(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-03
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】イジングモデルの計算装置
(51)【国際特許分類】
G06E 3/00 20060101AFI20220204BHJP
G02F 3/00 20060101ALI20220204BHJP
【FI】
G06E3/00
G02F3/00
(21)【出願番号】P 2017041757
(22)【出願日】2017-03-06
【審査請求日】2019-10-25
【審判番号】
【審判請求日】2021-04-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人 科学技術振興機構、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「大規模時分割多重光パラメトリック発振器」受託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100128314
【氏名又は名称】沖川 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100189898
【氏名又は名称】永田 健悟
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 卓弘
(72)【発明者】
【氏名】本庄 利守
(72)【発明者】
【氏名】宇都宮 聖子
(72)【発明者】
【氏名】玉手 修平
【合議体】
【審判長】稲葉 和生
【審判官】富澤 哲生
【審判官】林 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/156126(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06E 1/00-3/00
G02F 1/00-1/125, 1/21-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イジングモデルの複数のスピンに擬似的に対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスを発生・増幅させる光増幅器と、
前記複数の光パルスを周回伝搬させるリング共振器と、
前記複数の光パルスが前記リング共振器を周回伝搬するたびに、前記複数の光パルスの位相および振幅
が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分を測定する、光パルス測定部と、
前記光パルス測定部において測定した前記複数の光パルスの位相および振幅
が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分の情報を入力として、前記イジングモデルの結合係数と前記複数の光パルスの前記情報とから決定される、ある光パルス
の位相および振幅が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分に関わる相互作用を算出する、相互作用計算部と、
前記相互作用計算部において算出された前記相互作用に基づいて、前記リング共振器内を周回伝搬する前記複数の光パルスに対して重ね合わされる光パルスの位相および振幅を変調することにより、前記ある光パルスに関わる相互作用を実装する相互作用実装部と、を備え、
前記相互作用計算部は、測定したN個の光パルスの位相および振幅がc
1、c
2、c
3、c
4、・c
i・c
N-1、c
Nを要素とする列ベクトルに対し、イジングモデルの結合係数を演算パラメータとする以下に示す行列を乗算して、得られた列ベクトルの要素f
1、f
2、f
3、f
4、・f
i・f
N-1、f
Nを前記N個の光パルスに対応するN個のある光パルスに関わる相互作用として演算し、
【数1】
前記光パルス測定部は、前記光パルス測定部と前記相互作用計算部と前記相互作用実装部とにより構成されるフィードバックループ制御が繰り返される過程で、前記複数の光パルスが安定状態に到達した後に測定した前記複数の光パルスの位相を、イジングモデルのスピンに変換することにより、イジングモデルのスピンの値を得ることを特徴とするイジングモデルの計算装置。
【請求項2】
前記光パルス測定部は、前記光増幅器に入力されるポンプ光を生成するための局部発振光を基準光としたバランスドホモダイン検波器によるホモダイン検波により光パルスの位相および振幅を測定することを特徴とする請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項3】
前記相互作用実装部は、前記光増幅器に入力されるポンプ光を生成するための局部発振光を変調することにより、ある光パルスに対して重ね合わせる光パルスを生成することを特徴とする請求項1または2に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項4】
前記光増幅器は、半導体光増幅器、
またはドープトファイバー増幅
器であることを特徴とする請求項1、2または3に記載のイジングモデルの計算装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイジングモデルを光パルスにより擬似的にシミュレーションしたイジングモデルの計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から知られているノイマン型のコンピュータでは、NP完全問題に分類される組合せ最適化問題を効率よく解くことができない。組合せ最適化問題を解く手法として、磁性材料を格子点の各サイトに配置されたスピンの相互作用として統計力学的に解析した格子模型であるイジングモデルを用いた手法が提案されている。
【0003】
イジングモデルの系のエネルギー関数であるハミルトニアンHは、以下の式(1)に示す通り表わされることが知られている。
【0004】
【0005】
ここで、Jijは結合定数であり、イジングモデルを構成する各サイトの相互関係を示している。σi、σjは各サイトのスピンを表しており、1または-1の値をとる。
【0006】
イジングモデルを用いて組合せ最適化問題を解く場合は、上記のイジングモデルのハミルトニアンにおいて、各サイトの相関関係であるJijを与えたときに、系が安定状態となってエネルギーHの値が一番小さくなるσi、σjを求めることにより、最適解が得られる。近年では、光パルスを利用して、こうしたイジングモデルを擬似的にシミュレーションすることにより、NP完全問題などの組合せ最適化問題を解くことができる計算装置が注目されている(特許文献1)。
【0007】
図1は、イジングモデルの計算装置の基本構成を示す図である。イジングモデルの計算装置は、
図1に示すように、リング共振器1として機能するリング状の光ファイバ内に設けられたPSA(位相感応増幅器:Phase Sensitive Amplifier)2に対して、ポンプ光パルス(pump)を注入することによりイジングモデルのサイト数に対応する数の光パルスの列を生成するように構成している(2値化OPO:Optical Parametric Oscillation:0またはπ位相の光パラメトリック発振)。リング共振器1に入力された光パルス列が1周して再びPSA2に到達すると、再びPSA2にポンプ光が入力されることにより光パルス列が増幅される。最初のポンプ光の注入により発生する光パルス列は位相が定まらない微弱なパルスであり、リング共振器1内を周回するたびにPSA2で増幅されることによって、次第にその位相状態が定まる。PSA2は各光パルスをポンプ光源の位相に対し0またはπの位相で増幅するので、これらのいずれかの位相状態に定まることになる。
【0008】
イジングモデルの計算装置では、イジングモデルにおけるスピンの1、-1を、光パルスの位相0、πに対応させて実装している。光パルスの周回ごとに、リング共振器1外部の測定部3で光パルス列の位相および振幅の測定を行ない、その測定結果を、予め結合係数Jijを与えた演算器4に入力して、これらを用いてi番目のパルスに対する結合信号(フィードバック入力する信号)
【0009】
【0010】
(cj:j番目のサイトの光パルスの振幅)を演算する。さらに、外部光パルス入力部5により演算した結合信号に応じた外部光パルスを生成してリング共振器1内に入力するフィードバックループ制御により、光パルス列を構成する各光パルス間で位相に相関関係を付与することができる。
【0011】
イジングモデルの計算装置では、上記した相関関係を付与しながら光パルス列をリング共振器1内で周回増幅させて、安定状態となったときの光パルス列を構成する各光パルスの位相0、πを測定することにより、イジングモデルの解を求めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】国際公開第2015/156126号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、上記従来のイジングモデルの計算装置においては、ポンプ光源に対して0またはπの位相で光パルスの生成・増幅を行なうために、位相感応増幅器(PSA)という特殊な機構を用いている。かかるPSAでは、シグナル光とアイドラ光との縮退を利用しているため、利用可能な波長帯域は限定されたものとなっている。
【0014】
このような特殊な機構であるPSAを用いずに構成されたイジングモデルの計算装置が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するために、一実施形態に記載の発明は、イジングモデルの複数のスピンに擬似的に対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスを発生・増幅させる光増幅器と、前記複数の光パルスを周回伝搬させるリング共振器と、前記複数の光パルスが前記リング共振器を周回伝搬するたびに、前記複数の光パルスの位相および振幅
が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分を測定する、光パルス測定部と、前記光パルス測定部において測定した前記複数の光パルスの位相および振幅
が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分の情報を入力として、前記イジングモデルの結合係数と前記複数の光パルスの前記情報とから決定される、ある光パルス
の位相および振幅が成す2軸の直交する位相平面のいずれか1軸における成分に関わる相互作用を算出する、相互作用計算部と、前記相互作用計算部において算出された前記相互作用に基づいて、前記リング共振器内を周回伝搬する前記複数の光パルスに対して重ね合わされる光パルスの位相および振幅を変調することにより、前記ある光パルスに関わる相互作用を実装する相互作用実装部と、を備え、
前記相互作用計算部は、測定したN個の光パルスの位相および振幅がc
1、c
2、c
3、c
4、・c
i・c
N-1、c
Nを要素とする列ベクトルに対し、イジングモデルの結合係数を演算パラメータとする以下に示す行列を乗算して、得られた列ベクトルの要素f
1、f
2、f
3、f
4、・f
i・f
N-1、f
Nを前記N個の光パルスに対応するN個のある光パルスに関わる相互作用として演算し、
【数1】
前記光パルス測定部は、前記光パルス測定部と前記相互作用計算部と前記相互作用実装部とにより構成されるフィードバックループ制御が繰り返される過程で、前記複数の光パルスが安定状態に到達した後に測定した前記複数の光パルスの位相を、イジングモデルのスピンに変換することにより、イジングモデルのスピンの値を得ることを特徴とするイジングモデルの計算装置である。
好ましくはさらに、前記光増幅器として、半導体光増幅器またはドープトファイバー増幅器を採用してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】従来のイジングモデルの計算装置の基本構成を示す図である。
【
図2】本実施形態のイジングモデルの計算装置の概略構成を示す図である。
【
図3】測定部における測定手法を説明するための図である。
【
図4】バランスドホモダイン検波器の構成例を示す図である。
【
図5】イジングモデルの計算装置の基本構成における処理フローである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0018】
本発明のイジングモデルの計算装置では、次式(1)のハミルトニアンで表されるイジングモデルのスピン方向σi、σj(±1)を光パルスの位相(例えば0、π)に置き換える(擬似的にシミュレーションする)ことにより、イジングモデルにマッピングされた問題を計算することができる。
【0019】
【0020】
図2は本実施形態のイジングモデルの計算装置の概略構成を示す図である。
図2において、イジングモデルの計算装置は、リング状の光ファイバで構成されたリング共振器1と、リング共振器1内に設けられた、光増幅器21と、リング共振器1から分岐された、フィードバックループを構成する、測定部35と演算器4と外部光パルス入力部5とを備えている。
【0021】
光増幅器21は、イジングモデルの複数のスピンに擬似的に対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスの列(光パルス列)を発生・増幅させる。光増幅器21は、最初にポンプ光が入力されると、自然放出光として微弱な光パルスを発生することができ、リング共振器1を周回した光パルスが再び入力されたときに光パルス列と同期したポンプ光が入力されると、入力された光パルスを増幅することができる。光増幅器21で発生・増幅される光パルス列の位相はPSAと異なり、ランダムである。
【0022】
光増幅器21は、半導体光増幅器(SOA)、EDFAなどのドープトファイバー増幅器、光パラメトリック増幅器などを用いることができる。光パラメトリック増幅器としては例えば2次の非線形光学効果を発現するPPLN(Periodically Poled Lithium Niobate)などの非線形光学結晶を用いることができる。
【0023】
リング共振器1は、光増幅器21で発生した複数の光パルス(光パルス列)を周回伝搬させる。リング共振器1は、リング状の光ファイバで構成することができ、その光ファイバの長さは、(光パルス列を構成するパルスの数)×(パルス間隔)にフィードバック処理にかかる時間分の長さを加えたものに設定される。
【0024】
測定部35は、複数の光パルス(光パルス列)がリング共振器1を周回伝搬するたびに(1周回毎に)、その複数の光パルスの位相および振幅の特定の成分のみを測定する光パルス測定部として機能する。測定部35は、ランダムな位相を有する光パルスの位相と振幅について、特定の成分のみを抽出して測定する。特定の成分とは、2軸が直交する位相平面のいずれか一軸における成分のことをいう。特定の成分は、例えば、位相平面のX軸またはY軸のいずれか一方に射影された成分のことであり、X軸(Y軸)のプラス領域とマイナス領域のいずれに射影されたかを示す。このプラスとマイナスの2つの位相成分でイジングモデルのスピンをシュミレーションすることとなる。本実施形態のイジングマシンの計算装置においては、光増幅器21では任意の位相で光パルスを発生・増幅させるが、測定部35においては特定の成分のみを抽出して測定する。この特定の成分のみの測定値に基づいてフィードバック制御する。この特定の成分が、従来のPSAで光パルスを発生・増幅させる位相0、πに対応することとなる。特定の成分は、従来のPSAで用いていた位相に対応すべくX軸に射影される成分(cos成分)であってもよいが、Y軸軸に射影される成分(サイン成分)であってもよい。
【0025】
図3は、測定部35における測定を説明する図である。
図3には、リング共振器1内を周回伝搬する光パルス列を構成する5つの光パルスA、B、C、D、Eの振幅と位相をプロットした位相平面が示されている。位相平面は、直交するX軸およびY軸を有するXY平面であり、任意の基準位相に対する光パルスの位相差をプロットした平面である。
図3からも明らかなように、光増幅器21で発生・増幅された光パルスは、ランダムな位相をもっているので、位相平面の直交する2軸のうちのどちらの軸においてもいくらかの成分を有している。測定部35では、これらの光パルスA、B、C、D、Eを2軸のうちのいずれか一方の軸における成分のみを測定する。例えば、
図3において、X軸における成分を測定する場合、位相平面の第1象限と第4象限にプロットされたAとEは符号が「+(プラス)」であり、それぞれ、X軸に投射した大きさの振幅を有するものとして測定され、位相平面の第2象限と第3象限にプロットされたB、C、Dは、「-(マイナス)」であり、それぞれ、X軸に投射した大きさの振幅を有するものとして測定される。
図3に示された円は振幅の最大量を示すものであり、その値は1である。
【0026】
測定部35は、具体的には、リング共振器1内を伝搬する光パルス列を分岐してその振幅を含めた位相状態をコヒーレント測定することにより光パルスの位相および振幅の特定の成分のみを測定できる。コヒーレント測定は、バランスドホモダイン検波器を用いて被測定光として入力される光パルス列の振幅と位相を測定することができる。
【0027】
図4はバランスドホモダイン検波器30の構成例を示す図である。バランスドホモダイン検波器30は、測定する光パルス列と同じ周波数の位相同期した光を基準光として、光パルス列を構成する光に干渉させて、その振幅と位相状態を測定することができる。バランスドホモダイン検波器30は、ポート1およびポート2からの光を干渉させてポート3およびポート4に出力するハーフミラー31と、ポート3から出力される光を検出する第1の光検出器32とポート4から出力される光を検出する第2の光検出器33と、第1および第2の光検出器32、33の検出結果の差分を演算する差分演算部34とを有している。
【0028】
ポート1には被測定光として光パルス列Esei(ωt+θ)が入力され、ポート2には、振幅と位相が既知である基準光ELoeiωtが入力される。ポート1から入力された光パルス列は、ハーフミラー31において、同位相でポート3に向けて透過する成分と、位相がπだけ変化させられてポート4に向けて反射される成分に分岐する。ポート2から入力された基準光は、ハーフミラー31において、同位相でポート4に向けて透過する成分と、同位相でポート3に向けて反射される成分に分岐する。
【0029】
ポート1から入力された光パルス列の同位相成分とポート2から入力された基準光の同位相成分とが干渉した出力光
【0030】
【0031】
がポート3から出力され、第1の検出器32では、光強度
【0032】
【0033】
を示す電気信号が検出される。
【0034】
ポート1から入力された光パルス列の逆位相成分とポート2から入力された基準光の同位相成分とが干渉して出力光
【0035】
【0036】
がポート4から出力され、第2の検出器33では、光強度
【0037】
【0038】
で表される電気信号が検出される。
【0039】
さらに、差分演算部34では、第1の検出器32における検出信号と第2の検出器33における検出信号との差分が演算されて、2ELoEscosθが出力される。
【0040】
したがって、基準光ELoeiωtの振幅ELoが既知であるので、測定結果として振幅と位相のcos成分(符号のみ)の積±Eが得られることとなる。
【0041】
測定結果として得られる値は、符号つきアナログ値(±E)であり、符号(±)が位相を示し、アナログ値(E)が振幅を示すことになる。なお、
図3に示す例では、測定部35において、基準光に対して位相のcos成分のみを測定する態様を例に挙げて説明しているが、基準光に対して位相のsin成分のみを測定する態様でもよい。振幅と位相のsin成分の積を測定するためには、基準光の位相をπ/2ずらしたもので測定することにより得ることができる。
【0042】
図2に戻ると、演算器4は、測定した光パルスの位相および振幅に関する情報を入力として、イジングモデルにマッピングされた結合係数および他の光パルスの位相および振幅に関する情報に基づいて、光パルスが関わる相互作用を計算する。演算器4で演算される相互作用は、位相および振幅に関する情報の特定の成分のみの測定値に基づいて演算される。
【0043】
具体的には演算器4は、測定部で測定した光パルス列の振幅と位相に関する情報に対して、結合係数を与える演算を行なう。演算器4としては例えばFPGAを用いることができる。演算器4では、以下に示す式(2)に従って演算を行なう。
【0044】
【0045】
上式において、c1、c2、c3、c4、c5はそれぞれ測定部35における各パルスについての測定結果であり、f1、f2、f3、f4、f5はそれぞれ演算結果として得られる相互作用である。行列の演算パラメータJ12、J13、J14、J15、・・・・J53、J54は、イジングモデルにマッピングされた結合係数であり、解を求めようとする問題に応じて決定される。
【0046】
上式に示すように、演算器4では、測定部35における測定結果を要素とする列ベクトルを生成し、生成した列ベクトルに対して行列を乗算する演算を行ない演算結果として相互作用を得る。なお、ここでは光パルス列を構成する光パルスの数と等しいサイト数が5の場合を例に挙げて説明しているが、サイト数に応じて用いる正方行列の大きさが決まる。正方行列は(サイト数)×(サイト数)の大きさとなる。
【0047】
例えば、サイト数(光パルス列を構成する光パルスの数)をNとすると、相互作用計算部は、次の(3)に示す行列の演算を行なう。
【0048】
【0049】
外部パルス入力部5は、位相および振幅の特定の成分のみ測定した光パルスの位相および振幅に基づいて演算された演算結果を用いて、光パルスに対して重ね合わされる光パルスの振幅および位相を制御することにより、光パルスが関わる相互作用の大きさおよび符号を実装する相互作用実装部として機能する。演算結果は、位相および振幅の特定の成分のみであるので、位相および振幅の特定の成分のみの相互作用が実装されることとなる。
【0050】
具体的には外部パルス入力部5は、演算結果に比例する振幅および位相を有する光パルス列をリング共振器1内の光パルス列と同じ周波数で同期して合波する。例えば、ポンプ光と同じ光源からの光(局部発振パルス)を分岐したものを変調して外部パルスとして入力することによって、リング共振器1内の光パルス列と周波数が一致したパルスを同期して入力することができる。さらに局部発振パルスを演算結果に比例する振幅と位相に変調して合波する場合は、光増幅器21に入力する局部発振パルスを第二高調波発生器により周波数を2倍にすることにより、合波する光パルス列の周波数をリング共振器1内の光パルス列の周波数と一致させることができる。リング共振器1内の光パルス列に対して演算結果に応じた外部パルスを合波することにより、リング共振器1内の光パルス列に擬似的な相互作用を与えることができる。
【0051】
このように外部パルス入力部5によりフィードバック入力する構成によれば、i番目の光パルスのcos成分ci、共振器周回数n、外部パルスの比率Kを用いて、フィードバック後の光パルス列の信号c’i(n)は以下に示す式(4)で表される。
【0052】
【0053】
以上の式では、リング共振器1内の光パルス列ci(n)に対して結合比率Kで外部パルス入力部5による外部光パルス列(フィードバック入力する成分)
【0054】
【0055】
が合波されたものが、フィードバック後の光パルス列c’i(n)となることが示されている。
【0056】
上式で示される光パルス列ci’(n)が再び光増幅器21に入力すると増幅されて光パルス列ci(n+1)となる。以上の構成により、イジングモデルの計算装置では、増幅とフィードバックを繰り返しながら、光パルス列を問題に応じた安定状態に導いていく。
【0057】
図5は、イジングモデルの計算装置の基本構成における処理フローである。
図5に示すように、イジングモデルの計算装置では、最初に光増幅器21に対してポンプ光が注入されると、微弱な光パルス列が発生し(S1)、発生した光パルス列はリング共振器1内を周回伝搬する。リング共振器1内を周回伝搬する光パルス列の一部が分岐され、測定部35によりその振幅および位相のうちの特定の成分が測定される(S2)。
【0058】
光パルス列の測定結果が得られると、演算器4において、解を求めるべき問題に応じた結合係数がマッピングされた行列により相互作用が演算される(S4)。光パルス変調器5は、演算結果を受け取ると、演算結果に応じた位相と振幅を有する外部光パルスがリング共振器1に入力され、リング共振器1内の光パルス列に合波されることにより光パルス列に対するフィードバックを与える(S5)。
【0059】
フィードバック後の光パルス列は、再び光増幅器21に入力され、光パルス列に同期したポンプ光により増幅され(S6)、再びリング共振器1内を周回伝搬する。光増幅器21で増幅された後、リング共振器1内を再び伝搬する光パルス列に対して、再びコヒーレント測定、行列による演算、演算結果に応じたフィードバックが施されることが繰り返される。
【0060】
このような光パルス列に対する増幅とフィードバックが所定回繰り返される(S3)と、光パルス列の状態が安定状態となる。安定状態となった時に測定部35において得られた測定結果の位相状態である0またはπをイジングモデルのスピンσ状態(±1)に置き換えて、解くべき問題にマッピングし直すことによって与えられた問題に対する解が得られることとなる。
【0061】
本実施形態のイジングモデルの計算装置では、光増幅器21では任意の位相で光パルスを発生・増幅させるが、測定部35においては特定の成分のみを抽出して測定し、この特定の成分のみの測定値に基づいてフィードバック制御する。この特定の成分が、従来のPSAで光パルスを発生・増幅させる位相0、πに対応することとなるので、PSAを用いることなく、簡易な光増幅器を用いて光パルス列の発生・増幅を行なうことができる。光増幅器で光パルス列の発生・増幅をする際には波長帯域はあまり限定されることがない。したがって、PSAを用いずに、簡易な構成を用いて、特許文献1とほぼ同様なイジングモデルの計算装置を構成することができる。
【符号の説明】
【0062】
1 リング共振器
2 PSA(位相感応増幅器)
21 光増幅器
3、35 測定部
4 演算器
5 外部光パルス入力部
51 光パルス変調器
30 バランスドホモダイン検波器
31 ハーフミラー
32 第1の光検出器
33 第2の光検出器
34 差分演算部