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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-07
(45)【発行日】2023-06-15
(54)【発明の名称】キラル物質装置
(51)【国際特許分類】
   H01L 29/82 20060101AFI20230608BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019092959
(22)【出願日】2019-05-16
(65)【公開番号】P2020188202
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2022-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】504261077
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人自然科学研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(72)【発明者】
【氏名】戸川 欣彦
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 寛明
(72)【発明者】
【氏名】山本 浩史
【審査官】小山 満
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-512159(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0057859(US,A1)
【文献】特開2016-162843(JP,A)
【文献】特開2012-049403(JP,A)
【文献】ABENDROTH, John M.,Spin Selectivity in Photoinduced Charge-Transfer Mediated by Chiral Molecules,ACS Nano,米国,2019年04月24日,Vol.13 No.5,pp.4928-4946
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キラル物質層と、前記キラル物質層に第1電界を形成することができるように設けられた第1電極及び第2電極と、前記キラル物質層と接触するように設けられた第1スピン検出層とを備え、
第1スピン検出層は、第1及び第2電極と接触しないように設けられ、
第1及び第2電極は、第1及び第2電極のうち少なくとも一方が第1入力信号を入力するように設けられ、かつ、第1入力信号を入力することにより前記キラル物質層に第1電界を形成するように設けられ、
第1入力信号に応じて第1スピン検出層の第1電界を横切る方向に生じる電圧又は第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化することを特徴とするキラル物質装置。
【請求項2】
第1スピン検出層の材料は強磁性体であり、
第1入力信号に応じて第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化する請求項1に記載のキラル物質装置。
【請求項3】
前記キラル物質層に第1電界と平行な第2電界を形成することができるように設けられた第3電極及び第4電極をさらに備え、
第3及び第4電極は、第3及び第4電極のうち少なくとも一方が第2入力信号を入力するように設けられ、かつ、第2入力信号を入力することにより前記キラル物質層に第2電界を形成するように設けられ、
第1スピン検出層は、第1及び第2電極と第3及び第4電極との間に配置され、
第1及び第2入力信号に応じて第1スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧又は第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化する請求項1又は2に記載のキラル物質装置。
【請求項4】
前記キラル物質層と接触するように設けられた第2スピン検出層をさらに備え、
第1及び第2スピン検出層は、第1及び第2電極と第3及び第4電極との間に並べて配置され、
第1及び第2入力信号に応じて、第1スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧、第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧、第2スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧又は第2スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化する請求項3に記載のキラル物質装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラル物質装置に関する。
【背景技術】
【0002】
対掌性(キラリティ)がある分子構造を有する物質やキラリティがある結晶構造を有する物質(以後、これらをまとめてキラル物質という)が知られている。例えば、乳酸C3H6O3はキラリティがある分子構造を有し、像と鏡像の関係にあるD-乳酸とL-乳酸が存在する。また、水晶(SiO2の結晶)はキラリティがある結晶構造を有する。水晶は、SiO4の四面体が頂点を共有する結晶構造を有し、SiO4のつながり方に注目すると、結晶の伸長方向(c軸)に対してラセンを形成しており、ラセンが右巻きの結晶(右水晶)と左巻きの結晶(左水晶)とが存在する。右水晶の結晶構造と左水晶の結晶構造は像と鏡像の関係にある。
【0003】
キラル物質では、キラル誘発スピン選択(CISS)効果によりスピン偏極電子が生成されることが知られている(例えば、特許文献1参照)。また、強磁性体などが示すスピン偏極がスピン吸収材に吸収されると、スピンの向きとスピンの流れの直交した方向に電荷の流れが生じること(逆スピンホール効果)が知られている(例えば、非特許文献1参照)。また、スピン流を検出することができる非局所スピンバルブが知られている(例えば、非特許文献2参照)。また、現行のCMOSトランジスタの技術的限界を突破する次世代デバイスとしてDatta-Das型スピントランジスタが考案され、それを契機にスピン偏極トランジスタ素子の研究が進んでいる(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2015-512159号公報
【文献】WO2014/027555 A1
【非特許文献】
【0005】
【文献】T. Kimura et al., Phys. Rev. Lett. 98, 156601 (2007)
【文献】F. J. Jedema et al., Nature 416, 713 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、従来のトランジスタは半導体装置であり製造コストが高い。また、スピントランジスタの研究開発では材料選択、デバイス構造、製造工程、動作条件などが大きな課題となっている。
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、キラル物質の特性を利用したキラル物質装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、キラル物質層と、前記キラル物質層に第1電界を形成することができるように設けられた第1電極及び第2電極と、前記キラル物質層と接触するように設けられた第1スピン検出層とを備え、第1及び第2電極は、第1及び第2電極のうち少なくとも一方が第1入力信号を入力するように設けられ、かつ、第1入力信号を入力することにより前記キラル物質層に第1電界を形成するように設けられ、第1入力信号に応じて第1スピン検出層の第1電界を横切る方向に生じる電圧又は第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化することを特徴とするキラル物質装置を提供する。
【発明の効果】
【0008】
第1及び第2電極は、第1入力信号を入力することによりキラル物質層に第1電界を形成する。このように電界を形成すると、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりキラル物質層にスピン偏極電子を生成することができる。
CISS効果とは、電子がキラル高分子を通過するとスピン偏極する効果である。CISS効果が高分子以外のキラル物質(例えば無機系キラル結晶)でも生じることは本発明者等が行った実験により明らかになった。
【0009】
第1入力信号に応じて第1スピン検出層の第1電界を横切る方向に生じる電圧は変化する。従って、第1入力信号を第1スピン検出層の電圧に変換することができ、電圧の正負、高低、電流の方向などで出力信号を出力することができる。第1スピン検出層に生じる電圧の向きはキラル物質層に形成する電界の向きが変わると変化する。このことは、本発明者等が行った実験により明らかになった。なお、第1スピン検出層に生じる電圧は、逆スピンホール効果で生じると考えられる。
第1入力信号に応じて第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化する。従って、第1入力信号を第1スピン検出層と前記キラル物質層との間の電圧に変換することができ、この電圧の正負、高低、生じる電流の方向などで出力信号を出力することができる。なお、スピン検出層とキラル物質層との間に生じる電圧は、非局所スピンバルブと同様の効果で生じると考えられる。
また、CISS効果の逆効果がキラル物質(例えば無機系キラル結晶)で生じることは本発明者等が行った実験により明らかになった。前記スピン検出層に電界を印加すると、相反定理で結びつく逆効果が成立するため、キラル物質に電圧が発生する。この電圧は前記電圧印加部を利用して検出することが可能である。検出される電圧は、キラル物質のキラリティにより異なるため、検出された電圧に基づきキラル物質のキラリティを検出することができる。キラリティ検出装置に対して、電源部と制御部をつなぎかえることにより、逆過程に対して動作することは、本発明の発明者等が行った実験により明らかになった。
また、本発明のキラル物質装置には、低い製造コスト、室温動作、無磁場動作、微細化可能、冗長化可能、再構成可能などのメリットが挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態のキラル物質装置の概略斜視図である。
図2】本発明の一実施形態のキラル物質装置の概略斜視図である。
図3】本発明の一実施形態のキラル物質装置の概略斜視図である。
図4】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図5】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図6】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図7】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図8】(a)は本発明の一実施形態のキラル物質装置の概略斜視図であり、(b)は(a)に示したキラル物質装置の概略断面図である。
図9】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図10】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図11】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図12】スピン偏極した電子のポテンシャルの説明図である。
図13】入力信号の変化に伴うスピン流の変化及びスピン検出層に生じる電圧の変化の説明図である。
図14】本発明の一実施形態のキラル物質装置の概略斜視図である。
図15】CrNb3S6をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真である。
図16】WCを用いて作製した測定用デバイスの写真である。
図17】CrNb3S6又はWCに電圧を印加した際の電圧検出用電極間の電圧の変化及び電気抵抗値の変化を示すグラフである。
図18】CrNb3S6又はWCに電圧を印加した際のスピン検出層(Pt層)に生じる電圧の変化を示すグラフ及びスピン検出層の電気抵抗値を示すグラフである。
図19】CrNb3S6に電圧を印加した際のスピン検出層(Pt層)に生じる電圧の変化を示すグラフ及びスピン検出層の電気抵抗値を示すグラフである。
図20】(a)はCrSi2をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真であり、(b)(c)はこのデバイスを用いた電圧検出実験の結果を示すグラフである。
図21】(a)はNbSi2をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真であり、(b)(c)はこのデバイスを用いた電圧検出実験の結果を示すグラフである。
図22】(a)は左水晶をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真であり、(b)はこのデバイスを用いた電圧検出実験の結果を示すグラフである。
図23】(a)は右水晶をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真であり、(b)はこのデバイスを用いた電圧検出実験の結果を示すグラフである。
図24】(a)はNbSi2をキラル物質層として作製した測定用デバイスの写真であり、(b)と(c)はこのデバイスの電圧特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のキラル物質装置は、キラル物質層と、前記キラル物質層に第1電界を形成することができるように設けられた第1電極及び第2電極と、前記キラル物質層と接触するように設けられた第1スピン検出層とを備え、第1及び第2電極は、第1及び第2電極のうち少なくとも一方が第1入力信号を入力するように設けられ、かつ、第1入力信号を入力することにより前記キラル物質層に第1電界を形成するように設けられ、第1入力信号に応じて第1スピン検出層の第1電界を横切る方向に生じる電圧又は第1スピン検出層と前記キラル物質層との間に生じる電圧が変化することを特徴とする。
【0012】
第1スピン検出層の材料は強磁性体であることが好ましく、第1入力信号に応じて第1スピン検出層とキラル物質層との間に生じる電圧が変化することが好ましい。この電圧変化から出力信号を出力することが可能になる。
本発明のキラル物質装置は、キラル物質層に第1電界と平行な第2電界を形成することができるように設けられた第3電極及び第4電極を備えることが好ましい。第3及び第4電極は、第3及び第4電極のうち少なくとも一方が第2入力信号を入力するように設けられることが好ましく、かつ、第2入力信号を入力することによりキラル物質層に第2電界を形成するように設けられることが好ましい。第1スピン検出層は、第1及び第2電極と第3及び第4電極との間に配置されることが好ましく、第1及び第2入力信号に応じて第1スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧又は第1スピン検出層とキラル物質層との間に生じる電圧が変化することが好ましい。このことにより、キラル物質装置を3値動作デバイスとして動作させることができる。
【0013】
本発明のキラル物質装置は、キラル物質層と接触するように設けられた第2スピン検出層を備えることが好ましい。第1及び第2スピン検出層は、第1及び第2電極と第3及び第4電極との間に並べて配置されることが好ましく、第1及び第2入力信号に応じて、第1スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧、第1スピン検出層とキラル物質層との間に生じる電圧、第2スピン検出層の第1又は第2電界を横切る方向に生じる電圧又は第2スピン検出層とキラル物質層との間に生じる電圧が変化することが好ましい。このことにより、第1及び第2スピン検出層のうちどちらか一方を選択して出力信号を出力することが可能になる。
【0014】
以下、図面を用いて本発明の一実施形態を説明する。図面や以下の記述中で示す構成は、例示であって、本発明の範囲は、図面や以下の記述中で示すものに限定されない。
【0015】
図1~3、8、14は、それぞれ本実施形態のキラル物質装置の概略斜視図などである。
本実施形態のキラル物質装置20は、キラル物質層2と、キラル物質層2に第1電界を形成することができるように設けられた第1電圧印加用電極3及び第2電圧印加用電極4と、キラル物質層2と接触するように設けられたスピン検出層5とを備え、第1電圧印加用電極3及び第2電圧印加用電極4は、第1電圧印加用電極3及び第2電圧印加用電極4のうち少なくとも一方が第1入力信号を入力するように設けられ、かつ、第1入力信号を入力することによりキラル物質層2に第1電界を形成するように設けられ、第1入力信号に応じてスピン検出層5の第1電界を横切る方向に生じる電圧又はスピン検出層5とキラル物質層2との間に生じる電圧が変化することを特徴とする。
【0016】
キラル物質装置20は、キラル物質の特性を利用した装置であり、トランジスタであってもよく、メモリであってもよく、論理素子であってもよい。
キラル物質とは、対掌性(キラリティ)がある分子構造を有する物質やキラリティがある結晶構造を有する物質である。キラル物質には右手系と左手系とが存在する。キラル物質の右手系と左手系とは鏡像異性体である。キラル物質は、無機系物質であってもよく、高分子であってもよく、有機分子であってもよく、液晶であってもよい。
【0017】
キラル物質層2は、キラル物質を含む層である。キラル物質層2は、右手系キラル物質及び左手系キラル物質のうちどちらか一方を主に含む層とすることができる。また、キラル物質層2は、右手系キラル物質からなる層と左手系キラル物質からなる層とが組み合わされた構造を有してもよい。
キラル物質層2は、単結晶であってもよく、多結晶であってもよく、微晶質であってもよく、液晶であってもよく、粉末の凝集体であってもよい。また、キラル物質層2は、キラル物質を含むゲルであってもよい。また、キラル物質層2は、導電体であってもよく、半導体であってもよく、絶縁体であってもよい。
【0018】
第1電圧印加用電極3及び第2電圧印加用電極4は、キラル物質層2に電界を形成するための電極である。第1電圧印加用電極3と第2電圧印加用電極4との間に電圧を印加することによりキラル物質層2に電界が形成される。キラル物質装置20は、図1~3に示した装置のように一対の電圧印加用電極3、4を有してもよく、図8、14に示した装置のように電圧印加用電極3、4の対を複数有してもよい。
【0019】
電極3、4を用いてキラル物質層2に電界を発生させると、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりキラル物質層2に含まれるキラル物質にスピン偏極電子を生じさせることができる。また、キラル物質層2に形成する電界の向きが変わると、スピン偏極の向きが変わる。
CISS効果とは、電子がキラル高分子を通過するとスピン偏極する効果である。CISS効果が高分子以外のキラル物質(例えば無機系キラル結晶)でも生じることが本発明者等が行った実験により明らかになった。
【0020】
スピン検出層5は、キラル物質層2で生じさせたスピン偏極のスピンを吸収する層である。スピン検出層5は、キラル物質層2と接触するように設けられる。スピン検出層5の材料は、スピン流―電荷流の変換効率が大きい物質とすることができる。この場合、逆スピンホール効果により、スピン検出層5に電荷の流れが生じる。逆スピンホール効果では、スピン偏極がスピン吸収材に吸収されると、スピンの向きとスピンの流れの直交した方向に電荷の流れが生じる。このため、スピン検出層5に生じる電圧の向きや大きさは、キラル物質層2で生じさせたスピン偏極のスピンの向きに応じて変わる。
この場合、スピン検出層5は、図1、2に示したキラル物質装置20のように設けることができる。
【0021】
スピン検出層5の材料は、スピンホール角が大きいスピン吸収材料が好ましい。例えば、スピン軌道相互作用が大きい物質(Pt, W など)、トポロジカル絶縁体、(ワイル)半金属、2次元ガス系、金属/酸化物や金属/分子などのハイブリッド膜、酸化物、分子、誘電体、半導体、ラシュバ系などが挙げられる。
【0022】
スピン検出層5の材料は、強磁性材料であってもよい。このようなスピン検出層5をキラル物質層2と接触させることにより、スピンバルブのように、キラル物質層2に含まれるキラル物質のスピン偏極がスピン検出層5の電荷流を引き起こし、スピン検出層5とキラル物質層2との間に電圧を発生させることができる。この場合、スピン検出層5は、一様磁化状態となるように形状が異方的なものが望ましい。
この場合、スピン検出層5は、図3に示したキラル物質装置20のように設けることができる。また、スピン検出層5とキラル物質層2との間の電圧は、図3に示したように、キラル物質層2と電気的に接続した電圧検出用電極8を用いて検出することができる。
【0023】
スピン検出層5は、例えば、図1に示したキラル物質装置20のように、電圧印加用電極3、4の間に配置してもよい。また、スピン検出層5は、例えば、図2、3、8、14に示したキラル物質装置20のように電圧印加用電極3、4の間に配置しなくてもよい。なお、電圧印加用電極3、4を用いてキラル物質層2に生じさせたスピン偏極は、電極3と電極4の間のキラル物質層2にのみ生じるのではなく、キラル物質層2の電界を発生させていない部分にもスピン偏極を生じさせる。このことは本発明者等が行った実験により明らかになった。
また、一対の電圧印加用電極3、4を複数設ける場合、図8に示したように電圧印加用電極3、4の対と隣接する電圧印加用電極3、4の対との間にスピン検出層5を複数配置してもよい。このことにより、出力信号を出力するスピン検出層5を選択することが可能になる。
【0024】
入力部6は、電圧印加用電極3、4のうち少なくとも一方に入力信号を入力し、電圧印加用電極3、4の間のキラル物質層2に電界を形成するように設けられる。このため、入力信号に応じて変化する電界をキラル物質層2に形成することができる。例えば、入力部6は、入力信号に応じてキラル物質層2に形成される電界の向きが変わるように設けることができる。キラル物質層2の電界の向きが変わると、キラル物質層2のスピン偏極の向きも変わる。このため、図1、2に示した装置20のようにスピン検出層5を設けている場合、入力信号に応じてスピン検出層5の電界を横切る方向に生じる電圧の向きも変わる。この電圧の向きを出力部7から出力信号として出力することにより、入力信号を出力信号に変換することができる。
図3に示した装置20のように強磁性体のスピン検出層5を設けている場合、入力信号に応じてスピン検出層5と電極8(キラル物質層2に電気的に接続している)との間に生じる電圧の向きも変わる。この電圧の向きを出力部7から出力信号として出力することにより、入力信号を出力信号に変換することができる。
【0025】
次に、図4~7を用いてキラル物質層2のスピン偏極した電子のポテンシャル及びスピン検出層5の電圧について説明する。図4、5では図1に示した装置20を用いており、図6、7では図2に示した装置20を用いている。ここではスピン偏極について、右方向にスピン偏極した電子と左方向にスピン偏極した電子とを用いて説明する。
図4(b)、図5(b)、図6(b)、図7(b)に示したグラフにおいて、点線は右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルであり、実線は左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルであり、破線は右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルと左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルとを合わせたポテンシャルである。なお、キラル物質層2が右手系キラル物質か左手系キラル物質かでスピン偏極の向きは変わるが、図4~7では、同じキラル物質を用いているものとする。
【0026】
図4のように、電極3から電極4へ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりスピン偏極が生じ、例えば右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3、4の間の電界により、電子のポテンシャルは電極4に近いほど高くなる。この場合、スピン検出層5は右方向にスピン偏極した電子のスピンを吸収し、逆スピンホール効果によりスピン検出層5に電圧が生じる。
【0027】
図5のように、電極4から電極3へ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、CISS効果によりスピン偏極が生じ、例えば左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3、4の間の電界により、電子のポテンシャルは電極3に近いほど高くなる。この場合、スピン検出層5は左方向にスピン偏極した電子のスピンを吸収し、逆スピンホール効果によりスピン検出層5に電圧が生じる。
このため、図4図5では、スピン検出層5が吸収するスピンの向きが逆であるため、電圧が生じる向きも逆になる。このように入力信号により電極3と電極4との間のキラル物質層2に発生させる電界の向きを変えることによりスピン検出層5で発生させる電圧の向きを変えることができ、出力信号を出力することができる。
【0028】
図6のように、電極3から電極4へ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、CISS効果によりスピン偏極が生じ、例えば右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3、4の間の電界により、電子のポテンシャルは電極4に近いほど高くなる。この場合、電極4の直下のキラル物質層2におけるスピン偏極状態は、電極4の右側の電圧を印加していないキラル物質層2の部分においても保たれる。このため、電極3、4の間ではなく、電極4の右側に配置されたスピン検出層5は右方向にスピン偏極した電子のスピンを吸収し、逆スピンホール効果によりスピン検出層5に電圧が生じる。
【0029】
図7のように、電極4から電極3へ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、CISS効果によりスピン偏極が生じ、例えば左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3、4の間の電界により、電子のポテンシャルは電極3に近いほど高くなる。この場合、電極4の直下のキラル物質層2におけるスピン偏極状態は、電極4の右側の電圧を印加していないキラル物質層2の部分においても保たれる。このため、電極3、4の間ではなく、電極4の右側に配置されたスピン検出層5は左方向にスピン偏極した電子のスピンを吸収し、逆スピンホール効果によりスピン検出層5に電圧が生じる。
このため、図6図7では、スピン検出層5が吸収するスピンの向きが逆であるため、電圧が生じる向きも逆になる。このように入力信号により電極3と電極4との間のキラル物質層2に発生させる電界の向きを変えることによりスピン検出層5で発生させる電圧の向きを変えることができ、出力信号を出力することができる。
【0030】
次に、図9~12を用いてキラル物質層2のスピン偏極した電子のポテンシャル及びスピン検出層5bの電圧について説明する。
図9~12では図8に示した装置20を用いている。ここではスピン偏極について、右方向にスピン偏極した電子と左方向にスピン偏極した電子とを用いて説明する。
図9(c)、図10(c)、図11(c)、図12(c)に示したグラフにおいて、点線は右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルであり、実線は左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルであり、破線は右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルと左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルとを合わせたポテンシャルである。なお、キラル物質層2が右手系キラル物質か左手系キラル物質かでスピン偏極の向きは変わるが、図9~12では、同じキラル物質を用いているものとする。
【0031】
図9のように、入力部6aを用いて電極3aから電極4aへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3a、4aの間のキラル物質層2では、CISS効果によりスピン偏極が生じ右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3a、4aの間の電界により、電子のポテンシャルは電極4aに近いほど高くなる。
また、図9のように、入力部6bを用いて電極4bから電極3bへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3b、4bの間のキラル物質層2では、CISS効果によりスピン偏極が生じ左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3b、4bの間の電界により、電子のポテンシャルは電極3bに近いほど高くなる。
【0032】
この場合、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には電流は流れないが、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルは電極4aから電極3bに向かうほど小さくなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルは電極3bから電極4aに向かうほど小さくなる。このため、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には、電界方向に平行に偏極したスピン流(Js = D ∇(n-n))が右向きに流れる。
また、スピン検出層5bの直下のキラル物質層2では、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルと同じであるため、スピン検出層5bには電圧が生じない(Vxy=0)。
【0033】
図10のように、入力部6aを用いて電極3aから電極4aへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3a、4aの間のキラル物質層では、CISS効果によりスピン偏極が生じ右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3a、4aの間の電界により、電子のポテンシャルは電極4aに近いほど高くなる。
また、図10のように、入力部6bを用いて電極3bから電極4bへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3b、4bの間のキラル物質層では、CISS効果によりスピン偏極が生じ右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3b、4bの間の電界により、電子のポテンシャルは電極4bに近いほど高くなる。
【0034】
この場合、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には電流は流れないが、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2では、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高く左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低い状態が保たれる。このため、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2にはスピン流は流れない(Js=0)。また、スピン検出層5bの直下のキラル物質層2では、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高く左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低いため、スピン検出層5bに電圧が生じる(Vxyは正)。
【0035】
図11のように、入力部6aを用いて電極4aから電極3aへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3a、4aの間のキラル物質層では、CISS効果によりスピン偏極が生じ左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3a、4aの間の電界により、電子のポテンシャルは電極3aに近いほど高くなる。
また、図11のように、入力部6bを用いて電極3bから電極4bへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3b、4bの間のキラル物質層では、CISS効果によりスピン偏極が生じ右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3b、4bの間の電界により、電子のポテンシャルは電極4bに近いほど高くなる。
【0036】
この場合、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には電流は流れないが、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルは電極4aから電極3bに向かうほど小さくなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルは電極3bから電極4aに向かうほど小さくなる。このため、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には、電界方向に平行に偏極したスピン流(Js = D ∇(n-n))が左向きに流れる。
また、スピン検出層5bの直下のキラル物質層2では、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルと同じであるため、スピン検出層5bには電圧が生じない(Vxy=0)。
【0037】
図12のように、入力部6aを用いて電極4aから電極3aへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3a、4aの間のキラル物質層では、CISS効果によりスピン偏極が生じ左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3a、4aの間の電界により、電子のポテンシャルは電極3aに近いほど高くなる。
また、図12のように、入力部6bを用いて電極4bから電極3bへ向かう電流が流れるようにキラル物質層2に電界を発生させると、電極3b、4bの間のキラル物質層2では、CISS効果によりスピン偏極が生じ左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高くなり、右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低くなる。また電極3b、4bの間の電界により、電子のポテンシャルは電極3bに近いほど高くなる。
【0038】
この場合、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2には電流は流れないが、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2では、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高く右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低い状態が保たれる。このため、電極4aと電極3bとの間のキラル物質層2にはスピン流は流れない(Js=0)。また、スピン検出層5bの直下のキラル物質層2では、左方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが高く右方向にスピン偏極した電子のポテンシャルが低いため、スピン検出層5bに電圧が生じる(Vxyは負)。
【0039】
図13には、入力部6a、6bからの入力信号により図9に示した状態(状態I)、図10に示した状態(状態II)、図11に示した状態(状態III)、図12に示した状態(状態IV)を切り替え、出力信号をスピン流Js又はスピン検出層5bに生じる電圧Vxyとしたときの出力信号のタイムチャートを示している。
このように、図8に示したようなキラル物質装置20は3値動作デバイスとして機能させることができる。また、キラル物質装置20は、出力値を絶対値として2値動作デバイスとして機能させることもできる。
【0040】
図14は、本実施形態のキラル物質装置20の概略斜視図である。このように電圧印加用電極3、4とスピン検出層5とを交互に並べてキラル物質層2上に配置することができる。このことにより、キラル物質装置20をアレイ化することができる。また、デバイス動作する領域を任意に選択することができる。また、キラル物質装置20を冗長化することができる。また、キラル物質装置20を再構成することが可能になる。
【0041】
第1キラリティ検出実験
キラル物質層をキラル物質であるCrNb3S6として図1のような装置Aを作製した。また、装置Aには、キラル物質層のx方向の電圧を測定する電圧検出用電極も設けた。CrNb3S6には、16.9μm×9.5μm×500nmの単結晶を用いた。CrNb3S6のc軸(らせん軸)はx方向となるようにCrNb3S6を配置した。また、スピン検出層は、2μm×9.5μm×25nmのPt層とした。Pt層の抵抗率は450μΩcmであり、CrNb3S6単結晶の抵抗率は650μΩcmであった。
作製した装置Aの写真を図15に示す。配線(1)(2)が電圧印加用電極でありCrNb3S6単結晶のx方向に電圧を印加する電極である。配線(5)(6)が電圧検出用電極でありCrNb3S6単結晶のx方向の電圧を検出する電極である。配線(4)(8)は、Pt層の端部に接続し、Pt層のy方向の電圧を検出する電極である。
【0042】
キラル物質層に相当する層を非キラル物質であるWC(タングステンカーバイト)として図1のような装置Bを作製した。また、装置Bには、WC層のx方向の電圧を測定する電圧検出用電極も設けた。WCには、16.4μm×8.4μm×40nmのサイズのものを用いた。また、スピン検出層は、2μm×8.4μm×25nmのPt層とした。Pt層の抵抗率は450μΩcmであり、WCの抵抗率は530μΩcmである。
作製した装置Bの写真を図16に示す。配線(1)(2)が電圧印加用電極でありWCのx方向に電圧を印加する電極である。配線(4)(5)が電圧検出用電極でありWCのx方向の電圧を検出する電極である。配線(3)(6)は、Pt層の端部に接続し、Pt層のy方向の電圧を検出する電極である。
【0043】
装置AのCrNb3S6単結晶に流れる電流((1)→(2))が-5mAから5mAとなるように配線(1)(2)の間に印加する電圧を変化させて配線(5)(6)間の電圧Vxx(CrNb3S6単結晶のx方向の電圧)及び配線(4)(8)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。また、測定値からCrNb3S6単結晶の抵抗値Rxx及びPt層の抵抗値Rxyを算出した。
CrNb3S6単結晶を流れる電流が配線(1)から配線(2)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(2)から配線(1)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vxxは、配線(5)の電位が配線(6)の電位より高いときにプラスの電圧とした。電圧Vxyは、配線(4)の電位(CrNb3S6にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(8)の電位(CrNb3S6にプラス電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0044】
装置BのWCに流れる電流((1)→(2))が-5mAから5mAとなるように配線(1)(2)の間に印加する電圧を変化させて配線(4)(5)間の電圧Vxx(WCのx方向の電圧)及び配線(3)(6)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。また、測定値からWCの抵抗値Rxx及びPt層の抵抗値Rxyを算出した。
WCを流れる電流が配線(1)から配線(2)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(2)から配線(1)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vxxは、配線(4)の電位が配線(5)の電位より高いときにプラスの電圧とした。電圧Vxyは、配線(3)の電位(WCにプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(6)の電位(WCにプラスの電流の流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0045】
横方向の測定電圧値Vxxの変化を示すグラフを図17(a)に示し、算出された抵抗値Rxxの変化を示すグラフを図17(b)に示す。装置A、BのいずれでもVxxは、配線(1)(2)間に印加する電圧に応じて変化した。また、Rxxは一定であった。
Pt層の縦方向の測定電圧値Vxyの変化を示すグラフを図18(a)に示し、算出された抵抗値Rxyの変化を示すグラフを図18(b)に示す。装置B(WC)ではVxyは出力されずRxyはゼロであったのに対し、装置A(CrNb3S6)では、CrNb3S6にプラスの電流が流れるように電圧が印加するとPt層にプラスの電圧Vxyが生じ、CrNb3S6にマイナスの電流が流れるように電圧が印加するとPt層にマイナスの電圧Vxyが生じた。電圧Vxyと、CrNb3S6に流れる電流Iとは比例関係にあった。また、作製した装置AにおいてRxyはCrNb3S6に流す電流Iが大きくなるほど少しずつ大きくなりやや非線形な振舞いを示した。
【0046】
従って、キラル物質層に電流を流すとスピン検出層であるPt層に電圧が生じることがわかった。このことから、キラル物質層に電流を流しスピン検出層に電圧が生じるか否かを調べることにより、キラル物質か否かを判別することができることがわかった。
スピン検出層に電圧が生じた理由は、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりキラル物質にスピン偏極状態が生じ、このスピン偏極状態が、逆スピンホール効果によりスピン軌道相互作用が大きい物質であるPt(スピン検出層)の電荷流に変換され電圧が生じたためと考えられる。
【0047】
次に、装置Aを用いて電圧印加電極を変更して電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。具体的には、図19(a)に示した実線矢印のように配線(5)と配線(2)との間に電流を流した際の配線(4)(8)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。また、図19(a)に示した点線矢印のように配線(6)と配線(2)との間に電流を流した際の配線(4)(8)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。電圧VxyからPt層の抵抗値Rxyを算出した。
なお、印加電圧電極間の距離(CrNb3S6単結晶における電流が流れる距離)は、実線矢印のほうが点線矢印よりも長い。また、電流Iのプラス・マイナス及び電圧Vxyのプラス・マイナスは、上述の装置Aを用いた測定と同じである。
【0048】
図19(b)は電圧Vxyの変化を示すグラフであり、図19(c)は抵抗値Rxyの変化を示すグラフである。電圧Vxyは、図18(a)の装置Aでの測定結果と同様に、CrNb3S6にプラスの電流が流れるように電圧が印加するとPt層にプラスの電圧Vxyが生じ、CrNb3S6にマイナスの電流が流れるように電圧が印加するとPt層にマイナスの電圧Vxyが生じた。
【0049】
従って、スピン検出層であるPt層を印加電圧用電極の間に配置していない場合でもスピン検出層に電圧が生じることがわかった。
キラル物質の電流が流れていない領域に接触するように設けたスピン検出層に電圧が生じる理由としては、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりキラル物質に生じるスピン偏極状態は、キラル物質の電流が流れていない部分のスピン偏極を引き起こすと考えられる。この引き起こされたスピン偏極が逆スピンホール効果によりPt(スピン検出層)の電荷流に変換され電圧が生じたと考えられる。距離依存性はあるものの、比較的長い距離に渡って 起電力が検出可能であることがわかった。具体的には、数μm 程度の検出に加えて 10mm 程度の距離まで信号を検出している。
【0050】
キラリティ判別実験
スピン検出層に生じる電圧からキラル物質層に含まれるキラル物質の左手系と右手系を判別できるかどうかを確かめる実験を行った。
左手系のキラル物質にはCrSi2(P6422(D6 5))のバルク多結晶を用いた。CrSi2は、左巻きらせんの原子配列を有する結晶構造を有する。多結晶中のらせん軸の向きはバラバラである(無配向試料)。
図20(a)にキラル物質層にCrSi2バルク多結晶を用いて作製した装置Cの写真を示す。CrSi2バルク多結晶の両端には電圧印加用電極である配線(1)(2)を設けている。配線(1)(2)の間には、2つのPt層を設け、左側のPt層の両端に配線(3)(5)を接続し、右側のPt層の両端に配線(4)(6)を接続した。
【0051】
装置CのCrSi2バルク多結晶に流れる電流((1)→(2))が-21mAから21mAとなるように配線(1)(2)の間に印加する電圧を変化させて配線(3)(4)間の電圧Vxx(CrSi2バルク多結晶のx方向の電圧)及び配線(4)(6)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。
CrSi2バルク多結晶を流れる電流が配線(1)から配線(2)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(2)から配線(1)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vxxは、配線(3)の電位が配線(4)の電位より高いときにプラスの電圧とした。電圧Vxyは、配線(4)の電位(CrSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(6)の電位(CrSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0052】
x方向の測定電圧値Vxxの変化を示すグラフを図20(b)に示し、Pt層のy方向の測定電圧値Vxyの変化を示すグラフを図20(c)に示す。電圧値Vxxは、配線(1)(2)間に印加する電圧に応じて変化した。電圧値Vxyは、CrSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れるように電圧が印加されるとマイナスの電圧となり、CrSi2バルク多結晶にマイナスの電流が流れるように電圧が印加されるとプラスの電圧となった。電圧Vxyと、CrSi2バルク多結晶に流れる電流Iとは比例定数がマイナスの比例関係にあった。
【0053】
右手系のキラル物質にはNbSi2(P6422(D6 4))のバルク多結晶を用いた。NbSi2は、右巻きらせんの原子配列を有する結晶構造を有する。多結晶中のらせん軸の向きはバラバラである(無配向試料)。
図21(a)にキラル物質層にNbSi2バルク多結晶を用いて作製した装置Dの写真を示す。NbSi2バルク多結晶の両端には電圧印加用電極である配線(1)(2)を設けている。配線(1)(2)の間には、2つのPt層を設け、左側のPt層の両端に配線(3)(5)を接続し、右側のPt層の両端に配線(4)(6)を接続した。
【0054】
装置DのNbSi2バルク多結晶に流れる電流((1)→(2))が-21mAから21mAとなるように配線(1)(2)の間に印加する電圧を変化させて配線(5)(6)間の電圧Vxx(NbSi2バルク多結晶のx方向の電圧)及び配線(4)(6)間の電圧Vxy(Pt層のy方向の電圧)を測定した。
NbSi2バルク多結晶を流れる電流が配線(1)から配線(2)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(2)から配線(1)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vxxは、配線(5)の電位が配線(6)の電位より高いときにプラスの電圧とした。電圧Vxyは、配線(4)の電位(NbSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(6)の電位(NbSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0055】
x方向の測定電圧値Vxxの変化を示すグラフを図21(b)に示し、Pt層のy方向の測定電圧値Vxyの変化を示すグラフを図21(c)に示す。電圧値Vxxは、配線(1)(2)間に印加する電圧に応じて変化した。電圧値Vxyは、NbSi2バルク多結晶にプラスの電流が流れるように電圧が印加されるとプラスの電圧となり、NbSi2バルク多結晶にマイナスの電流が流れるように電圧が印加されるとマイナスの電圧となった。電圧Vxyと、NbSi2バルク多結晶に流れる電流Iとは比例定数がプラスの比例関係にあった。
【0056】
これらの実験から右手系キラル物質を用いた装置のスピン検出層に生じる電圧の向きは、左手系キラル物質を用いた装置のスピン検出層に生じる電圧の向きと逆であることがわかった。このことから、キラル物質層に電流を流しスピン検出層に生じる電圧の向きを調べることにより、キラル物質を右手系か左手系かを判別することができることがわかった。
スピン検出層に生じる電圧の向きが逆になる理由としては、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果によりキラル物質のスピン偏極状態の偏極方向が、右手系と左手系とで逆になると考えられる。このため、逆スピンホール効果によりスピン流が変換されて生じるスピン検出層の電圧の向きも、右手系と左手系とで逆になると考えられる。
【0057】
無配向試料である多結晶キラル物質を用いた装置C、Dでも、スピン検出層に電圧が生じたことから、スピン検出層で生じる電圧の向きは、スピン軸の向きに関わらずキラル物質が右手系か左手系かで決まることがわかった。従って、CISS効果は、キラル物質の分子レベル(又は結晶レベル)で成立することがわかった。このことから、溶液中のキラル物質、キラル物質である液晶、キラル物質である絶縁体でも同様に右手系か左手系かを判別することができると考えられる。
【0058】
第2キラリティ検出実験
上述の第1キラリティ検出実験及びキラリティ判別実験では、キラル物質層に導電体を用いたが、第2キラリティ検出実験ではキラル物質層に絶縁体である左水晶と右水晶を用いて実験を行った。左水晶は、結晶構造に左巻きのらせんの原子配列を有する左手系のキラル物質であり、右水晶は、結晶構造に右巻きのらせんの原子配列を有する右手系のキラル物質である。なお、水晶は絶縁体であるため、キラル物質には電流は流れない。そこで、CISS効果の逆効果を用いて測定を行った。つまり、Pt層の両端に電圧を印加し、キラル物質に発生する電圧を検出する。
【0059】
図22(a)に左水晶を用いて作製した装置Eの写真を示す。左水晶の両端には電圧検出用電極である配線(1)(2)を設けている。配線(1)(2)の間にPt層(スピン検出層)を設け、Pt層の両端に配線(3)(4)を接続した。このPt層は第1キラリティ検出実験ではスピン検出層として機能したが、逆効果を用いる第2キラリティ検出実験では、電圧印加用電極として機能する。
配線(3)(4)を用いてPt層に印加する電圧(パルス電圧)を変化させて配線(1)(2)間の電圧Vyx(水晶のx方向の電圧)を測定した。
Pt層を流れる電流が配線(3)から配線(4)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(4)から配線(3)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vyxは、配線(1)の電位(Pt層にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(2)の電位(Pt層にプラス電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0060】
水晶のx方向の測定電圧値Vyxの変化を示すグラフを図22(b)に示す。図22(b)ではPt層に印加する電圧を電流値I(mA)で示している。
配線(3)(4)に印加する電圧を変化させると、水晶に電圧が生じた。また、左水晶に発生する測定電圧値Vyxと、Pt層に印加する電圧とは比例定数がマイナスの比例関係にあった。このように電圧値Vyxの変化傾向は、第1キラリティ検出実験及びキラリティ判別実験と同様であった。
【0061】
図23(a)に右水晶を用いて作製した装置Fの写真を示す。右水晶の両端には電圧検出用電極である配線(1)(2)を設けている。配線(1)(2)の間にPt層を設け、Pt層の両端に配線(3)(4)を接続した。このPt層は第1キラリティ検出実験ではスピン検出層として機能したが、逆効果を用いる場合は、電圧印加用電極として機能する。
配線(3)(4)を用いてPt層に印加する電圧(パルス電圧)を変化させて配線(1)(2)間の電圧Vyx(水晶のx方向の電圧)を測定した。
Pt層を流れる電流が配線(3)から配線(4)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(4)から配線(3)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vyxは、配線(1)の電位(Pt層にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(2)の電位(Pt層にプラス電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0062】
右水晶のx方向の測定電圧値Vyxの変化を示すグラフを図23(b)に示す。図23(b)ではPt層に印加する電圧を電流値I(mA)で示している。
配線(3)(4)に印加する電圧を変化させると、水晶に起電力が生じた。また、右水晶に発生する測定電圧値Vyxと、Pt層に印加する電圧とは比例定数がプラスの比例関係にあった。このように電圧値Vyxの変化傾向は、第1キラリティ検出実験及びキラリティ判別実験と同様であった。
【0063】
装置Eと装置Fにおける実験結果から、キラル物質に生じる電圧の向きを調べることにより、絶縁体であるキラル物質層が右手系か左手系かであるかを判別することができることがわかった。
絶縁体であるキラル物質層を用いた装置Eと装置Fのキラル物質に電圧が生じる理由は、次のように考えられる。Pt層に電圧を印加した場合、スピンホール効果によりスピン流がPt層からキラル物質に注入され、キラル物質にスピン偏極が生じる。このキラル物質のスピン偏極は、キラリティ誘起スピン選択性(CISS)効果の逆効果により、キラル物質中に電圧を生じさせると考えられる。
【0064】
スピントランジスタ動作実験
図24(a)にNbSi2バルク多結晶を用いて作製した装置Gの写真を示す。NbSi2(P6422(D6 4))は右巻きらせんの原子配列を有する結晶構造を有する。NbSi2多結晶中のらせん軸の向きはバラバラである(無配向試料)。図8に示す装置を模して、NbSi2バルク多結晶の両端には電圧印加用電極である配線(1)(2)(5)(6)を設けている。配線(1)(5)と配線(6)(2)の組合せが両側の電圧印加用電極対として機能する。中央側に位置する配線(5)と配線(6)の間にはPt層を設け、その両端に配線(3)(4)を接続した。
【0065】
バイアス電流Ibとして、装置Gの配線(6)(2)の間に印加する電圧を調整して、NbSi2に流れる電流値((6)→(2))を固定する。バイアス電流一定の条件の下で、配線(1)(5)の間に印加する電圧を変化させてNbSi2に流れる電流((1)→(5))を-20mAから20mAに変化させる。その際、配線(3)(4)間のPt層に発生する電圧Vxy(NbSi2多結晶のy方向の電圧)を測定した。
NbSi2多結晶を流れる電流が配線(1)から配線(5)、また、配線(6)から配線(2)へ流れるときの電流値をプラスとし、電流が配線(5)から配線(1)、また、配線(2)から配線(6)へ流れるときの電流値をマイナスとした。電圧Vxyは配線(3)の電位(NbSi2にプラスの電流が流れる方向を向いて右側)が配線(4)の電位(NbSi2にプラス電流が流れる方向を向いて左側)よりも高いときにプラスの電圧とした。
【0066】
測定電圧値Vxyを示すグラフを図24(b)に示す。NbSi2の右側領域である配線(1)(5)の間に流れる電流に応じて、電圧値Vxyが変化する様子がわかる。変化率はプラス領域の方が大きく、非線形な振舞いを示している。また、バイアス電流を-3mA、0mA、+3mAと変化させると、電圧Vxy曲線は縦方向に平行移動する。
バイアス電流0mAでの電圧Vxy曲線を基準として、基準からの変化量を図24(c)に示す。電圧Vxyが配線(1)(5)の間に流れる電流に応じて線形に変化することがわかる。
【0067】
従って、キラル物質層に複数の電圧印加用電極対を設けた装置Gでは、電圧印加用電極対に加える電圧の大きさ、つまり、電極間に流れる電流の大きさを調整すると、スピン検出層であるPt層に発生する電圧の大きさが変化することがわかった。特に、バイアス電流の符号を変えると測定電圧値Vxyの符号が変化する様子が見出された。つまり、バイアス電流を調整することで原点を通る電圧応答を得ることが可能である。この状況下ではスピン検出層に出力される電圧の大きさを電極間に流れる電流の大きさを用いて変調することができる。これらの振舞いは図13に模式的に示したスピントランジスタ動作に対応している。
【符号の説明】
【0068】
2:キラル物質層 3、3a~3f: 第1電圧印加用電極 4、4a~4f:第2電圧印加用電極 5、5a~5e:スピン検出層 6、6a~6f:入力部 7:出力部 8:電圧検出用電極 20:キラル物質装置
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