(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】脂質の生産方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/64 20220101AFI20220329BHJP
C12N 1/12 20060101ALI20220329BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
C12P7/64
C12N1/12 A
C12N1/20 A
(21)【出願番号】P 2019561642
(86)(22)【出願日】2018-12-21
(86)【国際出願番号】 JP2018047230
(87)【国際公開番号】W WO2019131502
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2020-06-18
(31)【優先権主張番号】P 2017250129
(32)【優先日】2017-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24~29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業の研究領域「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」における研究課題「海洋微生物発酵制御を基盤とした大型藻類の完全資源化基盤技術の開発」に関する研究題目「高付加価値油脂生産技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000211307
【氏名又は名称】中国電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】秋 庸裕
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 研志
(72)【発明者】
【氏名】中島田 豊
(72)【発明者】
【氏名】松村 幸彦
(72)【発明者】
【氏名】岡村 好子
(72)【発明者】
【氏名】田島 誉久
(72)【発明者】
【氏名】廣谷 蘭
(72)【発明者】
【氏名】石垣 元務
(72)【発明者】
【氏名】黛 新造
(72)【発明者】
【氏名】吉田 和広
(72)【発明者】
【氏名】沢田 健
(72)【発明者】
【氏名】角田 祐介
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-152798(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0065282(US,A1)
【文献】SONG, X. et al.,Different Impacts of Short-Chain Fatty Acids on Saturated and Polyunsaturated Fatty Acid Biosynthesi,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2013年,Vol. 61,pp. 9876-9881
【文献】ARAFILES, K. H. V. et al.,Value-added lipid production from brown seaweed biomass by two-stage fermentation using acetic acid,Appl. Microbiol. Biotechnol.,2014年,Vol. 98,pp. 9207-9216
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培地中で嫌気性の酢酸生産菌を嫌気条件下で培養する酢酸生産菌培養工程、および
上記酢酸生産菌培養工程後の酢酸および上記酢酸生産菌を含む培地中で、酢酸を炭素源として脂質を生産させることができ、かつ、酢酸耐性がある、オーランチオキトリウム属微生物を培養する培養工程を含み、
上記酢酸生産菌が、モレラ属微生物、クロストリジウム属微生物、アセトバクテリウム属微生物、ブラウティア属微生物、ユーバクテリウム属微生物、およびスポムロサ属微生物からなる群から選択されるいずれか1つ以上であることを特徴とする脂質の生産方法。
【請求項2】
上記オーランチオキトリウム属微生物は、Aurantiochytrium limacinum SR21
(ATCC MYA-1381)である、
請求項1に記載の脂質の生産方法。
【請求項3】
上記酢酸生産菌は、Acetobacterium woodiiである、請求項1または2に記載の脂質の生産方法。
【請求項4】
上記培地における酢酸濃度は、10g/L以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の脂質の生産方法。
【請求項5】
上記酢酸は、酢酸生産菌により生産された酢酸である、請求項1~4のいずれか1項に記載の脂質の生産方法。
【請求項6】
上記酢酸生産菌培養工程における酢酸生産菌の培養は、二酸化炭素を含む、嫌気雰囲気中で行われる、請求項1~5のいずれか1項に記載の脂質の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラビリンチュラ類オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属微生物を用いた脂質の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラビリンチュラ類オーランチオキトリウム属微生物は、高度不飽和脂肪酸やカロテノイドのほか、各種炭化水素を顕著量生産する性質を有することから、多様な産業に応用可能な工業微生物として期待されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、オーランチオキトリウム属微生物等の従属栄養微生物を、窒素および炭素の含有量が異なる2種類の培地を用いて段階的に培養することによって、上記従属栄養微生物に効率よく油脂を生産させることができ、且つ、より短期間で大量に油脂を生産することができることが記載されている。また、特許文献2には、オーランチオキトリウム属微生物等の従属栄養微生物を、糖類およびグリセリンの含有量が異なる2種類の培地を用いて段階的に培養することによって、より短期間で大量に油脂を生産できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国公開特許公報「特開2013-126404号公報(2013年 6月27日公開)」
【文献】日本国公開特許公報「特開2013-183687号公報(2013年 9月19日公開)」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、オーランチオキトリウム属微生物による油脂等の脂質生産では、炭素源として主に糖質が用いられており、その糖質の供給による原料コストが問題となっている。一方、同様の油脂等の脂質を生産することができる緑藻類は、光合成によって自律的に糖質を生成するが、光照射の条件あるいは設備的制約などから概ね増殖速度が低く、結果として脂質の生産効率が低い。
【0006】
そこで、本発明の一態様は、オーランチオキトリウム属微生物による油脂等の脂質生産において、原料コストの削減と脂質の高効率生産とを両立させることを目的とする。また、本発明の一態様は、未利用バイオマスや排気ガス等を原料とすることによって、環境保全や低炭素社会に貢献し得る新規な脂質生産技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明者らが鋭意研究した結果、オーランチオキトリウム属微生物が酢酸を炭素源として油脂等の脂質を効率よく生産し得ることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。特に、プロピオン酸をはじめとする有機酸は、オーランチオキトリウム属微生物の培養には好ましくないということは、従来からの経験則により当業者に知られているため、同微生物が有機酸の一つである酢酸を利用して効率よく脂質を生産できるということは驚くべき知見である。
【0008】
すなわち本発明の脂質の生産方法は、酢酸を含む培地中で、オーランチオキトリウム属微生物を培養する培養工程を含むことを特徴としている。
【0009】
また本発明の脂質の生産方法において、上記培地における酢酸濃度は、10g/L以上であることが好ましい。
【0010】
また本発明の脂質の生産方法において、上記酢酸は、酢酸生産菌により生産された酢酸であり得る。
【0011】
また本発明の脂質の生産方法において、上記培養工程の前に、培地中で酢酸生産菌を培養する酢酸生産菌培養工程をさらに含んでいてもよい。
【0012】
また本発明の脂質の生産方法において、上記酢酸生産菌は嫌気性微生物であることが好ましい。
【0013】
また本発明の脂質の生産方法において、培地中で嫌気性の酢酸生産菌を嫌気条件下で培養する酢酸生産菌培養工程、および上記酢酸生産菌培養工程後の酢酸を含む培地中で、オーランチオキトリウム属微生物を培養する培養工程を含むことが好ましい。
【0014】
また本発明の脂質の生産方法において、上記酢酸生産菌は、モレラ(Moorella)属微生物、クロストリジウム(Clostridium)属微生物、アセトバクテリウム(Acetobacterium)属微生物、ブラウティア(Blautia)属微生物、ユーバクテリウム(Eubacterium)属微生物、およびスポロムサ(Sporomusa)属微生物からなる群から選択されるいずれか1つ以上であることが好ましい。
【0015】
また本発明の脂質の生産方法において、上記酢酸生産菌培養工程における酢酸生産菌の培養は、二酸化炭素を含む、嫌気雰囲気中で行われることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様によれば、オーランチオキトリウム属微生物による油脂等の脂質生産において、酢酸を原料とすることによって脂質の高効率生産を行うことができる。また、未利用バイオマスや排気ガス等を原料として生産した酢酸を本発明の脂質の生産方法に利用することによって、脂質生産の低コスト化を図ることができるとともに、環境保全や低炭素社会に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る脂質の生産方法のフローを示す図である。
【
図2】(a)はオーランチオキトリウム属微生物株の乾燥菌体量を示すグラフであり、(b)はオーランチオキトリウム属微生物が生産した脂肪酸の組成および生産量を示すグラフである。
【
図3】アセトバクテリウム属微生物とオーランチオキトリウム属微生物の二段階発酵による、オーランチオキトリウム属微生物の乾燥菌体量および脂肪酸生成量を示すグラフである。
【
図4】アセトバクテリウム属微生物とオーランチオキトリウム属微生物の二段階発酵による、脂肪酸含有率(全脂肪酸/乾燥菌体量)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変形を加えた態様で実施できるものである。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0019】
〔実施形態1〕
本発明の一態様に係る脂質の生産方法(以下「本発明の生産方法」という。)は、酢酸を含む培地中で、オーランチオキトリウム属微生物を培養する培養工程を含むことを特徴としている。
【0020】
ここで、本明細書において「脂質」とは、オーランチオキトリウム属微生物によって生産可能な脂質を意味する。オーランチオキトリウム属微生物によって生産可能な脂質としては、例えば、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルチミン酸、ヘプタデカン酸、ステアリン酸等の飽和脂肪酸;ドコサヘキサエン酸、ドコサペンタエン酸、エイコサペンタエン酸、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸、γ-リノレン酸、ジホモ-γ-リノレン酸等の不飽和脂肪酸;アスタキサンチン、フェニコキサンチン、カンタキサンチン、エキネノン、β-カロテン、リコペン等のカロテノイド;スクアレン、ステロール等の炭化水素化合物等が挙げられる。
【0021】
本発明の生産方法における培養工程においては、酢酸を含む培地中において、オーランチオキトリウム属微生物を培養する。上記「オーランチオキトリウム属微生物」としては、ラビリンチュラ類オーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属に分類される微生物であれば特に限定されない。例えば、Aurantiochytrium sp.SR21、Aurantiochytrium sp.
KH105(受領番号:FERM AP-22267)等を挙げることができる。なお、上記「オーランチオキトリウム属微生物」は、「シゾキトリウム(Schizochytrium)属微生物」とも称される。
【0022】
上記培養工程において用いる培地は、オーランチオキトリウム属微生物が生育可能な培地で、且つ酢酸が含まれている。また、上記培地は、特に限定されないが、大量培養に適していること、培養条件を制御しやすいこと等の理由から、液体培地であることが好ましい。
【0023】
上記培地に含まれる酢酸の濃度について、1g/L以上が好ましく、5g/L以上がより好ましく、10g/L以上であることがさらに好ましい。上記構成によれば、オーランチオキトリウム属微生物が効率よく脂質を生産することができる。一方、上記酢酸濃度の上限はオーランチオキトリウム属微生物が生育可能でかつ脂質を生産できる濃度であれば特に限定されるものではないが、例えば、40g/L以下であることが好ましく、35g/L以下であることが好ましく、30g/L以下であることがさらに好ましい。
【0024】
上記酢酸としては、商業的に入手可能なものが用いられてもよいし、酢酸生産菌を用いて生産された酢酸が用いられてもよい。
【0025】
ここで、本明細書中において酢酸生産菌とは、酢酸を発酵生産し得る微生物を意味する。上記酢酸生産菌としては嫌気性微生物であっても、好気性微生物であってもよく、特に限定されないが、例えば、モレラ属微生物、クロストリジウム属微生物、アセトバクテリウム属微生物、ブラウティア属微生物、ユーバクテリウム属微生物、およびスポロムサ属微生物等の嫌気性微生物が好ましい。酢酸生産菌としては好気性微生物であるアセトバクター属微生物や、グルコンアセトバクター属微生物等が存在するが、好気性の酢酸生産菌は、水素および二酸化炭素から酢酸を生産することができない。一方、嫌気性の酢酸生産菌であれば、水素および二酸化炭素から酢酸を生産することができ、炭素源供給に伴う原料コストを削減することができる。
【0026】
上記モレラ属微生物としては、モレラ(Moorella)属に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記モレラ属微生物としては、例えば、Moorella thermoacetica、Moorella thermoautotrophica等が挙げられる。
【0027】
上記クロストリジウム属微生物としては、クロストリジウム(Clostridium thermoaceticum)属に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記クロストリジウム属微生物としては、例えばClostridium thermoaceticum、Clostridium aceticum、Clostridium cellulolyticum、Clostridium ljungdahlii等が挙げられる。
【0028】
上記アセトバクテリウム属微生物に属する微生物としては、アセトバクテリウム属(Acetobacterium)に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記アセトバクテリウム属微生物としては、例えば、Acetobacterium woodii、Acetobacterium dehalogenans等が挙げられる。
【0029】
上記ブラウティア属微生物としてはブラウティア(Blautia)属に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記ブラウティア属微生物としては、例えば、Blautia hydrogenotrophica、Blautia producta等が挙げられる。
【0030】
上記ユーバクテリウム属微生物としてはユーバクテリウム(Eubacterium)属に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記ユーバクテリウム属微生物としては、例えば、Eubacterium aggregans、Eubacterium limosum等が挙げられる。
【0031】
上記スポロムサ属微生物としてはスポロムサ(Sporomusa)属に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記スポロムサ属微生物としては、例えば、Sporomusa acidovorans、Sporomusa malonica等が挙げられる。
【0032】
上記アセトバクター属微生物に属する微生物としては、アセトバクター属(Acetobacter)に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記アセトバクター属微生物としては、例えば、Acetobacter aceti、Acetobacter pasteurianus、Acetobacter xylinus等が挙げられる。
【0033】
上記グルコンアセトバクター属微生物に属する微生物としては、グルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)に属する酢酸生産菌であれば特に限定されない。上記グルコンアセトバクター属微生物としては、例えば、Gluconacetobacter xylinus、Gluconacetobacter liquefaciens等が挙げられる。
【0034】
本発明の生産方法においては上記の酢酸生産菌のいずれか一種類を利用してもよいし、複数を組み合わせて利用してもよい。
【0035】
上記酢酸生産菌により産生された酢酸を、上記培養工程において培養される上記オーランチオキトリウム属微生物へ供給する際には、上記酢酸生産菌の培養後の培養液をそのままオーランチオキトリウム属微生物の培地として用いてもよいし、酢酸生産菌の培養後の培養液から精製された酢酸を用いてもよい。
【0036】
上記酢酸以外に上記培地に含まれる成分としては、オーランチオキトリウム属微生物が生育するために必要な炭素源、窒素源および塩化ナトリウムが含まれ得る。本発明の生産方法においては酢酸が炭素源として培地中に含まれているが、本発明の生産方法においては、酢酸以外の他の炭素源が含まれていてもよい。上記「他の炭素源」としては、オーランチオキトリウム属微生物が資化し得るものであれば特に限定されず、例えば、炭水化物(単糖、オリゴ糖、多糖、糖アルコール等)、有機酸、アルコール類、脂質類等を挙げることができる。他の炭素源としては、一種類のみを用いてもよく、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
また上記「窒素源」としては、オーランチオキトリウム属微生物が資化し得るものであれば特に限定されず、例えば、ポリペプトン、酵母エキス、ペプトン、大豆粉、コーンスティープリカー等の含窒素化合物;硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩等を挙げることができる。窒素源としては、一種類のみを用いてもよく、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
培地に添加する窒素源の濃度は、1~50g/Lであることが好ましく、5~20g/Lであることがより好ましい。培地中の窒素源濃度が上記範囲であれば、オーランチオキトリウム属微生物が良好に成育することができる。窒素源として、複数種類を組み合わせて用いる場合は、複数種類の窒素源の総濃度が上記範囲になるように、窒素源を培養培地に添加すればよい。
【0039】
海洋性真核微生物である上記オーランチオキトリウム属微生物が上記培地中において安定的に生育するために、上記培地中に塩化ナトリウムが含まれる。上記培地中に含まれ得る塩化ナトリウムの濃度は、0.5~4%(w/v)であることが好ましく、1.5~3%(w/v)であることがより好ましい。上記培地中に含まれ得る塩化ナトリウムの濃度が上記範囲内であることで、オーランチオキトリウム属微生物が好適に増殖することができる。なお、オーランチオキトリウム属微生物が天然において生育する海水中には、ナトリウム以外のミネラルも含まれるため、塩化ナトリウムの供給源として、海水(人工海水を含む)が用いられてもよい。本発明の生産方法において海水が用いられる場合、塩化ナトリウムの濃度が上記の好ましい範囲内となるようにして海水を用いればよい。
【0040】
上記培地には、炭素源および窒素源以外の他の成分を含有していてもよい。上記「他の成分」としては、微生物の培養に一般的に用いられるものであれば特に限定されず、例えば、無機塩類、ビタミン等の補酵素、色素類等を挙げることができる。培地における上記「他の成分」の濃度は、適宜設定することができる。
【0041】
上記培地には酢酸が含まれているために調整しなければ培地は酸性となる。オーランチオキトリウム属微生物は、pH4.0~8.0で好適に増殖するため、培地のpHは上記の範囲内となるように水酸化ナトリウム等により調整されることが好ましい。
【0042】
上記培養工程において、上記オーランチオキトリウム属微生物を培養する条件として、上記オーランチオキトリウム属微生物の安定的な生育という観点から、培養時の温度は20℃~40℃であることが好ましく、さらには25~35℃であることがより好ましい。
【0043】
オーランチオキトリウム属微生物は好気性微生物であるため、本発明の生産方法における培養工程は好気条件下で実施される。培養工程における培養は、ジャーファーメンターなどの公知の培養装置が好適に利用され得る。ジャーファーメンター等の培養装置の運転条件(温度、通気量、pH、攪拌速度、等)については、培養規模や、オーランチオキトリウム属微生物の生育状態に応じて適宜、設定され得る。
【0044】
本発明の脂質の生産方法は、上記培養工程の前に培地中で酢酸生産菌を培養する酢酸生産菌培養工程、培養工程後にオーランチオキトリウム属微生物内に蓄積された脂質を回収する脂質回収工程、脂質回収工程によって回収された脂質を精製する脂質精製工程、得られた脂質から他の物質へ変換する物質変換工程、本培養を行う前に各種微生物を前培養する前培養工程、等のいずれか一つ以上の工程が適宜含まれていてもよい。以下に、脂質回収工程、脂質精製工程、および物質変換工程を説明する。
【0045】
(1)脂質回収工程
脂質回収工程では、(a)生産された脂質をオーランチオキトリウム属微生物の菌体外に取り出してもよく、また(b)生産された脂質をオーランチオキトリウム属微生物の菌体内に蓄積された状態で回収してもよい。
【0046】
上記(a)の場合、脂質の回収方法は、脂質をオーランチオキトリウム属微生物の菌体外に取り出すことができる限りは特に限定されない。例えば、ヘキサンやクロロホルム/メタノール混液(2:1、v/v)、t-ブチルメチルエーテル/メタノール/水(2:1:0.5、v/v)を用いることによって、オーランチオキトリウム属微生物から脂肪酸を抽出することができる。抽出した脂肪酸は、その後エステル化してもよい。また、例えば、アセトン/メタノール混液(7:3、v/v)を用いることによって、オーランチオキトリウム属微生物からカロテノイドを抽出することができる。また、例えば、ヘキサンやクロロホルム/メタノール混液(2:1、v/v)を用いることによって、オーランチオキトリウム属微生物からスクアレンを抽出することができる。
【0047】
一方、上記(b)の場合、回収方法は、高付加価値脂質がオーランチオキトリウム属微生物の菌体内に蓄積された状態で回収できる限りは特に限定されない。例えば、オーランチオキトリウム属微生物を培養した培養液を遠心分離やろ過等により、培養上清を廃棄することによって、高付加価値脂質含有菌体を回収することができる。
【0048】
(2)脂質精製工程
脂質精製工程における脂質を精製する方法としては特に限定されないが、例えば、溶媒分画、超臨界流体抽出、吸着クロマトグラフィー等の方法によって、脂質を精製することができる。
【0049】
(3)物質変換工程
変換工程では得られた脂質から他の物質へ変換する工程であるが、例えば、得られたトリアシルグリセロールやイソプレノイド系炭化水素から公知の方法を用いてジェット燃料に変換してもよい。また、得られたトリアシルグリセロールから、公知の方法を用いてディーゼル燃料に変換してもよい。また、得られたイソプレノイド系炭化水素から、公知の方法を用いて化学素材に変換してもよい。
【0050】
〔実施形態2〕
本発明の一態様に係る脂質の生産方法は、上記培養工程の前に、培地中で酢酸生産菌を培養する酢酸生産菌培養工程をさらに含み得る。すなわち、本発明の生産方法は、酢酸生産菌培養工程と、上記オーランチオキトリウム属微生物を培養する培養工程とを含む、二段階発酵であり得る。上記構成によれば、上記培養工程と上記酢酸生産菌培養工程との二段階発酵により、脂質の生産に用いる炭素源の供給時に伴うコストの低減および環境保全の実現に寄与する脂質の生産方法を実現できる。本実施形態と〔実施形態1〕との間で共通する事項については、実施形態1の説明が援用される。
【0051】
上記酢酸生産菌培養工程に用いられる酢酸生産菌培養用培地としては、酢酸生産菌が生育可能な培地であれば特に限定されず、炭素源、窒素源およびその他の成分が含まれ得る。炭素源、窒素源、およびその他の成分については、〔実施形態1〕の説明を援用することができる。なお、嫌気性微生物に属する酢酸生産菌を酢酸生産菌培養工程に用いる場合は、二酸化炭素を炭素源として酢酸を生産することができるため、培地中に二酸化炭素以外の糖質等の炭素源が含まれていなくてもよい。また、大量培地に適していること、培養条件を制御しやすいこと等の理由から、液体培地であることが好ましい。
【0052】
酢酸生産菌として嫌気性微生物を用いる場合、嫌気条件下で培養(嫌気培養)しなければならない。嫌気培養を行う場合、通常、酸素以外の窒素や二酸化炭素などの嫌気性ガスを培養雰囲気下に供給し、嫌気雰囲気を達成する。本発明の生産方法においては、特に水素および二酸化炭素を含み且つ酸素を含まない嫌気性ガスを培養雰囲気下に通気することによって嫌気雰囲気を達成することが好ましい。嫌気性微生物に属する酢酸生産菌であれば、嫌気雰囲気を達成するために用いた嫌気性ガスの水素および二酸化炭素から、酢酸を生産することができる。なお、嫌気雰囲気とは、雰囲気中の酸素濃度が0.1%(v/v)以下で限りなく0に近い状態にあることを意味する。
【0053】
培養雰囲気に供給される嫌気性ガス中の水素および二酸化炭素の分圧は1:1~8:1が好ましく、2:1~8:1がより好ましく、4:1~8:1がさらに好ましい。培養雰囲気に供給される嫌気性ガスには、水素および二酸化炭素の他に、一酸化炭素、メタン、水蒸気等の気体が含まれていてもよい。
【0054】
上記嫌気性ガスは、水素および二酸化炭素等を適宜、混合して調製してもよいが、本発明の生産方法においては、稲わら、麦わら、バガス等の各種バイオマスをガス化することによって調製された嫌気性ガスを用いられることが好ましい。バイオマスから調製された嫌気性ガスを用いることによって、バイオマスの有効利用を行うことができる。また、化石燃料由来のナフサやメタンなどから燃料電池用の水素を精製する際に生じる副生ガス(主に水素、二酸化炭素を含み、その他の成分としてはメタン、一酸化炭素および水蒸気を含む)は利用されずに廃棄されているが、この副生ガスを本発明において嫌気性ガスとして利用することによって、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を低減することができる。さらに、石油や石炭などの化石燃料を用いて火力発電する際にも大量の二酸化炭素が発生するが、この二酸化炭素を本発明において嫌気性ガスの一部として利用すれば、上述の場合と同様に資源の有効活用ができる。よって、本発明の生産方法は、低炭素社会に貢献することができるといえる。
【0055】
上記酢酸生産菌培養工程における培養条件は、培養する酢酸生産菌の属種に応じて適宜決定される。例えば、上記モレラ属微生物、クロストリジウム属微生物、アセトバクテリウム属微生物等の嫌気性微生物である酢酸生産菌は、公知の嫌気培養法に従って培養することができる。また、上記アセトバクター属微生物、グルコンアセトバクター属微生物等の好気性微生物である酢酸生産菌は、公知の好気培養法に従って培養することができる。
【0056】
図1に本発明の一実施形態に係る脂質の生産方法のフロー図を示す。なお、本発明の生産方法は
図1に示す発明に限定されるものではない。稲わら、麦わら、バガス等の各種バイオマスをガス化して得られた嫌気性ガスや、ナフサまたはメタンを原料として水素を製造した際に発生する副生ガスを、モレラ属微生物、クロストリジウム属微生物、アセトバクテリウム属微生物等の嫌気性微生物である酢酸生産菌の培養槽に供給して嫌気培養を行う(嫌気発酵)。また、各種バイオマスに対し加圧熱水処理等を行い、得られる各種分解産物を酢酸生産菌の培養槽へ供給して嫌気発酵を行ってもよい。この嫌気発酵によって酢酸生産菌が酢酸を生産し、培地中に酢酸が分泌される。この酢酸を含む培地に、オーランチオキトリウム属微生物の生育に必須な塩化ナトリウム等を添加し(必要に応じて窒素源、炭素源、その他の成分をさらに添加してもよい。また必要に応じて培地を水等で希釈してもよい。)、pHを好適な範囲に調整した後に、オーランチオキトリウム属微生物を植菌し、好気培養を行う。好気培養を行うと、嫌気性微生物である酢酸生産菌は死滅し、溶菌する。溶菌した酢酸生産菌の菌体成分は、オーランチオキトリウム属微生物の窒素源等となり利用されうる。オーランチオキトリウム属微生物による好気発酵により、多価不飽和脂肪酸(PUFA)、長鎖脂肪酸、炭化水素、カロテノイド、等の脂質が、オーランチオキトリウム属微生物の菌体内に蓄積される。脂質を蓄積したオーランチオキトリウム属微生物の菌体を遠心分離等で集菌し、得られた菌体から生産された脂質を回収すればよい。
【0057】
本実施形態に係る脂質の生産方法においても、〔実施形態1〕に記載された脂質回収工程、脂質精製工程、物質変換工程、前培養工程、等のいずれか一つ以上の工程が適宜含まれていてもよい。
【実施例】
【0058】
本発明の一実施例について以下に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)オーランチオキトリウム属微生物による脂肪酸の生産
〔方法〕
オーランチオキトリウム属微生物Aurantiochytrium sp.SR21株(ATCC MYA-1381)を、0~30g/L酢酸(ナカライテスク社)、6g/Lハイポリペプトン(日本製薬社)、2g/L酵母エキス(極東製薬社)、20g/L人工海水塩(シグマ-アルドリッチ社)を含む5mlの液体培地(pH6.5)に接種して、試験管にて28℃で3日間培養した。
【0060】
培養後の培養液中に含まれる菌体を遠心分離にて回収し、凍結乾燥することによって乾燥菌体量を求めた。
【0061】
また菌体内に蓄積された脂質をt-ブチルメチルエーテル/メタノール/水混液(2:1:0.5、v/v)で抽出した後、内部標準としてアラキジン酸を加えて、塩酸メタノールを加えて脂肪酸をメチルエステル化した。脂肪酸メチルエステルはガスクロマトグラフィーで分析し、各脂肪酸を定量した。
【0062】
〔結果〕
上記実験の結果を
図2に示す。
図2の(a)は各種培養液中から回収したオーランチオキトリウム属SR21株の乾燥菌体量(g/L)を示すグラフであり、
図2の(b)は、オーランチオキトリウム属SR21株中の脂肪酸の組成および生産量を示すグラフである。
図2の(a)に示す通り、培地中に含まれている酢酸の濃度に比例して、オーランチオキトリウム属SR21株の乾燥菌体量が増加していたことから、オーランチオキトリウム属SR21株は酢酸を含む培地中において旺盛に生育できることが分かった。また
図2の(b)の結果から、培地中に含まれている酢酸の濃度が高い程、総脂肪酸生産量は増加し、酢酸濃度が30g/Lの時に総脂肪酸生産量が4.8g/Lとなった。
【0063】
この結果から、乾燥菌体重量あたり0.59g/g-cell、すなわち、オーランチオキトリウム属SR21株の菌体内に蓄積される脂質含量は59%であることがわかった。よって、オーランチオキトリウム属SR21株は、酢酸を主な炭素源として資化し、多量の脂質を菌体内に蓄積可能である(すなわち高効率で脂質を生産し得る)ことが示された。
【0064】
なお、水素および二酸化炭素を含む培地で嫌気性の酢酸生産菌によって、培地中に酢酸が生産されることは公知である。例えば、M. Straub et al., Journal of Biotechnology, 178(2014) 67-72には、H2-CO2培地(NH4Cl 1.0g/L、KH2PO4 0.33g、K2HPO40.45g、MgSO4・7H2O 0.16g、NaHCO310.0g、yeast extract 2.0g、Na2S・9H2O 0.5g、cysteine-HCl・H2O 0.5g、各種金属塩<10mg、ビタミンB群<0.1mg)中で、Acetobacterium woodiiを培養することによって50g/Lの酢酸を生産したことが記載されている。よって、本実施例の実験結果を見た当業者であれば、水素および二酸化炭素を含む培地で嫌気性の酢酸生産菌を培養した後、オーランチオキトリウム属微生物を培養することによって、脂質を生産できるということを十分に理解することができる。
【0065】
(実施例2)アセトバクテリウム属微生物とオーランチオキトリウム属微生物の二段階発酵によるCO2からの油脂生産
〔方法〕
<アセトバクテリウム属微生物による酢酸生成>
Millerらの方法(Appl. Microbiol. 27:985, 1974)により、アセトバクテリウム属用前培養培地を嫌気的に調製した。簡潔には、表1の培養培地を調製し、その培養培地を50ml、バイアル瓶に入れて、H2-CO2ガス(80:20(v/v))が0.20MPaとなるように充填した。上記バイアル瓶に、酢酸生産菌Acetobacterium woodiiを植菌し、30℃、180rpmで振盪しながら、OD600が0.15~0.25となるまで培養した。この前培養液40mlを、アセトバクテリウム属用本培養培地(表1)500mlを入れて嫌気処理した1L容量のリアクターに植菌し、H2-CO2ガス(60:40(v/v))を1.5L/hで通気しながら、30℃、700rpmで回転撹拌して培養した。102時間培養した時点で培養上清の酢酸濃度が29.3g/Lに達したため、培養を終了して、培養液を回収した(培養液1)。
<オーランチオキトリウム属微生物による油脂生成>
オーランチオキトリウム属微生物Aurantiochytrium limacinum SR21株は、GPY培地(3%グルコース、0.2%酵母エキス、0.6%ハイポリペプトン、2%人工海水塩)を用いて、28℃、250rpmで往復振盪しながら、48時間培養した。これを、オーランチオキトリウム属微生物Aurantiochytrium limacinum SR21株の前培養液とした。
【0066】
続いて、表1に基づき調製したアセトバクテリウム属用本培養培地(0%酢酸)、表1に基づき調製したアセトバクテリウム属用本培養培地に酢酸を最終濃度30g/Lとなるように加えた培地(3%酢酸)、および上記で調製した培養液1(2.9%酢酸)が各々5mL入った試験管を、各3本ずつ準備した。
【0067】
上記オーランチオキトリウム属微生物Aurantiochytrium limacinum SR21株の前培養液を、OD600が0.1となるように、上記各試験管に植菌し、28℃、250rpmで往復振盪しながら、48時間培養した。培養液中の酢酸残存量を測定するとともに、菌体を回収して、オーランチオキトリウム属微生物Aurantiochytrium limacinum SR21株の乾燥菌体量および脂肪酸組成を測定した。
【表1】
〔結果〕
その結果、酢酸生産菌Acetobacterium woodiiの培養液(培養液1)を用いた場合は、酢酸消費率99%、菌体量7.4g/L、総脂肪酸量4.5g/Lとなり、脂肪酸含有率は、60%にも達した(
図3および4)。一方、3%酢酸を加えたアセトバクテリウム属用本培養培地を用いた場合は、酢酸消費率78%、菌体量9.9g/L、総脂肪酸量3.1g/Lとなり、脂肪酸含有率は、31%に留まった(同上図)。さらに、酢酸を含まないアセトバクテリウム属用本培養培地を用いた場合は、脂肪酸はほとんど生成されていなかった。
【0068】
以上より、アセトバクテリウム属微生物(Acetobacterium woodii)とオーランチオキトリウム属微生物(Aurantiochytrium limacinum)との二段階発酵により、CO2から高効率で脂質生産が行えることが実証された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明の生産方法は、脂質を利用する、食品、化粧品、医薬品、飼料、化学品、燃料等の広範な産業分野等に利用することができる。