(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-27
(45)【発行日】2023-07-05
(54)【発明の名称】新たな結合特異性を抗体に付与する超汎用法
(51)【国際特許分類】
C07K 16/00 20060101AFI20230628BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230628BHJP
【FI】
C07K16/00 ZNA
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020534722
(86)(22)【出願日】2019-07-31
(86)【国際出願番号】 JP2019030081
(87)【国際公開番号】W WO2020027224
(87)【国際公開日】2020-02-06
【審査請求日】2021-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2018144345
(32)【優先日】2018-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】菅 裕明
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼木 淳一
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-514201(JP,A)
【文献】国際公開第2013/187495(WO,A1)
【文献】特表2016-512546(JP,A)
【文献】特表2009-541361(JP,A)
【文献】特表2009-504164(JP,A)
【文献】特表2002-526108(JP,A)
【文献】国際公開第2019/026920(WO,A1)
【文献】Protein Eng. Des. Sel.,2010年,Vol. 23,pp. 289-297
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗体のFc領域に、当該抗体の認識する第一の標的分子とは異なる第二の標的分子に対する結合能を有し、かつ、化学架橋構造を有する環状ペプチドの内部ペプチド配列を挿入することにより、
第一及び第二の標的分子に対する結合能を
有する改変型抗体を製造する方法であって、
上記内部ペプチド配列が、
上記環状ペプチドにおいて化学架橋構造を形成するアミノ酸の少なくとも一方を置換または削除したアミノ酸配列、または、その部分アミノ酸配列であって上記結合能を有する領域を含むアミノ酸配列
として選択される
工程を含む、方法。
【請求項2】
抗体のFc領域が、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウマ又はイヌ由来である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
内部ペプチド配列を挿入する部位が、Fc領域における分子表面に露出しているループ部分である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
リンカー配列が内部ペプチド配列由来のアミノ酸残基と、抗体由来のアミノ酸残基との間に挿入される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
改変型抗体が、第一及び第二の標的分子に対して同時に結合する、請求項
1~4のいずれか1項に記載の
方法。
【請求項6】
改変型抗体が、第一及び第二の標的分子が、それぞれ異なる細胞表面分子であり、2つの異なる細胞表面分子との結合を介して異種細胞同士の接着を誘導する、請求項
1~5
のいずれか1項に記載の
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新たな結合特異性を抗体に付与する超汎用法等に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体の機能は、本質的に、標的分子として、ただ一つの抗原分子に特異的に結合することである。タンパク質工学的手法により得られる改変型抗体として、二つ以上の異なる抗原分子を認識する抗体(多重特異性抗体:MsAb)がある。
MsAbは、一つの抗体が二つ以上の標的分子に同時に結合するので、がん細胞とリンパ球のような異種細胞同士を架橋して抗がん作用を発揮する医薬として利用できる。また、抗体固有の第一の結合特異性を有する抗体に、第二の結合特異性を付与することで、MsAbを望みの組織や細胞に集積させることも可能である。
加えて、例えば、免疫チェックポイント阻害抗体とアポトーシス誘導抗体と、本来なら二つの抗体を併用しなければならないような場合にも、MsAbを用いることで、二つの抗体の投与を一つの抗体の投与で代替することが可能であり、コストを低減する効果も期待できる。
このように、MsAbは、抗体医薬の開発において極めて重要視されている。
【0003】
MsAbとして、二つの抗原認識Fab領域を異なる抗体由来のもので組み合わせる形の二重特異性抗体(BsAb)に対して、Fab領域以外の場所に第二の結合特異性を埋め込むことでIgG型のBsAbを創生したのがFcabと呼ばれる技術である(非特許文献1)。
Fcabにおいて、二つのFab領域は元の抗体のままであるため、抗体が本来有する第一の結合特異性に関しては、野生型IgG抗体と同様に二価の結合が保証される。
Fcabにおいて、第二の結合特異性は、Fc領域の特定のループ構造をランダム化し、その中から標的分子への親和性を獲得したものを選択するという方法で得られている。この場合、元のIgG抗体に比較してFc領域内の複数の領域で合計30残基以下程度のアミノ酸変異を持つことになるが、第二の結合特異性はFab領域とは独立なFc領域に付与されるため、いったん結合特異性をもつFc配列が入手できれば、それを複数の抗体(のFab)と組み合わせることで多様なBsAbを創成することができる可能性がある。
しかしながら、ランダム化ループライブラリーからの特異的なバインダーの選択は一般に成功確率が極めて低く、膨大な試行錯誤を必要とし、しかも多くの場合、弱いバインダー配列をもとに人工分子進化等により段階を経て実用レベルに耐える親和性のバインダーを探索するという工程が必要とされる。さらに、このようにしてIgG抗体に付与できる新たな結合特異性は一般に一つである。よって、第三、第四の結合特異性付与を実現した例はない。
【0004】
BsAbの製造を目的とするものではないものの、一般に体内での安定性が低い生理活性ペプチドについて、体内寿命を延ばすなどの目的で抗体のFc領域を利用する技術も開示されている。
例えば、標的タンパク質に対して特異的な結合ペプチドを安定化する方法として、特許文献1には、該ペプチドが天然アミノ酸のみで構成されている場合には、Fc領域の末端に付加する形で融合物として遺伝子組み換えにより、発現生産することが開示されている。しかしながら、当該方法では、Fc領域の末端に付加するため、標的に対する高い結合親和性と特異性を担保するためのペプチド固有の三次元構造を制御することは一般に不可能である。
【0005】
また、特許文献2では、Fc領域のループ構造に、ペプチドを挿入する技術が開示されている。しかしながら、ペプチドの挿入部位としてFc領域のループ構造上の多くの部位を検証したにもかかわらず、挿入されたペプチドが十分な活性を保持していたのは、特定の1カ所(L139/T140)に挿入された場合のみであり、他の部位に挿入された場合には、融合ペプチドの大腸菌における発現や標的分子への結合活性に問題があることが開示されている(実施例13、表12~14)。さらに、そのような限定されたFc領域のループ構造に対し、どのような生理活性ペプチドを挿入すればその活性が再現できるのかに関する条件は明示されておらず、膨大な数存在する天然及び非天然(人工的)の標的結合性ペプチドの中から高い成功率でMsAbの創成に資するものを選択することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2001/083525号
【文献】国際公開第2006/036834号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Protein Eng Des Sel. 2010; 23(4):289-297
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のように、抗体に対して生理活性ペプチド等を導入する技術は知られているものの、抗体に別の結合特異性を付与できる効率的かつ汎用的な方法は存在していないのが現状である。
そこで、本発明は、上記従来技術が有する問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、ペプチド配列を抗体に挿入することにより、抗体に別の結合活性を付与するための、効率的かつ汎用的な方法を提供することにある。また、本発明は、当該方法により得られる改変型抗体を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが、鋭意検討した結果、ペプチド配列として、環状ペプチドの内部配列を用いることにより、上記課題を解決し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、以下のとおりである。
(1)
抗体のFc領域に、当該抗体の認識する第一の標的分子とは異なる第二の標的分子に対する結合能を有する環状ペプチドの内部ペプチド配列を挿入することにより、抗体に第二の標的分子に対する結合能を付与する方法。
(2)
抗体のFc領域が、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウマ又はイヌ由来である、(1)に記載の方法。
(3)
内部ペプチド配列を挿入する部位が、Fc領域における分子表面に露出しているループ部分である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)
環状ペプチドが、ディスプレイ型探索システムにより得られる環状ペプチドである、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)
抗体のFc領域に、該抗体の認識する第一の標的分子とは異なる第二の標的分子に対する結合能を有する環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入された、第一及び第二の標的分子に対する結合能を有する改変型抗体。
(6)
第一及び第二の標的分子に対して同時に結合する、(5)に記載の改変型抗体。
(7)
第一及び第二の標的分子が、それぞれ異なる細胞表面分子であり、2つの異なる細胞表面分子との結合を介して異種細胞同士の接着を誘導する、(5)又は(6)に記載の改変型抗体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、環状ペプチドの内部配列を、抗体に挿入するペプチド配列として用いて、抗体に挿入することにより、抗体に別の結合活性を自在に付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例で用いた環状ペプチドの構造を示す。環状ペプチドを示す一般式において、SはCysのチオール基に由来する硫黄原子を意味する。Xaaは任意のアミノ酸を示し、sは任意の0以上の整数である。Variable region(可変領域)は、一文字標記により、環状ペプチドの内部構造を構成するアミノ酸配列を示し、小文字で示したアミノ酸(w、yなど)はそれぞれ、D体のアミノ酸(D-Trp、D-Tyr)を示す。配列番号:1~5は、Variable region(可変領域)として示されるアミノ酸配列のうち、D体のアミノ酸を除いたアミノ酸配列を示す。
【
図2】ヒトIgG由来Fc領域の立体構造を示す(PDB ID:1FC1)。Fc領域を構成する一方の重鎖を表面モデルで(奥側)、他方の重鎖をリボンモデルで示す(手前側)。新たな特性を付与できる表在性ループ構造はリボンモデルで示した重鎖において、9カ所の黒いCα球として示す。
【
図3】ヒトIgG1のヒンジ領域及びFc領域のアミノ酸配列を示す(配列番号:6)。新たな特異性を付与できるループ構造は黒い背景で示す。アミノ酸番号はChothiaらの番号付けを用いた。下線を付した部分は、IgG分子のなかでFc領域とFab領域をつなぐヒンジ領域を示す。
【
図4】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びその環状ペプチド(プレキシンB1結合ペプチドmP6-9)挿入改変型抗体のSDS-PAGEを示す。例えば、mP6-9_T1との記載は、
図2におけるT1サイトに、
図1における環状ペプチドのmP6-9を挿入していることを示す。
【
図5】抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びその環状ペプチド(プレキシンB1結合ペプチドmP6-9)挿入改変型抗体の、プレキシンB1発現細胞への結合をFACSで評価した結果を示す。ペプチド挿入前の野性型N1 IgGの結合ヒストグラムをグレーで、mP6-9挿入改変型抗体(挿入サイトは各パネル上部に表示)の結合ヒストグラムを太い実線で示す。
【
図6】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びそのB1サイトに様々な環状ペプチドを挿入した改変型抗体のSDS-PAGEを示す。
【
図7】抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びそのB1サイトに様々な環状ペプチドを挿入した改変型抗体の、環状ペプチドに対応する第二の標的分子への結合をFACSで評価した結果を示す。コントロール細胞への結合ヒストグラムをグレーで、第二の標的分子(mP6-9についてはプレキシンB1、aMD5についてはMet、A6-2fについてはEGFR、trkD5についてはTrkB)を発現する細胞への結合ヒストグラムを太い実線で示す。
【
図8】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びその環状ペプチド挿入改変型抗体のSDS-PAGE(A)と、FACSによるそれらの対応標的分子への結合ヒストグラム(B)を示す。標的分子への結合は、抗体なしのヒストグラム(control)の平均蛍光強度(mean fluorescence intensity)に対して10倍以上のシグナルが得られたときを陽性(+)とし、それ以外を陰性(-)とした。
【
図9】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗PD-L1抗体(Ave IgG)及びその環状ペプチド挿入改変型抗体のSDS-PAGE(A)と、FACSによるそれらの対応標的分子への結合ヒストグラム(B)を示す。標的分子への結合は、抗体なしのヒストグラム(control)の平均蛍光強度(mean fluorescence intensity)に対して10倍以上のシグナルが得られたときを陽性(+)とし、それ以外を陰性(-)とした。
【
図10】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗CD3抗体(OKT3 IgG)及びその環状ペプチド挿入改変型抗体のSDS-PAGE(A)と、FACSによるそれらの対応標的分子への結合ヒストグラム(B)を示す。標的分子への結合は、抗体なしのヒストグラム(control)の平均蛍光強度(mean fluorescence intensity)に対して10倍以上のシグナルが得られたときを陽性(+)とし、それ以外を陰性(-)とした。
【
図11】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗トランスフェリン受容体抗体(8D3 IgG)及びその環状ペプチド挿入改変型抗体のSDS-PAGE(A)と、FACSによるそれらの対応標的分子への結合ヒストグラム(B)を示す。標的分子への結合は、抗体なしのヒストグラム(control)の平均蛍光強度(mean fluorescence intensity)に対して10倍以上のシグナルが得られたときを陽性(+)とし、それ以外を陰性(-)とした。
【
図12】Expi293F細胞から発現・分泌させた抗ニューロピリン1抗体(N1 IgG)及びその環状ペプチド挿入改変型抗体のFACSによるそれらの対応標的分子への結合ヒストグラムを示す。標的分子への結合は、それら分子を一過性発現させた細胞への結合の陽性率が10%を超えるものを陽性(+)とし、それ以外を陰性(?)とした。
【
図13】本発明の改変型抗体が二種の標的分子を同時に結合することを示すサンドイッチ測定系の原理(A)と、そのデータ(B)を示す。用いたオリジナル抗体と第一の標的分子(抗原)のアルカリフォスファターゼ(AP)融合タンパク質の組み合わせをグラフ上段に、マイクロタイタープレートにコートした環状ペプチドに対する第二の標的分子はグラフ下段に、添加した抗体又はAddbody名と、得られたAP基質の発色度(A405)を中段にそれぞれ示す。
【
図14】CD3/Met二重特異性抗体(OKT3-Addbody)による異種細胞の接着誘導試験の原理(A)と、そのデータ(B、C)を示す。(B)に示す蛍光顕微鏡像ではプレート上に接着したMet発現細胞(赤色蛍光色素Dilでラベル)とCD3発現Jurkat細胞(緑色蛍光色素DiOでラベル)が異種細胞接着をしている部分を白丸で示し、その計測結果(n=10)を(C)に示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を、発明を実施するための形態により具体的に説明するが、本発明は、以下の発明を実施するための形態に限定されるものではなく、種々変形して実施することができる。
【0014】
本発明は、抗体のFc領域に、当該抗体の認識する第一の標的分子(抗原とも理解される)とは異なる第二の標的分子に対する結合能(結合特異性ともいう)を有する環状ペプチドの内部ペプチド配列を挿入することにより、抗体に第二の標的分子に対する結合能を付与する方法である。
本発明の方法によれば、特定の標的分子を認識する任意の抗体に対して新たな結合特異性を付与することが可能であり、得られる改変型抗体は、元の抗体の第一の標的分子に対しての結合能だけでなく、新たに付与した環状ペプチドの第二の標的分子に対する結合能も有することとなる。
すなわち、本発明の方法においては、環状ペプチドの内部配列を、抗体に挿入するペプチド配列として用いて、抗体に挿入することにより、抗体に別の結合活性を自在に付与することができる。また、本発明の方法においては、標的分子に対して結合能を有することが知られた環状ペプチドを自在に選択することができる。
【0015】
本発明において用いられる環状ペプチドとしては、標的分子に対する結合能を有することが知られた環状ペプチドであれば、特に限定されるものではないが、天然型の環状ぺプチドを用いてもよく、非天然型の環状ペプチドを用いてもよい。
ここで、天然型の環状ペプチドとしては、天然に存在する環状ペプチドや、天然アミノ酸により構成される環状ペプチド等が挙げられ、非天然型の環状ペプチドとしては、非天然アミノ酸を用いて、人工的に合成した環状ペプチド等が挙げられる。
天然型の環状ペプチドをタンパク質上に提示する場合には、アミノ酸残基同士を結合するいずれの結合も、分子内環状構造を形成するための化学架橋構造といえるため、いずれの結合も挿入するペプチド配列とするために分子内環状構造(閉環構造)を切断する結合として採用することもできるが、天然型環状ペプチドにおける活性部位と考えられる領域を保存する形態で、抗体に環状ぺプチドは挿入される。
【0016】
本発明において、環状ペプチドは、標的分子に対する結合能を有するが、当該標的分子は、挿入される抗体が本来有する結合能を有する標的分子とは異なる。
本発明においては、抗体の標的分子を、第一の標的分子といい、環状ペプチドの標的分子を、第二の標的分子という。第一の標的分子と、第二の標的分子は、異なる。
なお、2つ以上の同種の環状ペプチドを用いることもできるが、2つ以上の異なる環状ペプチドが用いられる場合、第二の標的分子に対する結合能を有する環状ペプチド以外の環状ペプチドの標的分子として、第三の標的分子、第四の標的分子、あるいは第三及び第四の標的分子以外の標的分子等が挙げられる。異なる環状ペプチドにおいては、それらの環状ペプチドが結合能を有する標的分子は、同じであってもよいが、異なることが好ましい。
【0017】
環状ペプチドは、4以上のアミノ酸残基により形成される環状構造を分子内に少なくとも有することを意味する。4以上のアミノ酸残基により形成される環状アミノ酸における環状構造は、直鎖状ペプチドにおいて、2アミノ酸以上離れた2つのアミノ酸残基が直接に、又はリンカー等を介して結合することによって分子内に形成される閉環構造である。
2つのアミノ酸残基が2アミノ酸以上離れていることは、2つのアミノ酸残基の間に少なくとも2つのアミノ酸残基が存在していることと同義であり、2つのアミノ酸残基は、その間に2つ以上のアミノ酸を介して結合することとなる。
【0018】
環状構造における閉環構造は、特に限定されないが、2つのアミノ酸が、共有結合することにより形成される。
2つのアミノ酸間の共有結合としては、例えば、ジスルフィド結合、ペプチド結合、アルキル結合、アルケニル結合、エステル結合、チオエステル結合、エーテル結合、チオエーテル結合、ホスホネートエーテル結合、アゾ結合、C-S-C結合、C-N-C結合、C=N-C結合、アミド結合、ラクタム架橋、カルバモイル結合、尿素結合、チオ尿素結合、アミン結合、及びチオアミド結合等が挙げられる。
2つのアミノ酸がアミノ酸の主鎖において結合すると、ペプチド結合により閉環構造が形成されるが、2つのアミノ酸の側鎖同士、側鎖と主鎖の結合等により、2つのアミノ酸間の共有結合は形成されてもよい。
【0019】
環状構造は、直鎖状ペプチドのN末端とC末端のアミノ酸の結合に限られず、末端のアミノ酸と末端以外のアミノ酸の結合、又は末端以外のアミノ酸同士の結合により形成されてもよい。環状構造を形成のために結合するアミノ酸の一方が末端アミノ酸で、他方が非末端アミノ酸である場合、環状ペプチドは、環状構造からの鎖状の分岐鎖として、環状構造に直鎖のペプチドが尾のように付いた構造を有する。
【0020】
環状構造を形成するアミノ酸としては、タンパク質性アミノ酸に加え、人工のアミノ酸変異体や誘導体を含み、例えば、タンパク質性L-アミノ酸、アミノ酸の特徴である当業界で公知の特性を有する化学的に合成された化合物等が挙げられる。
タンパク質性アミノ酸(proteinogenic amino acids)は、当業界に周知の3文字表記により表すと、Arg、His、Lys、Asp、Glu、Ser、Thr、Asn、Gln、Cys、Gly、Pro、Ala、Ile、Leu、Met、Phe、Trp、Tyr、及びValである。
非タンパク質性アミノ酸(non-proteinogenic amino acids)としては、タンパク質性アミノ酸以外の天然又は非天然のアミノ酸を意味する。
非天然アミノ酸としては、例えば、主鎖の構造が天然型と異なる、α,α-二置換アミノ酸(α-メチルアラニンなど)、N-アルキル-α-アミノ酸、D-アミノ酸、β-アミノ酸、α-ヒドロキシ酸や、側鎖の構造が天然型と異なるアミノ酸(ノルロイシン、ホモヒスチジンなど)、側鎖に余分のメチレンを有するアミノ酸(「ホモ」アミノ酸、ホモフェニルアラニン、ホモヒスチジンなど)、及び側鎖中のカルボン酸官能基がスルホン酸基で置換されるアミノ酸(システイン酸など)等が挙げられる。非天然アミノ酸の具体例としては、国際公開第2015/030014号に記載のアミノ酸が挙げられる。
【0021】
環状構造を形成するアミノ酸の数は4以上であれば特に限定されないが、例えば、5以上、8以上、10以上であってもよく、30以下、25以下、20以下、15以下であってもよい。
環状構造を形成するアミノ酸の数としては、4以上30以下であることが好ましく、4以上30以下の範囲内で、環状構造を形成するアミノ酸の数を5以上、8以上、10以上としてもよく、25以下、20以下、15以下としてもよい。
環状構造を形成するアミノ酸の数は、8以上20以下としてもよく、10以上20以下としてもよく、10以上15以下としてもよい。
【0022】
本発明において用いられる環状ペプチドは、公知のペプチド合成技術を用いて製造することのできる環状ペプチドである。
環状ペプチドの製造方法としては、例えば、液相法、固相法、液相法と固相法を組み合わせたハイブリッド法等の化学合成法、遺伝子組み換え法、無細胞翻訳系による翻訳合成法等が挙げられる。
【0023】
本発明において、環状ぺプチドは、ディスプレイ型探索システムにより得られる環状ペプチドであることが好ましい。ディスプレイ型探索システムにより、標的分子に対する結合能を有する環状ペプチドを選択することができる。
【0024】
環状ペプチドは、一般的なmRNAディスプレイ法により製造されるペプチドであってよく、TRAP法やRaPID法のようなmRNAディスプレイ法で製造されるペプチドであってもよく、また、ファージディスプレイ法により製造されるペプチドであってもよい。また、これらの変法におり製造されるペプチドであってもよい。
環状ペプチドは、分子内環状構造を形成するための化学架橋構造として、例えば、チオエーテル結合又はジスルフィド結合を含む。
通常、RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファージディスプレイ法により選択される環状ペプチドは、チオエーテル結合又はジスルフィド結合といった分子内環状構造を形成するための化学架橋構造以外の構造が、生理活性を有する活性点であることが多い。
そうすると、環状ペプチドのチオエーテル結合又はジスルフィド結合を、ループ構造を有するタンパク質との結合に置き換えることにより、通常、RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファ-ジディスプレイ法により得られる環状ペプチドの高い特異性と親和性を、所望のタンパク質の所望のループ構造内に付与することができる。また。特に限定されるものではないが、チオエーテル結合又はジスルフィド結合を分子内環状構造として有する環状ペプチドを融合することにより、環状ペプチドを汎用性をもって融合させることができる。
【0025】
RaPID法においては、例えば、下記表1に示す官能基1を有するアミノ酸と、対応する官能基2を有するアミノ酸が環状化した環状ペプチドとすることができる。
官能基1と2はどちらがN末端側にきてもよく、N末端とC末端に配置してもよいし、一方を末端アミノ酸、他方を非末端アミノ酸としてもよいし、両方を非末端アミノ酸としてもよい。
【0026】
【表1】
式中、X
1は脱離基であり、脱離基としては、例えば、Cl、Br及びI等のハロゲン原子が挙げられ、Arは置換基を有していてもよい芳香環である。
【0027】
ファージディスプレイ法においては、Cys同士が結合して環状化した環状ペプチドとすることができるため、官能基1としての-SHと官能基2としてのHS-によるジスルフィド結合を有する環状ペプチドとすることができる。
【0028】
(A-1)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、クロロアセチル化したアミノ酸を用いることができる。クロロアセチル化アミノ酸としては、N-chloroacetyl-L-alanine、N-chloroacetyl-L-phenylalanine、N-chloroacetyl-L-tyrosine、N-chloroacetyl-L-tryptophan、N-3-(2-chloroacetamido)benzoyl-L-phenylalanine、N-3-(2-chloroacetamido)benzoyl-L-tyrosine、N-3-(2-chloroacetamido)benzoyl-L-tryptophan、β-N-chloroacetyl-L-diaminopropanoic acid、γ-N-chloroacetyl-L-diaminobutyric acid、σ-N-chloroacetyl-L-ornithine、ε-N-chloroacetyl-L-lysine、及びこれらに対応するD-アミノ酸誘導体等が挙げられる。
(A-1)の官能基を有するアミノ酸としては、N-chloroacetyl-L-tryptophan及びN-chloroacetyl-L-tyrosineが好適に用いられ、D体であることがより好適である。
なお、本明細書において、L体であることを明示して記載する場合があるが、L体であってもよく、D体であってもよいことを意味し、また、L体とD体の任意の割合での混合物であってもよい。L体及びD体であることを明示して記載していない場合についても、L体であってもよく、D体であってもよいことを意味し、また、L体とD体の任意の割合での混合物であってもよい。
【0029】
(A-2)の官能基を有するアミノ酸としては、例えばcysteine、homocysteine、mercaptonorvaline、mercaptonorleucine、2-amino-7-mercaptoheptanoic acid、及び2-amino-8-mercaptooctanoic acid等が挙げられる。
(A-2)の官能基を有するアミノ酸としては、cysteineが好適に用いられる。
【0030】
(A-1)の官能基を有するアミノ酸と(A-2)の官能基を有するアミノ酸による環状化方法は、例えば、Kawakami, T. et al., Nature Chemical Biology 5, 888-890 (2009);Yamagishi, Y. et al., ChemBioChem 10, 1469-1472 (2009);Sako, Y. et al., Journal of American Chemical Society 130, 7932-7934 (2008);Goto, Y. et al., ACS Chemical Biology 3, 120-129 (2008);Kawakami T. et al, Chemistry & Biology 15, 32-42 (2008)、及び国際公開第2008/117833号等に記載された方法が挙げられる。
【0031】
(B-1)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、propargylglycine、homopropargylglycine、2-amino-6-heptynoic acid、2-amino-7-octynoic acid、及び2-amino-8-nonynoic acid等が挙げられる。
4-pentynoyl化や5-hexynoyl化したアミノ酸を用いてもよい。
4-pentynoyl化アミノ酸としては、例えば、N-(4-pentenoyl)-L-alanine、N-(4-pentenoyl)-L-phenylalanine、N-(4-pentenoyl)-L-tyrosine、N-(4-pentenoyl)-L-tryptophan、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-phenylalanine、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-tyrosine、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-tryptophan、β-N-(4-pentenoyl)-L-diaminopropanoic acid、γ-N-(4-pentenoyl)-L-diaminobutyric acid、σ-N-(4-pentenoyl)-L-ornithine、ε-N-(4-pentenoyl)-L-lysine、及びこれらに対応するD-アミノ酸誘導体等が挙げられる。
5-hexynoyl化アミノ酸としては、4-pentynoyl化アミノ酸として例示した化合物において、4-pentynoyl基が、5-hexynoyl基に置換されたアミノ酸が挙げられる。
【0032】
(B-2)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、azidoalanine、2-amino-4-azidobutanoic acid、azidoptonorvaline、azidonorleucine、2-amino-7-azidoheptanoic acid、及び2-amino-8-azidooctanoic acid等が挙げられる。
azidoacetyl化や3-azidopentanoyl化したアミノ酸を用いることもできる。
azidoacetyl化アミノ酸としては、例えば、N-azidoacetyl-L-alanine、N-azidoacetyl-L-phenylalanine、N-azidoacetyl-L-tyrosine、N-azidoacetyl-L-tryptophan、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-phenylalanine、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-tyrosine、N-3-(4-pentynoylamido)benzoyl-L-tryptophan、β-N-azidoacetyl-L-diaminopropanoic acid、γ-N-azidoacetyl-L-diaminobutyric acid、σ-N-azidoacetyl-L-ornithine、ε-N-azidoacetyl-L-lysine、及びこれらに対応するD-アミノ酸誘導体等が挙げられる。
3-azidopentanoyl化アミノ酸としては、azidoacetyl化アミノ酸として例示した化合物において、azidoacetyl基が、3-azidopentanoyl基に置換されたアミノ酸が挙げられる。
【0033】
(B-1)の官能基を有するアミノ酸と(B-2)の官能基を有するアミノ酸による環状化方法は、例えば、Sako, Y. et al., Journal of American Chemical Society 130, 7932-7934 (2008)、及び国際公開第2008/117833号等に記載された方法が挙げられる。
【0034】
(C-1)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、N-(4-aminomethyl-benzoyl)-phenylalanine (AMBF)及び3-aminomethyltyrosine等が挙げられる。
(C-2)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、5-hydroxytryptophan(WOH)等が挙げられる。
(C-1)の官能基を有するアミノ酸と(C-2)の官能基を有するアミノ酸による環状化方法は、例えば、Yamagishi, Y. et al., ChemBioChem 10, 1469-1472 (2009)及び国際公開第2008/117833号に記載された方法等が挙げられる。
【0035】
(D-1)の官能基を有するアミノ酸としては、例えば、2-amino-6-chloro-hexynoic acid、2-amino-7-chloro-heptynoic acid、及び2-amino-8-chloro-octynoic acid等が挙げられる。
(D-2)の官能基を有するアミノ酸としては、例えばcysteine、homocysteine、mercaptonorvaline、mercaptonorleucine、2-amino-7-mercaptoheptanoic acid、及び2-amino-8-mercaptooctanoic acid等が挙げられる。
(D-1)の官能基を有するアミノ酸と(D-2)の官能基を有するアミノ酸による環状化方法は、例えば、国際公開第2012/074129号に記載された方法等が挙げられる。
【0036】
(E-1)のアミノ酸としては、例えば、N-3-chloromethylbenzoyl-L-phenylalanine、N-3-chloromethylbenzoyl-L-tyrosine、N-3-chloromethylbenzoyl-L-tryptophan、及びこれらに対応するD-アミノ酸誘導体等が挙げられる。
(E-2)のアミノ酸としては、例えば、cysteine、homocysteine、mercaptonorvaline、 mercaptonorleucine、2-amino-7-mercaptoheptanoic acid、及び2-amino-8-mercaptooctanoic acid等が挙げられる。
(E-1)の官能基を有するアミノ酸と(E-2)の官能基を有するアミノ酸による環状化方法は、例えば、(A-1)と(A-2)の環状化方法や(D-1)と(D-2)の環状化方法を参考にして行うことができる。
【0037】
環形成アミノ酸としては、(A-1)の官能基を有するアミノ酸と(A-2)の官能基を有するアミノ酸との組み合わせが好ましく、脱離基でHが置換されたN-アセチルトリプトファンとcysteineの組み合わせがより好ましく、N-haloacetyl-D-tyrosine又はN-haloroacetyl-D-tryptophan、好適にはN-chloroacetyl-D-tyrosine又はN-chloroacetyl-D-tryptophanとcysteine(Cys)の組み合わせがさらに好ましい。
【0038】
本発明においては、ディスプレイ型探索システムにより得られる環状ペプチドであれば、所定の標的分子に対して結合能を有する環状ペプチドとして用いることができる。
環状ペプチドは、RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファージディスプレイ法により製造される環状ペプチドであることが好適である。
RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファージディスプレイ法により好適に製造できる、官能基1及び官能基2により形成される環状ペプチドであることが好適である。
【0039】
本発明において、環状ぺプチドが、標的分子に対して結合能を有するとは、環状ペプチドが、標的分子に結合することができれば特に限定されるものではないが、通常抗体がその標的分子に対して示すのと同等な親和性値(KD値でおよそ1μM以下)をもつことが好ましい。
また、環状ペプチドが、標的分子に結合能を有すると共に、阻害剤や活性化剤として機能してもよく、アゴニスト活性やアンタゴニスト活性を有していてもよい。
【0040】
環状ペプチドに対応する第二の標的分子に対する結合活性として、本発明の改変型抗体は、元の環状ペプチドにおける第二の標的分子への結合活性の、好ましくは10%以上を有するが、例えば、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、100%以上有していてもよい。
【0041】
標的分子としては、第一の標的分子であっても、第二の標的分子であっても、また、それら以外の標的分子であっても、特に限定されるものではないが、細胞表面の分子、例えば、細胞接着受容体、サイトカイン受容体、成長因子受容体、免疫受容体、シグナル分子受容体、Gタンパク質共役型受容体、トランスフェリン受容体、トランスポーター、チャンネル分子、あるいは可溶性分子、例えば、成長因子、サイトカイン、シグナル分子、トランスフェリン、血液凝固因子、細胞外マトリックスタンパク質等が挙げられる。
【0042】
本発明において用いられる環状ペプチドについて、RaPID法により製造される環状ペプチドを例に、以下説明する。
本発明において、RaPID法により製造される環状ペプチドとしては、特に限定されるものではないが、以下の一般式で表される環状ペプチドが挙げられる。
【化1】
上記一般式で表される環状ペプチドは、例示となるが、表1に記載の官能基1及び官能基2として、(A)である場合の構造を有する。
ここで、一般式において、SはCysのチオール基に由来する硫黄原子を意味する。Xaaは任意のアミノ酸を示し、sは任意の0以上の整数である。Variable region(可変領域)は、環状アミノ酸を構成するCys以外のアミノ酸配列を示す。Variable region(可変領域)のN末端のアミノ酸は、上記(A-1)の官能基を有するアミノ酸であることが好ましい。
Variable region(可変領域)のアミノ酸配列は、RaPID法により製造される環状ペプチドにおける部分アミノ酸配列であり、環状ペプチドを構成する限り、任意のアミノ酸配列であり得る。
【0043】
環状ペプチド(Cyclic Peptideとして、「CP」と記載する場合がある。)として、上記一般式で表されるペプチドが用いられる場合には、Variable regionのN末端のアミノ酸残基を、CPNとし、Cysを、CPCとする。
CPNが、例えば、非タンパク質性アミノ酸であるN-haloroacetyl-D-tryptophanである場合には、タンパク質性アミノ酸であるL-tryptophanに置換して、例えば、非タンパク質性アミノ酸であるN-chloroacetyl-D-tyrosineである場合には、タンパク質性アミノ酸であるL-tyrosineに置換して環状ペプチドが融合されることが好適である。また、CPNをタンパク質性アミノ酸であるCysに置換してもよい。CPCが、例えば、Cysである場合には、CPCを欠失させて環状ペプチドが融合されることが好適であるし、また、CPCがCysである場合に、CPCであるCysをも融合させる場合には、CPNをCysに置換して融合することも好ましい。一般式で表される環状ペプチドが挿入される場合、所望により、D-アミノ酸は、L-アミノ酸に置換されるものの、環状ペプチドの環状構造を構成するアミノ酸配列の部分アミノ酸配列として、Variable region(可変領域)のアミノ酸配列が抗体に挿入されることが好ましい。
本発明においては、Variable region(可変領域)のアミノ酸配列の一部が、例えば、CPNが非タンパク質性アミノ酸である場合に、タンパク質性アミノ酸に置換されている場合も、Variable region(可変領域)のアミノ酸配列が抗体に挿入されていると理解される。Variable region(可変領域)とCPCであるCysが共に、融合されていてもよい。
【0044】
RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファージディスプレイ法により好適に製造できる環状ペプチドを抗体に挿入する場合には、具体的には、以下のような改変を行うことも好適である。
(1)RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法やファージディスプレイ法における分子内環状構造を形成するための化学架橋構造に関与するアミノ酸残基、例えば、表1に記載の官能基を有するアミノ酸残基であって、具体的には、(A-1)~(E-2)として記載されるアミノ酸をそれぞれ置換又は削除して、環状ペプチドの内部アミノ酸配列を、抗体に挿入してもよい。
具体的には、RaPID法による環状ペプチドにおいては、官能基1を有するアミノ酸残基をタンパク質性アミノ酸に置換し、官能基2を有するアミノ酸残基をそれぞれ欠失して、抗体に挿入する。官能基1を有するアミノ酸残基として、D-アミノ酸等の非・BR>^ンパク質性アミノ酸が用いられることがある。
ファージディスプレイ法による環状ぺプチドにおいては、化学架橋構造であるS-S結合を構成するCys残基を削除して、抗体に挿入してもよい。
より具体的には、RaPID法において、官能基1として(A-1)の構造が採用されている場合、一般に、(A-1)の構造を有するアミノ酸としては、ClAc-D-TrpやClAc-D-Tyrが用いられていることが多いが、抗体への挿入の際には、該アミノ酸残基をL-TrpやL-Tyrに置換することが好ましい。また、ClAc-D-TrpやClAc-D-Tyrを欠失させてもよい。
また、(A-2)の構造を有するアミノ酸としては、Cysが用いられていることが多いが、抗体への挿入の際には、該Cys残基を欠失させてもよい。
(2)(1)において、環状ペプチドは有さないが、Ser、Gly及びCysといったアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を環状ペプチドと抗体とのリンカー配列として用いて、環状ペプチド由来のアミノ酸残基と、抗体由来のアミノ酸残基との間に挿入してもよい。
(3)分子内環状構造を形成するための化学架橋構造に関与するアミノ酸残基をL-Cysに変換し、環状ペプチドを抗体に挿入した改変型抗体において、ジスルフィド結合により架橋構造を形成させると共に、Ser及びGlyといったアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を環状ペプチドと抗体との結合におけるリンカー配列として用いて、環状ペプチド由来のアミノ酸残基と、抗体由来のアミノ酸残基との間に挿入してもよい。
リンカー配列を構成するアミノ酸残基の数は、1以上のアミノ酸残基であればよく、アミノ酸残基の数は、特に限定されるものではない。
【0045】
環状ペプチドの内部ペプチド配列とは、環状ペプチドを構成するペプチド配列であって、少なくとも、標的分子に対する結合能を有する領域を含んでいれば特に限定されない。
環状ペプチドの一次配列をCPN-(Xaa1)m-CPCであるとして、以下説明する。
環状ペプチドとしては、CPN-(Xaa1)m-CPCとして表されるアミノ酸残基のうち、CPNとCPCとが、好適には、共有結合して環状構造を形成する。
なお、一次配列において、環状ペプチドを形成し得る限り、Xaa1は、任意のアミノ酸残基であり、mは、2以上の任意の整数である。
環状ペプチドは、分子内環状構造以外にも環状構造からの鎖状の分岐鎖を有していてもよい。
環状ペプチドの内部ペプチド配列とは、CPN-(Xaa1)m-CPCの一次配列そのものであってもよく、CPN-(Xaa1)m-CPCにおけるアミノ酸残基の一部が置換又は欠失されていてもよく、CPN-(Xaa1)mが一部が欠失されたアミノ酸として例示される。
また、環状ペプチドの内部ペプチド配列は、CPN-(Xaa1)m-CPCとして表されるm+2のアミノ酸残基のうち、少なくともm+2のアミノ酸残基の一部を含んでいればよく、CPN-(Xaa1)m1、(Xaa1)m1-CPC、(Xaa1)m1を環状ペプチドの内部ペプチド配列として用いることができる。
ここで、m1は、m以下の整数である。
【0046】
環状ペプチドの内部ペプチド配列を抗体に挿入する場合には、所望によりリンカー配列を介して、抗体に挿入されてもよい。
環状ぺプチドが、内部ペプチド配列に非タンパク質性アミノ酸を含む場合には、非タンパク質性アミノ酸は、タンパク質性アミノ酸に置換されていることが好ましく、CPN及び/又はCPCがCysである場合には、CPN及び/又はCPCを欠失させてもよく、CPCがCysである場合には、CPNは、Cysに置換して、環状ペプチドが挿入されていてもよい。
環状ペプチドの内部ペプチド配列を抗体に挿入する際に、環状ペプチドに由来するアミノ酸は、CPNで結合していてもよく、CPNでリンカー配列を介して結合していてもよく、CPNから任意の数で表される番目のXaa1で結合していてもよく、CPNから任意の数で表される番目のXaa1でリンカー配列を介して結合していてもよい。中でも、CPNが非タンパク質性アミノ酸である場合には、CPNをタンパク質性アミノ酸に置換して、所望によりリンカー配列を介して結合していてもよい。
また、環状ペプチドの内部ペプチド配列を抗体に挿入する際に、環状ペプチドに由来するアミノ酸は、CPCで結合していてもよく、CPCでリンカー配列を介して結合していてもよく、CPCから任意の数で表される番目のXaa1で結合していてもよく、CPCから任意の数で表される番目のXaa1でリンカー配列を介して結合していてもよい。中でも、CPCを欠失させて、CPCから数えて1番目のXaa1で、すなわち、CPCと結合するXaa1で、所望によりリンカー配列を介して結合していてもよい。
【0047】
本発明において、環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入される抗体としては、特に限定されるものではない。
抗体は、免疫グロブリンとも呼ばれ、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEの5種類に分類される。
本発明において、環状ペプチドの挿入される抗体としては、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEのいずれであってもよいが、IgGが好適に用いられる。
IgGとしては、多数のサブクラスが知られている。IgGのサブクラスとして、例えば、ヒトではIgG1、IgG2、IgG3、IgG4の4種類のサブクラスが、マウスではIgG1、IgG2a、IgG2b、IgG3の4種類が、ラットではIgG1、IgG2a、IgG2b、IgG2cの4種類が知られているが、いずれであってもよい。
【0048】
抗体は、本質的に、標的分子として、ただ一つの抗原分子に特異的に結合するため、抗体の認識する抗原が、本発明における第一の標的分子といえる。
抗体は、それぞれ、抗原を認識する部位といえる可変領域と、それ以外の部分である定常領域を有する重鎖と軽鎖とを2本ずつ有する。
抗体をタンパク質分解酵素であるパパイン消化した際に、H鎖-H鎖を繋ぐジスルフィド結合(ヒンジ部位)の間が切断され、抗体は3つの断片に分かれ、N末端側の2つの断片をFab領域、C末端側の断片をFc領域という。
一般にFc領域は、同じサブクラスであれば抗体間でその構造が同一である。
本発明において用いられる抗体は、N末端側の2つの断片であるFab領域を少なくとも1つと、Fc領域とを含む。Fab領域を2つ含む抗体である場合、2つのFab領域は同一であってもよく、異なっていてもよく、Fab領域が異なる場合、抗体の認識する標的分子は、同一でも異なっていてもよい。
Fab領域が異なり、抗体の認識する標的分子が異なっている場合、抗体の標的分子は、第一の標的分子として、2種の標的分子(第一の標的分子とそれと異なる標的分子)への結合能を保持することとなるが、環状ペプチドが有する第二の標的分子への結合能は、第一の標的分子への結合能と異なっているが、第一の標的分子と異なる標的分子への結合能であってもよいものの、抗体の標的分子となる第一の標的分子及びそれと異なる標的分子への結合能と異なっていることが好ましい。環状ペプチドが第二の標的分子以外の標的分子への結合能を有している場合、第三、第四、あるいはそれら以外の標的分子も第一の標的分子同様に抗体の認識する標的分子と異なっていてよい。
【0049】
本発明においては、環状ペプチドの内部ペプチド配列は、抗体のFc領域に挿入される。
本発明においては、環状ペプチドの内部ペプチド配列を挿入するため、抗体のFc領域における挿入部位が特に限定されるものではないが、抗体の第一の標的分子への結合能を保持したまま、環状ペプチドの第二の標的分子への結合能を付与するためには、Fc領域における分子表面に露出しているループ部分であることが好適である。
ループ部分は、Fc領域において、2つのβストランド間を連結するポリぺプチド鎖領域であって、折れ曲がり構造を有し、抗体分子表面に露出している構造であることが好ましい。
【0050】
本発明においては、抗体に、環状ペプチドを挿入する際、環状ペプチドに由来するアミノ酸残基と抗体に由来するアミノ酸残基との結合は、共有結合であることが好ましい。
また、環状ペプチドに由来するアミノ酸残基と、抗体に由来するアミノ酸残基との間に、リンカーとなるペプチド鎖が挿入されていてもよい。
環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入されるループ部分は、抗体のFc領域におけるループ構造において、特に限定されるものではなく、汎用性をもってループ構造中の任意の部位を選択してよい。
ループ構造における任意の部位とは、環状ペプチドを挿入するための2つのアミノ酸残基が、ループ構造内から選択される部位であることを意味する。
【0051】
特に限定されるものではないが、
図2及び
図3を用いて説明する。
図2は、ヒトIgG由来Fc領域の立体構造を示す。Fcを構成する一方の重鎖を表面モデルで(奥側)、もう一方をリボンモデルで示している(手前側)。
本発明において、環状ペプチドの挿入部位として、好適に選択されるループ部分を、
図2において示すが、T1~T3、M1~M3、B1~B3として示される部分が当該部分である。
図3は、ヒトIgG1由来Fc領域のアミノ酸配列を示し、環状ペプチドの挿入部位として、好適に選択されるループ部分を、黒い背景で示している。
好適に選択されるループ部分は、配列番号:7で示されるヒトIgG1由来Fc領域の
T1(SHEDP、配列番号:8):267~271位
T2(YNST、配列番号:9):296~299位
T3(NKALPAP、配列番号:10):325~331位
M1(VDGV、配列番号:11):279~282位
M2(KGQ、配列番号:12):340~342位
M3(SDGS、配列番号:13):400~403位
B1(TKNQ、配列番号:14):359~362位
B2(SNG、配列番号:15):383~385位
B3(QQGNV、配列番号:16):418~422位
が好適に挙げられる。
T1を例にすれば、267~271位は、配列番号:6においては、47位~51位に相当し、配列番号:7においては、28位~32位に相当する。すなわち、T2~T3、M1~M3、B1~B3として示される部分は、配列番号:6においては、220減じた位置のアミノ酸が対応し、配列番号:7においては、239減じた位置のアミノ酸が対応する。
また、環状ペプチドの挿入部位は、アミノ酸残基の位置により表されるループ構造内から選択される部位であってよい。T1を例にすれば、ループ構造内から選択される部位として、267位と268位、268位と269位、269位と270位、270位と271位、267位と269位、268位と270位、269位と271位、267位と270位、268位と271位、267位と271位が選択され得、これら選択されたアミノ酸残基の位置が、抗体における環状ペプチドの内部アミノ酸配列の挿入部位であってよい。
ヒトIgG1以外の抗体においては、配列番号:6又は配列番号:7で示されるアミノ酸配列とアラインメントして、T1~T3、M1~M3、B1~B3として示される部分に対応する部分を、環状ペプチドの挿入部位とすることができる。
【0052】
より好適には、配列番号:7で示されるヒトIgG1由来Fc領域のループ部分において、
T1(SH*EDP):267~271位
T2(Y*NST):296~299位
T3(NKALP*AP):325~331位
M1(VD*GV):279~282位
M2(K*GQ):340~342位
M3(SD*GS):400~403位
B1(TK*NQ):359~362位
B2(S*NG):383~385位
B3(QQ*GNV):418~422位
*印を付したアミノ酸残基間の位置が、環状ペプチドを挿入するのにより好適な部位である。
【0053】
環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入されることにより環状ペプチドに由来するアミノ酸残基、あるいは、リンカーのアミノ酸残基と結合する抗体のループ部分の2つのアミノ酸残基は、ループ構造において、隣接していてもよく、不連続であって、抗体のFc領域において、2つのアミノ酸残基の間に1~15アミノ酸残基が存在する関係にあるアミノ酸残基であってもよい。
【0054】
本発明においては、特に限定されないが、好適に挿入部位として選択されるループ部分に異なる環状ペプチドに由来する内部ペプチド配列を挿入することにより、抗体の有する固有の結合能に加え、環状ペプチドが結合能を有する第二、第三、第四、第一~第四以外といった標的分子への結合特異性を付与することができる。
多重特異性抗体を得るために、元となる既存抗体はどのような型であってもよく、第二の標的分子への結合能が知られていれば環状ペプチドもどのような環状ペプチドであってもよい。
用いる抗体と、挿入する環状ペプチドの内部ペプチド配列、およびその挿入部位はどのような組み合わせも可能であるため、様々な抗原に結合する抗体および環状ペプチドを用意しておけば、望みの多重特異性をもった改変型抗体を極めて簡便に創生することができる。
本発明により得られる多重特異性抗体は、単一のIgG抗体を2種類併用した抗体医薬と同等な効能をもつものや、異なる細胞上の標的分子を同時に認識して異種細胞の架橋を誘導するものなど、様々な医薬として用いる事ができる。
【0055】
本発明において用いられる抗体としては、特に限定されるものではなく、マウス抗体、ラット抗体、ウサギ抗体、ウマ抗体、イヌ抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、完全ヒト抗体等が挙げられる。
環状ペプチドを挿入する抗体のFc領域は、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ウマ及びイヌのいずれか由来であることが好ましい。
【0056】
本発明における抗体のFc領域への環状ペプチドの内部ペプチド配列の挿入について、より具体的に説明する。
本発明において、抗体のFc領域に存在する環状ペプチドの内部ペプチド配列と結合する2つのアミノ酸残基のうち、N末端側に位置するアミノ酸残基をABN、C末端側のアミノ酸残基をABCとする場合、環状ペプチドの挿入される内部ペプチド配列は、ABNと結合していてもよく、ABNとリンカー配列を介して結合していてもよい。
また、環状ペプチドの挿入される内部ペプチド配列は、ABCと結合していてもよく、ABCとリンカー配列を介して結合していてもよい。
ABNとABCとは、Fc領域においてループ構造として連続していてもよく、不連続であってもよい。
不連続である場合、ABNとABCとの間に、1~5アミノ酸残基含むことが好ましい。
【0057】
本発明においては、環状ペプチドを抗体のFc領域に挿入して、抗体に挿入する環状ペプチドの有する標的分子に対する結合能を付与するが、環状ペプチドを抗体のFc領域に挿入させるには、通常の遺伝子工学技術を用いて行うことができる。
本発明においては、環状ペプチドを抗体のFc領域に挿入させる方法と共に、環状ペプチドを、抗体のFc領域に挿入させて環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入された改変型抗体及びその製造方法をも提供する。
本発明における、改変型抗体の製造方法は、
環状ペプチドとして、挿入する抗体の認識する第一の標的分子とは異なる第二の標的分子に対する結合能を有する環状ペプチドを選択し、好適には、ディスプレイ型探索システムにより得られる環状ペプチドを選択し、
選択した環状ペプチドのアミノ酸配列から、抗体に挿入する内部アミノ酸配列を選択し、該内部アミノ酸配列に相当する塩基配列を選択し、
抗体のFc領域において内部アミノ酸配列を挿入する2つのアミノ酸残基を選択し、
抗体のFc領域のアミノ酸配列に相当する塩基配列を選択し、必要に応じて、当該2つのアミノ酸残基間に存在するアミノ酸残基に相当する塩基配列を削除し、選択された環状ペプチドの内部アミノ酸配列に相当する塩基配列を挿入して組み込んだ塩基配列を有する核酸を準備し、
該核酸を翻訳する、改変型抗体の製造方法である。
選択された環状ペプチドの内部アミノ酸配列に相当する塩基配列を挿入して組み込んだ塩基配列とする際に、リンカーに相当する塩基配列を挿入して組み込んでもよい。
【0058】
環状ペプチドとしては、RaPID法やTRAP法のようなmRNAディスプレイ法又はファージディスプレイ法により選択される環状ペプチドを用いることが好ましく、mRNAディスプレイ法によることがより好ましく、mRNAディスプレイ法等によれば、環状ペプチドのうち、挿入すべき内部アミノ酸配列の塩基配列は容易に理解することができる。
【0059】
抗体のFc領域における環状ペプチドを挿入する部位を構成する2つのアミノ酸配列に相当する塩基配列を選択し、該選択された塩基配列間に存在する塩基を必要に応じて削除する方法や、選択された環状ペプチドの内部アミノ酸配列に相当する塩基配列を挿入して組み込んだ塩基配列(所望によりリンカーに相当する塩基配列をも含む)を有する核酸を準備する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を援用して実施することができる。
また、準備された核酸の翻訳方法は、本発明の属する技術分野において、既に周知な事項であるので、それら周知な方法を適宜適用して、核酸の翻訳を行えばよい。
【0060】
本発明により得られる改変型抗体は、抗体のFc領域に、該抗体の認識する第一の標的分子とは異なる第二の標的分子に対する結合能を有する環状ペプチドの内部ペプチド配列が挿入された、第一及び第二の標的分子に対する結合能を有する。
第一及び第二の標的分子に対して同時に結合することが好ましく、第一及び第二の標的分子に対して同時に結合し、かつ、第一及び第二の標的分子が、それぞれ異なる細胞表面分子である場合には、本発明の改変型抗体は、2つの異なる細胞表面分子との結合を介して異種細胞同士の接着を誘導することが可能である。
本発明においては、例えば、がん細胞の抗原を第一の標的とし、Tリンパ球やNK細胞上の抗原を第二の標的とすることにより、本発明の改変型抗体は、がん細胞に対する免疫攻撃を誘導し、がんを特異的かつ効果的に傷害、殺すことができる。また、例えば、治療用の抗体を脳内に届けるために血液脳関門を通過させるため、脳の血管に発現している分子(トランスフェリン受容体等)を第二の標的としてもよい。
【0061】
本発明は、
(1)元となる既存抗体(第一の結合特異性を規定する)のIgG型や抗原特異性を選ばず、
(2)抗体自身の部分ランダム配列ライブラリーを元にした選択工程を含まず、
(3)最終産物である改変型抗体の製造工程と効率が元の野生型抗体と同等であり、
(4)RaPID法などで高親和性で結合する環状ペプチドが得られる対象である限りいかなるタンパク質でも多重特異性の標的とすることが可能で、かつ、
(5)同時に最大9つの独立な追加結合特異性を既存抗体に付与できる、という特性を有する。
【実施例】
【0062】
以下、実施例を示して具体的に本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0063】
標的タンパク質に対する高親和性の環状ペプチドは、国際公開第2011/049157号及び特開2013-46637号公報等に基づいてRaPIDシステムを実施することにより得た。ヒト由来の受容体であるプレキシンB1、Met、EGF受容体、及びTrkBに対してそれぞれに特異的に結合する環状ペプチドを用いた。環状ペプチドの構造を
図1に示す。
【0064】
図1において、それぞれの環状ペプチド由来の可変部配列を、抗体のFc領域に挿入した。ただし、アミノ酸配列のN末端アミノ酸としてw及びyと小文字で示されるD-アミノ酸は、それぞれL-アミノ酸に置換して、あるいは、欠失させて、Fc領域に導入した。挿入の際には、上記の可変部配列を挟む形で0~4残基のリンカー配列を追加した。
【0065】
〔実施例1〕ニューロピリン1抗体へのプレキシンB1結合特異性の付与
1.ペプチド挿入のデザイン
標的結合活性を保ったまま環状ペプチドの内部配列を抗体のFc領域に提示するため、抗体のFc領域の立体構造を参考に挿入部位を探索した。Fc領域の中から分子表面に露出し、二次構造部分を連結するループ部分を9カ所選択した。選択したループ部分を
図2に示す。選択したループは、Fc領域のヒンジに近いTop部分から3カ所(T1~3)、Middle部分から3カ所(M1~3)、そしてBottom部分から3カ所(B1~3)である。それらの全Fcアミノ酸配列上での位置を
図3に示す。
【0066】
2.二重特異性抗体の調製
ペプチド挿入の土台となる抗体は、ニューロピリン1に対するN1抗体(クローン別名YW64.3)を用いた(Liang et al. J. Mol. Biol.2007)。N1抗体の重鎖可変部をヒトIgG1重鎖定常部をコードするDNAにつなぎ、これを発現ベクターp3XFLAG-CMV-14(シグマアルドリッチ社製)に組み込んだ。軽鎖についてはその全長をコードするDNAを同じp3XFLAG-CMV-14ベクターに組み込んだ。
【0067】
N1重鎖発現ベクターを元に、
図3に示すFc領域内の9つのループ構造の中央付近(*)に、mP6-9ペプチド配列を挿入した発現ベクターを作製した。挿入配列部分はextension PCR法を用いて増幅した。こうして得られるペプチド挿入型抗体はそれぞれN1 IgG(mP6-9_T1)のように「抗体名(環状ペプチド名_挿入サイト)」と表記することにした。
【0068】
Expi293F細胞(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を3mLのExpi293 Expression Medium(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて、細胞が3x106cells/mLになるように播種した。その後、常法に従い、ExpiFectamine 293 Reagent(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて、1.5μgずつの抗体軽鎖および抗体重鎖(あるいはその挿入体)発現用ベクターを、Expi293F細胞へ遺伝子導入した。
遺伝子導入後、37℃、8%CO2条件下、125rpmで細胞を18時間振とう培養した。その後、ExpiFectamime 293 Transfection Enhance er 1及びExpiFectamime 293 Transfection Enhancer 2(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)をそれぞれ15μL、150μL添加し、37℃、8%CO2条件下、125rpmで3日間振とう培養し、培養上清を回収した。
【0069】
回収した培養上清0.3mLにプロテインA-セファロース(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を30μL加え、2時間回転混和した。遠心分離によってセファロースを沈殿させて上清を除き、1mLのTris-buffered saline(TBS,20mM Tris-HCl,150mM NaCl,pH7.5)で3回セファロースを洗浄し、SDSサンプルバッファー20μLを加えて95℃で2分間加熱して試料を溶出した。溶出した試料の5μLを還元条件下で電気泳動に供し、クマシーブリリアントブルーで染色した。
【0070】
電気泳動の結果を
図4に示す。
図4において、サンプル番号は、丸数字で示す。N1 IgG(サンプル番号1)は重鎖と軽鎖に相当するバンドが予想される分子量(50kDaおよび25kDa)の位置にバンドが見られ、すべてのペプチド挿入型抗体(サンプル番号2~10)の重鎖はそれよりも若干高い分子量を示し、全体のアミノ酸長として16~17残基長いことに呼応していた。いずれもペプチド挿入の無いN1 IgGと遜色ない量の挿入型抗体がExpi293F細胞から発現・分泌していることが確認された。
【0071】
3.ニューロピリン1抗体へのプレキシンB1結合能の付与
Fc上の様々な位置にmP6-9ペプチドを挿入したN1 IgGについて、環状のmP6-9ペプチドが有していたプレキシンB1に対する結合能を保持しているかどうかを調べるため、フローサイトメトリーによる結合試験を行った。N1 IgG および9種類のmP6-9ペプチド挿入体の発現上清を、プレキシンB1安定発現細胞(Cell Chem. Biol, 2016, 23, 1341-1350に記載)と反応させ、結合したIgGをAlexaFluor488標識ヤギ抗ヒトIgG二次抗体(ThermoFisher社製)で染色し、EC800型フローサイトメーター(SONY社製)で分析した。
【0072】
フローサイトメトリーの結果を
図5に示す。未改変のN1抗体はプレキシンB1安定発現細胞に対してバックグラウンドレベルのわずかな結合をするにとどまったが(パネル1、図では丸数字で示す。)、mP6-9を挿入したすべてのN1抗体はその1.5~10倍の結合量を示し、これらの抗体がすべて、ニューロピリン1に加えて新たにプレキシンB1への結合特異性を獲得したことが示された。
【0073】
〔実施例2〕ニューロピリン1抗体への様々な結合特異性の付与
1.ペプチド挿入のデザインと抗体の調製
ペプチド挿入位置としては実施例1に示した「B1ループ」を採用し、ここに
図1に示した4種類の環状ペプチドの内部配列を実施例1の方法に沿って挿入した発現ベクターを用い、組み換え抗体の調製とその発現評価も実施例1と同様に行った。
【0074】
電気泳動の結果を
図6に示す。
図6において、サンプル番号は、丸数字で示す。N1 IgG(サンプル番号1)は重鎖と軽鎖に相当するバンドが予想される分子量(50kDaおよび25kDa)の位置にバンドが見られ、すべてのペプチド挿入型抗体(サンプル番号2~10)において重鎖はN1 IgG(サンプル番号1)のそれよりも若干高い分子量を示し、全体のアミノ酸長として17~21残基長いことに呼応していた。いずれもペプチド挿入の無いN1 IgGと遜色ない量の環挿入型抗体がExpi293F細胞から発現・分泌していることが確認された。
【0075】
2.ニューロピリン1抗体への様々な結合能の付与
様々なペプチドを挿入したN1 IgGについて、それぞれの環状ペプチドが有していた分子結合能を保持しているかどうかを調べるため、フローサイトメトリーによる結合試験を行った。N1 IgGの4種類のペプチド挿入体の発現上清を、コントロールのHEK293細胞(mock cell)もしくは様々な受容体を発現する細胞と反応させ、結合したIgGをAlexaFluor488標識ヤギ抗ヒトIgG二次抗体(ThermoFisher社製で染色し、EC800型フローサイトメーター(SONY社製)で分析した。
【0076】
フローサイトメトリーの結果を
図7に示す。使用した受容体発現細胞は、プレキシンB1安定発現細胞(パネル1、図では丸数字で示す。)、Met安定発現細胞(パネル2)、EGFR一過性発現細胞(パネル3)、TrkB一過性発現細胞(パネル4)である。すべてのペプチド挿入型N1抗体において、コントロール細胞に比してそれぞれの標的分子を発現する細胞に対して明確に増大した結合ヒストグラムが得られたことから、ペプチドの挿入によって環状ペプチドバインダーの結合特性をニューロピリン1抗体に新たに付与できることが示された。
【0077】
〔実施例3〕様々な抗体への様々な結合特異性の付与
1.二重特異性抗体の調製
実施例1および2で用いたニューロピリン1抗体の他に、2種のヒトIgG1型抗体(ヒトPD-L1抗体AvelumabおよびヒトCD3抗体OKT3)と1種のマウスIgG1型抗体(マウストランスフェリン受容体抗体8D3)を用いてペプチド挿入型二重特異性抗体を作製した。Avelumab、OKT3,8D3の可変部アミノ酸配列はそれぞれWO2013079174A1、Arakawa et al, J Biocheme 1996、Boado et al, Biotech Bioeng. 2008に記載されたものを利用し、対応するDNAを合成して実施例1と同様に重鎖と軽鎖を発現ベクターp3XFLAG-CMV-14(シグマアルドリッチ社製)に組み込んだ。ただし、8D3については、重鎖および軽鎖の定常領域はマウスIgG1由来のものを用いた。
【0078】
2.ニューロピリン1抗体を元にした二重特異性抗体の評価
N1 IgGのB1ループにMet結合性ペプチド配列(aMD5)およびEGF受容体結合配列(A6-2f)を挿入した抗体の組換え発現を、実施例2に示した方法で行った。電気泳動の結果を
図8Aに示す。ペプチド挿入体は未挿入のN1抗体と同程度の発現効率を示した。これらの標的分子への結合は実施例2と同様なフローサイトメトリーで評価した。
【0079】
フローサイトメトリーの結果を
図8Bに示す。その結果、N1抗体の第1の結合特異性であるニューロピリン1への結合は、ニューロピリン1を一過性発現させたHEK細胞に対して等しく観察され(二段目のパネル)、ペプチド挿入によってオリジナルの結合特性が失われないことが示された。さらに、aMD5あるいはA6-2fペプチドをB1ループに挿入した変異型抗体は、それぞれMet(3段目のパネル)およびEGF受容体発現細胞(4段目のパネル)において強い陽性シグナルを示し、二重特異性抗体が構築できたことが確認できた。
【0080】
3.PD-L1抗体Avelumabを元にした二重特異性抗体の評価
Avelumab IgGのB1もしくはB2ループにプレキシンB1結合性ペプチド配列(mP6-9)、Met結合性ペプチド配列(aMD5)およびEGF受容体結合配列(A6-2f)を挿入した抗体の組換え発現を、実施例2に示したのと同じ方法で行った。電気泳動の結果を
図9Aに示す。ペプチド挿入体は未挿入のAvelumab抗体と同程度の発現効率を示した。これらの標的分子への結合は実施例2と同様なフローサイトメトリーで評価した。
【0081】
フローサイトメトリーの結果を
図9Bに示す。その結果、Avelumab抗体の第1の結合特異性であるPD-L1への結合は、PD-L1を恒常的に発現する細胞株(ヒト乳がん細胞MDA-MB-231)に対して等しく観察され(二段目のパネル)、ペプチド挿入によってオリジナルの結合特性が失われないことが示された。さらに、mP6-9、aMD5あるいはA6-2fペプチドをB1もしくはB2ループに挿入した変異型抗体は、それぞれPlexinB1安定発現細胞(3段目のパネル)、Met安定発現細胞(4段目のパネル)およびEGF受容体一過性発現細胞(5段目のパネル)において強い陽性シグナルを示し、二重特異性抗体が構築できたことが確認できた。
【0082】
4.CD3抗体OKT3を元にした二重特異性抗体の評価
OKT3 IgGのB2ループにプレキシンB1結合性ペプチド配列(mP6-9)あるいはMet結合性ペプチド配列(aMD4)を挿入した抗体の組換え発現を、実施例2に示したのと同じ方法で行った。電気泳動の結果を
図10Aに示す。ペプチド挿入体は未挿入のOKT3抗体と同程度の発現効率を示した。これらの標的分子への結合は実施例2と同様なフローサイトメトリーで評価した。
【0083】
フローサイトメトリーの結果を
図10Bに示す。その結果、OKT3抗体の第1の結合特異性であるヒトCD3への結合は、CD3を恒常的に発現する細胞株(Jurkat細胞)に対して等しく観察され(二段目のパネル)、ペプチド挿入によってオリジナルの結合特性が失われないことが示された。さらに、mP6-9、あるいはaMD4ペプチドをB2ループに挿入した変異型抗体は、それぞれPlexinB1安定発現細胞(3段目のパネル)、Met安定発現細胞(4段目のパネル)において強い陽性シグナルを示し、二重特異性抗体が構築できたことが確認できた。
【0084】
5.トランスフェリン受容体抗体8D3を元にした二重特異性抗体の評価
マウスIgG1である8D3抗体については、マウス重鎖でB1~B3に相当するループ位置を
図3を参考に特定し、実施例1と同様な手法によりプレキシンB1結合性ペプチド配列(mP6-9)を挿入した発現ベクターを調製した後、軽鎖(マウスkappa鎖)の発現ベクターとともにExpi293F細胞にトランスフェクションした。上清中に発現分泌された組み換え抗体はプロテインG-セファロース(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて沈降させ、電気泳動によって分析した。
【0085】
電気泳動の結果を
図11Aに示す。ペプチド挿入体は未挿入の8D3抗体と同程度の発現効率を示した。これらの標的分子への結合を評価するため、フローサイトメトリーによる結合試験を行った。8D3 IgGおよび3種類のペプチド挿入体の発現上清を、様々な受容体を発現する細胞と反応させ、結合したマウスIgGをAlexaFluor488標識ヤギ抗マウスIgG二次抗体(ThermoFisher社製)で染色し、EC800型フローサイトメーター(SONY社製)で分析した。
【0086】
フローサイトメトリーの結果を
図11Bに示す。その結果、8D3抗体の第1の結合特異性であるマウストランスフェリン受容体への結合は、TfRを一過性に発現する細胞(TfR cells)に対して等しく観察され(二段目のパネル)、ペプチド挿入によってオリジナルの結合特性が失われないことが示された。さらに、mP6-9ペプチドをB1~B3ループに挿入した変異型抗体は、PlexinB1安定発現細胞(3段目のパネル)において強い陽性シグナルを示し、二重特異性抗体が構築できたことが確認できた。
【0087】
6.ニューロピリン1抗体を元にした多重特異性抗体の評価
これまで個別に試してきた様々な特異性の賦与を、一つの抗体に対して同時に2つ以上行ったものの活性を評価した。N1 IgGをもちい、その様々なループにプレキシンB1結合性ペプチド配列(mP6-9)、Met結合性ペプチド配列(aMD4)、およびEGF受容体結合配列(A6-2f)を種々の組み合わせで挿入した抗体の組換え発現を、実施例2に示した方法で行ない、これらの標的分子への結合を5.までと同様なフローサイトメトリーで評価した。
【0088】
フローサイトメトリーの結果を
図12に示す。その結果、N1抗体の第1の結合特異性であるニューロピリン1への結合は、ニューロピリン1を一過性発現させたHEK細胞に対して等しく観察され(二段目のパネル)、ペプチド挿入によってオリジナルの結合特性が失われないことが再び示された。さらに、mP6-9、aMD4あるいはA6-2fペプチドを挿入した変異型抗体は、それぞれPlexinB1(3段目のパネル)、Met(4段目のパネル)、そしてEGF受容体(5段目のパネル)をそれぞれ一過性に発現させたHEK細胞にたいして強い陽性シグナルを示し、しかもその結合は挿入サイトや同時に挿入した他のペプチドの存在に依存しなかった。結果として、これらの改変型抗体は、もともとの単一の抗原特異性に加え、1種類のペプチドを挿入すると二重特異性、2種類のペプチドを挿入すると三重特異性、そして3種類のペプチドを挿入すると四重特異性を獲得できたことが確認できた。
【0089】
〔実施例4〕ペプチド挿入型IgGの2標的同時結合能の確認
1.サンドイッチ型分子間架橋試験の原理と標的抗原の調製
ペプチド挿入型IgGについて、第1及び第2結合特異性の個別の評価は実施例3までに示したが、ペプチド挿入型IgGが2つの標的に同時に結合できることを示すため、サンドイッチELISAタイプのアッセイ系を構築した。原理を
図13Aに示す。まずProtein Exp. Purification, 2014, 95, 240-247に記載された方法に準じて、3種類の第2標的抗原・BR>Iすべて一回膜貫通型の受容体)の細胞外領域のC末端にPAタグ(和光純薬工業社製)が付加された融合タンパク質をコードするコンストラクトを作成し、これを発現ベクターpcDNA3.1(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に組み込んだ。このベクターを用いて実施例1と同様の方法によりExpi293F細胞で一過性発現させ、可溶性受容体断片であるPlexinB1-PA、Met-PA、及びEGFR-PAをそれぞれ含む培養上清を調製し、それらをProteinAセファロースを用いて精製した。第1抗原側は、AP融合発現ベクターであるpAPtag-5(GenHunter社)を用いてAPのN末端(ニューロピリン1およびPD-L1)あるいはC末端(トランスフェリン受容体)にその細胞外領域の配列を融合し、実施例1と同様の方法によりExpi293F細胞で一過性発現させ、可溶性受容体―AP融合物であるNrp-1ec-AP、PD-L1ec-AP、およびAP-TfRecをそれぞれ含む培養上清を調製した。
【0090】
2.サンドイッチ型結合試験
ペプチド挿入型IgGによる標的分子間の架橋は、
図13Aに示す原理に基づき、以下のプロトコールに従って評価した。
(1)10μg/mLに希釈した精製第2標的抗原溶液50μLを96wellプレートに加え4℃、16時間静置した。
(2)アスピレーターで吸引し、5% スキムミルク in Tris-buffered saline (TBS; 20mM Tris-HCl, 150mM NaCl, pH 7.5)を200μL/well加えて室温で1時間静置した。
(3)種々のAddbody発現上清を50μL加えて室温で1時間静置した。
(4)200μL/wellのTBSで3回洗浄した。
(5)AP融合第1標的抗原を発現する上清を50μL加えて室温で30分静置した。
(6)200μL/wellのTBSで4回洗浄した。
(7)発色基質(Phosphatase substrate、シグマアルドリッチ社製)を100μL/wellで加え、室温で5~60分静置後、各well中の溶液の405nmの吸光度を測定した。
【0091】
結果を
図13Bに示す。ニューロピリン抗体N1、PD-L1抗体Avelumab、およびトランスフェリン受容体抗体8D3のすべてにおいて、ペプチド挿入型IgGはそれぞれの第2標的抗原を固定化したプレートにキャプチャーされ、後から加えた第1標的抗原-AP融合タンパク質を結合して基質を発色させた(灰色のバー)。一方、ペプチド挿入をしていないプレーンなIgGは陽性シグナルを与えなかった(黒いバー)。このことは、各Addbodyが第1及び第2標的に対して個別にでは無く、同時に結合できることを示している。
【0092】
〔実施例5〕ペプチド挿入型IgGによる異種細胞間接着の誘導
1.異種細胞間接着試験の原理と細胞の調製
ペプチド挿入型IgGの第1及び第2標的分子が、異なる細胞上に存在する受容体であるとき、ペプチド挿入型IgGは異種細胞間の近接および接着を誘導する効果が期待出来る。これを調べるため、CD3抗体であるOKT3のB2ループにMetバインダーであるaMD4ペプチド配列を挿入したOKT3(aMD4_B2)を用いて、
図14Aに示すような原理に基づいた実験をおこなった。CD3発現細胞としてはヒト急性T細胞性白血病由来細胞株Jurkatを用い、Met発現細胞としてはヒトMet受容体を安定的に高発現するチャイニーズハムスター卵巣細胞(Met-CHO細胞)を用いた。Met-CHO細胞を赤色蛍光色素DiD(Biotium社製)で標識し、96ウェルプレートに播種して10%血清入り培地中で3時間培養、接着させた。Jurkat細胞は緑色蛍光色素Neuro DiO(Biotium社製)で標識後、実施例3と同じ方法で調製した野生型OKT3もしくはペプチド挿入型OKT3(aMD4_B2)発現上清と氷上で30分間反応させ、一回洗浄した後に上記Met-CHO細胞の上に播種した。1mg/mlのBSAを含む無血清培地中で17時間培養したのち、200μL/wellの無血清培地で2回洗浄し、デジタル蛍光顕微鏡(BZ-X700、キーエンス社製)にて蛍光および位相差画像を記録した。
【0093】
結果の写真を
図14Bに示す。赤色蛍光画像(励起波長620nm、蛍光波長700nm)ではプレートに接着したMet-CHO細胞が、緑色蛍光画像(励起波長470nm、蛍光波長525nm)ではプレートもしくはMet-CHO細胞の上に接着したJurkat細胞が、それぞれ可視化されている。両画像をオーバーレイし、異種細胞同士の接着部位(すなわち赤と緑の細胞が重なっている部分)を白丸でマークした。また、複数のウェルから合計10個の視野を選び、Met-CHO細胞に接着したJurkat細胞の単位面積あたりの数を定量したグラフを
図14Cに示す。これにより、ペプチド挿入型OKT3がMet-CHO細胞上のMet分子とJurkat細胞上のCD3分子を同時に認識し、その相互作用により両細胞の間を架橋していることが示された。
【配列表】