(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-11
(45)【発行日】2023-07-20
(54)【発明の名称】オートタキシン測定による神経障害性疼痛を検出する方法及び検出試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20230712BHJP
【FI】
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2019052910
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2022-03-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】矢冨 裕
(72)【発明者】
【氏名】蔵野 信
(72)【発明者】
【氏名】住谷 昌彦
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 浩二
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-111154(JP,A)
【文献】特開2017-187492(JP,A)
【文献】特開2013-014558(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0045494(US,A1)
【文献】MA Lin et al.,Evidence for De Novo Synthesis of Lysophosphatidic Acid in the Spinal Cord through Phospholipase A2 and Autotaxin in Nerve Injury-Induced Neuropathic Pain,The Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics,2010年,Vol.333, No.2,pp.540-546
【文献】KUWAJIMA Ken et al.,Lysophosphatidic acid is associated with neuropathic pain intensity in humans: An exploratory study,PLoS ONE,2018年11月08日,Vol.13, No.11,e0207310
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53,33/573,33/68,
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII),
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定することを特徴とする、神経障害性疼痛の検出を補助するための方法。
【請求項2】
神経障害性疼痛が画像所見が認められない神経障害を原因とする疼痛である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
画像所見が認められない神経障害が、帯状疱疹後神経痛、腰部癒着性くも膜炎、胸部脊髄炎、腰椎神経根障害、頸椎症性脊髄症、化学療法誘発性末梢神経障害、栄養代謝性多発神経障害、又は頚髄軟化症からなる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
神経障害性疼痛を有さない陰性と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別する、請求項1から請求項3のいずれかの1項に記載の方法。
【請求項5】
画像所見が認められる神経障害性疼痛と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別する、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の検出方法。
【請求項6】
オートタキシンを特異的に認識する抗体を用いた免疫化学的方法によりオートタキシン濃度を測定する、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、
ヒト脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定して神経障害性疼痛の検出に使用するための試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定することにより、画像診断が困難な神経障害性疼痛を検出する方法および検出試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
痛みの種類は、その原因によって大きく3種類に分類される。即ち、
1.怪我等による炎症や刺激を原因とする侵害受容性疼痛、
2.疾病を原因とし神経が障害される事による神経障害性疼痛、さらには
3.ストレス等が原因となる心因性疼痛
がある。
このうち神経障害性疼痛は、障害部分や炎症部分が表在しておらず、また原因が多岐にわたるため特定が容易ではない。脊柱管狭窄症の様に物理的な神経障害は、画像所見が認められるため、画像により確定診断が可能であるが、その一方で、帯状疱疹後神経痛、腰部癒着性くも膜炎などは画像所見が認められないため診断が困難な場合が多く、さらに心因性疼痛との弁別も困難な場合がある。ここで言う画像所見が認められる神経障害性疼痛、画像所見が認められない神経障害性疼痛を言い換えれば、それぞれ脊柱管狭窄症による神経障害性疼痛と脊柱管狭窄症によらない神経障害性疼痛と言い換える事もできる。このように画像所見が認められない神経障害性疼痛の診断は、その治療方針決定において重要だが、確度の高い検査がなく、多くの検査を繰り返し実施するため患者負担が大きいため、診断能の高い診断マーカーの開発が望まれている。
【0003】
ヒトオートタキシンは、1992年M.L.StrackeらによってA2058ヒト黒色腫細胞培養培地から細胞運動性を惹起する物質として単離された分子量約125KDaの糖蛋白質である。オートタキシンは、そのリゾホスホリパーゼD活性によりリゾホスファチジルコリンを基質としリゾホスファチジン酸(LPA)を産生する酵素であり、脳脊髄液中のオートタキシン濃度が測定可能であること(特許文献1、非特許文献1)は既に知られている。
【0004】
上記のとおりオートタキシンが脳脊髄液中に存在し、血清濃度に比較し高濃度に存在していることが明らかにされているが、その濃度変動と疼痛との関連性は明らかにされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Clin.Chim.Acta 2009;405:160-162
【文献】PLOS ONE 2018;13(11):e0207310
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまでにオートタキシンの血液中の濃度が様々な疾病により変動することが報告されているが、脳脊髄液中のオートタキシン濃度と疾患との関連性に関しては報告が少なく、神経障害性疼痛との関連性に関しては症状との関連性がない事が報告されているのみである(非特許文献2)。本発明の目的は脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定することにより、画像所見が認められない神経障害を原因とする神経障害性疼痛を検出する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、様々な疾患での脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定し、鋭意検討を重ねた結果、画像所見が認められない神経障害性疼痛患者において脳脊髄液中のオートタキシン濃度が高値を示すことを見いだし、本発明に到達した。即ち本発明は下記の発明を包含する:
【0009】
<1>ヒト脳脊髄液中のオートタキシン濃度を測定することを特徴とする、神経障害性疼痛を検出する方法。
<2>神経障害性疼痛が画像所見が認められない神経障害を原因とする疼痛である、<1>に記載の方法。
<3>画像所見が認められない神経障害が、帯状疱疹後神経痛、腰部癒着性くも膜炎、胸部脊髄炎、腰椎神経根障害、頸椎症性脊髄症、化学療法誘発性末梢神経障害、栄養代謝性多発神経障害、又は頚髄軟化症からなる、<2>に記載の方法。
<4>神経障害性疼痛を有さない陰性と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別する、<1>から<3>のいずれかの1項に記載の方法。
<5>画像所見が認められる神経障害性疼痛と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別する、<1>から<3>のいずれか1項に記載の検出方法。
<6>オートタキシンを特異的に認識する抗体を用いた免疫化学的方法により測定する、<1>から<5>のいずれか1項に記載の方法。
<7>オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有することを特徴とする、神経障害性疼痛の検出に使用するための試薬。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヒト脳脊髄液検体中のオートタキシンを測定することにより、画像所見が認められない神経障害を原因とする神経障害性疼痛を検出することが可能である。特許文献1に記載の免疫学的定量試薬を用い測定を実施すれば、検体中に含まれる内在性の測定妨害因子や競合酵素の影響を受けることなく、かつ短時間でヒトオートタキシンを定量可能であり、簡便、低コストで診断可能な画像所見が認められない神経障害を原因とする神経障害性疼痛を検出する試薬を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】患者群の脳脊髄液検体のオートタキシン濃度分布を示す。箱ひげ図の表示は典型的表記であり、具体的には中央の箱は25-75パーセンタイルと中央値を示しており、上限下限の各棒線は95パーセンタイルを示している。
【
図2】各群のオートタキシン濃度による弁別能を示すROC曲線を示す。図は上からコントロール対画像所見が認められない神経障害性疼痛、画像所見が認められる神経障害性疼痛対画像所見が認められない神経障害性疼痛、コントロールと画像所見が認められる神経障害性疼痛対画像所見が認められない神経障害性疼痛を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明においてオートタキシンを測定する方法には特に限定はないが、例えばオートタキシンを特異的に認識する抗体を用いた免疫化学的方法があげられる。抗体を用いたヒトオートタキシン定量方法は、ヒトオートタキシンを特異的に捕捉し、その結果、生成した抗体-ヒトオートタキシン複合体が検出可能な方法であれば手法を選ばない。好ましくは、イムノアッセイで汎用されている標識抗原と検体中のヒトオートタキシンの抗体に対する競合を利用した競合法、エピトープの異なる2抗体を用いてヒトオートタキシンとの3者の複合体を形成させるサンドイッチ法が簡便かつ汎用しやすい。特異性、感度、汎用性などの点から、エピトープの異なる2抗体サンドイッチ免疫測定方法が優れている。好ましくは、オートタキシンを特異的に認識する抗体を含有する神経障害性疼痛検出試薬を用いて行うことができる。このとき、例えば測定対象のオートタキシンを特異的に認識する固相化抗体と、それとは異なる部位で測定対象のオートタキシンを特異的に認識する標識化抗体とを含む試薬を用いてサンドイッチ法により行うことが好ましい。
【0013】
例えば、ヒトオートタキシン定量試薬に用いる抗ヒトオートタキシンモノクローナル抗体は、WO2008/016186記載の方法により取得可能である。具体的には、cDNAライブラリーよりクローニングしたヒトオートタキシンcDNAを用い、昆虫細胞などの蛋白質発現系を用い蛋白質発現を行う。cDNAライブラリーは、公知の方法を利用して組織からRNAを単離することにより容易に調製可能であり、また市販のものを利用してもかまわない。発現蛋白質は、ポリヒスチジンタグやc-mycタグなどを付加し発現を行えば、それらに特異的なアフィニティーカラムなどにより精製が可能である。これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0014】
抗体は上記精製抗原を動物に免疫することで取得が可能であり、例えばラットを用いる場合、精製ヒトオートタキシン抗原とフロイント完全アジュバントのエマルジョンを足底球(footpad)に免疫する。必要に応じ、精製抗原とフロイント不完全アジュバントにより繰り返し追加免疫を行ない、細胞融合の数日前に、最終免疫としてアジュバントとエマルジョン化することなく抗原のみを動物に投与する。ラットリンパ節を回収しミエローマ細胞と融合することにより、ハイブリドーマ細胞の作製が可能であり、これらの技術は充分確立されている。
【0015】
上記方法により樹立したハイブリドーマ細胞産生抗体を、必要に応じて硫酸アンモニウム沈殿により濃縮した後、プロテインAやプロテインG固相化担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、モノクローナル抗体の精製を行うことが可能である。また、精製した抗体は、ビオチンあるいはアルカリ性ホスファターゼ等の酵素により標識を施すことにより、ヒトオートタキシン2抗体サンドイッチ免疫測定系構築の検証に使用することが可能であり、これらの方法は標準的であり充分技術確立されている。
【0016】
2011年国際疼痛学会による神経障害性疼痛の定義は「体性感覚神経系の病変や疾患によって引き起こされる疼痛」とされており、末梢神経から大脳に至るまでの侵害情報伝達経路のいずれかに病変や疾患が存在する際に生じる複数の発症機序を基盤として様々な症状や徴候により構成される症候群である。本発明において、画像所見が認められない神経障害とは、例えば脊柱管狭窄症の様な物理的な狭窄や変形といった変質を伴わず、画像所見を得ることができない、あるいは得にくい神経障害をいい、特に限定されるものではないが、例えば帯状疱疹後神経痛、腰部癒着性くも膜炎、胸部脊髄炎、腰椎神経根障害、頸椎症性脊髄症、化学療法誘発性末梢神経障害、栄養代謝性多発神経障害、又は頚髄軟化症等があげられる。
【0017】
また本発明の方法によれば、神経障害性疼痛を有さない陰性と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別することができ、また画像所見が認められる神経障害性疼痛と画像所見が認められない神経障害性疼痛とを弁別することができる。
【実施例】
【0018】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に記載された例に限られるものではない。以下の実験を行うに当たっては、各施設の研究倫理委員会での承認のもと実施した。オートタキシン濃度測定は、自動免疫測定装置AIAシリーズ(東ソー社製)及び特許文献1記載のサンドイッチELISA測定法の試薬を用い実施した。
【0019】
実施例1:患者分類とオートタキシン濃度の測定
対象者は泌尿器科手術時の脊椎麻酔時に脳脊髄液を採取した患者をコントロール群、脊柱管狭窄症患者を画像所見が認められる神経障害性疼痛群(画像診断疼痛)、画像所見が認められない神経障害性疼痛群(画像診断不可疼痛)である。画像診断不可疼痛の原因疾患ならびに各群のオートタキシン濃度は表1の通りである。脳脊髄液検体はサイトスピン後の上清をサンプルとしオートタキシン濃度を測定した。平均値±標準偏差を表1に示す。また本対象者における各分類でのオートタキシン濃度の分布を
図1に示す。
【表1】
【0020】
実施例2:有意差検定
実施例1の対象3群間のオートタキシン濃度の有意差検定をMann-Whitney検定法を用い行った結果を表2に示す。検定の結果、画像診断不可疼痛患者のオートタキシン濃度は、コントロール群ならびに画像診断疼痛群のオートタキシン濃度と有意差をもって差異がある事が明らかとなった。
【表2】
【0021】
実施例3:ROC解析
実施例1の対象群において、コントロール対画像診断不可疼痛、画像診断疼痛対画像診断不可疼痛、コントロールと画像診断疼痛対画像診断不可疼痛、のROC解析を行い、曲線下面積、カットオフ値、感度、特異度、陽性適中率、陰性適中率を算出し、結果を表3に示す。本結果より画像診断不可疼痛は、コントロール群、画像診断疼痛群と高い感度、特異度をもって弁別できる事が示された。なお表中括弧内は95%信頼区間を示す。
【表3】