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特許7390229生体試料の分析方法及びミトコンドリアの機能の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-22
(45)【発行日】2023-12-01
(54)【発明の名称】生体試料の分析方法及びミトコンドリアの機能の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/88 20060101AFI20231124BHJP
   G01N 30/72 20060101ALI20231124BHJP
   G01N 30/14 20060101ALI20231124BHJP
   G01N 30/06 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/16 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/12 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/14 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/34 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/36 20060101ALI20231124BHJP
   C07K 1/30 20060101ALI20231124BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20231124BHJP
【FI】
G01N30/88 F
G01N30/72 C
G01N30/14 Z
G01N30/06 E
G01N30/14 A
C07K1/16
C07K1/12
C07K1/14
C07K1/34
C07K1/36
C07K1/30
G01N27/62 X
G01N27/62 V
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020053444
(22)【出願日】2020-03-24
(65)【公開番号】P2021152501
(43)【公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-08-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)「健康寿命延伸を目標としたAGEs蓄積早期検知システムの構築と予防食品の開発 」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000226998
【氏名又は名称】株式会社日清製粉グループ本社
(73)【特許権者】
【識別番号】000103840
【氏名又は名称】オリエンタル酵母工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】弁理士法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永井 竜児
(72)【発明者】
【氏名】白河 潤一
(72)【発明者】
【氏名】菊池 洋介
(72)【発明者】
【氏名】杉本 通代
(72)【発明者】
【氏名】新里 達也
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-119370(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-2033857(KR,B1)
【文献】特開2017-049024(JP,A)
【文献】特開2000-304737(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0001229(US,A1)
【文献】特表2010-504533(JP,A)
【文献】特表2010-510180(JP,A)
【文献】Ryoji Nagai,Succination of Protein Thiol during Adipocyte Maturation : A BIOMARKER OF MITOCHONDRIAL STRESS,JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY ,VOL.282, NO.47,2007年11月23日,pp. 34219-34228
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 -30/96
B01J 20/281-20/292
G01N 1/00 - 1/44
G01N 33/48 -33/98
C07K 1/00 -19/00
G01N 27/60 -27/92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中のS-(2-スクシニル)システイン(2SC)を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて定量する生体試料の分析方法であって、
分析する前記生体試料に対して、脱脂処理を行う脱脂工程、タンパク質又はその断片を沈殿させ、2SC化したタンパク質又はその断片を含む沈殿物を回収する沈殿工程、塩酸による加水分解を行う加水分解工程をこの順で含む前処理工程を行うことを特徴とし、
前記脱脂工程は、前記生体試料に対して有機溶媒を加え攪拌した後に遠心分離し、遠心分離後の沈殿物を回収することを含み、
前記沈殿工程は、前記脱脂工程後の試料に塩、アルコール、酸又は水溶性ポリマーを加えることを含み、
前記前処理工程は、前記加水分解工程後に、フィルターを用いて試料を濾過することによりタンパク質及びリン脂質の除去を行う除去工程を更に含む、生体試料の分析方法。
【請求項2】
前記前処理工程は、前記加水分解工程後に、疎水性相互作用を用いた分離方法により2SCの精製を行う分離精製工程を含む、請求項1に記載の生体試料の分析方法。
【請求項3】
前記前処理工程は、精密濾過膜又は限外濾過膜で濾過処理を行う濾過工程を含む、請求項1又は2に記載の生体試料の分析方法。
【請求項4】
前記濾過工程において前記限外濾過膜で濾過処理を行う場合、該限外濾過膜の分画分子量が10000以下である、請求項に記載の生体試料の分析方法。
【請求項5】
前記液体クロマトグラフィー-質量分析法が液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法である、請求項1~の何れか1項に記載の生体試料の分析方法。
【請求項6】
請求項1~の何れか1項に記載の生体試料の分析方法により、被験者から採取した前記生体試料中の2SCを定量し、
前記生体試料中の2SCの含有量に基づいて前記被験者のミトコンドリアの機能を評価する、ミトコンドリアの機能の評価方法。
【請求項7】
標準試料中の2SCの含有量と比較して前記生体試料中の2SCの含有量が有意に高い場合に、前記被験者のミトコンドリアの機能に障害があると予測又は判断する、請求項に記載のミトコンドリアの機能の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体試料中のS-(2-スクシニル)システイン(2SC)を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて定量する生体試料の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、糖尿病等の生活習慣病に起因して動脈硬化等の血管障害が発症することが知られている。血管障害は様々な加齢関連疾患の原因となるため、世界的に血管障害のマーカーとなる物質が探索されている。
本発明者らは、高血糖状態で培養した3T3-L1脂肪細胞において、S-(2-スクシニル)システイン(2SC)が増加することを明らかにしている(非特許文献2)。また、本発明者らは、1型及び2型糖尿病マウスは、健常なマウスに比して、血清中の2SCの量が顕著に多いことも明らかにしている(非特許文献1参照)。
上述のように糖尿病は血管障害の原因となり得ることから、2SCは血管障害の発症や進展に関与していることが示唆されている。
【0003】
また、2SCは、フマル酸によってタンパク質が修飾されることにより製造されるものである。フマル酸は、ミトコンドリアで行われる代謝経路であるTCA(Tricarboxylic Acid Cycle)回路の中間体である。したがって、2SCは、ミトコンドリアの機能異常にも関与していることも示唆されている。
【0004】
上述のように、2SCは血管障害やミトコンドリア機能異常に関与していることが示唆されているため、血管障害やミトコンドリア機能異常を評価するためのマーカーや、血管障害やミトコンドリア機能異常を治療するための創薬ターゲットとして2SCを利用することが期待されている。例えば2SCを創薬ターゲットとして利用するためには、血中や生体組織中など、様々な場所に存在する2SCを定量し、生体内において2SC量が増加するメカニズムを解明することが必要となる。生体試料中に含まれる2SCを定量する方法としては、例えば特許文献1及び2が提案されている。
【0005】
特許文献1及び2には、液体クロマトグラフィー-質量分析により生体試料中の2SCを定量することが記載されている。
特許文献1においては、液体クロマトグラフィー-質量分析に用いられる試料は以下のようにして調製される。まず、生体試料を、塩酸を用いて加水分解する。次に、加水分解後の生体試料に、強酸性陽イオン交換樹脂を充填したカラムを非酸性条件下で通過させる。前記カラムを通過した試料が、特許文献1において液体クロマトグラフィー-質量分析に用いられる試料である。
特許文献2においては、液体クロマトグラフィー-質量分析に用いられる試料は以下のようにして調製される。まず、生体試料を、限外濾過膜を用いて濾過処理する。次に、濾過処理後の生体試料に対して、例えばヒドリド還元剤を用いて還元処理を行う。前記還元処理後の試料が、特許文献2において液体クロマトグラフィー-質量分析に用いられる試料である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-119370号公報
【文献】特開2017-49024号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】永井竜児、ミトコンドリア機能異常を指標とした新規生活習慣病予防食品の開発、日本学術振興会、基盤研究(B)、課題番号:15H02902、平成27-29年度
【文献】Ryoji Nagai, Succination of Protein Thiol during Adipocyte Maturation : A BIOMARKER OF MITOCHONDRIAL STRESS, JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY VOL.282, NO.47, pp. 34219-34228, November 23, 2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2の方法では、脂質の含有量が低い血液試料(血清、血漿等)中の2SCを定量することは可能である一方、高脂血症等の脂質の含有量が多い血液試料や生体組織中の2SCを精度よく定量することは困難である。そのような血液試料や生体組織には脂質等の夾雑物が多く含まれており、特許文献1及び2のように試料を調製しても、該夾雑物を十分に除去することはできないからである。このように、特許文献1及び2の方法では、幅広い生体試料中の2SCを精度よく定量することは困難であった。
【0009】
したがって本発明は、幅広い生体試料中の2SCを精度よく定量することができる生体試料の分析方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、生体試料に対して、脱脂処理を行う脱脂工程、タンパク質を沈殿させ、2SC化したタンパク質を含む沈殿物を回収する沈殿工程、塩酸による加水分解を行う加水分解工程をこの順で含む前処理工程を行い、該前処理工程後の試料に対して液体クロマトグラフィー-質量分析を行うことにより、生体試料中の2SCを精度よく定量できることを知見した。
【0011】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたもので、下記の(1)~(6)の生体試料の分析方法、並びに(7)及び(8)のミトコンドリアの機能の評価方法を提供するものである。
(1)生体試料中のS-(2-スクシニル)システイン(2SC)を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて定量する生体試料の分析方法であって、分析する前記生体試料に対して、脱脂処理を行う脱脂工程、タンパク質又はその断片を沈殿させ、2SC化したタンパク質又はその断片を含む沈殿物を回収する沈殿工程、塩酸による加水分解を行う加水分解工程をこの順で含む前処理工程を行うことを特徴とする、生体試料の分析方法。
(2)前記前処理工程は、前記加水分解工程後に、疎水性相互作用を用いた分離方法により2SCの精製を行う分離精製工程を含む、(1)に記載の生体試料の分析方法。
(3)前記前処理工程は、前記加水分解工程後に、タンパク質及びリン脂質の除去を行う除去工程を含む、(1)又は(2)に記載の生体試料の分析方法。
(4)前記前処理工程は、精密濾過膜又は限外濾過膜で濾過処理を行う濾過工程を含む、(1)~(3)の何れか1に記載の生体試料の分析方法。
(5)前記濾過工程において前記限外濾過膜で濾過処理を行う場合、該限外濾過膜の分画分子量が10000以下である、(4)に記載の生体試料の分析方法。
(6)前記液体クロマトグラフィー-質量分析法が液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法である、(1)~(5)の何れか1に記載の生体試料の分析方法。
(7)(1)~(6)の何れか1に記載の生体試料の分析方法により、被験者から採取した前記生体試料中の2SCを定量し、
前記生体試料中の2SCの含有量に基づいて前記被験者のミトコンドリアの機能を評価する、ミトコンドリアの機能の評価方法。
(8)標準試料中の2SCの含有量と比較して前記生体試料中の2SCの含有量が有意に高い場合に、前記被験者のミトコンドリアの機能に障害があると予測又は判断する、(7)に記載のミトコンドリアの機能の評価方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の生体試料の分析方法によれば、幅広い種類の生体試料中の2SCを精度よく定量することができる。また、本発明は、該分析方法により定量された、生体試料中の2SCの含有量に基づき、ミトコンドリアの機能を評価することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1(a)は、比較例1に係る前処理方法を経て得られた分析試料についてのLC-MS/MS法による2SCの質量分析結果を示すグラフであり、図1(b)は、実施例1に係る前処理方法を経て得られた分析試料についてのLC-MS/MS法による2SCの質量分析結果を示すグラフである。
図2図2(a)は、比較例2に係る前処理方法を経て得られた分析試料についてのLC-MS/MS法による2SCの質量分析結果を示すグラフであり、図1(b)は、実施例2に係る前処理方法を経て得られた分析試料についてのLC-MS/MS法による2SCの質量分析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をその好ましい実施態様に基づいて説明する。
本発明の生体試料の分析方法は、生体試料中のS-(2-スクシニル)システイン(以下、2SCともいう)を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて定量する。2SCは、フマル酸がタンパク質中のシステイン残基側鎖と反応して生じ、生体中では、タンパク質若しくはペプチドと結合した非遊離体、又はタンパク質及びペプチドの何れとも結合していない遊離体として存在する。本発明において定量する2SCは、非遊離体の2SCである。
【0015】
タンパク質と結合した非遊離体の2SCは、タンパク質中のシステイン残基がフマル酸により修飾されることにより形成された2SCである。ペプチドと結合した非遊離体の2SCは、ペプチド中のシステイン残基がフマル酸により修飾されていることにより生じたものである。ペプチドと結合した非遊離体の2SCは、ペプチド中のシステイン残基がフマル酸により修飾されることにより生じたものと、2SCが形成されたタンパク質のペプチド鎖が切断され、断片化・低分子量化したものとの両者を含む。以下、2SCが形成されたタンパク質を2SC化したタンパク質と言う。
【0016】
本発明の生体試料の分析方法は、分析する生体試料に対して、脱脂工程、沈殿工程、加水分解工程をこの順で含む前処理工程を行う。以下、本発明に係る前処理工程における各工程について説明する。
【0017】
[脱脂工程]
脱脂工程においては、生体試料に対して脱脂処理を行う。本発明に係る脱脂処理の対象物である生体試料は、健常体から採取されたものであっても、疾病罹患患者のような非健常体から採取されたものでも良い。また生体試料としては、生体から採取されたあらゆる細胞、組織、及び体液、例えば、皮膚、筋肉、骨、毛髪、爪、脂肪組織、脳神経系、心臓及び血管等の循環器系、肺、肝臓、脾臓、膵臓、腎臓、消化器系、胸腺、血管、リンパ管、血液試料(全血、血清、血漿、リンパ液、唾液、尿、精液、腹水、喀痰等、並びにそれらの培養物が挙げられる。このうち、低侵襲性の観点から血液試料(全血、血清、血漿)、リンパ液、尿、皮膚、末梢血管、筋肉、脂肪組織、が好ましく、血清、血漿がより好ましい。
【0018】
本発明に係る脱脂工程の主たる目的は、分析対象である生体試料から脂質を除去することにある。脱脂工程において行う脱脂処理は、例えば、生体試料に対して有機溶媒を加え撹拌した後に遠心分離し、遠心分離後の沈殿物を回収することにより行うことができる。遠心分離後の沈殿物は、必要に応じて、乾燥させた後蒸留水等に溶解又は懸濁してもよい。
有機溶媒としては、例えば、ヘキサン、クロロホルム、メタノール、エタノール、アセトン、シクロヘキサン、トルエン、キシレン、イソプロパノール、ブタノール、アセトニトリル等が挙げられ、これらの中から1種を単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0019】
[沈殿工程]
沈殿工程においては、脱脂工程後の試料中のタンパク質又はその断片を沈殿させ、2SC化したタンパク質又はその断片を含む沈殿物を回収する。タンパク質の断片とは、タンパク質のペプチド鎖が切断され、断片化・低分子量化したものである。
【0020】
本発明に係る沈殿工程の主たる目的は、2SC化したタンパク質又はその断片を回収し、夾雑物を除去することにある。タンパク質を沈殿させる方法としては、例えば、脱脂工程後の試料に沈殿剤を加える方法を用いることができる。沈殿剤としては、塩、アルコール、有機溶媒、酸、水溶性ポリマー等が挙げられる。塩としては、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等が挙げられる。アルコールとしては、エタノール、プロパノール、メタノール等が挙げられる。有機溶媒としては、アセトン、クロロホルム、アセトニトリル等が挙げられる。酸としては、トリクロロ酢酸、塩酸、トリフルオロ酢酸等が挙げられる。水溶性ポリマーとしては、ポリエチレングリコール、デキストラン等が挙げられる。回収した沈殿物は、必要に応じて乾燥させてもよい。また、乾燥させた後蒸留水等に溶解してもよい。
【0021】
沈殿剤として、例えばトリクロロ酢酸を用いた場合、試料中のタンパク質が変性する。仮に、トリクロロ酢酸を用いて沈殿工程を行い、試料中のタンパク質が変性した後に、脱脂工程を行った場合、脱脂工程において生体試料が十分に脱脂されない恐れがある。特に、生体試料として、脂肪含有量が多い組織を用いた場合には、生体試料が十分に脱脂されないことにより、該生体試料中の2SCを精度よく定量することができない恐れがある。本発明のように、脱脂工程後に沈殿工程を行うことにより、生体試料を十分に脱脂することができるようになり、該生体試料中の2SCを精度よく定量することができるようになる。
【0022】
[加水分解工程]
加水分解工程においては、塩酸による加水分解を行う。本発明に係る加水分解工程の主たる目的は、沈殿工程において回収した2SC化したタンパク質又はその断片を加水分解し、2SCを遊離させることにある。加水分解工程においては、例えば、沈殿工程において回収した沈殿物に対し、塩酸を添加し、必要に応じて振盪又は撹拌した後、静置し、該沈殿物を加水分解することができる。さらに、加水分解中に反応液を加温すると好ましい。また必要に応じて、途中で試料を攪拌して、反応容器の壁に付着した試料を再度反応液に混合してもよい。上記加水分解工程は、液相において行われる。すなわち、液体の状態の反応液中で試料の加水分解反応を進行させる。加水分解に使用される塩酸の量、反応時間および温度の条件は、前記沈殿物を十分に溶解できる条件且つ反応液が液相となる条件であればよく、使用する生体試料の種類に応じて決定すればよい。例えば血液試料を用いる場合、沈殿工程により得られた沈殿物を蒸留水に溶解した試料100μLに対して塩酸が5~8Nであればよい。加水分解工程の一例においては、沈殿工程により得られた沈殿物を蒸留水に溶解した試料100μLに対して、20~29質量%塩酸溶液を1mL~4mLを添加し、攪拌した後、65~100℃で6~24時間、試料を加水分解させればよい。
加水分解工程後の試料は、必要に応じて遠心又は濾過されて沈殿物を除去した後、エバポレーター等により乾固処理され、酸を除去される。乾固処理した試料は、次の工程を行うまで室温保存しておくことができる。乾固処理した試料は、適切な溶媒等に溶解又は分散させた後に、次の工程に用いる。
【0023】
加水分解工程後の試料は、そのまま液体クロマトグラフィー-質量分析法による分析に用いることができるが、前処理工程は、加水分解工程後に精製工程を含んでいることが好ましい。精製工程としては、タンパク質及びリン脂質の除去を行う除去工程、疎水性相互作用を用いた分離方法により2SCの精製を行う分離精製工程、及び精密濾過膜又は限外濾過膜で濾過処理を行う濾過工程が挙げられる。除去工程、分離精製工程及び濾過工程は、この順で行うことが好ましい。精製工程としては、除去工程、分離精製工程及び濾過工程の全ての工程を行ってもよいし、除去工程、分離精製工程及び濾過工程のうち、何れか1つ又は2つの工程を行ってもよい。除去工程を行った場合は、濾過工程を行うことが好ましい。
【0024】
除去工程の主たる目的は、加水分解工程後の試料から夾雑物であるタンパク質及びリン脂質を除去することにある。前処理工程が除去工程を含んでいることにより、試料中の夾雑物を減らすことができるため、より精度よく2SCを定量することができるようになる。以下、この点について詳述する。
【0025】
分析に用いられる試料中にタンパク質やリン脂質が含まれている場合、該試料のイオン化が抑制され、該試料を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて分析した際に検出感度が低下し、精度のよい結果を得ることが困難となる恐れがある。前処理工程が除去工程を含むことにより、2SCのイオン化が抑制されにくくなる。これにより、試料を液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて分析した際に2SCをより精度よく定量することができるようになる。
生体試料として生体組織を用いる場合は、除去工程を行ってもよいし行わなくてもよいが、生体試料として全血、血清、血漿を用いる場合は、除去工程を行うことが特に好ましい。
【0026】
除去工程は、例えば、タンパク質やリン脂質を除去することができるフィルターを用いて試料を濾過することにより行うことができる。そのようなフィルターとしては、市販品を適宜用いることができ、例えば、アジレント・テクノロジー株式会社製のCaptiva ND Lipidが挙げられる。
【0027】
[分離精製工程]
分離精製工程の主たる目的は、加水分解工程後の試料から、脂肪酸等の疎水性化合物を除去することにある。前処理工程が分離精製工程を含んでいることにより、イオン化抑制と、分析装置及びカラムの汚染を軽減することができるため、より精度よく2SCを定量することができるようになる。
また、生体試料として培養細胞を用いた場合に、該培養細胞から得られた分析用の試料中に、該培養細胞を培養するための培地に含まれる色素が混入することがある。前処理工程が分離精製工程を含んでいることにより、前記の色素を除去することもできる。
【0028】
分離精製工程における前記の分離方法としては、例えば、逆相クロマトグラフィー等が挙げられる。逆相クロマトグラフィーで使用する充填剤としては、オクタデシルシリル基等のアルキル基が結合したシリカゲル等が挙げられる。
【0029】
[濾過工程]
濾過工程の主たる目的は、試料中の不溶性物質を除去することにある。前処理工程が濾過工程を含むことにより、分析装置及びカラムの汚染を軽減することが可能となる。濾過工程で用いる精密濾過膜の孔径は、分析装置のカラム流路及びイオン化部等に干渉する物質を除去するという観点から、好ましくは0.45μm以下、より好ましくは0.2μm以下である。濾過工程で用いる限外濾過膜の分画分子量は、測定対象である2SC等の修飾アミノ酸を通過させ、それ以外の高分子化合物を除去するという観点から、好ましくは10000以下、より好ましくは5000以下、さらに好ましくは3000以下である。
【0030】
以上のように前処理工程を行って得られた試料に対し、液体クロマトグラフィー-質量分析法を用いて、該試料中の2SCを定量する。液体クロマトグラフィー-質量分析法としては、例えば、LC-MS法、LC-MS/MS法、LC-MS/MS/MS法等が挙げられる。検出感度をより向上させるためには、LC-MS/MS法や、LC-MS/MS/MS法などの液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析法がより好ましい。
【0031】
本発明の生体試料の分析方法によれば、生体試料に対し上述のように前処理工程を行っているため、血清を生体試料として用いた場合のみならず、例えば、脳、筋肉、脂肪組織、骨組織、皮膚、肝臓、血液(血漿、血清等)等の脂質が多く含まれる組織を生体試料として用いた場合であっても、該生体試料中の2SCを精度よく定量することができる。つまり本発明の生体試料の分析方法によれば、幅広い種類の生体試料中の2SCを精度よく定量することができる。
【0032】
前処理工程を経て得られた試料は、必要に応じて適切な溶媒に溶解させ、分析用試料としてもよい。そのような溶媒としては、液体クロマトグラフィー-質量分析法における液体クロマトグラフィーの移動相の最終条件と同じ溶媒を用いることが好ましい。例えば、メタノールの水溶液やアセトニトリルの水溶液、アセトニトリルとトリフルオロ酢酸の混合水溶液、アセトニトリルとギ酸の混合水溶液等が挙げられるが、特に限定されない。より具体的には、前処理工程を経て得られた試料を乾固処理し、20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液に溶解させて、分析用試料としてもよい。あるいは、前処理工程を経て得られた試料を乾固処理し、20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液に溶解させた後、孔径0.2μmのフィルターを用いた精密濾過処理にかけ、回収した濾液に等量の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液を添加して2倍希釈して、分析用試料としてもよい。また、生体試料として血清100μLを用いた場合、前処理工程を経て得られた試料に対して、500~2000μL程度の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液を添加するとよい。
【0033】
液体クロマトグラフィー-質量分析法により2SCを定量する際の測定条件は、機器の型、試料の状態等に応じて、当業者が通常の知識に基づいて適宜設定すればよい。液体クロマトグラフィーの条件は供される試料によって異なるが、例えば、上述の20体積%アセトニトリル+0.1質量%ギ酸水溶液に対しては、移動相にギ酸水溶液とギ酸アセトニトリル溶液でグラジエントを形成させると好ましい。質量分析計としては、二重収束磁場型質量分析計、イオントラップ型質量分析計、四重極型質量分析計などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
本発明の生体試料の分析方法により、被験者から採取した生体試料中の2SCを定量し、該生体試料中の2SCの含有量に基づいて、被験者のミトコンドリア機能を評価することもできる。2SCが、ミトコンドリアの機能異常に伴い脂肪細胞に蓄積することは公知であるため(非特許文献2参照)、本発明の生体試料の分析方法により、脂肪細胞を含む組織から得られる生体試料を用いて高精度に定量した2SCの値が、所定の値より高いか低いかによってミトコンドリア機能を評価することができる。より具体的には、標準試料中の2SCの含有量と比較して、被験者から採取した生体試料中の2SCの含有量が有意に高い場合に、被験者のミトコンドリアの機能に障害があると予測又は判断することもできる。標準試料は、健常者から採取した生体試料であってもよいし、2SCを既知の濃度で含有する試料であってもよい。
2SCの定量に使用する生体試料の量に特に制限はないが、本発明の生体試料の分析方法によれば、例えば、組織の場合は0.5g以下、血清の場合は5μl以下といった少量の生体試料を用いて高精度な2SCの定量も可能である。
【0035】
以上、本発明をその好ましい実施態様に基づき説明したが、本発明は上述した実施態様に制限されない。
【実施例
【0036】
以下、実施例を基に本発明を更に詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
〔実施例1〕
1.生体試料
健常体のマウスを解剖し、約0.4gの脳組織を得た。該脳組織に5mlの5%TritonXを含む水を添加し、ボルテックスにかけ、懸濁液を得た。
【0038】
2.前処理工程
(1)脱脂工程
前記の懸濁液に、クロロホルムとメタノールを体積比で2:1の割合で混合した溶液を1ml添加し、撹拌した。撹拌した後、12000rpm、4℃で15分間遠心した。遠心後の上清を除去し、残った沈殿物を風乾させた。遠心後の上清の除去は、有機層及び水層の両方を除去した。風乾後の沈殿物を蒸留水100μlに溶解させ、サンプルを得た。
【0039】
(2)沈殿工程
前記(1)の脱脂工程により得られたサンプルに、10%トリクロロ酢酸溶液800μlを加えて撹拌した。撹拌した後、12000rpm、4℃で15分間遠心した。遠心後の上清を除去し、残った沈殿物を風乾させ。サンプルを得た。
(3)内部標準物質の添加
前記(2)の沈殿工程により得られたサンプルに内部標準物質として安定同位体1513Cで標識した2SCを0.05nmоl添加した。
【0040】
(4)加水分解工程
6N塩酸を150μl加え、100℃に加熱し、18時間の加水分解処理を行った。加水分解後は、遠心濃縮装置にて乾固させた。
(5)除去工程
乾固したサンプルを水700μlに溶解させ、2.1mlのメタノール(0.1%ギ酸)の入ったCaptiva ND Lipidsに加えて混合し、4000rpm、室温で15分遠心した。得られたCaptiva ND Lipidsの通過画分を乾固し、サンプルとした。
(6)分離精製工程
乾固したサンプルを1mlの1%ギ酸を含む水に溶解させ、平衡化したsep-pak C18カラムに加え通過画分を回収した。さらに、1%ギ酸を含む20%メタノールをカラムに2ml加え、通過画分を約3ml回収し、吹付式試験管濃縮装置にて乾固させた。
(7)濾過工程
乾固したサンプルを20%アセトニトリル(0.1%ギ酸)に溶解させ、分子量3000カットフィルターにて12000rpm、室温で60分遠心した。得られた通過画分をLC-MS/MSによって分析するための分析用試料とした。
【0041】
〔比較例1〕
脱脂処理を行わなかった以外は、実施例1と同様にして、分析用試料を得た。
【0042】
〔実施例2〕
生体試料として、上述の健常体のマウスの脳組織に代えて、DMラット(ストレプトゾトシン誘発糖尿病ラット)の血清を用いた。具体的には、DMラットから採取した血清を1/10に希釈した。このようにして得た希釈液10μlに対し、実施例1と同様にして分析用試料を得た。
【0043】
〔比較例2〕
脱脂処理を行わなかった以外は、実施例2と同様にして、分析用試料を得た。
【0044】
3.液体クロマトグラフィー-質量分析
実施例1及び比較例1で得られた各分析用試料を、LC-MS/MSにかけ、2SCの定量分析を行った。その分析結果を図1に示す。図1(a)が比較例1を分析した結果であり、図1(b)が実施例1を分析した結果である。LC-MS/MS測定条件は以下のとおりである。
【0045】
(LC-MS/MSの測定条件)
・クロマトグラフィーカラム:ZIC(登録商標)-HILIC column (150x2.1mm,5μm)
・カラム温度:40℃
・移動相:アセトニトリル(0.1%ギ酸)、水(0.1%ギ酸)
・グラジエント条件:アセトニトリル90%から10%
・流速:200μL/min
・インジェクション量:10μL
・分析時間:23分
・溶出時間:10.2分
・イオン化方法:ESI
・キャピラリー温度:270℃
・イオン化エネルギー:3500V(陽性イオン化時)
・2SCの検出ピーク(m/z):プレカーサーイオン238(m/z)、フラグメントイオン149(m/z)
【0046】
また、実施例2及び比較例2で得られた各分析用試料を、LC-MS/MSにかけ、2SCの定量分析を行った。その分析結果を図2に示す。図2(a)が比較例2を分析した結果であり、図2(b)が実施例2を分析した結果である。LC-MS/MS測定条件は、実施例1及び比較例1の分析用試料を分析する際のLC-MS/MS測定条件と同じである。
【0047】
4.結果
図1及び2に示すように、実施例1及び2の分析方法により得られた分析結果は、2SCを精度よく定量することができている。一方、比較例1及び2の分析方法により得られた分析結果は、ノイズが多く、2SCを精度よく定量できていない。図1及び2に示す結果から、本発明の生体試料の分析方法によれば、脳等の生体組織を生体試料として用いた場合であっても、該生体試料中の2SCを精度よく定量できることが分かる。したがって、本発明の生体試料の分析方法によれば、幅広い種類の生体試料中の2SCを精度よく定量することができることが分かる。
図1
図2