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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-08
(45)【発行日】2023-03-16
(54)【発明の名称】創傷治療用ガス組成物及び創傷治療装置
(51)【国際特許分類】
   A61K 33/04 20060101AFI20230309BHJP
   A61P 17/02 20060101ALI20230309BHJP
【FI】
A61K33/04
A61P17/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021528203
(86)(22)【出願日】2020-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2020023342
(87)【国際公開番号】W WO2020262055
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2021-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2019122423
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000195661
【氏名又は名称】住友精化株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【弁理士】
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】坂上 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】垣花 学
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-530001(JP,A)
【文献】特表2008-538569(JP,A)
【文献】特表2013-519374(JP,A)
【文献】ZHAO H.et al.,Hydrogen sulfide improves diabetic wound healing in ob/ob mice via attenuating inflammation,Journal of Diabetes and Its Complications,2017年,Vol.31,pp.1363-1369
【文献】垣花学,H2Sと脊髄神経保護,ICUとCCU,2016年,Vol.40,pp.555-559
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化水素を20ppm以下の割合で含む創傷治療用ガス組成物。
【請求項2】
硫化水素を10ppm以下の割合で含む創傷治療用ガス組成物。
【請求項3】
前記創傷治療用ガス組成物が褥瘡治療用ガス組成物である、請求項1又は2に記載のガス組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、創傷治療用ガス組成物及び創傷治療装置に関する。
【背景技術】
【0002】
創傷とは、体表組織の物理的な損傷を意味し、傷口が開いている「創」と、傷口が開いていない「傷」とを総称するものである。
軽度の創傷は、特に治療を施さなくても自然に治癒することがほとんどである。また、重度の創傷についても、縫合や皮膚移植等の処置が適切に行われれば、通常は自然治癒力により治癒する。
【0003】
しかし、創傷治癒が極度に遷延する場合も少なくない。例えば、創傷が褥創、静脈うっ滞性潰瘍、動脈性潰瘍、糖尿病性潰瘍及び放射線潰瘍等の難治性潰瘍である場合がこれに該当する。また、手術が施された患者において、手術創の治癒が遷延する場合もある。これは、患者が有する疾患や投薬により、患者の自然治癒能力が低下していることに起因する。
こうした難治性の創傷のうち褥瘡は、長期間にわたり皮膚に一定以上の圧力が加わった結果出来る壊死性の皮膚潰瘍であり、長期間寝たきりになった患者にしばしば見られる。
【0004】
近年、人口の高齢化に伴って、長期間寝たきりになり、褥瘡を発症する患者が増加傾向にある。このため、褥瘡をはじめとする創傷の治療剤又は治療方法が種々提案されている。
【0005】
例えば、内服剤及びその摂取方法として、特許文献1には、グルタミン酸ナトリウムを経口摂取することが開示されている。また、特許文献2には、グルタミン、ポリデキストロース、ラクチュロース及びビフィズス菌を含有する創傷治療剤を経口摂取することが開示されている。
【0006】
また、外用剤及びその適用方法として、特許文献3には、親水ワセリン又は白色ワセリンの何れか及びポビドンヨードを含む外用剤を創面に塗布することが開示されている。また、特許文献4には、外用液剤として水素含有水を用い、これに褥瘡部位を浸漬すること、これを褥瘡部位に滴下すること及びこれをしみ込ませた塗布具を褥瘡部位に貼付することが開示されている。また、特許文献5には、フラジオマイシン硫酸塩及びトラフェルミンを染み込ませた木綿ガーゼを潰瘍の奥に詰めることが開示されている。さらに、特許文献6には、架橋ヒアルロン酸、スルファジアジン銀及び架橋アルギン酸を含ませた不織布で構成される創傷被覆材で創傷を被覆することが開示されている。
【0007】
他方、硫化水素(HS)を含む温泉は、皮膚疾患や循環器系の疾患に効能があるとされており、古くから民間療法に用いられていた。ただ、硫化水素(HS)は毒性を有するため、日常で簡単に扱えるものではない。近年、この硫化水素(HS)が、低濃度の条件では、細胞保護作用、血管弛緩作用、抗酸化作用、神経伝達調整作用及びアポトーシス抑制作用等の生体活性を示すことが報告されている。
【0008】
このような硫化水素の生理作用が明らかになってくるにつれて、これを医学的な治療に応用する試みが活発になっている。
【0009】
例えば、特許文献7には、80ppmのHS雰囲気にマウスを曝露してスタシス状態とした後活性を回復させて生存能力を高めることが開示されている。
【0010】
また、特許文献8には、ポリマー及び独立気泡を含み、創傷部位に直接接触するように構成された表面を有する生体適合性ポリマーマトリックスに、血管拡張作用を有する硫化水素等を治療ガスとして貯蔵して、創傷部位に該治療ガスを送達することが、技術思想として開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2009-191015号公報
【文献】特開2015-120646号公報
【文献】特開2010-77143号公報
【文献】特開2011-219411号公報
【文献】特開2016-77514号公報
【文献】特開2001-212170号公報
【文献】特表2008-538569号公報
【文献】特表2019-507622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述のとおり、これまで、褥瘡を始めとする創傷の治療方法として種々のものが報告されている。また、硫化水素の生体活性を利用した種々の医学的な治療方法も報告されている。しかし、硫化水素への曝露ないし硫化水素の吸入により創傷を治療することは、これまでのところ報告されていない。
【0013】
そこで本発明は、硫化水素を利用した新規な創傷治療方法に利用する創傷治療用ガス組成物及び創傷治療装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、前述の目的を達成するために種々の検討を行ったところ、所定量の硫化水素を含むガス組成物を準備し、該ガス組成物に創傷を曝露すること、及び/又は治療対象生物に該ガス組成物を吸入させることで、該創傷の治癒効果が高まることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、前記目的を達成するための本発明の第1の実施態様は、硫化水素を20ppm以下の割合で含む創傷治療用ガス組成物である。
【0016】
また、前記目的を達成するための本発明の第2実施態様は、前述の創傷治療用ガス組成物が供給され、該ガス組成物に創傷を曝露するための、及び/又は治療対象生物に該ガス組成物を吸入させるためのカバー又は容器を備えた創傷治療装置である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、硫化水素を利用した新規な創傷治療方法に利用する創傷治療用ガス組成物及び創傷治療装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施形態に係る創傷治療装置の構成を示す概念図。
図2】実施例1~4及び比較例1~2でそれぞれ採用した褥瘡形成方法の説明図。
図3】実施例1~4及び比較例1~2でそれぞれ採用した硫化水素含有ガス供給及び褥瘡面積計測のプロトコルの説明図。
図4】実施例1~4及び比較例1~2における褥瘡の状態を示す写真((a):比較例1、(b):比較例2、(c):実施例1、(d)実施例2、(e):実施例3、(f):実施例4)。
図5】実施例1~4及び比較例2における褥瘡の面積計測結果を、それぞれ比較例1の結果と対比して示すグラフ((a):比較例2、(b):実施例1、(c):実施例2、(d):実施例3、(e):実施例4)。
図6】実施例5及び比較例3でそれぞれ採用した硫化水素含有ガス供給及び皮膚切除部の面積計測のプロトコルの説明図。
図7】実施例5~7並びに比較例3における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例5、(b):実施例6、(c):実施例7、(d)比較例3)。
図8】実施例5~7における皮膚切除部の面積計測結果を、それぞれ比較例3の結果と対比して示すグラフ((a):実施例5、(b):実施例6、(c):実施例7)。
図9】実施例8及び比較例4における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例8、(b):比較例4)。
図10】実施例8及び比較例4における皮膚切除部の面積計測結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を、一実施形態に基づいて詳細に説明するが、本発明は該実施形態に限定されるものではない。
【0020】
[ガス組成物]
本発明の第1の実施形態(以下、「第1実施形態」と記載する)に係る創傷治療用ガス組成物は、硫化水素を20ppm以下の割合で含む。
このような高い治療効果が得られるガス組成物中の硫化水素濃度は、20ppm以下である。硫化水素濃度が20ppmを超える場合には、創傷治療効果が減殺される。この原因は、現時点では特定できていないが、硫化水素の毒性が関係するものと推察される。ガス組成物中の硫化水素濃度の上限値は、創傷治癒効果が早期に得られる点で、10ppm以下とすることが好ましく、5ppm以下とすることがより好ましく、1ppm以下とすることが更に好ましい。
硫化水素濃度の下限値は、硫化水素を含んでさえいれば限定されないが、創傷の治癒を促進する点で、0.4ppb以上とすることが好ましく、0.02ppm以上とすることがより好ましい。
なお、本明細書における硫化水素濃度は、体積を基準としたものである。
【0021】
第1実施形態に係るガス組成物は、創傷の中でも、褥瘡等の自然治癒しにくいものの治療に優れた効果を発揮する。
【0022】
[創傷治療装置]
本発明の第2の実施形態(以下、「第2実施形態」と記載する)に係る創傷治療装置1は、図1に示すように、硫化水素を20ppm以下の割合で含む創傷治療用ガス組成物が供給され、該ガス組成物に創傷を曝露するための、及び/又は治療対象生物に該ガス組成物を吸入させるためのカバー又は容器10を備える。
前述のガス組成物が創傷の治療に効果を及ぼす機構は、現在のところ明らかでないが、前記ガス組成物への接触による皮膚組織の変化、及び前記ガス組成物の吸入による自然治癒力の向上が影響していると推測される。このため、前述した装置構成により、カバー又は容器10に前述のガス組成物を供給し、該ガス組成物に含まれる硫化水素への創傷の曝露、及び/又は該硫化水素の治療対象生物への吸入を行うことで、創傷の治癒を顕著に早めることができると考えられる。
【0023】
使用するカバー又は容器10は、創傷治療用ガス組成物に創傷を曝露する機能、及び/又は該ガス組成物を治療対象生物に吸入させる機能を有する。ここで、カバーとは、創傷又は治療対象生物の口若しくは鼻を覆う構造の部材をいい、シェル状構造のものやシート状のものが例示される。また、容器とは、創傷が生じた部位若しくは治療対象生物の口や鼻、又は治療対象生物の全身をその内部に収容する構造の部材をいい、箱状のものが例示される。カバー又は容器10の材質及び構造等は、硫化水素と反応せず、硫化水素を含有するガスの装置周辺への放出が抑制できるものであれば限定されない。カバーの材質の一例としては、水添スチレン系熱可塑性エラストマー(SEBS)、熱可塑性エラストマー(TPE)等が挙げられる。容器の材質の一例としては、アクリルやガラス等が挙げられる。カバー又は容器10は、複数の材質を組み合わせて構成されてもよい。また、構造の一例としては、硫化水素含有ガスの供給口に加えて排出口を備えるもの、複数の部材をガスケット等を介して組み合せたもの、及び治療対象生物が出入りするドア部を備えるもの等が挙げられる。カバー又は容器10は、使用中の硫化水素含有ガスの外部への放出抑制を容易にする点で、また供給される創傷治療用ガス組成物に対する曝露と該ガス組成物の吸入とを同時に行える点で、治療対象生物の全身を収容して密閉可能な容器とすることが好ましい。その場合には、治療中の治療対象生物の様子が確認できるように、透明な材質で形成されたものとすることがより好ましい。
【0024】
カバー又は容器10内に供給する創傷治療用ガス組成物は、上述したとおりの、硫化水素を20ppm以下の割合で含むものとする。該創傷治療用ガス組成物を供給することにより、上述した顕著な創傷治癒効果を奏する。
【0025】
本実施形態に係る創傷治療装置1は、カバー又は容器10に前述の創傷治療用ガス組成物を供給するための創傷治療用ガス源20を備える。創傷治療用ガス源20としては、不純物含有量の少ない創傷治療用ガスを安定して供給できるものであれば限定されない。一例として、創傷治療用ガスを充填したボンベや、大気中の成分と反応して硫化水素を発生する化合物等が挙げられる。
【0026】
本実施形態に係る創傷治療装置1は、創傷治療用ガス源20から供給される硫化水素含有ガスを希釈するとともに、そのカバー又は容器10への移動を促進するためのキャリアガス源30を備えてもよい。キャリアガス源30としては、キャリアガスを安定して供給できるものであれば限定されない。一例として、キャリアガスを充填したボンベ等が挙げられる。
使用するキャリアガスの種類は、大気中において安定で、硫化水素の創傷治癒作用を妨害しないものであれば限定されない。一例として、空気、窒素若しくはアルゴン又はこれらの混合ガスが挙げられる。これらのうち、容器10内に治療対象生物の全身を収容した場合でもその呼吸を阻害せず、入手も容易である点で、空気が好ましい。
【0027】
本実施形態に係る創傷治療装置1は、ガスの流通及び停止を、予め設定した時間で断続的に行えるように構成することが好ましい。該構成の例としては、創傷治療用ガス源20からカバー又は容器10へと至る経路に、ニードルバルブ及びバルブコントローラー又はマスフローコントローラー等の流量制御手段を設けることが挙げられる。前述したように創傷治療装置1にキャリアガス源30を設ける場合には、該キャリアガス源30からカバー又は容器10へと至る経路にも前記流量制御手段を設けることがより好ましい。
【0028】
本発明と技術思想において関連する他の実施形態(以下、「関連実施形態」と記載する)としては、第1実施形態に係る創傷治療用ガス組成物への創傷の曝露、及び/又は治療対象生物への該ガス組成物の吸入を行う創傷の治療方法が挙げられる。該治療方法によれば、上述した創傷治療用ガスの作用により、顕著な創傷治療効果が得られる。
【0029】
関連実施形態において、創傷治療用ガス組成物に創傷を曝露するための、及び/又は治療対象生物に該ガス組成物を吸入させるための手段は限定されないが、硫化水素濃度の低いガスを安定して供給できる点で、上述した第2実施形態に係る創傷治療装置を用いることが好ましい。
【実施例
【0030】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。ただし、これら実施例は、本発明を容易に理解するための一助として示したものであり、決して本発明を限定するものではない。
【0031】
[実施例1]
本実施例並びに後述する実施例2~4及び比較例1~2では、褥瘡モデルに対する本発明の効果を検討した。
【0032】
<治療対象生物の準備>
マウス(C57BL/6マウス、8週齢)に対してイソフルランで麻酔をかけ、その背部皮膚を、図2(a)に示すように2個の強力マグネットで挟んで圧迫し、12時間保持することで、図2(b)に示すように褥瘡を形成した。
【0033】
<硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入並びに褥瘡の観察>
図1に示す構成を備える創傷治療装置1の容器10内に前述のマウスを入れた。なお、本実施例では、容器10として、マウスの全身を収容して密閉可能なアクリル製の箱を使用した。その後、図3に示すプロトコルで、空気をキャリアガスとした硫化水素濃度が20ppmのガスの供給、及び褥瘡の観察を行った。具体的には、容器10内にマウスを入れて12時間経過時点から、1日あたり4時間の硫化水素含有ガスの供給を、11日間毎日実施した。そして、容器10内にマウスを入れてから1日、3日、6日、8日及び10日経過後に、それぞれイソフルラン麻酔下で褥瘡の写真を撮影し、第三者である皮膚科医が、Image J(Fiji)を用い、定規幅1cmのpixel数を測定し、10unitという単位を定義し、褥瘡部分を囲い、このunitを用いて面積を算出し、初日を100%として治癒過程の形態学的評価を行った。撮影された褥瘡の写真を図4に(c)として、褥瘡の面積計測結果を図5(b)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。なお、図5中の「Field of PrU(Pressure Ulcer)」は、褥瘡面積の意味である。
【0034】
[実施例2~4]
容器10内に供給するガス中の硫化水素濃度をそれぞれ10ppm(実施例2)、3ppm(実施例3)及び0.5ppm(実施例4)とした以外は実施例1と同様にして、実施例2~4に係る処置を行った。
実施例2について、撮影された褥瘡の写真を図4に(d)として、褥瘡の面積計測結果を図5(c)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。また、実施例3について、撮影された褥瘡の写真を図4に(e)として、褥瘡の面積測定結果を図5(d)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。さらに、実施例4について、撮影された褥瘡の写真を図4に(f)として、褥瘡の面積計測結果を図5(e)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0035】
[比較例1]
容器10内に供給するガスを空気のみ、すなわち硫化水素濃度が0ppmのガスとした以外は実施例1と同様にして、比較例1に係る処置を行った。
撮影された褥瘡の写真を図4に(a)として示す。また、得られた褥瘡の面積測定結果を、図5(a)~(e)に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0036】
[比較例2]
容器10内に供給するガス中の硫化水素濃度を40ppmとした以外は実施例1と同様にして、比較例2に係る処置を行った。
比較例2について、撮影された褥瘡の写真を図4に(b)として、褥瘡の面積測定結果を図5(a)に黒色円形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0037】
図4における(b)~(f)をそれぞれ同図中の(a)と対比すると、図中の(c)~(f)、すなわち20ppm以下の硫化水素を使用した実施例では、遅くとも10日目において、褥瘡の状態が顕著に改善することが確認された。特に、図中の(d)~(f)、すなわち10ppm以下の硫化水素を含むガスを使用した実施例2~4では、褥瘡の状態の改善が8日目に確認された。他方、図中の(b)、すなわち40ppmの硫化水素を使用した比較例2では、図中の(a)との間に褥瘡の状態に差異は確認できなかった。
【0038】
また、図5では、(c)~(e)において、空気のみを供給した場合に比べて褥瘡面積が顕著に小さくなることが確認された。
【0039】
以上の結果から、硫化水素を20ppm以下の割合で含むガスに褥瘡を曝露すること、及び/又は治療対象生物に該ガス組成物を吸入させることで、褥瘡の治癒効果が得られるといえる。特に、ガス中の硫化水素濃度を10ppm以下とした場合には、顕著な治癒効果が得られるといえる。
【0040】
[実施例5]
本実施例並びに後述する実施例6,7及び比較例3では、皮膚切除モデルに対する本発明の効果を検討した。
【0041】
<治療対象生物の準備>
マウス(C57BL/6マウス、8週齢)の背部を剃毛して1日置いた後、これにイソフルランで麻酔をかけ、その背部皮膚について、直径6mmの生研トレパン(カイ インダストリーズ製)にて表皮及び真皮をくり抜いた。
【0042】
<硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入並びに皮膚切除部の観察>
図1に示す構成を備える創傷治療装置1の容器10内に前述のマウスを入れた後、図6に示すプロトコルで、空気をキャリアガスとした硫化水素濃度が3ppmのガスの供給、及び皮膚切除部の観察を行った。具体的には、背部皮膚をくり抜いたマウスを容器10内に入れた直後から、4時間のガスの供給と、該供給を停止して20時間置くこととを1サイクルとして、これを9サイクル繰り返し、ガスの供給開始前(Day1(剃毛からの経過日数を意味する。以下において同様である。))、2サイクル終了後(Day3)、5サイクル終了後(Day6)、7サイクル終了後(Day8)及び9サイクル終了後(Day10)に、それぞれイソフルラン麻酔下で皮膚切除部の写真を撮影し、第三者である皮膚科医がその面積を計測し、治癒過程の形態学的評価を行った。撮影された皮膚切除部の写真を図7に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を図8(a)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0043】
[実施例6,7]
容器10内に供給するガス中の硫化水素濃度を10ppm(実施例6)及び1ppm(実施例7)とした以外は実施例5と同様にして、実施例6,7に係る処置を行った。
実施例6について、撮影された皮膚切除部の写真を図7に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を図8(b)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。また、実施例7について、撮影された皮膚切除部の写真を図7に(c)として、皮膚切除部の面積計測結果を図8(c)に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0044】
[比較例3]
容器10内に供給するガスを空気のみ、すなわち硫化水素濃度が0ppmのガスとした以外は実施例5と同様にして、比較例3に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を図7に(d)として、皮膚切除部の面積計測結果を図8(a)~(c)にそれぞれ白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0045】
図7における(a)~(c)をそれぞれ(d)と対比すると、硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入により、2サイクル終了後(Day3)から5サイクル終了後(Day6)にかけて、皮膚切除部の状態が若干改善することが確認された。また、図8においては、硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入を行ったマウスにおいて、2サイクル終了後(Day3)から5サイクル終了後(Day6)にかけて、皮膚切除部の面積の顕著な減少が確認された。
【0046】
以上の結果から、硫化水素を20ppm以下の割合で含むガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入は、褥瘡のみならず創傷全般について、治癒効果を有するといえる。
【0047】
[実施例8]
本実施例及び後述する比較例4では、治療対象生物として糖尿病マウスを使用し、本発明の効果を検討した。糖尿病に罹患した生物は、創傷の自然治癒力が低下する。このため、硫化水素ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入によって、顕著な創傷治癒効果が期待される。
【0048】
治療対象生物として、糖尿病マウス(C57BL/6J HamSlc-ob/obマウス、8週齢)を使用した以外は実施例6と同様にして、実施例8に係る処置を行った。なお、使用した糖尿病マウスは、II型糖尿病のモデルとなる肥満マウスである。
撮影された皮膚切除部の写真を図9に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を図10に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0049】
[比較例4]
治療対象生物として、前述の糖尿病マウスを使用した以外は比較例3と同様にして、比較例4に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を図9に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を図10に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0050】
図9における(a)と(b)とを対比すると、硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入により、2サイクル終了後(Day3)以降に、皮膚切除部の状態が顕著に改善することが確認された。また、図10においては、硫化水素含有ガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入を行った実施例の方が、これを行わなかった比較例よりも、2サイクル終了後(Day3)以降に、皮膚切除部の面積が顕著に小さくなっていることが確認された。
【0051】
以上の結果から、硫化水素を20ppm以下の割合で含むガスへの曝露及び/又は該ガスの吸入は、糖尿病等の疾患により自然治癒力が低い状態にある生物の創傷治療に特に有効といえる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、創傷に対する新規な治療方法を提供できる。このため、創傷治療方法の選択肢が増加し、患者の病状及び体質、並びに治療方法に対する要望等に応じた処置が可能となる点で本発明は有用なものである。
【符号の説明】
【0053】
1 創傷治療装置
10 カバー又は容器
20 創傷治療用ガス源
30 キャリアガス源
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10