される、移植魚。
【請求項6】
請求項1~請求項4のいずれか1項記載の方法を用いて移植魚を得ること、及び、
得られた移植魚から、ドナー魚種として選択されたクロマグロ由来の配偶子を得ること、
を含む、魚類の配偶子の生産方法。
【請求項7】
第一の魚種として選択された成熟したメスのゴマサバと、第二の魚種として選択された成熟したオスのマサバとのハイブリッド魚種を作出すること、
を含み、作出されたハイブリッド魚種がドナー魚種として選択されたクロマグロの代理親魚技法用に用いられる、ハイブリッド魚種の作出方法。
【請求項8】
第一の魚種として選択されたスマと、第二の魚種として選択されたタイセイヨウヤイトとのハイブリッド魚種を作出すること、
を含み、作出されたハイブリッド魚種がドナー魚種として選択されたクロマグロの代理親魚技法用に用いられる、ハイブリッド魚種の作出方法。
【請求項9】
第一の魚種として選択されたスマと、第二の魚種として選択されたEuthynnus lineatusとのハイブリッド魚種を作出すること、
を含み、作出されたハイブリッド魚種がドナー魚種として選択されたクロマグロの代理親魚技法用に用いられる、ハイブリッド魚種の作出方法。
【請求項10】
第一の魚種として選択されたスマと、第二の魚種として選択されたカツオとのハイブリッド魚種を作出すること、
を含み、作出されたハイブリッド魚種がドナー魚種として選択されたクロマグロの代理親魚技法用に用いられる、ハイブリッド魚種の作出方法。
【請求項11】
請求項7~請求項10のいずれか1項記載の方法により得られるハイブリッド魚種。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植魚の作出方法、移植魚、ハイブリッド魚種の作出方法及びハイブリッド魚種に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、天然漁業資源の漁獲量が漸減傾向を続け、これに伴い総漁獲量に占める養殖生産量の割合が大きく増加してきている。一方、海産魚類の養殖においては、いまだに天然の種苗を商品サイズまで養成する場合も多い。このため、資源管理の重要性の高まりとともに、完全養殖の導入がより強く求められている。
【0003】
完全養殖とは、対象魚種の受精卵から人工的に種苗を生産し、得られた人工種苗を、商品として流通させること、更にこれに加えて、得られた人工種苗の一部の個体を親魚まで養成し、配偶子を生産し、得られた配偶子を養殖に利用するという、天然資源に依存せずに完結される養殖スタイルを指す。完全養殖を実現するためにはまず、目的の魚類の親魚から、質及び量ともに種苗生産に十分な配偶子を得なくてはならない。種苗生産に十分な配偶子を得るには、親魚の維持に十分な大きさの飼育施設と、適切な飼料による育成及び産卵誘導とが不可欠であり、多くのスペース及び労力を必要とする。そのため、多くの養殖業者が容易に導入できる程度まで種苗生産への利用が確立している魚種は少ないと言える。
【0004】
この問題点を解決しうる技術として、代理親魚技法(surrogate broodstock technology)が注目されている。本技法は、配偶子を得ようとする目的の魚種をドナーとし、配偶子を生産させようとする魚種をレシピエントとし、ドナーの未分化な生殖細胞をレシピエントに移植して、レシピエントを代理親魚として利用する方法である。ドナーの未分化な生殖細胞としては、始原生殖細胞、精原細胞又は卵原細胞に例示される。本技法は、言い換えれば、ドナーの生殖細胞をレシピエントの生殖腺内で増殖又は分化させることによって、ドナーの配偶子を生産し、次いで、ドナーの次世代個体集団を作出する技法である。魚類の場合、雄の配偶子には運動性があり、精子と呼ばれるのに対し、雌の配偶子には運動性がなく、卵と呼ばれる。代理親魚技法において、精子を得ようとする場合には、雄のレシピエントにドナーの生殖細胞を移植し、一方、卵を得ようとする場合には、雌のレシピエントにドナーの生殖細胞を移植する。
【0005】
代理親魚技法としては、例えば、特開2003-235558号公報及びFisheries for Global Welfare and Environment, 5th World Fisheries Congress 2008 (2008) p209-219には、ドナーであるヤマメ(masu salmon, Oncorhynchus masaou)の精原細胞を、同科同属のレシピエントである雌雄のニジマス(rainbow trout, Oncorhynchus mykiss)に移植することによってヤマメの卵と精子を得ることを含む、ニジマスを代理親魚とするヤマメの次世代個体の作出を行う方法が記載されている。
【0006】
Science Vol.317 (2007) p1517には、3倍体のニジマスを作出してニジマス由来の精子及び卵が生産されない不妊の代理親魚を得ること、この不妊の代理親魚にヤマメの生殖細胞を移植することによって効率的にヤマメの精子と卵を得ることを含む、ヤマメの次世代個体を生産する方法が記載されている。また、特開2006-101845号公報には、3倍体のヤマメを作出して、これに、ニジマス由来の始原生殖細胞を移植する方法が開示されている。これらの方法によれば、レシピエント由来の卵及び/又は精子がほとんど形成されることがないので、数多くのレシピエントの配偶子の中からドナーの配偶子を選び取るという煩雑さを軽減でき、効率よくドナーの配偶子を得ることができると記載されている。
【0007】
Fisheries Science Vol.77(2011)p69-77には、ブリの精原細胞をニベ(nive broaker, Nibea mitsujurrii)に移植した場合、ニベの生殖腺には取り込まれるものの、配偶子の生産には至らなかったことが記載されている。Biology of Reproduction Vol.82(2010)p896-904には、ニベの精原細胞をマサバに移植した場合に、マサバ生殖腺にニベ生殖細胞が取り込まれ、増殖していることも確認されたが、配偶子の生産には至らなかったことが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまでの代理親魚技法では、代理親魚として利用可能な魚種は、ドナーに近縁な魚種に限られており、代理親魚技術を適用可能な魚種が制限されていた。また、代理親魚技法用として有用な不稔ハイブリッドを得るための適切な魚種の組み合わせも、いまだに明らかになっていない。
本発明は、これまで代理親魚技法では、適切な代理親魚となる魚種を見出すことが困難であったドナーの魚種について代理親魚技法の適用を可能とすること、及びそのために有効なハイブリッド魚種を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の各態様は以下を含む。
[1] ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、選択された第一の魚種と第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、及び、作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種の生殖細胞を移植すること、を含む、移植魚の作出方法。
[2] 第一の魚種と第二の魚種は、ドナー魚種に対して共に同科異種である[1]記載の移植魚の作出方法。
[3] ハイブリッド魚種が、生殖細胞欠損の表現型を示す[1]又は[2]記載の移植魚の作出方法。
[4] 第一の魚種が、ドナー魚種と同科同族異属である[1]~[3]のいずれか1記載の移植魚の作出方法。
[5] ドナー魚種がサバ科である[1]~[4]のいずれか1記載の移植魚の作出方法。
[6] 第一の魚種及び第二の魚種が、共にマグロ属である、[1]~[5]のいずれか1記載の移植魚の作出方法。
[7] 第一の魚種及び第二の魚種が、共にスマ属である、[1]~[5]のいずれか1記載の移植魚の作出方法。
[8] ドナー魚種が、海産魚、養殖魚、又は海産魚且つ養殖魚である、[1]~[7]のいずれか1記載の移植魚の作出方法。
[9] [1]~[8]のいずれか1記載の方法を用いて作出され得る、移植魚。
[10] [1]~[8]のいずれか1記載の方法を用いて移植魚を得ること、及び、得られた移植魚から、ドナー魚種由来の配偶子を得ることを含む、魚類の配偶子の生産方法。
[11] ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、及び、選択された第一の魚種と、第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、を含み、ハイブリッド魚種が代理親魚技法用に用いられ得る、ハイブリッド魚種の作出方法。
[12] 第一の魚種と第二の魚種は、ドナー魚種に対して共に同科異種である[11]記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[13] 第一の魚種が、ドナー魚種と同科同族異属である[11]又は[12]記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[14] ドナー魚種が、サバ科である、[11]~[13]のいずれか1記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[15] 第一の魚種と第二の魚種が、共にマグロ属である、[11]~[14]のいずれか1記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[16] 第一の魚種と第二の魚種が、共にスマ属である、[11]~[14]のいずれか1記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[17] 作出されるハイブリッド魚種が、生殖細胞欠損の表現型を示す[11]~[16]のいずれか1記載のハイブリッド魚種の作出方法。
[18] [11]~[16]のいずれか1記載の方法により得られ得るハイブリッド魚種。
[19] 生殖細胞欠損の表現型を示す[18]記載のハイブリッド魚種。
[20] [10]記載の方法で生産され得る、配偶子。
[21] [9]記載の移植魚から得られ得る、種苗。
[22] [1]~[8]のいずれか1記載の方法により移植魚を得ること、得られた移植魚から種苗を得ること、を含む種苗の生産方法。
[23] [1]~[8]のいずれか1記載の方法により移植魚を得ること、得られた移植魚から種苗を得ること、得られた種苗を成魚まで育成すること、を含む成魚の育成方法。
[24] [23]記載の育成方法により得られ得る、成魚。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、これまで代理親魚技法では、適切な代理親魚となる魚種を見出すことが困難であったドナー魚種について代理親魚技法の適用を可能とすること、及びそのために有効なハイブリッド魚種、並びにその各種用途を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の態様における移植魚の作出方法は、ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、選択された第一の魚種と第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、及び、作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種の生殖細胞を移植すること、を含む、移植魚の作出方法である。
本発明の他の態様における代理親魚技法用ハイブリッドの作出方法は、ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、及び、選択された第一の魚種と第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、を含み、ハイブリッド魚種が代理親魚技法用に用いられ得る、ハイブリッド魚種の作出方法である。
【0012】
本発明では、異なる2種の魚種、即ち、不稔となり得る組み合わせである第一の魚種と第二の魚種を選択して、これらの特定の二種の魚種から不稔のハイブリッド魚種が作出される。また、本発明では、作出された不稔のハイブリッド魚種に、ドナー魚種の生殖細胞を移植した移植魚が得られる。ハイブリッド魚種は不稔であるので、移植魚においてドナー魚種の配偶子を効率よく得ることができる。
即ち、例えばブリとニベのハイブリッド魚種では、結果的には目的とする配偶子が得られないため、このようなハイブリッド魚種を代理親魚技法には適用できない。また、ドナー魚種の配偶子を効率よく生産可能な不稔の代理親魚を得るには、不稔化処理など人為的操作が必要となる。また、不稔化処理によって得られた不稔親魚でも、ドナー魚種の配偶子を生成する効率としては、充分とは言えない。
【0013】
これに対して、本発明は、代理親魚技法に適用可能な不稔ハイブリッド魚種を作出し得る魚種の組み合わせがあることを見出したものである。これにより、ハイブリッド魚種を作出するための特定の第一の魚種及び第二の魚種を選択することで、簡便に、代理親魚技法に適用可能なハイブリッド魚種を得ることができ、またこのようなハイブリッド魚種を用いることによって簡便かつ効率よく移植魚及びドナー魚種の配偶子を得ることができる。この結果、代理親魚技法に利用可能な親魚の範囲を、従来想定されていた範囲よりも広げることができる。
【0014】
本明細書では、代理親魚技法におけるドナー魚種を、単にドナーと称する場合がある。本明細書では、代理親魚法におけるレシピエント魚種を、単にレシピエントと称する場合がある。
本明細書では、ハイブリッド魚種を、単にハイブリッドと称する場合がある。
【0015】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
また本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、その前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示すものとする。
さらに本明細書において組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
以下、本発明の各態様について説明する。
【0016】
本発明の一態様に係る移植魚の作出方法は、ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、選択された第一の魚種と第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、及び、作出されたハイブリッド魚種に、ドナー魚種の生殖細胞を移植すること、を含む。
本発明の他の態様のハイブリッド魚種の作出方法は、ハイブリッド魚種が代理親魚技法用に用いられ得るものであり、ドナー魚種を選択すること、不稔となり得る組み合わせである第一及び第二の魚種を選択すること、及び、選択された第一の魚種と第二の魚種とのハイブリッド魚種を作出すること、を含む。
【0017】
本発明において、ハイブリッド魚種にドナー魚種の生殖細胞を移植する移植工程、及び移植工程に続く工程は、代理親魚技法に従って行われる。
代理親魚技法とは、配偶子を得ようとする目的の魚種をドナー魚種(donor fish)とし、配偶子を生産させようとする魚種をレシピエント魚種とし、ドナー魚種の未分化な生殖細胞をレシピエント魚種に移植して移植魚を得て、移植魚としてのレシピエント魚種の生殖腺内でドナー魚種の未分化な生殖細胞を増殖及び分化させることで、移植魚としてのレシピエント魚種の体内で、ドナー魚種に由来する配偶子を得て、ドナー魚種の子孫となる種苗を得る技術である。本明細書における「移植魚」とは、ドナー魚種の未分化な生殖細胞を受け取った対象すべてが含まれる。ここでの対象は、胚、仔魚、稚魚、成魚など、いずれの発生及び成育ステージのものであってもよい。移植魚は、受け取った未分化な生殖細胞、又はその成熟後の生殖細胞若しくは配偶子を保有していれば、移植後のいずれのステージのものであってもよい。「種苗」とは、対象とされる魚類の仔魚又は稚魚をいう。
【0018】
代理親魚技法において利用される未分化な生殖細胞としては、始原生殖細胞、精原細胞又は卵原細胞が例示される。精子を得ようとする場合には、雄のレシピエントにドナーの生殖細胞を移植し、一方、卵を得ようとする場合には、雌のレシピエントにドナーの生殖細胞を移植する。生殖腺としては、精子を得たいときには精巣を用いることができ、卵を得たいときには卵巣を用いることができる。雄のレシピエントに移植されたドナーの生殖細胞は、レシピエントの精巣内で増殖及び分化することで、ドナーの精子を産み出すことができる。雌のレシピエントに移植されたドナーの生殖細胞は、レシピエントの卵巣内で増殖及び分化することで、ドナーの卵を産み出すことが期待される。このようにして得られた精子又は卵は、互いに掛け合わせることによって、又は別途得られた卵又は精子と掛け合わせることによって、受精卵を得ることができる。得られた受精卵を発生させることで、目的の魚種の種苗を得ることができる。
【0019】
ドナーとしては、特に制限はないが、経済的な利用価値から、特に養殖魚、海産魚、又は海産魚且つ養殖魚をドナー魚種として行うことがより好ましい。海産魚及び養殖魚には、代理親魚技法に用いるには適していないと思われる魚種が多く存在するため、このような海産魚及び養殖魚の少なくとも一方に該当する魚種をドナーに用いることは有用であり得る。あるいは、ドナーとしては、養殖に用いる魚であれば如何なる魚種を選択することもできる。養殖する目的であれば、ドナーには、食用魚種、材料採取用魚種、観賞用の魚種も含まれる。ドナーとしては、イワナ属等のサケ科、ブリ属等のアジ科、マグロ属等のサバ科などを挙げることができ、なかでもドナーはイワナ属、ブリ属又はマグロ属であることができる。
【0020】
代理親魚技術に用いられるドナーの未分化な生殖細胞には、性分化前の生殖腺から得られる始原生殖細胞、精巣から得られる精原細胞、卵巣から得られる卵原細胞等が含まれる。これらの未分化な生殖細胞は、異なる分化段階の細胞の混合物として、又は生殖腺への取り込まれやすさ等の観点から特定の分化段階の細胞を選択して単独で使用することができる。
【0021】
ドナーから未分化な生殖細胞を得るには、目的とする未分化な生殖細胞の分化段階に応じたドナーの組織から、通常の方法で採取することができる。例えば、ドナーから性分化前の生殖腺、又は性分化後の組織、例えば精巣若しくは卵巣を摘出し、物理的な剥離又はタンパク質分解酵素での処理等により、組織から個々の細胞へ分散させることによって、未分化な生殖細胞を得ることができる。分散された個々の細胞は、例えば、マーカーとなる抗体を用いて、又はセルソーターを用いて単離することができる。
【0022】
未分化な生殖細胞は、冷凍体又は生きた個体から得ることができる。代理親魚技術の成功率を高めるには、未分化な生殖細胞は生きた個体から得る方が好ましい。冷凍体としては、個体、臓器、及び細胞のいずれの単位を冷凍して得られたものも使用し得る。
【0023】
細胞を冷凍する場合は、適切な凍結保護剤を用いて行うことが好ましい。適切な凍結保護剤としては、ポリエチレングリコール、エチレングリコール、カルボキシメチルセルロース、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、グリセロール、グルコース、トレハロース、ラクトース、マンニトール、デキストラン、デキストラン硫酸、プルラン、ウシ胎児血清(FBS)、ウシ血清アルブミン(BSA)、魚類卵黄、スキムミルク等を挙げることができる。凍結保護剤の濃度(含有率)としては、使用される凍結保護剤の種類によって適宜選択することができる。例えば、グルコール、トレハロース、デキストラン、プルラン等の糖類については10mM~500mM、DMSO等については0.1M(mol/L)~10M、エチレングリコール、プロピレングリコール等については0.1M~10Mの濃度で用いることができる。これらの凍結保護剤は、単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0024】
始原生殖細胞の採取工程は、好ましくは、始原生殖細胞のマーカーを用いて、得られた細胞が始原生殖細胞であることを確認することを含む。始原生殖細胞であることを確認することに適用可能なマーカーには、vasa遺伝子、CD205遺伝子等が含まれる。確認は、遺伝子又は遺伝子産物の発現、修飾、局在又はこれらの2つ以上の組み合わせを確認することで行うことができる。
遺伝子の発現を確認するには、特定の遺伝子から転写されたmRNAをPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)にて確認するのが簡便である。遺伝子の発現及び局在は、特定の遺伝子から転写されたRNAを In situ hybridization を用いて確認するのが簡便である。遺伝子産物の発現、修飾及び発現は、特定の遺伝子から発現され、翻訳されて得られた遺伝子産物を、その遺伝子産物に特異的な抗体を用いることで確認するのが簡便である。
【0025】
ドナーの細胞をレシピエントに導入する場合は、レシピエントの免疫系が十分に働く前の胚又は仔魚期の個体に導入することが好ましい。導入は、マイクロマニュピュレータ、電気メス、レーザーメス等のマニュピュレータを用いて行うことができる。導入は、レシピエントのいずれの組織又は部位に行ってもよく、導入対象となる組織又は部位としては、例えば、表皮又は腹腔が挙げられる。
胚又は仔魚期の個体に導入する際の細胞数としては、特に制限はなく、例えば、1細胞から200,000細胞を導入してもよい。胚又は仔魚期の個体に導入する際の細胞数は、胚又は個体の大きさ等に基づき適宜選択できる。
【0026】
ドナー生殖細胞のレシピエント生殖腺における生着の確認は、ドナーの細胞とレシピエントの細胞を区別し得る指標を用いて行うことができる。使用可能な指標としては、遺伝子、抗体、蛍光色素等を挙げることができ、これらの指標は単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。指標となる遺伝子としては、未分化な生殖細胞で発現している遺伝子を挙げることができ、例えば、vasa遺伝子、dead-end遺伝子等を挙げることができる。指標となる蛍光色素としては、PKH26、CFSE等を挙げることができる。
【0027】
遺伝子を用いる場合は、指標となる遺伝子の配列のうち、ドナーとレシピエントとで配列が異なる部位を用いてプライマーを設計してPCRを行う、又は、ドナーとレシピエントで配列が異なる部位を用いて In situ hybridization を用いて確認することが簡便である。導入前にドナーの生殖細胞を蛍光色素で標識することによって、蛍光顕微鏡下で生着を確認することができる。生着の確認は、導入の直後から行うことができ、好ましくは、レシピエントに生着し、細胞として機能しているかどうかを確認するためには、導入から7日以上経ってから行うことができる。導入から7日後にレシピエントの生殖腺に生着が観察された個体からは、ドナーの精子又は卵を得ることができる。
【0028】
ハイブリッドとは、細胞内に異なる品種、系統又は生物種に由来するゲノムを併せ持つ個体を意味し、交雑、細胞融合若しくは遺伝子導入、又はこれらの2つ以上の組み合わせにより作製された個体を含む。魚類では、一般に、生息地等により生物学的に隔離された異なる生殖集団が異なる品種、系統、又は生物種として認識されるが、異なる生殖集団の分布の近接地域では生殖集団間の交雑が生じ、いわゆる、ハイブリッドが生じる場合がある。しかしながら、自然環境で、どのような場合に交雑が生じ、ハイブリッドが得られるかは、よく分かっていない。また、ハイブリッドには、人工的に作製される個体も含まれる。人為的に品種、系統を作出し、維持している場合も、同様に、人工的にハイブリッドを作製することができる。
【0029】
交雑によってハイブリッドとしての個体を作製する場合は、異なる品種、系統又は生物種の個体を掛け合わせて雑種を得ることができる。
【0030】
細胞融合によってハイブリッドとしての個体を作製する場合は、異なる種の卵又は分離胚細胞を融合する方法を用いることができる。細胞融合には、細胞膜融合剤、電気刺激、光刺激若しくは熱刺激、又はこれらの組み合わせを用いて細胞同士を直接融合する方法を用いることができる。細胞膜融合剤には、例えばポリエチレングリコールを用いることができる。細胞融合によって得られたハイブリッドの細胞は、全ての染色体を保持する場合もあれば、一部の染色体のみを保持する場合もある。本発明に用いるにあたっては、ドナーの未分化な生殖細胞を移植した際に、移植後の生殖細胞が卵又は精子として機能するために必要なゲノムが揃っていればよい。
【0031】
遺伝子導入によってハイブリッドとしての個体を作製する場合は、一方の種の卵に、他方の種の染色体又は遺伝子を導入することによって作製することができる。導入する染色体は、レシピエントとなるハイブリッドにドナーの未分化な生殖細胞を移植した際に、移植後の生殖細胞が卵又は精子として機能するために必要な量であればどのような量を入れてもよい。例えば、導入する染色体として、1本若しくは複数本、又は、これらの一部の断片を用いてもよい。また、異なる染色体の組み合わせを導入して、移植後に機能する適切な染色体を見出すことができる。
導入する遺伝子は、レシピエントとなるハイブリッドにドナーの始原生殖細胞を移植した際に、移植後の生殖細胞が卵又は精子として機能するために必要な遺伝子であればどのような遺伝子を入れても構わず、1又は2以上の遺伝子を導入してもよい。このような遺伝子として、gsdf遺伝子を例示できる。
【0032】
レシピエントに用いるハイブリッドには、レシピエントとして適した性質を持つ品種、系統又は生物種を第一の魚種及び第二の魚種として用いて作出することが好ましい。レシピエントとして適した性質とは、人工飼育環境下における生残率の高さ、必要とされる飼育設備の小ささ、必要とされる温度調節のための設備のコスト、餌のコスト、卵又は精子の採取の容易さ、などに例示される。本方法に基づいて作出されたハイブリッドが、レシピエントとして適した性質を受け継いでいることが好ましい。作出されたハイブリッドが、レシピエントとして適した性質を受け継ぐためには、ハイブリッドのゲノムの中に、レシピエントとして適した性質を持つ品種、系統又は生物種のゲノムをより多く含んでいることが好ましい。レシピエントとして適した性質を持つ品種、系統又は生物種のゲノムをより多く含ませるためには、レシピテントとして適した性質を持つ品種、系統又は生物種から得られた卵を人工的に倍数化することで、より多くのゲノムを持たせることができる。
【0033】
ハイブリッドは、代理親魚として有利な性質をより多くするために、ドナー又はドナーと近縁の魚種(以下、この段落において「ドナー等」という)由来のゲノム全体に対するゲノムの割合を低くすることができる。例えば、ハイブリッドは、ドナー等のゲノムを細胞あたり半分以下で有することができ、また、ドナー等のゲノムを細胞あたり1/3以下で有することができる。ハイブリッドにおけるドナー等のゲノムの量は、細胞として体細胞又は血球を選択し、定法により採取された細胞を用いて、DNAフローサイトメトリーにより算出した量とすることができる。例えば、ドナー等のゲノムと、ドナー等以外の魚種のゲノムを1セットずつ持ったハイブリッド細胞の場合には、ハイブリッドの細胞におけるドナー等のゲノムの量は、半分となる。このときドナー等由来の染色体が欠落する又はドナー等由来のDNAが欠損していた場合又はドナー等のゲノムの一部の染色体又はDNAを、ドナー等以外の魚種のゲノムに導入して作製したハイブリッド細胞の場合には、ドナー等のゲノムの量の半分以下となる。ドナー等のゲノムと、ドナー等以外の魚種の倍数化したゲノムを1セットずつ持ったハイブリッドの細胞の場合には、ハイブリッドの細胞におけるドナー等のゲノムの量は1/3となる。このときドナー等由来の染色体が欠落する又はドナー由来のDNAが欠損していた場合又はドナーのゲノムの一部の染色体又はDNAを、ドナー等以外の魚種のゲノムに導入して作製したハイブリッド細胞の場合には、ドナー等のゲノムの量の1/3以下であると確認できる。
【0034】
代理親魚として使用され得るハイブリッド魚種を作出するために選択される第一及び第二の魚種は、不稔となり得る組み合わせの魚種である。このような第一及び第二の魚種の組み合わせは、代理親魚として使用され得る不稔のハイブリッド魚種を作出可能な組み合わせであり、換言すれば、得られるハイブリッド魚種が、生殖腺においてドナー魚種の生殖細胞が生着可能かつ配偶子を生産し得る能力を備え、かつ不稔となり得る、魚種の組み合わせである。
【0035】
得られるハイブリッド魚種が、生殖腺においてドナー魚種の生殖細胞が生着可能かつ配偶子を生産し得る能力を備え、かつ不稔となり得る、魚種の組み合わせとしては、例えば、始原生殖細胞を配偶子まで分化及び成育を行うのに充分な器官及び組織を形成可能である一方で、始原生殖細胞の生成能力が充分でない個体を形成可能な組み合わせであればよい。
【0036】
上述した関係を有する第一及び第二の魚種からハイブリッドを作出すると、ハイブリッド自身の生殖細胞の分化及び増殖能が充分に機能しないため、生殖腺内で自己の生殖細胞が生成されない、即ち、内在性生殖細胞の喪失又は欠損が生じると推測される。一方で、上述した関係を有する第一及び第二の魚種から作出されたハイブリッドでは、生殖腺等の組織の機能は損なわれていないため、外部からドナー魚種の生殖細胞が移植されると、生殖腺内において、移植されたドナー魚種の生殖細胞の分化及び増殖が損なわれず、ドナー魚種の配偶子の生成が可能になると推測される。
【0037】
このような組み合わせを実現可能な第一及び第二の魚種の組み合わせとしては、例えば、生息域が重複し、雑種が観察されることがあるが、分類学上では異なる種とされているもの同士の組み合わせ、生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する組み合わせ等が挙げられる。以下に述べるこれらの第一及び第二の魚種の関係は、異なる2つ以上を重複して満たすものであってもよい。
【0038】
第一の魚種及び第二の魚種が、生息域が重複し、雑種が観察されることがあるが、分類学上では異なる種とされているもの同士の組み合わせである場合には、生息域が重複して、雑種が確認されているにも関わらず、異なる種として維持できているためには、何らかの生殖的な隔離機構が存在し、交配可能な配偶子を残すことが難しいと考えられる。
第一及び第二の魚種の組み合わせが生殖域及び分類学上の位置に基づく関係を有する組み合わせとしては、例えば、ドナー魚種に対して共に同科異種となる組み合わせが挙げられ、例えば、ドナー魚種に対して同科異種かつ生息域が重複する第一の魚種と、ドナー魚種に対して、同科異種かつ生息域が重複し、第一の魚種に対して同科同属異種である第二の魚種の組み合わせを挙げることができる。この組み合わせの場合、第一及び第二の魚種が共にドナーと同科の魚種であるので、作出されたハイブリッドでは、移植されたドナーの生殖細胞の働きが良好であることが期待できる。また、作出されたハイブリッドにドナーの生殖細胞を移植した場合に、ドナーの生殖細胞を定着しやすく、ドナーの配偶子が得られやすい。ドナー魚種に対して同科異種であることに加えて、生息域が重複する魚種の場合には、共にドナーに対して生息域が重複するという生息環境が共通する魚種であるにも関わらず異種として存続する魚種であるため、分類学上、適度に離れていることから、不稔になりやすいと推測される。
【0039】
この組み合わせにおける第一の魚種及び第二の魚種は、ドナーと同科であって異なる種のいずれかから選択可能である。具体的には、第一の魚種及び第二の魚種は、ドナーに対して、同科同族同属の異種、同科同族異属の異種、及び同科異族異属の異種のいずれかから選択できる。
【0040】
例えば、ドナーがサバ科の魚種である場合には、第一の魚種及び第二の魚種としては、それぞれ、イソマグロ属、ハガツオ属等のハガツオ族;カマスサワラ属、サワラ属等のサワラ族;サバ属及びグルクマ属のサバ族;及びソウダガツオ属、スマ属、カツオ属、マグロ属等のマグロ族の各族に属する種のうち、ドナーと異なる種のものを選択することができる。
【0041】
例えば、ドナーがサバ科マグロ族マグロ属クロマグロである場合、第一の魚種及び第二の魚種の少なくとも一方は、ドナーと同科同族同属の魚種、即ち、サバ科マグロ族マグロ属であってクロマグロ以外の魚種とすることができ、又は、ドナーと同科同族異属の魚種、サバ科マグロ族のマグロ属以外の属の魚種とすることができる。サバ科マグロ族マグロ属であってクロマグロ以外の魚種としては、ビンナガ種、キハダ種、メバチ種等を挙げることができる。サバ科マグロ族のマグロ属以外の魚種としては、カツオ属カツオ種、スマ属スマ種、スマ属タイセイヨウヤイト種、ソウダガツオ属ヒラソウダ種、マルソウダ種等を挙げることができる。
【0042】
互いに同科同属の第一の魚種及び第二の魚種は、互いに同属異種となる魚種から選択することができる。例えば、ドナーがサバ科マグロ族マグロ属クロマグロである場合、第一の魚種と第二の魚種の組み合わせとしては、それぞれがサバ科マグロ族マグロ属である同属異種の組み合わせ、例えば、ビンナガ及びメバチ等;それぞれがサバ科マグロ族スマ属となる同属異種の組み合わせ、例えば、スマ及びタイセイヨウヤイト、スマ及びEuthynnus lineatus、タイセイヨウヤイト及びEuthynnus lineatus;それぞれがサバ科ソウダガツオ属となる同属異種の組み合わせ、例えば、ヒラソウダ及びマルソウダ等;それぞれがサバ科サバ属の同属異種の組み合わせ、例えば、マサバ及びゴマサバ等;など、を挙げることができる。
【0043】
互いに同科同属の第一の魚種及び第二の魚種は、互いに同族異属となる魚種から選択することができる。例えば、ドナーがサバ科マグロ族クロマグロである場合、第一の魚種と第二の魚種の組み合わせとしては、それぞれサバ科マグロ族であるスマ属及びマグロ属、スマ属及びソウダガツオ属、スマ属及びカツオ属等の組み合わせを挙げることができる。
【0044】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の組み合わせとしては、対応する染色体上の動原体の位置が異なる種同士の組み合わせを挙げることができる。例えば、片方の種でアロセントリックな染色体に対して、他方の種でメタセントリック又はサブメタセントリックな染色体が対応する場合、分裂時に動原体での適正な対合ができず、染色体の不分離又は染色体の一部の欠出、重複、逆位若しくは転座の原因となり、雑種の発生時に一部の遺伝子情報が機能せず、生殖細胞の形成不全となる。動原体の不適正な対合は、減数分裂の際に特に起こりやすい。減数分裂では、染色体数が減るので、動原体部位が小さくなり染色体の不分離又は染色体の一部の欠出、重複、逆位若しくは転座の原因となりやすくなる。このため、染色体の不分離を原因とする不稔雑種では生殖細胞欠損が起きやすい。従って、例えばサバ科においては、動原体の位置が異なる種同士の組み合わせの場合、生殖細胞形成不全のハイブリッドが作出され得る。
【0045】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の他の組み合わせとしては、ミトコンドリアの適正な維持又は機能発現が困難となる組み合わせが挙げられる。ミトコンドリアは母性遺伝を行い、母型からのみ伝わる。外洋を回遊する性質のある魚類は遊泳距離が長くなるため長時間の運動が必要となり、ミトコンドリアを多く持つ赤身の筋肉を有するようになる。一方、沿岸に生息する魚類は遊泳距離が短くなるが、外敵に多く接触するため、瞬発力が必要となり、ミトコンドリアの少ない白身の筋肉を有するようになる。このような魚種同士の組み合わせでは、細胞中のミトコンドリアの数の制御、分裂の制御、機能維持の制御又は分配の制御を適正に保つことが困難となり、雑種の発生時に一部の細胞が機能せず、生殖細胞の形成不全となる。ミトコンドリアの制御不全は、重大な場合は個体発生そのものを阻害するが、軽微な場合は生殖細胞欠損の表現型となる。特に精子形成においてはミトコンドリアが精子の尾部伸長を促すことがあり、ミトコンドリアの制御異常は精子形成不全となる。従って、例えばサバ科においては筋肉の色が違う種同士の組み合わせの場合、生殖細胞形成不全のハイブリッドが作出され得る。
【0046】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の更に他の組み合わせとしては、DNAメチル化、ヒストンのメチル化及びアセチル化等のリセットが困難となる組み合わせを挙げることができる。DNAメチル化、ヒストンのメチル化及びアセチル化は様々な遺伝子の発現に影響する。また異種間の交配は大規模なDNAメチル化、ヒストンのメチル化及びアセチル化パターンの変化を促すことが知られており、その結果、様々な遺伝子の発現又は機能に影響し、生殖細胞の形成不全となり得る。
【0047】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の更に他の組み合わせとしては、転写因子のDNA結合パターンが相違し、適切な遺伝子発現が困難となる組み合わせを挙げることができる。雑種形成時ではmRNAの転写パターンが変化することが知られており、様々な遺伝子の発現に影響する。その結果、様々な遺伝子の機能に影響し、生殖細胞の形成不全となり得る。
【0048】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の更に他の組み合わせとしては、減数分裂が困難となり、倍数化を生じ得る組み合わせ、トランスポゾン又はウイルスを抑える因子の機能発現が不完全となってこれらの因子が活性化し得る組み合わせなどを挙げることができる。染色体上にみられる種特異的な反復配列には、トランスポゾン、ウイルス様因子又はウイルスが不活性化したものが原因と想定されるものがあり、異種交配で活性化する例が知られている。これらのトランスポゾン、ウイルス様因子又はウイルスは活性化した結果、様々な遺伝子の発現又は機能に影響し、生殖細胞の形成不全となる。例えばゼブラフィッシュ及びコイでは piRNA の異常により不稔となることが知られている。
【0049】
生殖細胞の発生時に細胞生物学上の機能が不全となる関係を有する第一及び第二の魚種の具体的な組み合わせとしては、ドナーがクロマグロである場合、ビンナガとメバチの組み合わせ、スマとタイセイヨウヤイトの組み合わせ、スマ及びEuthynnus lineatusの組み合わせ、タイセイヨウヤイト及びEuthynnus lineatusの組み合わせ、ヒラソウダとマルソウダの組み合わせ、マサバ及びゴマサバの組み合わせ、を挙げることができる。
【0050】
本発明におけるハイブリッドの作出方法及び移植魚の作出方法は、天然においてハイブリッドの形成があまり見られない海産魚において、人工的にハイブリッドを作出可能とするため、特に効果的である。
【0051】
例えば、サケ科イワナ属イワナの場合は、人工飼育下で飼料の摂餌が悪いので生残率が低く、卵又は精子を採取するための方法も十分に確立されていない。イワナと同属のオショロコマも飼育方法が確立されていない。アジ科ブリ属ブリの場合は、飼育に広大な設備が必要で、卵又は精子を採取するための温度調節には多大なコストが発生することが多い。ブリと同属のカンパチ及びヒラマサも、同様の理由により代理親魚としては適していないと考えられている。サバ科マグロ属クロマグロの場合は、飼育に広大な設備が必要で、卵又は精子を採取するためには少なくとも3年以上の飼育が必要なことなどの観点から、代理親魚としては適していないと考えられている。クロマグロと近縁な魚種であるマグロ属の魚種である、ミナミマグロ、メバチ、ビンナガ、コシナガ、キハダも、飼育に広大な設備が必要で、卵又は精子を採取する方法は確立されていない。
このような魚種には、本方法における特定の第一及び第二の魚種から作出されたハイブリッドを、レシピエントとして用いることが好ましい。
【0052】
作出されたハイブリッドは、レシピエントであるハイブリッド自身の配偶子が生産されにくい、いわゆる不稔の性質を有し、生殖細胞の機能が不充分であって且つ生殖腺の機能が充分な個体である。
【0053】
このような個体としては、例えば、生殖細胞欠損の表現型を示すもの個体として特定することができる。生殖細胞欠損の表現型としては、例えば、生殖細胞マーカーが陰性であって生殖腺体細胞マーカーが陽性の表現型を挙げることができる。生殖細胞マーカーとしては、vasa遺伝子、dead-end遺伝子等を挙げることができる。生殖腺体細胞マーカーとしては、gsdf遺伝子等を挙げることができる。遺伝子の発現を確認するには、特定の遺伝子から転写されたmRNAをPCRにて確認するのが簡便である。遺伝子の発現及び局在をみるには、特定の遺伝子から転写されたRNAを In situ hybridization を用いて確認するのが簡便である。遺伝子産物の発現、修飾及び発現をみるには、特定の遺伝子から発現され、翻訳されて得られた遺伝子産物を、その遺伝子産物に特異的な抗体を用いることで確認するのが簡便である。このようなハイブリッドであれば、機能的な生殖腺を有し、かつ、ハイブリッド由来の配偶子が少ない又は生産されないので、ドナー魚種由来の配偶子を効率よく得ることができる。また、このようなハイブリッドは、代理親魚技法用のハイブリッドとして極めて有用である。
【0054】
作出されたハイブリッドは、ドナーの生殖細胞のレシピエントとして用いられる。具体的には、作出されたハイブリッドを、場合によって必要な期間にわたり育成した後、当該ハイブリッドをレシピエントとしてドナーの生殖細胞が移植される。ドナーの生殖細胞をハイブリッドに移植する方法については、前述したとおりである。ハイブリッドにドナーの生殖細胞を移植することにより、移植魚が作出される。本移植魚は、ドナーの生殖細胞から配偶子を生産性よく得ることができる点で有用である。
【0055】
本発明における魚類の配偶子の生産方法は、上述の移植魚の作出方法により移植魚を得ること、及び得られた移植魚から、ドナー魚種由来の配偶子を得ることを含む、
移植魚から、ドナーの由来の配偶子、即ち、卵又は精子を得るには、魚種に応じた従来の方法により、成熟を誘導し、採取することで得ることができる。特に、ハイブリッドが不稔であるので、レシピエント由来の卵又は精子が生成されていないため、移植魚におけるドナー由来の卵又は精子を容易に得ることができる。
【0056】
ハイブリッドにおいて生成された卵又は精子は、作出されたハイブリッドを育成し、当該ハイブリッドをレシピエントとして、ドナーの始原生殖細胞を移植し、移植魚を作出することで、得ることができる。移植されたドナーの始原生殖細胞は、レシピエントの生殖腺に入り、ドナー由来の卵又は精子を産み出す。移植魚における精子又は卵は、腹部圧搾などの公知の方法で単離又は採取することができる。
【0057】
本発明の他の態様に係る移植魚は、本発明の上記態様に係る移植魚の作出方法を用いて作出され得る移植魚である。
本移植魚には、これまで適切な代理親魚となる魚種を見出すことが困難であったドナー魚種の生殖細胞が移植されているので、当該移植魚において当該ドナー魚種の生殖細胞を配偶子に成長させることができる。この結果、特に種苗生産がこれまで難しかったドナー魚種の配偶子を、生産性よく得ることができる。
【0058】
本発明における種苗の生産方法は、上述の移植魚の作出方法により移植魚を得ること、及び得られた移植魚から、種苗を得ることを含む。
また本発明には、これらの方法により得られた種苗も包含される。
【0059】
移植魚から種苗を得る工程では、移植魚において生産された配偶子と掛け合わせるために用いられる他の配偶子の種類については、特に制限はない。
例えば、本発明における種苗は、本発明における種苗は、作出したハイブリッドを育成し、当該ハイブリッドをレシピエントとして、ドナーの始原生殖細胞を移植することで得た移植魚からの卵又は精子を、他の個体から得た精子又は卵と掛け合わせて受精卵を得て、当該受精卵の育成することで得ることができる。作出したハイブリッドを育成し、当該ハイブリッドをレシピエントとして、ドナーの始原生殖細胞を移植することで得た卵又は精子を、ドナーの卵又は精子を掛け合わせることでも得ることができる。作出したハイブリッドを育成し、当該ハイブリッドをレシピエントとして、ドナーの始原生殖細胞を移植することで得た卵又は精子同士を掛け合わせることで得ることもできる。これにより、種苗生産がこれまで難しかったドナー魚種の種苗及びドナー魚種の遺伝子を保有する種苗を提供することができる。
【0060】
本発明における成魚の生産方法は、上述の移植魚の作出方法により移植魚を得ること、及び得られた移植魚から種苗を得ること、得られた種苗を成魚まで育成することを含む。本発明は、この方法により得られた成魚も包含する。これにより、種苗生産がこれまで難しかったドナー魚種の成魚の提供が従来と比較して容易となる。得られた成魚は、養殖魚として広く利用可能である。
【0061】
本発明における移植魚及び代理親魚技法用ハイブリッド、移植魚から得られた精子又は卵、移植魚から得られる種苗、移植魚から得られる種苗を成育して得られる成魚は、例えば、養殖魚の育種において有用である。
【0062】
本明細書において、発明の各態様(aspect)に関する一実施形態(embodiment)中で説明された各発明特定事項(feature)は、任意に組み合わせて新たな実施形態としてもよく、このような新たな実施形態も、本発明の各態様に包含され得るものとして、理解されるべきである。
【実施例
【0063】
以下、本発明を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。なお下記実施例において、特記しない場合、「%」は「重量%」を意味する。
【0064】
[実施例1]
(1)雑種サバの作出
ハイブリッドとしてのゴマサバとマサバの雑種サバ、即ち、ゴマサバ-マサバハイブリッドは、成熟したメスのゴマサバを圧搾することにより得られた未受精卵と、成熟したオスのマサバから採取した精子を用いて人工授精することにより作出した。得られたゴマサバ-マサバハイブリッドの受精卵を17℃~18℃の海水で飼育し、受精1~2時間後に受精率を、受精15時間後に胚体形成率を、受精2日後に孵化率をそれぞれ計測した。
また、野生型のゴマサバ未授精卵とゴマサバ精子の人工授精により得られたゴマサバ受精卵の受精率、胚体形成率及び孵化率、並びに、低温処理されたゴマサバ受精卵の受精率、胚体形成率及び孵化率についても計測し、ゴマサバ-マサバハイブリッドと比較した。結果を表1に示す。ゴマサバ低温処理は、3倍体化処理であり、受精5分後に3℃で10分間の条件で行った。3倍化率は100%であった。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示されるように、ゴマサバ-マサバハイブリッドの胚体形成率及び孵化率は、野生型と比較して若干低かったが、低温処理群よりも高かった。従って、ゴマサバ-マサバハイブリッドは、低温処理による3倍体化不妊魚の作出と比較して、安定かつ大量に作出することができることがわかった。
【0067】
得られたゴマサバ-マサバハイブリッドの孵化仔魚は、SCOTS社の「サバchecker-Iキット」を用いた種判定及び、ミトコンドリアチトクロームb遺伝子領域(cytB領域)を対象としたPCR-RFLP法に供した。PCR-RFLPは、サバ属魚類の魚類判別マニュアル((独)農林水産消費技術センター、(独)水産総合研究センター)に従って行った。その結果、ゴマサバ卵とマサバ精子の受精の結果得られた雑種、即ちゴマサバ-マサバハイブリッドであることが確認された。このゴマサバ-マサバハイブリッドは、約2年で体長32cm、体重460gにまで成長した。表2に、ゴマサバ-マサバハイブリッドとマサバの体側データを示す。表2における「GSI」とは生殖腺体指数を意味し、[生殖腺重量(質量)×100]/体重を表す。
【0068】
【表2】
【0069】
(2)ゴマサバ-マサバハイブリッドの特性
上記で得られた30日齢、60日齢又は120日齢のゴマサバ-マサバハイブリッドでは、いずれも生殖能力が確認できなかった。その原因を、組織染色及び遺伝子発現に基づいて以下のように調べた。
上記で得られた30日齢、60日齢又は120日齢のゴマサバ-マサバハイブリッドの生殖腺の組織切片を作製して、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色による組織染色により、生殖腺を観察した。その結果、30日齢においては、未分化生殖腺が稚魚の腹腔内に存在し、生殖細胞の存在も確認された。未分化生殖腺の形状は、通常のマサバと同様であった。
【0070】
一般に、60日齢になると、マサバでは50%ずつの雌雄が現れ、卵巣及び精巣が識別できるようになることが知られている。また、120日齢では卵巣において卵母細胞が確認できるようになることが知られている。
一方、ゴマサバ-マサバハイブリッドでは、60日齢において生殖細胞が確認されなくなった。120日齢においては、生殖腺は100%の個体で精巣様の形状を示すものの、生殖細胞は確認されなかった。このことは、ゴマサバ-マサバハイブリッドでは、全個体がオス型の生殖腺を有し、強いオス化傾向を示した。
【0071】
また、ゴマサバ-マサバハイブリッドでは、生殖細胞の分子マーカーであるvasa遺伝子の発現をPCRにおいて調査した。
まず、ISOGEN(ニッポンジーン)によってゴマサバ-マサバハイブリッドの生殖腺から全RNAを抽出し、このうち5μgを鋳型としてSuperScript III First-Strand Synthesis System(Life Technologies)によってcDNAを合成した。得られたcDNAを25倍希釈して鋳型として用い、これを含み、更に、TaKaRa Ex Taq(タカラバイオ)2.5units、10×Ex Taq Buffer 1μL、dNTP Mixture 0.2mM、フォワードプライマー(CTATTTGTTCCTGGCTGTGG:配列番号1)及びリバースプライマー(GCAGACTCTTCTAACCATGAAGG:配列番号2)を各1μMで含む合計10μLの反応液を調製した。この反応液をサーマルサイクラーにて94℃で3分間インキュベートした後、94℃30秒、58℃30秒、72℃1分間のサイクルを30回繰り返し、最後に72℃で3分間インキュベートした。
【0072】
その結果、期待される528bpのマサバvasa遺伝子配列(Accession No.GQ404693、1332-1859)あるいは528bpのゴマサバvasa遺伝子配列(Accession No.GU581279、1371-1898)の増幅が見られず、ゴマサバ-マサバハイブリッドの生殖腺において、マサバvasa遺伝子及びゴマサバvasa遺伝子のいずれの発現も検出できなかった。
【0073】
更に、ゴマサバ-マサバハイブリッドの生殖腺における各種マーカーの発現分布を確認するために、vasa遺伝子と、生殖腺体細胞マーカーであるgsdf遺伝子によるin situ ハイブリダイゼーションを行った。
in situハイブリダイゼーションは、528bpのゴマサバvasa遺伝子プローブ(Accession No.GU581279、1371-1898)又は488bpのマサバgsdf遺伝子プロープ(Accession No.GQ404694、1-488)を用いて行った。in situハイブリダイゼーションにおける一連の実験操作は、Developmental Biology vol.301 (2007) pp.266-275に従って行った。
【0074】
この結果、ゴマサバ-マサバハイブリッドの生殖腺内では、vasa発現細胞は認められなかったが、gsdf発現細胞は通常のゴマサバと同様に分布していることが確認できた。一般に、野生型のマサバ及びゴマサバは2歳ではほぼすべての個体が成熟に達するが、ゴマサバ-マサバハイブリッドは、生殖細胞のない未熟精巣様の生殖腺のままであった。
【0075】
従って、これらのゴマサバ-マサバハイブリッドは、生殖細胞を持たない不妊魚であった。
また、マサバ卵とゴマサバ精子を用いたゴマサバ-マサバハイブリッドの場合にも同様に、生殖細胞を持たない不妊魚となることが確認された。通常のマサバが成熟し排精する2歳齢で、生殖腺のHE染色による組織観察にて、ゴマサバ-マサバハイブリッドでは生殖細胞が存在しないことが確認された。
【0076】
[実施例2]
(1)クロマグロ精原細胞のゴマサバ-マサバハイブリッドへの移植
ドナー細胞として、30kgの未熟なオスのクロマグロの精巣より採取した分散細胞を用いた。クロマグロより採取され、一晩氷冷されたクロマグロ精巣を、1mm角に細断し、コラゲナーゼ(2mg/ml)、ディスパーゼII(500U/ml)、ウシ胎児血清(5v/v %)、DNase(100U/ml)を含むL-15培地「Leibovitz’s L-15」(Life Technologies)中で反応させ、細胞懸濁液を得た。この懸濁液に含まれる細胞の細胞膜を、赤色蛍光色素PKH26で染色した後、10,000~100,000細胞ずつ宿主の腹腔内にインジェクターを用いて移植した。
【0077】
宿主としては、実施例1で作出され、孵化後10日が経過したゴマサバ-マサバハイブリッド仔魚を用いた。また、通常のマサバ2倍体及びマサバ3倍体も作出し、宿主として用いた。マサバ3倍体は、マサバ受精卵を、受精7.5分後に3℃の海水中で20分間インキュベートすることによって得た。
【0078】
移植は、ゴマサバ-マサバハイブリッド仔魚350尾、マサバ2倍体50尾、及びマサバ3倍体200尾に対して実施した。移植後の宿主魚は、18℃に設定したウォーターバスに設置した100Lサンライト水槽(田中三次郎商店)に収容し、約1か月間飼育した。その後、5,000LのFRP水槽(長円型 DF-5100S、アース)へ移して20℃の海水中にて飼育を継続した。移植から5か月後には、ゴマサバ-マサバハイブリッド宿主については、67尾(19.1%)が生残し、生存した個体は、全長18cm(体重50g)に達した。また、マサバ2倍体宿主については、19尾(38.0%)が生残し、生存した個体は全長19cm(体重53g)に達した。マサバ3倍体宿主については、22尾(11.0%)が生残し、生存した個体は全長19cm(体重61g)に達した。
【0079】
(2)移植魚の特性
得られた個体のうち、マサバ-ゴマサバハイブリッドの40尾、マサバ2倍体宿主の19尾、マサバ3倍体宿主の13尾からそれぞれの生殖腺を採取した。これら生殖腺から全RNAを抽出し、クロマグロvasa遺伝子に特異的なプライマー(オペロン社製)によるRT-PCRに供した。
まず、実施例1と同様にして、ISOGEN(ニッポンジーン)によってゴマサバ-マサバハイブリッド宿主、マサバ2倍体宿主、マサバ3倍体宿主の生殖腺から全RNAを抽出し、これを鋳型としてcDNAを合成した。これらのcDNAをそれぞれ鋳型として用い、各鋳型を含み、TaKaRa Taq(タカラバイオ)2.5units、10×PCR Buffer 1μL、dNTP Mixture 0.2mM、フォワードプライマー(CTACCAGCATTCACGGTGAC:配列番号3)及びリバースプライマー(GTAGCAGGTCCGCTGAACGC:配列番号4)を各1μMで含む全量10μLの反応液を調製した。この反応液をサーマルサイクラーにて94℃で3分間インキュベートした後、94℃15秒、62℃15秒、72℃30秒のサイクルを35回繰り返し、最後に72℃で3分間インキュベートした。
【0080】
内部標準として、各宿主のgsdf遺伝子の発現についてPCRによって調査した。各宿主の生殖腺の全RNAから合成されたcDNAをそれぞれ鋳型として用い、各鋳型をそれぞれ含み、TaKaRa Ex Taq(タカラバイオ)2.5units、10×Ex Taq Buffer 1μL、dNTP Mixture 0.2mM、フォワードプライマー(GCTCTCAACTTGCAGGCTGA:配列番号5)及びリバースプライマー(CCCAGCCCAGATCTTTCATG:配列番号6)を各1μMで含む10μLの反応液を調製した。この反応液をサーマルサイクラーにて94℃で3分間インキュベートした後、94℃30秒、58℃30秒、72℃30秒のサイクルを30回繰り返し、最後に72℃で3分間インキュベートした。
【0081】
その結果、40尾中8尾(20%)のゴマサバ-マサバハイブリッド、19尾中0(0%)の2倍体マサバ、13尾中2尾(15%)の3倍体マサバにおいて、それぞれ、343bpのクロマグロvasa遺伝子配列(Accession No.EU253482、1516-1858)が検出された。また、217bpのマサバgsdf遺伝子配列(Accession No.GQ404694、5-221)は、ゴマサバ-マサバハイブリッド宿主、マサバ2倍体宿主、マサバ3倍体宿主の全ての個体で検出され、これら個体の生殖腺から問題なくRNA抽出が行われたことが示された。
【0082】
これらの結果は、5ヶ月もの間、ゴマサバ-マサバハイブリッド及びマサバ3倍体の生殖腺内においてクロマグロ生殖細胞が保持されていたことを示唆しており、その出現率はゴマサバ-マサバハイブリッドの方がマサバ3倍体よりも高かった。ゴマサバ-マサバハイブリッドにおいて高確率でクロマグロの生殖細胞が保持されたことから、ゴマサバ-マサバハイブリッドにおいてクロマグロの配偶子が得られること、また得られた配偶子を例えば人工授精することにより、クロマグロ受精卵が得られること、更には、得られたクロマグロ受精卵からクロマグロの成魚が得られることが期待される。
従って、ゴマサバ-マサバハイブリッドは、クロマグロのレシピエントとして好適である。
【0083】
[実施例3]
(1)雑種スマの作出
ハイブリッドとしてのスマとタイセイヨウヤイトの雑種スマ、即ち、スマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドは、成熟したメスのスマを圧搾することにより得られた未受精卵と、成熟したオスのタイセイヨウヤイトから採取した精子を用いて人工授精することにより作出する。得られるスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドの受精卵を17℃~18℃の海水で飼育する。
【0084】
得られるスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドに対して、RT-PCR、in situハイブリダイゼーション等の技術を用いて、生殖細胞の有無、及び生殖腺の成熟程度を確認する。
得られるスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドは、60日齢前後において生殖細胞が確認されなくなる。120日齢前後において、生殖腺は精巣様又は卵巣様の形状を示す一方で、生殖細胞は確認されない。このスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドは、約2年で体長30~60cm、体重1g~5gにまで成長するが、生殖細胞のない未熟な生殖腺を有し、不稔であることが確認される。
【0085】
(2)クロマグロ始原生殖細胞のスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドへの移植
ドナー細胞として、30kgの未熟なオスのクロマグロの精巣より採取した分散細胞を用いる。クロマグロより採取され、一晩氷冷されたクロマグロ精巣を1mm角に細断し、コラゲナーゼ(2mg/ml)、ディスパーゼII(500U/ml)、ウシ胎児血清(5v/v %)、DNase(100U/ml)を含むL-15培地「Leibovitz’s L-15」(Life Technologies)中で反応させ、細胞懸濁液を得る。この懸濁液に含まれる細胞の細胞膜を、赤色蛍光色素PKH26で染色後、10,000~100,000細胞ずつ宿主の腹腔内にインジェクターを用いて移植する。
【0086】
宿主としては、孵化後10日が経過したスマ-タイセイヨウヤイトハイブリッド仔魚を用いる。移植は、スマ-タイセイヨウヤイトハイブリッド仔魚30尾~500尾に対して実施する。移植後は、23℃~28℃の海水中で仔魚を育成する。
【0087】
移植後1カ月~10カ月において、スマ-タイセイヨウヤイトハイブリッド仔魚の生殖腺にクロマグロの生殖細胞が保持されていることが確認される。移植後12カ月~72カ月において、スマ-タイセイヨウヤイトハイブリッドにおいて、クロマグロの配偶子が得られる。
【0088】
[実施例4]
タイセイヨウヤイトの代わりに、Euthynnus lineatus (Black skipjack tuna) を用いた以外は、実施例3(1)と同様に人工授精を行って、スマ-Euthynnus lineatusハイブリッドを得る。スマ-Euthynnus lineatusハイブリッドは、生殖細胞のない未熟な生殖腺を有し、不稔である。
【0089】
不稔であるスマ-Euthynnus lineatusハイブリッドの孵化10日後の仔魚の腹腔内に、実施例3(2)と同様に、クロマグロ精巣より得た精子を、インジェクターを用いて移植し、育成する。移植後1カ月~10カ月において、スマ-Euthynnus lineatusハイブリッド仔魚の生殖腺には、クロマグロの生殖細胞が保持されている。移植後12カ月~72カ月において、スマ-Euthynnus lineatusハイブリッドにおいて、クロマグロの配偶子が得られる。
【0090】
[実施例5]
スマとタイセイヨウヤイトの組み合わせの代わりに、スマとカツオを用いた以外は、実施例3(1)と同様に人工授精を行って、スマ-カツオハイブリッドを得る。スマ-カツオハイブリッドは、生殖細胞のない未熟な生殖腺を有し、不稔であることが確認される。
【0091】
不稔であるスマ-カツオハイブリッドの孵化10日後の仔魚の腹腔内に、実施例3(2)と同様に、クロマグロ精巣より得た精子を、インジェクターを用いて移植し、育成する。移植後1カ月~10カ月において、スマ-カツオハイブリッド仔魚の生殖腺には、クロマグロの生殖細胞が保持されている。移植後12カ月~72カ月において、スマ-カツオハイブリッドにおいて、クロマグロの配偶子が得られる。
【0092】
2015年3月26日に出願された日本国特許出願第2015-065152号の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に援用されて取り込まれる。
【配列表】
0006999072000001.app