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特許7067703屋内状態推定方法および屋内状態推定システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】屋内状態推定方法および屋内状態推定システム
(51)【国際特許分類】
   G01S 7/02 20060101AFI20220509BHJP
   G01S 13/536 20060101ALI20220509BHJP
   H04Q 9/00 20060101ALI20220509BHJP
【FI】
G01S7/02 218
G01S13/536
H04Q9/00 311K
H04Q9/00 301C
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018218421
(22)【出願日】2018-11-21
(65)【公開番号】P2020085595
(43)【公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-02-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村上 友規
(72)【発明者】
【氏名】アベセカラ ヒランタ
(72)【発明者】
【氏名】石原 浩一
(72)【発明者】
【氏名】林 崇文
(72)【発明者】
【氏名】前川 卓也
(72)【発明者】
【氏名】尾原 和也
【審査官】佐藤 宙子
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-535950(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0086202(US,A1)
【文献】特開2013-072270(JP,A)
【文献】特開2018-173285(JP,A)
【文献】特開2009-80767(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 1/00- 1/68
G01S 3/00- 3/74
G01S 5/00- 5/14
G01S 7/00- 7/42
G01S 13/00-13/95
H04Q 9/00- 9/16
H04B 7/24- 7/26
H04W 4/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、屋内設備の操作によるmotif を推定する屋内状態推定方法において、
前記無線LAN電波のチャネル状態情報(以下、CSIという)を事前に収集して前記屋内設備の操作によるmotif を発見する探索フェーズと、発見したmotif を用いて前記屋内設備の操作を検知する推定フェーズとを備え、
前記探索フェーズは、
前記CSIからドップラー効果を推定し、前記無線LAN受信機の複数の受信アンテナで観測される前記CSIの位相差から電波の到来方向を推定するステップ1と、
前記ドップラー効果の時系列データからMatrix profileを計算し、繰り返し生じる類似度が高いドップラー効果の時系列パターンをmotif 候補とするステップ2と、
前記motif 候補と、前記電波の到来方向の情報とを組み合わせてクラスタリングするステップ3と、
前記電波の一定の到来方向に対して繰り返し発生している類似したドップラー効果の時系列パターンを前記屋内設備の操作によるmotif として決定するステップ4と
を有し、
前記屋内設備の操作によるmotif をドアの開閉としたときに、
前記ステップ3では、異なるクラスタに属する前記motif 候補が連続して観測されたときに、先に発生したmotif のクラスタを前記ドアの開く操作に対応したクラスタとし、後に発生したmotif のクラスタを前記ドアの閉める操作に対応したクラスタとすることを特徴とする屋内状態推定方法。
【請求項2】
屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、屋内設備の操作によるmotif を推定する屋内状態推定システムにおいて、
前記無線LAN電波のチャネル状態情報(以下、CSIという)を事前に収集して前記屋内設備の操作によるmotif を発見する探索手段と、発見したmotif を用いて前記屋内設備の操作を検知する推定手段とを備え、
前記探索手段は、
前記CSIからドップラー効果を推定し、前記無線LAN受信機の複数の受信アンテナで観測される前記CSIの位相差から電波の到来方向を推定するCSI処理手段と、
前記ドップラー効果の時系列データからMatrix profileを計算し、繰り返し生じる類似度が高いドップラー効果の時系列パターンをmotif 候補とするmotif 候補発見手段と、
前記motif 候補と、前記電波の到来方向の情報とを組み合わせてクラスタリングするmotif 候補クラスタリング手段と、
前記電波の一定の到来方向に対して繰り返し発生している類似したドップラー効果の時系列パターンを前記屋内設備の操作によるmotif として決定するmotif 決定手段と
を備え
前記屋内設備の操作によるmotif をドアの開閉としたときに、
前記motif 候補クラスタリング手段は、異なるクラスタに属する前記motif 候補が連続して観測されたときに、先に発生したmotif のクラスタを前記ドアの開く操作に対応したクラスタとし、後に発生したmotif のクラスタを前記ドアの閉める操作に対応したクラスタとする構成である
ことを特徴とする屋内状態推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Wi-Fi 電波を検出および分析して屋内設備の操作状態を推定する屋内状態推定方法および屋内状態推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ドアの開閉など、屋内設備の状態を検知する手法の研究が進んでいる。ドアの開閉検知は、人の侵入を検知する防犯システム、空調・照明の制御のようなホームオートメーション、高齢者の見守り等の幅広い分野に応用できる。これまでの研究ではそれぞれの屋内設備に加速度センサやジャイロセンサ、振動センサ、スイッチセンサを設置し、無線通信によって開閉情報を集約することで実現されてきた(非特許文献1)。しかし、これらの手法は屋内設備それぞれにセンサを設置する必要があり、バッテリの交換やセンサ故障時の取り替え等の点で手間がかかるため、導入・管理コストが大きくなる。
【0003】
また、近年の無線LANの普及により、無線LAN機器はオフィスや一般家庭等の様々な屋内環境に設置されているため、無線LAN電波は安価に利用できる。屋内設備の操作や人の動き等の環境の変化によって無線LAN電波の伝搬に変化が生じるため、無線LAN電波の伝搬情報から環境の変化を推定することができる。しかし、屋内環境において、無線LAN電波は家具や壁等の様々な障害物に反射・遮蔽されるため、無線LAN電波の伝搬は複雑である。これまでの多くの無線LAN電波を用いた人の屋内位置推定や行動認識等の研究分野では、環境変化と無線LAN電波の伝搬特徴の変化を対応付け、教師あり機械学習を用いて推定が行われてきた。しかし、これらの手法は事前に対象とする環境において多くのラベルが付与された学習データの収集を必要とするため、システム導入時のコストが大きい問題がある。
【0004】
また、無線LAN電波の伝搬情報として、チャネル状態情報(CSI:Channel State Information)が屋内環境の状態推定に応用されている。CSIは、無線LAN電波の伝搬損失や反射・回折等のマルチパスの影響による振幅と位相の変化を複素数の絶対値と偏角で表す。このCSIを用いた人の位置推定の研究では、人の動きによるドップラー効果や人に反射した無線LAN電波の到来方向を推定することで、事前学習を必要としない位置推定を行っている(非特許文献2)。物体が動くことでその物体に反射した電波の経路長が変化し、受信機で観測されるCSIの位相成分に変化が生じるため、CSIの位相成分の時間変化から物体の動きによるドップラー効果を推定することができる。また、受信アンテナが直線状に並んでいるようなアンテナアレイを用いることで、電波の到来方向に応じて各受信アンテナで受信される電波の経路長に差が生じるため、各受信アンテナで観測されたCSIを用いてアンテナアレイに対する無線LAN電波の到来方向を推定することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Philipose, M., Fishkin, K. P., Perkowitz, M., Patterson, D. J., Fox, D., Kautz, H. and H ahnel, D.: Inferring activities from interactions with objects, Pervasive Computing, IEEE, Vol.3, No.4, pp.50-57 (2004).
【文献】Li, X., Li, S., Zhang, D., Xiong, J., Wang, Y. and Mei, H.: Dynamic-music: accurate device-free indoor localization, Proceedings of the 2016 ACM International Joint Conference on Pervasive and Ubiquitous Computing, pp.196-207 (2016).
【文献】Yeh, C.-C. M., Zhu, Y., Ulanova, L., Begum, N., Ding, Y., Dau, H. A., Silva, D. F., Mueen, A. and Keogh, E.: Matrix profile I: all pairs similarity joins for time series: a unifying view that includes motifs, discords and shapelets, Proceedings of the 16th International Conference on Data Mining, pp. 1317-1322 (2016).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、CSIから得られるドップラー効果はドアに限らず様々な物体の動きによって生じるため、推定されたドップラー効果の時間変化から直接ドアの操作を推定することは難しい。しかし、人等の動きと比較し、ドアの開閉操作によるドップラー効果の時間変化は互いに類似していると考えられる。また、ドアの一端は固定されているため、ドアに反射した電波の到来方向も一定である。
【0007】
本発明は、無線LAN電波のCSIを用いて屋内設備の操作状態を推定することができる屋内状態推定方法および屋内状態推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明は、屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、屋内設備の操作によるmotif を推定する屋内状態推定方法において、無線LAN電波のチャネル状態情報(以下、CSIという)を事前に収集して屋内設備の操作によるmotif を発見する探索フェーズと、発見したmotif を用いて屋内設備の操作を検知する推定フェーズとを備え、探索フェーズは、CSIからドップラー効果を推定し、無線LAN受信機の複数の受信アンテナで観測されるCSIの位相差から電波の到来方向を推定するステップ1と、ドップラー効果の時系列データからMatrix profileを計算し、繰り返し生じる類似度が高いドップラー効果の時系列パターンをmotif 候補とするステップ2と、motif 候補と、電波の到来方向の情報とを組み合わせてクラスタリングするステップ3と、電波の一定の到来方向に対して繰り返し発生している類似したドップラー効果の時系列パターンを屋内設備の操作によるmotif として決定するステップ4とを有する。
【0009】
第1の発明の屋内状態推定方法において、屋内設備の操作によるmotif をドアの開閉としたときに、ステップ3は、異なるクラスタに属するmotif 候補が連続して観測されたときに、先に発生したmotif のクラスタをドアの開く操作に対応したクラスタとし、後に発生したmotif のクラスタをドアの閉める操作に対応したクラスタとする。
【0010】
第2の発明は、屋内に配置された無線LAN送信機と無線LAN受信機との間で送受信される無線LAN電波を分析し、屋内設備の操作によるmotif を推定する屋内状態推定システムにおいて、無線LAN電波のチャネル状態情報(以下、CSIという)を事前に収集して屋内設備の操作によるmotif を発見する探索手段と、発見したmotif を用いて屋内設備の操作を検知する推定手段とを備え、探索手段は、CSIからドップラー効果を推定し、無線LAN受信機の複数の受信アンテナで観測されるCSIの位相差から電波の到来方向を推定するCSI処理手段と、ドップラー効果の時系列データからMatrix profileを計算し、繰り返し生じる類似度が高いドップラー効果の時系列パターンをmotif 候補とするmotif 候補発見手段と、motif 候補と、電波の到来方向の情報とを組み合わせてクラスタリングするmotif 候補クラスタリング手段と、電波の一定の到来方向に対して繰り返し発生している類似したドップラー効果の時系列パターンを屋内設備の操作によるmotif として決定するmotif 決定手段とを備える。
【0011】
第2の発明の屋内状態推定システムにおいて、屋内設備の操作によるmotif をドアの開閉としたときに、motif 候補クラスタリング手段は、異なるmotif 候補が連続して観測されたときに、先に発生したmotif のクラスタをドアの開く操作に対応したクラスタとし、後に発生したmotif のクラスタをドアの閉める操作に対応したクラスタとする構成である。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、CSIから推定されたドップラー効果の時系列データからMatrix profileを計算することで、繰り返し生じる類似度が高いドップラー効果の時系列パターンをmotif 候補として発見する。そして、発見したmotif 候補を反射波の到来方向情報と組み合わせてクラスタリングし、一定の方向で繰り返し発生している類似したドップラー効果の時系列パターンを屋内設備の操作によるmotif として発見する。
【0013】
ここで、屋内設備の一例として、内開きと外開きのドアが存在するとき、ドア板のどの方向への移動が開もしくは閉の操作に対応するのか分からない。そこで、一般的なドアにおいては、ドアの開操作が起こった直後に閉操作が起こることが多いことに注目し、異なるmotif が連続して観測された場合、先に発生したmotif のクラスタを「開く操作」に対応付け、後に発生したmotif のクラスタを「閉める操作」に対応付ける。そして、ドアが複数設置されている場合、事前に用意された部屋の間取り図を用いて受信機に対するドアの方向を計算することで、反射波の到来方向からどのドアが開閉されたのかを推定する。これにより、事前の学習データを取得するコストを削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ドアの開閉状態と無線LAN電波の伝搬の変化を示す図である。
図2】探索フェーズの構成例を示す図である。
図3】内開きのドアを開閉した時のP(v)の時間変化の一例を示す図である。
図4】ドアの開閉操作を繰り返し行った際のMatrix profileを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、提案手法の基本的な考え方について説明する。
図1は、ドアの開閉状態と無線LAN電波の伝搬の変化を示す。
図1において、対象とする屋内に、無線LANモジュールを搭載した無線LAN送信機11と無線LAN受信機12がそれぞれ1つ以上設置されていることを想定し、その屋内設備の状態を検知対象とする。以下、屋内設備としてドア13の開閉状態を検知対象として説明する。
【0016】
無線LAN電波は障害物に当たって反射するため、検知対象となるドア13の開閉状態によって、検知対象の方向からの電波が変化する。例えば、内開きのドア13を開いたときには経路長が短くなるため負のドップラー効果が生じ、ドア13を閉めた時には経路長が長くなるため正のドップラー効果が生じる。
【0017】
提案手法では、事前に収集したラベルが付与されていないデータからドアの操作状態を示すmotif を発見する探索フェーズと、発見したmotif を用いてドアの操作を検知する推定フェーズから構成される。
【0018】
図2は、探索フェーズの構成例を示す。
図2において、探索フェーズでは、CSI処理手段であるドップラー効果推定部21と反射波到来方向推定部22に、無線LAN電波の反射波のCSIの時系列データを入力し、ドップラー効果および反射波到来方向を推定する。次に、motif 候補発見部23は、推定されたドップラー効果からMatrix profile(非特許文献3)または他の方法を用いて、繰り返し発生している類似度の高いパターンをmotif 候補として発見する。ドアは屋内に固定されているため、ドア操作によるドップラー効果は互いの類似度が高いと考えられる。ドアが複数設置されている場合やmotif 候補に人等の動きが含まれることがあるため、motif 候補のクラスタリング部24では、ドップラー効果の類似度や到来方向の情報を用いてmotif 候補のクラスタリングを行い、motif 決定部25でドア操作時のmotif を決定する。
【0019】
ここでは、MUSIC(MUltiple SIgnal Classification)アルゴリズムを用いてCSIの時系列データからドアの操作によるドップラー効果を推定する例を示すが、他の方法でも構わない。
【0020】
以下、ドップラー効果推定部21における(1)前処理および(2)経路長の変化速度推定、motif 候補発見部23における (3)motif 候補の発見、反射波到来方向推定部22における(4)反射波の到来方向推定、motif 候補のクラスタリング部24における(5)motif 候補のクラスタリングの順に説明する。
【0021】
(1) 前処理
無線LAN受信機で観測されるCSIには、直接波等の静的成分と移動している物体に反射した電波による動的成分が存在する。ドップラー効果の推定には動的成分のみ必要であるため、前処理として観測されたCSIから静的成分を除去する。無線LAN電波が反射した物体が移動すると無線LAN電波の経路長が変化し、CSIの位相成分に変化が生じる。無線LAN電波は屋内の様々なものに反射するため、経路数をLとし、i番目の経路長の変化速度をvi とすると、ある時刻からΔt後の時刻におけるCSIの値h(Δt)は次式で表される。
【0022】
【数1】
【0023】
ここで、Ai はi番目の経路の電波の振幅であり、τi はi番目の経路の電波の到達時間である。また、fは無線LAN電波の周波数であり、c は光速である。
【0024】
しかし、実際は無線LAN電波の送受信機が同期していないため、パケットごとにランダムな位相オフセットθ0 が存在する。そのため、CSIはh(Δt)exp(-jθ0)として得られる。そこで、2つのアンテナで観測されるCSI同士で複素共役乗算を行うことで位相オフセットを相殺する。h1 ,h2 をそれぞれ受信アンテナ1、受信アンテナ2で得られたCSIとすると、複素共役乗算を行ったCSIは
【0025】
【数2】
と表される。各アンテナiで得られるCSIを直接波等で構成される静的成分hsiとドア操作時の反射波等による動的成分hmiに分割すると、hc は次式で表される。
【0026】
【数3】
【0027】
式(2) の右辺第一項は静的成分同士の乗算である。ドア操作による動的成分と比べ、直接波等の静的成分の影響は大きいため、hc から静的成分(右辺第一項)を減算する必要がある。このとき静的成分として、複数のパケットにわたって観測したhc の平均値を用いる。式(2) の右辺第四項は動的成分同士の乗算であり、絶対値が小さいことからドップラー効果推定への影響は少ない。このことからhc から静的成分を減算したhcmは次式のように近似できる。
【0028】
【数4】
【0029】
式(3)の右辺第一項、第二項において、hm1には求めたい経路長の変化速度vi が含まれ、hm2には求めたい経路長の変化速度と正負が逆である-vi が含まれる。そのため、hcmからドップラー効果を求めると、vi と-vi が得られるため、ドップラー効果の絶対値しか推定することができない。そこで、h1 から定数αを減算し、h2 に定数β2 を加算することで、第二項の影響を小さくし、vi を推定しやすくする。
【0030】
(2) 経路長の変化速度推定
前処理を行ったCSIの値hcmに対してMUSICアルゴリズムを適用することで経路長の変化速度vi を求める。CSIはサブキャリアごとに得られるため、hcmは1パケットごとにNs 個得られる。ここで時刻Δt において得られた前処理済みのCSIをサブキャリアごと並べた
【数5】
を定義する。ただし、hcm(Δt、fi) は周波数fi のサブキャリアにおける前処理済みのCSIである。すると、Mパケットにわたって観測したCSIの観測行列Hは次式で表される。
【0031】
【数6】
【0032】
無線LAN電波の経路数をLとすると、固有値が大きいL個の固有ベクトルが信号部分空間であり、残りのM-L個の固有値に対応する固有ベクトルがノイズ部分空間EN である。続いて、ノイズ部分空間EN を用いて次式で表されるP(v)をvを変化させながら計算する。
【0033】
【数7】
【0034】
P(v)のピークに対応するvが推定された経路長の変化速度である。しかし、無線LAN電波のノイズは大きく、求めたい経路長の変化速度と正負が逆である-vi の影響も存在するため、P(v)のピークに対応するvの値ではなく、P(v) の値を用いる。
【0035】
図3は、内開きのドアを開閉した時のP(v)の時間変化の一例を示す。
図3において、ドアを開いた時には経路長が短くなるため負のドップラー効果が生じ、ドアを閉めた時には経路長が長くなるため正のドップラー効果が生じていることがわかる。
【0036】
(3) motif 候補の発見
本手順では、Matrix profileを用いて推定されたP(v) の時系列データから、繰り返し発生するmotif 候補を発見する。まず、P(v) の時系列データを窓幅Wの時間窓によって分割し、各時間窓同士のユークリッド距離の逆数を類似度として計算することで類似度行列を求める。類似度sは次式で表される。
【0037】
【数8】
【0038】
ここで、P1(t,v),P2(t,v)は類似度計算を行うP(v) の時系列データの各時間窓において、時刻tにおける速度vについて計算したP(v) である。類似度行列の各行について対角成分以外の類似度の最大値がMatrix profileである。Matrix profileの値が大きい行(時間窓) はその時系列パターンが2回以上繰り返し発生していることを意味するため、Matrix profileの値が特定のしきい値より大きい時間窓がmotif 候補である。特にドアは反射波の経路長が大きく変化し、部屋内に固定されているため、窓等の他の日常物の操作や椅子等の家具の移動と比較し、ドア開閉時の類似度は大きくなる。
【0039】
図4は、ドアの開閉操作を繰り返し行った際のMatrix profileを示す。
図4において、各ドア操作の間に、人が部屋内を自由に歩行しているので、人が歩行した時には類似度が小さく、開閉操作を行った時に類似度が大きくなっていることが分かる。
【0040】
(4) 到来方向推定
まず、パケットごとにランダムな位相オフセットθ0 の除去や、静的成分を除去しドア操作による動的成分を抽出するために、振幅の絶対値が最も大きく、分散が小さい受信アンテナのCSIの複素共役を用いて (1)の前処理を行う。その後、前処理済みのCSIを用いて到来方向を推定する。
【0041】
無線LAN電波の到来方向をθとすると、二つのアンテナ間の電波の位相差Δφは次式で表される。
【0042】
【数9】
【0043】
ここで、dはアンテナ間の距離であり、λは無線LAN電波の波長である。そのため複数の受信アンテナで観測されたCSIの位相差から電波の到来方向を推定することができる。しかし、CSIの位相成分には到来方向の情報だけでなく、上述したドップラー効果の影響や電波の到達時間の影響が存在する。そこで、この三つのパラメータを同時に推定することで、CSIから到来方向を推定する。i番目の伝搬経路の到来方向、到達時間、経路長の変化速度をそれぞれθi ,τi ,vi とする。1番目の受信アンテナ、1番目のサブキャリア、時刻0のCSIを基準として、r番目の受信アンテナ、s番目のサブキャリア、時刻tのCSIの値hr(r, s, t) は次式で近似される。
【0044】
【数10】
【0045】
また、fc は無線LAN電波の中心周波数であり、fδはサブキャリア間の周波数の差である。
【0046】
簡易化のために
【数11】
とすると、到来方向の推定では次式で表される対数尤度関数が最大になるΘをEMアルゴリズムの拡張であるSAGE(Space Alternating Generalized Expectation Maximization) アルゴリズムによって求める。
【0047】
【数12】
推定されたパラメータを用いて計算されたCSIの理論値である。
【0048】
SAGEアルゴリズムではEステップとMステップを各伝搬経路について順番に行い、これを収束するまで繰り返す。Eステップでは次式によって注目している伝搬経路のCSIの値を計算する。
【0049】
【数13】
【0050】
ここで、^Θは前のステップにおける推定値である。Mステップでは次式を用いて注目している伝搬経路のパラメータを最適化する。
【0051】
【数14】
Mはパケット数である。最終的に求められたθi をドアによる反射波の到来方向とする。
【0052】
(5) motif 候補のクラスタリング
環境内に複数のドアが存在する場合、(3) において発見したmotif ではどのドアが開閉されたかを見分けることができない。また、人などのドア以外のオブジェクトの動きがmotif として検出されてしまうこともある。一方、ドアは部屋内に固定されているため、ドップラー効果に加えてドア操作時の到来方向の類似度も大きい。そこで、まず類似度が最も大きなmotif と各時間窓の類似度を計算する。そして類似度がしきい値以上の時間窓の中で、到来方向の差がしきい値以下の時間窓の集合を、あるドア操作時の時間窓のクラスタとする。続いてクラスタに選ばれなかった時間窓の内、類似度が最も大きなmotif を用いて同様の処理を行い、新たなクラスタを形成する。上記処理を環境内のドアの数の2倍の回数だけ繰り返し行うことで環境内のドアの開および閉操作ごとにクラスタを作成する。
【0053】
(4) で推定された到来方向が類似している二つのクラスタが各ドアの開閉に対応していると考えられる。また、ドアの開閉が続いて起こった場合、開いてから閉じるという順番で発生することが多い。そこで、あるドアの開閉が連続して起こったと検出された場合、先に発生したクラタを開く操作に対応したクラスタ、後に発生したクラスタを閉める操作に対応したクラスタとする。
以上が探索フェーズである。
【0054】
次に、推定フェーズについて説明する。
推定フェーズでは、まず推定用データからドップラー効果と反射波の到来方向を推定する。そして、発見したmotif と推定用データとの間の類似度を計算することで、どのドアがいつ開閉されたのかを推定する。すなわち、推定用データの各時間窓が形成したどのクラスタに属するか、もしくはどのクラスタにも属さないかを求める。そのために、推定用データの時間窓と各クラスタ内の各motif (時間窓) との到来方向の差の平均値を計算し、到来方向の差がしきい値より小さい推定用データの時間窓とクラスタの組み合わせについて、ドップラー効果の距離の平均値を計算する。
【0055】
ここでドアの開閉にかかる時間のゆらぎに対応するために、motif と推定用データとの間の類似度の距離計算にはDTW(Dynamic Time Warping)を用いる。そして、平均距離がしきい値より小さいクラスタがあれば、推定用データの時間窓は最も平均距離が近いクラスタに属するとする。また、到来方向の差やドップラー効果の平均距離がしきい値より小さいクラスタが存在しない時間窓はどのクラスタにも属さないとする。これにより、推定用データの時間窓があるクラスタに属すると推定された場合、そのクラスタが対応するドアの操作とドアの位置から、どのドアがいつ開けられたのか、もしくは閉められたのかを推定することができる。
【符号の説明】
【0056】
11 無線LAN送信機
12 無線LAN受信機
13 ドア
21 ドップラー効果推定部
22 反射波到来方向推定部
23 motif 候補発見部
24 motif 候補のクラスタリング部
25 motif 決定部
図1
図2
図3
図4