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特許7317303アンモニアの分解方法及びルテニウム錯体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-07-21
(45)【発行日】2023-07-31
(54)【発明の名称】アンモニアの分解方法及びルテニウム錯体
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20230724BHJP
   C01C 1/08 20060101ALI20230724BHJP
   C01C 1/00 20060101ALI20230724BHJP
【FI】
B01J31/22 M
C01C1/08
C01C1/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020503611
(86)(22)【出願日】2019-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2019007796
(87)【国際公開番号】W WO2019168094
(87)【国際公開日】2019-09-06
【審査請求日】2022-02-25
(31)【優先権主張番号】P 2018036966
(32)【優先日】2018-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、「戦略的創造研究推進事業」「再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」「分子触媒を利用した革新的アンモニア合成及び関連反応の開発」委託研究開発、産業技術強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西林 仁昭
(72)【発明者】
【氏名】中島 一成
(72)【発明者】
【氏名】戸田 広樹
(72)【発明者】
【氏名】的場 一隆
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第107601428(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0029528(US,A1)
【文献】GUSEV,D.G. et al.,Hydride, Borohydride, and Dinitrogen Pincer Complexes of Ruthenium,Organometallics,2000年,Vol.19,p.3429-3434
【文献】TANABE,Yoshiaki et al.,Catalytic Dinitrogen Fixation to Form Ammonia at Ambient Reaction Conditions Using Transition Metal,The Chemical Record,2016年,Vol.16,p.1549-1577
【文献】TANAKA,Hiromasa et al.,Interplay between Theory and Experiment for Ammonia Synthesis Catalyzed by Transition Metal Complexe,Accounts of Chemical Research,2016年,Vol.49,p.987-995
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C01C 1/00-3/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒及び塩基の存在下、酸化剤を用いてアンモニアを酸化分解するか又は電気化学的酸化条件下にてアンモニアを酸化分解して窒素とプロトンと電子を得るアンモニアの分解方法であって、
前記触媒は、2つの第1配位子と1つの第2配位子とを有するルテニウム錯体であり、前記第1配位子は、置換基を有していてもよいピリジン又はピリジン縮合環式化合物であり、前記第2配位子は、ピリジン環上に置換基を有していてもよい2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸であ
前記塩基は、ピリジン誘導体である、
アンモニアの分解方法。
【請求項2】
前記触媒は、式(A)~(C)
【化1】
(式中、Pyは、4位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいピリジン又は6位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいイソキノリンであり、Rはアルキル基、アルコキシ基、アリール基又はハロゲン原子であり、Xは1価のアニオンである)のいずれかで表されるルテニウム錯体である、
請求項1に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項3】
前記アンモニアは、系内でアンモニウム塩と塩基との反応により生成させる、
請求項1又は2に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項4】
前記触媒は、アンモニアのモル数の0.001倍以上0.1倍以下使用する、
請求項1~3のいずれか1項に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項5】
前記塩基は、2位から6位の少なくとも1つに置換基を有していてもよいピリジンである、
請求項1~3のいずれか1項に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項6】
前記塩基は、2,4,6-コリジンである、
請求項5に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項7】
前記アンモニアの酸化分解は、トリアリールアミンの一電子酸化体を含む酸化剤を用いることにより行う、
請求項1~6のいずれか1項に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項8】
前記酸化剤に含まれるアリール基は、2位及び/又は4位にアルキル基又はハロゲン原子を有するフェニル基である、
請求項7に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項9】
前記アンモニアの酸化分解は、電気化学的酸化条件により行う、
請求項1~6のいずれか1項に記載のアンモニアの分解方法。
【請求項10】
式(B)
【化2】
(式中、Pyは、4位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいピリジン又は6位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいイソキノリンであり、Rはアルキル基、アルコキシ基、アリール基又はハロゲン原子であり、Xは、1価のアニオンである)で表される、ルテニウム錯体。
【請求項11】
式(C)
【化3】
(式中、Pyは、4位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいピリジン又は6位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいイソキノリンであり、Rはアルキル基、アルコキシ基、アリール基又はハロゲン原子であり、Xは、1価のアニオンである)で表される、ルテニウム錯体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンモニアの分解方法及びルテニウム錯体に関する。
【背景技術】
【0002】
アンモニアは、取り扱いが比較的容易であり、炭素を含まず燃焼しても二酸化炭素が排出されないため、今後の炭素フリー社会に向け、エネルギーキャリアとしての利用が注目されている。エネルギーキャリアとしてのアンモニアは、コスト面や二酸化炭素の排出、エネルギー効率の観点から、従来のエネルギーと十分に競争できるポテンシャルを持っている。しかし、アンモニアをエネルギーキャリアとして実用化するためには、アンモニアを酸化的に分解して窒素分子と電子とプロトンとを取り出すアンモニアの分解反応が必要である。この種のアンモニアの分解反応としては、固体触媒であるNi-Gd系、Pt、Ru-Al系などの触媒反応の報告例がある(非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】J. Power Sources 2016, vol. 305, p72
【文献】J. Mater. Chem., 2013, vol. 1, p3216
【文献】Sci. Adv. 2017, vol.3, e1602747
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した報告例は、いずれも高温高圧又は過電圧を必要とするという問題があった。
【0005】
本発明は、上述した課題を解決するためになされたものであり、従来よりも温和な条件でアンモニアを分解して窒素分子と電子とプロトンとを取り出すことを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、ある種のルテニウム錯体を触媒として用いて塩基の存在下でアンモニアを酸化分解したところ、効率よく窒素とプロトンと電子が得られることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明のアンモニアの分解方法は、触媒及び塩基の存在下、アンモニアを酸化分解して窒素とプロトンと電子を得るアンモニアの分解方法であって、前記触媒は、2つの第1配位子と1つの第2配位子とを有するルテニウム錯体であり、前記第1配位子は、置換基を有していてもよいピリジン又はピリジン縮合環式化合物であり、前記第2配位子は、ピリジン環上に置換基を有していてもよい2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸であるものである。
【0008】
このアンモニアの分解方法によれば、従来に比べて温和な条件でアンモニアから窒素とプロトンと電子を得ることができる。
【0009】
触媒としては、例えば式(A)~(C)
【化1】
(式中、Pyは、4位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいピリジン又は6位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいイソキノリンであり、Rはアルキル基、アルコキシ基、アリール基又はハロゲン原子であり、Xは1価のアニオンである)のいずれかで表されるルテニウム錯体が挙げられる。
【0010】
式(B)のルテニウム錯体は、式(A)のルテニウム錯体を1電子酸化しアンモニアが配位したものである。式(C)のルテニウム錯体は、式(B)のルテニウム錯体の1電子酸化と脱プロトン化とを繰り返したあとに形成される窒素錯体である。式(B),(C)のルテニウム錯体は、式(A)のルテニウム錯体によるアンモニアの酸化分解において生成する中間体(新規化合物)であり、実際にはこれらも触媒として機能する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実験例28,29の電流-電位曲線のグラフ。
図2】実験例28,32の電流-電位曲線のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のアンモニアの分解方法及びルテニウム錯体の好適な実施形態を以下に示す。
【0013】
本実施形態のアンモニアの分解方法は、触媒及び塩基の存在下、アンモニアを酸化分解して窒素とプロトンと電子を得るアンモニアの分解方法(下記式参照)であって、触媒は、2つの第1配位子と1つの第2配位子とを有するルテニウム錯体であり、第1配位子は、置換基を有していてもよいピリジン又はピリジン縮合環式化合物であり、第2配位子は、ピリジン環上に置換基を有していてもよい2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸であるものである。
【化2】
【0014】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、触媒は、2つの第1配位子と1つの第2配位子とを有するルテニウム錯体である。第1配位子は、置換基を有していてもよいピリジン又はピリジン縮合環式化合物である。第1配位子としては、例えば、ピリジン、イソキノリン、キノリンなどのほか、2位から6位の少なくとも1つに置換基を有するピリジン、1位及び3位から8位の少なくとも1つに置換基を有するイソキノリン、2位から8位の少なくとも1つに置換基を有するキノリンなどが挙げられる。置換基としては、特に限定するものではないが、例えばアルキル基、アルコキシ基、アリール基、ハロゲン原子などが挙げられる。アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基及びそれらの構造異性体などの直鎖状又は分岐状のアルキル基であってもよいし、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基などの環状のアルキル基であってもよい。アルキル基は、炭素数1~12であることが好ましく、炭素数1~6であることがより好ましい。アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペントキシ基、ヘキシルオキシ基及びそれらの構造異性体などの直鎖状又は分岐状のアルコキシ基であってもよいし、シクロプロポキシ基、シクロブトキシ基、シクロペントキシ基、シクロヘキシルオキシ基などの環状のアルコキシ基であってもよい。アルコキシ基は、炭素数1~12であることが好ましく、炭素数1~6であることがより好ましい。アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基及びそれらの環上の水素原子の少なくとも1つの原子がアルキル基又はハロゲン原子で置換されたものなどが挙げられる。ハロゲン原子としては、例えばフッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子などが挙げられる。第2配位子は、ピリジン環上に置換基を有していてもよい2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸である。第2配位子としては、2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸のほか、ピリジン環の3位から5位及び3’位から5’位の少なくとも1つに置換基を有している2,2’-ビピリジル-6,6’-ジカルボン酸が挙げられる。置換基としては、特に限定するものではないが、例えばアルキル基、アルコキシ基、アリール基、ハロゲン原子などが挙げられる。これらの具体例としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。こうした触媒は、アンモニアに対して触媒量使用すればよいが、例えば、アンモニアのモル数の0.001倍以上0.1倍以下使用することが好ましく、0.002倍以上0.01倍以下使用することがより好ましい。
【0015】
触媒としては、式(A)~(C)
【化3】
(式中、Pyは、4位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいピリジン又は6位にアルキル基、アルコキシ基、アリール基若しくはハロゲン原子を有していてもよいイソキノリンであり、Rはアルキル基、アルコキシ基、アリール基又はハロゲン原子であり、Xは1価のアニオンである)のいずれかで表されるルテニウム錯体が好ましい。式中のアルキル基、アルコキシ基、アリール基、ハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。1価のアニオンとしては、例えば、ヘキサフルオロホスファートイオン、ヘキサクロロアンチモナートイオン、トリフルオロメタンスルホナートイオン、テトラフルオロボラートイオン、ホスフェートイオン、スルホナートイオン、クロリド、ブロミド、ヨージド、ヒドロキシドなどが挙げられる。このうち、式(B),(C)のルテニウム錯体は新規化合物である。
【0016】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、塩基は、アンモニアが酸化分解したときに生じるプロトンをトラップする役割を果たす。塩基としては、こうした役割を果たすものであれば特に限定するものではないが、例えばピリジン誘導体が好ましい。ピリジン誘導体としては、ピリジンのほか、2位から6位の少なくとも1つに置換基を有するピリジンが挙げられる。置換基としては、特に限定するものではないが、例えばアルキル基、ジアルキルアミノ基、アルコキシ基、アリール基、ハロゲン原子などが挙げられる。アルキル基(ジアルキルアミノ基中のアルキル基を含む)、アルコキシ基、アリール基、ハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。ピリジン誘導体の具体例として、ピリジン、2,6-ルチジン、2,4,6-コリジン、4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)などが挙げられるが、このうち2,4,6-コリジンが好ましい。なお、アンモニアを系内でアンモニウム塩と塩基との反応により生成する場合、塩基はこの反応にも用いられる。
【0017】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、アンモニアは、アンモニアガスを用いてもよいが、系内でアンモニウム塩と塩基との反応により生成させてもよい。アンモニアを定量する必要がある場合には、後者のようにアンモニアを系内で生成するのが好ましい。アンモニウム塩としては、塩基との反応によりアンモニアを定量的に生成するものであれば特に限定するものではないが、例えばアンモニウムトリフラート、アンモニウムヘキサフルオロホスファート、塩化アンモニウム、臭化アンモニウム、ヨウ化アンモニウム、アンモニウムヒドロキシド、酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウムなどが挙げられる。
【0018】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、アンモニアの酸化分解は、トリアリールアミンの一電子酸化体を含む酸化剤を用いることにより行ってもよいし、電気化学的酸化条件により行ってもよい。トリアリールアミンの一電子酸化体を含む酸化剤は、アンモニアが酸化分解したときに生じる電子をトラップする役割を果たす。こうした酸化剤の一例を式(D)に示す。式(D)中、R1,R2は、同じでも異なっていてもよく、アルキル基、ハロゲン原子又は水素原子である。アルキル基やハロゲン原子としては、既に例示したものと同じものが挙げられる。このうちR1が臭素原子でR2が水素原子であるものが好ましい。Yは1価のアニオンであり、例えば、ヘキサクロロアンチモナートイオン、ヘキサフルオロホスファートイオン、クロリド、ブロミド、ヨージド、ヒドロキシド、ホスフェートイオン、スルホナートイオン、トリフルオロメタンスルホナートイオンなどが挙げられる。
【化4】
【0019】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、アンモニアの酸化分解を溶媒中で行ってもよい。溶媒としては、特に限定するものではないが、ニトリル系溶媒、ハロゲン化炭化水素系溶媒、ケトン系溶媒、アルコール系溶媒、環状エーテル系溶媒、鎖状エーテル系溶媒、水などが挙げられる。ニトリル系溶媒としては、例えばアセトニトリルやプロピオニトリルなどが挙げられる。ハロゲン化炭化水素系溶媒としては、例えば塩化メチレンやクロロホルムなどが挙げられる。ケトン系溶媒としては、例えばアセトンやメチルエチルケトンなどが挙げられる。アルコール系溶媒としては、例えばメタノールやエタノールなどが挙げられる。環状エーテル系溶媒としては、例えばテトラヒドロフラン(THF)や1,4-ジオキサンなどが挙げられる。鎖状エーテル系溶媒としては、例えばジエチルエーテルなどが挙げられる。
【0020】
本実施形態のアンモニアの分解方法では、反応温度は、従来に比べて低温であってもアンモニアの酸化分解は進行する。例えば、常温(室温)や0℃、-20℃でも反応は進行する。反応雰囲気は、例えば、不活性雰囲気(Ar雰囲気など)でもよいし、大気でもよい。また、加圧雰囲気にする必要はなく、常圧雰囲気でよい。反応時間は、特に限定するものではないが、通常は数10分~数10時間の範囲で設定すればよい。
【0021】
本実施形態のアンモニアの分解方法において、アンモニアの酸化分解の反応機構は下記のスキームに示すように進行すると考えられる。このスキームでは、式(A)のルテニウム錯体Ru(II)を触媒として用いた場合を例示する。まず、式(A)のルテニウム錯体が1電子酸化を受けたあとアンモニアが配位し、式(B)のルテニウム錯体である[Ru(III)-NH3]が生成する。その後、1電子酸化と脱プロトン化を繰り返し、[Ru(IV)-NH2]、[Ru(V)=NH]、[Ru(VI)≡N]が順次生成する。その後、[Ru(VI)≡N]が二量化するか、Ru(V)=NH]が二量化後脱プロトン化することにより、式(C)のルテニウム錯体である[Ru(IV)=N=N=Ru(IV)]が生成する。この[Ru(IV)=N=N=Ru(IV)]の窒素がアンモニアと交換することによって[Ru(III)-NH3]に戻る。つまり、配位子交換反応によって窒素が生成すると共に新たなアンモニアが触媒反応のサイクルに導入される。
【化5】
【0022】
以上の反応機構からわかるように、式(B),(C)のルテニウム錯体は式(A)のルテニウム錯体によるアンモニアの酸化分解の過程で生成する中間体であり、これらも触媒として機能する。
【0023】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例
【0024】
以下に、本発明の実施例について説明する。なお、以下の実施例は本発明を何ら限定するものではない。
【0025】
[実験例1-25]
触媒、酸化剤、塩基を用い、アンモニアの酸化分解を試みた(表1参照)。アンモニアは、系内でNH4OTfと塩基との反応により発生させた。なお、表1の欄外に化学式を示したRu錯体(1a),(2a),(2b),(3)は、公知文献(Nat. Chem. 2012,vol. 4, p418, J. Am. Chem. Soc. 2009, vol. 31, p10397, Inorg. Chem. 2012, vol. 51, p2930, J. Am. Chem. Soc. 2006 vol. 128, p7761)を参考にして合成した。
【表1】
【0026】
実験例1では、Ru錯体(2a)0.01mmolと、アンモニウム塩としてのNH4OTf3.0mmolと、酸化剤としての[(p-BrC643+[SbCl6- (4a)0.9mmolと、塩基としての2,4,6-コリジン3.0mmolとを、5mLのアセトニトリル中、1atmのAr雰囲気下、-40℃で2時間攪拌した後、室温で4時間攪拌した。その結果、12.0当量(酸化剤基準で収率80%)の窒素が確認された。
【0027】
実験例2-4では、酸化剤として、[(p-MeC643+[SbCl6- (4b) 、[(2,4-Br2633+[SbCl6- (4c),Cp2FeOTfを検討した。その結果、いずれの酸化剤でも反応は進行したが、トリアリールアンモニウム系の酸化剤を用いた際の収率が高く、特に実験例1の酸化剤(4a)を用いた際の収率が高かった。
【0028】
実験例5-7では、塩基として、ピリジン、2,6-ルチジン,4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)を検討した。その結果、いずれの塩基でも反応は進行したが、実験例1の2,4,6-コリジンが最適であった。
【0029】
実験例8-10では、塩基の添加量として、3.9mmol,6.0mmol,2.0mmolを検討した。その結果、いずれの添加量でも反応は進行したが、実験例1の3.0mmolが最適であった。
【0030】
実験例11-15では、溶媒として、塩化メチレン、アセトン、メタノール、エタノール、THFを検討した。その結果、いずれの溶媒でも反応は進行したが、実験例1のアセトニトリルが最適であった。
【0031】
実験例16,17では、冷却温度について-20℃、0℃で検討を行った。その結果、いずれの冷却温度でも反応は進行したが、実験例1の-40℃が最適であった。これは、塩基による酸化剤の消費が低温化では抑えられるためであると考えられる。
【0032】
実験例18では、塩基なし、実験例19では、酸化剤なし、実験例20では、NH4OTfなし、実験例21では触媒なしを検討した。その結果、実験例18-21では、窒素が発生しないことを確認した。
【0033】
実験例22-24では、最適化した条件(すなわち実験例1)において触媒(1a),(2b),(3)を用いて検討を行った。その結果、実験例23のRu錯体(2b)においても効率よく窒素が発生したが、実験例1のRu錯体(2a)の方が高い活性を示した。一方、実験例22,24の触媒(1a),(3)はアンモニアの分解方法をほとんど促進しなかった。
【0034】
実験例25では、実験例1のNH4OTfの代わりにNH4PF6を用いた以外は、実験例1と同様にして反応を行った。その結果、10.8当量(収率72%)の窒素が確認された。これより、アンモニア源としてNH4PF6も十分使用可能であることがわかった。
【0035】
[実験例26]
下記式にしたがって、Ru錯体(2c)(式(B)においてPy=4-メチルピリジン、R=H、X=PF6 -)を合成した。すなわち、まず、文献(Chem. Commun. 2016, vol.52, p8619)に記載された合成例に倣い、Ru錯体(2b)を1電子酸化することでRu錯体(2e)を合成した。次に、Ru錯体(2e)(65.0mg,0.10mmol)をアンモニア-メタノール溶液(2M 2mL)中において、10分攪拌した。その後メタノール-ジエチルエーテルを用いた再結晶により、Ru錯体(2c)を結晶性固体として得た(61.0mg,収率83%)。Ru錯体(2c)のスペクトルデータは以下のとおり。
1H NMR(CD3CN):44.6(s), 4.5(br), 1.48(br)
【化6】
【0036】
実験例1において、Ru錯体(2a)の代わりにRu錯体(2c)を用いて、実験例1と同様にしてアンモニアの酸化分解を試みた。その結果を表2に示す。表2には、Ru錯体(2a),(2b)を用いた実験例1,23の結果も併せて示した。表2から明らかなように、Ru錯体(2c)はRu錯体(2a),(2b)と同程度の触媒活性があることがわかった。
【表2】
【0037】
[実験例27]
下記式にしたがって、Ru錯体(5)(式(C)においてPy=4-メチルピリジン、R=H、X=PF6 -)を合成した。すなわち、アルゴン雰囲気下、室温にて50mLシュレンク管にRu錯体(2b)(53.0mg,0.10mmol)、2,4,6-コリジン(0.13mL,1.0mmol)、アンモニウムトリフラート(146.7mg,1.0mmol)を入れ、アセトニトリル4mLを加えた。その後溶液を攪拌しながら、アセトニトリル1mLに溶かした[(p-BrC643+[SbCl6-(4a)(326.4mg,0.4mmol)を滴下し、滴下後10分間攪拌した。反応溶液に飽和NH4PF6水溶液(10mL)を加え一晩静置した。溶液をろ過し、水(10mL×3)で洗浄したのち、メタノールで抽出を行うと橙褐色溶液を得た。橙褐色溶液を減圧条件下濃縮し、THFで再度洗浄を行うことでRu錯体(5)を橙褐色固体として得た。Ru錯体(5)のスペクトルデータは以下のとおり。
ESI-TOF-MS(MeOH):m/z=1088.1(計算値1088.1)
【化7】
【0038】
[実験例28,29]
実験例28では、電気化学的酸化条件でのアンモニアの分解について知見を得るため、サイクリックボルタンメトリ(CV)測定を行った。すなわち、ガラス状炭素(Glassy Carbon)電極を作用電極とし、[nBu4N][PF6]を支持電解質として用い、アセトニトリル10mL中、Ru錯体(2a)0.01mmol(1mM)、2,4,6-コリジン6.0mmol、NH4OTf6.0mmolの存在下、スキャン速度1mV/sにてCV測定を行った。得られた電流-電位曲線のグラフを図1に示す。このグラフから、アンモニアの酸化分解における定常電流が確認された。その値は200μAであった。この定常電流はスキャン速度を半分の0.5mV/sとしても同じ値が得られた。比較例(実験例29)としてRu錯体なしの条件で同様にCV測定を行ったところ、図1に示すグラフが得られ、定常電流は観測されなかった。この結果により、アンモニアの酸化分解は電気化学的酸化条件においても進行することが確認できた。
【0039】
[実験例30,31]
ピリジンの4位にメトキシ基を有するRu錯体(2f)の合成を、文献既知の方法に従って行った(Inorg. Chem. 2013, 52, 7844)。錯体(2f)を用いて表3に示すようにアンモニアの酸化反応を行った。実験例30では、アルゴン雰囲気下、-40℃において、50mLシュレンクに[(p-BrC643+[SbCl6-(4a)(1.80mmol)、アンモニウムトリフラート(6.0 mmol)及びアセトニトリル(4.5mL)を加えた後、2,4,6-コリジン(6.0mmol)を加えた。その後、アセトニトリル(0.5mL)に溶かした錯体(2f)(0.005mmol)を加え、室温にて1.5時間攪拌を行った。その結果、窒素が酸化剤あたり87%の収率で得られた。また、実験例31では、-40℃において2時間撹拌した後、室温下で4時間撹拌を行い、反応させたところ、窒素の発生量が酸化剤あたり89%の収率となった。
【表3】
【0040】
[実験例32]
Ru錯体(2a)のイソキノリン環の6位にフルオロ基を有するRu錯体(2g)を文献既知の方法に従って行った(Chem. Commun. 2014, 50, 12947)。錯体(2g)を用いて電気化学的酸化条件下でのアンモニア酸化分解を実験例28と同様にして行った。その結果、図2に示すように、錯体(2g)を用いた場合でも錯体(2a)を用いた際と同様に触媒反応における定常電流を確認し、触媒反応の進行を確認した。その触媒電流の値は、543μAであった。
【0041】
[実験例33,34]
アンモニア源としてアンモニアを用いて触媒反応を行った。実験例33では、アルゴン雰囲気下、-40℃において、50mLシュレンクに[(p-BrC[SbCl(4a)(0.90mmol)、アンモニア(3.0mmol)及びアセトニトリル(4.5mL)を加えた後、アセトニトリル(0.5mL)に溶かした錯体2a(0.005mmol)を加え、-40℃において2時間撹拌した後、室温下で4時間撹拌を行い、反応させた。その結果、窒素が酸化剤あたり73%の収率で確認された。また、実験例34では、この反応条件において、2,4,6-コリジン(6.0mmol)を加え反応を行ったところ、窒素が酸化剤あたり93%確認された。
【表4】
【0042】
なお、実験例1-17,23,25-28,30-34が本発明の実施例に相当し、実験例18-22,24,29が比較例に相当する。
【0043】
本出願は、2018年3月1日に出願された日本国特許出願第2018-36966号を優先権主張の基礎としており、引用によりその内容の全てが本明細書に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明は、アンモニアの分解に利用可能である。
図1
図2