(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】内視鏡用架橋体、内視鏡、及び内視鏡用架橋体を形成するための組成物
(51)【国際特許分類】
A61B 1/005 20060101AFI20231024BHJP
【FI】
A61B1/005 511
(21)【出願番号】P 2021513632
(86)(22)【出願日】2020-04-06
(86)【国際出願番号】 JP2020015577
(87)【国際公開番号】W WO2020209233
(87)【国際公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2019073996
(32)【優先日】2019-04-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【氏名又は名称】赤羽 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100202898
【氏名又は名称】植松 拓己
(72)【発明者】
【氏名】中井 義博
(72)【発明者】
【氏名】川本 裕太
(72)【発明者】
【氏名】武山 慶久
(72)【発明者】
【氏名】上野 真寛
【審査官】佐藤 秀樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-013519(JP,A)
【文献】国際公開第2017/175807(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 1/00- 1/32
G02B 23/24-23/26
C08K 7/06
C08L 27/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体と、有機過酸化物と、カーボンブラックと、共架橋剤とを含有してなる組成物に、該有機過酸化物を架橋剤として架橋構造を導入してなる内視鏡用架橋体であって、
前記組成物中の前記有機過酸化物の含有量が、前記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し0.4質量部を越え2.0質量部未満であり、前記組成物中の前記共架橋剤の含有量が、前記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し3.0~5.0質量部であり、
前記架橋体中の前記繊維状炭素ナノ構造体の含有量が、前記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し1.0質量部以上1.5質量部未満であり、前記架橋体中の前記カーボンブラックの含有量が、前記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し3質量部以上10質量部以下であり、前記架橋体が、JIS K 6253-3:2012に準拠して測定される、23℃におけるデュロメータタイプA硬度が60A~75Aであり、
前記含フッ素エラストマーが、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとテトラフルオロエチレンと加硫サイトモノマーとからなる四元共重合体、及びテトラフルオロエチレンとプロピレンとからなる二元共重合体から選ばれ、
前記繊維状炭素ナノ構造体が、平均直径2nm以上10nm以下であり、平均直径(Av)に対する、直径の標準偏差(σ)に3を乗じた値(3σ)の比(3σ/Av)が0.25超0.60未満であり、吸着等温線から得られる、前記繊維状炭素ナノ構造体のt-プロットが上に凸な形状を示し、前記t-プロットの屈曲点が、0.2nm≦t≦1.5nmの範囲にあり、前記t-プロットから得られる、前記繊維状炭素ナノ構造体の全比表面積S1及び内部比表面積S2が、0.05≦S2/S1≦0.30を満たす、内視鏡用架橋体。
【請求項2】
前記架橋体中の前記カーボンブラックの含有量が、前記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し5質量部以上10質量部以下である、請求項
1に記載の内視鏡用架橋体。
【請求項3】
前記繊維状炭素ナノ構造体が、平均直径(Av)に対する、直径の標準偏差(σ)に3を乗じた値(3σ)の比(3σ/Av)が0.40超0.60未満である、請求項1
又は2に記載の内視鏡用架橋体。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の内視鏡用架橋体を用いた内視鏡。
【請求項5】
含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体と、有機過酸化物と、カーボンブラックと、共架橋剤とを含有してなる、請求項1~3のいずれか1項に記載の内視鏡用架橋体を形成するための組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡用架橋体、内視鏡、及び内視鏡用架橋体を形成するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
内視鏡は、患者の体腔内、消化管内、食道等を観察するための医療用機器である。体内に挿入して用いるため、臓器に傷をつけず、患者に痛みないし違和感を与えないものが望まれる。そのような要請から、内視鏡の挿入部(体内に挿入される構造部)を構成する可撓管には、柔らかく屈曲する金属帯片を螺旋状に巻いて形成された螺旋管が採用されている。さらに、螺旋管の周囲は柔軟な樹脂で被覆され、さらにチューブで被覆されて、食道、消化管、体腔等の内表面に刺激ないし傷を与えない工夫がなされている。
例えば特許文献1には、内視鏡に用いることができる医療用チューブが記載されている。このチューブは外表面及び内表面のいずれかが直径30nm以上200nm以下のカーボンナノチューブを高分子材料中に分散させてなる医療用複合材料で形成され、生体に対して低摩擦性で、また、カーボンナノチューブが離脱しても生体内に蓄積ないし残留しにくいことが記載されている。
【0003】
内視鏡可撓管の耐久性等に対する要求は年々高度化している。
例えば、内視鏡可撓管は、体内に挿入して曲げ、回転等をさせながら繰り返し使用される。このため、内視鏡可撓管を構成するチューブ等の高分子材料には、曲率の大きい曲げに付すことのできる柔軟性とともに元の直線状に戻ろうとする適度の反発力を併せ持つこと、また、繰り返し曲げに付されても破断しにくい特性を有することが求められる。
また内視鏡可撓管は、使用の度に薬品を用いて繰り返し消毒される。特に気管支等の感染可能性の高い部位に挿入する場合には、消毒を越える滅菌レベルの清浄性が求められる。したがって、内視鏡可撓管を構成するチューブ等の高分子材料には、使用の度に付される過酸化水素プラズマ等による滅菌処理にも耐える高度な耐久性が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、上記医療用チューブを曲率半径30mmの曲げに付すことができることが記載されている。しかし、本発明者らの検討により、特許文献1記載の医療用チューブは、内視鏡可撓管の構成部材として用いた場合、曲げ動作を繰り返すと破断しやすい傾向にあることがわかってきた。また、上記医療用チューブは滅菌処理に対しても十分な耐久性を実現するには至っていない。
【0006】
本発明は、内視鏡の構成部材として十分な柔軟性を有し、引裂強度にも優れ、また、曲げ動作を繰り返しても破断しにくく、さらに滅菌耐久性にも優れる、内視鏡用チューブ(外皮)の構成材料として好適な架橋体、この架橋体を用いた内視鏡及びこの架橋体の形成に好適な組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記特性を実現する内視鏡用チューブについて検討を重ねた結果、含フッ素エラストマーに単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体を所定量含有させ、これに架橋構造を導入して得られる架橋体の硬度を所定の範囲の値にすることにより、上記課題を解決できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づきさらに検討を重ね、完成させるに至ったものである。
【0008】
本発明の上記課題は下記の手段により解決された。
<1>
含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体とを含有する内視鏡用架橋体であって、
上記架橋体中の上記繊維状炭素ナノ構造体の含有量が、上記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し0.1質量部以上2.0質量部未満であり、JIS K 6253-3:2012に準拠して測定される、23℃におけるデュロメータタイプA硬度が75A以下である、内視鏡用架橋体。
<2>
吸着等温線から得られる、上記繊維状炭素ナノ構造体のt-プロットが上に凸な形状を示す、<1>に記載の内視鏡用架橋体。
<3>
上記t-プロットの屈曲点が、0.2nm≦t≦1.5nmの範囲にある、<2>に記載の内視鏡用架橋体。
<4>
上記t-プロットから得られる、上記繊維状炭素ナノ構造体の全比表面積S1及び内部比表面積S2が、0.05≦S2/S1≦0.30を満たす、<2>又は<3>に記載の内視鏡用架橋体。
<5>
上記繊維状炭素ナノ構造体の平均直径が2nm以上10nm以下である、<1>~<4>のいずれか1つに記載の内視鏡用架橋体。
<6>
上記架橋体中の上記繊維状炭素ナノ構造体の含有量が、上記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し0.1質量部以上1.6質量部未満である、<1>~<5>のいずれか1つに記載の内視鏡用架橋体。
<7>
上記架橋体がカーボンブラックを含有し、上記架橋体中の上記カーボンブラックの含有量が、上記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し5質量部以上15質量部以下である、<1>~<6>のいずれか1つに記載の内視鏡用架橋体。
<8>
<1>~<7>のいずれか1つに記載の内視鏡用架橋体を用いた内視鏡。
<9>
含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体と、有機過酸化物とを含有してなる、<1>~<7>のいずれか1つに記載の内視鏡用架橋体を形成するための組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の内視鏡用架橋体は、内視鏡の構成部材として十分な柔軟性を有し、引裂強度にも優れ、また、曲げ動作を繰り返しても破断しにくく、さらに滅菌耐久性にも優れる。
本発明の内視鏡は、上記内視鏡用架橋体を有し、十分な柔軟性を有し、引裂強度にも優れ、また、曲げ動作を繰り返しても破断しにくく、さらに滅菌耐久性にも優れる。
本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物は、内視鏡用架橋体の形成に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】電子内視鏡の一実施形態の構成を示す外観図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(内視鏡用架橋体)
本発明の内視鏡用架橋体は、含フッ素エラストマーと、繊維状炭素ナノ構造体とを含有し、含フッ素エラストマーの少なくとも一部に架橋構造が導入された架橋体である。
本発明の内視鏡用架橋体中、上記繊維状炭素ナノ構造体の含有量は、上記含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し0.1質量部以上2.0質量部未満であり、JIS K 6253-3:2012に準拠して測定される上記架橋体の23℃におけるデュロメータタイプA硬度が75A以下である。なお、「含フッ素エラストマーの含有量」は、未架橋の含フッ素エラストマーが存在する場合、未架橋の含フッ素エラストマーの含有量と架橋構造を形成している含フッ素エラストマーの含有量との合計である。
【0012】
本発明の内視鏡用架橋体は、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体がネットワーク構造を形成し、また架橋体の硬度が特定の範囲にあることにより、内視鏡の構成材料として十分な柔軟性を有しながら、優れた引裂強度と耐屈曲性が実現されると考えられる。さらに、この繊維状炭素ナノ構造体はラジカル捕捉能を有し、滅菌処理等における含フッ素エラストマーの分解抑制にも効果的に寄与するものと考えられる。
【0013】
以下、本発明の内視鏡用架橋体が含有する成分及び含有してもよい成分について説明する。
【0014】
<含フッ素エラストマー>
本発明の内視鏡用架橋体に用いられる含フッ素エラストマーは、特に限定されることなく、内視鏡の構成部材として一般的に用いられるものを広く用いることができる。具体的には、含フッ素エラストマーとしては、例えば、フッ化ビニリデン系ゴム(FKM)、四フッ化エチレンプロピレン系ゴム(FEPM)、四フッ化エチレン-パーフルオロメチルビニルエーテル系ゴム(FFKM)、テトラフルオロエチレン系ゴム(TFE)などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
上述した中でも、含フッ素エラストマーとしては、フッ化ビニリデン系ゴム(FKM)、四フッ化エチレン-プロピレン系ゴム(FEPM)が好ましく、四フッ化エチレン-プロピレン系ゴム(FEPM)がより好ましい。
【0015】
フッ化ビニリデン系ゴム(FKM)は、フッ化ビニリデンを主成分とし、耐熱性、耐油性、耐薬品性、耐溶剤性、加工性などに優れるフッ素ゴムである。FKMとしては、特に限定されないが、例えば、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとからなる二元共重合体、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとテトラフルオロエチレンとからなる三元共重合体、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとテトラフルオロエチレンと加硫サイトモノマーとからなる四元共重合体などが挙げられる。市販品としては、例えば、ケマーズ社の「バイトン(登録商標)」、ダイキン工業社の「ダイエル(登録商標)G」などが挙げられる。中でもフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとテトラフルオロエチレンと加硫サイトモノマーとからなる四元共重合体が好ましい。四元共重合体は、例えば、市販品「バイトンGBL-200S」(ケマーズ社製)として入手可能である。
【0016】
四フッ化エチレン-プロピレン系ゴム(FEPM)は、テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)との交互共重合体をベースとし、耐熱性、耐薬品性、耐極性溶剤性、耐スチーム性などに優れるフッ素ゴムである。FEPMとしては、特に限定されないが、例えば、テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)とからなる二元共重合体、テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)とフッ化ビニリデン(VdF)からなる三元共重合体、テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)と架橋点モノマー(CSM)とからなる三元共重合体などが挙げられる。テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)とからなる二元共重合体の市販品としては、例えば、AGC社の「アフラス(登録商標)100」及び「アフラス150」が挙げられる。テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)とフッ化ビニリデン(VdF)からなる三元共重合体の市販品としては、例えば、AGC社の「アフラス200」が挙げられる。テトラフルオロエチレン(TFE)とプロピレン(P)と架橋点モノマー(CSM)とからなる三元共重合体の市販品としては、例えば、AGC社の「アフラス300」が挙げられる。
【0017】
<繊維状炭素ナノ構造体>
繊維状炭素ナノ構造体としては、例えば、カーボンナノチューブ(CNT)等の円筒形状の炭素ナノ構造体や、炭素の六員環ネットワークが扁平筒状に形成されてなる炭素ナノ構造体等の非円筒形状の炭素ナノ構造体が挙げられる。本発明の内視鏡用架橋体では、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体を使用する。
【0018】
本発明の内視鏡用架橋体中の繊維状炭素ナノ構造体の含有量は、含フッ素エラストマー100質量部に対し0.1質量部以上であり、0.2質量部以上であることが好ましく、0.3質量部以上であることがより好ましく、0.4質量部以上であることが更に好ましい。本発明の内視鏡用架橋体が含フッ素エラストマー100質量部に対して、繊維状炭素ナノ構造体を0.1質量部以上含有することにより、十分な引裂強度を実現することができる。
一方、本発明の内視鏡用架橋体中の繊維状炭素ナノ構造体の含有量は、含フッ素エラストマー100質量部に対し2質量部未満であり、1.8質量部未満であることが好ましく、1.6質量部未満であることが更に好ましく、1.5質量部以下であることが特に好ましい。上記含有量の上限値を2質量部未満にすることで、本発明の内視鏡用架橋体に十分な柔軟性を付与することができる。
【0019】
本発明の内視鏡用架橋体に用いられる、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、単層CNTを含むものであれば特に限定されることなく、単層CNTのみからなるものであってもよいし、単層CNTと多層CNTとの混合物であってもよいし、少なくとも単層CNTを含むCNTと、CNT以外の繊維状炭素ナノ構造体との混合物であってもよい。
本発明の内視鏡用架橋体の柔軟性と引裂強度とを向上させる観点、及び、本発明の内視鏡用架橋体を曲げ動作を繰り返してもより破断しにくくする観点からは、繊維状炭素ナノ構造体100本中の単層CNTの本数は、50本以上であることが好ましく、70本以上であることがより好ましく、90本以上であることが更に好ましい。
【0020】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、吸着等温線から得られるt-プロットが上に凸な形状を示すことが好ましい。吸着等温線から得られるt-プロットが上に凸な形状を示す繊維状炭素ナノ構造体を使用すれば、柔軟性が更に向上した成形体を形成することができる。
なお、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、CNTの開口処理が施されておらず、t-プロットが上に凸な形状を示すことがより好ましい。
【0021】
一般に、吸着とは、ガス分子が気相から固体表面に取り去られる現象であり、その原因から、物理吸着と化学吸着に分類される。t-プロットの取得に用いられる窒素ガス吸着法では、物理吸着を利用する。通常、吸着温度が一定であれば、繊維状炭素ナノ構造体に吸着する窒素ガス分子の数は、圧力が大きいほど多くなる。また、横軸に相対圧(吸着平衡状態の圧力Pと飽和蒸気圧P0の比)、縦軸に窒素ガス吸着量をプロットしたものを「等温線」といい、圧力を増加させながら窒素ガス吸着量を測定した場合を「吸着等温線」、圧力を減少させながら窒素ガス吸着量を測定した場合を「脱着等温線」という。
【0022】
t-プロットは、窒素ガス吸着法により測定された吸着等温線において、相対圧を窒素ガス吸着層の平均厚みt(nm)に変換することにより得られる。即ち、窒素ガス吸着層の平均厚みtを相対圧P/P0に対してプロットした、既知の標準等温線から、相対圧に対応する窒素ガス吸着層の平均厚みtを求めて上記変換を行うことにより、繊維状炭素ナノ構造体のt-プロットが得られる(de Boerらによるt-プロット法)。
【0023】
表面に細孔を有する試料では、窒素ガス吸着層の成長は、次の(1)~(3)の過程に分類される。そして、下記の(1)~(3)の過程によって、t-プロットの傾きに変化が生じる。
(1)全表面への窒素分子の単分子吸着層形成過程
(2)多分子吸着層形成とそれに伴う細孔内での毛管凝縮充填過程
(3)細孔が窒素によって満たされた見かけ上の非多孔性表面への多分子吸着層形成過程
【0024】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のt-プロットは、窒素ガス吸着層の平均厚みtが小さい領域では、原点を通る直線上にプロットが位置するのに対し、tが大きくなると、プロットがこの直線から下にずれた位置となり、上に凸な形状を示すことが好ましい。かかるt-プロットの形状は、繊維状炭素ナノ構造体の全比表面積に対する内部比表面積の割合が大きく、繊維状炭素ナノ構造体を構成する炭素ナノ構造体に多数の開口が形成されていることを示しており、その結果として、このような繊維状炭素ナノ構造体を本発明の内視鏡用架橋体に用いると柔軟性を更に向上させることができると推察される。
【0025】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のt-プロットの屈曲点は、0.2nm≦t≦1.5nmを満たす範囲にあることが好ましく、0.45nm≦t≦1.5nmを満たす範囲にあることがより好ましく、0.55nm≦t≦1.0nmを満たす範囲にあることが更に好ましい。t-プロットの屈曲点の位置が上記範囲内にあると、繊維状炭素ナノ構造体の特性が更に向上するため、引裂強度及び滅菌耐久性を更に向上させることができる。
上記「屈曲点の位置」とは、t-プロットにおける、前述した(1)の過程の近似直線Aと、前述した(3)の過程の近似直線Bとの交点である。
【0026】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、t-プロットから得られる全比表面積S1に対する内部比表面積S2の比(S2/S1)が、0.05以上であることが好ましく、0.06以上であることがより好ましく、0.08以上であることが更に好ましく、0.30以下であることが好ましい。S2/S1が0.05以上0.30以下であれば、繊維状炭素ナノ構造体の特性を更に向上させることができるので、引裂強度及び滅菌耐久性を更に向上させることができる。
【0027】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の全比表面積S1及び内部比表面積S2は、特に限定されないが、個別には、S1は、600m2/g以上1400m2/g以下であることが好ましく、800m2/g以上1200m2/g以下であることが更に好ましい。一方、S2は、30m2/g以上540m2/g以下であることが好ましい。
【0028】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の全比表面積S1及び内部比表面積S2は、そのt-プロットから求めることができる。具体的には、まず、(1)の過程の近似直線の傾きから全比表面積S1を、(3)の過程の近似直線の傾きから外部比表面積S3を、それぞれ求めることができる。内部比表面積S2は、全比表面積S1から外部比表面積S3を差し引くことにより算出することができる。
【0029】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の吸着等温線の測定、t-プロットの作成、及び、t-プロットの解析に基づく全比表面積S1と内部比表面積S2との算出は、例えば、市販の測定装置である「BELSORP(登録商標)-mini」(日本ベル社製)を用いて行うことができる。
【0030】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体としては、平均直径(Av)に対する、直径の標準偏差(σ)に3を乗じた値(3σ)の比(3σ/Av)が0.20超0.60未満の繊維状炭素ナノ構造体を用いることが好ましく、3σ/Avが0.25超の繊維状炭素ナノ構造体を用いることがより好ましく、3σ/Avが0.40超の繊維状炭素ナノ構造体を用いることが更に好ましい。3σ/Avが0.20超0.60未満の単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体を使用すれば、柔軟性と引裂強度との双方が更に向上した成形体を形成することができる。
【0031】
「繊維状炭素ナノ構造体の平均直径(Av)」及び「繊維状炭素ナノ構造体の直径の標準偏差(σ:標本標準偏差)」は、それぞれ、透過型電子顕微鏡を用いて無作為に選択した繊維状炭素ナノ構造体100本の直径(外径)を測定して求めることができる。単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の平均直径(Av)及び標準偏差(σ)は、繊維状炭素ナノ構造体の製造方法や製造条件を変更することにより調整してもよいし、異なる製法で得られた繊維状炭素ナノ構造体を複数種類組み合わせることにより調整してもよい。
【0032】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、ラマンスペクトルにおけるDバンドピーク強度に対するGバンドピーク強度の比(G/D比)が1以上20以下であることが好ましい。G/D比が1以上20以下であれば、柔軟性と引裂強度との双方が更に向上した成形体を形成することができる。
【0033】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の平均直径(Av)の下限値は、0.8nm以上であることが好ましく、2nm以上であることがより好ましく、2.5nm以上であることが更に好ましい。Avの上限値は、10nm以下であることが好ましく、6nm以下であることが更に好ましい。繊維状炭素ナノ構造体の平均直径(Av)が2nm以上であれば、引裂強度が更に向上した成形体を形成することができる。また、繊維状炭素ナノ構造体の平均直径(Av)が10nm以下であれば、柔軟性が更に向上した成形体を形成することができる。
【0034】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、合成時における構造体の平均長さが100μm以上であることが好ましい。分散時に繊維状炭素ナノ構造体に破断や切断などの損傷の発生を減らすため、合成時の構造体の平均長さは5000μm以下であることが好ましい。
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のアスペクト比(長さ/直径)は、10を超えることが好ましい。繊維状炭素ナノ構造体のアスペクト比は、透過型電子顕微鏡を用いて無作為に選択した繊維状炭素ナノ構造体100本の直径及び長さを測定し、直径と長さとの比(長さ/直径)の平均値を算出することにより求めることができる。
【0035】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のBET比表面積は、600m2/g以上であることが好ましく、800m2/g以上であることが更に好ましく、2500m2/g以下であることが好ましく、1200m2/g以下であることが更に好ましい。単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のBET比表面積が600m2/g以上であれば、形成した成形体の強度を高めることができるので、引裂強度を更に向上させることができる。また、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体のBET比表面積が2500m2/g以下であれば、形成した成形体の柔軟性を維持し好適な硬さとすることができる。
本発明において、「BET比表面積」とは、BET法を用いて測定した窒素吸着比表面積を指す。
【0036】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、後述のスーパーグロース法によれば、カーボンナノチューブ成長用の触媒層を表面に有する基材上に、基材に略垂直な方向に配向した集合体(配向集合体)として得られるが、この集合体としての繊維状炭素ナノ構造体の質量密度は、0.002g/cm3以上0.2g/cm3以下であることが好ましい。質量密度が0.2g/cm3以下であれば、繊維状炭素ナノ構造体同士の結びつきが弱くなるので、含フッ素エラストマー中で繊維状炭素ナノ構造体を均質に分散させることができる。また、質量密度が0.002g/cm3以上であれば、繊維状炭素ナノ構造体の一体性を向上させ、バラけることを抑制できるため取り扱いが容易になる。
【0037】
単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、複数の微小孔を有することが好ましい。繊維状炭素ナノ構造体は、中でも、孔径が2nmよりも小さいマイクロ孔を有するのが好ましく、その存在量は、下記の方法で求めたマイクロ孔容積で、好ましくは0.40mL/g以上、より好ましくは0.43mL/g以上、更に好ましくは0.45mL/g以上であり、上限としては、通常、0.65mL/g程度である。単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体が上記のようなマイクロ孔を有することで、柔軟性を更に向上させることができる。なお、マイクロ孔容積は、例えば、繊維状炭素ナノ構造体の調製方法及び調製条件を適宜変更することで調整することができる。
【0038】
「マイクロ孔容積(Vp)」は、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体の液体窒素温度(77K)での窒素吸着等温線を測定し、相対圧P/P0=0.19における窒素吸着量をVとして、式(I):Vp=(V/22414)×(M/ρ)より、算出することができる。なお、Pは吸着平衡時の測定圧力、P0は測定時の液体窒素の飽和蒸気圧であり、式(I)中、Mは吸着質(窒素)の分子量28.010、ρは吸着質(窒素)の77Kにおける密度0.808g/cm3である。マイクロ孔容積は、例えば、「BELSORP-mini(商品名)」(日本ベル社製)を使用して求めることができる。
【0039】
上述した性状を有する単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体は、例えば、カーボンナノチューブ製造用の触媒層を表面に有する基材上に、原料化合物及びキャリアガスを供給して、化学的気相成長法(CVD法)によりCNTを合成する際に、系内に微量の酸化剤(触媒賦活物質)を存在させることで、触媒層の触媒活性を飛躍的に向上させるという方法(スーパーグロース法;国際公開第2006/011655号参照)において、基材表面への触媒層の形成をウェットプロセスにより行うことで、効率的に製造することができる。なお、以下では、スーパーグロース法により得られるカーボンナノチューブを「SGCNT」と称することがある。
【0040】
<カーボンブラック>
本発明の内視鏡用架橋体は、少なくとも引裂強度及び滅菌耐久性をより向上させるため、カーボンブラックを含有することが好ましい。本発明の内視鏡用架橋体中、カーボンブラックの含有量は、含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し1質量部以上25質量部以下であることが好ましく、3質量部以上20質量部以下であることがより好ましく、5質量部以上15質量部以下であることがより好ましい。
【0041】
<その他の成分>
本発明の内視鏡用架橋体は、本発明の効果を損なわない範囲内で添加剤等の成分を含有してもよい。このような成分としては、特に限定されることはなく、例えば、補強材、滑剤、老化防止剤及びカップリング剤等の添加剤が挙げられる。また、本発明の内視鏡用架橋体を調製する際に用いることができる、架橋剤、架橋助剤及び共架橋剤等由来の化合物を含有してもよい。
【0042】
補強材としては、特に限定されることなく、シリカなどを用いることができる。
【0043】
滑剤としては、特に限定されることなく、ステアリン酸ナトリウムなどを用いることができる。
【0044】
老化防止剤としては、特に限定されることなく、例えば、ジ-t-ブチル-P-クレゾール、ペンタエリスリチル-テトラキシ[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,2′メチレンビス(2-メチル-6-t-ブチルフェニル)、ビス(2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペラジル)セバケート、N,N’-ヘキサン-1,6-ジイルビス〔3-(3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオナミド〕及びビス(2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペラジル)セバケートが挙げられる。
【0045】
カップリング剤としては、特に限定されることなく、例えば、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニル-トリス-(β-メトキシエトキシ)シラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、β-(3,4-エトキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン及びN-β-(アミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシランが挙げられる。
【0046】
架橋剤としては、特に限定されることなく、本発明の内視鏡用架橋体に含まれる含フッ素エラストマーを架橋可能な既知の架橋剤を用いることができる。このような架橋剤としては、例えば、パーオキサイド系架橋剤(有機過酸化物)、ポリオール系架橋剤及びポリアミン系架橋剤が挙げられる。
【0047】
有機過酸化物は、分子内に少なくとも炭素原子と-O-O-結合とを有する、ハイドロパーオキサイド、ジアルキルパーオキサイド、パーオキシエステル、ジアシルパーオキサイドおよびパーオキシケタール等の通常用いられる有機過酸化物が挙げられる。
【0048】
具体的には、以下の有機過酸化物が挙げられる。
・ハイドロパーオキサイド:p-メンタンハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンハイドロパーオキサイド、1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド、クメンハイドロパーオキサイドおよびt-ブチルハイドロパーオキサイド等
【0049】
・ジアルキルパーオキサイド:1,3-ビス(2-t-ブチルペルオキシイソプロピル)ベンゼン、ジクミルパーオキサイド、2,5-ジメチル-2,5-ジ(t-ブチルペルオキシ)ヘキサン、t-ブチルクミルパーオキサイド、ジ-t-ヘキシルパーオキサイド、ジ-t-ブチルパーオキサイドおよび2,5-ビス(t-ブチルパーオキシ)-2,5-ジメチル-3-ヘキシン等
【0050】
・パーオキシエステル:t-ブチルパーオキシベンゾエート、t-ブチルパーオキシマレエート、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ヘキシルパーオキシベンゾエート、2,5-ビス(ベンソイルパーオキシ)-2,5-ジメチルヘキサンおよびt-ブチルパーオキシアセテート等
【0051】
・ジアシルパーオキサイド:ビス(3-メチルベンゾイル)パーオキサイド、ベンゾイル(3-メチルベンゾイル)パーオキサイド、ジベンゾイルパーオキサイドおよびビス(4-メチルベンゾイル)パーオキサイド等
【0052】
・パーオキシケタール:1,1-ビス(t-ヘキシルパーオキシ)-3,3,5-トリメチルシクロヘキサン、1,1-ビス(t-ヘキシルパーオキシ)シクロヘキサン、1,1-ビス(t-ブチルパーオキシ)-2-メチルシクロヘキサン、1,1-ビス(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキサン、2,2-ビス(t-ブチルパーオキシ)ブタン、n-ブチル4,4-ビス(t-ブチルパーオキシ)バレレートおよび2,2-ビス(4,4-ビス(t-ブチルパーオキシ)シクロヘキシル)プロパン等
【0053】
架橋助剤としては、特に限定されることなく、例えば亜鉛華などを用いることができる。
【0054】
共架橋剤としては、特に限定されることなく、例えばトリアリルイソシアヌレートなどを用いることができる。
【0055】
上記その他の成分は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。また、本発明の内視鏡用架橋体中の上記その他の成分の含有量は、本発明の効果を損なわない範囲内であれば特に制限されず、例えば、含フッ素エラストマーの含有量100質量部に対し20質量部以下含有することができ、15質量部以下であることが好ましく、10質量部以下であることがより好ましい。
【0056】
<デュロメータタイプA硬度>
本発明の内視鏡用架橋体は、この架橋体を有する内視鏡の柔軟性観点から、JIS K 6253-3:2012に準拠して測定される上記架橋体の23℃におけるデュロメータタイプA硬度が75A以下であり、40A~75Aが好ましく、50A~75Aがより好ましく、60A~75Aがさらに好ましい。
デュロメータタイプA硬度は、例えば、内視鏡用架橋体が含有する成分の成分種及び含有量並びに含フッ素エラストマーの架橋密度により特定の範囲の値にすることができる。
【0057】
(内視鏡)
本発明の内視鏡用架橋体を用いた内視鏡型医療機器の好ましい実施形態について、電子内視鏡(内視鏡)を例に説明する。電子内視鏡は、内視鏡可撓管が組み込まれ、この可撓管を体内に挿入して体内を観察等する医療機器として用いられる。
図1に示した例において、電子内視鏡1は、体内に挿入される挿入部2と、挿入部2の基端部分に連設された本体操作部4と、プロセッサ装置や光源装置に接続されるユニバーサルコード5とを備えている。また、本体操作部4には送気送水用ボタン3が配置されている。挿入部2は、本体操作部4に連設される可撓管2aと、そこに連設されるアングル部2bと、その先端に連設され、体内撮影用の撮像装置(図示せず)が内蔵された先端部2cとから構成される。挿入部2の大半の長さを占める可撓管2aは、そのほぼ全長にわたって可撓性を有し、特に体腔等の内部に挿入される部位はより可撓性に富む構造となっている。
【0058】
本発明の内視鏡に用いられる内視鏡用架橋体は、適用箇所の形状に応じて内視鏡用架橋体の形状を適宜調整して用いることができる。例えば、本発明の内視鏡用架橋体をチューブにして、アングルゴム又は折れ止めゴムとして挿入部2に適用することができる。また、本発明の内視鏡用架橋体をOリングにして送気送水用ボタン3に適用してもよい。本発明の内視鏡用架橋体は、送気送水用ボタン3に着脱を繰り返しても破損しにくい。
【0059】
(内視鏡用架橋体を形成するための組成物)
本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物は、含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体と、有機過酸化物とを含有してなり、本発明の内視鏡用架橋体の形成に好適に用いることができる。本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物は、上述の、補強材、滑剤、老化防止剤、カップリング剤、架橋助剤及び共架橋剤を含有してもよい。本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物が含有する成分の含有量は、本発明の内視鏡用架橋体が含有する成分の含有量になるように適宜調整することができる。
【0060】
(内視鏡用架橋体、及び内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製方法)
本発明の内視鏡用架橋体及び本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の各調製方法は特に制限されないが、本発明の内視鏡用架橋体は、本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物を架橋反応させることにより形成することが好ましい。以下、本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の好ましい調製方法、本発明の内視鏡用架橋体の好ましい調製方法の順に記載する。
【0061】
<内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製>
本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物は、例えば、含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体と、有機過酸化物と、必要に応じて上記「その他の成分」として記載した任意成分とを、所望の配合比で混合又は混練することにより調製することができる。
具体的には、本発明の内視鏡用架橋体を形成するための組成物は、含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体との混合物を得た後、得られた混合物と、有機過酸化物と、任意成分とを20~100℃で混練することにより、調製することができる。
【0062】
含フッ素エラストマーと、単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体との混合物の調製は、含フッ素エラストマー中に単層カーボンナノチューブを含む繊維状炭素ナノ構造体を分散させることが可能な任意の混合方法を用いて行うことができる。具体的には、上記混合物は、特に限定されることなく、有機溶媒に含フッ素エラストマーを溶解させてなる含フッ素エラストマー溶液又は分散媒に含フッ素エラストマーを分散させてなる含フッ素エラストマー分散液に対し、単層CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体を添加し、更に、CNTを含む繊維状炭素ナノ構造体を10~50℃で分散処理して、得られた分散処理液から有機溶媒又は分散媒を除去することより、混合物を調製することができる。
【0063】
上記分散処理は、既知の分散処理方法を用いて行うことができる。そのような分散処理方法としては、特に限定されず、例えば、超音波ホモジナイザー、湿式ジェットミル及び高速回転せん断分散機が挙げられるが、湿式ジェットミルが好ましい。適度に強いせん断力を印加することにより、繊維状炭素ナノ構造体を十分に分散させることができ、材質均一性が向上した内視鏡用架橋体を形成することができるからである。湿式ジェットミルによる混合液の分散処理にあたり印加する圧力は、10~180MPaであることが好ましく、15~170MPaであることがより好ましく、20~160MPaであることがより好ましく、20~150MPaであることが更に好ましい。処理回数(パス回数)は1回以上であり、2~20回が好ましい。分散処理の温度は、0~80℃が好ましい。分散処理において使用可能な湿式ジェットミルとしては、「ナノヴェイタ(登録商標)」、「L-ES007(商品名)」(いずれも吉田機械興業社製)、「BERYU SYSTEM PRO」(美粒社製)、超高圧湿式微粒化装置(吉田工業株社製)、「ナノマイザー(登録商標)」(ナノマイザー社製)、及び「スターバースト(登録商標)」(スギノマシン社製)等が挙げられる。なお、湿式ジェットミルの最小流路径は、目詰まり抑制の観点から、好ましくは100μm以上であり、効果的に加圧分散する観点から、好ましくは1000μm以下である。
【0064】
上記混合物は、得られた分散処理液から有機溶媒又は分散媒を除去することにより、調製することができる。なお、有機溶媒又は分散媒の除去には、例えば凝固法、キャスト法又は乾燥法を用いることができる。
【0065】
また、混合物と有機過酸化物と任意成分との混練は、例えば、ミキサー、一軸混練機、二軸混練機、ロール、ブラベンダー(登録商標)、押出機などを用いて行うことができる。
こうして得られる組成物は、低温(例えば-20℃)で保存することにより架橋反応を事実上生じず、安定に保存することが可能となる。
【0066】
<内視鏡用架橋体の調製>
本発明の内視鏡用架橋体は、上述した内視鏡用架橋体を形成するための組成物を所望の形状に成形して得ることができる。具体的には、本発明の内視鏡用架橋体は、例えば、上述した内視鏡用架橋体を形成するための組成物を金型に投入し、架橋させて形成することができる。
【実施例】
【0067】
以下に、本発明について実施例を通じてさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定して解釈されるものではない。
【0068】
<繊維状炭素ナノ構造体(B-1)の調製>
以下のようにして、実施例及び比較例で使用する繊維状炭素ナノ構造体(B-1)を調製した。
国際公開第2006/011655号の記載に従い、スーパーグロース法により繊維状炭素ナノ構造体(B-1)としてのカーボンナノチューブ(SGCNT)を調製した。なお、SGCNTの調製時には、基材表面への触媒層の形成をウェットプロセスにより行い、アセチレンを主成分とする原料ガスを用いた。
得られたSGCNTは、主として単層CNTからなり、ラマン分光光度計での測定において、単層CNTに特徴的な100~300cm-1の低波数領域にラジアルブリージングモード(RBM)のスペクトルが観察された。また、BET比表面積計(日本ベル社製「BELSORP-max」(商品名))を用いて測定したSGCNTのBET比表面積は1050m2/g(未開口)であった。更に、透過型電子顕微鏡を用いて無作為に選択した100本のSGCNTの直径及び長さを測定し、SGCNTの平均直径(Av)、直径の標準偏差(σ)及び平均長さを求めたところ、平均直径(Av)は3.3nmであり、標準偏差(σ)に3を乗じた値(3σ)は1.9nmであり、それらの比(3σ/Av)は0.58であり、平均長さは500μmであった。更に、日本ベル社製の「BELSORP-mini」(商品名)を用いてSGCNTのt-プロットを測定したところ、t-プロットは、上に凸な形状で屈曲していた。そして、S2/S1は0.09であり、屈曲点の位置tは0.6nmであった。
【0069】
<内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製>
[実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製]
以下のようにして、下記表1-1に記載の実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物を調製した。
[混合物の調製]
有機溶媒としてのメチルエチルケトン4000gに含フッ素エラストマー(A-1)200gを加え、室温で12時間撹拌して含フッ素エラストマーを溶解させた。得られた含フッ素エラストマー溶液に対し、繊維状炭素ナノ構造体(B-1)を0.2g加え、撹拌機(プライミクス社製、ラボ・リューション(登録商標))を用いて室温で15分間撹拌した。更に、湿式ジェットミル(吉田機械興業社製、L-ES007(商品名))を用いて、含フッ素エラストマー(A-1)と繊維状炭素ナノ構造体(B-1)とを含む溶液を100MPaで分散処理した。得られた分散処理液を16kgの水(20℃)へ滴下し、凝固させて黒色固体を得た。この黒色固体を80℃で12時間減圧乾燥し、含フッ素エラストマー(A-1)と繊維状炭素ナノ構造体(B-1)との混合物を得た。
[混練]
15℃のオープンロールを用いて、上記混合物200.2gと、カーボンブラック(D-1)20.0g、架橋助剤として(E-2)6.0g、共架橋剤として(E-1)6.0gと、有機過酸化物(C-1)2.0gとを混練し、実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物を得た。
【0070】
[実施例2~16及び比較例1~6の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製]
実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の調製において、実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物の組成に変えて下記表1-1~1-3に記載の組成を採用したこと以外は、実施例1の内視鏡用架橋体を形成するための組成物と同様にして実施例2~16及び比較例1~6の内視鏡用架橋体を形成するための組成物を調製した。
【0071】
<シート状サンプルの作製>
内視鏡用架橋体を形成するための組成物を金型に投入し、温度170℃、圧力10MPaで20分間架橋させて、シート(縦:150mm、横:150mm、厚さ:2mm)を得た。次いで、得られたシートをギヤー式オーブンに移して230℃で2時間二次架橋させることによりシート状サンプル(内視鏡用架橋体)を形成した。
【0072】
<試験1>
下記各試験を行った。試験ないし測定結果を表1に示す。
【0073】
<柔軟性試験(デュロメータタイプA硬度測定)>
JIS K 6253-3:2012に準拠して温度23℃におけるデュロメータタイプA硬度を測定した。この測定には、シート状サンプルをダンベル状3号形で打ち抜いたものを3枚重ねた厚さ6mmの試験片を用いた。
【0074】
<引裂強度測定>
JIS K 6252:2015に準拠して23℃における引裂強度(N/mm)を測定した。この測定に用いた試験片は、シート状サンプルを切込みなしアングル形で打ち抜いて得た。測定結果を下記評価基準にあてはめ評価した。A~Cが本試験の合格である。
-評価基準-
A:45N/mm以上
B:35N/mm以上、45N/mm未満
C:25N/mm以上、35N/mm未満
D:25N/mm未満
【0075】
<屈曲耐久性試験>
JIS K 6260:2017に準拠して試験を行った。
内視鏡用架橋体を形成するための組成物を温度170℃、圧力10MPaで20分間架橋させて試験片(長さ140~155mm、幅25mm、厚さ6.3mm)を作製した。この試験片の中央の幅方向に平行に、2.0mmの切り込みを入れた。この切り込みは試験片を貫通している。
上記切れ込みを入れた試験片を、デマチャ式屈曲試験機(上島製作所社製FT-1503型)を用いて、チャック間(つかみ具の間隔)65mm、ストローク20mm、25℃にて繰り返し屈曲させ、上記切り込み(亀裂)を1000回毎に観察し、亀裂が試験片幅方向の両端部まで達したときの回数を下記評価基準にあてはめ評価した。
A~Cが本試験の合格である。
-評価基準-
A:50,000回以上
B:20,000回以上、50,000回未満
C:5,000回以上、20,000回未満
D:5,000回未満
【0076】
<滅菌処理耐久性試験>
シート状サンプルをダンベル状3号形で打ち抜き試験片を得た。この試験片に対して、下記(1)及び(2)をこの順に100回繰り返した。
(1)上記<屈曲耐久性試験>と同様にして試験片を100回屈曲させた。
(2)ステラッド(登録商標)NX(商品名、ジョンソンアンドジョンソン社製)、アドバンスコースを用いて、上記100回屈曲させた試験片を室温で過酸化水素プラズマ滅菌処理に付した。
上記(1)及び(2)に付す前の試験片(I)と、上記(1)及び(2)をこの順に100回繰り返した試験片(II)に対して、オートグラフAGS-X(商品名、島津製作所製)用いて、引張速度を20mm/min、つかみ具間距離を20mmとして、引張試験を行った。
試験片(I)に対する試験片(II)の破断強度の割合[{[試験片(II)の破断強度(MPa)]/[試験片(I)の破断強度(MPa)]}×100〕を破断強度の維持率として、下記評価基準にあてはめ滅菌処理耐久性を評価した。A~Cが本試験の合格である。
-評価基準-
A:破断強度の維持率が95%以上
B:破断強度の維持率が90%以上95%未満
C:破断強度の維持率が85%以上90%未満
D:破断強度の維持率が85%未満
【0077】
<試験2>
実施例4の内視鏡用架橋体を形成するための組成物を用いて(1)~(3)の試験を行った。以下、
図1を参照して記載する。
(1)アングルゴム適性試験
内視鏡用架橋体を形成するための組成物を170℃で圧縮成形して、長さ150mm、内径12mm、肉厚0.5mmのチューブを作製した。このチューブを外径12.8mmの内視鏡のアングル部(
図1の2b)に装着させた。挿入部2bが元の状態から上向き(
図1の矢印の向き)になるように操作して元の状態に戻した。この操作を5000回繰り返した。同様の操作を、下に5000回、左に5000回、右に5000回行った。その後、チューブを内視鏡から取り外し、目視で観察したところチューブに損傷は無かった。
(2)折れ止めゴム適性試験
内視鏡用架橋体を形成するための組成物を170℃で圧縮成形して、長さ85mm、先端径:8mm、後端径:30mmのチューブを作製した。このチューブは、内径が先端から後端にかけて大きくなる(傾斜している)。このチューブを挿入部3と本体操作部5とを覆うように、内視鏡の細長い管状部材の外周(
図1の破線で挟まれた箇所、挿入部2側の外径12.8mm、本体操作部4側の外径:35mm)に装着させた。挿入部2が元の状態から上向き(
図1の矢印の向き)になるように操作して元の状態に戻した。この操作を2000回繰り返した。同様の操作を、下に2000回、左に2000回、右に2000回行った。その後、チューブを内視鏡から取り外し、目視で観察したところチューブに損傷は無かった。
(3)Oリング適性試験
内視鏡用架橋体を形成するための組成物を170℃で圧縮成形して、内径3mm、線径2mmのOリングを作製した。このOリングを送気送水用ボタン3(外径20mm)に装着させ、取り外した。この着脱を2000回繰り返し行い、目視で観察したところOリングに損傷は無かった。
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
<表の注>
[含フッ素エラストマー(A)]
(A-1)バイトンGBL-200S(ケマーズ社製、商品名)
(A-2)アフラス100S(AGC社製、商品名)
(A-3)ダイニオンSFM-40L(スリーエム社製、商品名)
(P-1)非フッ素系ポリエステルエラストマー、ペルプレンS-2001(東洋紡社製)(上記表1-3中、P-1は、対比のため含フッ素エラストマー(A)の行に記載している。)
【0082】
[繊維状炭素ナノ構造体(B)]
(B-1)上記調製した繊維状炭素ナノ構造体(B-1)
(B-2)単層カーボンナノチューブ(NanoIntegris社製、商品名「Hipco Purified」)
平均直径(Av):1.1nm
標準偏差(σ)に3を乗じた値(3σ):0.2nm、3σ/Av:0.18
平均長さ:500nm
【0083】
[有機過酸化物(C)]
(C-1)2,5-ジメチル-2,5-ジ(t-ブチルペルオキシ)ヘキサン(日油社製、商品名「パーヘキサ25B-40」)
(C-2)1,3-ビス(t-ブチルペルオキシイソプロピル)ベンゼン(GEO Specialty Chemicals Inc製、商品名「Vul Cup 40KE」)
【0084】
[カーボンブラック(D)]
(D-1)Cancarb Limited社製「サーマックス(登録商標)N990」)
【0085】
[その他添加剤(E)]
(E-1)トリアリルイソシアヌレート(日本化成社製、商品名「TAIC(登録商標)」)
(E-2)亜鉛華(井上石灰工業社製、商品名「META-Z L40」)
(E-3)ステアリン酸ナトリウム(大日化学工業社製)
【0086】
「-」は該当する成分を含有しないことを示す。
【0087】
表1から明らかなように、本発明の内視鏡用架橋体は、内視鏡の構成部材として十分な柔軟性を有し、引裂強度にも優れ、また、曲げ動作を繰り返しても破断しにくく、さらに滅菌耐久性にも優れることが分かる。
【0088】
本発明をその実施態様とともに説明したが、我々は特に指定しない限り我々の発明を説明のどの細部においても限定しようとするものではなく、添付の請求の範囲に示した発明の精神と範囲に反することなく幅広く解釈されるべきであると考える。
【0089】
本願は、2019年4月9日に日本国で特許出願された特願2019-073996に基づく優先権を主張するものであり、これはここに参照してその内容を本明細書の記載の一部として取り込む。
【符号の説明】
【0090】
1 電子内視鏡(内視鏡)
2 挿入部
2a 可撓管
2b アングル部
2c 先端部
3 送気送水用ボタン
4 本体操作部
5 ユニバーサルコード