(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-21
(45)【発行日】2023-09-29
(54)【発明の名称】イジングモデルの計算装置
(51)【国際特許分類】
G06N 99/00 20190101AFI20230922BHJP
G06E 3/00 20060101ALI20230922BHJP
G02F 3/00 20060101ALI20230922BHJP
G02F 1/39 20060101ALI20230922BHJP
【FI】
G06N99/00 180
G06E3/00
G02F3/00 501
G02F1/39
(21)【出願番号】P 2022511161
(86)(22)【出願日】2021-04-02
(86)【国際出願番号】 JP2021014330
(87)【国際公開番号】W WO2021201279
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-08-22
(31)【優先権主張番号】P 2020066491
(32)【優先日】2020-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人 科学技術振興機構、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「大規模時分割多重光パラメトリック発振器」受託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504202472
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人情報・システム研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武居 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 卓弘
(72)【発明者】
【氏名】本庄 利守
(72)【発明者】
【氏名】稲葉 謙介
(72)【発明者】
【氏名】宇都宮 聖子
(72)【発明者】
【氏名】玉手 修平
【審査官】稲葉 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-38300(JP,A)
【文献】国際公開第2017/047666(WO,A1)
【文献】特開2017-73106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 3/00-99/00
G06F 18/00-18/40
G06E 1/00-3/00
G02F 1/15-1/19
G02F 1/00-1/125,1/21-7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イジングモデルの複数のスピンに対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスを0またはπの位相でパラメトリック発振させる位相感応増幅器と、
前記位相感応増幅器から出力された前記複数の光パルスの位相および振幅を測定する、光パルス測定部と、
前記光パルス測定部において測定した光パルスの位相および振幅の情報を入力として、前記イジングモデルの結合係数と前記測定した光パルスとから決定される、ある光パルスに関わる相互作用に基づいて、フィードバック値を算出し、フィードバック信号を出力する、高速演算回路と、
前記高速演算回路において算出された前記フィードバック信号に基づいて、入力された前記複数の光パルスと同じ数の複数の光パルスの位相および振幅を変調することにより、前記ある光パルスに関わる相互作用を実装する変調器と、
を備え、
前記変調器は、push-pull変調器であって、マッハツェンダ干渉計の両アーム導波路に配置された2つの位相変調器を絶対値が同じで符号が異なる信号で駆動し、前記変調器の動作点を透過する光強度が最小となる点で駆動するように構成され、
前記フィードバック信号を重畳する際に、前記動作点を、印加した磁場に相当する電圧分シフトさせることにより、光共振器のDOPOと同じ波長で、かつポンプ光との初期位相差が固定されているDOPOのパルスに定数の光が注入されるように構成されていることを特徴とする、イジングモデルの計算装置。
【請求項2】
前記動作点の電圧のシフトとして、定数電圧を用いるように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項3】
前記動作点の電圧のシフトとして、あらかじめ定められた関数に従って電圧を変化するように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項4】
前記電圧の変化は、線形増加である請求項3に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項5】
i番目(iは、自然数)のDOPOにおける前記動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅c
iに比例する電圧を用いるように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項6】
i番目(iは、自然数)のDOPOにおける前記動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅の絶対値c
iに比例する電圧を用いるように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項7】
i番目(nは、自然数)のDOPOにおける前記動作点の電圧のシフトとして、Nを全パルス数、DOPO振幅をc
iとすると、
全てのパルスの測定の結果得られたDOPO振幅の絶対値の平均
【数1】
に比例する電圧を用いるように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【請求項8】
前記動作点の電圧のシフトとして、定数電圧を用いる第1の構成、
前記動作点の電圧のシフトとして、あらかじめ定められた関数に従って電圧を変化する第2の構成、
前記動作点の電圧のシフトとして、あらかじめ定められた関数に従って電圧を変化し、前記電圧の変化は、線形増加である第3の構成、
i番目(iは、自然数)のDOPOにおける前記動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅c
iに比例する電圧を用いるように構成される第4の構成、及び
i番目(iは、自然数)のDOPOにおける前記動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅の絶対値c
iに比例する電圧を用いるように構成される第5の構成のうちの複数個の構成を同時に組み合わせて下式を満たすように、動作するように構成される請求項1に記載のイジングモデルの計算装置。
【数2】
A, B, C, D, 及びEは任意の実数
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、計算機や光システムに関し、特に、組み合わせ最適化問題を解くイジングモデルの計算装置に関する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
配送ルートの最適化や無線周波数割当など、現代社会の多くの重要な問題は組合せ最適化問題であり、大規模サイズの最適化問題をできるだけ短時間で、できるだけ高精度に求めることが急務となっている。2011年にレーザーネットワークを用いてイジング問題を解く「コヒーレント・イジングマシン」が提案され、その後の縮退光パラメトリック発振器(Degenerate Optical Parametric Oscillator:以下、DOPO)ネットワーク用いた時分割多重方式の提案により、大規模化が見込めるようになった。[非特許文献1]
【0003】
DOPOパルスの位相0, πでスピン値を表現し、DOPOパルス群を測定・フィードバックにより相互作用させることで相互作用するスピン群の理論モデル(イジングモデル)の基底状態探索問題を解くコヒーレントイジングマシン(Coherent Ising Machine)が開発されている[非特許文献2]。
【0004】
このコヒーレントイジングマシンに実装されているDOPOパルス間の相互作用を表現するハミルトニアンは式(1)で表わされる。Jijはスピン間相互作用係数、
【0005】
【0006】
イジングモデルでは{1,-1}の値をとるスピン σi を、コヒーレントイジングマシンでは、正負のアナログ値をとり、その絶対値が時間発展に伴い飽和する振幅の余弦成分 ci を用いて近似的に表現する。また、演算途中のスピンを測定して、その情報をもとにスピン間相互作用を入力するための信号をFPGA(Field-Programmable Gate Array)を用いて計算し、その信号を光に乗せてフィードバックする仕組みによって、収束するまで繰り返し計算を行っている。このコヒーレントイジングマシンを用いて、最大カット問題とよばれる組合せ最適化問題の高速な解探索が可能であることが報告されている。
【0007】
DOPOを用いて式(1)の形で実装するとき、i番目(iは自然数)のDOPO振幅の時間発展は以下の式(1b)で近似的に記述される[非特許文献3]。
【0008】
【0009】
ここで、pは独立DOPOの発振閾値での値で規格化したポンプ振幅、ciはp=2における振幅値で規格化したDOPO振幅の余弦成分である。DOPOの性質として振幅の正弦成分は減衰することから無視した。
【0010】
一方で、より一般化されたイジングモデルは、式(2)のハミルトニアンで表される。
【0011】
【0012】
ここでJijはスピン間相互作用係数、σiはサイトiにおけるスピン、hiはサイトiにおける局所磁場である。式(2)の右辺第一項は、スピン間相互作用項であり、右辺第二項は、各スピンに対する磁場項である。地図の四色塗り分け問題、巡回セールスマン問題などより多種類の組合せ最適化問題を式(2)のハミルトニアンに変換して解を求められることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【文献】https://qistokyo.wordpress.com/research/coherent-ising-machine/
【文献】T. Inagaki et al., Science, 2016, Vol. 354, pp. 603-606
【文献】Z. Wang et al., Phys. Rev., 2013, A 88, 063853-1-9
【文献】A. Lucus, Frontiers in physics, 2014, vol.2, article 5, pp.1-15
【文献】W. H. Steier, IEEE J. Quant. Electron. 1967, vol.QE-3, pp.664-667
【発明の概要】
【0014】
従来のコヒーレントイジングマシンのハミルトニアン式(1)においては、式(2)左辺の第二項である各スピンに対する磁場項が無いため、地図の四色塗り分け問題、巡回セールスマン問題などの組み合わせ最適化問題が表現できない。よって、従来のコヒーレントイジングマシンで解ける問題が最大カット問題などに限られている、という課題があった。
【0015】
本開示はかかる従来の問題に鑑みなされたものであって、本開示の課題は、コヒーレントイジングマシンのフィードバック信号の生成に用いられてきたpush-pull型の光変調器の動作点を調整することにより、局所磁場(hi)に相当する役割を実装することにある。
【0016】
上述の課題を解決するために、本開示のイジングモデルの計算装置の変調器は、従来のコヒーレントイジングマシンに、磁場項を模擬した機能を追加することにより、各サイトにおける磁場を表現する項を実装することを特徴とする。具体的には従来のコヒーレントイジングマシンにおいて、push-pull型光変調器の動作点をずらすことにより、あらかじめ決まった符号の振幅を持つ光を入れる。動作点を+方向にずらしておけば、その光を注入されたDOPOは0位相で発振する傾向が強くなり、動作点をマイナス方向にずらしておけば、その逆となる。
【0017】
本開示のイジングモデルの計算装置の態様は、イジングモデルの複数のスピンに対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスを0またはπの位相でパラメトリック発振させる位相感応増幅器と、前記位相感応増幅器から出力された前記複数の光パルスの位相および振幅を測定する、光パルス測定部と、前記光パルス測定部において測定した光パルスの位相および振幅の情報を入力として、前記イジングモデルの結合係数と前記測定した光パルスとから決定される、ある光パルスに関わる相互作用に基づいて、フィードバック値を算出し、フィードバック信号を出力する、高速演算回路と、前記高速演算回路において算出された前記フィードバック信号に基づいて、入力された前記複数の光パルスと同じ数の複数の光パルスの位相および振幅を変調することにより、前記ある光パルスに関わる相互作用を実装する変調器と、を備え、前記変調器は、push-pull変調器であって、マッハツェンダ干渉計の両アーム導波路に配置された2つの位相変調器を絶対値が同じで符号が異なる信号で駆動し、前記変調器の動作点を透過する光強度が最小となる点で駆動するように構成され、前記フィードバック信号を重畳する際に、前記動作点を、印加した磁場に相当する電圧分シフトさせることにより、光共振器のDOPOと同じ波長で、かつポンプ光との初期位相差が固定されているDOPOのパルスに定数の光が注入されるように構成されていることを特徴とする。
【0018】
本開示によって、コヒーレントイジングマシンにおいて、光変調器の動作点を調整することにより、局所磁場項を実装して、磁場項を含む一般的なイジングモデルを表現できるようにして、多様な組み合わせ最適化問題の解が求められるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施例にかかるイジングモデルの計算装置の構成を示す図である。
【
図3】光変調器への印加電圧と、光変調器の透過率との関係を示す図である。
【
図4】(a)地図の4色塗り分け問題の解法を示す図である。(b)地図の4色塗り分け問題の解法を示す図である。
【
図5】本発明の実施例にかかる実験結果(地図の4色塗り分け問題)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本開示の光変調器を備えたイジングモデルの計算装置の形態は、実施例及び図面を用いて詳細に説明される。但し、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定されず、本明細書等において開示する発明の趣旨から逸脱することなく形態および詳細を様々に変更し得ることは当業者にとって自明である。
【0021】
以下に、コヒーレントイジングマシンが説明される。
【0022】
縮退光パラメトリック発振器DOPOとは、(ある位相基準に対して)位相0またはπのいずれかでしか発振しないレーザである。コヒーレントイジングマシンとは、DOPO間の光の相互注入による同期現象を利用するものである。おなじ波長で発振するDOPO1とDOPO2の2つのDOPOがあるとする。DOPO1の光を、位相差0でDOPO2に注入すると、光の注入同期現象によりDOPO2はDOPO1と同位相で発振しようとする。光を位相差πでDOPO2に注入すると、逆位相(位相差π)でDOPO2は発振しようとする。コヒーレントイジングマシンでは、このような光の注入同期現象を用いてスピン間の相互作用を模擬している。
【0023】
本発明の実施形態のコヒーレントイジングマシンは、上述したスピン間の相互作用を模擬することに加え、磁場項を模擬することにより、上述した式(2)で表されるイジングモデルを実装する。上述した従来のコヒーレントイジングマシンでは、問題としてDOPOの間の関係性(すなわち、この2つのDOPOの位相は揃った方が良いとか、逆の方が良いとか)が与えられ、その関係性(複数ある)をもっともよく満たすDOPOの位相の組み合せを求めるものである。すなわち、DOPO間の位相関係に注目し、各DOPOがどちらの位相になるかということに対する条件は無い。これに対し、本実施形態は、各DOPOに模擬的に局所磁場をかける。換言すれば、「磁場をかける」とは、各DOPOに対して「どちらかというと0位相で発振せよ」、又は「どちらかというとπ位相で発振せよ」という条件を加えることに相当し、具体的には、各DOPOに対し、位相基準に対して「位相差0の光」、又は「位相差πの光」を注入することに相当する。これらの注入される光は相互注入の他のDOPOからのものではなく、DOPOで用いるポンプ光によるレーザを「位相基準」としたものである。
【0024】
DOPOパルスは位相感応増幅器と呼ばれる光増幅器を光共振器中に配置し、この位相感応増幅器にポンプ光を入力することで生成される。位相感応増幅器は非線形光学媒質を有して構成される。そして、位相感応増幅器は、その非線形光学媒質によって、光共振器に注入される光のうちポンプ光との初期位相差が0またはπの光をもっともよく増幅する。よって、DOPOパルスは、利得の最も高い0位相差またはπ位相差で光が発振する。
【0025】
磁場項を模擬してDOPOに条件を付加した「測定・フィードバック法」を用いることで、全てのDOPOの間に任意の相互作用項および磁場項を実装可能なコヒーレントイジグマシンが実現される。これにより、多数の頂点や辺を持つ複雑なグラフも、そのまま解くことができる。
【0026】
[実施例1]
全長1kmの長距離光ファイバーリング共振器中に、N個(Nは自然数)のDOPOの光パルス群3を一括発生させ、一部のDOPOパルスを取り出して測定,演算,変調を行ない、再び変調されたDOPOパルスを共振器に戻す「測定・フィードバック法」が採用される。
【0027】
図1は本実施形態のイジングモデルの計算装置100の概略構成を示す図である。
図1において、イジングモデルの計算装置は、リング状の光ファイバで構成された光共振器1と、光共振器1内に設けられた、位相感応増幅器2と、光共振器1から分岐された、フィードバックループの一部を構成する、光パルス測定部5と高速演算回路(FPGA)6と光変調器(変調器)8とを備えている。本実施形態のイジングモデルの計算装置では、光パルス測定部5と高速演算回路(FPGA)6と光変調器8とがフィードバックループを構成している。光共振器1は、カプラ4a, 4bを介して、フィードバックループと接続している。
【0028】
イジングモデルの計算装置100は、
図1に示すように、光共振器1として機能するリング状の光ファイバ内に設けられた位相感応増幅器(PSA:Phase Sensitive Amplifier)2に対して、ポンプ光パルス(pump)を注入することによりイジングモデルのサイト数に対応する数のDOPOの光パルス群3を生成するように構成している(2値化OPO:Optical Parametric Oscillation:0またはπ位相の光パラメトリック発振)。光共振器1内のカプラ4aを介して、DOPOの光パルス群3から分岐された光パルス3aは、光パルス測定部5で、その位相および振幅が測定される。光パルス測定部5において測定した光パルスの位相および振幅の情報を入力として、あらかじめ与えられるイジングモデルの結合係数と測定した光パルス3aとから決定される、ある光パルスに関わる相互作用に基づいて、高速演算回路(FPGA)6でフィードバック信号7が算出される。測定・フィードバック法に基づくイジングモデルの計算装置(コヒーレントイジングマシン)100では、高速演算回路(FPGA)6で計算されたフィードバック信号7を、光変調器8を用いて光共振器1中のDOPOと同じ波長で、かつポンプ光との初期位相差が固定されている光パルスに重畳して元のDOPOの光パルスに注入することで、DOPO間の結合を行う。光変調器8としては、
図2に示すようなpush-pull変調器と呼ばれる、マッハツェンダ干渉計の両アーム導波路に配置された2つの位相変調器を絶対値が同じで符号が異なる信号で駆動する光変調器[非特許文献5]を、その動作点を透過する光強度が最小となる点で駆動する。この時、入力信号が0なら透過率はゼロ、すなわち光は出ない。入力信号が+なら、入力光に対して正の符号の振幅を持つ光が出力され、-なら負の符号を持つ光が出力される。これは、入力光に対して0またはπの位相変調を行うことに相当する。なお入力信号の大きさにより、出力信号の振幅の大きさも変えることができる。
【0029】
ここで、
図3に示すように、横軸が変調器への印加電圧、縦軸が変調器の光透過率とすると、push-pull変調器の動作点を矢印方向にずらす(シフトする)ことにより、あらかじめ決まった符号の振幅を持つ光(定数の光)を光共振器のDOPOと同じ波長で、かつポンプ光との初期位相差が固定されているDOPOのパルスに入れることができる。例えば動作点を+方向にずらしておけば、その光を注入されたDOPOは0位相で発振する傾向が強くなる。動作点のシフト(磁場項)は、磁場印加後の動作点と磁場無の場合の動作点との差になる。すなわち、上述の「磁場」に相当する効果を実装することができる。
【0030】
カプラ4bを介して、変調されたDOPOの光パルス3bは、リング共振器1に注入される。以上の手順を繰り返し、N個のDOPOのパルスは、PSAに共振器1周時間時間あたりN個のポンプパルスを入力することにより、発生する。そうして、例えば、2048個のDOPOの任意のペアを結合でき、合計400万の組み合わせが得られる。
【0031】
本実施例の測定・フィードバック法を用い、4色定理に基づく地図の塗分け問題の実装法が説明される。この問題は、隣接する県同士が同じ色にならないように、各都道府県を4色で塗分ける問題である。この問題を解くためによく用いられている手法は、各都道府県に4色に対応するスピンを割り当て、4つのスピンのうちのいずれか一つだけが上向きスピンとなり、他は下向きスピンとなるような条件を入れると同時に、隣接する県同士のスピンの値は逆となるような条件を入れるものである。ここでは、赤(R),緑(G),青(B),及び黄(Y)の4色を用いるとする。このとき、各県のR,G, B, 及びYに対応するスピンを全結合し、全体にバイアス項を印加することにより、4つのスピンのうちいずれか1つが上向きになった時が最もエネルギーが下がるようにすることができる。この原理を利用して上に述べた「4つのスピンのうちのいずれか一つだけが上向きスピンとなる」、すなわち、各県の色が一色に定まるための条件を入れることができる(
図4(a))。さらに、隣接県の同色のスピン結合を反強磁性結合にすることで、隣接県が同じ色にならないための条件を入れることができる(
図4(b))。
【0032】
イジングモデルの複数のスピンに対応し、同一の発振周波数を有する複数の光パルスを0またはπの位相でパラメトリック発振させる位相感応増幅器2と、位相感応増幅器2から出力された複数の光パルスの位相および振幅を測定する、光パルス測定部5と、光パルス測定部5において測定した光パルスの位相および振幅の情報を入力として、イジングモデルの結合係数と測定した光パルスとから決定される、ある光パルスに関わる相互作用に基づいて、フィードバック値を算出し、フィードバック信号7を出力する、高速演算回路6と、高速演算回路6において算出されたフィードバック信号7に基づいて、入力された複数の光パルスと同じ数の複数の光パルスの位相および振幅を変調することにより、ある光パルスに関わる相互作用を実装する光変調器8と、を備え、光変調器8は、push-pull変調器であって、マッハツェンダ干渉計の両アーム導波路に配置された2つの位相変調器を絶対値が同じで符号が異なる信号で駆動し、光変調器8の動作点を透過する光強度が最小となる点で駆動するように構成され、フィードバック信号7を重畳する際に、動作点を、印加した磁場に相当する電圧分シフトさせることにより、光共振器のDOPOと同じ波長で、かつポンプ光との初期位相差が固定されているDOPOのパルスに定数の光が注入されるように構成されていることを特徴とする、イジングモデルの計算装置を用いることにより、測定・フィードバック法に、模擬した磁場項を入れることで、より多彩な組合せ最適化問題を実装することが可能となった。
【0033】
[実施例2]
もっとも単純な方法で、動作点をずらす方法が説明される。本実施例では、動作点の電圧のシフトとして、定数電圧を用いる。課題のなっている局所磁場hiに応じて(式(1))、定数で動作点をずらす方法である。一般的にはi番目のDOPOに対してそれぞれ違う値が割り当てられるので、決まったパターンでパルス光を変調することになる。i番目のDOPOへフィードバックするために、変調器に印加する信号は、スピン間の相互作用に相当する式(1b)の右辺第2項に定数の磁場項を加えた
【0034】
【0035】
となる。ここでcjはj番目のパルス振幅の余弦成分の測定結果、rは比例係数であり、 (2)式の右辺第1項は、測定結果を演算してフィードバックするために用いられるFPGAからの出力信号である。第2項も同様に、高速演算回路(FPGA)6から出力がされても良いし、別の波形発生器から出力された信号がFPGA出力信号と電気的に加算されても良い。
【0036】
[実施例3]
本実施例では、動作点の電圧のシフトとして、あらかじめ定められた関数に従って電圧を変化させる方法である。式(2)において、局所磁場hiが時間(DOPOの周回数)と共にあらかじめ定められた関数で変化するものである。例えば、線形増加が用いられればよい。
【0037】
【0038】
[実施例4]
本実施例では、i番目(iは、自然数)のDOPOにおける上記動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅ciに比例する電圧を用いる。
【0039】
DOPOのパルスは、計算の開始時には光パワー0の状態で始まり、位相感応増幅器2から出力される雑音光が種となって、光共振器1中を周回し、位相感応増幅器2により徐々に増幅されていくため、計算の初期状態にはパルス毎にその振幅の大きさはまちまちである。それを保証するのが実施例4~6である。もっとも単純には、測定で得られたciに比例した信号を磁場項として追加する。
【0040】
【0041】
[実施例5]
本実施例では、i番目(nは、自然数)のDOPOにおける動作点の電圧のシフトとして、i番目のパルスの測定の結果得られたDOPO振幅の絶対値ciに比例する電圧を用いる。ciの絶対値に比例する信号が磁場項として追加される。
【0042】
【0043】
[実施例6]
本実施例では、全てのパルスの測定結果の絶対値の平均値に比例する信号を磁場項として追加する。具体的には、i番目(iは、自然数)のDOPOにおける上記動作点の電圧のシフトとして、全てのパルスの測定の結果得られたDOPO振幅の絶対値の平均
【0044】
【0045】
【0046】
[実施例7]
本実施例では、式(2)~(6)及び(8)のカッコ内第2項の組合せの信号を磁場項として追加する。上述の実施例2乃至6に記載された構成うちの複数個を同時に組み合わせて式 (9)を満たすように、動作がされる。
【0047】
【0048】
なお、実施例3~7も実施例2と同様、高速演算回路(FPGA)6からフィードバック信号7が出力されても良い。また、別の波形発生器から出力された信号が高速演算回路(FPGA)6の出力信号と電気的に加算されても良い。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本開示は、組み合わせ最適化問題を解くイジングモデルの計算装置に関する技術分野に適用できる。