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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-25
(45)【発行日】2023-06-02
(54)【発明の名称】扁平状鉄粒子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20230526BHJP
   B22F 1/068 20220101ALI20230526BHJP
   B22F 1/14 20220101ALI20230526BHJP
   B22F 1/145 20220101ALI20230526BHJP
   B22F 9/04 20060101ALI20230526BHJP
【FI】
B22F1/00 U
B22F1/068
B22F1/14
B22F1/145 100
B22F9/04 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018203468
(22)【出願日】2018-10-30
(65)【公開番号】P2020070459
(43)【公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-10-25
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「エネルギー・環境新技術先導プログラム/超低損失と高飽和磁化を両立した軟磁性粉末材料の技術開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100181582
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 直斗
(72)【発明者】
【氏名】本塚 智
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 尚
【審査官】松村 駿一
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-281783(JP,A)
【文献】国際公開第2016/167286(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/151486(WO,A1)
【文献】特開2010-196123(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
B22F 1/068
B22F 1/14
B22F 1/145
B22F 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
純鉄により構成された扁平状鉄粒子であって、
X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上であり、かつ、結晶方位解析において局所方位差が1度以下の領域が20%以上である集合組織を有する、扁平状鉄粒子。
【請求項2】
X線回折において前記ピーク強度比B/Aが9以上である、請求項1に記載の扁平状鉄粒子。
【請求項3】
前記扁平状鉄粒子の厚さが0.1μm以上20μm以下である、請求項1又は2に記載の扁平状鉄粒子。
【請求項4】
前記扁平状鉄粒子の厚さをt、前記扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径をdとした場合、前記扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tが10以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の扁平状鉄粒子。
【請求項5】
純鉄により構成された扁平状鉄粒子の製造方法であって、
窒化ホウ素を含む潤滑剤を用いて純鉄粒子を粉砕する粉砕工程と、
扁平状に粉砕した前記純鉄粒子を焼鈍する焼鈍工程と、を有し、
前記扁平状鉄粒子は、X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上であり、かつ、結晶方位解析において局所方位差が1度以下の領域が20%以上である集合組織を有する、扁平状鉄粒子の製造方法。
【請求項6】
前記焼鈍工程では、扁平状に粉砕した前記純鉄粒子を前記純鉄粒子の回復・再結晶温度以上の温度で焼鈍する、請求項5のいずれか1項に記載の扁平状鉄粒子の製造方法。
【請求項7】
前記扁平状鉄粒子は、X線回折において前記ピーク強度比B/Aが9以上である、請求項5又は6に記載の扁平状鉄粒子の製造方法。
【請求項8】
前記扁平状鉄粒子の厚さが0.1μm以上20μm以下である、請求項5~7のいずれか1項に記載の扁平状鉄粒子の製造方法。
【請求項9】
前記扁平状鉄粒子の厚さをt、前記扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径をdとした場合、前記扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tが10以上である、請求項5~8のいずれか1項に記載の扁平状鉄粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、扁平状鉄粒子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、モータのコアやリアクトル等の電磁気応用製品に用いられる軟磁性材料等の金属材料が知られている。金属材料においては、その機能の向上のため、集合組織(texture又はcrystal textureとも呼称される)の制御が行われる。例えば、特許文献1には、金属粒子を含む金属粉を粉砕加工等のメカノケミカル処理することにより、結晶方位を所定の方向に制御した集合組織を有する扁平金属粒子の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2016/167286号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の技術で作製した金属材料は、結晶方位の制御のために強加工を受けているため、材料内部に格子欠陥(加工歪み等)が存在する場合がある。この格子欠陥は、保磁力を向上させ、かつ圧粉成形を困難にすることがある。そのため、格子欠陥を取り除くために、粉砕加工等のメカノケミカル処理を施した金属材料に熱処理を施さなければならないが、熱処理によって再結晶が発生してしまい、結晶方位を制御した集合組織が崩れてしまうという問題がある。
【0005】
本発明は、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい、安定した集合組織を有する、磁気特性に優れた扁平状鉄粒子及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一の態様である扁平状鉄粒子は、X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上であり、かつ、結晶方位解析において局所方位差が1度以下の領域が20%以上である集合組織を有する。
【0007】
上記扁平状鉄粒子によれば、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい集合組織を有する。すなわち、結晶方位を所定の方向に制御し、かつ格子欠陥(例えば粉砕による加工歪み等)を抑制した集合組織を有する。そのため、安定した集合組織となり、優れた磁気特性を有するものとなる。
【0008】
これにより、上記扁平状鉄粒子を用いた成形品は、ヒステリシス損や渦電流損が小さく、磁束密度が高いため、優れた磁気特性を有する。よって、変圧器、電動機、発電機等の鉄心(コア)やリアクトル等の電磁気応用製品への適用が非常に有効であり、これらの電磁気応用製品の機能性を向上させるのに寄与する。
【0009】
上記扁平状鉄粒子において、X線回折においてピーク強度比B/Aが9以上であってもよい。
【0010】
また、扁平状鉄粒子の厚さが0.1μm以上20μm以下であってもよい。
【0011】
また、扁平状鉄粒子の厚さをt、扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径をdとした場合、扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tが10以上であってもよい。
【0012】
本発明の他の態様である扁平状鉄粒子の製造方法は、潤滑剤を用いて鉄粒子を粉砕する粉砕工程と、扁平状に粉砕した鉄粒子を焼鈍する焼鈍工程と、を有する。
【0013】
上記扁平状鉄粒子の製造方法によれば、粉砕工程により、結晶配向性が高い集合組織を有する扁平状の鉄粒子が得られる。また、粉砕工程において潤滑剤を用いて鉄粒子を粉砕しているため、焼鈍工程において鉄粒子を焼鈍(熱処理)しても、高い結晶配向性は保持され、かつ格子欠陥(粉砕による加工歪み等)を十分に取り除くことができる。これにより、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい、安定した集合組織を有する、磁気特性に優れた扁平状鉄粒子が得られる。
【0014】
上記扁平状鉄粒子の製造方法において、潤滑剤は、層状化合物からなる潤滑物質を含んでいてもよい。
【0015】
また、層状化合物からなる潤滑物質は、窒化ホウ素及び二硫化モリブデンのうち少なくとも一方を含んでいてもよい。
【0016】
また、焼鈍工程では、扁平状に粉砕した鉄粒子を鉄粒子の回復・再結晶温度以上の温度で焼鈍してもよい。
【0017】
また、扁平状鉄粒子は、X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上であり、かつ、結晶方位解析において局所方位差が度以下の領域が20%以上である集合組織を有していてもよい。
【0018】
また、扁平状鉄粒子は、X線回折においてピーク強度比B/Aが9以上であってもよい。
【0019】
また、扁平状鉄粒子の厚さが0.1μm以上20μm以下であってもよい。
【0020】
また、扁平状鉄粒子の厚さをt、扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径をdとした場合、扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tが10以上であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】実施例1における、粉砕処理前後の鉄粒子の電子顕微鏡写真である((A)粉砕前外観、(B)粉砕前断面、(C)粉砕後外観、(D)粉砕後断面)。
図2】実施例1における、粉砕処理前後の鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
図3】実施例1における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子のKAMマップである((A)粉砕前断面、(B)焼鈍処理500℃、(C)焼鈍処理600℃、(D)焼鈍処理700℃、(E)焼鈍処理800℃)。
図4】実施例1における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
図5】実施例2における、粉砕処理前後の鉄粒子の電子顕微鏡写真である((A)粉砕前外観、(B)粉砕前断面、(C)粉砕後外観、(D)粉砕後断面)。
図6】実施例2における、粉砕処理前後の鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
図7】実施例2における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子のKAMマップである((A)粉砕前断面、(B)焼鈍処理500℃、(C)焼鈍処理600℃、(D)焼鈍処理700℃、(E)焼鈍処理800℃)。
図8】実施例2における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
図9】比較例における、粉砕処理前後の鉄粒子の電子顕微鏡写真である((A)粉砕前外観、(B)粉砕前断面、(C)粉砕後外観、(D)粉砕後断面)。
図10】比較例における、粉砕処理前後の鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
図11】比較例における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子のKAMマップである((A)粉砕前断面、(B)焼鈍処理500℃、(C)焼鈍処理600℃、(D)焼鈍処理700℃、(E)焼鈍処理800℃)。
図12】比較例における、粉砕処理後及び焼鈍処理後の扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0023】
[扁平状鉄粒子]
まず、扁平状鉄粒子について説明する。
【0024】
扁平状鉄粒子は、集合組織を有する。集合組織を有する扁平状鉄粒子の組成は特に限定されない。扁平状鉄粒子の組成としては、純鉄であってもよいし、鉄合金であってもよい。鉄合金としては、例えば、鉄コバルト合金、鉄コバルトバナジウム合金、鉄バナジウム合金、クロム鉄合金、鉄アルミシリコン合金、鉄シリコンクロム合金、ケイ素鋼等が挙げられる。
【0025】
扁平状鉄粒子は、扁平面を有する。扁平面は、扁平化した粒子における厚さ方向に直交する面を示す。扁平面は、平坦であることが好ましい。また、扁平面は、曲面であってもよい。このような扁平面は、例えば、鉄粒子を粉砕処理等することにより形成される面である。
【0026】
扁平状鉄粒子は、X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上である。すなわち、X線回折によって得られるX線回折パターンにおいて、(110)面の回折ピークの強度(ピーク強度A)と(002)面の回折ピークの強度(ピーク強度B)との比(ピーク強度比B/A)が8以上である。また、X線回折においてピーク強度比B/Aが9以上であることが好ましい。
【0027】
なお、X線回折は、例えば、粉末X線回折装置等を用いて行うことができる。また、所定の結晶面の回折ピークの強度とは、X線回折パターンのベースラインからのピークの高さとして定義される。また、ピーク強度比が高いほど、扁平面内において磁化容易軸を含まない(111)面を減少させ、磁化容易軸を含む(002)面を増加させ、結晶方位を所定の方向に制御できていると言える。
【0028】
扁平状鉄粒子は、結晶方位解析において局所方位差が1度以下の領域が20%以上である。すなわち、結晶方位解析によって局所方位差を測定した領域において、局所方位差が1度以下の領域が全体の領域に対して20%以上を占める。
【0029】
なお、結晶方位解析は、例えば、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)検出器付き電子顕微鏡等を用いて行うことができる。局所方位差は、局所的な結晶方位の変化である。局所方位差は、例えば、EBSD検出器付き電子顕微鏡を用いて、扁平状鉄粒子のKAM(Kernel Average Misorientation)マップを作成することによって得られる。すなわち、このKAMマップを規定する測定値が、測定点とその隣接する全ての測定点間の方位の平均差であり、これが局所方位差である。
【0030】
扁平状鉄粒子は、X線回折においてピーク強度比B/Aが8以上であり、結晶方位解析において局所方位差が1度以下の領域が20%以上であることにより、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい集合組織となる。すなわち、結晶方位を所定の方向に制御し、かつ格子欠陥(加工歪み等)を抑制し、保磁力を低下させた集合組織となる。そのため、安定した集合組織となり、優れた磁気特性を有するものとなる。
【0031】
これにより、扁平状鉄粒子を用いた成形品は、ヒステリシス損や渦電流損が小さく、磁束密度が高いため、優れた磁気特性を有する。よって、変圧器、電動機、発電機等の鉄心(コア)やリアクトル等の電磁気応用製品への適用が非常に有効であり、これらの電磁気応用製品の機能性を向上させるのに寄与する。
【0032】
扁平状鉄粒子の平均粒径は、0.2μm以上2000μm以下であることが好ましい。なお、粒径とは、扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)である。
【0033】
扁平状鉄粒子の厚さ(扁平面に直交する方向における扁平状鉄粒子の幅長)は、0.1μm以上20μm以下であってもよい。この場合には、例えば成形型に扁平状鉄粒子を充填して成形品を作る際に、成形型内で粒子配向が生じ、粒子形状に関連付けられている磁化容易軸の向きを、圧縮軸やその垂直方向に配向できる。また、成形型への扁平状鉄粒子の充填率を向上させることができる。これにより、成形品の磁気特性を向上させることができる。
【0034】
扁平状鉄粒子の厚さをt、扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)をdとした場合、扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tは、10以上であってもよい。この場合には、成形型内で粒子配向が生じ、粒子形状に関連付けられている磁化容易軸の向きを、圧縮軸やその垂直方向に配向できる。また、扁平状鉄粒子を用いた成形品のヒステリシス損の低減等、磁気特性を向上させたりすることができる。
【0035】
[扁平状鉄粒子の製造方法]
次に、扁平状鉄粒子の製造方法について説明する。
【0036】
扁平状鉄粒子の製造方法は、潤滑剤を用いて鉄粒子を粉砕する粉砕工程と、扁平状に粉砕した鉄粒子を焼鈍する焼鈍工程と、を有する。
【0037】
粉砕工程では、潤滑剤を用いて鉄粒子を粉砕する。これにより、結晶配向性が高い集合組織を有する扁平状の鉄粒子が得られる。すなわち、扁平面内において磁化容易軸を含まない(111)面を減少させ、磁化容易軸を含む(002)面を増加させ、結晶方位を所定の方向に制御した集合組織を有する扁平状の鉄粒子が得られる。
【0038】
粉砕工程において、鉄粒子の粉砕処理としては、例えば、粒子状の材料に圧縮力や摩擦力等の機械的エネルギーを加えることによって、材料同士の力学的・化学的相互作用を誘起すると共に、粒子形状を変形させるメカノケミカル処理等を用いることができる。メカノケミカル処理としては、特に限定されるものではなく、例えば機械的粉砕装置等を用いることができる。例えば、ビーズミル、遊星式、転動式、振動式等のボールミル、ロッキングミル、タワーミル、メカノフュージョン、ジェットミル、ハイブリダイザー、ヘンシェルミキサー、ホモミキサー等が挙げられる。
【0039】
粉砕処理の際に用いられるミル等の粉砕処理容器については、その材質は限定されるものではないが、例えば金属や金属酸化物製のものであることが好ましい。これは、粉砕処理を行う際に、上記のような材料であると、鉄粒子に十分な機械的エネルギーを付与することができるためである。
【0040】
粉砕処理を行う装置として、例えば、メカノフュージョン(ホソカワミクロン社製)等のような球状媒体を使用しない装置を選択した場合には、球状媒体を入れる必要はなく、その球状媒体の導入量を0とすることができる。
【0041】
球状媒体を使用する装置を選択した場合、球状媒体の材質については限定されるものではなく、粉砕処理容器の大きさや材質により選択することができる。なお、球状媒体としては金属や金属酸化物製のものを用いた場合は、粉砕処理を行う際、粉末材料に十分な機械的エネルギーを付与することができる。また、粉砕処理で用いられる球状媒体のサイズについては特に限定されるものではなく、粉砕処理容器のサイズ等に応じて選択することができる。
【0042】
粉砕工程において、鉄粒子の粉砕処理の処理時間は制限されることが好ましい。粉砕処理の処理時間が長すぎると、アスペクト比が小さくなりすぎたり、合金化したりするおそれがある。粉砕処理の処理時間は、粉砕処理の装置(例えば、ボールミル装置)及びその条件(ボールの大きさ及び質量、容器の回転数)により適宜設定することができる。
【0043】
粉砕工程において、鉄粒子の粉砕処理に潤滑剤を用いる。潤滑剤は、固体状であってもよいし、液体状であってもよい。潤滑剤とは、潤滑機能を発揮する潤滑物質を含むものである。ここで、潤滑物質を含む潤滑剤とは、予め潤滑物質が含まれている潤滑剤だけでなく、例えば粉砕による圧力を受けたときにその受圧面に潤滑物質が形成されるような潤滑剤も含まれる。また、潤滑機能とは、粉砕処理される鉄粒子と粉砕処理を行う物体(例えば、ボール等の球状媒体)との間の摩擦係数を低下させることをいう。鉄粒子の粉砕処理に潤滑剤を用いることにより、粉砕処理による鉄粒子の集合組織化を促進させることができる。
【0044】
潤滑剤は、層状化合物からなる潤滑物質を含んでいてもよい。層状化合物からなる潤滑物質としては、例えば、六方晶窒化ホウ素、二硫化モリブデン、マイカ、タルク、黒鉛、フッ化黒鉛等が挙げられる。層状化合物からなる潤滑物質を含む潤滑剤には、例えば粉砕による圧力を受けたときにその受圧面に二硫化モリブデンが形成されるモリブデンジチオカーバメート(molybdenum dithiocarbamate)も含まれる。なお、層状化合物とは、層状の結晶構造を有する化合物である。
【0045】
粉砕工程において、層状化合物からなる潤滑物質は、窒化ホウ素及び二硫化モリブデンのうち少なくとも一方を含んでいてもよい。この場合には、高温で焼鈍処理を施しても、強い結晶配向性を保持しつつ、格子欠陥(粉砕による加工歪み等)を十分に取り除くことができる。これにより、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さく、非常に安定した集合組織を有する、磁気特性に優れた扁平状鉄粒子が得られる。
【0046】
粉砕工程において、鉄粒子の粉砕処理には、上述した潤滑剤以外にも、アルコール等の助剤を用いてもよい。助剤は、粉砕処理による鉄粒子の集合組織化を促進させるものである。
【0047】
焼鈍工程では、粉砕工程において扁平状に粉砕した鉄粒子を焼鈍(熱処理)する。粉砕工程において潤滑剤を用いて鉄粒子を粉砕していることにより、鉄粒子を高温で焼鈍(熱処理)しても、高い結晶配向性は維持され、かつ粉砕による格子欠陥(加工歪み)を十分に取り除き、保磁力を低下させることができる。これにより、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい、安定した集合組織を有する、磁気特性に優れた扁平状鉄粒子が得られる。
【0048】
焼鈍工程では、扁平状に粉砕した鉄粒子を鉄粒子の回復・再結晶温度以上の温度で焼鈍してもよい。この場合には、格子欠陥(粉砕による加工歪み等)を十分に取り除き、保磁力を低下させることができる。これにより、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい、非常に安定した集合組織を有する、磁気特性に優れた扁平状鉄粒子が得られる。なお、鉄粒子の回復・再結晶温度は、鉄粒子の組成(純鉄、各種鉄合金)、加工履歴等によって異なる。
【0049】
上記製造方法によって得られる扁平状鉄粒子は、X線回折において(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aが8以上であり、かつ、結晶方位解析において局所方位差が度以下の領域が20%以上である集合組織を有していてもよい。また、X線回折においてピーク強度比B/Aが9以上であることが好ましい。この場合には、上記製造方法によって得られる扁平状鉄粒子は、結晶配向性が高く、かつ局所方位差が小さい、安定した集合組織を有する、磁気特性に優れたものとなる。
【0050】
扁平状鉄粒子の厚さが0.1μm以上20μm以下であってもよい。この場合には、粉砕工程における鉄粒子の粉砕に要する時間が長くなることを抑制できる。また、例えば成形型に扁平状鉄粒子を充填して成形品を作る際に、その成形型への扁平状鉄粒子の充填率を向上させることができる。これにより、成形品の磁気特性を向上させることができる。
【0051】
扁平状鉄粒子の厚さをt、扁平状鉄粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)をdとした場合、扁平状鉄粒子のアスペクト比d/tが10以上であってもよい。この場合には、例えば扁平状鉄粒子を用いた成形品のヒステリシス損の低減等、磁気特性を向上させることができる。
【0052】
以下、本発明を実施例により説明し、比較例と比較する。なお、本発明は、この実施例に限定されるものではない。
【0053】
(実施例1)
純鉄粒子(株式会社神戸製鋼製、品番:ML35N)と窒化ホウ素(ナカライテスク株式会社製、商品名:窒化ホウ素、商品コード:05224-72)とアルコール(和光純薬工業株式会社製、商品名:2-プロパノール、商品コード:166-04836)をボールミル(日陶科学株式会社製、型番:ANZ-51D)に添加し、粉砕した。処理条件として、ミルへの純鉄粒子の投入量は200g、潤滑剤としての窒化ホウ素の添加量は3g、アルコールの添加量は80ml、球状媒体としてはφ16mmの鋼球(SUJ-2製)を90個、ボールミル運転回転数360rpm、処理時間70hとした。
【0054】
得られた鉄粒子を電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JCM-6000等)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。分析結果をそれぞれ図1図2に示す。
【0055】
図1に示すように、上記粉砕処理によって粒状の鉄粒子から、扁平状の鉄粒子が得られた。粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)の平均は396μmであった。また、厚さの平均は3.14μmであった。したがって、粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)と厚さの比で定義されるアスペクト比は126であった。
【0056】
図2には、上記粉砕処理を行った鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。また、比較のため、上記粉砕処理前の鉄粒子の粉末X線回折パターンも合わせて示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、粉砕処理前の鉄粒子が0.23、粉砕処理後の鉄粒子が7.9であった。ピーク強度比の変化から、粉砕処理後の鉄粒子には集合組織が形成されていることが確認された。
【0057】
次に、上記粉砕処理を行った鉄粒子を管状電気炉(アズワン社製、TMF-500N)で焼鈍処理(熱処理)した。焼鈍雰囲気はAr-3%H、所定温度における保持時間は1h、温度保持終了後の冷却は炉冷とした。
【0058】
上記焼鈍処理された扁平状鉄粒子をEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)検出器(TSL社製)付き電子顕微鏡(日本電子社製、JIB-4600F)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。EBSD検出器付き電子顕微鏡は、試料のKAM(Kernel Average Misorientation)マップを得るために用いられた。KAMマップを規定する測定値は、測定点とその隣接する全ての測定点間の方位の平均差であり、以後、結晶方位解析における「局所方位差」と表記する。分析結果をそれぞれ図3図4に示す。
【0059】
図3には扁平状鉄粒子のKAMマップを示す。また、後述の表2にはKAM値が1度以下の領域の面積率を示す。これによれば、上記粉砕処理によって得られた偏平状鉄粒子の表面には結晶方位解析における局所方位差が1度以下の箇所が4.3%と僅かな部分しかない。また、500℃で熱処理した扁平状鉄粒子においても同様に1度以下の箇所が7.6%と僅かな部分となっている。一方、600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子では1度以下の箇所が増加し、600℃で熱処理された扁平状鉄粒子の場合、1度以下の箇所は46.5%となった。これは600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子は再結晶し、上記粉砕処理によって扁平状鉄粒子内部に導入された転位が消滅したためと推察される。
【0060】
図4には上記焼鈍処理を行った扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、上記焼鈍処理における保持温度500℃では16.1、600℃では14.5、700℃では9.3、800℃では9.6であった。このように、再結晶が生じる600℃以上の熱処理を施しても、本実施例によって得られる扁平状鉄粒子は8以上のピーク強度比B/Aを示した。さらに、800℃で熱処理を施しても9以上のピーク強度比B/Aを示した。すなわち、強い配向性の集合組織を保持しつつ、結晶方位解析における局所方位差の小さい集合組織を持つことが確認された。
【0061】
(実施例2)
純鉄粒子(株式会社神戸製鋼製、品番:ML35N)と二硫化モリブデン(STREM CHEMICALS製、型式:93-4247)をボールミル(日新技研社製、型番:NEV-MA-8)に添加し、粉砕した。処理条件として、ミルへの純鉄粒子の投入量は5g、潤滑剤としての二硫化モリブデンの添加量は0.03g、球状媒体としてはφ9.52mmの鋼球(SUJ-2製)を20個、処理時間2hとした。
【0062】
得られた鉄粒子を電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JCM-6000等)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。結果をそれぞれ図5図6に示す。
【0063】
図5に示すように、上記粉砕処理によって粒状の鉄粒子から、扁平状の鉄粒子が得られた。粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)の平均は455μmであった。また、厚さの平均は1.54μmであった。したがって、粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)と厚さの比で定義されるアスペクト比は295であった。
【0064】
図6には上記粉砕処理を行った鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。また、比較のため、上記粉砕処理前の鉄粒子の粉末X線回折パターンも合わせて示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、粉砕処理前の鉄粒子の場合0.23で、粉砕処理後の鉄粒子の場合57.3であった。ピーク強度比の変化から、粉砕処理後の鉄粒子には集合組織が形成されていることが確認された。
【0065】
次に、上記粉砕処理を行った鉄粒子を管状電気炉(アズワン社製、TMF-500N)で焼鈍処理(熱処理)した。焼鈍雰囲気はAr-3%H、所定温度における保持時間は1h、温度保持終了後の冷却は炉冷とした。
【0066】
上記焼鈍処理された扁平状鉄粒子をEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)検出器(TSL社製)付き電子顕微鏡(日本電子社製、JIB-4600F)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。EBSD付き電子顕微鏡は、試料のKAM(Kernel Average Misorientation)マップを得るために用いられた。分析結果をそれぞれ図7図8に示す。
【0067】
図7には扁平状鉄粒子のKAMマップを示す。また、後述の表2にはKAM値が1度以下の領域の面積率を示す。これによれば、上記粉砕処理によって得られた扁平状鉄粒子の表面には結晶方位解析における局所方位差が1度以下の箇所は5.4%と僅かな部分でしかない。また、500℃で熱処理した扁平状鉄粒子においても同様に1度以下の箇所が10.4%と僅かな部分となっている。一方、600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子では1度以下の箇所は増加し、600℃で熱処理された扁平状鉄粒子の場合、1度以下の箇所は25.1%となった。これは600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子は再結晶し、上記粉砕処理によって扁平状鉄粒子内部に導入された転位が消滅したためと推察される。
【0068】
図8には上記焼鈍処理を行った扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、上記焼鈍処理における保持温度500℃では87.7、600℃では144.7、700℃では60.1、800℃では41.1であった。このように、再結晶が生じる600℃以上の熱処理を施しても、本実施例によって得られる扁平状鉄粒子は8以上のピーク強度比B/Aを示した。さらに、800℃で熱処理を施しても9以上のピーク強度比B/Aを示した。すなわち、強い配向性の集合組織を保持しつつ、結晶方位解析における局所方位差の小さい集合組織を持つことが確認された。
【0069】
(比較例)
純鉄粒子(株式会社神戸製鋼製、品番:ML35N)と潤滑油(呉工業株式会社製、5-56)をボールミル(日陶科学株式会社製、型番:ANZ-51D)に添加し、粉砕した。処理条件として、ミルへの純鉄粒子の投入量は200g、潤滑油の添加量は250ml、球状媒体としてはφ16mmの鋼球(SUJ-2製)を100個、ボールミル運転回転数360rpm、処理時間70hとした。
【0070】
得られた鉄粒子を電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JCM-6000)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。分析結果をそれぞれ図9図10に示す。
【0071】
図9に示すように、上記粉砕処理によって粒状の鉄粒子から、扁平状の鉄粒子が得られた。粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)の平均は326μmであった。また、厚さの平均は3.78μmであった。したがって、粒子の厚さ方向と直交する方向における径(最も幅の広い箇所の長さ)と厚さの比で定義されるアスペクト比は86であった。
【0072】
図10には上記粉砕処理を行った鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。また、比較のため、上記粉砕処理前の鉄粒子の粉末X線回折パターンも合わせて示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、粉砕処理前の鉄粒子の場合0.23で、粉砕処理後の鉄粒子の場合11.7であった。ピーク強度比の変化から、粉砕処理後の鉄粒子には集合組織が形成されていることが確認された。
【0073】
次に、上記粉砕処理を行った鉄粒子を管状電気炉(アズワン社製、TMF-500N)で焼鈍処理(熱処理)した。焼鈍雰囲気はAr-3%H、所定温度における保持時間は1h、温度保持終了後の冷却は炉冷とした。
【0074】
上記焼鈍処理された扁平状鉄粒子をEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)検出器(TSL社製)付き電子顕微鏡(日本電子社製、JIB-4600F)及び粉末X線回折装置(リガク社製、Smartlab)で分析した。EBSD付き電子顕微鏡は、試料のKAM(Kernel Average Misorientation)マップを得るために用いられた。分析結果をそれぞれ図11図12に示す。
【0075】
図11には扁平状鉄粒子のKAMマップを示す。また、後述の表2にはKAM値が1度以下の領域の面積率を示す。これによれば、上記粉砕処理によって得られた偏平状鉄粒子の表面には結晶方位解析における局所方位差が1度以下の箇所が4.1%と僅かな部分でしかない。また、500℃で熱処理した扁平状鉄粒子においても同様に1度以下の箇所が2.3%と僅かな部分となっている。一方、600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子では1度以下の箇所は増加し、600℃で熱処理された扁平状鉄粒子の場合、1度以下の箇所は41.2%となった。これは600℃以上で熱処理された扁平状鉄粒子は再結晶し、上記粉砕処理によって扁平状鉄粒子内部に導入された転位が消滅したためと推察される。
【0076】
図12には上記焼鈍処理を行った扁平状鉄粒子の粉末X線回折パターンを示す。これによれば、後述の表1に示すように、(110)面のピーク強度Aと(002)面のピーク強度Bとのピーク強度比B/Aは、上記焼鈍処理における保持温度500℃では16.2、600℃では7.7、700℃では2.1、800℃では1.4であった。このように、再結晶が生じる600℃以上の熱処理を施すと、本比較例によって得られる偏平状鉄粒子は8未満の比較的小さいピーク強度比B/Aを示した。すなわち、結晶方位解析における局所方位差は小さいが、実施例1、2と比較して相対的に配向性が弱い集合組織を持つことが確認された。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
(その他の実施形態)
本発明は、上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【0080】
上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本発明の実施形態である。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図10
図11
図12