(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】複合タングステン酸化物粒子
(51)【国際特許分類】
C01G 41/00 20060101AFI20240112BHJP
【FI】
C01G41/00 A
(21)【出願番号】P 2019147511
(22)【出願日】2019-08-09
【審査請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】中倉 修平
(72)【発明者】
【氏名】荻 崇
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-044019(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 41/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式M
xW
yO
z(但し、M元素は
セシウム、Wはタングステン、Oは酸素、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表わされる複合タングステン酸化物粒子であり、
粒子径が800nm以下で、
前記複合タングステン酸化物粒子の表面から深さ3nmまでの範囲で
前記M元素
のサイトの欠損率が10%以下であり、
前記複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物を含み、
前記複合タングステン酸化物のa軸の格子定数が7.39Å以上7.42Å以下、c軸の格子定数が7.58Å以上7.65Å以下である複合タングステン酸化物粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合タングステン酸化物粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
良好な可視光透過率を有し、透明性を保ちながら日射透過率を低下させる近赤外線遮蔽技術として、これまでさまざまな技術が提案されてきた。なかでも、無機物である導電性粒子を用いた近赤外線遮蔽技術は、その他の技術と比較して近赤外線遮蔽特性に優れ、低コストである上、電波透過性が有る等のメリットがある。
【0003】
例えば特許文献1において、一般式MxWyOz(但し、Mは、H、He、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素、Wはタングステン、Oは酸素、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表記される複合タングステン酸化物微粒子を赤外線遮蔽材料微粒子として可視光線を透過する樹脂等の媒体中に分散させた赤外線遮蔽材料微粒子分散体や、該赤外線遮蔽材料微粒子の製造方法等に関する技術が開示されている。特許文献1には、薄膜状の赤外線遮蔽材料微粒子分散体である赤外線遮蔽膜の例等も開示されている。
【0004】
特許文献1によれば、太陽光線、特に近赤外線領域の光をより効率良く遮蔽し、同時に可視光領域の透過率を保持する等、優れた光学特性を有する赤外線遮蔽材料微粒子分散体を作製することが可能になるとされている。このため、特許文献1に開示された赤外線遮蔽材料微粒子分散体を窓ガラス等の各種用途に適用することが検討されている。
【0005】
そして、近赤外線遮蔽材料として有用な複合タングステン酸化物粒子の製造方法について、各種検討がなされている。
【0006】
例えば、特許文献1の発明者は、非特許文献1において、固相法よるCs0.32WO3ナノ粒子を提案した。
【0007】
特許文献2には、ナノサイズで、化学式KxCsyWOzで表わされるカリウム・セシウム・タングステンブロンズ固溶体粒子調合のためのプロセスであって、式中、x+y≦1および2≦z≦3であり、前記プロセスは適切なタングステン・ソースをカリウム塩およびセシウム塩と混ぜ合わせて粉末混合物を形成し、還元雰囲気下でプラズマトーチに粉末混合物を露出することを含み、好ましくは還元雰囲気が水素/希ガス混合物から成るシースガスによって供給される、プロセスが開示されている。特許文献2に開示された製造方法によれば、金属タングステンが不純物として混入することも開示されている。
【0008】
ところで、非特許文献2によると、フォトクロミック材(Photochromic materials)の一つとして知られるCs0.32WO3粒子は、強いUV(紫外線)照射によって、青みがかった色合いが強くなる性質(以下、UV着色現象)を有している。なお、非特許文献2によると、UV着色現象の後、暗い場所に保管すると徐々に元の薄い青色に戻ることも報告されている。上記UV着色現象は、複合タングステン酸化物粒子の普及に向けた課題として顕在化している。このような状況からUV着色現象を低減する研究が行われてきた。
【0009】
非特許文献3には、複合タングステン酸化物粒子のCs0.32WO3粒子にオルトケイ酸テトラエチルおよびUV吸収材(紫外線吸収剤UV-absorbing agent; UVA)を添加することでSiO2,UVA,CWOのコンポジット材料を合成したことが開示されている。
【0010】
また、非特許文献4には、Melt blending processを用い、Cs0.32WO3粒子を不活性なポリマー中に練り込み、Cs0.32WO3粒子表面近傍に存在するプロトンの生成を抑制することが開示されている。
【0011】
特許文献3には、複合タングステン酸化物微粒子と着色防止剤を併用する技術が開示されている。
【0012】
上記非特許文献3、4や、特許文献3等に開示された方法は、複合タングステン酸化物粒子をUV吸収剤等と複合化することでUV着色現象を低減することを意図しており、Cs0.32WO3粒子そのものについては、特性が改善していない。
【0013】
一方、非特許文献2によると、この着色現象のメカニズムは、WO3で報告されているメカニズムに類似しており、Cs0.32WO3ナノ粒子が強力な紫外線に晒されたときに、樹脂などに含まれるプロトンがCs0.32WO3粒子表面のCs欠損サイトに侵入し、HxWO3層が形成することに起因すると提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0014】
【文献】Hiromitsu Takeda, and Kenji Adachi, "Near infrared absorption of tungsten oxide nanoparticle dispersions." Journal of the American Ceramic Society,2007 , Vol.90, Issue 12, P.4059-4061
【文献】Adachi, K., Ota, Y., Tanaka, H., Okada, M., Oshimura, N., & Tofuku, A. (2013). Chromatic instabilities in cesium-doped tungsten bronze nanoparticles. Journal of Applied Physics, 114(19), 194304.
【文献】Zeng, Xianzhe, et al. "The preparation of a high performance near-infrared shielding CsxWO3/SiO2 composite resin coating and research on its optical stability under ultraviolet illumination." Journal of Materials Chemistry C 3.31 (2015): 8050-8060.
【文献】Zhou, Yijie, et al. "CsxWO3 nanoparticle-based organic polymer transparent foils: low haze, high near infrared-shielding ability and excellent photochromic stability." Journal of Materials Chemistry C 5.25 (2017): 6251-6258.
【文献】Sato, Yohei, Masami Terauchi, and Kenji Adachi. "High energy-resolution electron energy-loss spectroscopy study on the near-infrared scattering mechanism of Cs0. 33WO3 crystals and nanoparticles." Journal of Applied Physics 112.7 (2012): 074308.
【特許文献】
【0015】
【文献】特許第4096205号公報
【文献】特表2012-532822号公報
【文献】特開2008-208274号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
既述の様に一般式MxWyOzで示される複合タングステン酸化物粒子は、近赤外線遮蔽材料として有用である。しかしながら、フォトクロミック材料である本複合タングステン酸化物粒子はUVを照射することで青色に着色し、この着色現象は普及に向けた課題として顕在化している。
【0017】
上記従来技術の問題に鑑み、本発明の一側面では、紫外線を照射した際に着色しにくい複合タングステン酸化物粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するため本発明の一側面では、
一般式MxWyOz(但し、M元素はセシウム、Wはタングステン、Oは酸素、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0)で表わされる複合タングステン酸化物粒子であり、
粒子径が800nm以下で、
前記複合タングステン酸化物粒子の表面から深さ3nmまでの範囲で前記M元素のサイトの欠損率が10%以下であり、
前記複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物を含み、
前記複合タングステン酸化物のa軸の格子定数が7.39Å以上7.42Å以下、c軸の格子定数が7.58Å以上7.65Å以下である複合タングステン酸化物粒子を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一側面によれば、紫外線を照射した際に着色しにくい複合タングステン酸化物粒子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる複合材料製造装置の模式図。
【
図2】本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる還元処理装置の模式図。
【
図3】実施例1で用いた複合材料製造装置の反応部の温度分布測定結果。
【
図4】実施例1に係る複合タングステン酸化物粒子のX線回折パターン。
【
図5】実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子のTEM像。
【
図6】実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の粒度分布。
【
図7】実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の[010]入射におけるhigh-angle angular dark-field images、およびコントラスト強度。
【
図8】実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の[010]入射におけるhigh-angle angular dark-field images、およびコントラスト強度。
【
図9】実施例1および比較例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の樹脂硬化膜のUV照射前後における透過プロファイル。
【
図10】実施例1および比較例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の樹脂硬化膜のUV照射前後における全光線透過率(Total Transmittance)のUV照射に伴う時間変化。
【
図11】実施例1および比較例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の樹脂硬化膜のUV照射前後における吸光度ABSの変化量(ΔABS)。
【
図12】比較例1に係る粉砕後の複合タングステン酸化物粒子のTEM像。
【
図13】比較例1に係る粉砕後の複合タングステン酸化物粒子の粒度分布。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係る複合タングステン酸化物粒子の具体例を、以下に図面を参照しながら説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[複合タングステン酸化物粒子]
以下、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の一構成例について説明する。
【0022】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子は、一般式MxWyOzで表わされる複合タングステン酸化物粒子に関する。
【0023】
上記一般式中のM元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素とすることができる。また、Wはタングステン、Oは酸素を表し、x、y、zはそれぞれ、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0を満たす。
【0024】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子は、粒子径が800nm以下であり、複合タングステン酸化物粒子の表面から深さ3nmまでの範囲での、M元素のサイトの欠損率を10%以下とすることができる。
【0025】
複合タングステン酸化物粒子に含まれる複合タングステン酸化物は、上述のように一般式MxWyOzで表記される。式中のM元素、W、O、およびx、y、zについては既述のため、ここでは説明を省略する。
【0026】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子に含まれる複合タングステン酸化物の結晶構造は特に限定されず、正方晶、立方晶、六方晶から選択された1種類以上の結晶構造を有することができる。
【0027】
ただし、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合、複合タングステン酸化物粒子の可視光線領域の光の透過率、および近赤外線領域の光の吸収が特に向上するため好ましい。このため、複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物を含むことが好ましい。複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物から構成することもできる。そして、M元素にCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を用いると六方晶を形成し易くなる。このため、タングステン酸化物粒子のM元素はCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を含むことが好ましい。なお、M元素は、上記列挙した元素から選択された1種以上から構成することもできる。
【0028】
ここで、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合のM元素の配置の仕方を説明する。
【0029】
Wと、6つのOとを単位として形成される8面体、すなわち頂点にO原子を配し、中央部にW原子を配した8面体が、6個集合することでO原子より構成される六角形の空隙(トンネル)が形成される。そして、当該空隙中に、M元素が配置されて1箇の単位を構成し、この1箇の単位が多数集合して六方晶の結晶構造を構成する。六方晶の結晶構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有するとき、M元素の添加量は、x/yの値で0.2以上0.5以下が好ましく、さらに好ましくは0.33である。z/y=3の時、x/yの値が0.33となることで、M元素が六角形の空隙の全てに配置されると考えられる。
【0030】
同様に、z/y=3の時、立方晶、正方晶のそれぞれの複合タングステン酸化物にも構造に由来したM元素の添加量の上限があり、1モルのタングステンに対するM元素の最大添加量は、立方晶の場合は1モルであり、正方晶の場合は0.5モル程度である。なお、正方晶の場合の1モルのタングステンに対するM元素の最大添加量は、M元素の種類により変化するが、工業的に製造が容易なのは、上述のように0.5モル程度である。但し、これらの構造は、単純に規定することが困難であり、当該範囲は特に基本的な範囲を示した例であることから、本発明がこれに限定されるわけではない。
【0031】
また、M元素は極微量でも添加することで、複合タングステン酸化物内に自由電子が生成され、目的とする赤外線吸収効果を得ることができる。このため、既述の様にx/yは、0.001≦x/y≦1を満たすことが好ましい。
【0032】
複合タングステン酸化物は、三酸化タングステン(WO3)にM元素を添加した組成を有している。そして、三酸化タングステンでは有効な自由電子を含まないため、1モルのタングステンに対する酸素の割合を3未満としないと赤外線吸収効果を発揮することはできない。しかしながら、複合タングステン酸化物では、M元素を添加することで自由電子を生じ、赤外線吸収効果を得ることができる。このため、1モルのタングステンに対する酸素の割合は3以下とすることができる。ただし、WO2の結晶相は可視光線領域の光について吸収や散乱を生じさせ、近赤外線領域の光の吸収を低下させる恐れがある。このため、WO2の生成を抑制する観点から、1モルのタングステンに対する酸素の割合は2より大きくすることが好ましい。
【0033】
従って、上述のように2.2≦z/y≦3.0を満たすことが好ましい。
【0034】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の粒子径は特に限定されず、使用目的等に応じて選定することができる。
【0035】
ただし、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子においては、UV照射時の着色を抑制できるため、透明性が要求される各種用途に好適に用いることができる。そして、透明性を保持することが要求される用途に使用する場合は、800nm以下の粒子径を有していることが好ましい。このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子は粒子径が800nm以下であることが好ましい。
【0036】
これは、粒子径が800nm以下の粒子は、散乱により光を完全に遮蔽することが無く、可視光線領域の視認性を高く保持し、同時に効率良く透明性を保持することができるからである。特に可視光線領域の透明性を重視する場合は、さらに粒子による散乱を考慮することが好ましい。
【0037】
係る粒子による散乱の低減を重視するとき、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の粒子径は200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましい。
【0038】
これは、粒子径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm~780nmの可視光線領域の光の散乱が低減される結果、赤外線遮蔽膜が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなることを回避できるからである。そして、複合タングステン酸化物粒子の粒子径が200nm以下になると、上記幾何学散乱もしくはミー散乱が低減し、レイリー散乱領域になる。レイリー散乱領域では、散乱光は粒子径の6乗に比例して低減するため、粒子径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。さらに粒子径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。光の散乱を回避する観点からは、粒子径が小さい方が好ましい。
【0039】
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の粒子径は、用いる用途に応じて選択することができる。例えば上述のように可視光線領域の視認性を高く保持することが求められる場合には、粒子径は800nm以下とすることが好ましく、200nm以下とすることがより好ましく、100nm以下とすることがさらに好ましい。本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の粒子径の下限値は特に限定されないが、例えば1nm以上とすることができる。
【0040】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の粒子径は、該粒子を例えばSEMやTEMで観察し、該粒子に外接する最小の外接円を描いた場合の直径とすることができる。
【0041】
また、本実施形態の複合タングステン複合酸化物粒子の平均粒子径は、5nm以上800nm以下であることが好ましく、5nm以上200nm以下であることが好ましく、30nm以上50nm以下であることがより好ましい。
【0042】
これは複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径を800nm以下とすることで、可視光線領域の光の散乱を特に低減することができるからである。
【0043】
ただし、複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径を5nm未満とすることは困難であり、生産性が低下する恐れがあることから、複合タングステン複合酸化物粒子の平均粒子径は5nm以上であることが好ましい。
【0044】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られる複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径は、以下の手順により算出することができる。まず、評価を行う複合タングステン酸化物粒子を例えばSEMやTEMで観察し、無作為に200個以上500個以下の粒子を選択する。そして、選択した粒子に外接する最小の外接円を描いた場合の直径を該選択した粒子の粒子径とし、選択した粒子の粒子径の平均値を該複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径とする。
【0045】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は特に限定されないが、例えば後述する複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造することができる。そして、係る複合タングステン酸化物粒子の製造方法により複合タングステン酸化物粒子を製造する場合、例えば後述する液滴形成工程において形成する液滴のサイズ等を調整することで、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径や、平均粒子径を選択できる。また、例えば還元処理工程の後に、さらに後述の解砕処理工程を実施することで、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径や、平均粒子径を選択することもできる。
【0046】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子を含有する赤外線遮蔽材料は近赤外線領域、特に波長1000nm付近の光を大きく吸収するため、その透過色調は青色系から緑色系となる物が多い。
【0047】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子、具体的には係る複合タングステン酸化物粒子が含有する複合タングステン酸化物の格子定数は特に限定されないが、a軸が7.39Å以上7.42Å以下、c軸が7.58Å以上7.65Å以下であることが好ましく、a軸が7.40Å以上7.42Å以下、c軸が7.58Å以上7.63Å以下であることがより好ましい。
【0048】
これは、複合タングステン酸化物の格子定数を上記範囲とすることで、W(タングステン)欠損のない結晶構造を構成するためである。
【0049】
格子定数の算出方法は特に限定されず、得られた複合タングステン酸化物粒子について測定した粉末X線回折パターンからリートベルト法等を用いて算出することができる。
【0050】
なお、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子は、例えばM元素の酸化物等の不可避成分を含有する場合がある。この場合、複合タングステン酸化物の結晶相、すなわち複合タングステン酸化物相の格子定数が上記範囲を満たすことが好ましい。
【0051】
ここで、非特許文献2によるとCs0.32WO3粒子表面のCs欠損サイトは、粒径20nm~40nmのCs0.32WO3粒子を得るための粉砕工程に起因する。非特許文献2、および非特許文献5によると、粉砕工程を行ったCs0.32WO3粒子の最表面近傍のCs原子濃度、具体的には粒子の最表面から数nm(Csの原子層が10層程度)の範囲のCs原子濃度は、該粒子内部のCs原子濃度と比較して30~40%程度低い。
【0052】
このようなCsの欠損が生じると、Csの欠損にプロトンが侵入する。プロトンの侵入により、複合タングステン酸化物粒子がUV照射を受けて青く着色する。そこで、このメカニズムに基づくと、Cs欠損サイトの生成を抑制することが、UV着色現象の抑制につながると考えられる。
【0053】
また、本発明の発明者らの検討によれば、Cs0.32WO3粒子だけではなく、既述の一般式MxWyOzで表わされる複合タングステン酸化物粒子においても同様に、該粒子表面でのM元素の欠損が多くなると、UV照射を受けて着色し易いことを確認できた。
【0054】
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子においては、複合タングステン酸化物粒子の表面からの深さ3nm以内の範囲での、M元素のサイトの欠損率を10%以下としている。複合タングステン酸化物粒子の表面近傍のM元素の欠損率を低く抑えることで、UVの照射を受けた複合タングステン酸化物粒子が青く着色することを抑制できる。M元素サイトの欠損率の下限値は特に限定されないが、欠損はない方が好ましことから、例えば0%以上とすることができる。
【0055】
複合タングステン酸化物粒子の表面からの深さ3nm以内の範囲での、M元素のサイトの欠損率は、例えばHAADF-STEM像を基に、以下の式(1)により算出できる。
【0056】
Csの欠損率(%)=[1-(測定領域における各セシウムサイトにおけるCs原子の数)/(測定領域におけるセシウムが入ることができるサイトの数)]×100・・・(1)
上記式中の(測定領域における各セシウムサイトにおけるCs原子の数)/(測定領域におけるセシウムが入ることができるサイトの数)がCs占有率に当たる。そして、Cs占有率とは、CsサイトにおけるCsが存在している比率であり、HAADF像におけるコントラスト強度の大きさから算出することができる。この占有率は各サイトごとに算出できる。占有率と欠損率は合計で100%となるので、得られた値を100%から除くことで欠損率を求めることができる。
[複合タングステン酸化物粒子の製造方法]
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は特に限定されないが、得られる複合タングステン酸化物粒子が含有するM元素の欠損を抑制する観点から、所望の粒径の複合タングステン酸化物粒子を得るために過度の粉砕を要しない製造方法であることが好ましい。
【0057】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、例えば以下の工程を有することができる。
【0058】
被処理物である、タングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成する液滴形成工程。
被処理物を、500℃以上で熱処理する熱処理工程。
熱処理工程で得られた粒子を、還元性ガスを含む雰囲気下で、500℃以上で熱処理する還元処理工程。
還元処理で得られた粒子を解砕装置を用いて解砕する解砕処理工程。
【0059】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法はタングステン源と、M元素源とを含む液滴を、原料の熱分解温度以上の雰囲気にガス流と共に供給して溶媒の蒸発、熱分解を経て複合タングステン酸化物粒子を得る噴霧熱分解法である。
【0060】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、既述の様に、被処理物である、タングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成する液滴形成工程を有することができる。また、被処理物である上記液滴を500℃以上で熱処理する熱処理工程を有することができる。これらの工程についてまず説明する。
(液滴形成工程)
液滴形成工程では、被処理物である、タングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成することができる。
【0061】
液滴形成工程において液滴を形成する具体的な手段は特に限定されない。例えばスプレーノズルを用いてタングステン源とM元素源とを含む溶液の液滴を形成する方法や、タングステン源とM元素源とを含む溶液に対して超音波照射を行い、液滴を形成する方法、二流体ノズルを用いて液滴を形成する方法、遠心アトマイザーを初めとした各種アトマイザーを用いて液滴を形成する方法等が挙げられる。
【0062】
特に微細な液滴を安定して形成できることから、タングステン源とM元素源とを含む溶液に対して超音波を照射して液滴を形成することが好ましい。すなわち超音波を用いた液滴形成方法を好適に用いることができる。
【0063】
なお、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを別に用意しておき、例えば液滴形成部(液滴形成手段)に供給する直前、もしくは液滴形成部内で混合し、タングステン源とM元素源とを含む溶液を形成することが好ましい。すなわち、液滴形成工程において、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを混合し、原料混合溶液を形成することが好ましい。そして、原料混合溶液の形成に引き続き、連続して該原料混合溶液を用いて液滴を形成することが好ましい。
【0064】
液滴形成工程において両溶液を混合する具体的な方法は特に限定されない。例えばタングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを液滴形成部である超音波噴霧装置(超音波照射装置)に別々に導入し、該装置内で両溶液を混合して原料混合溶液とし、液滴を形成することが好ましい。すなわち、液滴形成工程において、超音波噴霧装置を用いて原料混合溶液の液滴を形成している場合、超音波噴霧装置において、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを混合し、原料混合溶液を形成することが好ましい。このように、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを別に用意しておき、例えば超音波噴霧装置において混合することで、原料混合溶液を形成してから液滴にするまでの時間を特に短くすることができる。このため、中和反応によりタングステン源と、M元素源とが反応し、原料混合溶液内で析出等が生じることを特に抑制できる。
【0065】
タングステン源としては特に限定されず、タングステンの塩等を用いることができ、例えばパラタングステン酸アンモニウムを好ましく用いることができる。パラタングステン酸アンモニウム(ATP:ammonium tungstate pentahydrate)は、例えば(NH4)10(W12O41)・5H2Oで表すことができる。
【0066】
パラタングステン酸アンモニウムは、タングステン以外の元素が、N(窒素)、H(水素)、O(酸素)であり、後述する昇温工程や、熱処理工程において系外に排出される。このため、タングステン源を含む溶液の溶質として用いることで、不純物の混入を抑制した複合タングステン酸化物粒子を得ることができるため好ましく用いることができる。
【0067】
また、タングステン源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、タングステン源を含む水溶液を好適に用いることができる。このため、タングステン源としては水溶性の塩を好適に用いることができる。そして、パラタングステン酸アンモニウムは水への溶解が容易であり、溶媒として水を用い、タングステン源を含む溶液を容易に形成できるため、好ましく用いることができる。
【0068】
M元素源を含む溶液としては、例えばM元素を含む塩の溶液を用いることができる。M元素源であるM元素の塩の種類は特に限定されないが、例えばM元素の炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができる。
【0069】
M元素源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、M元素源を含む水溶液を好適に用いることができる。このため、M元素の塩としては水溶性の塩を好適に用いることができる。
【0070】
例えば、M元素がセシウムの場合についても、炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができるが、炭酸塩を特に好適に用いることができる。これは、炭酸セシウムが水への溶解が容易であるからである。
【0071】
なお、得られる複合タングステン酸化物中の1モルのタングステンに対する、M元素の割合、すなわちドープ量は、原料混合溶液を形成する際のタングステン源と、M元素源との割合により決まる。このため、例えばタングステン源を含む溶液の濃度や、M元素源を含む溶液の濃度等により制御できる。
【0072】
タングステン源を含む溶液に含まれるタングステン源の濃度は特に限定されない。例えば、タングステン源を含む溶液のタングステン濃度が0.0015mol/L以上12mol/L以下であることが好ましい。このような濃度とすることで、熱処理工程で得られる粒子の生産性を高め、例えば平均粒子径が800nm以下の粒子を得ることを可能とする。タングステン源を含む溶液のタングステン濃度を0.0015mol/L以上とすることで、単位時間当たりの複合タングステン酸化物粒子の生産量を十分に確保でき、例えばフィルター等で十分な量を回収することができ、生産性を高めることができるからである。また、タングステン源を含む溶液のタングステン濃度を12mol/L以下とすることで、平均粒子径が800nm以下となる粒子のみを選択的に得ることができる。また、例えば数μm以上の粗大な複合タングステン酸化物粒子が混入することを抑制できるからである。
【0073】
タングステン源を含む溶液として、例えばパラタングステン酸アンモニウム水溶液を用いる場合、パラタングステン酸アンモニウムは分子内に12個のタングステンを含むため、パラタングステン酸アンモニウムの濃度は0.000125mol/L以上1mol/L以下が好ましい。
【0074】
また、M元素源を含む溶液に含まれるM元素の濃度についても特に限定されるものではなく、製造する複合タングステン酸化物粒子における所望の組成や、タングステン源を含む溶液に含まれるタングステン源の濃度等に応じて選択することができる。
【0075】
原料混合溶液には、タングステン源を含む溶液や、M元素源を含む溶液以外にも任意の成分を添加できる。例えば複合タングステン酸化物粒子の還元を促進させるために、還元剤として、アンモニアを添加することもできる。タングステン源を含む溶液として、既述のパラタングステン酸アンモニウム水溶液を用いる場合、上記アンモニアは、例えばパラタングステン酸アンモニウム水溶液に添加しておくことができる。
【0076】
液滴形成工程で形成する液滴のサイズは特に限定されないが、液滴の直径は100μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましい。液滴の直径を100μm以下とすることで、得られる複合タングステン酸化物粒子が粗粒化することを防ぎ、ナノメートルオーダーの複合タングステン酸化物粒子を得ることが可能になる。なお、液滴形成工程で形成する液滴のサイズの下限値は特に限定されない。ただし、過度に小さい液滴を形成することは困難であり、生産性が低下する恐れがあることから、例えば1μm以上であることが好ましい。
【0077】
液滴形成工程で形成した液滴は、例えばキャリアガスにより搬送し、熱処理工程や、昇温工程に供することができる。
(熱処理工程)
熱処理工程では被処理物を500℃以上で熱処理することができる。
【0078】
被処理物であるタングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴中に含まれる溶媒は、500℃まで加熱される過程で蒸発し、さらにタングステン源や、M元素源が分解する。そして、係る分解過程でタングステンと、M元素とが反応して複合タングステン酸化物が形成される。
【0079】
熱処理工程等で液滴を加熱する際、液滴に含まれる溶媒が水の場合、該水の蒸発は50℃以上120℃以下の範囲で生じていると推定される。また、タングステン源や、M元素源の分解は、例えば120℃以上500℃以下の範囲で生じていると推定される。
【0080】
そして、タングステン源や、M元素源の分解の過程や、さらに高温の温度でタングステンとM元素とが反応して、複合タングステン酸化物が形成されていると考察される。
【0081】
このため、タングステン源や、M元素源の分解を十分に進行させ、複合タングステン酸化物への不純物の混入を抑制するため、熱処理工程ではタングステン源や、M元素源の分解温度以上で熱処理を行うことが好ましい。そして、上述のように、タングステン源や、M元素源の分解は通常500℃以下で生じると考えられる。このため、熱処理工程では、被処理物である液滴を500℃以上で熱処理を行うことができる。
【0082】
本発明の発明者らの検討によれば、熱処理温度は、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径にも影響する。そして、本発明の発明者らのさらなる検討によれば、熱処理温度が上がるにつれて、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径が小さくなる傾向がみられる。
【0083】
タングステン源の溶液としてパラタングステン酸アンモニウム水溶液を、M元素源の溶液として炭酸セシウム水溶液を用いて、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子を製造した場合を例に説明する。この場合、熱処理温度が500℃以上1000℃未満の場合は、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子の粒子径は100nmから1μm未満となった。また、さらに高温の1000℃以上となると、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子の粒子径は100nm未満となる場合があった。
【0084】
これは、熱処理温度が高くなると、生成した複合タングステン酸化物粒子の昇華に熱エネルギーが使われ、昇華により粒子が弾けて微細な粒子径の粒子が得られるためと推認される。
【0085】
なお、同様の傾向が他の組成の複合タングステン酸化物粒子の製造でも見られることが確認された。このため、特に微細なナノ粒子である複合タングステン酸化物粒子を得るためには、熱処理温度は1000℃以上とすることが好ましい。すなわち、特に微細なナノ粒子を得ることを目的とする場合、熱処理工程では被処理物を1000℃以上で熱処理することが好ましい。
【0086】
熱処理工程における、被処理物の熱処理温度の上限は特に限定されないが、過度に高温まで昇温しようとすると、加熱装置のコストが高くなる恐れがあることから、1500℃以下であることが好ましい。
【0087】
また、粒子径が100nm未満のナノ粒子の複合タングステン酸化物粒子を製造することを目的とする場合、熱処理工程において被処理物を1000℃以上に熱処理することに加えて、1000℃以上の熱処理温度での熱処理時間を1秒以上とすることが好ましく、3秒以上とすることがより好ましい。これは、1000℃以上の熱処理温度での熱処理時間を1秒以上とすることで、生成した複合タングステン酸化物粒子に対して、十分な熱エネルギーを与えて昇華させ、より確実に例えば粒子径が100nm未満のナノ粒子とすることができるからである。
【0088】
1000℃以上の熱処理温度での熱処理時間の上限値は特に限定されないが、過度に長くしようとすると、熱処理炉の大きさが大きくなり、生産性が低下する恐れや、析出した粉末がフィルターまで到達せずに反応部の配管の内部に落下して閉塞する恐れがある。このため、1000℃以上の熱処理温度での熱処理時間は、例えば100秒以下とすることが好ましい。
【0089】
液滴形成工程で形成した液滴は、例えばキャリアガスにより電気炉等に搬送され、上述の熱処理工程を実施できる。このため、例えばキャリアガスの流量等を制御することにより、熱処理工程の時間を調整することができる。
【0090】
なお、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、熱処理工程の前に昇温工程をさらに有することもできる。
【0091】
昇温工程では、例えば被処理物である液滴を500℃まで昇温する工程とすることができる。また、例えば上述のように粒子径が特に小さいナノ粒子とする場合には、昇温工程は、被処理物である液滴を1000℃まで昇温する工程とすることができる。
【0092】
昇温工程の後は、熱処理工程において熱処理を実施できる。なお、熱処理工程においても必要に応じて所定の温度まで昇温することはできる。
【0093】
昇温工程に要する時間は特に限定されるものではなく、任意に選定することができる。
【0094】
既述の様に、被処理物であるタングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴中に含まれる溶媒は、昇温工程の昇温する過程で蒸発し、より高温になるとタングステン源や、M元素源が分解する。そして、係る分解過程でタングステンと、M元素とが反応して複合タングステン酸化物が形成される。
(還元処理工程)
熱処理工程を経て得られた粒子、具体的には複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現しないことがあった。そこで、本発明の発明者らが検討を行ったところ、熱処理工程を経て得られた複合タングステン酸化物粒子について還元処理を行う還元処理工程をさらに実施することで、複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現できることを見出した。
【0095】
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、熱処理工程で得られた粒子を、還元性ガスを含む雰囲気下で還元処理する還元処理工程を有することができる。
【0096】
還元処理の条件は特に限定されないが、還元処理後の複合タングステン酸化物粒子をX線回折パターンにより解析した場合に、還元処理工程の前後で結晶構造が変化せず、かつ金属のタングステン等が析出しないように還元処理の条件を選択することが好ましい。
【0097】
還元処理工程では、熱処理工程で得られた複合タングステン酸化物を、還元性ガスを含む還元雰囲気下で昇温と降温を行うことで、すなわち熱処理を行うことで還元処理できる。
【0098】
還元処理工程の間、複合タングステン酸化物粒子は撹拌しても静置してもよく、還元処理工程での複合タングステン酸化物粒子の取り扱いは適宜選択できるが、金属のタングステンが析出しないように取扱い条件を選択することが好ましい。
【0099】
還元処理の温度(還元処理温度)は、500℃以上とすることができ、望ましくは500℃以上700℃未満で、より望ましくは550℃以上650℃以下であり、さらに望ましくは550℃以上650℃未満である。なお、液滴形成工程において、原料濃度を低下させると得られる粒子サイズは小径化する。小径化した粒子はより還元しやすくなるため、還元処理工程における温度を従来よりも低下させることができる。室温から、還元処理の温度まで昇温後、再び室温まで降温することができる。
【0100】
還元条件は、得られる複合タングステン酸化物粒子の光学特性から、定めることができる。
【0101】
還元処理の温度を500℃以上とすることで複合タングステン酸化物粒子について還元処理を進め、赤外線吸収特性をより確実に発揮できる。また、700℃未満とすることで、複合タングステン酸化物粒子が金属タングステンに還元されることを抑制できる。
【0102】
還元雰囲気は、アルゴンなどの不活性ガスと、H2ガス(水素ガス)等の還元性ガスとの混合ガスによる雰囲気とすることが好ましく、還元性ガスはH2ガスが望ましい。
【0103】
還元性ガスとしてH2ガスを用いる場合、還元雰囲気中のH2ガスの含有量は、適宜選択できるが、H2ガスの含有量は、体積割合で0.1%以上10%以下の範囲が好ましく、2%以上10%以下の範囲がより好ましい。還元性ガスのみの雰囲気で還元すると、還元反応が過剰に進み金属のタングステンが析出することがあるので注意が必要である。
【0104】
還元処理工程の時間は、昇温から、降温までの全時間で30分以上とすることが望ましい。還元処理工程の時間の上限は特に限定されず、例えば過度に還元が進行しないように予備試験等を行い、選択することが好ましい。なお、ここでいう昇温から降温までの全時間とは、室温から昇温を開始し、還元処理温度に達した後、室温に冷却するまでの時間を意味する。なお、係る時間、複合タングステン酸化物粒子は、既述の還元雰囲気下に置かれていることが好ましい。
【0105】
このように還元処理工程を実施することで、熱処理工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子について、目的としない異相を、目的とする複合タングステン酸化物相に変換させることができる。
【0106】
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、ここまで説明した液滴形成工程、熱処理工程、還元処理工程以外にもさらに任意の工程を有することもできる。例えば以下に説明する解砕処理工程をさらに有することができる。
(解砕処理工程)
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、還元処理工程によって得られた粒子を、解砕処理することもできる。すなわち、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、上述のように還元処理工程で得られた粒子に解砕処理を行う解砕処理工程をさらに有することもできる。
【0107】
本実施形態に係る複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られる複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径は例えば800nm以下である。しかし、還元処理工程によって得られた粒子は凝集していることがある。この様に還元処理工程後に得られる粒子に凝集が生じる場合があるのはナノサイズの粒子を気相法で合成し、乾燥した粉末の形態で捕集しているため、またこの乾燥した粉末を還元処理する際に熱エネルギーを加えるため、と考えられる。複合タングステン酸化物粒子は分散した状態であると可視光線領域における特に優れた透過特性と赤外線領域における特に高い吸収特性を示すことが知られる。このため、還元処理工程後に得られる粒子の状態によっては、弱い解砕処理を行うことで分散したナノサイズの粒子とすることが好ましい。
【0108】
解砕処理工程において用いる解砕手段としては特に限定されないが、例えば、ビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー、超音波ホモジナイザーなどの装置を用いた解砕処理方法が挙げられる。その中でも、媒体メディア(ビーズ、ボール、オタワサンド)を用いるビーズミル、ボールミル、サンドミル、ペイントシェーカー等の媒体撹拌ミルで解砕させることが、所望とする平均粒子径とするために要する時間を短縮する観点から好ましい。
【0109】
なお、既述の様に固相法で合成した複合タングステン酸化物はサブミクロンサイズの粒子をナノサイズまで粉砕するためには、例えば粒径が0.3mmのビーズを用いて数時間以上の粉砕処理を行う必要がある。一般に、解砕や粉砕処理では粒子径の大きなビーズを用いると、ビーズ同士の衝突エネルギーが増加することで解砕や粉砕時に被処理粒子が受けるエネルギーが増加する。そのため、粒径が大きな媒体を用いることで、結果として解砕後の被処理粒子の粒子径は細かくできる。しかしながら、この様に粒径の大きな媒体を用いると、解砕や、粉砕時に被処理粒子がダメージを受けて、被処理粒子を構成する物質の結晶構造が変化する場合がある。また、複合タングステン酸化物粒子の表面にM元素の欠損を生じさせる場合がある。
【0110】
一方、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法においては、還元処理工程後に得られる複合タングステン酸化物粒子が既に細かく、また弱い力で凝集しているに過ぎない。このため、本実施形態の複合タングステン酸化物の製造方法において解砕処理工程を実施する場合、解砕用の媒体としては例えば粒径が10μm以上500μm以下のビーズを好適に用いることができ、該ビーズを用いて解砕処理を行うことができる。これは、解砕用の媒体として、粒径が500μm以下のビーズを用いることで、複合タングステン酸化物粒子に過剰なエネルギーを加え、結晶構造が変化すること等を抑制できるからである。また、粒径が10μm以上のビーズを用いることで、複合タングステン酸化物粒子を十分に解砕し、ナノサイズの粒子とすることができるからである。
【0111】
解砕用の媒体として用いるビーズの材質は特に限定されないが、解砕処理工程後に、分散液中で複合タングステン酸化物粒子と比重の差により分離することが可能な材料であることが好ましく、例えばジルコニア製のビーズ、すなわちジルコニアビーズを好適に用いることができる。
【0112】
また、解砕工程における解砕処理の時間は特に限定されないが、例えば5分以上1時間以下であることが好ましい。これは、解砕処理の時間を1時間以下とすることで、複合タングステン酸化物粒子に過剰なエネルギーを加え、結晶構造が変化することや、粒子表面にM元素の欠損を生じさせること等を特に抑制できるからである。また、解砕処理の時間を5分以上とすることで、複合タングステン酸化物粒子を十分に解砕し、ナノサイズの粒子とすることができるからである。
[複合材料製造装置、還元処理装置]
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる複合材料製造装置、還元処理装置の構成例について以下に説明する。
(複合材料製造装置)
図1は、複合材料製造装置10を模式的に示した図である。
【0113】
複合材料製造装置10は、液滴形成部11と、輸送部12と、反応部13と、回収部14とを有することができ、既述の液滴形成工程や、昇温工程、熱処理工程を実施することができる。
【0114】
なお、
図1に示すように、液滴形成部11と、輸送部12と、反応部13と、回収部14とは配管により接続しておくことが好ましい。
【0115】
液滴形成部11には、必要に応じて付帯設備を接続しておくことができる。例えば液滴形成部11には、原料溶液であるタングステン源を含む溶液を格納する第1格納部151や、M元素源を含む溶液を格納する第2格納部152を接続しておくことができる。なお、第1格納部151と液滴形成部11との間の配管や、第2格納部152と液滴形成部11との間の配管には、例えばポンプ151A、152Aをそれぞれ設けておき、所望の流速で各溶液を液滴形成部11に供給可能に構成できる。また、液滴形成部11で形成した液滴を輸送部12等に搬送するためのキャリアガスを収納したキャリアガスタンク16を接続しておくことができる。
【0116】
そして、第1格納部151、及び第2格納部152から液滴形成部11に供給されたタングステン源を含む溶液、およびM元素源を含む溶液は、
図1に示した装置では液滴形成部11内の上部で混合され、原料混合溶液が形成される。次いで、形成された原料混合溶液を用いて、液滴形成部11により液滴が形成される。
【0117】
なお、
図1に示した液滴形成部11は超音波噴霧装置の場合を例に示しており、例えば超音波照射部111により、原料混合溶液に超音波が照射され、液滴が形成される。
【0118】
上述のように、液滴形成部11にはキャリアガスを充てんしたキャリアガスタンク16を接続しておくことができ、該キャリアガスタンク16から液滴形成部11に対してキャリアガスが供給される。そして、液滴形成部11で形成した液滴はキャリアガスにより搬送され、輸送部12を介して反応部13に供給される。
【0119】
輸送部12は、液滴形成部11と、反応部13とを接続しており、液滴形成部11で形成した液滴を反応部13へと供給することができる。輸送部12を通過する液滴を予め加熱し、反応部13の温度が下がらないように、輸送部12内を加熱できるように構成しておくことが好ましい。具体的には例えば、輸送部12の外側にヒーターを巻きつける等して設置し、輸送部12の内部の温度を30℃以上80℃以下に保つことが好ましい。
【0120】
反応部13では、既述の昇温工程、及び熱処理工程を実施することができる。このため、反応部13は、例えば
図1に示したように耐熱性の配管131と、該配管131を加熱するヒーター132とを有することができる。
【0121】
配管131としては、例えばセラミック製の配管を用いることができる。
【0122】
反応部13の長さは特に限定されるものではなく、昇温工程、及び熱処理工程の所定の温度まで加熱することができ、熱処理工程の時間を十分に確保できるように選択することが好ましい。
【0123】
反応部13の配管131の長さは、所定の温度まで加熱し、熱処理工程の時間を十分に確保する観点から1m以上であることが好ましい。配管131の長さの上限は特に限定されないが、過度に長くすると多くのキャリアガスを要することになり、また装置のサイズも大きくなることから、5m以下であることが好ましい。
【0124】
また、配管131の直径(内径)についても特に限定されないが、生産性の観点から2cm以上であることが好ましい。配管131の直径(内径)の上限値は特に限定さないが、その中心部と、壁面部との温度差が過度に大きくならないように選択することが好ましく、配管131の直径は例えば20cm以下であることが好ましい。
【0125】
反応部13の配管131は、その長手方向に沿って温度勾配を有するのが通常である。例えば、反応部入口131A側の温度が低く、反応部出口131Bに向かって温度が上昇する。
【0126】
このため、反応部出口131B近傍に温度が500℃以上となる温度領域を形成できるように、各種条件を設定することが好ましい。
【0127】
また、特に既述の熱処理工程において被処理物を1000℃以上の温度で熱処理する場合には、反応部出口131B近傍に温度が1000℃以上となる温度領域を形成できるように、各種条件を設定することが好ましい。また、熱処理工程において、例えば1000℃以上の温度での熱処理時間を1秒以上とする場合、反応部13内の1000℃以上となる温度領域を、被処理物が通過する時間が1秒以上となるように、各種条件を設定することが好ましい。具体的には例えば、配管131内の温度分布を予め測定しておき、キャリアガスの供給速度等を調整することが好ましい。
【0128】
回収部14では、反応部13で生成した複合タングステン酸化物粒子を回収することができる。回収部14の構成は特に限定されるものではなく、製造する複合タングステン酸化物粒子の粒径等に応じて選択することができる。回収部14としては、例えば各種フィルターを用いることができる。もしくは、静電型捕集器を用いることができる。なお、回収部14でタングステン源を含む溶液等に含まれていた液体などが析出しないように、回収部14の周囲にヒーター等の加熱手段を配置し、加熱しておくこともできる。
【0129】
複合材料製造装置10の内部は密閉されており、キャリアガスタンク16から液滴形成部11にガスが流入し、回収部14から流出するようにガス流が構成されていることが好ましい。
(還元処理装置)
還元処理装置では、既述の還元処理工程を実施することができる。
【0130】
還元処理装置は、既述の還元処理工程を実施できるように構成されていればよく、特に限定されない。例えば、既述の複合材料製造装置で得られた粒子である複合タングステン酸化物粒子を格納する容器と、該容器内に還元雰囲気とする混合ガスを供給するガス配管と、該容器を加熱する熱源を備えればよい。
【0131】
なお、容器内に還元雰囲気とする混合ガスを導入、排気し、被処理物である複合タングステン酸化物粒子を該混合ガスの気流下に置くこともできる。この場合には、係る気流を形成できるように、ガス配管として混合ガスの供給配管、及び排気配管を設けておくことができる。
【0132】
また、容器内の複合タングステン酸化物粒子を撹拌する撹拌羽なども併用してもよい。
【0133】
図2は還元処理装置の一構成例を模式的に示した図であり、還元処理装置20の反応管21の中心軸を通る面での断面図を示している。
【0134】
還元処理装置20は、横型の管状炉であり、反応管21の一方の口21Aに図示しないガス導入管を、該管状炉の他方の口21Bに図示しないガス排気管を取り付けて用いることができる。そして、一方の口21A側から還元雰囲気とする混合ガスを供給することで、反応管21内を還元雰囲気とすることができる。
【0135】
反応管21の周囲にはヒーター22を設けておくことができ、複合タングステン酸化物粒子は、ボート等のセラミック製の容器23に入れ、管状炉の反応管21内のヒーター22に対応した位置に配置できる。
【0136】
係る還元処理装置20を用い、反応管21内を還元雰囲気とし、ヒーター22により所望の温度に加熱することで、容器23に入れられた複合タングステン酸化物粒子24の還元処理を行うことができる。
【0137】
以上に説明した本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法によれば、液滴形成部や、ヒーター等の導入コストの低い設備を用いることができる。また、近赤外線吸収粒子である複合タングステン酸化物粒子を、長時間の粉砕などのプロセスを経ることなく直接的に得ることができ、工程数も少なくすることができる。従って、容易に複合タングステン酸化物粒子を製造できる。
【0138】
さらに、還元処理工程を実施することで、確実に赤外線吸収特性を発現することができ、また熱処理工程で合成された複合タングステン酸化物粒子に異相が含まれても、異相を低減、除去できる。そのため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、産業上の利用価値が高い。
【実施例】
【0139】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
図1に示した複合材料製造装置10、および
図2に示した還元処理装置20を用いて、複合タングステン酸化物粒子として、Cs
0.32WO
3粒子の製造を行い、評価を行った。以下、具体的な条件について説明する。
【0140】
図1に示した複合材料製造装置10は、液滴形成部11と、輸送部12と、反応部13と、回収部14とを有しており、液滴形成部11と、輸送部12と、反応部13と、回収部14とは配管により接続されている。
【0141】
液滴形成部11には、原料溶液であるタングステン源を含む溶液を格納する第1格納部151、M元素源を含む溶液を格納する第2格納部152、液滴形成部11で形成した液滴を輸送部12等に搬送するためのキャリアガスを収納したキャリアガスタンク16を接続しておいた。
【0142】
まず、タングステン源を含む溶液として、(NH4)10(W12O41)・5H2Oで表されるパラタングステン酸アンモニウム(ATP)(関東化学製 純度:88~90%)、および超純水を用いて1.25mmol/Lのパラタングステン酸アンモニウム水溶液を調製した。そして、係るパラタングステン酸アンモニウム水溶液は、第1格納部151に入れ、第1格納部151に配管で接続された液滴形成部11に、ポンプ151Aにより連続して供給されるように構成した。
【0143】
また、M元素源を含む溶液として、炭酸セシウム(シグマアルドリッチ社製)、および超純水を用いて2.4mmol/Lの炭酸セシウム水溶液を調製した。そして、係る炭酸セシウム水溶液は、第2格納部152に入れ、第2格納部152に配管で接続された液滴形成部11に、ポンプ152Aにより連続して供給されるように構成した。
【0144】
なお、上述のようにポンプ151A、152Aにより第1格納部151、および第2格納部152から、配管を介して液滴形成部11に各溶液が一定の流速で供給され、液滴形成部11内の上部で両溶液が混合され原料混合溶液が形成されるように構成されている。そして、液滴形成部11内で形成される原料混合溶液中の1モルのタングステンに対するセシウムのモル数の割合が0.32となるように供給速度、および各溶液の濃度を調整した。具体的には、上記各溶液を等量づつ、すなわち単位時間あたりの供給体積が同じになるように供給した。その結果、原料混合溶液中では、0.625mmol/Lのパラタングステン酸アンモニウムと1.2mmol/Lの炭酸セシウムとが含まれていた。
【0145】
液滴形成部11には、キャリアガスタンク16が接続されており、キャリアガスタンク16としては空気ボンベを用いた。そして、複合タングステン酸化物粒子を製造している間、液滴形成部11にはキャリアガスとして空気ガスが4L/minの流量で供給されるように構成した。
【0146】
液滴形成部11には、超音波照射部111が設けられており、液滴形成部11で形成された原料混合溶液に対して超音波を照射し、直径が1μm以上5μm以下の液滴を形成できるように超音波の出力を調整しておいた。なお、液滴形成部11としては、超音波式ネブライザ(オムロンヘルスケア株式会社製 型式:NE-U17 超音波発信周波数1.7MHz)を用いた。
【0147】
そして、輸送部12の外側にヒーターを配置し、輸送部12の内部の温度を70℃に保つように構成した。
【0148】
反応部13は、配管131を備えており、配管131にはセラミック製の長さ1.3m、内径28.5mmの円筒形状の管を用いた。
【0149】
反応部13は、ヒーター132により配管131の外部から加熱するように構成されており反応部入口131Aから、反応部出口131Bに向かって温度が高くなるように温度を設定した。
【0150】
本実施例では、反応部出口131B近傍における最高温度が1200℃となるようにヒーター132の温度を設定した。本実施例で用いた反応部の温度分布を
図3に示す。
図3は、配管131の長さ方向に沿って2cm毎に温度を熱電対により測定して得られた温度分布曲線を示したものである。なお、配管131と回収部14との間の配管部分でも一部温度を測定している。
図3中横軸は、反応部入口131Aの位置を0とした場合の、反応部入口131Aからの、配管131の長さ方向に沿った測定点の位置(距離)x(cm)を示している。また、
図3中縦軸は、配管131の長さ方向の各位置における炉内温度を示している。
【0151】
図3に示したように、反応部入口131Aから、反応部出口131Bに向かって温度が徐々に高くなるように温度分布が形成され、1000℃以上になる温度領域も設定されていることが確認できる。
【0152】
回収部14には、バグフィルターを配置し、反応部13で昇温工程、及び熱処理工程を終え、形成された複合タングステン酸化物粒子を回収できるように構成した。粉末を乾燥させた状態で回収するため、ガラスフィルターの周囲をガラス繊維テープで目張りし、120℃に加熱した。なお、加温しないと蒸発した液滴が析出する場合がある。
【0153】
以上の条件により、複合タングステン酸化物粒子の製造を行った。
【0154】
具体的には、液滴形成部11において、パラタングステン酸アンモニウム水溶液と、炭酸セシウム水溶液との原料混合溶液の液滴を形成し(液滴形成工程)、炉体温度が1200℃に設定された反応部13にキャリアガスにより該液滴を供給し、昇温工程と、熱処理工程とを実施した。反応部13の配管131内は、
図3に示した温度分布を有し、キャリアガスの流量を4L/minとしたことから、液滴は1000℃まで昇温され(昇温工程)、1000℃以上の熱処理温度で3.0秒間熱処理がなされている(熱処理工程)。
【0155】
次いで、熱処理工程後に得られた粒子について、還元処理温度を650℃として
図2に示した還元処理装置20を用いて還元処理を実施し、複合タングステン酸化物粒子を得た(還元処理工程)。
【0156】
還元処理装置20は、横型の管状炉であり、セラミック製のボートである容器23に熱処理工程後に得られた粒子を入れ、該容器23が反応管21内の最高温度、すなわち上記還元処理温度となる位置に配置した。
【0157】
反応管21の一方の口21Aに図示しないガス導入管を、該管状炉の他方の口21Bに図示しないガス排気管を取り付けて用いた。そして、一方の口21A側から、不活性ガスであるアルゴンと、還元性ガスであるH2ガスとを含む混合ガスを供給することで、反応管21内を還元雰囲気とした。なお、混合ガス中のH2ガスの含有量は体積割合で5%とし、反応管内の圧力が0.08MPaとなるように供給した。
【0158】
反応管21の周囲にはヒーター22を設けておき、室温から600℃まで昇温し、容器23を置いた部分が還元処理温度に到達後、1時間保持し、その後室温まで冷却することで還元処理を行った。
【0159】
還元処理工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子について、粒径が50μmのジルコニアビーズを用い、10分間の解砕処理を行った(解砕処理工程)。
【0160】
具体的にはまず、還元処理工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子を200mg用意し、分散媒であるMIBK12.5mL(比重0.8)と、分散剤(アクリル骨格を備えるアミン系分散剤 アミン価48mg/KOH)0.2mLと混合し、複合タングステン酸化物粒子を分散させた。なお、係る分散液中の、MIBKに対する複合タングステン酸化物粒子の質量濃度は2質量%となる。次いで、粒径が50μmのジルコニアビーズ(大研化学社製)を50mLのガラス瓶に導入し、ペイントシェーカーを用いて解砕した。解砕処理工程後の分散液を、実施例1に係る複合タングステン酸化物粒子分散液とした。また、分散液の一部を取り出し、乾燥により分散媒を除去し、複合タングステン酸化物粒子を得、以下の分析を行った。
【0161】
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを
図4に示す。XRDパターンから得られた複合タングステン酸化物粒子はCs
0.32WO
3で表せることを確認できた。リートベルト解析により複合タングステン酸化物であるCs
0.32WO
3相の格子定数を算出するとa軸=7.42Å、c軸=7.59Åであった。また、得られた複合タングステン酸化物粒子が有する複合タングステン酸化物は、六方晶であることが確認できた。
【0162】
解砕処理工程により得られた、本実施例の複合タングステン酸化物粒子の粒子径は28.6nmであることが確認できた。評価を行う複合タングステン酸化物粒子をTEMで観察し、無作為に200個の粒子を選択する。そして、選択した粒子に外接する最小の外接円を描いた場合の直径を該選択した粒子の粒子径とし、選択した粒子の粒子径の平均値を該複合タングステン酸化物粒子の平均粒子径とした。
【0163】
解砕工程後の複合タングステン酸化物粒子のTEM像を
図5(A)、
図5(B)に、粒度分布を
図6にそれぞれ示す。
図5(B)は、
図5(A)の一部拡大図に当たる。
(3)STEM像観察
図7、
図8に日本電子製STEM(型式:JEM―ARM200F)を用いて観察したhigh-angle angular dark-field images(HAADF)像を示す。HAADF像での粒子コントラストは粒子の原子数と原子の個数に比例する。重い原子が複数個積層するほど明るいコントラストを示すため、最も明るいコントラスト、および2番目に明るいコントラストがW、3番目に明るいコントラストがCsであり、Oは確認できないと考えられる。
【0164】
図7(A)に解砕処理工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子であるCs
0.32WO
3粒子の[010]入射時のHAADF―STEM像を示す。すなわち
図7(A)では、Cs
0.32WO
3粒子を[010]入射方向として見てW原子やCs原子の積算されたコントラストを見ていることになる。
図7(A)中のa-bの長方形の領域を粒子内部のCs plane、
図7(A)中のc-dの長方形の領域を最表面から二層目のCs plane、
図7(A)中のe-fの長方形の領域を粒子最表面のCs planeとした。
【0165】
図7(B)には
図7(A)で示した粒子と同じ方位での結晶構造のイメージ図を示す。本方位からの結晶構造は、Wのみが並んだ面(W plane)とCsのみが並んだ面(Cs plane)とが交互に配列する。このため、
図7(A)中に示す長方形の枠中のCs planeのコントラスト強度よりCs脱離状況を評価することができる。
図7 (D)に、Cs planeのライン幅1nmの範囲でコントラスト強度を平均化した結果を示す。
図7(D)には、
図7(A)中のa~f、a´、f´の位置もあわせて示している。
【0166】
図7(D)のa-bに示した粒子内部のCs plane上のコントラストでは、明確なCs由来のピークを確認した。Csのピーク間にある弱いピークはW plane上のWのコントラストに由来する。また、
図7(D)のc-dに示した最表面から2層目のCs planeのコントラストでは、粒子内部と同等以上の明確なCsコントラストをすべての範囲で確認した。つまり、最表面から深さ1nm程度の表面に近い領域でも内部と同様のCsが存在する。
図7(D)のe-fに示した粒子最表面のCsコントラストにはe´からf´の領域にのみCs由来の弱いピークを確認した。つまり、実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の最表面のCsは部分的にCsが欠損するが、2層目よりも深い内部領域ではCsが内部と同等以上の濃度で存在した。
【0167】
図8に示した本粒子の[001]入射時のHAADF-STEM像を用いて同様の解析を行った。本視野では、最も明るいコントラストがタングステンに対応しており、二番目に明るいコントラストはセシウムに対応する。
図8(A)中のa-bを粒子内部のCs plane、
図8(A)中のc-dを最表面から二層目のCs plane、
図8(A)中のe-fを粒子最表面のCs planeとした。
【0168】
図8(B)には
図8(A)で示した粒子と同じ方位での結晶構造のイメージ図を示す。
図8(C)に、Cs planeのライン幅1nmの範囲でコントラスト強度を平均化した結果を示す。
図8(C)には、
図8(A)中のa~f、および矢印の位置もあわせて示している。
図8(A)、
図8(C)より、[010]方向と同様に粒子内部から表面深さ1nmまでCsは内部と同じ濃度で存在することを確認できた。ただし、最表面のCs/W層には、矢印で示した箇所のようにわずかなコントラストの低下を確認できた。
【0169】
実施例1に係る複合タングステン酸化物粒子の表面から深さ3nmまでの範囲で、M元素、すなわちCs元素サイトの欠損率は8.2%であった。
【0170】
ここで、本結晶系は、理想的にWに対してCsは原子量比で0.33まで存在できる。一方、粉砕プロセスなどの脱離プロセスにより粒子の界面に存在するCsはWの骨格構造を維持したままCsサイトから完全に消失する。そこで、Cs欠損率を以下の式(1)に従って定義、算出した。
【0171】
Csの欠損率 = [1-(測定領域における各セシウムサイトにおけるCs原子の数)/(測定領域におけるセシウムが入ることができるサイトの数)]×100・・・(1)
Cs占有率とは、CsサイトにおけるCsが存在している比率であり、HAADF像におけるコントラスト強度の大きさから算出することができる。この占有率は各サイトごとに算出できる。占有率と欠損率は合計で100%となるので、得られた値を100%から除くことで欠損率とした。
(複合タングステン酸化物粒子分散体の光学特性)
実施例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の光学特性を、複合タングステン酸化物粒子分散体である、複合タングステン酸化物粒子を含有する樹脂硬化膜で評価した。
【0172】
まず、解砕処理工程後に得られた、既述の複合タングステン酸化物粒子分散液にUV硬化樹脂(UV-3701東亜合成製)を、複合タングステン酸化物粒子1質量部に対して5質量部の割合で混合して塗布液を調製した。
【0173】
得られた塗布液を卓上のバーコーター(TC-3,三井電気精機)上でソーダガラス基板(厚さ3mm×10mm×10mm)に塗布した後、100℃で1分間加熱して塗布液中に含まれる有機溶媒を乾燥、除去した。
【0174】
さらに、UVコンベア装置(ECS-401GX,アイグラフィック製)を用いて1分間のUV照射を行い、塗布膜中の樹脂を重合硬化させて実施例1に係る複合タングステン酸化物粒子分散体である樹脂硬化膜を作製した。UVコンベア装置中のUV源には365nmに主波長を有する水銀ランプを用いた。なお、実施例1に係る樹脂硬化膜は、後述する全光線透過率が約80%となるようにバーコーターの塗布膜の厚さを調整した。
【0175】
複合タングステン粒子を含有する樹脂硬化膜について、ヘイズメータ(NDH 5000,日本電色工業株式会社製)により全光線透過率をISO 13468-1:1996に基づき測定した。また、同試料のヘイズを同ヘイズメータでISO 14782:1999に基づき求めた。さらに、同試料について、紫外可視近赤外分光法により測定された透過プロファイル(Transmittance;T)から、ISO 9050:2003に従って可視光透過率(Visible Light Transmission; VLT)を求めた。
【0176】
各波長の透過率を求め、該透過率から吸光度(Absorbance; ABS)を算出した。波長550nmの透過率をT550nm、波長1300nmの透過率T1300nmと表記する。また、波長550nmの吸光度(ABS)をABS2.26eV(550nm)、波長1300nmの吸光度(ABS)をABS0.95eV(1300nm)と表記する。なお、吸光度の添え字である各波長の光のエネルギーは、以下の式(2)により算出した。
【0177】
E=hc/eλ ・・・(2)
h:プランク定数
c:光速度
e:電気素量
λ:波長
以上の評価結果を表1のUV照射前の欄に示す。
(UV照射による樹脂硬化膜の光学特性の変化の評価)
また、上記樹脂硬化膜について、塗布膜側からの20分間のUV照射を行いフォトクロミック安定性を評価した。UV照射後の樹脂硬化膜について、全光線透過率、ヘイズ、可視光透過率を求めた。さらに、各波長の透過率を求め、各波長の透過率から吸光度(Absorbance;ABS)を算出した。結果を表1のUV照射20分後の欄に示す。
【0178】
波長550nm、および波長1300nmにおける、UV照射による樹脂硬化膜のABS(吸光度)の変化量(ΔABS= ABSUV照射前 -ABSUV照射後)を算出した。結果を表1に示す。波長550nmの吸光度(ABS)のUV照射前後での変化量をΔABS2.26eV、波長1300nmの吸光度(ABS)のUV照射前後での変化量をΔABS0.95eVと表記する。
【0179】
実施例1に係る樹脂硬化膜のUV照射前と、20分間UVを照射した後の紫外可視近赤外分光法により測定された透過プロファイルを
図9(A)に示す。
【0180】
上記UV照射を行う際、UVの照射開始から5分、または10分で一旦照射を止め、樹脂硬化膜の全光線透過率を測定した。UVの照射時間による全光線透過率の変化を
図10に示す。
図10に示した結果によれば、後述する比較例1と比較して、UV照射による全光線透過率の低下を抑制できることを確認できた。UV照射開始から5分間程度は全光線透過率の低下が若干確認できたが、その後は全光線透過率がほとんど低下せず、横ばいになることを確認できた。
【0181】
20分間のUV照射による、実施例1に係る樹脂硬化膜のABS(吸光度)の変化量(ΔABS=ABS
UV照射前-ABS
UV照射後)を
図11に示す。実施例1に係る樹脂硬化膜は、全波長に渡って、後述する比較例1と比較してΔABSが小さいことを確認できた。すなわち、実施例1の複合タングステン酸化物粒子や、それを含む樹脂硬化膜は、UV着色現象を抑制できていることを確認できた。
[比較例1]
比較例1に係る複合タングステン酸化物粒子を合成し評価した。
【0182】
水0.330kgにCs2CO30.216kgを溶解し、得られた溶液をH2WO41.000kgに添加して十分撹拌した後、乾燥して乾燥物を得た。N2ガスをキャリアーとした5%H2ガスを供給しながら当該乾燥物を加熱し、800℃の温度で1時間焼成した。その後、さらにN2ガス雰囲気下800℃で2時間焼成する固相反応法を実施して、複合タングステン酸化物を得た。得られた複合タングステン酸化物を1g用意し、分散媒であるMIBK12.5mL(比重0.8)と、分散剤(アクリル骨格を備えるアミン系分散剤 アミン価48mg/KOH)1mLと混合し、複合タングステン酸化物粒子を分散させた。なお、係る分散液の、MIBKに対する複合タングステン酸化物粒子の質量濃度は10質量%となる。次いで、粒径が0.3mmのジルコニアビーズ(大研化学社製)を50mLのガラス瓶に導入し、ペイントシェーカーを用いて6時間粉砕して、比較例1に係る複合タングステン酸化物粒子の分散液を得た。粉砕後の分散液を、比較例1に係る複合タングステン酸化物粒子分散液とした。また、分散液の一部を取り出し、乾燥により分散媒を除去し、複合タングステン酸化物粒子を得、以下の分析を行った。
【0183】
粉砕後の比較例1に係る複合タングステン酸化物の粒径は16.1nmであった。
【0184】
比較例1に係る複合タングステン酸化物粒子のTEM像を
図12に、粒度分布を
図13にそれぞれ示す。
【0185】
比較例1に係る複合タングステン酸化物の表面から深さ3nmまでの範囲でCs元素サイトの欠損率は40.5%であった。
(複合タングステン酸化物粒子分散体の光学特性)
比較例1で得られた複合タングステン酸化物粒子の光学特性を、複合タングステン酸化物粒子分散体である、複合タングステン酸化物粒子を含有する樹脂硬化膜で評価した。
【0186】
具体的には、粉砕後に得られた比較例1に係る複合タングステン酸化物粒子分散液を用いた点以外は、実施例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子を含有する樹脂の硬化膜を作製し、光学特性を評価した。評価結果を表1に示す。
(UV照射による樹脂硬化膜の光学特性の変化の評価)
実施例1の場合と同様に、比較例1に係る樹脂硬化膜についてもUV照射後の全光線透過率、ヘイズ、可視光透過率、さらにはUV照射によるABSの変化量を算出した。結果を表1のUV照射20分後の欄に示す。
【0187】
また、比較例1に係る樹脂硬化膜のUV照射前と、20分間UVを照射した後の紫外可視近赤外分光法により測定された透過プロファイルを
図9(B)に示す。実施例1の場合と比較すると、紫外線照射後の近赤外線領域の透過率が、実施例1の場合よりも低くなっていることを確認できる。これは、比較例1に係る樹脂硬化膜ではUV照射後において、Cs
0.32WO
3のW原子の5d軌道への電子の供給が多いためと考えられる。
【0188】
上記UV照射を行う際、UVの照射開始から5分、10分で一旦照射を止め、全光線透過率を測定した。UVの照射時間による全光線透過率の変化を
図10に示す。
図10によると、比較例1の樹脂硬化膜の全光線透過率は、UVの照射を開始してから最初の5分で4%程度大きく減少し、その後も継続して減少していることが確認できた。
【0189】
20分間のUV照射による、比較例1に係る樹脂硬化膜の、光エネルギーに対するABS(吸光度)の変化量(ΔABS=ABS
UV照射前-ABS
UV照射後)を
図11に示す。比較例1の光エネルギーに対する吸光度の差分(ΔABS)は、0.98eVにおける第1ピークP
131と、1.51eVにおける第2ピークP
132とを有することが確認できた。また、光エネルギーが0.5eV~2.3eVの幅広い領域に渡って、ΔABSが実施例1の樹脂硬化膜の場合の5倍程度となっており、UV照射による吸光度の変化量が大きい、すなわちUV着色現象が生じていることを確認できた。
【0190】