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特許7307424腫瘍浸潤T細胞受容体レパトアの解析方法および該解析方法を用いたがん治療処置の有効性の判定方法
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  • 特許-腫瘍浸潤T細胞受容体レパトアの解析方法および該解析方法を用いたがん治療処置の有効性の判定方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-04
(45)【発行日】2023-07-12
(54)【発明の名称】腫瘍浸潤T細胞受容体レパトアの解析方法および該解析方法を用いたがん治療処置の有効性の判定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20230705BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230705BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230705BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20230705BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230705BHJP
   C40B 40/08 20060101ALN20230705BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z
C12Q1/686 Z
G01N33/53 M
G01N33/574 D
C12N15/09 Z ZNA
C40B40/08
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020509204
(86)(22)【出願日】2019-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2019013234
(87)【国際公開番号】W WO2019189383
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2022-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2018061925
(32)【優先日】2018-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年9月30日 第76回 日本癌学会学術総会(会期:2017年9月28日~30日)パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)で発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月16日 第76回 日本癌学会学術総会 抄録集(Cancer Science,Vol.109,Issue S1)に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年10月17日 Cytokine,volume 100,December 2017,Page 187に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年10月26日 ウェブサイト(https://coms.events/ICIS2017/en/)上に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年10月31日 CYTOKINES2017(The 5th Annual Meeting of ICIS)石川県立音楽堂(石川県金沢市昭和町20-1)で発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 革新的がん医療実用化研究事業 日本発の革新的がん診断・治療薬の実用化に関する臨床研究(領域3)「進行・再発固形がん患者を対象としたヒト型化抗CD4抗体IT1208の第I相医師主導臨床治験」事業、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】519293623
【氏名又は名称】イムノジェネテクス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松島 綱治
(72)【発明者】
【氏名】上羽 悟史
(72)【発明者】
【氏名】青木 寛泰
(72)【発明者】
【氏名】七野 成之
(72)【発明者】
【氏名】荻原 春
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 哲
(72)【発明者】
【氏名】設樂 紘平
(72)【発明者】
【氏名】土井 俊彦
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/053902(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍浸潤CD4陽性T細胞又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞のT細胞受容体(TCR)レパトアの解析方法であって、
がん患者より採取された腫瘍組織検体より、T細胞の分離処理を行なわずに核酸を抽出して未分画腫瘍由来核酸試料を調製し、該核酸試料から未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーを調製する工程、
前記がん患者より採取された第2の検体より分離されたCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞から核酸を抽出して、第2の検体由来のCD4陽性T細胞核酸試料又はCD8陽性T細胞核酸試料を調製し、該核酸試料から第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーを調製する工程であって、第2の検体が末梢血検体又は腫瘍所属リンパ節組織検体である、工程、
未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリー、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーの配列を解析し、各ライブラリーの配列データを取得する工程、
前記配列データを用いて、未分画腫瘍TCRレパトア、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCRレパトアを解析し、未分画腫瘍内T細胞クローン、及び第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報をそれぞれ取得する工程、
未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合する工程、並びに
第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンと同一のTCR配列を有する未分画腫瘍内T細胞クローンを、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞クローン又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンとして同定する工程
を含む、解析方法。
【請求項2】
前記配列情報は、TCRα鎖及び/又はβ鎖の可変領域のうちの少なくともCDR3領域を含む領域の配列情報である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記配列情報は、TCRα鎖のCDR3領域、V領域、及びJ領域を含む配列情報、及び/又は、TCRβ鎖のCDR3領域、V領域、D領域、及びJ領域を含む配列情報である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合する工程において、未分画腫瘍内T細胞クローンのうちで頻度が上位数百位以内であるクローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合する、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
核酸試料がmRNA試料である、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
第2の検体が末梢血検体である、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
がん治療処置の有効性の判定を補助する方法であって、
がん治療処置の前後でがん患者より採取された腫瘍組織検体と末梢血検体とを用いて、請求項6記載の方法により腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトアを解析することにより、当該患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報及び末梢血CD8陽性TCRレパトア情報を取得する工程、
治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比、及び治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比を行ない、腫瘍と末梢血とに共通して検出されるTCR配列を有する重複CD8陽性T細胞クローンの種類、頻度、及び/又はクローナリティを治療処置の前後でそれぞれ調べる工程
を含み、以下のいずれかの場合に、前記治療処置が当該患者において有効であることが示される、方法。
(1) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが治療処置後に増加した場合
(2) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの腫瘍内の頻度が増加した場合
(3) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
(4) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが増加した場合
(5) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの末梢血内の頻度が増加した場合
(6) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
【請求項8】
がん治療処置の有効性の判定を補助する方法であって、
がん治療処置の前後でがん患者より採取された腫瘍組織検体と末梢血検体とを用いて、請求項6記載の方法により腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトアを解析することにより、当該患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報を取得する工程、
治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と、治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報から、存在頻度が0.1%以上である頻度ランキング上位の腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンが腫瘍組織内の全T細胞クローンに占める割合を治療処置の前後でそれぞれ算出する工程、
を含み、治療処置後に前記割合が上昇した場合に、前記治療処置が当該患者において有効であることが示される、方法。
【請求項9】
がんの治療処置ががん免疫療法である、請求項7又は8記載の方法。
【請求項10】
がん免疫療法が、免疫チェックポイント制御剤の投与、細胞傷害活性を有する抗CD4抗体の投与、細胞毒成分を結合させた抗CD4抗体若しくはその抗原結合性断片の投与、TIL療法、LAK療法、CTL療法、及びCAR-T療法からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
がん治療処置の前後でがん患者より採取された前記腫瘍組織検体と前記末梢血検体とを用いて、請求項6記載の方法により治療処置前後の腫瘍浸潤CD4陽性TCRレパトアを解析することをさらに含む、請求項7~10のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍浸潤T細胞受容体レパトアの解析方法、および該解析方法を用いたがん治療処置の有効性を判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん治療法の第四の柱として、がん免疫療法が登場し認知されてきたが、すべての患者に等しく有効という状況ではなく、メリットを享受できる患者と、できない患者が存在する。世の中の注目を最も浴びているオプジーボ(ニボルマブ;抗PD-1抗体)でさえも、有効性というメリットを享受できている患者は20~30%程度に過ぎない。一方、有効性を享受できる患者では、治療効果が長期間持続するという、他の治療法にはないメリットもある。
【0003】
治療前のPD-1受容体のリガンドであるPD-L1分子の発現量で、その効果を予測しようという試みがあるが、治療効果との相関は低く、統一的に判断できる状況ではない。また、治療効果が得られない無効症例や重篤な副作用の発生時には早期に投薬を中止する必要があるが、中止判断に明確な基準が設定できていないため、無駄あるいは有害な投薬が継続されることも問題となっている。例えば“financial toxicity”という言葉さえ科学論文に登場している。そのために、「有効か」、「無効か」、その差をいち早く鑑別し、高額な医療費、或いは重篤な副作用の不安を回避する手法が模索されている。頻度は高くないと報告されているが重篤な副作用には、重症筋無力症、劇症I型糖尿病等があり、いったん発症すると対処が難しいため、有効症例および副作用の発生を早期に判断する手法開発は急務である。
【0004】
がん免疫研究から、がんの変異に由来するネオアンチゲンを認識するCTL(cytotoxic T lymphocyte)が実際に存在することが臨床サンプルで証明される(非特許文献1)に至り、研究開発が活発化した。ネオアンチゲンが多いほど免疫療法の治療効果が高いとされているため(非特許文献2)、切除がん組織から遺伝子変異解析を実施し、確率論から有効性を議論しようとする試みも数多くなされている(非特許文献3)。もちろん、がん組織ではなく、末梢血中の細胞をターゲットにしたネオアンチゲンの探索も実施されてはいる(非特許文献4)。即ちがん本体の遺伝子変異解析である。がんゲノム解析と同義であり、多大な労力を要する。ただ、この解析から、究極の個別化医療としてのがんワクチンとすべく、ペプチドワクチン研究開発が再燃している。この手法では、原発がん、転移がんで差がある場合にはその差異に同期した対応ができるか、臨床的には課題を含んでいる。これらの手法は治療前に有効性が期待できる患者を選択しようという流れであり、「コンパニオン診断」という考え方である。
【0005】
このような予測アプローチとは逆に、治療処置をした際に期待する応答性がみられるかどうかを早く確認する早期診断も重要である。治療効果を早期に判断できれば、医療資源の浪費を抑制するとともに、ある治療に不応であった患者に別の治療法を受ける機会を早期に提供することができる。また、治療効果が期待できる患者には相応な治療を継続すべきであるという積極的な対応が可能となる。
【0006】
免疫療法の本質であるCTLの実態がCD8+ T細胞という観点から、がん抗原特異的な認識を有するCD8+ T細胞がどの程度誘導されているかを測定する方法に注目が集まっている(非特許文献5, 6)。一つの方法論としては、活性化CD8+ T細胞が誘導されているかどうかを解析する手法が報告されている。ただ、活性化したCD8+ T細胞が正しくがん抗原・ネオエピトープを認識した活性化CD8+ T細胞であるという保証はついていない。そこでCD8+ T細胞上のT細胞受容体(T Cell Receptor; TCR)の配列を解析して抗原認識状態を推察しようとする研究が始まっている。しかしながら、がん組織から分離した浸潤CD8+ T細胞(TIL;tumor infiltrate lymphocyte)のTCR抗原特異性決定部位の配列解析からTCRレパトア(クローンの種類と各クローンの存在頻度)を決定し、腫瘍特異的なクローンの応答を論じることは、研究としては可能であるが臨床現場では非常に困難な作業である。特に種々のがん治療を受けてきた患者では原発がん自体が確認できないほど縮小しているが、転移がんに悩まされているために、転移がんからのTIL分離という作業が起こり、転移部位への手術・切除の可能性自体が課題となる事が現実的な問題点である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】van Rooij N, van Buuren MM, Philips D, et al. Tumor exome analysis reveals neoantigen-specific T-cell reactivity in an ipilimumab-responsive melanoma. J Clin Oncol 2013;31:e439-42.
【文献】Zaretsky JM, Garcia-Diaz A, Shin DS, et al. Mutations Associated with Acquired Resistance to PD-1 Blockade in Melanoma. N Engl J Med 2016;375:819-29.
【文献】Le DT, Durham JN, Smith KN, et al. Mismatch repair deficiency predicts response of solid tumors to PD-1 blockade. Science 2017;357:409-413.
【文献】Gros A, Parkhurst MR, Tran E, et al. Prospective identification of neoantigen-specific lymphocytes in the peripheral blood of melanoma patients. Nat Med 2016;22:433-8.
【文献】Gros A, Robbins PF, Yao X, et al. PD-1 identifies the patient-specific CD8(+) tumor-reactive repertoire infiltrating human tumors. J Clin Invest 2014;124:2246-59.
【文献】Stevanovic S, Pasetto A, Helman SR, et al. Landscape of immunogenic tumor antigens in successful immunotherapy of virally induced epithelial cancer. Science 2017;356:200-205.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、がん治療の臨床現場において実施可能な、がん治療処置の有効性を判定するための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
臨床現場で可能なことは、末梢血中のCD8+ T細胞のTCRレパトアから、CD8+ TILのTCRレパトア応答を議論する方法である。残念ながら、本願発明者らによる検討の結果、末梢血CD8+ T細胞の解析だけでは腫瘍免疫応答を反映した情報は得られないことも判明した。従って臨床現場で適用可能な手段は、TILの分離無しにCD8+ TILのレパトア変動を解析できるかという一点にかかっている。言い換えれば、組織生検検体そのものをそのまま解析することで、すなわち、TILの分離なしで解析に供することで十分な腫瘍免疫応答の情報が得られることを示せば、少量の組織であっても、貴重な情報が得られることになる。臨床サイドではその情報が、治療方針決定に重要な情報となる。
【0010】
本願発明者らは、さらなる鋭意研究の結果、腫瘍生検検体からCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞を分離することなく核酸を抽出した場合でも、同一患者の末梢血又は腫瘍所属リンパ節のCD4陽性TCRレパトアおよびCD8陽性TCRレパトアをリファレンスとして未分画腫瘍TCRレパトアのアノテーションを行ない、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞および腫瘍浸潤CD8陽性T細胞のレパトアを解析できること、治療効果が得られている個体では、腫瘍内と腫瘍所属リンパ節内との間、又は腫瘍内と末梢血との間で共通して検出されるTCR配列を有するT細胞クローンの種類及び頻度が腫瘍組織内で増加していること、また、存在頻度が0.1%以上である頻度ランキング上位の腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンが腫瘍組織内の全T細胞クローンに占める割合が上昇していることを見出し、本願発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞のT細胞受容体(TCR)レパトアの解析方法であって、
がん患者より採取された腫瘍組織検体より、T細胞の分離処理を行なわずに核酸を抽出して未分画腫瘍由来核酸試料を調製し、該核酸試料から未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーを調製する工程、
前記がん患者より採取された第2の検体より分離されたCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞から核酸を抽出して、第2の検体由来のCD4陽性T細胞核酸試料又はCD8陽性T細胞核酸試料を調製し、該核酸試料から第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーを調製する工程であって、第2の検体が末梢血検体又は腫瘍所属リンパ節組織検体である、工程、
未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリー、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーの配列を解析し、各ライブラリーの配列データを取得する工程、
前記配列データを用いて、未分画腫瘍TCRレパトア、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCRレパトアを解析し、未分画腫瘍内T細胞クローン、及び第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報をそれぞれ取得する工程、
未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合する工程、並びに
第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンと同一のTCR配列を有する未分画腫瘍内T細胞クローンを、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞クローン又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンとして同定する工程
を含む、解析方法を提供する。
【0012】
また、本発明は、がん治療処置の有効性の判定を補助する方法であって、
がん治療処置の前後でがん患者より採取された腫瘍組織検体と末梢血検体とを用いて、上記本発明の解析方法により腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトアを解析することにより、当該患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報及び末梢血CD8陽性TCRレパトア情報を取得する工程、
治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比、及び治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比を行ない、腫瘍と末梢血とに共通して検出されるTCR配列を有する重複CD8陽性T細胞クローンの種類、頻度、及び/又はクローナリティを治療処置の前後でそれぞれ調べる工程
を含み、以下のいずれかの場合に、前記治療処置が当該患者において有効であることが示される、方法を提供する。
(1) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが治療処置後に増加した場合
(2) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの腫瘍内の頻度が増加した場合
(3) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
(4) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが増加した場合
(5) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの末梢血内の頻度が増加した場合
(6) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
【0013】
さらに、本発明は、がん治療処置の有効性の判定を補助する方法であって、
がん治療処置の前後でがん患者より採取された腫瘍組織検体と末梢血検体とを用いて、上記本発明の解析方法により腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトアを解析することにより、当該患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報を取得する工程、
治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と、治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報から、存在頻度が0.1%以上である頻度ランキング上位の腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンが腫瘍組織内の全T細胞クローンに占める割合を治療処置の前後でそれぞれ算出する工程、
を含み、治療処置後に前記割合が上昇した場合に、前記治療処置が当該患者において有効であることが示される、方法を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、腫瘍組織検体からT細胞を分離回収する処理をすることなく、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞および腫瘍浸潤CD8陽性T細胞のTCRレパトアを解析することが可能となる。これにより、原発がんや転移がんの病巣が小さく、従来のTCRレパトア解析に必要とされるほどの量の組織検体を採取できない場合であっても、微量の組織検体を用いて腫瘍浸潤T細胞のTCRレパトアを解析し、がんの治療処置の有効性を判定するための情報を得ることが可能になる。治療効果を早期に判断可能になることで、医療資源の浪費を抑制するとともに、ある治療に不応であった患者に別の治療法を受ける機会を早期に提供することができる。また、治療効果が得られていることを確認できることにより、患者が受けている治療処置を継続するという方針を積極的に選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】未分画腫瘍組織検体からのTCR可変領域ライブラリーの調製方法の概略である。
図2】実施例で得られたTCR可変領域ライブラリーのシークエンス情報からの機能的TCR配列の抽出の概略である。
図3】マウス黒色細胞腫モデルにおけるTCRレパトアの解析結果の一例である。(A) マウス黒色細胞株B16F10を用いて皮下腫瘍モデルを作製した。腫瘍接種後5日目および9日目に抗CD4抗体を投与し、13日目に末梢血、腫瘍所属リンパ節、腫瘍からそれぞれ細胞懸濁液を調製した。セルソーターにより純化したCD8+ T細胞またはCD44hi CD8+ T細胞について、TCRレパトア解析を行った。(B) フローサイトメトリーによる細胞数の解析とTCRシーケンスによるレパトア構造(クローナリティー、検出クローン数)の解析結果である。
図4】マウス黒色細胞腫モデルにおける臓器間重複クローンの解析結果の一例である。マウス黒色細胞株B16F10皮下腫瘍モデルにおける腫瘍-リンパ節間重複クローンを、未治療群(Cont)および抗CD4抗体群(αCD4)で比較した。(A) 腫瘍およびリンパ節における重複クローンの頻度を示すクローン追跡図。(B) 重複クローンの総数。(C) リンパ節および腫瘍における重複クローンの頻度。(D) 各重複クローンの腫瘍内での頻度とクローンの順位をプロットしたクローン分布プロット。
図5】腫瘍生検ライブラリーで検出された11,545個のクローンの配列を、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーで検出されたクローンの配列情報と照合した結果である。腫瘍内で検出されたクローンのうち25%程度が末梢血CD4またはCD8のいずれかのライブラリーと重複することが明らかになった。
図6】腫瘍生検ライブラリーで検出された11,545個のクローンの配列を、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーで検出されたクローンの配列情報と照合し、CD4またはCD8と同定されたクローンの割合を腫瘍内での存在頻度別にまとめたグラフである。
図7】IT1208の第I相医師主導臨床治験で得られたがん患者由来サンプルを用いて、「3.末梢血レパトア情報に基づく腫瘍レパトアのCD4/CD8への分離」の汎用性を確認した結果である。腫瘍生検ライブラリーで検出されたクローンのうち頻度が上位500位以内であるクローンの配列を、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーで検出されたクローンの配列情報と照合した。CD4またはCD8と同定されクローンの割合を、腫瘍内での頻度順別に「全患者の平均±SD」で表示した。治療後の腫瘍生検サンプルのグラフは、膵臓がんを併発した1例を除く10例の平均である。
図8】IT1208の第I相医師主導臨床治験に参加したがん患者の、治療前後での腫瘍-末梢血間重複レパトア解析の一例である。腫瘍内で上位500位以上の腫瘍浸潤CD4+およびCD8+T細胞クローンのレパトアと、末梢血中のCD4+ またはCD8+ T細胞クローンのレパトアとの間で、重複するクローン数および重複クローンが腫瘍、末梢血内で占める割合を計算した。なお、上位10位以内の各クローンは色分けして示したが、同じ色が同じ配列のクローンを示しているわけではない。
図9】IT1208の第I相医師主導臨床治験に参加したがん患者の、IT1208投与前後での末梢血中の重複クローン総頻度の変化と、IT1208投与前後の腫瘍径変化率との間の相関を示すグラフである。ここでいう重複クローンは、腫瘍内上位500位以上のクローンで同定した腫瘍浸潤CD4+/CD8+T細胞クローンのレパトアと、末梢血中のCD4+/CD8+T細胞クローンのレパトアとの間で重複するクローンである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明による腫瘍浸潤T細胞レパトアの解析方法では、がん患者から採取された腫瘍組織検体と、当該がん患者から同時期に採取された第2の検体を用いる。「同時期に」とは、数日以内、典型的には同日中を意味する。第2の検体は、末梢血検体又は腫瘍所属リンパ節組織検体であり、典型的には末梢血検体である。腫瘍組織検体としては、医療機関においてがん患者より採取された腫瘍生検検体を用いればよい。腫瘍所属リンパ節組織検体についても同様である。末梢血検体は、医療機関で採血したものを用いればよい。
【0017】
がん患者は、哺乳動物であれば特に限定されないが、典型的にはヒトのがん患者である。がんの種類は特に限定されず、外科手術以外の医薬、放射線、重粒子線などによるがんの治療処置、典型的にはがん免疫療法を受けているがん患者が広く対象となる。
【0018】
本発明の解析方法では、腫瘍組織検体について、酵素消化などによる細胞懸濁液の調製とセルソーター等によるT細胞の分離処理を行なわないことを1つの特徴とする。本明細書において、そのような処理をしていない腫瘍組織検体を「未分画の腫瘍組織検体」という。第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCRレパトアをリファレンスとして未分画腫瘍のTCRレパトアをアノテーションすることにより、腫瘍組織からT細胞を分離回収することなく腫瘍浸潤T細胞のTCRレパトアを解析できる。腫瘍組織検体は、通常その大部分が腫瘍細胞であり、腫瘍に浸潤したT細胞の他、正常細胞、内皮細胞等も含まれ得る。また、腫瘍所属リンパ節組織検体には、T細胞の他、Bリンパ球、樹状細胞、マクロファージ等も含まれる。本発明の方法では、腫瘍組織検体からT細胞を分離する処理を行なわず、T細胞以外の種々の細胞も含む腫瘍組織検体から常法により核酸を抽出して核酸試料を調製し、該核酸試料を用いて腫瘍組織検体内のTCRレパトアを解析する。従って、本発明の方法では、腫瘍組織検体から抽出した核酸試料には、T細胞由来の核酸だけではなく、上記した腫瘍細胞等のT細胞以外の細胞に由来する核酸も含まれる。核酸試料は、典型的にはmRNA試料である。
【0019】
本発明による腫瘍浸潤T細胞のTCRレパトア解析では、TCRの可変領域のうち、少なくともCDR3領域を含む領域の配列を解析する。可変領域は、α鎖の可変領域でもよいし、β鎖の可変領域でもよいし、両者の可変領域でもよい。すなわち、本発明においては、α鎖可変領域の少なくともCDR3領域、β鎖可変領域の少なくともCDR3領域、あるいはこれらの両者を解析すればよい。なお、本発明において、可変領域という語は、α鎖の場合はVJ領域、β鎖の場合はVDJ領域と同じ意味を有する。解析対象とする「少なくともCDR3領域を含む領域」の好ましい具体例として、α鎖のCDR3領域、V領域、及びJ領域を含む領域、並びに/又はβ鎖のCDR3領域、V領域、D領域、及びJ領域を含む領域を挙げることができる。
【0020】
本発明の腫瘍浸潤CD4陽性又はCD8陽性T細胞のTCRレパトア解析方法では、まず、同一患者から同時期に採取された腫瘍組織検体及び第2の検体を用いて、未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリー、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーを調製する。次いで、ライブラリーのシークエンシングを行ない、各ライブラリーの配列データを取得する。これらの配列データを用いて未分画腫瘍、及び第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCRレパトアを解析し、未分画腫瘍内T細胞クローン、及び第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報を取得する。未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合し、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンと同一のTCR配列を有する未分画腫瘍内T細胞クローンを、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞クローン又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンとして同定する。以下、各工程について、適宜図を参照しながらより詳細に説明する。
【0021】
1.未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーの調製
未分画の腫瘍組織検体よりmRNA試料を調製する。total RNAを抽出してからmRNAの抽出を行ってもよいし、検体からtotal RNAの抽出を経ず直接的にmRNAを抽出してもよい。mRNAを抽出する一般的な手法の一例として、オリゴdT部分を有するmRNA捕捉用核酸を磁気ビーズ等の固相支持体(第1の支持体)上に固定化したものを用いる方法が挙げられ、本発明においても磁気ビーズを用いた方法を好ましく用いることができる。mRNA捕捉用核酸は、通常、支持体側に適当なアダプター配列(第1のアダプター)を有している。mRNAを捕捉した支持体を分離回収後、支持体上にmRNAが捕捉された状態でcDNAを逆転写させ、mRNAをRNaseで分解させた後、cDNAの3'末端にポリA配列を付加する。次いで、5'側に第2のアダプター配列を有するオリゴdTプライマーを用いて、cDNAの相補DNA鎖を合成する。本発明の方法においては、腫瘍組織検体からT細胞の分離を行わないため、該検体から抽出、調製されたmRNA試料には、T細胞で発現しているmRNAの他、腫瘍細胞等で発現しているmRNAも含まれる点、TCR以外の種々のアミノ酸配列をコードするcDNAも調製される点も、従来のTCRレパトア解析法とは異なる本発明の方法の特徴の1つとして挙げることができる。
【0022】
次いで、第1のアダプター配列からなるプライマーと第2のアダプター配列からなるプライマーのセットを用いたPCRにより、全てのcDNAを増幅する(図1、1st PCR)。アダプターに設定したプライマーのセットを用いることで、PCRバイアスが生じることなく、全てのcDNAを増幅することができる。第1の支持体は、支持体上で合成したDNA二本鎖を熱変性して解離させた後、全cDNAを増幅するPCRの前に反応系から除去してもよいし、全cDNAを増幅した後、次のTCR cDNAの増幅ステップの前に除去してもよい。なお、後述する通り、この全cDNA増幅のステップは省略可能である。
【0023】
全cDNA増幅の後、TCRのcDNAをPCRにより増幅する(図1、2nd & 3rd PCR)。解析対象がβ鎖である場合には、β鎖定常領域を標的とするプライマーと、第2のアダプター配列からなるプライマーを使用すればよい。解析対象がα鎖である場合には、β鎖定常領域を標的とするプライマーに代えて、α鎖定常領域を標的とするプライマーを用いればよい。β鎖定常領域を標的とするプライマーとα鎖定常領域を標的とするプライマーの両者を混合し、第2のアダプター配列からなるプライマーとセットで用いれば、β鎖可変領域とα鎖可変領域の両方を増幅できる。このTCR cDNAの増幅ステップは、nested PCRにより行なうことが好ましい。第2のアダプター配列からなるプライマーと組み合わせるプライマーは、nested PCRの1回目(図1でいう2nd PCR)と2回目(図1でいう3rd PCR)のいずれも、定常領域内に設定すればよい。なお、このように、一方のプライマーが1回目と2回目で同一である場合、semi-nested PCRと呼ぶことがある。このステップにおいても、アダプターに設定したプライマーと定常領域に設定したプライマーのセットを用いることで、PCRバイアスをかけることなくTCRのcDNAを増幅することができる。後のステップで配列解析対象の断片を回収する便宜のため、この増幅ステップにおける最後のPCR(図1では3rd PCR)では、定常領域を標的とするプライマーの5'末端にビオチン等の特異結合分子を結合させたものを用いることが好ましい。
【0024】
上記した全cDNA増幅のステップは省略可能である。省略する場合には、支持体上でcDNAの逆転写と相補DNA鎖の合成を行なった後、定常領域を標的とするTCR特異的プライマーと第2のアダプターに設定したプライマーを用いたPCRにより、TCRのcDNAを直接増幅する。
【0025】
TCR cDNAを増幅した後、シークエンシングのためのアダプター配列(第3及び第4のアダプター)を付加したDNA断片を調製する。リード長が300 bp程度のシークエンサーを用いる場合には、例えば、TCR cDNA断片を適当なDNA制限酵素で200 bp程度に断片化してサイズを調整し、磁気ビーズ等の支持体(第2の支持体)上に断片を捕捉し(上記した特異結合分子の結合パートナー分子を固定化した磁気ビーズ等を好ましく用いることができる)、断片の突出末端を平滑化・修飾し、第3のアダプター(図1のAdaptor P1)を付加する。次いで、第3のアダプターを標的とするプライマー(図1のP1 primer)と、DNA断片上の定常領域を標的とするプライマー(図1のA-BC-TRC primer)とを用いてPCRを行なう。後者の定常領域を標的とするプライマーは、5'末端に第4のアダプター(図1のlonA)を有する。第4のアダプターと定常領域を標的とする配列との間に、所望の配列(例えば、ライブラリーがどの組織試料に由来するかを識別するためのバーコード等)を持たせてもよい。以上により、両末端にシークエンシングのためのアダプターが付加された未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーを得ることができる。
【0026】
600 bp程度のロングリードシークエンシングが可能なシークエンサーを用いる場合であれば、CDR1~CDR3とV領域(α鎖の場合はVJ領域、β鎖の場合はVDJ領域)を含む全長TCR配列を読むことができるので、TCR cDNA断片のサイズ調整の処理は省略できる。この場合、先のステップで増幅したTCR cDNA断片を鋳型とし、第3のアダプター配列を5'末端に有するオリゴdTプライマーと、上記したTCR cDNA断片上の定常領域を標的とするプライマー(A-BC-TRC primer)を用いてPCRを行なうことで、両末端にシークエンシングのためのアダプターが付加された500~600 bp程度のサイズのDNA断片で構成される未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーを得ることができる。ロングリードシーケンスを前提にすることで、ライブラリーの断片化~アダプターのライゲーションを省略可能となり、PCR回数を大幅に(15 cycle以上)抑制できる。また、CDR1~CDR3のすべてを同定することにより、腫瘍細胞を分画せずにCD4陽性TIL及びCD8陽性TILを同定するインフォマティクス解析においても精度向上が期待できる。
【0027】
2.第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーの調製
第2の検体からCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞を分離回収し、該CD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞からmRNA試料を調製する。T細胞の分離回収方法は常法通りに行なうことができる。例えば、末梢血検体からのCD4陽性又はCD8陽性T細胞の分離は、市販のキット等を用いて容易に行なうことができる。腫瘍所属リンパ節組織検体からは、セルソーターを用いた常法によりCD4陽性又はCD8陽性T細胞を分離回収することができる。
T細胞の分離回収を行なった後は、上記した未分画腫瘍TCR可変領域ライブラリーの調製と同様にして、第2の検体のCD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞のTCR可変領域ライブラリーを調製することができる。
【0028】
3.TCR可変領域ライブラリーの配列データの取得
TCR可変領域ライブラリーのシークエンシングは、一般に次世代シークエンサーと呼ばれるシークエンサーを用いて実施すればよい。次世代シークエンサーの具体例としては、サーモフィッシャーサイエンティフィック社のIon Protonシステム、同社のIon S5/Ion S5 XLシステム、イルミナ社のMiSeqシステム等が挙げられる。
【0029】
4.機能的TCR配列の抽出
シークエンシングにより得られた全リードより、機能的なTCR配列を有するリードを抽出する。抽出方法は特に限定されないが、例えば次のようにして抽出することができる。まず、全リードを公知のTCRデータベース(例えばIMGT library (http://www.imgt.org/)など)と照合し、配列の同一性からTCR配列を有すると考えられるリードをTCR配列検出リードとして抽出する。次いで、TCR配列検出リードを解析し、可変領域の配列(β鎖の場合はVDJ配列、α鎖の場合はVJ配列)を同定できたリードを可変領域同定リードとして抽出する。この解析は、MiXCR (https://milaboratory.com/software/mixcr/)を用いて実施できる。次いで、可変領域同定リードの中から、終止コドンを含まないリードを機能的TCR配列同定リードとして抽出する。
【0030】
5.レパトア解析によるT細胞クローンの配列情報の取得
抽出した機能的TCR配列同定リードの配列情報を用いて、レパトア構造(クローンの種類、各クローンの存在頻度)を解析し、未分画腫瘍内T細胞クローン、及び第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報を取得する。この解析は、種々の公知の解析ソフトを用いて実施できる。
【0031】
6.T細胞クローンの配列情報の照合による腫瘍浸潤T細胞クローンの同定
未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合する。未分画腫瘍内T細胞クローンのうちの一部は、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンと同一のTCR配列を有する。この同一のTCR配列を有するクローンを、腫瘍浸潤CD4陽性T細胞クローン又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンとして同定する。このように、第2の検体のCD4陽性又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報をリファレンスとして用いて、未分画腫瘍内T細胞クローンの中から腫瘍浸潤CD4陽性T細胞クローン又は腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンを同定することができる。
【0032】
この工程においては、未分画腫瘍内T細胞クローンの配列情報の全てを利用してもよいし、あるいは所望により、頻度が上位数百位以内(例えば、上位300位以内~上位900位以内、上位400位以内~上位900位以内、上位400位以内~上位800位以内、又は上位400位以内~上位700位以内)のクローンの配列情報を、第2の検体中のCD4陽性T細胞クローン又はCD8陽性T細胞クローンの配列情報と照合してもよい。
【0033】
本発明の腫瘍浸潤T細胞のTCRレパトア解析方法によれば、微量の腫瘍組織検体しか得られない場合でも腫瘍浸潤TCRレパトア情報を得ることができるので、がん患者が受けているがん治療処置が有効であるかどうかを判定するための情報を得ることができる。本発明の腫瘍浸潤TCRレパトア解析方法を用いたがん治療処置の有効性判定方法には、2つの態様がある。いずれの態様でも、第2の検体として末梢血検体を用いる。
【0034】
第1の態様では、がん患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報及び末梢血CD8陽性TCRレパトア情報を取得し、治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比、及び治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と末梢血CD8陽性TCRレパトア情報との対比を行ない、腫瘍と末梢血とに共通して検出されるTCR配列を有する重複CD8陽性T細胞クローンの種類、頻度、及び/又はクローナリティを治療処置の前後でそれぞれ調べる。つまり、治療処置前の当該がん患者の重複CD8陽性T細胞クローン、及び治療処置後の当該がん患者の重複CD8陽性T細胞クローンについての情報を得る。これらの情報を得るための解析自体は、種々の公知の解析ソフトを用いて実施できる。
【0035】
がん治療処置の有効性判定方法においては、治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報は、未分画腫瘍のT細胞クローンのうちで頻度が上位数百位程度以内(例えば、上位300位以内~上位900位以内、上位400位以内~上位900位以内、上位400位以内~上位800位以内、又は上位400位以内~上位700位以内)のクローンに絞ってアノテーションを行なって得たものであってもよい。
【0036】
有効性判定方法の第1の態様においては、以下のいずれかの場合に、当該がん患者が受けているがん治療処置が当該患者において有効であることが示される。
(1) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが治療処置後に増加した場合
(2) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの腫瘍内の頻度が増加した場合
(3) 腫瘍内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
(4) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンのクローナリティが増加した場合
(5) 前記重複CD8陽性T細胞のうち、治療処置の前後で共通して検出される重複CD8陽性T細胞クローンの末梢血内の頻度が増加した場合
(6) 末梢血内の前記重複CD8陽性T細胞クローンの種類及び頻度が増加した場合
【0037】
有効性判定方法の第2の態様では、がん患者の治療処置前後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報及び末梢血CD8陽性TCRレパトア情報を取得する。次いで、治療処置前の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報と、治療処置後の腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトア情報から、存在頻度が0.1%以上である頻度ランキング上位の腫瘍浸潤CD8陽性T細胞クローンが腫瘍組織内の全T細胞クローンに占める割合を治療処置の前後でそれぞれ算出する。
第2の態様においては、治療処置後に上記割合が上昇した場合に、当該がん患者が受けているがん治療処置が当該患者において有効であることが示される。
【0038】
いずれの態様でも、腫瘍浸潤CD8陽性TCRレパトアの解析に加えて、同じ検体を用いて治療処置前後の腫瘍浸潤CD4陽性TCRレパトアを解析してもよい。一時的にCD4陽性細胞を枯渇させる治療処置(細胞傷害活性を有する抗CD4抗体の投与、又は、細胞毒成分が結合された、抗CD4抗体若しくはその抗原結合性断片の投与;マウス及びサルにおける前臨床データの結果によると、末梢血や腫瘍においてCD4陽性細胞が完全に除去された状態に維持できる期間は1週間~3週間、長くても1か月程度と一時的であるため、これらの薬剤による治療処置の場合にも治療処置前後でのCD4陽性T細胞レパトアの比較は可能である)や、その他のがん治療処置の前後での腫瘍浸潤CD4陽性T細胞レパトアの変動も、治療効果判定において補助的に有用な情報となり得る。
【0039】
がん治療処置前後の検体の取得時期は、少なくとも1回の治療処置を受ける前と後であればよい。例えば、当該がん患者が初めてその治療処置を受ける前の検体と、一定期間その治療処置を受けた後の検体のセットでもよいし、一定期間その治療処置を受けている間のいずれか異なる時期に採取された検体のセットでもよい。治療期間中に複数回検体を採取して解析を行ない、治療処置の有効性を経時的にモニターしてもよい。
【0040】
本発明において、有効性を判定する対象となるがんの治療処置は、典型的にはがん免疫療法である。がん免疫療法は特に限定されない。具体例として、免疫チェックポイント制御剤の投与、高い細胞傷害活性を有する抗CD4抗体の投与、細胞毒成分を結合させた抗CD4抗体若しくはその抗原結合性断片の投与、TIL療法、LAK療法、CTL療法、及びCAR-T療法を挙げることができるが、これらに限定されない。がん免疫療法以外のがんの治療処置としては、低分子抗がん剤の投与、放射線照射、重粒子線照射等が挙げられる。本発明の方法におけるがん患者は、上記に例示したがん免疫療法を包含するがんの治療処置のうちのいずれか1つを単独で受けている患者であってもよいし、2以上を組み合わせて受けている患者であってもよい。
【0041】
「免疫チェックポイント制御剤」とは、免疫チェックポイント分子の機能を制御することでT細胞の活性化を促進する物質をいい、抑制性の免疫チェックポイント分子に対するアンタゴニスト、及び共刺激性の免疫チェックポイント分子に対するアゴニストが包含される。「免疫チェックポイント分子」という語には、免疫チェックポイントとして機能する受容体とリガンドの両者が包含される。免疫チェックポイントの制御による抗がん剤は公知である。例えば、メラノーマ、肺がん、白血病、胃がん、リンパ腫、腎臓がん等を対象に、抗CTLA-4抗体や抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体等の開発が進んでいる。
【0042】
本発明において、「アンタゴニスト」という語には、受容体とリガンドとの結合による受容体の活性化を妨害する各種の物質が包含される。例えば、受容体に結合して受容体-リガンド間の結合を妨害する物質、及びリガンドに結合して受容体-リガンド間の結合を妨害する物質を挙げることができる。
【0043】
例えば、「抑制性の免疫チェックポイント分子に対するアンタゴニスト」は、抑制性の免疫チェックポイント分子(抑制性の受容体又は該受容体のリガンド)と結合するアンタゴニスト性抗体、抑制性の免疫チェックポイントリガンドに基づいて設計された、受容体を活性化しない可溶性のポリペプチド、又は該ポリペプチドを発現可能なベクター等であり得る。対象となる抑制性の免疫チェックポイント分子として、受容体としてはPD-1、CTLA-4、LAG-3、TIM-3、BTLA等を挙げることができ、リガンドとしてはPD-L1(PD-1のリガンド)、PD-L2(PD-1のリガンド)、GAL9(TIM-3のリガンド)、HVEM(BTLAのリガンド)等を挙げることができる。抗体の製造方法、化学合成又は遺伝子工学的手法によるポリペプチドの製造方法は、この分野で周知の常法であり、当業者であれば上記のような抑制性の免疫チェックポイント分子に対するアンタゴニストを常法により調製することができる。
【0044】
「共刺激性の免疫チェックポイント分子に対するアゴニスト」は、共刺激性の免疫チェックポイント受容体と結合する、アゴニスト活性を有する抗体、共刺激性の免疫チェックポイントリガンドに基づいて設計された、受容体を活性化する作用を有する可溶性のポリペプチド、又は該ポリペプチドを発現可能なベクター等であり得る。対象となる共刺激性の免疫チェックポイント分子として、受容体としてはCD137、OX40、GITR等を挙げることができ、リガンドとしてはCD137L(CD137のリガンド)、OX40L(OX40のリガンド)、TNFSF18(GITRのリガンド)等を挙げることができる。
【0045】
免疫チェックポイント制御剤は、例えば、免疫チェックポイント分子に対する抗体であってよく、その典型的な具体例として、以下の抗体を挙げることができる。
【0046】
抑制性受容体に結合して該受容体へのリガンドの結合を阻害する抗体(抑制性の免疫チェックポイント分子に対するアンタゴニストの一例):アンタゴニスト性抗PD-1抗体、アンタゴニスト性抗CTLA-4抗体、アンタゴニスト性抗LAG-3抗体、アンタゴニスト性抗TIM-3抗体、アンタゴニスト性抗BTLA抗体等
【0047】
抑制性の免疫チェックポイント受容体に対するリガンドに結合して該リガンドの受容体への結合を阻害する抗体(抑制性の免疫チェックポイント分子に対するアンタゴニストの一例):抗PD-L1抗体、抗PD-L2抗体、抗GAL9抗体、及び抗HVEM抗体等
【0048】
共刺激性受容体に結合して下流のシグナル経路を作動させる活性を有する抗体(共刺激性の免疫チェックポイント分子に対するアゴニストの一例):アゴニスト性抗CD137抗体、アゴニスト性抗OX40抗体及びアゴニスト性抗GITR抗体等
【0049】
細胞傷害活性を有する抗CD4抗体、並びに、細胞毒成分が結合された、抗CD4抗体又はその抗原結合性断片(以下、これらをまとめて「抗CD4成分」ということがある)が、CD4を発現する腫瘍細胞を直接的に殺傷することにより血液がんに対して有効であるのみならず、固形がんに対しても有効であることが知られている(例えば、WO 2015/125652)。固形がんに対する抗CD4成分の作用機序として、担癌生体においてCD4+ 細胞を除去すると、当該癌の抗原(腫瘍抗原)に特異的なCD8+ T細胞が増殖することが確認されており、抗CD4成分の投与によって免疫組織や腫瘍組織内で増殖・分化が促進され、あるいは活性が増強され、あるいは腫瘍部に動員された腫瘍抗原特異的CD8+ T細胞が抗CD4成分の抗腫瘍効果をもたらしていると考えられている。従って、抗CD4成分の投与も、「がん免疫療法」という語に包含される。ヒトがん患者に対しては、抗CD4抗体として、ヒト型キメラ抗体(ヒト抗体の重鎖及び軽鎖可変領域が非ヒト由来抗体の重鎖及び軽鎖可変領域に置き換えられたもの)、ヒト化抗体(非ヒト由来抗体のCDR領域をヒト抗体の相当する領域に移植したもの)、又はヒト抗体(非ヒト動物又はヒト細胞株を用いて製造される、ヒトの体内で産生されるものと同じ抗体)が用いられる。
【0050】
「細胞傷害活性」は、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC活性)と補体依存性細胞傷害活性(CDC活性)のいずれであってもよい。CD4陽性細胞に対し十分に高い殺傷能力を発揮できるレベルの高い細胞傷害活性を有する抗体であれば、固形がんに対し抗腫瘍効果を発揮できる。そのようなレベルの「高い細胞傷害活性」とは、ADCC活性の場合、公知の測定方法を用いてCD4発現細胞に対するADCC活性を測定したときに、ADCC活性を有することが知られている公知の抗CD4抗体6G5(zanolimumab)やCE9.1(keliximab)よりも高いADCC活性を有することをいう。また、CDC活性の場合、公知の測定方法を用いて、同一の補体を用いた実験系でCD4発現細胞に対するCDC活性を測定したときに、CDC活性を有することが知られている公知の抗CD4抗体OKT4よりも強いCDC活性を示すことをいう。「高い細胞傷害活性を有する抗CD4抗体」は、「枯渇性抗CD4抗体(depleting anti-CD4 antibody)」と言い換えることができる。
【0051】
高い細胞傷害活性を有する抗CD4抗体は公知であり、上掲のWO 2015/125652に記載されている他、例えばWO 2010/074266には、従来の抗CD4抗体よりもADCC活性が高められた抗CD4抗体が記載されている。そのような高い細胞傷害活性を有する抗CD4抗体は、公知の手法により作出したモノクローナル抗CD4抗体又は既に確立されている公知の抗CD4抗体から、この分野で公知の手法(例えば、Yamane-Ohnuki N, Satoh M, Production of therapeutic antibodies with controlled fucosylation, MAbs 2009; 1: 230-236.に記載のポテリジェント(登録商標)技術、Natsume A, In M, Takamura H, et al. Engineered antibodies of IgG1/IgG3 mixed isotype with enhanced cytotoxic activities, Cancer Res. 2008; 68: 3863-3872.に記載のコンプリジェント(登録商標)技術、Natsume A, et al., Improving effector functions of antibodies for cancer treatment: Enhancing ADCC and CDC, Drug Des Devel Ther. 2009; 3: 7-16に記載のアクリタマブ(登録商標)技術など)によりその細胞傷害活性を高めることによって作出することができる。
【0052】
「細胞毒成分」とは、生細胞を破壊する活性を有する物質をいい、生物由来の毒物、化学物質、放射性物質等が包含される。細胞毒成分を結合した抗CD4抗体の場合、細胞毒成分によってCD4+ 細胞が傷害され、それにより抗がん作用が発揮されるので、該抗体は高い細胞傷害活性を有していなくてよい。
【0053】
抗原結合性断片は、もとの抗体の対応抗原に対する結合性(抗原抗体反応性)を維持している限り、いかなる抗体断片であってもよい。具体例としては、Fab、F(ab')2、scFv等を挙げることができるが、これらに限定されない。FabやF(ab')2は、周知の通り、モノクローナル抗体をパパインやペプシンのようなタンパク分解酵素で処理することにより得ることができる。scFv(single chain fragment of variable region、単鎖抗体)の作製方法も周知であり、例えば、上記の通りに作製したハイブリドーマのmRNAを抽出し、一本鎖cDNAを調製し、免疫グロブリンH鎖及びL鎖に特異的なプライマーを用いてPCRを行なって免疫グロブリンH鎖遺伝子及びL鎖遺伝子を増幅し、これらをリンカーで連結し、適切な制限酵素部位を付与してプラスミドベクターに導入し、該ベクターで大腸菌を形質転換してscFvを発現させ、これを大腸菌から回収することにより、scFvを得ることができる。
【0054】
TIL療法とは、患者から採取した腫瘍組織に存在するリンパ球(腫瘍内浸潤リンパ球)を分離、増殖させ、当該患者に投与する療法であり、がん免疫療法の1種である。
【0055】
LAK療法とは、NK細胞を中心としたリンパ球を患者から採取し、これを増殖させて当該患者に投与する療法であり、がん免疫療法の1種である。
【0056】
CTL療法とは、患者から採取したリンパ球とがん細胞を用いてリンパ球を刺激し、患者のがん細胞に特異的なCTLを増殖させて投与する療法であり、がん免疫療法の1種である。
【0057】
CAR-T(キメラ抗原受容体T細胞)療法とは、患者からT細胞を採取し、特定のがん抗原に結合する受容体(キメラ抗原受容体)を発現するようにT細胞の遺伝子を改変し、この遺伝子改変T細胞を当該患者に投与する療法であり、がん免疫療法の1種である。
【0058】
本発明の方法により、がん患者に対して現在行われているがん治療処置が有効ではないことが示された場合には、他のがん治療処置に切り替える、あるいは現在行われている処置に他のがん治療処置を組み合わせる(例えば、抗CD4成分の投与に免疫チェックポイント制御剤の投与を組み合わせる、既に両者を併用している場合には、抗CD4成分に併用する免疫チェックポイント制御剤の種類を変更する、等)、といった対応をすることにより、がんの治療効果を高める、有効ではない治療処置にかかる費用を削減する、等の効果を得ることができる。また、本発明の方法により、現在行われているがん治療処置が有効であるということが示された場合には、その治療処置を継続することを積極的に選択することができる。
【実施例
【0059】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0060】
1.TCR可変領域ライブラリーの調製
TCR VDJライブラリー調製方法の概略を図1に示す。今回はTCRβ鎖をターゲットとしてライブラリーを調製したため、図1中のTRC(T細胞受容体定常領域)はTRBCである。使用したプライマーの配列を下記表1及び表2に示す。
【0061】
末梢血サンプル及び腫瘍生検組織サンプルは、ヒトがん患者よりインフォームドコンセントを得た上で採取したものを用いた。セルソーティングにより純化したヒト末梢血CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞を細胞溶解液により溶解した後、磁気ビーズに固相化したoligo-dT-adaptor1(表1のBiotin_EcoP-dT25-adapter1)を用いてmRNAを捕捉した。腫瘍生検組織は、カラム法によりtotal RNAを調製した後、磁気ビーズに固相化したoligo-dT adaptor1を用いてmRNAを捕捉した。
【0062】
oligo-dT-adaptor1磁気ビーズに捕捉したmRNAを逆転写してcDNAを作成し、mRNAを分解した後、cDNAの3'末端にterminal deoxynucleotidyl transferase(TdT)反応によりpoly-A配列を付加し、dT-adaptor 2プライマー(表1のTagging Adaptor 2)を用いて2本鎖DNAを作製した。反応効率を高めるため、poly-A付加反応ではCoCl2を使用した(反応系内の終濃度1 mM)。
【0063】
Adaptor 1とadaptor 2プライマーセットを用いて全cDNAを増幅した後、TCRβ鎖定常領域(TCR beta constant region; TRBC)に特異的な配列を有するプライマーとadaptor 2プライマーを用いてnested PCRを行ない、TCRβ鎖VDJ領域(可変領域)を増幅した。DNA切断酵素を用いて平均鎖長を200bp程度に断片化したのち、核酸吸着性の磁気ビーズを用いて200bp程度の断片を濃縮した。末端修復酵素を用いて断片の突出末端を平滑化した後、3'末端にdAを有する二本鎖DNA断片を作製した。3'dTを有するAdaptorP1をライゲーションし、およそ200 bp程度の断片を調製した後、Ion Proton sequencer用のアダプター配列およびライブラリーの由来を識別するためのバーコード(20種類、表2参照)を付加したA-BC-TRCプライマーとP1プライマーを用いた4th PCRを行いライブラリーを作成した。
【0064】
【表1】
【0065】
【表2】
【0066】
以上のようにして、ヒトがん患者の末梢血および腫瘍から純化したCD4+ T細胞およびCD8+ T細胞、ならびに腫瘍生検組織からそれぞれ固有のバーコードを付加したTCR beta VDJライブラリーを調製し、各ライブラリーをプールした後、Ion Protonシーケンサーで配列情報を取得した。得られた配列情報は、バーコードに基づくライブラリーの由来の同定、TCRデータベースとの配列照合、VDJ配列の同定、終止コドンなどを含まない機能的な配列の抽出を行い、各ライブラリーのTCR betaレパトアを取得した(図2)。
【0067】
表3は、各TCR beta VDJライブラリーから得られたシーケンスデータよりTCR配列を抽出した結果の一例である。全リード数(70,389,160)のうち、TCR配列を持つリード数が83%、VDJを同定できクロノタイプと識別出来たリードが62.3%、終止コドンを含まない機能的な配列を持つリードが56%であった。バーコードに基づき末梢血T細胞、腫瘍浸潤T細胞、腫瘍生検ごとにシーケンス情報を分離し、同様の解析を行ったところ、腫瘍生検での抽出率が若干低いことが明らかとなった。
【0068】
【表3】
【0069】
2.末梢血レパトア情報だけでは腫瘍免疫応答情報は得られない
免疫療法によるCD8+ T細胞応答の増強がどのような形でTCRレパトアの変化に反映されるかを明らかにするため、強力に抗腫瘍CD8+ T細胞応答を増強する抗CD4抗体投与が腫瘍、腫瘍所属リンパ節、末梢血のCD8+ T細胞のTCRレパトアに及ぼす影響を解析した。
【0070】
マウス黒色細胞株B16F10をマウスに皮下移植し、皮下腫瘍モデルを作成した。腫瘍接種後5日目および9日目に抗CD4抗体(GK1.5、CDC活性によりマウス体内のCD4+ 細胞を枯渇させることができることが知られている抗体、BioXCell社製)を投与し(抗CD4抗体投与群)、13日目に末梢血、腫瘍所属リンパ節、腫瘍から細胞懸濁液を調製した(図3A)。抗CD4抗体を投与しない未治療の腫瘍接種マウスをコントロール群とした。各群n=5で実験を行なった。
【0071】
フローサイトメトリー解析の結果、抗CD4抗体投与により、腫瘍所属リンパ節および腫瘍における有意なCD8+ T細胞数の増加を認めた(図3B)。セルソーターにより純化したCD8+ T細胞またはCD44hi CD8+ T細胞について、ヒトと同様の手法(上記1.)でTCRレパトア解析を行ったところ、リンパ節CD44hi CD8+ T細胞において有意なクローナリティの増加、クローン数(多様性)の低下を認めた(図3B上段)。腫瘍組織においても、有意ではないものの同様の傾向を認めた(図3B下段)。
【0072】
腫瘍特異的なCD8+ T細胞は主に腫瘍所属リンパ節で増殖した後、末梢血循環を経て腫瘍へ浸潤する。リンパ節や末梢血で検出されたクローンの中で腫瘍と重複して検出されるクローンに注目することで、より腫瘍免疫と関連の強いCD8+ T細胞クローンの応答を捉えることができると考え、腫瘍と腫瘍所属リンパ節における重複クローンを解析した(図4A-C)。
【0073】
図4Aは、腫瘍およびリンパ節における重複クローンの頻度を示すクローン追跡図である。腫瘍と腫瘍所属リンパ節との間で重複するクローンが、腫瘍及び所属リンパ節それぞれにおいてどれくらいの割合で存在するかを示している。図4Bは、各群のマウスにおいて検出された重複クローンの種類の総数である。抗CD4抗体投与群では、重複クローンの種類および重複クローンがリンパ節、腫瘍内で占める割合が増加することが明らかになった。また、各重複クローンの腫瘍内での頻度とクローンの順位をプロットしてレパトア構造を解析したところ、抗CD4抗体投与群では未治療のコントロール群に比較し、存在頻度が中位から下位のクローンが増加していることが明らかになった(図4D)。このような重複クローンの多様性の増加は、体細胞変異による腫瘍の免疫回避にも対応しうるCD8+ T細胞レパトアの形成を示唆するものである。
【0074】
3.末梢血レパトア情報に基づく腫瘍レパトアのCD4/CD8への分離
同一のヒトがん患者の末梢血CD4+ T細胞、末梢血CD8+ T細胞のTCRレパトアの重複を照合したところ、クロノタイプの重複は0.1%以下であり、CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞はそれぞれほとんど重複のない、固有のTCRレパトアを持つことが明らかになった(図5)。次に、腫瘍生検レパトアと末梢血CD4+ T細胞、末梢血CD8+ T細胞のTCRレパトアの重複を照合したところ、腫瘍生検レパトアで検出されたクロノタイプのうち約25%が末梢血CD4+ T細胞または末梢血CD8+ T細胞由来クロノタイプのいずれかと同一の配列を持っていた(図5)。つまり、腫瘍内で検出されたクローンのうちの25%程度が、末梢血CD4+ T細胞または末梢血CD8+ T細胞のいずれかのライブラリーと重複することが明らかになった。
【0075】
さらに、腫瘍生検ライブラリーで検出された11,545種類のクローンの配列を、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーで検出されたクローンの配列情報と照合した。腫瘍内での存在頻度が0.5%以上の12種類のクローンでは100%、0.05%~0.1%の95種類のクローンでは約60%が、末梢血中のCD4+ T細胞クローンまたはCD8+ T細胞クローンと同一の配列をもっており、これらを腫瘍浸潤CD4+およびCD8+ T細胞クローンとして同定した(図6)。
【0076】
これらの結果から、末梢血CD4+ T細胞またはCD8+ T細胞のレパトア情報をもとに、未分画腫瘍生検由来TCRレパトアを擬似的にCD4+ T細胞またはCD8+ T細胞由来クロノタイプに分離できることが明らかになった。本方法は、簡便、迅速にがん免疫療法に伴う腫瘍浸潤CD4+ T細胞およびCD8+ T細胞の応答を評価できる強力な解析手法になると考えられる。
【0077】
4.ヒト型化抗CD4抗体 IT1208の第I相医師主導臨床治験で得られたがん患者由来サンプルの解析
次に、ヒト型化抗CD4抗体 IT1208の第I相医師主導臨床治験で得られた腫瘍生検サンプル、末梢血末梢血CD4+ T細胞、末梢血CD8+ T細胞を用いて、「3.末梢血レパトア情報に基づく腫瘍レパトアのCD4/CD8への分離」の汎用性を確認した。治験に参加した11名(うち1名は膵臓がんを併発)の患者由来のサンプルに関して、腫瘍生検レパトアと末梢血CD4+ T細胞、末梢血CD8+ T細胞のTCRレパトアの重複を照合したところ、腫瘍生検レパトアで検出されたクロノタイプのうち約40-89%が末梢血CD4+ T細胞または末梢血CD8+ T細胞由来クロノタイプの少なくとも一方と同一の配列を持っていた(表4)。つまり、腫瘍内で検出されたクローンのうちの40-89%が、末梢血CD4+ T細胞または末梢血CD8+ T細胞のいずれかのライブラリーと重複することが明らかになった。
【0078】
【表4】
【0079】
さらに、腫瘍生検ライブラリーで検出された上位500クローンの配列を、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーで検出されたクローンの配列情報と照合した。同一患者において、末梢血CD4+およびCD8+ T細胞のライブラリーが複数存在する場合は、それらのうちの1つ以上で検出されたT細胞クローンを、末梢血CD4+またはCD8+T細胞クローンであると定義した。その結果、腫瘍内での存在頻度が高いクローンほど末梢血中のCD4+ またはCD8+ T細胞クローンと同一の配列をもっており、これらを腫瘍浸潤CD4+およびCD8+ T細胞クローンとして同定した。上位500位以上のクローンでは約50%程度を腫瘍浸潤CD4+およびCD8+ T細胞クローンとして同定することができた(図7)。
【0080】
続いて、このようにして同定された腫瘍内で上位500位以上の腫瘍浸潤CD4+およびCD8+T細胞クローンのレパトアと、末梢血中のCD4+ またはCD8+ T細胞クローンのレパトアとの間で、重複するクローン数および重複クローンが腫瘍、末梢血内で占める割合を計算した(図8)。それらの治療前後での変化と、IT1208投与前後の腫瘍径変化率との間の相関係数を計算したところ、腫瘍と末梢血の間で重複するCD8+ T細胞クローンの総数およびそれらが末梢血内で占める割合が、腫瘍径変化率と強く相関していた。一方で、腫瘍と末梢血の間で重複するCD4+ T細胞クローンの総数およびそれらが末梢血内で占める割合と、腫瘍径変化率との間の相関は、CD8+ T細胞クローンの場合と比較して小さかった(図9)。以上の結果は、腫瘍内に高頻度で存在するクローンを上記のように腫瘍浸潤CD4+およびCD8+ T細胞クローンとして分離・同定した後に、TCRレパトアの変動を治療前後で解析することが、患者の治療効果を予測する上で重要であることを示唆するものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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