(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-13
(45)【発行日】2023-04-21
(54)【発明の名称】皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体
(51)【国際特許分類】
A61K 33/04 20060101AFI20230414BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20230414BHJP
A61P 17/02 20060101ALI20230414BHJP
【FI】
A61K33/04
A61K9/70
A61P17/02
(21)【出願番号】P 2021528202
(86)(22)【出願日】2020-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2020023341
(87)【国際公開番号】W WO2020262054
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2021-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2019122422
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000195661
【氏名又は名称】住友精化株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【氏名又は名称】相田 悟
(72)【発明者】
【氏名】石原 伸輔
(72)【発明者】
【氏名】井伊 伸夫
(72)【発明者】
【氏名】坂上 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】垣花 学
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第109793919(CN,A)
【文献】特開2005-335965(JP,A)
【文献】国際公開第2020/012994(WO,A1)
【文献】Biomaterials,2017年,Vol.145,pp.1-8
【文献】ACS Appl.Mater.Interfaces,2016年,Vol.8,pp.27474-27481
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 33/00-33/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化水素徐放剤を含むことを特徴とする皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体であって、前記硫化水素徐放剤は、HS
-及び/又はS
k
2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物である
、皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体。
【請求項2】
前記硫化水素徐放剤は、大気との接触によって硫化水素を放出することを特徴とする、請求項
1に記載の皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体。
【請求項3】
前記皮膚創傷が皮膚潰瘍である、請求項1
又は2に記載の皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体。
【請求項4】
前記皮膚潰瘍が褥瘡である、請求項
3に記載の皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体に関する。
【背景技術】
【0002】
創傷とは、体表組織の物理的な損傷を意味し、傷口が開いている「創」と、傷口が開いていない「傷」とを総称するものである。
軽度の創傷は、特に治療を施さなくても自然に治癒することがほとんどである。また、重度の創傷についても、縫合や皮膚移植等の処置が適切に行われれば、通常は自然治癒力により治癒する。
【0003】
しかし、創傷治癒が極度に遷延する場合も少なくない。例えば、創傷が褥創、静脈うっ滞性潰瘍、動脈性潰瘍、糖尿病性潰瘍及び放射線潰瘍等の難治性潰瘍である場合がこれに該当する。また、手術が施された患者において、手術創の治癒が遷延する場合もある。これは、患者が有する疾患や投薬により、患者の自然治癒能力が低下していることに起因する。
こうした難治性の創傷のうち褥瘡は、長期間にわたり皮膚に一定以上の圧力が加わった結果出来る壊死性の皮膚潰瘍であり、長期間寝たきりになった患者にしばしば見られる。
【0004】
近年、人口の高齢化に伴って、長期間寝たきりになり、褥瘡を発症する患者が増加傾向にある。このため、褥瘡をはじめとする創傷の治療剤又は治療方法が種々提案されている。
【0005】
例えば、内服剤及びその摂取方法として、特許文献1には、グルタミン酸ナトリウムを経口摂取することが開示されている。また、特許文献2には、グルタミン、ポリデキストロース、ラクチュロース及びビフィズス菌を含有する創傷治療剤を経口摂取することが開示されている。
【0006】
また、外用剤及びその適用方法として、特許文献3には、親水ワセリン又は白色ワセリンの何れか及びポビドンヨードを含む外用剤を創面に塗布することが開示されている。また、特許文献4には、外用液剤として水素含有水を用い、これに褥瘡部位を浸漬すること、これを褥瘡部位に滴下すること及びこれをしみ込ませた塗布具を褥瘡部位に貼付することが開示されている。また、特許文献5には、フラジオマイシン硫酸塩及びトラフェルミンを染み込ませた木綿ガーゼを潰瘍の奥に詰めることが開示されている。さらに、特許文献6には、架橋ヒアルロン酸、スルファジアジン銀及び架橋アルギン酸を含むスポンジ層と不織布層とで構成される「創傷被覆材」を創面に適用することが開示されている。
【0007】
他方、硫化水素(H2S)を含む温泉は、皮膚疾患や循環器系の疾患に効能があるとされており、古くから民間療法に用いられていた。ただ、硫化水素(H2S)は毒性を有するため、日常で簡単に扱えるものではない。近年、この硫化水素(H2S)が、低濃度の条件では、細胞保護作用、血管弛緩作用、抗酸化作用、神経伝達調整作用及びアポトーシス抑制作用等の生体活性を示すことが報告されている。
【0008】
このような硫化水素の生理作用が明らかになってくるにつれて、これを医学的な治療に応用する試みが活発になっている。
【0009】
例えば、特許文献7には、80ppmのH2S雰囲気にマウスを暴露して「スタシス状態」とした後活性を回復させて生存能力を高めることが開示されている。
【0010】
また、特許文献8には、ポリマー及び独立気泡を含み、創傷部位に直接接触するように構成された表面を有する生体適合性ポリマーマトリックスに対して、血管拡張作用を有する硫化水素等の治療ガスを溶解した流体を添加又は暴露して、該ポリマーマトリックス中に該治療ガスを貯蔵し、前記創傷部位に該治療ガスを送達することが、技術思想として開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2009-191015号公報
【文献】特開2015-120646号公報
【文献】特開2010-77143号公報
【文献】特開2011-219411号公報
【文献】特開2016-77514号公報
【文献】特開2001-212170号公報
【文献】特表2008-538569号公報
【文献】特表2019-507622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述のとおり、これまで、褥瘡を始めとする創傷の治療方法として種々のものが報告されている。また、硫化水素の生体活性を利用した種々の医学的な治療方法も報告されている。
しかし、硫化水素の創傷部への供給により、実際に創傷治療効果が得られたことについては、これまでのところ報告されていない。また、特許文献8に開示された技術思想においては、治療ガスが、生体適合性ポリマーマトリックスの独立気泡内に、10000ppm(1%)を超える量で貯蔵されるため(
図11等)、低濃度の治療ガスを安定して供給する能力について疑義がある。特に、硫化水素は、高濃度では多くの生物にとって有害であるため、低濃度で安定して供給することは重要である。
【0013】
そこで本発明は、低濃度の硫化水素を安定して創傷部に供給する新規な皮膚創傷予防方法及び/又は皮膚創傷治療方法に利用する構成体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、前述の目的を達成するために種々の検討を行ったところ、硫化水素徐放剤を含む構成体を皮膚創傷に適用することで、該創傷の治癒効果が高まることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、前記目的を達成するための本発明の一実施態様は、硫化水素徐放剤を含むことを特徴とする皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、低濃度の硫化水素を安定して創傷部に供給する新規な皮膚創傷予防方法及び/又は皮膚創傷治療方法に利用する構成体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態で使用される硫化水素徐放剤についてのH
2Sの放出実験の結果を例示するグラフ。
【
図2】硫化物イオン含有LDHの構造を示す概念図。
【
図3】硫化物イオン含有LDHから硫化水素が放出されるメカニズムを示した模式図。
【
図4】本発明の一実施形態に係る皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体の構造の一例を示す概念図。
【
図5】
図4に例示した皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体において、使用可能なカバー又はシートの構造の一例を示す概念図。
【
図6】本発明の一実施形態に係る皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体の構造の他の一例を示す概念図。
【
図7】実施例1及び比較例1~2でそれぞれ採用した褥瘡形成方法の説明図。
【
図8】実施例1及び比較例1~2でそれぞれ採用した皮膚創傷治療用構成体による処置及び褥瘡面積計測のプロトコルの説明図。
【
図9】実施例1及び比較例1~2における褥瘡の状態を示す写真((a):比較例1、(b):比較例2、(c):実施例1)。
【
図10】実施例1及び比較例1~2における褥瘡の面積計測結果を示すグラフ。
【
図11】実施例2~3及び比較例3でそれぞれ採用した皮膚創傷治療用構成体による処置及び皮膚切除部の面積計測のプロトコルの説明図。
【
図12】実施例2~3及び比較例3における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例2、(b):実施例3、(c):比較例3)。
【
図13】実施例2~3及び比較例3における皮膚切除部の面積計測結果を示すグラフ。
【
図14】実施例4で形成・適用した皮膚創傷治療用構成体の断面構造を示す模式図。
【
図15】実施例4及び比較例4における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例4、(b):比較例4)。
【
図16】実施例4及び比較例4における皮膚切除部の面積計測結果を示すグラフ。
【
図17】実施例5及び比較例5における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例5、(b):比較例5)。
【
図18】実施例5及び比較例5における皮膚切除部の面積計測結果を示すグラフ。
【
図19】実施例6及び比較例6における皮膚切除部の状態を示す写真((a):実施例6、(b):比較例6)。
【
図20】実施例6及び比較例6における皮膚切除部の面積計測結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を、一実施形態に基づいて詳細に説明するが、本発明は該実施形態に限定されるものではない。
【0019】
本発明の一実施形態(以下、「本実施形態」と記載する)に係る皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体(以下、「本実施形態に係る構成体」と記載する)は、硫化水素徐放剤を含む。ここで、「皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体」とは、皮膚に直接適用して皮膚創傷の予防及び/又は治療が可能である構成体をいう。また、「硫化水素徐放剤」とは、後述するH
2Sの放出実験において、最大値の1/100以上の濃度の硫化水素が30分以上にわたって検出され続ける性質を有する物質をいう。例えば、
図1に示すH
2Sの放出実験の結果では、検出されたH
2S濃度の最大値は約35ppmであるから、その1/100である0.35ppm以上のH
2Sが30分以上検出され続けたことをもって、硫化水素徐放剤と判定される。
なお、本明細書では、前述した「H
2Sの放出実験において、最大値の1/100以上の濃度の硫化水素が30分以上にわたって検出され続ける性質」を、「硫化水素徐放性」と記載することがある。そして、この場合に、前述したH
2Sの放出実験において、同等以上の検出時間で、より低い最大値を示すようになること、又は同等以下の最大値で、より長時間硫化水素が検出され続けるようになることを、硫化水素徐放性の向上とする。
【0020】
前述したH2Sの放出実験は、以下の方法で実施する。
測定対象とする物質を入れた密封容器にガスの供給管と排出管とを挿入し、ガス供給管から20℃、50%RHの空気を100mL/分の流量で導入し、排出管から出てくる空気中のH2S濃度を、H2S濃度センサーで1分毎に測定し、H2S濃度の経時変化を調べる。なお、測定間隔は、徐放時間によって、1分~5分毎の間で調節可能である。
濃度の測定に使用するH2S濃度センサーは、RAE System製ToxiRAE3(検出限界は0.4ppm、分解能0.1ppm)であるが、同等品を使用してもよい。また、H2S濃度センサーの代わりに検知管やガスクロマトグラフィーなど他の濃度測定法を適用することも可能である。例えば、検知管((株)ガステック製)を使用する場合は、テドラー(登録商標)バッグなどで1~5分の一定時間、捕集した排出ガスを検知管法で測定する。
【0021】
前記硫化水素徐放剤は、好ましくは、硫化水素源となるHS
-及び/又はS
k
2-(ただし、kは正の整数)が層間に挟み込まれた層状複水酸化物(以下、「硫化物イオン含有LDH」と記載する)である。
硫化物イオン含有LDHは、
図2に模式的に示すように、層状複水酸化物(LDH)の層間に、HS
-及び/又はS
k
2-(ただし、kは正の整数)が挟み込まれた構造を有する。ここで、HS
-は硫化水素イオンであり、S
k
2-は、k=1の場合は硫化物イオン、kが2以上の場合はポリ硫化物イオンである。LDHの層間に位置する硫黄を含有するアニオンは、製造に用いた水溶液中のイオン種の存在割合を反映してHS
-が主であると考えられるが、これらの種々のイオン種や酸化状態のものも混在し、イオン種を特定することが困難である。このため、本明細書では、硫化水素源となる硫黄含有アニオンを包括的に表現する記載として、「HS
-及び/又はS
k
2-(ただし、kは正の整数)」を採用した。図中では、簡略化のため、HS
-のみを示しているが、実際には、HS
-の他に前述の各イオン種が混在していると考えられる。
LDHは、他の多くの無機層状化合物とは異なり、層がプラスの電荷を持つため、層間にアニオンを挟み込むことができる数少ない化合物である。このため、LDHは、HS
-及び/又はS
k
2-を層間に挟み込むことができると考えられる。
【0022】
硫化物イオン含有LDHは、下記一般式(1)で表されるものであることが好ましい。
QxR(OH)2(x+1){(HS-,0.5Sk
2-)yZt}・nH2O
・・・(1)
式(1)中、Qは2価の金属イオン、Rは3価の金属イオン、ZはHS-又はSk
2-以外のアニオンである。また、式(1)中のx、y及びtはそれぞれ、1.8≦x≦4.2、0.01≦y≦2.0、0≦t≦1.0を満たす数であり、nは環境の湿度により変化する数である。
式(1)における「Z」は、硫化物イオン含有LDHの製造に用いた原料若しくは溶媒、又は硫化物イオン含有LDHの製造時若しくは保管時の雰囲気に由来するアニオンであり、OH-、Cl-、Br-、I-、F-、NO3
-、ClO4
-、SO4
2-、CO3
2-、酢酸アニオン(CH3COO-)、プロピオン酸アニオン(CH3CH2COO-)、乳酸アニオン(CH3-CH(OH)-COO-)、及びイセチオン酸アニオン(HOC2H4SO3
-)等が例示される。
なお、上述したとおり、LDHの層間に位置するアニオン中の硫黄は、種々の酸化状態のものが混在し、イオン種を特定することが困難であるため、硫化物イオン含有LDHを一般式で表現する場合には、硫化水素源となる硫黄含有アニオンを「HS-,0.5Sk
2-」で代表させた。
【0023】
前記一般式(1)で表される硫化物イオン含有LDHは、前記Qが、Mg2+、Mn2+、Fe2+、Co2+、Ni2+、Cu2+、Zn2+及びCa2+からなる群から選択され、前記Rが、Al3+、Ga3+、Cr3+、Mn3+、Fe3+、Co3+及びNi3+からなる群から選択されるものであることがより好ましく、前記QがMg2+であり、前記RがAl3+であるものが更に好ましい。
層状複水酸化物で最も一般的な固体材料であるMg,Alを構成元素とするMgAl型の層状複水酸化物は、安価に合成できるため、工業的に生産されている(例えば、協和化学株式会社の合成ハイドロタルサイト)。また、皮膚等に付着しても全く問題なく、胃腸薬(制酸剤)等にも使用されている。さらに、ドラッグデリバリー・システム(DDS)のキャリアーとして、医学的な観点からの研究が行われるなど、従来から医療への応用に実績がある。このため、MgAl型の層状複水酸化物を基本構造とする、前記QがMg2+であり、前記RがAl3+である硫化物イオン含有LDHは、安全性に優れたものと考えられる。
【0024】
硫化水素徐放剤として硫化物イオン含有LDHを用いる本実施形態の好ましい態様は、特願2018-132081にて見出された、硫化物イオン含有LDHが、大気との接触により硫化水素を徐放するとの知見に基づくものである。硫化物イオン含有LDHにおける硫化水素徐放のメカニズムは、LDHの層間に挟み込まれた弱酸の共役塩基が、大気中のCO
2がH
2Oと反応することで生じるH
2CO
3によってプロトン化されて弱酸分子となり、該分子が揮発性の場合には大気中に放出されることによると考えられる。HS
-やS
k
2-は、弱酸であるH
2Sの共役塩基であるから、硫化物イオン含有LDHが大気と接触した場合には、これらのアニオンがH
2Sとして大気中に放出されることとなる。
このときの化学反応は、以下の化学式(2)で表される。
CO
2 + H
2O + 2[HS
-]
LDH
→ 2H
2S↑ + [CO
3
2-]
LDH
・・・(2)
(ここで、[ ]
LDHは、LDH層間に存在することを示している。)
この一連の反応は、
図3に示すように、大気中のCO
2が硫化物イオン含有LDHの層間に入り込み、大気中又は層間に存在するH
2Oと反応してプロトンH
+とCO
3
2-イオンとを生成し、生成したCO
3
2-が層間のHS
-及び/又はS
k
2-とアニオン交換すると同時に、生成したH
+がHS
-及び/又はS
k
2-と結合して硫化水素(H
2S)となり、硫化水素ガスとして大気中に放出されるものと考えられる。このように、層間へのガスの侵入と層間からのガスの離脱といった拡散過程を必須とするため、前記反応は長時間にわたって継続し、硫化水素の徐放性として観察されると解される。
【0025】
本実施形態に係る構成体は、前述した硫化水素徐放剤を構成成分として含むものであれば、形状・構造・状態等は限定されない。一例として、
図4に示すような、硫化水素徐放剤20を通気性のカバー又はシート30内に収容して形成した硫化水素徐放体40に、ドレッシング材50を被せたものが挙げられる。
【0026】
この場合、該カバー又はシート30に、硫化水素徐放剤20から放出された硫化水素を、所期の箇所に所期の量だけ供給するような機能を付与することができる。使用するカバー又はシート30としては、適用箇所の形状に合わせて変形できるよう可撓性を有するものが好ましく、市販のサージカルテープ等の多孔質テープ・シート等が好適に使用できる。該カバー又はシート30が、多数の微細な貫通孔31,31,・・・を有する多孔質であると、孔径や孔の数の選択又は調整といった比較的簡便な手段により硫化水素の供給量を調節できる点で好ましい。こうした硫化水素の供給箇所や供給量の調節の点からは、
図5に(a)として示すように、通気性を有する複数種類のカバー又はシート301,302,・・・を重ね合わせて硫化水素の供給量を調整してもよく、また
図5に(b)として示すように、一方の面のみを通気性のある素材で構成し、他方の面を通気性のない素材で構成することで、硫化水素が一方の面からのみ放出されるようにしてもよい。
【0027】
通気性のカバー又はシート30に収容する硫化水素徐放剤20は、粉末を緻密化処理した造粒体又は圧粉体の状態であってもよい。これにより、硫化水素徐放剤20の質量当たりの表面積が減少し、放出された硫化水素が雰囲気中に放散されにくくなることで、硫化水素徐放性の向上が可能となる。これに加えて、硫化水素徐放剤として硫化物イオン含有LDHを使用した場合には、硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分との接触抑制による硫化水素発生抑制作用も生じるため、硫化水素徐放性のさらなる向上が可能となる。
緻密化処理の方法は特に限定されず、転動造粒若しくはスプレードライ等の造粒方法、一軸加圧成形等のプレス成形方法、又はカバー若しくはシート30に挟持する際に圧密する方法等が例示される。
なお、硫化水素徐放剤20の質量当たりの表面積の減少による硫化水素徐放性の向上という点からは、単純にカバー又はシート30に収容する硫化水素徐放剤20の堆積の厚さを増加することも有効である。
【0028】
硫化水素徐放剤20は、増量材と混合して通気性のカバー又はシート30に収容されてもよい。これにより、硫化水素徐放剤の量が減少し、同時に放出される硫化水素の量を抑制して硫化水素徐放性の向上が可能となる。これに加えて、硫化水素徐放剤として硫化物イオン含有LDHを使用した場合には、硫化水素放出の要因となる二酸化炭素及び水分との接触が増量材によって抑制される作用も生じるため、硫化水素徐放性のさらなる向上が可能となる。
使用可能な増量材としては、硫化水素を放出せず、かつこれと反応しないものであれば特に限定されず、例えばシリカ、アルミナ、層状複水酸化物及びガラスを始めとする無機物や、油脂及び樹脂等の有機物が挙げられる。
【0029】
硫化水素徐放剤20を通気性のカバー又はシート30に収容して形成された硫化水素徐放体40は、
図4に示すように、ドレッシング材50を被せられて本実施形態に係る構成体1となる。ドレッシング材50の使用により、硫化水素徐放体40から放出される硫化水素の環境への漏出を抑制し、創傷の治癒促進と臭気の低減とが実現できる。また、硫化水素徐放体40の位置ずれも防止できる。さらに、ドレッシング材本来の作用である、創傷における湿潤環境の形成も可能となる。使用するドレッシング材は、通常使用されているものであればよく、エアウォール(登録商標)、カテリープ(登録商標)、テガダーム(登録商標)、サージット(登録商標)等が例示される。
【0030】
前述した硫化水素徐放体40を含む本実施形態の構成体1は、皮膚創傷の治療に使用する場合には、該創傷に接して滲出液を吸収するパッドを備えてもよい。使用するパッドは、医療用として通常使用されているものであればよく、一般的な医療用ガーゼの他に、デルマエイド(登録商標)、プラスモイスト(登録商標)等が例示される。
【0031】
本実施形態に係る構成体の他の例としては、
図6に示すような、粉末状の硫化水素徐放剤20を基材60に混合・分散させた軟膏等が挙げられる。本例の構成体は、塗布により皮膚に適用するため、適用範囲及び適用量の調整が容易である。
使用する基材は、軟膏等に通常使用されているものであればよく、白色ワセリン、流動パラフィン等の炭化水素類、蜜蝋、ラノリン等のロウ類、ミリスチン酸イソプロピル等の脂肪酸エステル類、ステアリン酸、オレイン酸等の脂肪酸、ステアリルアルコール、セタノール等のアルコール類の他にゼリー、ジェル、クリーム等が例示される。
【0032】
上述した構成体を皮膚に適用することにより、硫化水素徐放剤20から徐放される一定濃度の硫化水素を皮膚に対して長期に亘り安定して供給することが可能となり、創傷の予防及び/又は治療効果が高まるものと考えられる。
【0033】
本実施形態に係る構成体を創傷の治療に使用する場合には、治癒効果を高める点で、創傷部に供給する硫化水素濃度を0.1ppm~40ppmとすることが好ましく、0.5ppm~20ppmとすることがより好ましい。また、0.0005ppm~1000ppm、0.001ppm~800ppm、0.0025ppm~600ppm、0.005ppm~400ppm、0.0075ppm~200ppm、0.01ppm~100ppm、0.025ppm~90ppm、0.05ppm~80ppm、0.075ppm~60ppmであってもよい。該硫化水素濃度は、使用する硫化水素徐放剤の種類(硫化物イオン含有LDHを使用する場合の組成(式1)を含む)や量、通気性のカバー又はシート30における貫通孔31,31,・・・の径及び数、並びに通気性のカバー又はシート30の層構成等により調整可能である。
なお、本明細書における硫化水素濃度は、体積を基準としたものである。
【0034】
本実施形態に係る構成体から創傷部に供給される硫化水素濃度は、以下の手順のいずれかで見積もることができる。
H2S濃度センサーの検知部に、本実施形態に係る構成体を載せ、H2S濃度を1分毎に測定し、H2S濃度の経時変化を調べる。なお、測定間隔は、徐放時間によって、1分~5分毎の間で調節可能である。必要に応じて、本実施形態に係る構成体及び/又はH2S濃度センサーの検知部を、ドレッシング材等で被覆し、前述の方法で閉鎖的空間内のH2S濃度の経時変化を調べてもよい。濃度の測定に使用したH2S濃度センサーは、RAE System製ToxiRAE3(検出限界は0.4ppm、分解能0.1ppm)であるが、同等品を使用してもよい。
また、H2S濃度センサーの代わりに検知管を適用することも可能である。使用する検知管としては、試料ガスを一定流量で吸入するタイプの短時間用検知管であってもよく、試料ガスの吸入を必要とせず、自然拡散のみで一定時間の平均ガス濃度を定量するタイプの長時間用検知管(パッシブ・ドジチューブ)であってもよい。閉鎖空間内濃度測定に際して、閉鎖空間内の体積が小さく、短時間用の検知管で吸引する試料ガスが得られない場合には、長時間用検知管(パッシブ・ドジチューブ)の適用が有利である。検知管の例としては、(株)ガステック製の各種検知管が挙げられる。長時間用検知管を用いた測定例として、本実施形態に係る構成体を治療対象生物の皮膚に当て、ドレッシング材等で被覆し、ドレッシング材と皮膚とでつくられた閉鎖的空間内に長時間用検知管を挿入することでH2S濃度を測定する方法が挙げられる。
また、マイクロシリンジによって微量の試料ガスを採取し、ガスクロマトグラフィーなど他の濃度測定法で定量してもよい。
【0035】
本発明と技術思想において関連する他の実施形態(以下、「関連実施形態」と記載する)としては、生物の皮膚に硫化水素徐放剤を含む構成体を適用する皮膚創傷予防方法、及び生物の皮膚に形成された創傷に該構成体を適用する皮膚創傷治療方法が挙げられる。以下、この関連実施形態について詳述する。
【0036】
関連実施形態においては、生物の皮膚に、上述した本実施形態に係る構成体を適用する。その際には、該構成体は、硫化水素徐放体から徐放された硫化水素が創傷部位へと拡散するように適用される。
適用方法の一例として、前記構成体が硫化水素徐放体及びドレッシング材を備えるものであれば、該ドレッシング材を皮膚に貼付することが挙げられる。その際、前記構成体の適用により創傷を治療する場合には、前記ドレッシング材で創傷を被覆するように該構成体を貼付する。
【0037】
また、適用方法の他の一例として、前記構成体が粉末状の硫化水素徐放剤を基材に混合・分散させた軟膏等であれば、これを皮膚に塗布することが挙げられる。その際、該構成体の適用により創傷を治療する場合には、これを創傷に塗布する。
【0038】
本実施形態の構成体から創傷部に供給する硫化水素濃度は特に限定されないが、皮膚創傷を治療する場合には、治癒効果を高める点で、0.1ppm~40ppmとすることが好ましく、0.5ppm~20ppmとすることがより好ましい。また、0.0005ppm~1000ppm、0.001ppm~800ppm、0.0025ppm~600ppm、0.005ppm~400ppm、0.0075ppm~200ppm、0.01ppm~100ppm、0.025ppm~90ppm、0.05ppm~80ppm、0.075ppm~60ppmであってもよい。該硫化水素濃度は、使用する硫化水素徐放剤の種類(硫化物イオン含有LDHを使用する場合の組成(式1)を含む)や量、通気性のカバー又はシートにおける貫通孔の径及び数、並びに通気性のカバー又はシートの層構成等により調整可能である。
【実施例】
【0039】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。ただし、これら実施例は、本発明を容易に理解するための一助として示したものであり、決して本発明を限定するものではない。
【0040】
[実施例1]
本実施例及び比較例1~2では、硫化水素徐放体及びドレッシング材を備える皮膚創傷治療用構成体を使用し、褥瘡モデルに対する本発明の効果を検討した。
【0041】
<硫化水素徐放体の作製>
硫化水素徐放剤として硫化物イオン含有LDHを含む硫化水素徐放体を、以下の手順で作製した。
炭酸型LDHとして、2価の金属イオンがMgイオン、3価の金属イオンがAlイオンであり、一般式Mg2Al(OH)6(CO3
2-)0.5・2H2Oで示されるLDH(MgAl-LDH2)を合成して使用した。以下、このLDHをCO3
2-MgAl-LDH2と表す。
【0042】
まず、特開2005-335965号公報に記載の方法により、CO3
2-MgAl-LDH2の合成を行った。
MgCl2・6H2O(508mg)、AlCl3・6H2O(302mg)を秤量し、イオン交換水を加えて12.5mLの溶液とし、これにヘキサメチレンテトラミン(613mg)を溶かして12.5mL水溶液としたものを加え、混合した溶液を0.2ミクロンのメンブランフィルターでろ過したのち、50mL容量の耐圧テフロン(登録商標)容器に入れ、耐圧ステンレス容器に収めて密封し、140℃で1日、水熱処理を行った。水熱処理後の混合物をろ過、水洗後、真空中で乾燥し、279mgの白色粉末を得た。
得られた白色粉末の粒径は約0.5~2μm、Mg/Alモル比は、1.94(±0.04)であった。FTIR(フーリエ変換赤外吸収法)吸収スペクトルは、すでに報告されているプロファイルと一致した。
【0043】
次いで、得られた炭酸型LDH(CO3
2-MgAl-LDH2)を、Cl型LDHに変換した。
CO3
2-MgAl-LDH2を80.7mg秤量して、三口フラスコに入れ、エタノールを43.3mL加えて懸濁液を調製した。窒素フロー下(500mL/分)、マグネチックスターラーでこの懸濁液を撹拌しつつ、6.7mLの塩酸エタノール溶液(0.1mol/L)を滴下し、35℃で1時間、撹拌しつつ反応させた。その後、窒素フロー中、孔径0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、エタノールで沈殿物を充分に洗浄した。ろ別した沈殿物をかき集めて回収し、直ちに減圧し、真空下で1時間以上乾燥して、白色粉末を得た。
得られた白色粉末のFTIR(フーリエ変換赤外吸収法)測定をしたところ、1360cm-1の炭酸イオン(CO3
2-)による吸収が見られなかったことから、塩化物イオンによって炭酸イオンが置換されたと判断した。また、ICP-AES(Seiko製、SPS1700HVR)による分析の結果、Mg/Al比に変化がないことがわかった。以下、このLDHをCl-MgAl-LDH2と記載する。
【0044】
40.5mgのCl-MgAl-LDH2を、50mLのガラスバイアルに入れた。他方、窒素ガスバブリング下で煮沸することにより脱ガスしたイオン交換水30mLに36.6mgのNaHS・nH2Oを溶かしてNaHS溶液を調製した。前記ガラスバイアルに前記NaHS溶液を加えて超音波分散させた後、ガラスバイアルを密栓して室温で2日間反応させた。反応後の液の全量を孔径0.2μmのメンブランフィルター(MerckMillipore社製、親水性PTFEメンブレン、JGWP04700)でろ過し、脱ガスしたイオン交換水2mLでろ物(残渣)を洗浄する作業を5回行った。ろ物(残渣)が載ったメンブランフィルターの上に、同種のメンブランフィルターをもう一枚載せ、残渣が2枚のメンブランフィルターに挟まれるようにした。その後、残渣が載った部分を、直径6mmの皮ポンチでメンブランフィルターごと円形にくり貫いてポーラステープ(ニチバン社製、キープポア(登録商標))の粘着面に載せ、さらにその上からポーラステープで挟むように接着してサンドイッチ状に包んだ。これを真空下で2時間程度乾燥し、硫化水素徐放体とした。
得られた硫化水素徐放体を、包材としてのアルミラミネートバック(生産日本社製、ラミジップ(登録商標)AL-D)に密封して、包装体とした。さらに、この包装体を、脱酸素剤(三菱ガス化学製、エージレス(登録商標))及び錠剤型乾燥剤(山仁薬品製、DO1056)とともに、別のアルミラミネートバックに密封した。ここまでの処理操作は、いずれも窒素雰囲気のグローブボックス中で行った。
包装体は、内包する硫化水素徐放体の使用時まで、常温・大気下で保存した。
【0045】
<治療対象生物の準備>
マウス(C57BL/6マウス、8週齢)に対してイソフルランで麻酔をかけ、その背部皮膚を、
図7(a)に示すように2個の強力マグネットで挟んで圧迫し、12時間保持することで、
図7(b)に示すように褥瘡を形成した。
【0046】
<皮膚創傷治療用構成体の作製及びこれによる処置並びに褥瘡の観察>
強力マグネットによる負荷を除去した後、
図8に示すプロトコルにて前述の硫化水素徐放体を備える皮膚創傷治療用構成体による処置及び褥瘡の観察を行った。具体的には、負荷除去から12時間経過後に、前述の包装体を大気中で開封し、硫化水素徐放体を取り出して褥瘡に当てて、該硫化水素徐放体と褥瘡とを被覆するようにドレッシング材(skinix社製、エアウォール(登録商標))を貼付して皮膚創傷治療用構成体を形成・適用し、12時間経過後に該皮膚創傷治療用構成体を除去し、12時間置いて再度同様の手順により皮膚創傷治療用構成体を形成・適用し、以後12時間の皮膚創傷治療用構成体の適用と12時間の大気への暴露とを、強力マグネットによる圧迫開始から10日目まで繰り返した。そして、圧迫開始から1日、3日、6日、8日及び10日経過後に、それぞれイソフルラン麻酔下で褥瘡の写真を撮影し、第三者である皮膚科医が、Image J(Fiji)を用い、定規幅1cmのpixel数を測定し、10unitという単位を定義し、褥瘡部分を囲い、このunitを用いて面積を算出し、初日を100%として治癒過程の形態学的評価を行った。なお、上述の皮膚創傷治療用構成体で処置した別のマウス(C57BL/6マウス、8週齢)に対して長時間用検知管((株)ガステック社製、No.4D)を用いて硫化水素濃度を測定した結果、4時間での時間加重平均濃度は、50(ppm・hour)であった。
撮影された褥瘡の写真を
図9に(c)として、褥瘡の面積計測結果を
図10に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。なお、
図10中の「Field of PrU(Pressure Ulcer)」は、褥瘡面積の意味である。
【0047】
[比較例1]
皮膚創傷治療用構成体の作製工程において、硫化水素徐放体を使用しなかった以外は実施例1と同様にして、比較例1に係る処置を行った。
撮影された褥瘡の写真を
図9に(a)として、褥瘡の面積計測結果を
図10に白抜き円形のマーカー及び一点鎖線により、それぞれ示す。
【0048】
[比較例2]
褥瘡に皮膚創傷治療用構成体を適用しなかった以外は実施例1と同様にして、比較例2に係る処置を行った。
撮影された褥瘡の写真を
図9に(b)として、褥瘡の面積計測結果を
図10に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0049】
図9における(c)を同図中の(a),(b)と対比すると、処置の初期段階において褥瘡の状態の改善が確認され、特に強力マグネットによる圧迫開始から6日目における改善が顕著であった。
また、
図10からは、実施例1における褥瘡面積が、比較例1に比べて若干小さくなっており、比較例2に比べて顕著に小さくなっていることが判る。
【0050】
以上の結果から、硫化水素徐放剤を含む皮膚創傷治療用構成体の適用により、褥瘡の治癒効果が得られるといえる。
【0051】
[実施例2]
本実施例並びに後述する実施例3及び比較例3では、硫化水素徐放体及びドレッシング材を備える皮膚創傷治療用構成体を使用し、皮膚切除モデルに対する本発明の効果を検討した。
【0052】
<治療対象生物の準備>
マウス(C57BL/6マウス、8週齢)の背部を剃毛して1日置いた後、これにイソフルランで麻酔をかけ、その背部皮膚について、直径6mmの生研トレパン(カイ インダストリーズ製)にて表皮及び真皮をくり抜いた。
【0053】
<皮膚創傷治療用構成体の作製及びこれによる処置並びに皮膚切除部の観察>
前述のマウスに対し、
図11に示すプロトコルにて、実施例1と同様の方法で作製した皮膚創傷治療用構成体による処置及び皮膚切除部の観察を行った。具体的には、背部皮膚をくり抜いた直後に、上述した包装体を大気中で開封し、上述の硫化水素徐放体を取り出して皮膚切除部に当てて、該硫化水素徐放体と皮膚切除部とを被覆するようにドレッシング材(skinix社製、エアウォール(登録商標))を貼付して皮膚創傷治療用構成体を形成・適用した。4時間経過後に該皮膚創傷治療用構成体を除去し、20時間置いて再度前述の皮膚創傷治療用構成体を皮膚切除部に形成・適用し、以後4時間の皮膚創傷治療用構成体の適用と20時間の大気への暴露とを1サイクルとして、これを皮膚くり抜きから合計9サイクル繰り返した。そして、皮膚くり抜きの直後(Day1(剃毛からの経過日数を意味する。以下において同様である。))、2サイクル終了後(Day3)、5サイクル終了後(Day6)、7サイクル終了後(Day8)及び9サイクル終了後(Day10)に、それぞれイソフルラン麻酔下で皮膚切除部の写真を撮影し、第三者である皮膚科医がその面積を計測し、治癒過程の形態学的評価を行った。撮影された皮膚切除部の写真を
図12に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図13に黒色三角形のマーカー及び黒色の実線により、それぞれ示す。なお、
図13中の「Wound Area」は、皮膚切除部の面積の意味である。
【0054】
[実施例3]
硫化水素徐放体として、その占有面積を実施例2の9分の4(44.4%)としたものを使用した以外は実施例2と同様にして、実施例3に係る処置を行った。具体的には、実施例2では直径6mmの皮ポンチで硫化物イオン含有LDHを含むメンブランフィルターごと円形にくり貫いているが、実施例3では直径4mmの皮ポンチを用いて硫化物イオン含有LDHを含むメンブランフィルターごと円形にくり貫いて、硫化水素徐放体としている。
撮影された皮膚切除部の写真を
図12に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図13に灰色円形のマーカー及び灰色の実線により、それぞれ示す。
【0055】
[比較例3]
皮膚創傷治療用構成体として、比較例1と同様の方法で作製したものを使用した以外は実施例2と同様にして、比較例3に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を
図12に(c)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図13に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0056】
図12における(a)及び(b)と(c)とをそれぞれ対比すると、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体での処置により、処置開始から6日目以降に、皮膚切除部の状態が若干改善することが確認された。また、
図13においては、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体を用いた実施例の方が、これを含まないものを用いた比較例よりも、処置開始後3日目から6日目にかけて、皮膚切除部の面積が小さくなっていることが確認された。
【0057】
以上の結果から、硫化水素徐放剤を含む皮膚創傷治療用構成体の適用は、褥瘡に対してのみならず創傷全般に対しても、治癒効果を有するといえる。
【0058】
[実施例4]
本実施例では、前述の実施例とは異なる構造の皮膚創傷治療用構成体を使用し、皮膚切除モデルに対する本発明の効果を検討した。
【0059】
実施例1で作製した硫化水素徐放体の一方の面に、通気性を有するカバー302としての多孔性PETプレートを重ねて硫化水素徐放体40を形成し、これを、傷口に直接接触しないようにОリング状に加工したプラスモイスト(登録商標)製のパッド70を介してマウスの皮膚切除部に当てて、これらの上からドレッシング材50としてのベネルーク(登録商標)(日本SIGMAX社製)を貼付して皮膚創傷治療用構成体を形成・適用した以外は実施例2と同様にして、実施例4に係る処置を行った。本実施例で形成・適用した皮膚創傷治療用構成体の断面構造を、
図14に模式的に示す。図示されているとおり、該構成体では、メンブランフィルター及び多孔性PETプレートが、それぞれ通気性のカバー又はシート301,302として機能する。
撮影された皮膚切除部の写真を
図15に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図16に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0060】
[比較例4]
皮膚創傷治療用構成体の作製工程において、硫化水素徐放体を使用しなかった以外は実施例4と同様にして、比較例4に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を
図15に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図16に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0061】
図15における(a)と(b)とを対比すると、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体での処置により、処置開始から3日目以降に、皮膚切除部の状態が顕著に改善することが確認された。また、
図16においては、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体を用いた実施例の方が、これを含まないものを用いた比較例よりも、処置開始から3日目以降に、皮膚切除部の面積が顕著に小さくなっていることが確認された。さらに、
図16においては、比較例では処置開始から3日目までは皮膚切除部の面積が増加したのに対し、実施例では該面積が日数の経過と共に単調減少したことも確認された。
【0062】
以上の結果から、硫化水素徐放剤を含む皮膚創傷治療用構成体の構造を最適化することで、治癒効果を高めることができるといえる。
【0063】
[実施例5]
本実施例並びに後述する比較例5、実施例6及び比較例6では、治療対象生物として糖尿病マウスを使用し、本発明の効果を検討した。糖尿病に罹患した生物は、創傷の自然治癒力が低下する。このため、皮膚創傷治療用構成体に硫化水素徐放剤を適用することによって、顕著な創傷治癒効果が期待される。
【0064】
治療対象生物として、糖尿病マウス(C57BL/6J HamSlc-ob/obマウス、8週齢)を使用した以外は実施例2と同様にして、実施例5に係る処置を行った。なお、使用した糖尿病マウスは、II型糖尿病のモデルとなる肥満マウスである。
撮影された皮膚切除部の写真を
図17に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図18に黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。
【0065】
[比較例5]
治療対象生物として、前述の糖尿病マウスを使用した以外は比較例3と同様にして、比較例5に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を
図17に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図18に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。
【0066】
図17における(a)と(b)とを対比すると、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体での処置により、処置開始から3日目以降に、皮膚切除部の状態が改善することが確認された。また、
図18においては、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体を用いた実施例の方が、これを含まないものを用いた比較例よりも、処置開始から3日目以降に、皮膚切除部の面積が小さくなっていることが確認された。
【0067】
[実施例6]
治療対象生物として、前述の糖尿病マウスを使用したこと、及び皮膚創傷治療用構成体の適用と大気への暴露のサイクルを、11サイクル(Day12)まで行ったこと以外は実施例4と同様にして、実施例6に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を
図19に(a)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図20に、黒色三角形のマーカー及び実線により、それぞれ示す。なお、皮膚切除部の面積計測は、9サイクル目(Day10)までとした。
【0068】
[比較例6]
治療対象生物として、前述の糖尿病マウスを使用したこと、及び皮膚創傷治療用構成体の適用と大気への暴露のサイクルを、11サイクル(Day12)まで行ったこと以外は比較例4と同様にして、比較例6に係る処置を行った。
撮影された皮膚切除部の写真を
図19に(b)として、皮膚切除部の面積計測結果を
図20に白抜き四角形のマーカー及び点線により、それぞれ示す。なお、皮膚切除部の面積計測は、9サイクル目(Day10)までとした。
【0069】
図19における(a)と(b)とを対比すると、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体での処置により、処置開始から6日目以降に、皮膚切除部の状態が改善することが確認された。また、
図20においては、硫化物イオン含有LDHを含む皮膚創傷治療用構成体を用いた実施例の方が、これを含まないものを用いた比較例よりも、処置開始から3日目以降に、皮膚切除部の面積が小さくなっていることが確認された。さらに、
図20においては、比較例では処置開始から6日目までは皮膚切除部の面積が増加したのに対し、実施例では該面積が日数の経過と共に単調減少したことも確認された。
【0070】
以上の結果から、硫化水素徐放剤を含む皮膚創傷治療用構成体は、糖尿病等の疾患により自然治癒力が低い状態にある生物の創傷治療に特に有効といえる。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明によれば、創傷に対する新規な治療方法を提供できる。このため、創傷治療方法の選択肢が増加し、患者の病状及び体質、並びに治療方法に対する要望等に応じた処置が可能となる点で本発明は有用なものである。
【符号の説明】
【0072】
1 皮膚創傷予防用及び/又は皮膚創傷治療用構成体
20 硫化水素徐放剤
30,301,302 通気性のカバー又はシート
31 貫通孔
40 硫化水素徐放体
50 ドレッシング材
60 基材
70 パッド