(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-12-15
(45)【発行日】2022-12-23
(54)【発明の名称】2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート、それを含むフェロモン剤及びフェロモン製剤、並びにエアリアル=ルート=ミーリーバグの管理方法
(51)【国際特許分類】
C07C 69/24 20060101AFI20221216BHJP
A01P 19/00 20060101ALI20221216BHJP
A01N 37/12 20060101ALI20221216BHJP
【FI】
C07C69/24 CSP
A01P19/00
A01N37/12
(21)【出願番号】P 2019189780
(22)【出願日】2019-10-16
【審査請求日】2022-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100118599
【氏名又は名称】村上 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100160738
【氏名又は名称】加藤 由加里
(74)【代理人】
【識別番号】100114591
【氏名又は名称】河村 英文
(72)【発明者】
【氏名】田端 純
(72)【発明者】
【氏名】加茂 綱嗣
(72)【発明者】
【氏名】金生 剛
(72)【発明者】
【氏名】渡部 友博
【審査官】小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-210469(JP,A)
【文献】特開2015-078180(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
A01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)
【化1】
で表される2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート。
【請求項2】
下記式(S,S)-(1)
【化2】
で表される(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレートである、請求項1に記載の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート。
【請求項3】
請求項1または2に記載の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートを含むフェロモン剤。
【請求項4】
エアリアル=ルート=ミーリーバグ用の、請求項3に記載のフェロモン剤。
【請求項5】
請求項1または2に記載の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート又は請求項3若しくは4に記載のフェロモン剤と、それを保持し放出させるための保持部とを少なくとも備える、エアリアル=ルート=ミーリーバグのフェロモン製剤。
【請求項6】
請求項1または2に記載の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート、請求項3若しくは4に記載のフェロモン剤、又は請求項5に記載のフェロモン製剤を、エアリアル=ルート=ミーリーバグを管理する場所に設置することを含む、エアリアル=ルート=ミーリーバグの管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pseudococcus baliteus(一般名:エアリアル=ルート=ミーリーバグ;Aerial root mealybug)の性フェロモンである新規なモノテルペン=エステル化合物、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート、とその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫の性フェロモンは、通常雌個体が雄個体を誘引する機能をもつ生物活性物質であり、少量で高い誘引活性を示す。性フェロモンを用いた害虫の管理方法として多くの応用が考案され、そして実施されている。例えば、発生予察または地理的な拡散(特定地域への侵入)の確認の手段として、また、害虫防除の手段として広く性フェロモンが利用されている。害虫防除の手段としては、大量誘殺法(Mass trapping)、誘引殺虫法(Lure& killまたはAttract & kill)、誘引感染法(Lure & infectまたはAttract & infect)、及び交信撹乱法(Mating disruption)と呼ばれる防除法が広く実用に供されている。
【0003】
コナカイガラムシ類(Mealybugs)は植物を吸汁する小型の昆虫であり、それらのいくつかの種は穀物及び果実植物に深刻な被害を与えるため農業上問題となる害虫である。コナカイガラムシ類は植物組織に付着して生息しているため、見つけるのが困難であることがしばしばある。そのため、コナカイガラムシ類を作物の植物検疫の際に除去するのが難しい。性フェロモン誘引剤を用いたトラップは、誘引力が強力で、かつ、種特異的に誘引できるので、対象害虫の探知及びモニタリングのための有用な手段である。
【0004】
コナカイガラムシ類の雌成虫は、翅を欠き、また、足が退化しているので、ほとんど移動しない。一方、雄成虫は翅を有するが、非常に小型でか弱く(tiny and fragile)、羽化後給餌せず生存期間は最大でも数日間である(非特許文献1,2)。固着性の雌が放出する性フェロモンは短命な雄を誘引するのに必須であり、交尾相手を見つけ出すための鍵となっており、進化上の強い選択圧にさらされていると考えられる(非特許文献3,4)。事実、コナカイガラムシ類のフェロモンは、高度に種特異的な構造を有しており非常に多様性に富んでいる(非特許文献5,6)。このため、コナカイガラムシ類の性フェロモンは、害虫防除及び害虫検疫のための有用な手段であり、また、昆虫の化学的コミュニケーション機構の多様性を研究するためのモデルとしても重要である。
【0005】
Pseudococcus baliteus(一般名:エアリアル=ルート=ミーリーバグ;Aerial root mealybug;以下、「ARMB」とも記載する)は、フィリピンで最初に記述された害虫で、日本でも石垣島等の南西諸島に分布が確認され、検疫上非常に問題となる害虫である。本種のフェロモンはまだ同定されておらず、そのフェロモンの解明が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Franco,J.C.;Zada,A.;Mendel,Z.,BiorationalControl of Arthropod Pests;I.Ishaaya,A.R.Horowitz,Eds.,Springer,Dordrecht,2009,pp233-278
【文献】Ross,L.,D.M.Shuker,Curr.Biol.,2009;19:R184-R186
【文献】Tabata,J.;Ichiki,R.T.;Moromizato,C.;Mori,K.,J.R.Soc.Interface 2017;14;20170027
【文献】Tabata,J.;Teshiba,M.,Biol.Lett.,2018,14,20190262
【文献】Millar,J.G.;Daan,K.M.;McElfresh,J.S.;Moreira,J.A.;Bentley,W.J.,Semiochemicals in Pest and Weed Control;Petroski,R.J.;Tellez,M.R.;Behle,R.W.,Eds.,American Chemical Society,WashingtonDC,2005,pp11―27
【文献】Zou,Y.;Millar,J.G.,Nat.Prod.Rep.,2015,pp11-27
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ARMBのフェロモン化合物の化学構造を明らかにし、ARMBのフェロモン物質を提供する。また、本発明は、前記フェロモン物質を含む、フェロモン剤、特にARMBのフェロモン剤及びフェロモン製剤を提供することを目的とする。さらに、本発明は、前記フェロモン物質を用いて、ARMBを管理する方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明者らは、ARMBの性フェロモンを単離、同定することにより構造を推定し、その推定構造の化合物を合成することにより、その構造を確定し、合成品を用いた生物活性試験により立体化学を含む性フェロモンの構造を決定し、本発明をなすに至った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一つの態様によれば、下記式(1)
【化1】
で表される2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートが提供される。
【0010】
また、本発明の他の態様によれば、上述の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート(1)を含むフェロモン剤、特に、エアリアル=ルート=ミーリーバグのフェロモン剤が提供される。
【0011】
また、本発明の他の態様によれば、上述の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート又は上述のフェロモン剤と、それを保持し放出させるための保持部とを少なくとも備える、エアリアル=ルート=ミーリーバグのフェロモン製剤が提供される。
【0012】
更に、本発明の他の態様によれば、上述の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート、上述のフェロモン剤、又は上述のフェロモン製剤を、エアリアル=ルート=ミーリーバグを管理する場所に設置することを含む、エアリアル=ルート=ミーリーバグの管理方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ARMBを効率良く管理することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(a)は、Pseudococcus baliteus処女雌のヘッドスペース揮発物の抽出物のGC-FID(Flame ionization detection)とGC-EAD(electrophysiological antenna detection)のクロマトグラムを示し、
図1(b)は、天然物の化合物(1)、化合物(1)の水素添加反応生成物(2)、並びに化合物(1)の塩基性エタノリシス生成物(3)及び(4)のマススペクトルを示す。
【
図2】
図2は、合成品の化合物(1)及び天然物の化合物(1)のケト基に隣接するメチレンプロトンの
1H-NMRシグナルを示す。なお、図中、「Synthetic」は「合成品」を意味し、「Natural」は「天然物」を意味する。
【
図3】
図3は、合成品の化合物(1)に対するPseudococcus baliteus雄の反応を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
なお、本明細書中の中間体、試薬および目的物の化学式において、構造上、エナンチオ異性体(enantiomer;光学異性体)あるいはジアステレオ異性体(diastereomer)等の立体異性体が存在し得るものがあるが、特に記載がない限り、各化学式はこれらの異性体の全てを表すものとする。また、これらの異性体は、単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0016】
まず、ARMBのフェロモンの同定について説明する。
<ARMBのフェロモンの単離、同定>
ARMBのフェロモンは、以下のように、単離され、同定(構造推定)された。
最初に、ガラス製チャンバー(1L)中においてカボチャ果実で飼育したARMBの処女雌からヘッドスペース揮発物(Headspace volatiles)を1L/分の流速で引きHayeSepQ吸着剤(1g)に捕集した。揮発成分は3~4日毎に15mLのn-ヘキサンで抽出し、室温でエバポレーターにより濃縮した。濃縮物は-20℃で保管した。294,000雌成虫x日相当量(female day equivalents)を捕集した。エレクトロアンテノグラフィック=ディテクター(Electroantennographic detector;EAD)を備えたガスクロマトグラフ(GC)で得られた粗抽出物を分析したところ、DB-23カラムでKovat’s indexが2185を有する単一の化合物(1)が触角の反応を引き起こし、フェロモン候補物質として見いだされた。
【0017】
図1の(a)は、Pseudococcus baliteus処女雌のヘッドスペース揮発物の上記抽出物のGC-FIDとGC-EADのクロマトグラフを示す。
【0018】
次に、化合物(1)をGC-MS(Gas chromatography-Mass spectrometer)で分析し、電子衝撃イオン化(Elecctron impact;EI)70eVにおける高分解度マススペクトル(High-resolution mass spectrum)で、化合物(1)はC
15H
24O
3の分子式(観測値252.17804;計算値252.17255)を示し、4つの不飽和度(二重結合または環)の存在が予想された。化合物(1)のミクロスケール水素添加反応により一つの生成物、化合物(2)が得られ、このものの分子イオンピークはm/z254であり、一つの二重結合の存在が予想された。化合物(1)と(2)のマススペクトルのフラグメントのベースピークはそれぞれ109と111に観測され、これらは化合物(1)にトリメチルシクロペンテニル(C
8H
13)が存在することを示唆した。化合物(1)の塩基性エタノリシス(Basic ethanolysis)とエステル交換(Transesterification)は二つのピーク、すなわち化合物(3)と化合物(4)のピーク、を与え、これらの分子イオンはそれぞれm/z168と130に観測された。これらのマススペクトルを
図1の(b)に示す。化合物(4)のEI-MSとGC保持時間から化合物(1)は2-メチルブタン酸とトリメチルシクロペンテン構造を有するアルコールとのエステル化合物であることが示唆された。
【0019】
化合物(1)の約0.1mgを分取(Preparative)GCと分取LC(Liquid chromatograph;液体クロマトグラフ)により99%を超える純度まで精製して、35μlのC6D6に溶かし核磁気共鳴(NMR)分析に供した。1H-NMRスペクトルは二つのオレフィンと5組のメチル基プロトンの存在を示した。更に、DEPT(DistorsionlessEnhancement by Polalization Transfer)法による13C-NMRの信号は、二つのカルボニル炭素を含む四つの四級炭素の存在を示した。
カルボニル炭素の信号の一つ(175.5ppm)はカルボン酸エステルに特徴的であり、その存在を示唆した。HSQC(Heteronuclear single-quantum coherence)分析とHMBC(Heteronuclear multiple-bond coherence)分析で、このカルボニル炭素はメチンプロトン(2.46ppm)とカップリング(coupling)しており、更にメチル基(1.20ppm,d,J=6.6Hz)と1組のジェミナル(geminal)プロトン(1.46ppmと1.82ppm)とカップリングしており、1組のジェミナル(geminal)プロトンは別なメチル基(0.96ppm,t,J=6.0Hz)と相関していた。これらのことから、化合物(1)は2-メチルブタン酸エステル(2-メチルブチレート)であることを示しており、これはミクロスケールエステル交換反応生成物で予想された事実と一致した。他方のカルボニル炭素の信号(205.1ppm)の信号は、4.54と4.60ppm(J=17.4Hz)にある一組のダブレットプロトンの信号と相関しており、この相関はエステルの酸素原子に隣接するプロトンに特徴的なものであった。二つの四級炭素と3組のメチルプロトンに由来するシングレット信号(0.91,0.94,0.95ppm)を含む他の部分は、トリメチルシクロペンテニル構造を成していると考えられ、二つのオレフィンプロトン(5.11ppm,ddd,J=1.8,2.4,5.4Hzと5.29ppm,ddd,J=1.8,2.4,5.4Hz)は、1H-NMRのデカップリング(decoupling)分析によって別な一組のジェミナルプロトン(1.71ppm,ddd,J=1.8,2.4,16.8Hzと2.92ppm,ddd,J=1.8,2.4,16.8Hz)とカップリングしていることがわかった。以上より、環状構造は1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニルあるいは1,2,2-トリメチル-4-シクロペンテニル構造であることが予想された。HMBCと核オーバーハウザー効果(nuclear Overhauzer effect;NOE)パターンにより、前者がより妥当と考えられた。以上より、化合物(1)は、下記式(1)で表される2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートであり、化合物(2)は、下記式(2)で表される2-(1,2,2-トリメチルシクロペンチル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートであると推定された。
【0020】
【0021】
2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート(1)には、ヒドロキシ=ケトン部分とカルボン酸部分に一つずつ不斉炭素が存在するため、四つの立体配置を異にする立体異性体が考えられる。つまり、化合物(1)は、以下の四種の立体異性体、すなわち、下記式(R,R)-(1)
【化3】
で表される(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレートと、下記式(R,S)-(1)
【化4】
で表される(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレートと、下記式(S,R)-(1)
【化5】
で表される(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレートと、下記式(S,S)-(1)
【化6】
で表される(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレートが考えられる。
【0022】
<四種の全ての立体異性体の合成>
本発明者らは、(+)-カンファー(Camphor)と(-)-カンファー(どちらも100%ee)から(R)-メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトンと(S)-メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトンをそれぞれ合成し、これらのいずれかから出発して(R)-2-メチルブタン酸と(S)-2-メチルブタン酸(それぞれ、89.3%eeと98.6%ee)をそれぞれ反応させることにより、化合物(1)の四種の全ての立体異性体、すなわち、(R,R)-(1)、(R,S)-(1)、(S,R)-(1)及び(S,S)-(1)、を合成した。
また、本発明者らは、ヒドロキシメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトンの両鏡像体、すなわち、(R)-(3)と(S)-(3)も合成した。
なお、化合物(1)の合成方法については、下記の合成例にて詳述する。
【0023】
<ARMBのフェロモンの立体化学の解明>
合成品と天然物、および、それらの誘導体の各スペクトル・データを比較することにより、以下のように天然物の立体化学を明らかにした。
図2に示すように、天然物の化合物(1)のケト基に隣接するメチレンプロトンの
1H-NMRにおけるケミカルシフトおよびカップリング定数は、合成品の(R
*,R
*)-(1)[(R
*,R
*)-(1)は(R,R)-(1)または(S,S)-(1)を表す。]のそれらと同じであり、(S
*,S
*)-(1)[同様に(R
*,S
*)-(1)は(R,S)-(1)または(S,R)-(1)を表す。]のそれらとは異なることが判明した。
【0024】
キラル分割カラム(Chiral resolution column)β-DEXTM(商標) 120を用いたGC分析において、(R)-(3)と(S)-(3)の保持時間(Retension time)は、それぞれ、25.2分と25.3分であり、この内後者が天然物(1)の加水分解生成物の保持時間と一致した。
更に、合成品の(S,S)-(1)と天然物(1)の旋光度は、それぞれ、[α]D
24-65°(c=1.01,CHCl3)と[α]D
25-71°(c=0.0135,ヘキサン)であり、いずれも左旋性を示した。このことは、天然物がS,Sの絶対立体配置を有することを支持した。
【0025】
<四種の立体異性体の合成品の誘引活性>
図3は、合成した(1)の四種の立体異性体の誘引活性を温室で生物活性試験した結果を示す。
図3において、ブランク(Blank)は溶媒(ヘキサン)のみを表す。また、
図3のグラフ中、縦軸の「Captures/trap/day(mean+SEM)」は、1日当たりに捕獲した数(平均+標準誤差)を表し、及び、小文字a,b,cは、ANOVAで、次いでTurkey-Kramer HSD検定(test)による統計学的に有意な違いを表す。
天然型絶対立体配置を有する(S,S)-異性体が雄に対する誘引力が最も強かった。(S,R)-異性体も多少の雄を誘引したが、(S,R)-異性体に誘引されたか、少量含まれている(S,S)-異性体に反応したかは明らかではない。その他の異性体は活性が弱かった。
【0026】
本発明者らは、化学的な分析と生物活性の結果を合わせて、(S,S)-(1)がARMB、すなわちPseudococcus baliteusのフェロモンであると結論した。
【0027】
コナカイガラムシ類のフェロモンとして、α-ヒドロキシ=ケトン部分を有するモノテルペノイド(Monoterpenoid)は、極めてユニークな例である。比較的単純な二級水酸基を有するα-ヒドロキシ=ケトンはカミキリムシ類の数種について雄が産生する集合フェロモン(Aggregation pheromone)として知られているが、化合物(1)の様にα-位にケト基(ケトン性カルボニル基)を有する一級アルコール部分の構造は昆虫フェロモンとして極めてまれである。
【0028】
以下、本発明について説明する。
まず、下記式(1)
【化7】
で表される2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートについて説明する。
2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート(1)としては、以下の四種の立体異性体、すなわち、下記式(R,R)-(1)
【化8】
で表される(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレートと、下記式(R,S)-(1)
【化9】
で表される(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレートと、下記式(S,R)-(1)
【化10】
で表される(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレートと、下記式(S,S)-(1)
【化11】
で表される(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート、並びにこれらのラセミ体、スカレミック混合物及びジアステレオマー混合物が挙げられる。
【0029】
2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)としては、エアリアル=ルート=ミーリーバグのフェロモン物質として用いる観点から、(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))が好ましい。
なお、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)には、製造上不可避な不純物が含まれていてもよい。
【0030】
例えば、上述の2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)は、下記の化学反応式に示される通り、下記式(9)で表されるメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトンのハロゲン化反応により、下記一般式(7)で表されるハロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン化合物を得る工程と、前記ハロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン化合物(7)と、2-メチルブタン酸とのエステル化反応により、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)を得る工程により製造することができる。
【0031】
【0032】
ここで、式中、X1はハロゲン原子を表す。ハロゲン原子としては、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子等が挙げられる。
【0033】
メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(9)は、例えば、W.C.Agostaら、J.Am.Chem.Soc.,90,7025(1968)の方法等に準じて、下記の化学反応式に示される通り、カンファー(Camphor;1,7,7-トリメチルビシクロ[2.2.1]ヘプタン-2-オン)から合成することができる。
【化13】
【0034】
出発原料のカンファーは、天然物起源である純粋な光学異性体(enantiomaer)の両鏡像体、(1R)-(+)-カンファーと(1S)-(-)-カンファー、がどちらも工業的に入手可能であり、また、化学合成品のラセミ混合物(racemic mixture)、(±)-カンファーも大量に入手可能である。
【0035】
したがって、カンファーとして、目的に応じて、いずれかの光学異性体、いずれかの光学異性体が過剰となったスカレミック混合物(scalemic mixture)、またはラセミ混合物を原料として用いることができる。
【0036】
カンファーから、メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(9)への変換の工程において、カンファーの1位に存在する四級炭素の絶対配置が変化する工程が含まれないので、カンファーの1位の四級炭素の立体化学はメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(9)の1位の立体化学に保存される。
【0037】
上記のハロゲン化反応としては、公知のケトン化合物のα-ハロゲン化の方法を適用できる。
【0038】
上記のエステル化反応としては、公知のエステルの製造方法を適用できる。
【0039】
次に、本発明に従うフェロモン剤について説明する。フェロモン剤は、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)を少なくとも含む。フェロモン剤は、エアリアル=ルート=ミーリーバグ用である。
フェロモン剤における2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)の含有量は、生物活性または経済性の観点から、フェロモン剤の総量に対して、好ましくは0.0001~100重量%、より好ましくは0.001~100重量%、更に好ましくは40~100重量%、特に好ましくは70~100重量%である。
【0040】
更に、フェロモン剤には、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール(BHT)等の安定剤、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の酸化防止剤、および/または2-ヒドロキシ-4-オクトキシベンゾフェノン、2-(2’-ヒドロキシ-3’-tert-ブチル-5’-メチルフェニル)-5-クロロベンゾトリアゾール等の紫外線吸収剤等の添加剤を加えてもよい。
添加剤の添加量は、例えば、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)100重量部に対して、安定剤は好ましくは1~15重量部であり、酸化防止剤は好ましくは1~15重量部であり、紫外線吸収剤は好ましくは1~15重量部である。
添加剤は、必要に応じて2種類以上を併用して用いてもよい。また、添加剤は、市販のものを用いることができる。
【0041】
次に、本発明に従う、エアリアル=ルート=ミーリーバグのフェロモン製剤について説明する。フェロモン製剤は、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)または上述のフェロモン剤と、それを保持し放出させるための保持部とを少なくとも備える。
フェロモン製剤において、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)をそのまま用いてもよいし、上述のフェロモン剤を用いてもよい。
【0042】
保持部としては、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)または上述のフェロモン剤を安定に保持可能で、少なくとも2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)またはフェロモン剤を一定期間放出できるものであれば特に限定されないが、セプタム、キャップおよび鉱物等の担持体、チューブ、ラミネート製の袋、カプセル、缶およびアンプル等の容器が挙げられる。
また、保持部は、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)またはフェロモン剤等を少なくとも徐放させるものであれば特に限定されないが、高分子製であることが望ましい。
【0043】
高分子としては、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)またはフェロモン剤等が透過し、適度な速度で高分子膜の外に放出させることが出来れば特に限定されないが、例えば、cis-ポリイソプレンに例示される天然ゴム、イソプレンゴムおよびブタジエンゴムに例示される合成ゴム、ポリエチレンおよびポリプロピレン、ポリ塩化ビニルに例示されるポリオレフィン、エチレン-酢酸ビニル共重合体およびエチレン-アクリル酸エステル共重合体に例示されるエチレンを80重量%以上含む共重合体、生分解性のポリエステルおよび塩化ビニル等が挙げられる。
【0044】
フェロモン製剤の形態としては、誘引剤及び交信攪乱剤等が挙げられる。
【0045】
誘引剤の保持部への担持量は、エアリアル=ルート=ミーリーバグに対して誘引活性を示す範囲であれば特に限定されないが、好ましくは1μg~100mgである。
【0046】
交信攪乱剤の保持部への担持量は、エアリアル=ルート=ミーリーバグに対して誘引活性を示す範囲であれば特に限定されないが、誘引活性により競争的誘引(Competitive attraction)もしくは異所性誘導(Induced allopatry)を引き起こさせる、または、野外で雄が雌のフェロモンを嗅ぎ分けられなくなるほどの気中におけるフェロモン濃度を確保することにより脱感作(Desenstization)若しくは異時性誘導(Induced allochrony)を引き起こさせる量であれば特に制限されないが、好ましくは1μg~100mgである。
【0047】
なお、フェロモン製剤は周知の技術で製造することができる。
【0048】
次に、本発明に従う、エアリアル=ルート=ミーリーバグの管理方法について説明する。管理方法は、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート(1)、上述のフェロモン剤または上述のフェロモン製剤を、エアリアル=ルート=ミーリーバグを管理する場所に設置することを含む。
管理方法において、2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=メチルブチレート(1)をそのまま用いてもよいし、フェロモン剤を用いてもよいし、フェロモン製剤を用いてもよい。
2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレート(1)、フェロモン剤および/または性フェロモン製剤を、エアリアル=ルート=ミーリーバグを管理する場所、例えば作物を栽培する圃場または作物を貯蔵流通させる倉庫等に設置することにより、エアリアル=ルート=ミーリーバグを管理することができる。
管理方法としては、大量誘殺法(Mass trapping)、誘引殺虫法(Lure & killまたはAttract & kill)、誘引感染法(Lure& infectまたはAttract & infect)および/または交信撹乱法(Mating disruption)等が挙げられる。
なお、大量誘殺法、誘引殺虫法、誘引感染法および交信撹乱法等は、公知の方法に従い行うことができる。
【実施例】
【0049】
以下、実施例を示して、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0050】
<ARMBフェロモンの合成例>
合成例において、原料、生成物、中間体の純度としてガスクロマトグラフィー(GC)分析によって得られた値を用い%GCと表記する。生成物、中間体の異性体比はGC分析によって得られた面積の百分率の相対比を用いる。
GC条件: GC: Simazdu GC-14A,カラム(Column): 5%Ph-Me silicone 0.25mmφx25m,キャリアーガス(Carrier gas): He,検出器(Detector): FID、または、Hewlett-Packard 7890B,カラム(Column): 5%Ph-Me silicone 0.25mmφx30m,キャリアーガス(Carrier gas): He,検出器(Detector): FID。
収率は%GCに基づく収率の値である。反応に用いられる原料および反応で得られる生成物は100%純度であるとは限らないので、以下の式に従い計算した。
収率(%)=[ (反応によって得られた生成物の重量×%GC)/生成物の分子量]÷[((反応における出発原料の重量×%GC)/出発原料の分子量]×100
なお、化合物によってガスクロマトグラフィーの検出感度が異なるため、特に原料又は生成物が粗生成物の場合には、上記の収率が100%を超えることもあり得る。
化合物のスペクトル測定のサンプル、生物活性試験に用いたサンプルは、必要に応じて生成物を再精製した。
【0051】
合成例1 (S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(S)-(7),X
1=Br)の合成を、下記の合成例1-1、そして合成例1-2において説明する。
【化14】
【0052】
合成例1-1 (S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンの合成
【化15】
【0053】
窒素雰囲気下、(S)-メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(9)[100%ee,[α]D
24-149°(c=1.02,CHCl3)]のジエチル=エーテル溶液(46.2%GC)13.13gと、ジイソプロピルエチルアミン12.93gとジクロロメタン60mLの混合物に、氷水浴で冷却しかき混ぜながら、トリメチルシリル=トリフルオロメタンスルホニル14.0gとジクロロメタン20mLの混合物を10℃以下で滴下した。滴下終了後、反応混合物を氷冷で2時間、室温で14時間かき混ぜた。氷冷後、反応混合物を飽和炭酸水素ナトリウム水溶液にあけ、n-ヘキサンで抽出した。有機層から通常の洗浄、乾燥、濃縮による後処理操作により、粗(S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのn-ヘキサン溶液14.78g(29.0%GC、収率48%)を得た。このものは溶液のまま次の反応に供した。
【0054】
(S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテン
GC-MS(EI,70eV):45,73,91,105,119,141,168,181,195,209(ベースピーク),224(M+)。
【0055】
合成例1-2 (S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(S)-(7),X
1=Br)の合成
【化16】
【0056】
窒素雰囲気下、合成例1-1において得られた粗(S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのn-ヘキサン溶液14.78gと、炭酸水素ナトリウム5.00gとテトラヒドロフラン150mLの混合物をドライアイス-アセトン浴を用いて、-60℃以下でかき混ぜながら、N-ブロモスクシンイミド10.0gを加えた。反応混合物を-60℃以下で140分間、その後、冷却浴を下げ30分間かけて徐々に反応温度を3℃まで上昇させて、更に氷冷下40分間かき混ぜた。飽和食塩水を加えて反応をクエンチし、n-ヘキサンで抽出した。通常の洗浄、乾燥、濃縮による後処理操作で得られた残渣をジクロロメタンに溶かしてシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン:ジエチルエーテル=9:1で溶出)で精製して目的物の(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(S)-(7),X1=Br)の二つのフラクション5.62g(78%GC)と0.65g(62.8%GC)を、二つのフラクション計収率109%で得た。
【0057】
(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン
黄色油状物(yellow oil)
IR(D-ATR):ν=3055,2962,2870,1715,1650,1457,1389,1375,1367,1264,1150,1023,832,717cm-1。
1H-NMR(500MHz,CDCl3):δ=0.87(3H,s),1.14(3H,s),1.23(3H,s),2.13(1H,ddd,J=1.3,2.7,16.6Hz),3.15(1H,dt-like,J=2.3,16.4Hz),4.12(1H,d,J=13.9Hz),4.17(1H,d,J=13.8Hz),5.38(1H,ddd,J=1.4,2.5,7.3Hz),5.60(1H,dt-like,J=~2.4,5.7Hz)ppm。
13C-NMR(125MHz,CDCl3):δ=21.61,23.01,24.82,34.61,41.77,49.11,60.02,125.81,139.78,204.41ppm。
GC-MS(EI,70eV):43,67,79,91,109(ベースピーク),123,137,151,215,230(M+)。
【0058】
78%GCのフラクションには、6.5%GCの(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン[下記の化学式で示され、化合物(S)-(7)においてX=Clである場合]が含まれていた。この化合物はクロマトグラフィーに用いたジクロロメタン由来と思われる塩素源とシリカゲル上でハロゲン交換により生成したと考えられる。
【0059】
【化17】
(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン
GC-MS(EI,70eV):41,67,77,91,109(ベースピーク),122,137,151,171,186(M
+)。
【0060】
合成例2 (S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))の合成
【化18】
【0061】
窒素雰囲気下、炭酸カリウム8.00gとN,N-ジメチルホルムアミド40mLの混合物に、室温でかき混ぜながら、(S)-2-メチルブタン酸(98.6%ee)2.0g、次いで合成例1で得られた(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(78.0%GC)と(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(6.5%GC)の混合物2.50gを加えた。反応混合物を室温で210分間かき混ぜた。GCによれば原料のブロモメチル=ケトン化合物とクロロメチル=ケトン化合物とも目的物へと変換された。次に、反応混合物を氷水にあけn-ヘキサンで抽出した。通常の洗浄、乾燥、濃縮による後処理操作で得られた残渣をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(n-ヘキサン:ジエチルエーテル=100:0~97:3で溶出)で精製して目的物の(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))の二つのフラクション0.71g(93.1%GC)と1.20g(99.6%GC)を、二つのフラクション計収率82%で得た。
【0062】
(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート
淡黄色油状物(yellowish oil)
[α]D
24-65.0°(c=1.01,CHCl3)
IR(D-ATR):ν=3056,2969,2937,2877,1744,1718,1461,1414,1261,1178,1151,1015,748,717cm-1。
1H-NMR(500MHz,C6D6,サンプル20.2mg/C6D60.58mL):δ=0.90(3H,s),0.94(3H,s),0.95(3H,t,J=7.3Hz),0.95(3H,s),1.19(3H,d,J=7.1Hz),1.40-1.50(1H,ddq-like m),1.70(1H,dq―like,J=16.2,1.3Hz),1.77-1.86(1H,m),2.42―2.49(1H,dq―like m),2.92(1H,dt-like,J=16.3,2.3Hz),4.53(1H,d,J=16.7Hz),4.59(1H,d,J=16.7Hz),5.10(1H,dq―like,J=5.8,1.3Hz),5.27―5.31(1H,m)ppm。
【0063】
上記1H-NMRスペクトルにおいて、ジアステレオマー、(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((S,R)-(1))に由来するカルボニル基に隣接するメチレン水素の微小なピークが観察された:δ=4.54(1H,d,J=~16Hz),4.58(1H,d,J=~16Hz)ppm。これらの面積比から(S,S)-異性体:(S,R)-異性体の比は約99:1であり、原料の(S)-2-メチルブタン酸の光学純度をNMRの分解能の範囲でよく反映していた。
1H-NMRにおいて、ケミカルシフトの濃度依存による変化、特にメチル基に由来するピークのシフトが観察された。上記スペクトル測定サンプル溶液(20.2mg/0.58mL)2μlを0.56mLのC6D6で希釈したサンプルのメチル基に由来するピークは、下記の通りである:δ=0.91(3H,s),0.94(3H,s),0.95(3H,s),0.97(3H,t,J=7.4Hz)ppm。
13C-NMR(125MHz,C6D6):δ=11.77,16.97,20.94,22.69,24.52,27.15,41.01,41.15,49.07,58.49,66.59,125.78,140.16,175.51,205.14ppm。
GC-MS(EI,70eV):41,57,85,109(ベースピーク),123,137,194,209,223,237,252(M+)。
【0064】
合成例3 (S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((S,R)-(1))の合成
【化19】
【0065】
合成例2の(S)-2-メチルブタン酸(98.6%ee)2.0gの代わりに(R)-2-メチルブタン酸(89.3%ee)1.0gを用いて、合成例2と同様の方法で、合成例1で得られた(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(78%GC)と(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(6.5%GC)の混合物1.00gから、目的物の(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((S,R)-(1))の二つのフラクション0.21g(87.6%GC)と0.62g(99.4%GC)を、二つのフラクション計収率94%で得た。
【0066】
(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート
淡黄色油状物(yellowish oil)
[α]D
24-87.6°(c=1.01,CHCl3)
IR(D-ATR):ν=3055,2968,2937,2877,1743,1718,1461,1414,1368,1261,1235,1178,1151,1015,748,717cm-1。
1H-NMR(500MHz,C6D6,サンプル19.8mg/C6D60.58mL):δ=0.90(3H,s),0.94(3H,s),0.94(3H,t,J=7.3Hz),0.95(3H,s),1.20(3H,d,J=6.9Hz),1.40-1.50(1H,ddq-like m),1.70(1H,dq―like,J=16.2,1.3Hz),1.77-1.86(1H,m),2.42―2.48(1H,dq―like m),2.89-2.94(1H,dt-like,J=16.5,2.3Hz),4.54(1H,d,J=16.7Hz),4.58(1H,d,J=16.7Hz),5.11(1H,dq―like,J=5.8,1.3Hz),5.29(1H,dt-like,J=5.7,2.3Hz)ppm。
【0067】
上記1H-NMRスペクトルにおいて、ジアステレオマー、(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))に由来するカルボニル基に隣接するメチレン水素の微小なピークが観察された:δ=4.53(1H,d,J=16.7Hz),4.59(1H,d,J=~16.7Hz)ppm。これらの面積比から(S,R)-異性体:(S,S)-異性体の比は約95:5であり、原料の(R)-2-メチルブタン酸の光学純度をNMRの分解能の範囲でよく反映していた。
13C-NMR(125MHz,C6D6):δ=11.78,17.02,20.95,22.69,24.52,27.12,41.01,41.18,49.07,58.49,66.58,125.78,140.16,175.50,205.14ppm。
GC-MS(EI,70eV):41,57,85,109(ベースピーク),123,137,168,194,209,223,237,252(M+)。
【0068】
合成例4 (R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(R)-(7),X
1=Br)の合成を、下記の合成例4-1、そして合成例4-2において説明する。
【化20】
【0069】
合成例4-1 (R)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンの合成
【化21】
【0070】
合成例1―1の(S)-メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトンのジエチル=エーテル溶液(46.2%GC)13.13gの代わりに(R)-メチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン[100%ee,[α]D
23+149°(c=1.01,CHCl3)]のジエチル=エーテル溶液(37.2%GC)2.14gを用いて、実施例1-1と同様の方法で、粗(R)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのn-ヘキサン溶液2.29g(29.2%GC)を収率57%で得た。このものは溶液のまま次の反応に供した。
【0071】
上記で得られた(R)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのGC-MSスペクトルは、上記合成例1-1の(S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのそれと同一であった。
【0072】
合成例4-2 (R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(R)-(7),X
1=Br)の合成
【化22】
【0073】
合成例1―2の粗(S)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのn-ヘキサン溶液の代わりに合成例4-1で得られた粗(R)-1,2,2-トリメチル-1-(1-トリメチルシリロキシビニル)-3-シクロペンテンのn-ヘキサン溶液2.29g(29.2%GC,100%ee)を用いて、合成例1-2と同様の方法で、目的物の(R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン1.86g(57.4%GC)(7:(R)-(7),X1=Br)を収率98%で得た。
【0074】
上記で得られた(R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(R)-(7),X1=Br)(淡黄色油状物(yellowish oil))の各種スペクトル(IR、1H-NMR、13C-NMR、GC-MS)のデータは、上記合成例1-2で得られた(S)-ブロモメチル=(S)-1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(7:(S)-(7),X1=Br)のそれらと同一であった。
【0075】
合成例5 (R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((R,S)-(1))の合成
【化23】
【0076】
合成例2の(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(78%GC)と(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(6.5%GC)の混合物の代わりに合成例4-2で得られた(R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(57%GC,100%ee)1.86gと(S)-2-メチルブタン酸(98.6%ee)1.10gを用いて、合成例2と同様の方法で、目的物の(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート0.66g(95.8%GC)((R,S)-(1))を収率54%で得た。
【0077】
(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート
淡黄色油状物(yellowish oil)
[α]D
24+78.0°(c=1.02,CHCl3)
このものの各種スペクトル(IR、1H-NMR、13C-NMR、GC-MS)のデータは、上記合成例3で得られた(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((S,R)-(1))のそれらと同一であった。
【0078】
上記1H-NMRスペクトルにおいて、ジアステレオマー、(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((R,R)-(1))に由来するカルボニル基に隣接するメチレン水素のピークは微小であり、原料の(S)-2-メチルブタン酸の光学純度をNMRの分解能の範囲でよく反映していた。
【0079】
合成例6 (R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((R,R)-(1))の合成
【化24】
【0080】
合成例2の(S)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(78%GC)と(S)-クロロメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(6.5%GC)の混合物の代わりに合成例4と同様の方法で合成した(R)-ブロモメチル=1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル=ケトン(48%GC,100%ee)8.50gを用い、且つ合成例2の(S)-2-メチルブタン酸の代わりに(R)-2-メチルブタン酸(89.3%ee)5.00gを用いて、合成例2と同様の方法で、目的物の(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((R,R)-(1))の二つのフラクション2.18g(97.9%GC)と1.05g(99.1%GC)を、二つのフラクション計収率74%で得た。
【0081】
(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート
淡黄色油状物(yellowish oil)
[α]D
24+66.2°(c=1.00,CHCl3)
このものの各種スペクトル(IR、1H-NMR、13C-NMR、GC-MS)のデータは、上記合成例2で得られた(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))のそれらと同一であった。
【0082】
上記1H-NMRスペクトルにおいて、ジアステレオマー、(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((R,S)-(1))に由来するカルボニル基に隣接するメチレン水素の微小なピークが観察された。このピークの面積比から(R,R)-異性体:(R,S)-異性体の比は二つのフラクションで95.6~95.8:4.4~4.2であり、原料の(R)-2-メチルブタン酸光学純度をNMRの分解能の範囲でよく反映していた。
【0083】
実施例1~4および比較例1
<生物活性試験(Bioassay)>
上記合成例で合成した2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=2-メチルブチレートの各立体異性体の誘引活性をARMBの発生がある茨城県つくば市の実験温室で調べた。雄成虫は0.1mgの合成フェロモンを担持した赤色ゴムセプタム(外径8mmx19mm高、ブタジエンゴム)をルアー(誘引剤)として粘着版(12x22cm)を備えたデルタトラップを用いて捕獲した。溶媒(ヘキサン)のみを用いたBlankを用いて対照とした。トラップは0.6mの高さに2.0mの間隔で設置した。2019年3月27日から4月1日まで、トラップの場所をランダムに変更しながら、6反復の誘引試験を実施した。得られたデータはANOVAで、次いでTurkey-Kramer HSD 検定(test)で処理し比較した。
その結果を
図3及び以下に示す。
また、
図3のグラフ中の横軸に示されている略号は、以下の通りである。
RR:実施例1
(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((R,R)-(1))
SS:実施例2
(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((S,S)-(1))
RS:実施例3
(R)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(S)-2-メチルブチレート((R,S)-(1))
SR:実施例4
(S)-2-(1,2,2-トリメチル-3-シクロペンテニル)-2-オキソエチル=(R)-2-メチルブチレート((S,R)-(1))
Blank:比較例1
【0084】
合成フェロモンを用いた誘引トラップにより、ARMBのモニタリングが可能であることを示された。これらは、検疫の目的で用いることができる。また、非天然型立体異性体が明らかな阻害活性を有しないことは、厳密な光学活性体の作り分け及び高純度の原体が雄の誘引のためには必要でないことを示し、高い実用性を実証した。
【0085】
以下は、ARMBのフェロモン物質の同定における実験の詳細についてである。
<ARMBフェロモンの単離、同定>
<単離同定に用いた分析機器と条件>
GC: Agilent 6890N,インジェクション(Injection): SplitまたはSplitless 220℃,カラム(Column): DB-23 0.25mmφx30m 60℃(1分(min))+10℃/分(min)~220℃(8分(min))またはβ-DEXTM(商標) 120 0.25mmφx30m 100℃(5分(min))+2℃/分(min)~180℃,キャリアーガス(Carrier gas): He 1mL/分(min),検出器(Detector): FID 220℃。
GC-EAD: Hewlett-Packard HP5890 GC,増幅器: Nihon Koden AB-651J。発生初期の雄の頭部を切除してグランド電極に設置した。次いで、触角の数節の遠位端を切断し、切断面を生理食塩水1滴を用いてEAD装置のキャピラリーガラス電極につないだ。
GC-MS: JEOL SX-102A,インターフェース温度 210℃,イオン源温度 220℃。
分取(Preparative)GC: プログラマブルインジェクター ATAS GL International OPTIC 3,フラクションコレクションシステム Gerstel Gmbh & Co.KG ドライアイス冷却。
分取(Preparative )HPLC: Hewlett-Packard HP1050,カラム(Column): GL Science Intersil 4.6mmφx250mm 粒形5μm 室温,溶出: 5% ジエチル=エーテル ヘキサン溶液,1.0mL/分(min),検出器(Detector): UV210nm。
NMRスペクトル:JEOL JNM-A600 spectrometer。
【0086】
<揮発物質の収集>
ARMB、すなわちPseudococcus baliteusはカボチャ(Cucurbita moschata)果実上で16時間(h):8時間(h)明暗期;23℃;50%湿度で飼育したものを用いた。雄成虫は、カボチャ果実を10ppm メトプレン(methoprene)溶液に0.5分間浸すことにより取り除いた。雌成虫およそ500頭が付いたカボチャ果実を1Lのガラス製ジャーに入れ、吸着剤(Alltech HayeSepQ 60/80 mesh 1g)を通して、雌上部の活性炭フィルタを経たヘッドスペース空気を真空ポンプを用いて1L/分(min)で捕集した。3、4日毎に吸着された揮発物質を15mLヘキサンで抽出した。揮発物質の収集は6週間続けた。合わせた粗抽出物は、0.2gのシリカゲルで処理し、フェロモン単離のために分取(Preparative)HPLCと分取(Preparative)GCに供した。
【0087】
<水素添加反応>
フェロモン候補化合物1μgをエタノール0.1mLに溶かし、白金-黒5mgの存在下、水素雰囲気下にかき混ぜた。10分後、反応混合物を遠心分離し、上澄み2μLをGC-MS分析に用いた。
【0088】
<エタノリシス>
アルゴン雰囲気下、フェロモン候補化合物10μgを0.01M水酸化カリウムのエタノール溶液0.1mLに溶かし、60℃で4時間処理した。反応混合物をメタノールで湿らせカラムに詰めた酸性イオン交換樹脂アンバーライト(Amberlite)FCP3500 2.5gを通して中和・ろ過し、更にメタノールで溶出させた。溶出液はそれ以上精製せずに分析に用いた。