(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-11
(45)【発行日】2022-07-20
(54)【発明の名称】コアシェル触媒および酸素還元方法
(51)【国際特許分類】
B01J 35/08 20060101AFI20220712BHJP
B01J 23/44 20060101ALI20220712BHJP
B01J 23/50 20060101ALI20220712BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20220712BHJP
【FI】
B01J35/08 B ZNM
B01J23/44 M
B01J23/50 M
H01M4/92
(21)【出願番号】P 2018561798
(86)(22)【出願日】2017-08-29
(86)【国際出願番号】 JP2017030982
(87)【国際公開番号】W WO2018131206
(87)【国際公開日】2018-07-19
【審査請求日】2019-04-12
【審判番号】
【審判請求日】2021-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2017005449
(32)【優先日】2017-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・ウェブサイトのアドレス http://jps2016a.gakkai-web.net/index.html http://jps2016a.gakkai-web.net/data/html/program09.html 掲載日 平成28年9月1日 ・研究集会名 日本物理学会 2016年秋季大会 開催場所 金沢大学角間キャンパス 開催日 平成28年9月14日 ・刊行物名 「日本物理学会 2016年秋季大会 記録保存用DVD版」 発行日 平成28年9月23日 発行所 一般社団法人日本物理学会
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松谷 耕一
(72)【発明者】
【氏名】海江田 武
(72)【発明者】
【氏名】政広 泰
(72)【発明者】
【氏名】ディニョ ウィルソン アジェリコ タン
(72)【発明者】
【氏名】チャンタラモリー ブーメ
(72)【発明者】
【氏名】岸田 良
(72)【発明者】
【氏名】リム パウルス ヒマワン
(72)【発明者】
【氏名】中西 寛
【合議体】
【審判長】河本 充雄
【審判官】三崎 仁
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-534244(JP,A)
【文献】特開2012-041581(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J21/00-38/74, H01M4/86-4/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀をコアに含み
、シェル層
が白金からなる、酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、
上記コアと上記シェル層との界面における上記コアの最外層の銀原子が面心立方格子の(111)面を形成しており、
上記コアシェル触媒の表面における白金の状態密度について、密度汎関数理論に基づいた第1原理計算を用いてシミュレーションを行った場合に、5d軌道のうちdxz軌道のピーク位置が、フェルミ準位を0eVとして-1eVから0eVの間に存在する結果となるように、
上記銀原子により形成された(111)面の表面に積層して、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面が形成されているとともに、
上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åであることを特徴とするコアシェル触媒。
【請求項2】
銀をコアに含み、白金をシェル層に含む酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、
上記コアと上記シェル層との界面における上記コアの最外層の銀原子が面心立方格子の(001)面を形成しており、
上記銀原子により形成された(001)面の表面に積層して、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(001)面が形成されているとともに、
上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åであることを特徴とするコアシェル触媒。
【請求項3】
上記シェル層は1~3原子層であることを特徴とする請求項1または2に記載のコアシェル触媒。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のコアシェル触媒を用いる酸素還元方法であって、
上記(111)面または(001)面に、酸素分子が酸素原子に解離して吸着する工程と、
上記(111)面または(001)面に吸着した酸素原子と、プロトンとを反応させ、水分子を形成する工程と、
上記(111)面または(001)面から水分子を脱離する工程とを含むことを特徴とする酸素還元方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コアシェル触媒および当該コアシェル触媒を用いた酸素還元方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、燃料電池の電極触媒として、主として活性の高い白金材料が用いられている。しかしながら、白金は希少金属であり、また、高価でもあるため、使用量を低減することが求められている。
【0003】
燃料電池の電極触媒における白金の使用量を低減するために、コアシェル構造を有する触媒粒子を担体に担持して電極触媒とすることで白金の使用量を低減する方法が提案されている。コアシェル構造とは、触媒粒子の表面(シェル)のみに活性の高い材料である白金を使用し、触媒反応に寄与しない内部(コア)には他の材料を使用する構造である。
【0004】
例えば、特許文献1には、ニッケル、銅、パラジウム、銀、ルテニウム等から成る群の中から選択された少なくとも1種類の遷移金属をコアとし、白金、ニッケル、銅等から成る群から選択された少なくとも1種類の遷移金属をシェルとするコアシェル触媒に関して記載されている。当該コアシェル触媒は、一酸化炭素被毒を低減することで高い触媒活性を実現している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国公開特許公報「特開2013-163137号公報(2013年8月22日公開)」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1には、具体的な実施例として、上記候補物質の中でルテニウムをコアとし、白金をシェルとするコアシェル触媒に関して記載されており、そして、その触媒活性は、HAADF-STEM像から観察された立方八面体粒子を構成する(111)面および(002)面において高いことが示されている。
【0007】
しかしながら、このコアシェル触媒は、一酸化炭素被毒を低減することによって燃料電池のアノード反応である水素酸化反応における高い触媒活性を示すことを目的として提供されたものであり、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応における触媒活性に関しては考慮されていない。
【0008】
また、特許文献1には、別の具体的な実施例として、ニッケルをコアとし、白金をシェルとするコアシェル触媒に関して記載されている。当該コアシェル触媒は、酸素還元反応に使用した場合、白金のナノ粒子触媒と比較して、高い触媒活性を有していることが記載されている。しかし、このコアシェル触媒における反応が活性な面に関しては具体的に記載されていない。
【0009】
加えて、ルテニウムおよびニッケルは、酸化電位が比較的低い(負の値が大きい)ため、電気化学的に不安定である。それゆえ、ルテニウムやニッケルを用いた触媒は、燃料電池のカソードにおける厳しい条件(強酸性、高電位)で使用する場合、容易に溶解してしまうという問題がある。
【0010】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応に用いられる触媒であって、電気化学的安定性が高く比較的安価な材料をコアとして白金の使用量を低減しつつ、白金粒子を触媒として用いた場合より触媒活性のコストパフォーマンスが高い、コアシェル構造を有する触媒、および、当該触媒を用いた酸素還元方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は、上記目的を達成すべく、CMD(ComputationalMaterial Design)(計算機マテリアルデザイン入門(笠井秀明他編、大阪大学出版会、2005年10月20日発行)を参照)を用いた第1原理計算を実行し、鋭意検討の結果、コア材料として銀およびパラジウムに着目し本願発明を行うに至った。
【0012】
すなわち、本発明に係るコアシェル触媒は、銀をコアに含み、白金をシェル層に含む酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åである。
【0013】
また、本発明に係るコアシェル触媒は、パラジウムをコアに含み、白金をシェル層に含む酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.783Å~2.81Åである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様におけるコアシェル触媒は、銀をコアに含み、白金をシェル層に含んでおり、シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、シェル層における最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åである。或いは、本発明の一態様におけるコアシェル触媒は、パラジウムをコアに含み、白金をシェル層に含んでおり、シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、シェル層における最近接白金原子間の距離が2.783Å~2.81Åである。これにより、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応において、触媒表面で酸素分子が酸素原子に解離して吸着する解離吸着の工程にのみ活性化障壁が存在し、その後、該酸素原子にプロトンが反応して水が生成する工程および触媒表面から水が脱離する工程には活性化障壁が存在しない触媒とすることができる。そして、本発明の一態様におけるコアシェル触媒におけるこのような特性は、白金のみからなる触媒粒子と同レベルである。また、銀およびパラジウムは、ルテニウムやニッケルよりも電気化学的安定性が高く、かつ白金よりも比較的安価である。そのため、触媒表面の活性としては白金のみからなる触媒粒子と同レベルであるが、触媒全体のコスト(材料費)を低減することができる。つまり、触媒全体のコストに対する触媒活性の大きさを示す指標としてのコストパフォーマンスが向上する。したがって、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応に用いられる触媒であって、電気化学的安定性が高く比較的安価な材料をコアとして白金の使用量を低減しつつ、白金粒子を触媒として用いた場合より触媒活性のコストパフォーマンスが高い、コアシェル構造を有する触媒、および、当該触媒を用いた酸素還元方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】酸素還元反応における酸素分子解離の反応経路を示す図である。
【
図2】酸素還元反応におけるペルオキシ解離の反応経路を示す図である。
【
図3】酸素還元反応における過酸化水素解離の反応経路を示す図である。
【
図4】FCC構造における(111)面を、(111)面の法線方向から見た図である。
【
図5】Pt、Pt
MLAgおよびPt
MLPdについて、FCC構造の(111)面におけるそれぞれの吸着サイトへの酸素原子の吸着エネルギーの算出結果を示す図である。
【
図6】Pt
MLAgの(111)面を、(111)面の法線方向から見た場合の酸素分子の吸着サイトを示す図であり、(a)~(c)はそれぞれ、H-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトを示す図である。
【
図7】Pt
MLAgの(111)面における、酸素分子の吸着反応のポテンシャルエネルギー曲面を示す図であり、(a)~(c)はそれぞれ、H-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトにおけるポテンシャルエネルギー曲面を示す図である。
【
図8】
図7の(a)に示した経路Iにて酸素分子の解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離状態、(d)は安定化状態を示す図である。
【
図9】
図7の(b)に示した経路Jにて酸素分子の解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離吸着状態を示す図である。
【
図10】
図6の(c)に示した、F-NT-Fサイトに酸素分子が分子状吸着している状態から解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離吸着状態を示している。
【
図11】Pt
MLAgの(111)面におけるH-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトに、それぞれ酸素分子が酸素原子に解離して吸着した場合の吸着エネルギー、活性化障壁、酸素原子間距離の算出結果を示す図である。
【
図12】触媒表面上に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡される過程を示す図である。
【
図13】Pt
MLAgの(111)面における、OH形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【
図14】Pt
MLAgの(111)面における、形成したOHの近傍に存在する酸素原子についてのOH形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【
図15】触媒表面に複数のOHが形成されている場合の、FCC構造における(111)面を(111)面の法線方向から見た図であり、(a)~(c)はそれぞれ、Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(111)面を示す図である。
【
図16】Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面における、H
2O形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【
図17】Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面における、酸素解離工程、OH形成工程、およびH
2O形成工程の活性化障壁の大きさを示す図である。
【
図18】(a)は白金の(111)面の表面における状態密度を示す図であり、(b)はPt
MLAgの(111)面の表面における状態密度を示す図である。
【
図19】FCC構造における(001)面を、(001)面の法線方向から見た図である。
【
図20】Pt
MLAgの(001)面におけるH-T-Hサイト、H-B-Hサイト、B-Bサイト、および、T-B-Tサイトについて、それぞれ酸素分子が酸素原子に解離して吸着する場合の吸着エネルギーの変化を示す図である。
【
図21】Pt
MLAgの(001)面における、OH形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【
図22】Pt、およびPt
MLAgの(001)面における、H
2O形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【
図23】Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(001)面における、酸素解離工程、OH形成工程、およびH
2O形成工程の活性化障壁の大きさを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0017】
本発明の一実施形態である、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒は、燃料電池のカソード等で起こる酸素還元反応において、白金の触媒粒子と同レベルの触媒活性を有し、白金の使用量を低減することができる触媒である。また、本発明の一実施形態におけるコアシェル触媒は、シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されている。そして、銀がコア材料の場合、シェル層における最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åであり、パラジウムがコア材料の場合、シェル層における最近接白金原子間の距離が2.783Å~2.81Åである。
【0018】
ここで、シェル層における最近接白金原子間の距離は、シェル層に存在する複数の白金原子における、最近接白金原子間の距離の平均であり得る。このような最近接白金原子間の距離の平均値は、例えば、X線吸収微細構造(X-ray Absorption Fine Structure, XAFS)法に基づいて測定することができる。
【0019】
本発明の一実施形態におけるコアシェル触媒を製造する方法は、特に限定されず、液相還元法等の化学的手法、アンダーポテンシャル析出法(UPD法)等の電気化学的手法を用いてもよい。
【0020】
例えば、液相還元法では、銀またはパラジウムのコア粒子が液中に分散した溶液、または該コア粒子を担持した担体を懸濁させた溶液に、シェルを構成する白金を含む塩を添加する。水素や水素化ホウ素ナトリウムやアルコールなどの還元剤を用いて、溶液中の白金イオンを還元し、コア粒子上に白金元素を析出させて、コアシェル触媒を得ることができる。
【0021】
例えば、電気化学的手法では、銀またはパラジウムのコア粒子が液中に分散した溶液、または該コア粒子を担持した担体を懸濁させた溶液に、シェルを構成する白金を含む塩を添加する。還元電位を制御することによって、コアのナノ粒子表面への白金の析出速度を制御してコアシェル触媒を作製することができる。
【0022】
シェル層における最近接白金原子間の距離は、白金層の厚みに応じて変化する。本発明の一実施形態におけるコアシェル触媒は、上記した幅の最近接白金原子間の距離であることによって、触媒表面における酸素還元反応において、白金の触媒粒子と同レベルの触媒活性を示す。
【0023】
以下、本発明の一実施形態におけるコアシェル触媒を完成されるに至るまでに発明者らが独自に見出した知見を詳細に説明するとともに、上記コアシェル触媒の効果について説明する。
【0024】
本願発明者らは、銀またはパラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒の触媒活性を評価するために、密度汎関数理論に基づいた第1原理計算を用いたシミュレーションを行った。なお、第1原理計算とは、「相互作用する多電子系の基底状態のエネルギーは電子の密度分布により決められる」ことを示した密度汎関数理論を基にした計算手法である(P. Hohenberg and W. Kohn, Phys. Rev. 136, B864 (1964),W. Kohn and L.J. Sham, Phys. Rev. 140, A1133 (1965)、または、藤原毅夫著「固体電子構造」朝倉書店発行第3章を参照)。第1原理計算によれば、物質の電子構造を経験的なパラメータなしに定量的に議論できるようになり、実際、多くの実証により、実験に匹敵する有効性が示されている。本シミュレーションでは、第1原理計算の中でも現在もっとも精度の高い、一般密度勾配近似法を用いて計算した。
【0025】
本シミュレーションでは、銀をコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(以下、PtMLAg)、および、パラジウムをコア材料とし、白金をシェル材料としたコアシェル触媒(以下、PtMLPd)に加えて、比較のため、白金のみで構成される触媒(以下、Pt)についても計算を行った。シミュレーションの条件として、格別の記載が無い限り、それぞれの触媒は、6原子層からなる触媒とした。PtMLAgおよびPtMLPdについては、5原子層のAgおよびPdの上に、単原子層のPtが積層された構造とした。なお、コアシェル触媒において、シェル層である白金層の厚さは単原子層に限定されるものではない。
【0026】
(1.酸素還元反応)
触媒活性の評価の前提として、まず、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応について説明する。
【0027】
酸素還元反応の反応モデルとして、(1)酸素分子解離(Oxygendissociation)、(2)ペルオキシ解離(Peroxyl dissociation)、(3)過酸化水素解離(Hydrogen peroxide dissociation)の3つの経路で反応が進行する反応モデルが知られている。
【0028】
図1は、酸素還元反応における酸素分子解離の経路の反応モデルを示す図である。
図1に示すように、酸素分子解離の経路では、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O
2+
*→O
2
*)。なお、「
*」は、触媒表面を表し、O
2
*は、触媒表面に酸素分子が吸着していることを示す。次に、触媒表面に吸着した酸素分子が、酸素原子に解離する(O
2
*+
*→O
*+O
*)。そして、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトン(H
+)と、触媒表面の酸素原子とが反応し、触媒表面にOHを形成する(O
*+H
++e
-→OH
*)。最後に、触媒表面のOHと、プロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH
*+H
++e
-→H
2O)。
【0029】
図2は、酸素還元反応におけるペルオキシ解離の経路の反応モデルを示す図である。
図2に示すように、ペルオキシ解離においても酸素分子解離と同様に、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O
2+
*→O
2
*)。次に、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトンと、触媒表面の酸素分子とが反応し、触媒表面にOOHを形成する(O
2
*+H
++e
-→OOH
*)。そして、OOHが、酸素原子とOHとに解離する(OOH
*→O
*+OH
*)。そして、触媒表面の酸素原子とプロトンとが反応し、OHを形成する(O
*+H
++e
-→OH
*)。そして、触媒表面のOHとプロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH
*+H
++e
-→H
2O)。
【0030】
図3は、酸素還元反応における過酸化水素解離の経路の反応モデルを示す図である。
図3に示すように、過酸化水素解離においても酸素分子解離と同様に、まず、触媒表面に酸素分子が吸着する(O
2+
*→O
2
*)。次に、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトンと、触媒表面の酸素分子とが反応し、OOHを形成する(O
2
*+H
++e
-→OOH
*)。そして、触媒表面のOOHとプロトンとが反応し、触媒表面にH
2O
2を形成する(OOH
*+H
++e
-→H
2O
2
*)。次に、触媒表面のH
2O
2がOHに解離し(H
2O
2
*→OH
*+OH
*)、触媒表面のOHとプロトンとが反応し、水が生成、脱離する(OH
*+H
++e
-→H
2O)。
【0031】
このように、酸素還元反応では、酸素分子解離、ペルオキシ解離、および過酸化水素解離の何れの反応モデルでもまず触媒表面への酸素分子の吸着が起こる。
【0032】
ここで、銀、白金、およびパラジウムは何れも面心立方(FCC)構造を有する。FCC構造における(110)面は、他の面(例えば、(111)面、(001)面)と比較して面内の原子密度が低い。そのため、(110)面は、他の面と比較して、酸素還元反応の第1段階である酸素分子の吸着が起こりやすいと予測される。
【0033】
従来、白金の方位面における反応活性の優劣に関しては、(110)面>(111)面>(001)面であることが報告されている。その一方で、(110)面は、他の面と比較して表面エネルギーが大きく化学的に不安定である。そのため、(110)面は、他の面と比較して、Pt粒子表面における形成が困難であることが知られている。
【0034】
これまで、本願発明者らは、PtMLAgおよびPtMLPdの(110)面における酸素還元反応について調査を行った結果、以下のような知見を得た。すなわち、燃料電池の発電条件(電圧が印加された状態)において、白金のみで構成される触媒(Pt)の(110)面と比較して、PtMLAgの(110)面は高い触媒活性を示すこと、また、PtMLPdの(110)面は同程度の触媒活性を示すことが分かった。
【0035】
その一方で、Pt、PtMLAg、およびPtMLPdの(110)面は何れも、電極電位が存在するときに、酸素還元反応の最終的な工程としての、生成した水が触媒表面から離脱する工程に活性化障壁が存在し、該工程が反応を律速する工程であることが判明した。
【0036】
その一方で、PtMLAgおよびPtMLPdの(111)面および(001)面における酸素還元反応の活性化障壁についてはこれまで解明されていない。これらの面がコアシェル触媒粒子において支配的に存在し得ることから、本願発明者らは、(111)面および(001)面における活性化障壁の大きさおよび律速工程について検証することとした。
【0037】
そのため、以下では、(111)面および(001)面に着目し、シミュレーションを行った。
【0038】
(2.FCC構造における(111)面について)
(2.1.酸素原子の吸着)
まず、酸素還元反応の第1段階である酸素分子の吸着を考える前に、酸素原子が触媒表面に吸着する場合について考える。
【0039】
図4は、FCC構造における(111)面を、(111)面の法線方向([111]方向)から見た図である。
図4に示すように、表面にFCC構造の(111)面を有する触媒の場合には、酸素原子の吸着サイトとして、On-top(以下、Top)サイト、Bridge(以下、B)サイト、HCP Hollow(以下、HH)サイト、および、FCC Hollow(以下、FH)サイトの計4つのサイトが考えられる。
【0040】
Topサイトとは、触媒表面の第一層の原子の上に存在する吸着サイトである。ここで、FCC構造における(111)面は、面内方向である[-110]方向と、同じく面内方向である[0-11]方向とで原子間距離が等しい。Bサイトとは、原子間に存在する吸着サイトである。また、FCC構造における(111)面において、3つの原子に囲まれる位置(Hollow)に存在する吸着サイトとしては次の2種類がある。HHサイトとは、[111]方向から見た場合に、第一層の下の第二層の原子の上に位置するHollowに存在する吸着サイトである。FHサイトとは、[111]方向から見た場合に、第一層の下の第二層の原子に囲まれる位置(Hollow)の上に位置するHollowに存在する吸着サイトである。
【0041】
換言すれば、HHサイトとは、仮に第一層の上に原子を積んで第α層を形成する場合に、第α層、第一層、第二層が六方最密充填構造(HCP)を形成するように原子を積んだ場合の、第α層の原子が積まれる位置のHollowに存在する吸着サイトである。FHサイトとは、上記の場合に、第α層、第一層、第二層が面心立方構造(FCC)を形成するように原子を積んだ場合(FCCは[111]方向に層がABCABC…と周期的に繰り返される)の、第α層の原子が積まれる位置のHollowに存在する吸着サイトである。なお、結晶学における表記においては、本来、記号“-”を方向を表わす数字の上に付すべきであるが、本明細書では、表記の都合上、数字の前に付すことにする。
【0042】
ここで、酸素原子が触媒表面から無限遠離れた位置に存在する時のエネルギー(E0)と、酸素原子が触媒表面に吸着しているときのエネルギー(E)との差(ΔE=E-E0)を吸着エネルギーとし、それぞれの吸着サイトに対して、酸素原子の吸着エネルギーを求めた。
【0043】
図5は、Pt、Pt
MLAgおよびPt
MLPdについて、FCC構造の(111)面におけるそれぞれの吸着サイトへの酸素原子の吸着エネルギーの算出結果を示す図である。図中、unstableは、吸着サイトに酸素原子が吸着した状態が安定ではないことを示している。
図5に示すように、Pt、Pt
MLAgおよびPt
MLPdの何れにおいても、吸着エネルギーは、FHサイトが最小となった。このことから、FCC構造の(111)面において、酸素原子が触媒表面に吸着する場合には、Pt、Pt
MLAgおよびPt
MLPdの何れの場合においても、FHサイトに吸着することが安定であることが分かる。
【0044】
(2.2.酸素分子の吸着)
次に、酸素分子が触媒表面に吸着する場合を考える。表面にFCC構造の(111)面を有する触媒では、酸素分子が触媒表面に吸着する場合に、吸着サイトとして、Topサイト、Bサイト、NTサイトが考えられる。NTサイトとは、Near Topサイトを意味しており、Topサイトの近傍に存在する吸着サイトである。ここで、例えば、酸素分子がTopサイトに吸着している状態とは、酸素分子の重心がTopサイトに位置する状態であることを意味しており、すなわち、二つの酸素原子のそれぞれの重心の中点がTopサイトに位置する状態であるという事である。
【0045】
ここで、酸素分子が触媒表面から無限遠離れた位置に存在する時のエネルギー(E0)と、酸素分子が触媒表面に吸着しているときのエネルギー(E)との差(ΔE=E-E0)を吸着エネルギーとし、それぞれの吸着サイトに対して、酸素分子の吸着エネルギーを求めた。
【0046】
以下に、PtMLAgの(111)面における、酸素分子の吸着反応についてシミュレーションを行った結果を示す。
【0047】
なお、それぞれの吸着サイトにおいて、酸素分子の配置(酸素分子の3次元的な角度)は無数に考えらえるが、以下では、計算の結果、吸着エネルギーが低い(吸着状態が安定な)酸素分子の配置について示しており、以降の図においても同様である。
【0048】
図6は、Pt
MLAgの(111)面を、(111)面の法線方向([111]方向)から見た場合の酸素分子の吸着サイトを示す図であり、(a)~(c)はそれぞれ、H-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトを示している。ここで、例えば、酸素分子がH-B-Fサイトに吸着している状態とは、酸素分子の重心がBサイトに位置するとともに、二つの酸素原子がHHサイト、Bサイト、およびFHサイトを結ぶ線上に並んでいる状態であることを意味している。同様に、H-T-Fサイトに吸着している状態とは、HHサイト、Topサイト、およびFHサイトにおける同様の状態を意味し、F-NT-Fサイトに吸着している状態とは、FHサイト、NTサイト、および別のFHサイトにおける同様の状態を意味する。
【0049】
図6の(a)~(c)において、何れも酸素分子は吸着高さ(酸素分子から触媒表面までの距離)が約4.5Åであり、吸着エネルギーは約-0.07eVであった。すなわち、酸素分子は、触媒表面から少し離れた位置に緩やかに吸着した状態(分子状吸着状態)であることが分かる。
【0050】
これらの状態から、酸素分子を触媒表面に接近させて、酸素分子が酸素原子に解離して吸着する場合の、ポテンシャルエネルギーの変化についてシミュレーションを行った。
【0051】
図7は、Pt
MLAgの(111)面における、酸素分子の解離吸着反応のポテンシャルエネルギー曲面を示す図であり、(a)~(c)はそれぞれ、H-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトにおけるポテンシャルエネルギー曲面を示している。横軸は、酸素原子間の距離rを、縦軸は、酸素分子と触媒表面との距離zを表しており、図中に、0.2eV毎にポテンシャルエネルギーの等高線を示している。
【0052】
図7の(a)に示すように、Pt
MLAgの(111)面におけるH-B-Fサイトにおいて、酸素分子の解離吸着反応は図中に示す点線Iに沿った経路で進むと考えられる。図中の点αは、酸素分子が触媒表面に吸着している上記分子状吸着状態を示している。
【0053】
この分子状吸着状態(点α)から酸素分子を触媒表面に接近させるにつれて、距離zは減少し、距離rは増大する。そして、図中の点βの状態を経て、距離rはさらに増大し、酸素分子が酸素原子に解離して吸着することが分かる。ここで、点βにおけるポテンシャルエネルギーは、分子状吸着状態(点α)よりも1.4eV大きくなっており、点線Iに沿った経路において活性化障壁が存在することが分かる。
【0054】
図7の(b)および(c)に示すように、Pt
MLAgの(111)面におけるH-T-FサイトおよびF-NT-Fサイトにおいても同様に、点βにおけるポテンシャルエネルギーが大きくなっており、それぞれ1.8eVおよび1.4eVの活性化障壁が存在することが分かる。
【0055】
図8は、
図7の(a)に示した経路Iにて酸素分子の解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離状態、(d)は安定化状態を示している。
【0056】
図8の(a)では、酸素分子は、触媒表面から約4.5Å離れた位置に吸着しており、この場合、酸素原子間の距離は変化しない。
図8の(b)に示すように、酸素分子が触媒表面に接近すると、酸素原子間の距離が少し長くなる(活性化状態)。そして、
図8の(c)に示すように、酸素分子が酸素原子に解離して、酸素原子がHHサイトおよびFHサイトに吸着することが分かる。ここで、
図8の(d)に示すように、吸着した酸素原子に対して構造緩和することを許容してシミュレーションを行うと、酸素原子は、HHサイトからFHサイトに移動して再配列する結果が得られた。この再配列後の酸素原子の配置は、後述するF-NT-Fサイトにおける解離吸着状態と同じ状態である。
【0057】
図9は、
図7の(b)に示した経路Jにて酸素分子の解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離吸着状態を示している。
【0058】
図9の(a)~(c)に示すように、酸素分子は、分子状吸着状態から、触媒表面に接近すると、酸素原子間の距離が少し長くなる活性化状態を経て、酸素原子に解離して、酸素原子がHHサイトおよびFHサイトに吸着することが分かる。この場合には、吸着した酸素原子は構造緩和によって再配列することはなかった。
【0059】
図10は、
図7の(c)に示した、F-NT-Fサイトに酸素分子が分子状吸着している状態から解離吸着反応が進行する場合の、Ptと酸素原子との位置関係の推移を示す図であり、(a)は分子状吸着状態、(b)は活性化状態、(c)は解離吸着状態を示している。
【0060】
図10の(a)~(c)に示すように、酸素分子は、分子状吸着状態から、触媒表面に接近すると、酸素原子間の距離が少し長くなる活性化状態を経て、酸素原子に解離して、酸素原子が2つのFHサイトに吸着することが分かる。
【0061】
図11は、Pt
MLAgの(111)面におけるH-B-Fサイト、H-T-Fサイト、および、F-NT-Fサイトに、それぞれ酸素分子が酸素原子に解離して吸着した場合の吸着エネルギー、活性化障壁、酸素原子間距離の算出結果を示す図である。ここで、H-B-Fサイトに分子状吸着した酸素分子を酸素原子に解離して吸着する場合、構造緩和によってF-NT-Fサイトの配置となることから、unstableとして記載している。
【0062】
図11に示すように、酸素原子間の距離は、H-T-Fサイトでは3.40Åであり、F-NT-Fサイトでは2.95Åである。また、H-T-Fサイトよりも、F-NT-Fサイトの方が、活性化障壁が低いとともに、解離吸着した酸素原子の吸着エネルギーの絶対値が大きいことが分かる。このことは、Pt
MLAgの(111)面において、酸素分子は酸素原子に解離して2つのFHサイトに吸着する反応が、比較的生じ易いことを示している。なお、F-NT-Fサイトの解離吸着は、H-B-Fサイトを出発として構造緩和してF-NT-Fサイトとなった場合を含む。
【0063】
上記したことと同様に、コアがパラジウムを含むPtMLPdの(111)面における、酸素分子の吸着反応についてもシミュレーションを行った。
【0064】
その結果、酸素分子は、分子状吸着状態から、触媒表面に接近すると、酸素原子間の距離が少し長くなる活性化状態を経て、酸素原子に解離して、酸素原子が2つのFHサイトに吸着する状態(F-NT-Fサイトに吸着する状態)が、最も活性化障壁が小さいとともに吸着エネルギーの絶対値が大きいことが分かった。この活性化障壁の値は、1.2eVであった。また、2つのFHサイトに吸着した酸素原子間の距離は、2.78Åであった。
【0065】
(2.3.OH形成)
PtMLAg、およびPtMLPdの(111)面において、酸素分子の触媒表面への分子状吸着は、触媒表面から少し離れた位置にて緩やかに吸着する状態であること、また、酸素分子が、活性化障壁を超えて酸素原子に解離して触媒表面に吸着した状態が安定であることが分かった。そのため、以下では、酸素還元反応の反応経路の1つである解離吸着の経路において、解離吸着の次段階の反応であるOHの形成について検討を行う。
【0066】
上述したように、酸素還元反応における酸素解離の次段階の反応であるOHの形成では、電解質を通りアノード側から移動してきたプロトン(H+)と、触媒表面の酸素原子が反応し、触媒表面にOHを形成する(O*+H++e-→OH*)。ここでは、ヒドロニウムイオン(H3O+)から触媒表面上に吸着された酸素原子(O*)にプロトン(H+)が受け渡され、触媒表面上にOHが形成するものとし(O*+H3O+→OH*+H2O)、シミュレーションを行った。
【0067】
以下に、PtMLAgの(111)面における、OHの形成反応についてシミュレーションを行った結果を示す。
【0068】
図12は、触媒表面上に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡される過程を示す図である。
【0069】
計算条件としては、
図12に示すように、酸素原子は触媒表面のFHサイトに吸着しているものとし、ヒドロニウムイオンは、触媒表面の酸素原子の直上((111)面の法線方向)から接近してくるものとした。そして、触媒表面の酸素原子とプロトンとの間の距離を距離z1、触媒表面の酸素原子と水分子に含まれる酸素原子との間の距離を距離z2、および、プロトンと水分子に含まれる酸素原子との間の距離を距離z3とした。
【0070】
上記距離z2を固定し、距離z1を変化させてOH形成のポテンシャルエネルギーの変化についてシミュレーションを行った。
【0071】
図13は、Pt
MLAgの(111)面における、OH形成(1回目のOH形成)のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。また、
図14は、Pt
MLAgの(111)面における、形成したOHの近傍に存在する解離吸着した酸素原子についてのOH形成(2回目のOH形成)のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
図13および
図14では、横軸を触媒表面の酸素原子とプロトンとの間の距離z1、縦軸をポテンシャルエネルギーとし、触媒表面の酸素原子と水分子に含まれる酸素原子との間の距離z2を変化させた場合についてそれぞれグラフを示している。
【0072】
ヒドロニウムイオンから触媒表面に吸着された酸素原子にプロトンが受け渡される過程では、ヒドロニウムイオンが触媒表面に吸着された酸素原子に接近するため、まず距離z3が短くなる。そして、次に、触媒表面に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡され、距離z1が短くなり、触媒表面にOHが形成する。
【0073】
ここで、
図13において、距離z2が4.0Åのグラフに着目する。距離z2が4.0Åのグラフでは、距離z1が3.0Åにおいて、ポテンシャルエネルギーの変化に谷が形成されており、その前後の距離z1におけるポテンシャルエネルギーよりも低くなっている。また、距離z2が3.5Åのグラフにおいては、距離z1が2.5Åにおいてポテンシャルエネルギーの変化に谷が形成されている。これらのことから、ヒドロニウムイオンは、距離z3が1.0Å(ヒドロニウムイオンに含まれる酸素原子とプロトンとの間の距離が1.0Å)で準安定的に存在することがわかる。
【0074】
そして、いずれの距離z2においても、距離z1が約1.0Åでポテンシャルエネルギーが一番低くなっており、その距離z1が約1.0Åのときのポテンシャルエネルギーは、距離z2が4.0Å、3.5Å、3.0Å、2.5Åと短くなるにつれて低くなっている。尚、距離z2が2.0Åの場合には、ヒドロニウムイオンが触媒表面に近すぎるために、距離z1が約1.0Åにおけるポテンシャルエネルギーが大きくなっているが、他の距離z2の場合と同様に、距離z1が約1.0Åにおいてポテンシャルエネルギーの谷が存在している。
【0075】
このように、距離z2が短くなり、次に距離z1が短くなるという過程において、常にポテンシャルエネルギーは低くなり続けている。このことは、PtMLAgの(111)面では、触媒表面に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡され、触媒表面にOHが形成する反応において活性化障壁が無いことを表している。
【0076】
次に、Pt
MLAgの(111)面にOHが形成した状態において、形成したOHの近傍における、解離吸着した酸素原子についてOH形成のポテンシャルエネルギーを計算した。その結果を
図14に示す。
図14でも同様に、距離z2が短くなり、次に距離z1が短くなるという過程において、常にポテンシャルエネルギーは低くなり続けている。このことから、Pt
MLAgの(111)面では、OHが形成した状態において、形成したOHの近傍の触媒表面に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡され、触媒表面にOHが形成する反応において活性化障壁が無いことを表している。
【0077】
上記したことと同様に、PtMLPdの(111)面における、OHの形成についてもシミュレーションを行った結果、触媒表面にOHが形成する反応において活性化障壁が無いことが分かった。
【0078】
(2.4.H2O形成・脱離)
PtMLAg、およびPtMLPdの(111)面において、活性化障壁無しで解離吸着した2個の酸素原子から2個のOHが形成されることが分かった。次に、酸素還元反応の反応経路の1つである解離吸着の経路において、OHの形成の次段階の反応であるH2Oの形成について検討を行う。H2Oの形成では、触媒表面のOHと、プロトンとが反応し、H2Oが生成する(OH*+H++e-→H2O)。ここでは、ヒドロニウムイオンから、触媒表面のOHに対してプロトンが受け渡され、H2Oが形成されるものとし(OH*+H3O+→H2O*+H2O)、シミュレーションを行った。
【0079】
ここで、触媒表面にOHが形成された状態における、該OHの安定な吸着サイトについてシミュレーションを行った。
図15は、触媒表面にOHが形成されている場合の、FCC構造における(111)面を(111)面の法線方向から見た図であり、(a)~(c)はそれぞれ、Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(111)面を示している。
【0080】
図15の(a)~(c)に示すように、Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(111)面において、形成したOHはそれぞれ、Topサイト、TopサイトおよびBサイト、並びにTopサイトに吸着することが安定であることが分かる。Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(111)面において、酸素原子の安定な吸着サイトがFHサイトであったこと(
図5参照)から、触媒表面上に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡される過程の後にて、触媒表面に吸着したOHが構造緩和して移動(再配列)することが分かる。ここでは、シミュレーション上、OH形成後に、触媒表面に吸着したOHが移動するとして計算を行っているが、実際の反応においては、OH形成中に(OH形成と並行して)移動していることも考えられる。
【0081】
以下に、このように触媒表面に吸着したOHについて、ヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡され、H2Oが形成する反応についてシミュレーションを行った結果を示す。
【0082】
計算条件としては、OHは触媒表面の上述した各サイトに吸着しているものとし、ヒドロニウムイオンは、触媒表面のOHの直上((111)面の法線方向)から接近してくるものとした。そして、触媒表面のOHにおける酸素原子とヒドロニウムイオンに含まれる酸素原子との間の距離を距離z4とした。上記距離z4を変化させて、H2O形成のポテンシャルエネルギーを計算した。
【0083】
図16は、Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面における、H
2O形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【0084】
図16に示すように、Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの何れにおいても、ヒドロニウムイオンを触媒表面の遠方からOHに接近させ、距離z4が短くなるにつれて、ポテンシャルエネルギーが小さくなっている。さらに、
図16のエネルギー極小点から構造最適化計算をおこなったところ、自発的にプロトンが触媒表面のOH側に移動することが確認された。このことから、Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面におけるH
2O形成反応において、距離z4が短くなる過程(ヒドロニウムイオンがOHに接近する過程)でポテンシャルエネルギーが低くなり続けており、活性化障壁が無いことが分かった。
【0085】
そして、PtMLPd、およびPtMLAgの(111)面における、生成したH2Oが触媒表面に吸着している状態のポテンシャルエネルギーを求め、吸着エネルギーを算出した。その結果、PtMLPd、およびPtMLAgの(111)面において、生成したH2Oが触媒表面から脱離する工程においても、活性化障壁が反応全体で無視できるほどの値であることが分かった。
【0086】
図17は、Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面における、酸素解離工程、OH形成工程、およびH
2O形成工程の活性化障壁の大きさを示す図である。
【0087】
図17に示すように、酸素分子が酸素原子に解離して触媒表面に吸着する工程において、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面は、Ptの(111)面に比べて同程度の活性化障壁を有している。酸素分子が触媒表面に解離吸着した後は、Pt、Pt
MLPd、およびPt
MLAgの(111)面の何れにおいても、OH形成工程およびH
2O形成工程が活性化障壁無しに進行する。OH形成工程としては解離酸素原子のそれぞれに起こるため、片方のみのプロトン化によるOH形成と両方プロトン化される場合の2個目のOH形成とを評価したが、いずれのOH形成工程においても活性化障壁が存在しないことを確認した。そして、生成したH
2Oが触媒表面から脱離する工程においても、活性化障壁が反応全体で無視できるほどの値である。
【0088】
(2.5.白金原子間距離および状態密度)
ここで、従来、下記(i)および(ii)の知見が知られている。
【0089】
(i)物質の表面と酸素原子との結合の強さは、物質の格子定数と相関があることが過去の文献から示されている(L. Grabow, Y. Xu, M. Mavrikakis, Phys. Chem. Chem. Phys. 8 (2006)3369.、M. Mavrikakis, B. Hammer, J.K. Noerskov, Phys.Rev. Lett. 81 (1998) 2819.、Y. Xu, A.V. Ruban, M.Mavrikakis, J. Am. Chem. Soc. 126 (2004) 4717.参照)。
【0090】
(ii)物質の表面と酸素原子との結合の強さは、物質表面における電子分布(状態密度)と相関があることが知られている。特に、dバンドセンター理論と呼ばれる理論が有名であり、この理論によれば、Ptの5d軌道の重心(dバンドセンター)がフェルミ準位に近づくと、酸素の化学吸着が安定化するので、酸素との結合も強くなると説明されている(A. Ruban, B. Hammer, P. Stoltze, H.L. Skriver, J.K. Noerskov, J.Mol. Catal. A: Chem. 115 (1997) 421.参照)。
【0091】
本願発明者らは、本実施の形態におけるPt
MLAgの表面(面心立方格子の(111)面)における状態密度について、密度汎関数理論に基づいた第1原理計算を用いてシミュレーションを行った。結果を
図18に示す。
【0092】
図18の(a)は、白金の表面(面心立方格子の(111)面)における状態密度を示す図である。
図18の(b)は、Pt
MLAgの表面Pt(面心立方格子の(111)面)における状態密度を示す図である。
図18の(a)および(b)において、1つの5s軌道、3つの5p軌道、5つの5d軌道のそれぞれの状態密度が示されており、横軸の0は、フェルミ準位を示している。ここで、
図18の(a)および(b)において、s軌道およびp軌道の状態密度は小さいため、着目すべき5つの5d軌道(dxy、dyz、dzz、dxz、dx2-y2)を強調して示している。
【0093】
図18の(a)に示すように、Ptにおいて、フェルミ準位近傍の電子密度が高くなっており、これは、高い触媒活性を示すことを表している。
【0094】
図18の(b)に示すように、Pt
MLAgにおいて、5d軌道の状態密度が全体的にフェルミ準位に偏って分布している。また、O-Pt結合に重要なdxz軌道の、フェルミ準位付近のピークがよりフェルミ準位側に偏り、先鋭化している。このことから、Pt
MLAgが高い触媒活性を示すとともに、触媒表面と酸素との結合が比較的強い(安定である)ことが分かる。
【0095】
なお、このような計算結果は、PtMLPdの状態密度についても同様であった。
【0096】
さらに、本願発明者らは、本実施の形態におけるコアシェル粒子(PtMLAgおよびPtMLPd)の、面心立方格子の(111)面を含む最近接白金原子間の距離について、密度汎関数理論に基づいた第1原理計算を用いてシミュレーションを行った。
【0097】
計算結果は、Agの上に単原子層のPtが積層された構造では、最近接白金原子間の距離が2.95Åであり、Pdの上に単原子層のPtが積層された構造では、最近接白金原子間の距離が2.783Åであった。
【0098】
ここで、コア粒子(AgまたはPd)の表面に積層するシェル層としてのPt層における最近接白金原子間の距離について、次のことが言える。すなわち、Pt層は、積層数が多くなるについて、その最近接白金原子間の距離が、バルク(例えば、マイクロメートルオーダー以上のPtの塊の物質内部)のPtにおける原子間距離に近づく。第1原理計算を用いて計算した結果、バルクのPtにおける最近接白金原子間の距離は2.81Åである。
【0099】
このことから、Agの上にPt層が積層するにつれて、最近接白金原子間の距離は徐々に小さくなり、逆に、Pdの上にPt層が積層するにつれて、最近接白金原子間の距離は徐々に大きくなる。それゆえ、本実施の形態におけるPtMLAgのシェル層(面心立方格子の(111)面)における最近接白金原子間の距離は、2.81Å~2.95Åであり、本実施の形態におけるPtMLPdのシェル層(面心立方格子の(111)面)における最近接白金原子間の距離は、2.783Å~2.81Åである。
【0100】
本実施の形態におけるPtMLAgおよびPtMLPdはそれぞれ、最近接白金原子間の距離が上記算出した範囲であることによって、酸素原子とPtの結合力が最適になり、H2Oの生成・解離反応の活性化障壁が無くなる。最近接白金原子間の距離がこれよりも狭いと、酸素分子の吸着反応の活性化障壁が大きくなるため、酸素還元活性が低下する。その一方で広くなるとH2Oの生成・解離反応の活性化障壁が現れ、酸素還元反応に複数の活性化障壁が存在するため、酸素還元活性が低下する。
【0101】
また、本願発明者らによるシミュレーションによれば、最近接白金原子間の距離は、AgまたはPdの上に3原子層のPtを積層した構造であっても、バルクのPtと異なった。そのため、シェル層(Pt層)は、1~3原子層であることが好ましい。
【0102】
(3.FCC構造における(001)面について)
上記したことと同様のシミュレーションを、FCC構造における(001)面について行った結果を以下に示す。
【0103】
図19は、FCC構造における(001)面を、(001)面の法線方向([001]方向)から見た図である。
図19に示すように、表面にFCC構造の(001)面を有する触媒の場合には、酸素原子の吸着サイトとして、Topサイト、Bridgeサイト、および、Hollowサイトの計3つのサイトが考えられる。
【0104】
Topサイトとは、触媒表面の第一層の原子の上に存在する吸着サイトである。Bridgeサイトとは、最近接原子間に存在する吸着サイトである。Hollowサイトとは、4つの原子に囲まれる位置に存在する吸着サイトである。
【0105】
FCC構造における(111)面の場合と同様に、PtMLAgの(001)面におけるそれぞれの吸着サイトに対して、酸素分子の吸着、および、酸素分子を触媒表面に接近させて、酸素分子が酸素原子に解離して吸着する場合の、ポテンシャルエネルギーの変化についてシミュレーションを行った。
【0106】
図20は、Pt
MLAgの(001)面におけるH-T-Hサイト、H-B-Hサイト、B-Bサイト、および、T-B-Tサイトについて、それぞれ酸素分子が酸素原子に解離して吸着する場合の吸着エネルギーの変化を示す図である。ここで、酸素分子が触媒表面から無限遠に存在する初期状態におけるエネルギーを基準(0eV)とした。また、図中の左から順に、初期状態、触媒表面に分子状吸着した状態、活性化状態、触媒表面に酸素分子が酸素原子に解離して吸着した状態を示している。
【0107】
図20に示すように、Pt
MLAgの(001)面において、B-Bサイトは、活性化状態の活性化障壁の値が0.28eVであり、酸素原子の吸着エネルギーは-1.4eVと大きいことがわかる。つまり、Pt
MLAgの(001)面において、酸素分子は、分子状吸着状態から、触媒表面に接近すると、酸素原子間の距離が少し長くなる活性化状態を経て、酸素原子に解離して、酸素原子が2つのBridgeサイトに吸着する状態(B-Bサイトに吸着する状態)が、最も活性化障壁が小さいとともに吸着エネルギーの絶対値が大きいことが分かった。
【0108】
次に、PtMLAgの(001)面における、OHの形成反応についてシミュレーションを行った結果を示す。
【0109】
図21は、Pt
MLAgの(001)面における、OH形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【0110】
計算条件としては、酸素原子は触媒表面のBridgeサイトに吸着しているものとし、ヒドロニウムイオンは、触媒表面の酸素原子の直上((001)面の法線方向)から接近してくるものとしたこと以外の条件は、
図12を用いて上述したことと同様である。
【0111】
図21に示すように、距離z2が短くなり、次に距離z1が短くなるという過程において、常にポテンシャルエネルギーは低くなり続けている。このことは、Pt
MLAgの(001)面では、触媒表面に吸着された酸素原子にヒドロニウムイオンからプロトンが受け渡され、触媒表面にOHが形成する反応において活性化障壁が無いことを表している。
【0112】
次に、PtMLAgの(001)面における、H2Oの形成反応についてシミュレーションを行った結果を示す。
【0113】
図22は、Pt、およびPt
MLAgの(001)面における、H
2O形成のポテンシャルエネルギーの計算結果を示す図である。
【0114】
図22に示すように、Pt、およびPt
MLAgの何れにおいても、ヒドロニウムイオンを触媒表面の遠方からOHに接近させ、距離z4が短くなるにつれて、ポテンシャルエネルギーが小さくなる。さらに、
図22のエネルギー極小点から構造最適化計算をおこなったところ、自発的にプロトンが触媒表面のOH側に移動することが確認された。このことから、Pt、およびPt
MLAgの(001)面におけるH
2O形成反応において、距離z4が短くなる過程(ヒドロニウムイオンがOHに接近する過程)でポテンシャルエネルギーが低くなり続けており、活性化障壁が無いことが分かった。
【0115】
そして、PtMLAgの(001)面における、生成したH2Oが触媒表面に吸着している状態のポテンシャルエネルギーを求め、吸着エネルギーを算出した。その結果、PtMLAgの(001)面において、生成したH2Oが触媒表面から脱離する工程にも、活性化障壁が反応全体で無視できるほどの値であることが分かった。
【0116】
図23は、Pt、Pt
MLAg、およびPt
MLPdの(001)面における、酸素解離工程、OH形成工程、およびH
2O形成工程の活性化障壁の大きさを示す図である。
【0117】
図23に示すように、酸素分子が酸素原子に解離して触媒表面に吸着する工程において、Pt
MLAgの(001)面は、Ptの(001)面と同じ大きさの活性化障壁を有している。酸素分子が触媒表面に解離吸着した後は、Pt、およびPt
MLAgの(001)面の何れにおいても、OH形成工程およびH
2O形成工程が活性化障壁無しに進行する。OH形成工程としては解離酸素原子それぞれに起こるため、片方のみのプロトン化によるOH形成と両方プロトン化される場合の2個目のOH形成とを評価したが、いずれのOH形成工程においても活性化障壁が存在しないことを確認した。そして、生成したH
2Oが触媒表面から脱離する工程にも、活性化障壁が存在しないことがわかった。
【0118】
また、PtMLPdの(001)面についてもシミュレーションを行い、上記と同様の結果が得られた。
【0119】
そして、面心立方格子において、(111)面における最近接原子間の距離と、(001)面における最近接原子間の距離とは互いに同じであるため、(111)面において「2.5.白金原子間距離および状態密度」として説明したことと同様のことが、(001)についてもいえる。
【0120】
(4.本実施形態に係るコアシェル触媒の利点)
このように、本発明の一実施形態におけるコアシェル触媒は、酸素還元反応のうち解離吸着の反応経路が支配的であり、酸素分子の解離吸着工程に活性化障壁が存在するが、その後の工程では活性障壁が存在しないことがわかった。そのため、酸素分子の解離吸着工程が律速段階となっている。
【0121】
そして、PtMLPd、およびPtMLAgの(111)面における、酸素分子の解離吸着工程の活性化障壁は、Ptの(111)面と同程度の大きさであることがわかった。このことは、PtMLPd、およびPtMLAgの(111)面は、Ptの(111)面と同レベルの触媒活性を有していることを示している。そして、PtMLPd、およびPtMLAgの(001)面についても同様に、Ptの(001)面と同レベルの触媒活性を有していることがわかった。
【0122】
これは、触媒表面における状態密度が、Pt単体よりも5d軌道が高エネルギー側に偏移していること、並びに、PtMLAgの(111)面または(001)面における最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åであること、およびPtMLPdの(111)面または(001)面における最近接白金原子間の距離が2.783Å~2.81Åであることによるものである。これにより、酸素原子とPtの結合力が最適になり、H2Oの生成・解離反応のエネルギー障壁が無くなる。
【0123】
また、コアシェル触媒粒子において、このような(111)面および(001)面は支配的に存在し得る。
【0124】
それゆえ、本発明の一実施形態における、コアシェル触媒は、白金のみからなる触媒粒子に代替して使用して、酸素還元反応に用いることができ、白金の使用量を低減することができる。
【0125】
また、コア材料としてのAgおよびPdは、電気化学的安定性が高く白金と比較して安価な材料であり、材料コストにおける触媒活性を向上させることができる。
【0126】
したがって、燃料電池のカソード反応である酸素還元反応に用いられる触媒であって、電気化学的安定性が高く比較的安価な材料をコアとして白金の使用量を低減しつつ、白金粒子を触媒として用いた場合より触媒活性のコストパフォーマンスが高い、コアシェル構造を有する触媒を提供することができる。そして、当該触媒を用いた酸素還元方法を提供することができる。
【0127】
以上のように、本発明に係るコアシェル触媒は、銀をコアに含み、白金をシェル層に含む酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.81Å~2.95Åである。
【0128】
また、本発明に係るコアシェル触媒は、パラジウムをコアに含み、白金をシェル層に含む酸素還元反応に用いるコアシェル触媒であって、上記シェル層を構成する複数の白金原子によって面心立方格子の(111)面または(001)面が形成されているとともに、上記シェル層において、最近接白金原子間の距離が2.783Å~2.81Åである。
【0129】
さらに、上記シェル層は1~3原子層であることが好ましい。
【0130】
また、本発明に係る酸素還元方法は、上記コアシェル触媒を用いる酸素還元方法であって、上記(111)面または(001)面に、酸素分子が酸素原子に解離して吸着する工程と、上記(111)面または(001)面に吸着した酸素原子と、プロトンとを反応させ、水分子を形成する工程と、上記(111)面または(001)面から水分子を脱離する工程とを含む。
【0131】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明は、酸素還元反応の触媒、特に、燃料電池のカソード電極触媒に好適に利用することができる。