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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】ウイルス抵抗性植物及びその作出方法
(51)【国際特許分類】
   A01H 5/00 20180101AFI20230418BHJP
   A01H 6/82 20180101ALI20230418BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20230418BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20230418BHJP
【FI】
A01H5/00 A ZNA
A01H6/82
A01H1/00 A
C12N15/29
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019569561
(86)(22)【出願日】2019-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2019003436
(87)【国際公開番号】W WO2019151417
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2018017542
(32)【優先日】2018-02-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018236352
(32)【優先日】2018-12-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004477
【氏名又は名称】キッコーマン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】新子 泰規
(72)【発明者】
【氏名】中原 健二
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】増田 税
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/188321(WO,A1)
【文献】MOLECULAR PLANT PATHOLOGY, 2016, Vol.17, No.7, pp.1140-1153
【文献】MOLECULAR PLANT PATHOLOGY, 2012, Vol.13, No.7, pp.755-763
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 5/00
A01H 1/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キュウリモザイクウイルス(CMV)に対して非機能的であるeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子を有する、CMV抵抗性トマトであって、前記変異eIF4E遺伝子が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)における:15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入;16~18番目の3塩基欠損;8~18番目のいずれか9塩基の欠損からなる群から選択される変異を有する、CMV抵抗性トマト
【請求項2】
トマトのeIF4E遺伝子を変異させる工程を含む、キュウリモザイクウイルス(CMV)抵抗性トマトの作出方法であって、前記変異させる工程が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)に、15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入;16~18番目の3塩基欠損;8~18番目のいずれか9塩基の欠損からなる群から選択される変異を導入する工程である、CMV抵抗性トマトの作出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物ウイルス抵抗性植物に関し、特に、ナス科のキュウリモザイクウイルス(CMV)抵抗性植物に関する。本発明はまた、そのようなウイルス抵抗性植物の作出方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
キュウリモザイクウイルス(Cucumber mosaic virus 以下CMV)は、トマト(Solanumlycopersicum)などのナス科作物やキュウリ(Cucumis sativas L.)など多くの作物において重大な病気を引き起こす植物ウイルスの一つである。CMVは、主にアブラムシによって伝搬され、1000種以上の植物、作物に感染し、世界中の温帯、亜熱帯及び熱帯地域の重要な農作物に経済的な被害をもたらしている。このウイルスが作物に感染すると、感染部位で増殖した後、維管束、特に篩管を通じて全身に広がり、モザイク、黄化、糸葉、矮化、壊疽などの症状を引き起こし、果実や葉の品質及び収量が低下する。例えば、1987年、イタリアやスペインの主要トマト産地において、CMVが突如発生し、着果したトマト果実の殆どが被害を受け、壊滅的な状況に陥ったことが報告されている。また、インドネシアや韓国でも唐辛子やピーマンにおいてCMVの多大な被害が報告されている。また日本でも防除の間隙をぬって、発生することがある。
【0003】
このように多種多様な作物に感染し、経済的被害を及ぼすCMVの感染から作物を守る術はあまり多くない。殆どの植物ウイルスに対して殺菌剤などは無効力である。また、CMVを含め一般的な多くの植物ウイルスの防除方法として、アブラムシのような媒介昆虫を防虫ネットなどで侵入阻止する方法、農薬などで殺虫する方法が挙げられるが、ウイルス病を完全に防除することは難しい。
【0004】
植物ウイルスの感染には、宿主の遺伝子も関与しており、遺伝学的に優性のウイルス抵抗性(タバコから単離された、タバコモザイクウイルスの感染拡大を阻止するN遺伝子等)のみならず、劣性遺伝するウイルス抵抗性もまた見つかっている。この現象の代表的なものとして、ポティウイルス科のウイルスとそれに対応する抵抗性遺伝子としてのeIF4Eファミリー(eIF4E、eIF(iso)4E等)の関係が挙げられる。ポティウイルス科のウイルスは、非常に多く、様々な植物に感染するポティウイルスが分化し、存在している。また、eIF4Eは、eukaryotictranslation initiationfactorの1つで、宿主の翻訳開始因子である。例えば、ポティウイルス科のTurnipmosaic virusは自身をコピーするためのRNA依存RNAポリメラーゼなど様々なウイルスのタンパク質を翻訳するために、植物リボゾームをウイルスRNAに結合させる目的で、宿主植物の翻訳開始因子を利用する。さらに、ウイルスの複製や細胞間移行にもeIF4Eが必要なことも知られている。したがって、この宿主翻訳遺伝子の欠陥がウイルス抵抗性を与え得る。
【0005】
これまで、モデル植物であるシロイヌナズナ、ナス科のタバコ属、トマト、トウガラシなどで実際にeIF4Eファミリー遺伝子の変異により、ポティウイルス科のウイルスへの抵抗性が獲得されたことが示されている(非特許文献1及び2等)。しかしながら、CMVに対する抵抗性は、シロイヌナズナでのみ確認されているに留まり、トマトを含む他の植物では未だ見つかっていない。特に、非特許文献1は、トマトにおけるポティウイルス感染と、eIF4E1及びeIF4E2のノックダウンに関するが、eIF4E又はeIF(iso)4Eをサイレンシングしたトランスジェニック株においてCMV等ポティウイルス科以外のウイルス感染が弱まらなかったことから、ウイルス感染サイクルにおけるeIF4Eの関与は、ポティウイルス科に限定されると考えられることが記載されている(非特許文献1、4頁左欄12~15行等)。また、キュウリにeIF4Eの機能を完全に失う変異を導入した場合、CVYV(Cucumber vein yellowing virus)、ZYMV(Zucchini yellow mosaic virus)、PRSV(Papaya ring spot mosaic virus)に対する抵抗性は付与されたが、CMVへの抵抗性は付与されなかったことも報告されている(非特許文献3、特にTable2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Mazier et al. (2011) PLOS ONE 6: e29595
【文献】Sato et al. (2005) FEBS Lett. 579(5): 1167-1171.
【文献】J. Chandrasekaran et al., (2016) Molecular Plant Pathology, 17(7): 1140-1153
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
eIF4Eファミリー遺伝子の抑制が与えると考えられているウイルス抵抗性は、当該遺伝子のホモログごとに異なり、宿主植物によっても異なる。また、その殆どはポティウイルス科の植物ウイルスに対するものであり、トマトで見つかっているのもPotato virus Y(PVY)、Pepper mottle virus(PepMoV)、Tobacco etch virus(TEV)などに対する抵抗性に留まる。一方、別の科のウイルスであるCMVへの抵抗性は確認されていない。CMVはRNAウイルスという点においてポティウイルス科のウイルスと共通するが、その遺伝子構成は大きく異なり、ゲノムRNAもポティウイルスとは形態が異なる。ポティウイルス科のウイルスが1分節のゲノムであるのに対し、CMVは3分節ゲノムで構成されており、それぞれウイルス粒子を形成し、全ての粒子、分節が揃って感染増殖する。CMVによる病害は激しい症状を呈する重要病害であるにも関わらず、翻訳開始因子に限らなくても、これまで作物ではほとんど抵抗性遺伝子が見つかっておらず、ナス科においては皆無である。そのためCMVの防除は媒介虫アブラムシの防除のみに頼っており、育種現場では抵抗性品種の作出が望まれてきた。
【0008】
以上のような背景のもと、本発明は、CMV抵抗性ナス科植物及びその作出方法、CMV抵抗性ナス科植物を作出するための変異遺伝子並びにこれらの利用を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ナス科植物であるトマトのeIF4Eの特定のホモログの所定の箇所に変異を有する個体を作出し、この個体にCMVを接種したところ、長期に渡ってCMV抵抗性を有することを確認し、本発明を完成させた。このようなCMV抵抗性植物はナス科では初めての報告である。
【0010】
すなわち、本発明は以下のものに関する。
[1]
キュウリモザイクウイルス(CMV)に対して非機能的であるeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子を有する、CMV抵抗性ナス科植物。
[2]
ナス属の植物である、[1]に記載のCMV抵抗性ナス科植物。
[3]
前記植物がトマトであり、前記変異eIF4E遺伝子が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子である、[1]又は[2]に記載のCMV抵抗性植物。
[4]
前記変異eIF4E遺伝子が、エクソン2の塩基配列に、以下のいずれか一以上の変異:
(a)フレームシフト変異
(b)ナンセンス変異
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入
を有する、[1]~[3]のいずれかに記載のCMV抵抗性植物。
[5]
前記植物がトマトであり、前記変異eIF4E遺伝子が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2の塩基配列(配列番号2)における:1塩基挿入;3塩基欠損;及び9塩基欠損からなる群から選択される変異を有する、[1]~[4]のいずれか一項に記載のCMV抵抗性植物。
[6]
前記植物がトマトであり、前記変異eIF4E遺伝子が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)における:15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入;16~18番目の3塩基欠損;8~18番目のいずれか9塩基の欠損からなる群から選択される変異を有する、[1]~[4]のいずれか一項に記載のCMV抵抗性植物。
[7]
ナス科植物のeIF4E遺伝子を変異させる工程を含む、キュウリモザイクウイルス(CMV)抵抗性植物の作出方法であって、前記変異が、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子への変異である、方法。
[8]
前記植物がトマトであり、前記変異工程が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子を変異させる工程である、[7]に記載のCMV抵抗性植物の作出方法。
[9]
前記変異工程が、eIF4E遺伝子のエクソン2の塩基配列に、以下のいずれか一以上の変異:
(a)フレームシフト変異
(b)ナンセンス変異
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入
を導入する工程である、[7]又は[8]に記載のCMV抵抗性植物の作出方法。
【0011】
本発明は、また、以下のものにも関する。
[10]
[1]~[4]のいずれか一項に記載のCMV抵抗性植物の加工品。
[11]
ナス科植物のeIF4E遺伝子を変異させる工程を含む、キュウリモザイクウイルス(CMV)抵抗性植物の加工品の製造方法であって、前記変異が、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子への変異である、方法。
[12]
前記植物がトマトであり、前記変異工程が、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子を変異させる工程である、[11]に記載の加工品の製造方法。
[13]
前記変異工程が、eIF4E遺伝子のエクソン2の塩基配列に、以下のいずれか一以上の変異:
(a)フレームシフト変異
(b)ナンセンス変異
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入
を導入する工程である、[11]又は[12]に記載の加工品の製造方法。
【0012】
本発明は、また、以下のものにも関する。
[14]
キュウリモザイクウイルス(CMV)に対して非機能的であるeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子。
[15]
ナス科植物由来である、[14]に記載の変異eIF4E遺伝子。
[16]
トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子由来である[14]又は[15]に記載の変異eIF4E遺伝子。
[17]
エクソン2の塩基配列に、以下のいずれか一以上の変異:
(a)フレームシフト変異
(b)ナンセンス変異
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入
を有する、[14]~[16]のいずれかに記載の前記変異eIF4E遺伝子。
[18]
トマト由来であり、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2の塩基配列(配列番号2)における:1塩基挿入;3塩基欠損;及び9塩基欠損からなる群から選択される変異を有する、[14]~[17]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子。
[19]
トマト由来であり、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)における:15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入;16~18番目の3塩基欠損;8~18番目のいずれか9塩基の欠損からなる群から選択される変異を有する、[14]~[18]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子。
[20]
CMV抵抗性ナス科植物の作出における、[14]~[19]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子の使用。
[21]
ナス科植物の加工品の製造における、[1]~[6]のいずれかに記載のCMV抵抗性ナス科植物の使用。
[22]
[14]~[19]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子を有する、ナス科植物の植物細胞。
[23]
[1]~[6]のいずれかに記載のCMV抵抗性ナス科植物の植物細胞の作出方法。
[24]
[1]~[6]のいずれかに記載のCMV抵抗性ナス科植物の種子の作出方法。
[25]
CMV抵抗性ナス科植物の種子の作出における、[14]~[19]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子の使用。
[26]
[14]~[19]のいずれかに記載の変異eIF4E遺伝子を含む、ベクター、プロモーター又はキット。
[27]
CMV抵抗性ナス科植物、その植物細胞、その植物の種子又はその子孫の作出における、[26]記載のベクター、プロモーター又はキットの使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、CMV抵抗性ナス科植物及びその作出方法、CMV抵抗性ナス科植物を作出するための変異遺伝子並びにこれらの利用を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】野生株のトマトの3番染色体に存在するeIF4EのmRNA配列に対応する塩基配列を示す(配列番号1)。実際のRNAは図中のT(チミン)がU(ウラシル)である。波線で示した箇所(166塩基)がエクソン2の塩基配列であり(配列番号2)、網掛け部が編集標的部位(配列番号3)である。図中四角枠内のTGG(PAM配列)の3塩基前に存在する塩基(A)から上流が編集される。
図2】A127系統6個体、B95系統4個体、B100系統5個体(いずれもT1個体)のCMV接種26日後のウイルス蓄積量を示すグラフである。A127-1は4箇所から取得したサンプル、それ以外は2箇所から取得したサンプルについて、抗CMV抗体を用いてELISA値(吸光値)を測定し、A127-1及びA127-8のCMV抵抗性が確認された。
図3】A127系統18個体(いずれもT1個体)のCMV接種20日後のウイルス蓄積量を示すグラフである。抗CMV抗体を用いてELISA値(吸光値)を測定し、A127-14、A127-21及びA127-24のCMV抵抗性が確認された。
図4】A132系統5個体、A143系統4個体(いずれもT1個体)のCMV接種30日後のウイルス蓄積量を示すグラフである。抗CMV抗体を用いたELISA値(吸光値)を測定し、A132-1及びA132-5のCMV抵抗性が確認された。
図5】A127系統T1個体のCMV接種23日後の症状を示す写真である。図5a:無症状のA127-8。図5b:モザイク、黄化及び縮葉が見られるA127-2。
図6-1】図6-1は、A127-14、A127-21及びA127-24のT1個体の3番染色体に存在するeIF4E遺伝子中の編集部位付近のシーケンス解析結果を示す。各配列群の一番上が野生型(WT)の配列である。図中上部に線を引いた箇所が編集標的部位であり、四角で囲った塩基が野生型からの変異を示す。
図6-2】図6-2は、A132-1及びA132-5のT1個体の3番染色体に存在するeIF4E遺伝子中の編集部位付近のシーケンス解析結果を示す。各配列群の一番上が野生型(WT)の配列である。図中上部に線を引いた箇所が編集標的部位であり、四角で囲った塩基が野生型からの変異を示す。
図7】A132系統4個体及び、A143系統3個体(いずれもT1個体)のPVY接種24日後のウイルス蓄積量を示すグラフである。抗PVY抗体を用いたELISA値(吸光値)を測定し、全ての個体でPVY抵抗性が確認された。
図8】実施例5において、各T2世代のCMV抵抗性を確認したグラフである。目視観察による発病率と、ELISA(ウイルス蓄積度)検定による感染率をもとに罹病率を確認した。ゆえに罹病率とは発病率と感染率を総合したものを示す。カッコ内の数字は試験に供した株数を示す。
図9-1】実施例6において、A132-5及びA127-24からのT2世代の目視観察及びELISAによる罹病率を野生型対照と比較したグラフである。なお、発病が確認された株は全てELISA陽性であったため、発病率とウイルス感染率が同率であった場合、発病率のみで示した。
図9-2】実施例6において、いくつかの株についてT2世代のウイルス蓄積度をELISAにより測定した結果を各株について示す。
図10】実施例7において、アブラムシ虫媒CMV接種試験を行い、T2世代のCMV抵抗性を確認した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」とも言う。)について詳細に説明する。なお、本発明は以下の本実施形態及び図面に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0016】
一態様において、本実施形態は、CMV抵抗性ナス科植物に関する。本実施形態において、CMV抵抗性植物とは、感染後のCMVの増殖を抑制する性質及び/又はCMVの感染症状の発現を抑制する性質を有する植物である。
【0017】
RNAウイルスであるCMVは、3分節ゲノムで構成されており、それぞれウイルス粒子を形成し、全ての粒子及び分節が揃って、植物に感染し、増殖する。CMVが植物に感染する際には宿主である植物のゲノムの翻訳開始因子eIF4Eを利用し、CMVのRNA末端のキャップ構造がeIF4Eに結合することで、ウイルス移行タンパク質の翻訳が開始する。なお、CMVは、ウイルスゲノムRNAの5’末端に、動植物のmRNAと同じようにキャップ構造を有するという点で、ウイルスゲノムRNAの5’末端にVPgというタンパク質が結合したポティウイルス等とは構造が大きく異なる。VPgを有するウイルスは、VPgと植物のeIF4Eとが高い親和性を有し、VPgが植物のeIF4Eと強く結合してウイルス遺伝子が植物の翻訳系を利用するが、CMVは、このようなVPgを有するウイルスとは感染機構が異なると考えられる。
【0018】
ある植物がCMV抵抗性であるか否かは、例えば後述の実施例に示すとおり、常法により植物にCMVを感染させ、植物体中のCMVの蓄積をELISA法、PCR等、公知の手法で確認することにより判断することができる。また、CMVを感染させた植物のCMV感染症状(モザイク、黄化、糸葉、矮化、壊疽等)の有無を確認することによっても判断することができる。CMVには、CMV-Y系統、CMV-O系統、CMV-Fny系統、CMV-Nt9系統等の複数の系統が知られており、各系統の感染に対する植物のCMV感染症状は異なり得ることが知られるため、感染させるCMV系統に応じて、症状の有無を確認することができる。一態様において、本実施形態のCMV抵抗性植物は、後述の変異eIF4E遺伝子を有しない植物と比較して、植物体中のCMVの蓄積が低減している植物、及び/又はCMVを感染させた場合のCMV感染症状が低減した植物である。一態様において、本実施形態のCMV抵抗性植物は、CMV感染後20日以上経っても、植物体中のCMVの蓄積が、CMV非接種株と同程度である植物、及び/又はCMV感染症状が確認されない植物である。
【0019】
本実施形態におけるCMV抵抗性植物は、CMVに抵抗性を示す限り、他のウイルスや細菌、例えば、ナス科に感染する全てのポティウイルス(PVY等)、PVYと同様VPgをウイルスゲノムの5’末端に有し、翻訳開始因子の変異による抵抗性が報告されているBymovirus及びSobemovirus属に属するウイルス、翻訳開始因子の変異による抵抗性が報告されているCarmovirus属に属するウイルス、これまで翻訳開始因子の変異による抵抗性は報告されていないものの、トマトを含む作物生産で甚大な被害をおよぼしているジェミニウイルス科のウイルス(トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)等)等に対する抵抗性を示す、複合抵抗性植物であってもよい。
【0020】
本実施形態において、CMV抵抗性植物は、ナス科の植物であり、Solanaceae科に属する植物であれば特に限定されず、ナス属(Solanum属)、Nicotiana属、Capsicum属等に属する植物が挙げられ、より具体的には、トマト、ナス、タバコ、トウガラシ、ジャガイモ等が挙げられる。一態様において、好ましくは、本実施形態のCMV抵抗性植物は、ナス属の植物であり、より好ましくは、トマト、ナス、ジャガイモであり、特に好ましくはトマトである。
【0021】
一態様において、本実施形態は、上記CMV抵抗性植物の一部であってもよく、より具体的には、果実、シュート、茎、根、若枝、葯といった器官、植物の組織、花粉、種子等が挙げられる。一態様において、本実施形態は、このような植物又はその一部の作出方法、このような植物又はその一部の作出における、本実施形態の変異eIF4E遺伝子の使用にも関する。
【0022】
一態様において、本実施形態における上記CMV抵抗性植物は、例えば食用等の加工品とすることもできる。すなわち、本実施形態は、CMVに対して非機能的であるeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子を有するCMV抵抗性ナス科植物の加工品にも関する。さらに、本実施形態は、ナス科植物のeIF4E遺伝子を変異させる工程を含む、CMV抵抗性植物の加工品の製造方法であって、前記変異が、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子への変異である、方法にも関する。
【0023】
加工品は、特に制限されず、植物の種類に応じた食用、医療用等の加工品とすることができる。例えば、CMV抵抗性植物がトマトの場合、トマトの食用加工品としては、缶詰トマト、トマトペースト、ケチャップ、トマトソース、トマトスープ、乾燥トマト、トマトジュース、トマトパウダー、トマト濃縮物、トマトを原料とする栄養補助食品(サプリメント)等が挙げられる。加工品の製造は、CMV抵抗性植物を原料として、当業者に公知の手法を用いて実施することができる。
本実施形態におけるCMV抵抗性植物は、CMV抵抗性を示す植物である限り、接ぎ木に利用する穂木、台木等であってもよい。また、一態様において、本実施形態は、上述のCMV抵抗性植物を再生し得る植物細胞(カルスを含む)等にも関し、かかる植物細胞は、本実施形態におけるCMV抵抗性植物と同様、CMVに対して非機能的であるeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子を有する。本実施形態におけるCMV抵抗性植物は、このような植物細胞から得られた植物も含む。一態様において、本実施形態は、このような植物細胞の作出方法及びこのような植物細胞の作出における本実施形態の変異eIF4E遺伝子の使用にも関する。
【0024】
本実施形態におけるCMV抵抗性植物は、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異eIF4E遺伝子(以下、「CMV抵抗性遺伝子」ともいう。)を有する。一態様において、本実施形態は、このような変異eIF4E遺伝子、このような変異eIF4E遺伝子を含む、ベクター、プロモーター又はキット、並びに、CMV抵抗性ナス科植物、その植物細胞、その植物の一部(種子等)又はその子孫の作出における、このようなベクター、プロモーター又はキットの使用にも関する。
【0025】
eIF4Eは、真核生物における翻訳開始因子の一種であり、タンパク質合成の開始において重要な役割を有する。eIF4Eは、eIF(iso)4Eとともに、eIF4Eファミリーを構成しており、また、ナス科植物は、複数のeIF4Eのアイソフォームを有すると考えられる。例えば、トマトにおいては、eIF4Eは2種のアイソフォームからなり、2番染色体及び3番染色体上に存在することが知られる。また、eIF(iso)4Eは、トマトにおいて1種存在し、9番染色体上に存在することが知られる。トウガラシにも、トマトのeIF4Eと相同な遺伝子として4番染色体にあるpvr1及びpvr2の存在が知られ(pvr1とpvr2はアレルの関係にある)、トマトのeIF(iso)4Eと相同な遺伝子として、3番染色体にあるpvr6が知られている。これらの遺伝子のうち、eIF4E又はこれと相同なタンパク質をコードする遺伝子がCMVに対して非機能的であることが好ましい。
【0026】
本実施形態において、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質とは、CMVが植物に感染し増殖する際に利用できないか、CMVの感染及び増殖が低減するeIF4Eタンパク質を指し、一態様において、CMV抵抗性遺伝子は、タンパク質をコードしないよう変異したものであってもよい。理論に束縛されるものではないが、CMVが植物に感染する際には、ナス科植物に存在する複数のアイソフォームのうち特定のeIF4Eを用いるところ、この特定のアイソフォーム(CMVに対して機能的なeIF4E)をコードする遺伝子が変異し、CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードするようになると、ウイルスゲノム上にコードされる、感染増殖に必要なタンパク質の翻訳が進行しないため、もしくはeIF4Eとの相互作用を必要とするCMVタンパク質が機能を果たせないため、CMV感染、CMV増殖及びCMV感染症状の発現のいずれか1つ以上が阻害され、CMV抵抗性植物となると考えられる。一方、ナス科植物に存在する複数のeIF4Eホモログのうち、1つが変異しても、植物自体は他のホモログを利用可能であるため、或いは、植物自体はCMVに非機能的なeIF4Eタンパク質を利用可能な場合もあるため、宿主であるナス科植物の生育には影響なく、CMV抵抗性が付与可能であると考えられる。
【0027】
一態様において、本実施形態におけるCMV抵抗性植物は、CMVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子が全て変異している。例えば、複二倍体等の倍数体植物の場合、複数存在する、CMVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子が、全てCMV抵抗性遺伝子に変異していることが好ましい。このようなCMV抵抗性植物は、CMVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子が変異している限り、他の正常eIF4E遺伝子を有するものであってよい。また、外来のCMV抵抗性遺伝子を導入し、内生のCMVに対して機能的なeIF4Eタンパク質をコードする遺伝子を全て欠失、破壊等したものであってもよい。
【0028】
一態様において、本実施形態におけるCMV抵抗性遺伝子は、ナス科植物の、CMVに対して機能的なeIF4E遺伝子の塩基配列に変異を有する遺伝子であり、好ましくは、前記eIF4E遺伝子のエクソン2の塩基配列に変異を有する遺伝子である。より具体的には、ナス科植物がトマトである場合、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子に変異を有し、好ましくはそのエクソン2の塩基配列(配列番号2)に変異を有し、より好ましくは、前記エクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)に変異を有する。
【0029】
一態様において、本実施形態のCMV抵抗性遺伝子は、eIF4E遺伝子の、エクソン2の塩基配列に、以下のいずれか一以上の変異を有する:
(a)フレームシフト変異
(b)ナンセンス変異
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7)の欠損
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入。
【0030】
(a)フレームシフト変異は、塩基の欠失又は挿入により、コドンの読み枠がずれ、異なるアミノ酸配列をコードするようになる変異であり、これにより、CMV抵抗性遺伝子となる。
【0031】
(b)ナンセンス変異は、本来アミノ酸をコードしていたコドンが終止コドンに変わる変異であり、これにより、CMV抵抗性遺伝子となる。
【0032】
(c)連続又は非連続の3n塩基(n=1~7、好ましくはn=1~3、例えば3、6又は9塩基、より好ましくはn=3、例えば9塩基)の欠損により、当該欠損領域以下の塩基によりコードされるアミノ酸が微妙に変化し、これにより、CMV抵抗性遺伝子となる。
【0033】
(d)1又は複数の塩基の置換、欠失、付加、及び/又は挿入により、変異領域以下の塩基がコードするアミノ酸の読み枠が変化する。これにより、eIF4Eタンパク質が壊れる、構造が変化する、等により、CMV抵抗性遺伝子となる。一態様において、好ましくは、この変異は、コドンの3番目以外の塩基の変異である。本実施形態において、置換、欠失、付加、及び/又は挿入される塩基の個数は、CMV抵抗性遺伝子が得られる限り特に限定されないが、例えば、1~5個、1~3個、1~2個又は1個とすることができる。
【0034】
上記(a)~(d)の変異は、択一的なものではなく、例えば、(c)や(d)の変異の結果として、(a)や(b)の変異が起こり得る。
【0035】
一態様において、本実施形態のCMV抵抗性遺伝子は、連続又は非連続の9塩基の欠損、連続又は非連続の3塩基の欠損、1塩基挿入によるフレームシフト変異、のいずれか1以上を有することが好ましい。
【0036】
一態様において、前記変異eIF4E遺伝子は、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列(配列番号2)、好ましくは、エクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)における:1塩基挿入;3塩基欠損;及び9塩基欠損からなる群から選択される変異を有し、上記変異以外の変異(例えば、配列番号2及び/又は配列番号3の塩基配列における、1又は複数の塩基の置換等)を有していてもよい。また、一態様において、前記変異eIF4E遺伝子は、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)における:15番目と16番目の塩基間への1塩基挿入(一態様において、C(シトシン)の挿入);16~18番目の3塩基欠損;8~18番目のいずれか9塩基の欠損(好ましくは、10番目及び13番目以外の9塩基の欠損);からなる群から選択される変異を有し、上記変異以外の変異を有していてもよい。配列番号3の塩基配列は、トマトのエクソン2の塩基配列(配列番号2)の135~154番目の塩基に対応する。
【0037】
一態様において、好ましくは、前記変異eIF4E遺伝子は、トマトの3番染色体上のeIF4E遺伝子のエクソン2中の塩基配列AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3)が、配列番号4~9のいずれかに変異したものである。
上述のとおり、本実施形態のCMV抵抗性遺伝子は、所望のCMV抵抗性を示す限り上記以外の変異を有するものであってもよく、一態様において、例えば、eIF4E遺伝子の塩基配列と、85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の配列同一性を有する塩基配列において、上記のいずれか変異を有するものであってもよい。
【0038】
本実施形態は、また、ナス科植物にCMV抵抗性を付与するための上記変異eIF4E遺伝子の使用及びCMV抵抗性遺伝子である上記変異eIF4E遺伝子自体にも関する。
【0039】
上記CMV抵抗性遺伝子を有するCMV抵抗性植物は、限定されるものではないが、大別すると、以下に例示する2通りの方法で得ることができる。
(1)直接ゲノム編集:CMVに対して機能的なeIF4Eを有する植物の直接ゲノム編集により、目的とする箇所にピンポイントで変異を導入し、CMV抵抗性遺伝子を有する植物を作出する。
(2)変異遺伝子導入:下記(A)と(B)を組み合わせた方法である。(A):CMV抵抗性遺伝子を作製し、適当なプロモーターを用いて植物に導入する。(B):植物が有する内生eIF4Eのうち、CMVに対して機能的なeIF4Eを、CMVに対して非機能的なものとする。
以下、それぞれの方法について説明する。
【0040】
上記(1)の方法は、CRISPR、TALEN等、部位特異的ヌクレアーゼを用いた公知のゲノム編集技術を用いて実施することができる。ゲノムの特定部位を切断可能な制限酵素を用いて二本鎖切断を導入すると、これが修復される際に、修復エラーにより各種変異が導入され、CMVに対して機能的なeIF4Eをコードする遺伝子が、CMV抵抗性遺伝子に変異する。
【0041】
特に高い特異性及び高効率で変異を導入するために、好ましくは、CRISPRシステムを用いることができ、特に好ましくは、CRISPR/Cas9システムを用いることができる。このシステムでは、標的遺伝子と相補的な20塩基長程度の配列を含むガイドRNA(sgRNA)が標的を認識し、Cas9タンパク質が二本鎖を切断し、これが非相同性末端結合(NHEJ)修復経路によって修復される際に、修復エラーにより標的部位に変異が導入される。
【0042】
植物へのCasタンパク質及びsgRNAの送達は、それらをコードするベクターを介して、当業者に公知の方法、例えばアグロバクテリウム法、標準的なトランスフェクション法、エレクトロポレーション法、パーティクルボンバードメント法等を用いて行うことができる。
【0043】
簡便には、後述の実施例に示すように、Cas遺伝子及びsgRNAを組み込んだバイナリベクターを構築し、これを用いてアグロバクテリウムを形質転換した後、このアグロバクテリウムを用いて植物を形質転換することで、植物へのCasタンパク質及びsgRNAの送達を行うことができる(Friedrich Fauser et.al. The Plant Journal (2014) 79, 348-359、大澤良、江面浩(2013)新しい植物育種技術を理解しよう 国際文献社、等参照)。
【0044】
アグロバクテリウムにより形質転換する植物の形態は、植物体を再生しうるものであれば特に限定されず、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス等が挙げられる。アグロバクテリウムの除菌後、用いたベクターに応じた薬剤中で培養して、薬剤耐性を指標に目的遺伝子が組み込まれた切片の選別培養をすることができる。
【0045】
高効率で標的部位への変異導入が可能になるように、ガイドRNAを設計することができる。
CRISPRシステムでは、PAM配列と呼ばれる3塩基の配列(最も一般的なS.pyogenes由来Cas9を用いる場合、NGG)の3塩基前が基本的に切断される。標的配列の直後にPAM配列が存在する必要があるため、PAM配列の上流を標的配列として、ガイドRNAを設計することができる。例えば、トマトの3番染色体に存在するeIF4E遺伝子のmRNAに対応する配列(配列番号1)を示す図1中、エクソン2(図1中、波線部。配列番号2)に存在する四角で示した箇所をPAM配列とし、この3塩基から上流の通常20塩基(配列番号3)を標的としてガイドRNAを設計することができる。ナス科の他の植物に対して直接ゲノム編集を行う場合も、トマトの場合と同様に、CMVに対して機能的なeIF4Eコードする遺伝子のエクソン2の中でPAM配列を選択してガイドRNAを設計し、この標的部位に変異を導入して、CMV抵抗性遺伝子を有する植物を作出することができる。
【0046】
ガイドRNAの塩基配列におけるGC含有率が高いほど切断効率が高くなるため、GC含有率を考慮してガイドRNAを設計することができる。また、オフターゲット効果による非特異的な切断を極力減らすよう設計することができる。一態様において、植物がトマトである場合、ガイドRNAは、3番染色体のエクソン2中の特定の配列(配列番号3)を標的とする塩基配列を有するように設計することができる。
【0047】
CRISPRシステムにより1箇所の二本鎖切断を導入すると、20塩基程度が修復され、修復エラーにより変異が導入されると考えられる。よって、一態様において、本実施形態のCMV抵抗性遺伝子が有する変異は、連続又は非連続の3n塩基(n=1~7、好ましくは1~3)の変異である。
【0048】
次に、上記(2)の方法について説明する。この方法は、下記(A)と(B)の工程を組み合わせた方法である。(A)と(B)を実施する順序は、植物が死に至らない限り、(B)を先に実施してもよい。なお、(B)のみを特定の部位において実施する方法が、上記(1)の方法である。
【0049】
(A)CMVに対して非機能的なeIF4Eタンパク質をコードする変異遺伝子を作製し、適当なプロモーターを用いて植物に導入する工程。
(A)の変異遺伝子の作製は、当業者に公知の手法を用いて実施することができ、例えば、所望の変異を有する塩基配列を合成し、これをPCR等で増幅して得ることができる。作製した変異遺伝子の植物への導入も、当業者に公知の手法を用いて実施することができる。簡便には、変異遺伝子を搭載したベクターを用いて、例えば、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法等を用いて実施することができる。ナス科植物由来のeIF4E遺伝子を変異させたCMV抵抗性遺伝子であれば、別種の植物のCMV抵抗性遺伝子を導入してもよい。
【0050】
(B)植物が有する内生eIF4Eのうち、CMVに対して機能的なeIF4Eを、CMVに対して非機能的なものとする工程。
(B)の実施には、植物に変異を導入する方法として公知の手法を用いることができ、例えば、イオンビーム、EMSなどの変異原処理を用いることができる。上述のCRISPRやTALENなどのゲノム編集技術等によっても実施することができる。内生eIF4Eのうち、CMVに対して機能的なeIF4Eを、全てCMVに対して非機能的なものとすることが望ましい。
【0051】
CMV抵抗性遺伝子を有する植物細胞からの植物体の再生は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことができる。例えば、トマトについては、SunHJet al.,Plant CellPhysiol.47:426,2006、タバコについては、Jefferson RA et al.、EMBO J.6:3901,1987等を参照して行うことができる。
【0052】
植物が、CMV抵抗性遺伝子を有することの確認は、上述のとおり、常法によりCMVを接種して、植物体中のCMVの蓄積をELISA法、PCR等で確認することにより、また、植物体のCMV感染症状を観察することにより、確認することができる。
【0053】
CMV抵抗性遺伝子を有するCMV抵抗性植物が一旦得られれば、当該植物の子孫やクローンを公知の手法により得ることができる。したがって、本実施形態のCMV抵抗性植物には、これらの子孫及びクローンも含まれる。
【0054】
本実施形態は、さらに、ナス科植物のeIF4E遺伝子を変異させる工程を含む、CMV抵抗性植物の作出方法にも関する。当該方法は、CMV抵抗性植物にかかる上記記載を参照して実施することができる。一態様において、上記の作出方法は、さらに、本実施形態のCMV抵抗性植物を自家受粉又は他家受粉させて後代を得る工程を含む。植物の自家受粉又は他家受粉は、公知の手法により実施することができる。
【0055】
本実施形態は、また、上記CMV抵抗性植物を作出するためのガイドRNA及びガイドRNAを含むベクターにも関する。ガイドRNAが有する配列は上述したとおりである。本実施形態はさらに、上記ガイドRNAを含むキットにも関する。当該キットは、CRISPRシステムによるゲノム編集を実施するために必要な部位特異的ヌクレアーゼ等を含むことができ、CMV抵抗性植物を作出するために使用することができる。
【実施例
【0056】
[実施例1]3番染色体上のeIF4遺伝子に変異を導入したトマトの作出
まず、トマトの染色体3番に存在するとされているeIF4E遺伝子(Solyc03g005870)の2番目のエクソン(配列番号2)内にsgRNAが認識する部位を任意に設定し、この20塩基長(AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号3))の二本鎖DNAをベクターpUC19_AtU6oligo(国立研究開発法人農業生物資源研究所より入手)内の制限酵素BbsIサイトに構築した。なお、野生株のトマトの3番染色体に存在するeIF4EのmRNA配列に対応する塩基配列を図1に示す(配列番号1)。実際のRNAは図中のT(チミン)がU(ウラシル)である。
【0057】
このベクターからsgRNA配列領域を含むカセット部位を切り出し、バイナリベクターpZD_OsU3gYSA_HolgerCas9_NPTII内の制限酵素I-SceIサイトに構築した。さらにこのバイナリベクターを用いてアグロバクテリウムLBA4404(タカラバイオ社製)を形質転換した。
【0058】
また、トマトの染色体9番に存在するeIF(iso)4E遺伝子(Solyc09g090580)についても同様の方法で2番目のエクソン内の認識部位(GGCCACCGAAGCACCGGTAG(配列番号10))をバイナリベクターに構築し、アグロバクテリウムを形質転換した。
【0059】
形質転換するトマトの品種はマニーメーカーと自社品種Sを用いた。アグロバクテリウムを用いたトマトの形質転換は一般的な書籍等に引用されている方法を基準にした(形質転換プロトコール(化学同人社))。すなわち、トマトの種子を無菌培地で播種させた子葉片、又は通常播種した子葉片若しくは本葉片を殺菌したものを、前述の組み換えアグロバクテリウム培養液(濁度0.1~1.0)に10分程度浸漬し、アグロバクテリウムを感染させた。
【0060】
3日後、アグロバクテリウムを除菌し、葉片をカルベニシリン(100~500mg/ml)、又はメロペン(20~50mg/ml)とカナマイシン(30~100mg/ml)を加えたムラシゲスクーグ培地(MS培地;MS基本、3%ショ糖、1.5mg/Lゼアチン、1%寒天)上に移し、25℃照明下(16時間照明/8時間暗黒)で選抜培養した。その後、約10日から2週間毎に移植継代で培地を交換することで、葉片からカルス形成を促し、引き続き継代培養を繰り返すことで不定芽を誘導した。
【0061】
不定芽が数センチほどに大きくなれば、発根培地(MS基本、1.5%ショ糖、1%寒天、50~250mg/mlカルベニシリン、20~100mg/mlカナマイシン、場合によってナフタレン酢酸(NAA)添加)に移植し、1ヶ月毎に継代しながら1~3ヶ月培養した。
【0062】
発根培地培養までは全て無菌培養である。発根してきた個体は、無菌培地から取り出し、市販の黒土や赤玉土などを混合したポット培土に移植し生育させた。
【0063】
再生した個体(トランスジェニック当代;以下T0)が組み換え及び編集(塩基の欠損、挿入又は置換)されているかを確認するため、任意のプライマー、例えば、Solyc03g005870内の領域に対しては、プライマー1(ATCCATCACCCAAGCAAGTTAATT(配列番号11))及びプライマー2(GTCCACAAAGCTATTTTTTCTCCC(配列番号12))、Solyc09g090580内の領域については、プライマー3(CCGTCGTGAAAAAGCTATACAAAAGGAG(配列番号13))及びプライマー4(GCTTTTCGAAGAGAACTTCCCC(配列番号14))等を用いてPCR(KODPlus Neo/東洋紡社)で増幅し、増幅断片の編集部位にある制限酵素サイトが制限酵素によって切断されるのかを確認した(データ非提示)。
【0064】
その結果、幾つかの再生個体でeIF4Eの配列が編集されていることが確認され、編集系統が選抜された(表1)。
【0065】
【表1】
【0066】
[実施例2]変異トマトのCMV抵抗性確認試験
次に、編集系統の個体(T0)を隔離温室内で生育し、自家受粉させて種子を回収した。トランスジェニック後代(T1)となるこれらの種子を播種し、実生苗にCMV-Y系統を機械的接種した。その結果、eIF4Eの編集系統A127及びA132のT1個体A127-8、A127-14、A127-21、A127-24、A132-1、A132-5は接種20日以上でも症状が見られなかった(図5)。また、抗CMV抗体(日本植物防疫協会より入手)を用いて、CMV接種20日以降、ウイルス蓄積度を測るELISA検定を行ったところ、非接種株と同程度のウイルス蓄積度であり、CMVの感染は確認できなかった(図2~4)。また、当該個体は接種後60日以上たっても病徴が見られず、CMV抵抗性を示していた(表2)。
【表2】
【0067】
一方、eIF(iso)4Eの変異系統であるB95やB100のT1の実生苗にCMVを接種したものは全て接種20日後に症状が現れ、抵抗性を示さなかった(データ非提示)。
【0068】
[実施例3]CMV抵抗性遺伝子のシーケンシング
前述のプライマー1及び2を用いてCMV抵抗性T1個体のeIF4E編集部位付近、すなわち、3番染色体上のeIF4E遺伝子中、エクソン2の配列(配列番号2)の14番目付近から3’側の領域をPCR(T100サーマルサイクラー、Bio-Rad社製)で増幅し、増幅断片をクローニングして塩基配列を確認した。
【0069】
その結果、同領域に数塩基の欠損、挿入、若しくは数塩基の置換が確認された(図6-1、6-2)。配列番号3に対応する領域に以下の変異を有する個体が確認された。下線が変異箇所、「・」は塩基が存在しない箇所を示す。
野生型:AGGGTAAATCTGATA・CCAGC(配列番号3)
変異1:AGGGTAAATCTGATACCAGC(配列番号4)
変異2:AGGGTAAATCTGATA・・・・GC(配列番号5)
変異3:AGGGTAA・・・・・・・・・GC(配列番号6)
変異4:AGGGTAAATTGATA・・・・GC(配列番号7)
変異5:AGGTAA・・・・・・・・・GC(配列番号8)
変異6:AGGGTAAATA・・・・GC(配列番号9)
【0070】
[実施例4]PVY抵抗性の確認試験
A132及びA143のT1種子を別に播種し、それら実生苗にPVY-N系統を接種したところ、全ての個体で接種から21日以上たっても症状やウイルスの蓄積が見られず、PVY抵抗性が確認された(図7)。
【0071】
[実施例5]変異トマトのCMV抵抗性確認試験(T2世代)1
実施例2で得られたT1個体、A127-24、A132-1及びA132-5について、実施例2と同様隔離温室内で生育し、自家受粉によってT2種子を回収した。
T2世代となるこれらの種子を播種し、各T2世代につき、図8中右欄の括弧内に示す株数の実生苗にCMV-Y系統を機械的接種した。塩基配列を確認したところ、A127-24からのT2世代16株は、全て1塩基挿入ホモ(1挿ホモ)であった。A132-1からのT2世代30株は、9塩基欠損ホモ4株(9欠ホモ)、9塩基欠損/3塩基欠損16株(9欠/3欠)及び3塩基欠損ホモ10株(3欠ホモ)の編集パターンを含んでいた。A132-5からのT2世代27株は、全て3欠ホモであった。すなわち、図8中、「9欠ホモ」及び「9欠/3欠」はA132-1からのT2世代、「3欠ホモ」はA132-1及びA132-5からのT2世代、「1挿ホモ」はA127-24からのT2世代である。
【0072】
接種20日後、実施例2と同様の手法によりCMV抵抗性を確認した。すなわち、感染症状の観察とウイルス蓄積度を測るELISA検定により、ウイルスの罹病率を確認した。結果を図8に示す。図8中、抵抗性率とは、ELISA検定陰性の株の割合である。
【0073】
[実施例6]変異トマトのCMV抵抗性確認試験(T2世代)2
さらに3塩基欠損ホモと考えられるA132-5と、1塩基挿入ホモと考えられるA127-24のT2世代の実生苗を用い、実施例5と同様、CMV―Yを機械的接種して抵抗性を確認した。図9-1中括弧内に示す数字は供試株数である。対照には、非編集(非組換え)の野生株(野生型品種S)を用いた。接種20日後、感染症状の観察により発病率を、ELISAによる検定によりウイルス感染率を調査し、総合して罹病率としてCMV抵抗性を確認した。図9-2はいくつかの株について、ウイルス感染をELISA検定で測定した結果を示す。陽性対照として、野生株(野生型品種S)にCMV接種したものを用い、陰性対照としてCMV接種をしていない野生株を用いた。その結果、図9-1に示すように、図8中、1挿ホモにあたるA127-24からのT2世代を含め、いずれの株からのT2世代も、対照に比べ、ウイルス抵抗性が高かった。
【0074】
実施例5及び6の結果から、eIF4E変異は、いずれの変異パターンもCMV抵抗性を有することが、T2世代でも確認された。
【0075】
[実施例7]アブラムシによる虫媒接種試験
キュウリモザイクウイルス(CMV)は実圃場では、主にアブラムシによって伝搬感染するほか、種子伝染、接触伝染する。そのため、機械的接種試験に加えて、アブラムシ虫媒接種試験を行い、対照との抵抗性の比較を行った。
まず、CMV-O系統を感染させたタバコから吸汁させることにより、モモアカアブラムシにCMVを獲得させた。
【0076】
実施例5で得られたA132-1からのT2世代のうち、9塩基欠損ホモ株(A132-1-13)の種子を播種し、本葉1~2枚サイズの実生苗に、CMVを獲得させたモモアカアブラムシを1株あたり10頭ずつ放飼し、虫媒接種を行った。
対照には野生型Sの実生苗を用い、同様の条件で実施した。接種後21日から26日にかけ、症状調査とRT-PCRにより罹病率を算出した。すなわち、目視観察による発病率と、RT-PCRによる感染率を統合したものが罹病率である。
【0077】
RT-PCRにはプライマー5及び6を用い、酵素(逆転写酵素AMVリバーストランスクリプターゼ(プロメガ社製)とEXTaqポリメラーゼ(タカラバイオ社製))で行った。その結果、編集系統は対照に比べ顕著に罹病率が下がり、CMV抵抗性があることが確認された。
プライマー5:GTACAGAGTTCAGGGTTGAGCG(配列番号15)
プライマー6:AGCAATACTGCCAACTCAGCTCC(配列番号16)
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、CMV抵抗性のナス科植物、CMV抵抗性植物の作出方法を提供が可能になる。本発明は、主に農業分野において産業上の利用可能性を有する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6-1】
図6-2】
図7
図8
図9-1】
図9-2】
図10
【配列表】
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